◆−努力と任務と報酬と(レイニナ)−ぷか (2004/4/29 14:55:13) No.29918
29918 | 努力と任務と報酬と(レイニナ) | ぷか | 2004/4/29 14:55:13 |
星間警察本部の高層ビルのオフィスから望む眺望は、電源の切れたモニターのように真っ黒だった。オフィス街からやや離れた夜の街では、色とりどりのネオンたちが賑やかに自己主張している。 私は一人、オフィスの電灯の下に取り残されていた。いわゆる残業というものである。 今日の仕事が速やかに終わるように。あの人が少しでも苦労しなくて済むように。 自分にできることから少しずつ。デスクを拭いてみたり、目を通しやすいように追加の書類を整理したりしてみる。 ふと、静まった空気の中にパシュという音が滑り込んできた。 ドアの開いた音だわ。手を止め振り向く。 その刹那、瞬時にして頬がぽぽっと赤く染まっていく。いつものことといえばそうなのだが、今回のは頬どころではなく、耳までお猿さんのようになっているに違いない。 「レイル警部、おかえりなさいっ」 真っ赤になっているであろう顔を深く下げて、上ずり声で一礼する。 レイル警部は黒のローファーをカツカツと鳴らして席に着く。見苦しくてすまないね、と甘いマスクに苦笑いを浮かべながら。 「ドライヤーもかけずに湿った髪を晒すのもどうかと思ったんだが、今晩中にはこっちの方をどうにかしなくてはならないからね」 警部のデスクに行儀よく座っている書類を手にして言う。 普段はサラサラと揺れている黒髪が、今はしっとりと豊かな艶を放っていた。 見苦しいなんてとんでもない。濡れた髪がよりいっそう大人の香りを漂わせて、私は不謹慎だけど見惚れてしまっていた。 どうして警部は濡れているの? さっき、私がまた彼に見惚れてお茶を溢してしまったからじゃない。 それも、頭から。 どんなにこの人が素敵な人でも、それにうっとり見惚れて足を引っ張るわけにはいかない。 私はレイル警部のアシスタント。誰よりも近くにいて、誰よりも支えにならなくてはいけない部下。 たとえそれが駆け出しの新人に与えられた穴埋めの雑事であっても、役目を与えられた以上は要職であることに代わりはない。 何をやってもダメなんだなぁ、私って……。 真剣な眼差しで書類に目を通す警部を見て、思わず自己嫌悪。 洗髪して着替える時間があれば一仕事完了していたかもしれないというのに。 今は何をすればいいんだろう。 隣で立ち尽くすことしかできない自分が悲しくなった。 私にできることの少なさに。 こうして彼を独り占めしてしまっているズルさに。 「ニーナくん」 ペンを滑らせながら、甘い声が私を呼ぶ。 「お茶を、一杯もらえないかな?」 オフィスの電灯なのか、月明かりなのかは分からない。 やわらかく頬を緩ませる彼を静かに照らす。 私の瞳に、焼き付けるように。 「……はいっ!」 与えられた任務に私はしたたかに、小さく笑った。 残業で二人きりのオフィスを眺めて、月が優しく笑うの。 そして私は、彼の傍で変わらない時間を過ごすの。 |