◆−Traveler―第6話―−白昼幻夢 (2006/3/29 12:47:08) No.32424
 ┣Traveler―第7話―−白昼幻夢 (2006/3/29 12:50:44) No.32425
 ┣Traveler―第8話―(前編)−白昼幻夢 (2006/4/27 15:07:50) No.32487
 ┣Traveler―第8話―(中編)−白昼幻夢 (2006/5/4 15:36:18) No.32494
 ┣Traveler―第8話―(後編)−白昼幻夢 (2006/5/15 13:14:17) No.32504
 ┣Traveler―第9話― (前編)−白昼幻夢 (2006/5/24 13:57:07) No.32523
 ┣Traveler―第9話― (中編)−白昼幻夢 (2006/6/1 15:37:13) No.32542
 ┣Traveler―第9話―(後編)−白昼幻夢 (2006/6/12 13:23:21) No.32554
 ┣Traveler―第10話― (前編)−白昼幻夢 (2006/6/15 18:06:47) No.32562
 ┗Traveler―第11話―(後編)−白昼幻夢 (2006/6/19 17:06:27) NEW No.32572


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32424Traveler―第6話―白昼幻夢 2006/3/29 12:47:08


Traveler―第6話―  妖精界

黄金色の光を抜けると、一瞬のうちに世界は変わって淡い光がどこからも放たれているような世界に、二人はその大地を踏みしめていた。森は翡翠色に輝いていた。少女達は森を抜け、広い平原へ駆け出た。どこまでも続いているような広さだった。優しい風が通り過ぎ、空は限りなく青く透きとおっていた。フードを被りなおした少女は初めて見る世界に、放心したような表情でこの景色に見とれていた。青い少女は、注意をこちらに向けるように彼女の腕を引っ張った。
「どこか、たくさんの種族が集まるところに行こうよ。その石の秘密がわかるかもしれないよ」
彼女が白地の服のポケットに忍ばせてある、透明なそれについてフォートは言った。

―ここはクリサンシマムの広場。セント・フォレス(中心の森=妖精界の中心)に比較的近い所で、自然を巧く活用してできた森の広場である。人間のサディアから見たそれは真新しいものであった。
「ここは…」
「クリサンシマムっていう広場だよ。そうだね…集まっていそうなところ…ねぇ、人間界では旅人や冒険者は、どこで情報を集めてくるの?」
フォートが歩きながら質問する。
「宿か酒場…かな?人が休憩するところは自然と多く集まってくるものだから」
「ふーん。あ、いい事考えついた!」
彼女は何かをひらめいたらしい。
「何?」
「精霊に聞けばいいんだよ。何で気付かなかったんだろう…まぁ、いいか。どこか風通りのよい所は…」
「あのなだらかな丘は?」
サディアが指差したところは、草原が風になびき優しく揺れていた。
「いいところだね。精霊の集まり場だ」

「うーん。いい景色だ」
ここに来た目的を一瞬忘れたかのように、フォートはそう低くもない丘からあたりを見回した。遠くのほうには石造りの建物なのか、石舞台なのかわからないが土の妖精(ドワーフ)が造ったらしいものが見えた。

「風の精霊…この石は何を示すものなの?」 
サディアが問いてみたが相手は答えなかった。草と戯れるように、遊んでいる。
「駆け巡る旅人よ…」
フォートが呪文を唱えて同じように聞いてみても、相変わらずその風は、宙を舞い踊っている。
「シルフ…」
「いえ、翠の鳥…」
サディアは精神を集中させて、その風に呼びかけた。草の上で舞っていた者はぴたりと止まった。透ける瞳でこちらをじっと見ている。
彼女はフォートが知らないような呪文を唱え始めた。青い瞳もこちらを見ている。
「翠に煌く尾の鳥よ…」
その時だった。突然疾風のように凄まじい風が二人に吹きつけられ、フォートは思わず顔を覆った。強い風が、二人の周りを囲い込むように、あとからあとから吹き込んでくる。
「かっ…風の暴走だぁ!これ…普通のシルフじゃないよっ…逃げよう!」
フォートはまだ何かに向かって呼びかけているサディアの腕を強く引っ張った。それによってサディアの意識は一瞬途切れ、暴風はふつっと途絶えた。少女たちは、そのはずみによって地面に転がり落ちた。あたりは何も無かったかのように静まり返っていた。二人はしばらくの間、地面に寝転がっていた。息も絶え絶えで、口をきくことすら無理のようだった。それでも少しの間がたつと、フォートは何とか両手で体を支えた体形で起き上がった。
「さっきの風…すごい!どうやって起こしたの?」
彼女ははしゃぐように言う。
「この翠が、もしかしたらと思って…」
サディアはポケットから透明な石を取り出し、中にある緑色を指差した。
「炎が「紅き鬣(たてがみ)の獅子」なら、風は「翠の尾の鳥」、風の旅人なら知っているかなと思って召喚してみようと思ったけど…まだ無理みたい…緑は、まだ輝きがない…」
なるほどその緑色のものは、赤色のものと同じくらいの大きさではあったが、サディアに強く訴えかけるものはなかった。
「ふーん。あ、ここに青いものがぽつんとあるよ。水の獣は…」
サディアにそれは届かなかった。
さっきの大風で、たくさんの妖精達がこの丘に駆けつけてきていた。そして彼らは、倒れている少女らを見つけて、慌てて駆け寄ろうとした。
だが、彼らは気付いてしまった。黒髪の少女のフードが外れていて、隠していたらしいものが見えていた。妖精特有の細い耳ではないものを、見てしまったのだ。

「に、人間だ…」
その声に少女たちはびくりとして振り向いた。背後には怯えている妖精達が、たくさんいた。

(迷子かもしれないよ…)
(まさか…ここまで来られるはずないだろう…?)
(もう一人は青き森のエルフみたいだけど…)
(長老に伝えなくては…)
妖精達はこそこそと話し合っていた。少女達は、さっと立ち上がると彼らの視界から消えた。

「どこへ消えた?」
「姿くらましの呪文を使ったんだよ、きっと」
「探すか?」
「そうだな。長老には、伝風で知らせておこう」

二人の少女達は、すきを見て丘から飛び降りていた。足が地面についた瞬間、二人はまっしぐらに近くの深く茂った草むらに駆け込み、身を潜ませた。一人は、フードを再び被りなおした。
「…ばれた」
「どうしよう。これからどうする…?」
「草むらをぬって、ここから離れよう…」
姿勢を低くしたまま、二人は草むらの奥に向かって移動し始めた。動きがわからぬよう、そうっと、細心の注意を払いながら。
進むうちに、どんどん草むらは深くなり、木々が立ち並ぶ間隔も狭くなってきて、あたりはいっそう薄暗くなっていった。やがて、立ち上がっても十分隠れる程度の背の高い植物が生えている場所に入った。
「深い草原に入ったみたいだね…」
フォートは草をかき分けつつ前に進む。フードを押さえている少女は彼女の後ろにくっついて、片手でそれをかき分ける。
不意に、前を歩いていた彼女の動きが止まった。幸い、ゆっくりと歩いては止まり、動いてはまた止まるという行動を繰り返していたのでサディアもそうっと止まることができた。
長い葉をかき分けると、手前の切り開かれたような場所に三人の妖精がいることにフォートは気付いた。
二人は明るい黄緑の髪の男女で、耳の尖り具合からエルフのようだった。男性は薄い灰色の軽装鎧を、女性は浅い青色の長い上着に身を包んでいる。
もう一人は少年ぐらいの背丈で濃い茶色の髪を持ち、朱色の服の上に革鎧を着ている。
この近辺の守衛のような感じであった。三人は何かを話し合っているようで、こちらの方に見向きもしなかった。わずかばかり、フォートの鮮やかな青い服が草の隙間から見え隠れしていたのである。
彼女は裾をたくし上げ、腰紐でつまみ上げた分を締めなおし、上着からはみ出ないようにした。
その一時始終を興味本位か面白半分で見ていた誰かがいることに、二人の少女は全く気付かなかった。
その誰かは小さい鈴のような声で仲間達に話しかけた。
―子供が二人、そばの茂みに隠れているよ。

あの三人は話すのをやめて、こちらを振り返った。驚いたのは少女達のほうだ。特にフォートは、さっきの動作で見つかったかもしれないと思っていた。
だが、今度は鈴のような声が、はっきりと言った。
「かくれんぼしていないで、出ておいで。危険じゃないよ、出ておいで」
三人は、その声の主を見上げた。少女達は、その声の主を見つけた。
淡いピンクの柔らかな衣を着た、透明に近い羽を持つ生き物を。
「…フェアリー?」

★WAIT SEQUEL★

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32425Traveler―第7話―白昼幻夢 2006/3/29 12:50:44
記事番号32424へのコメント

Traveler―第7話―

「…フェアリー?」
「そうよ。私はマオイ。あなた達は誰?どこからきたの?隠れていないでででおいで」
小さな鈴の声は、誘うかのように二人の周りを軽やかに飛び回っている。その小さい生き物は少女達の近くの、木の枝にとまった。まるでその枝葉に、小さな花が咲いたように見える。
少女達は草の陰からふわりと姿を現した。と同時に、木にとまっていたマオイも降りてきて、仲間の三人の方へ飛んでいった。
「誰だ?お前達は。四つの森のエルフか?」
他の二人(フェアリーを含まない)より長身の、リーダーらしいエルフが話しかけてきた。
「そうだよ。あたしフォート。この子が森で迷っていたから道を探していたんだけど、あたしも迷っちゃった」
フォートはその場で思いついたことを言い並べた。
「迷子なの?セント・フォレスに行けば、道がわかるかもしれないけど、今ちょっと…」
青いローブの女性が言い詰まりながら、草原の奥を振り返った。その先には崩れかけの小さな丸太小屋がぽつんと建っていた。
「あの家…に何か?」
フードを被った少女が尋ねた。
「家じゃなくて、ほら、二人の人影が見えるでしょ?」
マオイの指した先には、二つ、人の姿があった。一人は青っぽい鎧を着込んだ男性らしく、もう一人は露出度が少し高めの服を着た女性だった。二人とも同じ亜麻色のマントを着ていた。
「問題なのは、どちらも人間ってこと…」
マオイの言葉に、フードの少女はびくりと身を震わせた。
「もう少し近づいてみるか?」
リーダーらしきエルフがニ、三歩歩んだその時、
「待って!様子がおかしい…」
フードをしっかり掴んだ少女が小さく叫んだ。その目はしっかりと二人の人間に向けられている。
一行は彼女の近くにかたまって人間を注意深く監察した。

(あの人…惑わしの森で見た人かな…)

二人の人間は言い争っている様子だった。

「だ、ダメだ!これは渡すわけにはいかない!」
「何が問題でもあるのかい?この剣を手放すのが惜しいとか?」
「違う!あれはただの光じゃない!危険なんだ!」
「そりゃ、「魔剣」なんだから仕方ないんじゃない?あれは芸術だよ、素晴らしいね」
「正気か、クレオ将軍!」
「あんたこそ、気でも狂った?」

二人はさらに激しく言い争っている様子であった。

「ちょっと、どうするの?」
青いローブを着た女性が、リーダーらしきエルフを振り返った。
「どーするもこーするもって…」
「おい、男のほうがこっちに気付いたようだ」
濃い茶色髪の仲間が、こちらに走ってくる人間の姿を確かめた。

「あれは、ここの住人か…?聞いてくれ、この剣を…」
「逃がしはしないよっ…ハッ!!」
女が放った魔法は、男の肩口に当たり彼は悲鳴も上げずその場に倒れた。

「人間はやはり同族で争うのか…」
「寒心している場合じゃないでしょ!」
青いローブの女性がなじった。
リーダーらしきエルフを除いて、全員が倒れた人間のそばに駆け寄った。すぐさまマオイが傷口に近づき、彼の傷をみるまに消していく。
「かんしん…二つ意味があるぞー漢字はどっちだー…」
彼はそう言いながらも、遅れて人間のそばにやって来た。
「寒いに心と書いて…だからそんなことよりも!」

「気付かれては仕方ないね、機械兵達!あの者どもを殺っておしまい!」
その言葉とともに、無造作に女の近くに置かれた塊のようなものがガシャガシャと立ち上がった。
人形は、細剣(レイピア)と盾をかまえ、一行に向かって歩みだした。

「機械兵!?どうしてそんなものが!」
フードを被った少女は思わず叫んでしまった。
「知っているの?」
青いローブの女性が尋ねた。
フードの少女は、勿論知っていた。一ヶ月前の反乱戦争のとき、帝国軍が使用した恐るべき人形型兵器である。これによって、その国は人費削減、戦力強化に踏み切り、反乱軍の大部分だった仲間達の国を占領したのち「帝国」を名乗ったのだ。

だがサディアは言えなかった。そのことを知っているとすれば、人間であることがわかってしまうから。だから、こう答えるしかなかった。
「…知りません」
「ちょっとぉ、生体反応がないよ!アンデットとも違う…」
フォートが叫んだおかげで、皆の注意はその機械兵へ移った。
「倒すしかなさそうだな!」
リーダーらしきエルフは肩から吊るしていた両手持ちの剣を抜き、近くまで来ていた機械兵の頭上目掛けて振り下ろした。その威力に不意をつかれた敵は、細剣を振り上げる暇もなく地面に崩れ動かなくなった。そのまま彼は前にいるもう二体の敵に切りかかった。
「シーガ!左を頼む!」
シーガと呼ばれた妖精は、槍を振りかざし軽戦士のような俊敏さで敵を斜めにきりつける。動きは速いのだがその分体力は消耗しやすいのだろう。こちらも二体の機械兵と戦っているが、息を切らしている。と、その時、
「…氷よ!」
声と同時に冷たいものがシーガのそばを通り過ぎて彼が相手にしていた敵に当たり、氷が砕けたような音と機械兵が倒れる音がした。
「助かった、コプリ」
青いローブの女性はかすかにうなずいた。
マオイが、彼に癒しを与えている間に青い塊が彼の近くにいた機械兵に命中し、敵はどさりと崩れ落ちた。
「今のは…青い炎?誰か唱えた…?」
コプリが後ろの少女達を振り返ると、一人の少女が魔法を放ったところであった。
「早く!あのリーダーもどきさんの援護に!」
フォートは叫んだ。
「あ、そうだね…」
コプリはいささか拍子抜けしてしまった。リーダーもどき、という言葉にである。
「“リーダーもどき”…よい表現だな」
シーガがそうつぶやいた。

「…氷よ!」
「…炎よ!」
二人の呪文が唱えられ、二体の機械兵に順々に命中し、敵は崩れ落ちる。
「やったぁ!」
マオイが歓声の声を上げながら、シーガと共にそちらの方へ駆けていく。
「残るはお前だけだ!降伏を勧めるぞ!」
リーダー(もどき?)のエルフは声を限りに叫ぶ。だが女は、不適な笑いを浮かべたまま後ろに一歩下がった。
「残っているのはアタシだけじゃなくてよ…フフッ」
女がマントを翻した瞬間、一行の前に三体の大型槍(ランス)を持った機械兵が立ちはだかった。
一行が気を取られている隙に、女は高らかに呪文を唱え、
「じゃあね、お節介達!」
と言い残すと、姿を消した。

「強制転移の魔法を使ったわ!よほどの魔力の持ち主ね…」
マオイがつぶやいた。
「マオイっ!レストレィがやられた!」
シーガが機械兵と槍をぶつけ合いながら妖精の名を呼ぶ。一人は剣を地面に落としたまま拾えないほどの重傷を負っている。コプリとフォートは、それぞれ魔法を唱えようとするが、敵が一体か二体たびたび彼女らに襲いかかるので、攻撃をかわすのが精一杯で呪文を唱えるひまもなかった。

「…勇猛なる紅き鬣の獅子よ、汝の熱き炎より、燃やし尽くせ…」
召喚された炎獣は、三対の敵に猛然と襲い掛かっていった。すぐさま一行の目の前は猛々しい炎が渦を巻き燃え上がる。機械兵はその業火の中で崩れ落ちた。
一行はその炎の獣を見つめていた。
フォートがふと後ろを振り向くと、倒れている男性のそばに一人の女性が立っているのを見つけた。
顔に化粧魔法を描き、黒髪が風になびくその姿を。

★WAIT SEQUEL★

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32487Traveler―第8話―(前編)白昼幻夢 2006/4/27 15:07:50
記事番号32424へのコメント
Traveler―第8話―(前編)

黒髪の女性は燃え上がる炎を見届けると、ふわりと姿を消した。
「あっ…消えちゃった」
「こんな火炎なら、残骸も消えるわね…」
マオイが上の方から炎を眺めて言う。しかしフォートの意味は、それとは違っていた。
「炎の召喚者だったのかな…」

その召喚者が消えたと同時に、炎の勢いは弱まり炎獣の姿も小さくなっていた。そして、どちらとも消滅し、あとには機械兵の無残な残骸が転がっていた。金属特有の嫌な臭いが辺りにたち込めている。
「うわ…何て酷いありさまなの…」
コプリは思わず顔をそむけた。皆、そう思っているらしい。その凄惨な場所から早く立ち去ろうと、誰もが来た道を帰ろうとした。だが視界に、気を失っていたはずの人間が起き上がって近くにいた少女と言葉を交わしている姿が入ってきた。

「…君は光の中に入った子かい?」
「見ていたの?」
「人間…だよね?話を聞いてくれないか…?」
そう言うと男は少女の手をとった。

「おっ気付いたのか!」
その声に反応して上を見上げると、剣を持ったエルフがそばに立っていた。ほかの皆も、周りに集まってきていた。男は彼を見上げると、少女の手を放し焦燥に駆られたように喋りだした。
「頼む!国を…教国を止めてくれ!あの国は狂っている!」
「あの国?」
「国を止めなければ…教国は…間違った事をしようとしている!」
「落ち着いて!「あの国」って何なの?」
シーガやマオイが聞いても、男は一方的に喋り続けるだけで一行には内容がわからなかった。彼は、伝えなくてはという思いから他人の話を聞く間もないくらい焦っているのだろう。

「何かあったの?」
フードを被った少女が尋ねた。すると彼は今までのが嘘だったかのように態度が変わった。
「…僕はサラサ教国の騎士、ノイス…。教国の命より、ニュー…いや、この剣を取りに来た」
ノイスは右手に握っていた剣を逆手に持ち、一行に見えるようにした。その剣は、深海の悲しみのような蒼い色をしており、またその色は透きとおった輝きを持ち、いっそう悲壮感を際立たせていた。
「大変なことが起きている気がする…いったん、長老様のところへ行く?」
コプリが蒼い剣をじっと見つめながら不安そうに言う。
「そうだな…子供二人のこともあるし…」
両手持ちの剣を鞘に戻したエルフが答え、そばにいた彼女たちのうち一人の少女の肩に手を置いた。フードからもれた黒髪に軽く触れる。
「歩けるか?」
黒髪の少女はこくりとうなずいた。
「では、歩いていこう。すぐに着くだろうし」
そう言うと彼は、黒髪の少女の手を引きどこかに歩き始めた。それに従って皆もついて行く。

「この世界は…狭いのか?」
ノイスが立ち上がりながらつぶやく。彼の頭上に飛んできていたマオイは、
「いいえ、広くもあり狭くもある。遠いと思えばそうなるし、近いと思えばそれなりにそうなったりするものよ。それが、この世界の理(ことわり)。覚えておいて損はないよ?」
と、淡紅色の衣をひらひらさせて言った。

―セント・フォレス オベロン城 エルフの間―
「長に面会を申す者がおりますが…」
「…待たせては悪いから、すぐお通しなさい」
「はっ。承知しました」

城門が開いた。

「思ったよりも早く開いたな…あっところでノイス!長老の前では正直に話すんだぞ!もし嘘でもついたら…」
「それは、わかっているさ。偽りなど使ったところで何にもならない」
(そうね…いつまでも黙っていたらいけないかしら?)
人間特有の「もの」をフードで隠した少女と、彼女をこの世界へ入れた少女は、そう考えていた。

真っ白な絨毯が敷かれた廊下を歩き、左側にある木製の扉を叩くと中でごそごそと音がし、続いてどうぞという声がした。扉を開けた瞬間、紙たばのようなものが雪崩のように彼らに崩れ落ちてきた。
「わわっ、何だこれは…」
「あー…レストレィ達か?その辺に「古代神聖魔法」はないか?」
小さな部屋の奥の、本やら書類やら山積みとなったその中から声はした。
「これでしょうか?」
彼は足元に落ちていた埃まみれの本を拾い上げ、部屋の奥へ差し出した。山積みの紙切れの中から手が伸びてきて、その本を受け取った。
「感謝…それに「魔法生物の飼育」は…」
「それは、これ…ですね」
表紙が擦り切れているらしい本を奥の手へと彼は渡した。
「すまないが、向かい側の控え室で待っていてくれるか?」
部屋の奥から一人の妖精の埃まみれの顔がちらりと見えた。

木彫のアンティーク風の椅子に一行が腰掛けて待っていると、長い裾を引きずりながら静々とその妖精は現れた。長い白髪に同じ色の長い髭を垂らし、長い年月を生きているように思われる妖精だった。その場にいた全員が立ち上がった。
「…聞くところによると人間が入り込んでいるらしいな?」
長老は、今一行が話そうとしている問題に単刀直入で入った。
「はい。それで、その件に詳しい者を連れてきました。ノイスという者です」
彼は、長老に向かってお辞儀をした。長老も礼儀正しく返したが、その顔は険しかった。ノイスは一瞬、居心地の悪さを感じたが、歓迎されていないのは前もって知っていたので表情には出さず、用件を話し始めた。
「率直に申し上げますと、教国は「ニュークル」なるものを捜し求めています」
その言葉に長老の顔色がさっと変わった。
「ニュークル!?はるか昔、文明戦争に使用されたという恐るべき兵器か!?」
「はい、その通りです。この世界のどこかに隠されたというそれを探し、国は軍隊を投入しあちこちに散らばっております。「ニュークル」と、それに関連する「剣」と「環」、自分は剣を探せとの命令でこの地にやってきました。ですが、この剣を手にとった瞬間、眼を潰さん限りの強い光が放たれ、自分はその中に、いくつもの都市が火の海と化したところを見たのです。その時思いました。これは、決して教国の手に渡してはならない、と」
「だからあの不埒な女と言い争っていたのか」
リーダーらしきエルフが口をはさむ。
「文明戦争の終結後、ニュークルは葬られるはずだったのですが、妖精達はその処分法がわからず、結局どこかに隠すことにしたのでしょう。そして、それを探す鍵がこの剣と「環」なのです」
「…剣はどこで見つけたのかね?」
長老が悲しみのように光る剣をしげしげと眺めて言う。
「深い草原の、小屋の中に飾ってありました。無用心だとは思いましたが…」
「いや、変に凝った隠し場所にしても、すぐに見つけられてしまうだろう。剣の価値をわからなくするために、わざと置かれたかもしれないからな?」
外見とは裏腹に、まだ若さの残るしっかりとした声で長老は言った。
「とにかく…その兵器についての資料を探しておこう。さっき番兵達が慌てていたような気がしたのだが…」
長老が入り口の方を見ると、兵隊の身なりをした妖精がこちらに向かって、不審な生命体等と騎士一人が現れましたと告げた。場所はここからそう遠くないピアニーの広場らしい。
「行ってくれるかな?」
長老の、深みがかった声が聞こえた。
「はい…!このレストレィ、命にかえてもこの世界を守ってみせます!」
そばにいた黒髪の少女の肩をしっかり抱いて、彼は言った。

★WAIT SEQUEL★
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そろそろ仲間もできた頃なので、人物紹介。

名前(Name)・種族(Race)・職業(Class)

サディア:人間(ヒューマン) 精獣使い(サモナー)
レストレィ:メドウエルフ(草原の妖精) 剣士(ソードマスター)
コプリ:メドウエルフ(〃) 魔導士(メイジ)
シーガ:ターニ(小妖精) 遊撃兵(レンジャー)
マオイ:フェアリー 治癒師(ヒーラー)
フォート:ウルップエルフ(青い妖精) 青の炎使い
ノイス:人間(ヒューマン) 守兵(ガリスン)

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32494Traveler―第8話―(中編)白昼幻夢 2006/5/4 15:36:18
記事番号32424へのコメント

Traveler―第8話― (中編)

ピアニーの広場に駆けつけると、またしても謎の機械兵軍団が待ち構えていた。今度は細剣と盾を構えたものばかりではなく、重装鎧に槍と盾を構えたものや、さっき襲い掛かってきた三体の機械兵に似たものまで陣取っていた。その中に人間が一人混じっていることに、誰もが気付いた。
「よーしっ!あの人間を捕らえればいいってわけだな!」
背中にかけてある両手持ちの剣を抜いて戦闘隊形に入ろうとしていたレストレィ(多分リーダー(もどき)のエルフ)が独り言のように言った。
「…ちょっと待ってくれないか、あの騎士の身なりは見た事がある」
「そりゃお前の国だから、いくらだって見ているだろ…」
今度は本当に独り言をつぶやいた。
「…!デュアン将軍…!間違いない、あの黄土色の鎧はそうだ…!」
ノイスは敵側に聞こえるような大声で叫んだ。
「デュアン将軍!僕です、ノイスです!聞こえますか!」
敵側のリーダーはそれに答えた。
「…ノイスか?なぜそんなところに…そうか、捕虜になってしまったのか?待っていろ、すぐに助けてやるぞ!」
「違います!僕は自分の意思でここにいます!将軍っ、サラサは狂っております、どうか、本国へ戻って旗揚げを…」
彼は首を横に振った。ノイスに驚愕の色が走った。
「何故ですっ?!ライトエオスの不服を…」
「ならぬ、それはならない。私は国のために戦うだけだノイス!行くぞっ!」
敵側は戦闘隊形に入った。
「将軍…」
「それくらいのことで弱気になるなよ、敵は来ているぞ」
武器を持つものは構え、魔法を使うものは呪文を唱える格好で敵を待ち受けている。
「ねぇ、この前の戦いで分かったんだけど、機械兵って戦う前は意外と単純な動きしかしないね。ほら、あれだって真っ直ぐこちらに突っ込んでくるだけでしょ?」
マオイが空中から敵の動きを見て言う。
「それで?」
「それで…って(ちょっとは考えてよリーダーもどきっ)岩の陰に待ち伏せして、うまくいったら挟み撃ちに出来るかもしれないわよ」
ピアニーの広場入り口付近には、岩で出来た門のようなものがある。勿論それは自然にあったものであるが、誰かがその付近で囮(おとり)となれば敵は真っ直ぐ突っ込んでくるはずであり、攻撃をけしかけてきたら一歩後ろに下がって、左右の岩陰に隠れていた二人が横から飛び出してくれば、挟み撃ちとなる計算をマオイは見積もっていた。
いい案だとうなずいたレストレィは左右の岩の中心に立ち、剣を再び構えなおす。もう目の前にはガシャガシャと奇妙に動く敵が近づいてきていた。
「シーガ…ノイス…隠れていろ…」
二人は左右の岩陰に身を隠した。

「行くぜっ!」
その言葉とともに、近づいてきたニ体の機械兵に剣を思い切り振るった。狙いは素晴らしく当たり、二体は横に振り払われた。目の前に飛んできた敵を、シーガは素早い身のこなしで避けた。
「レストレィ!」
シーガが声を荒げる。
「すまない!いつもの癖だ!」
「野蛮すぎるのよ、兄貴…」
コプリが口をはさんだ。彼女はすぐさま呪文を唱え始める。
「前見てよ!」
今度はマオイが叫んだ。レストレィが振り向くと最初の二体の背後にいたらしい重装歩兵の機械兵が槍を振るい上げていた。とっさのことに彼は剣で防ごうとした時、別の剣がその機械兵と争っているのが剣で覆った隙間から見えた。
蒼い稲光のように、その剣はきらめいている。
えいっと突き出した一撃が、その敵の動きを止めた。ノイスはそれを見て剣を振るうのをやめた。
「機械兵に油断してはダメだ。人間と違い、命令のみで戦う感情のない無生物なのだから…」
(そうね…だからあの古い歴史を持つ騎士の国は滅ぼされ、機械兵を作った国も自ら滅んだ…)
黒髪の少女は、ぐっとフードのはしを掴むと小さく呪文を唱えだす。
その間にも四体の機械兵が動かなくなっていた。
「残るは四体と人間だけか!」
レストレィは抜き身のまま剣を持ち、前に走っていこうとする。が、いきなり目の前に左右から細剣が突き出され、彼は諸にその攻撃を受けてしまった。両腕に熱い痛みが刺さった。その衝撃で彼は後ろに下がりうずくまった。赤いものが押さえている両腕からすうっと流れ出る。
「ほら、無茶するから…」
マオイが彼に近づき、周りを円陣で囲むかのように舞うと、妖精の光が彼にふりそそいだ。
「…今日は精神力の使いすぎね。私は援護できないわ…」
マオイは地面に降り立った。
「大丈夫よ。私達の力で、何とかして見せるわ。ね?」
コプリが青い髪の少女を振り返った。フォートはこくんとうなずく。
「私の魔法も、忘れないでね…」
黒髪の少女が、そうつぶやく。そばには、あの紅い獣が立っていた。
「…獅子よ。反対側の岩陰にいる、二人の敵をお願い」
炎の獣は、岩を飛び越し岩陰に隠れている敵に火炎を吹き付けた。岩の陰から炎が天に向かって燃え上がる。
「やっぱりこの炎…さっきのと同じ…?」
フォートがつぶやいた。

「感謝、だな。えーと…?」
「サディア。私の名は、それ…」
黒髪の少女が、フードから彼を見上げて言う。
「サディア…か。ありがとう」
さっきまで怪我を負っていたレストレィは、彼女の肩に手を置いた。

「…氷よ!」
「うわっ!?」
彼は右から飛んできた冷たい氷を慌てて避けた。それは向こう側に見える大型の槍を持つ敵にあたった。
「…炎よ!」
「はっ!何だ?」
今度は左から飛んできた青い炎を慌てて避けた。それは向こう側に見える大型の槍を持つ、さっきとは別の敵にあたった。
「れすとれぃ…女の子を口説くのは別にかまわないけど、今何をするべきかわかっているよな」
シーガがあきれたように言う。ノイスも苦笑いをしている。
「…なぜ平仮名なんだ?俺の名前片仮名だけど…」
「そういうことじゃないよ…兄貴…」
コプリもあきれたように言い、彼の斜め前に進み出て魔法を唱え始める。
「野蛮女誑しいこーるれすとれぃ」
フォートがつぶやく。
ぴしり、と言われた本人の頭から小さい音がした。
「言わせておけばあのガキ…」
剣を持つ手に力が変にこもる。
「そんなことで怒っている場合じゃないでしょ。目の前見て、目の前」
地面に座っているマオイが彼をなだめた。

「…氷よ!」
「…炎よ!」
二人の魔法は、敵将軍の前に陣取る重装歩兵に向かって放たれた。先に魔法攻撃を受けていた大型槍を持つ機械兵を、シーガとノイスが片っ端から倒していく。
敵将軍は、それを見て後ろにすすっと下がり始めた。
「待てっ!1対1なら、勝負を受けるぞ!」
あとから来たレストレィが叫ぶ。
「…昔なら、本当に義のためなら行ったかもしれないな…」
敵の将軍はそう言い残すと、マントをひるがえし速やかに立ち去った。すぐに姿は見えなくなった。

「瞬間移動を使ったのかしら?」
遠くから見ていたマオイがつぶやく。

「逃げられたか…」
レストレィが悔しそうに言う。ノイスは首を横に振り、それでいいんだ、と言う。
「彼が本気を出したら、ひとたまりもないさ」
それでも悔しいな、レストレィは言い続ける。

「…長老様のところに戻ったほうがよさそうね?」
「うん」
「…それにしてもさっきは勇気あったね。あのバカ兄貴に向かってねぇ…」
「だってーサディアちゃんが誑かされそうになってたー」
「えっ…あれは入らないでしょ?」
「サディアちゃんを誑かそうとした悪い奴だよ。騙されちゃだめだよ」

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32504Traveler―第8話―(後編)白昼幻夢 2006/5/15 13:14:17
記事番号32424へのコメント

Traveler―第8話―(後編)

「兄貴ぃ〜いったん長老様のところへ帰るー?」
コプリが遠くの三人の方に叫んだ。彼らの一人が、大型の剣を振って答えた。
「まぁ、一応追い払ったことだし、報告しにいくことは必要だからな」

三人は彼女達のもとへ歩もうとした。が、何か急に背後に寒気が走った。三人の中で一番装備の薄いシーガは後ろを振り返った。
「…レストレィ!」
「何だよ」
彼は剣を鞘にしまいつつ後ろを振り向いた。だが、途端に剣を引き抜いた。
デュアンが立ち去った場所に、いつのまにか馬に乗った騎士がいたのだ。馬も騎兵もくすんだ銀白色の甲冑で全身を覆い、馬着と騎士のマントは同じあせた色の古めかしいものだった。

(…さっきの将軍の変化した姿か?)
(違う。彼にそんな技が使えるとは聞いたことがない)
(骨董の趣味は?)
(それもない)

三人がひそひそと話し合っていると、甲冑の騎士はいきなり、腰に吊るした剣を抜くとノイスに向かって突き出した。
「何…!」
「人前では物事をはっきり申せ。お前も騎士ならば、それぐらい周知のことだ」
甲冑の中から、しわがれた声が響いた。剣の切っ先は、ノイスの鼻先で止まっている。
「貴様は誰だ…」
大型の剣を両手で構えたレストレィが甲冑の騎兵を睨み付けた。甲冑の人物は、頭をこちらに向けると、剣を持っていた腕を下ろし、手綱を引き馬を下がらせた。
「人にものを聞くときは、もっと丁寧に言うべきであろう、異国の戦士よ。まあよい。我が名は、ウォー。この地には、治めるべき正しい王がいない。よって今から、この地は不毛と化す!」
甲冑の騎士がそう叫んだと同時に剣を振り上げると、瞬く間に緑の大地が灰色の腐敗きった土地に変わってしまった。馬は後ろ足で立ち上がり、高くいなないた。
「な、何だ…」
三人は一瞬のうちに変わってしまった風景をただ見渡すばかりであった。


「…誰と話しているの?」
マオイがつぶやいた。彼女は少ない体力を振り絞りながら、近くにいた少女の肩に止まった。
「様子がおかしいね…」
彼女は、少女の耳元でささやいた。少女はポケットにある透明な石をぐっと握り締めると、急ぎ足でそちらの方へ駆けていった。
「ちょ、ちょっとぉ…急に走らないでぇ…」
肩から落ちそうになったマオイは、小さな手で必死に少女にしがみついた。


「あっサディアちゃん…何かあっち、様子が変なんだよ…」
と、フォートが三人の方を指差した瞬間、劇的な変化が起こった。
空は灰色に染まり、草木は消え、真っ平らな大地が広がる風景がまわりにあった。吹き荒んだ風が砂埃を立てている。あっという間に景色は変わってしまったのだ。
「ど、どうしたのっ!?この景色…不毛の土地みたい…」
コプリが胸に手を当てて、そう言った。
「不毛の土地?聞いたことがあるわ。どこかの世界で、治める真の王がいないその土地は、見るも無残な、病んだものになってしまうって…」
少女の肩でよろよろと立ち上がったマオイが答えた。
「確かに…この地には王様なんていう人いないわね…妖精の王オベロンも、女王ティターニアも妖精郷(羽のある妖精達の国)の存在だからね…」
小さな鈴の声が苦しそうにつぶやく。

騎士は剣を構えたまま、片手で手綱を巧くとっている。

甲冑の馬に乗った騎士は、鎧兜の下からレストレィを睨み返していた。もちろんその顔は見えるはずもないのだが、それに触発されたように剣の柄を握るレストレィの力がこもった。騎士は、その様子を見て、低い、不適な笑い声を上げた。
「何がおかしい!この広場に一体何をしたんだ!」
「口だけは達者と見えるぞ、戦士。さっきも言ったであろう、この地には真の王がいない。だから我は正しい土地に還しただけだ。王がいないのに、あの光景は不要すぎるぞ」
騎士はまた軽い笑いを浮かべた。もちろん顔は鎧兜で隠されているので、誰にも見えなかった。
「「真の王」とはどういうことだ?」
剣の柄をつかんだノイスが聞く。騎士は鎧兜の顔を再び彼に向けた。
「この地を治めるべきさだめの者だ。見たところ、お前達の中にはいない。後方にいる、貴婦人と子供の中にもいない。さっきお前達と争った騎士でもない。王がいないために、争いはいつまでもやまぬ。そうだ、正しき王が不在であるから戦争は常に起こる…。我の名は、ウォー(戦争)…」

三人は何も言えなかった。気が失われていくように思えたのである。

後方にいる彼女たちにも、その声は聞こえた。
「王様なんてもとからいないのに…」
フォートがつぶやく。その隣で、少女がフードの両端を片手でしっかりつかんでいる。
そして彼女は小さく唱え始めた。
「…碧の尾を持つ鳥よ、我の召喚に応じよ…」
その言葉が唱えられた途端、病んだ風は止まった。辺りはしんと静まり返った。
「…お願い…碧の風よ、現れて…」
彼女は祈るように、その者に向かって呼びかけを続けていた。
風が吹いてきていた。
まるで生きている物のように、その風はサディアの周りに集まりだした。
さっきまで彼女の肩に止まっていた妖精も、今は離れてコプリの肩にとまっている。
彼女のローブのはしをフォートが引っ張った。コプリが見やると、その少女は彼女に耳打ちした。
(後ろに下がったほうがいいよ…「風」を召喚しているから…)

少女の周りを囲むように吹いていた風が一瞬、藍色の線のように走った。
不意に、その風が舞い上がり、上空で音もなく爆発した。
疾風のごとくその風は、その場にいる全員に吹き付けられた。

サディア以外の全員が、その風に思わず顔を覆った。

「碧の尾の鳥…!」
サディアが見上げたその所には、長い尾を持つ、藍色の風でできた鳥の姿があった。
彼女は再び呼びかけた。
「鳥よ、我は問う。この地を治める真の王とは誰か。その旅人の知識から、我に教えよ…」
藍色の鳥は大きな翼を広げると、強く羽ばたきはじめた。それによって起こる風にサディアを除く一同は、皆顔を覆うしかできなかった。
サディアは、その羽ばたきの風の中から一つの声を聞いた。

「…ありがとう!」
鳥はじっと彼女を見つめていた。やがてその風も徐々におさまり、藍色のその姿も薄くなりはじめた。
しばらくすると、荒んだ風が吹き始めた。砂埃を巻き上げている。
灰色の殺風景がそこにあった。
少女のフードが外れていたが、黒髪は一本とも乱れていない様子であった。彼女が足元を見ると、一つの花が落ちていた。
「これが…きっとそうなんだわ」
少女はとれたフードを気にもせず、銀白色の騎士に向かって駆け出していった。

「…天が、どうしたというのだ…まさか、真の王が現れたとでもいうのか?」
「そうよ。そしてこれが、この地の王よ」
その声に騎士が振り向くと、目の前に鮮やかな色の花が差し出されていた。
「この花が王だと…?娘よ、なぜそのようなことが言える?」
長い黒髪を持つ少女は、微笑みを浮かべて明るく答えた。
「この花の名前は、牡丹(ぼたん)。この地の名前は、ピアニーの広場。そしてピアニーという言葉はね、「牡丹」を意味するの。だから、ここの土地の王は、名前の通り牡丹の花…」
少女は、両手で優しく牡丹の花を包み込んだ。そして微笑んだまま、こう叫んだ。
「この地には、真の王がいる。よって今から、この地は不毛ではなくなる!」
その瞬間、灰色の陰気な風景からもとの緑の大地に変わった。
その少女を除く全員が、呆気にとられたようにその景色を見渡した。

くすんだ銀白色の甲冑の騎士は、うなだれたように馬を後ろに下がらせ始めた。
「我の出番も、もうないということか…だがな、よく覚えておくがいい。真の王無き所、必ず我は現れる、とな」
騎士は鎧兜の中からじっと黒髪の少女を見つめた。
「似ている、よく似ているな…彼女に…」
独り言のようにつぶやくと、その騎士の姿はもやがかかったようなぼやけたものになり、そして見えなくなった。
「消えた…」
「いったい、あの騎士は何なんだ…」

「兄貴ぃ〜早く長老様のところに戻ろうよー」
後ろの方から、声がする。
一人が、やはり大型の剣を振って答えた。

「報告量が増えてしまった…」

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32523Traveler―第9話― (前編)白昼幻夢 2006/5/24 13:57:07
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Traveler―第9話― (前編)

一行はセント・フォレスに戻り、これまでの経緯を長老に話した。その中でも、彼は特に「ウォー」という騎士の話に強く惹かれたようであった。
「古めかしい騎士とな?この世界に入り込んだ人間ではないのかもしれぬ。名前が「戦争」というのも、おかしいことだ」
長老は、長く白いローブを引きずりながら、一行の前をゆっくりと通り過ぎていく。と、部屋の隅まで歩んだとき、その動きが止まった。
「その騎士と、あんたの国が何かしら関係を持っている、ということも考えられるが…」
そこまで言うと、彼は一行の中にいる一人の人間をちらと見た。
「不毛の地か…王がいないために、もしくは偽者がいるために戦争(ウォー)が起きる…そして土地は不毛と化す…どこかで聞いたことがあるな…」
長老はしばらく考え込んでいた。部屋には長い沈黙が続いている。

長く一行が長老の言葉を待っていた時、不意に長老は顔を上げた。
「…どうも思いだせん。待たせてすまなった」
すっかり固まっていた一行は、気の抜けるような思いで長老を見た。
「まぁ、時間があれば…そうだ、ニュークルに関してのことだがな…」
すぐさま一行に緊張が走った。
「争いが終わったあと、ある一つの妖精の種族がそれを辺境の地に隠したらしい。だがな…その場所はどうやら、閉ざされた森「ラルカリア」である可能性が高いのだ」
「閉ざされた森?そんなのどうやって探し出せば…」
声を上げたレストレィを長老は目で制した。
「森を探そうとするな。その奥にあるものを探し出せばよい」
「しかし、場所も何もわからないのでは…」
ノイスが意見する。
「…一人だけ、その道を知っている者がいる。土の妖精造りし迷宮の奥…」
「造りし迷宮…ドワーフが造った地下迷宮のこと?」
「そうだ」
フォートの答えに、長老はうなずいた。
「アイリスの広場へ向かえ。環も、その人物と共に眠っている。…しかし、その前に一仕事ある」
「何でしょう?」
レストレィが聞いた。
「…アイリスに続くベルフラワーの広場に、同じような機械兵が現れたそうだ…ルガネフ率いる近衛部隊が戦っておる。ベルフラワーを解放して、彼らを仲間に加えるといい。頼んだぞ」
「承知しました」
「それから、迷い子のことだが…」
青髪の少女と黒髪の少女は、ともにびくり、とした。
「二人、残りなさい。あとの者は、先にベルフラワーに向かうがよい…」
長老は低く、口の中で言葉を唱えた。
二人の少女を除く一行達の足元には、魔法の円が浮かび上がっていた。
「瞬間移動の…マジックサークルですか?」
誰かがそう言った瞬間、円の中にいた者の姿が、消えた。残った二人の少女の、息をのむ音が聞こえた。
「心配するな。後で彼らの元に送ろう…それとも人間界に帰りたいかね、サディア?」
「なぜわたしの名前を…」
硬直していた彼女の、緊張がふっととけた。
「使いをよこそうかと思ったら、その少女が連れてきていたのか…」
「な、急に何を言い出すんですか。使い魔さんの手紙には、人間をいれるな、という内容が書かれていましたよ」
フォートはふくれっ面になりそうになるのを抑えながら、長老にくってかかる。
「いや、違う。あれはジェンティアンに送るはずだったのだが…混合してしまったらしい。サディアに渡すはずだった手紙は、ほら、こちらにある」
長老は傍にある机の小さい引き出しから、折りたたまれた紙を取り出し、サディアに渡した。
すぐ彼女は開いて、読み始めた。フォートも一緒に見ている。
「…「ギーアについては、緑の森のエルフから聞いていると思うが、本当に申し訳ない。客を呼んでおきながら失礼にあたると存ずるが、このたびの事件は彼にしか任せられないことであり…(略)…かわりの使いをよこすので、三日ほど待たれよ。それまでに、四つの森を見て回ってもよい。ただし、四つの森から外に出てはいけない…」あ、最後の方すみません…出てしまいました」
「それには及ばない…さて、石についてはわからぬが、その能力を使う妖精はすでに滅んでいるらしい。お主が最後の一人かもしれないが、今のところはそれしかわからぬ…」
二人の少女は、長老を見上げている。
「今のところは、彼らについていった方が何かわかるかもしれぬな…」
彼はまた、同じ言葉を唱え始めた。
二人の少女の足元に、さっきと同じような円が浮かび上がっていた。
「ベルフラワーへ…」
少女達の姿は、円の中へ消えていった。


その頃。
空に小さく月がかかり、大地を青白く染めている。染まっているのは、草地などではない。ただの砂だ。砂山がどこまでも広がり、何も無いはずの砂漠に、謎の影が奇妙な音を立てて、歩き回っている。砂場に足をとられているせいか、その動きは遅い。
そのうごめいている影を、砂山の陰に潜む影が見張っていた。
「…疲れを知らねぇ野郎どもだ」
一人が、武器であろう鋼製の爪で軽く砂山を引っかく。砂はさらさらと下に流れていく。
「こっちは体力ばかり消耗して、もう動けるやつはほとんどいないぞ」
怪我を負ったらしい左腕に布切れを巻き、鳥のような翼を持つ人影が、細剣を地面に突き立てたまま座り込んでいる。
その後ろには、ぐったりとしている人影が幾人もあり、癒し手が何か唱えている姿も見える。
「…動けるやつだけ固めて、一気に突っ込むか。突撃すれば、何とかなる…」
「死にたければ、そうするがよい」
そばにいた、黒ずくめの人影がつぶやいた。顔にも真っ黒な仮面をつけている。
「何だと!」
鋼の爪を持つ手が砂をつかむ。
「追い詰めた敵が焦って出てくるのを待ち構えている。包囲戦になれば、苦しさは一気に増すだけだ」
黒ずくめのその人影は、なおも冷静に言い放つ。

「ちっ…」
強くつかんでいた砂を、爪を持つ手が放す。


少女達を除く一行は、ベルフラワーの広場に着いたはずだと思っていた。
だが、辺りの風景は一行達の予想を裏切ったものであった。
この夜闇が広がる光景に、彼らは目を疑った。
あたり一面、砂漠の広場となっていたのである。

「あ…あれ?ここはどこ…?」
一行は砂の大地を、見渡したり地面を靴でこすったりしている。
「ここ…ベルフラワーじゃないよね…」
「長老も間違えるときあるのかな…」
不意に、マオイが叫んだ。
「…あ、あの格好は…ルガネフ達だよ!長老様はちゃんと送ってくれたよ!」
「あ、本当だ…」

一行はその人物のもとへ駆け寄っていった。

「…援軍が来たみたいだぞ」
鳥の翼を持つ人影が座り込んだまま、言った。
「…レストレィか。役に立ちそうにもねぇ…」
「何だよ。せっかく来てやったのにその態度は無いだろ」
コプリがレストレィの腕を引っ張った。
「はいはい、そこまでにして。ごめんねルガネフ。来るのが遅くて」
「この爪さえあいつらに効けば、片っ端から倒せるんだが…」
彼はコプリを見上げた。
「見慣れないやつもいるけど…」
「頼りになるわよ。じゃあみんな、行こう!」
「コプリそれは俺のせりふだっ!」

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32542Traveler―第9話― (中編)白昼幻夢 2006/6/1 15:37:13
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Traveler―第9話― (中編)

一行はすぐさま敵の前に姿を現した。機械兵達の頭が、くるりとこちらに向けられる。
「隠れて体力でも養っていたのか?まあいい。いずれ倒れるだろう。いけ、機械兵どもよ!」
レストレィの視線の先に、白色装備の騎士の姿があった。
「あれは十字軍騎士だ。魔法を唱えられるよう訓練された騎士だから、注意してくれ」
ノイスが言う。
「わかった。とりあえず二手に分かれよう。真ん中は俺が倒す!」
そう言うとレストレィは剣を抜いた。それを見てマオイが叫ぶ。
「前みたいな無茶はしないでね!」
「わかってる!」

砂漠のある一部分に、砂煙が激しく巻き上がっている。地面にはもう、いくつかの機械兵の残骸が転がっていた。戦うたびに足元には砂埃が上がり、その動きを止めさせると金属の塊は地面にドサリと崩れた。砂埃をたくさん舞い上げて。あとに残るは、重装歩兵のなりの機械兵と、今レストレィと剣を交えている十字軍騎士だけであった。
剣同士ぶつかり合う音が、夜闇に高く響き渡る。
その十字軍騎士は呪文を唱えるために精神を集中させていたのだが、すぐ前にまで迫ってきたエルフの剣の技には勝てず、やむなく呪文を中断し、盾で何とか攻撃を防いだのであった。そして、反撃を試みた。
だが、彼が構えている細身の剣は、エルフの振るう大型の剣の前では全く歯が立たなかった。
その騎士も、ついに力尽き、その場に倒れた。

「さぁ残るは重装備の機械だけか!」
大型の剣を持つエルフがそう叫んだ途端、
「…雷の矢よ!」
その声と共に、彼のすぐそばを細い稲光が走り去った。
「魔導士もいたのか?コプリ!」
「何よぅ、もう魔法は打ち止めだってさっき言ったじゃない」
彼女はそばに駆け寄ってきた。
「マオイは?」
「彼女もあと二、三回ぐらいってとこよ」
「シーガとノイスは?」
「今、重装歩兵風の機械兵と戦っているところ。マオイも行ったわ。でも一対一だから、彼女の癒しの力もすぐに尽きてしまうわ…」

「…炎よ!」
「獅子よ、あの魔導士と、残る機械兵をお願い!」
その声とともに青い炎が真っ直ぐ教国魔導士に向かい、そのあとを真っ赤に燃える獅子が走り過ぎていった。
「今の魔法…ってことは二人とも来たの?」
「はい!」
二人分の少女の声が聞こえた。レストレィとコプリが振り向くと、そこにはフォートとサディアの二人の姿があった。
「間に合って良かったです」
「そうそう。そうでなきゃ、今頃れすとれぃやられちゃってるもんねぇ」
フォートが茶々を入れた。
「このガキ!生意気言ってる場合か!」
「女の子いじめている場合でもないでしょ!」
怒ったレストレィをコプリがたしなめた。
「とにかく今は、敵を倒してルガネフ達に話をしなきゃ…」

そうこうしているうちに、残る機械兵も魔導士も戦力を失った。

「よぉ、意外とやるじゃねぇか」
休んでいたルガネフは、戦い終わった援軍に声をかけた。
「今頃気づいたのか?当たり前…」
レストレィが言おうとした。と、その時。
「お前じゃない!そっちの兄ちゃんのほうだ。知らねぇ顔だが、いい腕してるな。今度オレと勝負しないか?」
「えぇっ?」
突然言われた言葉に、ノイスはあっけに取られてしまった。マオイが口をはさんだ。
「ダメダメ、そんなことやっちゃいけないよ。ノイスも相手にしなくていいからね」
「何だよ、つまんない奴だな。まあいいか。援軍が来てくれて一応助かった」
「一応って何よ!」
コプリが叫ぶ。
「いや、言葉を間違えただけだ。気にするな。知らない奴もいるからとりあえず自己紹介しておく。オレは第一近衛部隊隊長ルガネフだ」
「同じく、第一近衛部隊の一員、セティエ」
鳥の翼の者が答えた。
「ベウル…だ」
黒い仮面を被った者が答えた。
(誰だよあいつ、妙に暗そうじゃん?)
(オレだって初めて見る奴だよ。謎の軍勢が現れたっていう報告を最初に持ってきたのがあいつらしいぜ。長老様の命令で、オレ達の部隊に入ったんだよ)
レストレィはこっそりルガネフにささやいた。
感じ取ったのか、ベウルは二人を睨みつけた。
「そ、そんなに怖い顔するなよ。仲良くやっていこう、な?」
レストレィはそう言ったが、ベウルはフンと横を向いてしまった。
「(気にくわない奴だなー)まあ、いっか。こっちは、コプリにシーガにマオイ…新顔はノイス、サディア、…あと青き森のガキ」
「違うよぅ!あたしの名前はね、フォートだよ。知らなかったなんて、バカだね〜」
「く…お前は言わなかっただろ!バカ!」
「…うわぁーん、えーん。コプリお姉ちゃーん、レストレィが名前覚えてないよー…あたし言ったもの…」
フォートが泣き出した。
「兄貴!女の子を泣かすなんて最低!最悪!」
「べ、別に泣かしたわけじゃ…」

「子供をいじめるような奴は心配だな。お前らよくこんな奴と一緒にいられるよな?」
「もう慣れちゃったから」
「それが人の個性というものです」
「いつものことだしなぁ」
マオイとサディアとシーガは苦笑しながら、答えた。

「ところで、あの軍勢は一体何だったんだ?やたら強くて部隊が壊滅するところだった」
「それはね…」
マオイはこれまでのことを話した。
「なるほどなぁ。それでアイリスの広場に向かう途中だったのか。それで、オレ達を加えろと」
「まぁ、長老様はルガネフを絶賛していたこともあるから、いいじゃない?ご推薦よ」
「ま、それはそれとして、動けるのはオレを含めて三人だな。どいつもあの第三リーダーより強いから、安心しな」
「何だと!助けてもらったのはどこのどいつだ!」
ルガネフの言葉にレストレィが憤慨した。
「別に助けてもらったわけじゃないぜ。オレが本気を出せば、あんな奴らすぐ片付くぜ?」
「なら本気出せ!今すぐ!」
「おもしろい、勝負するってのか?」
「やめなさい!」
マオイが間に入った。
「二人とも、そんなことしている場合じゃないでしょ!?ベルフラワーの広場が砂漠になっているのよ?」

「…砂漠、ですか」
サディアがつぶやく。
「砂漠か…。故郷を思い出すよ」
それに答えるように、ノイスもつぶやく。
「ノイスさんの故郷って…サラサでしたよね?大陸の西にある…」
「ああ、そうだ。城壁から外は砂漠が広がっていた…。ところで、君の故郷は…?」
「わたし…わたしは、エナーブル…」
「エナーブル…連合国?少し前に戦争が終結した後、新しく出来た国だそうだね?」
「ええ、そう。戦争が終わって良かったわ…」
「…だけど、争いはまた起こる…」
「えっ?」
「…いや、何でもない」
ノイスの言葉に首をかしげたサディアだったが、あえて聞きはしなかった。

「何故、あの、美しかったベルフラワーの広場が…」
マオイは嘆いていた。途端に、どこからか低いくぐもった声が聞こえてきた。
「この地は飢えているぞ。植物もない、水もない」
「誰だっ!」
皆が声のした方向を向くと、くすんだ甲冑に身を包んで色あせたマントを羽織り、同じようにくすんだ銀白色の鎧で覆われ古めかしい馬着を着けた馬にまたがった騎兵が、そこにいた。
「またお前かよ…ウォーとやらいう人…」

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32554Traveler―第9話―(後編)白昼幻夢 2006/6/12 13:23:21
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Traveler―第9話―(後編)

あの時と同じような恰好をした騎兵が、そこにいた。
「またお前かよ…ウォーとやらいう人…」
レストレィがやれやれというようにあきれた表情でその騎兵を見上げた。
「ほほう、ウォーに会ったのか。何とか退けたらしいが、このファミン(飢饉)はそうはいくまい。正しい王がいようと無かろうと、飢饉は誰にも止められはせぬ」
「別人か…厄介だな」
「誰だこいつ?人間か?」
ルガネフがレストレィを肘で小突く。
「そうだといってもよかろう。だが、すでに過去の私ではない」
「何言ってんだかわかんねーな…」
ルガネフは腕を組んだ。
「これ以上話しても何も変わらないわ。何故、この広場を砂漠に変えたの?」
マオイが聞いた。
「飢えているからに決まっているであろう。酷い飢饉だ。大地は死んだ。植物も生えず、水も溜められぬこの土地は砂漠になったのだ」
「少し前まで、この広場は飢えてなんかいなかったはずよ!」
マオイは小さい体ながらも精一杯叫んだ。だが、騎兵は軽く笑っただけだった。
「それは蜃気楼というものだろう?ただの幻覚だ」
「幻覚じゃない!本当にあったのよ!」
「マオイ、落ち着け。解決法を考えよう」
シーガが呼んだ。

(…サディアちゃんの召喚術であの鳥に聞けないかなぁ…?)
(…砂が舞い上がっちゃうよ)
(風はよい土も飛ばすわよ。かえって逆効果じゃない?)
(じゃああたしの炎で攻撃…)
(剣ではじかれそうだな…)
(ここはオレが突っ込んでいって…)
(特攻隊じゃないんだから)
(じゃあコプリさんの氷魔法で!)
(…氷は効きそうにもないわね、海水砲ならどうかしらね…)
(水…ですか?)
サディアはポケットの中の石をあらためて見た。
(水…水…そうよ、この青いのは水よ!十分な大きさに成長してる。召喚してみよう…)

「話はまとまったか?」
低い声がした。
「オレと一対一で勝負だ!」
「違う!それはやめて!」
ルガネフが鋼鉄の爪を構えるのを見て、慌ててマオイが止めた。
「じゃ、どーすんだよ。あいつを倒さないと、この広場は砂の広場のままなんだろ?」
「そうかもしれない可能性は高いけど、この前は倒さずに済んだのよ…」

「方法は…一つだけ…あります」
少女の声に皆が振り向くと、そこには水で出来ているかのように揺らめいている人影があった。すぐそばにはサディアも立っている。
「この「蒼き淵の人魚」さんに、生命の水をまいてもらうんです」
水で出来たかのような揺らめくその人魚は、こっくりとうなずいた。
「人魚?!」
皆が驚いた。騎兵は相変わらず冑の下で軽く笑っている。不意に、彼は穏やかな口調で言葉を発した。
「…では、お手並み拝見とさせてもらおうかな」
サディアは彼にうなずいた。そして目でその召喚した彼女に合図する。
蒼い人魚はその両手を開き、長く美しい尾を一振りし、地面を叩いた。
すると彼女の辺りから、霧のように細かい水滴が一面に広がった。その水は大地にしみこんでいく。と、その途端、雲ひとつ無い上空から、細かな雨が降り出した。
雨は砂の大地を静かに濡らしていく。

「…乾きには潤いか。確かにいい線はいっている。だがな、砂漠は水を吸収するが保つことは出来ない。熱く焼けた石に冷水をかけることと同じだ」
騎兵は低い声で笑っている。
「…砂を土に変えればいいのよ」
その声に、大人の女性の静かな声が反論した。
水をまいている人影のそばに、うら若い娘の姿があった。顔には化粧魔法を描いている。
「…その乙女…まさか?」
娘はその騎兵に微笑みかけた。
「…とても…空似とは思えないほど…よく似ている…」
その女性の姿を、フォートも霧のような雨の中から見た。
「あの人…この前の人かな?いったい誰なんだろう…」

辺りは明るくなってきた。
「…太陽が昇ってくる!朝が来るわ…」
サディアが叫んだ。彼女はまた一回り成長したようだった。
太陽が地平線から顔を出したころ、美しい尾の主は消えていた。
砂漠は夜露に濡れていたかのように、太陽の光を浴びて輝いていた。もうここは、砂の大地などではなかった。
「くぅ…だが、時間が経てば、地面もいずれ乾く…そして再び、飢えが始まるのだ」
「始まらないと思うぜ。ほら、見なよこの地面を」
レストレィの言葉に騎兵が下の地面をよく見ると、砂が水で湿った状態ではなかった。それは、泥だったのだ。
「こんなぬかるみ、とても砂なんかじゃ作れないぜ?」
彼の言葉に、騎兵は言葉をつまらせた。
「う…こんなにも早くやられるとは…迂闊であった。実に残念だ…」
「そんなこと言ってないで、早く立ち去ってよ」
「どっかに行って下さい」
コプリとフォートが言い立てた。
「…こ…この場は退いておこう。だが、飢饉があれば必ずその場所は砂漠となる…覚えておくがよい」
そういい残すと、騎兵は手綱を引き馬を半回転させ、あっという間に駆け出していった。地平線の先まで行くと、もうその姿は見えなかった。
「何だったんだ?さっきのは」
ルガネフが聞く。
「あの騎兵は、この前ピアニーの広場で会った者の同じ仲間かもしれないわ。ほら、さっき話したでしょう?」
マオイが答えた。
「そいつと、あの金属…じゃなかった、機械兵ってのは何か関係があるのか?」
その問いにはノイスが答えた。
「たぶん、何の関係も無いと思う。魔法戦士でもないのにあのような不思議な術を使う騎兵なんて、聞いたことも無いし、この前見たのが初めてだ」
「魔法戦士…ね」
サディアは過去の仲間の一人を思い出していた。そういえば、あの人も不思議な術を使う人だった、と。悲しい記憶を背負いながらも、よく戦えたなぁと今更だがそう思う。
強い思いを持っていたから、という考えに行き当たったところでサディアはふとつぶやいた。
「…もしかしたら、その騎兵は何か強い思いを持っているのかも…」
「かも…しれないよね」
フォートはうなずいた。
「とにかく、アイリスの広場に向かおう。敵より早く「環」を見つけるのが長老様からの使命だからな」
「兄貴、その前に一仕事していい?」
「何だよ、コプリ。もう機械兵は倒したんだぞ?」
「いや、それじゃなくてね…靴が…」
「靴がどうしたんだよ?」
「…泥だらけ」
「泥ぐらい気にするな」
「いや、あの、地面が泥だらけだから、足取られちゃって靴が…」
「あっ!すっすみません!水やりすぎました!」
謝るサディアの靴も、すっぽりと泥の中に埋まっている。
「と、とりあえずこの場所から避難だ!」

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32562Traveler―第10話― (前編)白昼幻夢 2006/6/15 18:06:47
記事番号32424へのコメント

Traveler―第10話― (前編)

やっとの思いで泥沼から抜け出した一行は、ひと息ついた後アイリスの広場に向かった。
「あっ、良かった。ここは機械兵もいないし、謎の騎兵にもやられてないみたいね」
皆の前を飛んでいたマオイは、ひとあし先に広場に着いた。
「ところで、どこにあるんだ?その地下迷宮ってものは?見渡してもどこにも無いじゃないか」
ルガネフが辺りを見回して、そう言った。
「バカか、お前は。地下にあるに決まってるだろう?だから地下迷宮って言うんだよ」
「バカはお前だ、レストレィ。そんなことぐらい知ってらぁ。オレが言いたいのは、つまり、迷宮の入り口ってところだ」
「地面に穴掘ればいーじゃん」
「どうやって?…え?この爪?待て待てっ!これは穴掘りに使うものじゃない!」
「誰も武器で掘れなんて言ってない」
「兄貴、穴なんか掘ったらバチあたるよ。このアイリスの広場はね、別名「気高き丘」って言ってね、地下にお墓があるのよ」
「墓っ?!何でこんなところにあるんだよ?!」
「えっ、聞いたこと無かったの?実話があるのに…」
「知りたい、知りたい」
フォートがせがんだ。
「じゃ、簡単に話すとね、その昔、この地に住んでいた妖精達はある獰猛な獅子に脅えていたの。いつからその怪物が現れたわからないけど、その獅子は気まぐれに妖精達を襲っていた。彼らもその怪物を追い払おうとしたのだけど、剣、槍その他全ての武器と魔法が全く効かず、その他いろいろな手段を使ったけど、怪物はいっこうにその場から動こうとはしなかった。どんどん妖精達が襲われるようになっていった。ある日、別の世界から迷い込んだらしい四人の人間が、この地にやって来た。彼らは全員、ひどい怪我を負っていた。負傷兵みたいだったらしいわ。追い返すのもなんだから、とりあえず妖精達は傷を癒してあげた。その時、その妖精から怪物の話を聞き、怪我の治療のお礼ってことでその獅子を倒しに行った。見事に彼らは倒したわ。妖精の武器は効かないのに、人間の武器は効くってわけ…それは、未だに解明されていないけど、物質界かどうかの違いって言われている。そして、彼らは去っていった。「自分達は戦争に敗北した騎士。だが、我らは名誉を重んじる。助けてもらった恩を返さずにいられようか。当たり前のことをしただけだ」ってね。その騎士達の誇り高さにちなんで、この地は「気高き丘」って呼ばれているのよ。ちょっと長かったかな?」
「ふーん。そんな話があったんだ。…あれ?去ったのなら、お墓は何なの?誰もいないじゃん」
フォートの疑問に、コプリはちょっと眉をひそめた。
「…それがね、妖精界を出た途端、殺されてしまったのよ。樹海の森の中でね」
「あっけねぇ最後だな」
ルガネフの言葉に、レストレィもうなずく。
「敵に囲まれていたんですって。待ち伏せしていた遊撃兵と弓使いに、狙撃されたのよ。不運にも、その四人には高い賞金がかけられていたそうよ。逃れて生き延びたというのに、戻った瞬間死んでしまった。不幸にもほどがあるわ…」
「それで、どうなったの?」
フォートが次を聞きたそうな顔で待っている。
「遊撃兵らが彼らに近づいたその時、急に遠くから強い光が、彼らを包んだ。とても眩しい光だったから、敵は目を開けていられなかった。気づいたときにはその四人の騎士の姿は無かった」
「天に召されでもしたか?」
ルガネフが冗談をとばす。
「ちょっと、やめてよ。まだ続きがあるの。彼らを救ったのは…と言っても、四人はもう絶命していたけどね。つまり…ある一人の少女が、四人の…亡骸を敵から守ったというわけ。少女は彼らが絶命しているとは知らず、自分の住む森で治療しようとした。でも、もう無理だったの。だって、死人を生き返らす魔法なんて無いもの。ちょうどその時、アイリスの広場に住む妖精がそこを通りかかった。その妖精も彼ら四人と顔見知りだった。(だってその妖精が彼らの治療を行ったのだから)その妖精は、土の妖精に頼み、アイリスの広場の地下に彼らの墓をつくったわ。四人の騎士は、今でも眠っているはずよ」
その短い物語に、皆はただうなずくばかりであった。
不意に、ノイスが意見を言った。
「地下につくった…てことは、それがもしや地下迷宮では?」
「…言われてみれば、そうかもしれないわね…。ドワーフに造らせたものだから…」
「まあ、とりあえず入り口を探そう」
レストレィが言った。

「あれ…人がいる…?地下迷宮の入り口の番人かな?レストレィー」
「マオイ?何か見つけたか?」
「あれ、番人かな?」
マオイが指差したところには、白く長い上着を着てマントを羽織った人の姿があった。
「いかにも「番人」って感じだよな」

一行はその人物に近づいていった。その人物も、彼らに気づき、その目が驚いたかのように大きく見開かれた。途端に、ノイスが叫んだ。
「シィナさん?!なぜこんなところに?!」
「ノ…イス…だめ…よ、あ…なたが…こ…んな…と…ころに来ては…だ…め…」
その女性の言葉は、まるで苦しがっているかのように途切れ途切れに聞こえる。
「そうか、シィナさんもデュアン将軍と一緒に来たのでしたね?でも、なぜあなた一人だけなんです?」
「み…んな…敵…よ、…はや…く…にげ…て…」
「シィナさん?どうしたんですか?」
「…てき…いる…の…よ…に…げて…」
「様子がおかしいぞ…」
ルガネフがつぶやく。
「は…やく…に…げ…なさ…い…この…ま…ま…だと…わ…たし…は…」
そこまで言うと、シィナはその場に崩れ落ちた。
「シィナさん!」
ノイスが慌てて駆け寄ろうとする。だが、それよりも早く立ち上がったものがいた。
いつの間にか彼らは、大勢の機械兵に取り囲まれていた。
「な、何だこれは…」
皆がものも言えないでいると、突然フォートが叫んだ。
「わ…罠?!」
「罠…だって?!」
皆のほとんどが叫んだ。だがノイスは、首を横に振った。
「そんなはず…ない!シィナさんは姉さんの親友だから…あんな慈愛に満ちた人が…僕らをはめるなんて…考えられない。何かの間違いだ…」
「じゃあ、この機械兵達は何よ?…さっきから動かないでいるけど、囲まれていたら私たちも動けないわよ?!」
「…いや、マオイ、お前だけは飛んで逃げられそうだぞ…」
ルガネフがぼそりとつぶやく。
「それとこれとは話が別よ!」
「シィナさん!どうしたんですか、何があったんですか?!この機械兵は確かにあなたの部隊に入れられましたけど…」
ノイスは再び、シィナに呼びかけた。
彼女はゆっくりと立ち上がった。だが、さっきより顔色が悪くなっている。
「シィナ…さん?」
「……」
彼女は無言のまま、一行を哀しげに見つめるばかりであった。
「シィナ…さん?いったい、何が…」
ノイスが言いかけた。その時シィナの目が、カッと大きく見開かれた。そして、
「…殺せ!」
と叫んだ途端、機械兵達が戦闘体勢に入った。

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32572Traveler―第11話―(後編)白昼幻夢 2006/6/19 17:06:27
記事番号32424へのコメント

Traveler―第11話―(後編)

「…シィナさんが、変わってしまった…?」
「いや、多分違うだろうな。自分の意思で働いているような感じじゃない」
レストレィが剣を抜きつつ、言った。
「…何者かに操られているのか?」
「そのセンもあるだろ。とにかく今はこの金属野郎を倒すしかねぇぜ!」
そう言うなり、ルガネフは鋼鉄の爪をもって一体の機械兵に切りかかっていく。彼の素早さは目にもとまらぬほどであった。激しい戦いを彼は演じていた。
他の皆も、機械兵と激しい戦いを繰り広げている。

だが、敵は機械兵だけではなかったのだ。
先に機械兵を倒したルガネフの目の前に、彼ら一行たちが見たこともない、真っ白な騎士がいた。
騎士は手の先を、目の前にいる自分達の敵に向けている。
「…聖なる光よ!」
その声とともに、白い光が手の先から放たれた。その光は見事にルガネフに命中した。
「ぐわっ!」
「きゃっ!近距離攻撃には気をつけないと…」
マオイは彼に近づいていく。
「マオイ、危険だ!いや、ルガネフ下がれ!マオイも標的にされる!」
「ち…くしょー…あんな手を使うなんて、卑怯にもほどが…」
レストレィに言われたとおり、彼は下がった。
癒し手のマオイが近づくと、みるまに彼の傷は治っていく。
「金属野郎の背後に隠れていたか…つくづく、やなヤローだぜ」
「私には無理する人のほうが、やなヤローなんだけど?」
「それを言うな。マオイ。オレ達は戦わねばならないんだ…無理をしてでもな」
彼の目は、蒼い剣を振るう一人の青年に向けられていた。
「それでも…無理をしすぎると、命を落としかねないからね?」

「よくも卑劣な行為をやってくれたな!」
叫びながらレストレィは剣を肩の辺りに構え、そのまま敵に突っ込んでいく。
「…氷よ!」
コプリの魔法が命中し、その騎士は少しよろけた。レストレィはその隙を逃さなかった。
「うぉぉー!」
彼の見事な剣技がきまった。敵は、ずるずるとその場に倒れた。
「やった!」
思わず歓声をあげるレストレィだが、すぐその剣は隣の十字軍騎士と戦い始めた。
「…つ、強い…。エルフは戦士として素早さとその巧みな攻撃が持ち味と言われるが…彼は、本当に強い…」
思わずノイスは感心していた。
「違うわよ。あの兄貴のことだから、バカ力で相手を押しただけ」
コプリが言った。
「いや、さっき倒した騎士は聖騎士といって、十字軍騎士とは比べ物にならないほど魔法の術に優れているんだ」
「あれはオレの敵だったんだよ!アイツはただ横取りしただけ!くそう、出遅れちまった」
ノイスの言葉に、あくまでもうなずこうとしないコプリとルガネフであった。

「残るは…重装歩兵のやつと魔導士と…?」
「シィナさ…いや、シィナ将軍だ」
「…将軍…ってことは、つまり……やっぱり敵じゃないかよ!」
ノイスの言葉にレストレィが叫ぶ。
「シィナ将軍が、敵にまわるなんて考えていなかったんだ」
ノイスは弁解した。
「シィナ将軍は光魔法の使い手だ。かなりの実力もある。気をつけてくれよ」
「そうとなれば、耐魔壁を張る?行く着くまでに魔法で狙い撃ちにされる危険性は十分考えられるわ。敵の力量がわからない分、結界も張ったらいいと思う」
コプリの案に皆がうなずいた。
「でも、精神力が保つ?魔法をかけて、そのあと結界も張るっていうことになると、かなりの魔力がいるよ?」
フォートが心配そうに聞く。
「なんとか保たせてみるわ…。この中で私しか、その魔法は唱えられないもの…」

「…いいえ、一人じゃないよ」
サディアがあの石を握りしめて、言った。
「…「水」を召喚すれば…「耐魔壁」が使えるの。ただ、その分戦力は若干落ちるかもしれないけど…」
そう言って、彼女は炎の獅子を見上げた。
「一体しか召喚できないから、あの獅子には離脱させるしかない…さ、戻って」
紅く燃えていた獅子の姿は、すぅっと消えてしまった。代わりに、蒼くゆらめいた人魚の姿が現れた。
「蒼き淵の人魚よ。水精を魔に耐える壁として、戦える全ての者に与えて…」
蒼い人魚は、その長い尾を一振りした。
戦士達が蒼い泡に包まれた。かと思うと、いつのまにかそれは消えていた。
「これで魔法を受けても三回くらいは大丈夫だと思います。魔法で援護するから、頑張って!」
「あたしも火魔法で、応援するよ!」
サディアとフォートが同時に叫ぶ。
「コプリ、結界の呪文を!」
「わかったわ!」
その声を聞いたと同時に、レストレィ達は走り出す。あの将軍目掛けて。
その動きに、機械兵も動こうとした。だが、フォートの唱えた火炎によってそれは倒された。
彼らがこちらに駆けてくるのを確認した白服の将軍は、呪文を唱え始めた。彼女の両脇に並ぶ魔導士達も同じように詠唱を始めている。

「三手に分かれて、呪文の詠唱を止めるんだ!」
レストレィがそう言ったときにには、もう、両端の魔導士の呪文は完成していた。彼らは手を、目の前の敵に向けた。そして、
「…虹の光よ!」
二人の手の先から、虹色の閃光が放たれた。
「危ないっ!」
マオイが叫んだ。

だが、その魔法があたったのは蒼い壁だった。
レストレィ達に命中するかの寸前で、魔法は彼らの目の前で蒼い壁にはじかれたのだ。
(…魔法の力とは、すごいな)
ノイスは思った。
黒髪の少女の魔法の力は、急速に成長しつつある。

それと同時に、彼女は、前の世界で自分がまだ子供―それもまだ18にも満たない子供だということを忘れてしまった。
サディアはこの世界で成長するにつれて、人間界にいた頃の自分を忘れはじめているのだ。忘れているということも、彼女自身気づかないでいた。
少女が日々大人になっていく気配を、誰も感じてはいなかった。
妖精の時間と人間の時間は、違うのだから。

「…水精よ。あらゆる攻撃から、彼らを守りたまえ…」
コプリの声が聞こえた。結界の呪文が完成したのだ。
その時にはもう、レストレィ達は後列部隊に切りかかっていたのである。

「絶対に殺さないでくれよ!」
魔導士と戦っているノイスが、将軍と戦っている二人に叫びかけた。
「わかっている!」

しばらくの間、剣対魔法の、長い戦闘が続いていた。魔導士はすぐに戦力を失った。すぐに援軍が、将軍のもとに集まりだす。

「…シィナさん…すまないっ!」
ノイスの剣の柄が、シィナの鳩尾に突き当たった。
「ウグッ!」
うめきとも思われる声をたてて、シィナはその場に倒れた。
「シィナさん!」
ノイスは倒れた彼女を抱き起こした。シィナは彼の数回の呼びかけに、目を覚ました。
「…ノイス?無事だったのね……お姉さんは、元気かしら…?」
「姉さんは本国で待っております。一緒に帰りましょうね」
シィナは首を横にゆっくり振った。
「なぜ…?」
「…私は…ね、もう…帰ることが出来ないのよ…ノイス。教国…は、間違った方向に進んでいる…。それを、私はデュアン将軍が止めるのも聞かず、評議議会に行った…。そこには、偽者ばかりが、いた…彼らは、偽への信仰を勧誘し、私はその戦いに負けた…。彼らのあやつり人形となってしまった…。だから、もう帰れない…」
「そんな、シィナ将軍!」
シィナは立ち上がると、ノイスから離れた。
「このままでは、いつ彼らの手先になるか、わからない…。正気のあるうちに、私は消えるわ…」
「待ってください!シィナさん!姉さんが、いや、ジェシーがあなたの帰りを待っているんですよ!?」
「…お姉さんには気の毒だけど、私は…もう、偽神の使いだから…」
彼女の周りの風景が、一行達に歪んで見え始めた。と同時に、彼女の足元の地面も歪んできている。
「いけない!闇の世界へ堕ちようとしているわ!」
マオイが叫んだ時には、もう遅かった。
シィナの足元には、くっきりと大きく開いた真っ暗な穴があった。
その中に、シィナはまさに落ちようとしていた。
「シィナさん!」
「危ない!」
闇に向かって手を伸ばしたノイスを、慌ててレストレィ達が止めた。
「放してくれ!シィナさんが…」
ノイスが言いかけたその時。闇に向かって一つの黒い影が飛んでいった。

★WAIT SEQUEL★
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