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◆−にせものの心−セス (2010/9/11 20:47:34) No.35199
35199 | にせものの心 | セス | 2010/9/11 20:47:34 |
「こんにちは」 不意に響いた若い男の声は、優雅と表現してもいいほど柔らかく耳朶に触れた。 しかし、それを聞きつけた娘は、びくりと怯えたように細い肩を震わせる。 「・・・何しに来たんですか?」 「おやおや、それが客に対する店員の態度ですか?」 怯えたことを恥じるように凛と澄んだ声を出す女に、声の主の態度はあくまで飄々としたままだ。 それに気を悪くしたように、女はやや吊り気味の大きな碧眼を一層吊り上げて相手を睨む。 「尻尾、出てますよ」 「・・・な!?」 にこやかな微笑をたたえたまま相手――漆黒の法衣を纏う若者が指摘すると、女はびくん、と先ほどより大きく身を震わせ、艶やかに流れる豊かな金髪も大きく揺れる。 「やー、相変わらず変身の魔法は未熟みたいですねー」 「・・・こ、この・・・」 「おっと、あまり騒ぐとヴァルガーヴが起きちゃいますよ?フィリアさん」 「・・・」 フィリアと呼ばれた女は怒りを押し殺して身を震わせながら、殺人光線じみた視線で相手を射抜いた。 「それは、そうと来客に茶の一杯ぐらい出してもらえないんですか?」 「な・・・なんで、私が貴方なんかにお茶を出してあげなきゃいけないんです!?」 「へー、お茶の一杯も出せないほど貧乏なんですね、この店」 「な・・・なんですってえええ!?」 ――小一時間ほど言い合いをした後。 「一杯だけですわよ!?」 だん!とテーブルに叩きつけるような勢いでティーポットを置きながらフィリアは言い放つ。 「やー、いい香りですね」 華やかな美貌に宿る殺気にあふれた表情に、毛ほども怯えた様子を見せずにのほほんと微笑している。 「・・・あ、あなたね・・・」 「あ、そうそう、フィリアさん。このクッキー、ここに来る前に買ってきたんですけどおいしいですよ」 「・・・」 疲れたようにがっくりと肩を落とすフィリアに構わずに、神官風の青年は自分でティーカップに、澄んだ琥珀色の液体を注いでいく。 「大体、なんで魔族のあなたがお茶飲んだりする意味があるんですか!?」 「意味?」 神官が不思議そうに首をかしげ、切りそろえられた漆黒の髪がさらりと微かな音を立てて揺れる。 「意味など無いですよ、ただの戯れです。大体すべての存在に意味なんてありませんよ?」 「え・・・」 フィリアは絶句する。 「無意味に生まれて、無意味に他者と争って、無意味に他者を食い物にして、無意味に他者を犠牲にして・・・無意味に生きようともがき続けて最後は等しく死ぬ」 「そ・・・それは・・・」 「生きることに意味なんて無い。意味があるのだと思い込んでいるだけです、貴方たち命ある者たちだけが」 「そ・・・そんなこと・・・」 咄嗟に反駁しようとして、フィリアは何事か言いかけ・・・沈黙する。しかし、すぐに唇をかみ締めて強い光を宿した蒼い瞳で相手を睨みすえ 「そんなことを言うのは、それこそ貴方たちだけでしょう?貴方たちのような心を持たないものだけが・・・」 言いかけて、フィリアは絶句する。 黒衣の神官からいつもの微笑が消えていた。胡乱にさえ見えるにこやかな笑みが欠落した白い面は、精巧な作り物のように見えた。 否――これは、実際作り物なのだ。 人でないものが人の姿を真似ているだけ。 命を持たないものが命あるものの姿をしているだけ。 心を持たないものが、心があるように見せかけているだけ。 「・・・ええ、そうですね」 しばしの沈黙の後、黒衣の神官は淡々と答えた。 「ですが・・・心なんてあっても何の役にも立ちませんよ」 笑みが消えた切れ長の双眼がフィリアに向けられる。 「何かを失うたびに悲しみ、または怒る。・・・どうしてそんなことをするのか僕には分かりません、生きている以上何かを失うのは当たり前なのに」 「・・・っ」 フィリアは顔をこわばらせる。昏い紫に見まがうほどに深い闇夜の色を宿した瞳がそれを眺めている。哀れむ眼でも無く、嘲笑う眼でも無い。事実を事実として語る口調と同じく淡々としている。 「・・・だから、なの?」 「?」 「誰が死のうが何も感じない。だから、いざとなれば一緒に旅をしていたリナさんでも殺せるの?」 「・・・ああ、あの時のことですが」 闇色の神官は苦笑を浮かべながら頷く。 「リナさんたちは、お会いしたときから変わった方たちだなあ・・・とは思いましたよ。一緒にいると退屈しないし・・・楽しかったですよ、『楽しい』ってこういうのを言うのかなって思いました」 「・・・え?」 フィリアは訝しそうに形の良い眉をひそめた。 「・・・でもね、命令とあらば僕はためらいませんよ。なぜなら、創造主に従うことのみが僕が存在している『意味』なんですから」 「・・・でも・・・」 「それに・・・さっき貴方がおっしゃったでしょう?僕ら魔族は元々心を持たない。よしんば何かに喜びや怒りを感じていても、それは所詮錯覚でしかない。人間の姿を真似て、人間の振る舞いを真似て、人間の心を真似ているだけ。どれほど精密に真似ても、僕らが持てるのは『心のニセモノ』だけですよ」 よどみなく滔々と流れるように言い放つ端正な白い顔に浮かぶ表情は、いつの間にかにこやかな微笑に戻っている。そこには悲哀や自嘲の色合いは無い。 だが―― 「・・・だとしたら」 「?」 ほとんど無意識のうちに口をついて出た言葉に、今度は神官が訝しそうに眉をひそめる。 「・・・貴方たちは酷く悲しい存在だと思う」 「・・・哀れみ、ですか?同情なんて優越感の裏返しでしかありませんよ。それに悲しんでいただく必要なんてありません」 神官は口元だけをゆがめて冷ややかに笑う。笑みを宿さない漆黒の双眸は、底の知れない虚無の色を秘めたまま。 それを見据える黄金竜の娘の、いつも勝気な光を宿す鮮やかな紺碧の瞳は酷く痛ましそうに翳っていた。 | |||
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