タイトル : 白魔術都市狂想曲 114
投稿者 : フィーナ
投稿時間 : 2010年7月25日19時42分53秒
「いったいどうしたというのだ。一点ばかりを見て」
「聞こえなかったのですか?」
マーシュ卿が一人の神官に声をかける。
「なにがだ」
「あの声です」
「声? なにもきこえないが」
その声が聞こえない人間のほうが多いらしく、しきりに怪訝そうな顔をする。
「空耳ではないのか」
「たしかに・・・声なんぞ」
アレンは小さく息を吐く。
「・・・・・・世俗の流れを見つめ、始まりと終焉を見届ける。
理念や思想の違いによる同族同士のいさかいほど、あなたはくだらないことだと思ってるんでしょうね。特に人間同士の価値観の違いによる対立は」
独り言のように、スィーフィードの像に向かってつぶやく。
「ですがね。火竜王。
誰だって妥協したくない部分があるからこそ、ぶつかるものなんですよ」
『わからねぇな。俺らがやってる、世界の生存をかけての争いというならわからなくはねぇが』
「あのひとがいえなかった遺言を言います・・・・・・・『そう思うなら、もう少し後先考えて動け』だそうです」
初代・・・・・・俺はあの世のメッセンジャーですかと、小声で突っ込むアレン。
『生を受けた存在は、いつか滅びを迎えるのは摂理であって理だ。俺たちの力をめぐって争う先にあるのが破滅なら、滅んでしまえばいい』
「・・・・・・そうさせたくないんですよ。俺は」
マジック・アイテムの首飾りに手をかけ、アレンは言った。
『ならこのまま、不当な死を受け入れるのか?』
どこか、面白そうな声色のヴラ。
アレンは静かに、首を横に振る。
「僅かにある可能性にかけて、限られた時間の中、できることをやるだけです。
受け売りですが。この言葉がなかったら、出会わなければ俺は死を受け入れていたでしょうね」
彼は、一瞬こちらに視線を向けた。
あたしは、しっかりと視線を受け止めた。
・・・・・・彼の決意を、後押しするように。
アレンはなぞるように、首飾りに手を添える。
慈しむように。どこか懐かしむように、祈るように。
「・・・・・・力を貸してください」
周囲の雑音を静まらせ、聞きほれさせるような旋律。
―― 悠久を吹き荒ぶ
天翔ける竜よ ――
今まであったどれよりも、深く。
喧騒が、波を打つかのように徐々に静まってゆく。
それが、彼から紡がれ始めた。
―― 汝の息吹 ――
アレンは目を閉じ、祈りを捧げるように詩を歌う。
王宮の数人は、ひそかにほくそ笑む。
あたしは見守る。
地下牢でアレンが言った言葉を信じ。
―― 闇を切り刻む ――
上座にいるアメリアは、アレンから紡がれる言葉を、一句も聞き逃さないように耳を澄まし。
数人の神官に支えられながら、マーシュ卿は旋律を紡ぐアレンを見て。
「・・・・・・変わらないな。根底のところは」
―― 旋風の刃と成せ ――
詠唱を終えたアレンは、閉じていた目を開ける。
そして、『力ある言葉』を紡いだ。
「・・・・・・ウィン・ディスカッター」
刹那――
ごぉうっ!
突風を思わせる、激しい螺旋状の風が神殿を突き抜けた!
風の抵抗に成すすべなく吹き飛ばされるもの。
防御結界を展開し、なんとか事なきを得ているもの。
悲鳴を上げようにも、轟風の音のみが吹き荒ぶ。
アレンは力ある言葉と同時、地竜王ランゴートの力が込められたマジック・アイテムを首から外し。
赤の竜神スィーフィードの像――火竜王がいる場所に投げ入れた。
スローモーションのよう・・・・・・まるで風が意思を持っているかのように吸い込まれる。
――閃光がほとばしった。
あまりの眩さに、ほとんどの人間が思わず目を閉じる。
太陽に匹敵するほどの、眩いばかりの閃光。
光が収まり、あたしは目を開ける。
当たりに注ぎ込む光は、不思議な暖かさを宿していた。
浴びているだけで、心が洗われるような光の洪水。
他の人たちも、めをしばたかせたりなんとか目を開ける。
さすがにすこしこたえたが、視力の回復はさほどかからないだろう。
あたしは、あたりをみわたした。
多少しぱしぱするが。
あたし、そして神官たちの視線がマーシュ卿に向けられた。
蛇のように、とぐろをまいた濃い闇の残滓が、光に追い出されていく感じで霧散した。
そして、次に現れたのは人の顔。
『彼』は、腕を伸ばすようにマーシュ卿に手を伸ばす。
声無き叫びを上げるように。
親を・・・・・・無償の愛を求める子供のように。
マーシュ卿は『彼』の名を呼んだ。
「・・・・・・カイル?」
重ねるように、手を伸ばす。
カイルは、安心したかのように笑った。
そしてそのまま、光に包まれ安らかに消えていった。
朝日を思わせる暁の光が、スィーフィードの像を中心にまばゆく照らす。
まるで、スィーフィードの像自身が、輝いているみたいである。
ひときわ濃い闇と、無数の人の顔がスィーフィードの像から湧き出した。
おおおぉぉ・・・ぉぉん・・・
死霊がうめきあうような不気味な声に、数人が怖気だつ。
『眠れ。行き場をなくした魂たちよ。
そして安らかに、輪廻に入り来世を生きろ』
声に導かれるように、無数の顔は天に昇ってゆく。
あるものは緩やかに。
またあるものは、どこか名残惜しそうに。
スィーフィードの像のまえに、ぽつんと残された淀んだような闇。
暁の光をまとい、ヴラは闇に手をかざし。
「消えろ」
暁が、淀んだ闇を吹き飛ばした。
なお残ろうとする闇に、光が容赦なく焼き尽くし、霧散させる。
暁をまとったヴラは、神々しいまでの存在感を放って闇を追い払う。
ひときわ強烈な閃光が、再度神殿を覆った。
鮮烈な光が収まったあと。
そこには、いつものヴラがいた。
|
|