◆−蜘蛛の巣 CHAPTER-ONE−蝶塚未麗 (2006/4/6 13:55:01) No.32437
 ┗蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO−蝶塚未麗 (2006/4/11 15:15:35) No.32449
  ┣Re:蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO−律 (2006/4/12 23:39:43) No.32457
  ┃┗Re:蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO−蝶塚未麗 (2006/4/14 10:52:12) No.32462
  ┗流石は、蝶塚さん。−十叶 夕海 (2006/4/13 21:39:05) No.32460
   ┗Re:助かりました−蝶塚未麗 (2006/4/14 11:05:30) No.32463


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32437蜘蛛の巣 CHAPTER-ONE蝶塚未麗 2006/4/6 13:55:01



 マエガキ
 本作は「CHAPTER-ONE」、「CHAPTER-TWO」の二章構成となっております。今回は「CHAPTER-ONE」の投稿です。
 またしても非スレイヤーズのオリジナルです。ご注意ください。
 














 ――蜘蛛の巣――
















 これは偶然という蜘蛛の巣に絡め取られることとなった男たちの物語である。
 舞台は西暦2004年晩秋の日本のとある田舎町。




 ▽CHAPTER-ONE
 



 宮瀬秋典(みやせ・あきのり)は、二階の自室で、パソコンに向かいながら朝食のバナナを食べていた。ディスプレイ右下の時計は午前5時58分になっている。やがて59分に変わった。
 引きこもりになって、早一年。
 パソコンがあるので退屈はしない。外の世界に復帰する気は当分なかった。
 両親とはメールでやり取りするだけで、もう随分と顔を見ていない。だが別に見たいとも思わなかった。父も母もつまらない人間だ。
 生活リズムはおかしくなった。夜中から朝ではなく、夕方から深夜にかけて眠るようになったのである。これは引きこもりになった当初、午後の七時くらいに帰って来る父が、彼の部屋の前を通る時は必ずノックしたり、時々ドア越しに話しかけて来たりしてうざったかったので、自然にそうなった。
 食べ終えたバナナの皮をゴミ箱に捨てようとした。だが、ゴミ箱はすでに満杯を越えていて、ゴミが山のように盛り上がっている。もう詰めきれるだけ詰めたので、これ以上詰めるのは無理だろうし、このゴミの山にバナナの皮を乗せれば、恐らく山は崩壊する。
 仕方がないので、窓から外に投げ捨てた。窓のすぐ下は路地の曲がり角の部分に面している。路地には男の人が立っていたのだが、バナナはその人のちょうど真後ろに落ちた。ゴミ箱のゴミは後で母に捨てさせればいい。
 捨て終えるとすぐにパソコンの前に戻った。外から着メロの音が聞こえた。Kate Bushの「Wuthering Heights(嵐が丘)」のイントロ、テレビ番組のテーマにもなっている。時計は午前六時ちょうどになっていた。
 宮瀬は小説を書いていた。書き上がったら何かの賞に応募しようと思っていた。自分に呆れている両親を見返すためにも作家になろうと考えていたのだ。
 この土地から小早川弘司という作家が生まれたのを知っている。彼はその作家が好きだった。いつか自分も小早川弘司みたいな小説を書きたいと思っていた。




 その朝、ぬいぐるみ作家の猫田満(ねこた・みつる)が何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一頭の熊に変わっているのを発見した。猫田はすぐさま洗面所の鏡の前へと向かった。
 鏡に映し出される悪夢のような光景。
 黒々とした毛並み。
 いかにも凶悪そうな鋭い黒目。
 明らかに人のものではない耳と鼻。
 閉ざされた大きな口から微かに見える牙。
 両手の先の鋭い爪。
 だが、なぜ熊なのだろう。
 確かに生き物が別の生き物に変わるような不思議な現象だってこの世界にはあるのかも知れない。そんな現象をわざわざ信じようとするほど暇ではないが、全否定するほど忙しくはない。科学万能という言葉が幻想であることを猫田は知っている。
 だが、なぜ熊なのだろう。
 たとえば、これが虫だというのなら何となくしっくりくる。馬でも牛でもいいし、カエルでもいい。ライオンでもブタでも鳥でもいいのだ。だが熊というのはどうも納得がいかない。同じ熊でもこれが灰色熊やツキノワグマならばまだ納得の余地があったかも知れないが、残念なことにどこからどう見てもヒグマだ。人がヒグマに変わるなどということはけしてあってはいけないことのような気がする。特にこれといった理由があるわけではないのだが、しかし、どうしてもしっくりこないのだ。
 思えば何だか感覚がおかしい。鏡に映っているのはどこからどう見ても熊のボディだが、それが自分の肉体だという気がちっともしないのだ。何というか……人間のまま熊の皮を被っているような感じがする。
 その時になって猫田はようやく思い出した。自分が今日開かれる全日本リアル着ぐるみ大会のために、リアルな熊の着ぐるみを丸一年掛けて作り上げたことを。
 全日本リアル着ぐるみ大会というのは言葉の通り、リアルな着ぐるみのできを競う大会のことだ。全日本といっても参加者は猫田を含めても毎年五、六人しかいない。しかもほとんどがこの近辺の在住者だ。一応インターネットで参加者を募集してはいるが、一向に増えてはくれない。
 一年前にあった前回の大会で、猫田は惜しくも二位だった。前回は高校球児の着ぐるみで意表を突いたが、顔のパーツの作り込みが甘く、ユニフォームの汚れ具合もいい加減だった。お陰でゴム素材を巧みに使ったセミの抜け殻の着ぐるみに優勝をさらわれてしまった。大きさにリアリティはなかったが、細部の作りと、構造面でのアイデアが評価されたのだ。
 しかし今回こそはきっと優勝できるはずだ。ヒグマを徹底的に勉強して、本物のヒグマそっくりのリアルな着ぐるみを造り上げた。熊というのは比較的オーソドックスな題材であり、それゆえに生半可なクオリティでは相手にされない。かえって難しいということになるのだが、しかし猫田には絶対の自信があった。
 もちろん本物の毛皮なんかは使っていない。それはルール違反だからだ。仕事で作るぬいぐるみと同じで、綿糸をうまい具合に染め上げて使っている。目は強化ガラスだし、爪もプラスティックだ。
 別に優勝しても賞金なんてものは出ない。しょせんは内輪の盛り上がりに過ぎないので、ぬいぐるみ作家としての宣伝にもならない。
 それでもリアル着ぐるみ大会は猫田の生き甲斐だった。本当はぬいぐるみの仕事なんてしたくない。ディフォルメなんて大嫌いだ。一生リアル着ぐるみだけを作って暮らしていきたい。それが猫田の夢だった。
 だが、なぜ俺はその大会用の着ぐるみを着ているのだろう。
 一般の人に驚かれたり変な目で見られたりしないように、隣町の会場(主催者の自宅)まではケースに入れて持っていくことになっているが、ここはどう見ても猫田の家だ。
 とりあえず着ぐるみを脱ごうと思った。着ぐるみは五つの部分に分かれていて、首、右腕、左腕、腰の部分にファスナーが隠されているので、一人で着脱できる。熊の手ではファスナーを開けられないと思うかも知れないが、手の部分もちゃんと取り外せるようになっている。
 だが脱げなかった。四つのファスナーすべてと手の部分に接着剤が塗られていたのだ。
 しかも口には猿轡をされていた。いわゆるボールギャグというタイプのものだ。単なる飾りではなく、声をほぼ完全に封じてしまう本格的なやつである。熊の口は閉ざされているから外すことはできない。
 なるほど、そういうことか。
 その時、猫田は事態を理解した。これは妻のいたずらなのだ。会社員をしている猫田の妻は、猫田を困らせることがブランド品漁りの次に好きという困った人間なのである。りり子という名前なのだが、猫田は旧約聖書に出てくる魔性の女から取ってリリスと呼んでいた。
 彼女のいたずらは相当悪質だ。特に寝ている時のいたずらはひどい。猫田は一度眠ったら自然に目を覚ますまではどんなことがあろうと絶対に起きないタチだから、何をされても気づかない。ペットショップからわざわざ買ってきた大蛇と添い寝をしていたなんてこともあったくらいだ。
 だが、いたずらならば妻がそばで猫田の反応を観察しているはずだ。家には妻の姿はない。車はないようだからきっと出かけたのだ。
 何ということだろう。これでは着ぐるみを脱がしてもらえないではないか。
 時刻を見ると、午前六時前。外はようやく明るくなってきたところだ。大会が始まるのは十時からだからまだ時間はあるのだが、しかしその時間で何ができるというのだろう。
 剥離剤があれば接着剤を剥がせるが、あいにく持っていない。接着剤自体、滅多に使わないのだ。もちろんこのいたずらはそれを知った上でのことだろう。
 着ぐるみを破ったり、切り裂いたりするのは論外だ。脱ぐためにはかなり派手に傷つけないといけない。熊の手は不自由なのでそんなことをするのは難しいし、仮にできたとしてもその傷を完全に修復するのは不可能に近い。そうなれば今年の大会は諦めなければならなくなる。
 一番の安全策は妻が帰ってくるのを待つことだが、いつ戻ってくるか分からない。それに猫田はトイレがしたかった。この着ぐるみには用を足すためのファスナーがないのである。もらすのは恥辱の極みだし、何より着ぐるみが汚れる。猿轡をされているので、よだれが垂れてくるのも気になった。
 仕方なく、猫田は友人に助けを求めることにした。リアル着ぐるみ大会の主催者であり参加者の一人でもある男だ。夕方の六時に寝て夜中の三時に起きるという朝方人間だからこの時刻でも起きているだろうし、前回と前々回の優勝者で大会参加者の中でも一二を争うくらいの目利きだから、この姿を見ても猫田だと分かってくれるに違いない。
 ただ、彼が住んでいるのは隣町なので少し遠いのが欠点だ。車も車の免許も持っていないし、自転車もずっと前にパンクしたのをどうせ滅多に乗らないからとそのままにしてある。
 もし途中で誰かに見つかってしまったら、警察に通報されてしまうことだろう。もしかしたら正体が分かってもらえて、二言三言理不尽な説教をされるだけで済み、さらにリアル着ぐるみの宣伝にもなるかも知れないが、射殺という哀しい運命を辿ることになる可能性もないわけではない。慎重にいかなければならない。

 


 小早川弘司(こばやかわ・ひろし)は明け方の町をさまよっていた。ひんやりとした風が心地いい。
 コートを着て両手には滑り止めのついた手袋をはめている。コートの内ポケットにはフォールディング(折り畳み)ナイフを隠し持っていた。ナイフとしては刃渡りがかなりあるので、持ち歩いていれば間違いなく銃刀法違反になる代物だ。
 小早川は作家だった。長い間東京に住んでいたが最近になって都会に嫌気が差し、生まれ故郷のこの町に戻ってきてアパートで暮らしている。もうデビューして十年以上経つから中堅作家と言ってもいいだろう。年齢や顔写真などは明かしていないが、筆名には本名をそのまま使っている。
 三島由紀夫賞の候補にノミネートそうになったこともある、どちらかというと純文学寄りの作家なのだが、今回依頼されたのは犯罪サスペンス小説の執筆だった。アンソロジーに収録するので分量は原稿用紙百枚程度の中編。一人称の心理描写に定評があるので、是非犯罪者の心理を巧みに描いて欲しいとのことである。
 しかし小早川には犯罪者の心理を巧みに描く自信などなかった。自分の体験したことしか書けないタイプの作家だったのである。それでもこの仕事、断るわけにはいかなかった。小早川は近頃、仕事が入ってこないことに危機感を覚えていたのだ。
 それに他の執筆陣は人気作家ばかりだから、そいつら目当てに本を買うやつに名前を売る絶好のチャンスとなるだろう。犯罪サスペンスと純文学ではジャンルが全く違うが、小早川には自分の普段の小説がエンタテインメントとしても充分に通用する自信があった。この競作をきっかけに一躍ベストセラー作家となるかも知れない。一度フェラーリに乗ってみたいと思っていたが、夢が叶うかも知れない。
 だから小早川は考えた。犯罪者の心理を描くにはどうすればいいか。そして思いついたのが、自ら犯罪者になり切るという方法だった。もちろん犯罪を犯すようなことはしない。ちょっと気分を味わうだけだ。
 どんな犯罪がいいかも考えた。犯罪の王様はやはり殺人だ。殺人には大抵動機があるものだが、小早川には動機のある殺人の方が書くのが難しそうだと思った。相手を殺さずにはいられないほどの激しい憎悪など想像もつかないし、金銭目当てに人を殺すというのも理解できなかった。企業の重役が保身のために殺すというのもあるが、自分は企業の重役などではないのだ。
 むしろ町を歩いている内に何となく通行人を殺したくなるようなそういう殺人の方が小早川には共感できるような気がした。自分も凶器を持って町を歩いていたら何となく人を殺したくなるかも知れない。もしそうなればそれだけで三分の一くらいは書けるような気がする。残りは純粋な想像力に任せないといけなくなるが、最初がうまくいけば何とかなりそうな気がする。
 そういうわけで小早川は刃物を持って町を徘徊してみることにした。刃物は家にある包丁でもよかったが、やはり雰囲気が出ないと思い、刃物コレクターの友人が持っていたものを事情を話して借りた。
 徘徊のスタート時刻は午前二時。白昼堂々というのも悪くはないが、やはり深夜の方が殺人には相応しいと思ったからだ。小早川は朝型なのでこれは辛かった。
 しかし不審者として警察などの厄介にはならずに済んだものの、現在までの間に通行人にはほんの数度しか出会えてない。しかもすべてが自転車で、結構なスピードを出していたから、ナイフで刺すのは困難であり、したがって殺意も沸いてこなかった。逆にライトをつけていない自転車にぶつかりそうになって、こっちがびっくりしたくらいだった。
 そろそろ夜が明けてきた。明け方は殺人には何となく相応しくないからそろそろ帰ろう。そう思った時だった。
 車一台がやっと通れるような狭い路地。自分のアパートがある方へ角を曲がった時、前方から近づいてくる黒い影と目が合った。
 それは人ではなかった。




 俺は何て運が悪いのだろう。
 家の敷地を出て数メートルもいかない内に、横道から男が現れた。しかもその男と目が合ってしまった。コートを着て、黒い手袋をした男だ。
 相手はいきなりのことにどうしていいのか分からず戸惑っている様子だった。だがそれは猫田の方も同じだった。
 とりあえず声を出そうとした。だが猿轡と熊の口に塞がれて、くぐもったうめき声しか出ない。
 その時、音楽が鳴った。ケイト・ブッシュ「ワザリング・ハイツ」のイントロ部分。
 男がはっとしたようにコートのポケットから何かを取り出す。それは携帯電話だった。
 電話がかかったのだろうか。助けを呼ばれるかも知れない。通報→射殺だけは絶対に嫌だ。
 そう思った時、すでに猫田の足はすでに動いていた。




 目の前の光景が理解できなかった。
 熊がいる。二本の足で立って、こちらを見つめている。目が合ってしまった。とても凶悪な目つきだ。
 なぜこんな町の中に熊がいるのだろう。確かにすぐ近くに山はあるが、そこから降りてきたのだろうか。
 いきなり熊が唸り声を上げた。威嚇だろうか。
 その時、音楽が鳴った。ケータイの音だ。
 その音で我に返った小早川は慌ててコートの外ポケットからケータイを取り出す。音が熊を刺激するのではないかと思ったからだ。
 着信かと思ったが、アラームだった。そういえば目覚ましとして毎日六時に鳴るようにセットしていた。
 音楽を止めてケータイをしまおうとした時、熊がこちらに向かって走ってくるのに気づいた。
 小早川はからだを素早くターンさせ、全速力で駆け出そうとした。だがその瞬間、何かを踏んでしまった。
 足がつるっと滑り、からだが一瞬ふわっと浮き上がったかと思うと、次の瞬間にはアスファルトの地面に正面から叩きつけられていた。




 逃げ出そうとした男が突然転んだ。
 落ちていたバナナを踏んだのである。それは何とも間抜けな光景に思えた。
 しかし笑っている場合ではない。この男を何とかしなければならない。いや、それよりも携帯を奪うのが先だろう。今現在、通話状態にあるかも知れない。
 男が上半身を起こし、こちらを振り向いた。携帯はその右手に握られている。
 猫田はかがみ込んで、手袋をした男の右手に、利き手である左手を伸ばした。




 小早川は何とか上体を起こし、後ろを振り向いた。熊はすぐ目の前にいる。
 かがみ込んでその鋭い爪をこちらに向けてくる。
 小早川は一か八か、熊の顔めがけてケータイを投げつけた。熊はそれに怯んだようで、その隙に立ち上がる。
 



 男が携帯を投げつけてきた。
 熊の顔に当たって落ちる。
 猫田は反射的にそれに飛びついた。頭が完全に携帯の方にいってしまっており、その間に男に逃げられてしまうという考えは咄嗟には浮かばなかった。
 携帯は逆さになっていたので、まずは不自由な熊の手でひっくり返す。画面にはサボテンの写真が映っていた。待受画面である。携帯を持ったことがない猫田にも携帯が現在、通話状態にないことくらいは分かった。
 猫田はそこでやっと携帯よりも男をどうにかすることが重要であることに気づいた。
 しかしその瞬間、



 
 そのまま逃げようと思った。
 だが見れば、熊は四つんばいになってケータイにじゃれついていた。音が出たのに興味を惹かれたのだろうか。
 その時、小早川は思い出した。コートの内ポケットに隠したナイフのことに。
 確か熊というのは足の速い生きものだったはずだ。今はケータイに気を取られているが、もし注意がこっちに戻ったら?
 それにケータイには重要なデータがたくさん入っている。命と引き換えにするようなものではないが、でもできることならば……
 いや、そんなものはただの言い訳にすぎなかった。
 本当の理由はもっと簡単なものだった。つまり、……目の前にいる生き物を殺したい。
 小早川は、内ポケットから素早くナイフを取り出し、刃を起こす。前足と膝とで四つんばいになっている熊の背に向かって思いっきり振り下ろした。
 
 














 アトガキ
 本作は2004年の11月頃に書き始めてどうしてもうまくいかずにボツになってしまったものを、この度新たに書き直したものです。時代設定が古いのはそのためです。
 現代を舞台にしていますが、あんまり詳しい調べものとかはしていないので、おかしな点、不自然な点があるかも知れません。発見したら指摘してくださるとありがたいです。
 それでは……


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32449蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO蝶塚未麗 2006/4/11 15:15:35
記事番号32437へのコメント















 ▼CHAPTER-TWO




 一撃だった。
 その一撃で熊はすべての動きを止めた。うまい具合に心臓に突いてくれたのかも知れない。こんな大きな生きものを殺すのは生まれて初めてだった。
 熊の下敷きになったケータイを回収するために熊のからだを持ち上げる。熊のからだは確かにかなり重たかったが、想像したほどではなかった。そういえば体格も小早川と同じくらいだ。まだ発育途中の若い熊なのかも知れない。皮膚はまるでぬいぐるみのような質感で、脂肪が多いのか引っ張ると少し伸びた。
 ケータイを手にすると今度はゆっくりとナイフを引き抜いた。心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった。運よく携帯していたティッシュで真っ赤に染まった刀身を拭う。生々しくて少し気持ちが悪かった。返す前にしっかりと洗っておかなければならない。
 ほっとした小早川は急に眠くなった。こういう時は警察に連絡しないといけないのかも知れないが、面倒だった。警察へはまた後で名乗り出ればいい。
 そう思って帰ろうとした時、ある考えが脳裏をよぎった。
 そういえば、あの熊はおかしかった。熊なのに二足で歩いていた。確かに立ち上がることもあるものの、普通熊というのは四足で歩くのではないだろうか。
 体格も自分と同じくらいだったし、唸り声も今思うと少し変だった。触った時の感触もおかしかった。いかにもぬいぐるみのようだったし、それにからだを持ち上げようとした時だって……
 そういえば聞いたことがある。この近辺では奇妙な大会が開かれているという。何でも本物そっくりの着ぐるみを作ってそのできばえを競うのだとか。
 ……着ぐるみ?
 そうだ、ぬいぐるみのような質感だと思ったのは、本当にぬいぐるみだったのかも知れない。それに、ケータイを拾おうとした時の動き。あれはいかにも人間っぽかった。
 確かめてみようと思った。着ぐるみならば背中にファスナーがあるはずだ。
 調べてみるとファスナーはなかった。背中には。ただし他の場所にあった。しかも四つ。
 急に寒気がした。手がわなわなと震える。からだ中から冷や汗が吹き出した。俺は人を殺してしまったのだ。
 この場からすぐにでも逃げ去りたかった。でもそれはだめだ。
 正当防衛だし、相手を人と知らずに殺したのだけれど、それでも果たして無罪放免となってくれるだろうか。法律には詳しくないけれど、やはりいくらかの罪は受けることになる気がする。少なくとも銃刀法違反にはなる。もしかしたら仕事の方にも影響があるかも知れない。そうなると、この熊をこのままほったらかしにしておくわけにはいかない。
 とりあえず落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 俺は人を殺した。殺すつもりがあったわけではないが、殺してしまった。つまりは人殺しだ。人殺しは人を殺した後どうする? 自分の犯行を誰にも知られないために……
 小早川は少し考え、そして決意した。死体を隠そう。
 ここから少しいったところにある神社の裏手は林の入り口になっている。小さい頃はよくそこで遊んだものだ。この前ちょっと見にいったから、今でもあるのは確かだ。
 小早川は熊の、いや熊人間のからだをどうにか背中に担ぐと、大急ぎで歩き始めた。
 後悔の念が腹の底から込み上げてくる。余計なことをしたばっかりにこんなことになってしまった。




 目覚まし時計が鳴って中学生の冴葉光一(さえば・こういち)は目を覚ました。
 時刻は午前六時ジャスト。そのまま十五分ほどうとうとした後、起き上がって着替えを済まし、一冊のミステリ小説を持って一階に降りる。台所へ向かった。
 母と居候の居候の男はまだ眠っている。仏間を占領している居候の男のいびきはうるさくて、離れた位置にあるキッチンでもその音は聞こえる。
 光一はこの男が嫌いだった。
 母がどこからか連れてきた男なのだが、身なりは汚らしいし、職には就いていないし、パチンコ好きだし、酒を浴びるほど飲んで母や自分に暴力を振るったりする。
 母が何でこんな男を養っているのか光一には理解できなかった。早く消えて欲しいと思っていたが、母はあろうことかこんな男と再婚するかも知れないなどと言い出した。冗談じゃない。
 家族分の朝食を用意する。どうせ二人とも昼頃にならないと起きてこないだろうけど。
 メニューは納豆と卵焼きとインスタントのみそ汁、それに焼き魚。自分の分にだけ好物のうずらの卵の缶詰がつく。
 食べ終えるとミステリ小説を持って家を出た。時刻は六時四十五分すぎ。
 向かう先には隣の隣にある神社だった。その裏手に林があり、そのさらに奥には光一の「秘密の場所」があるのである。
 ひんやりした朝の空気を浴びるのは、少し低い温度のシャワーを浴びるような気持ちよさがある。ばっちりとコートを着込んでいるので寒くはなかった。




 林のかなり奥まできた。
 大体この辺りでいいだろう。
 熊人間のからだは単に重たいだけでなく、着ぐるみは背中だけでなく胸や腹までも血を吸ってじっとりとしていたし、しかも失禁までしていたので気持ち悪かった。それでも運よく誰にも見つからずにここまで運んでこれた。
 ケータイで時刻を見ると六時四十五分すぎ。かなり急いだから大分疲れてしまった。早く家に帰って寝たい。そして深い眠りの中ですべてを忘れてしまいたい。
 だがこのままここに死体を放置して帰ったのでは、遅かれ早かれ誰かに見つかってしまうことだろう。死体は埋めなければならない。
 しかし埋めるにしても、スコップも何も持っていない。アパートにだってない。昔住んでいた家にはあっと思うが、もう人手に渡っている。店で買うにしてもまだ開いてない。
 とりあえず死体を人目につかない場所に移動させる、ということしか頭になく、そこまで考えが至らなかったのだ。
 このままでは破滅だ。この際自首してしまおうか。どうせ事故のようなものなのだ。大した罪にはならない。
 いや、それは絶対に嫌だ。犯罪者にはなりたくない。狭い監獄で臭い飯なんて俺には耐えられない。それに依頼されていた小説も完成させられないだろう。社会復帰した後もまた作家として活動できるかどうかも分からない。お先真っ暗だ。
 じゃあどうする? 手を使って掘るか? しかし地面は固そうだ。
 ちょうどよくおいてあった丸太に腰かけて小早川は考えた。
 
 


 そこは林を歩いていると自然に辿り着く。
 木々の密集する中に一本の丸太が横たわっている。そこには誰もやってこないので静かに読書するのには最適だ。辺りには人工物は何もなく、つかの間現実を忘れることができる。木の天蓋は、さすがに葉の落ちた今では無理だけれども、もっと暖かい季節なら雨から守ってくれるし、すぐ近くに丸く開けた空間があってそこから空を望むこともできる。
 林の持ち主の人がうまい具合に丸太を配置したのかも知れない。まだ一度も会ったことはないが、勝手に入ったことをとがめるような人ではないと何となく思う。
 湿った落ち葉を踏んで光一は歩く。冬枯れの木は透明な光を浴びて、葉をつけていた頃に負けないほど綺麗だ。
 やがて光一は自分だけの「秘密の場所」に辿り着いた。
 しかしそこには先客がいた。
 コートを着て黒い手袋をはめた男だった。
 ケータイを持っていて、それをコートのポケットにしまった。




 ケータイで時刻を確認した時だった。
 後ろに気配を感じた。
 まさか誰かきたのだろうか。小早川は緊張して、恐る恐る振り返る。
 するとそこには一人の少年が立っていた。
 多分、小学校の高学年くらいだろう。女の子の年を当てるのは難しいが、男の子なら大体分かる。
 小さな顔に丸くて大きな目、テレビドラマに出てきそうな可愛らしい造りをした顔だ。髪は少し茶色がかっている。コートを着込んで重装備だった。
 小早川と少年はしばらく見つめ合った。先に口を開いたのは少年の方だった。
「あの……持ち主の、方ですか?」
 それは林の持ち主か、という意味だろう。もちろん違った。恐らく神社の土地ではないだろうかと思う。
「ああ、うん……そうなんだ」
 子どもに話しかける口調を選びながら小早川は言った。
「それで、君は?」
 すると少年は呼吸を整えるように間をおいて、
「あの……ここに本を読みにきたんですが……だめですか?」
 ここは追い払うべきだろうか。いや、それは得策ではないと小早川は思った。
「あっ、いや、それはいいんだけどね。実はおじさんは今、熊のお墓を作ろうと思ってるところなんだよ。ちょっと死んでた熊を見つけてね。……あっ、いや別にここじゃなくてもいいんだ。もっと別の場所でもね」
 小早川は心臓をばくばくさせながら、少年の言葉を待った。額から冷や汗がたらりと流れる。少年は転がっている熊人間の方に目を向けた。しばしの沈黙。
「えっと……じゃあ、お手伝いとかしましょうか?」
 少年は少しはにかんだ様子で言った。
「いや、気持ちは嬉しいんだけど、おじさん一人で大丈夫だよ。あっ、でもおじさん、スコップ持ってなくて……」
 困ったような笑みを作り、言う。
「あっ、それなら、うちのを貸してあげますけど……」
「えっ、いいのかい?」
「はい、いいですよ。取ってきます」
 少年は林を神社の方へと駆け出していく。
 うまくいった。怪しまれている様子はない。




 思い切り、怪しい男だった。
 熊の墓を作ろうとしている、という時点で怪しいし、顔つきも何となくうさんくさい。犯罪者顔とでもいうのだろうか。この林の持ち主だというのも信用できなかった。
 警察を呼んでしまおうかとも思った。恐らくそれがこの場での最も賢い方法だろう。しかし光一はそうしなかった。あることを思いついたのである。




 少年が大きなスコップを持って戻ってきた。
 早速、小早川は重たいコートを脱いで、穴を掘り始める。少年のお気に入りと思しき場所からは少しだけ離れたところ。天井が丸く開けていて、灰色の空が見えた。
「あの……しばらく、見させてもらってもいいですか?」
 少年が背後から遠慮がちに言ってくる。
「もちろんいいけど、熊には触わらないでくれよ」
「どうしてですか?」
「いや、仮にも死んだ生き物だからね。あんまり触ったりすると、何というか、その……」
「死者への冒涜、ですか?」
「あっ、うん、それ。難しい言葉を知ってるんだね」
 地面が思いのほか固かったので穴を掘るのは大変だった。全身が鉛のように重たかった。このまま穴の中に倒れ込みたいくらいだった。だが、目的を達成するまで安心して眠ることなどできない。熊人間を殺した証拠を完全に隠すまでは。
 その時、小早川はふと思った。
 後ろにいる少年も始末した方がいいのかも知れない。今のところ怪しまれてはいないようだが、賢そうな子どもだし、それに子どもの好奇心というのは侮れない。熊を見たくて穴を掘り返すなどということもしかねない。それに……
 小早川は作業の手を止めて、少年の方を振り返った。少年は小早川の方を興味深そうにじっと見つめている。
「どうしました?」
 少年が声をかける。
「いや……何でもないよ」
 小早川は言った。作業に戻る。
 やがて穴が完成した。
 ちょっと大きすぎるくらいの穴だ。これなら一人追加したって……
 スコップを地面におき、一緒に持とうかという少年の助けを制止して、一人で穴の中に熊人間を落とした。
 穴の中に横たわる熊人間を見下ろして、小早川は思う。さて、後は土をかければ完成だ。しかし……
 いったん振り返ろうとした。
 だがそれよりも速く、小早川は後頭部に強い衝撃を受けて気を失った。




 黒手袋の男は穴の中へと落ちていった。
 穴の上からさらに何度もスコップで殴りつける。こんなことをするのは生まれて初めてだった。
 ティッシュとケータイとナイフをこっそりと抜き取ったコートも上から穴に落とし、そして穴に土をかけていく。これだけでも結構な作業だ。
 埋め終えたら地面を整え、ティッシュで可能な限りスコップについた血を拭う。このスコップは後でちゃんと洗わなければならない。血のついたティッシュは適当に埋めた。
 さて、これで準備完了だ。これであの忌々しい男を殺せる。
 凶器はたった手に入れたばかりのナイフ。何か武器を持っているだろうという予想は正しかった。これはうちのものではないから、それだけで外部犯説が出てくる。
 さらにケータイを偽の遺留品としておいておくことによって、警察は完璧に持ち主である黒手袋の男を犯人と疑うことだろう。すでにどこにもいない男を。
 動機は金目当てがいい。つまり強盗殺人だ。鍵をかけ忘れていたことにして、家中を荒しておけばいいだろう。
 あの男だけ起きていて襲われたという設定だ。黒手袋の男と同様、奇襲をかけてもいいが、やはり確実に殺しておきたい。寝ている状態で縛り上げて猿轡を被せ、布団を片付け、居間にでも運んでから殺そう。あの男はちょっとやそっとのことでは起きないのできっと大丈夫だ。
 どうせなら死ぬ前にいっぱい屈辱を味わわせてやろう。犯人は拷問好きの変態だったという設定でもいいかも知れない。しかも男が趣味の。……何だかわくわくしてきた。
 でもこれは僕の将来をかけた真剣勝負だ。ミスは絶対に許されない。
 すでにケータイに触れてしまった。もちろん指紋は拭き取るが、ナイフはともかく、ケータイに指紋が全くないのは怪しまれるかも知れない。そもそも現場にケータイを落としてくるなんていうのが現実離れして間抜けなのだ。
 母にも注意した方がいい。いざとなったら味方になってくれるかも知れないが、極力、母にも見つからないようにしなければならない。幸い、母もあの男と同様、簡単には目を覚まさないタチだ。
 犠牲になってしまった黒手袋の男には悪いが、あの男は殺人犯だった。最初から怪しいと思っていたのだが、男のそばに転がっていた熊は着ぐるみだった。こっそりと触ってみてすぐに分かった。もし怪しんでいるような素振りを見せていたら、口封じのためにこっちが殺されていたかも知れない。
 本物そっくりの着ぐるみに入った男を殺した理由は謎だが、着ぐるみのファスナーには脱げないように接着剤がついていた。どうせ、着ぐるみに閉じ込めた相手を殺すのが趣味の変態か何かだろう。生きる価値なしのカスだ。
 さてと、いつまでもこんなところでグズグズしている場合じゃない。
 光一はナイフとケータイとスコップを持って、林を神社の方へと歩き出した。
 



 猫田りり子はお菓子を食べながら、テレビを見ていた。一人ぼっちの家の中は少しさみしげだ。
 テレビでは殺人事件のニュースをやっていた。14歳の少年が母親と同棲していた男を殺そうとして逆に殺されたという事件だ。
 少し興味を惹かれた。特別大した事件ではないが、現場がこのすぐ近くのようなのだ。
 こんな辺鄙な田舎では犯罪なんて滅多におこらない。起こってもせいぜい強盗とか事務所荒らしくらいだろう。平和な土地だ。
 この辺りで人が殺されたことなどこれまでにあっただろうか。
 それにしても満はどこへいったのだろう。昨日の明け方にちょっとしたいたずらを仕掛け、家を出たのだが、帰ってくるといなかった。それから今まで戻ってこない。
 一応、警察や病院にも問い合わせてみたが、そっちで厄介になっているわけではなさそうだった。
 どうせ自分のことが嫌になったのだろう。あんな恐ろしい女とは一緒に暮らせない、顔も見たくない、などと言って、友達の家に泊まらせてもらっているのだ。そういうことは前にもあった。
 恐ろしい女……か。
 確かに今回のいたずらはやりすぎだったかも知れない。エスカレートし過ぎてしまった。
 でも元はといえば、悪いのは満の方だ。
 昔からずっとそうだった。ぬいぐるみや着ぐるみのことばっかりであたしになんかちっとも構ってくれない。お金を節約してブランド品を買えば、金の無駄だと言われるだけ。共働きなのに家事はほとんどやらないし、会社でストレスを溜めてくるあたしのことを気遣うせりふの一つも吐けない。
 あたしのことを召使か何かだと勘違いしているのではないだろうか。こんなことは言いたくないが、満の稼ぎなんていうのは本当に微々たるものだ。実際、満はあたしに養われているようなものなのだ。それなのに満は偉そうにしている。
 りり子のいたずらは、満への仕返しであり、ストレス発散の方法でもあった。そして満へのりり子なりの自己主張でもあった。
 いたずらを通して、「あたしも人間なんだから、あんたの思い通りにはできないんだ」ということを理解してもらいたかったのだ。結果的には逆効果だったのかも知れないが。
 それにしても、いつになったら満は帰ってくるのだろう。
 でも帰ってきても、その後に待っているのは離婚の運命かも知れない。
 思わず溜息が出た。
 そういえば、もう若くない。
 
 
 













 アトガキ
 ようやく仕上げられました。
 キャラの細かい動きとか描かないといけないので大変でした。
 猫田と小早川のアクションシーンなんかは私自身が実際にからだ動かして動きを決めたりしました。狭い部屋なので色んなところに頭やからだぶつけたりして(笑)。でも、その割にはあんまりうまくいってないの……ぐすん。
 ちなみに2004年の11月に書いてボツにしたヴァージョンはこれと全く違う内容でした。最初の方は展開は一緒ですが、小早川の設定なんかは全く別物。作家なのは一緒ですが、元走り屋でしたし。機会があればそっちも公開したいなあと思っています。
 それから、本文中に出てきた「心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった」というのは知識として間違ってるかも知れません。そういう方面に詳しい方いらっしゃいましたら、どうかご教授くださいませ。
 それではこれで……
 

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32457Re:蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO2006/4/12 23:39:43
記事番号32449へのコメント

 律です。こんばんは。


 面白い・・・!
 こういうの好きなんですよね、人それぞれバラバラのエピソードが、交差して一つのストーリーになるのって!
 伊坂幸太郎とかにある類ですよ、もしくは有頂天ホテルみたいな。

 ただ、救いはないですね。
 結構、紙面(?)を割かれた登場人物が皆死んでしまいますし。
 猫田さんなんて、なかなかに愛嬌があったのに。
 奥さんともなんだかんだいって、うまくいっていたっぽいのに。(ボールギャグって、誰の趣味で家にそんなものが)
 可哀想・・・。

 でも、パズルが嵌ったような快感があるからか、読後感はそんな悪くなかったです。
 話自体短いし、なんだかんだいって、描写が突き放した感じなので、必要以上に思い入れを誘うところがない。
 そういえば、蝶塚さんの話を読んでて前に思ったのですが、なんだか描写が淡々とされてますよね。
 淡々と文章が重ねられていく感じ。文章が巧いってこともあるのでしょうが、独特の文体をされていると思います。

 今回は、それに加えて、なんというか軽妙さというか、さらっと読み流しつつもクスリとなる要素がありました。
 例えば、

> たとえば、これが虫だというのなら何となくしっくりくる。馬でも牛でもいいし、カエルでもいい。ライオンでもブタでも鳥でもいいのだ。だが熊というのはどうも納得がいかない。同じ熊でもこれが灰色熊やツキノワグマならばまだ納得の余地があったかも知れないが、残念なことにどこからどう見てもヒグマだ。人がヒグマに変わるなどということはけしてあってはいけないことのような気がする。特にこれといった理由があるわけではないのだが、しかし、どうしてもしっくりこないのだ。


 なんでだよ。

 思わずつっこみを入れました。虫になって、普通に状況を受け入れるなんて、カフカの登場人物くらいだわ阿呆!と。
 でも、人間そのくらいの非論理的なことは考えているものなんですよね。
 このあたりの独白なんかが面白くて、さらには全体的に文章が読みやすくて、レベルが高いなあと思いました。

 あと、現実的に人を殺す話を書く場合、殺人側の動機などを紋切りにしないで説得力を持たせるのって難しいと思うのですが、これは説得力がありました。


> むしろ町を歩いている内に何となく通行人を殺したくなるようなそういう殺人の方が小早川には共感できるような気がした。自分も凶器を持って町を歩いていたら何となく人を殺したくなるかも知れない。もしそうなればそれだけで三分の一くらいは書けるような気がする。残りは純粋な想像力に任せないといけなくなるが、最初がうまくいけば何とかなりそうな気がする。

 から始まって、

> いや、そんなものはただの言い訳にすぎなかった。
> 本当の理由はもっと簡単なものだった。つまり、……目の前にいる生き物を殺したい。

 と来て、行動に移すって、冷静に考えれば、そうか?と疑問に思っておかしくないのですが、つい、うん、そういうのってあるかもと納得してしまいました。
 さらには、最初がうまくいけば何とかなりそうな気がする、という色々悩みつつ図太く考えているのもおかしかった。


 面白かったです。
 なんか唐突ですが、それでは失礼!

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32462Re:蜘蛛の巣 CHAPTER-TWO蝶塚未麗 2006/4/14 10:52:12
記事番号32457へのコメント




> 律です。こんばんは。
蝶塚です。どうも、こんばんは。
>
>
> 面白い・・・!
> こういうの好きなんですよね、人それぞれバラバラのエピソードが、交差して一つのストーリーになるのって!
> 伊坂幸太郎とかにある類ですよ、もしくは有頂天ホテルみたいな。
伊坂幸太郎好きです。「オーデュボンの祈り」と「ラッシュライフ」と「陽気なギャングが地球を回す」しか読んだことないですが、あの軽妙さはたまりませんね。
お話のモデルは戸梶圭太の「アウトリミット」という作品なのですが、書いてく内に伊坂系になっていくのを自分でも感じてました。
戸梶圭太はもっと過激な作風なので。

「有頂天ホテル」も名前は知ってましたが、まさかそういう系だとは。
これは絶対に観ないといけませんね。
早速、ビデオ屋いってカードつくんなきゃ。
でも、身分証明書が……
>
> ただ、救いはないですね。
> 結構、紙面(?)を割かれた登場人物が皆死んでしまいますし。
何か最近の私の書くものはみんな人が死んでるような気がします。
心理状態が影響しているのかも知れません。
次こそは人死にのないものを、と思っています。
> 猫田さんなんて、なかなかに愛嬌があったのに。
> 奥さんともなんだかんだいって、うまくいっていたっぽいのに。(ボールギャグって、誰の趣味で家にそんなものが)
口の感触で分かるってことはもしかして……
いや、あんまり深く考えないでください(笑)。
> 可哀想・・・。
当初はりり子は冷酷な人間で、猫田に多額の生命保険をかけていたという残酷譚になるつもりだったんですが、二年もあれば考えも変わるということで、こういうかたちの悲劇(悲喜劇?)となりました。

>
> でも、パズルが嵌ったような快感があるからか、読後感はそんな悪くなかったです。
パズルというほど精巧なものを作ったつもりはなかったんですが、そう言われると嬉しいです。
> 話自体短いし、なんだかんだいって、描写が突き放した感じなので、必要以上に思い入れを誘うところがない。
それはもちろんわざとそんな感じにしてあるんですが、私自身が小説読む時もあんまり登場人物に感情移入しないからという理由もあると思います。
どちらかというと話の構成や、ディティール、文体などを楽しむ方。
いや、「銀河英雄伝説」みたいな作品になると別ですけどね。
> そういえば、蝶塚さんの話を読んでて前に思ったのですが、なんだか描写が淡々とされてますよね。
> 淡々と文章が重ねられていく感じ。文章が巧いってこともあるのでしょうが、独特の文体をされていると思います。
うーん、どうなんでしょう?
自分を客観的に見るのは大の苦手なので、自分の文章が巧いのか下手なのかも正直分かんないです。
一応、文体は作品の内容に合わせて選んでいるつもりなんですが、確かにベースにはそういう淡々としたものがあるんじゃないかと思います。

>
> 今回は、それに加えて、なんというか軽妙さというか、さらっと読み流しつつもクスリとなる要素がありました。
> 例えば、
>
>> たとえば、これが虫だというのなら何となくしっくりくる。馬でも牛でもいいし、カエルでもいい。ライオンでもブタでも鳥でもいいのだ。だが熊というのはどうも納得がいかない。同じ熊でもこれが灰色熊やツキノワグマならばまだ納得の余地があったかも知れないが、残念なことにどこからどう見てもヒグマだ。人がヒグマに変わるなどということはけしてあってはいけないことのような気がする。特にこれといった理由があるわけではないのだが、しかし、どうしてもしっくりこないのだ。
>
>
> なんでだよ。
>
> 思わずつっこみを入れました。虫になって、普通に状況を受け入れるなんて、カフカの登場人物くらいだわ阿呆!と。
> でも、人間そのくらいの非論理的なことは考えているものなんですよね。
実はこの猫田の章の最初の文、カフカの「変身」の書き出しのパロディだったりするんですよね。
といっても「変身」を読んだことはまだないんですが(どちらかというと「城」を読みたいと思ってます、長いそうですが)。
> このあたりの独白なんかが面白くて、さらには全体的に文章が読みやすくて、レベルが高いなあと思いました。
どうも、ありがとうございます。
実は、猫田の最初のところ、めちゃくちゃ読みにくいんじゃないかと心配でした。
>
> あと、現実的に人を殺す話を書く場合、殺人側の動機などを紋切りにしないで説得力を持たせるのって難しいと思うのですが、これは説得力がありました。
>
>
>> むしろ町を歩いている内に何となく通行人を殺したくなるようなそういう殺人の方が小早川には共感できるような気がした。自分も凶器を持って町を歩いていたら何となく人を殺したくなるかも知れない。もしそうなればそれだけで三分の一くらいは書けるような気がする。残りは純粋な想像力に任せないといけなくなるが、最初がうまくいけば何とかなりそうな気がする。
>
> から始まって、
>
>> いや、そんなものはただの言い訳にすぎなかった。
>> 本当の理由はもっと簡単なものだった。つまり、……目の前にいる生き物を殺したい。
>
> と来て、行動に移すって、冷静に考えれば、そうか?と疑問に思っておかしくないのですが、つい、うん、そういうのってあるかもと納得してしまいました。
ホラーなんかは、ありえないことを、「ひょっとしたらありえるかも」と思わせて読ませるジャンルですが、コメディっていうのは基本的には、ありえないことを、「そんなのありえねえよ」と思わせながらも読ませてしまうジャンルだと思っていますので、敢えて力業でいくことにしました。
> さらには、最初がうまくいけば何とかなりそうな気がする、という色々悩みつつ図太く考えているのもおかしかった。
これは私なんかがそうです。
設定がアバウトでも「書けば何とかなる」と思って気軽に書き始めることが多いです。
そして、絶対に途中で壁にぶち当たります(笑)。

>
>
> 面白かったです。
> なんか唐突ですが、それでは失礼!
ご感想どうもありがとうございます。
何か凄い幸せです。
果たして、こんなに褒められていいのでしょうか?
もしかしたら、さりげない苦言が含まれてるのかも知れませんが、それもスパイスの内(でいいのか?)。
近い内に事故にあったりしないかとか、すごく心配です(笑)。

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32460流石は、蝶塚さん。十叶 夕海 2006/4/13 21:39:05
記事番号32449へのコメント



こちらから、レスするのは、割合久しぶりです。
ユアです。


> ケータイを手にすると今度はゆっくりとナイフを引き抜いた。心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった。運よく携帯していたティッシュで真っ赤に染まった刀身を拭う。生々しくて少し気持ちが悪かった。返す前にしっかりと洗っておかなければならない。
> ほっとした小早川は急に眠くなった。こういう時は警察に連絡しないといけないのかも知れないが、面倒だった。警察へはまた後で名乗り出ればいい。


小早川さん、なかなか冷静ですね。
でも、少し奇妙かもです。
どこを刺しても・・・・たとえ、心臓を刺しても、長いと10分前後心臓は動いています。
・・・・・死が確定したものであっても。
心臓は、ポンプなので、動いているうちは、ナイフが栓になっているとはいえ、血も出ますし。
以上、家庭の医学書。



>
>
>
> アトガキ
> ようやく仕上げられました。
> キャラの細かい動きとか描かないといけないので大変でした。
> 猫田と小早川のアクションシーンなんかは私自身が実際にからだ動かして動きを決めたりしました。狭い部屋なので色んなところに頭やからだぶつけたりして(笑)。でも、その割にはあんまりうまくいってないの……ぐすん。

ご苦労様です(汗)
そういう犠牲?からの作品ですのね。

> ちなみに2004年の11月に書いてボツにしたヴァージョンはこれと全く違う内容でした。最初の方は展開は一緒ですが、小早川の設定なんかは全く別物。作家なのは一緒ですが、元走り屋でしたし。機会があればそっちも公開したいなあと思っています。

読んでみたいです。

> それから、本文中に出てきた「心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった」というのは知識として間違ってるかも知れません。そういう方面に詳しい方いらっしゃいましたら、どうかご教授くださいませ。

上にはああ書きましたけど、よほど、ピンポイントでやれば出ないかな。
それでも、角度次第で、返り血は確実です。

> それではこれで……

それぞれの人物が、クロスフェードしていく作品、とても面白かったです。
では、またどこかで。

> 

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32463Re:助かりました蝶塚未麗 2006/4/14 11:05:30
記事番号32460へのコメント


>
>
>こちらから、レスするのは、割合久しぶりです。
>ユアです。
こんばんは、お久しぶりです。
もしかして今のお名前に改名されてからは初めてでは?
そうなるとある意味「はじめまして」か。
今さら、ユアさんに「はじめまして」を言うのは違和感ありすぎて何か気持ち悪いですけど……


>
>
>> ケータイを手にすると今度はゆっくりとナイフを引き抜いた。心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった。運よく携帯していたティッシュで真っ赤に染まった刀身を拭う。生々しくて少し気持ちが悪かった。返す前にしっかりと洗っておかなければならない。
>> ほっとした小早川は急に眠くなった。こういう時は警察に連絡しないといけないのかも知れないが、面倒だった。警察へはまた後で名乗り出ればいい。
>
>
>小早川さん、なかなか冷静ですね。
>でも、少し奇妙かもです。
>どこを刺しても・・・・たとえ、心臓を刺しても、長いと10分前後心臓は動いています。
>・・・・・死が確定したものであっても。
>心臓は、ポンプなので、動いているうちは、ナイフが栓になっているとはいえ、血も出ますし。
>以上、家庭の医学書。
あっ、やっぱりそうですか。
多分、噴き出すだろうと思ってたんですよ。
でも確かな情報が見つけられなかったから、まあいいや、って思いまして。
二年間かけといてそのいい加減さは何なんだって話ですけど。
>
>
>
>>
>>
>>
>> アトガキ
>> ようやく仕上げられました。
>> キャラの細かい動きとか描かないといけないので大変でした。
>> 猫田と小早川のアクションシーンなんかは私自身が実際にからだ動かして動きを決めたりしました。狭い部屋なので色んなところに頭やからだぶつけたりして(笑)。でも、その割にはあんまりうまくいってないの……ぐすん。
>
>ご苦労様です(汗)
>そういう犠牲?からの作品ですのね。
ええ、たくさんの脳細胞が尊い犠牲(?)となりました。
>
>> ちなみに2004年の11月に書いてボツにしたヴァージョンはこれと全く違う内容でした。最初の方は展開は一緒ですが、小早川の設定なんかは全く別物。作家なのは一緒ですが、元走り屋でしたし。機会があればそっちも公開したいなあと思っています。
>
>読んでみたいです。
HPを作る計画が一応あるので、もし作ったらそこで公開となるかと。
>
>> それから、本文中に出てきた「心臓が止まっているお陰で血が一気に吹き出すようなことはなかった」というのは知識として間違ってるかも知れません。そういう方面に詳しい方いらっしゃいましたら、どうかご教授くださいませ。
>
>上にはああ書きましたけど、よほど、ピンポイントでやれば出ないかな。
>それでも、角度次第で、返り血は確実です。
そうですよねえ。
人刺しといて返り血なしだなんてそんなムシのいい話あるわけがない(笑)。
>
>> それではこれで……
>
>それぞれの人物が、クロスフェードしていく作品、とても面白かったです。
>では、またどこかで。
>
>> 
ご感想どうもありがとうございました。
返り血の問題はかなり気になってたので、ほんとに助かりました。