◆−desire はじめに−ブラントン (2002/9/26 09:45:56) No.22229 ┣desire プロローグ−ブラントン (2002/9/26 09:47:01) No.22230 ┃┗desire 1−ブラントン (2002/9/26 09:48:36) No.22231 ┃ ┣desire 2 上−ブラントン (2002/9/26 09:50:28) No.22232 ┃ ┃┗desire 2 下−ブラントン (2002/9/26 09:51:28) No.22233 ┃ ┃ ┣desire 3−ブラントン (2002/9/26 09:53:02) No.22234 ┃ ┃ ┃┣desire 4 上−ブラントン (2002/9/26 09:54:11) No.22235 ┃ ┃ ┃┃┗desire 4 下−ブラントン (2002/9/26 09:55:23) No.22236 ┃ ┃ ┃┃ ┣desire エピローグ−ブラントン (2002/9/26 09:57:35) No.22237 ┃ ┃ ┃┃ ┗Re:desire 4 下−ドラマ・スライム (2002/10/3 17:49:31) NEW No.22390 ┃ ┃ ┃┗Re:desire 3−ドラマ・スライム (2002/10/2 19:29:23) NEW No.22355 ┃ ┃ ┗遅くなったレス−ドラマ・スライム (2002/9/28 15:41:15) No.22284 ┃ ┗Re:desire 1−ドラマ・スライム (2002/9/26 21:43:53) No.22252 ┗Re:desire はじめに−ドラマ・スライム (2002/9/26 20:57:22) No.22248 ┗ありがとうございます−ブラントン (2002/9/28 22:29:45) No.22299 ┗改めましてありがとうございました−ブラントン (2002/10/3 16:57:45) NEW No.22386
22229 | desire はじめに | ブラントン | 2002/9/26 09:45:56 |
事前問診表 Q.下記の項目にYesかNoでお答えください。 1.スレイヤーズが好きだ。 2.原作本編は読破済みである。 3.ルークとミリーナにもいろんなメディアで活躍してほしいと思う。 4.長めの話も読む気がある。 5.原作本編の見所はギャグよりも戦闘シーンだと思う。 6.正義の仲良し四人組がまったく出てこなくても構わない。 7.シリアスものでも拒否反応は起こさない。 8.じつは『DESIRE』というゲームを知っている。 すべてYesの方:まったく問題ありません! 本作がご期待に添えるよう祈っております。 すべてNoの方:大変恐れ入りますが――お読みいただいてもご満足いただけないと思います…… それ以外の方:上記のようなお話ですが……それでもよろしければ…… どうもです。 最近は全著者リストやアンケートでしか新規投稿していなかった身ですが――永らくの時を経てこのたび二度目となる小説の投稿をさせていただきます。 ……うう、緊張。 おことわり ・本作は魔王剣誕生にまつわるお話です。物語の始まる時点ではルークはその魔法の存在すら知りません。 そのため舞台はルークたちがリナたちを出会う前の原作第一部で、具体的には七巻の前あたりとご承知下さい。魔竜烈火砲出てきますし…… (なお、今作での設定は私が勝手に妄想の産物として生み出したものであり、ファンクラブ会誌での神坂先生へのインタビューによれば、魔王剣は全然違ういきさつでルーク自身の手で生み出されているとのことです)<お教えくださいました時珠泉流様に感謝申し上げます ・本作のゲストキャラはそのほとんどがセガサターンの『DESIRE』というゲームに出てきたキャラの面々をモチーフにしております。 といいましても、基本的な性格と人間関係を移してきただけで、完全にスレ世界の住人として登場して参りますので、ご存じでない方は単にキャラがたくさん出てきているとお思いになるだけで、読んでいくうえでの障害にはならないことと思います。 もしご存じの方は(ほとんどいないと思いますが……)、どこかで見たようなシーンやセリフが出てくることと思いますので、そのことでもお楽しみいただけるかと。 ・途中私が自分ででっち上げたオリジナルの魔法が一つ出て参ります。あらかじめご承知下さい。 書き始めてから4ヶ月半かかった本作ですが、完成までには様々な方のご助力をいただきました。 魔法研究を参考にさせていただきましたはまりや様。 魔法登場箇所一覧をお教えいただき、参考にさせていただきました鏑樹ふぉとん様。 そしてはまりや様のページのBBSで私の書き込みに応じていただきました、もみこ様、時珠泉流様、平八様、キスズ様、樺丸様、ryosuke様。 また、前作なくして今作はありません。4年4ヶ月前、初投稿だった私の作品に感想を下さった。むつみさん、えれな様、山塚ユリ様、みいしゃ様、Shinri様、松原ぼたん様にもあらためて感謝の言葉を。 最後に、この読みまくれという場を提供して下さっております一坪様にお礼を申し上げ―― それでは『desire』、お楽しみいただければ幸いです。 |
22230 | desire プロローグ | ブラントン | 2002/9/26 09:47:01 |
記事番号22229へのコメント Prologue コンコン。 ドアを叩く音が聞こえ、マコトは動かしていた手を止めた。 「マコト、起きてる?」 「――レイコ?」 聞こえる声でそこにいるのが誰か知ったマコトは、 「ちょっと待って、いま――」 慌てて、机の上にある書きかけの手紙をしまおうとする。が、 「……なんだ、着替え中じゃなかったの」 それよりも先にドアを開けて部屋の中に入ってきた女性は、椅子に座り自分の方を向く寝間着姿のマコトを見て、落胆の声を上げた。 紺色の長髪が腰まであり、二十代半ばにしてはより大人びた感じを漂わす彼女は、たった今使用したばかりのドアの合い鍵を指で踊らす。 「……着替え中だったら他人の部屋の鍵を開けて入ってくるの、あなたは」 あきれた声で返し、椅子から立ち上がって応対するマコト。 「残念。久々にマコトの麗らかな下着姿が見られると思ったのに」 冗談とも本気ともとれる口調でレイコは残念がった。 「まったく……」 今度は本当にあきれてマコトは呟いた。 だが顔に怒りの色はない。もともと二人は合い鍵を渡し合うような親友なのだから。 「それで、何か用? わざわざこんな夜更けに来るなんて」 「……ええ、それが――」 マコトが尋ねると、レイコは開いたままだったドアを閉め、声も落としながら顔つきも変えて話し始めた。 スウェア=シティ魔道士協会評議長の有能なる秘書、の顔である。 「研究資料が、なくなったのよ」 「え?」 短すぎる説明に、すぐにはそれの意味するところを理解できずに、声を返すマコト。 「それも一部だったら紛失って可能性も考えられるのだけど、いろんなものが一度になくなっているわ」 「いろんなって……」 「そのままいろいろよ。口で言うより直接確認してもらった方が早いわ」 「まさか……盗まれた、ってこと?」 「ええ。そう考えるのがいちばん自然でしょうね」 動揺するマコトに対し、レイコは静かに肯定する。 「わかったのはついさっき。まだこのことを知っているのは、評議長と私とマコト、あなただけよ」 「……そ、それで評議長はなんて? 犯人に心当たりは」 「ないわね。評議長は、明日なくなったものを詳しく確認してから本決めするけど、研究に支障は出させない、とおっしゃってたわ」 「そう……」 右手を口に当て、マコトは考え込む。 盗まれたという資料がどれなのかまだ自分は知らないが、支障が全く出ないわけがない。 おそらく評議長はそれによって研究をどうこうするつもりなど毛頭ない、といいたいのだろう。 ――それにしても犯人の正体とその目的は? 研究を盗むのが狙いなのか、それとも妨害のつもりなのか―― 「――『親愛なるアルバート=マクドガル様。先日あなたがこのスウェア=シティに来るとの報せを聞いたときは、正直とても驚きました』――」 首まで伸びた、少し赤みがかかっている茶色の髪を不安げに触りながら、下を向いて考えを巡らせていたマコトは、覚えのある文章を聞き、顔を上げる。 声の方を向けば、そこにはいつの間に移動したのか、机の上の手紙を手に取り目を通すレイコの姿。 「ちょ、ちょっとレイコ!」 「着替えじゃないなら、さっきの慌てた返事はどうしてかと思ったら――何、恋人へのラブレター? えーと、『あなたに会うのもいつ以来かと振り返れば、これまでの会えずにいた時間などとても短かったことのように思えます。ですが』――」 「声に出して読まないっ! 返して!」 急ぎ奪い取ろうとするマコトの手をあっさりとかわしながらも、レイコは手紙に目を通していたが、途中で目つきを返ると、突然真剣な面もちでそれを読み始める。 「……レ、レイコ?」 その変化にマコトは思わず奪い返そうとする手を引っ込めてしまう。 少したつと、読み終えたのかレイコはマコトに手紙を突き返した。 「……なんなの、これは」 「なんなのって……」 少し怒ったような表情を見せる彼女に戸惑うマコト。 「私の聞いた限り、今度来るっていうあなたの恋人はどんな性格だったかしら?」 「えと、それは――」 返答につまるマコトに今度はあきれた顔で諭すようにレイコは言う。 「こんなの目にしたら、余計来る気になるに決まってるじゃないの。猛獣に餌をあげるようなものよ」 「…………」 猛獣はないだろう、と反論しようとも思ったが、口には出さない。 「とにかく――あなたはスウェア=シティ魔道士協会の副評議長なんだから。もう少し自分の立場をわきまえなさい。彼は王都の魔道士協会から正式にここに派遣されてくる身なんだから」 レイコが研究資料の盗難という重大事件を伝えに来たのは、私的な理由ではない。副評議長に事態を報告しに来たのである。 「……わかったわ。ごめん、レイコ」 「わかればよろしい」 と偉ぶった口調で締めた後、レイコは笑顔を見せた。 「だいいち、今さら手紙を書いて出しても、すれ違うだけよ。もう向こうは出発してるはずでしょ?」 「ン、確かにそうだけど……」 何だか書かずにいられなかった、という言葉は飲み込む。 「とにかく、その手紙は捨てておきなさいよ。 じゃ、明日は盗まれた資料の確認があるから」 おやすみ、と言い残してレイコは部屋を去った。 再び自室に一人きりになったマコトは、鍵を掛けると、戻ってきて立ったまま机に向かった。 「公私混同……か。確かにそうかもしれないわね」 納得したようにうなずくと、手紙を取りぐしゃっと丸める。 「……でも……」 手の中に丸まった紙を入れたまま、マコトは呟く。 ――でも、それでもアルにこの町に来て欲しくないと思う自分がいる。 だって、もし。アルがここでしていることを知れば―― 私のことを嫌いになってしまうかもしれないから。 |
22231 | desire 1 | ブラントン | 2002/9/26 09:48:36 |
記事番号22230へのコメント 1.He wants … 宝探し屋(トレジャー・ハンター)。 その名の通り、遺跡や洞窟を探り、値打ちのありそうな物を発見し売りさばくことで生計を立てている者のことである。 世の中その肩書きを自称する者は数あれど――真にそれを名乗るには、数々の必要な能力がある。 値の張る宝を見つけ出し、その価値を正しく把握できる知識。 遺跡に張り巡らされた障害物や罠をくぐり抜ける判断力。 その中で出くわす魔物や、時には盗賊、同業者たちと渡り合う戦闘力。 もちろん、それだけの宝に巡り合えるだけの運も。 だが――今彼らにとってこの程度の場を切り抜けるのに、運は必要ないのかもしれない。 「なんだぁ、てめえらは」 部屋と呼ぶには広すぎる空間の中、一人の男が中央に佇む二人へと声を掛けた。 とある遺跡の中、入り口からだいぶ奥へと進んだ所に広がる――広間というべき場所。 ルークと、彼の隣にいるミリーナは少し前にここを離れ――途中にいた見張りらしき者たちを次々と黙らせながら、この場へと辿り着いた。 その男の他にも、周りには下っ端たちも十数人にいて、こちらにいつでも飛びかかれるように戦闘態勢を取っている。 問いかけに答える前に、ルークは彼らを取り囲む他の男たちをいったん見回す。 「俺たちは、名のある宝探し屋(トレジャー・ハンター)だ」 「……なんでぇ、同業者か」 「――氷の矢(フリーズ・アロー)」 言葉を漏らした下っ端一人に、ルークの放った呪文が炸裂する。 「……ま、そういう寒いこと言ってるヤツはそのまま凍ってもらうのがお似合いとして――だ」 呟きつつ、最初に声を掛けてきた男へと顔を向ける。 おそらく、こいつがこの盗賊団の親玉だろう、そう判断してだ。 「悪いが俺は今、かなり機嫌が良くないんでな…… 拒否権なしで、憂さ晴らしの相手になってもらうぜ」 喧嘩を売っているとしか取れないルークのセリフにも、数の優位を思ってか、親玉らしき男は余裕の笑みを浮かべ、 「そいつは可哀相になぁ。 ちなみに教えといてやるが……このあたりの遺跡のめぼしい宝は、もう俺たちが取った後だ」 そう、いけしゃあしゃあと返す。 「……ほぉ…… ってことは、てめーらからいただけば手間が省けてお得ってことだな」 「――ルーク」 傍らでずっと回りの状況を観察していたミリーナが声を掛ける。 それが、合図だった。 「じゃ、いくぜっ!」 「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」 ルークが親玉の男へと突っ込むと同時に、ミリーナは唱えておいた術を解き放った。 ごかきかきぃぃっ! 周りを取り囲む下っ端たちの最も集まっていた箇所へと着弾した氷の球は、派手な音と共に周囲の男たちを氷漬けにする。 一方ルークは飛びかかってきた別の手下たちをかわし、いなし、叩き伏せながら、素早く剣を抜き構える。 親玉との距離が一気に飛びかかれば届きそうなところまで縮まった時。 その男は、自らの手にしていた剣を大きく振りかぶって叫んだ。 「魔風撃!」 言葉と同時に横に薙いだ剣から、風が吹き荒れる。ルークのいる方向に向かって。 だが、振りかぶったときに自分に向けられた目から何かが来ることを予感したルークは、寸前で横に動いていたため風の直撃は免れた。 しかし逃げ切れたわけでもなく、横を通り過ぎる一陣の暴風に体を運ばれ――回転させながら後ろに動いた体を立て直す。 「……風の力を秘めた魔力剣か。なかなかの代物じゃねーか」 驚きは僅か。さっそく見つけた掘り出し物にニヤリと笑みを浮かべる。 その隙に後方から襲いかかった手下の一人をあっさりかわしながら足払いを掛け倒すと、そいつを踏みつぶしながら、再び親玉へと走り出す。 その間ミリーナは、時には魔法を、時には剣を駆使して俊敏な動きで広間中を駆け回りながら、着実に一人一人敵を仕留めていく。最初に数人潰しておいたので、数はさほどでもない。 といっても一対四、五はあるのだが、数の利を生かさせないような動きをしているのだ。 「魔風撃っ!」 向かってきたルークに対し、再び剣を振り風を放つ親玉。 「魔風(ディム・ウィン)!」 が、ルークは正面から、唱えていた魔法――相手の剣の宿す力と同じそれをぶつける。 ぶおぉぉぉぁぁっ! 正反対の方向に進む風が衝突し、周囲を暴風が包む。 驚き、または巻き込まれ動きの取れない盗賊たちを尻目に、放った瞬間飛び離れたルークはその隙に親玉の側へと回り込む。 「振りが大きすぎっから――バレバレなんだよっ!」 言い放ち、反応の遅れた親玉の、剣を持った手を思い切り蹴り上げる。 衝撃に思わず親玉が手から離した剣を素早く拾い上げ、急ぎ距離をとる。 「や、野郎っ!」 慌てて取り返そうと駆け寄ってくる親玉にその他手下たちに対し、ニヤリとまた笑みを浮かべると―― 「まふぅーげきっ!」 見様見真似で、ルークは言葉と共に剣を思い切り振った。 ぅごおぅぅっ! 先ほどと同じように巻き起こる風。動きが止まる盗賊たち。 「なるほど、こいつはマジで使えそうだな……売るのはもったいねーか」 使い勝手の良さとその力に感心し、改めて剣を見る。 既に奪うことを想定し、今まで持っていたものは鞘にしまってある。 「さてと……」 ルークは、一息ついて回りを見渡した。 いつの間にやらまともに動ける者は、だいぶ減っている。 「せっかくだから、試し切りさせてもらおうじゃねーか」 とりあえず、まだ立っている一人を獲物に決め、ルークはまた笑みを浮かべた。 「……ほどほどにしときなさいよ」 側にやってきたミリーナが、呟きを聞いて忠告をしたが、 「わーってるって」 と返事をする彼にはそのつもりはあまりないようだった。 「――案内ご苦労。ていっ」 「……さすがにそれはどうかと思うわよ、ルーク」 結局あの場全員を叩きのめした後、意識の残っていた一人に宝の置き場所を案内させた二人。 辿り着き扉の鍵を開けさせた途端、そいつを一撃で気絶させたルークにミリーナは苦笑をもらした。 「じわじわなぶるよか、良心的だろ。 さって、ここにはどんなお宝が眠っているやら――」 言いながら扉を開けようと手を掛けたルークの動きがそこで止まった。 「……中に誰かいるぜ……宝の番人ってところか?」 「わかったわ」 それだけ言うと、口で呪文を紡ぎ始めるミリーナ。 ルークは再び扉に手を掛けるが、今度は内側から死角になるように立ち位置も変えて慎重に行動している。 ――遺跡の中にいるときは常に気を抜かずに。 その鉄則が宝探し屋(トレジャー・ハンター)として既に体に染みついている。 自分たちも出入りするはずの部屋である。よもや開けた途端に襲いかかる罠が仕掛けてあるとは思えないが、中にいる何者かが攻撃をしてくる可能性はある。 それにも対抗できるようミリーナも呪文を唱え体勢を整えているのだが―― ぐぎぃぃっ。 「誰だ?」 開けた扉の奥から聞こえた言葉は予想通りのものだったが、口調は決して厳しいものではなかった。 多少想定外ではあるものの、予定通り扉の陰に隠れ相手が出てくるのを待つ。 中は宝置き場。どれだけ被害が出るかわからないのに、開けると同時に攻撃魔法を叩き込むわけにはいかない。 「誰もいないのか……?」 目論見通り扉へと近寄ってくるのがわかる。姿は見えないが、声からすると若い男のようだ。 ぐばさっ! 顔を覗かせると同時に素早くルークは相手に飛びかかり羽交い締めを掛けた。 「あがっ!」 突然締められ、驚きもがく男。 ミリーナは正面に回ってその姿を観察する。 見た目は優男風で、男臭さがなく、ロープを身にまとっている。 先ほど叩きのめしてきた盗賊団の者たちとはまるで違う。 「……ちょっと待って。どうもおかしいわ」 「おかしいって?」 羽交い締めの体勢は崩さず問うルーク。 「……な、何者だ、あんたら?」 「それはこっちのセリフよ。あなたこそ何者?」 「俺は……っがはっ」 逆に問い返したミリーナに答えようとした男だったが、うまく声が出せないでいる。 「強すぎよ、ルーク。とりあえず離して」 ミリーナに言われ、手を解く。男は喉に手をあて咳き込みながら、二人に目を向けた。 「……っは、い、いきなり何なんだよ……」 「俺たちは、そんなかにある宝をいただきにきた宝探し屋(トレジャー・ハンター)だ。 抵抗しても無駄だぜ、もう他の奴らはのしちまったからな」 先に問いに答えるルーク。男はそれを聞くと、納得の表情を浮かべ、 「――なんだ、そうか。 いいぜ、ご自由にどうぞだ。どうせ俺のものじゃないしな」 振り返り、部屋の中へと足を踏み入れる。二人も中に入った。 室内には、剣やら宝玉やら腕輪やら、ぱっと見では何だかわからないような小物やら……おそらくいろんなところからかき集めたのだろう、様々な値打ち物が置いてあった。 「それで? まだこちらの質問には答えてないわ。 あなた盗賊じゃないの?」 とりあえず周りの宝は一瞥しただけで、男へと再び問うミリーナ。 「違う違う。俺は旅の途中で奴らに出くわしちまってな…… このあたりの遺跡や、魔法道具に詳しいって言ったら、捕まってここで奴らの宝の品定めをさせられてたのさ」 「魔法道具に詳しいって――何かの商売か?」 「いや、俺は魔道士なんだ。ガイリア=シティ魔道士協会に所属してる」 尋ねるルークに答える男。 「でもここはディルス王国領内とはいえ、ガイリアからはだいぶ遠いわ。こんな所に何の用?」 今度はミリーナの問い掛けに、男は困惑の表情を浮かべつつ、 「あんたら疑り深いな…… 言っただろ、旅の途中だって。 ちょっと用事があってな、ガイリアからスウェア=シティの魔道士協会に派遣されたのさ」 「――スウェア=シティ?」 「ひょっとして……『智の女神』のいる街か?」 街の名を聞いて反応する二人。 「詳しいじゃないか。あんたたちも魔道に通じてるみたいだな」 ――『智の女神』。 現代の五大賢者の一人である、マルチナ=ステラドヴィッチの通り名である。 女性ながら類い希なる魔道の才能を持った彼女は、若くして才覚を現し、様々な業績を残してきた。 その研究は魔法とは何か、魔道とは何か、という魔道士にとっての根幹に関わるものであり、その限界を知り、またさらなる拡張を図るべく日々研究に余念がないという。 白魔法、精霊魔法も扱うが、特に黒魔法に精通しており、その幅広い知識から既に齢四十近くになり、容姿は衰えようとも、いまだ『智の女神』の名称に陰りはない。 彼女の実績があればいち魔道士協会評議長の地位に止まらず、より上を望むこともできるはずだが――現在でもスウェア=シティという王都とも離れた地に留まっているのは、研究に専念したいがためだとも言われている。 「じゃあこっちも聞かせてもらうが――あんたらはこれからどうするつもりなんだ?」 「おいおい……俺たちは宝探し屋(トレジャー・ハンター)だぜ。 宝があれば北に南に東に西に。あてなんかありゃしないさ。 ま、ただ一つ決まってるのは――それが俺とミリーナ二人っきりのらぶらぶカップル水入らずの旅ってことだな」 「決まってないわ、何も」 尋ねられ胸を張って答えるルークと、表情変えず返すミリーナ。 「…………まぁ、いいか。 だったら、スウェア=シティまで一緒に行かないか? 宝の鑑定はあんたら本業には敵わないが、ディルス王国内の地理には詳しいんだ。 道すがら近くの遺跡のこととか、教えられるはずだぜ。ガイリアにいた頃は文献あさりが日課だったからな。 助けてくれたお礼がしたい」 「はっ、ンなこと言って俺たちを護衛に使おうって腹づもりじゃ――」 鼻であしらおうとするルーク。が、 「いいわ」 ミリーナの返事を聞き、凍りつく。 「……え……? み、ミリーナ……?」 「そうかっ、そいつはありがたい…… まっすぐ行けば、スウェア=シティまでは十日もあれば着くだろうが――そっちが寄りたいところがあればつき合うよ」 「そんなぁぁぁっ! 俺に何か不満があるのか? なぁ、ミリーナぁ……」 ――いや、たぶんそういう態度が原因なんじゃないだろーか。 とは思った男だったが、とりあえず嘆くルークは無視し、二人で勝手に話を進める。 「えーと……ミリーナ、だよな? で、あっちがルーク」 「そうよ。 ――それで、あなたの名前は?」 「え? あ、そっか……まだ言ってなかったな――」 うかつだったと頭をかいたのち、男は名乗った。 「俺はアルバート=マクドガル。アルって呼んでくれ」 「……つまり、あなたは研究を一時中止すべきだと言いたいの? イズミさん」 マコトは、椅子に腰掛けたまま自分を見上げ問いただす、自分にとってたった一人しか存在しない上司――マルチナ=ステラドヴィッチ評議長に向かい、うなずいた。 「盗み出されたと見られる資料がなくては、研究に支障が出るのは避けられないはずです。 確かに影響を最小限に抑えるよう努力はできますが――犯人の目的もわからない今、強行するのはリスクが大きいのではないでしょうか?」 現代の五大賢者の一人、『智の女神』。 もちろんマコトもその名が持つ大きさは百も承知だ。まして実際に本人と毎日接していれば、彼女の偉大さを骨身に染みて理解しているというもの。 ただ一人の副評議長という立場にはあるものの、実質自分と彼女には天と地ほどの差がある。 面と向かって接するときにはさすがに表れなくなったが、今でも自分はそのマルチナ=ステラドヴィッチという人物に畏怖すら覚えるのである。 だから、自分の意見を言ったところで、彼女が自らの判断を変えることなどないだろうと思っている。 が―― 「――ジョアンの件が、まだ引っかかっているのかしら?」 図星だった。 ジョアン=ロイド、今は亡き同僚の研究員。そんな彼の最期は―― 「イズミさん。気持ちはわかるわ。私だってあんなことはもう二度と起こしたくないと思っている。 でも……彼の死を無駄にしないためにも、一刻も早く研究を完成させて報いるべきなんじゃないかしら」 マルチナの言葉にマコトは言葉を返さない。 「……ごめんなさい。こんな安っぽい説得の言葉なんて無意味ね。 はっきり言います、イズミさん。 私は研究を中止するつもりはないわ。ただもちろん、このまま無修正で行うつもりもありません。 二、三日中に変更した計画を作って、それに従いこれからも研究は続けます」 それまでの諭すような口調ではなく、はっきりと自らの意志を込めて、彼女はマコトに告げた。 「……そんないきさつで、あんたが俺たちにくっついてきたのは、もう何日前だったっけか――」 ルークはテーブルに並べられた料理をフォークでつつきながら呟いた。 「そうだなぁ……たぶん二十日ぐらい前だな」 昼時、入った定食屋で三人はテーブルを囲み食事をとっている。アルは並ぶ料理に目移りさせながら答えた。 「で、だ。考えてみれば、知ってる遺跡の情報は教えるって――あんたが知ってるぐらい名の知れた所に、いまだにお宝が眠ってるはずねーんだよな」 「……そういえば、そうだな」 「『そういえば』じゃねーだろっ! もう目的地に着いちまってるじゃねえかっ!」 ――スウェア=シティ。 ディルス王国領内に位置するものの、東側にある王都ガイリアからはかなり離れており、西のライゼール帝国との国境の方がむしろ近い。 「なぁ、ミリーナ。 何か言ってやってくれよ……こいつは確信犯で俺たちをだましてたんだぜ」 「別にだまされてたわけじゃないわ」 振られたミリーナだが、あっさりルークの言葉を否定する。 「……へ?」 「大したものがないのは百も承知。どうせいずれ行くなら少しでも情報があった方がましでしょ。 結局手に入るものは変わらないんだから」 「……なかなかドライな考え方するな、あんたは」 苦笑しながらアルが評する。 「ま、俺としても安心して旅ができたんだ、礼を言うよ。余った路銀で報酬も払うからさ。 でも――せっかくだから会っていくだろ? 『智の女神』に」 「いや、別に俺は……」 「いいんじゃないの、ルーク。あえて断る理由の方がないわ」 「……まあ、ミリーナがそう言うなら異存はねーけどよ……」 渋々ながら、同意するルークは視線を店の扉の先へと向けると呟いた。 「にしても――どうやら話は本当みてーだな」 ――『魔物に魅入られた街』―― ここに着く前、途中の村や宿場で耳にした言葉である。 いわく、このスウェア=シティはここ一年ほど、常にデーモンの襲撃を受けているというのだ。 何の前触れもなく、突如街のどこかに現れる、レッサーデーモンやブラスデーモン数体。 二日連続で出現することもあれば、しばらく音沙汰ないこともある。 間隔はまったくのランダムで、予測も立てにくい。現れる場所も、いきなり街のど真ん中に、ということはないものの、毎回違うところに出てくる。数体のため撃退は難しくないが、毎回確実に被害が出ている。犠牲者も。 こんな街には住んでいられない、と人の流出も起こっているという。 いったい誰の仕業で、何のために―― その調査のために、スウェア=シティ魔道士協会からの要請を受け王都より派遣されたのが、アルなのである。 ここに着く前に、ルークたちもそういった事情は聞かされている。 「でもさ、魔道士協会の要請って……そんな必要あるのか? 何せここは『智の女神』が評議長やってるんだぜ」 「あるいは、派遣されたあなたがそれ以上に優秀か、だけど」 疑問を口にするルークと、付け加えるミリーナ。 「いや。俺が来ることになったのは、ここの魔道士協会に知ってるヤツがいて、融通が利くからさ。 そんな大層な奴なわけないって」 アルは手を振り笑って否定する。 「――けど、それが気になってるのは事実だ。だいいちガイリアでも派遣する意味がないって断る方針だったのを、俺が無理言って、こうして出させてもらったぐらいだし。 それに、要請なら隔幻話を使えばいいはずなのに、わざわざ手紙として送られてきたのも……気にかかるんだよな。 まぁ、後でこっちから隔幻話で連絡取って確認したみたいだから、それはいいのかもしれないが――」 ごぐぉぉぁっん! 突然アルの言葉を遮る大きな破壊音が街中に響き渡った。 その音は、魔道士協会にいたマコトの耳にも入るものだった。 「――また現れたの?」 彼女に限らず、街に住む者ならば、こんな事態には慣れきっている。 もちろん今度はどこに現れたのか気になるが、街の中心に位置する協会の近辺に出現したことはいまだかつてないので、直接ここが襲われるのではないか、という心配は今となっては起こらない。 今回も音の大きさで遠いか近いか判別がつく。どうやら結構離れているようだ。 「お、イズミさんじゃないか」 とりあえず外に出て事態の確認をしようかと廊下を歩くマコトに、若い女性が声を掛けた。 「シルビア、早速出動? がんばってね」 「まかせといてくれ。ちゃちゃっと速攻で片づけてくるさ」 応援の言葉を受け、彼女は走り去りながら手を振って返した。 シルビア=ブラザー。 マコトとほぼ同年齢で、男勝りの性格と、ショートカットにした青い髪が特徴の女傭兵である。 普段は魔道士協会に常駐しているものの、彼女はここの職員ではない。 デーモンの鎮圧を領主から請け負った魔道士協会が雇った人材の一人である。 せっかくだから、と魔法も学ぶ努力はしているが、成果は芳しくない。 だが、彼女は女だからと甘く見ては痛い目に遭う腕前を持った一流の剣士である。 下手に魔法に手を出すよりも、その剣で敵をなぎ倒す方が性に合っているようだ。 「よぉ、マコトじゃねえか」 シルビアを見送りつつ、自らも再び外へと歩を進めるマコトに、今度は別の声が掛けられた。 「カイル、あなたも出動なの」 先ほどと違いマコトの言葉に親しみと応援の気持ちはない。 「おいおい、俺はそれで雇われてんだから、ここで暴れなきゃいつ出番が来るってんだ」 そりゃないぜ、とも言うように、男は両手を広げた。 カイル=カーツ。 シルビアと同様に魔道士協会にデーモン退治のために雇われた傭兵である。 年齢はマコトやレイコとほぼ同じ二十代半ば。その屈強な体格はまさに戦士と呼ぶにふさわしく、豪快な剣裁きを得意としている。さらに体術も会得していて、肉弾戦でもかなりの実力を持つ。 シルビアも剣士としては十分な力の持ち主だが、カイルと比較してはまだ及ばない。 基本的にこの二人がデーモンの鎮圧に毎回出ているのだが、二人の関係は良好どころか険悪で、いつも勝手に各々が連携などなしに倒しているのが実状だった。 「それよりマコト……なんだよ、あいつと違って俺には『がんばれ』の言葉もなしか? 冷たいなぁ」 足を止め、そうマコトに言い寄るカイルを制止したのは、また別の声だった。 「――無駄口叩いてる暇があったら、さっさと行きなさい、カイル。 こうしてる間にも犠牲者が出てるかもしれないのよ」 いつの間に現れたのか、レイコが睨み付けるような視線をカイルに向けた。 「へいへい。わかったよ。 んじゃ、ちょっくら一暴れしてくるか」 言い残しながらカイルは後ろ向きに手を一振りした後、シルビアの後を追った。 「……まったく、油断もスキもあったもんじゃないんだから。 なんであんなヤツが一部の女性職員に人気あるのかしら」 カイルを毛嫌いしているレイコは言葉にも容赦がない。 その理由には、カイルがマコトのことを気に入っていて、何かと言い寄ってくるから――というのも多々あるのだが。 「さあね……粗暴でがさつなところが、逆に受けることもあるんじゃないの」 マコトにとってはとりあえず口に出してみた言葉だったが、レイコは意外そうな表情を見せ、 「あら、肩持つじゃない。 何、ひょっとして恋人が待ちきれなくなって心移りした、とかいうんじゃないでしょうね」 「……ちょ、ちょっと馬鹿なこと言わないでよ」 怪しがるレイコに対し、即座に否定するマコト。 「だいたい、あんたの彼氏はいったいどうしたのよ。まっすぐ来てるならとっくに着いてていいはずじゃない。 どっかで道草食ってるんじゃないの」 からかうつもりで出した言葉だったが、マコトの反応は意外に真剣なものだった。 「……言わないで、レイコ。 アルって好奇心旺盛な上に妙に正義感強いとこもあるから、どこかで面倒ごとに首突っ込んでる可能性が高いのよ。 口に出されると本気で考えちゃうから……」 不安げに話すマコトを見て、レイコは何だかあきれてしまう。 「……ホント、ますます興味深いわ。早くお目にかかりたいものね、そのアルって人に」 崩れる建物。逃げ惑う人々。響く咆哮。 店を飛び出したルークたちがその場に到着した時には、既に破壊が行われていた。 レッサーデーモンとブラスデーモンが合わせて――三体。ただし見えているだけで、である。 宝探し屋(トレジャー・ハンター)として各地を旅するルークとミリーナにとってみれば、見慣れた姿であったが、街中で目にすることなどそうそうあるものではない。 「着いた日にいきなり遭遇とはな……あんた、かなりの凶運だぜ、たぶん」 「……嬉しくないよ、まったく」 「軽口叩いてる暇があったら呪文でも唱えて。いくわよ」 早速近くの一体へと向かうミリーナ。だが、そのデーモンも自らへと向かい来る彼女の存在に気づき、体をこちらに向け―― ぐるぉぉぉぉっ! 一吼えと共に、その前に現れる複数の氷の矢。 襲い来るそれをミリーナはしかし余裕を持ってかわし―― 「螺光衝霊弾(フェルザレード)!」 唱えておいた呪文を解き放ちまず一体葬る。 一方ルークは、他の一体に目を向け―― ちょうど逃げ遅れた男が、まさに魔物の振りかぶった一撃の餌食になろうとするそのとき、 「魔風撃っ!」 魔力のこもった一振りを放ち、振り上げた腕の動きを止める。 「欲求不満なら、俺が相手してやるぜ。怪物さんよ。 来な」 その間に逃げ出す男を横目に、ルークは体を自らへと向けてきたデーモンを見据えた。 「……やっぱりすごいな……魔物相手でも全然ひるんでない」 これまでも道中何度か目にしてはいたが、二人の戦いぶりにアルは思わず漏らす。 彼は魔道士でもいわゆる研究者タイプで、実際の戦闘経験はほとんどない。 しかも文献をあさったりして調べ物をする方が得意なので、使える呪文も大して威力のあるものはない。 自分でも度胸はあると思っており、こんな場面に遭遇しても、足がすくんだり腰が抜けたりすることはないのだが―― 「俺も少しは加勢しないと――」 烈閃槍(エルメキア・ランス)ぐらいなら自分でも使える、と呪文の詠唱に入ろうとした瞬間。 「危ねえっ!」 突如聞こえた声と同時に、何者かがアルに飛びかかってきた。 いきなりのことにアルは反応が取れず、抱きつかれたまま二人して地面を転がる。 じゅわわわわっ! すぐ隣の地面から響く音。 「何やってんだ! 一般人はとっとと逃げろって言われてるだろ!」 飛び込んできた女は、アルに怒鳴ると、視線を別に動かす。 つられてアルも地面に手をついたままそちらへと目を向ける。 いままで視界に捉えていなかったレッサーデーモンが一体。 ようやくアルは、そいつの存在に気づかなかった自分を、彼女が炎の矢の攻撃から守ってくれたのだと理解した。 「すまない、でも俺は」 「話はあとだ、まずはあいつを――」 ぎゃおぉあぁぁっ! 彼女はそのデーモンの断末魔を聞き、一度言葉を止め―― 「……何とかするのは、もう終わっちまったみたいだな」 今度は表情を和らげて、呟いた。 青い短めの髪。プレートメイルを装着した若い女性。 シルビアである。 「お先に獲物はしとめさせてもらったぜ」 たった今、魔物を一刀両断にした剣を担ぎ、もう一人の傭兵――カイルがシルビアに声を掛ける。 「何だか、着いてみたらもう何体かやられてやがった。 どっかの野郎が俺たちの仕事を持ってちまったみたいだぜ。今ので最後だ」 「そうか」 シルビアの返事はそっけない。 「ったく、せっかくの楽しみをとりやがって…… んじゃ、俺はとっとと退散させてもらうんでな」 それだけ言うと、カイルは不満そうな顔のまま立ち去っていった。 「……ありがとう。おかげで助かったよ」 ようやく体を起こし立ち上がったアルはシルビアに礼を言う。 「俺はアル、アルバート=マクドガルだ。あんたは?」 「ああ、オレはシルビア――」 と言いかけ、はたと口を止める。 「って、アルバートって……ひょっとしてあのアルバートか!? 今度ガイリアから来るっていう」 「あ、ああ……それなら俺のことだが」 なぜ自分のことを知っているのか戸惑いながらもアルは肯定する。 「――するってーと、あんたがイズミさんの恋人かぁ」 「は?」 品定めするようにアルを見てから漏らしたシルビアの言葉に、思わず声を返す。 きょとんとするアルの反応にシルビアは少し笑うと、 「あ、ごめんごめん。説明が遅れたな。 オレはシルビア=ブラザー。傭兵だけど、今は魔道士協会に雇われて、デーモン退治をやってる。 今度来るのが副評議長の恋人だって話は、協会にいる人なら誰でも知ってるぜ」 「……そ、そうなのか?」 「ああ。もう魔道士協会には行ったのかい? この街には着いたばかりなのか?」 「昼頃着いたばかりだよ。まだ協会には行ってないが――案内してくれるのか?」 「もちろん」 うなずくシルビア。 「助かるよ。じゃ――あの二人への事情説明は歩きながらだな」 彼のもとに戻ってくるルークとミリーナを認め、アルはそう言った。 シルビアとカイルを見送った後、自室に戻ろうとしたマコトはその途中で一人の少女を目にした。 「あら、エレナじゃないの」 「あ、イズミさん」 声を掛けられた少女は、まだ幼さの残る顔をマコトに向ける。 エレナ=フランソワ。 二十歳に届かない彼女は協会内でも最年少の部類に入る職員である。 デーモンが現れるようになってから、その被害に遭い負傷する一般人が増えたために、新設された医療班に従事している。彼女自身も治癒呪文を得意としている。 長い金髪を携えるその美しい姿に、心和まされる者も多いという。協会内だけでなく街中に評判の少女である。 「また現れたそうですね。私も待機しておくように言われました」 「そうね。少しでも被害が少なければいいんだけど。 何せどこに出てくるかわからない以上、あらかじめ人を配置しておくこともできないし……どうしてもシルビアたちが着くまで時間がかかってしまうのはしょうがないのよね……」 魔道士協会は街の中心にあるため、どこにも最短で行けるのだが――逆に街の外れに現れると着くのに時間がかかってしまう。難しいところなのである。 「ええ、そうですね……」 同意をしたエレナだが、マコトにはその表情が暗く見えた。 「どうしたの、エレナ? 何か悩み事でも?」 「えっ!? わ、わたし顔に出てました……?」 慌てて顔を抑えるエレナだが、彼女の反応はマコトの指摘が事実であることを示していた。 「悩みがあるなら相談に乗るわよ。これでもあなたよりは少し人生の先輩なんだし」 普段からエレナを可愛く思っているマコトは、優しく語り掛ける。 「あ、いえ――」 その申し出に最初は断ろうとしたエレナだったが、やや逡巡したのち、 「あの……イズミさん、恋人いるんですよね。今度来るっていう」 とおずおずと切り出した。 「え、ええ――まあそう、だけど……」 「でしたら、ぜひお聞きしたいことがあるんです! 明日、空いてる時間ありますか?」 「そ、そうね――昼過ぎぐらいだったら……」 「ありがとうございます。それじゃ明日の昼にお部屋に伺います!」 それだけ言い礼をすると、彼女は走り去ってしまった。 「ええっと―― 恥ずかしかったのかしら、ひょっとして……」 いきなり早口で決めてしまったエレナの様子に、彼女の去っていった方向を見やりながらマコトは呟いた。 それにしても――あの口ぶりからすると、ひょっとしなくても恋愛相談で間違いないのだろう、とも思いながら。 この街に足を踏み入れたのは昼だったはずだが、あたりは既に夕暮れの色を見せている。 シルビアに連れられた三人は、魔道士協会へと辿り着いていた。 「じゃあ、オレはイズミさんを呼んでくるから」 そう言い残し奥へと消えていくシルビアを見送ったアルに、別の女性が近づいてきた。 「アルバート=マクドガルさんですね」 落ち着いた物腰をした女性である。年齢は二十代後半あたりか、黒髪をアップにして後ろでまとめている。 「初めまして。私はクリスティ=シェパード。ここの総務兼受付を担当しています」 「どうも。俺のことはアルって呼んでください。そう呼ばれ慣れてるんで」 差し出された手を握り返しながら、アルは応じた。 大人の色香を漂わせた女性だな、と判断する。 一目で相手を観察し、評するのは彼の癖であり特技でもある。 「こんな美人が受付だなんて、ここはずいぶん贅沢な人の使い方をしてるんですね」 「あら、今のはこの仕事に対する侮辱と受け取っていいのかしら?」 アルの誉め言葉を笑みで返すクリス。 「い、いやそういう意味じゃ……」 「ふふ、冗談よ。でもおべっかでも嬉しいわ。本気にしちゃおうかしら」 ますますもって大人の女性だと、印象を深めるアル。 「確かにそこそこの美人だとは思うが――ミリーナに比べればまだまだだな」 「言葉だけ受け取っておくわ」 「……いや、言葉だけって、ミリーナ……」 つれないミリーナに、ルークが肩を落とした時、 ――――? アルは、自分に来る視線を感じて首を動かした。 瞬間、目についたのは一人の女性。 何より腰まで伸びたボリュームのある、少々ウェーブがかった焦げ茶の髪がまず印象に残る。 距離があるので、横顔が見えただけでは判別できないが――二十代半ばであろうか。 しかし、その女は一度もアルと目を合わせることなく、奥へと消えていった。 それを見やりつつ、気のせいか、と結論づけようとすると、 「アル!」 奥から聞こえた自分を呼ぶ声に再びアルは顔をやった。 「よぉ――マコト」 近づいてくるマコトに、手を上げて返す。 「またいちだんと綺麗にシワが増えたな」 「あなたこそ、そろそろ頭に白髪が目立ち始めてるんじゃない?」 久しぶりに会った恋人に掛ける言葉がそれ? とちょっとふくれたように呟くマコト。 「あら、お待ちかねの人が来たみたいね。 それじゃアル、またいずれ――」 マコトの姿を認め、クリスはその場を離れた。 「まったく、あんまり遅いから道中追い剥ぎにでもあったかと思ったわよ」 憎まれ口を叩いてはいるものの、内心では心配していたことは傍から見てもわかる。 「似たような目にあったんだけどな。この人たちに助けてもらったんだ」 アルは隣にいるルークとミリーナを紹介する。 「スウェア=シティ魔道士協会副評議長、マコト=イズミです。こいつに代わって礼を言います。 ミリーナさん、ですよね。言い寄られたりしなかったですか?」 「……おいこら、マコト」 「あら、さっき早速クリスさんの気を引こうとしてた人が何か言えるのかしら?」 「いや、あれはだな……」 久々に会ったとは思えない二人のやりとりに、思わず「人前でやるな」とツッコミを入れたくなるルークたちであったが―― 「はいはい、いちゃつくのは夜になってから自分の部屋でやりなさい、マコト」 本当にそう口を挟んだのは、いつのまにか来ていた別の女性――レイコだった。 「初めまして、アル。マルチナ=ステラドヴィッチ評議長の秘書をしています、レイコ=クサナギです。 ようこそ、スウェア=シティ魔道士協会へ。評議長に代わって歓迎の言葉を言わせていただくわ」 型にはまったレイコの挨拶に、思わずアルも姿勢を正す。 「ガイリア=シティ魔道士協会から派遣されてきた、アルバート=マクドガルです。よろしく。 それで、評議長は……」 「評議長は、明日お会いになるとのことよ。 今日はもうすぐ夜になるし、長旅の疲れもあるでしょうから、ゆっくり休んではいかが?」 「――わかりました。 まだ宿の手配もしてないんで、とりあえず今日はいったん――」 「……え……?」 途端に戸惑うように言葉を漏らすマコト。 アルは自らの発言の意味に気づき―― 「あ、いや今夜は――」 「わざわざ、ここまで来たんだ。せっかくだから、かの『智の女神』に会っとかねーとな」 「それじゃ、私たちはまた明日の朝にここに来ればいいのね」 言葉に詰まるアルをさしおき、ルークとミリーナはそれだけ言い残すと、立ち去っていった。 「……理解のいい旅の連れで良かったわね、アル」 レイコの掛けた言葉に、アルは呟く。 「……いや、あの二人も……案外どうなのかわからないけどな、俺には」 |
22232 | desire 2 上 | ブラントン | 2002/9/26 09:50:28 |
記事番号22231へのコメント 2.They hope … ドンドン、ドンドンドン。 「……おい、マコト、マコト……」 翌朝、マコトはドアを少し乱暴に叩く音と、揺すりながら自らの名前を呼ぶ恋人の声で目を覚ました。 「ふぁ…… あれ、アル……どうしてここに?」 「寝ぼけてる場合じゃないだろ……誰か来てるぞ」 アルはドアを指さす。 「マコト、起きた?」 ドア越しから聞こえるのは親友の声。 「え、レイコ!?」 部屋の外にいる人物が誰か理解し、マコトの頭は一気に覚醒した。 彼女はこの部屋の合い鍵を持っているのだ。今入ってこられては…… いくら二人の関係が周知の事実とはいえ、たとえ親友でもそういう場を見られるのは恥ずかしいものがある。 ましてレイコは、ネタにして絶対からかってくるような性格の持ち主だ。 「な、何? ごめん起きたわよ、あ、でも……」 慌てていて、マコトの返事はまるで体裁をなしていない。 「何じゃないわよ、あんたたち昨日はいったいいつまで起きてたの? もうとっくに朝は過ぎてるわよ」 「……え?」 「まったく……まあ久しぶりの逢瀬で浮かれるのはわかるけど、ほどほどにしときなさい。 じゃ、早めに着替えて来るのよ。 ――あ、そうそう。それと」 そこでいったんドアの向こうに立つレイコは言葉を区切ると、 「アル、聞いてるでしょ? 連れの二人がもうすぐ来るだろうから、あなたも早く起きてちょうだい」 声を少し大きくして告げ、足音を響かせながら去っていった。 「……はは…… ンじゃ、いよいよ評議長とご対面ってことか」 アルはベッドから身を起こした。 二人を待つため受付へと足を運んだアルは、そこでクリスと出会った。 「おはようございます、クリスさん」 「あら、おはよう、アル」 魔道士協会と職員の宿舎は隣接している。マコトの部屋を後にしたアルは、宿舎内の食堂で朝食を取った後、移動してきた。 何の用、とクリスに尋ねられ、入り口すぐのここでルークたちを待つつもりだ、と答える。 「昨夜はよく眠れたかしら?」 「え、ええ……」 いきなりの質問で、少し返事に慌てるアル。 「ふふ、嘘ばっかり。いいのよ、正直に言っても……」 クリスは誘うような目で見つめてくる。 ――ど、どういうつもりだクリスさん―― 戸惑うアル。 質問の自体は、来訪者に掛ける言葉としてごく普通のものである。 が、アルが昨夜マコトの部屋に泊まったことを知っていてする質問ではない。 「と、ところでクリスさん。聞きたいことがあるんですけど――」 とりあえず話題を変えるアル。 「ええ、何かしら」 対しクリスは蒸し返さず、あっさりそれに応じる。 「いや……ちょっとステラ評議長のことをいろいろ教えてほしくて」 「あら、これから会うのに? 事前取材というものかしら」 「ええ、まあ……そんなとこです」 本当はとっさに出した話題という側面もあるのだが、濁して答える。 クリスはしばし黙考した後、 「そうね、言葉で表現することはいろいろできるけど…… 何より百聞は一見に如かず、じゃないかしら。つまり――実際に会ってみるのがいちばんってこと」 「……そんなもんですか」 「ええ。会えばわかるわよ。その通りだったって」 なんだかうまくかわされた印象を持ったアルだった。 「お、意外と早かったんだな」 そこに、ルークたちが姿を現した。 「どうせ起きてくんのも遅いだろうから、ゆっくり行こうってことにしたんだが――でもなかったか」 冷やかし顔で言うルークにアルが返す。 「本当はのんびりしたかったんだけどな……起こされたんだ。 だいたいそういうあんたらだって、昨夜はよろしくやってたんじゃないのか」 アルの返しに、ルークは顔を紅潮させる。 「バ、バカ言ってんじゃねえっ! いいか、俺とミリーナはそんなんじゃなくて、もっとぷらとにっくな――」 「プラトニックな――何?」 横からの冷たいミリーナの問いかけに、無言でしぼむルーク。 「……あー…… たぶん、その話題は墓穴掘るだけだから、やめといた方がいいと思うぞ、俺は……」 同情しながら、そう漏らすアルであった。 「あら……また出動?」 昨日と同様の武装をしたシルビアと廊下で出くわしたマコトは、そう声を掛けた。 「いや、違うよ」 「じゃなんで―― って、そっか。いつものね」 「ああ。もう何回言ってるのかわからないからな、どうせまたダメだろ、とか思われるかもしれないけど―― 今日こそ、勝ってみせる」 シルビアは何かとカイルを毛嫌いしており、今までにも何度か勝負をふっかけたことがある。 が、剣士としての腕では彼女は明らかにカイルに及ばず、いつも敗北を喫していた。 本当はカイルに直接稽古を付けてもらった方が伸びるはずなのだが、当人はもとよりカイルにも全くその気はなく、結果シルビアは常日頃一人で黙々と特訓に明け暮れているのだ。 一時、剣でダメなら、と魔術を少々かじって組み合わせることも考えたそうだが、役に立つものは覚えられなかったようだ。 結局、いつも意気込んではいるものの、惨敗続きなのである。 「そういえば――昨日来たイズミさんの恋人、なんだかあんまり強そうじゃなかったぜ。 オレが助けてなかったらやられてたんじゃないかってぐらい。 連れの二人はかなりのやり手で、デーモンたちを結構あっさり倒してたみたいだけど」 なかなかきついことを正直に言われ、苦笑しながら一応弁護をするマコト。 「まぁ、魔道士には実践派と研究派で戦闘の得手不得手が違うから…… アルは頭脳労働ならまかせとけってタイプなのよ」 「ふーん…… 傭兵は斬って倒してなんぼの世界だから、もっとわかりやすいんだけどな」 自分なりの感想を述べ、シルビアはその場を去っていった。 「――初めまして、アルバート=マクドガルさん。マルチナ=ステラドヴィッチです。 ようやくお目にかかれて嬉しいわ」 ルーク、ミリーナと合流した後、評議長室に通されたアルは、対面するここの主――ステラ評議長の挨拶を受けた。 「到着が遅れてすみません。 こちらこそ、お会いできて光栄です。微力ながら、事件の解決に全力を掛けて当たります」 相手が相手だけに、しっかりかしこまるアル。 「そうしていただけると助かります」 返した後に、今度はルークたちへと顔を向ける。 「あなたたちは宝探し屋(トレジャー・ハンター)だそうね。魔法も扱うと聞いたわ」 「……あ、はい」 うなずきながら、ルークが答える。 「なら、魔法道具にも通じているのでしょう。 時間さえ許せば、一度じっくり話を聞きたいものね」 「興味、あるんですか?」 アルの問いに、ええ、と答え、 「もう性分かしら。こんな立場にいると放っていてもいろいろ情報は入ってくるけど…… 私は知識欲が人一倍強いみたい」 なるほど、『智の女神』の名の由来にはそういう部分もあるのかもしれない――ふと思うアルだった。 肩口で切り揃えた金髪に、ローブでありながらびしっと、と表現するのが正しいような着こなし。 三人にとって初めて見る『智の女神』は、一目でその威厳を思わせるに十分な人物だった。 もともと魔道士も男性優位の社会である。当然女性の評議長はめったにいるものではない。 だが、そんな思いなど抱かせない自然さを、彼女は会う者に与えていた。 「ところで、あなたたちは昨日着いたばかりだそうね。街の中はもう回ったのかしら?」 話題を変え尋ねてくる評議長。 「いえ、まだ……」 アルが否定の言葉を返すと、 「でしたら、レイコを案内につけるので、歩いてみるのがいいでしょう。 被害の痕は街の至る所にあるわ。いろいろ情報も入るはずよ。 もちろん、レイコに聞いてもらっても答えられることがあると思うわ」 「――犯人、いえ原因に心当たりはないのですか?」 ミリーナの問いに彼女は表情を変えず、 「……正直、ないわね。 そもそも――得をするような者がいるのかしら。 こんなことを言ってはいけないのかもしれないけど――本気で街を破壊したいのなら、一度にまとめて何十体ものデーモンを出して襲わせればいいのだから」 と首を振り、答える。 「犯人がそんなに一度に召喚できないとしたら?」 「だとしても、やり方が中途半端なのは確かね」 アルの呟きに対するミリーナの言葉。 「じゃ、自然発生って可能性は――」 「……残念だけど、それこそ対処の仕様がないわ」 ルークの指摘に応える評議長。 「私と話していても大したものは得られないでしょう。より事情に詳しい人に聞いた方が有益だと思うわ。 紹介状を用意します。調査に役立ててください」 言外に、もう会話を打ち切ろうとする意思を感じ取り、アルは口を開いた。 「――助かります。 では、最後に一つお聞きしていいでしょうか?」 「ええ、どうぞ」 「俺が聞くことじゃないかもしれませんが―― なぜ余所に調査の要請を? あなたほどの人なら、他人に頼るより自分で動いた方が確かでしょう」 「……それは買いかぶりというものよ」 しばしの沈黙の後、彼女は答える。 「私の力など大したものではないわ。皆はより上の力を知らずにいるだけ。 今もなお、自分の無力さへの絶望を払拭できずにもがいているような――人間なのよ」 マコトは、評議長室の前にやってきていた。 「――失礼します」 ノックの後、名乗ってから中に入る。 ひょっとしたらまだアルたちがいるかもしれない、と思っていたが、既に部屋には評議長一人しかいなかった。 おはようございます、とまず挨拶をした後、 「昨日の被害報告ですが――」 ここに来た用事を切り出す。 「ええ、お願い」 「はい。 出現したデーモンは四体。建物の全壊が三棟。半壊は六棟。負傷して協会に運び込まれた者は、軽傷が十二、重傷が五、死亡者は――二人です。うち一人は、崩れた建物の下敷きになり――原形をとどめていません」 「デーモンを倒したのはあなたの恋人と一緒にいた、宝探し屋(トレジャー・ハンター)二人と聞いたけど」 「ええ。三体はその二人が」 それを聞くと、そう、とだけ言い沈黙する評議長。 「ありがとう、イズミさん。 あなたもせっかくのことなのだから、恋人との時間を大事にしなさい。 最近はストレスがたまっているでしょうから、一日ぐらい休みを取って彼とのんびり過ごすのもいいでしょう」 「あ、ありがとうございます」 元より許しが出ればそうしようと思っていたマコトは、お墨付きをもらえたことで表情が和らいだ。 「あ、それと――レイコが今どこにいるのか知らないかしら? 頼み事があるのだけれど」 「レイコですか、いえ……わからないです。伝えておきましょうか?」 部屋を去ろうとする足を止め、振り向き答えるマコト。 が、評議長は、知らないなら自分で捜して言うから、とその申し出を断った。 ぃぃぃんっ! がぎぃぃんっ! 評議長室を辞した後、魔道士協会内をしばらく散策していたアルたちの耳に、頭の中に響くような金属音が入ってきた。 「――何事だ?」 ルーク、ミリーナはもちろん、アルですらも何の音かわかる。駆け出して音のした方へと向かった。 「おぉぁぁあっ!」 次に耳に飛び込んできたのは、女性の叫び声。 だが悲鳴ではない。渾身の力を込めたとき、己の魂が自然と発する吼えである。 廊下の突き当たりを曲がり、ようやくその場を視界に捉える。 片側が壁、反対側に等間隔で並んだ柱の立つ通路。柱のある側は仕切りもなく地面と接している。 協会の建物の外周に位置するのだろう。目の前にはそうして庭が広がっていた。 構えを取って向かい合う二人の剣士。 一人は女性。上がった息で激しく呼吸をしながら、その双眸ははっきりと目の前に立つ相手を睨み付けている。 もう一人は女性より明らかに大柄な男。両手で剣をつかむ女性に対し、男は片手で握っている。 相手を見据えてはいるものの、女性と対照的に表情に厳しさはない。 その様子を一目見ただけで、両者の立場の違いがわかるというものだ。 二人とも、アルにとっては見覚えのある顔だった。 一人はシルビア。そしてもう一人は、アルはまだ名前は知らなかったが――カイルである。 「待って」 駆け寄ろうとするアルを、手で制するミリーナ。 と同時にシルビアが動いた。 剣を横に寝かせながら突っ込んでいくシルビアに対し、カイルはその場を動かずに待ち構える。 「ぃやぁぁっ!」 地面と水平に寝かせていた剣を、そのまま横薙ぎにはせずに肩口で回転させて縦に斬りかかるシルビア。 だが、その腕の動きに即座にカイルは反応し、横に動いて斬撃をかわす。 さらに右手に持つ剣を突き出すが、シルビアも体を横に反らして避ける。 しかし、そこでカイルは一気に体当たりを仕掛け、体重移動のすぐ後で足に踏ん張りのきかないシルビアを突き飛ばした。 「――うっ」 後方に思わず尻餅をついたところに、すぐさま距離を詰めたカイルの向けた剣が、眼前に突きつけられた。 「チェックメイト、だな」 勝ち誇った顔で見下ろすカイル。 「……くっ……」 顔を背けるシルビア。握っていた剣を手から離す。 それが、降伏の証だった。 「……ったく、相変わらず進歩がねえ。いい加減懲りてあきらめたらどうだ? おかげでもう、こっちは何回勝ったか忘れちまったじゃねえか。 ま、もっとも……俺の負けが一回もないってことだけは、はっきりしてるけどな」 剣を戻しながら、はっきり相手に聞こえる声で呟くカイル。 シルビアは沈黙のまま、立ち上がることもしない。 「シルビア!」 決着が付いたため、手を下ろしたミリーナの横を抜け近づいていくアル。 「……アル?」 声に顔を上げるシルビア。アルの姿を認め、驚きの表情を浮かべる。 「いったい何して――」 じゃきっ。 問いながら彼女へと歩を進めるアルだが、眼前に突き出された刃が、それを遮った。 「お前が、アルバート=マクドガルか」 ほぼ初対面のはずなのに、睨み付けて言葉を投げかけるカイル。 「……誰だ、お前は」 向けられた敵意を感じ取り、見据え返して逆に問うアル。 「噂通りの優男みてぇだな。こいつに助けられなきゃ死んでたっていうのもよくわかる」 質問に答えずに、なめ回すようにアルを見た後、侮蔑の言葉を吐くカイル。 言いながら一度視線をやった先には、ようやく立ち上がったシルビアがいる。 「だから何なんだ、お前は」 「いいんだアル。オレが自分でふっかけたケンカだ」 シルビアがさばさばした声で止める。 「……情けないところを見せちまったな」 それだけ言い残すと、彼女は無言でその場から歩き去っていった。 「追わなくていいのか? 女には優しいって評判だろう」 見送るしかないアルへと、またしてもカイルは挑発をかける。 今度は言葉を出さず再び睨むアル。 「……さっきから黙って聞いてりゃ―― そんなに腕に自信があるなら、一つ俺と手合わせ願おうじゃねえか」 それまで沈黙を保っていたルークだったが、ついに我慢できなくなったか前に出た。 「おぉ、いいぜ。こいつと違って歯ごたえあるそうだからな、お前は」 顔をにやつかせたまま、それを受けるカイル。 「やめなさい」 止めようとするミリーナだが、ルークはそのまま剣を抜きカイルに対し距離を取る。 しかし、その足を止め向かい合ったところで、別の声が入った。 「――ここにいたの、アル」 四人が声の主へと顔を向ける。 そこにいたのはクリスだった。 「レイコさんが捜してるわよ。早く受付に戻ってちょうだい」 彼女は剣を抜いた二人が対峙する状況などお構いなしに、アルへと近づいてくる。 「あ、ああ……」 返事をするアルに続き、ミリーナは視線をルークに向け、 「そういうことよ、ルーク」 と促す。 ルークはまだ渋った表情を見せていたが、 「……ちっ…… やる気が失せちまった。とっとと行きな」 カイルが先に剣を下ろしたことで、仕方なく自らも刃を収めた。 仕事場へと向かうマコトは、駆け足で歩くレイコと途中で出くわした。 「あ、マコト。アルを見なかった?」 心なしか、レイコの声にはいらだちが感じられる。 「ううん、見てないけど――どうしたの?」 「評議長に言われて、これから街の案内をすることになってるんだけど……どうやらここの中をうろついてるみたいで見つからなくって…… まったくどこをほっつき歩いてるのかしら」 だいぶ捜したようで、レイコは少し困惑の表情を見せる。 評議長の頼み事ってそのことだったのか、と納得しつつ、 「とりあえず受付に戻ってみれば? アルだって一回りしたらそこで待ってるかもしれないじゃない」 でも彼の性格では、とてもおとなしくはしてそうにないかも、と思いながらとりあえず助言をするマコト。 「……そうしてみようかしら。 でもクリスさんもアルを捜しに出てるから、受付に来たとしても待ってるとは考えにくいけど…… ま、いいわ。もう歩き回るのも疲れたし、行ってみることにするわ。 で――マコト、あなたも来るでしょ?」 「え、あ、あたしは別に……」 いきなり問いかけられ返答に詰まるマコト。レイコはそれを見て意地悪い笑みを浮かべつつ、 「とぼけたって無駄よ。こんなところうろうろしてるのは、あんたもアルを捜してたんでしょ? でも。 残念だけど案内役は代えてあげられないわよ。あなたには仕事があるんだから、受付までね」 「……わ、わかってるわよ」 辿り着いてみれば、はたしてそこにはアルと他の二人の姿があった。 クリスもその場にいて、アルと話し込んでいる。 「……私は魔道士協会に所属してはいるけど、魔法はあまり得意ではなくて…… だから総務兼受付なんて仕事をしているのよ」 「へぇ…… じつは俺もどちらかというと、文献や資料やら魔法道具をあさってる方が性に合うみたいで―― それじゃクリスさんは何でここで働いてるんです?」 「……そうね…… いつまでも若く美しくありたいから、かしら」 「なるほど――働く女性は輝いてるって言いますからね」 「ふふっ、また言葉が上手いんだから」 そんなやりとりを漏れ聞いたマコトは、はぁとため息をこぼした。 「またやってる…… 女性を口説くのが趣味みたいな人だから、アルは」 「――いちばん口説かれてる人が言えたセリフじゃないわよ、それ」 ツッコミを入れた後、レイコはマコトに真剣な面持ちで向き直ると、 「いい、マコト。彼女には気をつけるのよ。 あんたの彼ってだけで、面白がってちょっかいだそうとするに決まってるんだから」 と忠告をする。 「そんな、クリスさんそういうことする人には……」 驚きというよりは小馬鹿にする表情で一笑に付そうとするマコト。 「もう……だからあんたはうぶだっていうのよ。彼女、男に見境ないって有名なんだから。 ちゃんと手を出されないように目を光らせておきなさい。たとえ他の女に取られても、彼女にだけはダメ」 「他の人に取られてもって、いくらなんでもそこまで……」 「いいえ、ダメよ。だいいち彼女は――」 「……クリスさんが、何?」 違和感を覚えて問うマコトに対し、レイコは口を止め、 「――何でもないわ。 じゃマコト、私は行ってくるから」 会話を打ち切ると、アルの方へと歩み去っていった。 二、三言交わした後、四人は協会の外へと出ていく。 残ったクリスは、マコトの姿を認め近づいてきて、 「なかなか楽しい恋人さんね」 とだけ感想を述べると、自らの仕事場へと再び戻っていった。 魔道士協会を出たアル、ルーク、ミリーナ、そしてレイコの四人は、とりあえず昼食でも取りながらこれからの予定を、とレイコの案内で近くの定食屋に移動した。 「それで、まずはどうしましょうか?」 尋ねられ、アルは少し考えた後答える。、 「……俺としては、この街の領主に会っておきたいんだ。アポはとれるだろ?」 「ええ……たぶん。そんなに時間は取ってもらえないと思うけど」 で、あなたたちはどうするの、と今度はルークたちに問う。 「別に、俺たちはこの街に何か用があるわけじゃないしな―― 二、三日したらまた街を出て宝探し屋(トレジャー・ハンター)稼業を始めるさ」 「そういうこと。 だから、一緒に行動するのも今日で最後になるでしょうね」 一瞬見つめ合った後、それぞれが返答するルークとミリーナ。 「そう…… じゃ、せっかくだからしっかりこの街を案内しないといけないわね」 名所なんてものはないけど、と付け足す。 「ところで――レイコさん」 「レイコでいいわよ、アル。 あなたのことはマコトからさんざん聞かされてるから、何だか昨日初めて会ったって感じがしないし。 私もアルバートさん、だなんて呼んでないでしょ」 彼女は笑顔で訂正を求める。 「わかった。それじゃ――レイコ」 「はい、何かしら」 「さっき評議長と会ったとき、こんなことを言っていたんだが――」 と、先程の会話の内容を伝える。 意外そうな表情を見せたレイコは、しばし口を閉じた後、言葉を漏らした。 「……そう、そんなことを話されてたの……」 「どういう意味なんだ? 知っていることがあるなら教えてほしい」 答えず、黙ったままのレイコ。 「もちろん、話したくないことなら話さなくていいし、こっちも無理に聞く気はない。 けど――」 「いいわ。 どうせあなただったら、私が話さなくても他の誰かに聞こうとするのだろうから」 だったら自分で、とレイコは話し始めた。 「評議長はね、数年前に夫と娘を失っているのよ。魔族に殺されてね」 三人が表情を変える。 「意外に思うでしょ? 『智の女神』ともあろう人がって。 でもその魔族には評議長ですら歯が立たなかった。愛する夫と大事な愛娘を失った評議長の悲しみは計り知れないわ。そのことを言っているのよ。 だから……アル。 私からのお願いだけど、できれば――いえ、絶対にこの話題は評議長の前では触れないでほしいの」 「――ああ。わかった、約束するよ」 はっきりうなずくアルに、レイコは表情を少しゆるませると、 「ありがとう。ステラ評議長は素晴らしい方よ。私はあの人の手となり足となり、力になりたい。そのためにはこの身を捧げるわ」 「それだけ、尊敬しているのね」 「ええ」 ミリーナの言葉に、力強くうなずくレイコ。 「でも――実際具体的にどこらへんですごいんだ? なんか……魔道や魔法やらそのものの限界や拡張がどうとか、って話は聞いたことあるんだけどな……」 尋ねるルークに対し、今度は笑みを浮かべると、 「そういう質問なら大歓迎だわ。 じゃ、たとえば……一つ問題。混沌の言語(カオス・ワーズ)なしに黒魔法を発動させることは可能かしら?」 「無理ね。間違いなく」 即答するミリーナ。 「そう、それが魔道の常識。魔道士なら誰でもそう習い覚えているでしょうね。 でも――混沌の言語(カオス・ワーズ)とは、上位魔族の力を借りるために行う、言うなれば儀式の言葉に過ぎないわ。 ならば、術の名前それ自身を混沌の言語(カオス・ワーズ)として、より強いイメージと、術を制御できる精神力があれば、その力ある言葉だけで発動できる――そんな黒魔法を創り出すことも可能なのではないかしら?」 「……『ないかしら』って…… んー……ンなこと、考えたこともなかったなぁ……」 腕を組み、ルークが漏らす。 「まさか、ひょっとして既に――」 乗り出すアルにレイコは首を振ると、 「いえ、これはまだ理論に過ぎないわ」 でも魔法の拡張とはそういうことよ、と説明を締めくくる。 「じゃあ――話題を変えさせてほしい。 これに、心当たりはないか?」 そう言い、アルが懐から出した物は、くしゃくしゃに丸められた紙だった。 「……何かしら?」 手に取ったレイコは、広げて目にした途端に表情を変え動きを止めた。 「――あるんだな」 その態度に確信を持つアル。レイコが返した紙を今度はルークが手にする。 『親愛なるアルバート=マクドガル様 先日あなたがこのスウェア=シティに来るとの報せを聞いたときは、正直とても驚きました。 あなたに会うのもいつ以来かと振り返れば、これまでの会えずにいた時間などとても短かったことのように思えます。 ですが、私の中にあなたに来て欲しくないと思っている自分がいるのです。 決してあなたに会いたくないわけではないのです。それだけは確かです。 でも、できればこの街には来ない方がいいと考えてしまうのです。 お願い、アル。もし来なくてもいいのなら』 「……途中で終わってるじゃねえか」 「書いてる本人も、気持ちの整理ができてない文章ね」 目を通したルークとミリーナはそれぞれの感想を言った。 「途中で切れてるのは、私が見つけて止めさせたからよ」 手紙を再び手に取り丸めつつ、レイコが説明を加える。 「アル……あなた昨夜マコトの部屋を荒らしたのね。彼女が寝てから。 マコトに話すわよ?」 「構わないさ。じゃなきゃ親友のあんたにこれを見せたりしない」 臆することなく話すアルに、レイコはため息をつく。 「……真実のためなら猪突猛進。恐れるものなど何もない――か。マコトの言った通りね。 まったく、処分しておきなさいって言ったのに……」 「なぜマコトはこんなことを書いたんだ?」 レイコの顔をはっきり見据えて尋ねるアル。 「……私はマコトじゃないから、彼女の真意なんてわからないわよ」 「じゃあ、憶測でいい。 いざとなれば、本人に聞くさ」 食い下がるアルに対し、仕方なくレイコは口を開いた。 「別に、深い意味があるわけじゃないんじゃないかしら。 あなたがここに来るまでの道中の心配と――この『魔物に魅入られた街』の危険を伝えたかったのだと思うわ」 「……いいや」 しかし、レイコの説明に対してアルは納得しない。 「それだけじゃないはずだ。こんな迷った書き方をする他の理由があるんじゃないのか?」 「………… 洞察力も鋭いのね。それもマコトの言う通りだわ」 一息つくと、レイコは真剣な面持ちでアルに向き直った。 「あのね、アル。じつはあなたがそもそもここに来るきっかけになった要請状―― それは、私たちが出したものではないのよ」 「……どういうことだ?」 「言った通りの意味よ。つまり、何者かが魔道士協会を装って、ガイリア=シティの協会に書状を出したの。 だからその後隔幻話を通じて確認の連絡が来たとき、私たちは初めてそんなものが出されていたことを知ったのよ」 「おいおい、それじゃ――」 「なら、なぜその時に否定しなかったんだ? それで終わりじゃないか」 ルークの声を遮り、尋ねるアル。 「解決を望むのはこちらの本意でもあるのよ、アル。 言い方は悪いけど、渡りに船、と評議長の判断で応じることにしたの」 「そして――泳がせて誰の仕業か突き止めよう、と」 ミリーナの指摘に、レイコは複雑な表情を浮かべ、 「……正直、その狙いもあるわ。 当人に言うのは問題だから、本当は話すつもりはなかったのだけれど―― アル、あなたは誰かに利用される危険性があるの。そのことは認識していて」 レイコはアルの目を見つめ、そう忠告した。 |
22233 | desire 2 下 | ブラントン | 2002/9/26 09:51:28 |
記事番号22232へのコメント 一方その頃、マコトは昨日約束したエレナの相談に応じるため、二人で連れ立って協会の外へと出ていた。 とりあえず昼食でも取りながら、と近くの店に入る。 注文を終え、料理が来るまで待つ状態になって、エレナはようやく話を切り出した。 「じつは――私好きな人がいるんです。片思いなんですけど。 でも、その人は私のこと、全然気に掛けてくれなくて……」 やっぱり恋愛相談だったか、と思いつつ、マコトは耳を傾ける。 「いろいろ尽くしてるつもりですし、彼のためなら身も心も捧げます。 だから、もう少し私のこと見てくれてもいいんじゃないかって思うんですけど……」 うつむき話すエレナを見て、マコトは――実際自分ではいいアドバイスが浮かんだわけではないのだが、何か言ってあげなくちゃという気になってしまう。 「昨日来られた……アルバートさんですよね。私見ました。 お願いします! イズミさんがどうやってあの人の心をつかんだのか教えて下さい!」 「べ、別に私はアルの心をつかんで、とかいうわけじゃ……」 ホントにそうよね、と胸中で呟きつつも、マコトは手を振って否定する。 「やっぱり大人の魅力なんですか? 私みたいな子供は相手にしてもらえないんでしょうか?」 なおも迫るエレナの迫力に圧されつつも、言葉を紡ぐ。 「そんなことは…… でも――そうねえ…… 私にはエレナの想い人がどんな人なのかはわからないけど、その彼にとって、自分がどれだけ大事な存在かをわからせるようにすればいいんじゃないかしら」 「え?」 「言い方は悪いけど、自分を売り込むっていうのかな。 必要とされる人間になれば、もう少し彼の見方も変わるんじゃないかと思うの」 自分より数歳下なだけとは見えない彼女が可愛くて仕方なく、マコトは気がつけば優しく諭していた。 「でも、私もう彼のためにならたくさん……」 「頼まれごとをするだけじゃなくってさ。自発的に何かやって、びっくりさせるのよ。 こんなこともできるんだって見直してくれるかも」 「そういうものなんですか……」 マコトの助言に感嘆し言葉を漏らすエレナ。 「ま、私も偉そうなこと言えるようなものじゃないんだけどね、全然」 「そんなことないです。すっごく参考になりました! ありがとうございます、イズミさん」 エレナは表情を明るくし、深々と頭を下げた。 食事後、早速領主のいる城へと赴いたアルたちは、さして待つこともなく、ロード・リザエルとの対面を果たすことができた。 ガイリアから人が来るという話は聞いている、と言った後、 「まあ……とはいっても、魔道士協会との連絡は、基本的にそこのカズミ君に任せているので、詳しくは彼女に聞いてもらった方が早いと思うけれど」 まだ若く――二十代と見てとれそうなロードは、視線で部屋の奥に佇む女性を示した。 紹介され、彼女は一礼する。茶色の長髪を腰まで伸ばし、無表情に近い事務的な顔を見せながら。 「カズミ=グランチェスタです。そちらのレイコさん以外とは初めてお目にかかります」 皆もそちらに体の向きを変えるが、 ――――? アルにとって、その姿は記憶の片隅に残ったものだった。確か昨日の夕方、魔道士協会で―― 「あ……あの、ひょっとして――」 ためらいつつも声を掛けるアル。 「はい、何か?」 だが、表情一つ変えずに問い返すカズミに、 「……いえ、何でも。 アルバート=マクドガルです、どうも」 ――魔道士協会との連絡役なら、昨日あの場にいたとしても当たり前のことか――と納得し、挨拶を返した。そして再びロードへと向き直る。 「それでは……一つお尋ねしたいことがあるのですが、いいでしょうか?」 「どうぞ、何でも」 ロードの返事を確認すると、アルは一度呼吸を取った後、話し始めた。 「記録によると、魔物が現れるようになったのは、あなたがロードになられて、しばらくしてからのようですが――何か、そのことで思い当たる節はないでしょうか?」 自身へと向けられた質問に、ロードは一度目をぴくりと動かすと、 「ほう……これはまた、唐突な推論じゃないか。 ということは――つまりこの事件の原因が僕にあると?」 挑戦的に問い返してくるロードに、アルはしかし真正面から受け、 「恐れながら、その可能性を考えるのは不自然ではない――と思います」 ――事件を自然発生でない、何者かの仕業とするならば、その目的は何か? 出現場所のランダムさをみても、どこか特定の場所に狙いがあるとは思えない。中心部には現れず、街の外周部に多いことは確かだが――それは召喚の手間などのせいと考えるのが自然だろう。となればターゲットはこの街全体ということになる。 だが、街の壊滅を望むとするには、襲撃は毎回低規模で、このまま何度続けたとしてもほとんど達成できる可能性は低い。 では、犯人の目的は直接的な破壊よりも、むしろ街を恐怖で覆うことなのではないか? 人々の心理的不安を呼び起こし、街から離れさせることで間接的に壊滅を図っているのでは―― そして、この街はロードによって治められているのだ。動機の原因として関係していることは十分に考えられる。しかも――このような非常に遠回しな方法を使うからには、よほど深い恨みが。 そう述べた後、 「改めてお聞きしますが――何か心当たりはないでしょうか?」 アルは再びロードを見据える。 「……なるほど、ねえ……」 対してロードはしばしの沈黙の後、口を開く。 「そこまでの考えは、初めて聞いたよ。けど――残念ながら役に立つような情報はないね。 もとよりこんな地位にいれば人から恨まれるのも仕事の一つみたいなものだ。知らないうちに嫌われてるのも日常茶飯時さ」 その後さしたる情報を聞き出すこともなく、アルたちは城を後にした。 既に、空の色も変わり夕刻になっていた。 エレナと別れた後、仕事に戻ったマコトは一段落つくと、早めに上がることにした。 廊下を自室へと戻るべく歩を進めていたところで、カズミと出くわす。 「評議長がどちらにいるかご存じじゃないかしら、副評議長」 「いえ――すみません」 簡単な挨拶と、それだけの会話で別れる。 何とはなしに、ほっとするマコト。 正直、彼女はカズミのことが苦手だった。 なぜかというと――ものすごく堅い人間だからである。もちろん、堅さや厳しさなら評議長にも当てはまることだが、カズミと違って人間味があるので、そうどうというわけではない。 が、カズミの場合隙がない感じがして、対面していると自然と肩の力が入って疲れるのだ。 もちろん、マコト自身が彼女のことを詳しく知っているわけではない、というためでもあるのだが――主に応対するレイコは大変だな、と少し同情すらしていた。 実際彼女はすごく精力的に動いている。そういえば昨日も姿を見せていたはずだ。 本来街を治める者として当然自分の手ですべき魔物の撃退を、金銭面では負担しているとはいえ魔道士協会に任せているようなロードとは対照的だった。 と、カズミのことに頭を巡らせていたマコトに、別の声が掛けられた。 「――あ、ここにいたのマコト」 振り向くと、そこにはあったのはレイコの姿。 「あら――いつのまに戻ってきたの?」 「ちょっと前にね。アルったら途中で、自分たちだけで回りたい、だなんて言い出して…… 人の好意には素直に応えなさいっていうの、まったく」 少々憤慨した様子でぼやくレイコ。 「それよりマコト、探してたのよ? じつは――大変なのよ。また研究資料がなくなったの」 絶句するマコト。 「……まさか」 「冗談でこんなこと言わないわ。 まだ私もさっき戻ってきて聞かされたばかりなの。だから誰にも口外しちゃダメよ」 マコトは無言で頷き、 「わかってる。で――今度は何が?」 「それをこれから確認するのよ。あんたも来て」 仕事は上がりといっている場合ではない。胸をざわめつかせ、マコトはレイコに付いて歩き出した。 共に廊下を進む途中で、レイコが口を開く。 「で、そうそう、アルのことだけど―― マコト、あんた今夜から自分の部屋に泊めるのやめた方がいいわ」 「え……どうして?」 いきなりの忠告にマコトはきょとんとして返す。 が、レイコは深刻な表情で手を頭に当てると、 「それがねぇ……昨夜は若い二人の絡み声が夜遅くまで漏れてきて眠れなかった、って苦情があんたの部屋の周りから寄せられてて」 「――うそ」 表情を凍り付かせるマコト。 「あら、その顔は心当たりありそうだけど?」 「だ、だってそんな隣に聞こえるような……」 レイコの問いに、狼狽しつつ言葉を漏らすが、 「……なるほど、昨夜はそんな感じではなかったと」 …………? そのセリフに、マコトはひっかかるものを感じる。 「……ね、ねえレイコ。ひょっとして……」 「はいはい、安心なさい。 嘘よ、嘘。苦情なんて来てないわ」 あっさり白状する。 「あなたねえ……!」 誘導尋問だったと知り、怒るマコト。 「……まったく、ほんっとあんたってからかいやすいわ……」 ひとしきり笑った後、しかしレイコは真面目な顔で向き直り、 「でもね、マコト。 今夜からはアルのとってる宿屋の部屋に行きなさい。あんたも意識してたら二人の世界に入れないでしょ?」 「ぅん……それは、まぁそうかもしれないけど―― って、だったら最初から言ってくれればいいじゃないの!」 「何言ってるの。それじゃ面白くないでしょ」 マコトの文句に、いけしゃあしゃあと返す彼女だった。 レイコと別れた後、アルたち三人は街の中を散策し、気がつけばいつのまにか日が沈みかけるような時間になっていた。 三人が今立つのは、街の外れの丘。人の気配もなく、風が少し寒く感じるような場所である。 「なあ、どうして途中で案内してもらうのをやめたんだ?」 ルークの問いにアルが答えるより先に、ミリーナが口を開く。 「……接触を待っていた、ということ?」 「ああ」 魔道士協会の人間であるレイコが側にいては、アルを利用しようという何者かも近寄りがたくなるだろう。 こんなところまで来たのも、周りに人がいない所の方がいいのでは、という考えがある。 もちろん、むしろ人混みに紛れて、という方が目立たなくていいという判断もありうるが、これまで実際に街中を歩いていて接触はなかったのだ。 危険は承知の上である。 「おいおい、巻き込まれるのはごめんだぜ。別に俺たちには関係ないわけで――」 「残念だけど――もう手遅れみたいよ、ルーク」 言って、視線を一方向に動かすミリーナ。 そこにいたのは一人の――いや、そう呼ぶのがはばかられる、一体のものがいた。 二足で立ってはいるが、そもそも服を着ていない。全身は橙色に染まり、青か緑かという斑点が体中についている。 足同様、手も二本あるものの、その右手は途中から鋭く尖っていて、剣代わりに物を切り裂くことができそうだった。 顔には目と口だけがあり、頭には髪なのかどうかわからないが、まさに『ぼさぼさのもじゃもじゃ』と形容できるものが生えている。 これだけ意味不明な存在を見た者は、一目でそれをこうみなすだろう。 すなわち――魔族と。 「な、何なんだ!?」 「魔族、よ。 あなたも感じるでしょう? この瘴気を」 「……まあ、ここまでヤバげな奴はそうそうお目にかかれるモンじゃねーだろーけどな」 さすがに各地を旅する宝探し屋(トレジャー・ハンター)コンビである。レッサーデーモンなどの下級魔族以外とも対峙したことのある二人には、アルほどの取り乱しはない。 「我が名はクローヴァ」 尋ねられてもいないのに、唐突に魔族は口を開いた。 「しゃ、しゃべった!?」 「たまにはいるのよ、そういうのも」 「でもかなりのレアものだぜ。自慢してもいいかもな」 まだ驚いてばかりのアルに、再度コメントを返す二人。 「そのような話はこの場で死にゆく者には無意味なものだな……」 自分が珍獣扱いされていることには何の反応も示さず、濁った声で再び喋る。 「何しに来た! てめぇが元凶か!」 「お前たちにくれてやる冥土の土産はない」 ルークの問いにも応じないクローヴァ。 「話ができそうな余地もなし、ね」 ロング・ソードを抜き構えるミリーナ。同じく魔力剣を抜くルーク。 「勇ましいな、人間にしては。 だが――はたして貴様らに我が倒せるかな!」 目と口しかない顔でもかすかにわかるその表情を変化させながら叫ぶと、クローヴァは突如その姿を消した。 「消えた!?」 が、すぐに再びクローヴァは現れた。 ――八体の、まったく同じ姿で。 「――!?」 その光景には、さしものミリーナも驚きの顔を見せる。 「螺光衝霊弾(フェルザレード)!」 とりあえずルークは唱えていた魔法をそのうちの一体に放つが、動揺して狙いが定まらなかったか、あっさりかわされる。 「お、おい……これってじつはかなりやばいんじゃないのか?」 まったくの未体験の連続に驚きっぱなしのアル。 「――さあな。アル、お前が戦力になればそうでもないかもしれないぜ」 「力になれとはまでは言わないけど、自分の身は自分で何とかしてちょうだい。 きっと、逃げてもあれだけいると私たちじゃ足止めできないから」 さすがに二人にも余裕がなくなっている。 「では――いくぞ!」 八体のうちのどれが言ったか、それを合図に全員がルークたちめがけ襲いかかる。 「黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」 今度はミリーナが唱えておいた魔法を発動させる。 黒い霧が一体を包み、消滅させた。 が、残り七体は何も反応を示さず、変わらず向かってくる。 「ちぃっ――魔風撃!」 各個撃破する余裕はない、と魔力剣を振るって風を巻き起こし、進撃を阻もうとするルーク。 が、それでも足止めできたのは二体。残りは横をすり抜け迫ってくる。 「くおぉらぁっ!」 先行した一体が振りかぶった右腕の刃の一撃を受け止めつつも、流しながら体をずらし、ルークは次の一体へと素早く目標を変える。 「こいつは、どうだっ!」 ざしゅっ! 間を置かせないルークの斬撃に、反応の遅れたそのクローヴァは胴を横薙ぎにされた。 そのまま走り続け、いったん全体から少し距離をとると、続けて呪文の詠唱に入る。 その間に最初の攻撃をルークに受け流されたクローヴァは、次に標的をアルへと変え襲いかかった。 「――青魔裂弾波(ブラム・ブレイザー)っ!」 いつの間に唱えていたのかアルは呪文を放つが、それはかわされ―― 「烈閃砲(エルメキア・フレイム)!」 が、そこにミリーナが発動させた光の柱が直撃した。 彼女も三体のクローヴァに囲まれているが、大局を見渡し他の状況を把握できる視野の広さは一級品である。今の術も敵の攻撃をかわしながら合間に放っている。 「いくぜっ!」 呪文の詠唱を終えたルークはすぐには発動させずに、剣を携え新たな一体へと突っ込んでいく。 「うおおぉっ!」 叫び声と共に剣を振りかぶるルーク。 迎え撃つべく右腕の刃を構えるクローヴァ! が―― 「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」 ルークはその剣を振るうことなく――振りかぶったまま術を発動させた。 ばじゅぅぅっ! 不意をついた攻撃に避ける間もなく、光の槍の直撃を食らったクローヴァは消滅する。 次々と倒される分身たちの惨状を見てか、一斉に距離を取り再結集するクローヴァたち。 一方ルークたちもそれを見て一度集合する。 「残り――四体か」 ルークの呟きに、ミリーナは視線は敵に向けたまま、 「そう単純にはいかないかもしれないわ」 「ああ、確かにな…… ひょっとしたら――」 と、訝しがるアルの言葉に応えるかのように―― 何もなかった空間に、新たに出現するクローヴァ。まず一体。 「フフフフ…… 一体ずつ倒していったところで意味はないぞ。我は何度でも復活する」 全員同時に口が開き、微妙な響きをクローヴァの声が奏でる。またさらにもう一体が現れる。 「……やっぱり、か」 「こういうのって、たいていどれか一体が本物でそいつを倒せば終わり、とかいうものだったりするんじゃねーのか? で、本物だけ斑点の色が違うとかなんとかで見分けがつくってことでさ」 「それじゃああった? そんな見分けられそうな違い」 「……いや、見つけられなかったけどよ……」 冷たいミリーナの返しに、ルークの声も小さくなる。 「でももしそうなら、本体をダミーがかばおうとするはずだ。全部攻撃してみればはっきりするんじゃないのか?」 「あるいは、八体とも本物っていう可能性もあるわね。一体でも残せばああやって復活可能で」 会話を続けるアルとミリーナ。既に新たな三体目も現れている。 「――とりあえず、間を置かせずに一気に全部かたづけるように攻めてみるか? それならどっちだとしても効果あるだろ」 ルークが作戦をまとめる。見ればクローヴァは再び八体を揃え終えていた。 「一体ぐらいあなたも受け持ってね」 アルに言葉を残し、ミリーナは呪文の詠唱を始める。 先程の動きを見て、それぐらいの戦力にはなりそうだと判断してのセリフである。 「よし、じゃ――第二ラウンドといくかっ!」 今度は自ら敵の直中へと突っ込んでいくルーク。 「火炎球(ファイアー・ボール)!」 声に応え生まれた光球が、クローヴァたちの中へと投げ込まれ爆発を起こす。 純魔族にこれでダメージが与えられるとは思っていない。爆発による視界の悪化と動きの制限が目的である。 「塵化滅(アッシャー・ディスト)!」 「青魔裂弾波(ブラム・ブレイザー)!」 爆発を合図に飛び出してきたクローヴァたちをまずは二体、ミリーナとアルの術が消滅させた。 「つあっ!」 他の一体に斬り込むルーク。 っがっきぃぃん! 右腕の刃でそれを受けるクローヴァ。 その隙に横からルークに襲いかかる別の一体。 急ぎ、合わせていた刃を離して飛び下がるルーク。目前をそいつの振るった鋭い刃が通り抜ける。 が、その攻撃をかわしたのも束の間、今度は背後から次の一体が駆け寄ってくる。 「気を抜く暇が――ありゃしねえっ!」 飛び込んでの一撃を横にかわしつつも、素早く体を回転させ剣の横薙ぎでその一体を切り裂く。 一方ミリーナは、ルークのように囲まれての波状攻撃は避けるように、各々との距離を測りながら、唱えた術を放つ攻撃を繰り返していた。 ロング・ソードはしまっている。もっぱら攻撃をかわしつつ、動き回っていた。 「烈閃牙条(ディスラッシュ)!」 ちょうど動きを終え止まった、とっさの行動ができない瞬間の一体を狙いすまし、彼女の放った光の槍が直撃した。 複数の槍を同時に発生させる術で、かわすのをより難しくさせているところに、彼女の判断力が示されている。 「一体葬ったところで、気を抜く暇などないぞっ!」 彼女が術を発動させたその隙を狙い襲い来る別のクローヴァ。 「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」 が、そこに別方向からの呪文が襲いかかってきた。 「ぐぬぅっ!」 予想外の攻撃に体勢を崩しながら何とかかわす、そのクローヴァ。 憎々しげに睨みつけた先には、アルの姿があった。 「――まずは与し易い相手から屠るべきであるか――」 言ってニヤリと笑うと、アルへと標的を変え動こうとした時、 「黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」 ミリーナがその間に唱えた呪文がそれを消滅させた。 しかし、アルを先に始末しようと判断したのは他のクローヴァも同じなのか、別の一体が攻撃の矛先を向け襲いかかった。 「――がはっ!」 腕の刃の斬撃は何とかかわしたものの、続けざまの蹴りの一撃をまともに食らい、後ろに吹き飛ばされ声を上げるアル。 彼が身に纏うのは一般の魔道士が着る旅用のローブに過ぎない。軽装鎧やショルダーガードを身につけたルークたちに比べれば直撃のダメージも大きい。 っぐききぃぃっ! 更にとどめを刺そうと近寄るクローヴァだが、もう一体を仕留めたルークが急ぎ戻り立ちはだかる。 「うおらぁっ!」 右腕の刃の一撃を正面から受け止めるルーク。そのまま力で相手を押し返す。 攻撃を防がれ、いったん距離を取るべく下がったクローヴァだったが―― 「呪霊四王縛(アストラル・ブレイク)!」 そこを背後から狙ったミリーナの呪文が直撃し、葬り去った。 「大丈夫?」 そのままアルに駆け寄るミリーナ。先に様子を見ていたルークが答える。 「死ぬ心配はねーだろうが――骨を何本かやられてるな。満足に動くのは無理だ」 「……す、すまないな、あと一体なのに……」 苦痛に表情をしかめさせながら言葉を漏らすアル 視線の先には、またも復活を始めるクローヴァ。既に三体目まで出てきている。 「……八体揃う前の今のうちに攻撃して倒せば――俺のことはいいから……」 「――ならば、一気に揃えてやろうか?」 その声を聞いたのか、不敵に笑うクローヴァ。 と、次の瞬間には一気に残りの五体も出現する。 「――くくくく…… 別に一体ずつ出す必要などないのだよ。 ただ恐怖の瞬間を味わわせるため、そうしていただけのこと」 これがもし人間の顔であれば舌なめずりをしていたであろう――そんな口調でクローヴァは話す。 「……く、くそ……このままじゃジリ貧じゃないか」 「もう黙ってろって、お前は。 そこで見物して、奴らが来ないことを祈ってな」 アルの呻きを遮るルーク。 「それに――結構早くケリつくかもしれないぜ。案外」 「ええ、ひょっとしたら――」 ルークの言葉に頷きながら、ミリーナはクローヴァたちのいる方向をじっと見据える。 「いける?」 「ああ。他は頼む」 小さな声での短いやりとりの後、ルークは八体に向かって駆け出す。 「魔風撃!」 ルークの剣が放つ突風がクローヴァたちに向かって吹き荒れ、 「雷花滅撃吼(ラザ・クロウヴァ)!」 次いでミリーナの力ある言葉に応えて発生した無数の光の粒が襲いかかる。 肉体だけでなく精神にもダメージを与える術である。各々のダメージは小さいが、まったく影響なしに動けるほど弱くもない。 さすがに八体すべてに当てられるほどの攻撃範囲はないが、数体に命中。 その間にルークはクローヴァたちの中心に突っ込み―― そのまま中をすり抜けていく! 「なにっ!?」 初めて驚愕の声を上げるクローヴァ。 「くたばりなっ――」 ルークは走りながら前方の何もない空間を睨みつけると―― 「海王槍破撃(ダルフ・ストラッシュ)!」 叫び、そこへと呪文を叩きつける! ばじゅおああぁっ! 何もないはずのその空間では――しかし何かが音を立てて消滅していた。 すぅぅぅぅ―― そして、八体のクローヴァも、またすべて消えていく。 残ったのは、アル、ルーク、ミリーナの三人だけ。 ところどころえぐれた地面が、戦いの跡を残していた。 「……終わったわね」 気配のもうないことを確認したミリーナが口を開いた。 「え……いま、いったい何が……」 地面に倒れたままその光景を横を向いて見ていたアルは、状況が全く理解できず驚いたままである。 「あー、つまりだな……」 戻ってきたルークはどう説明するか頭をかく。 「結局あれは八体とも全部ニセモノだったってことだ」 「……は?」 思わず間抜けな返事をしてしまうアル。 「だから、あれはみんなダミーで、本物は姿を消して高みの見物してたわけだ。 ンで、そいつをいま倒したから、ダミーも消滅した。そういうこと」 「な、なんでそんな――」 『なんでそんなことわかったんだ』とアルが聞こうとするのを途中で遮り、再びルークが話す。 「まあ、最初八体になる前にいったん奴が姿を消してたからな」 「それに――余裕がありすぎたのよ、奴らには」 解説に付け加えるミリーナ。 もし八体全部倒されたら終わりなら、一体は残して安全な場所に待機させとくもの。 そのはずが全員で攻撃してくるし、数が減ってもおかまいなくという感じだった。 「――で、これは何か違うって気づけば――あとは別の気配を探って本体の居場所をつきとめればいいだけの話だ」 得意満面に話すルークに心底感嘆し、 「……す、すごいな……あんたら…… あんなに囲まれて戦いながら、そんなことまで分析してたなんて――」 ただ言葉を漏らすアル。 「ま、誉め言葉は後でいくらでも聞いてやるから」 「今は、あなたの治療が先よ。魔道士協会まで連れていくわ」 二人はそう言うと、アルを抱えて翔風界(レイ・ウイング)を唱えた。 |
22234 | desire 3 | ブラントン | 2002/9/26 09:53:02 |
記事番号22233へのコメント 3.She wishes … 負傷したアルが魔道士協会に運び込まれたという報せを聞き、マコトは医療室へと駆け込んだ。 「アル!」 ドアを開け中に入ると、部屋にはベットに横たわるアルと、その側につくエレナ、そして端に佇むルークとミリーナの姿があった。 「よぉマコト。心配して来てくれたのか?」 「……あ、当たり前じゃない」 「復活(リザレクション)をかけましたから、怪我はもう大丈夫です。安心して下さい、イズミさん。 一応今晩は安静にしていた方がいいと思いますけど」 エレナがマコトに状態を説明する。 「ありがとな、エレナ。こんな可愛い子に診てもらえるなんて、怪我の功名ってヤツだよ」 「――恋人の前で言う言葉じゃないですよ、アルバートさん」 相変わらずのアルのセリフに冷たく返したエレナは、それじゃごゆっくり、と部屋を後にした。 「それで……どうしてこんなことに?」 いつも通りのアルの様子に落ち着きを取り戻したマコトが尋ねる。 「――襲われたんだ。魔族にな」 「この事件の黒幕とやらは、よほどアル――っていうかもう立派に巻き込まれてるからな……俺たちのことが気に障るらしいぜ。さっそく消しに来やがった」 アルの短い返事を、ルークが引き継ぐ。 「ま、魔族……って―― それじゃなに、デーモンを召喚してるのは魔族ってこと!?」 「あるいは、魔族と契約した人間がそう命じてるって可能性も考えられるけど、ね」 補足するミリーナ。 「だが――少なくともはっきりしたことは、そいつの狙いがこの街を壊滅させるんじゃないってことだ」 倒したとはいえ、クローヴァは十分に力を持った魔族だった。レッサーデーモン数体をちまちま差し向けてなくとも、クローヴァが出てくるだけで、被害はもっと甚大になっていたはずである。 また、魔族の登場によって原因を自然発生とすることもできなくなった。 すなわち――この事件の首謀者は、意図的に手加減しているのである。 「つまり、ますます嫌がらせか何かの可能性が高まったと考えるべき、だな」 結論を口にするアル。 「でも……魔族の仕業だとしたら、調べようもないじゃない。対策の打ちようも……」 「いーや。まださして何もしてないうちからちょっかい出してきたんだ。こっちがかぎ回っていれば、必ずまた動いてくるはずさ」 マコトの指摘にルークが反論する。 「そうかもしれないけど……」 それって結局また危険にさらされるってことじゃないの、とは口に出せなかった。 「ずいぶん積極的になったのね、ルーク」 ミリーナの指摘に、ルークは頭をかきつつ、 「しょうがねえだろ……今さら無関係です、で通せそうもねえし。こうなったらとっとと元凶をぶっつぶして終わらせた方が楽じゃねーか。 おいアル。俺たちを巻き込んだ分の慰謝料は後でたっぷり請求するからな」 「はは……覚悟しとくよ」 アルのその返事を聞くと、 「とにかく、今夜はおとなしく寝てな。さすがにこんなとこまで襲ってくることはねえだろうから」 と言い残し、ルークは部屋を出ていった。ミリーナも後に続く。 部屋に二人きりとなったアルとマコトだったが、すぐ別の人物が入ってきた。 「よぉマコト。こんなところで会うとはな」 「カイル……どうしたの、こんなところに」 驚きよりも戸惑いが先行し、マコトは尋ねる。 「いやなに―― 来た早々ぶっ倒れて担ぎ込まれた奴の顔を、拝みにな」 目線をずらし、アルに顔を向けるカイル。 「……俺は売られたケンカは買う主義だぜ」 侮蔑の言葉に対し表情をきつくし、応じるアル。ベッドから出ようとするが―― 「ちょ、ちょっとじっとしてなきゃダメよ! カイルもやめて、そんなこと言いにわざわざ来たの!?」 慌ててアルを抑えようとするマコトは、首を動かしカイルを睨みつけた。 「……マコト……」 今までになく強い調子、顔を向けられたカイルは、しばし沈黙すると、 「じゃあ――やめたらお前は俺のこと気にかけてくれるのか?」 「……え……?」 意外な言葉に動きの止まるマコト。だがカイルはそれ以上何も言わずに、黙って部屋から出ていった。 アルは黙ったままである。 今度こそアルと二人きりになったマコトだが、さすがにどうといっていられる気も起きず、 「……あんまり無理しないでよ。今夜も楽しみにしてたのに……」 「悪いな、マコト」 「ううん。無事で良かった。ホント、それがいちばんだから」 マコトはそう言って、少し淋しそうな――笑顔を作り、 「じゃ、ゆっくり休んでよ。おやすみ」 自分も部屋を出ていった。 「……悪いな、マコト」 それを見送ったアルは、うつむくともう一度、同じことを言った。 宿屋へ戻ろうとするルークとミリーナは、廊下を歩く途中でステラ評議長と出くわした。 「――話は聞いてるわ。彼の容態は?」 「大丈夫です。 復活(リザレクション)をかけてもらいましたし――念のため、今夜は大事をとって安静を」 答えるミリーナの言葉を聞き、彼女は述べる。 「そう……それがいいわね。 治癒(リカバリィ)も復活(リザレクション)も、およそ回復呪文は物理的な傷を治すだけのものに過ぎないわ。 急速な体調の変化に慣れていないと精神がついていけないこともあるから――傷が治ったからといって無理をするのは得策ではないでしょう。 魔法は、万能ではないのだから」 「……でも、それを万能に近づけていくのがあなたの研究なのでは?」 「そうね。でも拡張にはまずその限界を知ることが必要なのよ」 問うミリーナに穏やかな顔のまま返すが、その後わずかに表情を締めさらに口を開く。 「たとえば、黒魔法の中でも最強と謳われる竜破斬(ドラグ・スレイブ)―― それが最強といわれる所以は、人間の持つ魔力容量を限界まで引き出した、最も威力ある術だからであることは疑う余地もないわ。 でも……それじゃ本当に竜破斬(ドラグ・スレイブ)には死角はないのかしら? その威力は山一つ吹き飛ばすほどのもの。とても街中では使えないわ。 呪文の詠唱に時間がかかるのも難点ね。自分は呪力結界に守られるとはいえ、相手に十分な時間を与えてしまう。 またこの術は、赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥより引き出した力をそのまま放出するもの――確かに威力はすさまじいけれど、範囲が広い分、逆に各々一点への攻撃力では下がっていることになるはずよ」 聞き手に発言の機会を与える間もなく、流れるように語られる言葉に耳を傾けるルークとミリーナ。 「でもそれは結局一長一短の話。竜破斬(ドラグ・スレイブ)がそんな術であること自体は変えようもないわ。 ならば、それとは対極に位置する、赤眼の魔王(ルビーアイ)の力を凝縮させ刃としてその手に制御することで、攻撃範囲を限定する代わりにより威力を高めた――そして混沌の言語(カオス・ワーズ)の長い詠唱も必要としない、力ある言葉と身振りだけで発動できる。 そんな魔法があれば、きっと価値のある、上位魔族にも有効な手段となるのではないかしら」 最後は問いかけになっていたが、それは返事を求めるものではない。 「……壮大な話――だな」 「一歩間違えれば、絵空事で終わる気もします」 各々の感想を漏らす二人。 「そういう冷静なコメントをしてくれた方が、ありがたいわ」 彼女は少し嬉しそうな表情を浮かべる。 「――なぜ、こんな話を私たちに?」 尋ねるミリーナに、 「……そうね。 あなたたちが優秀な魔法の使い手だと知ったから……かしら」 彼女はそれだけを答え、 「確かに絵空事と思うのも無理ないわ。竜破斬(ドラグ・スレイブ)を生み出したのは、かの伝説の大賢者レイ=マグナス。それと肩を並べるような黒魔法をこの手で創り出そうだなんて…… 実際、まだ誰も――もちろん私も、発動させたことはないのだから」 そこまで言うと、曇った表情を少し明るくさせる。 「でも、術の名だけはもう決まっているのよ。もっともそれが力ある言葉になっているのだから、センスのかけらもない――そのままのものだけど。 そう、呪文の名前は――」 ――ごそっ―― アルは寝ていたベッドから身を起こした。仮眠の後だが、すぐに目が冴える。 そして部屋の扉まで近寄るとそっと開け、辺りに人のいないことを確認し部屋から出た。 もう夜である。人の気配は感じられない。残っている人もいるだろうが、昼間よりは明らかに少ないはずである。 「とりあえず、いろいろ歩いてみるしかない……か」 昼間散策したとはいえ、一部しか見ていないアルにはまだ間取りもよく把握できていない。 復活(リザレクション)のおかげで、体はもはや万全。 本当はここに泊まる必要もなかったのだが、逆に好都合というものだった。 ――アルは、この魔道士協会をあまり信用していなかった。 まずマコトの手紙。レイコが話したことは嘘ではないと思うが、それがマコトの真意とは限らない。まだ何かを隠しているような気がしてならないのだ。 そしてレイコが話した事実――自分がここに来ることになった要請自体が、何者かが魔道士協会の名を語って出されたものだったということ。 彼女はその人物がアルを利用しようとしている、と言っていたが――あるいは助けを求めているのではないか? そして――魔道士協会を介さずに出したのは、もしそうしても取り合ってもらえない可能性があったからではないのか? もちろん、それらはまだちょっとした疑念に過ぎない。 だが、少なくともまだ何か自分が知らないことがここにはある―― アルにとっては、それだけで行動を起こすのに十分だった。 しばし廊下を慎重に進んでいたアルだったが、 「あら……」 ……見つかった!? 聞き覚えのある声が掛けられ、振り返ると――そこにいたのはクリス。 「怪我をしたと聞いていたけど――もういいのかしら?」 「は、はい。おかげですっかり」 隠密行動とまではいかないまでも、人にあまり出会いたくない状況なだけに、自然と声に落ち着くがなくなる。 「それは良かったわ。で――こんな夜にどこへ? イズミさんのところ?」 「いや、そういうわけじゃ……」 当然の質問に、アルはそうだと答えても良かったのだが……とっさに嘘をつくことはできなかった。 「あら違うの……ま、いいわ。聞かないでおいてあげる。 それなら、ねえ……?」 突如そこで声色を変えて、近寄ってくるクリス。 「今夜は私のところに来ない?」 「え……」 一瞬意味が理解できず、言葉を上げてしまうアル。 「空いてるんでしょ? 私だったらきっとイズミさんより……上手にリードしてあげられるわ」 「……い、いや別に空いてるわけでも……」 「あら、そう――残念ね」 「そ、それじゃ」 逃げ出すように、早歩きでその場を後にするアル。 だいぶ離れたところまできて、その歩調をゆるめる。 まさか、いきなり誘ってくるなんてな――クリスさんが相手だと、主導権をにぎられっぱなしじゃないか。 心を落ち着かせつつ思う。が、 「――誰だ!?」 そのために周りへの注意力が途切れてしまっていたのか、突如掛けられた声に驚き足を止める。 「……なんだ、アルか」 「シルビア……どうしたんだ、こんな時間に?」 気づけば中庭にさしかかっていた。彼女はそこで剣を持っている。服は軽装だった。 「素振りさ。また今日もカイルに負けちまったからな…… 腹いせ――っていうか、こうして発散させてないとやってられないのさ」 自虐的な顔をし答えるシルビア。 「……俺もあいつは嫌いだ。応援するよ」 「あんたにつっかかってくるのは、イズミさんの恋人だからだろ」 シルビアは苦笑する。 「あんな魅力的な人を彼女にしてるんだ、そればっかりは同情できないね。オレが男なら放っとかないよ」 「そうか? 俺にとってはシルビアの方が魅力的な女に見えるけどな」 「ばーか、見え透いたお世辞を言われても嬉しくないよ」 笑って返すシルビア。だが、その次は少し表情を曇らせる。 「魅力的な女……か。あんまり女でいて良かったって思ったことないんだよなあ…… ま、こんな仕事やってるからってのもあるけどさ。でもオレは傭兵って職に自信と誇りを持ってるから、そんなの関係ないって思ってるんだ。 あーあ……もし男になれたらカイルの奴を叩きのめせるだろうになあ……」 顔を上に向け漏らすシルビアをじっと見つめるアル。 「――本当にそう思ってるのか?」 その真剣な口調に、シルビアは向き直る。 「もしそれで勝っても、価値なんてないだろ。 自分で身につけた力でなら、間違いなくその勝利はシルビアのものだ。 でも、勝ちたいから女じゃ嫌だなんて……それってその時点で自分に負けてるんじゃないのか」 反論をせずに、黙って見つめたままのシルビア。 「そもそも、別にそうまでしてカイルに勝たなきゃいけない理由なんて本当にあるのか? もっと肩の力を抜いた方がいいと思うよ、シルビアは」 シルビアははっと顔を驚きに変える。 アルは顔をやわらげ、彼女へと近づいていく。 「そのほうがきっと可愛いだろうし、俺は好きだな」 そして動かないままのシルビアの髪を優しく触る。 「アル……」 シルビアは少しぼうっとしたような顔を見せていたが、慌てて手を払うと、 「バ、バカ! 見え透いたお世辞は言うなって言っただろ!」 「お世辞のつもりはないさ。いい女だよ、シルビアは。俺が保証する」 「ったく……気が抜けないな、あんたといると……」 なおも真顔のアルに、シルビアは降参、というように表情をゆるませる。 「でもどうしてかな――アルとは昨日初めて会ったばかりなのに、気がつけばこんなことまで話しちまってる。こんなこと、協会の中の誰にも言ったことなかったのに……」 「……さあ、な。 きっと、普段からの知り合いだからこそ、話しにくいものだからじゃないのか?」 そんなアルの返事に、シルビアはきょとんとした顔を見せた後、ため息をつくと、 「……意外とニブいとこもあるんだな……」 とつぶやく。 言葉の意味を理解できずにいるアルに対し、 「それじゃ、オレはもう行くよ。おやすみ、アル」 「ああ。おやすみ、シルビア」 立ち去るシルビアの後ろ姿を見送って、再びアルは歩き始めた。 「アル、差し入れを持ってきたんだけど……」 軽い食事を用意し部屋に入ったマコトは、そこにアルの姿がないことを知った。 すぐに部屋を出る。周囲を見回すが、姿は見えない。 まさか―― 魔族に襲われたばかりとあって、不安な考えが先に浮かんでしまう。 知らず知らずと探し回る足も速くなる。 「マコト、マコト」 レイコの横を通り過ぎていたことも、呼び止められるまで気づかなかった。 「レイコじゃない、いたの」 「いたのじゃないわよ。どうかしたの? そんな深刻な顔して」 「アルが……いないの」 状況を聞いたレイコは、 「あの二人が泊まってるっていう宿屋に行ったのかもしれないわよ、行ってみれば? ここは私が捜しといてあげるから」 「うん……ありがと、レイコ」 「ちょ、ちょっと待ちなさいってマコト」 すぐにでも行こうとするのを呼び止めるレイコ。 「私の話も聞きなさい。なんで声かけたと思ってるの」 「あ……ごめん。で、何?」 「……ホント、アルのこととなると単純なんだから…… それで話っていうのは――盗まれた研究資料のことよ」 一度間を置き、そこから声を小さくする。 マコトの顔も自然とこわばる。 「やっぱりいろいろ調べてみたけど、内部犯の仕業と考えざるをえないようなの」 レイコの言葉は、一瞬マコトの息を詰まらせるのに十分な衝撃を与えた。 「それって――ここにスパイがいるってこと」 「ええ。残念だけど、そういうことになるわね。評議長も同意見よ」 「で、でもだったらどこのスパイが? 別にここの研究を狙っているような所があるとは……」 「……さあね。直接本人に聞いた方が早いかもしれないわ」 方針はそういうことだと言外に示すレイコ。 「とにかく、これからは協会内の人間に会う時も――いえその時こそ注意して。 それとこのことは絶対に他言無用よ。アルにも喋らないで」 「わかってるわよ。ちゃんと公私のわきまえはつけるわ」 心外とでも言いたげにちょっとふくれて返す。 「あなたのこと信用しているから話しているのよ。これを知っているのは私とあなたと評議長の三人だけ―― 間違っても、あなたが犯人ってことだけはないわよね。マコト」 じっと目を見据える相手をまっすぐに見つめ返し、マコトは強く言う。 「ええ。親友として誓うわ、レイコ」 「――ありがとう」 少し間を置いた後、レイコはそう一言発した。 「じゃ、あんたは早く行きなさい。私も捜しておくから」 そして、二人は別れた。 協会内を探索していたはずのアルだったが、気がつけば建物から出て路地裏に来てしまったようだった。 「……人のいなさそうな方向にばかり進んでいたから、こうなっちまったのか?」 ぼやきながらも引き返しはせずに、先へと進むアル。 が、人の声を耳に入れその足を止める。 慎重に聞こえてくる先へと壁越しに顔を覗かせると、そこには二つの見覚えのある姿。 一人はクリス、そしてもう一人は――昼間ロードの所で会った女性、カズミだった。 さすがに闇に覆われる中漏れる光だけでは、この距離からは表情は伺えないが、どうやら和やかな雰囲気ではなさそうだった。 少し離れた場所に身を潜め、聞き耳を立てる。 「……あなたわかってるの? あの研究は美貌を維持するためのものじゃないわ」 「本来の目的なんて、私にはどうでもいいことだわ。私はいつまでも若く美しくありたいのよ、ただそれだけ」 「そんな考えで手を出していいものじゃないのよ! いいえ……そもそも研究のためにどれだけの犠牲が出ているか…… あなたも評議長に利用されているだけなのよ」 「それが何だというの? 私も利用しているのよ。双方の利が一致したと考えてほしいわ」 ――犠牲? 利用? ただならぬ単語に思わず身に力の入るアル。 「……だいいち、あなたやけに研究に詳しすぎるんじゃないかしら。ただのロードの使いぱしりのくせに…… 邪魔をされる前に消しておいた方がいいみたいね」 声をすごませながら、クリスは服の中からナイフを取り出しカズミに向けた。 だが、カズミにひるむ様子はなく、動かずにじっと向かい合っている。 ――このまま黙っているわけにはいかなくなった。 「待て、クリスさん!」 自ら声を上げ、その場へとアルは歩み寄っていく。 「……アル!? どうして……」 まともに驚きの表情を浮かべるクリス。一方カズミは、はっきりとした動揺は見せない。 「――聞いていたのね、今の話を」 「どういうことなんだ、いったい――っ!?」 事情の説明を求めようとするアルに最後まで喋らせず、クリスはいきなり手にしたナイフを地面に落とし、両手で掴みかかった。 「……うっ…… ど、どうしたんだクリスさん、いきなり……」 クリスはその呼びかけに答えず、血走った目でアルの首をつかむと、強烈に締め上げる。 「……が……がはっ!」 必死にふりほどこうともがくアルだが、クリスの力はその見た目からは信じがたいほどに強く、ゆるめることもできない。 「放しなさい、クリス!」 後ろからつかみかかり、腕をはがそうとするカズミ。が、クリスはびくともしない。 それが無理と判断すると、すぐさま拳と蹴りでの攻撃に変える。がそれも効果のないことを見てとると、 「……仕方ないわね……」 カズミは呟くと、呪文を唱え始め―― 「鋼撃貫弾(スティーリアル・バレット)!」 ばしゅぅっ! 言葉とほぼ同時に、音が響く。 倒れるクリスの側頭部から、血が噴き出す。盛大に、派手に。 断末魔すらない、最期だった。 解放され、喉を押さえ咳き込むアル。 「力も堅さも明らかに強化されている。これが研究の産物なのね……」 カズミはいまだ血を流し続けるクリスの死体を見下ろし、漏らした。 「た、助かったよ……ありがとう」 「あなたに死なれては困るからよ。ある意味自分のためでもあるわ」 気になるセリフだったが、アルはそこは聞き返さず、 「……いったいどういうことなんだ。なぜこうなった? それに何も殺すことは……」 「彼女は――我を忘れていたわ。精神的に暴走したと言えるかもしれない。殺さないと止められなかったはずよ」 人を殺したというのに、淡々とカズミは述べた。 「あなたと接触するのは、もう少し確証をつかんでからにするつもりだったのだけれど――仕方ないわね」 また引っかかることを言う彼女に、しかしアルはまず目の前に起こったことを尋ねる。 「いったい……何の話をしてたんだ。研究って何の話だ? 彼女は何を――」 「その質問に答える前に――まずここから離れた方がいいわ。返り血も取らないと。 どこか落ち着いて話せる場所はないかしら。 私も、とても大事な話があるの。アルバート=マクドガル――あなたにね」 制し、尋ね返すカズミ。 「……ここはこのままで、逃げるつもりなのか?」 「見つかるといろいろ面倒なのよ。今は私を信じて」 有無を言わせぬ口調に、アルは少しためらったが、 「助けてもらったことには感謝するよ。 でも悪いが、ほとんど初対面の人間を信じろっていうのは――」 と返す。 「……そう…… そうね、その慎重さは必要かもしれないけど……」 カズミは、しばし口を閉じ、 「いいわ。だったらこう言えば、私の話を聞く気になるんじゃないかしら。 ――アル、あなたをこの街に呼んだのは――私なのよ」 それは、アルにとって衝撃的な言葉。 が、彼にはなぜだかそれが本当のことだと思えた。 「……わかった。 行こう。連れの泊まる宿屋がいいだろう」 マコトは、宿屋へと向かう夜の通りを歩いていた。 魔道士協会は街の中心部にあり、被害が出たことはないが、街外れへと進むに従って数多くの破壊の跡を見ることができる。 正直なところ、マコトはこうして街中を歩くのが心苦しくなることがある。 一体何者の仕業なのかはわからない。もし本当に魔族がやっているのなら、目的などないのかもしれない。 しかしそれがどういう理由で、誰の手によるものだとしても――魔族、少なくともレッサーデーモン程度なら相手にする力があるはずの魔道士協会は、それを解消し平穏を取り戻すために積極的に動いてはいないのだ。 確かに、ロードから委託され傭兵を雇って魔物退治は行っている。負傷し運び込まれた人たちの治療も精力的にしている。 が、それらはあくまで後手後手の対応に過ぎない。元凶を突き止め、何とかしようとしているわけではない。 それに、本来なら傭兵の手を必要とする以前に、自力で魔物を倒す力を持っているはずなのだ。実際の戦闘経験が少ないので、もちろん、その分のマイナスは免れないが、少なくとも副評議長である自分なら一撃で葬る術を扱える。まして、五大賢者と謳われる評議長ならば―― だが、現に自分たちは何度魔物が現れようとも、研究優先と関わらなかった。 もちろん平和を願う気持ちは十分にある。だが―― 「結局私も見たいんだわ。この研究が完成するのを――魔道士として」 そのためには、他のことに時間を取られるのが惜しいし、それに――本当のところ、襲撃の被害者がいなくなるのは都合が悪い部分があるのだ。 だから、どうしても申し訳なく思えてならない。 だが研究はもう最終段階にまで来ている。理論は既に完成しているといっていい。 なのになぜその術が発動しないのか―― 評議長は、使う者の能力のためだと考えている。竜破斬(ドラグ・スレイブ)は人間の魔力容量の限界を引き出した術だという。ならばそれを上回る暴爆呪(ブラスト・ボム)のような――そんな術と肩を並べるものを生み出そうとしているのだから、それも納得がいく。ましてこれは、赤眼の魔王(ルビーアイ)の力を凝縮させ両手で制御する術なのだから、その技術と集中力も並はずれたものが必要なはずだ。 だから今は、術そのものより、それを使える人間を生み出すための研究に従事しているのだが…… 『智の女神』本人ですら使うことのできない術を自分のものにできる人なんて――それはもう人間じゃないのかもしれない。この頃マコトはそう思うようにすらなっていた。 「あ――ここね」 気がつけば目的地に着いていた。足を止め、店の看板で確認する。 中に入ると、一階は食堂になっていた。夜の今は一日でいちばん騒がしい時間である。 喧噪の中を、マコトはアルの姿を捜しながら奥へと進んでいった。 とりあえずここにいなければ、宿の人にアルか、あの二人の名前を出して聞いてみるつもりだった。 ――が、その必要もなくマコトはテーブルに二人座り食事をとっているルークとミリーナの二人を発見できた。 二人もマコトに気づき、手を上げる。 「ここ、いいかしら?」 「ああ…… いったいどうしたんだ? アルなら来てないぜ」 用件を察して聞かれる前に答えたルークは、あからさまに肩を落とすマコトを見て、尋ねる。 「何かあったのか? 今夜はそっちでおとなしく寝てるんだろ」 「……それが、いつの間にかいなくなってて……」 「じっとしていらずに、どこか歩き回ってるんじゃないかしら。彼、そういう性格なんでしょ?」 ミリーナの問いにうなずきつつも、 「でも――ひょっとしたらまた何かあったんじゃないかって……」 「……ま、あんなことがあった後じゃな」 「もしここに来たら、心配してたって伝えておくわよ」 不安げなマコトの様子を見て、同情の言葉を掛ける二人。 「助かります。私は魔道士協会に戻ってもう一度捜してみますから」 会話もそこそこに、マコトはその場を後にしようと出口へと足を向けたが、 「あれ――どうしたんだマコト? こんなところで」 扉へとさしかかったところで、入ってきたアルとばったり出会った。 「ア、アル……」 いきなりのことに、とっさに反応の取れないマコト。 「どうした、じゃないわよ。いったいどこ行ってたの! すっごく心配したんだから……」 しかし、次には驚きと安堵で思わず涙ぐんでしまう。 「わ、悪かったよマコト。なんだかじっとしてるのが性に合わなくってさ…… 傷はもう全然大丈夫だから。そんな心配するなって、な?」 「でも……」 優しく諭すアルにまだすねた表情を見せるマコト。 仕方ないな、とアルは頬に軽くキスをする。 効果てきめんだったようで、マコトは一気に表情をやわらげ、 「もう……後でこのお詫びはしっかりしてもらうから」 「ああ、わかったよ」 アルの返事に満足し、それじゃまた明日、と言い残したマコトは宿から出ていった。 食堂では誰に話を聞かれるかわからない、というカズミの意見で、ルークとミリーナに食事を早く切り上げてもらい、四人はルークの泊まっている部屋へと移動した。 アルが先程の出来事を二人に話した後、カズミが口を開く。 「ステラ評議長が新しい黒魔法を創り出そうとしていることは、知っているかしら?」 「ああ。でもまだ未完成なんだろ?」 答えるルーク。そして夕方評議長が話したことをアルに教える。 「評議長はその原因を、唱える者の能力が足りないためと考えているのよ。 評議長の魔力を持ってしても無理なのだから、そのためには魔力や精神力で人間の限界を超えた――存在を作る必要がある、と」 「――人体改造――」 ミリーナの呟きに、カズミはうなずく。 「幸い、この街の魔道士協会には不規則ながら、死人や瀕死でもう助からないような人間が運び込まれてくるわ。 魔物の襲撃の被害者として、ね。 その人たちを実験台に使って、彼女はより強化された人間を誕生させるつもりなのよ」 「クリスも研究の被験者だった、ってことか?」 今度は尋ねるアルへと顔を向けるカズミ。 「その通りよ。彼女の場合、自ら積極的に売り込んだところもあるでしょうけど…… やはり健康体のサンプルは貴重でしょうから」 「……ちょっと待って」 話を遮るミリーナ。 「今の話だと、まるでデーモンを呼び出しているのは魔道士協会だと言いたいようだけど」 「そう思ってるのよ。私は」 即答するカズミに一瞬場の空気が凍る。 「……いくらなんでも飛躍ってものじゃ――」 「いいえ、それだけじゃないのよ。ロードはデーモン退治を任せている関係で、協会に資金援助をしているのだけど――その額は膨大で間違いなく一部は研究資金に回されているわ。 魔物が現れることによって、魔道士協会は明らかに得をしているのよ」 アルの言葉を否定するカズミ。 「でも、ンなことをなぜあんたが? 言っちゃなんだが、ただのロードの部下にすぎないだろ、あんたは」 今度はルークが問う。 「工作員を一人協会に送り込んでいるのよ。おかげでいろいろと、ね」 「それは手段でしょ。知りたいのは、動機よ」 ルークの真意はさておき、ミリーナは再度問い直す。 カズミはそこで一度しばし口を閉じ―― 「……つまらない、ありきたりな話よ。 ある人がこの街で死んだ。私はそれがなぜか知りたい。それだけのこと」 「――わかったわ」 もちろん、今の言葉だけで具体的なことなどわからない。が、ミリーナにとっては十分な答えだったから――彼女はそう言った。 「それで、カズミさん。俺に何をしてほしいんだ? 自分でそこまで調べているなら、なぜわざわざ余所から人を呼んだ」 目を向き合わせてのアルの問いを正面から受け、カズミは言う。 「真実を明らかにすることよ。外部の人間であるあなたの手で、ガイリアの魔道士協会へ。 結局私の立場でできることは限られているから――あなたに託したいの」 「でも、そうしたいなら確たる証拠が必要よ。今の話だけではまだ推論に過ぎないわ。 あのクローヴァって魔族がどう関係しているのかもはっきりしていないし」 ミリーナが指摘する。 「ええ……確かに言う通りね。その魔族については正直まったくわかっていない――そんなのが現れたって聞いた時は驚いたもの。 本当はあなたたちと接触するのも、もう少し証拠を集めてからにするつもりだったのだけど…… でもアル、研究に関する資料は、明日の朝にはあなたに手渡せるものを用意できるわ。その時に、受け取ってもらえないかしら」 受け取ることで魔道士協会との敵対関係が成立する。カズミはその覚悟を聞いているのだ。 「――わかった。どこで会えばいい」 だが、答えるアルの顔に、迷いなどなかった。 レイコにアルと会えたことを伝えておこう、と魔道士協会に戻ってきたマコトだったが、見つけたレイコは、今度は彼女の方が取り込み中とはっきりわかるせわしなさで歩いていた。 「どうしたのレイコ? そんなに慌てて」 「あ、マコト戻ってたの――大変なのよ、一大事! クリスさんが何者かに殺されたの」 「……え」 言葉をなくすマコト。 「さっきアルを捜していろいろ歩き回ってたら、この建物の裏の路地で、血塗れのクリスさんが倒れていたのを発見したのよ、私…… もう事切れた後だったわ。頭を何かが貫通したみたいで――ほぼ即死だったでしょうね」 「……そんな……」 「今はまだ誰の仕業かわからないけど、あるいは――これも研究資料を盗み出してるスパイのやったこと、かもしれないわ」 推論を述べるレイコに、少し落ち着きを取り戻してきたマコトが疑問を口にする。 「で、でもどうしてそんなところで? あそこは人があまり行くところじゃ……」 「ええ。気になるわね。 血が飛んでるから、殺されたのはそこで間違いないでしょうし…… ひょっとしたら誰かと会う約束があったのかもしれないわ」 それじゃ犯人と、と言うマコトに、わからないと返す。 「別の誰かと待ち合わせしてたところを襲われた可能性もあるから」 と、そこでレイコはふと思い出したように、 「そういえばマコト、あなたアルとは会えたの? 私は結局見つけられなかったけど」 「あ、ええ」 宿屋に行ったらちょうどアルも来たところだったから、と述べると、 「そう……」 それだけ漏らし考え込んでしまうレイコ。 「まさか――アルのこと疑ってるの」 話の流れからマコトは彼女の考えに気づいてしまう。 「そんなこと絶対にないわ! だいいちアルはまだ昨日ここに着いたばかりじゃない。 スパイなんてありえないし、アルが人殺しなんてするはず――」 強く反論するマコトに、レイコは無言で一枚の丸められた紙を突き出した。 「……な、何よこれ」 困惑しつつも受け取り開くと、表情を変える。 それは手紙だった。自分が前に書いて出さなかった、途中で終わっているアルへの手紙。 「どうして、これを」 手紙から顔を上げ問う。 「昼間、尋ねられたわ。なぜマコトはこんなもの書いたのか、って」 「……まさか、アルが?」 レイコは無言のまま、首を動かすこともない。が、それが肯定の印だった。 「じゃ、今夜は部屋に泊めるなって言ったのも――」 「恋人だからって、遠慮してくれるわけじゃなさそうね。アルは」 それじゃ、ひょっとしてアルは―― 黙ったままのマコトに、声の調子をやらわげレイコは諭す。 「安心なさい。アルがスパイだなんて私も思ってないわよ。 でも、いなくなったタイミングがぴったりなのもあるし、一度話を聞いておくべきだって考えただけ。 注意しておく必要は――ありそうだけど」 「……うん」 力弱く返すマコト。 「アルには、明日話を聞いてみるわ。何か見ているかもしれないし。 じゃ、私は評議長への報告があるから、あんたは早く部屋に戻って休みなさい。事後処理は私に任せて」 レイコはそう言い含めると、再び足早にその場を去っていった。 翌朝、まだ日も昇り始めたかという薄明るさの中、アルは一人、人の気配もない街の通りを歩いていた。 昨夜カズミと待ち合わせの約束をした場所へと行くためである。 ――女性を待たせるのは、男してマナーに反するからな―― などと思いつつ、少し歩を速めて進む。 だが、目的の場所は間近というところで、その歩調は落ちていった。 「……なんだ、この臭いは……」 それが何なのか気づくまでは、歩幅も狭く足を動かしていたが、思い当たると同時に走り出す。 ――それは、血の臭いだったから。 「まさか……!」 脳裏を駆け巡った嫌な予感は、程なく現実となって目の前に現れた。 地面に広がる赤黒い液体。その中心に倒れる一人の女性。 丸一日も経たないうちに、アルは同じ光景を二度見る羽目になった。 だが今そこに横たわるのは―― 「カズミさん!」 駆け寄り抱き起こす。 「……ア、アル……来てくれたのね。 ごめん…なさい……資料も、取られて…しまったわ」 閉じられていた目を開け、弱々しく応じるカズミ。 「いったい誰に――」 「……わから…ない…… 後ろから、いきなり……」 既に口からも血を吐き、カズミは生気を失った顔になっていた。 人気のない場所が逆にあだになったというべきか。誰かに発見されることもなかったのだろう。 「とにかく、今すぐ治療できるところに運んで――」 言葉を話すのも苦しげな様子を見て、そう言い体を抱えようとするアルだが、 「……ムダ…よ、もう……自分で…わかるもの」 「何言ってるんだ! もういい、しゃべるな!」 「…そ、そうは…いか……」 必死に消えゆく意識を保とうと、アルの服を血まみれの手でぎゅっと握りしめ、声を絞り出す。 「ア、アル…… 気をつけて…敵は、評議長だ――」 つかんでいた手が、力を失い離れる。 「…………カズミ、さん?」 呼びかけながら体を揺り動かすが、閉じられた目は開かない。 「嘘だろ、おいっ! カズミさんっ! カズミさんっ!」 その後何度名を呼んでも、どれだけ体を揺らそうと、彼女が応えることはなかった。 いつもより格段に早く目が覚めてしまった朝――マコトは協会内の散歩で時間をつぶすことにした。 昨夜に聞いたクリスの死が、浅い眠りの原因となっているのは間違いない。 アルが魔族に襲われたことといい、確実に何かが、もう止まれないほどに動き出している―― そう確信はできても、何が起こっているのかはわからないもどかしさが、逆に様々な可能性を浮かばせ、頭を駆け巡ってしまう。 少し気分転換をしようと、まだ職員たちの出てくる前の魔道士協会をあてもなく歩き回っていたのである。 「あれ……どうしたんだい、イズミさん」 建物の外周に沿って歩いていたマコトは、外側に広がる庭から声を掛けられ振り向く。その先には、軽い服装で剣を抱えるシルビアの姿があった。 「早いのね、いつもなの?」 「ああ。朝の稽古は日課だよ。イズミさんこそ、珍しいんじゃないか」 もう既にだいぶ動いた後なのだろう。彼女の体からは汗がしたたり落ちていた。 「ちょっと目が覚めちゃって……気分転換に朝の空気を吸いに、ね。 普段はゆっくり起きるから、こんな時間はまだ夢の中かしら」 「ふーん――遅くまで寝てるのって何かもったいない気がするけどな、オレの場合。 ま、こうして体を動かしといた方が、このあと食べる朝飯がうまくなるからってのもあるんだけど」 そうコメントをし素振りを始めたシルビアに、マコトは昨日の朝会ったときのことを思い出し尋ねた。 「そういえばシルビア、昨日は……」 が、もし勝ったのならシルビアが自分から切り出しているはずだ、と気がつき口を止める。 「ああ、カイルとのか? 負けたよ、やっぱり」 が、全然気にしてない、というようにあっさりと答えるシルビア。 「ご、ごめんなさい。余計なことを」 しかしマコトはその態度を演技と思い、謝る。対しシルビアは素振りを止め、向き直った。 「……いや、もういいんだ。そのことは」 「え?」 「オレ、何だか今までムキになっててさ。近くに歯が立たない奴がいるのが許せなくて、それで意地になってつっかかってただけなのかな、って思い直したんだ。 そりゃ今でも勝ちたいと思ってるけどさ。それを目的に頑張るっていうよりは、強くなる過程で結果として勝てればいいって、そう考えられるようになった」 シルビアは笑顔だった。彼女の表情を見ただけで、その心境の変化を良いものと思うことができる。 「――なんか、シルビアいい顔してる」 素直に口から出た言葉に、言われた方はちょっと照れたように手を頭の後ろに回すと、 「そう……か? だったら――イズミさんの恋人に感謝しなくちゃな」 「アルに? どうして」 唐突に出た名前に問い返す。 「いや、それがじつは――そう考え直すきっかけを与えてくれたのがアルだったんだよ。 ゆうべ、ここでオレが今みたいに剣を振ってたら通りかかってきてさ。そのときいろいろと――」 「ちょ、ちょっと待って」 慌てて言葉を遮るマコト。 「……昨日の夜、アルに会ったの?」 尋ねる真剣さに、シルビアは少々戸惑いを見せつつ答える。 「あ、ああ。どこに行くかは聞かなかったけど……一人で歩いてたから声かけたんだ。 そういえば、昨日魔族に襲われてたんだったよな……歩き回って大丈夫だったのか?」 「……いえ、それはたぶん別に―― で、他に何か言ってなかった? 誰かと会う約束がある、とか」 「いや、特に何も聞いてないよ。 どうしたんだ? ひょっとして……浮気調査かい?」 シルビアのひやかしを受け流す余裕はマコトにはなかった。 「……イズミさん?」 黙ったままの様子にさすがにいぶかしむシルビアだが、マコトは、 「ありがとうシルビア。稽古、頑張ってね」 と礼を言うと、その場を去っていった。 宿屋に戻ってきたアルからカズミの死を聞き、ルークとミリーナは顔をこわばらせた。 「――マジかよ」 怒りを隠そうともしないルーク。三人は、昨晩と同じくそのルークの部屋に集まっていた。 「やっぱり、私たちも行ってた方が良かったかもしれないわね」 会って資料を受け取ってすぐ別れるだけだから、人は少ない方がいい、と判断し昨晩アル一人で行くことに決めていたのだ。 「いや……残念だけど、それでも彼女が助からなかったことに変わりはないよ。 あんたらだって復活(リザレクション)は使えないんだろ? それに、もし使えたとしても手遅れだったと思う」 客観的な判断を告げながらもフォローをするアル。 「誰の仕業? 何か手がかりは」 問うミリーナに、首を横に振る。そして、彼女の残した最後の言葉を伝えた。 「――途中で力つきた、と考えるべきね……それは」 「ああ。俺もそう考えている」 アルもうなずくが、 「ンなのは、大した問題じゃねえよ」 ルークは吐き捨てる。 「要するに、少なくとも評議長は敵ってことだろ」 それだけわかってれば十分だ、という意見だった。 「まあ、確かに今さら悠長に調べてる事態じゃなさそうね」 同意するミリーナ。 「確かなのは、魔道士協会には彼女を殺す動機があるってことよ」 「……つまり、直接乗り込んで確かめるのがいちばんってことか――」 そして――マコトと対峙しなきゃならないってこと……か。 アルも漏らし、そして心の中で呟く。 彼女は副評議長だ。研究について何も知らないはずはない。 今ならあの手紙を書いた真意もわかる気がする。マコトはもし自分がこのことを知ったらどうするか、考えてしまったのだろう。それが不安になって、書かずにいられなかったのだ。 正面と向かい合って問い詰めれば口を割らせる自信はあった。だが、それはしたくない。 でももう――知らなかったことにして過ごせないところまで、来てしまっている。 「よし、じゃ――行くぜ」 ルークの呼びかけに、残りの二人がうなずいた。 |
22235 | desire 4 上 | ブラントン | 2002/9/26 09:54:11 |
記事番号22234へのコメント 4.It expects … ――どうして、こんなに不安にならなければいけないのだろう。 シルビアと別れたマコトは、再び外周の通路を一人歩きながら自分に問いかけた。 こんなことになるなんて思ってもみなかったのに。 いや、まったく思わなかったわけではない。だから、あんな手紙を書こうとしてしまった。 でも手紙のことは最近では忘れていたし、アルが来てから何か直接自分の前で何かしたり言ったわけでもないのだ。 アルが研究資料を盗んだ犯人だなんて思うはずもない。 自分の部屋を調べていたのも昨夜勝手に抜け出したことも、理由なんてどうでもいいのだ。 でも――それによってアルが何を知ったのかが、気になる。 彼の性格ではどうするかわかるからこそ。 だからといって、面と向かって聞けるはずもない。怖いし、そもそもどう尋ねればいいのだ。 ……アル……あなたは何をしているの? そして……何を知っているの? 言葉に出せない、目の前にいない恋人への問いかけを、マコトは心の中で呟いた。 もしアルと敵対する立場になったら、自分はどうするのだろう…… 何一つはっきりとわかっていることがないからこそ、そんな事態まで頭に浮かべてしまう。 「このままじゃ――いけないわ」 アルに会わないと。会ってどうするのかはわからないけど―― 「よぉ、マコト。早いな」 そう決意するマコトへと前方から声が掛けられた。 「あ、カイル……おはよう」 普段はつれなくしている相手に対し、素直に挨拶を返すマコト。 考え事をしていて気が回らなかったのもある。が、それだけではなく―― ひょっとしたらクリスの死が無意識に影響を与えているのかもしれなかった。 それほど親しかったわけではないが、いやそれだからこそ、唐突に消えてしまった存在に悔いが残っているのか―― いつもと違う応じ方に、マコトは気づかず、カイルは少し驚いた表情を見せたとき。 「ここにいたんですか、カイル」 その声は、マコトの背後から聞こえてきた。 まだ人通りの少ない街中を移動し、アルたち三人は魔道士協会へとやってきた。 「どこに行くの?」 中に入るところで尋ねるミリーナ。 「まどろっこしいのは御免だ。やっぱ直接いちばん上に会うのが手っ取り早いだろ。な、アル」 「……ああ、そうだな。評議長室に行こう」 昨日の記憶に従い奥へと歩を進ませる三人だったが、 「――アル!」 ちょうど中庭が見えたところで声を掛けられ足を止める。 外周同様、壁がなく四方共に廊下と地面が接している中庭の地面を挟んだ向かい側に、レイコがいた。 「どうしたの? こんな朝早くに―― でもちょうどいいわ。会って聞きたいことがあったのよ」 「――奇遇だな。 こっちも聞きたいことがあるんだ」 レイコは評議長の秘書だ。彼女の口から真実を得られるかもしれない――アルは向き直った。 「そう――じゃそっちからお願い。私のはちょっと込み入った話だから」 双方ともに歩み寄りつつ、会話が続く。 「また奇遇だな……こっちの話もだいぶ込み入ってるから、やっぱりそっちから頼むよ」 アルの返事に、さすがに雰囲気を悟ってかレイコの表情がよりいっそう引き締まる。 「……わかったわ。 昨晩、クリスさんが殺されたの。この建物の裏の路地で、何者かにね。 アル、あなた何かそのことで知っていることはない?」 じっと正面から見据え、目を逸らさず尋ねるレイコ。 アルは顔を背けずしばらく黙って見つめ返していたが―― 「その犯人を捕まえることなら不可能だよ」 答え、そして付け加える。 「もう亡くなってる。殺されたんだ、彼女も今朝。何者かにな」 「……『彼女』? それは女性ってこと?」 「カズミ=グランチェスタ。あなたも知っている名でしょう?」 ミリーナが問いに答える。 だがレイコはそれを聞くと驚きの表情を浮かべ、 「彼女が……? そう、だったら……研究資料が盗まれたのも彼女の仕業だったのね……」 呟くその様子にルークがアルに耳打ちする。 「……おい、なんか様子が違うんじゃねえか?」 今の反応は演技にしては出来過ぎだ。むしろ本当に何も知らないのではないか―― その考えにはアルも同感だった。 「確かにな。だが――」 「問題の本質はそこじゃないわ」 ミリーナの言葉に、ああ、とうなずくアル。そしてレイコへと語りかける。 「彼女は俺たちに教えてくれたよ。ここでどんな研究が行われているのか、そのためにどんなことをしているか――そしてクリスさんがどうなっていたのかも。 俺たちはそれが本当のことなのか、真実を知りたい。 もし、本当だとしたら――」 「だとしたら――どうするの?」 「公表する。真実をな。それが彼女に託されたことだ」 問い返すレイコに、アルは力強く答える。 「……じゃ、私が今ここで否定したら……あなたたちは私の言葉を信じてくれるのかしら?」 ゆっくり首を振る。 「――いや。言葉だけじゃ信じられない」 「……そう…… それなら――仕方ないわね」 レイコの瞳が、動いた。 「何だ、俺になんか用か、エレナ」 マコトが振り返ると同時に、カイルは通路の奥に立つ少女へと言葉を返した。 「ええ、大ありですよ」 答えながら、歩み寄ってくる。 「何せ――死んでもらいに来たんですから」 マコトは――そしてカイルも、彼女の口から出た言葉を一瞬理解できなかった。 「……ど、どうしたのエレナ。そんないきなり……」 「あなたの雇い主は、さっき始末してきました」 戸惑い尋ねるマコトには視線も向けず、カイルへと告げるエレナ。 「次はあなたの番です。これ以上、研究の邪魔はさせません」 しばし信じられないという顔を見せていたカイルだが、目を細め、半開きにしていた口を一度閉じ、言う。 「……お前も、被験者だったのか」 「あなたの持ち出した資料には、書いてなかったみたいですけど」 妖艶な笑み。そこには無邪気さの欠片もない。 「死んでもらうとまで言われりゃ――容赦する必要もねえな」 言って鞘から剣を抜く。だが、その身に鎧はまとっていない。 上半身は一枚のシャツ。下にはよれよれの汚れたズボン。 自身の体格もあって、場所によってはどこかのごろつきに見える格好をしている。 対するエレナは私服で足を覆い隠すほどの長いスカート姿だ。カイルに増して、まるで戦闘向きではない。 「……ど、どういうこと……」 向かい合う二人を、マコトは脇で立ちすくみ見るだけだった。 雇い主? 被験者? 持ち出した資料? 冷静な状態なら理解し、その意味に衝撃を受けたであろう単語の数々。 しかし立て続けに飛び出され、しかも目の前に広がる光景がそれどころでなくしていては、頭が正常に働くはずもなかった。 「ああ、イズミさんは知らないんですよね。 大丈夫ですよ、後でちゃんと話しますから。今はそこで見ていて下さい」 一瞥しただけですぐ首を戻し、再びカイルへと向けたまま話すエレナ。 そしてマコトから言葉が返されるのを待つことなく、 「いきますよ、カイル」 告げるや否や、床を蹴る音が響き、いっきにカイルへの距離を詰める。 「――っ!?」 一瞬で迫ってきたエレナの脚力に驚きの表情を見せるカイル。 次いで左足を支点に繰り出される回し蹴りに対して、腕で直接は受け止めず、体をずらして左腰に付けていた鞘を出すが、 ぐわっかぁぁんっ! 派手に音を響かせ、遠くへと弾き飛ばされる。 ひょう、とその威力に声を上げると、さらにもう一回転して続けざまに出された、今度は左足での一撃を後退してかわす。 「はぁっ!」 叫び、蹴りを放ち終えた不安定な態勢を唯一支えるエレナの右足へとカイルは足を伸ばすが―― エレナは片足一本で高く飛び上がり攻撃をかわすと、そのまま前方に一回転しながらカイルの頭上を越え、背後へと着地した。 そして飛んでいる間に服の中から取り出したナイフを左手に握り、振り向きながら横に一閃! ぐわっきぃぃんっ! だが同じく体を回転させたカイルの出した剣に受け止められる。 「ンなナイフで挑もうたぁ、十年早え」 「そんなこと言ってると、後悔しますよ」 刃を合わせたまま会話を交わす二人。 エレナは言い終えると間を置かずに、剣を握るカイルの右手へと横に寝かせた左足を突き出す。 小さな動作で放たれた一撃だったはずだが、かなりの衝撃に後ろへと弾き飛ばされるカイル。剣もその手からこぼれ、床へと落ちる。 少し下がったところで踏みとどまり、体勢を立て直そうとする相手の隙を狙い、距離を詰めるエレナだが、 「なめんなっ!」 突き出そうとするナイフを持つ左手めがけ、カイルは思い切り右足を蹴り上げた! 思わず手から放されたナイフは回転しながら宙に浮き―― がしっ! それをつかむと前方へと体をやりながら縦に振り下ろす! 一方エレナは、眼前で突進を止めて後方へと跳躍し、それをかわした。 前方への加速がついた状態で、後ろへ大きく跳ぶなど並大抵の脚力ではないが、それまでの動きを見せられては不思議とも思えない。 体を一回転させ着地したエレナは、スカートの裾へと目をやる。 そこはナイフによって入れられた切り込みで、膝上まで縦に裂かれていた。むき出しの足が覗く。 「おっと……なかなかそそられるじゃねえか」 なめ回すように目をやり、カイルは挑発する。 「いくらでも見せてあげますよ――冥土の土産にね」 不敵に笑うエレナ。 カイルは正面を向いたまま手にしたナイフを背後へと高く放り投げる。戦いの場から離れた場所へ。 と同時にエレナが床を蹴る。まっすぐ正面――視線の先には床に転がったままのカイルの剣。 さすがに彼女がそれを扱えるようには思えない。つかんで遠くに投げ捨てるか、それとも単純に蹴り飛ばすか。 自分のナイフを捨てられた以上、武器を排除して身体能力で分のある肉弾戦に持ち込もうというのか。 そう一瞬で判断したカイルも僅かに遅れて動き出す。 距離は彼からの方が近い。出遅れと脚力差はあるが――紙一重で先に剣をつかむ。 しかし、彼はその時意識をそこに集中させていて気が付かなかった。 突っ込んできたエレナが――懐に手を忍ばせていたことを。 それを見ていれば、彼女の狙いが本当は別にあることがわかっただろう。 だが、出された新しい刃をその目に入れたときには既に遅すぎるほどに、両者は接近していた。 ――後方へと投げ捨てられたナイフが地面に着く音が響くと同時に。 つかんだ剣を盾代わりにすることも、体をずらすことも間に合わず――エレナの二本目のナイフがカイルの胸へと突き刺さった。 「爆裂陣(メガ・ブランド)!」 どばぉあぁぁんっ! いきなりレイコの周りの土砂が噴き上がる。 宣戦布告の言葉はなかったが――仕掛けた彼女はもちろん、アルたち三人も態勢は取れていた。 中庭に舞う土と砂埃に一瞬レイコの姿が視界から消える。 術が発動すると、とっさにアルの前へと出て迎え撃とうとするルークとミリーナ。 しかしレイコは正面からは来ずに少し離れた横を駆け抜け、背後に回り込み―― 「雷撃破(ディグ・ヴォルト)!」 「虚霊障界(グームエオン)!」 彼女の手のひらから放たれた一条の雷は、ルークが発動させた結界の前に消え去る。 「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」 一方ミリーナは唱えていた呪文を解き放つが、 「空断壁(エア・ヴァルム)!」 ばしゅぅっ! レイコの力ある言葉に応え、正面に作り出された風の壁が光の槍を弾き散らした。 自分が攻撃呪文を唱えたすぐ後での相手からの反撃である。間のなさを予想し詠唱時間の短くて済む術を選択するのはかなりの判断力だ。 「今のは――研究のことは本当だと認めるってことか」 「さあ、そうだとは一言もいってないわ」 一度間を測り皆が動きを止めたところで問いかけたアルに返すレイコ。 「ンなことより、おい何だ今のは! くらったら死んじまう術じゃねえか!」 続いて大声で怒鳴るルークだったが、 「当然よ。そのつもりで使ったもの」 即答され一瞬絶句する。 「怪我させるだけでも引いてはくれるでしょうけど、しょせん一時的なもの。話して納得してくれないのなら、結局最後はこうすることになるのだから。 それに、純魔族を倒すような相手を過小評価なんてしないわ。気を使ってたら一対三で勝てるはずもない」 レイコの声には迷いなど存在しない。 「……そこまで、することなのか?」 アルは声を絞り出す。彼女の意志に圧倒されまいと。 「確かに完成させようとしている研究は素晴らしいよ。 歴史に残る偉業になるかもしれない。魔道の発展にも貢献するかもしれない。 でも、街に混乱を招いて、関係ない一般人を巻き込んで、邪魔者を殺して―― そうまで作り上げる価値のあるもの、なのか」 「価値のあるなしなんて関係ないわ。 私の行動原理はただ一つ――評議長の力になることをする、それだけよ」 「確かに……話し合う余地はないみたいね」 彼女の判断基準は――他人のものなのだから。 「ええ。だからあとは――」 ミリーナの言葉に応じた後、レイコは口を小さく動かし、 「幻霧招散(スァイトフラング)」 彼女の言葉に、中庭に霧が立ちこめ彼女の姿を三人の視界から消す。 「……何のつもりだ?」 かろうじて他の二人が見える程度の濃さを持つ白い霧に覆われた辺りを見回し、戸惑いながら呟くアル。 「魔風撃!」 ルークが剣を一振りして、霧を吹き飛ばし一筋の道を作る。 が、すぐに両側から霧が戻り、再び元の状態に戻ってしまう。 「まさか逃げるつもりじゃねえだろうな」 術の基本的用法を思い出し、この術を使えるミリーナへと視線を向け問う。 「とりあえず目の届く範囲に集まっていた方がいいわね。もっとも、それが彼女の狙いなのかもしれないけど」 それに応じ、ミリーナは二人へと告げる。 「じゃ、こういうのはどうだ―― 爆裂陣(メガ・ブランド)!」 どばごがぁぁんっ! アルは唱えた呪文を発動させた。 密集していた三人の周りの土砂が宙に舞う。 今三人がいるのは、先程レイコが同じ術を使ったときとは、わずかにずれた場所。 砂埃が舞うので、爆撃で霧を吹き散らしてもすぐに視界が開けるわけではない。 が、敵がどこにいようが全方位への攻撃ができることと、逆に攻撃を仕掛けてきたときの防御壁代わりになるという利点があった。 「悪かねーな」 アルの判断を評するルーク。そこにミリーナから声が掛けられる。 「ルーク。どこ?」 シンプルな問いだったが――彼が意味を理解し、一方向を指し示すのを確認すると口を開く。 「地霊砲雷陣(アークブラス)!」 ばぢばぢばぢぃっ! 言葉に応え、霧のなかでもはっきりと見える無数の雷撃が、ルークの示した方角で降り注いだ。 相手の正確な居場所がわからないのなら、広範囲に攻撃できる術を使えばいい。 しかし呪文詠唱の間は意識をそちらに集中させないといけないため、相手の気配を探ることはできない。 自分たちの居場所はアルやルークが何度か行動を起こしたので気づかれているだろうが、向こうは霧を出した後、場所を気取られるような動きはしていないから、そうする必要があった。 だからそれはルークに任せ、自分は詠唱に専念する。 相手の力量を信頼していないとできない連携である。 かわしたり避けたりすることは不可能であり、防御呪文を使う以外逃れることのできない術。 ばじゅっ! そして降り注ぐ雷撃の一部が、派手な音を立て消し飛ばされる。 「あそこかっ!」 「待って」 駆け出そうとするルークを制するミリーナ。 「……まさか……呪力結界」 自分からこの霧を発生させておきながら、防御に入るとは思えない。 おそらくレイコの狙いは視界の制限によってこちらの分断を図り各個撃破していくか、もしくは何らかの行動をとるための時間稼ぎかだろう。ミリーナはそう考えていたのだ。 しかし。 「おいおい、ンな今のを弾き散らすほど強力なヤツなんざ――」 と言ってルークが見たときには、彼女の口からは呪文が紡がれていた。 耐火呪文の中でもかなり高位に位置する、炎呪封殺(フレア・シール)の詠唱が。 「お、おい……まさか……」 彼女が何を考えたのか気づき――そして彼も早口で呪文を唱え始める。 ためらっている時間はない。たとえ信じられないことでも。 ――呪力結界はより強力な術を唱えるときほど強くなる。 だが、その効力は本来の防御呪文に比べれば微々たるものだ。地霊砲雷陣(アークブラス)を防げるほどの結界を生み出すほどの攻撃呪文など―― そこまで考え、思い当たる。伝説にしか存在しない、その術に。 千年も前の歴史に名を残す大賢者、レイ=マグナスのみが使えたという、火炎系最強呪文―― 「暴爆呪(ブラスト・ボム)!」 三人にもはっきりと聞こえたレイコの言葉と共に――彼女の周りに光球が生まれた。 ナイフを胸に受け、巨体が床に崩れ落ちた。 「――隠し持っても気付かれないのが、ナイフのいいところなんですよ」 ほら、やっぱり後悔したでしょう? と返すことのできない相手へとエレナは問い掛ける。 「カイル!」 金縛りが解ける。 今起こっていることをはっきり自分の頭で理解することもできず、ただ目で追うだけしかできなかったマコトの体は、無意識のうちに駆け出していた。 膝をつき、カイルの身体を見回す。うつぶせに倒れたその下からは赤黒い液体が徐々に姿を見せ、その範囲を広げていた。 「どいてください、イズミさん――とどめがまだです」 上よりかかる声に、首を動かし視線を向ける。 瞳に映るのは冷たく二人を見下ろすエレナ。言葉にもためらいなどない。 「いったい何なの!? どうしたのよエレナ……」 わからなすぎることばかりで混乱しきった感情を、吐き出すように叫ぶ。だが次に発した呼び掛けは既にその勢いを失っていた。 しばし沈黙したエレナは、やがて、 「……わかりました。じゃあ、先に説明します」 とだけ言い、二人から離れるように歩き出した。 「イズミさん――カイルはスパイだったんですよ。ここでやっている研究を世間に公表して中止させようとしていた、カズミ=グランチェスタに雇われていたんです」 思わず視線をカイルへと移す。彼の体に反応はない。 「ここ最近あった研究資料の盗難も、カイルの仕業なんです。彼女に頼まれて、ね」 話しながらゆっくりと歩を進める先には――床にぽつんと置かれたナイフ。先程カイルが放り投げたものだ。 「で、でもだからって―― それにエレナ、あなたさっき『被験者』って……」 「ええ。その通りですよ」 落ちている場所へとたどり着きナイフを拾いながら、あっさりと認めるエレナに、マコトは言葉を失う。 「ジョアン=ロイドのことがあって以来、イズミさん健康な人間を実験台にするのは反対していたから、隠してましたけど。 そもそも私だけじゃないんですよ、じつは。たとえば――」 「……ひょっとして、クリスさん」 思いついた可能性に、声を絞り出す。 「そうそう。昨日死んじゃいましたけどね」 エレナは再びマコトたちの方へとゆっくり歩きながら、何事でもないかのように言う。 「……私だけ、知らなかったの?」 声が震える。 「他の人は――レイコも、知ってたって……こと」 ――何だろう、これは――悔しさ? それとも、動揺? 己の中にわいてくる感情が何かわからぬまま、マコトは口を開く。 「ええ、もちろん。だって――」 言いかけて止めるエレナ。 その不自然さに顔を上げると、無言で彼女が見つめる先が自分の背後にあることに気づく。 振り向けば、カイルが苦しそうにながら起きあがろうとしていた。胸に突き刺さっていたナイフも既に抜かれ、血まみれになって床に落ちている。 「どうやら――話はこれぐらいにした方がいいみたいですね。 じゃあ、イズミさん」 エレナの呼び掛けにしばし動かず下を向いていたマコトは、やがてその場を動かずに両手を広げた。 「……どうしてですか? かばう理由なんてイズミさんにはないでしょう?」 「たとえスパイだからって……死んでいいなんて思えないわ」 「…………そうですか……」 はっきりと言い返すマコトを見て、残念そうに呟く。 そしてエレナは右手に握るナイフを振りかぶり、告げる。 「なら――いっしょに死んでもらうしかないですね」 その言葉が終わると同時に、彼女は右手を振り下ろした。 霧が晴れる。 ルークはかぶりを振りながら、倒れていた身を起こし辺りを見回した。 「――生きてる、よな……?」 確かめるように呟く。 「……ええ」 同じくふらつきながらも立ち上がるアルとミリーナ。 「無傷とは――さすがにいかなかったみたいだけど」 自分の体を確認しながらミリーナが言う。軽い火傷と爆発の衝撃で受けた傷がところどころにあったが、戦闘への大きな支障となるほどのものはない。 正直、あの暴爆呪(ブラスト・ボム)を唱えられて生きているというだけでも僥倖というものだ。 ――あのとき。 寸前で完成した炎呪封殺(フレア・シール)の術と、ルークの唱えた風の結界が二重の壁となり、その威力を最大限に殺していなければ、とても自分たちの命はなかっただろう。なまじ大技なためにこちらの詠唱時間がとれたことも大きかった。 「……にしても、暴爆呪(ブラスト・ボム)だと……!? 普通の人間にゃ、使えもしねえ術だぜ……!」 「……普通の人間じゃないってことか――彼女も」 恨み節に近いルークのぼやきに応じながら、アルはその人物を見やる。 ……はっ……はぁっ…… 地面に片手をつき、苦しそうに息を吐くレイコ。 「どうやら今のが切り札だったみてーだが……残念だったな」 ルークより言葉を掛けられたレイコは、三人をにらみながら整わない呼吸で話す。 「今の暴爆呪(ブラスト・ボム)は格段に威力の落ちた不完全なもの……光球の数も少ないし個々の殺傷力も劣っているわ。 もちろん……本来の姿なんて文献の中でしか知らないけれど」 「……だから何だ? 防いだからっていい気になるなって言いたいのか?」 「……ええ、そういうことね―――― 氷窟蔦(ヴァン・レイル)!」 片手を地面についたまま、唐突に発せられた彼女の力ある言葉。 生まれ出た数十本の氷の糸が、地面を這い三人へと向かい伸びていく。が、 『浮遊(レビテーション)!』 彼女とほぼ同時に唱えたルークとミリーナの術が、二人と急ぎルークに抱えられたアルを宙へと一足先に宙へと浮かせていた。 絡み付く対象を得られないまま、その下の地面を通り過ぎていく氷の糸。 驚愕の表情をまともに浮かべるレイコを尻目に、三人は地上へと降りた。 「不意を付いたつもりだろーが、そう甘くはねえぜ」 再び彼女へと話しかけるルーク。 あの体勢で掛けてくる不意打ちとして想定できるのは、地撃衝雷(ダグ・ハウト)や礫波動破(ヴィーガスガイア)といった地の精霊魔法か、今の氷窟蔦(ヴァン・レイル)。 そのどれで来られても、対処法は宙に浮くこと―― そう判断して、あらかじめ呪文を唱えていたのである。 「……想像以上の…ようね……あなたたち二人、は」 策を見破られた後だったが、いまだレイコは体を起こさずにいた。言葉遣いも先程より苦しげになっている。彼女の不調は明らかだ。 「レイコ――もうやめにしないか。 俺たちは真実を知りたいだけだ。命の奪い合いなんてしたくない」 それを見てとり、アルは口を開いた。 「……何もしていないあなたには、言われたくないセリフね」 初めて返された毒のこもった言葉に、一瞬言葉をなくすアル。 しかしルークはそれに対し一歩前へと踏みだすと、 「負け惜しみにしか聞こえねーな。 悪いがまだ先があるんだ……終わりにさせてもらうぜ」 冷徹に、彼女に告げる。 四人誰も動くことなく、しばし生まれた静寂は、 「――その必要はないわ」 唐突に離れたところから聞こえてきた声によって破られた。 「あなたたちの用は、おそらく私にあるのでしょうから」 皆が視線を動かした先に立っていたのは、一人の女性。 誰かが、自然と彼女の名をその口から漏らしていた。 「ステラ評議長――」 振り下ろされたナイフが迫る刹那―― 「明り(ライティング)よ!」 叫んだマコトを中心に、持続時間なし、光量最大で使われた術が一瞬で閃光をまき散らした。 「うっ……あっ……!」 不意打ちに目を押さえふらつくエレナ。 その隙に、血みどろになっているナイフを拾い、マコトは庭へと出る。外側には壁もなく柱が間隔を開けて立ち並ぶだけの廊下からは何の障害物もない。 逃げるわけではなかった。いったん距離を取りたくて、気が付けば駆け出していた。 しばし目を開けられずにいたエレナだが、徐々に視力も回復し、再びマコトの姿を目に捉える。 マコトは呪文詠唱に口を動かしながら、自分へとゆっくり歩み寄るエレナを見つめた。 「庭に出て、どうするっていうんです? まさか今度はそのナイフで日光を反射させて目くらまし、なんてしませんよね」 朝の陽光は降り注いでいたが、マコトの握る刃を血で覆われたナイフではそんなことなどできないことを、百も承知で言ってのけるエレナ。今の不意打ちがだいぶ憎らしかったのだろう。 対するマコトに余裕などはない。唱えた呪文をいきなり発動させる。 「爆術法(グレイボム)!」 どぐぉぉんっ! 派手な音を上げ、エレナの足下の地面が爆発する。 が、彼女はすぐさま地を蹴り、既に何度も見せつけた驚異的な脚力で爆発を後ろに置き去りにし、一気に迫る。 体術でマコトが敵うはずもない。最初の斬りかかってきたナイフでの一撃はかろうじてかわしたものの、続けざまに放たれた横蹴りを脇腹に受け地面を転がり飛ばされる。 「――ぁうっ!」 悲鳴にもならない弱い声で呻く。 「……どうして、邪魔するんです? 私はイズミさんのアドバイスに従って、こうしてるのに」 抗議するように投げかけられるエレナの言葉。 しかしマコトは、生まれて初めて受けたと思えるぐらい強烈な身体への衝撃にたどたどしく身を起こすのがやっとで、それを耳に入れる余裕などなかった。 エレナがすぐには追撃をかけてこないのを見て、呪文を唱えるといったん懐に閉まっていたナイフを取り出し―― がしっ。 投げつけようとするマコトの腕を横から伸びた別の手がつかんだ。 驚き目を向けると、そこにあったのはいつの間にここまでやって来ていたのか――カイルの姿。 「ムダ使いするだけだ。 ……俺に、任せろ」 「……で、でもそんな体じゃ……」 片手は血を吹き出していた胸を押さえ、言葉を喋るのさえ苦しそうな、まさに血みどろのカイルの様子に、あの場から歩いてきたことすら驚くマコト。 「気合いでなんとかしてやるよ……離れて見てろ」 胸にやっていた手を離し、マコトが握っていたナイフを奪い取るとズボンの脇へとしまう。 「さすがに頑丈ですね。 でも、その体で何ができるっていうんです?」 「……さっきのは、だまし討ちにやられただけだ。 こんなハンデがあるぐれぇで……ちょうどいいんだよ」 エレナに言い返すと、いったん収めていた剣を抜き、構えるカイル。 だがその姿に先程までの悠然さはかけらもない。同じなのは気丈な言葉だけだ。 「なら、本当にそうか――確かめてみましょうか」 言い終わると同時に、真正面から突っ込んでくるエレナに、カイルは剣を振り攻撃するが―― あっさりとかわされ、すぐさま体勢を戻し放たれた蹴りをまともに受ける。 最初の攻撃がかわされたことが問題なのではない。そこからの反撃をかわし、またさらに自分が反撃する、という流れを先程と違ってできないのだ。 ごすっ! がすっ! かろうじて倒れはせずに踏みとどまっているものの、ためらいもなく繰り出されるエレナの連撃を、カイルは衝撃をやわらげることもできずに受け続ける。 「話にならないですね」 ぅごっ! 言い放ち、思いっきりあごを蹴り上げるエレナ。 カイルの巨体が一瞬宙を飛び――音を立て地面に仰向けに叩きつけられる。 蹴りの衝撃に剣も手からこぼれ、少し離れた地面に落ちた。 「カイル!」 見ていられなくなって駆け寄ろうとするマコトだが、 「邪魔しないで下さい、イズミさん」 ずがっ! 途中でエレナの容赦ない蹴りを受け、地面に昏倒する。 衝撃に気を失っていることを見てとると、エレナはカイルの倒れる方へと向き直る。 カイルは倒れたまま首を倒し前方を見る。自分へと一歩一歩近づいてくるエレナの姿が、その背後から降り注ぐ陽の光を受け黒く映っていた。 「どうやら、これまでみたいですね」 呼び掛けながら、エレナはナイフを取り出す。見せつけるように。 「……ああ…… これで、最後だ」 対し、カイルもあおむけになったまま、ズボンにしまっていた赤黒く染まったナイフを右手で握る。 「剣が手元にないから、今度はナイフですか? 無駄なあがきは見苦しいですよ」 真剣ににらみつけてくる相手を見下ろし、あざ笑うエレナ。 ふっ。 しかしそれに返ってきたのは、笑うカイルの顔。 そのまま無言で、彼は―― ナイフを体の横の地面に突き刺した。 何もない、ただ朝の陽射しが生み出したエレナの影で黒くなっているだけの、地面に。 「……え……」 そして彼女はすぐにその意味を知ることになる。 ――体が動かない。 気づき表情が一変する。 「……確かに、ナイフをバカにしちゃ……いけねえみてぇだな」 ゆっくりとカイルが起き上がる。彼女の影を消さぬよう位置を変えて。 自らの意志に全く応えない体を、それでも必死に動かそうとしながら――エレナは少し離れたところに落ちていた剣に歩み寄り拾うカイルと、そして地面に突き刺さったままのナイフを交互に見やった。 マコトが先程唱えた影縛り(シャドウ・スナップ)の術を帯びた、ナイフを。 剣を握りしめたまま近づいてくるカイルへと、今日初めてエレナはおびえた顔を見せる。 「た、たすけ……」 最後に発した彼女の呼び掛けに応じることなく―― カイルの剣が、彼女の体を貫いた。 ゆっくりと―― エレナの体が後ろに倒れていく。虚空を見つめ、何かを発しようとするかのように、口を開け。 だが紡がれた言葉はなく、いやもしあったとしても――誰も聞き取ることはできなかった。 大量に注がれる返り血を動くこともなくすべて受け、息絶えるエレナを見下ろしていたカイルは、やがて自分も後ろに倒れ込んだ。 ――どさっ。 受け身を取ることもできず、衝撃をそのまま背中に受ける。 もともとエレナのナイフが突き刺さった時点で致命傷となっていた。起き上がり、この場まで歩いてきたこともすべて気力だけで行っていたものだ。しかもその後、尋常ではない脚力を秘めたエレナの蹴りを何度もその身に受けている。 倒さなければならない相手は死に、その気力のよりどころもなくなった今、彼に自分の体を支える力は全く残っていなかった。 復活(リザレクション)をかけてもらえばまだ助かるかもしれない。だが、それを使える人物は自分の前に倒れ、殺したのはまぎれもない自分である。ひょっとしたら、他に使える者がたまたま通りかかるかもしれないが――そんな奇跡を祈る気にはなれない。 薄れゆく意識に自らの最期を強烈に感じ取りながら、カイルは首を横に倒し、気を失ったまま横たわっているはずのマコトの姿を探した。 程なく探し人は見つかる。場所は離れていたが、彼女の顔が目に入った。 ちょうど自分から見える方を向いていたこと、そして最期に彼女の顔を見せてくれたこと。 カイルはむしろ、その奇跡に感謝し――満足そうに目を閉じた。 マルチナ=ステラドヴィッチ―― スウェア=シティ魔道士協会の主、そして現代の五大賢者『智の女神』がそこには立っていた。 手には、上方に蒼い宝玉が埋め込まれた金属製とおぼしき銀色の杖を握っている。 「……御大自らの登場かよ」 ルークが漏らす。剣を握る手に自然と力が入った。 「下がりなさいレイコ。後は私が相手をするわ」 歩み寄りながら声を掛ける彼女に、レイコは顔を向けた。 「……ですが、評議長……」 「命令よ。この場から離れなさい。今すぐに」 しかし有無を言わさず遮られ、 「……はい」 レイコは胸に片手を当て、ゆっくりと立ち上がるとたどたどしく中庭から去っていった。 「さあ……お待たせしたわね」 促され、アルは一度呼吸をした後、口を開いた。 「ステラ評議長――俺たちはあなたに話を聞きたくて来た。 ここで行われている研究のことを。そのためにあなたたちが何をしているのかを。 そしてもし真実なら、街中に公表して、止めさせるために」 「……そう…… でも、こうして来てるということは、既にそれなりに知っていることがあるんじゃないかしら?」 「ああ。 そしてもう、確かめる必要もないみたいだ」 問われ、うなずくアル。研究の成果をたった今この目で見ていたのだ。もはや信じない余地はなかった。 「……だったら、私から話すこともないようね」 「そういうわけにはいかねーな」 ルークが前へ出る。 「他人大勢巻き込んで自分勝手にやっておきながら、『話すことはない』だと……! どの面下げて言えたセリフだ、おいっ!」 怒鳴りつけるルークに、しかし彼女は動揺を見せることもなく、 「――人は誰しもそれぞれ信念を持っているわ」 諭すように話し出す。 「そこには善悪など存在しない。他人の、世界の尺度では測ることのできない、他の何かを犠牲にしても譲れない――決して揺らぐことのない信念を。 でも、すべての人がそれを貫き通すには、この世界は狭すぎるのよ。 時には、お互いの信念が衝突することもある」 そこまで言ってから、改めて彼女は三人に視線を向けた。 「私がいくら話をしたところで、あなたたちは納得して引き下がってはくれないでしょう。 もちろん私もあなたたちに何を言われようと研究を止めるつもりはないわ。 となればもう――解決策は一つしかない」 「――止めてみたければ、力ずくで――」 「仰々しく語ったわりには、ずいぶん原始的な結論だな」 ミリーナが答え、ルークが評する。 「原始的ということは、普遍の真理であることの裏返しでもあるわ。 もっとも、そんな議論は今この場ですることではないでしょうけど」 言って彼女は、杖を握り直す。それを見て、ルークたちも戦闘態勢をとった。 「たった一人で俺たちとやる気なのか? 力ずくでってんなら――甘く見ない方がいいぜ。いくらあんたでもな」 向かい合い、ルークが言う。 「あれ以上戦ったら……レイコは間違いなく自我を失い暴走するわ。 いえもう……ひょっとしたら既に、しかかっているのかもしれない。それが――現段階での研究の副産物。 危険が高いから、暴爆呪(ブラスト・ボム)は使ってはいけないと言ってあったのだけど――」 言いながら、レイコが去っていった方に視線をやる。再びルークたちへと顔を戻し、 「でも、あなたたちこそ私を甘く見ない方がいいと思うわ」 そんな彼女の様子を見て、アルは自然と口を開いていた。 「……あなたは何にそんなにこだわっているんだ? 殺された家族の仇を、とりたいのか」 「さあ……どうなのかしらね」 彼女は――はぐらかすというよりは、自嘲するように、返した。 |
22236 | desire 4 下 | ブラントン | 2002/9/26 09:55:23 |
記事番号22235へのコメント 頭が重い。 目を覚ましたマコトが周りの景色を認識する前に感じたのは、頭痛だった。 ずきっと来る痛みに思わず手を当て、続けて全身にも別の痛みが走っていることに気が付く。 「……あ…れ……?」 体を起こし自分の体を見下ろす。自分がいるのは地面の上。土にまみれた自分の服が見えた。 はっ。 そこでようやく今の状況を思い出し、慌てて辺りを見回す。 探しているものはすぐに目に飛び込んできた。 少し離れた地面に横たわる、二つの体。ちょうどお互い足を向け合った、男女一人ずつの。 気がつくと体は動いていた。 駆け寄る途中でもう一人の――エレナの横を通ったが、一瞬立ち止まり目をやっただけでそむけた。 カイルの元へと辿り着くと、繰り返し名前を呼びながら体を揺する。 が、閉じられた目は開くことなく、体の他のどの箇所も反応を示すことはなかった。脈もない。 全身を見回すが、ナイフに刺された胸の辺りからは血も出尽くし、流れ出たそれは体中の至るところについている。特に下半身や、手に。 彼が生きていないことをようやく認めると、後ろに向き直りもう一つの遺体を再び目に入れた。 その状態から、生死を確認するまでもなかった。 体の中央より少し上に、深々と突き刺さった剣が地面に垂直に立っている。 目は開けられ、信じられない、といった表情。何かを口に出そうとしていたのか、口も開いたままだ。穏やかな顔をしているカイルとは対照的だった。 この光景を見るだけで、何が起こったのかを簡単に察することができた。 「…………どうして…………」 どうして……こんなことになってしまったのか? へたへたとその場に崩れ落ちる。 焦点の合わない目で、周りを漠然と眺めやり―― 「……レイコ……?」 外周の廊下を壁づたいに手をつきながら、足取りも重く歩く彼女の姿を見つけた。 呟いたときには事態をはっきり認識せずにいたマコトだが、やがてそれが本物であることに気づき、慌てて立ち上がると駆け寄っていく。 「どうしたの、いったい――」 バシッ! 近づき、伸ばした手はしかし、思い切り払いのけられる。 だが、それよりもむしろマコトを戸惑わせるのは、視界に飛び込んできた彼女の眼。 憎しみと怒りで染まった双眸が、睨み付けていた。 今まで一度も見たことのない、彼女の顔に言葉を飲み込む。 ――ぐぅぅぅ―― 耳に入った、体内にため込まれた野生の本能が漏れ出るような音。 それが彼女の口から漏れ聞こえているものだと気づいたとき―― 目に映っていたのは、立ち上がり自分へと腕を振り下ろそうとしているレイコの姿だった。 体が動けたのかどうか、無意識の反応を感じ取ることはできなかったが、服の片腕の部分が破かれていることを、次の瞬間自覚する。 因果関係を理解したのは、それから少し後。 そして理解すると同時に、体は自然と動いていた。 「…レイ…コっ!」 呼んだ名前をかけ声に、力を込めて、次に繰り出されたもう片方の腕の一撃を両腕で受け止める。 足に力を入れ、衝撃に耐えながら顔を見つめる。 正気に戻った、レイコの顔を。 「……マコト……?」 倒れ込もうとする彼女の体を支えながら、そう漏らす声を聞く。 「そうよ、私よ」 抱き合うように体を重ね、答えた。 「…わたし、いま……」 「ねえレイコ、私なにがなんだか……」 レイコの発した言葉を覆うように、口を開く。 「……あれは――カイルと……エレナ?」 だが、それには応じずレイコは彼女の正面――マコトの背後に広がる光景と、そこに横たわる二つの人影を認め、呟いた。 「……ええ……そう、そうなの――」 振り返りはせず、ぎゅっと抱く力を強める。 「二人とも死んでるの! 死んじゃったのよっ!」 叫ぶ。思い切り、吐き出すように。 「いったい何なの!? カイルはスパイだって、エレナは被験者で研究の邪魔になるからカイルを殺すって! それにレイコも、あなたいまのまるで――」 はっ。 自分が出そうとしている言葉が何なのか気づき、口を止める。 次の瞬間には、そのまま抱いていたレイコの体を、両手でつかみながら前へと離していた。 顔が向かい合う。 「……まさか……」 愕然とするマコトの手をゆっくりと払いのけると、 「エレナも…死んでしまったの…… じゃあもう、私しか…残ってないのね」 目を背け、言うレイコ。息は絶え絶えに、手は胸を押さえている。 そして、マコトには彼女の言葉の意味が……分かってしまった。 「……ウソでしょ? ねえレイコ……」 絞り出した問いかけには答えず、レイコは上目遣いに視線を向け、口を開いた。 「マコト……中庭に行って。 そこで…アルたちと、評議長が……」 「何言ってるのよ! レイコ、あなた――」 遮り、叫び、そして一瞬口をつぐむ。 「あなた……暴走しかかってるじゃない!」 その先を言うと、認めることになってしまいそうだったから。 マコトには、こんな様子の人間を見た経験があった。 呼吸不全、理性の喪失、狂暴化。それが『暴走』。 精神が獣と化すと、やがて肉体も変調を始める。人としての外観をとどめなくなっていく。 そして行き着く先は――わからない。 その前に彼は、評議長自身の手によって始末、そう『始末』されてしまったから。 今でも頭に焼きついている、ジョアン=ロイドの最期だった。 「……ええ、そうみたい…ね。 もう、意識も…保っていられない…みたい」 レイコも知っているのだ。その時いっしょにいたのだから、これから自分がどうなるのか。 「だから…お願い」 顔を上げたレイコの目が映る。 「私を殺して」 一瞬、時が止まった。 「……そんな、こと――」 「ごめんね……」 口から出た言葉は、しかしレイコに遮られる。 「さよなら、マコト」 最後に親友の名を呼んだ彼女の顔は優しく―― そのまま目が閉じられ、ふっと体がぐらつく。 だが、一瞬の後再び彼女は目を開け、体を起こした。いままで苦しんでいたのが嘘のように、すくっと立ち上がる。 先程見た血走った眼が、再びマコトの前に現れていた。 ――ぐぅぅぉぉぉ―― 彼女の口から漏れ出る野生の呻きを耳に入れ、否が応でも思い知らされる。 目の前にいるのはもう、違うのだと。 下を向く。口が呪文を――混沌の言語(カオス・ワーズ)を紡ぎ出す。 前に両手をだらんと垂らし、ゆっくりと近づいてくる相手の姿は目に入らない。 やがて詠唱が終わると、顔を上げた。 「――っレイ…コぉっ!」 こぼれる涙で溢れた目は、奇声を発し飛びかかってくる相手を映し―― 「魔竜烈火砲(ガーヴ・フレア)!」 こうっ! 放った赫い光が、それを貫き、消滅させた。 光の過ぎ去った後には、何も――残っていない。 「…どう…して……」 膝から力なく崩れ落ちる。 「なんでよぉぉぉっ!」 喉が張り裂けんばかりに叫んだ声が、辺りに響き渡った。 ぐわっきぃぃんっ! 金属音が中庭に響き渡った。 ルークの振り下ろした剣がステラの両手で握った杖で受け止めらている。 そのまま流れる動作で杖を戻し、放たれた突きの一撃を横にずれてルークはかわす。 「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 彼がずれたことで空いた正面から、ミリーナは術を放った。 が、ステラは手にした杖を倒して、蒼い宝玉の埋め込まれた方を前にかざすと、 「風の結界よ!」 その言葉に、一瞬で彼女を包み込む風の護りが氷の矢を打ち消した。 範囲は最小。横を素通りしていった矢が過ぎ去ると、すぐさま結界を解く。 続けて彼女の向かった先には、ミリーナの術の巻き添えを避けるため、いったん少し距離を取っていたルーク。 一瞬驚きに体を止めてしまっていた彼は反応が遅れたが、 「破砕鞭(バルス・ロッド)!」 ステラの生み出した光の鞭の第一撃を何とかかわすと、間髪入れず放たれた第二撃を剣にからませ、自分はその隙に射程外へと逃れた。 からめとった剣を、彼女は鞭をしならせルークたちのいる方とは反対側へと放り投げる。 「氷霧針(ダストチップ)!」 今度はアルの唱えた術が彼女を襲うが、 「結界よ!」 再び杖をかざし、それも防がれる。 だがミリーナが氷矢の嵐の後ろからショートソードを抜き突っ込んでくるのを視認したステラは、術を防ぎ切ると同時に結界を解き、両手で杖を握って構える。 「氷の槍(アイシクル・ランス)」 が、ミリーナのとった行動は魔法での攻撃だった。 いったん解いた結界をすぐに再度展開するのは難しいはず。 その読み通り、ステラは体をずらしてかろうじて術をかわし―― 「炎の矢(フレア・アロー)!」 きゅごっ! 避けたところに炎の矢の直撃を受ける。 遠く離れた地面に転がる自らの剣を取りに行くため、その場からだいぶ離れていたルークの放った一撃を。 何の打ち合わせもなく、アルの一撃からひらめいたミリーナとルークのダブル時間差攻撃である。 だがしかし、まともに受けたはずのステラの服は燃え出すこともなく、 「浄結水(アクア・クリエイト)」 落ち着き払ったまま唱えた術で、くすぶる火も消し去られた。 「な……」 その光景を、思わず声を上げただ見るだけのアル。 言葉こそないものの、ルークも同じ反応をしていた。 「――四霊封陣(ヴァルマシード)――?」 一人、黙って凝視していたミリーナが漏らす。 「ええ、その通りよ」 認めるステラ。 ――四霊封陣(ヴァルマシード)。 地水火風の精霊魔術に対する高い防御力を付与できる術。使用にはかなりの資金を必要とするのだが、彼女ほどの立場であればそれは問題にはならないのだろう。 「この服も杖も、魔法の効果を持続、強化する素材が使われているわ。 服には四霊封陣(ヴァルマシード)が、杖にはそれを応用した物理的強度を高める術が、ね。 重くないのに、その堅さは――先程見た通りよ」 語りながら、自らの手に握るそれに視線を向ける。 「先に付いている宝玉は封気結界呪(ウィンディ・シールド)を宿したもの。 呪文の詠唱なしに、何度でも発動させられるようになっているわ」 「……だいぶやっかいなもののようね」 「さながら餓骨杖か、あれは」 ミリーナの呟きに続き、悪態をついたルークはステラに顔を向け尋ねる。 「でも、いいのかよ? そんなにベラベラしゃべっちまって」 「知られたのなら、知られたなりの対処をするだけよ」 平然と彼女は答え、 「いちばん問題なのは、相手が気づいているのに、自分が気づかれていると思わないことなのだから」 「……へえ…… じゃ、今度はどうなるか――やってみようじゃねえか」 ちゃきっ。 剣を握り直し、ルークは呪文の詠唱を始める。 「烈火陣(フレア・ビット)!」 最初に仕掛けたのは、またアルだった。 「風よ!」 放った術は変われど同じように防がれ、 「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」 タイムラグなしでミリーナの生み出した蒼い光球も、同じく結界の前に消え去る。 しかし、最後に発動したルークの術は―― 「地雷破(ダグ・ウェイブ)!」 どっごぉぉんっ! 「――うっ」 爆音と共に吹き飛ばされるステラ。 対象の足下の地面を爆発させる術である。立て続けに攻撃呪文をかけられ弱体化した風の結界が持ちこたえられるものではなかった。 威力は多少殺いでいたものの、衝撃で手から杖が離れる。 体勢を立て直せずに地面へと落ちた彼女へと、ルークが向かっていく。 「腕の一本ぐらいは――覚悟しなっ!」 振りかぶった剣を下ろそうとするルーク。 しかし、次の瞬間―― 「空断壁(エア・ヴァルム)!」 起き上がる途中、中腰のステラが叫びながらかざした右手が、刃を受け止めていた。 「なっ!?」 信じられない光景に動揺するルークには、剣と彼女の手の間に空間があることに気づかなかった。 通常の空断壁(エア・ヴァルム)で生まれる風の壁を極端に圧縮し、手のひらから一回り大きくした程度の厚い盾をステラが生み出して受け止めたのだということに。 彼女はそのまま腕を動かし、剣を払おうとするが、 「――っ!?」 横から襲い来る光の槍に気づき、とっさに体をひねった。 ひゅおうっ。 しかし完全に避けることはできず、一部がかする。 力が抜けたように、地面に崩れ落ちるステラ。 その様子を、術を放ったミリーナは表情を変えず見つめていた。 唱えたのは烈閃槍(エルメキア・ランス)。直撃すれば神経衰弱により意識を失うほどで、かすっただけでも影響はそれなりに出る。 間近にいたルークも黙って、 すちゃっ。 起き上がろうと手をつくステラへと剣を差し向けた。 「どーやら、ここまで――」 そこまで口を開いたところで、 「炎の矢(フレア・アロー)!」 遠くより聞こえた声に首を動かす。 自らへと迫り来る炎の矢の一部を視認すると、体をしゃがませそれをかわすルーク。 矢は高い位置にしか来ていない。低いとステラに当たってしまう可能性があるからだ。 すぐに立ち上がると、ルークは術を放ってきた相手を見やり―― 「……次は、あんたのお出ましかよ」 息を切らし、自分の方を直視する彼女に対して、言葉を投げかけた。 掛けられた言葉には何も返さないまま、マコトは視線を動かした。 アルが自分を見つめている。とても驚いた顔で。 「……マコト……」 「……アル、あなたいったい何しに来たの……?」 声が震える。 「みんな、死んでしまったわ。 クリスさんも、エレナも、カイルも――レイコも…… あなたたちが……アルたちが来てからよ!」 レイコの名に皆の表情が動くが、それには気づかない。 「なのにこの上、評議長まで殺そうとするの? だとしたら――」 瞳に映るのは、決意。 「戦わなきゃいけないわ。たとえ、あなたとでも」 呆然とするだけのアルに変わり、口を開いたのはミリーナだった。 「別に殺すつもりで戦っているわけじゃないわ。少なくとも私たちはね」 「じゃあここで何をしているの!? 何で評議長と戦ってるのよ!?」 間髪入れず、問い詰めるように反論する。 「――マコト、俺たちはここで行われている研究のことを知ったんだ」 ゆっくりと、アルは語りかけた。 「それによって生まれた者も、この目で見た。 レイコが死んだって言うのなら、お前も――」 ――やっぱり、知ってしまったのね―― 生まれた感情は、動揺ではなく諦めだった。 「……ええ、そうよ。ここではそういう研究をしているの」 ふふ―― 言いながら見せるのは、悲しい笑み。自分でもやせ我慢だということはわかっていた。 「……イズミさん、あなたは……」 ふらつきながらもようやく立ち上がったステラの言葉に、顔を向ける。 「評議長――私に覚悟がないと思っていたんですか? ずっと隠していたなんて……私なんて、いなくてもいい人材だったんですか」 喋りながら、一歩一歩彼女へと近づいていく。 出した問いかけは答えを聞きたくてのものではない。 「私はスウェア=シティ魔道士協会副評議長―― あなたを補佐し、全力で支えるのが、私の役目です」 言い終わると、顔を動かす。敵対宣言をした恋人に、無言で視線を向けた。 「……いいのか」 横目で問うルークに対し、 「いいわけ、ないだろ……!」 声を絞り出すアル。 「マコト……俺たちは殺し合いをしに来たんじゃない。 誰かを死なせるつもりはないし、マコトと戦いたくはないんだ」 「……いまさらそんなこと……」 アルの呼び掛けを切り捨てようとする言葉に続いて、 「――ホント、困るんだよねえ――そんなこと言われると」 耳に入ったのは、まったく別の声だった。 ずぶっ。 「……か、はっ」 続いて聞こえた音は、背後から。 「――!?」 表情を変えるアルたちに遅れ、振り向いたマコトが目にしたものは、一本の腕だった。 人間の腕が突き出ている。ステラの胸を貫通して。 声を発することなく、胸から、口から血を吐き出した彼女はそのまま地面へと力なく落ちてゆく。 その後ろに立つ者の姿が視界に露わになると、 「……え……?」 何が起こったのか理解できず声を漏らすマコト。 その目に映ったのは、血まみれの右腕を垂らしたこの街の主――ロード・リザエルだった。 「せっかく君たちが彼女を殺してくれると思ったのに、まるでその気はないって言うじゃないか。 本当はもう少し見物させてもらうつもりだったんだけどねえ……」 やれやれ、と困った素振りを見せつつ語る彼の様子に、本能的に危険を感じ取るルークたち。 「てめえ、どっから出てきやがった!?」 ルークの問いを、彼は小馬鹿にして返す。 「ああ、どうせ説明してもわからないからそういう質問はしない方がいいよ。君ら人間にはね」 「……まさか、魔族」 口に漏らすミリーナ。 「そうだよ。驚いたかい?」 平然と認める姿に彼女は確信を強くする。 すなわち――彼こそがこの事件の元凶なのだと。 「僕も本当はこんな人間のふりして領主の仕事なんて御免だったんだけどねえ…… そのうえいつまでたっても研究とやらは完成しやしないし」 足下に横たわりぴくりとも動かないステラを見下ろしながら、彼は話す。 その評議長の姿を目で認めながらも、マコトはその側に立つ圧倒的な存在感に、体を動かすことができずにいた。 彼の語りは続く。 「クローヴァも君たちにやられちゃったし、何だかエレナの奴が勝手に暴走したみたいだし。ちょうどいい区切りだ。 いい加減終わりにさせてもらうよ、こんな茶番劇は」 「――茶番劇、だと」 問い返すルーク。 「そうさ。 君ら人間は魔族とはあまりに力の差がありすぎるから、まるで戦力になりゃしない。 だから少しでも使い物になるよう、この研究を援助しろって言われて来たものの…… 大言壮語を吐くだけで、その魔法とやらまるで成功してないじゃないか」 今までの鬱積を払うかのように、彼は冗舌に喋り続ける。 「どうせ初めから、人間ごときが僕らとまともにやりあえるすべを持とうだなんて、無理な話なんだよ。 だから――もう何もかも始末することにしたんだ。ここも、君たちも、みんなね」 その言葉に、表情を堅くするルークたち。 「……デーモンを呼び出していたのも、あんたか」 アルに問われ、彼はああ、とうなずくと、 「どうしてそんなことしてたのか、気になるのかい? ま、あれは一石四鳥ぐらい狙いがあったんだけど、一言でいうなら――『心付けと憂さ晴らし』ってところかな…… 良かったじゃないか、これで君の仕事も終わりだよ」 ただし最後に僕を倒せればだけどね、と付け加えながら、浮かべるのは笑み。 「――どうして――」 ようやくマコトが口から絞り出せたのは、問いかけだった。 「どうして魔族が、そんな――自分たちと戦うための研究を援助しようとするの――?」 「さあ。それは上に聞いてくれ。僕だって不満なんだから。 ――さて、と」 あっさりと返した彼は、相手のことなど欠片も考えず一方的に言い放つ。 「そろそろ始めようか。 まともに戦うのは久しぶりなんだ……せいぜい楽しませておくれ!」 「マコトっ!」 リザエルの両手に光球が現れるのを見てとり、アルは叫びながらマコトへと駆け寄っていった。 もっともステラの――リザエルの近くにいるのは彼女だ。真っ先に狙われて当然だった。 ばじゅっ! 反応の取れていないマコトを突き飛ばすと同時に、足に激痛が走る。 地面に倒れ込んだ後で目をやると、右足の一部が皮膚ごと焼けただれていた。リザエルの放った魔力弾がかすったのだろう。 身を起こしたマコトも、その傷を目に入れる。 「ア、アル――」 「大丈夫だ、それより早く! ぼさっとしてるとやられるぞ!」 愕然として自分を見るマコトへとアルは怒鳴る。 促されたマコトが行動を起こす前に、ルークの攻撃が始まっていた。 「黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」 どぅむっ! 彼の声に応えリザエルを包み込んだ漆黒の霧は―― ばぢぃっ! しかし、次の瞬間音を立て崩れ去る。 「――まさか、そんなもので僕を倒せるだなんて思ってないよね」 何事もなかったかのように話すリザエル。 「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」 続いてミリーナの放った光球も、彼が払った右手に弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。 「――ちっ!」 間を置かずルークは剣を手に突っ込んでいき、一歩も動かずに迎えるリザエルへと袈裟懸けに斬りつけるが、 がしっ。 寸前で横にずれた相手に振り下ろした腕をつかまれると、勢いのまま片腕で体ごと投げられた。 「がっ!」 地面に落ちた衝撃で呻くルーク。 「この程度じゃないだろう? もっと本気を出してくれよ」 困ったように呼びかけるリザエルの顔が、次の瞬間変わった。 「覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!」 マコトが生み出した魔なる凍氷が一直線に襲い来るのを見てとると、一瞬にしてその姿を虚空にかき消す。 「――消えた!?」 驚くマコトは、 「そうそう、それぐらいのが出てこないと面白くないってものだね」 背後から聞こえた声に反射的に体を反転させる。 目の前に映る、リザエルの姿。 振り下ろされた彼の腕の一撃をかわせたのは、無意識の行動だったとしか言いようがない。 追撃をしようとするリザエルの腕が再び上がり―― 「雷撃(モノ・ヴォルト)!」 ばぢいっ! 足下で発せられた音に動きを止める。 下を向くと、そこには彼の足をつかむアルの姿。 その手から放たれた雷とまともに受けたはずなのに、リザエルは痛がるそぶりも見せていなかった。 「塵化滅(アッシャー・ディスト)!」 そこにミリーナの唱えた術が襲いかかるが、身構える素振りも見せずまともに受けてみせるリザエル。 もちろん効果はない。 「二人して足止めのつもりかい? 空間を渡れる僕には無駄な行為だと思うんだけどねえ……」 言いながら、その間に距離を取ったマコトをちらりと見やると、足を振り上げてからみついていたアルの手を強引にはがし、 「あがっ!」 そのまま足を下ろして彼の背中を踏みつけた。 「でもやっぱりうざいから消させてもらうよ。とりあえず君は全然強くなさそうだし」 恋人へと発せられた死刑宣告に、マコトの表情が凍る。 垂らした腕の先、リザエルの手のひらから光の球が生まれてゆく。 「させるかよっ――海王槍破撃(ダルフ・ストラッシュ)!」 叫びルークの放った超高速の衝撃波は、しかし寸前で空間を渡った彼をとらえることはできなかった。 一同からは少し離れた場所に現れたリザエルは、生み出していた光球を、地面にうつぶせになったままのアルめがけて打ち出した。 動けないアルに逃れる手段はなく―― 「――っ!」 言葉にならない絶望の呼び掛けを発するマコトが次の瞬間目にしたのは、通り過ぎていく一つの影。 ばじゅっ! そして魔力弾は、何もない地面を直撃した。 「――大丈夫か?」 間近でかけられた言葉に目を開けたアルの瞳に映ったのは見知った顔。 彼を抱えて立つ、シルビアの姿がそこにはあった。 「朝飯食い終わって戻ってきてみれば……何がどうなってるんだ」 成人男性を軽々と抱えながら、シルビアは辺りを見回した。やがて視線の先に地面に横たわるのを認めると、 「あれは――評議長じゃないのか!? おい、いったいどうしたんだよ!?」 顔を下に向け、腕の中にいるアルへと問う。 「いろいろあったんだが……とりあえずあいつを何とかしないと、説明する時間ももらえなさそうだ」 答えながら、首を傾け視線で示すアル。 「……誰だ、あいつ?」 ロードを直接見たことのない彼女にとって、それは初めて見る顔だった。 「魔族だ。ああ見えても、な。評議長もあいつに殺された」 端的に答えるアル。それを聞いたシルビアは、どうにも信じがたいという顔で評議長とリザエルを交互に見やる。 「……魔族……!? ウソだろ……どう見たって人間じゃないか」 「イヤでもそうじゃないって思い知るぜ……これからすぐにな」 目はリザエルをとらえたまま、ルークが応じた。 「そういうことさ。 この場に現れた以上、君にも僕の相手をしてもらうよ」 彼の言葉を聞き、先程のルークたちと同様、シルビアも感覚的に危険を感じ取る。 「立てるか、アル」 表情を引き締め尋ねる彼女へと、強がりを言っても足手まといになるだけと、正直に首を横に振るアル。 彼の返答に、シルビアは彼を抱えたまましばらく歩き、リザエルとは離れた中庭と廊下の境目の辺りで、地面へと下ろした。 「ありがとう。気をつけろよ」 掛けられた言葉に、ああ、と応じると向きを戻し再び戦いの場へと歩を進める。 「ちょっと待って」 腰の剣を抜く彼女へと近づくマコト。すばやく口を動かし、 「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)」 彼女の言葉に応え、刀身が赤い光をまとった。 「サンキュ、イズミさん」 感謝の意を伝えると、シルビアはひたっとその視線を前へ――黙ってその成り行きを見ていたリザエルへと向けた。 「どうやら準備はできたみたいだね…… じゃ、続きを始めようじゃないか」 再び彼の言葉を号砲に―― 「うおおおっ!」 先陣を切って向かっていくのはシルビア。声を上げ真正面から突っ込んでいく。 対するリザエルは両手に光球を生み出し、片方をシルビアめがけて放った。 魔力を帯びた剣を振りそれを打ち払うと、彼女はそのままリザエルへと迫る。 ぶんっ! しかし剣は虚空を薙ぐのみ。彼の姿は目の前でかき消えていた。 「なっ――――ぅがっ!」 どこに行ったのか探す間も与えられず、背中から吹き飛ばされるシルビア。 空間を渡り彼女の背後へと回ったリザエルが残っていた魔力弾をぶつけたのだった。 しかし地面を転がるシルビアが止まる前に、ルークは飛びかかっている。 「うらあっ!」 ざしゅっ。 空間転移後の現れた瞬間に攻撃という狙い通り、今度はかわされることなく、斬撃がリザエルの片腕を切り落とす。 一瞬顔をゆがませたリザエルだが、すぐさま残ったもう片方の腕で、剣を振り下ろした直後の無防備な状態のルークへと拳の一撃を加えた。 ずがががっ! 地面をすりながら弾き飛ばされていくルーク。 「黒狼刃(ダーク・クロウ)!」 再びそれに目をやる暇もなく、次の攻撃が行われていた。 マコトの放った輪郭のぼやけた魔力弾がリザエルを襲う。 だが相手は健在な左手から光球を作り出し、それを迎撃した。 「烈閃牙条(ディスラッシュ)!」 続けざまに放たれるミリーナの術。現れた複数の光の槍が一直線にリザエルの方へと向かっていく。 しかしそれは予期していたか、届く前に彼の姿は虚空に消え―― 次に現れたのはミリーナの背後。 だがリザエルが腕を振り下ろしたとき、そこに彼女は姿はない。 消えた瞬間に前へと走り出し、現れるまでのタイムラグを使って元いた場所から離れていたのだ。 「……やるじゃないか…… おかげで少し痛い目を見てしまったよ」 言いながら途中から先がなくなっている右腕を見やるリザエル。 「てめえがでたらめに強いわけじゃねえことはわかってんだ」 身を起こしながらルークが言う。 「歯ごたえのある相手がいいと言っておきながら、真っ先に評議長を殺したのは――もし生きてたら自分がやられる可能性があったからだろう?」 対しリザエルはまるで動揺を見せることなく、 「……なかなか面白いことを言ってくれるね…… でも、そういうのはもう少し僕を追いつめてから言うべきなんじゃないのかな? だってほら」 言って、右腕から先を瞬時に再生させる。 「僕らにしてみればこの姿は所詮かりそめのもの。その気になれば四本で五本でも――」 「崩霊裂(ラ・ティルト)!」 こおっ! とうとうと語るリザエルをいきなり蒼い火柱が包み込んだ。 「があぁぁぁっ!」 苦悶の雄叫びが響く。 空間転移で避けるどころか、受ける準備もまるでないリザエルを、精霊系最強の攻撃呪文がまともに直撃していた。 完璧な不意打ちを放ってみせたミリーナは、無言でその様子を凝視する。 結果的にまともなダメージを与えることはなかったとはいえ、リザエルは術によってその対応を変えていた。 何もせず受けたもの、手で弾き飛ばしたもの、空間を渡って避けたもの。 それはつまり、避ける術に対しては当たればダメージを受けることを意味する。 魔族相手に正々堂々もあったものではない。おしゃべりな相手の性格を利用しての攻撃だった。 ――柱が消え去ったとき、リザエルの姿はまだそこにあった。 しかし肌色が変わり、皮膚はただれ、効果があったことは一目瞭然。 第二撃にかかろうと呪文を唱え始めたミリーナだが、 ――うぉぉぉぉぉ―― リザエルの咆吼を聞き、視線を向ける。 彼の体が、変化を始めていた。 服は消え、覗く肌は褐色。腕と足の数は変わっていないが、途中から先が黒く染まっている。手はどこまでが指でどこからが爪なのかわからないような造りになっていた。 顔もぬめりとした表面に、四つに増えた目と、横に裂けた口があるだけで、鼻と耳はその姿を消している。その上には激しく逆立つ銀色の髪――と呼べるのかどうか――なものがあった。 ――あれが、敵の本来の姿―― 誰もがそう認識した次の瞬間、何の言葉もなくリザエルの腕から魔力弾が放たれた。向かう先は、ミリーナ。 横にかわしたミリーナだが、空間を渡り眼前に現れたリザエルの蹴り上げをまともに受け、体が高く宙を舞う。 「ミリーナっ!」 ルークが叫ぶ間に放物線を描いて飛ぶ彼女の体は、今度は空中に転移したリザエルの両腕の一撃で一直線に地面へと叩きつけられる。 衝撃にほとんど聞き取れない声を発するミリーナ。 あおむけの彼女を、地面に降りたリザエルはためらいもなく腕をつかんで引っ張り上げた。 「騙し討ちとは随分なことをやってくれるじゃないか…… 楽には殺さないよ。お前は、絶対に」 先程までとは違う濁った声で告げながら、リザエルはミリーナの片腕を握りつぶした。 「うぁぁぁっ」 走る激痛に弱々しく呻くミリーナ。 それを聞き、ルークがキレた。 「――めぇぇぇっ!」 我を忘れ猛然と突進していく。どう攻撃しよう、などという思考は存在しなかった。 リザエルはつかんでいた腕を振りミリーナを放り投げると、 「邪魔だ」 空間転移で自ら距離を縮め、ルークに一撃を加える。ふっとばされるルーク。 続けて向かってくるシルビアには、片腕を横に振るい生み出した衝撃波を叩きつけ、近づけさせもしない。 「魔竜烈(ガーヴ)――」 そして唱え終わった呪文を発動させようとするマコトが口を開いたときには、既に彼の姿はその場になかった。 反射的に後ろを向くマコトだが、背後に現れていたリザエルの拳の突きを腹に受け、地面を転がる。 「マコト!」 声を上げるアルの元に続いて現れたリザエルは、彼を蹴り飛ばす。廊下の柱に激突するアル。 気を失ったのか動きのないアルと、意識はあるものの立ち上がることすら難しそうなマコトたちの様子を確認すると、 「これで邪魔者は消えた。処刑を再開しようか」 リザエルはミリーナの倒れる場所へと戻り、言った。 弱りながらも睨みつけてくる彼女の視線を受けながら、体を引き上げようと手を伸ばす。 「……待ちやがれ……!」 そこにかけられるルークの言葉。膝に手をつき、立とうとする彼にリザエルは黙って目をやると、空間を渡りその前へと現れる。 がしっ。 「そうだね……いきなり殺してはもったいない。一人ずつ他の者が死んでいく様を見届けさせてから、最後に殺す方がよりふさわしい処刑になるだろう」 言いながら、ルークの頭を片手でつかむとそのまま持ち上げていく。足が宙に浮くほどまでではないものの、頭はリザエルのそれと同じ高さまで上げられた。 「はなせっ、はなせよ、おいっ!」 剣は地面に置き去りのまま。ルークは両手でリザエルの腕をつかみ振りほどこうともがくが、びくともしない。 「おあああっ!」 強く締め付けられ、呻くルーク。 「……やめ…て」 弱々しく言葉を出すミリーナ。 「ああ……感じるよ負の感情を! それこそが我らにとって究極の美味! 至高の悦楽! さあ、こいつが死んだときはどんな御馳走をくれるんだい!」 リザエルは歓喜の声を上げながら、さらに締め付ける力を強くしていった。 「があぁぁぁっ!」 叫び声が響き渡る。 痛みで薄れゆく意識と、力及ばないことへの腹立たしさ、そしてリザエルへの激しい怒りの渦巻く中で―― ――汝、我を欲するか? ルークはその声を聞いた。 どこから聞こえてきたのかなどわからない。自分の中で感じる声。 そして、急速にイメージが広がっていく。考えるのではなく、浮かぶ。まるで誰かから知識を移されたかのように。 「そろそろ握りつぶしてしまうんじゃないのかな? どんな音がするんだろうねえ、いったい」 陶酔するリザエルの言葉は耳に入らない。締め付けられる痛みも感じなくなっていた。 魔力が全身に溢れ、手に収束していく。 後は発動の言葉を言うだけ。そしてルークは、その魔法の名を知っていた。 赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥの力を借りて、魔力を剣の形に凝縮させる黒魔法。 一人の魔道士が人生を費やし、そしてついに見ることの叶わなかった術。 その名は―― 「魔王剣(ルビーアイ・ブレード)!」 剣が生まれた。 二つ名が冠する赫い色を帯びた剣が、ルークの手に握られている。 リザエルがそのことに気づいたときには、彼の体は真っ二つに斬られていた。 「バカ、な……その術は、まだ誰も……」 胴体を横に切断されたリザエルは、動揺から空間を渡って逃げることなく、その場で言葉を吐く。 そして次の瞬間。 頭をつかんでいた手が離れ、自由の身になったルークが大上段から振り下ろした刃が、リザエルの体を一刀両断していた。 「……ラ、ラー………ト…さま……」 最後に残した彼の言葉を聞き取る者はなく―― 再び浴びせられたルークの一振りに体を裂かれ、リザエルは滅びていった。 |
22237 | desire エピローグ | ブラントン | 2002/9/26 09:57:35 |
記事番号22236へのコメント Epilogue 男は一人、部屋の中にいた。 何もせず、言葉を発することもなく、ただじっと立っているだけ。 だが、その静寂は来訪者の出現によって破られた。 「……なにやら小難しい顔をしとるの」 扉も窓も部屋にはあるが、それらにはまったく触れず、いきなり男の背後に虚空より現れる一人の老人。 「スウェア=シティの件か? リザエルがやられたと聞いたぞ」 「……−――殿」 振り返る男。その表情は思わしくない。 「奴を滅ぼせるほどの力を人間どもが得たということならば、研究とやらが完成したのではないのか?」 老人の問いに、 「わかりませぬ。評議長も死んでいる。少なくともうまくいったとは言えんでしょう。 やはり、人間どもに過度の期待をかけるのは幻想に過ぎぬということかもしれませんな」 結局彼らには盾以上の役割など与えられるものではないのでしょう、と男は告げた。 「ふむ……それが妥当な判断かもしれんな。 ところで――じつはの、リナ=インバースがここにやってくるぞ」 盟友の言葉に同意を示した後、老人は本題を話した。 「昨夜ちょっとしかけてみたんじゃが――ゼロスに邪魔されての…… あやつがガードしている限り、わしだけでは正直手が出せん。 おぬしの力を借りるのは心苦しいが……」 「何をおっしゃいます。 わかりました、奴らがここに着くまでに対応を考えておきましょうぞ」 「すまんの。頼むぞ――」 そしてまた老人は現れたときと同じく、闇へとその姿を消す。 再び一人となった男は、しばらく無言で考え込んだ後、自問するように呟いた。 「リナ=インバース、始末するならいつでもできるが…… いっそ、利用してみるか――?」 魔道士協会の前で、二組の男女が向かい合っていた。 「世話になったよ、本当にありがとう」 最初に口を開いたのはアルだった。 戦いから数日後。協会で復活(リザレクション)を使えるのはエレナ一人ではない。もう皆傷はすっかり治っていた。 だが街はいまだ混乱のさなかだった。なにせ領主と魔道士協会評議長が同時にいなくなったのである。 まだ新たな領主は決まっていないが――もう片方の人事は既に決定していた。 すなわち、マコトの評議長就任。ただ一人の副評議長という彼女の立場から考えれば妥当な昇進といえた。 事の根元である魔族は滅び、もうデーモンも現れはしないだろう。が、マコトにかかる責任は重い。 そしてカズミと約束したことだが、公にするとまた魔族が関わってくる恐れが強くなるから――研究の公表はしないことにした。 「結局ここに残るのか」 アルへと問うルーク。ガイリアの魔道士協会には戻らず、ここでマコトの手助けをするつもりだと聞かされていた。 「ああ。それでマコトの力になれるならな」 言って、アルはマコトを見る。見つめ返しうなずくマコト。 「そちらも……道中お気をつけて」 「ああ。じゃあな」 「それじゃあ――」 続けて別れの挨拶をし、ルークとミリーナは二人に背を向け、歩き出した。 「――良かったの?」 「ン、何がだ」 しばらく歩いてから尋ねたミリーナだが、 「いえ、何でもないわ」 きょとんと問い返すルークに、口をつぐんだ。 ――あのとき、なぜルークがいきなり魔王剣(ルビーアイ・ブレード)を使えたのかははっきりしていない。 マコトから散々何があったのか聞かれても、火事場のバカ力だったとしか彼は答えなかった。 だがどうやらコツをつかんだようで、それ以後試したときは毎回発動できるようになっている。 天性の才能によるものとしか説明がつかない、と言っていたマコトは、しかしそれでもはっきりとわからないから、本当に必要なときにしか使わない方がいいかもしれない、とルークに告げていた。 もっと調査につき合って、本当のことを知っておく方が安心するのではないか―― ミリーナはそう思ったのだ。 「さてと、これからどこに行こうか、ミリーナ?」 「……あなた、考えずに街を出ようとしてたの?」 唐突に問われ、多少驚きつつもあきれたように返すミリーナ。 「いや。でもどこでもいいからさ、俺にとっては。 お前と二人っきりのらぶらぶな旅ができれば、な」 「……馬鹿」 今まで何度も口にしてきた言葉を発し、ミリーナはすたすたと歩いていく。 後ろに残したルークには――顔が少しだけ微笑んでいたことは気づかせなかった。 (desire : END) |
22390 | Re:desire 4 下 | ドラマ・スライム | 2002/10/3 17:49:31 |
記事番号22236へのコメント ブラントンさんは No.22236「desire 4 下」で書きました。 > > > 頭が重い。 > 目を覚ましたマコトが周りの景色を認識する前に感じたのは、頭痛だった。 > ずきっと来る痛みに思わず手を当て、続けて全身にも別の痛みが走っていることに気が付く。 >「……あ…れ……?」 > 体を起こし自分の体を見下ろす。自分がいるのは地面の上。土にまみれた自分の服が見えた。 > はっ。 > そこでようやく今の状況を思い出し、慌てて辺りを見回す。 > 探しているものはすぐに目に飛び込んできた。 > 少し離れた地面に横たわる、二つの体。ちょうどお互い足を向け合った、男女一人ずつの。 > 気がつくと体は動いていた。 > 駆け寄る途中でもう一人の――エレナの横を通ったが、一瞬立ち止まり目をやっただけでそむけた。 > カイルの元へと辿り着くと、繰り返し名前を呼びながら体を揺する。 > が、閉じられた目は開くことなく、体の他のどの箇所も反応を示すことはなかった。脈もない。 > 全身を見回すが、ナイフに刺された胸の辺りからは血も出尽くし、流れ出たそれは体中の至るところについている。特に下半身や、手に。 > 彼が生きていないことをようやく認めると、後ろに向き直りもう一つの遺体を再び目に入れた。 > その状態から、生死を確認するまでもなかった。 > 体の中央より少し上に、深々と突き刺さった剣が地面に垂直に立っている。 > 目は開けられ、信じられない、といった表情。何かを口に出そうとしていたのか、口も開いたままだ。穏やかな顔をしているカイルとは対照的だった。 > この光景を見るだけで、何が起こったのかを簡単に察することができた。 >「…………どうして…………」 > どうして……こんなことになってしまったのか? > へたへたとその場に崩れ落ちる。 > 焦点の合わない目で、周りを漠然と眺めやり―― >「……レイコ……?」 > 外周の廊下を壁づたいに手をつきながら、足取りも重く歩く彼女の姿を見つけた。 > 呟いたときには事態をはっきり認識せずにいたマコトだが、やがてそれが本物であることに気づき、慌てて立ち上がると駆け寄っていく。 >「どうしたの、いったい――」 > バシッ! > 近づき、伸ばした手はしかし、思い切り払いのけられる。 > だが、それよりもむしろマコトを戸惑わせるのは、視界に飛び込んできた彼女の眼。 > 憎しみと怒りで染まった双眸が、睨み付けていた。 > 今まで一度も見たことのない、彼女の顔に言葉を飲み込む。 > ――ぐぅぅぅ―― > 耳に入った、体内にため込まれた野生の本能が漏れ出るような音。 > それが彼女の口から漏れ聞こえているものだと気づいたとき―― > 目に映っていたのは、立ち上がり自分へと腕を振り下ろそうとしているレイコの姿だった。 > 体が動けたのかどうか、無意識の反応を感じ取ることはできなかったが、服の片腕の部分が破かれていることを、次の瞬間自覚する。 > 因果関係を理解したのは、それから少し後。 > そして理解すると同時に、体は自然と動いていた。 >「…レイ…コっ!」 > 呼んだ名前をかけ声に、力を込めて、次に繰り出されたもう片方の腕の一撃を両腕で受け止める。 > 足に力を入れ、衝撃に耐えながら顔を見つめる。 > 正気に戻った、レイコの顔を。 >「……マコト……?」 > 倒れ込もうとする彼女の体を支えながら、そう漏らす声を聞く。 >「そうよ、私よ」 > 抱き合うように体を重ね、答えた。 >「…わたし、いま……」 >「ねえレイコ、私なにがなんだか……」 > レイコの発した言葉を覆うように、口を開く。 >「……あれは――カイルと……エレナ?」 > だが、それには応じずレイコは彼女の正面――マコトの背後に広がる光景と、そこに横たわる二つの人影を認め、呟いた。 >「……ええ……そう、そうなの――」 > 振り返りはせず、ぎゅっと抱く力を強める。 >「二人とも死んでるの! 死んじゃったのよっ!」 > 叫ぶ。思い切り、吐き出すように。 >「いったい何なの!? カイルはスパイだって、エレナは被験者で研究の邪魔になるからカイルを殺すって! > それにレイコも、あなたいまのまるで――」 > はっ。 > 自分が出そうとしている言葉が何なのか気づき、口を止める。 > 次の瞬間には、そのまま抱いていたレイコの体を、両手でつかみながら前へと離していた。 > 顔が向かい合う。 >「……まさか……」 > 愕然とするマコトの手をゆっくりと払いのけると、 >「エレナも…死んでしまったの…… > じゃあもう、私しか…残ってないのね」 > 目を背け、言うレイコ。息は絶え絶えに、手は胸を押さえている。 > そして、マコトには彼女の言葉の意味が……分かってしまった。 >「……ウソでしょ? ねえレイコ……」 > 絞り出した問いかけには答えず、レイコは上目遣いに視線を向け、口を開いた。 >「マコト……中庭に行って。 > そこで…アルたちと、評議長が……」 >「何言ってるのよ! レイコ、あなた――」 > 遮り、叫び、そして一瞬口をつぐむ。 >「あなた……暴走しかかってるじゃない!」 > その先を言うと、認めることになってしまいそうだったから。 > マコトには、こんな様子の人間を見た経験があった。 > 呼吸不全、理性の喪失、狂暴化。それが『暴走』。 > 精神が獣と化すと、やがて肉体も変調を始める。人としての外観をとどめなくなっていく。 > そして行き着く先は――わからない。 > その前に彼は、評議長自身の手によって始末、そう『始末』されてしまったから。 > 今でも頭に焼きついている、ジョアン=ロイドの最期だった。 なるほど・・ >「……ええ、そうみたい…ね。 > もう、意識も…保っていられない…みたい」 > レイコも知っているのだ。その時いっしょにいたのだから、これから自分がどうなるのか。 >「だから…お願い」 > 顔を上げたレイコの目が映る。 >「私を殺して」 > 一瞬、時が止まった。 >「……そんな、こと――」 >「ごめんね……」 > 口から出た言葉は、しかしレイコに遮られる。 >「さよなら、マコト」 > 最後に親友の名を呼んだ彼女の顔は優しく―― > そのまま目が閉じられ、ふっと体がぐらつく。 > だが、一瞬の後再び彼女は目を開け、体を起こした。いままで苦しんでいたのが嘘のように、すくっと立ち上がる。 > 先程見た血走った眼が、再びマコトの前に現れていた。 > ――ぐぅぅぉぉぉ―― > 彼女の口から漏れ出る野生の呻きを耳に入れ、否が応でも思い知らされる。 > 目の前にいるのはもう、違うのだと。 > 下を向く。口が呪文を――混沌の言語(カオス・ワーズ)を紡ぎ出す。 > 前に両手をだらんと垂らし、ゆっくりと近づいてくる相手の姿は目に入らない。 > やがて詠唱が終わると、顔を上げた。 >「――っレイ…コぉっ!」 > こぼれる涙で溢れた目は、奇声を発し飛びかかってくる相手を映し―― >「魔竜烈火砲(ガーヴ・フレア)!」 > こうっ! > 放った赫い光が、それを貫き、消滅させた。 > 光の過ぎ去った後には、何も――残っていない。 >「…どう…して……」 > 膝から力なく崩れ落ちる。 >「なんでよぉぉぉっ!」 > 喉が張り裂けんばかりに叫んだ声が、辺りに響き渡った。 > > ぐわっきぃぃんっ! > 金属音が中庭に響き渡った。 > ルークの振り下ろした剣がステラの両手で握った杖で受け止めらている。 > そのまま流れる動作で杖を戻し、放たれた突きの一撃を横にずれてルークはかわす。 >「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 > 彼がずれたことで空いた正面から、ミリーナは術を放った。 > が、ステラは手にした杖を倒して、蒼い宝玉の埋め込まれた方を前にかざすと、 >「風の結界よ!」 > その言葉に、一瞬で彼女を包み込む風の護りが氷の矢を打ち消した。 > 範囲は最小。横を素通りしていった矢が過ぎ去ると、すぐさま結界を解く。 > 続けて彼女の向かった先には、ミリーナの術の巻き添えを避けるため、いったん少し距離を取っていたルーク。 > 一瞬驚きに体を止めてしまっていた彼は反応が遅れたが、 >「破砕鞭(バルス・ロッド)!」 > ステラの生み出した光の鞭の第一撃を何とかかわすと、間髪入れず放たれた第二撃を剣にからませ、自分はその隙に射程外へと逃れた。 > からめとった剣を、彼女は鞭をしならせルークたちのいる方とは反対側へと放り投げる。 >「氷霧針(ダストチップ)!」 > 今度はアルの唱えた術が彼女を襲うが、 >「結界よ!」 > 再び杖をかざし、それも防がれる。 > だがミリーナが氷矢の嵐の後ろからショートソードを抜き突っ込んでくるのを視認したステラは、術を防ぎ切ると同時に結界を解き、両手で杖を握って構える。 >「氷の槍(アイシクル・ランス)」 > が、ミリーナのとった行動は魔法での攻撃だった。 > いったん解いた結界をすぐに再度展開するのは難しいはず。 > その読み通り、ステラは体をずらしてかろうじて術をかわし―― >「炎の矢(フレア・アロー)!」 > きゅごっ! > 避けたところに炎の矢の直撃を受ける。 > 遠く離れた地面に転がる自らの剣を取りに行くため、その場からだいぶ離れていたルークの放った一撃を。 > 何の打ち合わせもなく、アルの一撃からひらめいたミリーナとルークのダブル時間差攻撃である。 > だがしかし、まともに受けたはずのステラの服は燃え出すこともなく、 >「浄結水(アクア・クリエイト)」 > 落ち着き払ったまま唱えた術で、くすぶる火も消し去られた。 >「な……」 > その光景を、思わず声を上げただ見るだけのアル。 > 言葉こそないものの、ルークも同じ反応をしていた。 >「――四霊封陣(ヴァルマシード)――?」 > 一人、黙って凝視していたミリーナが漏らす。 >「ええ、その通りよ」 > 認めるステラ。 > ――四霊封陣(ヴァルマシード)。 > 地水火風の精霊魔術に対する高い防御力を付与できる術。使用にはかなりの資金を必要とするのだが、彼女ほどの立場であればそれは問題にはならないのだろう。 >「この服も杖も、魔法の効果を持続、強化する素材が使われているわ。 > 服には四霊封陣(ヴァルマシード)が、杖にはそれを応用した物理的強度を高める術が、ね。 > 重くないのに、その堅さは――先程見た通りよ」 > 語りながら、自らの手に握るそれに視線を向ける。 >「先に付いている宝玉は封気結界呪(ウィンディ・シールド)を宿したもの。 > 呪文の詠唱なしに、何度でも発動させられるようになっているわ」 >「……だいぶやっかいなもののようね」 >「さながら餓骨杖か、あれは」 > ミリーナの呟きに続き、悪態をついたルークはステラに顔を向け尋ねる。 >「でも、いいのかよ? そんなにベラベラしゃべっちまって」 法律で決められているからでしょう >「知られたのなら、知られたなりの対処をするだけよ」 > 平然と彼女は答え、 >「いちばん問題なのは、相手が気づいているのに、自分が気づかれていると思わないことなのだから」 >「……へえ…… > じゃ、今度はどうなるか――やってみようじゃねえか」 > ちゃきっ。 > 剣を握り直し、ルークは呪文の詠唱を始める。 >「烈火陣(フレア・ビット)!」 > 最初に仕掛けたのは、またアルだった。 >「風よ!」 > 放った術は変われど同じように防がれ、 >「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」 > タイムラグなしでミリーナの生み出した蒼い光球も、同じく結界の前に消え去る。 > しかし、最後に発動したルークの術は―― >「地雷破(ダグ・ウェイブ)!」 > どっごぉぉんっ! >「――うっ」 > 爆音と共に吹き飛ばされるステラ。 > 対象の足下の地面を爆発させる術である。立て続けに攻撃呪文をかけられ弱体化した風の結界が持ちこたえられるものではなかった。 > 威力は多少殺いでいたものの、衝撃で手から杖が離れる。 > 体勢を立て直せずに地面へと落ちた彼女へと、ルークが向かっていく。 >「腕の一本ぐらいは――覚悟しなっ!」 > 振りかぶった剣を下ろそうとするルーク。 > しかし、次の瞬間―― >「空断壁(エア・ヴァルム)!」 > 起き上がる途中、中腰のステラが叫びながらかざした右手が、刃を受け止めていた。 >「なっ!?」 > 信じられない光景に動揺するルークには、剣と彼女の手の間に空間があることに気づかなかった。 > 通常の空断壁(エア・ヴァルム)で生まれる風の壁を極端に圧縮し、手のひらから一回り大きくした程度の厚い盾をステラが生み出して受け止めたのだということに。 > 彼女はそのまま腕を動かし、剣を払おうとするが、 >「――っ!?」 > 横から襲い来る光の槍に気づき、とっさに体をひねった。 > ひゅおうっ。 > しかし完全に避けることはできず、一部がかする。 > 力が抜けたように、地面に崩れ落ちるステラ。 > その様子を、術を放ったミリーナは表情を変えず見つめていた。 > 唱えたのは烈閃槍(エルメキア・ランス)。直撃すれば神経衰弱により意識を失うほどで、かすっただけでも影響はそれなりに出る。 > 間近にいたルークも黙って、 > すちゃっ。 > 起き上がろうと手をつくステラへと剣を差し向けた。 >「どーやら、ここまで――」 > そこまで口を開いたところで、 >「炎の矢(フレア・アロー)!」 > 遠くより聞こえた声に首を動かす。 > 自らへと迫り来る炎の矢の一部を視認すると、体をしゃがませそれをかわすルーク。 > 矢は高い位置にしか来ていない。低いとステラに当たってしまう可能性があるからだ。 > すぐに立ち上がると、ルークは術を放ってきた相手を見やり―― >「……次は、あんたのお出ましかよ」 > 息を切らし、自分の方を直視する彼女に対して、言葉を投げかけた。 > > 掛けられた言葉には何も返さないまま、マコトは視線を動かした。 > アルが自分を見つめている。とても驚いた顔で。 >「……マコト……」 >「……アル、あなたいったい何しに来たの……?」 > 声が震える。 >「みんな、死んでしまったわ。 > クリスさんも、エレナも、カイルも――レイコも…… > あなたたちが……アルたちが来てからよ!」 > レイコの名に皆の表情が動くが、それには気づかない。 >「なのにこの上、評議長まで殺そうとするの? > だとしたら――」 > 瞳に映るのは、決意。 >「戦わなきゃいけないわ。たとえ、あなたとでも」 > 呆然とするだけのアルに変わり、口を開いたのはミリーナだった。 >「別に殺すつもりで戦っているわけじゃないわ。少なくとも私たちはね」 >「じゃあここで何をしているの!? 何で評議長と戦ってるのよ!?」 > 間髪入れず、問い詰めるように反論する。 >「――マコト、俺たちはここで行われている研究のことを知ったんだ」 > ゆっくりと、アルは語りかけた。 >「それによって生まれた者も、この目で見た。 > レイコが死んだって言うのなら、お前も――」 > ――やっぱり、知ってしまったのね―― > 生まれた感情は、動揺ではなく諦めだった。 >「……ええ、そうよ。ここではそういう研究をしているの」 > ふふ―― > 言いながら見せるのは、悲しい笑み。自分でもやせ我慢だということはわかっていた。 >「……イズミさん、あなたは……」 > ふらつきながらもようやく立ち上がったステラの言葉に、顔を向ける。 >「評議長――私に覚悟がないと思っていたんですか? > ずっと隠していたなんて……私なんて、いなくてもいい人材だったんですか」 > 喋りながら、一歩一歩彼女へと近づいていく。 > 出した問いかけは答えを聞きたくてのものではない。 >「私はスウェア=シティ魔道士協会副評議長―― > あなたを補佐し、全力で支えるのが、私の役目です」 > 言い終わると、顔を動かす。敵対宣言をした恋人に、無言で視線を向けた。 >「……いいのか」 > 横目で問うルークに対し、 >「いいわけ、ないだろ……!」 > 声を絞り出すアル。 >「マコト……俺たちは殺し合いをしに来たんじゃない。 > 誰かを死なせるつもりはないし、マコトと戦いたくはないんだ」 >「……いまさらそんなこと……」 > アルの呼び掛けを切り捨てようとする言葉に続いて、 >「――ホント、困るんだよねえ――そんなこと言われると」 > 耳に入ったのは、まったく別の声だった。 > ずぶっ。 >「……か、はっ」 > 続いて聞こえた音は、背後から。 >「――!?」 > 表情を変えるアルたちに遅れ、振り向いたマコトが目にしたものは、一本の腕だった。 > 人間の腕が突き出ている。ステラの胸を貫通して。 > 声を発することなく、胸から、口から血を吐き出した彼女はそのまま地面へと力なく落ちてゆく。 > その後ろに立つ者の姿が視界に露わになると、 >「……え……?」 > 何が起こったのか理解できず声を漏らすマコト。 > その目に映ったのは、血まみれの右腕を垂らしたこの街の主――ロード・リザエルだった。 > >「せっかく君たちが彼女を殺してくれると思ったのに、まるでその気はないって言うじゃないか。 > 本当はもう少し見物させてもらうつもりだったんだけどねえ……」 > やれやれ、と困った素振りを見せつつ語る彼の様子に、本能的に危険を感じ取るルークたち。 >「てめえ、どっから出てきやがった!?」 > ルークの問いを、彼は小馬鹿にして返す。 >「ああ、どうせ説明してもわからないからそういう質問はしない方がいいよ。君ら人間にはね」 >「……まさか、魔族」 魔族ってこんなに強いんだ。 > 口に漏らすミリーナ。 >「そうだよ。驚いたかい?」 > 平然と認める姿に彼女は確信を強くする。 > すなわち――彼こそがこの事件の元凶なのだと。 >「僕も本当はこんな人間のふりして領主の仕事なんて御免だったんだけどねえ…… > そのうえいつまでたっても研究とやらは完成しやしないし」 > 足下に横たわりぴくりとも動かないステラを見下ろしながら、彼は話す。 > その評議長の姿を目で認めながらも、マコトはその側に立つ圧倒的な存在感に、体を動かすことができずにいた。 > 彼の語りは続く。 >「クローヴァも君たちにやられちゃったし、何だかエレナの奴が勝手に暴走したみたいだし。ちょうどいい区切りだ。 > いい加減終わりにさせてもらうよ、こんな茶番劇は」 >「――茶番劇、だと」 > 問い返すルーク。 >「そうさ。 > 君ら人間は魔族とはあまりに力の差がありすぎるから、まるで戦力になりゃしない。 > だから少しでも使い物になるよう、この研究を援助しろって言われて来たものの…… > 大言壮語を吐くだけで、その魔法とやらまるで成功してないじゃないか」 > 今までの鬱積を払うかのように、彼は冗舌に喋り続ける。 >「どうせ初めから、人間ごときが僕らとまともにやりあえるすべを持とうだなんて、無理な話なんだよ。 > だから――もう何もかも始末することにしたんだ。ここも、君たちも、みんなね」 > その言葉に、表情を堅くするルークたち。 >「……デーモンを呼び出していたのも、あんたか」 > アルに問われ、彼はああ、とうなずくと、 >「どうしてそんなことしてたのか、気になるのかい? > ま、あれは一石四鳥ぐらい狙いがあったんだけど、一言でいうなら――『心付けと憂さ晴らし』ってところかな…… > 良かったじゃないか、これで君の仕事も終わりだよ」 > ただし最後に僕を倒せればだけどね、と付け加えながら、浮かべるのは笑み。 >「――どうして――」 > ようやくマコトが口から絞り出せたのは、問いかけだった。 >「どうして魔族が、そんな――自分たちと戦うための研究を援助しようとするの――?」 >「さあ。それは上に聞いてくれ。僕だって不満なんだから。 > ――さて、と」 > あっさりと返した彼は、相手のことなど欠片も考えず一方的に言い放つ。 >「そろそろ始めようか。 > まともに戦うのは久しぶりなんだ……せいぜい楽しませておくれ!」 > >「マコトっ!」 > リザエルの両手に光球が現れるのを見てとり、アルは叫びながらマコトへと駆け寄っていった。 > もっともステラの――リザエルの近くにいるのは彼女だ。真っ先に狙われて当然だった。 > ばじゅっ! > 反応の取れていないマコトを突き飛ばすと同時に、足に激痛が走る。 > 地面に倒れ込んだ後で目をやると、右足の一部が皮膚ごと焼けただれていた。リザエルの放った魔力弾がかすったのだろう。 > 身を起こしたマコトも、その傷を目に入れる。 >「ア、アル――」 >「大丈夫だ、それより早く! ぼさっとしてるとやられるぞ!」 > 愕然として自分を見るマコトへとアルは怒鳴る。 > 促されたマコトが行動を起こす前に、ルークの攻撃が始まっていた。 >「黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」 > どぅむっ! > 彼の声に応えリザエルを包み込んだ漆黒の霧は―― > ばぢぃっ! > しかし、次の瞬間音を立て崩れ去る。 >「――まさか、そんなもので僕を倒せるだなんて思ってないよね」 > 何事もなかったかのように話すリザエル。 >「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」 > 続いてミリーナの放った光球も、彼が払った右手に弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。 >「――ちっ!」 > 間を置かずルークは剣を手に突っ込んでいき、一歩も動かずに迎えるリザエルへと袈裟懸けに斬りつけるが、 > がしっ。 > 寸前で横にずれた相手に振り下ろした腕をつかまれると、勢いのまま片腕で体ごと投げられた。 >「がっ!」 > 地面に落ちた衝撃で呻くルーク。 >「この程度じゃないだろう? もっと本気を出してくれよ」 > 困ったように呼びかけるリザエルの顔が、次の瞬間変わった。 >「覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!」 > マコトが生み出した魔なる凍氷が一直線に襲い来るのを見てとると、一瞬にしてその姿を虚空にかき消す。 >「――消えた!?」 > 驚くマコトは、 >「そうそう、それぐらいのが出てこないと面白くないってものだね」 > 背後から聞こえた声に反射的に体を反転させる。 > 目の前に映る、リザエルの姿。 > 振り下ろされた彼の腕の一撃をかわせたのは、無意識の行動だったとしか言いようがない。 > 追撃をしようとするリザエルの腕が再び上がり―― >「雷撃(モノ・ヴォルト)!」 > ばぢいっ! > 足下で発せられた音に動きを止める。 > 下を向くと、そこには彼の足をつかむアルの姿。 > その手から放たれた雷とまともに受けたはずなのに、リザエルは痛がるそぶりも見せていなかった。 >「塵化滅(アッシャー・ディスト)!」 > そこにミリーナの唱えた術が襲いかかるが、身構える素振りも見せずまともに受けてみせるリザエル。 > もちろん効果はない。 >「二人して足止めのつもりかい? > 空間を渡れる僕には無駄な行為だと思うんだけどねえ……」 > 言いながら、その間に距離を取ったマコトをちらりと見やると、足を振り上げてからみついていたアルの手を強引にはがし、 >「あがっ!」 > そのまま足を下ろして彼の背中を踏みつけた。 >「でもやっぱりうざいから消させてもらうよ。とりあえず君は全然強くなさそうだし」 > 恋人へと発せられた死刑宣告に、マコトの表情が凍る。 > 垂らした腕の先、リザエルの手のひらから光の球が生まれてゆく。 >「させるかよっ――海王槍破撃(ダルフ・ストラッシュ)!」 > 叫びルークの放った超高速の衝撃波は、しかし寸前で空間を渡った彼をとらえることはできなかった。 > 一同からは少し離れた場所に現れたリザエルは、生み出していた光球を、地面にうつぶせになったままのアルめがけて打ち出した。 > 動けないアルに逃れる手段はなく―― >「――っ!」 > 言葉にならない絶望の呼び掛けを発するマコトが次の瞬間目にしたのは、通り過ぎていく一つの影。 > ばじゅっ! > そして魔力弾は、何もない地面を直撃した。 >「――大丈夫か?」 > 間近でかけられた言葉に目を開けたアルの瞳に映ったのは見知った顔。 > 彼を抱えて立つ、シルビアの姿がそこにはあった。 > >「朝飯食い終わって戻ってきてみれば……何がどうなってるんだ」 > 成人男性を軽々と抱えながら、シルビアは辺りを見回した。やがて視線の先に地面に横たわるのを認めると、 >「あれは――評議長じゃないのか!? おい、いったいどうしたんだよ!?」 > 顔を下に向け、腕の中にいるアルへと問う。 >「いろいろあったんだが……とりあえずあいつを何とかしないと、説明する時間ももらえなさそうだ」 > 答えながら、首を傾け視線で示すアル。 >「……誰だ、あいつ?」 > ロードを直接見たことのない彼女にとって、それは初めて見る顔だった。 >「魔族だ。ああ見えても、な。評議長もあいつに殺された」 > 端的に答えるアル。それを聞いたシルビアは、どうにも信じがたいという顔で評議長とリザエルを交互に見やる。 >「……魔族……!? ウソだろ……どう見たって人間じゃないか」 >「イヤでもそうじゃないって思い知るぜ……これからすぐにな」 > 目はリザエルをとらえたまま、ルークが応じた。 >「そういうことさ。 > この場に現れた以上、君にも僕の相手をしてもらうよ」 > 彼の言葉を聞き、先程のルークたちと同様、シルビアも感覚的に危険を感じ取る。 >「立てるか、アル」 > 表情を引き締め尋ねる彼女へと、強がりを言っても足手まといになるだけと、正直に首を横に振るアル。 > 彼の返答に、シルビアは彼を抱えたまましばらく歩き、リザエルとは離れた中庭と廊下の境目の辺りで、地面へと下ろした。 >「ありがとう。気をつけろよ」 > 掛けられた言葉に、ああ、と応じると向きを戻し再び戦いの場へと歩を進める。 >「ちょっと待って」 > 腰の剣を抜く彼女へと近づくマコト。すばやく口を動かし、 >「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)」 > 彼女の言葉に応え、刀身が赤い光をまとった。 >「サンキュ、イズミさん」 > 感謝の意を伝えると、シルビアはひたっとその視線を前へ――黙ってその成り行きを見ていたリザエルへと向けた。 >「どうやら準備はできたみたいだね…… > じゃ、続きを始めようじゃないか」 > 再び彼の言葉を号砲に―― >「うおおおっ!」 > 先陣を切って向かっていくのはシルビア。声を上げ真正面から突っ込んでいく。 > 対するリザエルは両手に光球を生み出し、片方をシルビアめがけて放った。 > 魔力を帯びた剣を振りそれを打ち払うと、彼女はそのままリザエルへと迫る。 > ぶんっ! > しかし剣は虚空を薙ぐのみ。彼の姿は目の前でかき消えていた。 >「なっ――――ぅがっ!」 > どこに行ったのか探す間も与えられず、背中から吹き飛ばされるシルビア。 > 空間を渡り彼女の背後へと回ったリザエルが残っていた魔力弾をぶつけたのだった。 > しかし地面を転がるシルビアが止まる前に、ルークは飛びかかっている。 >「うらあっ!」 > ざしゅっ。 > 空間転移後の現れた瞬間に攻撃という狙い通り、今度はかわされることなく、斬撃がリザエルの片腕を切り落とす。 > 一瞬顔をゆがませたリザエルだが、すぐさま残ったもう片方の腕で、剣を振り下ろした直後の無防備な状態のルークへと拳の一撃を加えた。 > ずがががっ! > 地面をすりながら弾き飛ばされていくルーク。 >「黒狼刃(ダーク・クロウ)!」 > 再びそれに目をやる暇もなく、次の攻撃が行われていた。 > マコトの放った輪郭のぼやけた魔力弾がリザエルを襲う。 > だが相手は健在な左手から光球を作り出し、それを迎撃した。 >「烈閃牙条(ディスラッシュ)!」 > 続けざまに放たれるミリーナの術。現れた複数の光の槍が一直線にリザエルの方へと向かっていく。 > しかしそれは予期していたか、届く前に彼の姿は虚空に消え―― > 次に現れたのはミリーナの背後。 > だがリザエルが腕を振り下ろしたとき、そこに彼女は姿はない。 > 消えた瞬間に前へと走り出し、現れるまでのタイムラグを使って元いた場所から離れていたのだ。 >「……やるじゃないか…… > おかげで少し痛い目を見てしまったよ」 > 言いながら途中から先がなくなっている右腕を見やるリザエル。 >「てめえがでたらめに強いわけじゃねえことはわかってんだ」 > 身を起こしながらルークが言う。 >「歯ごたえのある相手がいいと言っておきながら、真っ先に評議長を殺したのは――もし生きてたら自分がやられる可能性があったからだろう?」 > 対しリザエルはまるで動揺を見せることなく、 >「……なかなか面白いことを言ってくれるね…… > でも、そういうのはもう少し僕を追いつめてから言うべきなんじゃないのかな? > だってほら」 > 言って、右腕から先を瞬時に再生させる。 >「僕らにしてみればこの姿は所詮かりそめのもの。その気になれば四本で五本でも――」 >「崩霊裂(ラ・ティルト)!」 > こおっ! > とうとうと語るリザエルをいきなり蒼い火柱が包み込んだ。 > >「があぁぁぁっ!」 > 苦悶の雄叫びが響く。 > 空間転移で避けるどころか、受ける準備もまるでないリザエルを、精霊系最強の攻撃呪文がまともに直撃していた。 > 完璧な不意打ちを放ってみせたミリーナは、無言でその様子を凝視する。 > 結果的にまともなダメージを与えることはなかったとはいえ、リザエルは術によってその対応を変えていた。 > 何もせず受けたもの、手で弾き飛ばしたもの、空間を渡って避けたもの。 > それはつまり、避ける術に対しては当たればダメージを受けることを意味する。 > 魔族相手に正々堂々もあったものではない。おしゃべりな相手の性格を利用しての攻撃だった。 > ――柱が消え去ったとき、リザエルの姿はまだそこにあった。 > しかし肌色が変わり、皮膚はただれ、効果があったことは一目瞭然。 > 第二撃にかかろうと呪文を唱え始めたミリーナだが、 > ――うぉぉぉぉぉ―― > リザエルの咆吼を聞き、視線を向ける。 > 彼の体が、変化を始めていた。 > 服は消え、覗く肌は褐色。腕と足の数は変わっていないが、途中から先が黒く染まっている。手はどこまでが指でどこからが爪なのかわからないような造りになっていた。 > 顔もぬめりとした表面に、四つに増えた目と、横に裂けた口があるだけで、鼻と耳はその姿を消している。その上には激しく逆立つ銀色の髪――と呼べるのかどうか――なものがあった。 > ――あれが、敵の本来の姿―― > 誰もがそう認識した次の瞬間、何の言葉もなくリザエルの腕から魔力弾が放たれた。向かう先は、ミリーナ。 > 横にかわしたミリーナだが、空間を渡り眼前に現れたリザエルの蹴り上げをまともに受け、体が高く宙を舞う。 >「ミリーナっ!」 > ルークが叫ぶ間に放物線を描いて飛ぶ彼女の体は、今度は空中に転移したリザエルの両腕の一撃で一直線に地面へと叩きつけられる。 > 衝撃にほとんど聞き取れない声を発するミリーナ。 > あおむけの彼女を、地面に降りたリザエルはためらいもなく腕をつかんで引っ張り上げた。 >「騙し討ちとは随分なことをやってくれるじゃないか…… > 楽には殺さないよ。お前は、絶対に」 > 先程までとは違う濁った声で告げながら、リザエルはミリーナの片腕を握りつぶした。 >「うぁぁぁっ」 > 走る激痛に弱々しく呻くミリーナ。 > それを聞き、ルークがキレた。 >「――めぇぇぇっ!」 > 我を忘れ猛然と突進していく。どう攻撃しよう、などという思考は存在しなかった。 > リザエルはつかんでいた腕を振りミリーナを放り投げると、 >「邪魔だ」 > 空間転移で自ら距離を縮め、ルークに一撃を加える。ふっとばされるルーク。 > 続けて向かってくるシルビアには、片腕を横に振るい生み出した衝撃波を叩きつけ、近づけさせもしない。 >「魔竜烈(ガーヴ)――」 > そして唱え終わった呪文を発動させようとするマコトが口を開いたときには、既に彼の姿はその場になかった。 > 反射的に後ろを向くマコトだが、背後に現れていたリザエルの拳の突きを腹に受け、地面を転がる。 >「マコト!」 > 声を上げるアルの元に続いて現れたリザエルは、彼を蹴り飛ばす。廊下の柱に激突するアル。 > 気を失ったのか動きのないアルと、意識はあるものの立ち上がることすら難しそうなマコトたちの様子を確認すると、 >「これで邪魔者は消えた。処刑を再開しようか」 > リザエルはミリーナの倒れる場所へと戻り、言った。 > 弱りながらも睨みつけてくる彼女の視線を受けながら、体を引き上げようと手を伸ばす。 >「……待ちやがれ……!」 > そこにかけられるルークの言葉。膝に手をつき、立とうとする彼にリザエルは黙って目をやると、空間を渡りその前へと現れる。 > がしっ。 >「そうだね……いきなり殺してはもったいない。一人ずつ他の者が死んでいく様を見届けさせてから、最後に殺す方がよりふさわしい処刑になるだろう」 > 言いながら、ルークの頭を片手でつかむとそのまま持ち上げていく。足が宙に浮くほどまでではないものの、頭はリザエルのそれと同じ高さまで上げられた。 >「はなせっ、はなせよ、おいっ!」 > 剣は地面に置き去りのまま。ルークは両手でリザエルの腕をつかみ振りほどこうともがくが、びくともしない。 >「おあああっ!」 > 強く締め付けられ、呻くルーク。 >「……やめ…て」 > 弱々しく言葉を出すミリーナ。 >「ああ……感じるよ負の感情を! それこそが我らにとって究極の美味! 至高の悦楽! > さあ、こいつが死んだときはどんな御馳走をくれるんだい!」 > リザエルは歓喜の声を上げながら、さらに締め付ける力を強くしていった。 > >「があぁぁぁっ!」 > 叫び声が響き渡る。 > 痛みで薄れゆく意識と、力及ばないことへの腹立たしさ、そしてリザエルへの激しい怒りの渦巻く中で―― > ――汝、我を欲するか? > ルークはその声を聞いた。 > どこから聞こえてきたのかなどわからない。自分の中で感じる声。 > そして、急速にイメージが広がっていく。考えるのではなく、浮かぶ。まるで誰かから知識を移されたかのように。 >「そろそろ握りつぶしてしまうんじゃないのかな? どんな音がするんだろうねえ、いったい」 > 陶酔するリザエルの言葉は耳に入らない。締め付けられる痛みも感じなくなっていた。 > 魔力が全身に溢れ、手に収束していく。 > 後は発動の言葉を言うだけ。そしてルークは、その魔法の名を知っていた。 > 赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥの力を借りて、魔力を剣の形に凝縮させる黒魔法。 > 一人の魔道士が人生を費やし、そしてついに見ることの叶わなかった術。 > その名は―― >「魔王剣(ルビーアイ・ブレード)!」 > 剣が生まれた。 > 二つ名が冠する赫い色を帯びた剣が、ルークの手に握られている。 > リザエルがそのことに気づいたときには、彼の体は真っ二つに斬られていた。 >「バカ、な……その術は、まだ誰も……」 > 胴体を横に切断されたリザエルは、動揺から空間を渡って逃げることなく、その場で言葉を吐く。 > そして次の瞬間。 > 頭をつかんでいた手が離れ、自由の身になったルークが大上段から振り下ろした刃が、リザエルの体を一刀両断していた。 >「……ラ、ラー………ト…さま……」 > 最後に残した彼の言葉を聞き取る者はなく―― > 再び浴びせられたルークの一振りに体を裂かれ、リザエルは滅びていった。 戦闘シーン上手ですね・・・とても真似できない。 かなり面白いです。 それでは〜 |
22355 | Re:desire 3 | ドラマ・スライム | 2002/10/2 19:29:23 |
記事番号22234へのコメント ブラントンさんは No.22234「desire 3」で書きました。 > >3.She wishes … ずいぶん遅くなりました。 > > > 負傷したアルが魔道士協会に運び込まれたという報せを聞き、マコトは医療室へと駆け込んだ。 >「アル!」 > ドアを開け中に入ると、部屋にはベットに横たわるアルと、その側につくエレナ、そして端に佇むルークとミリーナの姿があった。 >「よぉマコト。心配して来てくれたのか?」 >「……あ、当たり前じゃない」 >「復活(リザレクション)をかけましたから、怪我はもう大丈夫です。安心して下さい、イズミさん。 > 一応今晩は安静にしていた方がいいと思いますけど」 > エレナがマコトに状態を説明する。 >「ありがとな、エレナ。こんな可愛い子に診てもらえるなんて、怪我の功名ってヤツだよ」 >「――恋人の前で言う言葉じゃないですよ、アルバートさん」 > 相変わらずのアルのセリフに冷たく返したエレナは、それじゃごゆっくり、と部屋を後にした。 >「それで……どうしてこんなことに?」 > いつも通りのアルの様子に落ち着きを取り戻したマコトが尋ねる。 >「――襲われたんだ。魔族にな」 >「この事件の黒幕とやらは、よほどアル――っていうかもう立派に巻き込まれてるからな……俺たちのことが気に障るらしいぜ。さっそく消しに来やがった」 > アルの短い返事を、ルークが引き継ぐ。 >「ま、魔族……って―― > それじゃなに、デーモンを召喚してるのは魔族ってこと!?」 >「あるいは、魔族と契約した人間がそう命じてるって可能性も考えられるけど、ね」 > 補足するミリーナ。 >「だが――少なくともはっきりしたことは、そいつの狙いがこの街を壊滅させるんじゃないってことだ」 > 倒したとはいえ、クローヴァは十分に力を持った魔族だった。レッサーデーモン数体をちまちま差し向けてなくとも、クローヴァが出てくるだけで、被害はもっと甚大になっていたはずである。 でも攻撃してこなかったような > また、魔族の登場によって原因を自然発生とすることもできなくなった。 > すなわち――この事件の首謀者は、意図的に手加減しているのである。 >「つまり、ますます嫌がらせか何かの可能性が高まったと考えるべき、だな」 > 結論を口にするアル。 >「でも……魔族の仕業だとしたら、調べようもないじゃない。対策の打ちようも……」 >「いーや。まださして何もしてないうちからちょっかい出してきたんだ。こっちがかぎ回っていれば、必ずまた動いてくるはずさ」 > マコトの指摘にルークが反論する。 >「そうかもしれないけど……」 > それって結局また危険にさらされるってことじゃないの、とは口に出せなかった。 >「ずいぶん積極的になったのね、ルーク」 > ミリーナの指摘に、ルークは頭をかきつつ、 >「しょうがねえだろ……今さら無関係です、で通せそうもねえし。こうなったらとっとと元凶をぶっつぶして終わらせた方が楽じゃねーか。 > おいアル。俺たちを巻き込んだ分の慰謝料は後でたっぷり請求するからな」 >「はは……覚悟しとくよ」 > アルのその返事を聞くと、 >「とにかく、今夜はおとなしく寝てな。さすがにこんなとこまで襲ってくることはねえだろうから」 > と言い残し、ルークは部屋を出ていった。ミリーナも後に続く。 > 部屋に二人きりとなったアルとマコトだったが、すぐ別の人物が入ってきた。 >「よぉマコト。こんなところで会うとはな」 >「カイル……どうしたの、こんなところに」 > 驚きよりも戸惑いが先行し、マコトは尋ねる。 >「いやなに―― > 来た早々ぶっ倒れて担ぎ込まれた奴の顔を、拝みにな」 > 目線をずらし、アルに顔を向けるカイル。 >「……俺は売られたケンカは買う主義だぜ」 > 侮蔑の言葉に対し表情をきつくし、応じるアル。ベッドから出ようとするが―― >「ちょ、ちょっとじっとしてなきゃダメよ! > カイルもやめて、そんなこと言いにわざわざ来たの!?」 > 慌ててアルを抑えようとするマコトは、首を動かしカイルを睨みつけた。 >「……マコト……」 > 今までになく強い調子、顔を向けられたカイルは、しばし沈黙すると、 >「じゃあ――やめたらお前は俺のこと気にかけてくれるのか?」 >「……え……?」 > 意外な言葉に動きの止まるマコト。だがカイルはそれ以上何も言わずに、黙って部屋から出ていった。 > アルは黙ったままである。 > 今度こそアルと二人きりになったマコトだが、さすがにどうといっていられる気も起きず、 >「……あんまり無理しないでよ。今夜も楽しみにしてたのに……」 >「悪いな、マコト」 >「ううん。無事で良かった。ホント、それがいちばんだから」 > マコトはそう言って、少し淋しそうな――笑顔を作り、 >「じゃ、ゆっくり休んでよ。おやすみ」 > 自分も部屋を出ていった。 >「……悪いな、マコト」 > それを見送ったアルは、うつむくともう一度、同じことを言った。 > > 宿屋へ戻ろうとするルークとミリーナは、廊下を歩く途中でステラ評議長と出くわした。 >「――話は聞いてるわ。彼の容態は?」 >「大丈夫です。 > 復活(リザレクション)をかけてもらいましたし――念のため、今夜は大事をとって安静を」 > 答えるミリーナの言葉を聞き、彼女は述べる。 >「そう……それがいいわね。 > 治癒(リカバリィ)も復活(リザレクション)も、およそ回復呪文は物理的な傷を治すだけのものに過ぎないわ。 > 急速な体調の変化に慣れていないと精神がついていけないこともあるから――傷が治ったからといって無理をするのは得策ではないでしょう。 > 魔法は、万能ではないのだから」 >「……でも、それを万能に近づけていくのがあなたの研究なのでは?」 >「そうね。でも拡張にはまずその限界を知ることが必要なのよ」 > 問うミリーナに穏やかな顔のまま返すが、その後わずかに表情を締めさらに口を開く。 >「たとえば、黒魔法の中でも最強と謳われる竜破斬(ドラグ・スレイブ)―― カオティック・レジェンド(僕の作品)でいう混撃破(カオティック・バースト)ですね。(知るわけないですよね) > それが最強といわれる所以は、人間の持つ魔力容量を限界まで引き出した、最も威力ある術だからであることは疑う余地もないわ。 > でも……それじゃ本当に竜破斬(ドラグ・スレイブ)には死角はないのかしら? > その威力は山一つ吹き飛ばすほどのもの。とても街中では使えないわ。 > 呪文の詠唱に時間がかかるのも難点ね。自分は呪力結界に守られるとはいえ、相手に十分な時間を与えてしまう。 > またこの術は、赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥより引き出した力をそのまま放出するもの――確かに威力はすさまじいけれど、範囲が広い分、逆に各々一点への攻撃力では下がっていることになるはずよ」 おおということは > 聞き手に発言の機会を与える間もなく、流れるように語られる言葉に耳を傾けるルークとミリーナ。 >「でもそれは結局一長一短の話。竜破斬(ドラグ・スレイブ)がそんな術であること自体は変えようもないわ。 > ならば、それとは対極に位置する、赤眼の魔王(ルビーアイ)の力を凝縮させ刃としてその手に制御することで、攻撃範囲を限定する代わりにより威力を高めた―― カオティック・レジェンドでいう混撃滅(カオティック・ブレイク)ですね。(いや知らないのはわかって言ってますが) そして混沌の言語(カオス・ワーズ)の長い詠唱も必要としない、力ある言葉と身振りだけで発動できる。 > そんな魔法があれば、きっと価値のある、上位魔族にも有効な手段となるのではないかしら」 > 最後は問いかけになっていたが、それは返事を求めるものではない。 >「……壮大な話――だな」 >「一歩間違えれば、絵空事で終わる気もします」 > 各々の感想を漏らす二人。 >「そういう冷静なコメントをしてくれた方が、ありがたいわ」 > 彼女は少し嬉しそうな表情を浮かべる。 >「――なぜ、こんな話を私たちに?」 > 尋ねるミリーナに、 >「……そうね。 > あなたたちが優秀な魔法の使い手だと知ったから……かしら」 > 彼女はそれだけを答え、 >「確かに絵空事と思うのも無理ないわ。竜破斬(ドラグ・スレイブ)を生み出したのは、かの伝説の大賢者レイ=マグナス。それと肩を並べるような黒魔法をこの手で創り出そうだなんて…… > 実際、まだ誰も――もちろん私も、発動させたことはないのだから」 > そこまで言うと、曇った表情を少し明るくさせる。 >「でも、術の名だけはもう決まっているのよ。もっともそれが力ある言葉になっているのだから、センスのかけらもない――そのままのものだけど。 > そう、呪文の名前は――」 魔王剣。 > > ――ごそっ―― > アルは寝ていたベッドから身を起こした。仮眠の後だが、すぐに目が冴える。 > そして部屋の扉まで近寄るとそっと開け、辺りに人のいないことを確認し部屋から出た。 > もう夜である。人の気配は感じられない。残っている人もいるだろうが、昼間よりは明らかに少ないはずである。 >「とりあえず、いろいろ歩いてみるしかない……か」 > 昼間散策したとはいえ、一部しか見ていないアルにはまだ間取りもよく把握できていない。 > 復活(リザレクション)のおかげで、体はもはや万全。 > 本当はここに泊まる必要もなかったのだが、逆に好都合というものだった。 > ――アルは、この魔道士協会をあまり信用していなかった。 > まずマコトの手紙。レイコが話したことは嘘ではないと思うが、それがマコトの真意とは限らない。まだ何かを隠しているような気がしてならないのだ。 > そしてレイコが話した事実――自分がここに来ることになった要請自体が、何者かが魔道士協会の名を語って出されたものだったということ。 > 彼女はその人物がアルを利用しようとしている、と言っていたが――あるいは助けを求めているのではないか? > そして――魔道士協会を介さずに出したのは、もしそうしても取り合ってもらえない可能性があったからではないのか? > もちろん、それらはまだちょっとした疑念に過ぎない。 > だが、少なくともまだ何か自分が知らないことがここにはある―― > アルにとっては、それだけで行動を起こすのに十分だった。 > しばし廊下を慎重に進んでいたアルだったが、 >「あら……」 > ……見つかった!? > 聞き覚えのある声が掛けられ、振り返ると――そこにいたのはクリス。 >「怪我をしたと聞いていたけど――もういいのかしら?」 >「は、はい。おかげですっかり」 > 隠密行動とまではいかないまでも、人にあまり出会いたくない状況なだけに、自然と声に落ち着くがなくなる。 >「それは良かったわ。で――こんな夜にどこへ? イズミさんのところ?」 >「いや、そういうわけじゃ……」 > 当然の質問に、アルはそうだと答えても良かったのだが……とっさに嘘をつくことはできなかった。 >「あら違うの……ま、いいわ。聞かないでおいてあげる。 > それなら、ねえ……?」 > 突如そこで声色を変えて、近寄ってくるクリス。 >「今夜は私のところに来ない?」 >「え……」 > 一瞬意味が理解できず、言葉を上げてしまうアル。 >「空いてるんでしょ? 私だったらきっとイズミさんより……上手にリードしてあげられるわ」 >「……い、いや別に空いてるわけでも……」 >「あら、そう――残念ね」 >「そ、それじゃ」 > 逃げ出すように、早歩きでその場を後にするアル。 > だいぶ離れたところまできて、その歩調をゆるめる。 > まさか、いきなり誘ってくるなんてな――クリスさんが相手だと、主導権をにぎられっぱなしじゃないか。 > 心を落ち着かせつつ思う。が、 >「――誰だ!?」 > そのために周りへの注意力が途切れてしまっていたのか、突如掛けられた声に驚き足を止める。 >「……なんだ、アルか」 >「シルビア……どうしたんだ、こんな時間に?」 > 気づけば中庭にさしかかっていた。彼女はそこで剣を持っている。服は軽装だった。 >「素振りさ。また今日もカイルに負けちまったからな…… > 腹いせ――っていうか、こうして発散させてないとやってられないのさ」 > 自虐的な顔をし答えるシルビア。 >「……俺もあいつは嫌いだ。応援するよ」 >「あんたにつっかかってくるのは、イズミさんの恋人だからだろ」 > シルビアは苦笑する。 >「あんな魅力的な人を彼女にしてるんだ、そればっかりは同情できないね。オレが男なら放っとかないよ」 >「そうか? 俺にとってはシルビアの方が魅力的な女に見えるけどな」 >「ばーか、見え透いたお世辞を言われても嬉しくないよ」 > 笑って返すシルビア。だが、その次は少し表情を曇らせる。 >「魅力的な女……か。あんまり女でいて良かったって思ったことないんだよなあ…… > ま、こんな仕事やってるからってのもあるけどさ。でもオレは傭兵って職に自信と誇りを持ってるから、そんなの関係ないって思ってるんだ。 > あーあ……もし男になれたらカイルの奴を叩きのめせるだろうになあ……」 > 顔を上に向け漏らすシルビアをじっと見つめるアル。 >「――本当にそう思ってるのか?」 > その真剣な口調に、シルビアは向き直る。 >「もしそれで勝っても、価値なんてないだろ。 > 自分で身につけた力でなら、間違いなくその勝利はシルビアのものだ。 > でも、勝ちたいから女じゃ嫌だなんて……それってその時点で自分に負けてるんじゃないのか」 > 反論をせずに、黙って見つめたままのシルビア。 >「そもそも、別にそうまでしてカイルに勝たなきゃいけない理由なんて本当にあるのか? > もっと肩の力を抜いた方がいいと思うよ、シルビアは」 > シルビアははっと顔を驚きに変える。 > アルは顔をやわらげ、彼女へと近づいていく。 >「そのほうがきっと可愛いだろうし、俺は好きだな」 > そして動かないままのシルビアの髪を優しく触る。 >「アル……」 > シルビアは少しぼうっとしたような顔を見せていたが、慌てて手を払うと、 >「バ、バカ! 見え透いたお世辞は言うなって言っただろ!」 >「お世辞のつもりはないさ。いい女だよ、シルビアは。俺が保証する」 >「ったく……気が抜けないな、あんたといると……」 > なおも真顔のアルに、シルビアは降参、というように表情をゆるませる。 >「でもどうしてかな――アルとは昨日初めて会ったばかりなのに、気がつけばこんなことまで話しちまってる。こんなこと、協会の中の誰にも言ったことなかったのに……」 >「……さあ、な。 > きっと、普段からの知り合いだからこそ、話しにくいものだからじゃないのか?」 > そんなアルの返事に、シルビアはきょとんとした顔を見せた後、ため息をつくと、 >「……意外とニブいとこもあるんだな……」 > とつぶやく。 > 言葉の意味を理解できずにいるアルに対し、 >「それじゃ、オレはもう行くよ。おやすみ、アル」 >「ああ。おやすみ、シルビア」 > 立ち去るシルビアの後ろ姿を見送って、再びアルは歩き始めた。 > >「アル、差し入れを持ってきたんだけど……」 > 軽い食事を用意し部屋に入ったマコトは、そこにアルの姿がないことを知った。 > すぐに部屋を出る。周囲を見回すが、姿は見えない。 > まさか―― > 魔族に襲われたばかりとあって、不安な考えが先に浮かんでしまう。 > 知らず知らずと探し回る足も速くなる。 >「マコト、マコト」 > レイコの横を通り過ぎていたことも、呼び止められるまで気づかなかった。 >「レイコじゃない、いたの」 >「いたのじゃないわよ。どうかしたの? そんな深刻な顔して」 >「アルが……いないの」 > 状況を聞いたレイコは、 >「あの二人が泊まってるっていう宿屋に行ったのかもしれないわよ、行ってみれば? > ここは私が捜しといてあげるから」 >「うん……ありがと、レイコ」 >「ちょ、ちょっと待ちなさいってマコト」 > すぐにでも行こうとするのを呼び止めるレイコ。 >「私の話も聞きなさい。なんで声かけたと思ってるの」 >「あ……ごめん。で、何?」 >「……ホント、アルのこととなると単純なんだから…… > それで話っていうのは――盗まれた研究資料のことよ」 > 一度間を置き、そこから声を小さくする。 > マコトの顔も自然とこわばる。 >「やっぱりいろいろ調べてみたけど、内部犯の仕業と考えざるをえないようなの」 > レイコの言葉は、一瞬マコトの息を詰まらせるのに十分な衝撃を与えた。 >「それって――ここにスパイがいるってこと」 >「ええ。残念だけど、そういうことになるわね。評議長も同意見よ」 >「で、でもだったらどこのスパイが? 別にここの研究を狙っているような所があるとは……」 >「……さあね。直接本人に聞いた方が早いかもしれないわ」 > 方針はそういうことだと言外に示すレイコ。 >「とにかく、これからは協会内の人間に会う時も――いえその時こそ注意して。 > それとこのことは絶対に他言無用よ。アルにも喋らないで」 >「わかってるわよ。ちゃんと公私のわきまえはつけるわ」 > 心外とでも言いたげにちょっとふくれて返す。 >「あなたのこと信用しているから話しているのよ。これを知っているのは私とあなたと評議長の三人だけ―― > 間違っても、あなたが犯人ってことだけはないわよね。マコト」 > じっと目を見据える相手をまっすぐに見つめ返し、マコトは強く言う。 >「ええ。親友として誓うわ、レイコ」 >「――ありがとう」 > 少し間を置いた後、レイコはそう一言発した。 >「じゃ、あんたは早く行きなさい。私も捜しておくから」 > そして、二人は別れた。 > > 協会内を探索していたはずのアルだったが、気がつけば建物から出て路地裏に来てしまったようだった。 >「……人のいなさそうな方向にばかり進んでいたから、こうなっちまったのか?」 > ぼやきながらも引き返しはせずに、先へと進むアル。 > が、人の声を耳に入れその足を止める。 > 慎重に聞こえてくる先へと壁越しに顔を覗かせると、そこには二つの見覚えのある姿。 > 一人はクリス、そしてもう一人は――昼間ロードの所で会った女性、カズミだった。 > さすがに闇に覆われる中漏れる光だけでは、この距離からは表情は伺えないが、どうやら和やかな雰囲気ではなさそうだった。 > 少し離れた場所に身を潜め、聞き耳を立てる。 >「……あなたわかってるの? あの研究は美貌を維持するためのものじゃないわ」 >「本来の目的なんて、私にはどうでもいいことだわ。私はいつまでも若く美しくありたいのよ、ただそれだけ」 >「そんな考えで手を出していいものじゃないのよ! > いいえ……そもそも研究のためにどれだけの犠牲が出ているか…… > あなたも評議長に利用されているだけなのよ」 >「それが何だというの? 私も利用しているのよ。双方の利が一致したと考えてほしいわ」 > ――犠牲? 利用? > ただならぬ単語に思わず身に力の入るアル。 >「……だいいち、あなたやけに研究に詳しすぎるんじゃないかしら。ただのロードの使いぱしりのくせに…… > 邪魔をされる前に消しておいた方がいいみたいね」 > 声をすごませながら、クリスは服の中からナイフを取り出しカズミに向けた。 > だが、カズミにひるむ様子はなく、動かずにじっと向かい合っている。 > ――このまま黙っているわけにはいかなくなった。 >「待て、クリスさん!」 > 自ら声を上げ、その場へとアルは歩み寄っていく。 >「……アル!? どうして……」 > まともに驚きの表情を浮かべるクリス。一方カズミは、はっきりとした動揺は見せない。 >「――聞いていたのね、今の話を」 >「どういうことなんだ、いったい――っ!?」 > 事情の説明を求めようとするアルに最後まで喋らせず、クリスはいきなり手にしたナイフを地面に落とし、両手で掴みかかった。 >「……うっ…… > ど、どうしたんだクリスさん、いきなり……」 > クリスはその呼びかけに答えず、血走った目でアルの首をつかむと、強烈に締め上げる。 >「……が……がはっ!」 > 必死にふりほどこうともがくアルだが、クリスの力はその見た目からは信じがたいほどに強く、ゆるめることもできない。 >「放しなさい、クリス!」 > 後ろからつかみかかり、腕をはがそうとするカズミ。が、クリスはびくともしない。 > それが無理と判断すると、すぐさま拳と蹴りでの攻撃に変える。がそれも効果のないことを見てとると、 >「……仕方ないわね……」 > カズミは呟くと、呪文を唱え始め―― >「鋼撃貫弾(スティーリアル・バレット)!」 これ・・・オリジナルですか。 > ばしゅぅっ! > 言葉とほぼ同時に、音が響く。 > 倒れるクリスの側頭部から、血が噴き出す。盛大に、派手に。 > 断末魔すらない、最期だった。 > 解放され、喉を押さえ咳き込むアル。 >「力も堅さも明らかに強化されている。これが研究の産物なのね……」 > カズミはいまだ血を流し続けるクリスの死体を見下ろし、漏らした。 >「た、助かったよ……ありがとう」 >「あなたに死なれては困るからよ。ある意味自分のためでもあるわ」 > 気になるセリフだったが、アルはそこは聞き返さず、 >「……いったいどういうことなんだ。なぜこうなった? > それに何も殺すことは……」 >「彼女は――我を忘れていたわ。精神的に暴走したと言えるかもしれない。殺さないと止められなかったはずよ」 > 人を殺したというのに、淡々とカズミは述べた。 >「あなたと接触するのは、もう少し確証をつかんでからにするつもりだったのだけれど――仕方ないわね」 > また引っかかることを言う彼女に、しかしアルはまず目の前に起こったことを尋ねる。 >「いったい……何の話をしてたんだ。研究って何の話だ? 彼女は何を――」 >「その質問に答える前に――まずここから離れた方がいいわ。返り血も取らないと。 > どこか落ち着いて話せる場所はないかしら。 > 私も、とても大事な話があるの。アルバート=マクドガル――あなたにね」 > 制し、尋ね返すカズミ。 >「……ここはこのままで、逃げるつもりなのか?」 >「見つかるといろいろ面倒なのよ。今は私を信じて」 > 有無を言わせぬ口調に、アルは少しためらったが、 >「助けてもらったことには感謝するよ。 > でも悪いが、ほとんど初対面の人間を信じろっていうのは――」 > と返す。 >「……そう…… > そうね、その慎重さは必要かもしれないけど……」 > カズミは、しばし口を閉じ、 >「いいわ。だったらこう言えば、私の話を聞く気になるんじゃないかしら。 > ――アル、あなたをこの街に呼んだのは――私なのよ」 > それは、アルにとって衝撃的な言葉。 > が、彼にはなぜだかそれが本当のことだと思えた。 >「……わかった。 > 行こう。連れの泊まる宿屋がいいだろう」 > > マコトは、宿屋へと向かう夜の通りを歩いていた。 > 魔道士協会は街の中心部にあり、被害が出たことはないが、街外れへと進むに従って数多くの破壊の跡を見ることができる。 > 正直なところ、マコトはこうして街中を歩くのが心苦しくなることがある。 > 一体何者の仕業なのかはわからない。もし本当に魔族がやっているのなら、目的などないのかもしれない。 > しかしそれがどういう理由で、誰の手によるものだとしても――魔族、少なくともレッサーデーモン程度なら相手にする力があるはずの魔道士協会は、それを解消し平穏を取り戻すために積極的に動いてはいないのだ。 > 確かに、ロードから委託され傭兵を雇って魔物退治は行っている。負傷し運び込まれた人たちの治療も精力的にしている。 > が、それらはあくまで後手後手の対応に過ぎない。元凶を突き止め、何とかしようとしているわけではない。 > それに、本来なら傭兵の手を必要とする以前に、自力で魔物を倒す力を持っているはずなのだ。実際の戦闘経験が少ないので、もちろん、その分のマイナスは免れないが、少なくとも副評議長である自分なら一撃で葬る術を扱える。まして、五大賢者と謳われる評議長ならば―― > だが、現に自分たちは何度魔物が現れようとも、研究優先と関わらなかった。 > もちろん平和を願う気持ちは十分にある。だが―― >「結局私も見たいんだわ。この研究が完成するのを――魔道士として」 > そのためには、他のことに時間を取られるのが惜しいし、それに――本当のところ、襲撃の被害者がいなくなるのは都合が悪い部分があるのだ。 > だから、どうしても申し訳なく思えてならない。 > だが研究はもう最終段階にまで来ている。理論は既に完成しているといっていい。 > なのになぜその術が発動しないのか―― > 評議長は、使う者の能力のためだと考えている。竜破斬(ドラグ・スレイブ)は人間の魔力容量の限界を引き出した術だという。ならばそれを上回る暴爆呪(ブラスト・ボム)のような――そんな術と肩を並べるものを生み出そうとしているのだから、それも納得がいく。ましてこれは、赤眼の魔王(ルビーアイ)の力を凝縮させ両手で制御する術なのだから、その技術と集中力も並はずれたものが必要なはずだ。 > だから今は、術そのものより、それを使える人間を生み出すための研究に従事しているのだが…… > 『智の女神』本人ですら使うことのできない術を自分のものにできる人なんて――それはもう人間じゃないのかもしれない。この頃マコトはそう思うようにすらなっていた。 >「あ――ここね」 > 気がつけば目的地に着いていた。足を止め、店の看板で確認する。 > 中に入ると、一階は食堂になっていた。夜の今は一日でいちばん騒がしい時間である。 > 喧噪の中を、マコトはアルの姿を捜しながら奥へと進んでいった。 > とりあえずここにいなければ、宿の人にアルか、あの二人の名前を出して聞いてみるつもりだった。 > ――が、その必要もなくマコトはテーブルに二人座り食事をとっているルークとミリーナの二人を発見できた。 > 二人もマコトに気づき、手を上げる。 >「ここ、いいかしら?」 >「ああ…… > いったいどうしたんだ? アルなら来てないぜ」 > 用件を察して聞かれる前に答えたルークは、あからさまに肩を落とすマコトを見て、尋ねる。 >「何かあったのか? 今夜はそっちでおとなしく寝てるんだろ」 >「……それが、いつの間にかいなくなってて……」 >「じっとしていらずに、どこか歩き回ってるんじゃないかしら。彼、そういう性格なんでしょ?」 > ミリーナの問いにうなずきつつも、 >「でも――ひょっとしたらまた何かあったんじゃないかって……」 >「……ま、あんなことがあった後じゃな」 >「もしここに来たら、心配してたって伝えておくわよ」 > 不安げなマコトの様子を見て、同情の言葉を掛ける二人。 >「助かります。私は魔道士協会に戻ってもう一度捜してみますから」 > 会話もそこそこに、マコトはその場を後にしようと出口へと足を向けたが、 >「あれ――どうしたんだマコト? こんなところで」 > 扉へとさしかかったところで、入ってきたアルとばったり出会った。 >「ア、アル……」 > いきなりのことに、とっさに反応の取れないマコト。 >「どうした、じゃないわよ。いったいどこ行ってたの! > すっごく心配したんだから……」 > しかし、次には驚きと安堵で思わず涙ぐんでしまう。 >「わ、悪かったよマコト。なんだかじっとしてるのが性に合わなくってさ…… > 傷はもう全然大丈夫だから。そんな心配するなって、な?」 >「でも……」 > 優しく諭すアルにまだすねた表情を見せるマコト。 > 仕方ないな、とアルは頬に軽くキスをする。 > 効果てきめんだったようで、マコトは一気に表情をやわらげ、 >「もう……後でこのお詫びはしっかりしてもらうから」 >「ああ、わかったよ」 > アルの返事に満足し、それじゃまた明日、と言い残したマコトは宿から出ていった。 > > 食堂では誰に話を聞かれるかわからない、というカズミの意見で、ルークとミリーナに食事を早く切り上げてもらい、四人はルークの泊まっている部屋へと移動した。 > アルが先程の出来事を二人に話した後、カズミが口を開く。 >「ステラ評議長が新しい黒魔法を創り出そうとしていることは、知っているかしら?」 >「ああ。でもまだ未完成なんだろ?」 > 答えるルーク。そして夕方評議長が話したことをアルに教える。 >「評議長はその原因を、唱える者の能力が足りないためと考えているのよ。 > 評議長の魔力を持ってしても無理なのだから、そのためには魔力や精神力で人間の限界を超えた――存在を作る必要がある、と」 >「――人体改造――」 > ミリーナの呟きに、カズミはうなずく。 >「幸い、この街の魔道士協会には不規則ながら、死人や瀕死でもう助からないような人間が運び込まれてくるわ。 > 魔物の襲撃の被害者として、ね。 > その人たちを実験台に使って、彼女はより強化された人間を誕生させるつもりなのよ」 >「クリスも研究の被験者だった、ってことか?」 > 今度は尋ねるアルへと顔を向けるカズミ。 >「その通りよ。彼女の場合、自ら積極的に売り込んだところもあるでしょうけど…… > やはり健康体のサンプルは貴重でしょうから」 >「……ちょっと待って」 > 話を遮るミリーナ。 >「今の話だと、まるでデーモンを呼び出しているのは魔道士協会だと言いたいようだけど」 >「そう思ってるのよ。私は」 > 即答するカズミに一瞬場の空気が凍る。 >「……いくらなんでも飛躍ってものじゃ――」 >「いいえ、それだけじゃないのよ。ロードはデーモン退治を任せている関係で、協会に資金援助をしているのだけど――その額は膨大で間違いなく一部は研究資金に回されているわ。 > 魔物が現れることによって、魔道士協会は明らかに得をしているのよ」 > アルの言葉を否定するカズミ。 >「でも、ンなことをなぜあんたが? 言っちゃなんだが、ただのロードの部下にすぎないだろ、あんたは」 > 今度はルークが問う。 >「工作員を一人協会に送り込んでいるのよ。おかげでいろいろと、ね」 >「それは手段でしょ。知りたいのは、動機よ」 > ルークの真意はさておき、ミリーナは再度問い直す。 > カズミはそこで一度しばし口を閉じ―― >「……つまらない、ありきたりな話よ。 > ある人がこの街で死んだ。私はそれがなぜか知りたい。それだけのこと」 >「――わかったわ」 > もちろん、今の言葉だけで具体的なことなどわからない。が、ミリーナにとっては十分な答えだったから――彼女はそう言った。 >「それで、カズミさん。俺に何をしてほしいんだ? > 自分でそこまで調べているなら、なぜわざわざ余所から人を呼んだ」 > 目を向き合わせてのアルの問いを正面から受け、カズミは言う。 >「真実を明らかにすることよ。外部の人間であるあなたの手で、ガイリアの魔道士協会へ。 > 結局私の立場でできることは限られているから――あなたに託したいの」 >「でも、そうしたいなら確たる証拠が必要よ。今の話だけではまだ推論に過ぎないわ。 > あのクローヴァって魔族がどう関係しているのかもはっきりしていないし」 > ミリーナが指摘する。 >「ええ……確かに言う通りね。その魔族については正直まったくわかっていない――そんなのが現れたって聞いた時は驚いたもの。 > 本当はあなたたちと接触するのも、もう少し証拠を集めてからにするつもりだったのだけど…… > でもアル、研究に関する資料は、明日の朝にはあなたに手渡せるものを用意できるわ。その時に、受け取ってもらえないかしら」 > 受け取ることで魔道士協会との敵対関係が成立する。カズミはその覚悟を聞いているのだ。 >「――わかった。どこで会えばいい」 > だが、答えるアルの顔に、迷いなどなかった。 > > レイコにアルと会えたことを伝えておこう、と魔道士協会に戻ってきたマコトだったが、見つけたレイコは、今度は彼女の方が取り込み中とはっきりわかるせわしなさで歩いていた。 >「どうしたのレイコ? そんなに慌てて」 >「あ、マコト戻ってたの――大変なのよ、一大事! > クリスさんが何者かに殺されたの」 >「……え」 > 言葉をなくすマコト。 >「さっきアルを捜していろいろ歩き回ってたら、この建物の裏の路地で、血塗れのクリスさんが倒れていたのを発見したのよ、私…… > もう事切れた後だったわ。頭を何かが貫通したみたいで――ほぼ即死だったでしょうね」 >「……そんな……」 >「今はまだ誰の仕業かわからないけど、あるいは――これも研究資料を盗み出してるスパイのやったこと、かもしれないわ」 > 推論を述べるレイコに、少し落ち着きを取り戻してきたマコトが疑問を口にする。 >「で、でもどうしてそんなところで? あそこは人があまり行くところじゃ……」 >「ええ。気になるわね。 > 血が飛んでるから、殺されたのはそこで間違いないでしょうし…… > ひょっとしたら誰かと会う約束があったのかもしれないわ」 > それじゃ犯人と、と言うマコトに、わからないと返す。 >「別の誰かと待ち合わせしてたところを襲われた可能性もあるから」 > と、そこでレイコはふと思い出したように、 >「そういえばマコト、あなたアルとは会えたの? 私は結局見つけられなかったけど」 >「あ、ええ」 > 宿屋に行ったらちょうどアルも来たところだったから、と述べると、 >「そう……」 > それだけ漏らし考え込んでしまうレイコ。 >「まさか――アルのこと疑ってるの」 > 話の流れからマコトは彼女の考えに気づいてしまう。 >「そんなこと絶対にないわ! だいいちアルはまだ昨日ここに着いたばかりじゃない。 > スパイなんてありえないし、アルが人殺しなんてするはず――」 > 強く反論するマコトに、レイコは無言で一枚の丸められた紙を突き出した。 >「……な、何よこれ」 > 困惑しつつも受け取り開くと、表情を変える。 > それは手紙だった。自分が前に書いて出さなかった、途中で終わっているアルへの手紙。 >「どうして、これを」 > 手紙から顔を上げ問う。 >「昼間、尋ねられたわ。なぜマコトはこんなもの書いたのか、って」 >「……まさか、アルが?」 > レイコは無言のまま、首を動かすこともない。が、それが肯定の印だった。 >「じゃ、今夜は部屋に泊めるなって言ったのも――」 >「恋人だからって、遠慮してくれるわけじゃなさそうね。アルは」 > それじゃ、ひょっとしてアルは―― > 黙ったままのマコトに、声の調子をやらわげレイコは諭す。 >「安心なさい。アルがスパイだなんて私も思ってないわよ。 > でも、いなくなったタイミングがぴったりなのもあるし、一度話を聞いておくべきだって考えただけ。 > 注意しておく必要は――ありそうだけど」 >「……うん」 > 力弱く返すマコト。 >「アルには、明日話を聞いてみるわ。何か見ているかもしれないし。 > じゃ、私は評議長への報告があるから、あんたは早く部屋に戻って休みなさい。事後処理は私に任せて」 > レイコはそう言い含めると、再び足早にその場を去っていった。 > > 翌朝、まだ日も昇り始めたかという薄明るさの中、アルは一人、人の気配もない街の通りを歩いていた。 > 昨夜カズミと待ち合わせの約束をした場所へと行くためである。 > ――女性を待たせるのは、男してマナーに反するからな―― > などと思いつつ、少し歩を速めて進む。 > だが、目的の場所は間近というところで、その歩調は落ちていった。 >「……なんだ、この臭いは……」 > それが何なのか気づくまでは、歩幅も狭く足を動かしていたが、思い当たると同時に走り出す。 > ――それは、血の臭いだったから。 >「まさか……!」 > 脳裏を駆け巡った嫌な予感は、程なく現実となって目の前に現れた。 > 地面に広がる赤黒い液体。その中心に倒れる一人の女性。 > 丸一日も経たないうちに、アルは同じ光景を二度見る羽目になった。 > だが今そこに横たわるのは―― >「カズミさん!」 > 駆け寄り抱き起こす。 >「……ア、アル……来てくれたのね。 > ごめん…なさい……資料も、取られて…しまったわ」 > 閉じられていた目を開け、弱々しく応じるカズミ。 >「いったい誰に――」 >「……わから…ない…… > 後ろから、いきなり……」 > 既に口からも血を吐き、カズミは生気を失った顔になっていた。 > 人気のない場所が逆にあだになったというべきか。誰かに発見されることもなかったのだろう。 >「とにかく、今すぐ治療できるところに運んで――」 > 言葉を話すのも苦しげな様子を見て、そう言い体を抱えようとするアルだが、 >「……ムダ…よ、もう……自分で…わかるもの」 >「何言ってるんだ! もういい、しゃべるな!」 >「…そ、そうは…いか……」 > 必死に消えゆく意識を保とうと、アルの服を血まみれの手でぎゅっと握りしめ、声を絞り出す。 >「ア、アル…… > 気をつけて…敵は、評議長だ――」 > つかんでいた手が、力を失い離れる。 >「…………カズミ、さん?」 > 呼びかけながら体を揺り動かすが、閉じられた目は開かない。 >「嘘だろ、おいっ! カズミさんっ! カズミさんっ!」 > その後何度名を呼んでも、どれだけ体を揺らそうと、彼女が応えることはなかった。 > > いつもより格段に早く目が覚めてしまった朝――マコトは協会内の散歩で時間をつぶすことにした。 > 昨夜に聞いたクリスの死が、浅い眠りの原因となっているのは間違いない。 > アルが魔族に襲われたことといい、確実に何かが、もう止まれないほどに動き出している―― > そう確信はできても、何が起こっているのかはわからないもどかしさが、逆に様々な可能性を浮かばせ、頭を駆け巡ってしまう。 > 少し気分転換をしようと、まだ職員たちの出てくる前の魔道士協会をあてもなく歩き回っていたのである。 >「あれ……どうしたんだい、イズミさん」 > 建物の外周に沿って歩いていたマコトは、外側に広がる庭から声を掛けられ振り向く。その先には、軽い服装で剣を抱えるシルビアの姿があった。 >「早いのね、いつもなの?」 >「ああ。朝の稽古は日課だよ。イズミさんこそ、珍しいんじゃないか」 > もう既にだいぶ動いた後なのだろう。彼女の体からは汗がしたたり落ちていた。 >「ちょっと目が覚めちゃって……気分転換に朝の空気を吸いに、ね。 > 普段はゆっくり起きるから、こんな時間はまだ夢の中かしら」 >「ふーん――遅くまで寝てるのって何かもったいない気がするけどな、オレの場合。 > ま、こうして体を動かしといた方が、このあと食べる朝飯がうまくなるからってのもあるんだけど」 > そうコメントをし素振りを始めたシルビアに、マコトは昨日の朝会ったときのことを思い出し尋ねた。 >「そういえばシルビア、昨日は……」 > が、もし勝ったのならシルビアが自分から切り出しているはずだ、と気がつき口を止める。 >「ああ、カイルとのか? 負けたよ、やっぱり」 > が、全然気にしてない、というようにあっさりと答えるシルビア。 >「ご、ごめんなさい。余計なことを」 > しかしマコトはその態度を演技と思い、謝る。対しシルビアは素振りを止め、向き直った。 >「……いや、もういいんだ。そのことは」 >「え?」 >「オレ、何だか今までムキになっててさ。近くに歯が立たない奴がいるのが許せなくて、それで意地になってつっかかってただけなのかな、って思い直したんだ。 > そりゃ今でも勝ちたいと思ってるけどさ。それを目的に頑張るっていうよりは、強くなる過程で結果として勝てればいいって、そう考えられるようになった」 > シルビアは笑顔だった。彼女の表情を見ただけで、その心境の変化を良いものと思うことができる。 >「――なんか、シルビアいい顔してる」 > 素直に口から出た言葉に、言われた方はちょっと照れたように手を頭の後ろに回すと、 >「そう……か? だったら――イズミさんの恋人に感謝しなくちゃな」 >「アルに? どうして」 > 唐突に出た名前に問い返す。 >「いや、それがじつは――そう考え直すきっかけを与えてくれたのがアルだったんだよ。 > ゆうべ、ここでオレが今みたいに剣を振ってたら通りかかってきてさ。そのときいろいろと――」 >「ちょ、ちょっと待って」 > 慌てて言葉を遮るマコト。 >「……昨日の夜、アルに会ったの?」 > 尋ねる真剣さに、シルビアは少々戸惑いを見せつつ答える。 >「あ、ああ。どこに行くかは聞かなかったけど……一人で歩いてたから声かけたんだ。 > そういえば、昨日魔族に襲われてたんだったよな……歩き回って大丈夫だったのか?」 >「……いえ、それはたぶん別に―― > で、他に何か言ってなかった? 誰かと会う約束がある、とか」 >「いや、特に何も聞いてないよ。 > どうしたんだ? ひょっとして……浮気調査かい?」 > シルビアのひやかしを受け流す余裕はマコトにはなかった。 >「……イズミさん?」 > 黙ったままの様子にさすがにいぶかしむシルビアだが、マコトは、 >「ありがとうシルビア。稽古、頑張ってね」 > と礼を言うと、その場を去っていった。 > > 宿屋に戻ってきたアルからカズミの死を聞き、ルークとミリーナは顔をこわばらせた。 >「――マジかよ」 > 怒りを隠そうともしないルーク。三人は、昨晩と同じくそのルークの部屋に集まっていた。 >「やっぱり、私たちも行ってた方が良かったかもしれないわね」 > 会って資料を受け取ってすぐ別れるだけだから、人は少ない方がいい、と判断し昨晩アル一人で行くことに決めていたのだ。 >「いや……残念だけど、それでも彼女が助からなかったことに変わりはないよ。 > あんたらだって復活(リザレクション)は使えないんだろ? それに、もし使えたとしても手遅れだったと思う」 > 客観的な判断を告げながらもフォローをするアル。 >「誰の仕業? 何か手がかりは」 > 問うミリーナに、首を横に振る。そして、彼女の残した最後の言葉を伝えた。 >「――途中で力つきた、と考えるべきね……それは」 >「ああ。俺もそう考えている」 > アルもうなずくが、 >「ンなのは、大した問題じゃねえよ」 > ルークは吐き捨てる。 >「要するに、少なくとも評議長は敵ってことだろ」 > それだけわかってれば十分だ、という意見だった。 >「まあ、確かに今さら悠長に調べてる事態じゃなさそうね」 > 同意するミリーナ。 >「確かなのは、魔道士協会には彼女を殺す動機があるってことよ」 >「……つまり、直接乗り込んで確かめるのがいちばんってことか――」 > そして――マコトと対峙しなきゃならないってこと……か。 > アルも漏らし、そして心の中で呟く。 > 彼女は副評議長だ。研究について何も知らないはずはない。 > 今ならあの手紙を書いた真意もわかる気がする。マコトはもし自分がこのことを知ったらどうするか、考えてしまったのだろう。それが不安になって、書かずにいられなかったのだ。 > 正面と向かい合って問い詰めれば口を割らせる自信はあった。だが、それはしたくない。 > でももう――知らなかったことにして過ごせないところまで、来てしまっている。 >「よし、じゃ――行くぜ」 > ルークの呼びかけに、残りの二人がうなずいた。 それではずいぶん遅くなりました。 それでは |
22284 | 遅くなったレス | ドラマ・スライム | 2002/9/28 15:41:15 |
記事番号22233へのコメント 一応2まで読みました。 面白かったです。 後、思ったんですが、クローヴァって強い攻撃出来ないのでは・・・ それでは僕の作品もよろしくお願いします。(著者別に置いてあります。) ではゆっくりですが読んでいくので・・・ さようなら〜 |
22252 | Re:desire 1 | ドラマ・スライム | 2002/9/26 21:43:53 |
記事番号22231へのコメント ブラントンさんは No.22231「desire 1」で書きました。 > >1.He wants … > > > 宝探し屋(トレジャー・ハンター)。 > その名の通り、遺跡や洞窟を探り、値打ちのありそうな物を発見し売りさばくことで生計を立てている者のことである。 盗賊狩りの方が・・・ > 世の中その肩書きを自称する者は数あれど――真にそれを名乗るには、数々の必要な能力がある。 > 値の張る宝を見つけ出し、その価値を正しく把握できる知識。 > 遺跡に張り巡らされた障害物や罠をくぐり抜ける判断力。 > その中で出くわす魔物や、時には盗賊、同業者たちと渡り合う戦闘力。 > もちろん、それだけの宝に巡り合えるだけの運も。 > だが――今彼らにとってこの程度の場を切り抜けるのに、運は必要ないのかもしれない。 >「なんだぁ、てめえらは」 > 部屋と呼ぶには広すぎる空間の中、一人の男が中央に佇む二人へと声を掛けた。 > とある遺跡の中、入り口からだいぶ奥へと進んだ所に広がる――広間というべき場所。 > ルークと、彼の隣にいるミリーナは少し前にここを離れ――途中にいた見張りらしき者たちを次々と黙らせながら、この場へと辿り着いた。 > その男の他にも、周りには下っ端たちも十数人にいて、こちらにいつでも飛びかかれるように戦闘態勢を取っている。 > 問いかけに答える前に、ルークは彼らを取り囲む他の男たちをいったん見回す。 >「俺たちは、名のある宝探し屋(トレジャー・ハンター)だ」 >「……なんでぇ、同業者か」 >「――氷の矢(フリーズ・アロー)」 > 言葉を漏らした下っ端一人に、ルークの放った呪文が炸裂する。 >「……ま、そういう寒いこと言ってるヤツはそのまま凍ってもらうのがお似合いとして――だ」 > 呟きつつ、最初に声を掛けてきた男へと顔を向ける。 > おそらく、こいつがこの盗賊団の親玉だろう、そう判断してだ。 >「悪いが俺は今、かなり機嫌が良くないんでな…… > 拒否権なしで、憂さ晴らしの相手になってもらうぜ」 > 喧嘩を売っているとしか取れないルークのセリフにも、数の優位を思ってか、親玉らしき男は余裕の笑みを浮かべ、 >「そいつは可哀相になぁ。 > ちなみに教えといてやるが……このあたりの遺跡のめぼしい宝は、もう俺たちが取った後だ」 > そう、いけしゃあしゃあと返す。 >「……ほぉ…… > ってことは、てめーらからいただけば手間が省けてお得ってことだな」 >「――ルーク」 > 傍らでずっと回りの状況を観察していたミリーナが声を掛ける。 > それが、合図だった。 >「じゃ、いくぜっ!」 >「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」 > ルークが親玉の男へと突っ込むと同時に、ミリーナは唱えておいた術を解き放った。 > ごかきかきぃぃっ! > 周りを取り囲む下っ端たちの最も集まっていた箇所へと着弾した氷の球は、派手な音と共に周囲の男たちを氷漬けにする。 > 一方ルークは飛びかかってきた別の手下たちをかわし、いなし、叩き伏せながら、素早く剣を抜き構える。 > 親玉との距離が一気に飛びかかれば届きそうなところまで縮まった時。 > その男は、自らの手にしていた剣を大きく振りかぶって叫んだ。 >「魔風撃!」 > 言葉と同時に横に薙いだ剣から、風が吹き荒れる。ルークのいる方向に向かって。 > だが、振りかぶったときに自分に向けられた目から何かが来ることを予感したルークは、寸前で横に動いていたため風の直撃は免れた。 > しかし逃げ切れたわけでもなく、横を通り過ぎる一陣の暴風に体を運ばれ――回転させながら後ろに動いた体を立て直す。 >「……風の力を秘めた魔力剣か。なかなかの代物じゃねーか」 これがあの剣? > 驚きは僅か。さっそく見つけた掘り出し物にニヤリと笑みを浮かべる。 > その隙に後方から襲いかかった手下の一人をあっさりかわしながら足払いを掛け倒すと、そいつを踏みつぶしながら、再び親玉へと走り出す。 > その間ミリーナは、時には魔法を、時には剣を駆使して俊敏な動きで広間中を駆け回りながら、着実に一人一人敵を仕留めていく。最初に数人潰しておいたので、数はさほどでもない。 > といっても一対四、五はあるのだが、数の利を生かさせないような動きをしているのだ。 >「魔風撃っ!」 > 向かってきたルークに対し、再び剣を振り風を放つ親玉。 >「魔風(ディム・ウィン)!」 > が、ルークは正面から、唱えていた魔法――相手の剣の宿す力と同じそれをぶつける。 > ぶおぉぉぉぁぁっ! > 正反対の方向に進む風が衝突し、周囲を暴風が包む。 > 驚き、または巻き込まれ動きの取れない盗賊たちを尻目に、放った瞬間飛び離れたルークはその隙に親玉の側へと回り込む。 >「振りが大きすぎっから――バレバレなんだよっ!」 > 言い放ち、反応の遅れた親玉の、剣を持った手を思い切り蹴り上げる。 > 衝撃に思わず親玉が手から離した剣を素早く拾い上げ、急ぎ距離をとる。 >「や、野郎っ!」 > 慌てて取り返そうと駆け寄ってくる親玉にその他手下たちに対し、ニヤリとまた笑みを浮かべると―― >「まふぅーげきっ!」 > 見様見真似で、ルークは言葉と共に剣を思い切り振った。 > ぅごおぅぅっ! > 先ほどと同じように巻き起こる風。動きが止まる盗賊たち。 >「なるほど、こいつはマジで使えそうだな……売るのはもったいねーか」 > 使い勝手の良さとその力に感心し、改めて剣を見る。 > 既に奪うことを想定し、今まで持っていたものは鞘にしまってある。 >「さてと……」 > ルークは、一息ついて回りを見渡した。 > いつの間にやらまともに動ける者は、だいぶ減っている。 >「せっかくだから、試し切りさせてもらおうじゃねーか」 > とりあえず、まだ立っている一人を獲物に決め、ルークはまた笑みを浮かべた。 >「……ほどほどにしときなさいよ」 > 側にやってきたミリーナが、呟きを聞いて忠告をしたが、 >「わーってるって」 > と返事をする彼にはそのつもりはあまりないようだった。 > >「――案内ご苦労。ていっ」 >「……さすがにそれはどうかと思うわよ、ルーク」 > 結局あの場全員を叩きのめした後、意識の残っていた一人に宝の置き場所を案内させた二人。 > 辿り着き扉の鍵を開けさせた途端、そいつを一撃で気絶させたルークにミリーナは苦笑をもらした。 >「じわじわなぶるよか、良心的だろ。 > さって、ここにはどんなお宝が眠っているやら――」 > 言いながら扉を開けようと手を掛けたルークの動きがそこで止まった。 >「……中に誰かいるぜ……宝の番人ってところか?」 >「わかったわ」 > それだけ言うと、口で呪文を紡ぎ始めるミリーナ。 > ルークは再び扉に手を掛けるが、今度は内側から死角になるように立ち位置も変えて慎重に行動している。 > ――遺跡の中にいるときは常に気を抜かずに。 > その鉄則が宝探し屋(トレジャー・ハンター)として既に体に染みついている。 > 自分たちも出入りするはずの部屋である。よもや開けた途端に襲いかかる罠が仕掛けてあるとは思えないが、中にいる何者かが攻撃をしてくる可能性はある。 > それにも対抗できるようミリーナも呪文を唱え体勢を整えているのだが―― > ぐぎぃぃっ。 >「誰だ?」 > 開けた扉の奥から聞こえた言葉は予想通りのものだったが、口調は決して厳しいものではなかった。 > 多少想定外ではあるものの、予定通り扉の陰に隠れ相手が出てくるのを待つ。 > 中は宝置き場。どれだけ被害が出るかわからないのに、開けると同時に攻撃魔法を叩き込むわけにはいかない。 >「誰もいないのか……?」 > 目論見通り扉へと近寄ってくるのがわかる。姿は見えないが、声からすると若い男のようだ。 > ぐばさっ! > 顔を覗かせると同時に素早くルークは相手に飛びかかり羽交い締めを掛けた。 えっ正面から羽交い絞めですか? >「あがっ!」 > 突然締められ、驚きもがく男。 > ミリーナは正面に回ってその姿を観察する。 > 見た目は優男風で、男臭さがなく、ロープを身にまとっている。 > 先ほど叩きのめしてきた盗賊団の者たちとはまるで違う。 >「……ちょっと待って。どうもおかしいわ」 >「おかしいって?」 > 羽交い締めの体勢は崩さず問うルーク。 >「……な、何者だ、あんたら?」 >「それはこっちのセリフよ。あなたこそ何者?」 >「俺は……っがはっ」 > 逆に問い返したミリーナに答えようとした男だったが、うまく声が出せないでいる。 >「強すぎよ、ルーク。とりあえず離して」 > ミリーナに言われ、手を解く。男は喉に手をあて咳き込みながら、二人に目を向けた。 >「……っは、い、いきなり何なんだよ……」 >「俺たちは、そんなかにある宝をいただきにきた宝探し屋(トレジャー・ハンター)だ。 > 抵抗しても無駄だぜ、もう他の奴らはのしちまったからな」 > 先に問いに答えるルーク。男はそれを聞くと、納得の表情を浮かべ、 >「――なんだ、そうか。 > いいぜ、ご自由にどうぞだ。どうせ俺のものじゃないしな」 > 振り返り、部屋の中へと足を踏み入れる。二人も中に入った。 > 室内には、剣やら宝玉やら腕輪やら、ぱっと見では何だかわからないような小物やら……おそらくいろんなところからかき集めたのだろう、様々な値打ち物が置いてあった。 >「それで? まだこちらの質問には答えてないわ。 > あなた盗賊じゃないの?」 > とりあえず周りの宝は一瞥しただけで、男へと再び問うミリーナ。 >「違う違う。俺は旅の途中で奴らに出くわしちまってな…… > このあたりの遺跡や、魔法道具に詳しいって言ったら、捕まってここで奴らの宝の品定めをさせられてたのさ」 >「魔法道具に詳しいって――何かの商売か?」 >「いや、俺は魔道士なんだ。ガイリア=シティ魔道士協会に所属してる」 > 尋ねるルークに答える男。 >「でもここはディルス王国領内とはいえ、ガイリアからはだいぶ遠いわ。こんな所に何の用?」 > 今度はミリーナの問い掛けに、男は困惑の表情を浮かべつつ、 >「あんたら疑り深いな…… > 言っただろ、旅の途中だって。 > ちょっと用事があってな、ガイリアからスウェア=シティの魔道士協会に派遣されたのさ」 >「――スウェア=シティ?」 >「ひょっとして……『智の女神』のいる街か?」 > 街の名を聞いて反応する二人。 >「詳しいじゃないか。あんたたちも魔道に通じてるみたいだな」 > ――『智の女神』。 > 現代の五大賢者の一人である、マルチナ=ステラドヴィッチの通り名である。 > 女性ながら類い希なる魔道の才能を持った彼女は、若くして才覚を現し、様々な業績を残してきた。 > その研究は魔法とは何か、魔道とは何か、という魔道士にとっての根幹に関わるものであり、その限界を知り、またさらなる拡張を図るべく日々研究に余念がないという。 > 白魔法、精霊魔法も扱うが、特に黒魔法に精通しており、その幅広い知識から既に齢四十近くになり、容姿は衰えようとも、いまだ『智の女神』の名称に陰りはない。 > 彼女の実績があればいち魔道士協会評議長の地位に止まらず、より上を望むこともできるはずだが――現在でもスウェア=シティという王都とも離れた地に留まっているのは、研究に専念したいがためだとも言われている。 >「じゃあこっちも聞かせてもらうが――あんたらはこれからどうするつもりなんだ?」 >「おいおい……俺たちは宝探し屋(トレジャー・ハンター)だぜ。 > 宝があれば北に南に東に西に。あてなんかありゃしないさ。 > ま、ただ一つ決まってるのは――それが俺とミリーナ二人っきりのらぶらぶカップル水入らずの旅ってことだな」 >「決まってないわ、何も」 > 尋ねられ胸を張って答えるルークと、表情変えず返すミリーナ。 >「…………まぁ、いいか。 > だったら、スウェア=シティまで一緒に行かないか? > 宝の鑑定はあんたら本業には敵わないが、ディルス王国内の地理には詳しいんだ。 > 道すがら近くの遺跡のこととか、教えられるはずだぜ。ガイリアにいた頃は文献あさりが日課だったからな。 > 助けてくれたお礼がしたい」 >「はっ、ンなこと言って俺たちを護衛に使おうって腹づもりじゃ――」 > 鼻であしらおうとするルーク。が、 >「いいわ」 > ミリーナの返事を聞き、凍りつく。 >「……え……? み、ミリーナ……?」 >「そうかっ、そいつはありがたい…… > まっすぐ行けば、スウェア=シティまでは十日もあれば着くだろうが――そっちが寄りたいところがあればつき合うよ」 >「そんなぁぁぁっ! 俺に何か不満があるのか? なぁ、ミリーナぁ……」 > ――いや、たぶんそういう態度が原因なんじゃないだろーか。 > とは思った男だったが、とりあえず嘆くルークは無視し、二人で勝手に話を進める。 >「えーと……ミリーナ、だよな? で、あっちがルーク」 >「そうよ。 > ――それで、あなたの名前は?」 >「え? あ、そっか……まだ言ってなかったな――」 > うかつだったと頭をかいたのち、男は名乗った。 >「俺はアルバート=マクドガル。アルって呼んでくれ」 > >「……つまり、あなたは研究を一時中止すべきだと言いたいの? イズミさん」 > マコトは、椅子に腰掛けたまま自分を見上げ問いただす、自分にとってたった一人しか存在しない上司――マルチナ=ステラドヴィッチ評議長に向かい、うなずいた。 >「盗み出されたと見られる資料がなくては、研究に支障が出るのは避けられないはずです。 > 確かに影響を最小限に抑えるよう努力はできますが――犯人の目的もわからない今、強行するのはリスクが大きいのではないでしょうか?」 > 現代の五大賢者の一人、『智の女神』。 おお出た五大賢者 > もちろんマコトもその名が持つ大きさは百も承知だ。まして実際に本人と毎日接していれば、彼女の偉大さを骨身に染みて理解しているというもの。 > ただ一人の副評議長という立場にはあるものの、実質自分と彼女には天と地ほどの差がある。 > 面と向かって接するときにはさすがに表れなくなったが、今でも自分はそのマルチナ=ステラドヴィッチという人物に畏怖すら覚えるのである。 > だから、自分の意見を言ったところで、彼女が自らの判断を変えることなどないだろうと思っている。 > が―― >「――ジョアンの件が、まだ引っかかっているのかしら?」 > 図星だった。 > ジョアン=ロイド、今は亡き同僚の研究員。そんな彼の最期は―― >「イズミさん。気持ちはわかるわ。私だってあんなことはもう二度と起こしたくないと思っている。 > でも……彼の死を無駄にしないためにも、一刻も早く研究を完成させて報いるべきなんじゃないかしら」 > マルチナの言葉にマコトは言葉を返さない。 >「……ごめんなさい。こんな安っぽい説得の言葉なんて無意味ね。 > はっきり言います、イズミさん。 > 私は研究を中止するつもりはないわ。ただもちろん、このまま無修正で行うつもりもありません。 > 二、三日中に変更した計画を作って、それに従いこれからも研究は続けます」 > それまでの諭すような口調ではなく、はっきりと自らの意志を込めて、彼女はマコトに告げた。 > >「……そんないきさつで、あんたが俺たちにくっついてきたのは、もう何日前だったっけか――」 > ルークはテーブルに並べられた料理をフォークでつつきながら呟いた。 >「そうだなぁ……たぶん二十日ぐらい前だな」 > 昼時、入った定食屋で三人はテーブルを囲み食事をとっている。アルは並ぶ料理に目移りさせながら答えた。 >「で、だ。考えてみれば、知ってる遺跡の情報は教えるって――あんたが知ってるぐらい名の知れた所に、いまだにお宝が眠ってるはずねーんだよな」 >「……そういえば、そうだな」 >「『そういえば』じゃねーだろっ! もう目的地に着いちまってるじゃねえかっ!」 > ――スウェア=シティ。 > ディルス王国領内に位置するものの、東側にある王都ガイリアからはかなり離れており、西のライゼール帝国との国境の方がむしろ近い。 >「なぁ、ミリーナ。 > 何か言ってやってくれよ……こいつは確信犯で俺たちをだましてたんだぜ」 >「別にだまされてたわけじゃないわ」 > 振られたミリーナだが、あっさりルークの言葉を否定する。 >「……へ?」 >「大したものがないのは百も承知。どうせいずれ行くなら少しでも情報があった方がましでしょ。 > 結局手に入るものは変わらないんだから」 >「……なかなかドライな考え方するな、あんたは」 > 苦笑しながらアルが評する。 >「ま、俺としても安心して旅ができたんだ、礼を言うよ。余った路銀で報酬も払うからさ。 > でも――せっかくだから会っていくだろ? 『智の女神』に」 >「いや、別に俺は……」 >「いいんじゃないの、ルーク。あえて断る理由の方がないわ」 >「……まあ、ミリーナがそう言うなら異存はねーけどよ……」 > 渋々ながら、同意するルークは視線を店の扉の先へと向けると呟いた。 >「にしても――どうやら話は本当みてーだな」 > ――『魔物に魅入られた街』―― > ここに着く前、途中の村や宿場で耳にした言葉である。 > いわく、このスウェア=シティはここ一年ほど、常にデーモンの襲撃を受けているというのだ。 > 何の前触れもなく、突如街のどこかに現れる、レッサーデーモンやブラスデーモン数体。 > 二日連続で出現することもあれば、しばらく音沙汰ないこともある。 > 間隔はまったくのランダムで、予測も立てにくい。現れる場所も、いきなり街のど真ん中に、ということはないものの、毎回違うところに出てくる。数体のため撃退は難しくないが、毎回確実に被害が出ている。犠牲者も。 > こんな街には住んでいられない、と人の流出も起こっているという。 > いったい誰の仕業で、何のために―― > その調査のために、スウェア=シティ魔道士協会からの要請を受け王都より派遣されたのが、アルなのである。 > ここに着く前に、ルークたちもそういった事情は聞かされている。 >「でもさ、魔道士協会の要請って……そんな必要あるのか? 何せここは『智の女神』が評議長やってるんだぜ」 >「あるいは、派遣されたあなたがそれ以上に優秀か、だけど」 > 疑問を口にするルークと、付け加えるミリーナ。 >「いや。俺が来ることになったのは、ここの魔道士協会に知ってるヤツがいて、融通が利くからさ。 > そんな大層な奴なわけないって」 > アルは手を振り笑って否定する。 >「――けど、それが気になってるのは事実だ。だいいちガイリアでも派遣する意味がないって断る方針だったのを、俺が無理言って、こうして出させてもらったぐらいだし。 > それに、要請なら隔幻話を使えばいいはずなのに、わざわざ手紙として送られてきたのも……気にかかるんだよな。 > まぁ、後でこっちから隔幻話で連絡取って確認したみたいだから、それはいいのかもしれないが――」 > ごぐぉぉぁっん! > 突然アルの言葉を遮る大きな破壊音が街中に響き渡った。 > > その音は、魔道士協会にいたマコトの耳にも入るものだった。 >「――また現れたの?」 > 彼女に限らず、街に住む者ならば、こんな事態には慣れきっている。 > もちろん今度はどこに現れたのか気になるが、街の中心に位置する協会の近辺に出現したことはいまだかつてないので、直接ここが襲われるのではないか、という心配は今となっては起こらない。 > 今回も音の大きさで遠いか近いか判別がつく。どうやら結構離れているようだ。 >「お、イズミさんじゃないか」 > とりあえず外に出て事態の確認をしようかと廊下を歩くマコトに、若い女性が声を掛けた。 >「シルビア、早速出動? がんばってね」 >「まかせといてくれ。ちゃちゃっと速攻で片づけてくるさ」 > 応援の言葉を受け、彼女は走り去りながら手を振って返した。 > シルビア=ブラザー。 またキャラ登場 > マコトとほぼ同年齢で、男勝りの性格と、ショートカットにした青い髪が特徴の女傭兵である。 > 普段は魔道士協会に常駐しているものの、彼女はここの職員ではない。 > デーモンの鎮圧を領主から請け負った魔道士協会が雇った人材の一人である。 > せっかくだから、と魔法も学ぶ努力はしているが、成果は芳しくない。 > だが、彼女は女だからと甘く見ては痛い目に遭う腕前を持った一流の剣士である。 > 下手に魔法に手を出すよりも、その剣で敵をなぎ倒す方が性に合っているようだ。 >「よぉ、マコトじゃねえか」 > シルビアを見送りつつ、自らも再び外へと歩を進めるマコトに、今度は別の声が掛けられた。 >「カイル、あなたも出動なの」 > 先ほどと違いマコトの言葉に親しみと応援の気持ちはない。 >「おいおい、俺はそれで雇われてんだから、ここで暴れなきゃいつ出番が来るってんだ」 > そりゃないぜ、とも言うように、男は両手を広げた。 > カイル=カーツ。 またですか覚えられないかも・・・ > シルビアと同様に魔道士協会にデーモン退治のために雇われた傭兵である。 > 年齢はマコトやレイコとほぼ同じ二十代半ば。その屈強な体格はまさに戦士と呼ぶにふさわしく、豪快な剣裁きを得意としている。さらに体術も会得していて、肉弾戦でもかなりの実力を持つ。 > シルビアも剣士としては十分な力の持ち主だが、カイルと比較してはまだ及ばない。 > 基本的にこの二人がデーモンの鎮圧に毎回出ているのだが、二人の関係は良好どころか険悪で、いつも勝手に各々が連携などなしに倒しているのが実状だった。 >「それよりマコト……なんだよ、あいつと違って俺には『がんばれ』の言葉もなしか? 冷たいなぁ」 > 足を止め、そうマコトに言い寄るカイルを制止したのは、また別の声だった。 >「――無駄口叩いてる暇があったら、さっさと行きなさい、カイル。 > こうしてる間にも犠牲者が出てるかもしれないのよ」 > いつの間に現れたのか、レイコが睨み付けるような視線をカイルに向けた。 >「へいへい。わかったよ。 > んじゃ、ちょっくら一暴れしてくるか」 > 言い残しながらカイルは後ろ向きに手を一振りした後、シルビアの後を追った。 >「……まったく、油断もスキもあったもんじゃないんだから。 > なんであんなヤツが一部の女性職員に人気あるのかしら」 > カイルを毛嫌いしているレイコは言葉にも容赦がない。 > その理由には、カイルがマコトのことを気に入っていて、何かと言い寄ってくるから――というのも多々あるのだが。 >「さあね……粗暴でがさつなところが、逆に受けることもあるんじゃないの」 > マコトにとってはとりあえず口に出してみた言葉だったが、レイコは意外そうな表情を見せ、 >「あら、肩持つじゃない。 > 何、ひょっとして恋人が待ちきれなくなって心移りした、とかいうんじゃないでしょうね」 >「……ちょ、ちょっと馬鹿なこと言わないでよ」 > 怪しがるレイコに対し、即座に否定するマコト。 >「だいたい、あんたの彼氏はいったいどうしたのよ。まっすぐ来てるならとっくに着いてていいはずじゃない。 > どっかで道草食ってるんじゃないの」 > からかうつもりで出した言葉だったが、マコトの反応は意外に真剣なものだった。 >「……言わないで、レイコ。 > アルって好奇心旺盛な上に妙に正義感強いとこもあるから、どこかで面倒ごとに首突っ込んでる可能性が高いのよ。 > 口に出されると本気で考えちゃうから……」 > 不安げに話すマコトを見て、レイコは何だかあきれてしまう。 >「……ホント、ますます興味深いわ。早くお目にかかりたいものね、そのアルって人に」 > > 崩れる建物。逃げ惑う人々。響く咆哮。 > 店を飛び出したルークたちがその場に到着した時には、既に破壊が行われていた。 > レッサーデーモンとブラスデーモンが合わせて――三体。ただし見えているだけで、である。 > 宝探し屋(トレジャー・ハンター)として各地を旅するルークとミリーナにとってみれば、見慣れた姿であったが、街中で目にすることなどそうそうあるものではない。 >「着いた日にいきなり遭遇とはな……あんた、かなりの凶運だぜ、たぶん」 >「……嬉しくないよ、まったく」 >「軽口叩いてる暇があったら呪文でも唱えて。いくわよ」 > 早速近くの一体へと向かうミリーナ。だが、そのデーモンも自らへと向かい来る彼女の存在に気づき、体をこちらに向け―― > ぐるぉぉぉぉっ! > 一吼えと共に、その前に現れる複数の氷の矢。 > 襲い来るそれをミリーナはしかし余裕を持ってかわし―― >「螺光衝霊弾(フェルザレード)!」 これオリジナルですか? > 唱えておいた呪文を解き放ちまず一体葬る。 > 一方ルークは、他の一体に目を向け―― > ちょうど逃げ遅れた男が、まさに魔物の振りかぶった一撃の餌食になろうとするそのとき、 >「魔風撃っ!」 > 魔力のこもった一振りを放ち、振り上げた腕の動きを止める。 >「欲求不満なら、俺が相手してやるぜ。怪物さんよ。 > 来な」 > その間に逃げ出す男を横目に、ルークは体を自らへと向けてきたデーモンを見据えた。 >「……やっぱりすごいな……魔物相手でも全然ひるんでない」 > これまでも道中何度か目にしてはいたが、二人の戦いぶりにアルは思わず漏らす。 > 彼は魔道士でもいわゆる研究者タイプで、実際の戦闘経験はほとんどない。 > しかも文献をあさったりして調べ物をする方が得意なので、使える呪文も大して威力のあるものはない。 > 自分でも度胸はあると思っており、こんな場面に遭遇しても、足がすくんだり腰が抜けたりすることはないのだが―― >「俺も少しは加勢しないと――」 > 烈閃槍(エルメキア・ランス)ぐらいなら自分でも使える、と呪文の詠唱に入ろうとした瞬間。 >「危ねえっ!」 > 突如聞こえた声と同時に、何者かがアルに飛びかかってきた。 > いきなりのことにアルは反応が取れず、抱きつかれたまま二人して地面を転がる。 > じゅわわわわっ! > すぐ隣の地面から響く音。 >「何やってんだ! 一般人はとっとと逃げろって言われてるだろ!」 > 飛び込んできた女は、アルに怒鳴ると、視線を別に動かす。 > つられてアルも地面に手をついたままそちらへと目を向ける。 > いままで視界に捉えていなかったレッサーデーモンが一体。 > ようやくアルは、そいつの存在に気づかなかった自分を、彼女が炎の矢の攻撃から守ってくれたのだと理解した。 >「すまない、でも俺は」 >「話はあとだ、まずはあいつを――」 > ぎゃおぉあぁぁっ! > 彼女はそのデーモンの断末魔を聞き、一度言葉を止め―― >「……何とかするのは、もう終わっちまったみたいだな」 > 今度は表情を和らげて、呟いた。 > 青い短めの髪。プレートメイルを装着した若い女性。 > シルビアである。 >「お先に獲物はしとめさせてもらったぜ」 > たった今、魔物を一刀両断にした剣を担ぎ、もう一人の傭兵――カイルがシルビアに声を掛ける。 >「何だか、着いてみたらもう何体かやられてやがった。 > どっかの野郎が俺たちの仕事を持ってちまったみたいだぜ。今ので最後だ」 >「そうか」 > シルビアの返事はそっけない。 >「ったく、せっかくの楽しみをとりやがって…… > んじゃ、俺はとっとと退散させてもらうんでな」 > それだけ言うと、カイルは不満そうな顔のまま立ち去っていった。 >「……ありがとう。おかげで助かったよ」 > ようやく体を起こし立ち上がったアルはシルビアに礼を言う。 >「俺はアル、アルバート=マクドガルだ。あんたは?」 >「ああ、オレはシルビア――」 > と言いかけ、はたと口を止める。 >「って、アルバートって……ひょっとしてあのアルバートか!? 今度ガイリアから来るっていう」 >「あ、ああ……それなら俺のことだが」 > なぜ自分のことを知っているのか戸惑いながらもアルは肯定する。 >「――するってーと、あんたがイズミさんの恋人かぁ」 >「は?」 > 品定めするようにアルを見てから漏らしたシルビアの言葉に、思わず声を返す。 > きょとんとするアルの反応にシルビアは少し笑うと、 >「あ、ごめんごめん。説明が遅れたな。 > オレはシルビア=ブラザー。傭兵だけど、今は魔道士協会に雇われて、デーモン退治をやってる。 > 今度来るのが副評議長の恋人だって話は、協会にいる人なら誰でも知ってるぜ」 >「……そ、そうなのか?」 >「ああ。もう魔道士協会には行ったのかい? この街には着いたばかりなのか?」 >「昼頃着いたばかりだよ。まだ協会には行ってないが――案内してくれるのか?」 >「もちろん」 > うなずくシルビア。 >「助かるよ。じゃ――あの二人への事情説明は歩きながらだな」 > 彼のもとに戻ってくるルークとミリーナを認め、アルはそう言った。 > > シルビアとカイルを見送った後、自室に戻ろうとしたマコトはその途中で一人の少女を目にした。 >「あら、エレナじゃないの」 >「あ、イズミさん」 > 声を掛けられた少女は、まだ幼さの残る顔をマコトに向ける。 > エレナ=フランソワ。 > 二十歳に届かない彼女は協会内でも最年少の部類に入る職員である。 > デーモンが現れるようになってから、その被害に遭い負傷する一般人が増えたために、新設された医療班に従事している。彼女自身も治癒呪文を得意としている。 > 長い金髪を携えるその美しい姿に、心和まされる者も多いという。協会内だけでなく街中に評判の少女である。 >「また現れたそうですね。私も待機しておくように言われました」 >「そうね。少しでも被害が少なければいいんだけど。 > 何せどこに出てくるかわからない以上、あらかじめ人を配置しておくこともできないし……どうしてもシルビアたちが着くまで時間がかかってしまうのはしょうがないのよね……」 > 魔道士協会は街の中心にあるため、どこにも最短で行けるのだが――逆に街の外れに現れると着くのに時間がかかってしまう。難しいところなのである。 >「ええ、そうですね……」 > 同意をしたエレナだが、マコトにはその表情が暗く見えた。 >「どうしたの、エレナ? 何か悩み事でも?」 >「えっ!? わ、わたし顔に出てました……?」 > 慌てて顔を抑えるエレナだが、彼女の反応はマコトの指摘が事実であることを示していた。 >「悩みがあるなら相談に乗るわよ。これでもあなたよりは少し人生の先輩なんだし」 > 普段からエレナを可愛く思っているマコトは、優しく語り掛ける。 >「あ、いえ――」 > その申し出に最初は断ろうとしたエレナだったが、やや逡巡したのち、 >「あの……イズミさん、恋人いるんですよね。今度来るっていう」 > とおずおずと切り出した。 >「え、ええ――まあそう、だけど……」 >「でしたら、ぜひお聞きしたいことがあるんです! 明日、空いてる時間ありますか?」 >「そ、そうね――昼過ぎぐらいだったら……」 >「ありがとうございます。それじゃ明日の昼にお部屋に伺います!」 > それだけ言い礼をすると、彼女は走り去ってしまった。 >「ええっと―― > 恥ずかしかったのかしら、ひょっとして……」 > いきなり早口で決めてしまったエレナの様子に、彼女の去っていった方向を見やりながらマコトは呟いた。 > それにしても――あの口ぶりからすると、ひょっとしなくても恋愛相談で間違いないのだろう、とも思いながら。 > > この街に足を踏み入れたのは昼だったはずだが、あたりは既に夕暮れの色を見せている。 > シルビアに連れられた三人は、魔道士協会へと辿り着いていた。 >「じゃあ、オレはイズミさんを呼んでくるから」 > そう言い残し奥へと消えていくシルビアを見送ったアルに、別の女性が近づいてきた。 >「アルバート=マクドガルさんですね」 > 落ち着いた物腰をした女性である。年齢は二十代後半あたりか、黒髪をアップにして後ろでまとめている。 >「初めまして。私はクリスティ=シェパード。ここの総務兼受付を担当しています」 >「どうも。俺のことはアルって呼んでください。そう呼ばれ慣れてるんで」 アル中? > 差し出された手を握り返しながら、アルは応じた。 > 大人の色香を漂わせた女性だな、と判断する。 > 一目で相手を観察し、評するのは彼の癖であり特技でもある。 >「こんな美人が受付だなんて、ここはずいぶん贅沢な人の使い方をしてるんですね」 >「あら、今のはこの仕事に対する侮辱と受け取っていいのかしら?」 > アルの誉め言葉を笑みで返すクリス。 >「い、いやそういう意味じゃ……」 >「ふふ、冗談よ。でもおべっかでも嬉しいわ。本気にしちゃおうかしら」 > ますますもって大人の女性だと、印象を深めるアル。 >「確かにそこそこの美人だとは思うが――ミリーナに比べればまだまだだな」 >「言葉だけ受け取っておくわ」 >「……いや、言葉だけって、ミリーナ……」 > つれないミリーナに、ルークが肩を落とした時、 > ――――? > アルは、自分に来る視線を感じて首を動かした。 > 瞬間、目についたのは一人の女性。 > 何より腰まで伸びたボリュームのある、少々ウェーブがかった焦げ茶の髪がまず印象に残る。 > 距離があるので、横顔が見えただけでは判別できないが――二十代半ばであろうか。 > しかし、その女は一度もアルと目を合わせることなく、奥へと消えていった。 > それを見やりつつ、気のせいか、と結論づけようとすると、 >「アル!」 > 奥から聞こえた自分を呼ぶ声に再びアルは顔をやった。 >「よぉ――マコト」 > 近づいてくるマコトに、手を上げて返す。 >「またいちだんと綺麗にシワが増えたな」 >「あなたこそ、そろそろ頭に白髪が目立ち始めてるんじゃない?」 > 久しぶりに会った恋人に掛ける言葉がそれ? とちょっとふくれたように呟くマコト。 >「あら、お待ちかねの人が来たみたいね。 > それじゃアル、またいずれ――」 > マコトの姿を認め、クリスはその場を離れた。 >「まったく、あんまり遅いから道中追い剥ぎにでもあったかと思ったわよ」 > 憎まれ口を叩いてはいるものの、内心では心配していたことは傍から見てもわかる。 >「似たような目にあったんだけどな。この人たちに助けてもらったんだ」 > アルは隣にいるルークとミリーナを紹介する。 >「スウェア=シティ魔道士協会副評議長、マコト=イズミです。こいつに代わって礼を言います。 > ミリーナさん、ですよね。言い寄られたりしなかったですか?」 >「……おいこら、マコト」 >「あら、さっき早速クリスさんの気を引こうとしてた人が何か言えるのかしら?」 >「いや、あれはだな……」 > 久々に会ったとは思えない二人のやりとりに、思わず「人前でやるな」とツッコミを入れたくなるルークたちであったが―― >「はいはい、いちゃつくのは夜になってから自分の部屋でやりなさい、マコト」 > 本当にそう口を挟んだのは、いつのまにか来ていた別の女性――レイコだった。 >「初めまして、アル。マルチナ=ステラドヴィッチ評議長の秘書をしています、レイコ=クサナギです。 マルチナ? > ようこそ、スウェア=シティ魔道士協会へ。評議長に代わって歓迎の言葉を言わせていただくわ」 > 型にはまったレイコの挨拶に、思わずアルも姿勢を正す。 >「ガイリア=シティ魔道士協会から派遣されてきた、アルバート=マクドガルです。よろしく。 > それで、評議長は……」 >「評議長は、明日お会いになるとのことよ。 > 今日はもうすぐ夜になるし、長旅の疲れもあるでしょうから、ゆっくり休んではいかが?」 >「――わかりました。 > まだ宿の手配もしてないんで、とりあえず今日はいったん――」 >「……え……?」 > 途端に戸惑うように言葉を漏らすマコト。 > アルは自らの発言の意味に気づき―― >「あ、いや今夜は――」 >「わざわざ、ここまで来たんだ。せっかくだから、かの『智の女神』に会っとかねーとな」 >「それじゃ、私たちはまた明日の朝にここに来ればいいのね」 > 言葉に詰まるアルをさしおき、ルークとミリーナはそれだけ言い残すと、立ち去っていった。 >「……理解のいい旅の連れで良かったわね、アル」 > レイコの掛けた言葉に、アルは呟く。 >「……いや、あの二人も……案外どうなのかわからないけどな、俺には」 凄いですね よくこんな長文を・・・ それにしても投稿時間が凄いのですが あの数分になぜこんな長い文を? それでは面白かったです。 引き続き次のも読んでいきます。 |
22248 | Re:desire はじめに | ドラマ・スライム | 2002/9/26 20:57:22 |
記事番号22229へのコメント ブラントンさんは No.22229「desire はじめに」で書きました。 > >事前問診表 > > > Q.下記の項目にYesかNoでお答えください。 > >1.スレイヤーズが好きだ。 はい(Yesと書くのが面倒なので) >2.原作本編は読破済みである。 いえ >3.ルークとミリーナにもいろんなメディアで活躍してほしいと思う。 いえ >4.長めの話も読む気がある。 いえ(をい!!) >5.原作本編の見所はギャグよりも戦闘シーンだと思う。 無回答ということで >6.正義の仲良し四人組がまったく出てこなくても構わない。 はい >7.シリアスものでも拒否反応は起こさない。 まあ恐らく >8.じつは『DESIRE』というゲームを知っている。 それ以前にその英語が読めません > > > すべてYesの方:まったく問題ありません! 本作がご期待に添えるよう祈っております。 > すべてNoの方:大変恐れ入りますが――お読みいただいてもご満足いただけないと思います…… > > それ以外の方:上記のようなお話ですが……それでもよろしければ…… はい > > > > どうもです。 > 最近は全著者リストやアンケートでしか新規投稿していなかった身ですが――永らくの時を経てこのたび二度目となる小説の投稿をさせていただきます。 > ……うう、緊張。 > > >おことわり > > ・本作は魔王剣誕生にまつわるお話です。物語の始まる時点ではルークはその魔法の存在すら知りません。 > そのため舞台はルークたちがリナたちを出会う前の原作第一部で、具体的には七巻の前あたりとご承知下さい。魔竜烈火砲出てきますし…… > (なお、今作での設定は私が勝手に妄想の産物として生み出したものであり、ファンクラブ会誌での神坂先生へのインタビューによれば、魔王剣は全然違ういきさつでルーク自身の手で生み出されているとのことです)<お教えくださいました時珠泉流様に感謝申し上げます > > ・本作のゲストキャラはそのほとんどがセガサターンの『DESIRE』というゲームに出てきたキャラの面々をモチーフにしております。 > といいましても、基本的な性格と人間関係を移してきただけで、完全にスレ世界の住人として登場して参りますので、ご存じでない方は単にキャラがたくさん出てきているとお思いになるだけで、読んでいくうえでの障害にはならないことと思います。 > もしご存じの方は(ほとんどいないと思いますが……)、どこかで見たようなシーンやセリフが出てくることと思いますので、そのことでもお楽しみいただけるかと。 > > ・途中私が自分ででっち上げたオリジナルの魔法が一つ出て参ります。あらかじめご承知下さい。 ああ僕なんてオリジナル魔法作りすぎなので別に気にはしません > > > 書き始めてから4ヶ月半かかった本作ですが、完成までには様々な方のご助力をいただきました。 おお4ヶ月半凄い期間ですね楽しみです。 > > 魔法研究を参考にさせていただきましたはまりや様。 > 魔法登場箇所一覧をお教えいただき、参考にさせていただきました鏑樹ふぉとん様。 > そしてはまりや様のページのBBSで私の書き込みに応じていただきました、もみこ様、時珠泉流様、平八様、キスズ様、樺丸様、ryosuke様。 > > また、前作なくして今作はありません。4年4ヶ月前、初投稿だった私の作品に感想を下さった。むつみさん、えれな様、山塚ユリ様、みいしゃ様、Shinri様、松原ぼたん様にもあらためて感謝の言葉を。 > > 最後に、この読みまくれという場を提供して下さっております一坪様にお礼を申し上げ―― > > > それでは『desire』、お楽しみいただければ幸いです。 それでは気長に読んでいこうと思います すみませんがここで僕の作品を一応紹介しておきます。 読み流してくださって結構ですので カオティック・レジェンド 蒼穹の王がいる蒼の世界を舞台にした作品 まともな小説としては初投稿です。 かなりの長編ですが一話一話は短いです。 オリジナル設定がいっぱい出てきます。 リナが活躍?する外伝もあります。 極悪暴走兵器 カオティック・レジェンドの2年ほど前の話です。 カオティック・レジェンドを先に読んだほうがいいと思います。 歴史を変えかねないので慎重に書いています。 カオティック・レジェンドよりもシリアスです。 現在、激闘編、秘境編、さらにアンチシリアスな(ギャグのつもりだけど自信が無いので)破滅風があります。 盗賊Aの冒険 他の作品とは別物です。 超シリアスというか なんというか セリフが極めて少なく 過剰描写しすぎの作品です。 仔犬のディルギアの冒険 なかなかの作品だと思いますが 終わりが納得いかないと思います。 悪夢無き地の物語 キャラリクエスト小説です。 まだ途中というか始まったばかりです。 それでは興味が御ありでしたらお読みください。 長々と失礼しました。 それではレスでまたお会いしましょう |
22299 | ありがとうございます | ブラントン | 2002/9/28 22:29:45 |
記事番号22248へのコメント 初めまして。まとめて投稿したものでありながら、わざわざそれぞれにご感想をくださり……大変ありがとうございます(m_ _m) あの、ですが……その……大変申し訳ないのですが、ただいま諸々不調の身でして、お返事は近日中に…… いろいろとご質問をいただいておりますし、必ずやツリーが沈む前にまとめてしっかり量をとってお答えをさせていただきたいと思います。 えと、ですがこれだけはいま。 >あの数分になぜこんな長い文を? これは、作品自体がもう既にWordなどで書きあがっているものなので、それをコピーして投稿画面のところで貼り付けて投稿しているためです。 これならば短時間で長い話が投稿でき、経済的なのです。常時接続されている方には関係ないことではありますが…… 他にも直接投稿画面で打ち込むよりいろいろと便利なので、私は基本的にいつもこの方法で投稿しております。 |
22386 | 改めましてありがとうございました | ブラントン | 2002/10/3 16:57:45 |
記事番号22299へのコメント もう落ちる寸前となってしまいましたが、お尋ねいただきました点について答えさせていただきたいと思います。 desire(DESIRE)とは 英単語で「デザイア」と読みます。意味は「望み」「欲望」ととっていただければ。 といいましても、これは元ネタのゲームのタイトルから取っているので、こちらの話のテーマとなっているわけでも内容との関係があるわけでもありませんので、ご存じなくともまったく影響はないかと思います。 ドラマ・スライム様作品群 自分が書いているうちは、なかなか他の人の作品を読む時間を作れないもので……申し訳ありません。 2の方にガイドブックを投稿されたようですし、そちらを参考に読んでいきたいと思っております。 宝探しというより盗賊狩りなルークたち これは平にご容赦をとお詫びするしかないです(m_ _m) そのようなご感想を持たれても仕方のない書き出しとなってしまったのはひとえに私の力不足です。 あくまでオープニングに過ぎないので短めに終わらせようと思ったことと、魔風撃が使えるようになるには、他人が使っているところを見るのがいちばん手っ取り早いかと考えたためなのですが――何より遺跡の探検をしているネタが浮かばなかったのが最大の要因です。 正面から羽交い絞め? 羽交い絞めは背後からするものですから、もちろん背後からです。 そう書いてはいませんが、「正面から」飛びかかったとも書かれているわけではないので、ここでは単純にお読みいただきたく思います。 正面にはそのあとミリーナが回っていますし。 キャラ多すぎです これもお詫びするしかありません。元のゲームからキャラを引っ張ってきていますので、そこから数人は削っているものの――そちらとは物語の長さが格段に違い短いので、覚えていただく前にどんどん出てきて最後はいっきに死んでいってしまう構成となったことは、欲張りすぎが招いたことと減点材料です。 途中で一息ついての人物紹介を入れるべきだったと反省しております。 マルチナ=ステラドヴィッチは……確かにNEXTでマルチナというキャラが出てくるのでかぶっていますが、基本的に各キャラの名前は元のゲームから持ってきているため、変えようもなかったのです。 オリジナル魔法は? 螺光衝霊弾(フェルザレード)は、原作第二部で何度も出てくる魔法で、特にミリーナがよく使用するものです。私が調べたわけではないのですが、原作では計16回登場するとのことです。 えんさいくろぺでぃあスレイヤーズにも紹介文がございますので、よろしければそちらもご参照になってみていただければ。 鋼撃貫弾(スティーリアル・バレット)がおっしゃるとおりオリジナルの魔法です。銃を発射しているようなものです。スレ世界では結界の外に出ないと実物はお目にかかれないですが、このシーン、元のゲームでは銃で頭を打ち抜いているので、そのままになるように作り出しました。 クローヴァってじつは弱い? ご想像の通り、大して強くありません。分身を生み出せるだけで、それ以外の特殊能力はなし。 といっても、並みのレッサーデーモンとは格が違いますから、街に住む面々ではまるで太刀打ちできないことは確か。もちろん評議長級になれば違いますが…… ですから、本文中での推理が生まれることになります。 ――やはり所詮は中ボスなので、そう強すぎるのもどうかと、ワンネタでのキャラとなりました。 それでは、改めまして感想ありがとうございました。 短いお返事となってしまいましたが、これにて…… |