◆−Pandra’s box(1)−T−HOPE(1/18-23:48)No.13209
 ┗Pandra’s box(2)−T−HOPE(1/18-23:49)No.13210
  ┗Pandra’s box(3)−T−HOPE(1/18-23:50)No.13211
   ┗Pandra’s box(4)−T−HOPE(1/18-23:51)No.13212
    ┗Pandra’s box(5)−T−HOPE(1/18-23:52)No.13213
     ┗Pandra’s box(終)−T−HOPE(1/18-23:53)No.13214
      ┗読みました。−なかたかな(1/22-00:15)No.13257
       ┗たいっっへんお久しぶりです(^^;)−T−HOPE(1/22-22:00)No.13261


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13209Pandra’s box(1)T−HOPE E-mail URL1/18-23:48


 お久しぶりです……あるいは、初めまして、でしょうか。
 T−HOPEと申します……まぁ、最近別名名乗ってることが多いのですけど(^^;)
 何とはなしに年も明けて、とりあえず、21世紀〜ということで、やっぱり何となしなお話が……。
 ……とりあえず、お暇でしたら目を通してやっていただけると嬉しいのです。
 多分(?) 最終的には、ゼロリナ、かもしれません(笑)

*************
 
 
  Pandra’s box


 
 ぱんっ。と、古びた木櫃に掛けられた布をはたくと、もうもうたる埃がわきあがった。
 思わず目を閉じ、顔を背けてそれをやり過ごし、少女は嫌そうに顔を顰めて軽く咳をした。
 ついで、ぱたぱたと自慢の栗色の髪に付いた埃をはたき落とす。
 …………そして。
 
「……これなぁに?」
 軋む音を立てて開いた木櫃の中、見慣れない意匠の小箱を見つけ、少女は首をかしげた。
 その中には、幾つもの本や何かが描かれた布、剣、宝石などが丁寧にしまわれていたのだが、何故か一つ、それらと僅かに離して置かれていた小箱に、目が吸い寄せられた。
 す、と、手を伸ばし、箱を持ち上げてみる。
 小さいにも関わらず、ずしりと重い。
 鈍い銀の輝きが、ためつすがめつ持ち上げる少女の紅の瞳を射た。
「……銀、じゃ……ないわよねぇ?」
 掛けられた布、木櫃に彫り込まれた模様にこびりついた埃は、決して薄くはない。
 第一、今掃除をしているこの場所は、ここ数十年――少女が生まれるより遙か昔から――、誰も足を踏み入れていないのだという。
 それだけの時間、何の手入れもされず、変色もしない銀など信じられない。
「う〜〜〜〜ん…………?」
 指先で、箱をなぞる。つるんとした、何処か温かみのある感触に、さらに眉を寄せる。
 けれど、判らない。
 判らないなら聞けばいいとばかりに、少女は、すぐ後ろで、やはり顔を顰めながら雑巾を絞っている女性のエプロンの裾を、引っ張った。
「ねぇ、母さん」
「…………あんた、また、さぼる口実見つけたの?」
「うっ?
 いやあのそーじゃなく、ね。
 えと、これ……ナニかなぁぁぁ。と」
 冷たい母の口調に、幼い頃からの“教育の成果”か、まるっきり頭が上がらない娘は、ひきつり笑いを披露しながら小箱をかざして見せた。
「何?」
 少女と異なり、暗い色の髪を邪魔にならないように一つに結わえている女性は、埃の乱舞を映し出しながら差し込んでいる細い陽光にさらされた小箱を確認するように、僅かに身をかがめ、目を近づけた。
 明るい青の瞳が、小箱を見、少し不思議そうに瞬いた後、木櫃へと動かされた。
「あら。それ、おばあちゃんのじゃない。
 …………こんなところにも、混ざり込んでいたのね」
 失敗したわ、と言いながら女性は、拭き掃除を中断して、木櫃の中身を改めだした。
「おばあちゃん……えと、ひいおばあちゃん?」
 少女は、母の言葉に表情を僅かに変えて、小箱と木櫃の中を見やった。
「そうよ。ひいおばあちゃん、こーゆーの、いっぱい持ってたからね」
「ふぅぅぅぅん………………」
 僅かに目を伏せた母に、合わせるように低い声で、そう答える。
 それだけではない。母の母の母。舌でも噛みそうな繋がりの、100という少女にとっては限りなく遠い時を越え、明ける年の暁を仰いだその日に彼岸へと旅立った女性を、思い出したことも、無論起因していた。
「ほら、いつまでその箱いじってるの?
 早く戻しなさい」
 相変わらず、両の手に銀の箱を掲げた少女に、母親は促す口調で言った。
 ……が。
「戻さなきゃ、駄目?」
「おばあ……ひいおばあちゃんの遺言でしょう?
 何を言ってるの?」
 不思議そうに問われ、少女は唇を尖らせた。
 勿論、言われていることは、判っている。
 少女の曾祖母は、かつては世界にその名を轟かせた魔道士だったのだという。今でもおそらく、その名を告げれば、魔道を志す者は耳をそばだてるだろう、それ程に。
 もっとも、少女の家では誰もその方面へは進まなかったため、いまいち、実感は持てない。
 とはいえ、いまだその存在が高く評価されていることは、否定できない事実だ。その研究成果を得んと、家に訪れ、請い願う者は、今でも絶えない。曾祖母は、全て拒んでいたが。
 ……そんな曾祖母が、死に際に、願ったのだ。
 ──己の持ち物全て、何一つ、塵程も残さずに火中に帰すことを。
 そんなわけで、新年早々時ならぬこの大掃除となったことを、少女も弁えては、いた。
 いたの、だが……。
「でも……ひいおばあちゃんのあの遺言って、つまり、危ない魔法とかが世に広まらないようにって、そゆ事でしょ?
 あたし達じゃ、そんな見分け付かないし……だから、こーゆー小物なら、形見として取っておいたって構わないって、思わない?」
 そう言い出した少女を、母親は、不思議そうに見やった。
 普段の少女は、こんな古ぼけた小物一つに、ここまで執着は示さない。
 無論、曾祖母への愛情という捉え方も出来ないことはないが、それならば、むしろ、遺言を果たそうとする筈だった。
 そのことは、少女自身も判っていた。
 けれど…………。
(この箱…………何か、気にかかる……)
 ぎゅっと、守るように胸元に、箱を抱きしめる。
 とくんと、胸が一つ鳴った。
 そんな娘の様子に、母親は、眉を寄せた。
「…………でもね?」
「……っ、あ、じゃ、じゃぁ、今日1日だけあたしが持ってていいでしょ?
 だって、片付ける物こんなにあるんだもん。
 ひいおばあちゃんの遺言果たすのは、どうせ明日か明後日になるわけだし!」
 言いながらも、僅かに足を退き、箱を母親から遠ざけようとしている。
「………………判ったわ」
 ややあって、溜息交じりに、母親は頷いた。ただし、「今日1日だけよ」と付け加えるのを忘れてはいない。
 少女は、箱を抱えたままぱっと顔を上げ、喜色を満面に表した。
「ありがとっ!」
 母親は、もはやそちらには視線を向けず、木櫃に他から出た大量の書物を詰め込み始めていた。その姿勢のまま、さらりと続ける。
「その代わり、きっちり3人分くらいは働いてもらうからお願いね」
「…………………………」
 ぱんぱんと、布をはたく音が、妙に乾いて少女の耳に響いていた。
 
                             <続く>

*************

 スレイキャラが一人も出ていないのです……オリキャラ多いのはいつものこととはいえ(汗)
 まぁ、あの……次々回(次回じゃないのか(−−;)辺りには、出てくる、かもしれませんので、お暇でしたらもう少しお付き合い下さいませ(^^;)

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13210Pandra’s box(2)T−HOPE E-mail URL1/18-23:49
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  Pandra’s box


「〜〜〜〜あ〜……疲れた……」
 それから、2刻ほど過ぎて。
 東側を向いた自室のベッドの上に寝転がって、少女は、些か痛む腕と腰に嘆いていた。
「本っっっ気で3人分働かすんだもん。
 母さんの鬼〜〜〜〜っっっ!」
 ぼやきながらも、聞かれてはならじとその声は小さい。
 ついでにいうならば、こういうことはしょっちゅうなので、ぼやきもあまり深刻には響かなかった。
 曲げっぱなしで固まった腰をほぐすように伸びをして、
「……さて、とっ」
 少女は、きらきらと好奇心に満ち満ちた瞳で、がばっと起きあがった。
 ベッドに腰掛けたまま、その脇のテーブルの上に置かれていた、銀色の箱に、手を伸ばす。
「ひいおばあちゃんの、持っていた、箱……」
 何故か、自然に声が小さくなった。
 鈍い、何処かぬらりと光る銀。彫られた模様は、文字か、装飾か。曲線を基調に、箱全体を守るように巡る。
 箱の側面には、そこから分かれることを示すような切れ目。
 けれど、留め金は何処にも見えないにも関わらず、箱は開くことを拒み、その中身をさらそうとはしなかった。
「う〜〜〜〜ん〜〜〜〜」
 その頑なさに、余計に好奇心をそそられ、少女は持ち上げては下ろし、ひたすら箱を観察する。
 今更考えるまでもなく、高名な魔道士である曾祖母ならば、こういった奇妙な代物を大量に持っていても、不思議はなかったのだ。
 にもかかわらず、今まで、あまりにも縁がなかったことに、少女は今更ながら気づいた。
「そういや……あんまり、魔法のこととかって、話そうとしなかった、か、な?」
 曾祖母と会話した記憶がないわけではない。むしろ、どちらかというと破天荒とも言える明るい気性が似通ったことも手伝って、学究者気質の母と尻に敷かれる父との出会いだの、曾祖母が、あんなもの柔らかすぎて詐欺師めいた輩は駄目だと反対しまくったにもかかわらず、あっさり駆け落ちして祖父と一緒になった祖母の話だの、身内の裏話だのは山と聞かされた。
(──でも……おばあちゃんも母さんも、魔道は学ばなかった……?)
 そんなことを考えて、首をひねる。
 勿論、何も不思議はないのかもしれない。曾祖父は元傭兵だったという。祖父は神殿に関わる仕事で、父は骨董商だ。
 けれど…………。
「わっかんない、なぁ…………」
 曾祖母の考えか、はたまた、今更こんな事に妙に拘る己をか。いずれともつかぬまま呟いて、箱へと視線を戻した。
 ……奇妙に、心へと訴えかける物を持つ、銀の箱。
(開けたら…………?)
 もし、これを開いたら。開けたら、何か、判るだろうか?
 奇妙な箱。
(“魔道士”のひいおばあちゃんへと、繋がる、箱)
「う〜〜〜〜〜〜っっっ」
 ムキになって、爪を立てる。亀裂は、広がらない。
 指を滑らせ、何処かとっかかりはないかと探す。
 ……と。
「……痛っ」
 1カ所、欠けたように鋭くなってでもいたのだろうか。少女の白い指に、ぷっくりと、真紅が盛り上がった。
「あ〜〜〜あ」
 溜息交じりに、切れた指をかざした。玉になった血液が、重力に従い、ぽとりと落ちる。
 箱の、上へ。
 そして。
「………………え?」
 先程まで、まるで溶接したかのように開くことを拒んでいた箱の蓋が、僅かに、持ち上がっていた。
 少女は目を丸くしたが、思わずといったようにその手を伸べ、蓋へと、触れた。
 そのまま持ち上げようとして、ふと、止まる。
(………………)
 ナニかが、囁きかけたような、そんな気がした。
 やめろと、そう説かれ、訴えかけられたような、そんな不可解な感情。それに、思わず眉を寄せ、考え込む。
 ……けれど。
「……変なの」
 笑って呟き、少女は、蓋を持ち上げた。
 
 そうして。
 
 
 ………………白。と、紅。
 
 最初に目に入ったのは、その二色……。

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13211Pandra’s box(3)T−HOPE E-mail URL1/18-23:50
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  Pandra’s box


 ………………白。と、紅。
 
 最初に目に入ったのは、その二色。

「…………っっっっ!?」
 何と認識する前に叫びだそうとした、声。それよりも早く、その、白い白い、石膏で出来ているかのような……人間の右手。
 手首から先、それだけが、蛇のような鋭さで、少女の喉へと食い込んで、いた。
「っっっっっっ!!」
 ぎりぎりと、鈍い音がする。
 骨が軋む。
 呼吸などとうに止められ、血管を流れる水すらも行き場を失い、目の前が、白く、赤く、そして黒く染まっていく。
 もがくように無様に、か弱い指先だけが踊るように蠢いて、締め上げる右手にかけられようとする。
 もはや、その力もなく、すがるように、絞める指の輪郭をなぞって、落ちたが。
「………………っ」
 恐慌と虚無の狭間で、乖離した冷静な意識が、その指先を男性の物と、何処かで断じた。それも、微かに揺らいだまま、少女は床に崩れ落ちる。
 その直前。
 見ていながら意識することもなかった、箱の中のもう一つ。
 ……ひびの入った紅の宝石が、瞼の裏に、浮かび上がった。

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13212Pandra’s box(4)T−HOPE E-mail URL1/18-23:51
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  Pandra’s box



 ……ごとりと、音がした。
 白い白い、ただ白いソレ。
 血が通わぬその色を、何故かいつも不思議とは思わなかったけれど、こうして大地にごろりと転がると、やはりツクリモノめいて。
 断面すら、ただ白い。
 いっそ、黒ならば。内面映して納得いくかもしれないと、埒もないことを、半瞬とも呼べない刹那に、考える。
 向き直る視線の先に、やはり白い面。
 切り落とされた右腕の先のキレイな断面を、苦笑めいた視線で眺めていた。痛みのない、相変わらず奇麗な笑顔で。
「………………貴女に切られるとは思いませんでしたが」
 苦痛に歪んでいたら、その方が驚いただろうと、切り落とした感慨すらも納得へと落ち着く前に。
 幾筋もの光と剣が交差して、ごとりと、落ちる首。人形の首がもげるよりもあっさりと。
 確かに目の前にあった身体ごと、それらが砂と化して、溶ける。
「……。
 ……そのうち、返してもらいますね?」
 一瞬、耳元をかすめた風が戯言を呟いたような錯覚を覚えながら、自分の目の前に、本当に人形のソレのように呆気なくも転がる白い右手を、持ち上げた。
 相変わらずひびの入った紅の呪符をつけたままの、手で。

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13213Pandra’s box(5)T−HOPE E-mail URL1/18-23:52
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  Pandra’s box


 カツンと、靴が木の床にあたった。
「……好奇心は、猫をも殺すんですよね?」
 乾いた、それでいて何処か面白がるような柔らかな男性の声が、その場の状況をまるで無視して響いた。
 それに応える者は、床に転がる少女の意識が戻らぬ限り、いない筈だった。
 しかし。
『…………。あんた、それ言いたいために、あんな不気味な罠仕掛けたわけ?』
 何処か呆れを含んだ声が、その場に落ちた。
 カツンと、もう一つ、硬い音が部屋に響く。
 いつの間に現れたのか。栗色の髪の少女がもう一人、眠る一人を守るように身をかがめながら、指先で、ひびの入った紅の宝玉を弄んでいた。
 その視線が、同じくいつの間にやら現れた、闇の色を纏う青年へと、きつい色を宿して向けられている。
『常々思ってたことだけど、あんた悪趣味』
「それはずいぶんなご挨拶ですね。……お久しぶりだと、いうのに?」
 柔らかな笑みが、白い白い青年の頬に空虚に浮かべられていた。
 それに対峙するように背を真っ直ぐ伸ばし、小柄な少女は、ふんと軽く笑んだ。
『あたしを、殺す、つもりだった?』
「………………」
『残念ね?』
「お身内なら、別に死んでも構わないと?」
『死んでないんじゃない?
 あぁ、とりあえず、今のとこだけど』
 殆ど息もしていないような、倒れ込んだ少女へと一瞥だけ投げて、少女は肩をすくめて見せた。
 青年が、くつりと笑う。
「あなたなら、ね」
『何?』
 ふと、青年が真っ直ぐ少女へと視線を投げた。
 白い凍り付いたような秀麗な表情を、さらりと闇色の髪が撫で、人ならぬ光彩を宿す夜の色が、笑んだふりで少女を見ていた。
 彼が“何か”を“視る”……あるいは見ようとするのは非常に珍しいと、知識ではなく悟りながら、少女は、相変わらず己を崩さなかった。
『あたしなら、あんた、どうした?』
 くつくつと、優しげにすら響きそうな柔らかな音が、部屋を満たす。
 そうして、青年は、己の右腕を見せつけるように掲げて見せた。
「僕のこの手が覚えている貴女なら。
 “僕”を切り落とした貴女なら、おそらく、その細い喉首締め上げて、血管が張り裂ける程指を突き立て、骨を砕き、そのまま千切り取るまで躊躇わずに続けたでしょうに?」
 ……残念ですね。
 続ける青年の声と視線に応えたように、いまだ、倒れ込んだ少女の首に絡みついていた右手が、ずるりと外れた。
『やっぱり、悪趣味』
 真っ直ぐに立つ少女が、視線にそれを映したまま、僅かに顔をしかめてみせた。
 青年は、その様子に、軽く肩をすくめた。
「仕方ないでしょう?」
 床で動く白い右手。掲げられた青年の右の腕には……代わりというように、靄のような、何かがあった。
『右手再生なんて、あんた、簡単なくせに』
「返してもらいますと、告げておきましたが?」
『だから悪趣味』
 ──しかも遅すぎ、と、続ける声はあまりにも細かった。
 吐息交じりのその言葉には応えず、青年は、床に同じく転がった銀の箱へと、視線を向けた。
「オリハルコンの箱……と、魔血玉、ですか。
 また、随分な封印ですね?」
 からかうような響きの声に、少女は、深々と、わざとらしい溜息をこぼす。
『取り戻す気なら、好きにすりゃ良かったでしょうに。なぁにが随分?』
 青年の力なら、別段、この右手を無に帰したところで問題はない。気分の問題で取り返す気になったというのを無理に納得するにしても、それならばもっと早くすればいいだろうと、嫌味っぽい口調で、わざと呟いた。
 青年が、僅かに苦笑する。
「それは勿論、ただ取り返すことを望むだけなら、わざわざこんなことしませんけどね」
『ふぅん?』
 その言葉に、少女は、先程までの感情豊かな声とは違う……硬い、全て封じたような声音で、そう言った。
 光を宿した瞳が、抉るように、青年を見る。
『喪失が、それ程に恐ろしい?』
「……世界はやがて無に帰すのに何を恐れよと?」
『敗北が、それ程に、忘れがたい?』
 青年は、す、と、笑みを消した。けれど、表情はそれ以外、僅かも動かない。
「不覚と敗北は、違いますよね?」
 少女は、小さく首を傾けた。
 無論、青年の言いたいことなど、少女には判りきっていた。
 ……負った、傷。失った、右手。
 かつて最後に対峙した時に起こった出来事は、見えることが真実ではなかった。
 全て、青年にとっては、予想の範疇。遊びで済ませられる状況で、追いつめられるふりだけをして、目的を達成した後は、わざとらしくキレイに退場してのけた。
 それだけのことだ、と。
 遊びすぎることを不覚と規定するにせよ、滅ぶどころか倒されるまでもいかなかっただろうことは、青年の言葉聞くまでもなく知っていたので、少女は、驚きもしなかった。
 ──けれど。
『でも、右腕はここにあるわね?』
「えぇ…………。お預けしましたし?」
『そうよね』
 唇の端に笑みを刻んで、少女は、つんと顎を上げてみせた。
『あんたがた曰くのたかが人間ごときに、あんた自身の意志で、預けた、わけだ』
 青年は応えない。
 少女は、鮮やかに、微笑を広げた。
『……だから、“奪った”のよ』
「………………やれやれ」
 青年は、ややあって、溜息を一つ、落とした。
 そして、一歩、少女へと近寄り、形を保つ左の手を伸べた。
「リナさん…………人間って、何でこんなにあっさり、死んじゃうんでしょうねぇ?」
 その言葉に、少女は思いきり顔をしかめた。そのまま、応えるように、右の手を伸ばす。
『あーのーね、普通、100年も生きれば、人間、大往生だっつーのっ!』
 触れる、手。それが、形だけのように、僅かにすり抜ける。
 寸前、形のない影の筈の少女の指先を、どういう手を使ったものか、青年が捕らえなおしたが。
「“リナおばあさん”ですか。
 ま、これだけ中身に代わりがないと、何だか喜劇のようですが」
『1000年も2000年も成長も変化もないあんたに言われた日には、むかつくより先に呆れるわねっ』
 既に、肉の衣を脱ぎ捨て、己の思うがままに形を成した影なる少女は、しみじみした青年の台詞に、噛み付くように応じた。が、瞳は悪戯っぽく笑んでいる。
「僕の存在?
 ……違いますね。この箱の解放が、鍵、ですか」
 輪廻に還る筈の道を、見えていながら敢えて無視してとどまったその楔を、僅かに揺らいだ少女の姿から全て見て取り、青年は、僅かに眉を寄せるという人間めいた仕草をしてのけた。
 少女が、くすくすと、微笑う。
『あんたから見れば泡沫でも、人にすれば長い年月なのよ、100年って……。
 特に、物事突き詰めて考えるには、ね』
「だから、ですか?」
 “何を考えるか”ではなく。
 青年は、そう、問い返した。
 少女もまた、こくんと一つ、頷いてみせる。瞳が、きらりと深い色のまま光った。
「僕を利用なさった、と。
 ……さすが、と、言うべきでしょうか?」
『あそこまで悪趣味かつ不気味な真似されるとは予想してなかったけどね。このびっくり箱』
 吐息交じりの言葉で、少女はやっと、白い首に青黒い痕を付けて転がるもう一人の──自分の曾孫にあたる少女を、見下ろした。
『…………残念ながら、この子ってば、あたしに似てるわ』
「まぁ、胸は多少こちらが……」
『殴るわよっ?』
「…………殴ってから言われましても…………」
 にこにこと、茶化す笑みを浮かべたままの青年の台詞に、少女は額を押さえて、『続けるわよ』と言葉を絞り出した。
 ……無論……最早判りきったことで、単なる確認作業と、共に認識してはいたのだが。
『胸云々はともかくっ──つーか、んなもんあたしきっちり結婚なんてーもんして子供も育てたんだから今更言われてたまるかって気もするけどそれもおいといてっ──容姿だけで済めば
いいものを、この子が一番あたしに似てるのは、ね』
 ふ、と、自分を見やる白い面に浮かんだ笑みの色が変わったのを感じながら、少女は言葉を継いだ。
『好奇心、よね』
 そして、ぽんっとひびの入った呪符を、元々の持ち主へと、放り投げた。
「知識欲は……罪では、ないでしょうね」
『あたしも、自分の為したことを、後悔なんてしやしないわよ?』
 少女は、己の細い腕を、僅かに広げてみせる。
 青年は、そんな様子に、ふと笑んだ。
 ──かつて……人一人すら支えられないようなその細い身体が、抱きしめ、蓄えていた強大なる力を思い返して。
 それ皆全て、少女の好奇心がもたらした、世界最強の、術。
「でも、他者に渡ることを否定なさるのですよね、貴女は?」
 ……全てを見越して。
 少女は、こくんと微かに頷いた。
『誰も、“あたし”じゃない。
 あたしが自分のことしか抱えられないように、他の人間も、“あたし”を抱えられない。
 なら…………ね』
 青年が最後に見た時よりも深みを増した、少女の瞳。それが、静かな淵のように底をさらさず、前を見据えていた。
『“あたし”のツケは、自分で払うのよ』
「……罠を張っても?」
『猫のように、あっさり殺されてもらっちゃったら寝覚め悪いもの』
 ……彼女の曾孫は、おそらく、最後まで気づかないだろう。全てが、描かれたとおり、回る歯車にそって導かれた、などと。
 曾祖母の遺言、見出された銀の箱。傷ついた指、絞められた首……そうして。
 ──恐怖に封じられる、好奇心?
 青年は、軽く肩をすくめた。
「そう上手くいくものでしょうかね?」
『いかなくたって、いいのよ』
「と、言いますと?」
 少女は、くすりと笑った。そして、細い指先で、床にまだ転がる白い手を、示す。
『最大のツケは……もう、払ったもの』
 青年が、ほんの一瞬……己でも気づけない程の刹那のみ、顔を歪めた。
 持って行きなさい、と、少女に唇の動きだけで、告げられて。
「……そして貴女は、逝くのですか?」
 微かに人の呼ぶそれとは異なる力が込められた、まだ繋がれた指先。
『…………』
 それに、視線を一回だけ落とし、少女は初めて、柔らかく……優しく、青年に微笑みかけた。
『“さようなら”』
 そうして、ふわりと、空気に溶けた。

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13214Pandra’s box(終)T−HOPE E-mail URL1/18-23:53
記事番号13213へのコメント

  Pandra’s box



「…………。
 ……確かに、好奇心は、猫をも殺すのでしょうね……」
 ぱたりと落ちた左の指先を、瞳の前に持ってきてしげしげと眺めると、青年は、ぽつりと呟いた。
 いつの間にか戻した白い右手で、そっと、その輪郭をなぞってみる。
 影となっていた少女には、かつてあった筈の温もりもない。名残もない……それでも、残るものを探すように。
「魔族、も……殺すのだったら、それは凄いですよねぇ?」
 くつり、と、1回、喉を振るわしてみる。応じる声はないと、判ってはいるが。
 あまりにも見事にしてやられては、つい、こうしてぼやきたくもなった。
 人を真似て、そっと、瞳を伏せてみた。
「…………不覚でも敗北でも。1度きり許されるもの。
 えぇ、忠告か罠かは知りませんが、おそらく、貴女の思惑通りに事は進むのでしょうね……」
 まるで彼の十八番を奪うかのように、張り巡らされた、罠。
 ……否。それは、必然を幾重にも選んで導いたものなのか。
 いずれにせよ、結果は変わらない。
 ──曾孫には、好奇心に対する恐怖を。
 ──そうして、彼には…………。
「好奇心が、僕を貴女へと縛り付け、敗北というものを覚えさせた、と捉えるならば……確かに、ね。
 貴女のお身内に、手を出す気も失せるというもの」
 人ごときに喪失を味合わされるのは、1度で十分すぎると、そういうことだろう。
「もっとも、僕はともかく、貴女のお身内に関してはどう転ぶことやら……疑問では、ありますが、ね?」
 ……好奇心を、飼い慣らせるか、否か。
「手は、出しませんよ。
 ……それは、当然です」
 くすくすと、青年は、転がるまだ意識のない──脳裏に浮かび上がるもう一人と同じ容姿の──少女を見下ろし、冷たい笑みを降らせた。
「恐怖一つで止まる貴女ではなかった。
 ならば、この方は、どうなるのでしょうね?」
 ……暇つぶしなら、眺めるだけでも、構わないのだ。
 青年は、手の中で転がる呪符の一つを見やり……ゆるりと、首を振った。
「手出しは貴女だからこそ。
 …………貴方が、いけないのですよ?」
 カツンと硬い音を立て、他の3つと同じように、紅の呪符は再び銀の箱の中へと収められた。
 かたりと、箱は閉ざされる。
 吐息のような言葉を、一緒に封じたまま。
「………………一人勝手に消えてしまうのですから」
 
 


 東の空が、白んできた。
 暁が、鳥の声と一緒に、部屋へと入り込む。
 僅かに朱がかった光が、横たわる少女の全身を縁取っている。
 その横に。
 開いていたことも夢とでもいうように、変わらずその中を拒んだまま、銀の小箱が一つ。
 静かに、転がっていた。


*************

 というわけで……多分、な、ゼロリナなのです(^^;)
 元ネタ、新年早々忘れ果ててたのにやってきた、某タイムカプセルからのお手紙さん。
 小学校の時に学校単位で無理矢理やらされた行事など、きっぱり忘却の彼方だったんですけどねぇ……。
 プラスの、異様に賑やかな新世紀とやらへの疑問、でしょーか。新年早々から何やら意味不明なのですが。
 ではでは、こんなんですが、もしも目を通して下さった方。いらしたら、有り難うございます、なのです〜。

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13257読みました。なかたかな E-mail 1/22-00:15
記事番号13214へのコメント

久々の投稿、拝読しました。
凄く不思議な雰囲気で……さすがはT-HOPEさん、と思わず唸りました。
上手く書き表せないんですが(汗)好奇心、というキーワードの持つ重み、
内側に孕むうすら寒い感覚(恐怖?)に引きこまれ、一気に読破してしまいました。
因業、とはこういうことを言うのかも知れない…などと思うのは。
私の考え過ぎなのでしょうか?

余談。

>新年早々忘れ果ててたのにやってきた、某タイムカプセルからのお手紙さん。

私も、その企画に乗って手紙書きました(笑)
それがきっかけで、この数年全く連絡を取っていなかった友人(小学校の同級生)
から、先日電話がかかってきたりして(笑)
……転居届を出していなかったので、自分宛の手紙は行方不明なままですが。

などと、途中全く関係ないことを書いてしまいましたが(汗)
新世紀早々、良いお話を読ませて頂きました。ありがとうございました。
これからも頑張ってください。では。

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13261たいっっへんお久しぶりです(^^;)T−HOPE E-mail URL1/22-22:00
記事番号13257へのコメント

 こんばんは。T−HOPEでございます。
 このHNも久しぶり、とゆーより、お話書くのが結構久しぶりなあたりが大変問題だったり……(汗)
 おそらく忘れ去られてるかしらと思っておりましたので、感想、大変嬉しく拝見させていただきました。
 どうも有り難うございます〜m(_)m

>久々の投稿、拝読しました。
>凄く不思議な雰囲気で……さすがはT-HOPEさん、と思わず唸りました。
>上手く書き表せないんですが(汗)好奇心、というキーワードの持つ重み、
>内側に孕むうすら寒い感覚(恐怖?)に引きこまれ、一気に読破してしまいました。
>因業、とはこういうことを言うのかも知れない…などと思うのは。
>私の考え過ぎなのでしょうか?

 個人的に、流れが自分でも不思議だったりします。いえ、別の意味で(^^;)
 本当は、も少し可愛らしい物を箱の中に入れておきたかったのですが……まぁ、相手がゼロスですし……。
 リナ&ゼロス、私が何も余計な要素入れずに書くと、何故か、もつれた糸みたいな因縁めいた会話始めてしまうのが、謎で仕方ないのです。
 因業……というか……月の表と裏というか……(意味不明(−−;)
 ……に、しても、自分で書いておきながら、何故にリナちゃんの曾孫死にかけたのだか、とっても不思議だったりする辺りが、一番問題かと(汗)

>余談。
>
>>新年早々忘れ果ててたのにやってきた、某タイムカプセルからのお手紙さん。
>
>私も、その企画に乗って手紙書きました(笑)
>それがきっかけで、この数年全く連絡を取っていなかった友人(小学校の同級生)
>から、先日電話がかかってきたりして(笑)
>……転居届を出していなかったので、自分宛の手紙は行方不明なままですが。

 当時の小学生、結構やらされたよーな気がしますよねぇ。
 私の場合、おそらく住所変わらないだろうと親に言われて田舎の祖父母の住所書いてましたので、無事届きましたけど。
 ……でも、かんっっっぺきに忘れて、「届け出してない手紙が今頃郵便局で大量に迷ってるのよね」とかいう会話を、親としていたという(思い切り他人事(^^;)
 見つけて持ってきた妹の方が、妙に期待をしてましたね。ごめん大したこと書いてないよ、私……などと(笑)

>などと、途中全く関係ないことを書いてしまいましたが(汗)
>新世紀早々、良いお話を読ませて頂きました。ありがとうございました。
>これからも頑張ってください。では。

 はい、有り難うございますっ。
 良い話……あ、あうぅぅ……えぇ、次回はも少しマシな物をお目に掛けられるように、頑張りますっ。
 ……それでは、またお気が向かれましたら、目を通してやっていただけると嬉しいのです。