◆−譲れない誓言(ゼルアメ)−ぷか (2004/5/17 23:35:16) No.30039


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30039譲れない誓言(ゼルアメ)ぷか 2004/5/17 23:35:16


 灰の空だった。
 濡れた閑地と垂直に幾筋もの線を落とし、湿気を含んだ鈍い空気が肌を這いまわる。
 ――あまりいい気分じゃない。

 岩壁の窪みに身を屈め、二人して焚火を囲んでの雨宿り。
 広がる空の気配を窺いながら、濡れた体を温める。風邪でも引けばそちらの方が厄介だ。

「また雨ですねえ……ちゃんとてるてるぼうず、作っておくんでした」
「作ったところで変わりないさ」
「要は気の持ちようですよ。 なにかいいことありそうじゃないですか」
「気の持ちよう、か。 ならこの雨も、持ちようによっては悪くもないのかもな」

 見上げた空はくすみにくすんだ灰一色。と思いきや、遠い空にはかすかな光が射していた。ただの通り雨だろう、少し頭でも冷やせば出発できるか。
 揺れる焚火に枯れ木をくべる。
 カラン、と乾いた音を立てて火中に呑まれると、その身を焦がして色を失いだした。その代償に湿った俺たちをもの静かに揺らめく炎が暖める。
 面白いことに暗淡とした中では、僅かな光が余計なものをも照らし出す。

「止みませんねぇ……」
 雨音に負けじと、ぽつりと呟く。
 膝を抱えて待つだけの退屈さに業を煮やしたのか、沈んだ口調だ。
「渓谷の神殿までもうちょっとなのに。 ちょっと運が悪かったですねー」
「要の気の持ちようはどうした」
「うっ」
 言葉を詰まらせた。雨のせいで陰鬱なのか、どうにもらしくない。
 からかってやろうにも糸口も見つからず。
 重厚な雨音だけが、やけに身に沁みる。
「その……」
 複雑な表情でこちらを向く。
 言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい。
「どうした?」
 努めて穏やかな声で見つめてやった。とはいっても、俺は愛想笑いを軽々とやってのけるほどできた男ではないから、彼女がどう感じたかはいささか疑問なところだが。
 アメリアは俺から視線を逸らすと、蒼穹の瞳に煌々とした炎を映して膝を抱く手を強めた。
「今朝ですね、宿屋の女将さんとお話してたんですよ。 話好きの人だったみたいで」
 何か思うところがあるのだろう、突飛もないことを語りだした。
 どうせこの雨だ。のんびりと聞き込んでやるのも、悪くはない。
「毎日ね、旦那さんにお弁当を作ってあげているらしいんです」
「弁当?」
「はい、それも毎日欠かさず、です。 元気に一日働いてこれるように、早起きして作ってあげるんだそうで。 よくよく考えてみたら、わたしからゼルガディスさんにあげられるものってあったのかなーって。ちょっとしんみりと、思っちゃったもので」
 薄い溜息を吐き、焚火の揺れる様をじっと睨みつけて呟いた。
「わたしはゼルガディスさんの役に立ってないんじゃないかなって……
 あっ、いえっ、もちろん全力を尽くしてお手伝いさせていただいてるわけなんですけどっ、こう、何か残せないものかなあとですねっ……」
 俺は段々と尻切れ蜻蛉になっていく彼女の独り言にも似た呟きを遮るように、おもむろに空を仰ぎ、
「それを決めるのは、お前じゃない」
 手にした枯れ木を焚火に放り込んだ。
 また、カラン、と乾いた音を立てた。



 茶番も潮時。雨音も消え入り、濡れた大地を踏みしめられそうだ。
 以前の俺ならば、慕情が沁みる時間なんぞに価値だか意味だかを見出せていたとは、お世辞にも思えない。以前の俺ならば。
 それだけ、お前は役に立っている。立ちすぎる。
 曖昧に切り抜ける俺に構う必要なんて、お前にはないはずなのにな。俺の方こそ、いつかはマトモな言葉を残してやれるようになりたいもんだ。
 腰を上げ、膝を払い、荷を拾う。
「行けるところまで、行ってみるか」
「それじゃダメですよ。 走り続けなきゃ」
 えへへ、とふやけた声を漏らすなかなかの気分屋加減にあきれもするが、俺にとってはいい薬なのかもしれない。
「そうだな」
 不思議と穏やかな声で答えられた。

 雨上がりに浮かぶ虹が、照れ臭そうに鼻をすするアメリアの笑みを彩なす。
 俺も僅かに唇を緩め、マントをはためかせた。


 霧立ちこめる見えない明日へ。
 全てをこの目に映すまでは、譲れない。