◆−カオティック・サーガ――神魔英雄伝説めもりある――−オロシ・ハイドラント (2003/9/12 20:52:20) No.26946
 ┗フィブリゾの日記帳−オロシ・ハイドラント (2003/9/12 20:55:18) No.26947


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26946カオティック・サーガ――神魔英雄伝説めもりある――オロシ・ハイドラント URL2003/9/12 20:52:20


こんばんは。


神魔英雄伝説の短編第四弾になります。
本編をお読みでない方は、オリジナルのキャラクタが登場しているので、そちらから読んだ方がいい気もしますけど、別にそれほど問題ないような気もします。……多分。


それでは

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26947フィブリゾの日記帳オロシ・ハイドラント URL2003/9/12 20:55:18
記事番号26946へのコメント


 世界暦****年*月*日/晴れ


 1
 僕は、僕の部下である冥神官ノーチェと冥将軍アマネセルと一緒に朝食を食べていた。
 朝食はアマネセルが作ったものである。彼女は類稀なる才能を持っており、上司である僕にとっては最高の贈りものとも言える。一人の戦士としても、多数の兵を率いる将としても一流であり、家庭的なことさえ人並み以上にやってのける。もし天に感謝することがあるとすれば、彼女を授かることが出来たことくらいだ。
 僕の二人の部下であるノーチェとアマネセル。この二人の内のどちらかを捨てねばならぬ時がもし来るならば、間違いなく――残酷な話だが――僕はノーチェを捨てるだろう。アマネセルは特別な存在だ。
 文章にするからこそ言えることだが、僕は彼女に純然たる愛を持っていた。親としてでも上司としてでもなければ、恋人や伴侶としての愛でもない。根源的な愛。うまく言えないが、そのようなものを彼女に対して持っていた。
 深遠の闇を打ち払う暁の輝きに照らされた白雪の如く、美しく煌く銀髪。対して暗く底の見えぬ闇色の瞳。美と力強さを兼ね備えた肉体。……いや、そんなものは偽りの仮面だ。第一、ノーチェの容姿もほとんど変わらない。
 真に大切なのは本質である。姿形など精神面を覆い隠す鎧に過ぎない。すでに亡くなった覇王軍の美姫ネージュの持つ絶世の美も、本質的な美しさがあってのことだ。
 僕はアマネセルに対して、深い愛を持っている。他のどんな愛より深い愛を……。
 アマネセルは、やがて大きな武勲を立てるだろう。そうなれば僕としても喜ばしいこととなるだろうが、そんなことはどうでも良いのだ。大切なことはそんなことではない。
「フィブリゾ様。お先に失礼させて頂きます」
「うん」
 アマネセルは、早々に食卓の場を去った。
 動きの一つ一つに気品がある。それも本質ではないのだろうが。
 まだ黙々と食事を続けているのはノーチェの方である。彼女はアマネセルに姉ということになっている。どう見えもアマネセルが年長者に見えてしまうのだけれど。
 彼女はアマネセルと同等の美貌を持つが、他の部分では大きく劣る。特に料理のセンスは全くないようである。
 ただ、用兵技術や戦術知識に置いては、アマネセルとほぼ互角と言えなくもないだろう。絶対にそうは見えないが。
「ねえ、ノーチェ」
 僕は彼女に話し掛けた。彼女は食事に集中していたようで、「は、はい! な、何でしょう」と慌てた様子で返事をして来た。やはりアマネセルより年長とは思えない。まあ魔族は加齢とともに成長するわけでもないので、気にすることはないのかも知れないが。
 僕はしばし黙って彼女を見詰めた。まるで値踏みでもするように。
 しかし実際は、話し掛けてはみたものの話題が見つからないということを覚(さと)られないために、そんな視線を送っていただけだ。
 僕は思考を急速回転させ、話題となりそうなものを模索した。
 僕の言語化された様々なものが、僕の心の海を泳いでいる。僕はその中から、一つの言語体をすくい上げた。
「もしも君が、君以外のものに生まれ変われるとしたら何が良い?」
 くだらない問いである。
 生まれ変わりなどあるはずがない。魔族が完全に滅べば混沌へ還り、そして永遠の虚無へ投げ出されて終わる。その先はない。
 意味のない問いだ。価値は全くない。
 だが、価値だけを求めて生きるほどくだらないことなどない。
「私は……ええと」
 ノーチェは返答に詰まっているのか? こんなくだらない質問の返答に……。
「私は獣になりたいです?」
「獣?」
 意外だと思った。だが、正常な答えなのかも知れない。
「自由に、ただ一日を精一杯生きる獣……」
 獣か。それも良いかも知れない。
「フィブリゾ様はどうですか?」
「僕?」
「ええ、フィブリゾ様は何になりたいのかと」
 しまった。逆に訊かれることまで考えていなかった。
「ちょっと待って」
 僕は考える。それも真剣に。
 そういえば僕は、何になりたいんだろうか。それは生まれ変わったらどうかという意味ではなく、今後、僕はどのような魔族になりたいのだろうかという意味である。
 僕は考える。真剣に未来の僕を。
「僕は僕のままで良いさ。でももう少しだけ強い僕になりたい」
 僕はそう言った。強くなりたいというのは本心だ。抽象的な言葉であるが、僕は抽象的な意味で強くなりたい。
「強くなりたいのですか?」
 ノーチェは笑顔だった。薄い笑顔だ。それは澄んだ青空に喩えるのが一番相応しいような……。
「だって僕は弱いもん」
 そうだ。僕は弱い。僕は弱すぎる。
「私が言うことじゃないかも知れませんが……弱いことは決して悪いことではないと思いますよ」
「分かってる。でも、それでも強くなりたいんだ」
 ノーチェは、僕がどう強くなりたいのかということを、何となく分かっているのだろう。強さというものを、ある程度は知っているのだと思う。もしかしたら僕よりも奥深くまで到達しているのかも知れない。
「って、シリアスになっちゃったね。こんな朝っぱらから本気でごめん」
「いえ、良いですよ。……それにしてもフィブリゾ様もロマンティストなんですね」
 ロマンティスト? どこがだ? 僕は現実主義者だけど。まあ、あんな話題を切り出したからそう思われたのだろうが。
「あっ、そろそろ僕行くね」
「はい」
 ノーチェはにっこりと微笑んだ。今度は青空に咲く太陽のようだ。
 まだ料理を食べている彼女を食卓に残して、僕は宮殿の上の方へ向かった。


 2
 冥王宮は広いが、それほど複雑な造りをしているわけではない。慣れれば迷うことなど絶対にないだろう。
 本宮と二つの塔で構成されており、二つの塔は、右側が黄昏の塔、左側が暁の塔という名称をしている。
 二つの塔は全く同じ造りをしており、内部も違いは全くない。
 この二つの塔の内、暁の塔の方の屋根が、アマネセルの昼寝場所になっている。今はいないようだが。
 僕は本宮の屋上で朝の空気を吸っていた。気持ちが良い。朝の空気などというものは、魔力で造った偽りの空気にすぎないのだが、実際に気持ちが良いのだから、僕はそれで良いと思っている。昔みたいに何もない世界に住むよりは数十倍マシだ。
 魔王様の時代に戻せとの声もあるが、僕はあの徹底されすぎた質実主義は、排除されて当然だと思う。
 表立っては絶対に言わないが、僕は魔王様のお考えには賛成出来かねる。戦いばかりにこだわらず、もっと自由を尊重するべきだと思っている。思っているし実行もした。魔族社会も少しは自由になった。
 これで良い。これで良いんだ。
 蒼い空。雲が流れる。
 ああ、変わらない。だが変わらないことこそが幸せなのだ。
「フィブリゾ様」
 突然、静かな世界に声が割り込んで来た。
 僕は辺りを見回す。
「ノーチェ」
 ノーチェがいた。
「どうしたの?」
「いっ、いえ……」
 屋上の入り口付近にしたノーチェは、僕の言葉を受けて硬直した。
「まあ、別に何でも良いよ。君もこっち来たら」
 手招きして誘う。
 ノーチェは何も言わずに僕の方へ歩み寄って来た。
「清々しいよね」
 僕は何気ない口調で言う。ノーチェはしばしためらったようだが、
「そうですね」
 笑顔を作り、答えた。
 それから会話が停滞する。
 静寂を気まずく思った僕は、
「ねえ」
「はい?」
「……ちょっと出掛けないかい?」
「ええと……」
 ノーチェがしばらく俯いていたが、顔を上げるとともに笑みを浮かべ、
「はい。ご一緒させてください」
 こうして出掛けることとなった。
 だが、どこに行こうか。
 僕は歩きながら考えていた。
 どこが良いだろう。
 他の魔族達に会いにいくか。
 それともショッピング?
 レジャー施設も良いけど、そういうものは大概うちにあるし……。
 僕が必死で悩んでいると、ノーチェは、
「……あの、フィブリゾ様」
「何だい?」
「始まりの高台に行きません? あそこはもう長く行ってないですし、もしよろしければ……」
 始まりの高台か。それは良いかも知れない。
「そうだね。そこ行こうか」
 僕達の目的地は決まった。
 その場所への移動手段としては、空間転移などという無粋な方法は使わず、電車とタクシーを利用することにした。


 3
 始まりの高台は、他の場所よりずっと遠い。
 覇王グラウシェラーの領地のさらに北にある。
 どこでも自由に行き来出来るように思われる魔界だが、この場所だけは随分距離が離れている。空間を渡らなければの話だが。
 雪の積もる大地を急行列車で走り抜け、大陸の果てから始まりの島へと続く橋の前で僕達はタクシーに乗った。
 そして始まりの島の中腹辺りで下ろしてもらう。
 この島は、島全体が巨大な山となっていて、その山を登り切ったところに始まりの高台がある。
 僕達はその山を登った。
 一歩。一歩確実に。
 途中でノーチェが崖の下に転落しそうになったが、間一髪のところで僕が救い上げた。
 あの時は本当に感謝された。……浮遊の術を使えば良いだけのはずなのに。口には出さなかったがそう思った。
 この山には動物が住んでいる。これは僕らが意図的に造ったものに過ぎないが、それでもいるといないとでは随分違う。
 ウサギを見つけた。クマにも出会った。キツネやオオカミもいた。
 さらに幻の珍獣ツチノコを発見し、黒い薔薇の園にも行くことが出来た。海王軍のスィヤーフが喜びそうだ。
 森を抜け、乾いた道が続く、そしてまた森。
 さらに進むと川が流れていた。
 そういえば、こうやって山を登るのは何百年振りだろうか。何千年振りかも知れない。
 僕らは水浴びをした。
 ノーチェが嬉しそうにはしゃぎ回っているのは微笑ましかった。
 悪戯として、森で見つけた虫を投げてみたら悲鳴を上げた。さすがに怒られてしまったが、僕は怒られながらも笑ってしまった。ノーチェもつられて笑った。
 とにかく楽しかった。
 それから少し行くと食堂があったので、僕達はそこで昼食を取ることにした。
 僕はエビフライ定食を、ノーチェはハンバーグ定食を食べた。料金は少し高かったが、場所を考えると結構妥当だ。
 それから僕達は再び山登りに向かう。
 これだけ充実しているのに、まだ一日は半分しか終わっていない。
 金色に輝く太陽が綺麗だ。光の刃が僕の目を差すが、こんな陽射しさえ憎むことが出来なかった。
 ノーチェとはたくさんの会話をした。
 好きな食べもの。
 好きな異性のタイプ。
 こういったくだらないものから……
 効率的な狩りの方法。
 魔法の道具とその戦術利用について。
 このような無粋な話題まで。
 そうやって話している内に、僕達は目的地に辿り着いた。
 すでに太陽が闇に飲まれてゆく頃であった。


 4
 紅い。
 母なる優しさを持ち、すべてを焼き尽くす焔にも思える。
 喪失。生きてゆくことによって失われるものは多すぎる。
 世界を飲み込む黄昏は、僕達の過去を蘇らせる。
 母は去り、僕達は焔に晒された。焔は勢いを増し、僕達の過去を焼いてゆく。
 戦火という名の燃え盛る焔。ようやく鎮火されたが、後には虚無だけが残った。
 希望の種を僕達は植えたが、すでに花は枯れかけているのではないか。
 魔族が改革によって自由と安息を手にしたが、すでにそのむなしさを気付き始めたのではないか。
 僕は思う。この始まりの大地で。魔王様が生まれたこの大地で。
「綺麗ですね」
 ノーチェはそう言った。確かに綺麗だ。
「哀しい綺麗さだけどね」
「哀しい……」
 ノーチェも同じものを感じてはいるのだろう。
「ねえ……」
「何ですか?」
 僕はノーチェを覗き込んだ。
 白い肌は夕陽に照らされ、美しく映えている。
 ノーチェが笑った。僕も笑う。
 笑いが静寂を断ち切り、重い空気を消し去った。
 しかし、それは一時のものであって、笑いが止むと、もの哀しさが強く込み上げて来た。
「ねえノーチェ……」
 僕は再び部下の顔を見る。やはり綺麗だ。
「君は獣になりたいって言ったよね」
 ノーチェは戸惑っていたが、すぐに頷いた。
「自由な獣。でも、獣達を見てむなしく思わない」
「…………」
「彼らは生きている。でも何のため? 僕は分からない」
 ノーチェは何も言わない。
 僕は続ける。
「自由に生き続けても、結局最後に死ぬだけ。何かがあるわけじゃない。むなしいよ」
 むなしい。
 生きてゆくこともむなしさ。
 僕も感じている。魔族も同じなのだから。
「そうですね」
 冷たい声。吐息が天に昇る。闇に浸食された表情。硝子のように脆い内面が見え隠れする。
「…………」
 そんな彼女に対し、僕は何も言えなかった。
 ただ見詰め合う。訪れる夜の暗さに掻き消されてしまいそうな二つの視線。
 言葉は生まれなかった。言語はすべて蒸発し、剥き出しにされた心だけが残った。
 僕は抱き締める。暗い灯火に照らされて、弱々しく震えるノーチェの身体を。そしてノーチェの心を。
 言葉を失った僕らは、心で語り合う。
 けして言語化されることのない会話。
 僕らは響き合っている。その言葉が適切なのだと思う。
 僕らは弱い。強者の仮面を被った弱者。
 ……もう少し強くなれたら良いのに。


 5
 夜の闇が降りて来る刻。
 僕達は誕生記念公園に向かった。
 そこには無限に涌き出る泉があり、泉の中央には魔王様の石像がある。
 魔族の王にして、究極の質実主義者にして合理主義者、それでいて臆病者。
 僕達と同じように弱かった魔王様。でも竜神と直接対決したあの時だけは、本当に強かった。
 僕達はベンチに座り、その偉大なる者の過去を封じ込めた石像を眺めていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……壊れてますね」
「……うん」
 魔王様の石像の上半身は、下半身から切り離され、泉の中で溺れていた。


 *


「君、確かこの日にこの公園に行ってたよね」
「え、ええ……一応は」
「あれって君がやったんじゃないの?」
「……ええと、何のことでしょうか」
「君、あそこで野球してたんだよね? 覇王軍の人達と」
「……な、なぜそれを……」
「それは秘密だよ」
「僕の専売特許ですよ。それは……」
「それで……君がやったんだよね」
「…………」
「僕の推理に間違いはないと思うんだけど、君がやったんだよね」
「それは……」
「君がやったんだよね!」
「……はい」
「やっぱりね。じゃあ、ゼロス。今日から君は僕の召使いだね」
「…………」
「これをバラされたら君も困るはずだよね」
「…………」
「何せ、重要文化財の中でも最高位に入るものだからね」
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「何?」
「なぜ、僕がやったって気付いたんですか。容疑者はたくさんいるのに……」
「ええと、勘かな?」
「…………」
 迷宮入りとなった魔王シャブラニグドゥ像破壊事件の犯人であるゼロスに向かって、セフィードは邪な笑みを浮かべた。
 二人の境界――テーブルの上には、緑の表紙の日記帳が置かれていた。