◆−手を離していたのは望郷の(ゼルアメ/前編)−とーる (2009/5/9 18:54:03) No.34006
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34006手を離していたのは望郷の(ゼルアメ/前編)とーる URL2009/5/9 18:54:03


 




背中に伝わる大地。
吹き抜ける風。
揺れた枝葉。
流れる雲。
広がっている空。





気がつけば。
俺はぼんやりとそんな景色を眺めていた。





鳥のさえずりを遠くに聞きながら
寝転がったままの状態で体に異常はないか探る。
痛む所はなく、怪我をした様子はなかった。

だが、いつのまに地面に倒れていたのか思い出せない。
ぼんやりとした思考回路を辿ってみる。



俺は確か森の中を探索していたはず。
そうだ、奥に古びた遺跡を見つけたんだったな。

最初は盗賊どもの根城かと思ったりしたが、
近くを見てみた限りでは人の手は入っていなかった。
それで調査してみたい、一人で中に入ったんだ。
人の手が入ってないにしてはホコリやカビの匂いがしない。
ゴブリンなどの気配もなければ罠もなかったのさ。
さすがに不可思議に思ったな。

一本道のような通路を辿って深奥についた。
鍵も封印もかかってない錆びついた重厚な扉。
罠の形跡がないか調べてから扉を開いた。



……そこで記憶が途切れている。
どうやって遺跡から出てきたのかも分からない。
開いたら発動するような罠だったのか?
扉を調べた時には気がつかなかったんだが。

溜息をつき、けだるい腕を持ち上げて髪をかきあげる。

ぐしゃりと髪を掴んでから眉を寄せた。
しまった…今のでかなり乱れたな。
針金に変わった俺の髪は、少しでも癖がついたりすると、
ちょっとやそっとの処置ではなかなか直らない。
下手に直そうとすると今度は別な癖がつく。

おいおい……。
いくら頭の回転が鈍くなってるとはいえ
長年の経験を忘れるとは一体どうしたんだ。

ええ? ゼルガディスさんよ?

自嘲したみた所で癖が直るはずがない。
曲がった髪に触れようとした指先が何故か空ぶる。
……思ったより変な癖がついたか?
癖を探してみるが、やはり指先は何も触れない。
さすがにおかしいと思って腕を引っ込める。
いや、引っ込めようとして動きを止めた。



目の前にあるのは何だ?



白い布に覆われるのは何の変哲もない一本の腕だ。
袖から出ているのは白い指抜きの手袋に覆われた手首、
掌、そして分かれた五本の指先。
俺は手袋から出ている指先だけを凝視した。

色がおかしい――。
地面に触れていたからか?

形もおかしい――。
土がまとわりついているのか?

……これは何だ、これは何なんだ?
一体何が起こっているんだ?

一気に思考が廻る。
急に我に返った俺は勢いよく飛び起きて、
混乱の衝動のままがむしゃらに手袋を脱ぎ捨てた。
現れたのは土でも何でもなかった。

肌色の、柔らかく固い手だ。

何だ……何が起こっているんだ?
どうして震えているのが “人の手” なんだ?
どうして血が通うのがよく分かるんだ?

掌を凝視してからゆっくりと裏返す。
変わらない肌色の手の甲、伸びる指先、固い爪。
右手で左手に触れてみるとほのかに温かい。
それが体温であると分かったのはしばらくしてからだ。

今度は顔に触れてみる。
冷たくも固くもなく、温かな柔らかさ。
そのまま上に動かしていくと髪に触れた。
かきあげた時には気づかなかった柔らかな髪。
一房掴んで目に見える位置に持ってくれば焦げ茶色。
見慣れた銀の針金じゃない、懐かしさを感じる色。

知らずのうちに呼吸が荒くなる。
慌てて回りを見渡せば小さな泉を見つけた。

無様によろけながら泉に駆け寄って水に顔を映す。
現れたのは、まぎれもなく “人の顔” だった。
どこにもない岩肌が妙に不思議に思えた。


「……もど、れ……た…のか?」


ああ、声は変わっていなかったんだな。
何とも馬鹿らしくそんな事を考えてしまったのは、
まだこれが現実だと思えないからだろうか。
呆然と顔に見入ってから、俺は後ろに倒れた。

背中に伝わる温かな匂いのする大地。
吹き抜けていく爽やかな風。
さわりと揺れた細い枝葉。
ただようように静かに流れる雲。
その向こうに広がる晴れた空。

俺はしっかりとそんな景色を眺めている。

どうして俺は気がつかなかったんだ?
こんなにも世界は鮮やかに見えていたってのに。
一つ一つの色がやけにくっきり見えてくる。
その中に俺がいるんだとようやく感じられた。

さえずっていた鳥が大空にはばたく。
赤い羽根がひらりと空に舞った。


「……見たかったん、だろうな……この景色を……」


憧れが募って募って暴走したんだな。
狂うほど恋焦がれたんだな。
壊したいと間違えるほどにこの景色を。

―― 未知の世界を。

俺より長い間、ずっと。
光のない暗闇であの時が来るまで。
なあ……。
最期に見えたあんたの世界はどうだった?


「はっ…はははははっ……!」


何に笑えているのか自分でもさっぱり分からん。
ただ、無性に笑いたくて仕方がないんだ。

自覚がないまま人間へと戻れた事になのか。
人生を変えた人間への今更の同情になのか。

それとも。
思っていたよりも冷静だった自分になのか。

ああ、これで俺の旅は終わったよ。
さあ、これから何を目標に生きていく?
時間はあるさ、とてつもなくな。





「……いや。時間はないか?」


目を瞬かせながら俺は苦笑して呟いた。

数ヶ月前、また偶然にも出会えた三人の仲間がいる。
腐れ縁も腐れ縁だなと笑い、また連れ立った。
早く町に戻らなければ駄目だな。
いつまで待たせるのかと殺される可能性がある。

やはり時間はない。

あいつらは俺の姿を見て何て言うだろう。
そう、きっと、かなり驚くだろうな。
ボケた旦那はきっと相棒に知り合いかと聞くかもしれん。
驚きながらもスリッパで旦那を叩く光景が見える。
そしてあいつは――。

むくりと俺は起き上がる。


「……目標はあったんだったな」


そうだ、俺は忘れられない約束をした。
いつになるか分からないが、忘れない約束をした。
約束は果たさなければ。
俺は腰を上げて静かに大地を踏みしめる。
何にせよ町へ戻らないといけない。

ふいに声が聞こえてきた。
こっちへと近づいてくる気配がある。

どうにもタイミングが良すぎるんじゃないか?
想っていたら向こうからやってくるとは。
思わず口元が緩んだ。

あの声は、こんなに大きかったか?


「ゼールガーディスさーん、どーこでーすかー!」


この声はこんなにも明るかったか?


「リナさん達が怒ってますよー! ゼルガディスさーん!」


この声はこんなにも愛しかったか?


「聞こえてたらすぐ返事をして下さーい!」

「……俺はここだ、アメリア」

「あっ!」


大きめの声を出すと、向こうも気がついたらしい。
気配がだんだん近くなってきて走る足音もしてくる。
もうすぐ木々の向こうから出てくるだろう。
そしたらあいつはどんな反応をする?

さあ、早く来いよ。





NEXT.

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34007手を離していたのは望郷の(ゼルアメ/後編)とーる URL2009/5/9 19:03:30
記事番号34006へのコメント

 




「ゼルガディスさーん」


がさがさ、と木陰が揺れる。
そして音がやむと小柄な姿が現れた。

頭や肩の所々に葉がついている。
普通に歩いてくればそんな格好にはならないはずだ。
一体どんな場所を歩いてきたのか想像するのが難しい。

……いや、色々と想像が出来ちまうからこそ、
分からなくなるといった方が正しいのかもしれんな。

お姫さんは最初はきょろきょろと辺りを見回していたが、
やがて巡った視線が泉の傍に立つ俺を見つけた。
数回、大きな目が瞬く。
反応が楽しみな一方で緊張と不安からか鼓動が高鳴る。
いつのまにか握っていたらしい拳がじっとりと汗ばんでいて、
気づいた瞬間思わず顔をしかめそうになった。

ちっ、何なんだ、このザマは?
さっきまでかなりの余裕があったってのに。
俺はやっとの思いで冷静な顔を保つ。

瞬いていた目がゆっくりと大きくなった。
零れそうだと思った瞬間、両拳でごしごしとこする。
いつもなら、あまりこすると腫れるぞと言って
止めさせるだろうアメリアの行為をただ黙って見ていた。

こいつが何か言ってくれれば。
俺はきっと……その時こそ実感出来る。

何回もこすってからアメリアは顔から手をそろそろと離す。
くるりと後ろを向いてから大きく深呼吸をする。
そして、勢いよく振り向いて数十歩先にいる俺を見た。
文字通り上から下までじっくりと視線を移動させて、
最後に俺の目をじっと見つめて問いかけてきた。


「ゼ……ゼル、ガディスさん……?」

「そうだ」

「ほ、本当の本当に、ゼルガディスさんですか?」

「ああそうだ、アメリア」


やっぱりアメリアも信じられなかったか。
うろたえる、戸惑う、困惑と期待。
色々な感情が複雑に交じりあう声が雄弁に語っている。
だが、俺と同じような反応でようやく実感を持てた。

アメリアにも俺の姿が見えている。

嘘でも幻でも夢でもない。
彼女に、現実の俺の姿が見えている。
還りたかった姿が。

彼女の目に。

戻れた実感が出てきたらもう耐えきれない。
呆然と立ちつくしたアメリアに駆け寄って腕を取った。
力任せに、それでも痣にならないような加減で引く。
いとも簡単に胸へとよろけてきたアメリアを抱きしめる。

ただただ湧き上がってくる歓喜を腕の力に変える。
それでも折れてしまわないよう加減するだけの理性を残して、
腕の中にアメリアをかき抱いた。


「アメリ、ア……!」


何故だか不思議な気分だった。
高い所から飛び降りて地面に落ちた所を何回も起こしてきた。
腕を引っ張られて急かされる事なんて何回もあった。
攻撃をかばっていたり、持ち上げたりした事だって何回もある。
こうして抱きしめた事など数えきれない。





どうしてだ?

お前の目はずっと見つめてきたはずだ。
お前の声はずっと聞いてきたはずだ。
お前の体はずっと守ってきたはずなんだ。

どうしてだ?
なあ、分かるか?

俺を見る青い目は、こんなにも澄んで輝いていたのか。
俺を呼ぶ高い声は、こんなにも明るく通っていたのか。
俺を抱く細い体は、こんなにも温かく小さかったのか。



アメリア。

初めてお前を抱きしめた気がするんだ。





「アメリア……アメリア……」

「ゼルガディスさん…本当にゼルガディスさん……!!」

「……アメリア」


名前を呼び続けていたおかげでアメリアもようやく
本物だと認識出来たのか、おそるおそる抱きついていた手が
ようやくしっかりと背中に回されてくる。
それだけで遺跡の疑問など吹っ飛んでしまう俺も俺だ。
だが、やはりアメリアは原因が気になったらしい。
腕の中でもぞもぞと動いて、驚いたような顔を向けてきた。


「な、何でですか? ど、どうしていきなり……」

「分からん…遺跡を調べていたはずがいつのまにか
 外で倒れていて……目覚めてみて気づいたら、
 人間に戻っていたんだ」

「えええっ!?」

「まあ、もう一度あとで調べに行くさ」

「あとでって……」


どうせもう一度調べに行くにはちゃんとした準備が必要だ。
だとすると宿に帰って、待ちくたびれて怒っているだろう
リナ達に事情を説明してから一緒に調べに来た方がいい。

また扉の所で外に吹っ飛ばされて、
次に目覚めたらまたキメラに戻っていた。

さすがの俺でもそんなオチは絶対に体験したくないしな。
罠とかの類いだったなら昔の経験で俺の方が
腕は上だとは思うが、正直魔法関係の罠だったなら
リナの方が腕は上に違いない。

―― とはいえ。


「今はこうしていたいんだが、駄目か?」


わざと耳元で囁いて腕の力を少しだけ強くしてみる。
閉じ込めたせいで顔はまったく見えなかったが、
耳元が急激に赤くなった。


「…………駄目じゃ、ありません」

「そうか。それは良かった」


アメリア、お前も戸惑ってるみたいだがな?
実際の所は俺もかなり戸惑ってるのさ。
初めてじゃないのに初めてのような気がしている。
どうして何もかも知らない気がしているんだろうな……。


「ゼルガディスさん」

「ん?」

「大好きです」


目が見開いていくのが分かる。
頭の片隅に、心の奥底に落ちた答え。
俺とお前のどっちが答えを知っていたのか。

それはもうどうでもいい。
納得できた。

“人間の俺” がアメリアを愛したのか。

そうか……。
知らなくて当たり前だったんだな。
知っていたのは “キメラの俺” だったんだから。
っは……。
どっちの姿もとうに俺なんだと割り切っていたくせに、
結局は別物なんだと俺自身が考えていたのか。

……いや、多分違う、な。

俺はアメリアに見えないように小さく苦笑した。
頭では割り切っていて、心は割り切れていなかったらしい。
こんな形で気がつくとは……俺も鈍くなったもんだ。


「ゼルガディスさん」

「分かってる」


ああ、ようやく分かったさ。


「愛してる、アメリア」


これでいいだろう?
ゼルガディス=グレイワーズ。

これでようやくこいつを全てで愛してやれる。
ようやく全てを取り戻す事が出来た。
どこか不完全だった俺がこうしてお前を抱きしめる事が。

愛せる事が出来るんだからな。





END.