◆−手と涙−珀 (2002/5/3 18:56:32) No.20739
 ┗Re:手と涙−珀 (2002/5/3 18:57:57) No.20740


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20739手と涙2002/5/3 18:56:32


毎日の繰り返しが、渉には結構苦しいものだった。女なのに渉と言う名前。それもうざかった。クラブ活動で顧問がする贔屓。渉は家の事情でクラブを休むのに、休んでいるからとかなんとかけちをつけて、レギュラーから落とした。高校はこれだから嫌だ。しかも女子高。剣道部の中では渉が一番の実力者なのに、誰もがそれを知っているのに自分がレギュラーになりたいがためだけに絶対に顧問に「それはおかしい」とか、抗議したりはしない。なんてことだ、と渉は呆れていた。

「今から来月の県予選の団体戦メンバーを発表する。」

顧問の声を右耳から左耳へ通過させると、ざまぁみろといったかんじになる。自分を蹴落としたら、必ず県予選で上へはいけるはずが無い。今までに一回かそこらでもインターハイへ行ったと言うなら話は別だ。でも一回でもインターハイへいったかと言えば、無い。市民大会でも負け続けているのに、わざわざ県予選に金を払ってまで行くこと無いだろうと渉は思っていた。

「先鋒、井上。次峰、石神。中堅、三田。副将、川上。大将、北村。これがAチーム。Bチームはまだ組んでいない。組み次第発表する。じゃあ練習にもどれ。」

「まじで?私大将なわけ?」
「大変だね。」
「いやなら言っちゃえば?」

その会話は全部渉の耳に入っていた。

「真紀。嫌でも訳分からん事でレギュラー振り落とされた人の身になって喋れ。」
「あっ、ごめん・・・・・・。」
「でもなんで石島の奴、渉のこと落としたの?」
「私がよく休むからでしょ。」
「しかた無いんじゃないの?家のことだし。」
「じゃあそれを直々にあいつに訴えてくれ。」

そうとだけ言うと、渉は面を抱えて白線の近くに座った。この白線の向こうはもう戦場。自分にとって一番好きな場所。ここではどんなことでも許される。どんな事を叫んでも、それが勝つことに繋がる。中学を卒業してから味気なかった高校生活も、とりあえずこの白線の中の空気に助けられていた。

「Bには入ってるさ。」

と声がした。先輩の斎藤だった。綺麗で、優しくて、強い。渉にはもうこの上ない憧れの人。

「いえ、自分は入ってないと思います。」
「なんで?」
「石島、入れないって言ってました。」
「あれ?Cチームには入ってたよ。」
「C!?」

思わず渉は叫んだ。Bまでしかないと思っていた団体がCまであった。Aが三年生、Bが二年生、Cが一年生の団体。しかし、三年生がいないために1年生が繰り上がってAに今回は入った。

「渉はさ、やっぱ強いじゃん。二段だっけ。」
「二段です。」
「一番強いでしょ。」
「そうでもないです。斎藤先輩には適いません。」

くすっとわらって、手拭を頭に巻いた。

「石島は渉のその強さをもっと引き出したいんだよ。でも渉が出てこれないから、無理してでも、って思ってるんじゃないかな。」
「・・・・・・・そうっすかねぇ。」
「そうよ。ねぇ、服部。」
「そうさ!あんたは強いから。」
「ありがとうございます。」

先輩は大好きだけど、そこまで気を使ってほしくなかった。もう帰りたくなって、気分が悪いと言って早退した。防具もなにもかも出してきてすぐにしまった。携帯を胸ポケットにつっこんで、制靴の踵を堂々と踏んで、ミニスカートにして、カッターシャツをだして、なぜか崩れすぎた格好で帰った。剣道は好きだ。でも自分にはもっとやらなければいけないことがある。でもそれが何かわからなかった。好きな人もいるし、でもあえないし、彼氏もいないし、実際味気なさすぎて面白くなかった。白線内は別だけど。

「相可駅です。お出口は左から開きます。」

アナウンスにしたがって相可駅でおりた。今の時間、知っている人にはまず会わないだろう。ところが。改札口を抜けたとき、呼び止められた。

「渉?」

ふと後ろを振り向いて、真っ赤になった。木島高校の制服を着た自分の好きな人が立っていたら、それは驚くだろう。

「小原渉だよな?俺、覚えてるか?」
「おっ・・・覚えてるよ!中村晃治だよねぇ?」
「なぁんだやっぱ覚えてたか。お前、今帰り?」
「そうだよ。」
「なんかくっていかねぇ?俺、おごるから。」

気がついたら晃治とマクドの店にいた。晃治は一つ年上で、昔習っていた空手の先輩だ。でも先輩と言うよりもタメの友達ってかんじで、かれこれ好きになって三年くらい経っていた。

「今日、暗くねぇ?」

晃治がいきなり切り込んできた。これには焦った。

「なにが?別に?」
「なんかあっただろ。話せ。」
「・・・・・・・・・・レギュラー。」
「レギュラー落とされた、か。そんでぶーくれてんだろ。お前変わってねぇの。」
「五月蝿い!私だってぶーくれるわ!」

渉は怒鳴った。晃治は笑っている。晃治は渉の目を見て話す。いつもソウだった。渉が試合で負けたとき、空手の昇段級審査で受かったとき、落ちたとき、いつもいつも傍で肩を抱いて励ましてくれた。だから晃治は渉の気持ちが全て分かるんだとおもう。

「そういうときはさ。」

晃治がゆっくり話し始めた。

「顧問に頭下げろ。顧問よりお前が強いんだ。俺もお前も空手やめて、会う事の方が少ないけど俺はお前の味方。だからなにがあっても一緒だから、顧問に頭下げて頑張りますからって言ってみろよ。」

晃治の優しい声がなぜか涙を誘う。気付いたらないていた。晃治がいつものように肩を抱いてくれた。昔から晃治といるのが楽しくて、落ち着いて、晃治と一緒なら空手の練習も面白くて仕方なかった。でも晃治はもういつも傍にいない。携帯の番号を聞いて、その日は別れた。久しぶりに見た晃治は普通にかっこよかった。でも、その後になぜか気分を害する場面に出くわすは言うまでも無い。

                                 +二話目に続く。+

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20740Re:手と涙2002/5/3 18:57:57
記事番号20739へのコメント

お久しぶりです。覚えてくれて見えますか?
珀です。今回はなんか大分頑張ってみました。
まだ続きます。これからはしょっちゅうこれると思うので、
またよろしくお願いします。

                 珀