◆−魔の理−セス (2009/11/1 00:23:35) No.34764
 ┗Re:魔の理−フィーナ (2009/11/1 15:07:41) No.34766
  ┗Re:魔の理−セス (2009/11/4 20:31:51) No.34783


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34764魔の理セス 2009/11/1 00:23:35


「ご苦労だったね」
 うずくまって傷の痛みをこらえている時、不意に声をかけられた。
 声質そのものは鈴を鳴らしたように高く愛らしい。しかし口調はそれに不似合いなほどに大人びている。
 白い面を上げると、そこに佇立している小柄でほっそりした姿を見て取った。
 緩やかに波打つ柔らかな黒髪に囲まれた小さな顔は、少女めいて見えるほどに愛らしい少年のものだった。容姿そのものは非常に整っているものの、せいぜい十歳前後ほどとしか見えない。だからこそ――幼い外貌のなかでその眼光が異彩を放っている。
 小さな顔の中でよく目立つ大きな瞳に似つかわしくない、長い年月を経た者のみが宿すどろりと深い色。
 深淵よりもなお昏い、虚無の色彩を秘めた眼差し。

「・・・冥王(ヘルマスター)様・・・」
負傷の苦痛に耐えながら跪いて頭を下げようとすると
「ああ、いいよ。いちいちそんな風に堅苦しくしなくても」
 軽く手を振って止めると、ゆったりした動作で歩み寄る。
 片腕から先がもがれたように途切れた、闇色の法衣を纏った神官風の若者へと。
 注意深く観察すれば、腹の辺りも無残に裂けている。
  だが何より異様なのは鋭利な斬撃をくらったような断面からは、鮮血一滴零れ落ちていないどころか、赤黒い肉の一片すら見えぬことだ。
 ただその肌と同じく、血の通わない無機物めいた白さを呈しているばかり。
 しかし傷を負った青年は無論のこと、少年にもそのことを訝る様子はない。
「ご苦労だったね。もう帰っていいよ・・・って言いたいところだけど。さすがにそんな姿のまま戻ったんじゃ、ゼラスがうるさいよね。」
 言って緩やかに小さな白い手をかざし、愛らしい唇で何事か呟き始めた――否、何かを唱え始めた。人ならざる存在の言語が連なった旋律は、詠うようになめらかに朗々とあたりを流れていく。
 ――やがて、呪文の効果が現れ始めたらしい。まずは腹に刻まれた傷が緩やかにふさがっていく。周囲に漂う瘴気が集束して、神官へと流れ込んでいくことによって。
「・・・ありがとうございます」
「ゼラスに文句言われるのはいやだからね。ああいうの、人間じゃ親ばかって言うのかな?」
 若者の言葉にくすくすと耳に快い涼やかな笑い声をもらしながら、少年は答えた。
「・・・あの後・・・どうなったのですか?」
「うん?」
 少年は軽く眉をひそめて
「・・・ああ、君があの場から逃げた後?とりあえず君とあの娘のおかげで出てきた魔竜王ガーヴは滅ぼしたよ。もう完全な魔族に戻すのは不可能だと分かったからね」
「・・・そうですか・・・」
「で、その後リナ・インバースの仲間の一人をさらって、一旦ここ――冥王宮へ連れてきて仮死状態にしておいた。あとは、君を追っていた竜将軍ラーシャートを従わせた」
 淡々とてらいのない口調で語る少年の後方にあるのは、上質の硝子や水晶でこしらえたように、青みを帯びた透明な柱が傲然と聳えていた。
 そして――その中に収められた人影が一つ。
 長い金髪に囲まれた、すっきりと鼻筋が通った面長の顔。隙無く引き締まった長身と、それを覆う蒼い甲冑。いつもはのほほんと和んだ色を浮かべた碧眼は、今は閉じた瞼にさえぎられて見えない。
 巨大な氷塊の中に凝り固められているように、髪の毛一筋さえ揺らがないまま。
「・・・ガウリイさ・・・その人間を人質に?」
「まあね。なんだかあの娘の『保護者』とか何とか言ってたから、結構親しいんだろうな、と思って」
 神官の呟くような問いに少年はこともなげに答えた。
「とりあえず・・・今のところ順調に進んでいるよ。リナ・インバースは『あの方』に関する正確な知識を得たようだしね」
 自分の計画が滞りなく進行していることに気をよくしているのだろう、満足げに微笑して頷いた。
 すいっ・・・とたおやかな繊手のように細く小さな手が伸びる。
 形よい指先が若者の、さらさらと流れる濡れ羽色の髪を優しげな手つきで梳いてやる。
 ちょうどお気に入りの人形をもてあそぶ童女のように、ひたすら無垢で愛らしく――ひたすら傲慢なしぐさで。
「もうすぐだよ・・・」
 ささやくように密やかな声で告げた。
「もうすぐ、僕らの望みがかなう時が来る。矛盾を秘めたすべての存在が、完全な秩序に満ちた無に還る時が」
「・・・」
 どこか独白するような陶然とした声で語る少年に、神官は沈黙で応じた。その切れ長の眼に囲まれた漆黒の瞳には珍しく微笑は無く、何を考えているのか読み取ることができなかった。
「しかしまあ・・・君も随分ひどいことするよね?ガイリア・シティを火の海にしたのが君だと分かったとき、あの娘結構ショックを受けていたみたいだね」
「・・・」
 自分で命令しておきながら揶揄するような少年の台詞にも眉一つ動かさぬ。




 あの時――
 冥王の命を受けて敵の戦力をそぐために、人間の町一つを焼くことに微塵も躊躇しなかった。もとより闇に属する種族に慈悲の心は無く、本来の創造主とは異なるとはいえ、上位の存在に従うのが魔族の理。
 そしてそのことを、あの少女魔道士もよく知っていたはずだ。なのに――それを知った時のかすれた少女の声に、自分はなぜか目を合わせることができなかった。まるで後ろめたさを感じているかのように。
「君って本当可愛げがないよね」
 反応が無いことに微かに気を悪くしたように少年は、いささかわざとらしく愛らしい唇を尖らせた。
「はい。おしまい」
 言ったときには既に腹の傷が完治しているどころか、断ち切られた腕の再生も終了している。最も外見では完全に回復したように見えるが、未だその白い面には微かな憔悴の陰りが差している。
「・・・ありがとうございます」
 静かに傅いて礼を述べた後に夜色の法衣に包まれたその姿は、あたかも水に垂らした墨が拡散して溶けるように掻き消えた―







世界を虚無に還す。
創り出される前から裡に刻み込まれた唯一にして無二の望み。
 だがそれは自らの手で還すからこそ意味があるのだ――それを利用しているとはいえ、たかが人間ごときに滅ぼさせるなどど本末転倒ではないか。
 だが自分はそれを冥王に伝えることができなかった。あくまで自分は上位に仕えるべき存在。意見を述べるなどというのは対等な立場にいる者のみが可能なこと。
 自分に与えられた任務は既に終了した。それをどこか残念に感じていることに気づいて微かに首をかしげた。これでようやく厄介事から開放されたのだから喜ぶべきなのだが―
あるいは、『彼ら』にもう会うことも見ることもできないからか。
 小柄な外見にはそぐわないほどの活力を漲らせ、溌剌とした生気を宿した大きな紅玉のような瞳を輝かせた少女。
 その傍らに居る妙にとぼけた青年剣士。
 何かと『正義』を連発して暴走しがちな黒髪の少女と、彼らの中では比較的まともなために何かと苦労が耐えない銀髪の若者。
 彼らとのやり取りを自分はひそかに楽しんでいたのだろう。自分が人間ごときに『楽しい』などと感じるなどおかしなことではあるが――
 しかし、今更自分にできることはもう無い。存在理由という名の呪縛にとらわれた自分には、冥王に抗うこともできない。
 深い闇の底で、神官は微笑した。いつも貼り付けている微笑とは異なるその表情に含まれているのは諦観か、自嘲か、あるいは――悲哀か。

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34766Re:魔の理フィーナ 2009/11/1 15:07:41
記事番号34764へのコメント

こんにちは。セスさん。
> 小さな顔の中でよく目立つ大きな瞳に似つかわしくない、長い年月を経た者のみが宿すどろりと深い色。
> 深淵よりもなお昏い、虚無の色彩を秘めた眼差し。
実力者だったのに、フィブリゾは間抜けな最期を迎えましたね。
>「ゼラスに文句言われるのはいやだからね。ああいうの、人間じゃ親ばかって言うのかな?」
一人しか創造していないからでしょうか。
>「・・・ガウリイさ・・・その人間を人質に?」
>「まあね。なんだかあの娘の『保護者』とか何とか言ってたから、結構親しいんだろうな、と思って」
ガウリイがゴルンノヴァをもってたからのような気が…
> ちょうどお気に入りの人形をもてあそぶ童女のように、ひたすら無垢で愛らしく――ひたすら傲慢なしぐさで。
この辺のしぐさは、人間の子供を完全に真似してますよね。
> 冥王の命を受けて敵の戦力をそぐために、人間の町一つを焼くことに微塵も躊躇しなかった。もとより闇に属する種族に慈悲の心は無く、本来の創造主とは異なるとはいえ、上位の存在に従うのが魔族の理。
完全に縦社会ですね。
>世界を虚無に還す。
>創り出される前から裡に刻み込まれた唯一にして無二の望み。
> だがそれは自らの手で還すからこそ意味があるのだ――それを利用しているとはいえ、たかが人間ごときに滅ぼさせるなどど本末転倒ではないか。
この辺がゼロスがその計画を気に食わなかった理由の一つでしょうか。
単純に獣神官である自分が、セイグラムごときの離反でフィブリゾにいいようにこき使われるのが気に食わなかったのもあるんでしょうけど。
> 自分に与えられた任務は既に終了した。それをどこか残念に感じていることに気づいて微かに首をかしげた。これでようやく厄介事から開放されたのだから喜ぶべきなのだが―
ゼロスってお役所仕事の、戦うサラリーマンですね。いって変な感じがしますが。
>あるいは、『彼ら』にもう会うことも見ることもできないからか。
> 小柄な外見にはそぐわないほどの活力を漲らせ、溌剌とした生気を宿した大きな紅玉のような瞳を輝かせた少女。
> その傍らに居る妙にとぼけた青年剣士。
> 何かと『正義』を連発して暴走しがちな黒髪の少女と、彼らの中では比較的まともなために何かと苦労が耐えない銀髪の若者。
> 彼らとのやり取りを自分はひそかに楽しんでいたのだろう。自分が人間ごときに『楽しい』などと感じるなどおかしなことではあるが――
リナたち四人は、ゼロスからしてみれば珍しい種類の人間なんですね。

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34783Re:魔の理セス 2009/11/4 20:31:51
記事番号34766へのコメント

こんばんは、フィーナさん。
>こんにちは。セスさん。
>> 小さな顔の中でよく目立つ大きな瞳に似つかわしくない、長い年月を経た者のみが宿すどろりと深い色。
>> 深淵よりもなお昏い、虚無の色彩を秘めた眼差し。
>実力者だったのに、フィブリゾは間抜けな最期を迎えましたね。
ですね、アニメ版では凄まじく引きつり歪んだ形相で滅びていったし・・・
>>「ゼラスに文句言われるのはいやだからね。ああいうの、人間じゃ親ばかって言うのかな?」
>一人しか創造していないからでしょうか。
>>「・・・ガウリイさ・・・その人間を人質に?」
>>「まあね。なんだかあの娘の『保護者』とか何とか言ってたから、結構親しいんだろうな、と思って」
>ガウリイがゴルンノヴァをもってたからのような気が…
をうっ、そうでした(汗
>> ちょうどお気に入りの人形をもてあそぶ童女のように、ひたすら無垢で愛らしく――ひたすら傲慢なしぐさで。
>この辺のしぐさは、人間の子供を完全に真似してますよね。
子供の姿をしているから、子供のしぐさを真似ることもあるかなと思いまして。
>> 冥王の命を受けて敵の戦力をそぐために、人間の町一つを焼くことに微塵も躊躇しなかった。もとより闇に属する種族に慈悲の心は無く、本来の創造主とは異なるとはいえ、上位の存在に従うのが魔族の理。
>完全に縦社会ですね。
>>世界を虚無に還す。
>>創り出される前から裡に刻み込まれた唯一にして無二の望み。
>> だがそれは自らの手で還すからこそ意味があるのだ――それを利用しているとはいえ、たかが人間ごときに滅ぼさせるなどど本末転倒ではないか。
>この辺がゼロスがその計画を気に食わなかった理由の一つでしょうか。
>単純に獣神官である自分が、セイグラムごときの離反でフィブリゾにいいようにこき使われるのが気に食わなかったのもあるんでしょうけど。
TRYで「この世界を滅ぼすのは僕たち魔族の役目〜」とか言っていたので。
>> 自分に与えられた任務は既に終了した。それをどこか残念に感じていることに気づいて微かに首をかしげた。これでようやく厄介事から開放されたのだから喜ぶべきなのだが―
>ゼロスってお役所仕事の、戦うサラリーマンですね。いって変な感じがしますが。
>>あるいは、『彼ら』にもう会うことも見ることもできないからか。
>> 小柄な外見にはそぐわないほどの活力を漲らせ、溌剌とした生気を宿した大きな紅玉のような瞳を輝かせた少女。
>> その傍らに居る妙にとぼけた青年剣士。
>> 何かと『正義』を連発して暴走しがちな黒髪の少女と、彼らの中では比較的まともなために何かと苦労が耐えない銀髪の若者。
>> 彼らとのやり取りを自分はひそかに楽しんでいたのだろう。自分が人間ごときに『楽しい』などと感じるなどおかしなことではあるが――
>リナたち四人は、ゼロスからしてみれば珍しい種類の人間なんですね。
フィーナさん、こんな稚拙なものにまでコメントくださってありがとうございます