◆−ナイチンゲール(アメリア&リナ)−緋崎アリス (2005/8/27 01:48:09) No.31767


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31767ナイチンゲール(アメリア&リナ)緋崎アリス URL2005/8/27 01:48:09


こちらではご無沙汰しております、有栖こと緋崎アリスです。
今回はカプなし、といいますかアメリアとリナしか出ていないので、ある意味アメリナです。


*ナイチンゲール

「あら?」
 あれ、リナじゃないかしら。
 自由行動中に通りかかった住宅街で、アメリアは軽やかにスキップしていた足を止めた。
 広くはないが、日のよく当たる道ばたで立ち止まり、向こうを向いたリナの栗色の髪は炎のように赤々と輝いて、なにより彼女の目印となっている。どうやら、一人の老人に呼び止められているらしい。


 リナはしきりにこめかみのあたりを人差し指で掻きながら、思案しているようだ。
 そして彼女の肘にすがりつきそうなほど腰を曲げた老人が、こちらもしきりに手を動かして何かを訴えているようにも見えた。
 おおかた、出で立ちから「旅の魔道士」と見受けられ(外れているわけではないが)、何かのまじないでも頼まれているのだろう。
 しかし、リナは生家が雑貨屋だとかで根っからの商売人、使うところは使うが締めるところはとことん締めると徹底しているので、きっと「タダじゃやらないわよ」などと言っているのだろう。

 アメリアはとっさにそばにあった街路樹の影に身を潜める。こちらにやましいことなどなにもないが、あちらも悪さをしているわけでなし、商談の最中にしゃしゃり出ていったらリナの気分を害するのではないかと思ったのだ。

 彼女がひらりと手を振ると、老人の顔つきがさっと変わる。アメリアが頭の中でシミュレートしていたことばを、そのまま言われたのだろうと思われた。
(ご老人相手なんだから、すこしくらいサービスしてあげればいいのに……って言うと「慈善事業じゃない」って怒られるのよね)
 アメリアは目がいいので二人の表情や仕草はよく見えたが、彼女の位置から二人の会話はなかなか聞こえない。
 老人が深く彫り込まれた皺を厳つく寄せて思案に暮れていると、リナの視線がふっと老人の向こうへ伸びた。
(何か見つけたのかしら)
 リナはひょいと細腕をもちあげ、老人の向こうを指さした。老人もつられてそちらを向き、彼女が指し示したものを認めた。

(……なに? 見えない)
 老人はそれまでの不安げな表情を一変させ、リナを丁寧に庭へ招き入れる。彼女がぱたぱたと手を振るのは「そんなかしこまらないでよ」とでも言っているのだろう。リナは格式張ったものが特に苦手だからだ。
 二人が街路樹の影から見えなくなってしまうと、アメリアは猫のような身のこなしで一本裏の路地へ回り込む。こちらも陽の当たりはよく、通りに等間隔で植えられた街路樹が青々とした枝葉を悠然と伸ばしていた。

 昼寝をしていた猫から寝床を奪ってしまったが、アメリアは裏道の街路樹に先ほどと同じように身を潜める。今度は声が聞き取れるほどの距離まで近づくことが出来た。

「魔道士様、本当にこれでよろしいので? 素人のわたしが言っちゃあなんだが、簡単だっていってもまじないはまじない。それなりの対価っちゅうものがありませんかね?」
 庭で二人が並んでいるのは、家庭菜園の前だった。リナは腰をかがめると、真っ赤に熟れたトマトを優しく撫でてにっこりと笑い「他の魔道士がどんな対価を求めるか、なんて知らないもん。あたしはじーちゃんとこの、このトマトが食べたいの」
 どうやらリナは、老人に頼まれた魔法をトマトで請け負う事にしたらしい。確かに菜園になっている野菜たちはどれもこれもみずみずしくておいしそうだ。道ばたからのぞいているアメリアも、ついつい甘酸っぱいトマト料理を想像してつばを飲み込んだ。

 しばらくすると、家の中から老人の妻であろう老婆が一振りの懐剣とリネンのシーツを持って現れた。どうやら嫁入り道具らしい。
 続いて老人が小さな腰掛けを持って現れ、リナはその上にシーツと懐剣を乗せると、一歩引いて両手をその上にかざした。

 炸裂するような攻撃魔法の呪文とは違う、優しいことばが風のまにまに流れていく。それはまじないを施したものの持ち主の行く末に幸多からんことを天に願い、害なす悪意をそれとなく逸らせる魔法。
 歌にも似たリナの音韻はゆったりと響き、日の光に解けて消えていくかの如き音容は、短くない時間をともにしてきたアメリアでさえ初めてみるものだった。

 淡い金色を帯びた魔法の輝きが品物に吸い込まれてしまうと、リナはほっと息をついて腰掛けから品物を取り上げ、老夫婦へ差し出した。
「はい、これで本格的な呪詛以外は大抵やり過ごせるわ。もっとも、そんなことされるようなお孫さんだとは思えないけどね」
 老夫婦の孫娘自身は見あたらなかったが、二人を見ていれば自ずと想像がつく。老人は深々と頭を下げてそれらを受け取り、庭の野菜はどれでも好きなだけ持っていってくれてかまわない、と言ってくれた。


 結局リナははち切れんばかりに熟れたトマトやまるまると太ったナス、色とりどりのピーマンと産毛の生えたクルジェットなどをもてるだけマントに包み(一応は遠慮したが、お連れさんのぶんも、と半ば押し込まれたのだ)、老夫婦の家を後にした。

 表通りを歩いてくるリナを先回りし、ちょっと驚かせてやろうかしらと、アメリアは悪戯心満載で彼女の、左右に揺れる栗毛の後ろへ回った。
「あんたもマントはずして、半分持ってくんない?」
 骨張った肩に腕を回すより先に、リナのかかとがアメリアのすねを軽く蹴る。「あいた」と思わずすねを抱えて片足立ちしたアメリアは、気配を消し切れていなかったのかと己の未熟を恨んだ。

「なーにをこそこそ、のぞきなんかしてたのよ。用があるなら声かければいいじゃない」
 服に縫いつけられたアメリアのマントは外れなかったので、結局リナのマントの端を二人で持って、宿へ通じる道をゆったりと進んでいた。「うーん、それも考えたんだけどね」
 マントの中からやや小振りのトマトを一つ取り上げ、ふんふんと子犬のように鼻をひくつかせる。青いにおいが食欲を誘い、行儀悪く上着の裾で土を拭ってかぶりついた。

「リナの意外な一面が見られそうだったから」トマトをもぐもぐやりながら呟く。「なによ、意外な一面って」
 あたしはいつだってあたしよ、と言うリナに「そうね、わたしが知らないだけだわ」とアメリアは笑った。
 リナがあんな風に優しい魔法を使えること、春の日差しのように柔らかな声、無邪気に野菜を摘んで笑う顔。もしかしたら、ガウリイでさえ知らないかもしれない。
 ほんの少し優越感を抱いてふふ、と声をあげて笑うと、トマトをもう一口頬張ったのだった。




「ね。愛と正義と真実のひとに耳寄りな情報があるんだけど」
「それって、わたしのこと?」
「他に誰がいんのよ」
 一人でトマトを一つ平らげてしまったアメリアを少し恨めしげに眺めて、リナは前方に視線を戻した。
「この町の魔道士協会ね、ちょっとした守りの魔法かけるのにも、べらぼうに高いお金取ってるらしいわよ」
 ああ、それであの老人は旅の魔道士に頼んだのか、と納得すると同時に、アメリアの中の正義を愛する心が沸々と煮えたぎる。
「なんてこと! 大衆のためにあるべき魔道士協会が私利私欲のために暴利をむさぼるとは! リナ!」
 内容理解から三秒ほどで正義感の暴走したアメリアは、リナが自分の得にならないことには動かない人物であるということをすっかり失念していた。何か裏がなければ、わざわざこんな事をアメリアに教える必要などない、ということくらい、冷静になればわかることだったのだが。

「とりあえず、宿にお野菜置いて腹ごしらえしたら、わたしたちで正義の鉄槌下しに行くわよ!」
「おっけい、おっけい。そうこなくっちゃ♪」
 アメリアがリナのもくろみ――魔道士協会が不正にため込んだお金や魔道資料をパチる――に気づいたのは、二人がかりで建物を半壊させた翌日の昼過ぎだった。