◆−Blind-World SOS 1−ブラッド (2002/5/3 22:36:51) No.20743
20743 | Blind-World SOS 1 | ブラッド E-mail URL | 2002/5/3 22:36:51 |
皆様、どもです。 最近執筆活動全くしておりませんでしたブラッドです(汗) そんなブラッドですが、やっと第二部始動です。 もう、この設定を考えるのにもともとあんま無い頭の中を痛めまくりました(笑) 結構何処かでみたようなって感じの設定が多いかも(汗)結構かぶりまくってます。 そうですね……某ファンタジー小説なんか特に。 では、ちと警告をば。 この話は、スレイヤーズ設定+ブラッドのオリジナル設定で行われています。 ちなみに、カプリングはゼルアメです。誰がなんといおうがゼルアメです。 そして、ガウリナです(どきぱ) オリキャラ同士のカプリングもあったりします(待て) というわけで、オリキャラも出てきます。 んでもって、そのオリキャラは以前ブラッドが連載しておりました『微笑みの傷跡』という話に出てきたキャラクターでございます。 つまり、この話はその『微笑』の続きとなるのですよ。 微笑であかしきれなかった謎を、少しずつあかしていこうと思いまして。 それでは、相変わらずの遅筆で駄文でございますが、長い目で応援して頂くと嬉しいです。 んでもって、レスくれると真剣に喜びます。感想くれるとマジで嬉しいです。 そしてブラッド。相変わらずストックという事が苦手でございます(待て) では、どうぞ、お読み下さいませ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 一つの箱があった。 その箱を開けると、なんでも願いが叶うという。 よくあるようなお伽噺だ。 彼は、苦笑混じりに嘆息した。 一つの箱があった。 その箱を開けると、この世に災いが訪れるらしい。 よくあるような作り話だろう。 彼は、肩をすくめ笑った。 一つの箱があった。 箱の名前を―――――――memoria flos(メモリア フロース)―――――――【記憶の華】という。 青年は、口の端を少しだけあげた。 くるりと進行方向に足を向ける。 瞬間、踊るように風が花を散らした。 「必ず手に入れてみせようじゃないか」 そう言ったのは、珍しいミルクティー色の髪に、まるでラズライトのような美しい蒼い瞳の青年。 その整った顔立ちに、同じ髪色を持つ息子そっくりな笑顔を浮かべ呟く。 「――――必ずな」 始まりはいつも、あてにならないシナリオじみていた。 Blind-World SOS ===== story T ===== 空は透き通るように青く、雲は何処までも白い。風は人を急かすようにふき、ときに人を拒むようにふきつける。差し込む斜陽によって部屋の中は暖かに照らされ、なんと平和な光景だろうか。その光景は、昨日となんら変わりばえがない。 晴天。酸素の薄い空気。偽りの青。 変わらな過ぎて、かえって虚しかった。 今更ながら改めてそんな事を思う自分に妙な違和感を抱きながら彼女は表情を緩める。が、その緩みも一瞬。すぐにドタドタという足音のせいで、彼女の表情――――いや、表情だけでなく体中や雰囲気全てに緊張が走った。同時に、はぁ――――と大きく息をつく。 彼女はうんざりとしながら、その足音の行き先が自分のいる場所ではないように、と外れるとわかっていても祈ってみた。僅かな奇跡というものにかけてみたいのだ。また大きく息を――――つきかけたところで彼女は止める。 (今日何回目の溜め息なんでしょう) 胸中でごちりながら、彼女は堅い表情に少しだけ笑みを交えさせた。 最近よく溜め息をつくようになったと思う。よくない事だと言われてはいるのだが、気付いたら自然と息をついているのだ。大抵、人に指摘されてから気付く。それだけ、自然に無意識に。 足音は近付いてきていた。彼女の気分を害すには、その足音だけで充分すぎる程に役目をはたしてくれている。辺りには、異様な緊張感が張りつめた――――としてもそれに気付いているのはきっと彼女だけなのだろうが。 天気は快晴。さほど強くもない陽光が窓から差し込んで、いつものように部屋の中を照らしている。 ゆっくりと立ち上がり、耳をすます。 (そろそろか――――) ノックの音が、静かな部屋に響き渡った。視線は、扉へとむく。しばらくの、静寂。そんな長くはない、ほんのしばらくだ。そして、彼女は短く静かに、聞いた。 「誰です?」 「開けますよ」 其処にいたのは決して穏やかとはいえない表情をした宮廷大臣。 「アメリア様」 その言葉に、彼女はうんざりと声の反対方向へと振り返った。振り返ると、後からついてくるように艶やかな濃紺の髪も一緒に振り返る。 「縁談の話なら即お断りですよ」 「人の話を聞くときは――――」 「わかってます。人の話を聞くときは人の目を見なさいでしょう」 言いながら振り返る。と、また長い髪の毛も一緒に振り返ってくる。 「で、私に何か用ですか?」 「まぁそんなつんけんなさらないで下さい。何も貴方を怒らせたいわけでは無いのですよ」 「やってることは私を怒らせるものに充分値するかもしれませんけどね」 アメリアは素っ気なく告げ、軽く眉を顰めた。 「全く、ああいえばこういう――――」 「どこかのマシンガントークをかます誰かやどこかの盗賊いぢめを楽しむ誰かとかよりはマシだと思ってます」 苛立たしい感情を無理に押し込めて、アメリアは続ける。 「だから私に何か用でも? 用があるのならばさっさと言ってさっさとこの部屋から出ていって下さい」 「縁談の――――」 「それは初めにお断りだといったでしょう」 その声に少し怒気が帯びているのは、きっと宮廷大臣も気付いていたのであろう。一瞬顔を顰めさせたのだが、大きくかぶりをふってきびすを返した。足音は遠ざかる。 肩から力が抜けていくのを自覚したのは、その足音すら聞こえなくなってから。 彼女は小さくかぶりを降った。 (いつもの事じゃない) 少し苛立っている自分を自分で咎めながら思う。そう、こんなことは呆れるくらい、退屈になるくらい単調ないつもの出来事だ。なのに、未だそれらに慣れることはない。この平凡で窮屈で退屈で苛立たしい――――いわゆる日常に。それでも、昔に比べると人並み程度には外面を取り繕う事には慣れた。しかし、どちらかというとそれが逆に苦々しい。 頬の肉が落ち、随分とシャープになってきた――――大人びたと言えばいいのだろうか――――その整った顔を皮肉に歪ませながら、アメリアは低く唸った。 年の頃は、大体17.8辺りだろう。腰辺りの艶やかな濃紺の髪は彼女によく似合っており、以前旅に出ていた時に来ていた服とは違う、薄い黄色のドレス。黄色は、彼女によく似合っていた。太陽のような、大きな向日葵(ひまわり)のような、ねばり強く愛おしい蒲公英(たんぽぽ)のような――――黄色は彼女によく似合う。名は『アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン』白魔術都市、セイルーンの姫君。姉が不在の今、もしこのまま姉が帰ってこなければおそらく次の次の統治者となるであろう女性だ。 肩肘をついて、口から漏れた小さな吐息は無視して、アメリアは退屈そうに髪を指に絡めさせた。 と、気付く。 それこそ今更なのだろうか、改めてみたのは初めてなのだろうか、それとも久しいのだろうか、驚いたように大きな瞳をさらに大きく丸くさせて笑みを零した。 「もう、こんなにも伸びちゃってたんですね」 以前はきちんと肩でそろえられていたその髪は、今では連絡はとるものの滅多にあうことはなくなった、当時共に旅をしてい鮮やかな真紅の瞳をもつ魔道士ほどの長さになっていた。 そこで初めて思う――――いや、思うというより気付いたのか。 もう、彼女達の存在が、あの過ぎ去った日々は懐かしむモノとなってしまっていたことに。 それはいい。それは別にいいのだ。それが時の流れというもの。別にさして気にすることではない。ただ、思うことが、何故こんなにも眩しく見えるのかということ。 あの頃よりも随分と大人になったと思うのに、何故こんなにもあの頃が眩しく見えるのだろう。 日常は、平凡に退屈に、緩やかに過ぎ去っていく。それでも、確かに時間は流れているのだ。過ぎゆく時間は、遅いようで、速くもあり、速いようで、遅くもある。 旅をすることがなくなってから、彼女は髪を切らなくなった。初めの頃は、髪が長い自分というものに少し違和感を覚えていたのだが、今ではもう慣れてしまい、なんの違和感も感じない。 髪を伸ばし始めた時期と、この王宮での退屈な日々が始まった時は同じだというのに、未だに慣れたものと慣れないものがある。それが妙におかしくて、彼女は苦笑した。 「変化という事が少しくらいは欲しいものです」 慣れるというものは飽きるということでもある。 もし、今何が欲しいかと問われたならば、それは変化。別にこの穏やかな平和というモノが嫌なのではない。むしろ、平和であることを願っている。この穏やかな毎日の日常が平和であるということもわかっている。これは、喜ぶべき事、歓迎すべき事なのだ。 それでも、マンネリズムに陥るのが酷く恐い。 何故か全てを忘れてしまいそうな気がするのだ。 例えば、それはあの時の感情。例えば、それはあの時の想い。例えば、それはあの時の言葉。 忘れたくなどないのに、忘れてしまいそうで、まるで何かに記憶を奪われていっているように感じてしまう。しかしだ、そんな事はきっと気のせい。 つまらない事を考えるモノだ。 毎日が代わり映えのない、いつもと同じ平凡な普通。 普通な毎日が一番幸せだと言うではないか。なにげない事が、特別なのだと言うではないか。 もう一度、静かに嘆息しかぶりを降る。そうやって、暴走しかけの思考にストップをかけてみた。 軽く目を伏せ、息を吐きながら肩の力を抜いていく。自分一人の時でさえ、緊張を緩めることを禁ずるなどいう思いは毛頭ない。 椅子に深くもたれて、アメリアは考えることを拒否した。これ以上考えると、きっと思考が完璧に暴走し始める。今この時にそれになられるのは、自分にとって不都合だと思うのだ。 ほんの少しでいい。ほんの少しでいいから、何も考えずにいたい。 大きくなれば全てが変わると幼いころ思っていた。 大きくなったけれど何かが通用しない。 あの時、擦り剥いた傷はもう癒えたのだろうか。 以前一人の青年に言った言葉が蘇る。 過去の自分が現在(いま)の自分に語りかける。 『自分を好きでいられる?』 「そもそも、君は死ぬ予定だったんだ」 低く呟くような、それでも酷く淡々とした声が静かな部屋一面に響き渡った。 無駄に広いその部屋にあるのは、小さめの椅子が二つ。その椅子に挟まれた形で置かれたテーブルの上には白い花。びっしりと本が詰まっている書架。その横にはご丁寧に梯子まで用意されてある。そして、床にしかれているふかふかとした上質の柔らかいクリィム色をした絨毯。やけに存在感を放つ大きな黒いグランドピアノ。 男は無言で鍵盤を叩いた。ポーンという妙に響いた音が女の身体を反応させる。 彼等の体勢はそのままで何も変わらず、ただ声だけが部屋の中で響いていた。 「起きてるってば」 少し怒気を含んだ声からみて、きっと実際のところ少し寝ていたのであろう。 「ここはベッドじゃないですよー。お嬢様」 男は、少し呆れと疑問が混ざった声で苦笑した。そんな男に女は全くのマイペースで尚もピアノの上で体勢をたてなおして呟く。 「だって、居心地よかったんだもん」 「…………ピアノの上が?」 「うん」 「……変だわ。君」 「どーいう意味よ」 男は何も話さないし、女も何も求めない。 こんな空間には、きっと慣れている。 男も女も年齢不詳という言葉が代名詞のような人物だった。ミルクティー色の髪にラズライトのような蒼い瞳。恐ろしい程の浮世離れした美しい顔。しかし、そんなことよりもなにより圧倒的なのはその存在感。まるで男の場所だけにスポットライトがあたっているかのように。そして、異常な程のカリスマ性。 「ねー、なんか弾いて」 女は、キャラキャラと無邪気に、少女のように笑った。銀色の髪の毛が乱れているのをそのままで、ゆっくりと目を閉じる。 「お望みのとおり」 音が流れる――――― 二人は黙った。 別に何も話す事はないから。それよりもただ、この音楽に身をまかしていくことを最優先させたのだ。 「きれい――――」 その女の声で、音の流れは止まった。そのまま、いつもと何も変わらない調子で女は言う。 「私ね、知ってたよ」 「なにが?} 「私は、あの時ホントは死んでたはずなんだよね――――パパと一緒に」 その言葉に、一瞬男は微動だにできなくなるのだが、すぐに自分のペースを取り戻し、返した。 「初めから起きてたってわけですか」 「だからいったでしょ。起きてるってさ」 まだピアノの上でくつろいだままの女は、窓からもれる朝の日差しが部屋を薄く彩って、異常な程その肌が白いことも重なってか、精巧につくられた蝋人形のようだった。 女と男の出会いは、とあるマフィアの令嬢だった女の誕生日パーティーでのこと。 本来なら、男はそこにいた人物達全員を殺すはずだったのだ。それは令嬢であった女も例外では無い。なのに―――― 『君は、望むのか?』 つまらないただのきまぐれだ。 「君は望んだ」 「えぇ」 「君は、生を望んだ」 「だから、私は今生にいるんだね」 女は、酷く楽しそうに笑った。まるで、今の状況なんてまったく興味が無いようで。 彼等を繋ぐモノが一体あるのだろうか。 もし、何かが男と女を繋いでいるのだとすれば、これは偶然ではなくて必然だったのだろうか。 まぁ、そんな事はどうでもいい。 「好きだよ」 「そうか」 言われて、男は肯定もぜず否定もせずにただ頷いた。 「なんか、違うよね」 クスクスと笑いながら、女は言う。 「そうだな」 それにまた、男はただ頷く。 不協和音は鳴り響いた。 男は、椅子から立ち上がり芝居がかった動作で一礼する。 「Plaudite, acta est fabula.(拍手を。お芝居はおしまいだ)」 男は、おかしそうに口元をあげた。 拍手がなり響く。 「うぅ〜……ん」 アメリアは大きく伸びをしながら深く息をすいこみ、揺るんだ涙腺から滲んだ涙を手の甲で拭いて椅子にもたれかかった。その存在を強烈なまでにアピールする太陽に何処までも青かった空には、薄く赤みがかかろうとしていることに気付き、暫く微動だにできなくなってしまう。同時に漏れた溜め息。 「やっちゃった……」 寝てしまっていたのだ。寝るつもりなんて毛頭なかったのに。 まだ頭の中や眼球の奥に眠気が残っているのを感じつつ、それを振り払うように大きくかぶりを婦って、彼女は勢いよく立ち上がった。 座ったまま寝たせいか、体中が少し痛い。ぼさぼさになった髪を手櫛ですきながら、目を開けなければならないと何度も念じるように呟いた。そう、目を瞑る心地良さに甘んじてしまう前に。 窓を開けてみると、風が髪を撫でていった。もう肌寒い。よく冷えた、心地よい風だ。 窓の外に見えるのは、広大なセイルーンの町並みというよりも、その上にある眩しい夕焼け。耳を澄ませば聞こえてくるのはさわさわという木々の枝葉が揺れる音。寝起きの雰囲気としては、悪くない。 瞬間、ドタドタというやけに威勢のいい足音が耳についた。 (最悪――――) 胸中で呟きながら、アメリアは溜め息混じりに肩をおとす。 せっかく気分よく起きれたというのに、何故こんな邪魔が入ってしまうのだろうか。だがこれも、よくある日常――――つまり慣れてしまったことの一つ。 「まったく、もう」 低く唸って、アメリアは軽く鏡を見た。そこに映ったのは、少しむくんだ顔にぼさぼさな髪をした、くしゃくしゃになったドレスを身に纏う自分。それに慌てて髪をとかし、服を適当になおして無理矢理笑顔をつくった。言葉探しに視線を虚空へむける。そう――――人並み程度には外面を取り繕う事には慣れたのだ―――― (さぁ、今度はどうやって私の気分を害してくれるんでしょうね) 部屋のノックの音を聞く気分は、酷く陰鬱だった。 「アメリア様っ! まさかと思いますけどあんな友人いらっしゃいませんよねっ。全く常々妙な友人作りはお止めなさいとあれほどお言い付けしておりましたのに――――」 「ちょっ、ちょっと待って下さい! 妙な友人っていったいどういう事なんですか?」 「あぁ、という事は無関係なんですね。あの人がホラを吹いてると。あぁ、私一安心ですわ」 余りの喧噪に一瞬たじろぎながらも、アメリアは取りあえずこの慌ただしい侍女を落ち着かせることにした。 「すいません。全く話が飲み込めないんですけど」 「ええっ。まさかご存じ無いのですか? 街中ちょっと一騒動って感じですよ。好奇心旺盛なアメリア様ならもう既にご存じかと思っておりました」 「一騒動?」 眉を顰め、問う。 「えぇ、なんだか凄く綺麗な男性なんですけれどもね。その人の態度がなんといいますか、偉そうといいますか、超越してるというんですか、奇人変人というんですか――――少し形容しがたいのですけれども」 なんとなく、思い当たるふしがあるような気がしなくも無いのだが、今思い浮かんだ人物ならここから遠い場所にすんでいるはずだ。セイルーンに等居るはずがない。あの白い花が咲く、思い出の丘――――そう、彼のいる場所はその丘がある場所だ。 ふと考えこんでみるのだが、そんな事は露知らず。侍女は口早にまくし立てる。 「その人がアメリア様のお知り合いだと言っておりまして――――えぇ、でも安心しました。お知り合いでは無いようですね」 にっこりと微笑む侍女に、おそるおそる尋ねてみる。 「その人、髪の毛はやたら長い銀色だったりしませんか?」 「え……えぇ、そうですけど」 「瞳は蒼」 「まるで宝石のように綺麗な蒼色ですわ」 「もしかしたら、その人扇子持ってません? しかもなんか扇子に『天才』とか『神』とか『無敵』とか―――――――あとはそうですね。なんだか格言っぽいものとか。『終わりよければ皆よろし』とか『人類皆兄弟』とか」 「ボクがよければ皆よろし、と書いてありましたけど――――なんだかやけにお詳しいですね」 「では、最後の質問です。その人の近くにやたら疲れ切った青年がいませんか? 凄く珍しいミルクティー色の髪をした人です」 「そういえば、なんだかその人連れと一緒だったような―――――――えぇえぇ、思い出しましたわ。凄く綺麗な人が近くにいました。そう、とっても綺麗なミルクティー色」 「……ごめんなさい。やっぱり私の知り合いです」 何故謝ったのかは解らなかったが、愕然とする侍女に一礼して、アメリアは街へと飛び出していった。 彼は、すでにうんざりとしていた。 理由はたくさんありすぎる。例えば、この不味い料理――――絶対自分が作った料理の方が上手いはず――――例えば、ベタベタとひっついてくる彼女――――はっきりいうとウザイ――――例えば、この鬱陶しいだけの人混み――――酔ってしまいそうだ――――そしてなによりも――――。 「いったいどういう事だいっ!」 こいつだ。 彼は、その珍しいミルクティー色の髪を掻き上げながら嘆息した。掻き上げたその指は、まるで力仕事など一切したことが無いと思わずほど繊細で、白魚のような手という表現は恐ろしいほどぴったりとくるだろう。背はどちらかというと一般男性より低く、全体的に華奢だという印象。顔立ちは恐ろしいほど整っており、形容するならば美しいという言葉が一番的確だろう。 足を組んで頬杖をつきながら、先ほどから一向に手をつけていない料理を髪と同色に少し金がかった特質な色の瞳で一瞥した。こんな料理に高い値段を払わなくてはならないだなんて、考えるだけでもゾっとする。そして、その思いはどうやら彼も同じだったらしい。 珍しく不機嫌な表情で言う彼は、扇子を勢いよく閉じそれでピっと料理をさす。ちなみに、先ほどまで開かれていたその扇子には『ボクがよければ皆よろし』なんて巫山戯た事が書かれてあったりした。 「不味いっ! 不味いよ! ここの御飯は。何だってこんな不味いモノを客に出せるのだか全くもってボクにはわからないね! まったくこれがお客様に出す食べ物かいっ? 吐き出してしまうかとおもったよ! 余りの不味さで腸が煮えくり返ってしまいそうだね。煮えくり返って沸騰だ! 沸騰!」 大声で一気にまくしたてた人物。外見は、まるで氷のように綺麗で思わず見惚れてしまうだろうというほどなのだが、先ほどから口にしている言葉は破天荒にも程が過ぎる、といった具合だ。 年の頃は、20代後半辺り。腰以上に長い銀色の直毛を靡かせて、切れ長の蒼瞳で真っ直ぐにウェイターを瞠った。印象的なその蒼い光を放つその瞳は、いつの時代も人を惹きつけて止まない宝石のよう。憤然と立ち上がって、長い前髪を耳にかけながら彼は視線を別の方向へ向けると、驚いたように一気にまくしたてた。 「おおっ、我が愛しの弟ジュエルよっ! 君も先ほどから全く手をつけていないねっ! ということはやっぱりここの御飯は不味い! うん、決定だ。ボクが決めたのだから間違いは無い。ここの御飯は不味いのだ!」 「もう……やだ」 名を呼ばれて、彼は正直いって今すぐこの場をさりたくなった。 この街へきてからというもの――――いや、この街へくるまえからずっとこの調子だ。今度こそはとわざわざ席まで別にしたのに、全く効果は無かったらしい。 今年で23歳になる。随分と最近は心が広くなったというか、穏やかになったというか、諦めるということを覚えたのだというか―――――――それでも、年齢通りならばまだまだ若造だ。そう、こんなに思いを殺して、老練ぶらなくてもいいじゃないか。 胸中で低く唸ってから、ジュエルはにっこりと目の前にいる彼女に微笑んだ。 「さぁ、あの奇人変人痴人と僕達は他人だ。いいね?」 「はっはっはっはっはっはっは。いったいどこの誰と君が他人だというのだいっ? まさかこのボクとじゃないだろうねっ。しかしっ、それはありえない事だよ! 我が愛しの弟ジュエルよっ!! 君の姿が変わろうが、例え君がピンクのウィッグで女装していようがっ、君がボクの弟でこの無敵素敵で人類最高、今世紀最高の頭脳にして超天才、それに加えて顔もよいこのボク、すなわち神であるこのボク、ラズライトが君の兄だということには変わり無いのさ! はっはっはっはっは」 「…………顔色悪いよ、ジュエル」 肩に少しかかるくらいの、少しくすんだ紅茶色の髪をくるくると指で弄ばせながら、乱暴にフォークで皿の上の食べ物を刺すと、彼女は焦げ茶色の大きな瞳でジュエルを見つめた。 「そんな不味いかなー? これ」 「不味いね。なに? これが不味いって君は思わないわけ? うっわ、舌腐ってるんじゃないの」 「だってお客さんだって結構入ってるじゃん」 「じゃーそいつらに舌全部腐ってるんだろう。どうせ」 頬杖をつきながら皿の上かがら視線を彼女へと向けた。 ぽっちゃりとした唇をつんととがらせ、なおもじっとこちらを見つめ続ける。瞬きをするたびに長い睫毛がふわりと揺れた。薔薇のように華やかで美しい女性。 「やさぐれたねー。ジュエル」 「君のせいでも間違いなくあるからね」 「じゃー責任とるってことで、結婚しよっかっvv」 「却下」 「なんだいなんだいっ。まさかルカはこんな御飯が不味くないというのかいっ? まったく君は御飯の味というのもわからない人だったのだね! しかしそれでは世の中きっと幸せだろう。なんでも上手く味わえる! まったくもって羨ましい限りだがボクはそんな馬鹿愚かにはなりたくないね! この味覚音痴! 馬鹿愚かっ! いやぁ、きっとなろうと思ってもボクはなれないね! なんたってボクは神だからっ」 「うるさいわよっ! ラズにーさまっ!! 人の味覚なんてものは人それぞれでしょう? じゃーなんでラズにーさまは肉の脂身なんちゅう吐き気がするもん平然と食べれるわけよっ! あれを食べる人こそ舌が腐ってるってもんだわっ! それに、この私の何処か愚かで馬鹿だっていうわけ? この美しい私のどこか愚かってわけよ?」 「はっはっはっはっは。そんなのではいくらルカが美人でもジュエルの嫁として認めないよっ」 しばしの沈黙。が、すぐにルカの態度は豹変した。焦げ茶色の瞳を輝かせ、まるで大輪の花がさいたように幸せそうな笑みをみせる。 「えへっv ルカがんばっちゃうっv 愛の力でどんな障害だろうと乗り越えてみせるわっ!」 ピースサインで満面の笑みを浮かべる彼女に、ラズライトは満足げに頷きながら勢いよく扇子を開いて哄笑した。 気付けば、彼等の周りには人だかりができている。彼――――ジュエルの表情は相変わらず何処か疲れきっていた。 先ほど侍女が言っていたのは誰のことなのだが、アメリアはすぐに理解した。 忘れるわけがない――――もう、懐かしむだけとなっていた人物達。それでも、忘れることはないあの出来事。連絡はたまにとっていたものの、会うことは随分と久しい。きっと、数年ぶりだ。 彼等は変わってしまったのだろうか。それとも、変わっていないのだろうか。 嬉しさと楽しみと期待と不安が入り交じった複雑な心境で、アメリアは彼等を捜す。しかし、捜すといってもこの街は広いのだ。いくら彼等の要望が一目を惹きつけるといってもそう簡単には見つからないはず――――と思ったのだが、すぐにそれは間違いだと否定する。 (変わっていなければ、すぐに見つかるはず) なにせ、先ほど侍女がちょっとした一騒動になっているといっていたのだ。『彼』のあの破天荒な性格はきっと変わっていないのであろう。きっと彼のいる場所では一騒動起きているはずだ―――― 妙な自信を抱きながら、アメリアは通りを見渡す。と、一カ所で大きな人だかりができていた。 頬が緩む。 「私がついてるんだか、彼等が凄いというんだか」 小さく呟いて、彼女は急いでかけだした。 其処は喧噪の中。そしてあったのは、懐かしい顔。 扇子片手に相変わらずの王様気質たっぷりに哄笑する彼に、うんざりと疲れ切った表情をした彼。しかし、その疲れ切った表情をしていてもその美貌が損なわれていないのはさすがだろう。そして、まるで周りに花が飛んでいるのかと思えるくらい幸せそうに笑う彼女。 妙に安心した。 息を吸い込んで、名を呼んでみる。 「ジュエルっ!」 名を呼んだとき、喧噪は最高潮に達しようとしていた。 |