◆−渇きの夜想曲3:プロローグ−オロシ・ハイドラント (2003/6/9 20:55:27) No.26174
 ┣月夜ノ魔、住マウ城ニテ−オロシ・ハイドラント (2003/6/9 20:58:48) No.26175
 ┣地獄ノ焔ハ心ヲモ焼ク−オロシ・ハイドラント (2003/6/9 21:00:12) No.26176
 ┃┗ゼロスが魔族してますね−エモーション (2003/6/10 23:30:27) No.26185
 ┃ ┗Re:優しいゼロスはページを取る(爆)−オロシ・ハイドラント (2003/6/11 17:09:36) No.26188
 ┣迷エル者ハ、光ヘ向カッタ−オロシ・ハイドラント (2003/6/11 21:22:42) No.26192
 ┣道求ムル者、地ノ底ヲ見テ−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 17:35:19) No.26200
 ┣遍ク定メノ、終ワリヘト−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 17:38:45) No.26201
 ┣暁ノ涙ハ永遠ニ−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 17:40:51) No.26202
 ┣エピローグ−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 17:44:49) No.26203
 ┗あとがき−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 18:15:29) No.26204
  ┣Re:あとがき−じょぜ (2003/6/12 21:40:01) No.26209
  ┃┗Re:あとがき−オロシ・ハイドラント (2003/6/12 22:21:44) No.26210
  ┗純愛ですね♪−エモーション (2003/6/13 22:03:17) No.26216
   ┗Re:愛ある限り戦いましょう(待て)−オロシ・ハイドラント (2003/6/14 17:39:37) No.26225


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26174渇きの夜想曲3:プロローグオロシ・ハイドラント 2003/6/9 20:55:27


やっぱりまだ風邪ひいてました。
とりあえず今日は自分のだけでも、アップしておきましょう。
ディルギアシリーズ完結編スタートです。


――プロローグ――

 再生してゆく身体。
 増幅してゆく怨念。
 欺瞞の悪魔はこの地に再臨する。

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26175月夜ノ魔、住マウ城ニテオロシ・ハイドラント 2003/6/9 20:58:48
記事番号26174へのコメント

――月夜ノ魔、住マウ城ニテ――

 憎き敵。その姿が常にそこにあった。
 だが、その高貴なる姿はやがて、彼の心までも狂わせる。
 彼はもの言わぬものの従僕と化した。
 元の主さえ棄てて……。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

 その日が、訪れた。
 
 闇が揺らめく。
 風が静かに吹く。
 木々が哀しげな歌を歌う。
 黄金色の満月が照っていた。
 月下には昏い古城。

 足音が聴こえる。
 微かな足音。
 それは闇夜の静寂と相反せず、むしろ融合し幻想性を惹き立てている。

 足音が聴こえる。
 それは、古の巨城を徘徊する亡霊?
 あるいは愚かな闖入者?
 
 足音が聴こえる。
 繰り返される。
 何度も響く。
 何度も響く。

 そして……扉の開く音。
 
 足音の主は、微かに笑った。

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26176地獄ノ焔ハ心ヲモ焼クオロシ・ハイドラント 2003/6/9 21:00:12
記事番号26174へのコメント



「……起きてください」
 微かな声。空気と同化したような、囁き。
 その部屋には棺が置かれていた。
「……起きてくださいよ」
 反復させる声には、谺(こだま)だけが受け答える。機密性の良い部屋だ。
「……もう、充分あなたは眠ったのですから」
 変化は……ない。
 声の主は仕方なく、小さく一歩踏み出した。
 だが、それが引き金となり、突如、邪悪な気配が生まれた。
 前方の空間が歪み始める。
 この世界と別世界が絡み合い、溶け合い、浸食し合う。
 それはやがて、真っ黒な穴を造り出した。
 そして、そこから出でるのは……首だった。
 生気に満ちた男の生首。
 穏やか印象を与える風貌だが、それでも醜い笑みによって、悪辣にも見える。
 黒髪黒瞳……外見の齢は三十前後か?

「ああ、こんばんは」
 だが、その首を見てもその男は動じない。
 闖入者が、この異形を恐れた様子はまるでなかった。
「何の用だ?」
 首が問うた。刃のような口調。
 男は、だが……微笑む。
「……あなたの質問に答える権利はありません」
 そして、凄まじい殺気とともにそう言った。
「っ!」
 空間が……鳴動する。
 巨城が一瞬、揺れた。
 首は……脅えていた。
 目の前の男。
 夜空に似た髪を切り揃えた青年。
 彼の視線に込められた意味は……
「アマードさん。あなたは無関係のはずです。……早くどいてください」
 その声は、恐ろしく冷酷なものであった。
「……だ、黙れ、私はディルギア様を渡すつもりはない」
 首は明らかに動揺している。
 あまりに哀れな光景であった。
「……そうですか」
 男は、手に持つ杖をかざした。
「なら、仕方ありません」
 瞬間。

 ……ズシャ……グチャ

 そして闇をつんざく、激しき悲鳴。
 杖は、首だけの男のその口に、突き刺さっていた。
 雷鳴が一人の死を、嘆く。
 そして、アマードは消え去った。
「さて」
 男は、次の一歩を踏み出した。
 
 棺に手を伸ばす。
 もう邪魔をするものはいない。
 月光も届かぬ常闇の世界に、一つの悪魔が覚醒する刻。
 蓋をずらす。床に下ろした。
 屈み込み、地獄の穴を覗き込む。
 だが男は恐れていない。
 愉しげに、顔をうずくめていった。
 そして、
「……起きてください」
 囁いた。先ほどと同じ口調で……。
「……起きてくださいよ」
 反応はない。
 棺の中の異形は、眠り続けていた。
「……なるほど、飢えと渇きがあなたをそうさせているのですね」
 男は一度、立ち上がった。
 そして何かを呟く。
「少しだけ、癒して差し上げます」
 杖を翳した。
 淡い燐光が降り注ぎ、棺の中へと吸い込まれていく。
 しばしして、
「目覚めて結構ですよ。……ディルギアさん」

「貴様は……何者だ?」
 目覚めたのは、獣を思わせる風貌の男だ。
「……僕はゼロスと申します」
 目覚めさせた男は、彼に対しては友好的な姿勢を見せていた。
「ゼロス?」
「ええ。……聞いたことはありませんか?」
「……まさか……降魔戦争の……」
 瞬間。彼にも恐怖が走った。急速に眠気が逃げていく。
 この城の主たる彼――ディルギアにも、その名前はあまりに強大すぎた。
「……ああ、あまり恐がらなくて良いですよ。僕はあなたを取って食うつもりはない」
 だが、そう言われようが恐怖と呼ばれる感情は、消え去るわけではけしてない。
「何の……用だ」
「おやおや。……アマードさんと同じ答えですねえ」
「!?」
 すると、男は――恐るべき魔族であるゼロスは、口元へ、右手の人差し指を持っていき、
「……少々、あなたに頼みたいことがありましてね」
 無気味に笑った。
「……何、簡単なことです」
 そして残酷なほど平然とした声で、
「……赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)を始末してもらいたいのですよ」

 長い沈黙の後、
「スィーフィード・ナイトだと!?」
「ええ……ご存知ですよね」
「まさか……」
 ディルギアは俯いた。
 ゼロスはさぞ愉しげだ。
「……そう、ルナさんですよ。あなたがよく知っている」
「ふざけるな!!」
 だが、その時。ディルギアは恐怖に抗い、怒鳴り声を上げた。
「なぜ、俺がルナを殺さねばならん!?」
「邪魔なんですよ」
 そして同時に、ゼロスもまた本性を見せたようだ。
「もう魔族はプライドだの何だのと、言っていられる余裕などないのですよ。あなたの力を借りたいのです」
 口調は少し激しさを持っていた。
「どうしても殺せないというのならば、こちらにも考えがあります」
 指を弾く。
 すると、突然、
「ぐっ!」
 ディルギアはうめき声を上げて、うずくまった。
 そして重圧に倒れ込み、冷たい床をのた打ち回る。
「血……血ィ……血ィイイイイイイ!!!」
 そして天地を揺るがすかのような咆哮。
 ゼロスはさぞ愉快そうに、
「……あなたの飢えと渇きを癒せるのは、僕だけなんですよ」
 そして、ディルギアの腹部を蹴りつけた。
 何度も衝撃が襲う。
「どうします?」
 しかし、ディルギアは首を振るのみ。
 何度も、何度も続いた。
 緩慢で鮮明な時間感覚の中で、ディルギアは永遠の地獄を感じていた。
 肉体の地獄。
 そして精神の地獄。
 さらには、魂の地獄……。

「さあ、どうします?」
 そして二十四度目の問い掛けに、ディルギアは頷いた。

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26185ゼロスが魔族してますねエモーション E-mail 2003/6/10 23:30:27
記事番号26176へのコメント

こんばんは。

第3部、始まりましたね。
そして、ゼロス登場……。前回ゼルを倒したアマ−ドさんをあっさりと……。
さすがに格の差といいますか、ゼロスが相手では勝ち目ないですよね……(汗)
ここに何をしに来たのかと思ったら……ルナの抹殺依頼……。
ルナとディルギアの間柄を知っていて、ですよね? やっぱり。
だから好都合だと判断したのでしょうか。

>「邪魔なんですよ」
> そして同時に、ゼロスもまた本性を見せたようだ。
>「もう魔族はプライドだの何だのと、言っていられる余裕などないのですよ。あなたの力を借りたいのです」
> 口調は少し激しさを持っていた。

別に配下でもない相手に、交換条件も何もなく依頼する辺り、魔族側は
相当追いつめられているのですね。
この後、相手を半ば拷問みたいな形で了承させるあたりが、特にそう感じさせます。
ゼロスの〃依頼〃を受けたディルギア。本当にルナを殺すのでしょうか。
そして、ルナは今回はどう動くのでしょうか。

このお話のゼロスは魔族の本領発揮ですね♪
圧倒的な強さと魔族としての残酷さ、冷酷さが出ていて良かったです。
ここ最近、自分の方では「基本オプション:不幸」なキャラでしたから、
魔族なゼロスに喜んでしまいました。

それでは、少し短いですがこの辺で失礼いたします。
続きがどうなるのか、楽しみです。

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26188Re:優しいゼロスはページを取る(爆)オロシ・ハイドラント 2003/6/11 17:09:36
記事番号26185へのコメント


>こんばんは。
こんばんは。
>
>第3部、始まりましたね。
何か早すぎな気がする。投稿も……展開も。
>そして、ゼロス登場……。前回ゼルを倒したアマ−ドさんをあっさりと……。
>さすがに格の差といいますか、ゼロスが相手では勝ち目ないですよね……(汗)
ゼロスの強さを見せ付けています。一応。
>ここに何をしに来たのかと思ったら……ルナの抹殺依頼……。
>ルナとディルギアの間柄を知っていて、ですよね? やっぱり。
勿論その通りです。
そう考えると、結構陳腐な展開かも知れませんが……。
>だから好都合だと判断したのでしょうか。
ルナも結構、魔族にしては邪魔でしょうからねえ。
>
>>「邪魔なんですよ」
>> そして同時に、ゼロスもまた本性を見せたようだ。
>>「もう魔族はプライドだの何だのと、言っていられる余裕などないのですよ。あなたの力を借りたいのです」
>> 口調は少し激しさを持っていた。
>
>別に配下でもない相手に、交換条件も何もなく依頼する辺り、魔族側は
>相当追いつめられているのですね。
>この後、相手を半ば拷問みたいな形で了承させるあたりが、特にそう感じさせます。
まあ、本編からまだ20年ほどしか経ってないですけど、神族との激突があればすぐに状況は悪くなるでしょうし、かなり辛いのでしょう。
とはいっても、この話ではあまりそちら側は出て来ませんが……。
>ゼロスの〃依頼〃を受けたディルギア。本当にルナを殺すのでしょうか。
>そして、ルナは今回はどう動くのでしょうか。
多分、予想外の展開になるのではないかなあ、と思います。
自分でも予想外でしたし(待て)

>
>このお話のゼロスは魔族の本領発揮ですね♪
>圧倒的な強さと魔族としての残酷さ、冷酷さが出ていて良かったです。
まあ普通のゼロス出してると、長くなったり、シリアスを壊したりしそうなので、そうしているだけなのですけど……。
>ここ最近、自分の方では「基本オプション:不幸」なキャラでしたから、
>魔族なゼロスに喜んでしまいました。
どうもこれのゼロスは、他作品キャラクターの影響じゃないかと思います。
>
>それでは、少し短いですがこの辺で失礼いたします。
いえ返し応えがあって良かったです。
>続きがどうなるのか、楽しみです。
どうも、序盤が無計画だったせいで、少々強引になるかも知れませんが、読んでくださると嬉しいです。

それでは大変ありがとうございます。

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26192迷エル者ハ、光ヘ向カッタオロシ・ハイドラント 2003/6/11 21:22:42
記事番号26174へのコメント

 ――迷エル者ハ、光ヘ向カッタ――

 すべてが消えてゆく瞬間、笑い声を聞いていた。
 苦痛だった。
 あまりに苦痛だった。
 だが奇跡とは起こるものなのだ。
 それも、予想を越えた形で……。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆
 肉体は満たされたようであった。
 苦しみ続けた長き時も終わり、生を噛み締めている。
 だが、心は混沌としていた。
 ゼロスを恐れる心と、愛するものを失うことへの恐れ。
 「あの焔を使えば良い」とゼロスは言った。かつてこの城に巣食っていた魔族より奪った秘術。すべてのものを歪ませ、変質させる力。
 ディルギアならば、加齢により衰えた赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)を倒すことは、不可能ではない。ルナを殺すことは、不可能ではないのだ。
 いや彼にしか出来ぬことだ。深き絆を持つ彼にしか、油断は誘えないだろう。
 葛藤が渦巻き、精神を苛んで、ディルギアを苦しめる。
(どうすれば良い?)
 問い続けた。
 当然、言葉は返らない。
 すでに孤独な世界と化していたこの城。
 ディルギアは、それでも問い続けた。

 回想は走馬灯にも似ていたのかも知れない。
 過去。
 すでに忘れ去っていたものさえもまた。
 すべてが鮮麗に蘇って来る。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

 始まりは雨の日であった。
 ディルギアは満身創痍の肉体を引きずり、不屈の精神で歩み続けた。
 血が滴り落ちて、大地を濡らす。
 絶望的なほどに深き森。
 出口など見えない。常に木々が彼を惑わす。
 鳥達の嘲笑う声が、何度も耳を突いた。
 朦朧とする意識。
 冷え切った身体は、もう長くは持たない。
 その身に入り混じったトロルの血さえも治癒を拒否していた。
 ディルギアは死を覚悟していた。
 性質の悪い魔道士、命知らずの盗賊団、森の奥に潜む魔獣、残酷な猟師達。
 様々な敵を退け、これまで旅を続けて来た。
 だが一向に安息の地は、見えない。
 せめてもう一歩。
 その思いを繰り返す。
 必死で呼吸し、必死で歩いた。
(もう、ダメか)
 やがて視界が、光を拒絶する。
 絶望が押し寄せた。
 倒れ込む。
 草の褥は心地良く、雨の布団は気持ちが良かった。
 魂を解放するために、眠る。
 永遠の夢が、幸せな夢であるよう祈りつつ。

 その夢の内容は思い出せぬ。
 だが、不意にそれが終わりを告げた。
 温もり。
 急にディルギアの身体が熱くなり始める。
 体温を取り戻した彼は、そっと目を開けた。

「大丈夫?」
 女神。
 ディルギアが見たのはその姿であった。
 少女というには幼さは足らず、女と呼ぶには未成熟だ。
 女神。それが相応しかった。
「…………」
 ディルギアは、目覚めてもなお語れずにいた。

「スポット」
 そう呼ばれて彼は目覚めた。
 温かな陽射しだ。
 そっと目を開ける。
 太陽が天に昇っていた。
「っ!」
 不意に激痛。
 傷の残滓はディルギアを苛んだ。
「スポット、大丈夫?」
 だが優しい声は彼に届いていた。
 女神がそこにいる。

 彼女はルナと名乗った。
 だが、彼は女神が今もなお相応しく思っていた。
 それでもディルギアは彼女を「ルナ」と呼んだが……。

 ディルギアのその後の境遇は、けして良いものとは思えなかった。
 何もない丘に建てられた小さな小屋に、鎖で繋がれ、自由を奪われた。
 ただ大自然が拝めるだけの、退屈な丘であった。
 食料は彼の『女神』が与えてくれるが、時々忘れ去られることもあった。
 名前もスポットへと無理矢理改名させられた。
 それでもディルギアは、幸福だと思い込み続けていた。

「スポット、スポット、ご飯よ」
 その言葉も、おとなしく受け入れていた。
 食事が鎖のせいで届かぬ位置に置かれていた時も、怒りはしなかった。
「スポット……美味しい?」
 頷いた。
 ……頷いた。
 幸せはまだ続いている。
 ……続いている。
 
 スポット。
 スポット。
 スポット。
 スポット。
 スポット。
 その言葉は、少々不快であったが、それでもやはり幸せだった。

 だが数月後、悪夢が訪れる。
「きゃはははははは、あんた、似合ってるわよ」
 一人の少女が、彼のその姿を見て笑う。
 紛れもない、見知った少女であった。彼女は彼にとってはまさしく「悪魔」であった。
「黙れ!」
 彼はその「悪魔」へと、精一杯怒りをぶつけたが、しかし、
「こら! スポット、だめでしょ」
 その声は絶対的なものであった。
 怒りを堪えて黙り込む。
「リナも、あれじゃあスポットが可哀相よ」
「でも、姉ちゃん……」
 だが、
――姉ちゃん?
「どういうことだ?」
 ディルギアは二人を見比べた。
 醸し出される美の質は全く異質であったが、その端正な造りはまさに……
「ああ、この子、私の妹のリナよ」
 その日……彼女は女神ではなく、ただ一人の「ルナ」へと変わった。
「あんまり良い子じゃないけど、よろしくね」
 ……ルナへと変わった。

「スポット、スポット、ご飯よ」
 あれから数日。
 いつものようにルナが来た。
「……いい加減にしてくれ」
 だがその日、ディルギアはそんな言葉を発した。
 それはかなりの勇気を伴っただろう。緊張していたに違いない。
「どうしたの?」
 ルナはさも不思議そうに訊ねて来た。
 心臓の鼓動が早まる。
 緊張に全身が震え始める。
 だがそれでも思い切って、
「……何で、こんなことをするんだ!」
 自らの鎖を指差して言った。
 すでに、彼女の神聖さは消えていた。
 もう……彼の言う女神ではないのだ。
 ルナに言葉を向けるのは、思う以上に簡単なことであった。
 女神ではないのだ。
 だが、
「……そう」
 様子がおかしい。
「……私、迷惑なことをしたのね」
 ルナは、今にも泣き出しそうな声をしていた。
 そして同時に、空が光を失う。
 彼女の哀しみに連動したように、雨が降った。
「……ごめんなさい、スポット」
「ディルギアだ!」
 しかしディルギアは冷たくそう言ってしまった。
「…………」
 ついに泣き出したルナの、その涙はあまりに美しい。
 不謹慎だとその考えを捨てたが、表情は冷酷なままで、
「……ごめんなさい、ディルギア!」
 彼女はディルギアの鎖を掴む。
「ごめんなさい。今まで、本当にごめんなさい!」
 一瞬後、彼女は走り去っていった。
 彼は呆然とそれを、見詰め続けていた。
 しばらくして、鎖が切れていることに気付いた。
 ディルギアは複雑な感情を押し込めて、駆け出した。
 広大な世界へと、再び旅立った。

 だが、その孤独な生活はたった三日で終わった。

「ル……ナ」
 ディルギアは帰って来た。
 あの何もない丘に。
 ルナはそこにいた。
 彼女は泣いていた。
「スポッ……ディルギア!」
 そして、彼の存在に気付くとすぐに抱き締めた。
「……悪……かった」
 ディルギアはルナの腕の中で、そう呟く。
「良いの。私が……悪いのよ」
 涙は彼の瞳をも潤した。
 すでに彼女が女神である必要など、どこにもない。
 どこにもないのだ……。
 初めてルナを認めた日、なのかも知れない。
 人としてのルナを……。

 そして、幸せな日々が始まる。
 ディルギアは、ルナとの幸せな時間を長く過ごした。
 感じたのは、輝かしき永遠。
「ディル」
「何だ……ルナ?」
 彼の住んでいた何もない丘は、本当に何もなくなった。
「あなたは……今、幸せなの?」
 ディルギアは、突然の言葉にも惑わず、
「当然だ。ルナが……いてくれるなら」

――本当に幸せだった

 それから二人の、幸せな生活が始まった。
 主人は彼を束縛したりせず、自由な生活を送らせた。
 至福の時は長く続く。終焉のその時まで……。

――そう、あの日が、訪れるまでは……

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

 こんばんはラントです。
 やることが何かと多く(大したことはないかも知れないですが)、今回は一話だけです。
 強調とかそういうことやりすぎで、妙に縦長ですけども

 それでは、さほど時間があるわけでないので、これで失礼致します。
 

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26200道求ムル者、地ノ底ヲ見テオロシ・ハイドラント 2003/6/12 17:35:19
記事番号26174へのコメント

 
 ――道求ムル者、地ノ底ヲ見テ――

 未解決の連続失踪事件から、あまりに長き時が流れた。
 そして悪魔城と呼ばれた古城に向かう命知らずも、すでに絶えていた。
 ゼフィーリアはすでに、過去の静けさを取り戻している。
 時はすべてを終わらせた。
 だがゼフィール・シティ。
 比較的高地に造られ、自然産業の発達したこの街で、彼女は今も……。

 インバース商店は、今日も安定した客入りを見せていた。
 顔出しに来る隣人も多く、ルナは幸せな時間を過ごした。
 店の奥で、会話に入り浸っていても、来客のことは忘れない。そういった意味では、真面目な店主であるのかも知れない。
 陽が翳りを見せて来た。
 本日訪れていた近所の老人を家に帰し、彼女もまた店を閉め、外へと出た。
 燃えるような天に反して、冷たい風が吹く地平を、ゆっくりとルナは歩いてゆく。

「……ディル」
 その日も、ルナは待ち続けていた。
 何もない丘。
 だが、彼がいた丘。
 徒歩では少々遠いが、馬車を所持している身にとっては、さほど長い距離ではない。
 彼女はすでに四十近いのだが、美貌は衰えることなくむしろ一層増している。どんな美女も美少女も、けして敵わぬ魅力を持っていた。
 しかし、心はけして満たされぬ。
「……帰って来るのよね」
 小さな声は、風に掻き消される。
「待ってるから。ずっと……待ってるからね」
 少女のような声で、ルナは言い続けた。
「……待ってるからね」
 手には虹色の光を放つ小石が乗っていた。思い出の品。
「……待ってるからね」

 妹が死んだ。
 最近、そんな噂を聞いていた。
 すでに若くない身での旅は、過酷すぎたのかも知れない。
 両親も三年前に他界したため、家族はついにいなくなった。
 しかし、自身が願ったほどに哀しみは生まれなかった。
(……ディル)
 静かな部屋。
 夜の空気は、黄昏時にも増して冷たいが、それとは逆にどこか優しい。
 夜闇の静寂の中、ルナは眠りについた。
 もう慣れた。
 もう慣れたのだから。


 ゴト……

 異変を察知した。
 彼女にはあまりに鮮明な音であった。
 素早く目を覚ます。
 明かりのない部屋には……影。
 それは徐々に姿を露にしてゆく。

「……ディル」
 
 安堵と喜びの中で、ルナは目を覚ました。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

 果てしなく続く、時間の流れが、彼を脅迫する。
 ゼロスはあれ以来、一度も来ていない。
 しかし、いつ訪れるかは知れず、心の中で脅えていた。
 そう、ひどく恐れていた。あの凶悪な魔族を……。

 ディルギアはその後、いくども悪夢と邂逅した。
 愛するものを手に掛ける夢。
 ゼロスに操られ、無理矢理。
 あるいは自らの意志で、それをおこなった日もあった。
 その殺戮を愉しんでいた日までもあった。
(……どうすれば良い?)
 未だに覚悟が決まらない。
(……どうすれば良い?)
 答えはあるのだろうか。
 そして、自らの運命を何度も呪っていた。
 
――もしあの日、森にいかなければ
 優しき彼女と、ずっと過ごせていたのだろう。
 このような運命を辿ることはなかったのだろう。
 そう、あの日にすべてが変わった。
 あの日に今の自分が造られたのだ。あの時に、運命の檻に閉じ込められたのだ。
 激しい後悔。
 滝のように。嵐のように。心を苛む。
 しかし、悔やんでも、悔やんでも、それでも渇水。
 あまりに自分が愚かであった。
 過ぎし時は還らぬ。
 時間は無情にも、進み続けた。
 時の激流には逆らえなかった。
 
 ディルギアは、運命について考えた。
 雷鳴に撃たれてから、すべてが変わった。
 あの欲求や衝動も、思い返せば、強大な力に動かされていたような気がする。
――俺は操られていた
 何にだ?
 それは狂気だろう。
 そして、狂気をもたらしたのが、運命だ。
――運命とは何だ?
 運命とは……他のものの、すべての必然的な干渉から出来上がった結果ではないだろうか。
 時間経過による必然の積み重ねから、生まれた一つの道。
 すべての必然的な干渉。すべての存在が、運命の中にいるのならば、すべて必然ではないか。
 そう絶対の結果。それが運命。
 過去も、未来も、現在もすべて定められている。
 誰に? 運命という絶対の結果にだ。
――待て、ならば勘や、無意識的行動などはどうなる?
 いや、それも定められているのだろう。恐らく。
(ふざけるな!)
 静かに思考していたディルギアは、急に怒り出した。
――そんなものは、空論だ。妄想だ。
 そう、ありえない。運命など、存在するはずがない。
――存在するはずがない
 存在するはずがないのだ。
 だが、確実にディルギアの絶望は、膨張していた。

 だが、その日がすべてを変容させた。
 ある日、ディルギアはふと、図書館へ向かった。
 突発的に行動していた。感情を紛らわせるためかも知れない。
 とにかくディルギアは図書館に向かっていた。
 あの時と、さほど変わっていない。
 ただ人が出入りしたような形跡が、少し不思議で、不可解だった。
 それでも、あの時と同じ位置に、彼の書いた本はあった。
 自然と手が伸びる。
 懐かしい。ひどく懐かしい。
 そっと、読み返してみた。
 文字を追うのは、さほどの苦痛ではなかった。
――ゼルガディスは幸せになっただろうか?
 そんな思いを持ちつつ、文字列を少しずつ読み解いていった。
 少しずつ、少しずつページをめくっていき、過去を想い、若さを恥じ、後悔の念を思い出し、それをごまかしたり、した。

 だが、しばしして彼は一つの事実に気付いてしまった。
 それは今の状況をごまかすのには適していたのかも知れない。傍らではそうも思っていた。
 だが、驚愕には値し、不安には充分な内容だ。
 『吾は守護者を求むる』
 そんな一項目。

 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ……
 いったい何なのだ? ……

 守護者とは何だ?
 絶対者とは何だ?
 殺戮の車輪?
――そんなものを俺は知らない
 明らかに、後で書き足されている。
 ひどく拙い文章だが、字体が不思議と魅力的だ。同時に、狂気的とも言える。
 常人ならば、度の違いはあれど、その一文に支配されてしまうのだろう。
 思えば、死体も増えていた。
 男の骸がいくつもあった。
 守護者は現に、存在していたに違いあるまい。惨劇が繰り返されたのであろう。
 誰が書いたのか?
 誰がこんなことをしたのか?
 だが、答えはおのずと判明した。
 この静謐に満ちた部屋。
 だがどこかノイズを感じたような錯覚。
 それはこの空気に微かに混ざる……
「そこにいるのは誰だ!?」
 ディルギアは微かな気配を感じ取っていた。
 本当に微かな気配であった。
 並の人間ならば、気付かぬだろう。
 だが、ひどく邪だった。この世でこれほどの敵意があって良いのだろうか。
「出て来い!」
 それでも、ディルギアは呼び掛けた。
 怒鳴り声は、虚勢でしかない。相手もそれに気付いているのだろう。
 恐ろしい。恐ろしい相手だ。
「……ドラキュラっ!」
 かつて……自らが滅ぼした存在。
 恐ろしい。恐ろしい相手だ。
 
 空気が変わる。重みを持ち出す。
 部屋の温度を、一気に氷点下に落とされたかのような錯覚。
「……久しいな」
 その中で、図書館の虚空に浮かぶ姿。
 その美しき声はまさしく……
「生きていたのか!」
「当然だ」
 ドラキュラは言った。かつてと違い、かなり落ち着いていた。
「吾が滅ぶはずがないわ」
 声には絶対の自信があった。
 そしてその力は、ディルギアが知るそれを遥かに凌駕している。底知れぬ魔力だ。
「吾は今、魔の種族をも超越した。貴様を利用させてもらったが、それにより吾は無敵と化した。
 ……今こそ貴様を葬りさってくれるわ!」
 そして、腕を突き出した。
 たったそれだけの動作で、ディルギアに死を覚悟させる。
 鼓動が早鐘を打つ。眩暈で世界が歪んでいく様を見た。
「消えろ……憎きディルギアよ。この日を待っていたわ!」
 そして、辺りが光に包まれていく。
 その色彩に似ず、あまりに邪悪な輝きの中、ディルギアは……

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26201遍ク定メノ、終ワリヘトオロシ・ハイドラント 2003/6/12 17:38:45
記事番号26174へのコメント

 
 ――遍ク定メノ、終ワリヘト――

 すべてが消えてゆく瞬間、笑い声を聞いていた。
 苦痛だった。
 あまりに苦痛だった。
 ドラキュラという存在が崩れてゆく。
 愚かな人狼一人の力によって……。
 屈辱でもあった。
 ゆえに抗った。
 滅びたくない。滅びたくない、と。

 意志とは不思議なものであった。
 魔族であるためか、想いは肉体を再生させた。
 粉砕された意識が結合したのだ。
 奇跡としか言いようがない。
 その奇跡に、ドラキュラは救われたのだ。
 感動した。その奇跡を……。
 さらに気付いた。
 変容している。再結合によって、彼は魔のものではなくなった。
 原理は分からない。だがそんな現象が起ったのだ。
 本当に、奇跡としか言いようがない。
 感謝した。その奇跡に……。
 そしてそれと同時に、自らを滅ぼしたものへの、復讐を誓った。
 魔族ドラキュラのプライドを粉々にし、利用し、そして裏切り、棄てたディルギアへの、復讐を強く誓った。

 自らの体質に気付いたのは、しばししてからだ。ディルギアがそれを示してくれた。
 彼は、良質の負の感情によって成長するという自らの体質を、利用することにした。
 
 計画を思いついた。
 それは、質の良い負の感情――どうやら多数の感情が混ざっていると良いらしい――を上手く摂取する方法。
 過去に、あの人狼に使った術でも良かったのかも知れない。
 しかしあれを使う勇気は、もうなかった。
 そこで生まれたのが、「守護者」の物語であった。
 恐怖、危機感、怒り、憎しみ……そして生まれる狂気に溺れてゆく。
 そして、狂気がさらに美味なのだと判明した。自らのおこないに気付かぬ哀れさと、伝わって来る痛々しさが好みであった。

『俺を永遠に眠らせて欲しい。だから心あるものに守護を頼みたい。
 自ら以外のすべての侵入者を片付けて欲しいのだ。当然、存在するのならば、他の『守護者』も含めてだ。
 殺戮の車輪の『中心』に立ち、『絶対者』ともなるのだ。
 そのものに俺は、俺の叡智が生み出した『秘薬』を授けようと思う。
 俺の『秘薬』は、すべての苦を取り払うだろう。
 それは、俺の棺の中にある。
 だが、『絶対者』でないものには、けして渡さない。
 俺は答えを知っている。
 永遠の苦を恐れるならば、それだけは止めることだ。
 俺は……すべてを見ている』 

 本当に馬鹿げた文だ。
 答えを知っている? 
 時間など無限にあるのだ。
 『絶対者』など、存在出来るはずがない。
 強いていうなら自分だ。
 それにしても拙い文章だと、ドラキュラは自分自信でそう思っていた。

 管理は部下であったアマードに任せた。
 引き受けてくれて本当に良かった。
 だが、アマードは狂ってしまった。
 ディルギアに魅せられてしまった。
 いつか滅ぼしてやろうと思った。
 結局叶わなかったが、もうどうでも良い。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

「待て! 待ってくれ」
 ディルギアは、そう叫んでいた。
 必死で……必死で……。
「どうした……命乞いか?」
 嗤うドラキュラ。
 ディルギアは激しき怒りを覚えたが、
「……頼む。俺に力を分けてくれ」
 我慢し、土下座した。恐怖には抗えない。
 屈辱が全身を駆け巡る。
 だが、それでもその体勢を彼は続けた。
 あのままならば、滅びるのは彼の方なのだ。それに……。
「……ほう」
 ドラキュラはそれを見詰め続けている。真意は読めない。
「頼む。そうでないと俺は……」
 そう、巡って来たチャンスなのだ。
 唐突な希望に対し、それでもディルギアの思考は正常に働いていた。ドラキュラの威圧がかなり思考を乱したが、それでも正常に働いていたのだ。
「どうしても、必要なんだ。頼む。本当に頼む」
 彼は見上げるように、真紅の瞳を覗き込み、
「約束を果たしたら俺の命など、どうでも良い」
 
 そして一つの契りがなされた。

 ドラキュラの魔力はやはり、あの頃とは比較にならぬ、凄まじきものであった。
 そして魔を超越していた彼は、なお狡猾で邪悪な秘術を数多に得ている。
 ディルギアはその一つ一つを、急速なペースで習得していった。
 魔力は膨れ上がり、そしてそれに比例して希望が溢れ出してきた。
 だがそれでも、以前とは違い、ドラキュラを越えるには遠く至らなかった。
 魔族としての全弱点を捨て、究極の種族となったドラキュラに、ディルギアは敵うはずもない。
――それでも良い
 しかし、それでも良いと、ディルギアは思っていた。
――願いさえ叶うのならば……
 貪るように、魔道の法を身につけていった。

 そして、それから数ヶ月が経って、ついにゼロスが訪れた。
 随分と久しぶりだ。その姿を見るのは。
「……覚悟は出来ましたか?」
 いやに慇懃な態度。
 それが、嫌悪をもよおしたが、
「あっ……ああ」
「そうですか……」
 ゼロスは踵を返す。そこに一筋の汗を見た。ディルギアは確かに見ていた。
「それでは期待していますよ」
 そして、逃げるように、虚空に消え去る直前。
「待てよ!」
 まさにその隙をついて、漆黒の矢は放たれた。
「うっ……」
 ゼロスの背に、ディルギアの禍々しき魔力が炸裂する。
 そう、ゼロスはこれを恐れていたのだ。ディルギアの膨張した魔力から……。
 ゼロスは振り向き様に杖を翳したが、
「甘い!」
 生まれ出た光弾を、ディルギアは軽くかわし、強烈な一撃を叩き込む。
「ぐっ!」
 そのまま開いた空間に、二人は飲み込まれていった。

「いきなり、何を……」
 ディルギアの干渉によって、ゼロスの切り開いた次元の狭間は、激しく歪んでいた。
「……黙れ!」
 ディルギアは微かながらも涙を浮かべ、必死の形相で飛び掛った。
 ゼロスはそれをかわしたが、ディルギアの腕から放たれた光弾が追跡して来る。
 弾は腕を振るうごとに数を増してゆく。
「貴様さえ……貴様さえ……」
 ゼロスは自らの攻撃でそれを中和していくも、ディルギアの魔力は圧倒的で、
「ぐっ……」
 ついにはその餌食となる。
 ディルギアはゼロスの腹を蹴った。
 何度も蹴った。
 その度にゼロスが苦しみうめく。
「貴様さえ殺せばルナはぁああっ!」
 何度も何度も、蹴った。
「貴様さえ……いなければ……」
 何度も何度も、激しく蹴った。
 借りを返す。それだけではなく、すべての恨みをぶちまける様に……。
 ゼロスは苦しんでいた。
 そしてひどく脅えていた。
 快感だった。あまりに快感だった。
「……僕を滅ぼしても……赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)は助からな…」
「黙れ!」
 そして勢い良く踏み付ける。
 膨大な魔力が同時に足から放出され、ゼロスの身体を激しく傷つけた。
「獣王さ……ま…………」
 そして声を失ったゼロスに、
「……永遠に眠るが良いわ!」
 無情にも腕を翳す。光が迸った。

 笑顔を見せた一瞬が、獣神官ゼロスの最期であった。
 狭間の世界に飲み込まれ、他の誰にも感知されずに、滅び去った。
 ディルギアは嗤った。何度も嗤った。

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26202暁ノ涙ハ永遠ニオロシ・ハイドラント 2003/6/12 17:40:51
記事番号26174へのコメント

 
 ――暁ノ涙ハ永遠ニ――

 すべてが終わった。
 静かな朝。夜に似て暗い。
 ディルギアは、最期の夜の訪れを待ち続けていた。
 眠気はない。
 飢えも渇きも、すでに存在せぬ。
 ドラキュラの姿もなく、独り棺の間に座り込んでいた。

「……ルナ」
 天井には月が見える。
 彼の脳内で造り出されたむなしい幻想。
 だが、心なしか微笑んでいた。
 命は明日終わる。明日には終わるのだ。
 ドラキュラとの契約。それからは逃れられまい。
 後悔してもいる。かといって、他の術が浮かぶわけではあるまいが……。
「……無理だった。そういう運命だったんだ」
――思えば、そんな約束もしていたはずだ
 元の姿に戻る、と。
 月は沈黙。
「……お前は、この姿でも受け入れてくれるか?」
――だが、新たな秘術でも、元に戻ることは出来なかった
 月は答えない。
「……どうせ最期だ。嫌ってくれた方が良い」
――そうであってくれたなら……
 だが、そう言い出した瞬間……月の涙は地に落ちた。

 ……ピタン

 見れば彼自身の涙であった。

「……ルナ」
 再びディルギアは過去を思い出した。
 それは辛い過去でなく、輝かしき日々。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

「ディルって……昔、何してたの?」
 雄大な雲を見詰めていたルナは、唐突に口を開いた。
 幸せに浸っていたディルギアは、突如現実に引き戻されてひどく驚いたが、
「……大したことはしてねえよ。ただのチンピラって程度か?」
 すぐに冷静になってそう答えた。
「……そう。でもあなた凄く立派に見えるわ」
 だが落ちついた感情もまた刹那であった。
「いや……そっそんな……」
「ふふっ」
 そしてルナは巨大な入道雲を指し、
「あの雲よりも、男らしいわ」

 ディルギアは獣人であった。
 恐ろしい外見ゆえに、大きな街には立ち入れずにいたのだが、その日はルナに連れられて、彼女の住むゼフィール・シティを歩いていた。
 ディルギアの住む丘とはまるで違い、無数の露店が立ち並び、多数の人々が幸せそうに歩いている。
 徒歩三時間程度の隔たりしかないのに……。
「おい、ルナちゃん。そのデカい犬はなんだい?」
 突然、店先から声が掛かり、ディルギアは戸惑いを隠せなかったが、
「私の友達よ」
 ルナがそう言ってくれて安心した。
「……ねえ、そろそろお腹空かない?」
「ああ……そうだな」
 緊張気味のディルギアも、少しずつ都市に溶け込めている。

 何度も街を回り、住人達にも受け入れられていくようになった。
 怪物ではなく、獣人という種族として……。
 人間と、変わりはなかった。
 それがディルギアは嬉しかった。
 やがて、ルナの元で暮らすようになった。
 ルナが必死で両親を説得してくれるのを、彼はずっと陰で見ていた。
 彼女の両親がようやく諦めた時、ディルギアはルナに本当に感謝した。
 喜びだけでなくその行動に、感動を誘われたがために……。

 勝手に散歩に出掛けた時があった。
 丘を下り、森に入り、自然を堪能した。恐ろしき森だとも知らずに……。
 珍しい石を見つけた。
 虹の色に煌いていた。
 ディルギアそれを拾い、街へ戻った。
 ルナは心配していたが、ディルギアのプレゼントを大いに喜んでくれた。
 そんな失踪は何度もあった。
 ルナは彼を叱りもしたが、それ以上に帰還を歓迎してくれた。
「エイユウノツルギには気をつけなさいよ」
 またいつもそう言っていた。
――何だろうか? エイユウノツルギとは……

「……ずっと続くんだよな」
 二人で丘を見にいった日、空を眺めつつ思考を続けていたディルギアからふと、そんな言葉が漏れてしまった。
「あっ、いや……」
 ディルギアは慌てて取り繕おうとしたが、
「……ええ、きっと続くわよ」
 ルナはそう言ってくれた。
「そっ、そうだよな……」
「私には……未来が見えるの」
 だが、続けて出たその言葉は哀しげだった。
「なっ……未来! そりゃあ凄いな」
 それに、気付いたディルギアは、無理矢理明るい顔を作り上げる。
「明日の晩飯、言い当ててくれよ」
 ルナは……笑っていた。
 微かだが、笑っていた。
「俺はビーフステーキが良いけどな」
「じゃあ……ビーフステーキよ」

 彼は、ルナの不思議な力にも気付いていた。
 だがそれを誇りはしても、恐れはけして抱かなかった。
 時折、些細な喧嘩もしたが、記憶に残るのはすべて幸せな出来ごとばかり。

「ルナ。……大好きだ」
「えっ!?」
 冗談混じりでそう言った日を、今も忘れはしない。

 幸せが崩壊し、すべてが終わった今でも……。


 ディルギアから涙が溢れ出る。
 大河のように、瀑布のように……。
 永遠の月は今も照っている。
――自分だけが死に、彼女は生きてゆくのだろう
 想像することが、どれだけ恐ろしきものだろうか。
――せめて、良い最期を迎えよう
 ディルギアは誓った。
 幸せな時間を最期に送ると……。
 神へ、魔へ……そして意識し始めている、さらなる存在に誓った。

 夜が更けた。
 同時にディルギアの姿は消え去る。

◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆

 ルナは……感じていた。
 確かな衰えを見せる自らの能力から、導き出される微かな未来を……。すべての『必然』を――運命を、視(み)ることの出来るその能力から。
「……ディル」
 虹の石を握り締めた。
 時を静かに刻んでいく。
 
 ディルギアがもうじき訪れる。
 それが最期に会う日となるだろう。
 すべてが終わるのだ。
 彼女の人生のすべてが……。

 黄昏の空を見詰める。
 自分と同じ心境なのだろう。
 落ちてゆく日。
 残酷なほど迅速。
 闇が、やがて世界を覆い尽くした。

「……ルナ」
 気配が生まれた。
 ルナはすぐにそちらへ振り向く。
 躊躇わない。時間がないのだ。
「……ディル」
 そして数十年の時を経て、再び二人は巡り会えた。
 異形となり、その命さえも風前の灯火たる……吸血王ディルギア。
 すべてを失い、絶望へと墜ちてゆく……赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)ルナ。

 最後の時間が始まった。

 暁の涙よ。
 願うならば永遠に在り続けんことを。
 その者が生きた証として……。

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26203エピローグオロシ・ハイドラント 2003/6/12 17:44:49
記事番号26174へのコメント

 
 ――エピローグ――

 夜明けとともに、灼熱の風が彼の身を焼き尽くした。
 至福の時間はそして終わり、ルナには孤独が残された。
 こうなることは、分かっていたのかも知れない。

 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れた。
 もう慣れたのだ。

 これが運命だ。
 運命……のはずなのだ。

――――閉幕。

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26204あとがきオロシ・ハイドラント 2003/6/12 18:15:29
記事番号26174へのコメント


 ――あとがき――

こんばんはラントです。
ついにシリーズ完結致しました。

思えば、登場キャラあんまり多くないなあ。
一部から数えても、ディルギア、ルナ、ドラキュラ、アマード、ヴラド、ヴェール、ゼルガディス、ゼロス。
でも、運命に流されて狂気に囚われるディルギア。
静かに哀しむルナ。
怨念で復活したり、と凄いけど、人が良いのか、打算が過ぎるのか、ちょっと甘いような気がするドラキュラ。
敵に忠誠を誓っちゃうアマード。
アマードにすっかり騙されてるヴラド。
実は全部お見通しの謎の人物ヴェール。
主役級なのにあっさりやられたゼルガディス。
これまたやられちゃったゼロス。
少ないけど、そこそこには良い感じなのかも。

にしても加筆しまくったなあ。当初45枚くらいだったけど58枚くらいになったし。
どこかで破綻してるかも知れませんが……。

それでは、この辺りでさようなら。

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26209Re:あとがきじょぜ 2003/6/12 21:40:01
記事番号26204へのコメント

ラントさま。

お疲れさまでした!ヽ(^o^)〃
いつもいつも思うのですが,ラントさんの創作意欲には驚かされます!
短編も連載も,ものすごい量ですねえ。
書きたいことがいっぱいあるようにお見受けします。

>「……帰って来るのよね」
>小さな声は、風に掻き消される。
>「待ってるから。ずっと……待ってるからね」
>少女のような声で、ルナは言い続けた。
>「……待ってるからね」
> 手には虹色の光を放つ小石が乗っていた。思い出の品。
>「……待ってるからね」

ここよかったです。
正直ディル×ルナってゆーカップリングは初めてだったので,ぴんと来なかったのですが,
とっかかりが見つかったのがここです。
こういうシーンに弱い私……。

では,お互い頑張りましょう!(なーんて偉そう〜)。^^;

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26210Re:あとがきオロシ・ハイドラント 2003/6/12 22:21:44
記事番号26209へのコメント


>ラントさま。
こんばんはラントです。
>
>お疲れさまでした!ヽ(^o^)〃
……本当に疲れちゃったので、本気で嬉しいです。
>いつもいつも思うのですが,ラントさんの創作意欲には驚かされます!
>短編も連載も,ものすごい量ですねえ。
数だけの馬鹿です。もうちょい一つ一つに時間を掛けられると良いんですけどね。
>書きたいことがいっぱいあるようにお見受けします。
ええ、幼い頃から高校生まで空想癖のあった人間ですし、登校拒否体験もあり色んなこと考えたので、やはり書きたいものっていっぱいあるんですよ。
にしても……当時、自室に鍵なくて引き篭もりたいのに、引き篭もれなかったというエピソードは鮮明ですね。
あっ、すみません変なこと言っちゃって。
>
>>「……帰って来るのよね」
>>小さな声は、風に掻き消される。
>>「待ってるから。ずっと……待ってるからね」
>>少女のような声で、ルナは言い続けた。
>>「……待ってるからね」
>> 手には虹色の光を放つ小石が乗っていた。思い出の品。
>>「……待ってるからね」
>
>ここよかったです。
どうもありがとうございます。
>正直ディル×ルナってゆーカップリングは初めてだったので,ぴんと来なかったのですが,
まあこんなの書くの私くらいなものでしょうねえ。
読む本のせいでもあるわけですが……。
>とっかかりが見つかったのがここです。
>こういうシーンに弱い私……。
そうでしたか。
いつでも使えるシーンではないですが、さらなるこういうシーンを作って見ましょうかねえ。
>
>では,お互い頑張りましょう!(なーんて偉そう〜)。^^;
ええ、がんばりましょう。
じょぜ様の確かな実力。読んで書いて成長させてください。

それでは、本当にレスどうもありがとうございました。
本当に嬉しかったです。

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26216純愛ですね♪エモーション E-mail 2003/6/13 22:03:17
記事番号26204へのコメント

こんばんは。

シリーズ完結、お疲れさまでした!
全体的なテーマとしては、吸血鬼ものであっても、ディルギアとルナの純愛、
といっても差し支えないと思います。
二人の想いがとても切なかったです。

それにしても、2部でのあの文章……。あれが、ディルギアではなく、
滅ぼしたはずの吸血鬼の書いたものだったなんて……。
ゼルの身体に何の変化も起きないはずですよね。
推理ものの流れは、3部にも続いていたのですね。

ルナを守るために、吸血鬼と契約し、ゼロスを倒したディルギア。
契約期限はゼロスを倒してから、最初の夜明けまで、だったのですね。
そして、ルナはすべてを知っていたのでしょうか。
だとすれば、ルナの持つ未来を視る力。それはとてもとても残酷なものですね。
確実にそうなると分かっていて、でも、違っていることを願う。そんな思いで
いたのだと思うと、ルナが酷く、可哀相です。
ラストは、生命は長らえたとしても、ディルギアが死んだとき、ルナの心も
一緒に死んだのだと解釈しました。

とにかく、読んでいて、圧倒されました。

次作は「TRY」になるのでしょうか。
何にせよ、次の作品を楽しみにしています。
それでは、この辺で失礼いたします。

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26225Re:愛ある限り戦いましょう(待て)オロシ・ハイドラント 2003/6/14 17:39:37
記事番号26216へのコメント


>こんばんは。
こんばんは。
>
>シリーズ完結、お疲れさまでした!
本当に疲れたので、本当に嬉しいです。本当に……。
>全体的なテーマとしては、吸血鬼ものであっても、ディルギアとルナの純愛、
>といっても差し支えないと思います。
一部を書いていた時期は本当に、こんなのになるとは思ってもいませんでした(でもゼロスが訪れるというのは最初からあった考え)
>二人の想いがとても切なかったです。
元に戻ることに意地になりますけど、三部ではその意地とともにプライドまで捨ててルナを救ったディルギアと、そのディルギアを待ち続けたルナ。
自分の思う以上に深い愛かも知らない。
>
>それにしても、2部でのあの文章……。あれが、ディルギアではなく、
>滅ぼしたはずの吸血鬼の書いたものだったなんて……。
ええ、当初はディルギアの書いたもののつもりでしたけど、思えば少々変でしたし、さらにディルがアマードと知り合った様子なんてどこにもないですし。
>ゼルの身体に何の変化も起きないはずですよね。
あれは起きているのかも知れません。不明ですが……。
偽造文書はほんの一部ですし。
>推理ものの流れは、3部にも続いていたのですね。
まあ続かなければ、別シリーズでも良かったはずですし……。
まあ、意図的なものより、偶然的なものが多いんですけども……。
>
>ルナを守るために、吸血鬼と契約し、ゼロスを倒したディルギア。
>契約期限はゼロスを倒してから、最初の夜明けまで、だったのですね。
ええ。
それに応じたドラキュラは、甘いのか馬鹿なのかは不明ですけど(個人的には後者)
>そして、ルナはすべてを知っていたのでしょうか。
>だとすれば、ルナの持つ未来を視る力。それはとてもとても残酷なものですね。
まあ未来を見通せるといっても、竜神の騎士クラスでは完璧に、とまではいかないでしょう。
でもかなり知れるのですから、残酷なものには違いありません。
蓋を開けずに中身が分かるんですから(姑獲鳥の夏などに出て来た理論)
>確実にそうなると分かっていて、でも、違っていることを願う。そんな思いで
>いたのだと思うと、ルナが酷く、可哀相です。
それで20年(まあいつ頃から悲しい未来が見えていたのかは不明ですが)待ち続けたわけですから、本当に凄い。私には真似出来ません。
>ラストは、生命は長らえたとしても、ディルギアが死んだとき、ルナの心も
>一緒に死んだのだと解釈しました。
一体あの後、どうなるのでしょうか?
ディルギアのいた森にルナが向かっていって、第二の吸血王になる、っていうのも良いかも知れないです。
にしても、エピローグってほとんど「痾」の真似がしたくて書いただけなんだよなあ。(麻耶作品を真似てたり、ちょっと挑戦してたりする部分がいくつかあったり)
>
>とにかく、読んでいて、圧倒されました。
非常に嬉しいお言葉です。
>
>次作は「TRY」になるのでしょうか。
えっと、「TRY」は構想の最終段階といったところです。
とはいえ、原作読み返す必要と、アニメを勉強する必要があるので、少々遅れます。
次は降魔戦争での戦略ものと、短編でハードボイルドものに挑戦したいと思っております。(前者が中編、後者が短編……で片付いてくれたら良いなあ)
>何にせよ、次の作品を楽しみにしています。
そちらの方も、無理せずにがんばってください。
次回楽しみにしておりますので。
>それでは、この辺で失礼いたします。
それでは、ご感想本当にどうもありがとうございました。
大変感謝しております。