◆−All was Given 〜前書き〜−久賀みのる (2004/12/22 18:31:30) No.30976 ┗All was Given 〜12〜−久賀みのる (2004/12/22 18:33:45) No.30977 ┗Re:All was Given 〜12〜−エモーション (2004/12/27 00:23:06) No.30996 ┗「ぞくぞく」というのは怖いからでしょうか(あれ?−久賀みのる (2004/12/28 22:44:56) No.31002
30976 | All was Given 〜前書き〜 | 久賀みのる E-mail URL | 2004/12/22 18:31:30 |
気づけば今年もそろそろ終わり。年末年始のあわただしい中、 お時間とっていただいてありがとうございます。久賀みのることのりぃです。 年末ですのでツリーも増えるかと思い、新しく立てて置く事にしました。 前書き形式だと悩みますねー。今まで悩まずに済んでいたわけですけども。 そんなわけで今回、年末年始増刊号です。 「All was Given」、第十二章、クリスマス(小説)ツリーお届けに参りました〜。 ……まあ、ゾンビ入りな訳ですが(爆 増刊号とは言え、れっきとした本編です。年内に事態を収束させてしまいたかったので。 ちなみに今回の文字総数は、約10000文字。まあ普通のレベルですね。 ですが今回、何と一回もギャグ会話がないというとんでもな事態が発生しました! 先月今月と続いた今回の事件、笑い飛ばすには少々彼らには重かったようです。 そんなわけで、普段と少々違った久賀文体となっております。ご了承いただければ幸いです。 ……次の章でどう爆発してくれるやらなぁ(苦笑 追記。今回の更新を、1月1日分の更新と変えさせていただきます。 次回の更新は1月中旬、もしくは2月中旬を予定しております。 さすがにちょっと真面目文章を書くのに慣れておかなければなりませんので。 ……いえ、ついつい卒論にオチをつけたりしてませんよ? つけたいですけど(をい なお、前回と同じく、「宣伝レス」、「対談型レス」、「全文引用レス」はご遠慮願います。 またあらすじなどは書いていませんので、先月分までの話を読みたい方は、 著者別の「久賀みのる(のりぃ)」のリストからとんでくださいね。 上記のHPリンクから自サイトに飛んでいただいても読むことは可能です。 いつものごとく長い前書きに付き合って頂いてありがとうございます。 それでは、本文をどうぞ。 |
30977 | All was Given 〜12〜 | 久賀みのる E-mail URL | 2004/12/22 18:33:45 |
記事番号30976へのコメント All was Given 12 〜Stormy Petrel〜 星も火もない真っ暗な夜だが、前へ進めないほどではない。踏みしめる土の感触に注意しながらデューンは歩いていく。前方に目印の岩が、白くぼんやりと浮いていた。 このまま行けば夜明け前には静かに降る雨も上がるのだろう、雨合羽に雨粒の当たる音がぽつぽつとするだけの夜だった。細かに降る雨が、音を吸収してしまっているのかもしれない。 ――それでも、後ろのヤツには、どんな音でも聞こえているのかもしれないが。 今自分は、『何か』に背をさらしている。その考えは彼の脳裏に不意に滑り込み背筋を冷やした。 そもそも今回の件について、彼女の言動は初めから不可解だった。おそらく村人に気づかれる前に姿を消し、単独行動で調査をはじめ、さらに屍体(ゾンビ)では襲いにくい森の中を調査し、事前に雨宿りできそうな隠れ場を確保し、まとまる直前の交渉を遠くから壊して、寄って来た屍体(ゾンビ)を眼前で破壊する。 一見、危ない場面場面で彼女に助けられているように思える。だが、それは本当にそうなのか。むしろ彼女が行った言動からこそ、危険が及んでいるのではないのか。いくらなんでもタイミングは良すぎやしないか。そもそも彼女は何者なのか。 始めから変なヤツだとは思っていたし、同行したのは間違えたかもと思ったときもある。何がしかの計算があるのだろうと薄々感づいてもいた。 自分達に害意はないと思って放っていたのだが――今後の状況の転がり方では、そうとも言っていられないことになるのかもしれない。 いつのまにか丸まり気味だった体を伸ばし、何も見えなくても顎を上げる。 襟首を掴まれて背中側に荷物のように担がれたときの感覚を思い出す。 あの時の感触は、どう考えても、生きた人間のものではありえなかった。 (……信頼していいのか?) その問いかけは、あまりにも決定的にすぎる気がして、結局口から出てこなかった。 (………………戻ろう) 体を休めなければならなかった。決行時刻は夜明け前。一番大気が冷える時間だった。 「…………誰かいた?」 「生きてるもんは何も。 女司祭(ぼーず)の死体がすっ転がってたな。そう古くもねーけど、多分一週間は前だろうよ」 「そっか……………… デューンは?」 「まだ中にいる。もーちっと探してみるってよ」 「…………そう」 闇が一番深くなってから少し後、彼らは教会の裏手にいた。 宿から見えたほうの、広場前の教会である。鐘を吊った尖塔の上に十字架を掲げた、古いがごく普通の教会だ。出入りのための石段も庭も、きちんと毎日掃かれているのだろう、多少の濡れ葉が隅に落ちている程度で、荒れ果てた印象はない。 ここの主人が死んだのが一週間前だとするならば、その後ここを誰が掃除しているのか。考えたくはなかった。他にいくらだって考えたくないことはありすぎるのに。 クレイスは頭を振り、額飾りを手に取って目を閉じた。再び目を開けて額飾りを付け直したところで、隣のマックが話し掛けてくる。 「……なあ。あいつっていつもああなのか?」 「デューン? 『いつもああ』って言われても困るよ。 少なくとも僕はこんな異常事態に付き合わされるのは生涯一度だと信じたいね」 空を見上げる。雨は既に上がっている。東の空が、明るくなりつつあるのが目に付いた。何となく教会を見たくなかったので、空を見上げながら言葉を続ける。 「ついでに言うなら、元からあいつは結構策士だし、昔っからあくどいこと考え付いて完璧に実行して見せてたりしたし、その後自分のやったこと考え直して落ち込みなおしたりもよくしてた。 考えなしなんだよあいつ。やったあとの自分の精神的ダメージってヤツについてさ」 「……珍しいタイプの考えなしだな」 「理性や理屈が暴走しちゃうタイプの人間ってのも世の中いるんだよー」 ぶ厚く動く灰色の裏から、薄桃色の雲が顔を出す。気づけば横にいるマックの顔も、ずいぶんはっきり見えていた。右手に拳銃を持っているが、どちらかと言えばもてあそんでいると言う形容の方が正しいだろう。何の思い入れがあるのか、薄すぎて読めない表情のまま、屋根の上の十字架を眺めていた。 「……何だよ。人の顔じろじろ見やがって。」 「何でも。 あ。帰ってきた」 ステンドグラスの色の変わり方から夜明けを察知したのだろう、デューンが破れた窓を乗り越え、音を立てずに戻ってくる。庭の掃除はしてあるのに破れた窓が直っていないというのもある意味不思議な話だが、おそらくはここを今掃除している『彼ら』が、教会の内部に入れないからなのだろう。 教会に限った話ではないが、宗教建築はしばしば生活の中心を兼ねる。人は教会で生まれ、教会に祈り、教会を祭り、そして教会で死んでいくのだ。ましてこれだけ小さな村で、これほど古びた教会ならば、子も父も祖父も曽祖父も、同じ教会の元で同じような日々を、同じように丁寧に繰り返していたのかもしれない。 それがいまや崩壊している。それも、崩壊しているということを当人たちが自覚していないという残酷な可能性をはらんで。また同じことを繰り返そうとしても、二度とその生活は帰ってこないのだろう。それがやるせない。 結局考えたくないことばかりを考えている。何を考えていたところで、やるべきことには何の差もないのに。頭を振って、クレイスは聖印に触れた。何ということもないただの癖だが、何となくあるのを確かめると安心するのだ。脳裏で自分のやるべきことを確認しなおし、戻ったデューンにさっきと同じ言葉をかける。自分の声がほんの少しだけ、いつもより固い気がした。 「…………誰かいた?」 「……いんや。生存者なし。人が死んでただけだ」 デューンはぼそりと言葉を返し、腰につないだロープを解いた。教会の奥にまで伸びたそのロープは、結び目になっていた部分を除いて、色がやや濃く変色している。 「………………」 クレイスが黙って祈りの仕草をする横で、マックが松明の覆いを取った。明かりを見られるのを防ぐために布をかぶせていたそれは、ぶすぶすとくすぶって煙を上げている。 「……じゃあ構わねーな?」 「ああ。 ……あ、いや、一つ構うか」 マックに言葉を返しつつ、デューンが松明をこちらに奪う。 「俺がやる。 言い出しっぺは俺だからな」 ロープの変色している部分に火種を近づけ火を移し、そのまま窓へと放り込む。 「離れろ!!」 間髪いれずに教会の壁から離れた茂みに跳び込む3人。放たれた炎はありえない勢いで、あらかじめ油を吸っていたロープを、舐め上げるように燃え移っていき―― ぐごぉぉぉぉん! 次の瞬間、教会全体を押し包んでいた。 中に撒かれた油によって、内側から炎があふれ出る。なおも美しく輝いていたステンドグラスが熱にはじける。そこから姿を見せた炎は、一刻も早く頂点の十字架を飲み込もうとして踊っているようだった。 一瞬悼ましげな表情を見せるデューン。間髪いれずにクレイスが呪文詠唱を開始。額の聖印が炎を照り返す。 「――彼(か)のもの汝の使者となり 彼(か)のもの汝の先触れとならん 迅雷をその身に宿らせたまえ コ・フェル・ウス!」 認識速度や運動能力を上げる系統の中でもかなりの上昇率を誇る呪文であり、彼らが戦術的に最もよく使う呪文の一つでもある。施術による一瞬の不快感を目を閉じてやり過ごしたデューンが次の指示を出す。 「OK クレイス! 二人とも視線通るところで待機、寄って来た連中の動きしだいで先制攻撃許可! 特に何も気にかかる行動がなければ追って合流よろ!」 「ってコラ勝手に決めんな! てめーはどーすんだよ!?」 「先行して奇襲をかける。 マックはクレイスのフォロー頼んだ!」 「あ。ひっどいなぁ。人のこと足手まといみたいに。 囮役なら慣れてるんだよ? 任しとけ!」 「任した! じゃあな!」 「おい! コラ! 待てよ!!」 マックの発言にわざと答えず、通常を遥かに超える速度で、そのまま森へと駆け出していく。 彼女に話してあったのは、教会を焼き討ちするところまでだった。うろたえるのも当然だろう。 だが、彼女のいないところで事態の全貌を把握しておきたかったのだ。彼女から離れた理由はただ一つ。それは彼女が信頼できないからではなく、彼女が事態の隠蔽を図ろうとしている可能性を考慮したためである。交渉を常に途中で打ち切られ、行動に対して常に先手をとられ、誘導されている状態から、何とかしてイニシアチブをこちらに取りたかったのだ。 (……でもこれって、『出し抜いた』ってヤツだよな……) 背中に感じた炎の熱気が、あっという間に遠ざかる。いまさらになって、かすかな罪悪感が妙に生ぬるく胸に溜まる。自分はいつもそうだ。やってからやったことの意味に気が付いている。クレイスにもつき合わせてしまう形になった。悪い事をしたと思う。 何にせよ、既に走り出したものに戻りようなどない。クレイスがその場に残っている以上、マックが彼を置いて自分を追ってくるはずもない。まして呪文によって行動速度が跳ね上がっている彼に、何の補助もなしに追いついてくることも出来ないだろう。 (怒られたらその時に謝ろう。それで駄目ならまた考えるさ) 事態を無理にでも軽く考えることの必要性を、彼は既に十分に知っていた。今考えるべきことのみに思考をあっさり切り替えて、燃え上がる教会を後に、彼は獣道すら見えない山の森を猛然と駆け登り始めた。 「…………始めっからその段取りだったのか?」 「昨日、マックが外に出てってデューンが帰ってきたときにそー決めた。ごめんね」 「…………何で話さなかった」 「話したら止めるでしょ。こんな場所で単独行動なんて」 「じゃあ何で単独行動なんかするんだよ。こんな時に」 「奇襲って苦手なんだよ僕。強襲ならともかくさ」 「………………で、オレらがここで待機してる意味ってのは?」 「屍体(ゾンビ)の動向しだいだけどね。 彼らがここに集まって火事で騒ぎになるだけならそれで良し。 自由意志かコントロールかはともかくとして、山狩りなんか始められちゃったらデューンがとっ捕まると困るから派手に動いて囮。 とりあえずは相手の動向を見て、それからの話だけどね」 「……ったく。勝手に決めんじゃねーよ」 (………………ふぅ。) デューンを追うようにこちらも入った森の入り口付近で、クレイスは何とかマックの言いくるめに成功していた。 「……でも何にも起こりそうにないね……」 燃えていく教会の周りで右往左往している屍体(ゾンビ)の群れがいる。声はしないがそれでも彼ら同士では意思疎通が図れているらしい。手桶に水を汲んで走ってくるものもいる。野次馬もいる。流れてくる煙から逃げようとするものがいれば、教会内に入ろうとして止められているものもいる。 それはまるで、生きる人間達の醜悪な諷刺画(カリカチュア)のようだった。火の粉の舞い散る教会に救いを求めて駆け寄る屍体(ゾンビ)達。 「……っくそ。悪趣味な。」 眺めていて同じように感じたのか、隣でマックが小さく毒づいた。 目を離すことの危険性はわかっていたけれども、目を閉じて祈らずにはいられなかった。 「――直感と正義と狂気の女神、黒雲の馬車の持ち主よ、 願わくは御身の母親の離れを焼いた我らを許したまい、 かの哀れなるものらにせめてもの安らぎをもたらされんことを――」 祈るクレイスを、薄い感情をかすかにうかがわせ、マックが横目でちらりと見た。明日抜かれて捨てられるのを知らずに折れた茎から頭をもたげる、雑草を見るような表情だった。 うっそうと木々の茂る夜明けの山の中を、デューンが軽々と疾駆していく。通常の速度上昇系と違い運動能力まで上げることのできる『コフェルウス』は、こういったシーンで強い。跳び箱と同じ要領で身長ほどの段差に飛び上がり、濡れた粘土質の土の上を平然と走り抜ける。 唐突に左側の視界が開けた。斜めの角度から村を見下ろす形になる。朝日の中ではじめて見た村の全景の中心にある、たなびく黒煙とその狭間に揺らめく炎、まだ焼け落ちずに残っている建物の形。その周辺の動く影は村人達のように見えた。 目を取られ、思わず足をとめた。風が足元から吹き上げる。少しいがらっぽいような気がするのは気のせいだろうか。 吹き上がる風に乗って、村人達の会話が漏れ聞こえてくる。 ――教会が、教会が燃えてしまう!―― ――駄目だ間に合わない――燃え尽きてしまうぞ―― ――何ていうこと――200年の間ずっと、この村を見守ってくださっていたのに―― ――何故ですか、天なる母よ! 私達は何か悪いことをしましたか―― 炎によって舞い上がる風に、人々の嘆きの声が乗って空へ飛んでいく。今日と同じ穏やかな明日が来ると信じきっていた、何の変哲もない、普通の人々そのままの嘆きの声だ。その声が、デューンを打ちのめし、立ち尽くさせる。 もしも彼らに魂がないとするならば、彼らの叫びは消えていく風の音と同じなのか。 もしも彼らに魂があるとするならば、自分のしたことは何なのか。 自分はいつもそうだ。やってからやったことの意味に気が付いている。彼らを魔物だと断言も出来ず、人間とみなして償うだけの気概も持たず、いまさら加害者としての意識に脅えて後悔するぐらいなら、何で始めから怖気づいて逃げておかなかったのか。 せめてここにじっとしているわけにはいかない。一度手をつけた以上は最後までやり遂げなければ。そう思うのに、なぜか足が動かない。 その時、教会がついに崩れ落ちた。 尖塔に吊ってあった鐘がまっすぐに落下し、酷く胸に響く音色で鳴った。 まるで200年の生涯の最期の勤めを果たしたかのように、その音は深く強く澄み、村の全てに響き渡った。 教会の周りにいた屍体(ゾンビ)達が、全て動きを止めた。 まるで息を呑んだかのように、まるで畏怖に打たれるかのように、全てのスイッチを止めたかのように動かなくなった。 「マック! 移動するよ!」 「もうここにいなくても構わねーのか!?」 「これ以上ここじゃあきっと何も起こらないよ! それより今の音で下手に警戒が強まることの方が心配だ。奇襲が失敗してるかもしれない。急ごう!!」 その鐘の音に冷や水を浴びせられたかのようだった。驚きの後に理性が動き出す。呪縛が解けたように体が動きだした。 じっとしているわけには行かないのだ。それが、目的のために何かを傷つけた人間の務めだと思った。もしも剣が血を見ずに鞘に収められないものならば、血を見ずに何かを成すことも守ることも、剣には出来ないものなのだ。昔団長から言われた言葉が今になって始めて腑に落ちる。 ――立ち止まったままではいられない。 デューンは再び疾走を始めた。走りながら背に収めた剣に願った。 何を願っているのかは自分にもわからなかった。きっと叫ぶ代わりに願っていたのだ。 澄み切った断末魔のようなその奇妙な鐘の音は、彼のところにまで響き渡った。 彼の知る限り、教会の鐘がそんな鳴り方をしたことはなかった。思わず地下室からまろび出て、眼下の光景に息を呑む。 昨日までは確かにそこにあり、施術の中心でもあった鐘を掲げた古びた教会。それがいまや、火と煙のくすぶる瓦礫の山と化していた。 「な、何だ!? 何があったんだ!!」 廃墟の教会の入り口から、誰も答えるものがないのを知っているはずなのに、思わず叫んだ。 「――てめぇ!! マジでそのザケたセリフ言ってやがんのか!?」 ――返事は、後ろから、斬撃と共に振り下ろされてきた。 デューンは、ただ単に怒っていただけなのだ。ただ純粋に怒っていただけなのだった。奇襲だというのに声をかけてしまったのも、仲間がいるかどうかを確認すらしなかったのも、それだけの理由である。 背後から駆けてきた勢いそのままに、まっすぐ断ち降ろす一撃を放つ! 「っ!?」 廃墟から出てきたローブの男が、それをぎりぎりで回避し、横に跳ぶ。続いて何の呪文を使おうとしたのか、印を切ろうとしたようだが―― 「――遅い!!」 わざと伸ばしたその手を掠めるように剣を滑らせる。慌てて身を引いたところを見計らい、大きく踏み込んで横薙ぎの一撃! 「くっ!!」 とっさに男は後ろに跳んでしまい――背が教会の壁に当たったことに気づき、その表情を凍りつかせる。次の瞬間デューンの長剣がその顎の下に滑り込み、その動きを完全に封じてしまっていた。 (……あっさり捕まっちまいやがって……) 理不尽な怒りがこみ上げる。別に強敵と戦いたかったわけではない。ただ、村にあれだけの惨劇を見舞った相手なのに、それが手加減した上であっさりと捕らえられてしまうような相手だったということが、無性に悔しかった。 「マジでわかってねぇのか!? 自分(てめぇ)が何をやらかしたのか!! それとも自分は事態と無関係ですとか冤罪気取るつもりか!?」 男の首元に横向きに滑らせた長剣を捻り、顔を上げさせる。ごく普通の男の顔だった。至近に迫った切っ先に必死で瞳の焦点を据え、がくがくと震えている。凍った驚愕の表情が事態を認識するにつれ、恐怖へ哀願へとぐずぐずと溶けていくその様子を見て、デューンは軽く舌打ちをした。開き直るなりなんなりしてくれればむしろ気分も楽なのに、こうまで脅えられてしまうと、弱いものいじめをしているようで気に食わない。 さらに別働隊がいるという可能性も考えての無傷捕捉だったが、相手がこれほど脅えているということは、これ以上の援軍はないだろう。だがそれは一方で、情報を得たいなら彼以外に情報源がないということだ。この脅えきった男をつついたところで、有益な情報が出てくるものだろうか。 震えが大きくなってきたために刃先が喉に触れているのを見て、わずかに剣を引く。男の目に浮かんだ哀願がわずかに安堵に変わったのが癇に障った。目線を合わせて睨み据えてやると、また男があっさりと震え上がる。 「別にてめぇを気の毒だなんて欠片も思わねぇからそう思え。 きっちり吐くもの吐いてもらわねぇと本気で頭割るからな。 大体ここにいるってだけでてめぇ叩っ斬っても文句出ねぇんだからよ」 吐き捨てるようなそのセリフの、口調と内容の乱暴さに男が目を剥く。こちらはさらに目を鋭く細めながら、デューンが言葉を叩きつける。 「何かしら犯人がいるとしたらここ以外に場所がねぇんだよ。 あの宿の主人が言ってたんだよ。『自分たちは同じことを繰り返す』『宿の主人として人を追い返すという選択肢はない』ってな。 村人たちが全員、昼間だけでも生前と同じように行動していなければならないなら、術者がいられる場所は宿か、でなきゃ屍体(ゾンビ)な村人に見つかって不審がられねぇような場所だけだ。連中が不審がったりしないように術でいじってるって可能性もあるけど、そんなことするなら最初(はな)っから屍体(ゾンビ)村丸ごと通常通りに動かそうとするような酔狂な実験やらかさねぇよ。 どんな最終目的があるにしろ、この村は実験場だ。こんなとこにこんなもん作ったって実用性なんざねぇからな。実験だとしたらデータの精密性にはこだわるはずだろ? ましてこんな、人間の精神もてあそぶようなネジの飛んじまった研究者ならなおさらな」 単語一つ一つがまるで、男を叩き潰そうとしているようだった。冷静になろうと試みてはいるのだが、どうにもならない。押さえ込もうとして押さえ込めない感情がこもった彼の瞳は、酷く苛烈なものだった。 意識して、剣の柄を握る手にこもりすぎる力を抜く。 「で、大陸育ちのやつが言うわけさ。『教会の中にいりゃ屍体(ゾンビ)にもならねーし連中も入って来ねー』ってよ。だったら大体どこにいるか想像つくだろ? そもそも、魔法ってのはただでさえ場所を食うしな。根城が必要なのはよく知ってるし、洞窟だの何だので間に合うもんでもねぇんだよ。屍霊術系ならなおさらだ。 だったら残った候補地は二つ。下の廃教会と上の廃教会だ。 マックが襲われたっつー上の廃教会の方が確率高いと見て、下の廃教会を調べた上火ぃ放って注目してもらった。そーゆーことだ。 連中がまともに思考保ってんのは日中だけなんじゃないかってのは見当ついたからな」 雲間を縫って下りてきた鮮烈な朝の光が、彼の抜き身の刃につややかな光彩を与えていた。 「ついでに言うなら、お前が首謀者じゃねぇだろ? むしろ中継役か後片付けか頼まれただけの下っ端だろ。つかもうここ使ってねぇだろ。管理が雑すぎる。 だから――」 その刃を男の首筋に、もう一度滑らせて彼は叫んだ。 「とっととそいつのこと洗いざらい吐きやがれ!! 後で役人にも突き出すしその先どうなっても知らねぇけどよ、この場で斬り倒すのは止めてやるからよ!!」 この男を許そうとも許せるとも、彼は全く思っていなかった。 だが、戦闘中ならともかく、脅えるばかりの無抵抗な男を一方的に斬り殺すのも、彼には出来なかったのだ。殺せるし殺したいのに、殺したくないし殺せない。矛盾しか吐き出さない理性と感情とが、彼の言動を攻撃的にさせていた。 男は今まで一番脅えていた。がたがたと大きく震えすぎて、デューンの方は何も動いていないのに、首の皮に傷ができ、少し血が垂れた。 何度かつばを飲み込んで、深呼吸をして――目を見開いたまま、決意を込めて、男がデューンを正面から見据えた。 「!? やべえ!!」 「ちょっとマック!?」 森の中をクレイスと駆けていたマックが、突如力任せに突っ走り始める。 ちょっとした低木の茂みぐらいならあっさり突破していく彼女を、クレイスはすぐに見失った。 「わ、私は!!」 目をこれ以上ないほど見開いたまま、刃を首筋に当てられたまま、男がデューンに向かって叫び返す。 「私は、ただ、誰も死ぬことのない世界が見たかったのだ!! もう誰も失われることのない世界を作ることに少しでも貢献できればと思った!! なのに―― 何故彼らを、皆が『死んでいる』というのだ!! 肉体が滅ぼうとも生物として不自然でも、彼らは生きているのに!!」 まさか「生命」の定義そのものをひっくり返されるとは思わなかった。 一瞬度肝を抜かれたデューンの隙を突いて、男が後ろ手に掴んだ何かを握りこんだ。 瞬間恐怖をかき消して浮かんだ清々しいまでの笑みは、デューンの目に留まるには短かった。 「デューン! そこどけぇぇぇぇぇぇっ!!」 突然マックが走り出てきて、男とデューンとの間に割り込んだ。 「!?」 慌てて咄嗟に剣を引くデューン。間に合わずに刃が体をかすめるのにも構わず、マックはそのまま力任せに男を崖下へと投げ込んだ。 獣道を全速力で駆け登っていたクレイスは、突然の轟音に耳をふさいだ。 「何!? 今の何だよ!?」 音が大きすぎて、どの方向からきたのかが良くわからない。木々が密生して視界も良くない。周囲を見渡した彼は、今ゆっくりと天に上りゆく、黒い煙を目に留めて――ちょうど自分の目指す方から煙が昇っていることに気づき、青ざめる。 「――あーもう! 何なんだよもう!!」 騒いだところで事態は好転などしない。そのことを彼は十分承知していた。 再び森の中を走りながら彼は、既に事態が最悪の形で終わってしまっていないことだけを願っていた―― 最悪だとは言わずに済んだだろう。 だが、彼が着いたときには、事態は既に終わっていた。 嫌な匂いが鼻をつく。クレイスはその匂いを良く知っていた。生き物を、肉だけではなく全身残らず焼却すると、この匂いが残るのだ。 崖の下から、その嫌な匂いのする黒い煙が立ち昇っている。崖のこちらで、デューンとマックが対峙していた。デューンは抜き身の剣を下げたままマックを睨み上げ、マックはそれをただ見下ろしていた。服の背中が斜めに裂けて肌があらわになっているのに、彼女は気にするそぶりもなかった。 「………………で、今回の事件は何だったんだよ?」 デューンが言う。マックが答える。 「さっきの男が首謀者だったんだろ。 で、勝ち目がないと思って自爆したんだろ。 単純な話じゃねーか。」 「……いや。さっきの男は単なる下っ端だ。 何かもっと奥にある。絶対ある。何だかわかんねぇけど、何かがよ」 「そーなのか? じゃあ知らねーよ。 オレが知ってるのは見たものだけだぜ。何でオレが何か知ってるなんて思うんだよ?」 緊迫感をはらんだ空気をわざとらしいと思えるほど無視して、マックがひょいと肩をすくめる。 「じゃあなんでさっきの男が自爆だって言い張れるんだ?」 「決まってんだろ。オレがやったんじゃねーからさ」 デューンの表情は動かない。決意に固められたそれからは、奥にある動機が敵意か不信かそれ以外に刻まれた傷なのかすら、読みとることが難しかった。 「………………信じて、いいのか?」 いつもよりやや低い、軋んで掠れたようなその声に、マックは瞬間表情を消した。 「………………なあ。 もしオレが今ここで、『信じろ』って言ったら、お前信じるのか?」 その声は、むしろ沈痛と言っていいほどに静かなものだった。 デューンの目が泳ぐ。マックは短くため息をついて、崖の向こうに目線を逃がし、廃墟の村を見下ろした。教会の周りの屍体(ゾンビ)達は、動きを止めたままだった。おそらくはそのまま朽ちていくのだろう。 ――いずれ誰かがそれを見つけるのか。見つけた誰かは祈るのか―― 何にせよ自分達がとどまることで、得られる利益は何もなかった。 「……ここにいたって仕方ねーよな。 降りて地図でも探してくる。現在地ぐらいはわかんだろ。」 そのままマックはきびすを返し、村に向かって歩き出した。何だか事情が良くわからずに、クレイスがうろたえる。 「え、ちょ、ちょっと待ってよ。 あ、僕ついていこうか?」 「いんや。オレだけでいい。」 きっぱりと言い切りながらクレイスの横を通り過ぎ、彼女は森へと歩き去る。 「――知る必要なんざどこにもねーのさ―― ――滅んだ村の名前なんか」 何も知らぬげな木々のざわめきだけが、彼女の呟きを聞いていた。 言いたいことと言えないこととをそれぞれ互いに抱えながら、村を発見してからの、一日の嵐がひとまず終わった。 高峰をようやく登り終えたばかりの、半円型の太陽が、久しぶりにまぶしく楽しげに、彼ら三人を照らし出していた―― |
30996 | Re:All was Given 〜12〜 | エモーション E-mail | 2004/12/27 00:23:06 |
記事番号30977へのコメント のりぃさん、こんばんは。 「ぞくぞくゾンビ村」(違う。しかもそれは微妙に某児童書のシリーズ名みたいだし)完結編ですね。 女司祭だけはゾンビにならず、普通に死んでいる……。 やはりこれは通常の行動をさせると、宗教の教義から考えるに、 あっさり自分もろとも村中のゾンビを、成仏させられてしまう可能性が高いから…… なのでしょうけれど、もしこういった立場の方がゾンビなどになったら、 かなり複雑でしょうね。 「不満でも自分がゾンビだと認める人」と「自分がゾンビなんて絶対認めない人」に 分かれそうだなと、ふと思いました。 首謀者一味(?)の男の台詞、彼(と彼の背後の一団?)は微妙に思考が ズレている感じですね。言いたいことは分かったが、そのための前提が まず間違っているだろうという感じで。 上手く考えがまとまりませんが、「誰も死なない世界」とか言われてもね、と。 命を無くした身体に魂がしがみついているのと、命がある肉体に魂が存在するのは、 一見似ているように思えても、実際には全然違うものだから。 ……どう書いていいのか、分からないです、すみません。 さて、これまでデューン君が水面下に止めていた、マックさんへの不審……というより、 疑問が、これからは微妙に表に常駐するようになる……のでしょうか。 そして今回のことで、妙な方々と因縁を持つことになったのかな、と憶測してみたり(笑) クリスマスを過ぎると、もう新年へ一直線ですね。少し早いですが、良いお年を。 続きを楽しみにしていますね。 |
31002 | 「ぞくぞく」というのは怖いからでしょうか(あれ? | 久賀みのる E-mail URL | 2004/12/28 22:44:56 |
記事番号30996へのコメント こんばんわ、エモーションさん。 この3部ほどコメントのつけづらい章でしたね。毎回レスありがとうございます! ちなみに作者当人は「Stormy Day三部作」と呼んでおりました。 でも実は「ぞくぞくゾンビ村」、凄いツボでした。これからそう呼ぼうかな(爆) >女司祭ゾンビ型(違 ちなみにあの世界においては、「聖職者は肉体ごと聖別されているので 屍霊術系や呪術系魔術に耐性がある」という風に理解されてるっぽいです。 ……とはいえ、耐性ですから高位の術者なら破れるかもですしね。 作者的にはそのシチュエーションは考え付かなかったのですけど、 普通にいいですねー。どっかで使えないかなぁ(何) 退治するべく派遣された方でも認める認めないでもめそうですね。 >「生きていること」の前提条件 ズレてますねー。何も考えずにズレているのか思惑があってズレているのかは また疑問ですけれども。 つつけばつつくだけ疑問が増えていく領域ですしね。この辺りは。 とはいえ、彼(彼ら?)が自分の信条に疑問も何も持っていないにも確かですから、 彼らとの因縁があるとすればつつかざるをえないでしょうね。 ……キャラクターたちの根性に期待しましょう(をい!) >伏線広げの仕事人(ぇ 実質現行で事態を進めているのは彼女なんですよねー。 デューンとクレイスは今のところ巻き込まれてるだけですから。 この辺りで自分達から事態を動かしてくれないと少々困ったりするわけです。 もっとも、彼女の保護や力添えがなくなるって意味でもあったりするわけですけどね。 相変わらずの長文になってしまいましたが、今回はこの辺りで。 次回は少々遅くなりますが、気長に待っていただけると幸いです。 ……今回の反動で思いっきりキャラが暴走しそうで怖いのは秘密です(笑) この一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。 それでは良いお年を! |