タイトル : 白魔術都市狂想曲 125
投稿者 : フィーナ
投稿時間 : 2012年10月3日13時25分14秒
「千年の時間ってやつは皮肉なもんで、多かれ少なかれ生ある存在を変質させてしまうらしい。
まあ、この世に生を受けた以上、変化があるのは当然の理なんだが。俺たちが治めている地は、こちらと違って魔族の脅威もほとんどなくてな」
ヴラは苦笑の色をにじませた。
「それによって人間たちの魔術は、衰退しているといったほうがいいな。それと併用しての新しい技術が発展した」
「衰退・・・ね。
その技術と魔術を組み合わせた新しい技法ってわけ?」
「いいや。魔術に代わりそちらの技術のほうが台頭している。
人が魔術を行使する際、呪文と『力ある言葉』を正しく発音できなければ発動しないし、魔術は魔力と、それを御することの精神力が求められるだろう?」
「そうなのか?」
「まあ・・・・・・ね」
ガウリイの問いにあたしは軽く頷いた。
人にとって千年は長すぎる。
水竜王が治めていたこの地に住まうあたしたちは、迫りくる魔族の脅威に備えるため。
あるいは自らを守る自衛のために、千年たった今でも魔術についての研究が盛んに行われている。
だがヴラたち竜王が治める地では、彼らが守護する土地ゆえ魔族が牙をむくことも少ないのだろう。
カオス・ワーズ
また 混 沌 の 言 語 は、ヴラの言ったとおり発音の難しい部分がある。
あたしのように魔道を扱う人間ならともかく、一般の人で高度な攻撃魔術をビシバシ使う姿なぞ、みたこともない。
ならば千年たった今。ヴラたちの世界で、魔術が口伝などで伝えられたとしても、魔術を修得できるものは減少しているといっていいだろう。
「付け加えると、この地は神封じの結界によって、魔力の密度が濃い場所でもあったからな。
この地に住まう人の魔力総量は、平均しても俺らが治める人のそれとは比べようにならないほどだ」
・・・・・・ん?
あたしは、引っかかるものを感じ、ヴラに問いかけた。
「ちょっとまって。
この地にあった神封じの結界が解かれた以上、もう魔力の高い人間は生まれてこないってこと?」
「いいや。魔力の濃い場所に長い間居たんだ。
その環境に適応できるように積み重ねてきたものは、そう簡単には消えはしねぇよ」
数百年経ったらわからんがな。と、ヴラはそう言葉を重ねた。
あたしたちの会話を、ほけっと聞いてたガウリイは、ぽむっと手を打ってやおらこういった。
「そういや、こいつはトカゲのおっさんの力を借りたやつを使ってたような気がするんだが」
いって指差したのは、アレン。
「誰がトカゲだこのやろう」
「よくわからないんだが、リナが普段よく使ってるやつと違うやつだろ?」
なにげなくさらりといわれ、ヴラはうめいた。
「なんで、そう思う?」
「・・・・・・なんとなくなんだけどな。
無理やり引き出す感じじゃなくて、なんていうか流れに沿うような、そんな自然な感じがしたんだよ」
「・・・・・・なんつーか。おめぇほんとに人間か? それを短い時間で感じ取るとかどんだけだよ。
よっぽど感覚が鋭敏な類な人種だな。眷属やエルフでさえ、それを感じ取れるのは時間がかかるってのに」
呆れとともに、賞賛の言葉をガウリイにおくるヴラ。
要領の得ない彼の言葉に、あたしは怪訝な表情をしていたのだろう。
ガウリイに頭をぽんぽんと撫でられる。
「どういうことよ? あんたが言いたいことは、竜王の力を使った術と、あたしが使う魔術の規模が違うってことでしょ」
認めるのはちょいと業腹だが、アレンが使っていた魔術は威力や効果範囲など、今ある既存の魔術とは比較にならないほど強大なものが多い。
例を挙げると以前アレンが使用した、地竜王ランゴートの癒しの術。
その範囲は建物をすっぽりと覆いつくし、収容されてた怪我人の怪我や魔族の因子に苛むものの体力を癒し、そこに漂っていたはずの瘴気さえも浄化してしまうという規格外な力の一端を見せられているのだ。
補足させてもらうと、呪文の詠唱も短い。
いや。あれは呪文の詠唱というよりも――詩。
強弱のある聞き慣れないそれは、音に乗せて流れる旋律だった。
「根底から違うな。お前たちが魔術を行使する際使う呪文の詠唱。
魔とは、本来この世にあらざる力。詠唱によって世界の理の一部が崩れ、そこで初めて力は具現される。
この地に住まう人が使う魔術と、俺らの力を借りた術はその辺は同じだ。だが、その力の引き出し方が異なるものなのさ」
異なるもの。
力の引き出し方。
力のありよう。
魔術の行使。
精霊魔術などは呪文によって、世界の理を崩し具現された力。
では、竜王の力もまた世界の理を崩し・・・・・・
いや、まてよ。
竜王たちは、元は赤の竜神スィーフィードの分身と呼ぶべき存在で、世界が創られ、ともに存在した魔王と世界の存続をかけ覇権を競い合った。
・・・・・・世界の存続。
世界と共に在った存在。
世界と『近しい』・・・親和性のある存在。
「世界という、大きな力の流れ?」
「ほう?」
ヴラは、人知れずつぶやいたあたしのセリフを聞いて、にやりと笑った。
それは・・・・・・つまり。
「竜王の力は、精霊魔術のように力を『引きずり出す』のではなく、力の流れに『逆らわずにゆだねる』のが俺たちの力を借りた術の正体だ」
あたしの推測を裏付けるよう、ヴラはそう付け加えた。
水にたとえると、押し寄せてくる濁流に向かい合い抵抗して進もうとするのと、逆にその流れに逆らわずに居るのとは、断然違うことなのだ。
「その人間が俺たちの力を使えたのは、皮肉なことにシャブラニグドゥにかけられた呪いがあったことだといえる。
人間が物事を徐々に忘れるようになっているのは、脳の情報量がそれ以上入りきらない情報を処理しきれないからだ。
奴がラーディにかけた呪いは、奇しくもラグラディアがガーヴを人間に転生させたのと似てるがな。違うのは、強く残った記憶・感情がより濃く残されることか」
「強く残った?」
「怒りや悲しみといった負の感情だな。もちろんそれ以外の記憶もあるが」
「アレンがあんたたち竜王の力を借りた術を使えたのも、初代の記憶のおかげ?」
「大部分はそうだが、それを人間が使えるように改良したのは正直驚嘆したよ。
執念というべきか。知識はもちろん、それを活用させる知恵や度胸もなきゃできん芸当さ」
「それで、このあとこいつどうなるんだ?」
ガウリイの問いに、ヴラはそっけなくこういった。
「・・・・・・わすれる」
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