-朱に染まりは魔を使う者、前編-桜我天秦(5/26-18:34)No.2836
 ┣Re:朱に染まりは魔を使う者、前編(修正です)-桜我天秦(5/27-04:39)No.2839
 ┣Re:朱に染まりは魔を使う者、前編-桜我天秦(5/28-17:17)No.2845
 ┗朱に染まりは魔を使う者、中編(上のミスです(^^;)-桜我天秦(5/28-17:18)No.2846
  ┣Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編-松原ぼたん(5/29-20:04)No.2854
  ┃┗Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編-桜我天秦(6/2-00:07)No.2906
  ┣Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編-魔沙羅 萌(5/31-21:32)No.2883
  ┃┗Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編-桜我天秦(6/2-00:25)No.2907
  ┗朱に染まりは魔を使う者、中編2-桜我天秦(6/3-11:04)No.2929
   ┗Re:朱に染まりは魔を使う者、中編2-松原ぼたん(6/3-19:03)No.2936
    ┗Re:朱に染まりは魔を使う者、中編2-桜我天秦(6/4-08:15)No.2945


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2836朱に染まりは魔を使う者、前編桜我天秦 E-mail URL5/26-18:34

 もう一人の私、それに気づいたのはつい最近だった。
 私は二人いるみたいで、最初は何かしら違和感があったけど……今はそんなに違和感を感じない。
 慣れちゃったから。
 もう一人の私は私の相談役になってくれている。
『なんで人間ってそんなに悩むの?そんなの悩む前に行動しなきゃ、ね?』
 そんな答えがいつもは帰ってくる。
 人間って言う所から、彼女は人外の物なのかもしれない。
 いや、そう思っているだけかもしれない。でも私はもう一人の私がいるだけで不安を幾分感じなくなった。
『魔道士なら自分で道を開けるわよ。人間は強い束縛は存在していないからね』
 もう一人の私はたまにそんな事を言う。まるで自分が何か強い束縛に縛られているかのように。
 確かに、私は魔道士だけど……そこまで実力を持っていないと思う。
 私は私のいる魔道士鏡買いで、天才、天才だとちやほやされているけど、私はそうだと思えない。
 まだ覚えていない魔法もある。それに、新しい魔法も作らないとも思う。
 でも、こんな私をもう一人の私はこう言う。
『あなたは天才じゃない』
 私もそう思う。けどもう一人の私の言葉はまだ続いた。
『レイファル=ライシア……あなたは普通の人間よ、今はまだ……』
 この時、この意味はわからなかったが、後にわかるだろう、そう思った。
 私はレイファル=ライシア。ある魔道士教会に通っていた魔道士。 

「ねえ、もう一人の私」
『何?』
「最近さあ、生きる意味がわからなくなっちゃったんだ、私……」
『人間の生きる意味は私にはわからないよ。それに、あなたの生きる意味なんて在ったの?』
「しつれいねえ、生きる意味がなければこんな所で生きている訳ないでしょう」
『それもそうねえ』
 ……少しの静寂が訪れる。
『ま、早々に生きる意味を決めた処で、それはそれで束縛されるよ』
「束縛、ねえ……そういえば、私は君の生きる意味を知らないよ」
『それはあなたと一緒。まだ私だって生きる意味は見出せていないよ。今はあなたと話しているだけが私の生きる意味なのかもしれないけどね』
「もしそうだったらもう生きる意味見つかっているじゃない、羨ましい」
『だったら君も生きる意味が見つかっているじゃない。私と話しているんだから。それだけで意味になると思うわよ』
「それだったら嬉しいんだけどね。でも私には動かなきゃならないから……」
『それなら、生きる為に生きるのが生きる意味なんじゃないかな?深く考えていると滅入っちゃうよ』
「それもそうねえ……それとね」
 私は今まで座っていた大きな石から腰を浮かす。
「人が来ると変人扱いされると思うから森の奥に行こうよ」
『……そだね』
 私は人が来ないとこを確かめて、森の中に入っていった。

 暗い森ね……静かな森。静か過ぎて不気味。
『セイラーグ付近の元瘴気の森?』
 もう一人の私が興味津々にその森を感じている。
 もう一人の私は音でしか感じ取る事ができないらしい。目は見えないと言っているが、本当にそうなのかはわからない。
 彼女の声は私にしか聞こえないから……
「ここら辺は静か過ぎて不気味ね……」
『静か過ぎるとどんな音でも敏感になっちゃうよね』
「これで君と話してて小さな音に気がつかなかったらバカだよねえ」
『でもさ、私と話してると盗賊とかは襲って来れないわよ、不気味で』
「あはは……確かに」
 そう、私はもう一人の私と喋っている時は口に出している。もう一人の私に聞こえるように。
 でもこれ端から見ると独り言言ってるみたいで不気味だったりするんだなこれがまた。
 私が魔道士教会を出た理由の一つにもなってたりするんだ。
 たまたまもう一人の私と喋っていた所を同僚に見られて、これで魔道士教会全体にレイファル=ライシアは危ない奴だ。
 などと噂が立ったらわたしゃぐれたぞ。飛び出したぞ。
「それにしても……やっぱり不気味よねえ」
『ま、大丈夫、時期になれるって。私はいつもとあんまり変わり無いし』
 視界の影響でもあるんだろうか?
 まあ、この森は瘴気が無くなっても動物がいついたなんて話聞いた事が無いし。
 まあ、千年以上も経ったのにこんなに静かなのは不思議だといえば不思議だけどね。
『あれ?気をつけて。何かが来るよ』
「え?」
 私はぴたりと足を止める。と、その瞬間、
 ぶんっと髪に何かがかすめた。
「え……」
『たぶんさっきの攻撃、あそこで立ち止まっていなかったら死んでいたよ』
 もう一人の私の言う通り、あれは明らかに私の首を狙っていた。
 あそこで止まらなかったら首が飛んでいただろう。
 それにしても……なんつー事するんだ、どこの誰かさんはあ。
「ったく、誰よ?こんな事するのは?」
『心当たりないの?』
「あるわけないでしょ。攻撃される覚えなんてまったくないわよ」
『ふーん、あ、また来た。正面だよ』
「わかった」
 私はじっと正面を見詰める。理由はその攻撃を見抜く為にね。
「音は?」
『風を切る音が聞こえるよ。かなり小さいけど』
「……弓矢かな?」
『矢が風を切る音とは違うし、魔法でもないでしょ?』
 まあ、魔法はそんなに射程距離が無いとも言うけどね。それにもう一人の私が声を聞き取れなかったのがおかしい。
 もう一人の私は耳が異様に良い。どんな小さな音でも聞き取ってしまう。
 それで何度助けられたかは覚えていないけど、それで生きてきたのだから、それには感謝している。
 しかし……矢でもなければなんだろ?槍とか短剣じゃあるまいし……
「ねえ、音は?」
『音?……ただ突っ切るって感じより、回転させて風に斬っているみたい』
「回転させて?なら正体はっ!」
『戦輪……』
 そう。戦輪。横に回転させて宙に飛ばす外枠が切れるようになっている代物。
 結構慣れが必要だから、使う奴も減ったと思ったのになあ。
 珍しい奴もいたもんだ。
『マイナーな武器ってのは、時として優秀な暗器になるわよ』
「その通りね……来たっ!」
 私の視線に戦輪が飛び込んでくる。しかし、それと共に走ってくる影が一つ。
 ちょっと待て、影が余計だ。
『そんな、影の足音は聞こえなかった』
「そんなのは後っ!潰すよっ!」
 私は魔法の詠唱に入らず、短剣を抜いて戦輪を叩き落とす。
「さあ、援護してよね、もう一人の私」
『無論の事。足音が聞こえなくても他の音なら聞こえるさ、きっと』
 きっと、ってぇ処が不安なんだけどな、もう一人の私。
 まあ、もう一人の言葉には自信が篭もっていたし、私も戦わなくちゃね。
 ……人間ごときに負ける気はしないから。

続く?(おぃ)
このキャラクター、考えればわかる事ですがオリジナルです(笑)
でも、私のHP訪問した方ならまずわかると思いますが、あの娘の人間だった頃の過去話です(^^;
もしかしたらシリーズ化?(おひ)とりあえず前後編にしたいと思っています。
実は中編も?(こら)
では、次回作でお会いいたしましょう(次回作?おい)

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2839Re:朱に染まりは魔を使う者、前編(修正です)桜我天秦 E-mail URL5/27-04:39
記事番号2836へのコメント
うかつでした……はい、中編書こうと思って読み直していたのですが、誤字を発見しました(^^;
たぶん、変換ミスなんでしょうけど、書いてる最中はまったく気がつきませんでした(爆)
場所はここです。

> 私は私のいる魔道士鏡買いで、天才、天才だとちやほやされているけど、私はそうだと思えない。
           ↑この部分です。本当は協会じゃなければ行けないのに(苦笑)

 文の確認を怠った私のミスです。すいません(^^;

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2845Re:朱に染まりは魔を使う者、前編桜我天秦 E-mail URL5/28-17:17
記事番号2836へのコメント
 昔、私はある依頼を受けた。簡単な仕事だと思っていたからだ。
 だけどそれは簡単じゃなかった。簡単だと思っていた依頼の裏には魔族が潜んでいたのだ。
 私は魔族と言う物をそこで初めて見た。レッサーデーモンとかそんなんじゃない、ちゃんとした純魔族を。
 その姿ははっきり言って異形、人間とは到底思えなかった。そりゃ魔族だから当たり前と思っていたけど……
 強かった。実戦経験の薄い私には人外の者と太刀打ちできなかった。その時は焦ってて良く覚えていないの。ただ一つだけ、覚えている事がある。
 私が私でなくなったんだ……私の身体と精神が引き離される感じで身体の自由が効かなくなった。私は視界も遮れられ、音でしか状況が把握できなくなったの。
 その時に聞こえた声は私の物で、私の物じゃなかった。
『もう一人の私を傷つけた事……許さないからね』
 その声は聞き間違えることはなかった。もう一人の私の声だった。そして私が……もう一人の私の状況になった。
 その後は……覚えているようで覚えていない。あやふやな記憶としてしか残っていないから……覚えていたとしても思い出したくないだろう。
 ただ、わかる事は……もう一人の私は私を護ってくれている……少なくとも私はそう思っている……

 私と影は対峙していた。
 暗闇で動いていたからよくわからなかったけど、黒い服に目元だけを出している。こいつはたぶん暗殺者だと思うよ、だって服装が、ねえ。
 しかし私には暗殺者に狙われる事などしていないんだけど……誰かのテリトリーにでも侵入したかな?
「でもそれじゃあわざわざ暗殺者を雇う意味なんてないし……どういう事?」
『……物事を考えるよりまず行動。かなりできるみたいだよ、あの黒いの』
「君の助けが無いと考える訳?結構痛いよ」
『助ける事もできると思うけど、たぶん私の反応より早いと思うの。だから私の助けはほとんど無いと思った方が良いわ』
「わかった」
 私は軽く受け答え、暗殺者を険しい目で見る。暗殺者の表情なんてそう簡単にわからないと思うんだけど……この暗殺者には怪訝とした表情がしっかりと現れていた。
 悪かったな、変な奴で。
「私はレイファル=ライシア、君は?」
「これから死ぬ奴には名乗る事にしている、キースだ」
 暗殺者、キースは淡々と己の名前を名乗る。が、私にはその名前に心当たりがあった。
 暗殺者キース……依頼主のいない暗殺者。この暗殺者は自ら殺す相手を決める。
 だけど何故私を?
「何故、私を殺そうとする?」
「独断と偏見に包まれた理由を聞きたいのか?」
「……聞きたくないわ」
「ふっ、そうだろうな。行くぞ」
 キースは音も無く地を蹴り、私に向かってくる。
 もう一人の私が静かなのは、やはりキースの音を一生懸命聞こうとしているだろうか?
 ともかく戦うしかない。できるだけ、接近戦は避けて。
 私は短剣をキースに投げつけ、その間に左に逃げようとした。
 と、いきなりもう一人の私の声が響いた。
『駄目っ、左から戦輪が来るよ』
「なっ!?」
 私は慌てて後ろに転がり込む。すると、スパッと髪を掠めた音が聞こえた。
 そーか、戦輪って方向が自由自在なんだっけ……
「そこでいつまで寝てるつもりだ?」
 キースの淡々とした声が頭上から降ってきた。私が見上げてみると、やはりそこにはキースの姿があった。
「なんで殺さないのよ?」
「俺は倒れてる奴は殺さぬ主義でな」
「ご立派な主義だこと」
 私はそう言って間合いを取るように後ろに背を向けずに跳んだ。
 地面に着地した所で、私は投げようと思っていた短剣を投げつける。
 たぶん、効果ないと思うけどなあ。
「小賢しい」
 キースはいとも簡単に短剣を弾き飛ばす。
 ほーら、やっぱり効かなかった。
 などと考えてる暇なんかないわね。
「炎の矢っ!」
 私の前方に、炎の矢が十数本現れる。が、そのままそれを停止させておく。
 これは壁に見たてて使用する。
 私はすぐに詠唱に入ろうとした矢先、キースはそのまま突っ込んできたっ!
「く、行けっ!」
 私は炎の矢を解き放ち、キース目掛けて突撃させる。が、キースは俄然早さを上げて突っ込んでくる。
 正気なのっ!?
 私は少し動揺しながら次の魔法の詠唱に入る。
 その時、私はあいつから目を離さなかった。そして……見た。
 キースは身体をできるだけ丸くして顔を防いで突入してきた!
 な、なんつー無茶をっ!けどあれなら致命傷はない。あの程度の火傷など効果がないって事?
「氷結弾」
 キースの掌から蒼く輝く光の球が作り出される。こっちに来るか?
 だがしかし、キースは私に背を向けると、森に向けてそれを放った。
 一体、どうゆうつもり?
 だけどその答えはすぐにわかった。キースと戦う事に集中していた私は森が燃え初めている事に気がつかなかったのだ。
 キースの放った氷結弾一発で、森を焦がしていた炎は無くなった。
「消火しておかないと、森が燃えるんでな」
「へえ……結構常識あるじゃない」
「お前が無いだけだ」
 悪かったね、元箱入り娘で。
「さて、消火も終わった所で続きをするか」
「こっちは白けているんだけど」
「俺は知らん。白けてるならそのまま首を取るぞ」
 そう言ってキースは腰に挿していた長剣を鞘から抜き出して構える。
 うーん、常識人なのかそうでないのかわからん奴。
 私だったら相手が白けているなら戦いを止めるぞ普通。
 でも相手が白けてるからってムキになってるとは到底思えないし……
 本当にわからない奴だなあ。
「どうする?もう一人の私」
『白けてると殺されちゃうと思うよ。そんな余裕あると思っているの?』
「思っちゃいないよ」
 そう、私は弱いと思う。いくら魔道士として腕が立つと言っても戦いでそう何度も勝てるとは思っていない。
 私は体術も少しはやっているけどたぶん二流剣士の体捌きに負けるくらいだと思う。
 そんな奴が暗殺者ほどの体捌きを持つ相手にどうやって勝てと言うのだ。
 苦戦するのは目に見えている。でも、死なない為には戦わなくちゃいけないんだ。
 そして勝たなくちゃ。
「行くぞ」
 剣を構える姿に隙は無い……こいつ、暗殺者ってよりはむしろ剣士だ。
 しかも……剣を持った方が隙がない。暗殺者キース、こいつは食わせ者かもね。
 私はできるだけ殺傷能力のある呪文の詠唱に入る。
 できるだけで良い。殺す程の殺傷能力はいらない。殺すぎりぎり程度で。
 キースが地を蹴る。今度は大地を蹴る音がはっきりと聞こえたっ!
 私はそれに合わせて真っ正面に唱えておいた魔法を解き放つっ!
『風波礫圧破』
 その時、二人の間で爆発があった……

『……まずいわね』
 もう一人の私の声が微かに聞こえる。
『……と、気づいたの?』
「まあね……体が少しばかり痛いんだけど」
『そりゃそうよ。あんな処で二人とも唱えていた魔法、放つ瞬間。全部同じだったんだから』
「うわ……それはやばいわね……でもそんなに」
 私は身体を動かして見る。どこもおかしくない。
「傷を負ったように見えないんだけど」
『まあ、あの場から弾き飛ばされただけだし。でも全身を動かなさい方が良いよ。身体を強く打ちつけたみたいだから』
「……どおりで身体がだるい訳だ」
 私は辺りを見渡してみる。普通の森だ。ただ静かでなんのさえずりも聞こえない。静かな森。
「……あの暗殺者は?」
『あいつは冷静だよ。自分が飛ばされながら、魔法の詠唱に入って大木を破壊したみたい』
「それであいつは吹き飛ばされただけで済んだ、と……これも経験の差って奴?」
『そうなんじゃない?それと、まだあいつはここにいるよ』
「へ?」
『気がついたらまた戦ってくれ、だってさ』
 う、うーむ、本当にわからん奴。
「とりあえず……」
 私は復活の呪文詠唱に入る。これでも一応、神聖魔術以外の魔術は習得しているんだから。
 ……といっても全部使えるわけじゃないんだけどね。
 一応自分の命を保証する術として治癒魔術は全て覚えてきたけど……復活を使う機会ってのはこれが初めてだな。
「復活……」
 森の木々の生命を借りて、少しずつ痛みが和らいでくる。疲労も抜ければ嬉しいんだけどなあ。
 しばらくして、痛みは完全になくなった。けど酷く眠い……
「しばらく寝てても良い?」
『じゃ、さっきの暗殺者が来たら起こすから……』
「お願い。おやすみ……」
 そう言って私は浅い眠りについた……

うーん、長い(笑)本当に中編になってしまった。
本当はここでキース君退場なんだけど、まだキース君の書きたい事が残ってるから、中編がもうちょっと伸びます。
ところで、もう一人の私って誰だかおわかりになりましたでしょうか?(^^;
それはまだ秘密ですが、後編で明かされると思います。
題名も結構意味深な題名なんですけどねえ(^^;
それと、前編の方でまた新たに間違っていた点がありましたのでお知らせします。
下の方の「もう一人の」って所で、なんと、「私」が抜けていました。失礼いたしました(苦笑)
さて、これから佳境に入るか入らないか。それは……まあ皆様のご推測にお任せします(笑)
でも一つだけ。この話は自分なりの未来の話しです。
リナ=インバースが死んでから遥か後の時代、としています。
では、次は中編2にてお会いいたしましょう。

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2846朱に染まりは魔を使う者、中編(上のミスです(^^;)桜我天秦 E-mail URL5/28-17:18
記事番号2836へのコメント
 昔、私はある依頼を受けた。簡単な仕事だと思っていたからだ。
 だけどそれは簡単じゃなかった。簡単だと思っていた依頼の裏には魔族が潜んでいたのだ。
 私は魔族と言う物をそこで初めて見た。レッサーデーモンとかそんなんじゃない、ちゃんとした純魔族を。
 その姿ははっきり言って異形、人間とは到底思えなかった。そりゃ魔族だから当たり前と思っていたけど……
 強かった。実戦経験の薄い私には人外の者と太刀打ちできなかった。その時は焦ってて良く覚えていないの。ただ一つだけ、覚えている事がある。
 私が私でなくなったんだ……私の身体と精神が引き離される感じで身体の自由が効かなくなった。私は視界も遮れられ、音でしか状況が把握できなくなったの。
 その時に聞こえた声は私の物で、私の物じゃなかった。
『もう一人の私を傷つけた事……許さないからね』
 その声は聞き間違えることはなかった。もう一人の私の声だった。そして私が……もう一人の私の状況になった。
 その後は……覚えているようで覚えていない。あやふやな記憶としてしか残っていないから……覚えていたとしても思い出したくないだろう。
 ただ、わかる事は……もう一人の私は私を護ってくれている……少なくとも私はそう思っている……

 私と影は対峙していた。
 暗闇で動いていたからよくわからなかったけど、黒い服に目元だけを出している。こいつはたぶん暗殺者だと思うよ、だって服装が、ねえ。
 しかし私には暗殺者に狙われる事などしていないんだけど……誰かのテリトリーにでも侵入したかな?
「でもそれじゃあわざわざ暗殺者を雇う意味なんてないし……どういう事?」
『……物事を考えるよりまず行動。かなりできるみたいだよ、あの黒いの』
「君の助けが無いと考える訳?結構痛いよ」
『助ける事もできると思うけど、たぶん私の反応より早いと思うの。だから私の助けはほとんど無いと思った方が良いわ』
「わかった」
 私は軽く受け答え、暗殺者を険しい目で見る。暗殺者の表情なんてそう簡単にわからないと思うんだけど……この暗殺者には怪訝とした表情がしっかりと現れていた。
 悪かったな、変な奴で。
「私はレイファル=ライシア、君は?」
「これから死ぬ奴には名乗る事にしている、キースだ」
 暗殺者、キースは淡々と己の名前を名乗る。が、私にはその名前に心当たりがあった。
 暗殺者キース……依頼主のいない暗殺者。この暗殺者は自ら殺す相手を決める。
 だけど何故私を?
「何故、私を殺そうとする?」
「独断と偏見に包まれた理由を聞きたいのか?」
「……聞きたくないわ」
「ふっ、そうだろうな。行くぞ」
 キースは音も無く地を蹴り、私に向かってくる。
 もう一人の私が静かなのは、やはりキースの音を一生懸命聞こうとしているだろうか?
 ともかく戦うしかない。できるだけ、接近戦は避けて。
 私は短剣をキースに投げつけ、その間に左に逃げようとした。
 と、いきなりもう一人の私の声が響いた。
『駄目っ、左から戦輪が来るよ』
「なっ!?」
 私は慌てて後ろに転がり込む。すると、スパッと髪を掠めた音が聞こえた。
 そーか、戦輪って方向が自由自在なんだっけ……
「そこでいつまで寝てるつもりだ?」
 キースの淡々とした声が頭上から降ってきた。私が見上げてみると、やはりそこにはキースの姿があった。
「なんで殺さないのよ?」
「俺は倒れてる奴は殺さぬ主義でな」
「ご立派な主義だこと」
 私はそう言って間合いを取るように後ろに背を向けずに跳んだ。
 地面に着地した所で、私は投げようと思っていた短剣を投げつける。
 たぶん、効果ないと思うけどなあ。
「小賢しい」
 キースはいとも簡単に短剣を弾き飛ばす。
 ほーら、やっぱり効かなかった。
 などと考えてる暇なんかないわね。
「炎の矢っ!」
 私の前方に、炎の矢が十数本現れる。が、そのままそれを停止させておく。
 これは壁に見たてて使用する。
 私はすぐに詠唱に入ろうとした矢先、キースはそのまま突っ込んできたっ!
「く、行けっ!」
 私は炎の矢を解き放ち、キース目掛けて突撃させる。が、キースは俄然早さを上げて突っ込んでくる。
 正気なのっ!?
 私は少し動揺しながら次の魔法の詠唱に入る。
 その時、私はあいつから目を離さなかった。そして……見た。
 キースは身体をできるだけ丸くして顔を防いで突入してきた!
 な、なんつー無茶をっ!けどあれなら致命傷はない。あの程度の火傷など効果がないって事?
「氷結弾」
 キースの掌から蒼く輝く光の球が作り出される。こっちに来るか?
 だがしかし、キースは私に背を向けると、森に向けてそれを放った。
 一体、どうゆうつもり?
 だけどその答えはすぐにわかった。キースと戦う事に集中していた私は森が燃え初めている事に気がつかなかったのだ。
 キースの放った氷結弾一発で、森を焦がしていた炎は無くなった。
「消火しておかないと、森が燃えるんでな」
「へえ……結構常識あるじゃない」
「お前が無いだけだ」
 悪かったね、元箱入り娘で。
「さて、消火も終わった所で続きをするか」
「こっちは白けているんだけど」
「俺は知らん。白けてるならそのまま首を取るぞ」
 そう言ってキースは腰に挿していた長剣を鞘から抜き出して構える。
 うーん、常識人なのかそうでないのかわからん奴。
 私だったら相手が白けているなら戦いを止めるぞ普通。
 でも相手が白けてるからってムキになってるとは到底思えないし……
 本当にわからない奴だなあ。
「どうする?もう一人の私」
『白けてると殺されちゃうと思うよ。そんな余裕あると思っているの?』
「思っちゃいないよ」
 そう、私は弱いと思う。いくら魔道士として腕が立つと言っても戦いでそう何度も勝てるとは思っていない。
 私は体術も少しはやっているけどたぶん二流剣士の体捌きに負けるくらいだと思う。
 そんな奴が暗殺者ほどの体捌きを持つ相手にどうやって勝てと言うのだ。
 苦戦するのは目に見えている。でも、死なない為には戦わなくちゃいけないんだ。
 そして勝たなくちゃ。
「行くぞ」
 剣を構える姿に隙は無い……こいつ、暗殺者ってよりはむしろ剣士だ。
 しかも……剣を持った方が隙がない。暗殺者キース、こいつは食わせ者かもね。
 私はできるだけ殺傷能力のある呪文の詠唱に入る。
 できるだけで良い。殺す程の殺傷能力はいらない。殺すぎりぎり程度で。
 キースが地を蹴る。今度は大地を蹴る音がはっきりと聞こえたっ!
 私はそれに合わせて真っ正面に唱えておいた魔法を解き放つっ!
『風波礫圧破』
 その時、二人の間で爆発があった……

『……まずいわね』
 もう一人の私の声が微かに聞こえる。
『……と、気づいたの?』
「まあね……体が少しばかり痛いんだけど」
『そりゃそうよ。あんな処で二人とも唱えていた魔法、放つ瞬間。全部同じだったんだから』
「うわ……それはやばいわね……でもそんなに」
 私は身体を動かして見る。どこもおかしくない。
「傷を負ったように見えないんだけど」
『まあ、あの場から弾き飛ばされただけだし。でも全身を動かなさい方が良いよ。身体を強く打ちつけたみたいだから』
「……どおりで身体がだるい訳だ」
 私は辺りを見渡してみる。普通の森だ。ただ静かでなんのさえずりも聞こえない。静かな森。
「……あの暗殺者は?」
『あいつは冷静だよ。自分が飛ばされながら、魔法の詠唱に入って大木を破壊したみたい』
「それであいつは吹き飛ばされただけで済んだ、と……これも経験の差って奴?」
『そうなんじゃない?それと、まだあいつはここにいるよ』
「へ?」
『気がついたらまた戦ってくれ、だってさ』
 う、うーむ、本当にわからん奴。
「とりあえず……」
 私は復活の呪文詠唱に入る。これでも一応、神聖魔術以外の魔術は習得しているんだから。
 ……といっても全部使えるわけじゃないんだけどね。
 一応自分の命を保証する術として治癒魔術は全て覚えてきたけど……復活を使う機会ってのはこれが初めてだな。
「復活……」
 森の木々の生命を借りて、少しずつ痛みが和らいでくる。疲労も抜ければ嬉しいんだけどなあ。
 しばらくして、痛みは完全になくなった。けど酷く眠い……
「しばらく寝てても良い?」
『じゃ、さっきの暗殺者が来たら起こすから……』
「お願い。おやすみ……」
 そう言って私は浅い眠りについた……

うーん、長い(笑)本当に中編になってしまった。
本当はここでキース君退場なんだけど、まだキース君の書きたい事が残ってるから、中編がもうちょっと伸びます。
ところで、もう一人の私って誰だかおわかりになりましたでしょうか?(^^;
それはまだ秘密ですが、後編で明かされると思います。
題名も結構意味深な題名なんですけどねえ(^^;
それと、前編の方でまた新たに間違っていた点がありましたのでお知らせします。
下の方の「もう一人の」って所で、なんと、「私」が抜けていました。失礼いたしました(苦笑)
さて、これから佳境に入るか入らないか。それは……まあ皆様のご推測にお任せします(笑)
でも一つだけ。この話は自分なりの未来の話しです。
リナ=インバースが死んでから遥か後の時代、としています。
では、次は中編2にてお会いいたしましょう。

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2854Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編松原ぼたん E-mail 5/29-20:04
記事番号2846へのコメント
 おもしかったです。

> 慣れちゃったから。
 ・・・・慣れって恐ろしい。
>「しつれいねえ、生きる意味がなければこんな所で生きている訳ないでしょう」
 ・・・・極論だぞ、それ。
>「人が来ると変人扱いされると思うから森の奥に行こうよ」
 ・・・・確かに、そうかも。
>『セイラーグ付近の元瘴気の森?』
 いまはフツーの森なんですか?
>でも、私のHP訪問した方ならまずわかると思いますが、あの娘の人間だった頃の過去話です(^^;
 暇が有ったら読みに行きますね。
> だけどそれは簡単じゃなかった。簡単だと思っていた依頼の裏には魔族が潜んでいたのだ。
 嫌なパターンですね。
> その姿ははっきり言って異形、人間とは到底思えなかった。そりゃ魔族だから当たり前と思っていたけど……
 異形って事は上級ではないんですね、慰めになるかはとにかく。
> 暗殺者キース……依頼主のいない暗殺者。この暗殺者は自ら殺す相手を決める。
 それって単なるシュミですね。
>「……聞きたくないわ」
 あたしは聞きたい。
>「俺は倒れてる奴は殺さぬ主義でな」
 はって逃げたら逃がしてくれるのか?
> うーん、常識人なのかそうでないのかわからん奴。
 マイペースなのね、要するに。
> そう言って私は浅い眠りについた……
 結構余裕あるんじゃ・・・・。
>では、次は中編2にてお会いいたしましょう。
 楽しみにしてます。

 本当に面白かったです。
 ではまた、ご縁がありましたなら。

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2906Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編桜我天秦 E-mail URL6/2-00:07
記事番号2854へのコメント
松原ぼたんさん、感想ありがとうございます。
コメント遅れてすいません(^^;小説を全部書き終えてからコメントするつもりだったんですが、大部遅れてしまいました。
申し訳ございません(^^;
中編2と後編を楽しみにしていてください(^^)
では、中編2ににてお会いいたしましょう。

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2883Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編魔沙羅 萌 5/31-21:32
記事番号2846へのコメント
どうも、はじめまして、魔沙羅です。
毎度毎度《スレイヤーズ・フューチャー(だったっけ)》を読ませてもらってます。
だから、レイファルさんの名前を読んだ時、びびりました。
とってもおもしろかったです。

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2907Re:朱に染まりは魔を使う者、前編、中編桜我天秦 E-mail URL6/2-00:25
記事番号2883へのコメント
>どうも、はじめまして、魔沙羅です。
 どうも、はじめまして。桜我天秦です。

>毎度毎度《スレイヤーズ・フューチャー(だったっけ)》を読ませてもらってます。
 ありがとうございます(^^)今回の小説はあれの外伝だと思ってください(^^;
 それと、スレイヤーズ・フューチャーであっています(^^)

>だから、レイファルさんの名前を読んだ時、びびりました。
 うーみゅ、あのレイファルとは少し性格を変えて書いているんですが……お気づきになられたでしょうか?(^^;
 そろそろネタ晴らし時期かなあ?なんて思ってたりもします。

>とってもおもしろかったです。
 改めて、どうもありがとうございます(^^)
 私のHPにある掲示板にも書き込んでくれると嬉しいなあ(こらこら)
 たまに掲示板でネタ晴らしとかしてるかもしれません(^^;
 では、中編2にてお会いいたしましょう。

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2929朱に染まりは魔を使う者、中編2桜我天秦 E-mail URL6/3-11:04
記事番号2846へのコメント
 昔、私がまだ魔道士協会の中で勉強していた頃、私はある文献を古い書庫で見つけた。
“まだ見ぬ始まりへ”と書かれた文献は所々虫に食われてて、ほとんど読めなかった。
 あの魔道士協会に限らず、文献は大事にされてもいいと思うのだが……この文献の管理はずさん過ぎる。
 とりあえず、私はその文献の読める処を読み続けて、それを一応は読破した。
 読んで見た感想、ぜんっぜん理解できなかった。
 ただわかったのは、重大な処が全部食われている事だけだった。
 それから私はその文献に書いてある事をできるだけ解読しようと躍起になって行った。
 そんなある日……私は文献の解読にと、魔道士協会の図書館でその文献の事を調べていた。
 とそんな時……
『なんでそんな簡単な文献に詰まっているの?』
 突然、私の意識の中に声が紛れ込んできた。その声驚くほどに透き通って聞こえた。
「……誰?」
 私は図書館と言う事もあって、極力小さい声で意識に紛れ込んできた声に話し掛ける。
『誰でも良いじゃない。それに、あなたならそんな文献簡単に理解できるはずよ』
「……無理よ。大事な部分が食われているから」
『大事な部分なんてこの文献にはないわ……あなたが読んだ部分だけで全部わかるわよ』
「……そんな訳ないでしょう……」
『ほら、ちゃんと思い浮かべてみなよ。全貌を掴めなくてもその部屋の鍵を見つける事は簡単なのよ』
「そんなの……」
『文句言う前にまずやってみる』
 ……私は半ば諦めて、この紛れ込んできた声を主の意見に従ってみる事にした。
 私は自分の読んだ部分を全て思い出して見た。そしてその部分全てを分割化してみる。
「……これからどうするの?」
『声で説明してくれないとわからないんだけど、私』
「……意識に紛れ込んできたから意識を共通しているんじゃないの?」
『そうじゃないよ。私は私、あなたはあなた。意識を共用している訳ではないの』
「それじゃあ君と話す時は口に出さないといけないわけ?」
『そういう事になるわね。私に声は聞こえるけど、私の声は今の処あなたにしか聞こえないから』
「……やっかいな奴だねえ、君」
『まあそう言わないでよ。助言ならできるけどね』
「ふうん……ところで君、名前は?」
『なんと呼んでくれてもいいよ。私名前がないから』
「名前が無い……ねえ。それ本当?」
『個々の名前はないの。個々じゃなければ……』
 その先の名前を聞いた時、私は夢かと思った……
「そう……その名前で呼んでほしい?」
『いや……それは私を示す物であって私を示す物じゃないから……私の輪郭はその名前では語らないから』
「そう……でも、名前思い浮かばないのよ。自分で考えたら?もう一人の私」
『もう一人の私?』
「だって、名前で呼んでほしくなければ、こう呼ぶのが呼びやすいから」

「ん……」
 私は心地よい気持ちと共に、目覚めた。
 日は落ちていた。それもそのはず、私が寝たのは昼間だったしね。
『起きたの?』
「殺気でね」
 私は苦笑いを浮かべながら、裾の下に隠しておいた短剣を取り出す。
 これだけじゃあ、しょぼいんだけどなあ。
「……光よ」
 私は暗闇を少しでも照らす為、輝く光球を上空に掲げる。
『殺気……ねえ』
「研ぎ澄まされた何の感情も篭もっていない殺気……彼ね」
『はた迷惑な奴ねえ』
 同感……本当に鬱陶しい奴だな。
「とりあえず……」
 私は手短に呪文を唱える。
 まあ、少し脅す程度で良いでしょう。
「火炎球」
 私の右手から紅蓮に輝く炎の球が森に向けて解放される。
 これで奴が氷結弾を唱えた処を……
 ガサッ
『動いた、奴だよ』
「方向は?」
『……正面だよ』
 よしっ!読みが当たった。詠唱もたぶん氷結弾……
「氷結弾」
 ほら当たったあ、って喜んでる場合じゃないよね。
 これで火炎球と氷結弾は相殺……
 私は地を蹴って相殺するであろう火炎球の後ろに付ける。
 相殺した瞬間にこれを刺すっ!たぶんこれしか手がいないじゃないだろうか?
 パァン−−−
 軽い音がして、私の目の前にあった火炎球が弾ける。その時私は見た……
 視界全部を埋め尽くすような黒い服を。
 殺られたっ!私はそう直感した。その直後……私の左腕が切り落とされた感覚に襲われた。
 そればかりか、左目まで喪失したようだ……感覚がない。
 私は死んだのかな……
 そう思った瞬間、声が聞こえた。
『まだ生きているよ、死なないで』
 叫ぶような声ではなかったが、強い声……もう一人の私の声が聞こえた。
 私は恐る恐る、残っている右目を開けて……私の左手を見る。
 私の左手はそこにちゃんとあった。でもそれは不思議だった。
 私の左手は彼……暗殺者キースの長剣を素手で握っているのだ。
 もちろん血が流れているが指まで切れてはいなく、それでも私にはその感覚がないのだ。
 何故が起こったのか……私には起こらなかった。そして、彼も少しばかり驚愕していた。
 当たり前だろう。たぶんおもいっきり振り下ろした剣が握られ、しかもその手を切り落としていないのだから。
「馬鹿な……」
 キースは無理に剣を引き抜こうとするが、私の左手はまるでそのまま彫られた彫像のごとく、動かなかった。
「ち……」
 キースは舌打ちをして、長剣を手放す。すると、私の左手はいとも簡単にその刃を握りつぶした。
 信じられない……私、こんな力なんかないのに。
「これは……夢?」
『夢じゃないよ。ただ……現実の範囲が大きくなっただけ』
 もう一人の私が淡々と言う。そして……
『今はあいつを倒す事が先決だよ。多少の驚愕なんか構ってる暇はないの』
 いや、暇って問題じゃあないんだけど。
 まあ、とりあえず私はまだ使える右手に短剣を持って、キースに立ち向かう。
「キースッ!決着をつけるっ!」
 私はビシッと短剣の切っ先をキースに向ける。キースはちょっとの間宙を見ていたが、人を子馬鹿にした笑みを浮かべる。
「ふ……いいだろう」
 キースはもう一つの長剣を持って……ってちょっと待てこら。
 もう一個あったんかいっ!
 なんて持ち合わせの良い奴……
 だけど、今度の剣にはなんか妙な感じがする。まさかとは思うんだけど……魔力剣?
「こいつは無名なんだけどな、結構使えるんで宝剣としているのさ」
「暗殺者らしからぬ奴だねえ……君」
「暗殺者?……まあいいか。それでは……行くぞ」
 キースは再度地を蹴る。が、さっきまでの踏み込みとは違うっ!
『足音を消していない。戦い方を変えたみたい』
「そう」
 私は素っ気無く答えて、向かってくるキースを真剣に睨む。
 キースはさっきまでとは違い、小手先など考えないかのようにまっすぐに突き進んでくる。
 詠唱なんか間に合わないっ!
 私は地を蹴ってキースとの間合いを詰める。へたに間を開けるよりはいいはず。
「……ふ」
 キースは少し笑って少し遠い所から剣を振るうっ!
 何故そんな所から……っ!
 私は突然右側に叩き込まれた……かなり強い衝撃で。
「な、何なの?」
『……っ、あの魔力剣の能力みたいね……』
 私はとっさに起きあがって、キースの第二撃を防ごうと間合いを開く。
『あの魔力剣、精神世界に使用者の精神力に適する刃を作って、それで精神を切り裂く剣みたいよ』
「厄介な剣だねえ……でも、少なくとも人間一人分の間合いでも斬り付ける事ができる訳ね」
『人間なんか一発だろうねえ……ちなみにさっきのは剣の腹で叩いたみたいよ』
 舐めた事を……でも、斬られなくてよかったのはほっとするわ。
 キースはまた地を蹴ってくる。でも、私がただ喋ってるだけだと思った?
 さっきので大体わかった。
 たぶん、叩き込まれた時に衝撃は少し緩和されているはずだ。
 感覚のない左手があの衝撃をほとんど受けとめたと思うから。傷はたぶんかなりひどいはず。
 それでもまだ動いていると言う事は……まだ骨が折れた程度かと思う。感覚がないから実感なんてないけど。
 そして……その腕はもう一人の私が動かしているはずである。
 さっきの『死んでいない』は気休めなんかじゃなく、実感でそう言ったんだな。そう思った。
「さっきのを受け止めたとは……その身体で、やるな」
 ぶんっ。とキースは魔力剣を振るうが、正体がわかったそれはあまりにも避けやすく、そして……遅かった。
「残念だけど、これ以上受ける訳にはいかないからっ!」
 私はまだ体制が取れていないキースにタックルする。体制が整っていない彼は支えきれるはずもなく、もんどりうって倒れ込んだ。
「くっ……まだだっ!」
「いいえ、これで終わりよ」
「!」
 キースの顔にはじめて、はっきりとした驚愕が浮かんだ。
 私は馬乗りになって、彼の首筋に短剣を突きつけていた。左腕はこの時、ぼろぼろになっていて、純白の服は血で染まっていた。
「これで……私の勝ちね」
「まだだ……そう言ったはずだ」
 キースは開いている左手で私の横腹を殴ろうとした。が……
 ぼろぼろになって、動かないと思われただろう左手でそれを防いだ。
『これで……終わり』
「これで……終わり、ね」
 私は、もう一人の私が呟いた言葉を繰り返した。もう一人の私は心底疲れた声をしていた。もう一人の私にとって私の身体動かすのは相当疲れるらしい。
「……ふ」
 キースの顔に笑みが浮かんだ。
「ふははははははは」
「……何がおかしいの?」
 私はチャキッと首先に突きつけるが、キースは笑う事をしばらくは止めなかった。
「はーはははっ!いやあ、悪い悪い。まさかそんなに強いなんてな」
「なんで私を襲ったの?」
「強そうだったからだよ」
 …………
「え?」
「だから、強そうだからだよ。よっと」
 キースはいきなり上半身を起こしてしまう。体重が軽い私は簡単に転げ落ちてしまう。
「いたたたたた……」
「おいおい大丈夫か?」
 キースはちょっと心配そうな顔をして手を差し出してくる。
 ちょっと癪に障るな。これでも二十歳なんだぞ、私。
「……別に、いい」
「そうか?なら別にいいが……」
「それよりさ、どうして襲ったのよ?」
「それはお前が」
「そうじゃなくって……なんで依頼者のいない暗殺者なんてやっているかって事よ」
「あー、そっちか」
 そう言って、キースは立ち上がってもう一人の私が握りつぶした剣の柄を拾って戻って座る。
「これを見てみ」と言って、キースはその剣を私に投げて寄越す。
 その剣の柄には、何か紋章が刻まれていた。その紋章は見た事があるような、見た事がないような物だった。
「これは?」
「3年前に滅んだ王国の紋章だよ」
 それを聞いて、私は思い出した。3年前に内乱かなんかで滅んじゃった王国の事を。
 私はその剣の柄を投げ返す。
「へえ……それじゃあ?」
「そうだ。俺は騎士くずれさ。騎士になったは良いけど、騎士になってからたった一日で忠誠を誓った国が滅んでしまった」
「そりゃ辛いねえ……で、3年間何していたのさ?」
「騎士くずれになっても、俺は剣の道を極めて行きたかった。それがどこをどう間違ったのか……この座間だ」
 そう言って、キースはどこからともなく取り出したナイフを取り出す。
「暗殺者なんて言われているけど、俺としては強い奴にただ勝負を挑んでいただけなんだよ」
「……それなのに何故暗殺者って呼ばれているか知ってる?」
「?いや?」
 キースの答えに私は嘆息する。そしてキースをジト目で見る。
「開始の挨拶がないからよ」
「いや、俺が忠誠を誓っていた国は開始合図と先制攻撃は同意語だったぞ」
 どーゆう国だ、そこは。
「それにしても……」と、キースが何かに気がついたのか話しを変える。
「お前、その腕痛くないのか?」
「え?」
 そう言われて、私は始めて裾を捲り上げる。すると……血塗れで使い者にならなくなっていた。
 はっきり言って見れたものじゃない。
「うわあ……改めて見たけど凄い状況」
「痛くないのか?って俺がやったんだけど」
「ええ、大丈夫。感覚がないから」
「感覚がないってお前……」
「大丈夫だって。復活で治せば良いんだし」
「あ……そうか。それならあんまり心配がいらないな」
 そう言ってキースはごそごそと自分の懐を弄る。
 何しているんだ?
「ああ、有った有った」
 そう言って、キースが取り出したのは一つのリングだった。
「それは?」
「俺が作った初めての戦輪だよ」
「おいおい……」
 私はちょっと引いてしまう。こいつ、簡単な武器なら作る奴なのか……
「大丈夫だ、刃は無い。というかそこまで鋭く出来なかった。軽い金属だからよかったかな?と思って作ったんだが……どうも戦輪ってのは少しは重量があった方が良いみたいでね」
「じゃあ、何で持ってるのよ?」
 私の素朴な疑問にキースは真顔で、
「持ってるも何も、売れると思うか?これ」
 そう言って、手首の動きだけで失敗作戦輪を投げる。私はひょいっと受け取るとそれを見てみる。
 何も真顔で投げなくても……
「これって、ちょっとした装飾品なんかになるんじゃない?」
「まあ、そうなるように作り直したんだけどな」
 そう言って、キースは頬をぽりぽりと掻く。
 ははーん、さてはこいつ、この戦輪作ったのってアクセサリーからじゃないのか?
「ふーん……これ、貰ってもいい?」
「え?別にいいけど……どうしてだ?」
「暗殺者キースを倒した勲章に、なーんてね」
「絶対ならんと思うから止めとき」
「ま、貰うだけならいいでしょ」
 そう言って、私はくるくると戦輪を回す。良く良く見ると、この戦輪って元はイアリングなのかも。
「ねえ、これって元はイアリングなの?」
「そうだが?」
「それじゃあさ、まだ耳につける事ができる?」
「ああ、まだできるはずだよ。内部に鎖が入っているし」
「そう、じゃあこれ貰っておくね」
「……まあ、いいげとな。さてっと」
 そう言って、キースは折れた(握り潰された)剣の柄を鞘に入れる。どっから取り出したんだこいつは……
「俺はもうそろそろ違う所に行くかな」そう言って魔力剣も鞘に収める。
「次はどこへ行くつもりなのさ?」
「どこだろうなあ?とりあえずセイルーンに行って……それから騎士が必要な所を探すかな?」
「剣の腕はどうするのさ?」
「剣以外にも、俺はまだ習得しなきゃならない事もあるからな」
 そう言って、キースは歩き出す。私とは行く道は違うから止めはしない。
 ……でも、一つだけ気になった事があるっ!
「あのさあ、キース」
「……なんだ?」
「鎧はどうしたの?」
「……売った」
「……あ、そう」
 思った通りだなー……聞かなきゃ良かったかも。
「ま、縁があったらまた会えるだろうさ」
「そうだね……」
「もう一人のあんたにもよろしく」
「ええ……え?」
 その時には、すでにキースはいなくなっていた……
『あいつ……私の事を知っていた』
「謎な奴だよね……」
『今度会う時は、その正体を暴かなくちゃな……』
「そうだね」
 この時は、そう思っていた。でも、これは私では二度と適う事がなかった……


 どうも、かなり遅れてしまいました中編2をお送りいたします。
 ご感想をくださった皆様、レスが遅れて申し訳有りません(^^;
 今回でキースの秘密は大体書きました。後はラスト、後編ですね。
 後編はちょっとシビアな話しになると思います。とか言いながら今回もギャグないしなあ(笑)
 では、後編にてお会いいたしましょう。
 でもこっちではレイ×クルは書かないな、たぶん(^^;レイ×クルの組み合わせだけはHPで(笑)

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2936Re:朱に染まりは魔を使う者、中編2松原ぼたん E-mail 6/3-19:03
記事番号2929へのコメント
 おもしろかったです。

> ただわかったのは、重大な処が全部食われている事だけだった。
 それってきになりますねー。
>「……やっかいな奴だねえ、君」
 確かに・・・・。
>「騎士くずれになっても、俺は剣の道を極めて行きたかった。それがどこをどう間違ったのか……この座間だ」
 苦労したんだねぇ。
> どーゆう国だ、そこは。
 同感。
>「そうだが?」
 なにもんを加工するなよ。
>「謎な奴だよね……」
 ホントに・・・・。

 本当に面白かったです。
 ではまた、ご縁がありましたなら。

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2945Re:朱に染まりは魔を使う者、中編2桜我天秦 E-mail URL6/4-08:15
記事番号2936へのコメント
> おもしろかったです。

どうもありかどうございます。

>> ただわかったのは、重大な処が全部食われている事だけだった。
> それってきになりますねー。
 気になりますけど、結局解けなかったんです。その後、紛失してしまいましたから(おぃ)

>>「……やっかいな奴だねえ、君」
> 確かに・・・・。
 まあ、最初から意識は分離していましたから。分離している意識が意識下で話し合う事はできませんから。

>>「騎士くずれになっても、俺は剣の道を極めて行きたかった。それがどこをどう間違ったのか……この座間だ」
> 苦労したんだねぇ。
 苦労したんでしょうかねえ(^^;彼には裏設定があるのでまだ奥があるキャラなんですが(^^;
 今は秘密です。

>> どーゆう国だ、そこは。
> 同感。
 私も同感(笑)

>>「そうだが?」
> なにもんを加工するなよ。
 いやあ、世の中変わった人がいるものです(笑)
>>「謎な奴だよね……」
> ホントに・・・・。
 正体はゼロス、な訳ないですけどね(笑)上で述べた通り、謎のキャラです。
 この小説ではその正体は明かさないと思います。

> 本当に面白かったです。
> ではまた、ご縁がありましたなら。

 では、後編にて