◆−昨日で終わった時間旅行? 13。−氷紅梦無 (2008/8/11 21:33:37) No.33641
33641 | 昨日で終わった時間旅行? 13。 | 氷紅梦無 | 2008/8/11 21:33:37 |
『昨日で終わった時間旅行?』 十三。 「転送装置ねぇ……それはそれで怖い未来だね」 道行く人には決して解らない、とてつもなく変な会話だった。 とてつもなく変な会話……というのは青年も自覚はしている。しかし、今の自分の日本語力ではしかたがない、と割り切っている。彼と話しているうちにマシになって行くだろうし、特に厳しいツッコミも来ないので会話続行。 「えと、たクさンの理ゆうが、ありますからノで」 「ふぅん、そうなの?」 全くタイムラグを置かずに普通に受け答えの出来る秋海。すごいとは思う。 すごいとは思うが、少しはあっけに取られるとか言葉に詰まるとか普通のリアクションはないのだろうか。やはり彼もどこか常識とは外れた位置にいる気がした。 「はい。たクさん。長い……? う、長い理由があるのです」 「へぇ……それって聞かなきゃ帰れない?」 「ひてイ。いえ、いイえ? いいえ。平気です。帰れるの。……ええと、理由はききますか?」 頷かれた時のための台詞を頭の中で考えながらそう聞いた。これまで、話の通じるものが相手の時は100%頷かれたからだ。 しかし、聞かれた彼はやはり特に時間も置かず、一言で返してきた。 「別にいいや」 「え」 思わずこちらがあっけに取られた。てっきり説明を求められると思っていたのだから。 ……まぁ、今のぼくは言葉がつたないし、もともと説明がうまいわけでも無いんだけど……。 彼にとっては『帰れるか否か』が判明しさえすれば、『理由』はどうでも良いらしい。……それにしたってここまでハッキリ言い切るとは、彼に不安という物は無いのだろうか。 ……でも……。 青年の思考の中を、ふと既視感がかすめた。刹那の間に思いは回り、 ……ぼく、こんな風な会話をしたことがあるような……気がする。 青年のその思いはほとんど確信に近かった。こんな、他人の予想をななめに突っ切るような思考を、その持ち主を、別のどこかで見ていたような。 「……、セツめいが、なし。……無し? 聞かないで良しや?」 ひどくぼんやりとした思いのまま、彼への言葉を返す。会話はまだ続けた方がいいだろうと思った。 青年の言葉に、秋海は一瞬きょとんとし、その後でにこりと微笑んだ。 「だって聞いても聞かなくても帰れるんでしょ? 僕は別に納得したいわけじゃないから。 ほら、世の中には不思議なことが山程あるものだよねぇ?」 「…………………………………それで……いいのでしょう?」 「僕は悪くないと思ったから別にいいよ。 ……あぁ、でも一つだけ質問させて。今すぐに帰らなきゃいけないのかな? 時間制限とか、ここに行かなくちゃ帰れないとか、そういうのは無い?」 「う? …………えー、と」 唐突な質問に、青年は腕を組んでしばし黙考。指折り数えて空を見て、派手な帽子をかぶったウミガメの姿で泳ぎ回る時計と存分ににらめっこをしてから答えを出した。 「ジカンせいげんは、アる。二十四じかん。だから、シューミはここで……あしたの、ごご四時までに帰ればダイじょーぶ」 「午後四時か……」 呟いた彼は、自分が見ていたのと同じ帽子付きウミガメ時計を見上げ、何事か考えた。 首をわずかに傾け、左手で前髪をいじる。無意識なのか、人差し指にくるくる巻きつけてするりとほどくのを繰り返していた。二つ隣の指にはまった銀のシンプルな指輪が光るのを見て、青年は秋海が結婚している事を知った。 ……あれ? ふいに、青年はくらりと目眩に襲われたような気がした。どこかでこの癖を、この指輪の光を見ていたような気がする。 先程と同じような、見た事があるという確信に近い思いが脳裏をよぎって落ちつかない。 間違いという気は起きなかった。確信どころか、当たり前の真理のような気すらしていたから。 ……気じゃ、ないんだ。 納得した。気のせいでもなければ、既視感でもない。彼とは確かに会っていた。 会話を交わし、長い時間を共有していた。その果てまで確かに憶えている。 無意識に、青年の手はポケットの中の紙片を握り締めていた。諒日秋海の名前が書かれた紙片を、静かに握り締めていた。 そして、そんな青年の衝撃をつゆとも知らない秋海は一つの結論を出した。 「……ってことは、観光してっていいんだ?」 「―――――――――――――……う?」 何をどうやってその結論に至ったかはまるっきり語らず、思考の結果だけ言い放った秋海は笑顔で――…どうやら本気らしくて。 はたから聞けば変な会話は、中身を聞いても変だった。 ● ……イタズラ成功。 う? と妙な音でうなった青年を見つつ、秋海は心の中で呟いた。 混乱した者特有の、思考停止状態できょとんとした表情は何度見ても面白い。秋海はどうにもこうして人を驚かせるのが大好きで、友人や妻にもついついビックリ系のイタズラを仕掛けてしまう。おかげで拗ねられた事が数え切れないほどある……主に妻に。 ただ、こうして一度引っ掛けることで相手も緊張が解ける。無駄な特技ではないのが唯一の救いだ。 青年が再び口を開くまで、しばらくの間があった。 小さく笑いながら青年を観察している秋海を見返したまま、幾度かまばたきをし、きょとんとしていた顔をだんだんと驚愕の色に染め、まさかな違ってて欲しいなぁでも聞き違いでも無さそうなんだよねぇ嘘でしょう? ……という思考が良く解る声で一言。 「………かん、コウ?」 「うん、観光。えぇと、見て回るって事」 「そ、れは、わかる……けれど……の? は?」 何から問えば良いのか解らないのだろう。青年は首をひねったり手をぱたぱたと振ったりしつつ、やっと言葉を並べた。 漫画ならば頭上にはきっとハテナマークが飛び交っているであろう混乱っぷりに、見ていて少し楽しくなった秋海だが、そのまま見ていても話は進まない。ちょっと残念に思いつつも、具体的な案を出す事にした。 「ほら、あれ」 そう言って秋海は、適当に見つけた『断片』を指差す。つられてその方向を見た青年にも、『あれ』は見つかったらしい。 ―――……赤地に白い文字が入った風船を握った子供。 「………ふーせん? アレはドコでも…………あ」 「んー、『どこでも』じゃなくて『今日ならどこでも』じゃないかな?」 これまでにも幾つかあの風船は見かけた。このビルに移動してからは特に。色が違ったり、風船が犬やネズミやウサギの形を模していたりと見た目に差はあれど、そこに入っている文字の形はいつも同じだった。 ついでに言えば、今目の前を流れる群衆もヒントだ。あのビルの屋上から始めて見た『この時代の街並み』の中には少なめだった『着飾った人々』が多いのだ。中年'sに鉄拳制裁を加えたあのロータリーよりも。 移動するごとに華やかになる人々の服装、子供を中心に配られている風船、そして何より…… ――――――――ぱぁんっ!! とどめ、飛行する車さえ届かない夜空高くに咲いた、炎の大輪。丸く弾けた火の粉の華。これは、祭りの時しか弾ける事は無い。 「花火か。………今日、お祭りか何かあるんじゃない?」 「エ、あ……うん、フェスティバルが、あル……たぶん」 自分達は、お祭りの中心へむかって進んでいる。それが秋海の出した結論だ。ならば――――見に行かない理由は無いだろう。 「――――――……観光するの、だめかな?」 「う――……ぼく、おカネ、ちょっとダよ」 そう言って青年はリュックを体の前で抱え、ごめんなさいと残念の真ん中のような表情をする。彼自身も行きたい気持ちがあるようだ。だが、祭りの場での物価とは、高いのが相場。秋海の分まで奢るのは『ちょっと』の所持金では中々に厳しいだろう。 奢る―――そう、実のところ秋海は今、無一文なのである。秋海が持つ平成の通貨の価値など、コレクターしか解る筈もないのである。 観光に行けば『たかる』事になる――――それは秋海も解っている。 「それはあんまり関係無いよ。僕は『見に』行きたいだけだから」 「………おカネない。ので、ちょっとアルく。いいのでしょう?」 「さっき降りた駐車場からここまでより、長い?」 「ココまで? ………う、ミジカい」 「じゃあ心配は要らないでしょ?」 「……………………………………………う、ん」 こっくりと青年は頷き、リュックを背負った。 立ち上がり、きょときょとと辺りを見まわしてから、一つのビルを指差した。 「あそこのムコウのむこう。ハシをみっつ行く」 「はい了解」 にこりと笑い、秋海もベンチから立ち上がった。 ◆◇◆ |