1.新規記事を投稿
2.コメントを投稿
3.戻る

とある午後の情景
セス
2010年2月6日21時38分23秒


 ややこじんまりとしたその店は、町からいささか離れたところにひっそりと佇立していた。
 店の内装や配置された調度品はさほど派手ではないが、上品で落ち着いた雰囲気をかもし出している。床やテーブルも濡れたような光沢を放って、普段から丁寧に清掃されているのが窺える。
 ただし・・・整然と並べられた『商品』がそのつつましくも上品な風情を見事なまでに粉砕していたが。
 一目で高級品と分かる陶器の壺の隣には、子供が適当に粘土をこねくり回してこしらえたような面妖な意匠の壺が置かれており、さらにその隣にはなぜか棍棒やら鈍器やら、どう見ても物騒な代物が並べられている。

 ちりんちりんっ

 そんな珍妙な商品が並べられた店内に、澄んだ鈴の音が響く。どうやら客らしい。
「あ、いらっしゃいま・・・」
 店員らしい若い娘の華やいだ声が途絶え・・・
「き・・・きゃああああああっ!」
 甲高い悲鳴へと変わった。


 どごっ!


 何か重いものを勢いよく振り下ろしたような音が店内を揺るがした後、凍るような静寂が満ちた。

「・・・いやですね、フィリアさん。いきなりそんな物騒なもの振り回すだなんて。竜族の挨拶ってのは随分と野蛮なんですね」
 静寂を破ったのは、まだ若い男の柔らかい声だ。
「な・・・何ですって!存在そのものが物騒なあなたにそんなこと言われたくありません!」
 揶揄するような男の台詞に、柳眉を逆立てて怒鳴ったのは先ほどの悲鳴の主である。
 長く豊かな髪は鮮やかな黄金色。広くはっきりした額からすらりと伸びる鼻筋。目じりがややつり上がりぎみの眼はさらに吊り上がり、その中で大きな紺碧の瞳が凛とした光を宿して男をねめつけている。
 華やかさと清楚さが違和感なく溶け合った、美しくも愛らしい外見の勝気そうな娘である。
 ただし・・・そのすらりとたおやかな手には、とげの付いた鈍器という物騒きわまる武器が握られていたりする。
「何しに来たのです、この生ゴミ!」
「・・・はっはっは。ワンパターンな悪口ですね、本当」
 口元を微かに引きつらせながら答えた男は、漆黒の法衣を身に纏った上品そうな若者である。


「大丈夫ですよ、今日は『彼』をどうこうするつもりはありませんから。ただ少し・・・様子を見に来ただけです」
 そう言って神官風の青年はひょいと肩をすくめた。
「そんなに警戒しないでくださいよ。もし僕が『彼』を始末するつもりならあなたが守ろうとする間も与えず、一瞬で店ごと消滅させていますよ」
「・・・」
 何か言おうとした娘は、青ざめた顔で沈黙した。
今の青年の言葉は身の程知らずの高慢なたわごとではなく、事実であることを知っているからだろう。
「まあ今日は・・・ちょっとした挨拶ですよ、仕事が終わったついでに」
「迷惑です!」

「獣神官殿」
 不意に、涼しげな女の声が割り込んできた。
「!?」
 フィリアという娘は顔をこわばらせて声がした方向を振り向く。対照的に神官の若者は落ち着き払ったままだ。
 先ほどまで何も無かった場所に、一人の女が悠然と立っている。フィリアと比べて色素の薄い金髪をまっすぐに背に流し、細身の長身は質素な黒衣に覆われている。冷ややかなほどに落ち着いた灰色の瞳がまっすぐに神官を見据えている。
「獣王様がお呼びです。お戻りください」
「おや・・・分かりました。すぐに行きます。ではフィリアさん、さようなら」
 そういうと黒衣の青年は虚空に姿を掻き消した。
「・・・」
 黒衣の女は黙然とフィリアを見据えている。
「な・・・何です?」
 思わず後ずさりかけてから、なんとか毅然とした態度を取り繕う。
「フィリア・ウル・コプト殿ですね」
 丁寧だが淡々とした調子で問いかけてくる。
 ごくり・・・と息を呑み、
「え・・・ええ。それが何か?」
「以前、獣神官殿がお世話になったことがあると聞き及んでおります」
「・・・へ」
 思わず間の抜けた声が出る。
 そういえばヴァルガーヴとの戦いで負傷した際に肩を貸してやったりしたことがあったが。
「え・・・まあ、その・・・」
「我らが主、獣王様は『どんな相手だろうと借りは必ず返すものだ』と常々おっしゃっておられるので」
 こちらを見下すような風情は無く、淡々とした口調のまま続けると懐から何かを取り出す。
 怪訝そうにそれを見たフィリアは思わず感嘆の声を漏らす。
「あら・・・まあ」
 それはティーカップである。乳白色の陶器にラベンダーの絵柄が描かれており、いかにも若い女性が好みそうな、繊細な装飾が施されている。
「お気に召していただければ、幸いです」
 無表情のまま淡々と言うと静かに手渡してくれた。
「あ、ええと・・・ありがとう」
 どう言えばいいのか分からず、とりあえず礼の言葉を口にする。
 それに対し黙然と礼をしてから怜悧そうな女性―の姿をした魔族は音も無く姿を消した。
 それを呆然と眺めながら
「高位魔族って・・・変わり者ばかりなのかしら」
 フィリアは目を点にして呟いた。

2.コメントを投稿
親記事: なし
コメント: Re:とある午後の情景-投稿者:もーみ

3.ツリー表示
4.番号順表示