◆−小さな夜の物語☆★☆−蝶塚未麗 (2006/2/6 18:50:23) No.32237
32237 | 小さな夜の物語☆★☆ | 蝶塚未麗 | 2006/2/6 18:50:23 |
マエガキ 私はよく疲れる子どもでした。 小学校の時とか何か行事があって作文を書かされる時、必ず「○○しました。つかれました。」と書いていました。 疲れやすさは今でも変わっていないような気がします。 というわけでこんばんは、チョウヅカミレイです。 もしはじめましての方でしたら、はじめまして。 よろしくお願いします。 この投稿はシリーズ10回目にあたりますが、ほぼ独立した連作という形なので特に心配はいりません。 ただし、意味不明なものを嫌う方には少々オススメし難いところがあるような気もしますが……(スレイヤーズでもないのでその辺りも要注意)。 ――小さな夜の物語☆★☆―― MENU ・Desertmoon Dessertstar ・ツキヨノバン ・A UNJUSTNESS ・月の人 ・最後の話 ▽Desertmoon Dessertstar やしの木が立ち並ぶ貝殻通りを歩いていると、ふわぁっと暖かい風が吹いてきました。 どことなく潮の香りが混じっていましたが、海はここから百マイルの彼方。 いくら南国を意識しているからといって、香りまで表現しているなんて話は聞いたことがありません。 多分香水か何かでしょう。 そうでなければ単なる気のせい。 そんな風に思って無理やり納得することにしました。 それにしても海にはもう何年もいっていません。 無性に懐かしい気分になった私は電車に乗って、海の近くの駅までいきました。 着いた時、すでに時刻は夕暮れでした。 そこから歩いて海まで向かったのですが、砂浜を見下ろす位置まできたのに海はどこにも見えません。 砂の大地が遥か彼方まで広がっているだけでした。 人の気配は全くありません。 そういえば駅を出たところから誰にも会ってないような気がします。 駅も無人駅でした。 私は少し怖くなりましたが、それでも砂浜まで下りました。 そして本来なら海があるはずの方へ歩いていきます。 無限に続く砂、砂、砂。 風はとても冷たく、海の気配はどこにもありません。 だんだんと日は暮れていき、私は歩き疲れ、砂の地面にへたり込んでしまいました。 上空には青い闇が染み出し、世界を覆いつくそうとしていますが、地平線のはるか彼方では残照がまだ砂を赤く照らしています。 後ろを振り向けば、小さな黄色い満月。 暖かな光を湛えてぼんやりと空に浮かんでいました。 星の瞬く姿もあちらこちらで見られます。 私はずうっと砂の上に座り込んでいました。 ふわぁっとあくびをして寝転がった瞬間、流れ星が一つ、月と星の明かりにつつまれた空を音もなく滑っていきました。 ▽ツキヨノバン 私は暗い闇の底のような町でバケツを売っていました。 通りかかる人は誰もいません。 町の明かりは妙にむなしく、風の音は誰かの泣く声のよう。 空がとても遠く感じられます。 私はなぜここにいるのでしょう。 なぜバケツを売っているのでしょう。 誰も買う人はいないのに。 そもそもなぜバケツなのでしょう。 記憶を辿ろうしましたが、無駄でした。 新たな疑問が生まれただけです。 私には記憶というものがありませんでした。 私というのは一体誰なのでしょう。 ――ツキガデテルネ 誰!? あなたは……誰なの? ――トテモキレイナツキダネ 月? ――ミテゴラン トテモキレイダヨ 月なんてありません。 空は一面の暗闇。 月なんて見えるはずがないのです。 ――ソッチジャナイヨ ホラキミノモッテル ソノ…… ……? どういうことでしょう。 私の持ってるものといえば、バケツくらいしか…… そのバケツの中? 私は手に持っているバケツの方に目を向けました。 でも月なんてどこにも見えません。 ねえ、月なんてありませんよ。 ――アハハ アルワケナイジャン ▽A UNJUSTNESS 若いお月様は空から、担当地区の街を真下に見下ろしていました。 この街に配属が決まったのは今日の正午過ぎのこと。 あまりにもいきなりなので驚きましたが、これはとても嬉しいニュースでした。 何せ、お月様のそれまでの担当地区は船ひとつ通らない北の果ての海。 とても退屈で寂しい思いを強いられていたのですから。 お月様は初めて目にする街の上空をゆっくりと弧を描くように昇っていきます。 すっかり日が暮れて空は真っ黒なのに、街にはたくさんの灯りが灯っていて、大きな通りには今も人がたくさん歩いています。 ずっと誰もいない場所にいたお月様は、ただそれだけで感動的でした。 しかし同時に街の賑わいがどこか嘘臭い、作り物めいたものに感じられました。 夜はどんどん更けていき、お月様は徐々に夜空のてっぺんに近づいていきます。 位置的にも、もう街の中心辺りまできていました。 大きな建物が周りを河に囲まれた巨大な庭園の中にぽつんと建っています。 あちこちに取り付けられた窓からは黄色い灯りが漏れていますが、それでも繁華街に比べると闇は濃く、また静かで、建物を取り巻いている広大な整形庭園は少し不気味でした。 庭園の一角には大きな池がありました。 ちょうどお月様の通り道のところにあります。 お月様がその池を通過しようとした時のことでした。 池に映る自分の姿を見ようとしていたお月様は突如、何者かに背中を押されました。 後ろを振り向くことさえできないまま、お月様のからだは地上に向かって加速していき、大きな音と水しぶきを立てて池の中に落ちました。 体重の重いお月様はそのまま深く沈んでいき、底まで辿り着きました。 ですが、それほど深い池ではなかったようです。 すぐに浮かび上がることができました。 しかし池に落ちた時の音を聞かれたのでしょう。 池の建物に面した方に何人かの男が集まっていました。 いかめしい制服を着た男たちで、手には小銃を構えています。 「何者だ」 一人の男がお月様を睨みつけ、高圧的な態度で問います。 お月様はしどろもどろになりながらも事情を説明しました。 「何、誰かに突き落とされただと? ほう、こんな夜中に空をぶらつくやつが貴様以外にもいるというのか」 別の男が侮蔑的に言いました。 ぶらついていたのではなく、お月様の仕事をしていたのですが、相手はそんなことには聞く耳を持たないようです。 結局、お月様は不法侵入の罪で警察に突き出されました。 何とか小額の罰金で済んだのですが、このことが上司に知れ、仕事をクビになりました。 けれどこれは仕方のないことです。 事情がどうであれ、お月様が空から落ちること自体がお月様の信用に関わる、けしてあってはならないことなのですから。 しかしそれだけではなく、お月様は池に落ちてびしょぬれになったせいで、風邪をひいてしまいました。 しかもその風邪が悪化して悪性の肺炎にかかり、生死の境をさまようはめとなりました。 現在、お月様ではなくなったお月様はガソリンスタンドで細々とアルバイトをしてどうにか生計を立てています。 ▽月の人 月の人は夜の街をぶらぶらと散歩していました。 少し風の冷たい夜です。 でも月の人にとってはそれがかえって心地よいのでした。 繁華街に出るとたくさんのサボテンが歩いています。 あちこちでネオンサインがきらきらと光っていて明るいのに、どういうわけか彼らは烏瓜の提灯を手にしていました。 中身をくり貫いて乾燥させた烏瓜に新鮮な星のかけらを入れたものです。 月の人もそれが欲しくなったので、手近にあったコンビニに入ることにしました。 白い照明のまぶしい店内にもサボテンが何人かいて、商品を眺めたり、立ち読みしたり、財布からお金を出したり、それを受け取ったりしています。 月の人はそこで目的の提灯のほかに、紙パックで500ミリリットル入りのフルーツジュースを買いました(紙パック入りのドリンクは量の割に安くてお得なのです)。 火星原産のフルーツばかりを使ったもので、とても独特な味がしました。 もちろんホットではなくコールドです。 月の人はどんなに寒くても冷たいものしか飲まないというポリシィの持ち主でした。 提灯を手に繁華街を歩いていくと、いかにも怪しげなサボテンに声をかけられたり、柄の悪そうなサボテンに睨まれたりしましたが、まあ大丈夫でした。 やがて繁華街は終わり、さらに歩いていくと静かな通りに出ました。 後ろから自動車がびゅうんと一台、月の人を追い抜いていきました。 ふと空を見上げると、まんまるの月が黄色い光をまとって空のてっぺん近くに浮かんでいます。 ふるさとの星。 もう帰らないと決めた場所。 でもじいっと見ていると懐かしい思い出がたくさんよみがえってきて、そんな決意も揺らいでしまいそうになります。 それにしてもさすがに寒くなってきました。 そろそろ家に帰ってコタツにでも入りながらココアでも飲もうと思います。 もちろんとびきり冷たいやつを。 ▽最後の話 月の人はもうどこにもいないのだと分かった朝でした。 アトガキ えー、「小さな夜の物語」シリーズは今回で最終回です。 感慨深さがあんまりないのはなぜでしょう。 夢が原作の番外編を抜かすと全10回で50話。 予定通りであり、予想通りでもあります。 「一千一秒物語」の70話は越えないようにしようという目標もありましたから、目標通りでもあります。 ☆☆☆のマエガキで言ったことを「予告」と見なせば、予告通りでもありますね。 そういえば「星の雨が降る」をタイトル非公開(検索されないように。表現とか表記とかも一部いじりました)で先生に見せたら「深い」と言われました。 深い、って一体どういうことなのでしょう。 どの部分でどう深いと言ったのか全くわけが分かりません。 底の浅さがウリ(?)のシリーズなのに。 まあとりあえず何か褒めとこうと思ったのでしょうね。 卒業文集に載ります(だから何)。 それでは、ここまでお付き合いしてくださった方(いらっしゃいますかー?)どうもありがとうございました! |