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◆−Shall We Dance?(ゼルアメ風味−リーフ (2011/6/30 15:40:39) No.35223
35223 | Shall We Dance?(ゼルアメ風味 | リーフ | 2011/6/30 15:40:39 |
満月が煌々と夜空を照らす。 どんな隠しごとも一切許さない月光は、彼女をある行動にかりたてた。その行動とは盗賊にとっての死活問題、彼女にとってはうさ晴らしという名の大事な収入源。 柔らかな長い髪を夜風になびかせ、黒いマントをはおる彼女は世間一般で言うところの美少女。もちろん、そんな美少女には美男という保護者は付きもので、彼女の後ろには金髪長髪の青年が所在なさげに立ちつくしていた。 「さぁさぁ、今日もうれし楽し盗賊退治。今日は、どんなお宝があたしを待ってるのかっしらぁ」 満面の笑みでスキップでもしそうな彼女に、保護者はあきれたように頭をかく。心配など一ミリも感じさせない盗賊殺しでも、保護者からしたら目が離せない保護対象という名目で、彼の胸をこがすひとりの女の子に過ぎない。本音を言えば、夜くらい大人しく寝てほしいのだが、守銭奴……もとい金銭欲求は昼夜問わずらしい。 夕方に目星をつけた盗賊のねぐらを目指し、さて出発と意気込んだふたりは視線を感じ、その先を見上げた。 「お、ゼル」 術のライトと月明かりに照らされた合成獣が、宿の2階から本を片手に見下ろしていた。少女が彼に手をあげる。 「やっほー、ゼル。ゼルも一緒に盗賊退治行く? あ、もちろん戦利品はあたしのだからね」 彼は読んでいた一文に指を当て、大きく息をはいた。 「遠慮する。あんたらのそれには付き合ってられん」 「あっそ。んじゃ、行ってくるわね」 銀色の髪を持つ彼は、栗色と金髪が小高い丘にのぼっていくのを一瞥してから本に意識を戻す。今日はことさらに月が明るいため、それと明り(ライティング)だけで十分だった。いすを引き寄せて座り没頭していく。 先日、入手した古書の類に入る書籍の回りくどい文章をときおり、辞書に照らし合わせて解読していく。そこに書かれているのは求めるものではないが、魔術体系を体系付ける意味合いが書かれている。そこからは混沌とした魔術の原初を垣間見ることが出来た。過ぎた歴史から学べるものは多い。 どれくらい文字を追っていたのだろうか。いつの間にか術で作った灯りが落ち、手元を照らすのは頭上の女神だけになっていた。 しおりに適当な紙を挟み、それをイスに置く。猫背になっていた背を伸ばすため、窓わくに手を置いて、背を伸ばした。 真っ白な月はあいかわらずだが、彼はある光景に一瞬目を奪われた。 「……アメリア?」 目をすぼめて宿屋の屋根を見つめ、名を口にする。 一人の少女が、月光が降りそそぐストレート屋根に立っていたのだ。漆黒の髪に純白の巫女服……ではない。くるぶしが隠れる長いドレスを身にまとっている。 ドレスを着ていなければ、いつもの正義魂に火がついて高所にのぼったのだろうと納得できたが、彼は顎に指を当てて考えた。 正義オタクな彼女も、やはり多感な年頃。月がきれいな夜には詩吟のひとつやふたつ口ずさんでみたく……想像してみたもの実感がともなわない。まだヒロイックサーガを朗読しているほうが似合う。ならば、夢遊病か。それならば早々に確保しなければ。 などと頭脳派がどこか的外れなことを考えていると、少女は誰かに向かって優雅におじぎをする。彼からは彼女しか見えない。そして少女は腕を見えない誰かにさしだして、裾をさばき、ステップを踏みはじめた。 何やってるんだ。 浮かび上がった疑問を解消する呪文はひとつ。 『浮遊(レビテーション)』 重力の戒めから解放され、彼は宿の屋根に降り立った。 「おい」 呼びかけてみる。やはり部屋から見えたとおり彼女しかいない。 腕を曲げて突き出した彼女が目を見開いて見つめてきた。両腕をぱっとさげる。 「ゼルガディスさん! いつから見てたんですか。もー、いやらしいですねぇ」 「おまえがおかしなことしているからだろう。いったい何やってたんだ? それにその服」 指さされた服を彼女がつまんでみせた。 「社交ダンス(ボールルームダンス)の練習です」 「ボールルームダンス?」 聞きなれない言葉を聞いて、彼が渋い顔をする。 「そうです。これでも一応、お姫様なんで流行のダンスは全部マスターしておかないといけないんです」 「なるほど。それでその服ってことか」 「いつもの服でもいいんですが、長さがないですからね。本当は靴もこれじゃダメなんですけど、そこまでは出来ませんから」 「おまえも大変だな」 「慣れてるから平気です」 彼女から了承を得てから、ふせられていた教本を手に取り、ぱらぱらとめくってみる。折り目がつけられ、はしばしに彼女の丸い字が書きこまれていた。『目を合わせると次も踊る合図になる』とか、『言葉をかわすのは厳禁』など、ステップには関係ないことまでも書かれていた。あきれ半分で、彼は本を元に戻す。 「そういえばリナさん、いつものあれに出かけたんですね」 「ああ。めずらしいんじゃないか? アメリアが行かないなんて」 正義をこころざす彼女は、金銭欲にかられ出かけた彼女とちがい、純粋に正義をなすために盗賊を討伐する。標的になった盗賊からすれば、その動機がなんであれ災難にはかわりない。ともあれ、正義をなす機会をみすみす逃すのはめずらしいと思った。 「あ。あー…っと、今日は良くない日なんです」 苦笑いをした彼女に、彼は青い肌に朱をのせて頬をかく。適当にあいづちをうち、ダンスを見学するため屋上に座りこんだ。それを知って彼女の眼が少しためらうように泳ぎ、決心したように足を踊らせた。 音楽もなく月に照らされた少女がひとり踊る。かたわらに座りこんだ異形の青年がすがめる。 ロマンティックとは異なる幻想的な雰囲気の中、ふいに彼女の足が止まり、迷うみたいに左腕を上下させた。思い出すように目線を空に向けて、小声でつぶやいている。 「あーなってこうなって……。ゼルガディスさん、二十三ページの五番目の腕どうなってるか見てくれますか?」 「ちょっと待ってろ。……ああ、これか。『右腕はわきに流し、その際指先はたおやかにするべし。左腕は上にあげて殿方のリードに任せてターンすべし。……この時目をあわせてはいけません!』とお前の注意書きだ」 棒人形の絵が書かれた下の文章を読みあげた。その棒人形の密接具合にいらぬ配慮をしてしまう。 「あ、そうでした。ここはあげるんでした。ありがとうございます、ゼルガディスさん」 彼女は、彼の言うとおりの動きを再現してみせる。そのまま留まることなく軽やかにまわり、スカートが舞う。 ひとり踊る彼女は、見知らぬ貴族のために月光を浴びる。それを見るのは罪人の合成獣。 踊る彼女と踊らない彼の間には、明確な線引きが存在していた。 彼がどれほど彼女を守り守られ、助言を与え、苦楽をともにしても何も変わらない。取り戻したいのであって、変革を求めているのではない。だから線引かれた深さをのぞきこんでも感慨は生まれない。 「どうですか、ゼルガディスさん」 ひとつのダンスを終えた彼女が息を整えながら、彼に感想を求めてきた。それにどう答えろと言うのだろう。 「どうですかと言われてもな」 「んもー。そういう時はお世辞でも、上手くらい言ってくださいよぉ」 腰に手を当てて彼女がふくれっ面をしてくる。幼い顔立ちにはよく似合っていた。 「比較対象がないから、アメリアのそれが上手いかどうか判断つきかねる」 「じゃ今度、比較対象がいるとこ一緒に行きます?」 彼女の誘いに彼は一瞬思案した。それはいわゆると。思いついた場所に、彼は冷めた目で見返した。 「そりゃ、俺にダンスパーティーへ出ろって言ってるのか?」 「そこだったら比較対象がわんさかいますよ」 「あのなあ」 この岩の皮膚に鉄線のような髪を持つ自分が、ダンスパーティーにどんな顔して出ろというのだ。しかも肩書きが王孫という彼女の言うことだ。いくら世間慣れしているからといって、村祭りで催される気楽なダンスパーティーなどさしているわけではないだろう。上流階級で行われるものを言っているのだろうと察しがついた。 「自分からさらし者になるほど酔狂じゃないぞ、俺は」 「あ、大丈夫です! ああいうところは皆さん、自分の周りに精一杯なんで誰もゼルガディスさんなんか気にしませんよ」 なんだか失礼なことを言われた気がして、じろりと彼女を睨む。 「気にされなくても行かんぞ」 「残念です〜。ゼルガディスさんと踊れたら楽しそうなのに」 何気なく言われたセリフに、わけも分からず期待してしまった。無邪気な彼女の言葉ひとつひとつを考え込んだら、そこで負けだ。だから彼はそのわけを彼女に聞くことにした。 「なんで、俺とだと楽しいと思う?」 「それはもちろん」 「……もちろん?」 「舞踏武術が出来るからです! それはあまりに難しい技のため半ば伝説と化しているんです。息の合ったペアがダンスを踊るようにまわりをなぎ倒していく古来の武術ダンス! わたしとゼルガディスさんならマスターできます! ええ、そうです。舞踏武術で正義の心を伝えるんです!」 こぶしを握り締め月に向かって吠えている彼女は、彼の予想をまったく裏切らなかった。それでも脱力はする。 彼は声たかだかに正義を唱える彼女を尻目に、さっさと部屋へ戻ろうと術を口ずさんだ。風が彼のキメラの体を浮かす。 それをすかさず目にした彼女が声をあげた。めんどくさそうに彼が呆れ顔で振り返る。 「今度はなんだ。正義の口上ならひとりでやってくれ」 「あ、えーと。その……」 彼女が照れたように頭をかく。 「ゼルガディスさん、わたしも一緒に連れて行ってくれませんか?」 「はぁ?」 「だから、ゼルガディスさんのお部屋に連れて行ってください」 頬を染めた彼女が近づいて、絶句している彼を見上げてくる。 それはつまり。 だけど相手はあの、あの彼女だ。 まぬけに開いていた口を閉じてから、彼女を見下ろした。 不謹慎、ではないが不用意な言葉はこの間柄を壊しかねない。彼は息を飲んで言葉を吐いた。 「……それは、どういった意味だ?」 「そのまんまですよ。わたし、ここに来るのにはしごからのぼってきましたが、なにせこのスカートです。何度ふんづけたと思います。一度なんて落下しちゃったんです。だから、ゼルガディスさんが術で戻るなら便乗させてもらおうかなって」 案の定、彼女の思惑には男女うんぬんなど一ミリもかすっておらず、彼はそれに安堵しておきながら、一抹の不満も感じていた。 ひとなでの不満はさておき、彼は渋々承諾する。彼女に手をさしだすと、にっこり笑って手を置いてきた。 「ありがとうございます。あ、どうせだったらわたしの部屋に降りてくれても構いませんよ」 「それは図々しいぞ」 「えへへへ」 消え去った風をもう一度つむぎなおして、彼と彼女は重力から解放された。その瞬間、彼はにやりと笑い、軽くなった彼女をそっと横抱きにしてやった。とたんに真っ赤な顔で彼を見上げて名前を呼んでくる。 「どうした? 何か不都合でもあるのか」 「え、いえ、……なにもないです」 これくらいの不謹慎くらい許されるはずだ。 彼女を抱いて、いつもより速度を緩めて宙を飛んだ。 どうして、何故、という疑問は解放された重力と共に空へと舞い上がっていった。 どうして彼女が赤いのか。 何故、不謹慎なのか。 | |||
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