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32579 | Traveler―第12話―(前編) | 白昼幻夢 | 2006/6/21 14:15:46 |
Traveler―第12話―(前編) その黒い影は闇へ消えようとしている彼女の、まだ闇の渦に巻き込まれていない腕をつかむと大きく翼を広げ、空中にとどまった。 「誰…?誰が引きとめようとしているの…?」 シィナは、真下にある闇の渦に視線を落としたまま、弱々しい声で尋ねた。 「ただの通りすがりの者ですよ」 彼はやさしく、そう言った。 「ぎ…ギーアさん?!」 「えっ?!あの妖精界の長の使い魔?!」 サディアとフォート、彼女らは二人一緒に驚く。勿論その場にいる皆も驚いていた。 「放して…。闇に堕ちる定めの人間を、止めようとしないで…」 「それは無理です。あなたの命令を聞けとは、言われていませんから」 相変わらずの弱った声に、相変わらずのやさしい声が響く。 「…このままだと、あなたまで落ちてしまうわよ…」 「そうかもしれませんね。私には、人一人を持ち上げるほど浮かんではいられませんから…」 二人は今にも、深い闇に引きずり込まれそうになっていた。彼の黒翼は、高く飛ぶようにはつくられていないのである。それどころか、飛ぶための道具でもなかった。ただ地面から浮き上がるだけ―それも、地面を歩くより早く移動できるためのものでしかなかったのだ。 「ギーアさん頑張って!」 「闇から離れれば、何とかなる!」 皆が言う中、闇の渦はだんだんと大きくなっているようであった。 「危ない!みんな下がるんだ!」 レストレィが叫んだ。と、同時にセティエをちらりと見た。 「…なあ…お前って…飛べたっけ…?」 「何だよ急に?当たり前だろ、翼人(フェザードフォルク)なんだから」 「…あの二人…助けられるの…お前しかいないと思う…」 そう言って彼は闇の真上にあるものを指差した。途端にセティエの顔がみるみる変わっていく。 「それを忘れていた!」 慌てて彼は翼を広げ、闇の真上へ飛び立っていった。翼人である彼の翼は鳥そのものであり、早く高く長時間飛べるようなつくりになっているのだ。 彼はシィナの片腕をつかんだ。 「…遅かったですね」 ギーアが苦しそうにつぶやく。彼は彼女の腕をつかんでいるのが精一杯だったのだ。 「悪かったよ。少しずつ持ち上げよう」 「闇から完全に引き上げられましたね。陸地に降ろしま…」 「ちょっと待ったほうがいい。あの子が、闇を消滅させようとしている」 「サディアさんが?」 少女は、呪文を唱えていた。彼女の目の前には、黄金色に輝く光が現れていた。 「…輝く瞳の獅子よ。闇を消滅させて…」 光あふれる目を持った女性の顔は、ゆっくりとうなずいた。そしてその獅子の体を、闇の中へ投げていく。 その瞬間、闇の渦が揺らぎ始めた。中に入った光が、闇を内側から消滅させようとしているのだ。それに負けまいと、闇は外側から光を消滅させようとしている。 光と闇が、ともに打ち消し合いを始めた。 「さ、早く安全な場所へ。光と闇、共に相成って爆発が起こるでしょう」 「…なんで、こんな時でも冷静なんだ?」 「それが私のつとめです」 ギーアはあくまでも、きっぱりと言い放った。 彼の言ったとおり、その場に轟音が走った。大爆発が、起きたのである。その場にいた皆は、全員顔を伏せた。 しばらくしてその場を見ると、闇があったところは焦げていた。その部分の草原が焦げ、地面も荒れていた。 あの光の獅子は、消えていた。 「…闇に…消されちゃったかな…?」 サディアがつぶやく。それに対して、フォートはううんと首を振った。 「精霊は死なないよ。…名前は無くなるかもしれないけど。闇に勝ったんだよ」 「シィナ将軍!」 ノイスは彼女のもとに駆け寄った。 「…気を失っているだけですね。ですが、まだ油断はできません。しばらくの間、目を覚ませないほうがよろしいでしょう。いつ、彼女の言った“偽”が覚醒するかわかりませんので」 苦しそうな表情だが、ギーアは相変わらず冷静な態度だった。 「目を…覚ませない?どういうことですか、それは?」 ノイスが尋ねた。 「つまりですね、彼女が目を覚ますとき、いわゆる意識を取り戻したときですね。その意識が彼女のものなのか操られているものなのか、判断できません。それなら、彼女の意識は精霊界にとばしておこうかと思いまして…。本来の彼女のまま、生きられますからね。それに、今の闇の力のせいで、彼女を操る者の力が、いっそう強まったようです。ご覧下さい、彼女の首筋を」 ノイスが見やると、シィナの襟元から首にかけてまで、真っ黒な筋が木の根状に広がっていた。 「なんです、これ…」 「おそらく、「偽神の使い」にさせるために、闇の種のようなものが彼女の身体に入り込んでいるのかもしれません。このままだとどんどん広がってしまいますから、いったんセント・フォレスに送らせて、取り除いたほうが良いでしょう」 「…ありがとう…ギーアさん…」 ノイスは彼に頭を下げた。 「…別に、いいですよお礼なんて。私はこの妖精界を守るためにやっているのです…」 彼はノイスの視線からそらすようにして、向こうを向いた。それが照れ隠しのつもりであった。 「…お?崖下に何かあるぞ?」 レストレィは崖のふもとを指差した。埋め立ててていたのが崩れたのか、そこには人がやっと通れるほどの穴が開いていた。 「あら、本当ね。さっきの爆風で地面が崩れたのかしら?」 コプリがうなずく。 「ここが“地下迷宮”かもね」 フォートも言う。それに皆うなずいた。 「…ギーアさん、急用って何だったんですか?」 皆が地下への入り口に向かう中、サディアは尋ねた。 「…妖魔の森が最近不穏だったのですよ。妖魔達が狂気じみた行動をとるようになっていたのです。それで調査をしていたところ、何者かが妖魔を操っているらしいと判明しました。もう少し調べれば、正体がわかると思いますが、あなた達が地下迷宮に行くと長から聞いて、ここに参ったというわけです」 「そうですか…」 「…あなた、グリンフィルトで会った時に比べると随分変わりましたね」 「…えっ?あぁ、それはみんなと一緒に戦って…一ヶ月前のような私になったのかなと…。反乱戦争の時の自分に…」 「いえ、そういうことではありません。あなたの外見も内面も、まるで2〜3歳年をとったかのように私には見えます。大人に近づいておりますね」 「…まさか。戦ったぐらいで年をとったなんて言ったら、すぐおばあさんになってしまうじゃないですか。私はまだ、ほんの子供です」 「…そうならいいのですが。見ないうちに、随分変わってしまったように私には思えて。いや、失礼。初対面の時に感じた可愛らしさを、より感じさせる顔になったかなぁと」 「うふふ、お世辞がうまいんですね。でも、そんなこと言ってるとトルーシュさんが怒っちゃいますよ?」 「いえ、彼女は怒った顔も素敵なんです」 「まぁ、またうまいこと言っちゃって!」 ★WAIT SEQUEL★ =================================== |
32592 | Traveler―第12話―(後編) | 白昼幻夢 | 2006/6/26 13:57:37 |
記事番号32579へのコメント Traveler―第12話―(後編) 一行は細く長い階段を下りていった。入る前に、中は暗くて狭そうだと感じたフォートが光の精霊を召喚してくれたおかげで、一行達には足もとがよく見えた。 「あ、あの…」 「何でしょうか、ノイスさん」 先頭を歩いていたギーアが振り返った。 「本当に、こんなところに…あるのでしょうか?だって、剣は誰にも見つけられるようなところに置いてあったのに、なぜ地下に、しかも墓場というところに…?」 「何故「環」だけ隠したか、ということですね。それに関しては、推測ですが「剣」はあくまでも鍵の役割ですから、たとえ見つかっても恐れることは無いと思いますが、おそらく「環」のほうは、剣よりも重要な役割をはたす…ということではないですか?」 「「鍵」ということ以上に?」 「まぁ、あくまでも推測ですから…賢者にあえば、わかるでしょうね。何しろ彼は、「ニュークル」が作られた頃から生きているそうですから」 「えっ!?か、かなり長生きしていますね…」 「四人の騎士の墓を守る番人でもありますからね。終わりなき時間を生きるかわりに、高度な知識をもらい受けたそうですよ。いえ、永遠の命と強大な力を手に入れた人間というところですかね」 「もらったって…誰から?」 「さぁ?闇でないことは確かですけど。創造主でもないでしょう。自然の理に反しますから。自ら手に入れた、ということもないでしょう。ほら、迷宮に着きましたよ」 ギーアが奥の闇を指差した。そちらに向かって光の精霊が飛んでいく。すると、幅の広い道が最初に見え、続いていくつもの曲がり道があり、そしてそれはどこまでも続いているような、巨大な迷路が現れた。 「こ、こんなのが地下にあったなんて…」 コプリが思わずつぶやく。 「まぁ墓にしちゃあ、かなり豪勢なモンだよな。いったい、どのくらいのドワーフが造ったんだ?」 ルガネフもひとり言のようにつぶやいた。 「まぁ、それはおいといて下さい。これも、墓荒らし対策なのですから…さぁ、行きましょう」 ギーアの声に一行はまた進み始めた。 「しかし、いつまで続くのでしょう?この迷宮は。もうかなり歩いたと思うんですけど…」 しばらく歩いてから、ノイスが言った。 「あと、もう少しだとは思いますよ。かなり気配がしますから…」 「それにしても…地図もないのに、よく歩けますね。さっきからつきあたりには全くあたってないですし…」 ギーアが首をかしげた。 「え?私はただ勘で進んでいるだけですよ?一度通った道には印をつけてあるので、迷うことはないと思いますが」 その答えにギーアを除く一行はぽかんとした。 「じゃあ、さっき言った「気配」というのは?」 「もちろん、あれですよ」 と言ってギーアは前を指差した。 そこには、闇の中でうごめく物音が聞こえた。そちらに向かって光の精霊が飛んでいったとき、ギーアを除く一行はあっと叫び声をあげた。 その場所には死人(ゾンビ)があふれかえっていたのである。 「ウウッ…」 「きゃ、きゃあ何よあれは!」 フォートが悲鳴をあげた。 「あれはこの迷宮の番人ですよ。でも、出てきたってことは、最深部に近いってことですかね」 「なんでこんな時に冷静にものが言えるんだっ!」 「それが私のつとめですから…」 すぐ熱くなってしまうレストレィとは対照的に、ギーアはあくまでも冷静に語った。 「さぁさ、みなさん、賢者は近いところにいますよ!この番人達を倒さないことには、進めませんからね」 「お前も戦えよ!」 皆がギーアの言葉につっこみたいと感じていた。 「うーん、とりあえず何か気配を感じたら魔法を・・・あっ右にアンデット発見!」 フォートの右手から青い炎が放たれ、ゾンビを青く燃やし始めた。その明かりはまた、奥に潜むゾンビを照らし出した。 「もうちょっと強い魔法にしておけばよかったかな?それなら、………火炎よ!」 今度は左手から放たれた青い炎の閃光は遠くのほうにいたゾンビを完全に燃やし尽くした。 「輝く瞳の獅子。死人達をあるべき世界へ還してやって!」 サディアが叫ぶと、女性の顔を持つその獅子は翼を広げながら、その光あふれる眼を敵に向ける。そのまぶしい眼光に、死人達はあっという間に砂となって消えてゆく。 「さ、あともう少しですよ!頑張ってください!」 「だから、お前も戦えよ!」 ゾンビとさかんに戦っているルガネフは声を上げた。彼の爪攻撃でかなりのダメージを受けているのだが、なにぶん死人達は、動きは遅いもののほぼ不死身の体を持っているらしく、しぶとく動き回るのだ。 「私の闇魔法は、動く屍には効きませんよ。彼らも闇魔法で蘇られさせたのですから…でも、動きを止めるくらいなら効くかもしれませんね」 「それなら先に使えよ!」 「はいはい、わかりました。…黒き鎖よ、呪縛の力を持て!」 ギーアの突きだした手から、真っ黒な線が飛び出し、ルガネフの目の前にいたゾンビの動きを封じた。 「最初から使えばいいのに…」 その様子を見ていたコプリがふとため息をもらした。 「全部倒したようですね。さあ、前に進みますよ」 光の精霊が飛んでゆき、ギーアもすたすたと歩いていく。 一行は大きな石の扉をくぐり、大きな部屋へたどり着いた。その部屋は四隅の松明に火が灯っており、墓室というより遺跡というところだった。中央にある台には、濃い灰色のフードつきの長衣を着たいかにも魔術師といった感じの、髪から服まで灰色ずくめの者が座ったまま、死んだように眠っている。フードのせいで顔は全く見えなかった。奥のほうの壁には、馬に乗った勇猛な騎士の姿が描かれていた。 「あの方が賢者でしょう。皆さん、部屋に入ってください。大丈夫ですよ、見たところ罠は仕掛けられてなさそうです」 ギーアの言葉に皆、その遺跡のような部屋に入った。ところが、最後の一人が部屋の中へ入った途端、重い石の扉がギギギィッと閉まった。皆はその音に振り返った。そして何が起きたかを知ると、口々に罠じゃないかと言い出した。 その時、 「静かにせい…死者の眠りを妨げるんでない…」 と言う声に、全員が振り返った。灰色のフードを被った首が、少しだけ上を向いた。 灰色ずくめのその者は、詩でも歌うかのように何か口ずさみ始めた。 「新たな災いが近づきつつある…この環が災いの種、」 と言って懐の中から小さな輪っかを取り出した。それはとても小さく、安っぽい玩具みたいな腕輪のようであった。 「その剣が災いのもと、」 と言ってノイスの持つ蒼い剣を指差した。 「あの光が災いをまねく、」 と言って天井を指差した。最後に、 「どの者が、災いを鎮める?」 と言って、初めて一行を見た。顔色は悪くないが、どことなくぞっとした印象を与える、氷のような目をしていた。 その凍てつくような視線に、一行はものが言えなかった。その視線は見るもの全てを凍らせてしまいそうな冷たさだった。 「…僕です」 氷の沈黙をやぶってノイスが言った。 ややしばらく沈黙が流れ、灰色ずくめの者が立ち上がった。 「そうじゃ。蒼き剣の持ち主よ」 灰色のその人は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。 「ふつうの者にはガラクタにしか見えない玩具、欲のある者には喉から手が出るほど求める道具、そしてお前には剣に見えたのじゃ。ふぅ、災いをもって災いを制す、か。人間がよくやることじゃ。だが、新たな災いの波動で、騎兵達が目覚めてしまったわい。彼らは悪霊となり、この世界を終焉に迎えるぞ。この世の終わりを感じ取ったのじゃ」 「騎兵…?」 サディアがつぶやく。 「終末の四人の騎手、戦争となり、飢饉が起こり、疫病がはやり、死がおとずれる…。世界の終末が近づくとき、騎兵達は出陣する。四人ともわしが眠っている間に出ていった。二人ほど帰ってきたがな」 「も、もしかして、あのウォーとファミンっていうのは…四人の誇り高き騎士?!まさか…そんなの嘘よ!だって、英雄なのに…」 コプリが激しくかぶりを振る。 「言わなかったかな、お嬢さん。彼らはこの世の終わりを感じたため、悪霊になったのだと。悪霊に英雄も何も関係ないわい」 灰色の老人はまるで自分には関係がないといった感じだった。 「ちょっと待てよ。そうすると、あいつらと同じような騎兵が、あともう二人いるってことか?!」 「そうじゃ。おおかた、プレイグ(疫病)とデス(死)の二人はどこかで暴れているじゃろ。探してやらねばなるまい…」 「なぜ止めなかったんだ?!番人だろ?!」 「わしは墓に侵入してくる者から彼らを守るための番人じゃ。それにこの環がこちらにある限り、あの災いは決して起こらない。剣もお前達が持っているのだろう?騎兵達もそのことに気づけば、帰ってくるじゃろ」 レストレィの言葉に淡々とした口調で話す老人であった。 「だが、あの光と同じくらいの災いが、この世界以外のところで起きようとしているのかもしれぬ。騎兵達は妖精界から出ることは出来ぬのじゃ。別世界の災いを感じ取ったのじゃろか…?さあ、魂も凍てつくわしの視線に打ち勝った者よ、あの光を死の世界へ葬り去ろう。すべての鍵はそろった。あとは、石の塔に向かうだけじゃ」 「石の塔…?」 ノイスの言葉に、灰色の老人は彼に目を向けた。だが、もうその眼差しは氷とはほど遠いものになっていた。 「閉ざされた森の奥の、迷宮を抜けるとそこにあるのじゃ。古代の妖精と古代の人間が造った、あの光を破壊するための装置じゃ。お喋りはそこまでにしての、今扉を開けるから」 老人は皆の後ろにある、大きな石の扉に向かって古めかしい呪文を唱えた。 重い扉は、音を立てながら開いた。 「言い遅れたが、わしの名はガトルディーゼ。蒼き剣の主よ、名は何と言う?」 「え、ええっと、ノイス、です」 「そうか。ノイス、名は永遠に覚えておこう。わしは、記憶力がいいからの。さ、地上に出るとしよう。何千年ぶりかな…日の光の下にでるのは…道は、わかるかね?」 ギーアがそれに答えた。 「印をつけて来ましたから、無事に出られます」 「本当かよ?」 「私を信用してください」 レストレィの不安そうな言葉に、ギーアはきっぱりと言い放った。 一行が地上に戻ると、辺りの光景はすっかり変わっていた。機械兵の大軍が彼らを待ち構えていたのだ。一行は周りを包囲されていた。 「!?…これはいったいどうしたことかの。あの不気味な兵隊はなんじゃ?」 最後に地上へ出てきた灰色の老人は、不思議そうに首をかしげた。 「あれは…アラム将軍!」 「ハハハッ。久しぶりだな、ノイス。ニュークルの剣を渡してもらおうか!」 ★WAIT SEQUEL★ |
32594 | Traveler―第13話―(前編) | 白昼幻夢 | 2006/6/28 14:09:28 |
記事番号32579へのコメント Traveler―第13話― 裏切り者(前編) 「誰なんだ、あいつ…」 「教国指導者の護衛騎士団「ライトエオス」の一人、アラム将軍だ。だけど、この場所には命令されていないはず…」 「「光の魔導士」の監視を務めていたのだよ。そこへキサマらが現れたというわけだ。キサマらが地下に潜るのが不思議だったが、まあそんなのはどうでもいい。おかげで包囲戦に持ち込めるのだからな!」 レストレィとノイスの会話にアラムは言った。彼の言った通り、辺りはすっかり機械兵に囲まれていた。 「チッ、本当のハメた奴はてめぇだったのかよ!」 ルガネフが叫ぶ。 「やれやれ。千年以上経っても、欲深な人間はいるもんじゃ。どうする?地下に戻るか?」 灰色の老人が皆にたずねた。 「あんな真っ暗なところ、もう行きたくないよ〜」 フォートが泣き声に近い声を上げた。続くようにルガネフが言う。 「決まってるだろ爺さんよ!あいつを倒して先へ進む、それしか考えられねぇぜ!」 「ハハッ、バケモンなりの強がりか。いいだろう!行け、機械兵どもよ!アイツらを皆殺しにしろ!」 アラムがそう叫ぶと、周りの機械兵達は戦闘隊形に入った。 「え〜ん、さっき魔法使いすぎちゃったよ。戦えないよ〜」 フォートがもはや泣きそうな声で言う。それに同情したのか、ルガネフが一歩後ろに下がった。 「じゃ、前列は任せたぞレストレィ」 「はぁ?!ふざけるなお前も戦え!いつもなら「先陣はオレだ!」って叫びながら突っ込んでいくだろ!」 「子供の方に攻撃が来たらひとたまりもないだろ!今オレは後援部隊だ。譲ってやったんだから感謝しろよ!」 「ああもう、早く陣形を決めてよ。結界張るんだから」 コプリは二人のいつもの喧嘩にやれやれといった様子で首を振った。 「結界はなるべく多く張ってください。あちこちから攻撃が飛んできそうです。何やら腕が兵器化している機械兵もいますから」 ギーアはそう言いながら、十字軍騎士と聖騎士と遠くのほうにいる魔導士と、片腕が長い筒状に伸びている機械兵を指差した。それは、細剣も槍も持っていなかった。ノイスが答えた。 「あれは…閃光砲(キャノン)を撃てるように改造された機械兵の新型モデルだ。もうここまで出来ていたなんて…」 「閃光砲に耐魔壁は効かないぞ。射程内に入らんようにすることじゃ」 灰色の老人は言った。 「何で爺さん、そんなこと知っているんだ?」 レストレィが聞いた。 「かなり昔に、同じような兵器を見たことがあるのじゃ。若いの、前にいるぞ」 老人が言ったと同時に、「はぁっ!」という声がして、レストレィはさっと後ろに飛び退いた。ちょうど目の前にはアラム将軍の振り下ろした剣が地面すれすれのところで止まっていた。彼は再び攻撃を試みようとしていた。だが、その前にレストレィは剣を抜き、敵の将軍に切りかかっていた。 セティエとベウル、そしてノイスは周りの機械兵や十字軍騎士と戦っていた。ガトルディーゼも、腰にくくり付けていたらしい剣を引き抜いていとも簡単に敵をなぎ払っている状況だった。 「…呪縛の力を持て!」 ギーアの呪文が完成すると、敵の動きが止まった。その周りには、黒いもやがかかっているように見える。 「…回復のために飛び回るのもいい加減疲れてきたわ。でも、それは敵も同じみたいね」 マオイの言ったとおり、長いこと剣をぶつかりあったせいでアラムは息を切らし始めている。体のあちこちに傷を負っていた。それはレストレィも同じことだが、先に機械兵を倒したノイスやその他仲間達が援軍に来てくれたので今はまだ大丈夫だ。 ノイスのとどめの突きが決め手となったらしく、アラムはその場に倒れた。 「う、うっ、オレが…負けた…?はぁ、はぁ…」 「アラム将軍。あなたとはもう戦いたくありません。降参してください」 ノイスは彼を見下ろしながら言った。アラムはひと息つくと、わかった、と言いうなだれた。 「よし、じゃあセント・フォレスに送還して…?」 レストレィがそう言って、ノイスが敵の将軍に近づいたときアラムはさっと左手を伸ばした。 「こ…この剣は…オレのものだ!」 彼の手には蒼い剣が握られていた。しかしノイスはそれに動じることはなく、さらに強く言い放った。 「いい加減にしてください!その怪我で勝てると思っているのですか?!」 「うるさい!剣はオレが手に入れた!剣はもう、オレのものだ!」 と、その時赤く細長いものがその剣に絡みついた。その真っ赤な鞭の引っ張られる方向へ、剣は力ずくで奪い取られた。 「アタシのものだよ!」 その声は、クリサンシマムの深い草原で遭遇した人間の声と同じだった。 「く…クレオ?助けて…くれ…」 アラムはクレオの方へ近づいた。 「あんたねぇ、剣を奪うために包囲するなんて、それじゃ悪人のやることだよ。あんたは悪人らしくここで死になよ」 「な、なに…?!」 その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、アラムはどさりと崩れ落ちた。大地が血の色に染まっていた。 クレオは片手で長い髪の毛をかき上げた。 「あーあ、喋り過ぎが原因だったみたいだねぇ。傷口が広がるのも当然だよ。おお、神よ。哀れにもアラムは異端の者によって殺されてしまいました。どうかこの私に、彼の仇を取らせてください」 「何言ってやがる!自分でやったんだろ!」 ルガネフの憤慨した言葉に、クレオはあの不適な笑みを浮かべた。 「フフッ…そんな証拠がどこにあるっていうの…?さて、あとは環を探すだけ。それじゃね…」 クレオがマントを翻そうとした時、 「待ちなさい。「環」ならここにあるぞ」 灰色の老人が言った。その場にいた全員の顔が驚きに変わった。 「な、何で言うんだよ?!」 レストレィが驚いてたずねる。しかしガトルディーゼは、黙っておれ、というように手で合図した。 「ふふん…じゃ、取り引きでもしようか。あんた達は「環」を持ってる、こっちは「剣」を持っている。ストネの岩場で戦って勝ったほうが両方ともものにできるってわけさ!」 「おもしれぇ。やってやろうじゃねぇか!」 「あまり簡単にのらないでよ!」 クレオの挑戦に簡単にうなずいたルガネフを、マオイがたしなめた。 「じゃ、楽しみに待ってるよ!ストネの岩場まで来な!」 クレオはそう言うと、マントを翻してその場から消えた。 「剣の持ち逃げを妨げたのじゃ。あれが無いと、石の塔までの道がわからない」 灰色の老人はそうつぶやいた。ルガネフも言葉を続けた。 「それに戦利品はよぉ、戦ってからじゃねぇと手に入らないモンなんだぜ?」 「さっきゾンビと戦ったじゃん」 「う…あ、あれは…う〜っ」 レストレィの指摘に何も返せないルガネフであった。 「ねぇ…さっきの人、ほんとに喋り過ぎで死んじゃったの…?」 フォートの言葉に、皆はアラムの骸を調べた。仰向けにかえしてみると、左胸に短剣で刺されたような深い刺し傷があった。 「これが致命傷だわ…」 マオイがふるえる声でぽつりとつぶやく。 「やっぱりあいつは自分でやったのか!畜生、ひどい事しやがる」 ルガネフは怒りにみちた声で言うと、ドスっと地面を叩いた。 「…?」 フォートがいきなりサディアにしがみついた。青い少女はひどく震えていた。 「…こわい、こわいよ…人間って、平気であんなことするの…?ねぇ、そうなの?ねぇ、ねぇってばぁ…」 サディアは何も言わず、ただうつむいているばかりであった。 「ねえ、答えてよぅ…」 今にも泣き出してしまいそうなフォートの声が心に響いたのか、ルガネフは彼女の頭を優しくなでた。 「心配すんな…あんな奴ら、オレがすぐやっつけてやるから…」 (あれって口説きに入るのかしら…) (そんな趣味があったなんて知らなかったぞ?) (人間界では「男は狼だ」と言われています。まさしくその通りですね。彼は本当に狼ですけど) 「あれ…」 ルガネフはふと自分の鋼鉄の爪に目をやった。 「なんで血が…?ぬぐったはずっていうか、さっきゾンビとしか戦ってねぇのに…まさかあの幽鬼、拭いても拭いても取れないっていう呪いの血か?!」 「きゃーっ、大丈夫?!しっかりして!」 サディアの悲鳴に皆がそちらのほうを見やると、フォートがぐったりとして地面に倒れていた。 慌ててルガネフもその場にしゃがんだ。 「おい、しっかりしろ!いったいどうしたんだ?!」 「あ、頭から血を流してるの!」 「え、あた…?!も、もしかして爪が刺さったのか?!マオイ、早くなんとかしてくれ!」 その声にマオイが飛んでいった。 「狼には気をつけろということですね」 「だから、そこまで冷静に務めなくっていいってば!」 ★WAIT SEQUEL★ ======================================================== |
32597 | Traveler―第13話―(後編) | 白昼幻夢 | 2006/6/29 15:43:18 |
記事番号32579へのコメント Traveler―第13話―(後編) 「ストネの岩場」別名、ストネ遺跡跡。かつてここには要塞のような石造りの建物があった。ドワーフ族が造ったとされるが、何故このような恐ろしげなものを造ったのか彼らにはわからない。高度な力を持つ魔術師の命令か、神の思し召しか―その真偽はともかく、その要塞の面影はすでになく、巨大な岩ばかりが転がっているだけである。無論、何故崩れてしまったのかも不明のままである。 翌日のことである。 クレオは遺跡の中心部に立っていた。 そこへ一行の軍が、少しばかり遅れてやってきた。クレオは一行の姿を見ると、その場から立ち上がった。 「遅かったねぇ。でも、別にいいさ。ところで、「環」はちゃんと持ってきたんだろうね?」 「お前の求める道具は、ここにある」 ガトルディーゼは懐から玩具のような腕輪を取り出した。 「それじゃ、ここに置きなよ」 クレオは平たい石を指した。ガトルディーゼがそこに腕輪を置くと、クレオもそこへ剣を置いた。 「きちんと本物を持ってきたらしいな?」 ガトルディーゼが尋ねると、クレオは笑って答えた。 「当たり前でしょ、勝負なんだから。偽物なんか持ってきてどうしようっていうの?」 その笑い方に、ノイスは顔をしかめた。 (何なんだ、あの笑い…自信過剰すぎる…) 「さてと、これは正々堂々とした勝負だったね。アタシがこの場所を選んだ理由がわかるかい?」 「んなのどうでもいい!さっさと決着をつけろ!」 「これ、頭に血がいきすぎておるぞ。冷静にならんか」 血気盛んなルガネフを、灰色の老人がおさえた。 「まぁ、話を聞きなよ。わかっておいた方がいいと思うよ?この岩場はもともと要塞が建てられていた場所。そこにはね、高度な魔術師達が住んでいた。だがね、結局は考えの違いと力の集まりすぎでこの館は崩れたんだけどね。けどね、建物に使われたこの石にその時の魔力が宿ってしまったのさ。なぁに、たいしたことのない魔力だけど、アタシはあんた達が来る前にちょっと石を動かしてね…たとえ弱い魔力でも、一箇所に集めれば相当な力になる。その魔力の使い道は…」 クレオは高らかに呪文を唱えた。すると、それまで流れていた風が、ふっと消えた。 「…精霊の声が聞こえない?さっきまでしてたのに…」 サディアが言った。 「静寂の結界を張られましたね。魔法がかけにくい状況ですし、しかもかなりの広範囲です。どうしますか?」 ギーアが皆に尋ねた。真っ先にルガネフが答えた。 「そんなもん決まってるだろ!あいつを倒すまでだ!」 「まぁ、無くても「鍵」はまだこちらにあるが、あったほうが良いじゃろう」 灰色の老人も、腰に吊るした剣をぬいていた。 「機械兵達よ!あの者達を殺ってしまいな!」 クレオが奥の方に駆け込みながら叫ぶと、ガシャンッと音が岩陰から響いた。おそらく彼女が、一行が来る前に機械兵を隠しておいたのに違いなかった。 「ちっ、完全な罠かよ。まぁいいや、一匹ずつ仕留めていけばいいか!」 ルガネフはその鋼の爪を構えると、近くにいた機械兵を思い切り引っ掻いた。無論、その機械兵も同じように細剣を突き出してくる。それを難なくよけながら、その爪は敵を掻き続けた。 「…炎の猛虎よ!」 「…凍てつく氷の波動よ!」 ほかの皆も、同じように敵と戦闘を繰り広げていた。 「将軍の周りに陣取る機械兵が邪魔ね。魔法はあんまり効力無いし…」 マオイがつぶやく。 「魔法ではなく、己の力を協力し合えばいいのじゃ。兵士に立ち向かう者、敵将軍に立ち向かうもの、それぞれ分かれるとよいじゃろ」 灰色の老人の案に、皆は賛同した。 「どんな手を使おうと無駄無駄!アタシの魔法と、機械兵と、砲撃機兵の三つがかかれば、どんなにあがいたって無駄だよ!」 クレオは嘲笑するように言うと、呪文を唱え始めた。 「…水精よ、魔に対する壁となれ!」 「碧の尾の鳥よ、戦士達を遠くの場所まで運んで!」 耐魔壁や転送の呪文が完成した。見事に一行は、左翼・右翼・中央に分かれることができた。左右の者は砲撃機兵と戦っており、中央の者は機械兵と戦い始めている。そして、さらに奥にいるクレオとも、戦いが始まろうとしていた。 「…疾風の龍よ、汝の息吹を与えるがよい!」 クレオの魔法は確かに真正面にいる彼女の敵に当たった。だが、それは当たる直前に蒼い壁によってはじかれてしまった。 「ふんっ、じゃあこれならどう?」 彼女は別の呪文を唱え始めた。彼女の敵があと一歩というところで、惜しくもそれは完成してしまった。 「…空よ、怒れ。雷よ、落ちよ!」 それはクレオの周りにいた彼女の敵全てに当たったはずだった。やはりその魔法も、同じように一行を取り巻いていた蒼い壁にはじかれてしまったのだ。 「…でも、アタシと戦うとなるとその壁は邪魔になるだろうねぇ…だって、耐魔壁は全ての魔法をはじく対個人用のルーンシールド。味方の魔法すら届かないのだから。そう、回復の魔法さえもね!」 クレオはそう叫ぶと、目の前にいた彼女の敵に向かって左手を突きだした。赤い閃光が走った。 「…水精よ、あらゆる攻撃から彼らを守りたまえ!」 結界の呪文が完成した。 長い戦闘が続いていた。幾人かの戦士達はもはや動けないほど疲れきってはいるが、左翼・右翼に分かれた者達が応援に駆けつけてきてくれたため無理して戦うこともなかった。 敵はもう、一人しかいないのだ。どんなに力を持っていようとも、一人ではたくさんの人数を相手にすることは出来ない。 長い戦いのち、ついにクレオは地面に座り込んだ。 「はぁ、はぁ…アタシが、負けるなんて…」 「勝負はあったみたいだな。約束どおり剣は返してもらうからな。ノイス、しっかり持ってろよ」 レストレィは中央の台に置いてある剣と腕輪を取ると、剣をノイスの方へ放った。 「ああ。わかった」 「今度ばかりは仕方ないのう。けして失わないようにな。今、剣の持ち主はお前なのだから」 灰色の老人はレストレィから腕輪を受け取ると、大事そうに懐へしまった。 「では、セント・フォレスに送還しましょう。聞きたいことはたくさんありますし…」 「そうだな、さっきは逃げられたというかやられたから…」 ギーアとレストレィがクレオに近づいたその時。 「くっ…甘い!」 クレオは残っていた力で後ろに大きく下がった。 「アタシにはまだ戦う力が…そう、この薬さえあれば……?!」 その瞬間、クレオは灰色の老人の眼光に射抜かれていた。 彼女はそのまま、地面に倒れこんだ。 「…な…何?いったいどうしちゃったの…?」 フォートが恐がってサディアにしがみついた。 「持病…かな?」 「…脈がありません。おそらく一種の興奮状態から脳に異常をきたしたのでしょう…」 「いや、違う」 ギーアの言葉に灰色の老人は静かに言った。 「その者はわしの視線をまともに受け、魂どころか心臓さえも凍りついたのじゃ。本当の持ち主でないものが物を手にするとき、わしの視線はその者の魂を凍らせる。だが、この者の場合、剣も環も手に入れようとしたため、心臓までも凍りついたのじゃ」 「魂も凍てつく視線…本当だったのね」 マオイが言った。 「じゃあ、あの時ノイスが答えていなかったら、私達も凍っていたのかしら…」 「そのようになったかもしれんかの」 コプリがつぶやいた言葉に、灰色の老人は静かにうなずいた。 「さて、と…環を手に入れたんだから、あとはその「石の塔」に向かうだけ…?おぉいノイス、何やってんだ?」 レストレィがそちらを向くと、ノイスはクレオの骸を抱え上げていた。 「…弔って…やりたいんだ…。この人もまた、国のために戦ったのだから…アラム将軍も、昨日埋葬したよ。ここは君達の世界なのに悪いと思ったけれど…」 「…でも、私達の世界では、国のために戦った人はたとえ悪人であっても埋葬するのが決まりなの…それがその人の強い思いなら…」 サディアは両手を胸にあてて、下をうつむくとノイスの方へ歩いていった。 「…なら、俺も手伝うよ」 「しゃーねーな。それだったらオレも手伝わないわけにはいかねぇな」 「…お前、穴掘れよ。得意だろ」 「ああ…わかっ…?ってオレは得意なんかじゃねぇよ!それにこの爪は穴掘りに使うものじゃないっ!」 「…またこのパターンなの?兄貴もいい加減ルガネフからかうのよしたら?のる方ものる方だけど…」 「…サディア。昨夜も手伝ってくれてすまないね。それと、ありがとう」 「いえ、いいんですお礼なんて。私のやったことなんて言えば、巨神を召喚して穴を掘らせたぐらいのこと。ちょっと乱暴だったけど…」 「そういえば、なぜ君はここにいるんだい?何か理由があって妖精界に来たと違うのかい?」 「…ええ。最初は理由もありました…。でも、今は人間の迷い子としておいてください。皆さんが集まったときに、ギーアさんから話してくれますから…。それまで、あの時森の中で私を見たことは、誰にも言わないで下さい…」 皆が行ってしまったあとで、ギーアは一人ぽつんとその場に立っていた。彼の地面に落とした視線の先には、散らばった硝子の破片と、半透明の黒い液体がこぼれていた。 彼は一瞬だが見ていた。クレオがどこからか取り出したそのものの正体を。 (あの人間…これを薬だと言っていたな…。この薬さえあれば…か) ★WAIT SEQUEL★ ============================================= |
32602 | Traveler―第14話― | 白昼幻夢 | 2006/7/5 13:35:59 |
記事番号32579へのコメント Traveler―第14話― 土を亡骸にかぶせ終えると、灰色の老人は沈みかけた夕日を向いて、しばらくそれを眺めた。辺りにある巨大な岩が橙色に染まっていた。哀しい色だった。長い影が、伸びていた。 「…もう後戻りは出来ぬ。前に進むしか、道は無いのじゃ…。過去はもう、繰り返してはならぬのだから…」 老人はゆっくりとつぶやいた。 風が冷たかった。クレオが唱えた静寂の結界は、すでに無くなっていた。 「…その前に少しよろしいでしょうか、ノイスさん?」 ギーアは地面から目を上げるとノイスを呼んだ。 「何でしょうか?」 「あなたの言う「教国」とは、何故古代文明戦争に使われた兵器のことを知っているのでしょうか?あれについての資料は、古代兵器と一緒に全てこの妖精界へ運ばれています。過去に人間がこの世界へ入ったならともかくですが、それにどうやって妖精界に入り込んだのですか?」 「…それは、あの男が…レウサイオという国から亡命してきたウィレという人間が、知っていた…。自国を捨てた首相だ…」 そこまで言うとノイスはちらりとサディアの方を見た。少女は、かまわないから続けて、と目でうながした。 「あの男は、妖精界への入り口を知っていた。おそらく教国に亡命する前にこの世界へ迷い込んだのかもしれない。そして、古代兵器について知り、その知識を、自国で編み出した機械兵の技術と共に教国へ亡命するときに持ち込んだ…と思う。今の教国指導者ルベールは戦力強化のため、その技術と、古代兵器の話に飛びついた。彼はウィレを総督にし、騎士団ライトエオスに異世界にある古代兵器を探せとの命令を下した。だが、ウィレの言う「異世界への通り道」とは、彼が人間界へ帰るときに近くの木々に印をつけただけのこと。僕はあまりにも深い濃霧の中で迷ってしまった」 (あ、だからあの時あんな所にいたんだ。でも…どうやってクリサンシマムまで入ってきたんだろう?) (後をつけて来たんじゃない?) 少女二人はこそこそと話し合っている。 「…僕は何かの声に導かれるように、この世界へ入ることができた。そして、古代兵器の鍵となるこの剣を見つけた…」 「それが確かなら、あなたは精霊達に認められたということになりますね。…いえ、そのことではなくて、その話が確かなら、その男と教国は呪文も無しに妖精界へ入ったということですか?不可解な謎ですね…」 「…そのことで頼みがある」 不意に、黒い仮面の者が言葉を切り出した。 「もし、まだ時間があるのなら、先にジェンティアンへ向かってほしい…」 「ジェンティアン…ですか?あの広場の近くの妖魔の森も鎮めなくてはなりませんが、それは私の仕事ですし…」 「いや、私の仕事でもあるのだよ。内容は違うがな…」 「…何の理由がおありですか?」 「今は言えないが、時間があるのなら先にそっちの方へ向かってくれないか?頼む…」 「はっきりした理由が無いと行くことは出来ないのですが…」 「時間はまだあるぞ?たとえ今話せなくとも、行けばわかるだろう」 灰色の老人が言った。 「これも人助け、ってことだろ?」 レストレィも言った。 「…仕方ありませんね。では、明日ジェンティアンに向かいましょう。それまで、今日はゆっくり休んでください」 夜明けの空は曇り空だった。 一行が向かったその広場は、まるで何事も起きていないかのように静まり返っていた。 「…ここには教国の手が伸びていないようですね。さしずめ狂った妖魔達のおかげでしょうか…」 「ああ、そうだな…」 ギーアの言葉にベウルは相槌をうった。 不気味な静けさはその時終わった。 森から、獣のような唸り声とキィキィ叫ぶかん高い音、そして木々のざわめき、続いて足音が聞こえた。 木々の茂みから飛び出してきたのは、何とも目立つ色をした赤い髪を持ち、赤い服を着た二人の人影だった。 一人は薄紅の髪と目をして、蘇芳色の服に黒の長い上着を着たエルフであり、もう一人は獣人で、強い赤紫の髪をしており撫子色の服を着ている。どこからどう見ても、この場所ではあまりにも目立ちすぎる恰好であった。 「…あの二人の姿…妖魔に攻撃意思を持たせるのに十分な色合いですね…」 「あら、誰かと思ったらギーア君じゃない」 薄紅の目が悪戯っぽく茶目っ気に輝いた。 「それにまぁこんなに顔ぶれがそろって。ほらレストレィ、このアナシャお姉さまにいいとこ見せるチャンスだよ!早く行って魔物達を鎮めてきてね」 「全く、こんなところで何してんだよ?危険なところだってことは知っているんだろ?」 「アナシャが薬の材料採るって、聞かなかったんだよー」 もう一人、撫子色の服を着た獣人が言った。子猫のような甘えた声である。 「薬…って、また変なの作る気か!」 「まあまあ、それはおいといてよ。早く暴れる魔物達を鎮めないと、材料が腐っちゃう」 「…あなたに言われなくてもやりますよ。しかし、二度と危険な場所に近づかないように…」 「うるさいなぁ、早く行かないと試作品飲ませるよぉ?」 「…近づかないように努力してください」 「そう、じゃ頑張ってね。私はここで待ってるから。言っとくけど、さっき魔法たくさん使ったから応戦できないからね」 「はいはい。わかりました…」 「…アナシャ?何やってるの?」 「決まってるでしょ、薬よ。いわゆる「パワーアップポーション」作ってるのよ。即席だから簡単なものしか作れないけどね、飲めば魔物の一匹二匹ぐらいなら簡単に倒せるわよ。試しにミアも飲んでみる?」 「い、嫌よ、いらない。変なもの混ざってたら困るもん」 「冗談だってば。試しに池の魚君に一滴あげてみましょう。…あれ?」 「…浮いてる」 「うわっ、また間違えちゃった。早く解毒剤を…あれ?」 「…踊り狂ってる」 「わわわっ、早く、早くミア助けて!」 「…ミアの魔法はアナシャの薬の効果を消すためにあるんじゃありません」 「魚君を助けるのよ!早くしないと命取りになっちゃう!」 「いっつもミアが…ぶつぶつ」 「魚君は無事、命を取り留めたのでした。よかった。おしまい」 「何がおしまい、なの!いっつもミアが変な薬の処理やってるのに!」 一行は森の奥深くまで入り込んだ。少し開けて、薄明かりのあたる所にその者はいた。 くすんだ銀白色の甲冑を着込み、色あせたマントを羽織り、古めかしい鎧と色あせた馬着をつけた馬に乗った騎兵が、やはりこちらを見下ろしていた。 「ほほぅ…まさかこんな森の奥深くまで来れる者がいるとは、思いもしなかったぞ。先の赤き者達は、妖魔に怯えて逃げていったというのに…」 くぐもった声が響いた。 「…デスじゃな。森の騒ぎはお前が起こしたのか?」 灰色の老人が尋ねた。 「その通り。…墓の番人か。我を呼び戻しに来たというのか?残念ながら、そうはいくまい。なぜなら、やがて世界は死を迎えるからだ…我は出陣しなければならない…」 「お前の言う「世界」とは、どこの世界じゃ?まさか、ここではあるまい?」 「…確かに、この世界を無に帰すわけにはいかない…あの乙女のいるべき世界だというのに…今、その乙女はここにあらず。もはや、帰ることも無かろう。あの娘がいない世界など、我は死に迎えてもよいがな…」 「その「乙女」とは何者ぞ?」 「…決まっているであろう、我ら四人の騎士を救いし勇敢な美しい娘よ。目の眩んだ愚かな者どもが、自分達の世界に連れ去った…その世界、近いうちに滅びるぞ…」 (何の話をしているのか、さっぱりわからないわ) (つまり…英雄を救った少女は目の眩んだ愚かな奴の世界に連れて行かれて、その世界がもうすぐ滅びるってことだろ?) (じゃ、その世界の終焉を知らせるためにこの世界へ現れたというの?) (妖精界から外には出られない、ってガトルも言ってたし…) 「…墓の番人よ、お前は過去の大戦の時から生きているのではないか?あの災いは人間が生み出した。もはや人間は滅亡寸前であった。だが、それをくい止めたのは誰か?どの世界の勇敢なる者か?皆、異世界の者達ばかりではなかったか?天空の民、妖精、そして魔界の者…彼らがくい止めたのだ。だが、愚かにも人間はまた同じ過ちを繰り返そうとしている…あの災いばかりが、滅亡の原因となるわけではない。一番恐ろしいのは、嘘を信じ誠を疑うこと…」 「…「偽」を信仰し「真」を信仰しないこと…?」 ノイスがつぶやく。 (確かシィナさんは「偽神の使い」と…まさか!) 「もしや滅びかけているのは人間の世界だと言うのか?!」 ノイスが甲冑の騎士に向かって叫んだ。 「その通りだ。やがては嘘が誠になり、誠が嘘になるぞ…そうなると、おお、あの光など無くても人間世界は滅びの道をいずれ歩むことになるのか…疫病(プレイグ)がはやり、戦争(ウォー)がおこり、飢え(ファミン)が始まり死(デス)が訪れる…これこそ、まさに世界の終焉だ…乙女をさらった罰として、こんなに相応しいことはない」 そこまで言うと騎兵は、馬の向きを変えた。 「どこへ行くつもりじゃ?」 灰色の老人が尋ねた。 「帰るのだよ、番人。地下の奥底に眠る我々の屋敷にな…」 騎兵はそう言い残すと、地平線の向こうへと駆け出していった。姿はあっという間に見えなくなってしまった。 「…話がよくわかりませんね。しかし、この世界に住む乙女をさらったということは、人間は境界線を越えて私達の世界へ干渉していたのでしょう。しかし、私は今まで誰かが人間界に連れ去られたなどと聞いたことがありませんが…」 ギーアが言った。その時、 「あたし…知ってるかも…その人…」 フォートがつぶやいた。 「大婆様が…言ってた…行方不明の子…」 皆が少女の方を見た。 「行方不明のアリューさん…あの人は、赤き森を出て人間界へ行ったんだ!人間が樹海を通り抜けられるはずない。森が危険と感じた者は遮断される…。だから、あの人は人間界へ出て、人間に見つかったんだ!」 「行方不明…青き森のアリュー…そう考えると、全てつじつまが合います。過去数百年の中で、行方不明なのは彼女だけなのですから…デスと名乗る騎士の話が本当なら、彼女こそが四人の英雄を救った勇敢な少女であり、また人間に連れ去られた悲運の乙女…」 ギーアがそう言うと、フォートは黒髪の少女を見上げた。 「そして…あなたは行方不明の少女に似た人…」 ★WAIT SEQUEL★ |