タイトル : 白魔術都市狂想曲 115
投稿者 : フィーナ
投稿時間 : 2010年8月5日20時21分22秒
地下牢でアレンはあたしに言った。
「俺は明日。王宮の思惑に沿った行動を起こします。
ですが、彼等の望む思惑通りには動きませんよ」
そりゃそうだろう。
あたしは内心、つぶやいた。
もし断れば、アレンだけじゃなく、その周囲が今まで以上に巻き込まれるのは明白だ。
すでにじゅうぶん、彼やその周辺に対し、様々な圧力がかけられている。
アレン当人には、表向きに出ていた話し。
すなわち、アメリアのことに対する事情聴取という名目での、誘導尋問や拷問。
彼は、アメリアを手にかけようとした事実を認めてはいるが、動機や背後関係には一切口に出さなかった。
想像を絶する拷問に、口を割らないアレンに業を煮やした連中が仕掛けたのが、アレン周辺への揺さぶりである。
彼の身近な同僚たちに嫌疑をかけ、神殿にいる友人たちにプレッシャーを与え、追い詰めた。
「王宮があんたを利用しているように、あんたもこの状況を利用しようとしているんでしょ?」
あたしは口を開いた。
「あんたがさっきいってた、火竜王に他の竜王の力をあわせ、スィーフィードの力を導こうとするなんて発想。
実は前々から練ってた策なんじゃないの?」
「何故・・・・・・そうおもうんですか」
「あんたが後生大事そうにしている、首のマジック・アイテムよ。
前にあんたいってたでしょ。商人のオリヴァーさんと、魔道士協会の一部でそのマジック・アイテムを作ったって。
魔道士協会内部にも、ポイズン・ダガーに精通していた連中をごまかすため、表向きジュエルズ・アミュレットの製作と称して」
「・・・・・・ええ。
ポイズン・ダガーから気取られないように製作するのに、数年の月日を費やしました」
レイスン・シティでの騒動の際、このマジック・アイテムは実に多様な働きを見せた。
攻撃呪文や補助呪文のストックは言うに及ばず。
ヴィジョン メギド・フレア
各場所に 隔 幻 話 と 浄 化 炎 をストックしたそれを設置し、映像を中継して、組織の存在を知らしめ、壊滅の橋渡しをつないだことなど。
あたしが以前もらったストック・ジュエルは、呪文を一気に放出するタイプのものだった。
そのため、奇襲や相手の意表をつくといった戦術には優れているが、一旦呪文を放出してしまえば、次に術をかけてやるまで何の効果もない。
相手が放った小技を吸い取らせ、防御することはできるが。
ただ術のチョイスが威力の大きいやつだと、術の一部をストックするならまだしも。
そのままためて使用しようものなら、術の負荷に耐えられず砕け散ってしまう。
アレンの首にあるのは逆。
長期間微弱に放出し続けるタイプ。これはあたしがもらったものよりあと、魔道士協会で創られたものである。
たとえば足がもげたり深い切り傷など、大怪我をしての長期にわたる治療を余儀なくされたとき。
デュラハン
ポピュラーなもので言えば、 死 霊 騎 士 など、指差しでかけられた死の宣告の呪いの解呪。
ようするに、長期的な治療に向いているのである。
あたしがばかすか呪文ぶちかますには、この長期間熟成な治療オンリーなストック・ジュエルものよりも。
一斉放出のストック・ジュエルのほうが、ミもフタもないがはるかに相性がいいわけであるが。
「あんたまえに、そっちのほうを完成したっていってたわよね。
あんたはオリヴァーさんのように、それを復讐に使おうとはしていない」
もっとも、アレンはオリヴァーさんのように、くわせものでもキレ者でもないのだから、ああいった凄絶な復讐劇はどう考えてもできそうにない。
「・・・・・・交換条件だったんですよ。俺とオリヴァーとの。
便宜を計るから、長い茶番劇に付き合えと」
「あの人のことだから、飴と鞭を使い分けたんでしょうね」
「実際それに見合うだけのものでしたよ。オリヴァーには感謝しています」
アレンは、静かな口調で言葉を続けた。
「もう・・・・・・それほど時間があるわけではありません。
他の所有者たちの思いに翻弄され我を失う前に、自我が保てている今のうちに、火竜王を中心に他の竜王の力を束ねスィーフィードの力を導く」
「呪いを解く勝算は? ・・・・・・っていうまでもないか。
こればっかりは、いくら理論で実証したとしてもでたとこ勝負だものね」
スィーフィードとシャブラニグドゥの力はほぼ互角。七つに分かたれたといっても闇の王の二つ名は伊達ではない。
たいするスィーフィードもまたしかり。
導けたとしても一瞬。
火竜王のほうが人間よりも力は上だから、他の竜王の力を合わせてもかき消される可能性が高い。
だが短くても、たとえそれが一瞬であったとしても、かける価値はたしかにあるのだ。
「俺は・・・・・・王宮を尊重していても、身近な人たちに危害を加えた以上、決して服従はしません」
彼は、穏やかながらも苛烈な意志を秘めた声で言った。
マジック・アイテム複数に呪文をかけて導くよりも、はるかに高い可能性。
アレンはそれにかけたのだ。
暁の光が収まり、ヴラは悠然と佇む。
視線の先にいたのは、ダークブラウンの髪を白銀に染め上げ、かろうじてその場に立っているアレンの姿。
「まさか、王宮だけでなくこの俺までも利用するとはな。
豪胆でずるいが、嫌いじゃねぇぜ。そういう青臭くて必死なやつってのは」
アレンは、うつろなまなざしで虚空を見つめた。
「・・・・・・俺は」
伸ばした腕は空をかき、ちからなく勢いを落とす。
焦点の定まらない手を、彼は他人事のように眺め。
その場にへたりこむ。
数人の兵士たちが、彼を取り囲む。
その顔に浮かぶのは疑惑と――畏怖。
「俺は・・・・・・やれるだけの事はやりました。
後悔はありません・・・・・・ですが、ただ一つの心残り・・・・・・」
憔悴した様子で、アレンは細くつぶやいた。
「ただ・・・・・・もう一度だけ・・・・・・もう一度だけ、あの人に会いたかったです・・・ね」
アレンは、ゆっくりと前のめりに倒れた。
しばし流れる静寂。
異変に真っ先に気づいたのは、アメリアの護衛に立っていたガウリイだった。
「おいっ!」
取り囲む兵士たちを押しのけ、抱き起こす。
「おい!」
「貴様何をっ!?」
兵士たちの垂加の声には取り合わず、上体を揺さぶる。
表情を変え、胸倉を掴む。
もどかしそうに上体を揺らし。
ばしぃっ!
遠慮会釈のない張り手が飛んだ。
尋常でないその様子に、ざわめきが起きる。
ガウリイはアレンの胸倉を掴み、吠えた。
「おいっ! 息をしろっ!」
マーシュ卿は、反射的に顔を上げ――
弾かれたように声を出した。
「魔法医か医者をよべっ!」
にわかにあわただしく、その場は喧騒に包まれた。
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