◆−道の先、空のふもと−KAKERU (2005/10/5 00:22:40) No.31922


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31922道の先、空のふもとKAKERU 2005/10/5 00:22:40


 弁護士になって3年目の秋。正午が過ぎて、アカネは事務所のソファで目を覚ました。昨夜からつけっぱなしのノートパソコンと、裁判所に提出する書類で埋まっている自分のデスクを見てため息が出る。

「なんだかなぁ・・・」

そう呟いて、書類をまとめだした。窓の外はもうランチタイムなのか、OLやら大学生やらで湧いている。気楽なものだ、と微笑を浮かべた。昨日はあんなにびしっと決まっていたお気に入りの白いスーツもどことなく汚れた気がして、上着を脱いで下に着ていた青いカッターシャツだけになった。さすがに肌寒く感じた。
事務所の奥の洗面所に行って、髪の毛を直す。ふと、自分の顔を意識した。弁護士を目指して生きてきた6年間が思われた。苦労と挫折、我慢の連続だった。

アカネの実家は厳格な家で、父も母もアカネを看護婦にしたいの一点張りで看護婦を辞めて、もっと上を目指すと宣言したアカネに猛反対しことごとく道を阻んできた。まじめな両親に対して中学生から非行に走ったアカネは、夜毎街中を単車で暴走、警察に何度お世話になったか分からない。そんなアカネが弁護士を目指した理由は、今日の今日まで思いつづけてきた一人の男性にあった。極道の道にも進むことを決意していたアカネを救った、生涯この男一人と心に決めた、最初で最後の相手。その人を探すべく、アカネは埼玉の土地へと足を踏み入れた。そしていつかめぐり合えたときのために、恥じることのなきようにと自分の夢であった弁護士という仕事を手に入れた。

故郷も、親も、友達も捨てた。

気が付くと、洗面所に20分も立ち尽くしていた。

「あっ!!書類!!」

気を取り直して書類を作り直し始めたにもかかわらず、そんなこと何も意味をなさなかった。埼玉にきて3年、彼には一度も会えない。埼玉中探した。泣きながら探した。胸に光る弁護士バッヂを一目見せたくて、でも、会えない。正直、半ば諦めかけていた。

そんなときだった。

「すいません。」

「はい。」

自分を呼ぶ声に顔を上げた。そして、アカネは息を呑んだ。立っていた。思い人が、目の前に立っていた。でも、取り乱せない。

「どうぞ、おかけになってください」

不器用な微笑を浮かべて、アカネはソファを指差した。思い人は、言われたとおりに座って、事務所の中を見渡している。背も伸びたし、年もとっている。あのころよりも声が低くなった気がする。10年前、高校生だったあのころとは何もかもが違う。でも、アカネには分かった。