◆−Lucifer/溶け損ねた魚−蝶塚未麗 (2006/4/10 12:55:20) No.32446
 ┗紅茶の中の線路−蝶塚未麗 (2006/4/20 14:01:50) No.32478


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32446Lucifer/溶け損ねた魚蝶塚未麗 2006/4/10 12:55:20





 ・神の駆逐の制限に関する条例。
 ・存在証明登録の不備。
 ・二月の盗難及び九月の処遇についての緊急集会。
 ・深海魚専用相談窓口の設置。
 ・本年度春学期末考査の模範解答例の事前配布。
 ・新月注意報。
 
 






 ――Lucifer――








 真夜中ひとりでベランダで
 星を見つめているお前
 俺はお前に背を向けて
 静かに眠りを待っていた


 人の毛皮を身にまとい
 翼を隠したその背には
 もうむなしさしかないのだと
 とっくに気づいているけれど


 執着だけが強すぎて
 離れられずにいる俺は
 初めて会ったあの頃の
 戦天使(ミカエル)の目を思い出す


 お前は凍えているだろう
 お前の戴く王冠の
 放つ光はまばゆくて
 お前に逆らうものなんて
 どこにもいない冷たさに


 お前は思っているだろう
 昔握っていた剣(つるぎ)
 数多(あまた)の敵を貫いて
 とっくに折れた剣には
 あった もうない血の熱さ


 お前は光に包まれて
 それでもそれは偽りで
 闇の呪縛に囚われて
 救済(ほんと)の光を求めてる


 お前を照らす光には
 なれないだろう 光など
 あの日にすべて棄ててきた


 ならば俺こそ闇に堕ち
 お前に暗き爪を向け
 お前の肉を切り裂こう


 そしてお前のはらわたを
 食ってお前になり代わり
 お前のすべての暗闇を
 俺が背負って生きていく


 だがもしお前がこの俺に
 食われることを拒むなら
 俺はお前の腕に持つ
 槍に容易く貫かれ
 静かに塵となるだろう


 お前は俺を失って
 一体何を思うのか
 俺は知らずに消えてゆき
 最期の永い一瞬で
 お前を哀れむことだろう


 





 若者「世の中金だろ?」
 紳士「そうだね、そして世の外は愛だ」








 ――溶け損ねた魚――








 二月の夢から覚めて、最後の鐘が鳴り響く夜に、もう一度扉を開けて、城と夢が飛び出してくる。
 星屑のかけらが集まってできた丘は、白き柔肌を心の奥底に隠し持ち、眠りの迷路をさまよって、あがないの朝に収束して消える。
 たとえば五つの喜びよ。皇帝たちの晩餐に注がれる虹のワルツの蠢動を、この羽ばたく翼の在り処に乗せて、陰鬱と不屈の調べの中で静かにリユニオンを迎えるがいい。
 それでもこの凍てつく風があまりに冷たすぎるのであれば、ワイングラスの二重底の真下に垂直に落ちる夢の記録を隠し、永遠と瞬間の振り子の伝導率を非在の時間軸に挿入すればいい。
 それでこそ傷ついたからだは、自己の幼い血を欲しがっては月の屈折率を計算し始め、円環状の苦しみに激しく喘ぐことであろう。
 七つの蛇の循環よ。理由なき世界の反復よ。暗黒星雲より出で、消えゆくだけの光の滑車と、フラクタルな神の設計図に還元され、もう二度と眠りを僭称する死に塗れるな。
 石弓から作られた国家は太陽の陽射しの下でしか、実存の手続きをおこなわない。
 あれは極月のテクストに記された病の醜い傷痕。折れた翼しか剣を絡め取れないパラドクス。螺旋図書館の秘密の扉と、その奥に保存された終わりなき自己模倣。エントロピーの魚。
 ゲーデルの天蓋と鋼鉄製の上腕三頭筋の背後の真実。王国の窓は開け放たれて、凍りついた光が宇宙に満ち溢れるその時まで。
 そしてYHWHが褐色の笛を吹けば、ベヘモスの唸りが地を満たし、それが流線形の多重構造の起源となることであろう。バタイユ的エロスの真の覚醒は、逆巻く渦の中で砕ける音波時計と同一性を持ちながらも、その落下は双曲線を描き、そしてメガロポリスは溶け始める。余白に残ったお前は誰だ。

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32478紅茶の中の線路蝶塚未麗 2006/4/20 14:01:50
記事番号32446へのコメント







 ――紅茶の中の線路――








「ねえ、「国境」ってどこにあるの?」
 僕が恐る恐る尋ねると、隣に座っているミサキは読んでいた本から目を離して、眠たげな表情で僕の足元を見る。そこに何があるのかと思って僕も下を見たら、突然頭を叩かれた。
 「いたっ」とは言ったものの抗議の言葉は出てこない。ミサキは笑うわけでも怒るわけでもなく、ただ一言、だるそうに、
「今のなし」
 意味不明だった。
 何が「なし」なのだろう。
 僕の頭を叩いた行為だろうか。それとも僕のした質問か?
 僕はどう反応していいのか分からなかった。どうしていいか分からないまま、とりあえず腰を浮かしてミサキから距離を取ろうとした。
 その瞬間、ミサキに服の袖を引っ張られて、
「愛してる」
 まただるそうに言われた。
 なぜこの文脈で「愛してる」なんて言葉が出てくるのかは分からないが、言葉そのものに意味がないことは間違いない。恐らくミサキの脳の中に収められた無数の言葉が口まで徒競走をした結果、偶然にも「愛してる」が一位を取っただけのことだろう。恐らく二位や三位には、「死ね」とか「カス」とか「ブタ」などのような単語がランクインしたはずだ(でも僕は太っていない)。
 一つ確かなのはミサキから距離を取るのに失敗したということだ。しかも失敗によって僕とミサキの距離はますます縮まった。さっきまでは僕の親指と人差し指の間を思いっきり広げたくらいの間隔が空いていたのだけど、今は密着状態だ。逆にミサキが腰を浮かせてこっちに寄ってきたのである。
 でもそれは不本意ではあっても不快ではなかった。たとえ感情がこもってないにせよ「愛してる」などという言葉が僕のような健全な成年男性に何ら影響を与えないはずがない。
 どぎまぎしてしまうけど、それはいい意味でのどぎまぎであって、先ほどまでの悪い意味での戸惑いはどこか遠くの方にいってしまった。どちらも表面上の違いはほとんどないのだけれど、僕には裏側の意味まで汲み取る秘密の思考法がある。頭ではなく指を使って考えるのだ。指を動かすわけでも、指に意識を集中するわけでもない。指以外のものを「僕」から切り離して、それから「僕」を蝋燭のようにふうっと吹き消すだけ。たったそれだけのことである。
「線路の果て」
 唐突にミサキが言葉を発した。僕は後ろを向いて車窓から外を見る。今のはさっきの僕の質問への答えだろうと思ったからだ。
 窓の外に広がる景色。ごく普通の住宅街だ。こんな場所はニホンのどこへいっても見られるだろう。取り替え可能な空間。だから簡単に故郷を思い出して、懐かしい気分になれる。
「まだ遠い?」
 僕は微妙にテンションが上がった状態で尋ねる。
「しゃくなげ」
 ミサキは淡々と言う。しゃくなげ……石楠花のことだろうか?
 電車が駅に吸い込まれる。気づけば周りの席には誰もいない。
「乗るよ」
 そう言ってミサキは電車を降りる。「乗り換える」という意味だと判断して、僕も降りる。まさか「ただいま」と「おかえり」を逆に使うようなくだらない人間ではないだろう。
「ようこそ」
 ドアを抜け、プラットフォームを僕の右足が踏んだ瞬間、そう言われた。言ったのはミサキだ。
「ようこそ「国境」へ」
 愛想は相変わらずなかったけど、瞬間的に指による思考をおこなうとほんの少しだけ感じ取れて嬉しくなった。
 プラットフォームを歩いて電車の先頭にたどり着くと、そこから線路が伸びている。しかしその線路は駅を出た瞬間に途切れて、その向こうは夏草の茂るただの草原。
 その草原が単なる3D映像にすぎないことを僕は瞬間的に直観して、つまらないと思いかけたけど、さらにその一瞬後の思考が、町中の草原があるより町中に3D映像がある方が凄いじゃん、と告げた。ちなみにこれは頭による思考である。
 何にせよ僕は「国境」にたどり着いたわけだ。
「ねえ、「南」ってどっち?」
 自動販売機でジュースを買おうとしているミサキに僕は離れた位置から声をかけた。誰もいないということで声は大きい。大きい声を出すというのは気持ちいいと思った。
 するとミサキは僕の方に向き直る。ジュースはまだ買っていない。買うつもりがあったのかどうかも現時点では判断がつかない。
 ミサキはポケットから本を取り出した。いつの間にかしまっていたのだ。その本のページの一つをおもむろに破くと、それで神飛行機を組み立て、僕の方に向かって飛ばした。
 簡易設計の紙飛行機は最初の何十センチかは綺麗に滑空していたけど、すぐさま横から吹いた風に煽られ、地面に墜落して僕のところまでたどり着かなかった。
 僕が歩み寄って紙飛行機を拾い、それをただの紙に戻す。もちろん折り目を消すことはできないけれど。
 紙は白紙だった。たまたま白紙のページだったのかも知れないが、本のすべてのページが白紙だという可能性の方が強いように思えた。
「だってだるいし」
 だるいし字のある本なんて読む気しない、という意味だと確信する。するとミサキは言った。
「違うよ」
 ミサキは僕の思考が読めるのだろうか。けれど、そうだとしても読まれたのは頭の思考であって指の思考ではない。だから安心してもいい。もし指の思考が読まれたとなると僕は僕を廃業しなければならなくなる。
 といっても自殺という意味ではない。指以外のものだけではなく指をも「僕」から切り離した状態で「僕」を吹き消すのである。そうするとどうなるのかは分からない。だから死ぬのと同じくらい怖い。想像できないものに対する恐怖。生物の生命維持装置であると同時に足枷でもある。
 それにしても「違う」というのはどういう意味だ。言葉通りの意味なのか。それとも偶然一等賞を取った言葉なのか。
「「南」はあっち」「「南」はあっち」
 僕は同時に言葉を発した。ただしミサキが唇と指を動かしたのに対し、僕は唇だけしか動かさなかった。でもその代わりに僕の後ろの空気が動いた。おならが出たのである。幸いにも音は出なかった。
 ミサキは近づいてきて僕の頭を叩いた。僕に先読みされたことに腹を立てたのだ。可愛い。でもお陰さまでミサキが指差した方向が頭から消し飛んでしまった。もう一度尋ねなければならない。でもそれくらいの犠牲が何だというのだろう。
「愛してる」
 僕は言った。そしてミサキを抱きしようとする。
 もちろんそんなタイミングでの抱擁が成功するはずもなく、僕は投げ技を食らって地面に叩きつけられる。その時のショックが指にきて、僕は思い出す。
 ここがどこで……僕が誰なのか。
 あらゆるものが琥珀色だった。
 ああ、これこそが「国境の南」なのだ。








 アトガキ


 ・Lucifer
 詩です。
 歪んだ慈しみの詩と取ってもいいし、王位簒奪者の言い訳の詩と取っても構いません。
 Luciferの神への反逆が一応モティーフとなっています。
 七五調にもなってます(八五になってるところが結構ありますが)。
 今は自由詩の方が主流な気がしますが、どうも韻律がないと作ってて面白くないので。


 ・溶け損ねた魚
 意味不明文です。
 「円環状の苦しみ、ってどんな苦しみなん?」とか「YHWHは神サマの名前やけど、褐色の笛って何やねん?」とかご自由に想像してお楽しみくださいませ。
 できるかぎり俗っぽい想像で詩を茶化すのがよいかと思われます。
 タイトルはシュルレアリスムの作家アンドレ・ブルトンの「溶ける魚」から取りましたが、この本はこれから読むとこです。

 
 ・紅茶の中の線路
 適当にキーボード叩いてたらこんなのができました。
 一部の人(蝶塚未麗みたいな人)には面白いかな、と思ってちょっと載せてみました。