◆−黒-クロ-−瑞茅桜璃 (2004/7/20 23:26:18) No.30453


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30453黒-クロ-瑞茅桜璃 2004/7/20 23:26:18


こんばんは。連載はひとまずお休みで今回はゼロ→リナで。シリアスというか暗めな短編です。書きたかったのは魔族なゼロスの複雑な恋愛模様(大笑)にそれを指摘して恐怖を自覚するフィリアだったんですけどねぇ…とりあえず目的は一つ達成したのでいいんです。もっと細かいことだけれど。
最近忙しくて進みませんが夏休みに入ったことだしまずは連載をさくさく終わらせたいです。希望、願望。

* * * * *

生ごみ魔族が愚痴を言いに来た。
知らない相手ではなかったから追い返したいのは山々だったけれどモーニングスターはしまっておく。
振りまわしても物理攻撃の効かない相手に問題はないのだろうけれど、皮肉る口調が嫌らしいのだ。
無駄な行動はやめることができて我ながら少し成長したと思う。
……本当は家の修理代が大変だからなのだけれど。もともとあまり良くはなかった収入はいまや完全に止まって、新しい職業がやっと軌道に乗ってきたところだった。

カチャリ。
自分にだけ淹れた紅茶のカップを持ち上げて口に運ぶ。
招かれざる客に出すお茶はない。そうすることで自覚して早く帰れと無言の圧力。
もっとも相手はそんなにかわいらしい神経の持ち主ではないけれど。

「知っていますか?フィリアさん。」
「知りません。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
即答に起きる沈黙。

「あのぉ……何も言っていないのにそう返されても困るんですが……」
「あら。今知っているかと聞いたじゃありませんか。」

心底困ったようにぽりぽりと頬を掻くゼロスにしゃあしゃあと言って、もう一口口にする。
ああ、美味しい。
いつもはアッサムなのだが、奮発してオレンジペコにした甲斐があったというもの。
贅沢は慣れると厄介だけれど、やはりたまには必要だ。
入れ方一つ、茶葉一つで味の変わる紅茶はその最たるもの。

「最近みなさん本当にリナさんの影響受けていますねぇ。」
「失礼なことを言わないでください!私はリナさんほど傍若無人じゃありません!」
「まあ確かにリナさんの突っ込みの方が痛いですけど。」

リナさんがいればスリッパは間違いないだろうことをのほほんと言い、力いっぱい否定する。
いいのです。いくらエルフ並みの聴力を誇っていようともさすがに姿も見えない、どこにいるかも分からないリナさんが聞いているわけがないのだから。

「リナさんのような方は人間にも竜族にもましてや魔族にも中々いませんからねぇ。」

けなしているような関心の仕方をするのは彼独特の賛美だ。他に居ない、なんて個人を認める言葉はこれ以上にない。
スルリ。
ゼロスは虚空からティーカップを取り出して口にする。
中身は聞かずとも知れている。ホットミルクだ。
出してくれないのなら自分で出すということか。居座る気満々でずいぶんとずうずうしい。

「今魔族ではリナ・インバース排除命令が出ているんですよ。まあ一部ですけれどね。」

まるで世間話の軽い口調。
けれどその意味を理解して息を呑む。

「リナ・インバース排除命令ですって!!」
「いやあ、リナさんてばとある事件で覇王様を怒らせてしまったみたいですね。」

笑い事ではない。下級魔族だったら竜たる彼女には十分に応戦できるし、人間であれどもリナさんなら同様になんとかするだろう。けれどゼロスのような上級魔族が出てきたら……
いやな汗が流れる。自分のことではないけれど、ゼロスと違ってかつての仲間の変事を聞いて笑っていられるほど薄情ではない。ましてその脅威をよくよく知っているものなればこそ。
ぐっと唇を噛んで唇を笑みの形に吊り上げる。

「リナさんにそんなことするなんて返り討ちにあって魔族の数が益々減るだけですわね。」
「そうなんですよ……まったくこの前めでたく通算50人目が倒されまして。最近の若い方たちは困ったものです。はっはっは。」

……本当だったのかしら……
負の感情を悟らせないための強がり、だったのだけれど……
確かにそう簡単にあのリナさんが負けてしまうなんて思わないが。

「そうでなければ困ります。」

えっと、違和感に顔を向ける。
だがあるのは変わらないにこにこと笑む細目の微笑。

「そう簡単にリナさんに死んでもらっては困ります。」
「……なぜ?」
「だってリナさんの居ない世界なんてつまらないじゃないですか。」

面白いか、つまらないか。
魔族の価値観はひどく分かりやすくて単純。
だが、それは。

「リナさんが好きなのですか?」

驚いた顔で問えば、
ゼロスは心外そうに顔を顰めて。

「嫌ですねぇフィリアさん。魔族にそんな感情があるわけ無いじゃないですか。確かに僕はリナさんを面白いと思いますけど。」

愛、正義、勇気、希望。かのセイルーンのお姫様の好物の言葉はけれど魔族にはどれもダメージを与える滅びの言葉。そう簡単に滅びるものはないけれど。
確かに歪んではいる。けれど、ただ一人に執着して、ただ一人を思って一喜一憂する。
それのどこが恋ではないという?

「フィリアさん。自分の世界に入ってしまわれるのは結構ですが、声に出ていますよ。」
「えぇ!うそでしょうっ」
「ま、嘘ですが。」

こいつ、とやはりモーニングスターに手が伸びる。
人をおちょくるのも大概にすべきだ。特にまじめな話をしているときは。

「でもその驚きようは間違っていないみたいですね。顔に出すぎですよ、フィリアさん。」

だがそれを見て……ビクリ、と動きを止める。
さっきと同じ口元は笑み、けれど開かれた目。

「あまり僕を不愉快にさせないほうがいいですよ?」

知っている。分かっている。
だが、こういう目をすると魔族なのだと実感する。
正直に怖いと思う。
こんなパシリ魔族の生ごみ魔族に恐怖を抱くなど竜族の誇りに関わるが、彼は間違いなく”竜殺し【ドラゴンスレイヤー】”のゼロスなのだ。

「僕、フィリアさんは竜族の中ではそれなりに気に入っているんですよ。」

くすり、と。
人のよさそうな人畜無害を装った笑み。
変わらない、昔と同じ、けれどもうその性質を知っている。

「まあ殺すのに吝かではありませんが。」

殺気ともいえない、けれど確かな魔の気配。
カタカタカタ……カシャン。
紅茶が零れて白いテーブルクロスにシミをつける。
緊張に手が揺れて上手く戻すことができなかった。

「リナさんにバレたら怒られるでしょうけど彼女にばれる前に終わりますからね。」

ここで手の一捻り。いや杖の一振りでもすればあっけなく死ぬのだろう。
精神世界面【アストラル・サイド】から手を出さなくても何百何千のドラゴンを一人で滅ぼした彼なら彼女一人くらいわけはない。
竜は人間ほど脆弱ではない。それでも魔族に比べるとその力の差は圧倒的で。

――――――怖い。

何を思ってリナさんはこんな物騒な男を側に置いておけるのだろう。
何を思って絶対敵な力に立ち向かうのだろう。
いつの間にか音はなかった。それは良くある戦闘前の殺気に似た感覚。
コワイ、コワイ、コワイ。
戦わなければ、なんて感覚は浮かんでこない。
ただ、ひたすら。怖いのだと。
ねえ、それは何故?
何故怖い。何故彼は怒る。何故不愉快になる。
何故……リナさんに”ばれる”などと言う?
怖いと悲鳴を上げるどこかで変に冷静な部分が出てきてそれを妙に考える。

――――――図星を突かれたからではなく?

人間は図星を指されると怒るという。
ゼロスは人間でもなく、魔族という彼らの天敵でもあるけれど知られたくないものを知られてしまえば殺したくもなるまいか。
しばらくはそのまま。固まったように、もしくは時が止まったようにその体勢のまま見合って。
空気が変わる。音が戻ってくる。

「おやおや。腰でも抜けちゃいましたか?大丈夫ですよこれ以上僕を不快にさせなければ、って言ったでしょう?」

先ほどの殺気なんて嘘のように笑んだまま。

「では。」
「待っ……」

ずべっ。
反射的にぎゅっと掴んだマントの端に思い切りゼロスがこける。

「……フィリアさん、なにをするんですかぁ」
「どこへ……?」

無視してまだ単語でしか出てこない言葉で拙く問う。
不確かならば聞かねばなるまい。
ゼロスはやれやれと肩をすくめる。本当に人間じみた仕草が良く似合う魔族だ。

「リナさんのところですが?」
「なにをしに?」
「もちろん……秘密ですv」

一瞬だった。扉から出てから消えるなどという演出も無く、本当に唐突に――――消える。
ご丁寧にミルクのカップも持って行って。
力が抜ける。もうそこには人影も暗闇すらない。
深々とため息をついて冷めた紅茶を一口口に運ぶ。

「どうしてリナさんは変な輩にばかり好かれるのでしょうか?」

例えば力ある者のコピーであるとか。
例えば子供の格好をした強く迂闊な魔族であるとか。
例えば復讐を誓う魔族である竜とか。

その感情の名を知らない鈍感生ごみは今日も彼女の元へ行くと言う。