◆-振り返る過去達-M(1/4-00:11)No.5911
 ┗休日-M(1/4-00:26)No.5912
  ┗-M(1/4-00:37)No.5913
   ┗光 撒くもの-M(1/4-02:10)No.5914
    ┗扉 開くもの-M(1/5-00:33)No.5915
     ┗緑成す大地-M(1/6-01:14)No.5922
      ┗HUSH'A BY BABY-M(1/7-00:03)No.5930
       ┗二人-M(1/8-00:00)No.5958
        ┗君に会えた意味を-M(1/8-03:41)No.5963
         ┗そこに刺す痛み-M(1/8-04:22)No.5965
          ┗Re:そこに刺す痛み-M(1/9-00:08)No.5983
           ┗時を紡ぐ祝の時-M(1/9-23:05)No.6005
            ┗世界の果て-M(1/10-23:25)No.6025


トップに戻る
5911振り返る過去達E-mail URL1/4-00:11

ども、ガウリナ駄文物書き猫@Mです。
初めましての方は初めまして。
二度目以降の方は、こんにちは。もしくはこんばんわ。または初めまして(笑
今、お布団の中です(なぢょ)
いやあ、古畑さんはいいですねえ。(更なぢょ)
風邪が蔓延してますねえ、最初にかかった人を「でこぴん」したくなりますねえ(笑

さて、新しい年になりました。
あけましておめでとうございます(深々)

こちらには大変お世話になりっぱなしで申し訳なく、更にご迷惑もかけっぱなしで心苦しく。
だけど、お馬鹿な猫の為に「著者別リスト」にどーにもツリーが作れず。
てなわけで、ここに「過去の作品短編集」ツリーを作ります。

読んだ事のある方と、シリーズの続きを待ってる方(が、いらしたら)ごめんなさい。
続き、がんばります(平謝り)

それでは、本年度もよろしくお願い申しあげます♪

トップに戻る
5912休日E-mail URL1/4-00:26
記事番号5911へのコメント
えっと、この話は某同人誌に差し出したものです。
その本がそろそろ売り切れた(筈)なので、ここにこうして再掲示します。
と言っても、別のHPにはすでにあったんですけどね(^^;
人はこれを「使い回し」と言います。勉強になりましたね(笑<ならんて
これのばーじょん・あっぷ版と言うか、正式版と言うか・・・つまり、書き直しを九月に出すって話は。
混沌の渦に消えました(爆
多分、手があけばそのうちにやるでしょう(^^;
それでは☆

------------------------------------------
休日   
                                M

 目覚めたら、涙が流れていた。
「あれ?」
 なにやら、判らない空洞だけが。あたしの心を占めている。
「なんで?」
 はらはらと流れ落ちる涙を、あたしは勢い良く拭う。何も判らない、なぜか知らない涙。
 何か、大切なものを忘れてしまった様な哀しさ。
 忘れたと言うなら、それが何なのか教えて欲しい。
「このあたしが、リナ=インバースともあろうものが。なんだって朝っぱらから泣かないといけないのよ!」
 ぶつぶつ言いながら支度して、そのまま部屋を出る。
 階下からは、朝の食堂のいい匂いがしてくる。
「おっちゃーん! 朝食AからCセットまで3人前ずつねー!」
 とりあえず軽く注文する。朝食が届くまで、あたしはなんとなく。ぼけっとする。
「今朝は食欲無いのかあ?」
「うーん、まあね。なんだか夢見が悪く………?」
 ふと、あたしは顔を上げる。そこには、何でもない事の様に座っている一人の男。
 どう見ても傭兵以外の何者でもない。長い金の髪。澄み切った空の様な瞳。
「あなた……だれ?」
 その問いは。宿屋のおっちゃんが注文した食事を運び、目前の男が食べるまで続いた。
「え?」
 彼は、ひどく間の抜けた声をしていた。きょとんとした顔で、あたしを見つめた。
「そーいえば、君は誰だ?」

 どがしゃぁん!

 い………………痛い。
「おお、いいリアクションするなあ。お嬢ちゃん」
 おい! 人の席に勝手に座ったあげく。いきなり人の朝御飯を横取りした、いい男のセリフなのか!?
「いやあ………………よくわからんけど、なんだか気がついたら座っててさあ」
 男は、にっこりと笑いながら。それでも手に持ったトーストを手放さなかった。
 まあ…………だからと言って、食べかけのトーストを戻されても嬉しくないけどさ。
「よくわからんけどって……そう言う問題なの!?
 とにかく、あなたが食べた分は弁償してもらいますからね!」
「ああ。それくらいなら……」
 にっこりと笑ったまま、懐に手を入れた男は。笑顔のまま、顔色が青ざめて行く……。

 出発が遅れて、なんだかんだ言って昼を過ぎていた。
「いやあ、済まないなあ」
 苦笑いをしながら、男。ガウリイは言った。
 結局、彼はあきれた事に銅貨の一枚さえも持っていなかったのだ。
 別に義理とかはないんだけど。あたしが立て替えてやらなくちゃならなったのだが、どうやって旅して来たんだろう?
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「あなたが食べたご飯代、あなたの体で返してもらうって事よ!」
 別に、体と言っても妙な事をさせるわけではない。単に、働いて返してもらうと言うだけである。何しろ、金になりそうなものと言ったらガウリイの身につけている剣くらいしかないのだ。
「で? 実際には何をすればいいんだ?」
「あたしの護衛をしてくれればいいわ。それでチャラね」
 言いながら、あたし達は人里離れた奥地へと足を踏み入れる。
 足下には、獣道よりは幾分マシな道があって。このあたりには明らかに人が出入りしている事を示している。
「こんな所で何をするんだ?」
 ガウリイが疑問に思うのも当然で、普通で平和に暮らしている人達だったら。避けても自分から行く様な真似はしないだろう。
「いい事よ☆」
「いい事……ねえ?」
 ガウリイの視線が、ずいぶんと疑わしそうなものになっているような気がした。とりあえず気がつかないフリをした。

 少し歩くと、入り口に見張りらしい男が二、三人。とりたててカモフラージュしてる様には見えない洞窟。おそらく、天然のものをそのまま利用したのだろう。
「おい?」
「しー、黙って」
 そして。
「ファイヤー・ボール!」
 『力ある言葉』によって生み出された火炎の球は。あたしの導きに従って、見張りらしい男どもを吹き飛ばす!
「おい!」
 慌てた様なガウリイの声が聞こえてきたけれど、それは無視!
「行くわよ!」
 中からは、何人かの男どもがわらわらと現れる。あたしはショート・ソードで、魔術で。あるいはガウリイの剣によってなぎ倒されて行く。
「なんだってこんな事するんだよ、お嬢ちゃん!」
 なんだかんだ言いながら、ガウリイはしっかりとフォローしてくれる。
 うん、なかなかいい腕してる。
「お嬢ちゃんじゃないわ。あたしは、リナよ!」
 なぎ払った剣で、男の一人が倒れる。
「大体、こいつら皆して悪党よ!
 悪党のアジトごとぶっ飛ばして、一体なにが悪いのよ!」
 そう。あたしは、盗賊団のアジトを襲っているのである。
 考えてみても欲しい。こんな人もろくに通らない様な道の奥にあるのが、ごくフツーの村だったりしたら。あたしは思わず魔法で吹っ飛ばすぞ!
「だからってなあ……」
 あきれた様なガウリイの声を遮ったのは、あたしではなかった。
「り、りりり、リナだと!? 貴様、あの『盗賊殺し』の『ドラまたリナ』か!?」
 慌てず騒がず。
「ディル・ブラント」
 爆音とともに、吹っ飛ぶ盗賊その一。
 ふっ、このあたしを怒らせて。無事で済むと思う方が間違いなのよ!
「さ、奥に進むわよ」
 外にいた奴らをあらかた倒し、あたしは奥に進む。
 慌てて、ガウリイが後を追ってくる。
 外から見るのと変わらず、中は天然にくりぬかれた洞窟を。そのまま利用していたから。奥は大して複雑な道のりと言うわけではなさそうだ。距離があるわけでもなさそうだし。
「危険だ」
 肩に置かれた手を払おうとして、あたしはガウリイの目を見る。
 そこには、真剣な光が宿っていた。射すくめられて、あたしは動けなくなる。
 そのまま、あたしは引き寄せられて。頭が、鎧にあたるまで身動きなんて取れなかった。
「な、何するのよ。いきなり!!」
「危険な事はしないでくれ!」
 びくっとする。
 声の大きさだけでも、勢いだけでもなく。
 ただ、何か逆らえない様な気がして。
「あんまり危ない事はしないでくれ。頼むから……」
「なんで、あんたに。そん……な、こと……」
 語尾が弱くなる。声が震えて、あたしはどうしようもない感情に襲われる。
「さあ、なんでかな? 初めてあった筈なのに、どうしても。そんな気がして仕方ないんだ。どうしてなのか、俺にも判らないけどな」
 洞窟には、わずかに太陽の光が入る。もしかしたら、あちこちに明かり取りの穴でもあいているのかも知れない。
 出発は昼を過ぎて、かなり時間がたっていた。光は弱々しく、ほとんどが失われている。
 何がなんだか判らなくて、あたしの視線は光に注がれている。
 頭の中は真っ白なのに、奇妙なくらい冷静に。失われて行く太陽の光を見つめている。
「なんでだろうな?」
 頭の上で声がして、ふと思って顔をあげる。
 太陽が沈んだ。
「………………ガウリイ?」
「…………………………あれ、リナ?」
 いきなり、あたしはすべてを理解していた。
 目前の人物はガウリイ。何年も一緒に旅をしている、自称あたしの保護者にして相棒。
「あれ。なんで俺、リナのこと忘れてたんだ?」
「思い出した……。
 あたし達、変な薬飲んだんじゃない。『一日だけ記憶をなくす薬』とか言うやつ!」
「そうだっけえ?」
 記憶と変わらない表情で、ガウリイが言う。掴んでいる、あたしの体はそのままで。
 毎日に疲れたと言っていた。あたし達は、一日でいいからお互いを忘れてみたいと言っていた。すると、荷物の中から以前買った怪しげな薬が出てきたのだ。
 はっきり言って、なんでこんなものが入っていたのかは判らないけれど、それを飲んだ為に、あたし達は記憶を失っていたと言う事らしい……。
「けど、オレ達って変わらないなあ。記憶がなくても一緒にいたんだから」
 苦笑されて、あたしは反射的にむっとする。
「やーね! それって全然成長してないって事じゃない」
 ガウリイの手を振り切って、あたしは奥に進む。
「リナ、まだやるのか?」
 心配そうな、それでいてムッとした様な声で。それでもガウリイが後をついてくる。
「当然でしょ? お宝は待っちゃくれないんだから!」
 ガウリイの先を進む。あたしの顔は見えないだろう。
 笑っていた事を。

                              終わり

トップに戻る
5913E-mail URL1/4-00:37
記事番号5912へのコメント
えっと、この話も(って言うか、書き下ろしはないな)某所HPに投稿しました。
直接聞いたわけじゃないけど、どうやらかなり評判はよかったみたいです。
もしかして、逆の評判だったのか?(汗<未だに謎です

持論で「ガウリイは怖い」と言うガウリナ物書きですから。矛盾してるかも知れませんねえ。
ゼロスファンの人は申し訳ないですが、僕・・・ゼロスよりガウリイのが怖いです(汗
なぜかは・・・まあ、メールでのみお知らせします(^^;<マテ、俺(−−;
ご希望の方は個人メールでぇ〜♪<本気か!? 俺!!(汗

そんなガウリイの「怖さ」が現れていたら幸いですが・・・。
なんて季節はずれなんでしょう?(^^;;;;;;

ではでは☆

-------------------------------------




 やめて!

 外は、今にも泣き出しそうな空を映している。
 冬でもないのに、季節はずれの雪の兆し。
 そこを、朱色と金色が踊る。

 駄目、それ以上はやめて!

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶのに。頼むのに。願いさえすると言うのに。
 彼には聞こえない。聞こえてはいない。
 声。
 もう、すでに遠くまで行ってしまったのだと。
 自分の声すらも届かない所へ。

 ガウリイ!

 最後の一人が倒れた時。そこには、もはや一人しかいなかった。
 うつむく長身の男。
 アイアン・サーペントの軽装鎧を身につけ、手には白銀に輝く。一降りの剣。
 まっすぐで、まるで彼の気質そのものの様な。
 金の髪は、まとめるでもなく垂らされている。けれど、彼は気にしない。
「リナ………………」
 そこには誰もいなかった。
 そう、動ける人間は。
           ◇
 起きあがった時、リナの瞳には何も映っていなかった。
 よくある宿屋の一室。何もおかしいところのない筈の。
 ゆっくりと、リナは起きあがる。
 体の節々が痛みを訴えるけれど、そんなものの為に顔をしかめる事さえリナは。よしとしなかった。
 今の彼女を支えているのは「女魔道士リナ=インバース」と言う称号だけだった。それがあるからこそ、リナは起きあがる気力を振り絞る事が出来た。
 部屋の中を見回す。
 目的の人物はいない。
「夢……じゃ、ない」
 望む人物はいなかった。けれど、それはこれまであった事が夢だと言う証拠にはならなかった。実際、リナは文字通り身をもってそれを理解していた。
「は……ああっ!」
 リナがそれをみつけた時、気を失わないのが不思議なくらいだった。
 別に、大したものではない。
 リナの眠っていたベッドの枕元に、きちんと折り畳まれた。白い服。
 それを手に取り、広げてみると。かつては綺麗なドレスだった事をしのばせるものではあるのが判った。
 だが、今では「そうだったらしい」と言うくらいしか見て取る事は出来ない。
 白い布地は泥で汚れ、シンプルとは言え優美なデザインは。びりびりに引きちぎられていた。
「お願い……」
 室内には、誰もいない。望む人物さえも、ここにはいない。
 だけど、リナは己以外には決して聞こえぬ声で呟く。
「誰か、助けて」
 かつては白い服だったものを、その胸で抱きしめ。その場で、崩れ落ちそうな衝動に必死に耐えながらも。リナは、視界が揺らぎそうになる事さえも耐えていた。
「あの人を、助けて……」

 どうやって?

 どこからか、リナにささやきかける声がした。
 けれど、どこからなのか判らない。誰なのかも、判らない。
「あたしの側にいれば、きっと繰り返す。同じ事ばかり。
 あたしは、『彼』にとって災厄しか運ばないから」
 室内は、急速に冷えていた。
 音さえもいずこかへ吸い取られ、心のどこかで思い出す。
 雪がふりそうなのだと。

 どうしたいの?

 声の正体は判らない。けれど、そんなものは構わなかった。
 その程度に関わっていられるくらいなら、リナは。自分自身でも驚くような態度も。言葉も。呟きすら口にはしない。
「別れ……たい。消えて、しまいたい。
 でも、それが無理なら。無理だと言うなら……!」
 倒れたい。
 倒れて、気を失って。何も知らなかった事にして、気付かなかった事にして。
 でも、出来ない。

 本当に?

「本当よ!」

 絶対?

「絶対よ!!」
 リナの声は、少しずつ。自身にも知らぬ間に、音量が上がる。だが、まだ部屋の外から聞こうとしても聞こえない大きさだ。

 ならば、なぜ?

 どうして、こんな事になってしまったのだろう。
 頭の中、大半を占めているのは。その事だった。
 望まない現実。あって欲しくない事実。されど、これが真実。
 その渦中にあって、何が出来るだろう。どれだけの事が。
 彼が。自称保護者であるガウリイとて、同じ事を思ったのだろう。だから、『今』この場にいないのだろうと言う事は判る。理解出来てしまう。
 きっと、反対の立場なら同じだろうから。

 なぜ、あんたは泣いてるの?

「泣いてない……」

 いいえ、泣いてる。
 自分自身の『罪』と、その『エゴ』に気付きながらも。衝動に逆らう事の出来ない事を判っているから。理解しているから、あんたは泣いている。

「泣いてないわ……!」
 涙は流れていない。それは確かだ。
 けれど、声は言う。「泣いている」と。
 なのに、リナは判ってしまうのだ。「声」が言う「泣いている」と言う意味が。
「あたしは、ガウリイと別れたい。それは本当よ!」

 それは、ガウリイを巻き込みたくないから。
 巻き込み続けて、傷ついて欲しくないから。
 別れれば、感情は起こる。でも、一時だけ。
 それを望んでいるから、それを願っているから。
 忘れて欲しい。

「そうよ!」

 でも、あんたは泣いている。傷ついている。
 なぜ?

 声は、笑いを含んでいるのかも知れない。
 リナには意味さえも判っている。けれど、気付きたくない。
 現実に目の前にさらけ出されて置きながら、逃げ出したいとさえ思っている。
「泣いてるですって? 傷ついてるですって!?
 なんでよ……どうして、このあたしが。そんな事あるわけないじゃない……」
 生きてきた年数は短い。それだけで判断するなら、リナはまだまだ若輩者だ。無論、年齢から来る不足している部分はあるだろう。けれど、もし人生の中身。経験値だけでリナを判断すると言うのならば。成人さえしていないリナは。それこそ、長い寿命を持つ種族さえも体験する事の出来ない。数多くの出来事の中を、旅してきた。

 別れたくないから。忘れて欲しくないから。

 部屋の重力が、一気に増殖した。
 リナは、そう感じた。思わず膝が崩れ、ベッドに倒れてしまう。
 だけど、そんな事はありない。
 室内の重力が増した事はないし、外部からリナに。何かしらの攻撃が加えられたわけではない。

 認めなさい。あんたは、いつでも『戦って』いるのよ。

 ベッドに倒れはしたものの、リナはまだ。意識を失ったわけではなかった。ただ、残念な事に受けた衝撃が強すぎて。指一本動かす事は出来ないけれど。
「一体……誰と戦っているって言うのよ。魔族? まさか、盗賊?」
 戦う。
 その言葉に当てはまる事の出来る存在は、そう多くはない。少なくとも、リナにとってはと言う注釈がつくが。
 野党や、そこらのゴロツキなど「戦い」のランクにあげるのも馬鹿らしいと思っているのだ。そう言う意味から言えば、彼らの存在など「記憶」出来ないのも無理はない。
 だが、次の言葉をリナが聞いた時。
 リナは、気を失った。
          ◇
 始まりは、よくある事だった。
 旅の途中、立ち寄った村。そこで起きた事件。
 問答無用の力技でぷち倒し、報酬をもらう。
「ガウリイ。どうかな?」
 報酬の中に、その服はあったのだ。
 ある夫人が仕立てたものだと言う服は、シンプルでありながらもよい布地と仕立てであり。なぜか、リナにぴったりのサイズだった。
 肩の所は、幾重にも重ねられた組み紐で。一見するとわかりにくいが、かまり手間暇かけた細工である。胸元には薄黄色で、星のようなデザイン。それを中心としてのびている、凝ったレースが肩の紐と、腰へのびている。
 腰の所はきゅっと絞ってあり、けれどフォーマルドレスのような綺麗なラインを取っている。その下には、ふくらはぎまですとんと裾が伸びている。
 見た目にはそうは見えないが、実は結構大量の布地を使っており。リナがくるくると回る旅に、裾はさざ波をたてるように踊る。
「どうしたんだ? それ」
 やけのはしゃいでいるリナを見て、ガウリイが面食らう。
 結局、仕事が終わった後は大概がそうである様に。二人は村の宿に一泊する事にしたのだ。おやつも食べ終わって、さて夕食までに間があると言う所で。リナはガウリイの部屋の現れたのだ。
「報酬の中にあったのよ。この服、依頼人のおばちゃんの一人が持ってきてね。
 本当は、娘さんの為に作ったらしいんだけど。娘さんが袖を通す前に、デーモンに……」
 実際、よくある話だった。
 特に中央ならばまだしも、この村の様な。少し離れて、財政的に潤っていない様な村では。通りすがりの旅人さえまばらな所では、デーモンが出るのは思ったよりも珍しいことではないし。いちいち役人を呼びに行ったとしても、何の役に立たないばかりか、費用と被害だけがかかってしまう。
「おばちゃんが、是非来て欲しいって言うから。これから見せに行こうと思って……。
 ガウリイも来る?」
 いつものリナは、それが必要であるから仕方ないとは言え。旅の魔道士然とした格好をしている。軽装に見えて、かなりの重装備なのも聞いたことがある。
 こんな、魔法用具の一つも身につけず。肩の出た様な服を着ている事も珍しければ、それを着て素直にはしゃぐ姿もまた。珍しい事だった。
「俺はいいよ。……あ、でも一人で大丈夫か?」
「なーに言ってんのよ。別に、世界の反対側に行くわけでもないのに。そんな手間暇かかったりしないって。
 夕食までには帰ってくるからさ」

 それは間違いだったのだと。ガウリイが気付くのは、しばらくたっての事だった。

 宣言したにも関わらず、リナは夕食になっても帰ってこなかった。
 もしかして、その「おばちゃん」とやらに夕食をごちそうになってるのかも知れないと思ったものの。妙な胸騒ぎがして、ガウリイは宿から出た。
 リナは、すぐに見つかった。
 夜の闇の中にあって、白い服は浮きだっていたくらいではあったが。
「リナ!?」
 ガウリイは驚いた。
 まず、リナが人目を避ける様にして隠れていた事。これは、ガウリイの目でなければ、あるいは発見されなかったかも知れない。
 リナが倒れていた事。そして、傷だらけだった事。
 慌てたガウリイはリナを連れて宿に帰り、宿屋の主人に頼み込んで医者を呼び寄せた。
 後日談だが、ガウリイによって詰め寄られた宿屋の主人は。後にこう語る。
「いやあ、あの時は殺されるかと思ったさ……」

 リナはうつぶせになって寝かされていた。
 ほとんどの傷はかすり傷だったのだが、唯一。背中の傷だけは、少しだけ深かった。
 もし、医師がいなかったら。その傷は残ったかも知れない。
 医師は魔法医ではなかったが。適切で迅速な処理を行った為に、傷は跡形もなくなるだろうと言っていた。
 傷から起きる熱の為、リナは眠っている。多少はうなされているかも知れない。
 途中、何度か起きてはもうろうとする意識の中。とりとめない事を言ったりもした。
 ガウリイが謝ると、微笑んで「クラゲね……」と言って眠ってしまう。だけど、恐らくリナにした所で自分自身で何を言っているかも判っていなかっただろうし。リナにさえ判らない事はガウリイにだって判らなかった。
 そんな事の繰り返しだった。

 リナを傷つけた奴らは、すぐに判った。
 盗賊と言うほど落ちぶれたわけでもないが、かと言ってまっとうに生きているとも絶対に言えない様な奴ら。
 リナが何者なのか、判っていて手を出したわけではないのだろう。一応、いきなりリナに襲いかかって。一度はリナに手傷を追わせたものの。結局、魔法のエジキになった。無論、軽い怪我程度ではあったけれど。
 どうして、リナがその程度で済ませたのかは判らない。けれど、それを聞いたガウリイが次に取った行動と言えば。宿屋の人にリナを頼み、適当な理由をつけて飛び出す事くらいだった。
          ◇
 物音がした様な気がして、リナは目覚めた。
 また夢を見ていた。
 今度は、さっきほど怖くない夢。
 さっきの夢は、怖い事は怖かったけれど。それ以上に哀しくなった夢でもあった。
 なぜなら。
「ガウリイ……?」
 室内は、一度目覚め。そのまま倒れ込んだのと、ほぼ同じ状態だった。
 ただ一点。
 出窓に、浅く座って眠りこけている男が一人。
 手はだらしなく膝の上に落とし、傍らには剣が立て掛けてある。
 金の髪は濡れて、そう長い間。ここで眠っていたわけではないようだ。
「ゆ……め?」
 ガウリイはここにいる。現実のガウリイだ。
 あれは夢だったのだろうか?
 血しぶきの舞う中、鬼神のごとく荒れ狂うガウリイが。自分自身以外の動く者、すべてをうち倒すまで剣を振るっていた。
 何度「もうやめて!」と叫んでも、決して声は届かなかった。
 遠いところに行ってしまったのだと思い、哀しかった。
「暖かい……」
 ガウリイの手を取る。
 膝元に座り込み、ガウリイの手を頬に引き寄せる。すり寄せて、感触を楽しむように。これが現実だと信じさせる様に、思いたいのだろうか?
「痛むか?」
 背中を触れられる感触に、全身が反応した。けれど、不快と言うほどではない。
「痛くはないけど、少し。引きつるかな……」
 怪我を治した直後は、完全に傷がふさがったわけではない。それは、魔法を使っても何ら代わりがない。ただ、早さだけは極端に違うけれど。
 ガウリイの指が。少し前までは傷として開いていた所を辿っていた。
 痛みはないが、多少のくすぐったさはある。
「風邪、ひくぞ。そんな格好で座り込んでいると」
「大丈夫よ。気持ちいいくらいなんだから」
 パジャマ一枚で、木の床に座り込んでいる。
 外は雪が降りそうなほどで、ガウリイでさえ少し寒いくらいだと言うのに。
「いいから。ちゃんと寝てろって」
 空いてる方の手で、ガウリイがリナの頭を二度、叩く。
 いつもと同じように。
「……判ったわ……よ」
 言葉と共に、リナの視線がどこかへ吸い寄せられていた。
 つられて、ガウリイも窓の外に視線を凝らす。
「雪……!」
 どちらともなく呟いた。
 季節はずれの雪。
 それは世界を包み隠すだろう。
 世界の「罪」を隠すだろう。
「さっき、出かけてた」
 それは「告白」
「リナを、こんな目に遭わせた奴ら。殺してやろうと思って」
 リナの目が、ガウリイを見つめた。ガウリイの瞳を。
「だけど、出来なかった。殺してやろうと思ったけれど、出来なかった」
 ガウリイが続ける。「ごめんな」と。
 いつもなら、それに対してリナは怒ったかも知れない。どうして、この「天才美少女魔道士リナ=インバース」をこんな目に会わせた馬鹿なんかに手加減したのか……と。
「どうしたの? それで」
「気絶させて来た。ちょっと……血くらいは吐いたかも知れないけど」
 知らない間に、リナは微笑んでいた。
「ガウリイがいない間にね、あたし。一度、起きたのよ」
 それも「告白」
「そうか……」
「いろいろ、訳のわかんない事を考えていたら。変な結論が出たわ」
 悪戯っぽい光を称える、リナの目をガウリイが見つめた。
 くるくると表情が変わって、それまで心を支配していたものが消えて行く。
「あたしは……いつでも『あたしと戦っている』んだって」
 沈黙が、降りた。
「なんだ? それ?」
 予想通りの答えだったのだろう。リナが、更に笑った。
 立ち上がって。
「だから言ったでしょ? 『変な結論が出た』って。あたしにだって、どういう事かなんて、意味は判らないわよ。でも、きっとそうなんでしょうね」
 そこには、すでに「いつもの」リナがいた。
「もう寝た方がいいぞ。この調子で風邪まで引かれたら大変だからな」
 そこにも、すでに「いつもの」ガウリイがいた。
「うん。ガウリイもね」
 窓から立ち上がり、ガウリイが扉の向こうへ歩く。
「おやすみ」
 どちらからともなく、言葉が出る。
 思わず、笑っていた。
「ふう……」
 つい今まで、ガウリイの座っていた窓辺に座る。
 まだ、ぬくもりが残っている。
 降り続ける雪を見て、リナがぽつりと漏らす。
「眠れないよ……」

 もっと雪が降ればいい。雪は世界を隠すから。
 もっと雪が降ればいい。雪は罪を隠すから。
 世界なんて埋もれていいから。罪なんて見たくないから。
 たった一人の人間を、思う事が罪ならば。
 世界なんて要らないから。
 そして世界は、雪に消える。 


終わり

トップに戻る
5914光 撒くものE-mail URL1/4-02:10
記事番号5913へのコメント
おまい、一晩に幾つ出す気だよ?猫@Mです。
しつこく「猫」である事を主張しているのは、僕が某所唯一の「公式ペット」だからです<わかるかぁぁぁぁぁっ!!(笑
この話は、そー言えばどこにあったかなあ?
現在、HDに残ってるだけで(シリーズ各話個別認識含む)51あって、現在53個めを作ってます。
数は間違ってないです。だって、昨日出来たのは個人様専用小説だから(^^;<説明しよう!「その人」のためだけに作る小説の事で、滅多な事じゃ書かないぞ!!
っつーわけで、もう記憶も定かじゃないでし(^^;<わ、笑えない・・

では「光 撒くもの」です。
次回はついになってる「扉 開くもの」をお送りします。
では、お休みなさい

---------------------------------------

「光 撒くもの」(M)

 それは、いつでもどんな時でも起こることだった。
 そう、「そこ」から。
「ガウリイさん、あなたの求めるものは。いつか出会えるよ」
 それは、たった一つで構わないし。たった一言で構わない。
 ただ、すべてははじまってしまうだけだから。
 望むと望まずに関わらず。
「いつか? いつかってのは、ずいぶんとあやふやだな」
 その時、俺はずいぶんと悪い顔をしていたのかも知れない。
 今ならば、そう思う。
「まだ、出来ていないから。それは、これから作り出される」
 その言葉を、今ならば判る。
 まだ「出来ていない」意味を。
「これから? ばかばかしい」
「でも、必ず出会えるよ。それだけは確実だ」
「……本当に?」
 もしも、あの時にその「一言」がなかったら。
 もしも、あの時にその「気」にならなかったら。
 変わっていたのだろうか。
「本当に。それは、揺るぎのない事実。これから起こりうる中で、唯一。ガウリイさんが「知らなくてはならない事」だから、教えてあげる。
 それが、「僕」の「役目」だから」
 いつでも、どんな時でも。
 始まりは、常に変わらない。
          ◇
 リナが、困った顔で俺を見ている。
 当然かも知れない。なぜか判らないけれど、どうやら俺は。
「とにかく、中に入るわよ」
 ずいぶんと、困った顔をしていたらしい。
 リナの背中が言ってる「やってみなきゃ、わかんないわよ」と。
「はぁ〜い、開いてますよぉ」
 中から、ずいぶんと間延びした声が聞こえてきた。
 なぜだか、「不安」になる。
 ここは森の中の一軒家で。俺とリナは獣道さえおぼつかない、森をさまよう迷子で。
 もう、野宿に入って三日目となっている。
 だから、俺が見つけてしまったこの家で道を聞き。出来れば、少し休ませてほしいのは本音だ。俺はまだいいけど、リナの体力もそろそろ限界に来てる筈だし。
「いらっしゃいませぇ、リナ=インバースさんに。ガウリイ=ガブリエフさん」
 そこは、どう見ても宿屋の食堂だった。
 少し薄暗い雰囲気はあるものの、そんなに広くない室内。
 中央の奥には5人が座ればいっぱいのカウンターがあって、その周りには4人掛けくらいのテーブルが4つ、5つ。テーブルの上には花が飾ってあり、まあ。悪くない趣味なんだろうと思う。
 窓は大きくないが、だから。そんなに日差しも入らない。
「あたしたちを知ってるの?」
 リナの声が、驚いていた。
 それはそうだ。俺だって、その人物の事なんか知らない。
 見た目、男とも女ともつかない格好をしている。
 髪は短いが、前髪だけ赤いし。ぱりっとした白いシャツにズボン。クリーム色のエプロンをつけて、少年と見ることも出来無くはない。
 けど、どこかで?
「適当な所にかけてていいからさ」
 リナとの会話で、ドアーと言う人物だろうと言うのは判った。
 一度は奥に引っ込んだドアーを、リナは「怪しい」と連呼している。まあ、当然の事だろうとは思うけれど。
 どうにも、引っかかりを覚える。
 ドアーは、かつて俺に会ったことがあると言う。けれど、幾ら俺の物覚えが悪いと言っても。こんな「変」な奴に会ったら忘れる事はないと思うし……。
「僕は、見る相手によって違うらしいからね。
 リナさんが、僕をどう見えているか知る気もないけど。ガウリイさんには、どう見えているんだろうね?」
 お茶を運んできたドアーが、そんな事を言った。
 リナは、自身の考えに夢中で。こちらに気付いていないのか。ドアーの声は聞こえていないらしい。
「二人以上の人と同時に会う時、お互いの意識に影響されあうらしいからね。
 以前来た事のある、ある女性が来た時には。この空間を武器屋に見えていたらしいって言っただろう? 聞いてなかった様だけど」
 まったくもってその通りなので、一応否定はしない。
 けど、リナがどう思うかを考えると。気が重い。
「その時、女性の側には男性がいた。年若い、異国の青年だった。彼には、郷里の武器屋に見えていたんじゃないかな。だから、二人の会話は楽しかった。
 リナさんは、この空間が「食堂」に見えると言った。ガウリイさんにも、そう見えているだろう。ただし、まったく同じ物ではないだろうけれど。
 きっと、リナさんには明るい部屋に見えているんじゃないかな。鼻をひくつかせていたから、何か美味しいにおいでも感じたかも知れない」
 なるほど。確かに、俺はにおいまでは考えていなかった。

 星が飛んだ。

 くらくらしながら顔を上げると、リナが怒っていた。どうやら、俺が出されたお茶を。いつの間にか飲み干していた事が気にくわなかったらしい。
 まあ、確かにドアーは得体が知れないし。そう言う意味ではリナの気持ちは判る。
「毒を入れるなんて、そんなもったいない事はしないよお。リナさんは、お姉さん仕込みで入れたって判るだろうし」
 ドアーは、笑いながら。再びカウンターの奥に消えようとしている。
 どうやら料理を運ぼうと言う事らしいが、冗談じゃない。
 実を言えば、俺たちは現在。金を持っていない。
 まったく、一枚も。
 だからリナは盗賊団をつぶそうとしていたわけだが、そんな危険な事を容認出来るほど俺も世間を舐めているわけじゃないし。とりあえず見守り、お宝を奪取しようとしたところを止めたわけだが。お宝そのものがあまりにも乏しすぎて。
 リナが切れた。
 呪文で地形を変形させ、今の俺たちがいる。
「よかったぁ、お金いらないのか。もうけちゃったね、ガウリイ」
「あ……ああ」
 リナはほほえむが、どうにも納得できない様な気がする。
 さっきの会話。聞いていなかったのか、それとも聞こえなかったのか。
 魔族でも神族でもないけれど。それらを知らないわけでもないと言うドアー。
「でもさあ、何者なんだろうね? あのドアーって人。
 ガウリイと、昔あった事あるって言ってたし。
 ねえ、本当に覚えてないの?」
「記憶しておくのは、俺の仕事じゃないからな」
 きっぱりと言う俺に、リナが力の抜けた顔をする。
 とりあえず、そうとでも言わないと答えが出ない。
 けれど。
          ◇
 食事の合間に、リナは旅の話をした。いくつか、俺の知らない話もあった。
 ドアーは、今の所は不審な所はない。
 何を言っても、「うんうん」とうなずき。熱心に話を聞いている様にも見える。
 時々、俺に意見を求めてくる事もあったが。大した事はいった記憶はない。
「ガウリイさん、昔あった時の事。わかる?」
 リナが席を外した時、不意にドアーが言った。
「判らないな。思い出せない」
「じゃあ、これなら判る?」
 ドアーが指を鳴らした。
 すると、どういうわけなのか夜になった。
 たとえでも何でもない。「夜」になった。しかも外だ。
 今の今まで、どう見ても食堂にいたはずなのに!!
「構えなくてもいい。これは、僕がガウリイさんと出会ったときの記録を再現しているにすぎない。
 ガウリイさんの意識や記憶。リナさんへの影響はないよ。
 安心しろ、とも言わないけどね」
 無意識に。剣の柄にかけていた手を、なんとかぎりぎりのところで引き留める。
 だけど、ドアーの言ったように安心したわけじゃない。
「思い出せるかどうかは知らないがね」
 苦笑したドアーは、座っていなかった。
 俺も、座ってはいなかった。
 ドアーは、黒いローブを身にまとい。その目まで隠していた。
 俺は、それまでとあまり変わらない格好だった。ただ、気持ちだけが変化する。
 ドアーはローブを着ていたが。その胸には、真ん中に青い不透明な石をはめ込んだ。銀の十字架を下げていた。
 十字架!?
「あの時の……」
 体が、崩れ落ちるような錯覚を覚える。
 けれど、それは実際に起きたわけじゃない。
 それだけは判る。
「なるほど。あの頃のガウリイさんには、僕がこう見えていたわけか。
 今度から、この姿で統一するのも悪くないかなあ?」
 仕草は子供っぽいが、漂ってくる雰囲気は尋常じゃない。
 魔族の気配にも似ているが、それだけじゃない様な気もする。
「かつてのガウリイさんだったら、そこまでは判らなかったさ。でも、今のガウリイさんならば判るだろう。
 けれど、別に僕はなにをするわけじゃない。僕は「特別」でもなんでもないのだから。ただ、生まれた「世界」が違うから。そう感じてしまうだけだよ」
 魔族ならば、高位魔族。神族なら、竜族クラス。
 もし倒さなくてはならないとしたら。ただじゃ済まないだろう。
「あの時の言葉。もう一度出そうか?」
 あのとき。
 以前、確かに俺はドアーに会った。ただし、ドアーの言う様に今とは違う所。違う姿。俺さえも違ったけれど。
「俺は、会えるんだな?」
「そうだよ」
 うれしそうに、ドアーが笑った。
 一瞬のあと、世界はもとに戻った。
 夜も消えた。ローブ姿のドアーも消えた。
 俺の心も、現在のものに還った。
 そう。還ったに相応しい。
「あの時、戦争の時代。ガウリイさんは、探していた」
 そう、俺は探していた。
 幼い頃、一度だけ見た。夢かも知れない光景。
 どんな時だったのか、どんな状況だったのかも判らない。
 けれど、ただ一つだけ判る。女性。
 それは、強い意志を宿していた。綺麗な輝きを持っていた。
「ガウリイさん、あなたの求めるものは。出会えるよ」
 あてどもない旅の果て、出来る事は傭兵家業だけだった。その中で、かつてのドアーは俺に言った。
「必ず会える。それだけは絶対だよ」
 同じ言葉を繰り返し、ドアーが笑った。
「会えるのか?」
 ドアーはうなずいた。
「遠くない未来に」
「そうか……「いつか」よりは近くなったんじゃないか?」
 苦笑したのだろう。ドアーは。
 まるで、イタズラをする子供を見るような目で。俺を見てる様な気がしてならない。
「もちろん。時は移るからね。
 そして、何もかも変化してゆく。ガウリイさんも、ガウリイさんの望む「女性」も。
 彼女は間違いなく、現れる。
 僕が言ったこと、もう一度言ってあげるよ」
 ドアーが、窓の外に視線を向けた。
 まるで、そこに「何か」があるかの様にも見える。だけど、俺には暗い森が見えるだけだ。
「求めるもの
 そを語るは火 そは土より生まれ
 水にて育まれ 風が壊す
 汝の名は女
 闇 縁を歩む
 光 撒くもの」
「ああ……そうだったな」
 ドアーは、かつて解説した。
 火は人の生命力を表している。すべての生き物は大地より生まれるから、神族でも魔族でもない。彼らは、人よりは肉体に縛られないから。
 それは女の姿をしている。強い意志の光を持ち、周囲に影響を与えるほどの存在。だけど、その力は強い。あまりにも強すぎる。
 彼女は、一人であるには強すぎる。だから、彼女の足かせであり。彼女を押さえるだけの人が側になくては、いずれ壊れて。砕けて、消えてしまう。
 それが、かつて占い師の様な格好をしたドアーが。俺に語った文句だった。
「思い出した……と言うわけじゃないね。何しろ、ガウリイさんは言ったんだから」
 『俺が見つけるまで、その言葉は預かってくれ』
「そうだったな」
 『それで?』
「ま、結果的には記憶から僕と出会ったほとんどの事は削除されたみたいだけど」
 『見つからなかったら、その文句は意味がない。
 だから、俺は探してみたい』
「それで? 結果的には見つかった?」
「……そう見えるか?」
 どうだろう?
 記憶の中で美化しすぎたのか。俺は、まだ見つけた様な気はしない。
 ただ、ぼんやりと生きてきただけの様な気がする。もちろん、途中は決して楽観出来たとは言えないが。
 少なくとも、後悔のしない生き方は出来た。
 ここしばらくは。
「少し時間をあげよう。考えてごらん。
 『どこへ行くのか。何をするのか。誰と』
 それが判れば、答えは出るだろうさ」
          ◇
 窓を見てみる。
 文句は今、思いだそうと思えば出来る。けれど、どういう事なのかは判らない。
 視界にあるのは、さっきから見えている暗い森だけ。どうして、ドアーが文句を言うのに。わざわざ窓を向いていたのか、もしかしたら判るんじゃないかって気がした。
「……………………リナ?」
 ふと視線を感じると、リナがこっちを見ていた。
 何やら、気まずい様な気がしないでもない。
「ううん、なんでもない。なんでもないよ」
 すかさず、リナが視線を逸らす。
 何を見ていたのか。興味がないわけでもないが……。
「この中に、リナさんの望むものがあるよ」
 いきなりの話の展開に、なぜか俺はついて行けない。
 なんだ? 何があったんだ?
「だけど、これを開ける勇気がある?」
 目の前に、白木の箱。
 リナの手でも両手に入るくらいの、本当に小さな箱。少し、隅の方が汚れている様に見えるが。
 もしかしたら。
 直感で思う。この中には「過去」が入ってるのだろうか?
「やめておくわ。あたしの欲しいものは、こんなちっぽけな箱に入りきらないもの」
 笑って、リナが立ち上がる。
 つられる形で、俺も立ち上がる。
 けれど、リナは笑っていた。
 晴れた空の様な、そんな。迷いのない笑顔だった。
 なんとなく、恥ずかしくなる。
「この先に、緩やかな坂がある。そこを下ってゆけば、町に出る」
 ドアーが一方向を指さして、そう教えてくれた。
「ガウリイさん、この中に。かつてのあなたが必要だったものが入ってる。
 今のガウリイさんには必要かい?」
 急に問われて、正直な事を言えば困る。
 リナも、きょとんとした顔をしてる。
 これがドアーの。さっき言っていた「答え」なのか。
「いや、今の俺にはリナがいるからな」
「承知しました」
 ドアーが、ゆっくりと頭を下げた。
「本日は、ご利用いただきありがとうございました。
 またのご来店をお待ちしております」
 事務的な声で、頭を下げたままでドアーが言った。
 答えそのものは、まだ見つかった様な気はしない。だけど、それは別に。今すぐ見つける必要はないんだ。
 ふと、そう思った。
 あ?
 俺「何を考えていた」んだっけ!?
「ガウリイ? どうかしたの?」
 置いて行かれる形になった俺を、リナが不思議そうな顔で見ている。
 なぜか知らないけど、正面からリナの顔を見れない。
「いい風が吹いてるなって、思ったんだ」
「……ホント。良い風よね」
 不意に、リナの髪が風になびいた。

 汝ノ名ハ女

「ガウリイ?」
「……いや、なんでもない」
 誰かの声が聞こえた気がした。
 けど、忘れた。


トップに戻る
5915扉 開くものE-mail URL1/5-00:33
記事番号5914へのコメント
ども、予告通り「扉 開くもの」をお送りします。
これは、僕のホームベースであるHP。某所学園に掲載されてます。
実は、「光 撒くもの」も同時に掲載されている事を。この瞬間まで忘れていました<猫ですねえ(なぢょ)
一坪さんの所からもリンクされてますので、お時間と気持ちに潤いを求める肩は行ってみるとよろしいかと「個人的に」思います。(CM)
おすすめはチャットです。指定時間になると、様々な肩・・・もとい。方が来ますよぉ。
通りすがりの方も、めっちゃ濃い方も(笑)、気分をかえてどうぞぉ〜♪(更CM)<ごめんなさい、市坪さん(平謝り)

---------------------------------

「扉 開く者」  M

 いつもの様にいつものごとく。
 いつもの通りの、よくある話なのだが……。
「で?」
「んな事を言われてもねえ……」
 あたしは、頭をかきながら応えた。
 横では、いい加減。飽きた様子のガウリイがうなっている。
「この地図が古すぎるって話なだけなんだし……第一、この地図を入手してきたのっ
てガウリイじゃない!」
 前に立ち寄った村で、次の町への地図を入手して。出発をしたのが昨日の午前中。
 現在は、実は三日目の午後だったりする……。
 つまり、あたし達は迷子なのだ。
「地形変えたのはリナだろ?」
 うっ………………。
 そりゃあ、まあそうだけど………………。
 あたしが、例によって盗賊団を壊滅させたものの。ガウリイに見つかるわ、ろくな
お宝を持っていなかったわで「ちょっと」むかついて。
 腹立ちまぎれにドラグ・スレイブをぶっ放したら……。
 地形が変わってしまった。そうなると、当然地図なんて役にはたたない。
「その前に、ガウリイが盗賊団をぶちのめすのを。邪魔さえしなければよかったのよ

そうすれば、今頃は次の町について。お腹いっぱいご飯食べて、あったかいお風呂に
入って。ぬくぬくのお布団で幸せな気分に浸っていたのよ!」
「ほんとかぁ〜?」
 うくっ………………。
 半眼になって、ガウリイがあたしをにらみつける。
 な、なんかやり返せないのが悔しいが。ここは押し通すのみ!!
「ほん……」
 あたしの、ガウリイをやりこめて無かった事にした上に。全部言い終わらないうち
に、ガウリイが気づいた。
「あ、ほら見てみろよ。リナ」
 んあ? なんだ?
「こんな所に家があるぞ」
 ほえ? 家?
 なんだってこんな所に……?
 まあ、いいや。ガウリイは、家に気を取られて。あたしを追求するのやめたみたい
だし、まあ、追求するだけ無駄だと思ってるのかも知れないけれど。ここで話を戻し
たって面白くない事だし。
「ちょうどいいわ。道をきいてきましょ……って、どうしたの?」
 見ると、自分でみつけたくせに。なにやら、珍しくガウリイが難しい顔をしてい
る。
「いや……なんだか」
 煮え切らないわねえ。
 なんだって言うのよ?
「よくわからんのだが……?」
 どうやら、本当にガウリイ自身にも判らないらしい。けれど、だからって一緒に
なって考えたところで。何か発展性のある考えが浮かぶわけでもないし。
「どっちにしても、少し休ませてもらいましょ。もしかしたら、食料わけてくれるか
も知れないじゃない?」
 野宿して三日目。出来る事なら、あたしゃそろそろフツーの料理が食いたい。
 勿論、野趣あふれる料理と言うのも大好きだが。そう言うのは、生活に余裕がある
時に楽しみでやるならの話である。
 人間、強制されるのは大嫌いなものである。うん!
「まあ……そうかも知れないが……?」
「とにかく、行くわよ!」
          ◇
 ノックは二回。
「はーい」
 ガウリイが妙な顔をするから、なぜかみょーに構えていたらしい。笑える事なが
ら。
 それで、あたしは気が楽になった。
「どおぞお。開いてますよお」
 少し間延びした様な。それでいて、どことなく緊張感を持たない様な。
 なんだか、複雑そうな声が聞こえた。
 一応見てみると、ガウリイは更に困ったような。どうしたらいいのかって、視線で
きいてくる。
 んなの、あたしが知るわけ無いじゃない。
「お邪魔しまーす……」
 なんとなくそろそろと扉を開けると、そこには。
「いらっしゃいませぇ。リナさん、ガウリイさん」
 そこには、なんとなく見慣れたような。見たことの無いようなものがあった。
 幾つか並んだ木のテーブルとイス。テーブルの上には華が飾ってあり、なかなかに
趣味が良い。
 小さな窓枠からは外の光が入り、室内を明るく照らしている。
 奥からは、かぐわしくも香ばしい。スープだろうか?
「なんで、あたしの名前知ってるの?」
 だけど何より、いきなりあたし達の名前を呼ばれた事の方が驚きは大きかった。
「リナ=インバースさんに、ガウリイ=ガブリエフさんでしょ?
 リナさんは初めて会うけど、ガウリイさんは二度目だから。
 どうぞ入って。お待ちしてたけど……覚えてないだろうね、ガウリイさんは」
 にこやかに言うのは、5人も座ればいっぱいじゃないかと思われるカウンターの奥
から。かぐわしい香りを乗せたカップを持って現れた。
 一見、あたしと同じくらいの少女か少年かと思ったが。どうやら、見かけと中身を
同じだと思ってはいけないようである。
「俺を……知ってるのか?」
 ガウリイとしても、なかなかにショックは大きいらしい。
 多分、何よりも「覚えてないだろう」と言われた事だと思うけど……。
「そりゃあまあ。お客様を記憶して置くのは、『役目』だからね。
 さ、どうぞ座って。ここが、どう見えているのかは知らないけれど。長旅で疲れて
るだろうし。少しくらい休んでも大丈夫だよ」
 なにやら、彼女(?)の物言いに不思議なものを感じる。
 なんだろう?
「ああ、大丈夫……と言っても信じてくれなくても構わないけど。僕は魔族でも神族
でもないよ。全く関係していないと言えば嘘だけど、だからって彼らと面識があるわ
けでもないし」
「判ったわ。お茶くらい出るんでしょうね? ここは食堂の様だし」
 あたしは、覚悟を決めて真ん中くらいのテーブルに席を決める。
 ガウリイが何かを言いたそうにしているが、とりあえずそれは無視する事にした。
「ああ、食堂に見えているんだ。
 ふーん…………」
 真面目な顔をして、どうやら驚いているらしい。
 どういう意味だ?
「ああ、ここは来る人によって見えるものが違うらしいから。
 ちょっと前に来た、魔族を倒したいと望んだ。とある女性なんかは『武器屋』に見
えていたらしいよ。更に、前に来た魔族から姉を救うと言う女の子は、魔法の道具屋
にでも見えたんじゃないかな?」
 来る人によって、見えるものが違う……?
「名乗って置いた方がいいかもね。
 僕は……ええと、ちょっと説明を省くと。一応、ここでは『ドアー・オブ・ガー
ディアン』と言う名前……らしい。
 とりあえず、適当に呼んでくれる?」
 困った顔をするドアーに、あたしは意地悪な意志を込めてきいてみる。
「さっきから、やたらと『らしい』ってのが多い気がするんだけど?」
「まあね。何しろ、『本当の僕』って。君たちが見えているものとは結構違う姿と思
考してるらしいし。そんな所へいきなり『これが僕です』って出されても、君たちは
困るでしょーが? だから、ここにある僕ってのは。君たちが鏡を見てるようなもの
だと思えばいい。
 無論、ここに来る為には条件が必要だし。来る人の資質によっても大分変わってく
る。僕をどう「見る」か。そして、どう「相対」するかは。すべて、お客様である君
たちにかかってくるってわけ。
 だから、僕には君たちがどうしてここにいるのか。何を求めているのかも知ってい
るし。それを対処してあげる方法も熟知している。
 とりあえず、悪いようにはしないから」
 言いつつ、彼女……なのか彼なのかは判らないけど。ドアーは、あたし達の前に
カップと。小さな皿にクッキーだとしか思えないものを置いた。
 大丈夫だろうか……食べても?
「ねえ、ガウリイ……!!」
「ん? どーした? リナ」

 どかばきぃぃぃぃっっっっっ!!!!!

「いきなり何するんだよ、お前はっ!!」
「あんたねえ!!
 こんな、いかにも『怪しいです』って名乗ってる様な人間の出したもの。ほいほい
食べてるんじゃないわよー!!」
 昔、会ったことがあると言われたせいなのか。それとも、別に理由でもあるかも知
れないが。ガウリイは、出されたお茶の様なものを。
 いきなり、飲み干していた……。
「あはは。いきなり息の根を止めるような事はしないよお、もったいないし」
 手をぱたぱたと振りながら、ドアーは奥から。なにやら、大きなお皿を二枚も三枚
も持って現れる。
 意外と。見かけによらず力持ちさんである。
 けど、その『いきなり息の根を止めるような』とか『もったいない』って……一
体。
「お代わりいかが? ガウリイさん。まあ、リナさんも落ち着いてお茶でも飲んで。
 どうせ、君に毒を盛ったとしても。お姉さんの仕込みのおかげでばれるんだし、そ
んなもったいない事はしないよお」
 ぎく!
 なんでこの人、あたしの郷里の姉ちゃんの事まで知ってるんだろう……。
 とりあえず、あたしは平常心を保つため。お茶の入ったカップに手をかけた。
 なんとなく、淡くくすぐる香りが気持ちいい。
「おいし……」
「気に入ってもらえた?」
「あ……うん」
「よかった。じゃあ、どんどん料理を運ぶね」
「あ、でも……」
 あたしは、ドアーが不審人物だと言う事もいっぺんで忘れた。
 お茶に、不信感を全部持って行かれた様な気がしないでもないが。
 お茶は美味しいし、毒は入っていない。おまけに、姉ちゃんの知り合いかも知れな
い相手に。一体、お誘いを断る理由がどこにある!?
 と言うわけなのだが。実際問題として困ったことに、こうなると別の問題も生じて
くる。
 その……つまり。
「お代の事なら気にしなくてもいいよ。ここは、見ての通りへんぴな所で。まあ、ど
れくらいへんぴかって言ったら。あなた……月に一人。己意外の二足歩行型生物が見
られたらラッキーってなくらいへんぴだし。そんなところでお金が必要だと思う?
 だから、ここではお金なんて必要ない。でも……そうだな。
 土産代わりに、旅の話でも聴かせてもらえるかな? 何しろ……娯楽がなくてね」
「判ったわ」
 金がかからない上に、これだけ美味しいお茶を入れる人だもの。料理だって期待は
出来るはず!
 あたしは、迷わず即答した。
「でも……まあ、とりあえずは食事からかな?」
 苦笑するドアーの横で、あたしとガウリイはたべた。
 それは、もう……一心不乱に。
          ◇
 あたしのは、デザート。数種類のケーキの乗ったお皿をぱくつきながら、これまで
あった旅の話をした。途中、幾つかガウリイがよけいはツッコミを入れたわけだが。
それは、すべて黙らせる。
 ぜいぜい……姉ちゃんの知り合い相手に、下手な事を言われてはたまったものじゃ
ない。
 まんが一でも、みょーな噂の一つでも姉ちゃんの耳に入ったら……。
 怖い! 来るぞ、絶対に来る!!
 世界のどこに居ても、お仕置きをしに!!
「つまり……ガウリイさんは今、そうやって生きてるんだ?」
 ドアーの話し方は、はっきり言って奇妙だった。
 今の話し方もだけど、まるで。何もかも、すべてを見通してる様な言い方だった。
 第一、あたしとガウリイが食事合戦をしている時も。大抵の人間は怖くて逃げると
言うのに。ドアーは笑いながら食事を運び。眺めていると言うだけだった。
「ねえ。ドアーは以前、ガウリイがここに来たって言ってたわよね?」
 あたしの言葉に、ドアーは静かにうなずいた。
 ガウリイの表情は見えない。
 けれど、きっと喜んでいないだろう事はわかった。
「そう」
 ドアーが、静かにうなずいた。
「どうして? 何のためにガウリイはドアーの所に来たの?」
「どうして……と言われても。さて、どうしてだろう?
 別に、ガウリイさんは僕の所に来たわけじゃない。それに、僕には答える必要はな
いしね。第一、ガウリイさんに聴いた方が確実じゃないかと思うけど?」
 そりゃあ……まあ。ガウリイがフツーの人間なら話は早い。
 けど、故意か偶然か。ガウリイは過去の話とかを一切しない。
 簡単に聴けるなら、今頃はとっくに知ってると思うし。
「ふむ……まあ、それもそうか。苦労してるね、ガウリイさん」
 苦笑したのかも知れない……と、あたしは思う。ガウリイが。
 あたしは、あえてガウリイの顔を見ないから判らない。けれど、そんな気がする。
「では、こうしようか。僕は、君たちのお茶を運んでくる。
 その間に、リナさんは考えてごらん。ガウリイさんから何も聴かないで。
 そうだな……『誰かからガウリイさんの事を聴いて。本当に後悔しないか?』と言
う事を」
 …………………………は?
 あたしが、ガウリイ以外からガウリイの事を聴いて。後悔しないか……?
 それは、あたしにとっては常に頭にある事ではあった。それを後悔するのが判って
るから、いつでもガウリイがいない時に。ガウリイの過去を聴くチャンスがあって
も、あたしは自らその権利を放棄する様な事をして来た。
 でも、ガウリイの目の前で。ガウリイの事を知っている人から、ガウリイの事を聴
く。
 罪悪感の様なものが、ないと言えば嘘になる。どうしてかは判らないけれど。
「あ、あの……ドアー……?」
 あたしの心中を判っているのかいないのか。ドアーは、笑いながら奥へと消えてし
まった。恐らく、どんな手を使っても止める事は出来ないだろう。
「あ………………」
 なぜか怖くて、あたしはガウリイを見てしまった。
 でも、ガウリイは。
 何だろう。
 窓の外。その先に見ている。
 あたしには、それが何なのかは判らない。あたしの目には、外の日差しあふれる森
しか見えないから。でも、きっとガウリイには見えているのだろうか。
 隣に座っていても。手を伸ばせば届く所にいても。
「…………リナ?」
 視線に気づいたガウリイが、きょとんとした顔をした。
 まるで、これまでの。あたしとドアーの会話なんて、まるっきり聴いてなかったか
の様にも見えた。
「………………ううん、なんでもない」
 ドアーは、あたしに聴くなと言った。
 ガウリイには何も聴かずに決めろと言った。
「お待たせ。料理はこれでおしまい。
 食後のお茶だよ」
 奥から、最初に現れたのと同じ。カップを二つ持って、ドアーが現れた。
 そして、さいしょとは違うものもあった。
 宝石箱?
「これを開ければ、リナさんの望むものが手に入る。それだけは確実だよ。
 だけど、これを開ける勇気がある?」
 小さな小箱。手の中に、すっぽりと入ってしまう様な。
 装飾の類は一切されていない、白木の箱。
 少し、角が汚れているだろうか?
「あたしの、望むもの?」
 なんだろう?
 間抜けな事に、あたしは望みが判らなかった。
 あたしの望み。あたしの望んでいる事。
「そう。これを開ければ、リナさんの望みは叶う」
 わざとだろうか。それとも、何か別に意図するする事でもあるのだろうか。
 ドアーは、それしか言わなかった。
「やめておくわ。あたしの望みは、こんなに小さな箱に入りきらないもの」
 お茶を一口。
 あたしは、それだけを言った。
 ドアーは満足そうにうなずき、ある方向に指さした。
「ここをまっすぐ行けば、次第に下り坂になる。その先に、町が見える筈だよ」
「ごちそうさま」
「うまかったぜ」
 あたし達は、立ち上がって旅の支度を始めた。
「そうそう。ガウリイさん、この箱。もう必要ない?
 忘れているだろうけど。この中には、かつてガウリイさんの必要だったものが入っ
てる。
それを、今のガウリイさんには必要かな?」
 言葉少なだったガウリイが、初めて笑った。
「今は、もういいんだ。あんたの好きにしてくれ」
「承知しました」
 ドアーが、ゆっくりと頭を下げた。
「本日は、ご利用いただきありがとうございました。
 またのご来店をお待ちしております」
 事務的な声で、頭を下げたままでドアーが言った。
「会いたくない気も、するけどね」
 あたしの言葉に、ドアーは。どんな顔をしたのだろうか?
          ◇
 教えて貰った方角に歩くと、確かに緩やかな下り坂が現れた。
 ドアーの言っていた事が本当なら、この先に町がある筈だ。
「うまかったなあ、あの料理」
 確かに、ドアーの料理は美味しかった。
 なんで、こんなところであんな料理が出るのか不思議なくらい。
「ねえ。ドアーの言っていた『昔のガウリイにとって必要だったもの』って。本当に
今はいいの?」
 覚えていないかも知れないけど。と思ったから、返事は期待していなかった。
「いいんだ」
 だから、即答されたのには驚いた。
「どうした? ぽかんとした顔で」
「えーと………………」
 しまった。真面目に言葉が出てこないや。
「今は、いいんだ。リナがいるからな」
 あたしの頭の中で、「?」マークが踊っている。
 ええと……どういう意味なんだろう?
「なあ、リナ」
「えっ!?」
 ああ、ダメだ……。
 あたし、何がなんだか……。
「いい天気だな」
 ガウリイが、空を見上げる。
 つられて、あたしも空を見る。
 青い空が、森の木々に遮られ。それでも、見える。
 同じだなって、ふと思った。
 ガウリイの瞳と同じ。青い。
「ほんとね」
 何もかも、どうでもよくなった。
 でも、いつかは。ガウリイの全部が知りたい。
 過去も。そして、未来も。


トップに戻る
5922緑成す大地E-mail URL1/6-01:14
記事番号5915へのコメント
これも、某学園に掲載されてます。僕ん所にも掲載されてます。
短編と言うにはちょっち長いかな?(汗<大丈夫だろうか?
どっちかと言うとゼル×アメっぽいかも知れませんが、更にどっちかと言えば「扉〜」や「光〜」と同じ種類に属します。
どんなかは・・・内緒です(笑
それでも聴きたい人。判っちゃった人はご一報下さい。
メール見て笑わせてもらうか、「あなた・・・何者!?」とツッコミ入れさせていただくかのどちらかにさせていただきます<マテ、俺(−−;

-----------------------------------

緑成す大地

           
 そこは、かつて赤く寂れた大地だった。
 命あるもの、一つとてなく。ただ、荒野と闇と死臭だけが満ちていた。
 けれど、人はあった。
 生あるもの。すべてが近寄る事も出来ぬ場所であるにもかかわらず、人だけは。大地の定めた禁断の地へと踏み入る事をためらうことはなかった。
 否。
 ためらわなかったわけではない。思うところも、考えるところもなかったわけではない。
 ただ、人にはそれぞれ事情というものがある。
 火の中にくべられた栗を取り、水中の花を手折り。虎の子を得るために虎の穴へ入るような、まるで死を望んでいるのではないかと。そう、錯覚したくなる行動に出る事情が。

 男だったのではないか?
 女だったのかも知れない。

 それは、ある時あらわれた。
 人々は絶望にうちひしがれ、一人。また一人と土地を離れ。あるいは、姿を消し。
 毎夜おとずれる低い声に脅え、いくつもの笑顔が消え行く。
「私の『声』を聴くものよ。私の命に従うがいい……」
 その人物は、白い頭巾をかぶっていた。
 白いローブに身をつつみ、目深にかぶった頭巾のために顔を見ることは出来ない。
 肩にはローブよりも白い鳥を宿らせ。その手には長い木の杖を携えている。
「天と大地に宿るもの。命あるものよ」
 両手でかまえ、木の杖を振り上げ。
 その人は言った。
「新たなる変化の『風』を。生命の『火』を!」
 大地に突き刺した杖。同時に飛び立った鳥。
 何がおきたのか、見ていたものにもわからなかっただろう。実際、そこで何が行われていたのかを確実に知るものは。いまだに存在しない。
「今ひとたび、ゆりかごたる『地』を。やすらぎの『水』を!」
 ただ、すべてはそこで終わり。そして、始まったのだと。
 年月を重ねた老人達は、大地へと帰るときに知る。
 若者のとき、知らなかったすべてを。

          ◇

 伝説というのは、とかく誇張されて残されているものだ。
 白いローブに身をつつみ、目深にかぶった頭巾のため。周囲からは顔をうかがうことも出来ず、そのために好奇の視線にさらされている事に気づかない男がつぶやく。
 誰にも届かぬ呟きの中、周囲の視線をうっとうしく思いながらも彼は地面を見つめる。
 彼の手の中には、今。緑色の草がある。けれど同時に、そこには血のように赤い。決して命の象徴たる緑にはそぐわない土が見える。
「だが、伝説とやらは。本当ではあるようだがな……」
「そうなんですか?」
 男の隣には、一人の少女がいる。
 黒く短い髪。男に合わせたかの様な白づくめの服。ただし、少女の方は顔を隠してはおらず。表情も明るい。
「ああ。この大地は、生の息吹を持たない。だが、この大地にある植物は紛れもなく息づいている。
 これは、何か魔法の力が関係してるとしか思えん」
 難しい事は、男にも判らない。これから調べるのだから当然だが、それでも幾つか考えられる事はあった。しかし、だからと言って今。目前に座り込む少女に教えようとは思わない。
「けど、それならきっと。ゼルガディスさんのお役に立てますよね?」
 期待したまなざしで、少女は訪ねる。
「どうかな……それより、あいつはいいのか? アメリア」
 男。ゼルガディスの指さした方を見て、少女。アメリアは血相を変える。
「ああぁっ! ダメですよ、遠くに行っては。パルさぁーん!!」
 走り出したアメリアの姿を見て。
 ゼルガディスは溜め息をついた。

          ◇

 聖王国の第二王女。それが、アメリアを表す言葉である。
 アメリアの国。白魔法都市セイルーンは、現在。彼らの居場所から大変遠く離れた場所にある。どうして、そんな所の王女様が。こんな地の果て辺境の地にあるのかと言えば、これには非常に重大で。かつ、単純な理由がある。
 抜け出したんだろう。
 アメリアをよく知っている為、ゼルガディスはすぐに結論づけた。
 だが、それは少々違っている様だった。珍しい事だったが。
 最大の原因は一人の赤い狐族と言う種族の獣人の子供で、名前はパルと言った。
 パルが何者かと問われた場合。今回に限らず、こう言わなくてはならないだろう。
「この子、迷子だったんです」
 ゼルガディスがアメリアに出会ったのは。否、再会したのは。単なる偶然だった。
 彼には事情があり、世界各地を旅しなくてはならなかった。けれど、それは宛のあるわけでもない放浪の旅。風のむくまま、気のむくまま。様々な土地で様々な人々と出会い。そして、また流れ行くだけのもの。
 誰かに出会う為に、守るべき約束がある。と言うわけでもなく、淡々と過ぎゆく時に身を任せるだけの。だからと言って、決して果たさなくてはならない約束が皆無だと言うわけでもないのだが。
「セイルーンの城下で迷子になっていて、争いに巻き込まれていました。あたしが、なんとかその場を納めたのですが。なんだか懐かしくなっちゃって、しばらく話を聞いていたら。どうやら、結界の外側から迷い込んできた様な事を言うので。
 父さんに頼んで、あたしがこの子を元の家に帰す役目をいただいたんです」
「なるほどな。確かに、アメリアにしか出来ない事だろう……」
 説明を聞いた時、ゼルガディスは心からの深い溜め息をついた。けれど、これにはちゃんとした事情と言うものがあある。
 世界のうち、一体どれだけの種族。人が事実を知っているのかは判らない。
 けれど、ゼルガディスもアメリアも、確実に歴史に残る登場人物である事には間違いがないと言う事だけははっきりとしている。もちろん、その必要があっても。二人も、そして他の人物達も冗談ではないと逃げるだろうが。
 現在、ゼルガディスとアメリアのいる大地より。遠く離れた大地。つまりは、アメリアやゼルガディスの故郷のある地域は。ほんの半年くらい前までは断絶されていた。つまり、それを結界の内側の世界と、事実を知る者達は呼んでいる。
 まだ、結界の内側と外側との国々はきちんと国交をしているわけではない。何しろ、千年以上も出会わなかったのだから。当然、結界が消えた事を知る者も少なく。消えた結界を越えた者は、なお少ない。
 幸いと言うか、なんと言うか。この場にあるゼルガディス、アメリア、パルは。その数少ない結界を越えた者となる。他にも何人かいるわけだが、この場合においては無視して置こう。
 なぜなのかと問われた場合。この状況において適切な言葉は一つしか存在しない。
 つまりは、偶然。
 ただでさえ国交のない国。それに加えて伝説にさえなった断絶された国々が、いきなり結界が消え失せたからと言って簡単に行き来できると言うものではない。もちろん、あえてチャレンジをすると言う人種も中には存在するわけだが。だからと言って、酔狂でそんな事が出来るほど。パルと言う子狐は大人とは言えなかった。
 パルは、ある地域に母と。ジラスと言うおじさんと住んでいる。
 やはり半年ほど前に、ひょっこり現れた赤い狐で。愛嬌があって優しく、手先が器用なので様々な発明品を作ってパルを楽しませてくれる。近くにある壺と鈍器のお店で働いており、その関係であちこちへ行く事もある。その日は、たまたまジラスがパルをつれて旅をする一団に荷物を届けたのだった。
 ところが、何が一体どうなったと言うのか。パルは旅の一団。キャラバンの荷物の中に混じってしまったのである。だが、だからと言って気付いた時は後の祭り。
 地元でならばまだなんとかなるが。幾らパルでも獣人が他の村や街では珍しい事くらい、よく知っている。なおかつ、下手に大きい街などではいい噂は聞かない。だから、助けを求める事は出来なかった。
 出来る限り他者には関わらず、出来る限りカンを頼りに。家だと思われる方向へと感覚をとぎすませる事、十数日。気がついたパルは、船の上に乗っていた。そして、家とは完全に違う方向へとたどり着いてしまったパルは。運良くアメリアに連れられて、再び我が家へ帰る為の旅に出たのである。
 さて、このパルくん。大人でさえ怖いだろう長旅を、一人で繰り広げた事から判る様に。なかなか良い根性をしている。また、良い性格も。
「お願いですから、あまりウロチョロしないでください! 一人で遠くには行かないって。約束したじゃ、ありませんか!」
 実は、以前パルとアメリア達は出会っているのだが。本人達はすっかりそれを忘れていた。もっとも、記憶していたらややこしい事態になっていたかも知れないが。
「ごめんなさい……」
 誰かが言った事がある。
 子供と動物には勝てないものだと。なおかつ、それが一緒になっていれば。普通は勝てないものである。
 そのあたり、本人は意識的か無意識かは判らない。だが、小首をかしげて上目遣いでアメリアに謝る姿は愛らしくさえあった。
「わ……判れば、いいんです」
 振り上げそうになった拳を、アメリアはぐっと堪えた。
 誰でもそうだが、ふわふわのもこもこで。なおかつ自分より多少は小さいと言う赤い狐の子を見て。暴力を振るうと言う行動に出る事が出来ないのだ。それが、教育的指導だと自らに言い聞かせても。
 それを、横目で見てないわけではなかった。その行動にかけてやるべきだろう言葉さえ、その気になれば持ち合わせていた。
 だけど、ゼルガディスは口を閉じた。何かを言いかけようとして、けれど口をつぐんだ。
「そんなにおかしいですか?」
 困ったような、笑っている様な顔をしながら。アメリアが問いかける。
 ゼルガディスは、手に触れている赤土や草が。手から離れて風にとばされるのを忘れながら、アメリアをじっとみつめた。
「イヤですねえ、一緒に旅をした仲間じゃないですか。
 あたしにだって、ゼルガディスさんが何をかんがているのかくらい。判りますって」
 少し、恥ずかしそうに言うアメリアを見て。なぜか、つられて正面から顔を見る事は出来ない。
 自分が笑っていたのだろうかと言う事と、アメリアに見抜かれていたのかと言う事。そして、そんな事が出来るようになっていたのかと。いつからなのか。
「今日は、あの村に泊まるんですか?」
 風にながれる髪を気にしながら、アメリアが訪ねてくる。
「いや。俺はいいから、お前達は先に行け」
「そう言うわけにも。せっかく久しぶりにあえたわけですし……」
 アメリアの気持ちは、判ると言えば判る。けれど、ゼルガディスは最初から村の宿に泊まるつもりなど毛頭なかった。気持ちはありがたいが、そう言う目立つ行動は嫌っているのだ。
「せめて、ご飯くらいはご一緒してくださいよ。ね?」
 いつものアメリアならば、人目を気にすると言うゼルガディスの事を気遣う事もあるだろう。けれど、久しぶりに会えたと言う事実が。アメリアをはしゃがせているのかも知れない。
「判った。後で行くから、お前達は先に行ってろ」
 アメリア達が先に行っても、別に困る事はなかった。その土地に、宿屋と呼べるものは一つしかなかったからだ。
「はい!」
「ねえ、なんで?」
 元気良く答えたアメリアとは対象的に、パルの声は怖がっている様な。小さなものだった。
 アメリアの知り合いの様だし、ちょっぴり。かなり怖い雰囲気が遠目からでも判るのに、それでも切り裂くような空気はなかったらから。近くには近寄る事も出来ないけれど、かと言って好奇心は押さえきれない様だ。
 考えてみれば、出会ったからパルには声もかけず。かぶったフードもはずそうとはしない。これで「怪しむな」と言う方が無理と言えるだろう。
「どうして一緒に行かないの? アメリアのおねーちゃんも、一緒にご飯たべたいって言ってるのに……」
「ああ、それは……」
「こう言う事だ」
 ゼルガディスが、フードを取った。
 傾き始めた夕日を浴びて、髪が。肌があでやかな艶を持つ。
 鈍く反射した光が、壮絶な怪しさをもたらす。
「大丈夫ですか、どうしたんですか!?」
 アメリアに手を取られるまで、パルは自分が座り込んでいる事を知らなかった。気がついてはいなかった。
「気にするな」
 次の瞬間、ゼルガディスは元の。フードに全身をくるまれた姿になっていた。そこまで来て、やっとパルは自分の足で立ち上がる事が出来た。
「あ……」
「先に行け。俺は……後から行く」
「はい……きっと。きっと、来てくださいね。ゼルガディスさん」

          ◇

 その場に残ったゼルガディスは、村に向かったアメリアとパルの会話を知らない。
「ゼルガディスさんを、嫌わないであげてくださいね。パルさん」
「おねーちゃん……」
 迷子にならない為に、と。つながれた手に力がこもるのを、二人は気付いていない。
「誰も、本当は悪くないんです。ゼルガディスさん、あの姿になったのも。本当は」
 多くを語りはしない。それは、すべてを話すには長い時間が必要だと言うのもあるし、誰も信じてはくれないだろうと言うのもある。何より、話したからと言ってゼルガディスの姿が戻るわけではなく、本人もそれを望まないから。
「元は普通の人間だったんだそうです。それを、変えられて。ずっと、元の姿に戻る為の方法を探しているんです。長い間、一人で」
 四人で旅をしている頃も、ずっとゼルガディスは一人だった気がした。多少は変化があったが、かと言って全面的に自身の目的を忘れる事はなかった。むろん、それを建前として人を放っておけない性分があり。それだって本人には苦悩しかもたらさないものでもあったようだが……。
「早く、元の姿に戻れるといいね。おにーちゃん……」
 生まれて初めて、パルは存在が「怖い」と思うものに出会った。
 いつか、巨大な虫の様なものに襲われた時も怖いと思ったけれど。あれは大量にあったからだと言うのもある。けれど、形はともあれ大きさは普通の人間と変わらぬゼルガディスの姿が。恐ろしいものとして映ったのは確かで。
「きっと戻れます。ゼルガディスさんが、あきらめない限りは!」
 パルは、アメリアの事が大好きだった。
 獣人の子だと言う事で、セイルーンに来るまでに楽だとは言えない道のりを来たのだ。かなり大変だったと思う記憶もある。けれど、アメリアは優しく迎えてくれた。危険を省みずに助けてくれ、なおかつ今。家まで送ってくれようとしている。
 優しいアメリアが、ゼルガディスを友達と思っている事から。すでにパルにもゼルガディスは嫌いじゃない存在となっている。だから、その言葉は本心だった。

          ◇

 一人残ったゼルガディスは、とりあえず目的があるわけではなかった。ただ、何か判る事があるかも知れないと思っただけだった。けれど、そんなに長くいられるわけでもないのは判っていた。何しろ、ほとんど強制的ではあるが。アメリアと約束をさせられたのだから、約束を破ったら後々。面倒な事になるのは言うまでもない。
「手合わせを願おう」
 ふと。
 そこには、誰もいなかったとゼルガディスは記憶している。
 ほとんど夕日の落ちかけた、昼よりは夜の方が支配力の強くなってきた時間。まだ、そんなに遅いとは言えないかも知れないが。かと言って、まだ早いとも言い切る事の出来ぬ、星と月が姿を現す頃。
「……何者だ?」
 気配は、なかった。物音さえもしなかった。けれど、その人物はそこにいた。
 全身を白い布地で覆われ、その肉体のほとんどを見る事は出来ない。けれど、身長の倍以上もする長い棒の先端には、ゼルガディスの肉体が丸々入ってしまう様な、そんな飾りがついている。
 一見して、それは槍に見える。パルチザンと言う種類のものだが、ゼルガディスの記憶する槍とは全然形容が違っている。第一、自身の身長の合計三倍もの大きさの槍など、どうやって扱えと言うのか。
「その問いに答えるは、まず汝が何者かを求めるべきであろう」
「……俺は、ゼルガディスだ」
 いきなり戦いをしかけておいて、相手の名前も知らないと言うのも何だが。外の世界において、彼らは魔法を持たない。廃れてしまったから。そう言う意味では、魔法をのぞいたとしても絶大な能力を持っているゼルガディスとしては。相手を哀れんでしまうところがあるのは否めない。だから、いつもならば鼻で笑う所だろうが。今回は、そう言う行動には出なかった。
「そは、答えにあらず」
「なんだと?」
 ゼルガディスにとって、それは譲歩だっとと言えるだろう。少なくとも、三年以上前のゼルガディスならば。今のセリフだけで相手をいきなり切り捨てる事もあったかも知れない。
「汝は問うた。何者とぞ。
 さすれば、それは名を表しはせぬ。そは、姿を表すもの」
「どう言う意味だ?」
 困惑の表情を隠しきれないゼルガディスは、そこで理解した。


 人間ジャナイ!


「これは異な事を。我を人間と思うのならば、汝は何者とぞ思う?」
 ぎくりとした反応を、ゼルガディスは返す事だけで精一杯だった。
 謎の。ゼルガディスと同じようにフードを目深にかぶり、全身を白い姿で覆っている。けれど、ゼルガディスよりは幾分法衣に近い姿。
 隠しているけれど、相手は知っているのかも知れない。けれど、どうして?
「結界より来る、星のかけらよ」
 更に、ゼルガディスは身をこわばらせた。
 結界。つまり、カタート山脈を中心とした。今は無き魔王のゆりかごより来たと言う事。
 星のかけら。つまり、それは異世界の魔王ダーク・スターの召還をなし得た事。
「汝、願えるかな?」


 ちゃき。


 大きさの割には、ひどく軽い音をたてて。顔の見えない相手はパルチザンをゼルガディスに向けた。
「アストラス・ヴァイン!」
 腰に刺していた幅広のブロード・ソードを、抜きざまに魔法をかける。
 侮ってはいけないと、カンがささやく。そして、人間ではないのかも知れないと。
 少なくとも、人間に人間の心を。かくしておきたい部分まで、暴くように読む事は出来ないのだから。仮に出来たとしても、しないのだから。
「参る」
 笑ったのかも知れない。
 顔は見えないけれど、ゼルガディスは思った。相手のリーチは、ゼルガディスの何倍にもあたる。懐に飛び込むか、魔法での遠方からの攻撃しかない。
「行け!」
 相手の、最初の一撃が交わされた瞬間。片手から黒い雪の様なものがゼルガディスに襲いかかる。
「何!?」
 効果は、ゼルガディスも使える魔術の一つだ。しかし、結界の外側の人間には精霊魔術の基礎と言うか低レベルなものしか使えない筈だった。それどころか、相手は呪文を唱えている様子はなかった。
 ゼルガディスの中に、相手は完全に「人間ではない」と言う印象が植え付けられた。
「では、真の『人間』とはいかようなものか?」
 避けたと、ゼルガディスは思った。けれど、声は後ろから聞こえた。
 思わず振り返るが、そこには誰もいない。とっさに、ゼルガディスは首を元の位置に戻す。
 相手は、そこにいた。
「名乗りを怠っていたな。許せ。
 我が名はエコー・ア・ヴォイス」
 相手。エコーは、更にパルチザンを構え直した。
「異世界の黒き竜より、汝の名は聞き及んでいる。ゼルガディス」
「どういう……事だ?」
 魔法で、声をとばす。
 不可能ではないが、呪文だけでは無理だ。おまけに、エコーは呪文を唱えなくても魔法を使う事が出来るらしい。
 ゼルガディスの知る高位魔族あたりならば、そのあたりは不可能ではないかも知れないが。だからと言って、この場に来て欲しいとは露ほどにも思わないだろう。
「汝、以前。一人の黒き鱗甲に身を包みし、槍を掲げたる一人の戦士とまみえた事があるであろう?」
「……まあな」
「あやつがもうしておった。名も知らぬがな……」
 問いかけではなかったが、ゼルガディスは口の中に砂が広がる様な感触を覚えた。だが、それは別に相手を嫌っているとか言うわけではない。ただ、同じ様な宛のない旅をする者として同情したのかも知れない。もっとも、それを表面的に出したわけでもなく。出したとしても、それはお互い望まない所だろうが。
「ゼルガディスならば、まみえた事もあるだろうと……」
 以前出会った男が、何者なのかをゼルガディスは知らないし。知りたいとも思わない。
 彼が、エコーに何を言ったのかさえも。
「それ故、我は汝を選んだ。この『時代』を司る一人として」
 エコーは、さっきからパルチザンを手足の様に。軽々と扱っている。素材としてぎりぎりの耐久率にしたとしても、ゼルガディスでさえ。あれだけの大きさのパルチザンを振り回す事が出来るかどうかは怪しい。となれば、まともに正面切って戦うのは馬鹿らしいとも言える。
 けれど、ゼルガディスは戦い方よりも別の事を考えていた。
 さきほどから、どうにも見覚えがあると思っていた事があるのだ。
「そう。汝が思うように、この槍は彼の者が使いしもの。汝とまみえる為、彼の者を知る証として、彼の者が我に預けた」
 声だけを聞いていると、まるで歌ってる様に聞こえなくもない。
「ほう……汝らはリーンとまみえておるのか。しかし、リーンはすでにその思いさえ失うに等しいもの。リーンから得られたものは、うたかたの夢幻にすぎぬか……。
 それに比べるならば。汝が焦がれる友は我が同胞にして我が主。そして、我自身たるドアーとまみえておる。良き出会いをした様子……」
 リーンと言う名に聞き覚えも無かったし、そこから何を得たのかもゼルガディスには判らない。けれど、友と言う言葉にだけはひっかかりを覚えた。
 もし、その友と言うのがゼルガディスの知る人物ならば。同じ様な目に合っていると言うのだろうか?
 少なくとも、ふるわれる巨大なパルチザンはゼルガディスだけではない。周囲の草を切り裂き、大地をえぐり。風をうならせる衝撃はだけで、大気が悲鳴をあげている。
 ある意味、かなり無茶苦茶な事をエコーはしていると言える。
「そは……仕方あるまい。汝の望む事なれば」
 ぴたりと、戦闘がやんだ。
 ゼルガディスの動きに合わせたかの様な、そんなタイミングだった。
「俺が望んでいるだと? 何を望んでいると言う……」
 ゼルガディスの笑みは、かなり。誰が見ても判っただろう。
 泣いていると。
「汝が望むは、果て無き争い。赤の上に織りなされる夢のうつつ。
 永遠を求め、有限を切り捨て。汝は置かれし幸運を知る事なく、まなこを閉じ。歩みを止める事なく進む……」
「誰が!!」
 絶叫。
 流れる事のない涙を流し、まるで孤独な子供の様に。ゼルガディスは剣を握る手に力を込める。そして、これが精神攻撃なのだろうと思う。
「よかろう。汝は望んだ。故に、我は汝の望みを叶える義務がある。
 汝が、我らの望みを叶える義務がある様に……」
 エコーが、あいている手をかざした。そこから、柔らかな。けれど、太陽の沈みきってしまった大地ではそれに代わるくらいの輝きを持っていた。
「忘れる事なかれ。汝、この『時代』を司る者よ……」
          ◇
 目を開く。けれど、何もない。
「ここは?」
 何もないと言うのは、おそらく間違った答えだろう。そこには、少なくともゼルガディスと外界を拒絶する『壁』の存在があるのだから。
「閉じこめられた!?」
 球体の中、ゼルガディスは激しく打ち付けた。手で無理だと知ると、いつのまに納めたのか剣を抜いて斬りつける。しかし、それにも傷一つつかない。
「召喚魔法……でも、無理な話か」
 結界と言うのは、魔力であるべき空間を無理にねじまげて存在させるものである。その為、非常に不安定だ。だから、もしも結界に閉じこめられたのならば。世界と世界の間を行き来し、強引に割り込みが出来る魔法を使えば脱出する事も出来る。しかし、ゼルガディスは以前失敗した事があるのと。これだけ小さな空間に閉じこめられた事で、仮に脱出が成功しても。自分自身に跳ね返る力を恐れた。
「気を失ったりはしなかった。では、転移したと言う事か?」
 転移の魔法は、人間ではかなり難しい。少なくとも、エコーの動作だけで出来る代物ではなく。複雑な装置が必要となる。
「なんだ!?」
 狭い空間。ゼルガディス一人の為に用意されたとしか思えない球体の中は、白いだけで外側の何も映しはしなかった。ところが、そこに変化がおきた。
 足下から、どす黒い赤が。はい上がる様に球体を染め上げる。
 こみ上げる不快感とともに、ゼルガディスは恐怖を感じて仕方がなかった。
「やだ……いやだぁ!!」
 理由の見えないいらだちに、打ち付ける拳を止める事が出来ない。
 いっその事、気が狂えばマシだったのかも知れないと思ったとしても。それは、後から考える事であって。今のゼルガディスには、それさえも頭にはない。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
『所詮、あなたは。その程度なんですよ』
 どこからか聞こえてきた声に、ゼルガディスは反応する。
 聞いた事のある声に、驚愕の光を瞳に宿す。
「そんな……そん、な……」
 空間は、狭いはずだった。ゼルガディスが一人あれば十分なくらい、狭い空間。
 けれど今。血の様な深紅に塗り固められたそこは、まるで永遠に続くのではないかと思われる。
『力を求め、その結果。あなたは何も変わらなかった。
 そうでしょう? 私の操り人形さん』
 ゼルガディスは、走り出した。どこからか判らない声は、恐怖しかもたらす事のない記憶をよみがえらせる。
『あなたは、何も変わらなかった……』
 すぐに壁にぶつかる筈のそこは。なぜか、何にぶつかる事なく。走り去ろうとするゼルガディスを遮る事なく道を譲る。
『あんたの気持ちも分からなく無いけど。そこまでして人間に戻りたいものかしら?』
 走った事が良かったのか。結果として、ゼルガディスは闇と見まごうほどの深紅の世界からは解き放たれた様である。
 その代わり、今度は朱色と言うかオレンジと言うか。同じ『赤』でも、この赤は不快感ではなく。逆に心地よさをもたらしてくれる。
「当たり前だ! 俺は、俺はその為だけに生きてきた!」
 だからと言って、今の今まで感じていた恐怖を完全に拭うことが出来ると言うわけでもなく。ゼルガディスの声は、まだ語尾が荒かった。
『じゃあ、その後はどうするの?』
 声に、ゼルガディスは答える事が出来なかった。
 答えにあぐねていると、今度はオレンジから金色に周囲が変化して行く。
『別に、今のままでもいいと思うけどなあ』
「ば、何を!?」
 自分自身ではないから。それが、他人に降りかかった火の粉だから、誰も彼も言うのだとゼルガディスは思う。
 他人と違う体を持っていると言うだけで、どれだけ辛い目にあってきたのか。体験しない者には、その真のつらさは判らない。
『だってそうだろう? どんな姿になったって、お前はお前じゃないか』
 誰も彼も、同じ事を言ったりはしない。
 だからこそ、元に戻りたい。まだ、平和だった頃に。
「俺は、人間でありたいんだ!!」
 ほとばしる声を、誰も聞いたりはしない。
 金の光は、次第に白い輝きへと姿を変える。
『あなたは人間です。少なくとも、あたしはそう思います』
 戸惑う様な、怖がっている様な。そんな、少し気弱な声が響いた。
 その声は、とりたてて大きな声だとは言えなかった。けれど、それはまっすぐにゼルガディスを貫いた。
 あの、パルチザンの様に。
『幸せになりましょう、皆で』
          ◇
 遠くから呼ぶ声がした様な気がして、ゼルガディスは目を開けた。
「さん! ……ゼルガディスさん!!」
 頬にかかる涙で、完全に意識を取り戻した。
「アメリア?」
「良かった……本当に、良かった!!」
 何がなんなのか、ゼルガディスには判らなかった。
 夢だったのか、それとも幻なのか。とりあえず、ゼルガディスにのしかかる様にして泣いてるアメリアだけは本物だった。
「おねーちゃん……」
 パルも一緒だった。アメリアの影に隠れて、怯えている様だった。
 周囲は、散々だった。さっきよりも酷い。
「エコー……」
 上半身を起こし、アメリアとパルをかばう様にする。だが、今までの事がエコーのした事であるなら。ゼルガディスは勝てないだろう。人間ではないだろうエコーには。
「我は汝らとは違う。この『世界』(国)の者ではない。ただ、それだけの事。
 汝ゼルガディスよ、何をもって『人』と定めるか。我は知らぬ。そは汝のうちにありし答え故に」
 言葉は遠回しだが、ゼルガディスには。なんとなくエコーの言いたいことが判った様な気がした。
「されど、汝は我が眼鏡に叶うた。
 縁があるならば、再びまみえる事もあるだろう。この『時代』も、悪くはない。
 汝、喜びを忘れる事なく行くが良い。汝を汝と得ざらしめんものを」
「貴様!?」
 決してフードを取る事のないエコーは、それだけを言うと消えた。まるで、空気に溶ける様な。そんな感じだった。
「ゼルガディスさん、今のは……?」
「どうして、こんな所に来た」
 アメリアの質問は無視されて、ゼルガディスは低い声で聴いた。
「あ……その、すみません。
 村で、飛んでもない事を聴いて。それで、心配になって……」
 アメリアが村で聴いたのは、伝説の後日談だった。
 何者なのか判らない存在は。大地を変えた後にこう語ったとされている。

「我は、白き願いの元に呼ばれし者。
 時代の移り。変化の時。我は審判を行う。
 我を我とせし思い。変化を辿るのであれば。我もまた変わる事を必然と成す。
 故に、あまたの因を探るのであらば。そは汝らのうちにありて。
 ゆめゆめ、忘るる事なくあるが良い」

 300年ごとに、村はずれには白い服を着た人が現れるとされている。そして、そこで何かが起こるのだ。けれど、それが何かと問われれば。それに出会った者にさえ説明の出来ない事でしかない。
「エコー・ア・ヴォイス……!」
 ゼルガディスは、理解した。
 エコーは言ったではないか。ゼルガディスが、この時代の代表なのだと。そして、試されたのだ。代表者の心にある、もっとも触れられたくない部分を暴き。その代表者の心が、本当に人間としてふさわしいものなのかを見定める。
 もし、それでふさわしいものと認定されなかったら。このあたり一体は、かつての焦土となっていただろうと。もちろん、その代表者たるゼルガディスの命だとて、無事では済まなかっただろうと。
「ゼルガディスさんなら、きっと大丈夫だと思ってました。
 だって、正義は必ず勝つんですもの!」
 涙を浮かべながら、それでも何とか笑うアメリアを見て。
「ああ、そうだな……」
 人が信じているものと言うのは。もしかしたら、現実にはあやふやなものなのかも知れない。
 どれだけ信じても、本当は違うものが沢山あるから。
 価値は、何も誰かだけが決めて良いものではないから。
「おねーちゃん、おにーちゃん?」
「どうしたんですか? パルさん」
 泣き笑いになったアメリアを、何がなんだか判らないと言う顔で見ながら。
 何も知らない子狐は、ぽつりとつぶやく。
「おなか……すいた」
 一瞬の間をおいて。
 アメリアもゼルガディスも、体中で。心から。
 笑った。


END

トップに戻る
5930HUSH'A BY BABYE-mail URL1/7-00:03
記事番号5922へのコメント
ども、連続何日間UPできるかしらん? に挑戦・・・はしてません。
だって、ストックにも限りがあるし・・・・・
しかし、読み切りだけでこんなにあったのか・・・
なんだかなあ(^^;
この話は、ちょうど10ヶ月ほど前に「リナ=赤ちゃん=ガウリイ」って構図がぽこんと生まれたので出来ました。
大体、この頃の制作時間は。全部で6時間くらいが平均でしたねえ。
連載じゃないので、3時間ずつ二日に分けるとかしてました。チャットに時間取られる事が多かったので(苦笑)

けど、実はすでに消えた話も結構あったりするし。ストックも2つ、3つばかしあったりする。。。
読み切りのストックなくなったら、連載モノもってこようかなあ?<まだやる気か、俺(−−;
やはし長いですが(^^;

そうそう。最後に出てくる単語は、英語で「乾杯」と言う意味です。
ではでは☆

---------------------------------------
HUSH'A BY BABY(M)

 はてさて、人生には様々な事が起こる。
 それがどんな事かって?
 もちろん、思いも掛けない様な事に決まっている。
 例えば、それは一人の少女が。姉の一言によって世界を旅する事が決まったように。
 例えば、それは一人の青年剣士が。たまたま出会った少女と共に、世界を左右する出来事にあうように。
 それまで、出会った事もない出来事にかち合ってしまう。
 人生とは、そんな事の繰り返しだ。
 誰でも、計算や予想だけでは計り知れない事と。隣り合わせで生きている様な事実に、人は時として気付かなくてはならない。
 そして、人は気付かないふりをしながら生きている事も。
          ◇
 ガウリイは、呆然としながらも口を開き。言葉を紡いだ。
「どーすんだよ……これ」
「どーすんだって言っても……決まってるじゃない……」
 答えるあたしも、別に何か考えがあるわけではない。
 ただ、言われて反射的に答えてしまったと言うのが正しい。
 実際の所を言えば、途方にくれたと言うのが。正直な意見なのだ。
「どーすんだよ……」
 繰り返すガウリイの声も、何となく覇気が感じられない。
 まあ、当然と言えば当然かも知れない。
 あたしは、腕の中を見下ろした。
「決まってるじゃない。このままで、いられるわけないよ……」
          ◇
 事の起こりは、いつもと同じだった。
 旅の途中。盗賊を倒しに、宿から抜け出すリナと。
 リナの後をこっそりと着いてくるガウリイと。
「なんだって着いてくるかなあ。このあたしが、あんな奴らにやられるわけないじゃないのに!」
「そういう問題でもないだろう?」
 呆れた声で言われるけれど、何を言いたいのか判らない。
 まあ、全部が全部判らないって事はないんだけど……。
 心配してるんだって事は、判る。でも、それってあたしの実力を過小評価してるって言わないわけ?
「言わないって……。だから、その……」
 何よ、言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよね!!
「言わなきゃわかんないわけ? お前さん……」
 心底、呆れた様に言われる。
「ガウリイに『だけ』は言われたくないわね」
 森の中を歩く。
 暗いけれど、月が皓々と照らしてる。だから、怖くはない。
 足下はおぼつかないけど、盗賊団を倒した後だから『明かり』の魔法で明るい事は明るいし。もっとも、ない方がムード的にはいいと思うんだけどね。
 まあ、このクラゲ男にムードを求めるのは間違いな気も……しないでも。ない。


 どんっ!!


 衝撃は、突如として現れた。
 何も、前兆の様なものは全くなかった。
「リナ!!」
 振り向いた時。そこには、光の柱があった。
 そう。それは、まさしく「光の柱」としか言いようのないものだった。
「何なの、あれは……」
 遙かな高みから、大地へと貫かれる光が。
「行くわよ、ガウリイ!」
 何があるのかは判らない。でも、騒動のあるところ金儲けの話あり!
「おう!」
 もちろん、あたしの中にあるのは金儲けだけではない。
 もしかしたらと。
 背中に視線を感じて、あたしは思う。
 それを知って判っているから、ガウリイは一緒にいてくれるのだろうか。
 いつまで?


 森の外には、草原が広がっていた。
 このあたりは、少し湿気が多く草木もうっそうと茂っているけれど。旅をする分には過ごしやすいと思っている。
 平地には起伏が乏しく、結構遠くまで見渡せるためかも知れない。
「なんだ、あれは……」
「あれは……」
 ガウリイが言うのも無理からぬ事で。
 その光景を言うならば……。
「一つがリビング・メイルだってのは判るけど……」
 無機物な存在に、一時的に疑似魂を与える事。それがリビング・メイルと呼ばれる存在。
 あたしは、何度も色々なリビング・メイルを見た事がある。
 中には、己の「意志」を宿した存在さえある。
「もう一つのあれは……」
 見た目からすると、なにやら得体の知れないもの。としか言いようのないもが、一体のリビング・メイルを囲んでいる。
「フレア・ビット!」
 あたしの指から、いくつもの小さな炎が飛び交う。
 瞬間的に、奴らの意識がそれる。
「どっちの味方をするんだ?」
 あたしの横で、ガウリイが剣を構える。
「決まってるじゃない。あれが見えないのっ!?」
 言いながら、あたしはリビング・メイルの足下を指さす。
 あたしの目から見て、リビング・メイルは妙な動きをしていた。と言うより、ほとんど動かなかったわけだが。近くまで来て判った。
「そう言う事か。判った!」
 言いながら、ガウリイが妙なもの。
 たとえて言うなら、びにょーんとのびた影のような。水飴の様な、黒い物体がとぐろを巻いてガウリイに襲いかかる。
「貴殿は……!?」
 リビング・メイルが、慌てた様な顔で。不意の乱入者である、あたし達を見咎める。
 もっとも、甲冑の兜だから表情があるわけじゃないけど。
「話は後よ!」
 リビング・メイルの足下をさらい、あたしは腕に抱える。
「敵じゃないわ。あんたを信用してあげる!」
「……かたじけない!」
 一瞬のとまどいの後、鎧は持っていた幅広のブロード・ソードを構え直す。
 風にはためくマントを気にするでもなく。
「クリストファ・リー・ロード郷。
 我が剣、我が主の名に置いて、貴殿を滅する!」
 鎧のくせに、なかなか立派な台詞をはいて。ガウリイが戦っている、きみょーな奴らの中に飛び込んで行く。
 話は変わるが、あたしの旅の連れ。ガウリイは、こういっては何だが超一流の剣士である。はっきり言って、そんじょそこらの奴らなんて束になってもかないはしない。
 けれど、鎧は強かった。
 ガウリイとて強いが、そのガウリイはちょっぴり苦戦している。何しろ、相手が水飴の様にのたくってる奴なのだから仕方がない。なのに、そのガウリイをフォローしてあまりあるほどの強さなのだから驚きだ。
「いやあ、強いなあ。あんた」
 戦いが終わった時、そこにはあたしとガウリイ。そして、鎧がいた。
「かたじけない。おかげで、助かりもうした。
 ところで……?」
「大丈夫よ、ほら。この通り」
 あたしは、腕を。正確には、その中を見せる。
「おお……!」
 歓喜に震える声が、鎧から聞こえる。
 けれど、その中身が空洞なのは、あまりにもリズミカルに動く動作からも判る。
 なぜかと言えば、鎧と言うのは鉄だ。どんなに頑張っても、普通に比べればぎこちない動作になるのは仕方がない。
 なのに、それを感じさせないのだから。こんなの、リビング・メイルでなければ無理だ。
 大体、重甲冑なのだし。
「ご無事で何よりです」
 正直な所を言えば、なんだか笑い話の様な気がしてならない。
 下手なお芝居でも変わらないかもしれない。
「あんた、一体なんなの?」
「申し遅れもうした。私はクリストファ・リー・ロード郷。
 従者の身でございます」
 はあ……………………。
 いや、他にどーしろと?
 あたしは、正直に困った。しかし、相手は真面目だ。あくまでも真面目だ。
 ガウリイが何かを言いたそうにしているけれど、あたしは後回しにする。いつもの事だってのもあるけど、それ以上の理由もある。
 何にしろ、こういう訳のわからない相手の場合。とりあえず、一通り事情とかを聴いた方が手間が省けるのだ。下手に口出しをして、何度も同じ事を繰り返し聴かされるのは。はっきし言って時間の無駄である。
「くりすとふぁさん……ですかあ……」
「貴殿等は? さぞや、この世界で名のある方々と見受けられますが」
 まあ……間違いじゃないけど……。
「あたしはリナ。こっちは、あたしの旅の連れのガウリイよ」
「リナ殿にガウリイ殿でおられるか」
 入れたいツッコミはやまほどあるけれど、あたしはぐっと堪えた。
「で、鎧の……ええと」
「リーとお呼び下さい。リナ殿」
「……リーね。で、なんでリーは、追われていたわけ?」
 あたしの、忍耐のたまものであるツッコミは。どうやら、この場合無視された様である。
 おい! なんだってあたしを無視するかなあ!!
 普段なら、これくらい言ったかも知れない。
 だが、今回はそういう訳にもいかなかった。
「リナ!」
「うん……」
 ガウリイの声に、あたしは反応する。
 いつもなら、ここまで反応する必要はないかも知れない。
 けれど、残念な事ながら……今のあたしには、反応しなくてはならない理由がある。
「リナ殿にガウリイ殿。申し訳ないが、しばしの間。お預け申す。
 ここは私が押さえます。安全な所へ!」
 言って、鎧のリーとやらが駆け出す。
「ちょ……」
「待てリナ」
「ガウリイ……?」
 リーの後を追おうとした。あたしを押さえたのは、驚く事にガウリイだった。
「それ、持ったままで行くつもりか?」
 あたしの腕の中に視線を投じながら、ガウリイが聴いてくる。
 う……そうか。でも。
「一度引いた方がいい。あいつなら……大丈夫だ」
「それは……」
 強く言う事も出来ず、あたしあガウリイに促されるままに走り出さないといけなかった。
 とにかく、その時のあたしと言えば。勿論、ガウリイもいつもと違っていたのだろう。
 どれくらい違っていたかと言えば。
「なあ」
 草原より離れ、来た道を戻り。やっと、昨夜泊まった村の宿屋の前まで戻ってきてから。あたし達は、ようやく息をついた。
 多少距離が離れているとは言え、ここからでもはっきりと。夜の闇に浮かぶ光の柱を見て取る事は出来た。しかし、それが音も立てずに狭まり。消えて行く。
 ガウリイが口を開いたのは、それが完全に消えてしまってからだった。
「どーすんだよ……これ」
 幾度目かの問い。
「どーすんだって言っても……決まってるじゃない……」
 応えるあたしとしても覇気と言うものが全く感じられない。
 我ながら、驚くくらい声が平坦と言うか。感情を持っていなかった。
 単に麻痺していただけ、と言う話もある。
「決まってるって?」
「とりあえず、寝ましょ。話はそれからよ」
 あえて反対をしなかったガウリイを横目に、あたしは自らに浮遊の術をかける。
 腕の中の物体が、どうか暴れ出さない事を祈りながら……。
          ◇
 朝。
 光は夢を破るものと相場が決まっている。
 しかし、それは所詮。夢以外を破る事は出来ない。
「夢じゃ……なかったか」
 溜息とも呆れともつかぬ声を出して、ガウリイが困った声を上げる。
 無論、あたしも困っている。
「夢ならよかったけどねえ……」
 溜息をもらしながら、あたしは腕の中に視線を向ける。
 朝になって目立つのも困るので、食事は部屋に運んでもらったものの。どーにもこーにもやりにくいったら、ありゃしない。
 何しろ、あたし達だけ食事をすると言うわけにもいかないのだ。
「困ったわよねえ……実際」
「そうだなあ」
 あたしは、もう一度。腕の中を覗き込む。
 そこには、すやすやと眠る。一人の赤ん坊がいる。
 そう。昨夜、リビング・メイルが守ろうとし、あたしに預けられた存在。
 それこそ、あたしの腕の中ですやすやと眠る黒髪の赤ん坊だった。
 言って置くが、まだ一度も起きてはいない。
「どうするんだ? これから」
 あたしを横目に、ガウリイもいまいち食が進んでいない。
 まあ、当然かも知れない。
 いきなり赤ん坊を押しつけられれば。誰だって困るものである。
「どーするって言われてもねえ……」
「このままじゃ、ずっとここに足止めになる訳だし。子供を連れたままで旅なんかも出来ないだろ?」
 だからと言って、子供を置いたまま。あたし達だけ旅をするわけにも行かない。
 ガウリイの言いたいことは、まあ。判っているつもりだ。でも、そう言っていたからって。いきなり子供がパッと消えてくれると言うわけでもない。
「ガウリイって、嫌いなの? 子供」
 ふと思って、聴いてみた。
 どうにも、いつもより2割り増しくらいでガウリイの機嫌が悪いような気がしたから。
「ん? いや、そうじゃなくて……。だって、おまえさん。ずっと子供抱きっぱなしじゃ疲れるだろうし。それに……」
 なに? 焼き餅?
 ふと、笑って聴いてみたりした。
「違うって……。
 だから、怖くてさ……」
 ちゃかして見たものの、ガウリイが真面目に返す。
 悪かったかな? でも、怖いって?
 大男だの、スケルトンだのゴーレムだのが相手だって。平気で戦えるガウリイが、こんなちっちゃな赤ん坊相手に怖いだなんて……。
 何かあったのだろうか?
「そう言う意味じゃないって。だから……こんなにちっちゃいだろう? だから、さわったら壊れそうじゃないか」
 なるほど、納得。
 ガウリイくん。どうやら、あまり赤ん坊とふれあうような機会はなかったのか。それとも、その関係でトラウマでもあるのかのどちらかの様である。
「リナもだけど、よく平気だよな。皆」
「そりゃあ、あたしは昔。魔道士協会の学費稼ぎも兼ねて、ベビーシッターのバイトくらいした事あるし。幸い、この子の首は座ってるし。
 サイズから見て、どうやら1歳か。そこいらは行ってる様な気もするしね。
 流石に、生まれたての赤ん坊ならばともかく。これくらいならば大丈夫よ。それに、ガウリイが思ってるよりも丈夫なんだよ。赤ん坊って」
 言われて、ガウリイがじーっと赤ん坊の顔を見つめている。
 不思議そうな、優しい目をしながら。
 うんうん。あたしにも、そんな時があったなあ。
「そんなもんなのかあ?」
「そんなもんよ。
 なんなら、抱いてみる?」
「えっ!?」
 驚く事はないと思うのだが、どうやら本気で困っている様である。
 そんなに困る様な事はないと思うんだが……。
「あたしも朝御飯食べたいしさ。ほら」
 どぎまぎしながらも、好奇心丸出しのガウリイが赤ん坊を受け取る。
 ガウリイが受け取ったとたん、赤ん坊の目が開く。
「お、おいリナ。目が開いたぞ!」
「そりゃあ、目くらい開くでしょうが。生きてるんだから」
 呆れながらも、なんだか楽しくなってしまって。笑ってしまう。
 ガウリイの過去は知らない。でも、少なくとも赤ん坊の一緒にいられる様な世界ではなかったんだろうと言う事は判る。
「どれどれ?」
 お腹は空いていたけれど、あたしはご飯を食べることも忘れて。ガウリイの腕の中をのぞく。
 赤ん坊の目は、髪と同じく黒い、綺麗な瞳をしていた。
 あたしとガウリイの顔を見て、きゃっきゃと笑っている。
「おい、リナ。笑ったぞ!!」
 驚きながらも、ガウリイが嬉しそうに笑う。
「うーん……この調子なら、柔らかいものくらいは食べられそうね。おかゆか何か頼んでくる」
「お、おい……!」
 困った調子で、ガウリイがあたしを引き留める。
「ちょっとくらい見ててよ。すぐに戻ってくるからさ」
「でもなあ……」
 真面目に困った顔をするガウリイを見て、あたしは笑いながらも部屋を出た。
 ガウリイの別の一面を見て、なんとなく。くすぐったかった。
          ◇
 赤ん坊は、かなり変わっていた。
 まるで、自分の「意志」があるみたいだった。
 別に、赤ん坊に自身の「意志」がないとは言わない。それどころか、大人の様に「壁」があるわけでもないから。自分自身の願望には、とてつもなく忠実だ。
 なのに、この赤ん坊はほとんど「泣く」と言う行為をしない。
「いいじゃないか。リナもイライラしないんだし」
 普通の赤ん坊の育て方をレクチャーされたガウリイは、どうやら本気でびびっていたらしい。まあ、ちょっと脅しすぎた部分がある事は確かだし。そう言う意味では可哀想かも知れないが。実際、あたしのやったベビー・シッターの仕事で会った子供達と言うのは。土地柄もあってか、かなり手強かったのは本当の話である。
「でも、赤ん坊の「仕事」って泣く事なんだよ? 赤ん坊が「泣く」って事は、自分の「今」の状態を周りの人に知らせる事を意味してるのに。それをしないって事は……」
「たまたまって事はないのか?」
 すっかり赤ん坊に慣れたのか、ガウリイは腕に赤ん坊を抱いたまま歩いている。
 あたし達は、昨日の鎧に会った場所に向かっていた。宿屋にいたままでは、もしも鎧が戻ってきたとしても赤ん坊を返せなくなってしまう。
「ううん、それはない。赤ん坊ってね、好奇心旺盛なの。もちろん個人差はあるけど、だからって「注目」して欲しい感情のない赤ん坊ってのは存在しないわ!」
「そりゃあ、おまえさんの……いや、なんでもない」
 あたしの視線を感じたのか、ガウリイが口を閉じる。
 素直でよろしい。
「それより、あの鎧に赤ん坊渡して大丈夫なのか?」
「大丈夫。……だと思うわ」
 ガウリイが言ってるのは、恐らく赤ん坊が「どこから」来たのかを考えての事だろう。恐らく、赤ん坊も鎧もこの世界の存在ではないだろう。あの光の柱を見たら、それくらいは判る。そして、二人を襲ったものは。あたしの知る限り、この世界の存在ではない。
「もしも、この赤ん坊がどこかの国の領主とか。どっかの誰かの子供だとしても、あの鎧は少なくともこの世界のリビング・メイルには見えないわ。基本的に、リビング・メイルに明確な「意志」はないもの」
 ただし、あたしのよく知るリビング・メイルの中には。乙女ちっくな人格と言う恐ろしい奴もいるわけだが……いや、この話はやめよう。
 噂をすると出てくると言うし。
「それなら、あの鎧も赤ん坊も。この世界の存在ではないと見るのが普通よ。
 そして、もしもそうなら。この子は元の世界に帰るべきだわ」
 あたしの言葉に、ガウリイが答えを返さない。
 恐らく、見抜かれているのだろう。
 すでに、あたしが赤ん坊を帰したくない衝動にかられているのを。でも、あたしがこの赤ん坊だとしたら。元の世界に帰りたいと思うだろう。この赤ん坊が、瞳と同じ強い「意志」を持っているとしたら。
「リナ」
 ガウリイが立ち止まって、あたしにまっすぐな視線を向ける。
「判ったわ」
 細かい事は言わず、あたしはガウリイから赤ん坊を受け取る。
 ガウリイの意識を感じ取って、あたしも精神をコントロールして魔術を行使しようとしてみる。
 つまり、周囲に「敵」がいるのだ。
 けれど、今のあたし達には赤ん坊がいる。この子を見捨てるなら全力で戦えるが、そう言うわけにも行かない。だから、あたしを防御してガウリイが前面に出る陣形を取る。
 ガウリイが、剣を抜いた。
 だけど、もし昨夜の「へんなもの」だとしたら。ガウリイの剣だけで果たして、勝てるだろうか?
「ブラスト・アッシュ」
 念のために、あたしはガウリイの剣に魔法をかけて置いた。
 魔族にも効力があって、少しでも範囲のある魔術となるとストックが少なくて困る。かと言って、んな事を今言っても仕方がない。
「これで少しは大丈夫だと思うけど……」


 ざっ!!


 森はまだ続いている。昨日の場所そのものに出ようとするならば、あと少しは歩かなくてはならない。
 だから、風が。森が、あたし達の目をくらます「敵」となるが。同時に、「敵」の居所を教えてくれる「味方」にもなる。


 きいぃん!!


 鋭い金属質の音がして、ガウリイが一歩引いた。深追いはしない。
 それは、あたし達を守る為でもあったし。相手が昨夜の奴だからでもある。
「リナ!」
「判ってる!!」
 すでに、あたしは呪文を解放するためのコントロールを終えている。けれど、子供を抱いたままだからなのか。なかなか呪文を放てない。
「ゼラス・ブリット!」
 あたしの片手から、電撃の様な光が飛び放たれる。
 あたしの意志に呼応して、光はガウリイを避けて「へんなもの」を追いかける!
「たあぁっ!」
 あたしの脇を、ガウリイが駆け抜ける。
 後ろからも来たか!?
「大丈夫かっ!?」
「ごめん!」
 あたしは、なんとか体勢を立て直す。けれど、片手に赤ん坊を抱えたままで戦うなんて。最初から無茶な話なのだ。
 とは言うものの、だからって現状が変わるわけでもないけれど。
 幾らガウリイが頑張っても、あたしをフォローしつつ……なんてし続けていられる訳はない。どうにか現状を打破しない限り、赤ん坊もろともやられてしまうっ!?
「ブラスト・アッシュ!!」
 あたしの片手からのびた、黒いちりの様なものが。黒いやつらにばらまかれる。
 しかし、さっきのゼラス・ブリット同様。あんまり効果がある様には見えない。
 やっぱり、別の世界の存在なのだろう。この世界の中級魔族にだって効力のある魔術が、ほとんど効いてる様には見えない。かと言って、あたしのストックでは強力すぎる呪文くらいしか残っていないし……。
「リナ!!」
「判ってる!!」
 いらだつガウリイの声を、更にいらだつ。あたしの声が答える。
 けれど、赤ん坊を守りながらなんて無理だ。おまけに、相手はそこらにごろごろしている野党とか盗賊ではない。異世界の魔族だろうと思える存在。
「俺が極力攻撃するから、リナは出来る限り赤ん坊を守ってくれ!」
「でも、ガウリイ……!」
「たぁぁぁぁぁっ!」
 ガウリイが走り出す。
「エルメキア・ランス!」
 あたしの呪文が飛ぶ。けれど、それは大した威力を持たない。
 敵は体を飴の様にくねらせ、攻撃をかわしているくらいなのだ。
 遅かれ早かれ、このままでは赤ん坊共々倒れるだろう。けど、そんなのはイヤだ!
 知らぬ間に、あたしは赤ん坊を抱える力を強めていた。なるべくガウリイの側に近寄る様にして、踏みとどまろうとして。けれど、どうしたって限られてしまう!


 どうしよう。


 あたしの中にあるのは、それだけだった。
 どんなに頑張っても、赤ん坊を抱えている限り。いつもの力を発揮する事は出来ないだろう。それに、相手はこの世界の存在じゃない。
 だけど、不思議な事に。赤ん坊を捨ててまで戦おうとまでは思わない。


 呼んで……。


「リナ!?」
 あたしに向かって、手を差し延ばす。
 あたしの肩を抱くように、ガウリイが。
 敵は減っていない。なのに、なのにあたしは。
「リナ、どうしたんだ!?」
 赤ん坊を落とさない程度に、だらしなくおろされた手。
 座り込んで、力さえも入らない足。


 誰?
 ううん、誰でもいい。力を貸してくれるなら。
 あたしの主義じゃない。誰かの力を借りるなんて、相手が何者かも判らないなんて。
 そんな相手を信じるなんて。
 でも、あたしは願う。
 だって、あたしは……。


「リナ!!」


 声が聞こえる。
 ガウリイの声。あたしを呼ぶ声。
 当然だろう。戦いは、終わっていないのに。
 そのまっただ中で、赤ん坊を抱いて座り込むなんて。
 ガウリイの手間が増えるだけだと、判っていても。
 答える事すら。


 呼んで……。


 知らない声。それが、あたしに「呼べ」と言う。
 でも、一体何を呼べばいいの?


「しっかりしろ! こいつらが、何かしたのかっ!?」
「ガウリイ殿!!」
 呼び声と共に、ガウリイの目の前にいた奴が。上下に割られた。
 そのまま、黒い塵となり空気に溶けて行く。
 鎧が、宙をかける。
「ええと……?」
 当然、ガウリイは覚えていない。
「ご無事でいらしたか……」
 ほっとした様なリーの声に、敵ではないと言う安堵感を覚えたのだろう。
 さすが、本能で生きてる奴……。
「これは……!」
 何か思う所でもあるのか、リーが声を上げるが。
「来るぞ、鎧!」
 ガウリイにかかれば、鎧でしかない。いや、あたしにだって鎧でしかないけど。
「ガウリイ殿、私にはクリストファ……いえ。そのような些末な事にこだわっている場合ではありませんでしたな」
 リーが、一度抜いた剣を納め。もう一度抜き。
 出会ったときと同じ、構えを取る。
「我が主の名におき。我が名、クリストファ・リー・ロード。
 我が主に捧げし剣において、貴殿等を滅する……」
 厳かに宣言したリーは、とても重装備鎧とは思えない機敏さで。それまでとは段違いのスピードで、敵を滅ぼしていく。勿論、ガウリイも黙ってみていたわけではないが。それでも、その力は計り知れない。
 だが、どうしても打ち漏らすものがあるのか。それとも、どこからか沸いて出るのか。リーが倒して行くよりも、増殖する敵の数の方が多い。わずかばかりだけど。


 力が欲しい。今、動ける力。
 守れる力が欲しい。


 呼んで……。
 私を呼んで。


 呼ぶ。
 誰を呼べばいいの?


「リナ殿、若!?」
 あたしの目に映ったのは。
 戦う姿のガウリイと、閃光を残しながら。ものすごい早さで駆け抜けるリーと。
 今にも、あたし達を倒そうとしたらしい闇の塊。
「ぐろーりぃ……」
 つぶやきが、あたしから生まれた。
 どこから来たのか、あたしは知らない。だけど。


 もっと、もっと強く!


 両腕に力を込めて、とっさだったけれど。必死に体を丸めて。
 次に来るだろう衝撃にそなえ、出来れば。せめて、あたしの体で押さえたい。楯にしてでも、命を!
「グローリィ!」


 どん!


 それは、一瞬の出来事だった。
 目をつむり、赤ん坊を守ろうとし。そして、あたしは死を覚悟した。
 けれど。
「な……なにが……?」
 声。ガウリイの声。
 何を驚いているのか、それとも。あたしは、まだ「生きている?」とでも言うのか?
「おおっ!!」
 歓喜に震える声。リーの。
 鎧なのに、くぐもった感じはほとんどない。それとも、世界が違うせいだろうか?
『ロード郷よ』
 声は、知らないものだった。言葉も知らない。
 聴いたこともないのに、判る様な気がした。
 ふと、顔を上げる。
 そこには、光があった。あたしの、と言うより。
 あたしとガウリイと、赤ん坊を中心にして。天から大地に光が突き刺さっている。
「はっ!」
 リーが、ずんぐりむっくりな体を。意外にも器用に折り曲げて、その場で膝をつく。
『我は、この時代の我ではなく。されど、今ひととき我に従ってはもらえぬだろうか?
 我と、我を我とせん方々の為に』
 はっきり言って。
 判らない。
 思わず、ガウリイと視線を会わせてしまうけれど。だからって何かが判るわけでもない。
「我が時に無き主よ。我が剣は、主をお守りする為のもの。
 若の御身をお守りする為、我が剣に力を!」
 見ていると、空中に浮かんでいる人物と。リーとは会話をしているらしい。
 聴いた事のない言葉なのに、なぜか判る。
 そして、リーの言葉にうなずき。空中の人物は手をかざす。
 手より放たれた光を浴びて、リーの姿がこれまでの。卵のような3頭身から、6頭身にまで変形し。そのまま、閃光そのものとなって。これまでとは比べもにならない早さで、闇を切り裂いた。
『我を我とせしめたり、異世界の方々よ』
 浮かんでいた人物が、あたしと。ガウリイの目の前まで降りてくる。
 あたしは、いつの間にか立ち上がっていた様だ。
「グローリィ……」
 光に包まれた人物は、どことなくガウリイに似た顔立ちをしていた。
 髪も瞳も黒なのに、そこには赤い。きらきらした感じがある。
「グローリィ?」
 ガウリイの疑問は、当然と言えば当然だった。
『ありがとう。あなたが名をくれたから、私は「神をもうち倒す者」となれた』
 優しい瞳で、彼。グローリィが笑った。
「グローリィね。あなた、グローリィなんでしょう?
 この子なんでしょう?」
 もし、腕の中に赤ん坊を抱えていなかったら。そのまま胸ぐらを掴んで追求したかも知れない。それだけ、あたしは焦っていた。
『確かに、私はグローリィ。
 リナ=インバースにより名と勇気を得。ガウリイ=ガブリエフにより、力と優しさを得たもの。
 神をうち倒し、魔を破るもの。
 私は、あなた方の「ほまれ」となり得たのでしょうか?』
「あ……」
 飾り気のないローブだけ。グローリィの身にまとうものは、それだけだった。
 けれど、圧倒的な力を感じてしまう。
 そのグローリィが、あたしの腕から赤ん坊を。赤ん坊の自分自身であるグローリィを、決して乱暴にではなく受け取る。
「この子は、こいつなのか……?」
 あたしには、なんとなく判った。
 恐らく、赤ん坊となったグローリィは。元の世界で何かをしたと言うか、されたと言うか。とにかく、事件があったのだ。所が、グローリィを狙う奴らと戦う最中。世界に穴が開いてしまった。
 そして、あたし達の世界に落ちたグローリィは。知っていたのだろう。未来の自分自身が、あたし達と自分自身の危機を助ける事を。だから、未来になって力を得たグローリィは。こうして、あたし達を助けに現れた。
 あたしが名付け親となったのは、世界を開く為。
『ありがとう。そして、さようなら。
 二度と会う事はないけれど、愛していますよ』
 いつの間にやら控えていたリーが、グローリィの側にあった。
 あたし達に、一度だけ頭を下げた。
「あんたは、あたし達の「ほまれ」よ」
 赤ん坊のグローリィがいなくなったせいなのか、言っている言葉は完全に判らなくなった。でも、なんとなく判った。
 あたしの言葉が判ったのかどうかは判らない。でも、光と共に消えて行くグローリィは。
 笑っていた。
          ◇
 空を見上げる、あたしをガウリイが見ている。
 決して、声をかけたりしない。
「さて、行きましょうか」
 優しいよね、ガウリイは。そして、強い。
 あの子は、ガウリイから力と優しさを得たと言っていたくらい。
「一体、なんだったんだ? あいつは……」
 ところで、目下の問題は。どうやって、この脳スライム男に。事態を説明するかと言うわけなのだが……。
 まあ、いいか。時間はたっぷりあるんだし。
「ね、ガウリイ」
「うん?」
「赤ん坊って可愛いと思わない?」
 関係ない事を、言ってみるあたし。
 別に、話をそらそうとか思ってるわけじゃない。
「そうだなあ。思ってたより、悪くなかったなあ……」
「あたしも、欲しくなっちゃった」
 すれ違いざまに、言ってみる。
「リナの赤ん坊かあ……」
 なにやら、妙な想像でもしているのだろう。ガウリイの額に冷や汗が流れている。
 むっ。
「そしたら、見てくれる? あたしの赤ん坊」
 あたしは振り向く。
 ガウリイが、どんな顔をしているのか知りたくて。
 そして、空の向こうに消えた。
 赤ん坊を見たくて。
 いつか、会える事を願って。

 toast


トップに戻る
5958二人E-mail URL1/8-00:00
記事番号5930へのコメント
えっと、これは詩です<だから何だ(^^;
ずいぶん前に、いきなり仕事中に出来ました。あの頃は、4時間45分の間の最高5個も小説が出来てしまって(展開はしてないのでネタ状態ですが)。とっても苦しんだ覚えがあります。
だって、仕事になんないんだ。これが(^^;
あああぁっ!! 仕事中に何してやがるなんて言わないでぇぇぇぇぇっ!!
事実だけど(ぼそ)<最大級自爆

この詩は、特に誰って決めたわけではありませんでした。
誰かにとっての誰か。
例えば、これを読んだ人が望むのならばスレキャラでもいいわけですし、ロスユニキャラでも歴史上の人物でも。
ましてや、現実にそって生きてる人でもいいなって思いました。

あなたには、そんな人がいらしゃいますか?
まあ、現実にいたら怖いかもしんない・・・見つかったら、すごいけど。

誰かにとっての誰か。
それは、案外遠くて近い所にいるのかも知れません。
生きてる間に、会えるかな?

-------------------------------------

二人


寂しさと無縁だった。

一人でいるのが楽しかった。
一人でいるのが責だった。


出会わなくても平気だった。


自分よりも大切なものがなかった。
誰よりも自分自身を殺したかった。


だけど、出会ってしまった。


何を願うの?


今日も一緒にいられた事を。
明日も一緒にいられる事を。


一人であったあの頃を、思い出す事は。もう出来ない。


一人の夜を、耐えられるほど。
強くはないから。


知らなかったの?
一人が寂しい事を。
判らなかったの?
本当に求めていた事を。


知りたくなかった。
弱くなるから。
判りたくなかった。
罪を思い出すから。


でも、今は。
一人でいるのが怖い。
夜が怖い事を、思い出す。
二人なら怖くない。
夜に一人でない事を思い知る。
そう、思える強い自分。
新しい思いを持つ、自分と出会うから。

トップに戻る
5963君に会えた意味をE-mail URL1/8-03:41
記事番号5958へのコメント

ええと、思う所ありまして。
とっとと掲載する事にしました。
まあ、事情は聞かないでください。気まぐれですから(爆

この話は、ちょうど一年前の2月22日午前2時10分に某MLで流したもので。
現在は某所学園の片隅に、ひっそりと<誰、笑ってるの(笑>たたずんでおります。
この話も対になっておりまして。この頃は「リバーシブルネタ」がちょこっと流行りました。
で、なんで時間まできっかり判るのかと言えば。
実は、MLで流した後に誤って元データを消してしまった為。頼んで転送してもらったんです。
あのころからですねえ・・・「HP作ろうかなあ?」とぼんやりと思ったのは。

では、「君に会えた意味を」をお楽しみ下さい
なお、なんか笑えるので当時のメールに一緒にくっつけておいた僕の日常的な話もつけて置きます(笑


------------------------------------


 どうも、Mです。
 今日、朝からやたらとガウリイが泣いてます(頭の中で)
 なんで泣いているのかと聞いたら、リナちゃんが奪われたからだそうです。
 ・・・まじ?
 何してたんだ、おまえはぁっ!? ・・・ぐう。
 っは!? 僕、今なにをしてたんだっけ???

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

君に出会えた意味を(M)

 ぽつ・・・ん。
 ぽつ・・・ん。

 どこかで滴の落ちる音がした。
 どこかで涙の落ちる音がした。

「ガウリイ・・・」
 浮かぶ、影よりも濃い影。否、暗黒と呼ぶに相応しい。
 その中で、唯一存在として知らしめん。
 ・・・光。

「リナ?」
 訪ねる声は、果たして誰のものなのか。
 自分のものなのか、誰かのものなのか。

「さよならだね」
 静かに。
 ただ、静かに流れる。
 流れ落ちる。
 透明な雫。
 消える。
「あたしは行けない。これ以上は行けないのよ!」
 吐き出されるのは、絶叫。
 魂の声。想いのコトバ。
「ガウリイは、行って。光の中に。
 だけどあたしは。行けない、だってあたしは・・・!」
 虚空から、一対の腕が現れた。
 手以外は黒で覆われた服装。髪すらも。
 それが、虚空に浮かぶ少女を抱きしめる。
「だってリナさんは、僕達の『王』なのですから」

「ちょっとガウリイ!」
 気がついたら、すでに頭に痛みが走っていた。
 なんだろう?
「しっかりしてよっ! もうっ!」
 リナが必死の形相で見上げている。
 常に意志を宿した、強い瞳だけど今。その光に陰りが見える。
 なぜ?
「どうかしたのか?」
 旅をしている途中・・・のはずだった。
 そんな格好をしているし、歩いているのに間違いはないのだから。
「どうかしたのか? じゃないでしょう・・・?」
 泣きそうな、別の光。
 見たくない光。
 夢を思い出す。
「変よ、アンタ」
 そうだろうか? そうかもしれない。                  
                           
どこが? 誰が? どうして? 
 何が?
「・・・悪かった」
「本当に大丈夫なの? どこか悪いなら、お医者さんでも探して・・・」
「いや、本当に大丈夫だ」
 見たくないものを、むりやり見せられた気分。
 だけど、それを引き起こしたのも。
 紛れもない自分自身。
「だから、リナが気にすることないさ」
「・・・ふう。
 まあ、そう言うならいいけどさ。あんまり、ぼけっとしてないでよ。
 アンタは、あたしの自称とは言え保護者なんだから」
「ああ」
 まだ何か言いたそうだった。
 その声を聞きたい。もっと聞きたい。
 もっと側で、もっと近くで。
「あ、そうだっ!」
 のばしかけた手の居場所を失い、慌てて引き戻す。
「ガウリイ、次の町に『にゃらにゃらの躍り食い』に負けないくらいおいしーも
 のがあるんだって。確か、今頃は旬のはずだからおいしいはずよ!」
 食べ物の話。いきる為の話。
 なにげない話。当たり障りのない話。
「そうなのか?」
「うん! こーなったら、今日中には次の町に着く様にしないとね」
 握り拳まで作って、リナが笑顔で答える。だが、それは気を使っているもの 
だ。
 それくらいならば、わかるようになった。
 なって、しまった・・・。
「そうだな」
「ガウリイ、何か言いたいことでもあるんじゃないの?」
「え?」
 いきなり、リナが沈んだ声を出した。
 こちらを見ず、それでも歩む足は止まることはない。
「後悔でもしてるんじゃないの? あたしの、保護者やるの」
 止まるどころかスピードを上げて、リナがどんどんと距離を引き離すように。
 だけど、決して走ったり術を唱えたりはしていない。
「おい、そんなに急ぐと・・・」
「はっきり言えばいいじゃない。あたしの側にいるのは、もうヤダって。
 こんな、いつ殺されるかもわかんない様な。危険きわまりない女の側にいた
ら、いくら命があっても足りないって!」
 何を考えているのか、リナはスピードを上げながらも走らない。当然、後を追わなくては会話は出来ない。頑固なまでに歩き続けることで、なぜかはわからないが。
「誰がそんなこと言ったんだよ!」
 スタスタスタスタ・・・。
「ガウリイ見てれば判るわよ!」
 スタタタタタタタ・・・。
「いつ、俺がそんなこと言ったんだよ!」
 タタタタタタタタ・・・。
「だったら、なんでそんな顔してるのよ!」
 突然立ち止まったリナは、泣いてはいなかった。いつものように、怒った顔をしている。機嫌の悪い時に、よく見られる顔。でも、いつもと少し違う?
「そんなって・・・?」
「ガウリイこそ、すっごく機嫌の悪い顔しちゃってさ。何も言わないから、あたしには全然わかんない。ガウリイの考えていることなんて、全然わかんないよっ!
 夜だって、一晩中起きてるみたいだし!!」
 夜。
 夜になると静けさが来る。夜が来ると闇が現れる。
 夜が現れると、夢に引きずり込まれる。
 見たくない、夢。
「・・・それって、リナも一晩中起きてるってことじゃないのか?」
「そ・・・そぉんなことはどーでもいいのよ! あたしが言いたいのは、なんで ガウリイが起きてるかってことなのよ!」
「じゃあ、リナはどうして起きてるんだ?」
 突かれたくないところを突かれて、リナが答えに窮している。
 今の今までのことが嘘みたいに、リナがしどろもどろになりながら。それで
 も、一生懸命に言葉を選んでいる。
「あ・・・あたしは、夢が・・・」
「夢?」
 最後の方はほとんど聞こえなかったが、なんとか聞き取ることが出来た。たぶん、それは同じ悩みを持つものだから。
「夢を、見たのよ。
 どこだかわかんないけど、ガウリイがいて。光の方に、連れてかれる夢。
 流石に、相棒がいきなり消えたら驚くじゃない。だから・・・」
 泣くだろうか。
 夢の中のリナは、泣いていた。
 自分は行けないから、ガウリイだけでも行って欲しいと泣いていた。
 だが、それは夢の中の話。
 現実のリナは、果たして夢の中の様に泣くだろうか?
「もし、俺が。リナの見た夢の様に消えたら。
 リナは、どうする?」
 きょとんとした顔で、少し間があった。
 だけど、すぐにいつもの。
 強い意志を宿した瞳がよみがえる。
「場合にもよるけど・・・そうね。
 たぶん、さらわれたなら取り戻すわ。でも、ガウリイが自分からいなくなるなら。探しもしないでしょうね。あたしから、自分からいなくなる様な弱いやつなんて。最初からあたしといる資格なんてないもの!」
 それは、現状が決めることではあった。
 それは、運命と呼ぶ物かもしれなかった。
 それは、誰かが選ぶものだった。
 では、誰が選ぶのか?
「そうか、そうだな・・・」
「ガウリイ?」
「自分で言ったんだ。自分で決めた。だから・・・」
 リナは待った。次の言葉を。
「俺は、リナの保護者なんだよ」
 リナが自分の胸に触れた。
 驚いた様に全身が反応して、何かを困っている様な感じだった。
「さっ、次の町に行って。うまいもん食うんだろう?」
 頭をくしゃりとされたからだろう。
 リナが反応した。
「もうっ! また子供扱いするんだから!!」
 いつもの笑顔。
 いつもの光。
 いつもの。

「じゃあ、ガウリイ。もし、あたしが消えたらどうするつもりなのよ?」
 しばらく歩いた。でも、黙っていられたのは少しの間だけだった。
 まだすねているらしく、リナが冗談めかして言った。
「え?」
「あたしが誰かにさらわれるとか、されたら」
 気づいているのだろうか?
 意図してなのか、無意識なのかは別として。
 自分から消えると言う選択がなかったことを。
「そうだな・・・。
 そんなこと、させなきゃいんだ」
 リナの目が見開かれた。
 驚いたまなざしをした。

「俺が、守るから」

 届かぬように、決して奪われぬように。
 閉じこめることが出来れば、苦労なんてしなくて済むのに。
 どれだけ風が強くても、どんな敵が現れても。
 心がある限り、闇に還ることを望まぬ限り。
 ここにあればいい。

「頼りにしてるわよっ! 自称保護者さん」
「おうっ!」

 闇がリナを求めても。
 リナには、光が似合ってる。
 それが君に、出会えた意味。

終わり

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 どうも。Mです。
 今、すっごく眠いです。
 睡眠不足再びです。
 どうやら、寝不足だと話が短くなるようです。
 んなばなな(笑)
 すとれい・しーぷがかわいそうです・・・
 ぐう・・・

 M(睡眠中)


トップに戻る
5965そこに刺す痛みE-mail URL1/8-04:22
記事番号5963へのコメント

この話が、「君に〜」のリバーシブルバージョンです。
やはし、某所学園に・・・あった気がする(自爆汗
これは、本来でしたらちゃんと台詞はぴたりと会わせる予定だったのですが。
前述の通り、「君に〜」を紛失した関係で確認がとれませんでした。
で、今になって変えるのも面倒なので変えませんでした(更自爆
これも割と短いです。
この頃は本当に短いですねえ・・・。
さっき出来たばかりの新作なんて、気が付いたら10p越えそうになっていたのに・・・。
無理矢理、10pで止めました。

これも、Mの日常メール着きです。
お腹壊して、眠れなかったから書いた・・・と言うオチです(><)

-----------------------------------------

どうも、Mです。
こんな時間に起きてます。
理由は色々あるけど、なんでかは忘却の彼方へ押しやりました。
お腹減りました。
あとで何か食べたいです。
やっぱり、悪くなった卵は怖いでーす!
だから、思わず新作作りました。
『君に会えた意味』のリナ一人称バージョンです。

△▼△▼△▼△▼△
そこに刺す痛み  written:M

     0

 走っていた。
 あたしは、力の限り走っていた。
 決して届かないと判っていても、それでもかなわないと知っていても。
 走らずにいられない。
 体が、心が意識を裏切る。
「彼は連れて行くよ、僕の街サイラーグへ」
 どんなに手をのばしても、どんなに叫んでも。
 闇に絡み取られた四肢。青い水晶が彼を縛る。
 届かない声。届かない腕。
 全ては知っている。
 夢だから。
「ガウリイ、ガウリイ、ガウリイっ!!」
 どうして。
 心臓は破れないのか。喉が枯れないのか判らない。
 なぜ。
 声が届かないのか、腕が届かないのか知らない。
 アイツが。
 答えない理由。本当の訳。
 知っている。判っているのに。

「なぜ、あなたはいつまでも目隠しをするのですか?」
 漆黒の闇。
 そこから現れる現象。
 知りすぎるほど、判っているから。
 知っているから。それでも、傷つくあたしがいる。
 なぜ?
「目隠し?」
 あたしは走り続けている。
 無意味だと判っていて、それでも止められない。
 彼と対峙する、あたしがいる。あたしが見ている、あたしを見ている。
 あたしは二人。
 走り続けるあたし。それを見ているあたし。
 だけど、どちらもあたし。
「あなたは世界を『混沌』へと返す、僕達の『王』なのに」
 走るあたし。距離は縮まらない。
 それでもあたし。走り続ける。
 なんで?
「そんなの、どうでもいいわ」
「なぜですか?」
 心のどこかで、あたしは知っている。
 あたしは確かに、彼らの『王』となる資質を持っている。でも、あたしは『人
間』でしかあり得ぬのだ。それだけは変わらぬ事実だ。
 求める事さえなければ。

 あたしは、答えた筈だった。
 でも、その言葉が聞こえなかった。

     1

 何度か、やった事がある。
 だけど、その度に怖くて逃げてきた。
 確かめる事が。
 いるだろうか? それとも?
 ガウリイの部屋。この中に、向こう側にいるはずの。
「馬鹿みたいね……。
 そんな事、あるわけないのに」
 いないかも知れない。なんて

 朝から、ガウリイの反応は鈍かった。
 もしかしたら、ここ数日はずっとこうだったのかも知れない。
 あたしが、気づかなかっただけで。
「ちょっとガウリイ!」
 あたしは、すでに拳を握っていた。
 次にある筈の、反応を期待した。
「しっかりしてよっ! もうっ!」
 だけど、それは悲しくなるくらい。ひどくぼんやりとしたもの。
 生きていると言うには、あまりにも薄く感じるもの。
「どうかしたのか?」
 元から、人の話を聞かない男だった。
 それを気にして、何度も怒った事さえある。
 だけど。
「どうかしたのか? じゃないでしょう・・・?」
「え?」
 生きているのだと、確かめたいと思った。
 触れれば届くのだと、感じたかった。
 でも、ガウリイがそれを望んでいないのだとしたら?
 もしも、ガウリイが「ここにいたい」と思っていなかったら?
 あたしは。
「後悔でもしてるんじゃないの? あたしの、保護者やるの」
 聞きたくなかった。聞かなくてはならないのに。
 届かなければ、声が聞こえなければ。答えを先送りに出来るかも知れないか
ら。
 だけど、決して走ったり術を唱えたりはしない。
「おい、そんなに急ぐと・・・」
「はっきり言えばいいじゃない。あたしの側にいるのは、もうヤダって。
 こんな、いつ殺されるかもわかんない様な。危険きわまりない女の側にいた
ら、いくら命があっても足りないって!」
 確認するのが怖い。ガウリイが人間でないかも知れないと思うと。
 ううん、ガウリイが。「一緒に旅をしたくないと思っている」かも知れないと思う事を。確認するのが怖い。
 だから、呪文は使わない。当然、後を追わなくては会話は出来ない。頑固なまでに歩き続けることで、卑怯だとは判っていても。
「誰がそんなこと言ったんだよ!」
 聞きたいのに、聞きたくない。
「ガウリイ見てれば判るわよ!」
 あなたは人間なの? それとも。
「いつ、俺がそんなこと言ったんだよ!」
 ううん、そんな事じゃない。
 あたしが怖いのは、その程度の事じゃない。
「だったら、なんでそんな顔してるのよ!」
 あたしは止まった。
 だけど、泣いてはいなかった。いつものように、怒った顔をしている。
 でも違う。他に、どんな顔をすればいいのか判らなかった。
「そんなって・・・?」
「ガウリイこそ、すっごく機嫌の悪い顔しちゃってさ。何も言わないから、あたしには全然わかんない。ガウリイの考えていることなんて、全然わかんないよっ!
 夜だって、一晩中起きてるみたいだし!!」
 怖い。夜が来るのが。
 一人だと言う気がして。側に誰もいないのだと、朝日は昇らないのだと。
 言われる気がして
 笑顔でいられない気がして。
「・・・それって、リナも一晩中起きてるってことじゃないのか?」
「そ・・・そぉんなことはどーでもいいのよ! あたしが言いたいのは、なんでガウリイが起きてるかってことなのよ!」
「じゃあ、リナはどうして起きてるんだ?」
 あたしは、言葉を失った。
 なんて言えばいいのか、すごく困る。
 怖いのだと、一言で済むかも知れない。それ以外、出てくる言葉はないのだから。
 だけど、それではいけない気がして。
「あ・・・あたしは、夢が・・・」
「夢?」
 呟くものになってしまった。でも、言葉は出ない。
 何も言わないよりは、ずっとマシだと思ったから。
 でも、ガウリイには届いた。
「夢を、見たのよ。
 どこだかわかんないけど、ガウリイがいて。光の方に、連れてかれる夢。
 流石に、相棒がいきなり消えたら驚くじゃない。だから・・・」
 そう。
 闇の触手に包まれた、ガウリイは光の方へと連れて行かれた。
 そこで青い水晶の中で。
 砕かれる夢。
「もし、俺が。リナの見た夢の様に消えたら。
 リナは、どうする?」
 もう一度、あの悪夢が来たら?
 現実に起きたとしたら?
 それをした存在は、すでにないけれど。
 もし、再びそれが来たら。
「場合にもよるけど・・・そうね。
 たぶん、さらわれたなら取り戻すわ。でも、ガウリイが自分からいなくなるなら。探しもしないでしょうね。あたしから、自分からいなくなる様な弱いやつなんて。最初からあたしといる資格なんてないもの!」
 奴は消えた。
 でも、同じ事が出来る存在がいる。
 あたしは、それを知っている。
「そうか、そうだな・・・」
「ガウリイ?」
「自分で言ったんだ。自分で決めた。だから・・・」
 もし、ガウリイが消えたら。
 それは怖い想像だけど。可能性はあるけれど。
「俺は、リナの保護者なんだよ」
 あたしじゃない。ガウリイが選んでくれるなら。
 あたしが、出来るなら。
「さっ、次の町に行って。うまいもん食うんだろう?」
 あたしは、守りたいと思う。
 一緒にいたいと思う。
 例え、保護者と言う立場だけでも。
「もうっ! また子供扱いするんだから!!」
 光であって、欲しいと思う。
 あたしは闇より来るものだから。
 あたしが人間である為の。

「じゃあ、ガウリイ。もし、あたしが消えたらどうするつもりなのよ?」
 しこりみたいに固まっていた、わだかまりは消えたから。
 あたしは思い切って聞いてみた。
「え?」
「あたしが誰かにさらわれるとか、されたら」
 あたしが闇に呼ばれて。
 人間である事をやめて。
 彼等の王である事を望んだとしたら。
「そうだな・・・。
 そんなこと、させなきゃいんだ」
 当然のようにあっさりと。
 ガウリイの口から紡がれる言葉を。

「俺が、守るから」

 心に宿る、光が輝く。
 あたしは人間で、還るところはここなのだと。
 どれだけ傷つき倒れても、あたしはあたしでいいのだと。
「頼りにしてるわよっ! 自称保護者さん」
「おうっ!」
 その言葉が、胸を刺す。
 人間でいられる、痛みであると。
 あたしは、微笑みを浮かべた。

終わり

△▼△▼△▼△▼△

うむっ!!ここでも出るぞ、魔族ゼロス!
前回ではちゃんと「これがゼロス」とは記さなかった関係で反応は少なかったですが、今回は記した。
これだけが心残りだった。でも、冥王フィブちゃんも一言だけ参戦してしまっ
た。
なぜだっ!?
なになに?「僕の話はどうなった?」そんなの混沌の海にぽいです。
どーせガウ×リナだしね!それしか書けないもんね!!
いいんだ、いいんだ。不器用だし。
『君に……』より雰囲気が人間ぽいと個人的に思うです。でも、極フツーのリナだからいいんです。
あのガウリイは「リナに出会う以前のガウリイ」入ってたし(汗)
前回が「鳥に見立てたリナが自由に飛ぶ事を認める」話だったのに対して「リナ
にとってのガウリイは宿り木」と言うのをコンセプトにしました。
今回は寝ぼけてないしね(僕が)
1時間半で出来たとは思えないね。説明長いけど。
0の所以外は、ほとんど情景も台詞も変えてません。面倒だったのではなくて、
「同じ場面でお互いの考えている事は違う」事を意識しました。
決して手抜きではありません。
「第三者を目指したリナの視点」が出来なかったのは、僕の中のリナは「まだ子供」だからです。もちろん、考え方は立派に大人ですけどね。


トップに戻る
5983Re:そこに刺す痛みE-mail URL1/9-00:08
記事番号5965へのコメント

この話は、実はちょっとばかりややこしい事になっています。
実は、ゼルアメ話第二段。深読みすれば結局ガウリナ(はあと)だったりすると言う事。
某氏「アメリア姫らう゛」の人にあげた話の、第2話だったりする・・・。
で、これ自身は某所学園の片隅にひっそりとあるくせに。
第1話は、某所「せ」にあったりする。
きっと本人が忘れてるんだろーなー・・・とか、まああの時はめーらーだかさーばーだかがおかしくって勘違いしちゃう要素はあったんだよなー。
なんてことがあったりしたので、この際忘れます<ひでえ(><)

話がわかんねーよ!って方は、某所「城」に行ってみて下さい。
制作者が捨ててなければあるでしょう。ちなみに、もう元原稿は手元にありません(汗
過去、3度にわたるHDクラッシュで消えた原稿達・・・もう戻らない(汗汗汗

皆さん、バックアップはこまめにとりましょう(号泣)
それでは、今日のお話は「アメリアの祈り」です。
しっかし・・・変な文章だな、あの頃も今も。


----------------------------------------
アメリアの祈り

リナ=インバース様、ガウリイ=ガブリエフ様

リナさんとガウリイさん。お元気ですか?
なんて言っても、お二人の元気が無くなる事なんてないとは思いますけど。私の方は、ゼルガディスさんをなんとか説得してセイルーンまで戻ってきたものの。先に記した事件の為に大けがを追わせてしまいました。巫女として、正義の味方として心苦しく思っています。
ゼルガディスさんは、怪我が直ると以前の様に再び図書館にこもりきりになっていますが。城の者達も以前よりは幾分か態度も柔らかくなり。一安心と言う所です。
父さんのいない今、ゼルガディスさんの理解者が私だけなのは不安ですが。それでも、少しでもゼルガディスさんのお役に立ちたいと思っています。

再び出会える事を祈って。
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン

書き終えた手紙を、あたしは乾燥させてから封筒に入れ。セイルーンの紋章で封蝋をする。そして、引き出しの中に放り投げる。
朝起きたら、出す宛のないリナさん達への手紙を書くこと。
それが、あたしの最近の日課となってしまった。
何しろ、リナさん達は旅の途中で。手紙を出すとか言った配慮もくれないし、それに。風の噂では、結構大変な目にあっているらしい。
それが本当なら、あたしだって今すぐリナさん達の所に飛んでいきたいくらいだけど。今、そう言うわけにもいかないのが事実だったりする。
「おはようございます、ゼルガディスさん」
書庫は、最近すっかり片づいてしまったと書館の者が言っていた。
どうやら、彼はとてもきれい好きらしい。
「ああ、アメリアか」
「また泊まり込んだんですか?」
薄暗い、うずたかく積まれた本の山の中。
ゼルガディスさんと言う人が、一枚の絵の様にそこにいる。
ここ最近では、すっかりおなじみになってしまった光景だけど。つい先日まで、周囲には不穏な空気しか漂っていなかった。
「ああ。そうのんびりともしていられないからな」
「また食事を残して……。そのうち、体壊してしまいますよ?」
昨夜の食事だろう。一人分の食べ物が、まったく手つかずで残っている。
「俺の体は合成されている。ちょっとやそっとの事では心配いらん」
「でも、それは皮膚の話じゃないですか。ちゃんとご飯食べないと、お腹だって空くんじゃないですか?」
「リナ達との旅で鍛えられた。一食や二食抜いた所で、大したことでもない」
うっ……確かに、リナさん達と旅をしていた時は。よく食いっぱぐれてたけど。
「お食事、美味しくないんですか?」
仮にも王宮と呼ばれる所で働くのは、少なくとも味覚オンチではつとまらない。実際、セイルーンの外の世界で旅をした時に食べた食堂の料理は。美味しくないものも沢山あった。でも、それでもお金を払ってまで食事をしなくてはならないと聞いて、あたしは憤慨したのを憶えている。
「そんな事はないんだがな……」
ちらりと、ゼルガディスさんがあたしを見た。
そして、仕方なさそうに本を棚に入れて。そのまま降りてきた。
「ただ、俺だってゆっくりしているわけには行かないんだ。こうやって、アメリアのおかげで王族の書庫に入れてもらったわけだし。食事も寝るところも用意してもらって、感謝はしている。だが、いつまでも居座るわけにも行かないだろう?
この体を元に戻しても戻せなくても、俺の様などこの馬の骨ともわからん男が。大国の王女のすすめで居座ると言うのも」
「あたしは気にしませんけど?」
ゼルガディスさんの言いたい事も、実はよく判る。
本当の事を言えば、多分。ゼルガディスさん以上には判っている。
セイルーンと言う大国の王女が、旅先で男を。しかも合成獣の男を拾って囲っているなんて、今でもはっきりとではないけど。言われている。
ゼルガディスさんは、それを心配している事も。よく判る。
「そうも言ってられないだろう。だが、ま」
ゼルガディスさんが、すっかり冷めてしまったカップを手に取った。
「新しいの、持ってきますよ」
「いや、これでかまわん。お前は、お前の事をやっていればいい。
いつまでも俺にかまわずにな」
優しいのだと。
以前聞いた言葉が、脳裏によみがえった。
頭がいいのは、この整頓された部屋を見ればよく判る。
分類別に整頓された部屋は、数週間前までの部屋と同じものだろうかと思えるくらい、整理整頓されていた。
「アメリア」
「はい」
あたしとゼルガディスさんとの共通点と言えば、そこにはリナさんとガウリイさんが出てくる。多分、あの人達に出会わなかったら。あたし達だって会わなかっただろう。
「三日後、俺はここを出る」
「三日後……ですか」
破壊と恐怖の名で恐れられるリナ=インバースと言う人は。あたしの父さんの古い友人(?)でもあった。彼女は、確かに飛んでもなく強くて強引でわがままで自分勝手だったけど、それ以上に光る人だから。
「もう、読み終わったんですか?」
「後少しと言った所か……」
「お役に立てましたか?」
ゼルガディスさんが首を横に振った。
ゼルガディスさんは、理由はよく知らないけどリナさん達と出会った事で。何かをふっきったらしいのだけど。それはまだ聞いていない。
でも。もしかしたら、それは別の形に変わってしまったのかも知れない。
「ゼルガディスさん、元の姿に戻ったらどうするんですか?」
「どうする……と言うと?」
「リナさんを探して、追いかけるのかと思いまして」
ゼルガディスさんが、怪訝そうな顔をした。
あたし、イヤな子かも知れない。
「失礼いたします、アメリア様。ゼルガディス様。
グレイ医師とシルフィール殿がお見えになりました」
ゼルガディスさんの答えは、メイドの言葉にかき消された。

白い、面白みも飾り気もない。大して広くもない部屋。
床には魔法陣が描いてあって、その中心の寝台にはゼルガディスさんが寝かされている。側では白衣を着た宮廷医師のグレイさんと。その姪子さんであるあるシルフィールさんと言う巫女の装束の女性がいる。
グレイさんはともかく、シルフィールさんはゼルガディスさんと屈託無くお話の出来る、数少ない人物。
「経過は良好ですな。これなら、あと五日もすれば関知するでしょう」
「……そうか」
「よかったですね、ゼルガディスさん」
長い黒髪のシルフィールさんは、元はサイラーグで巫女をしていたんだけど。「ある事情」でグレイさんの所でお世話になっているらしい。
ゼルガディスさんや、リナさん達も関わっているらしいんだけど。あたしは、例によって何も聞かされていない。
「もう少し早く直らないか?」
「そうは言われましても、本当ならば生きているのが不思議な傷。アメリア様のリザレクションがなければ、確実に死んでいたのですから。これでも相当早いほうです」
「ゼルガディスさん、お気持ちは判らなくないですけど。あまり無理をなさらない方がいいですよ? 幾ら魔法で治療をしても、ゼルガディスさんの様にご自分を大切になさらなければ。直る傷も直りません」
ゼルガディスさんは合成されていて、元は普通の人間。でも、肌は堅い岩で覆われている関係で、傷がつきにくいからって。結構、無神経な所がある。
「そうか……」
「アメリア様、例のお話なんですけど……」
ここが王宮と言う事もあって、シルフィールさんはあたしの事を「アメリア様」と呼ぶ。以前の旅をしていた時の様に「アメリアさん」と呼んでもらいたいのが本音だけど、それは仕方がない事だから……。
「あの事ですか? じゃあ、お茶にしましょう。中庭がいいですね」
そう言って、あたしは中庭にお茶の支度をさせた。
中庭でのお茶か……。
以前、王宮で事件があった時。リナさん達とお茶をしたのも中庭だったな。
「そうでしたか……」
本当なら、王宮の恥なんだから言うべきではないんだけど。シルフィールさんとゼルガディスさん以外、ここにはいないから。リナさん達の話を聞いてもらえるから、あたしは話していた。
「ここでガウリイ様達が……」
シルフィールさん、美人なんだけどリナさんの自称保護者のガウリイさんの事が好きみたい。確かにガウリイさんは背も高いし、格好もいいし。剣の腕だってリナさんが認めるくらいのすごい人だけど、頭の中身はとことんないに等しいし……。
「それ以来、ここでお茶をする事はなかったんですけどね」
昔を思い出すのはつらかったけど。
いつからだろう? あたしの従兄弟が、王位を狙って魔族と手を組み。あげく裏切られて、死んでしまった事を思い出しても平気になったのは。
「それで、例の話と言うのは何なんだ? シルフィール」
「あ、はい。アメリア様に頼まれていたんです。リナさんとガウリイ様の居所を調べる様にと」
また、ゼルガディスさんが怪訝そうな顔をした。
「今、お二人はクリムゾン・タウンに向かっている様です」
「クリムゾンに?」
風の噂で、クリムゾン・タウンの魔道士協会の評議長が反乱をしたと聞いた。もしかしたら、リナさんは魔道士だから協会の要請で評議長を倒しに行ったのかも知れない。
「そうらしいです。でも、先に国王軍が辿り付き添うだと言うお話です」
「アメリア、なんだってリナ達の行き先なんて調べてもらったんだ?」
「もし近くでしたら、是非お招きしようと思ったんです。あれ以来、会っていませんし」
きっと、通りすがりの人に話しても信じてもらえないだろうと思う。実際、あたしは父さん以外の人には最初信じてもらえなかった。でも、ゼルガディスさんやシルフィールさんの証言も手伝って。今のところ、半信半疑と言う所だろう。
「シルフィール、あの事は言ってないな?」
「勿論、あんな事は言えませんし。誰に言っても信じてもらえないと思います」
リナさんは、世界を滅ぼしかけた。
詳しい話はやっぱり聞いていないけど、とんでもない魔術と容量を持っているからだと聞いた。それを使えば確実に世界は滅ぶだろうと言われて、結果としてリナさんは使ってしまい。でも、制御したらしい。
気になるのは、なぜかリナさんの額に脂汗が浮いていた事くらいだけど。
「なら、いいんだ。
シルフィールにも言っておこう。俺は三日後、ここを出る」
シルフィールさんは、驚かなかった。
「そうですか……寂しくなります」
「これまでが長く居すぎたくらいだからな。あんまりここに居ても、これ以上得るものもないようだしな」
「無茶はなさらないで下さいね。あと、五日は腕を動かしてはいけないんですから」
「判った」

出す宛のない手紙が、また増えた。
「行ってしまうんですね。お見送りは出来ませんけど、お元気で」
あれからきっかり三日後の朝。あたしは、ゼルガディスさんの所に来ていた。
ゼルガディスさんはすでに旅の支度を終えていたけれど、残りの書庫の整理をしていた。多分、これが終われば行ってしまうのだろう。
「ああ、世話になったな」
「いいえ。半分以上、脅迫したみたいなものですし」
サイラーグで不思議な事件が起きていると聞いた、リナさん達と旅をしていた頃のあたしは。そこで三日前の話の様な事件が起きた後、一人で旅を続けると言うゼルガディスさんを「手配を解いた上に王宮の書庫への出入り許可」を与える代わりについてきて欲しいと言って、護衛までやってもらった。
でも、もうゼルガディスさんは出発する。
「もう会う事もないだろうがな」
「セイルーンに来たら、是非遊びに来て下さい」
「そう言うわけにも行かないだろう」
ゼルガディスさんは優しい。でも、絶対に必要な言葉が足りない。
それは、ゼルガディスさんの中にある遠慮する気持ちの為だろうと。リナさんが分析した事があった。
あたしは、今それを痛感している。
「ゼルガディスさん、たった今。神託がありました」
手を組んで、あたしは目を閉じた。
「いずれ、遠くない未来に私たちはリナさん達と再会します」
「アメリア?」
信じられないかも知れない。信じてもらえないかも知れない。
でも、口に出したら。
信じられる気がした。
「セイルーンの巫女頭である、あたしが言うんです。間違いありません。
あたし達は、また会えます。遠くない未来に!」
ゼルガディスさんが、笑った。
「そうだな。セイルーンの巫女頭であるアメリアが言うのなら、本当だろう」
初めてかも知れない。ゼルガディスさんが、あたしに笑ってくれたの。
「だが、リナ達と会うのは。きっと大変な時だぜ。それでもいいのか?」
うっ……それは、ちょっと考えてなかったかも……。
「だが、楽しみにしてる」
「はい!」

後日、一枚の絵はがきが届いた。
だけど、青い海の絵だけで。ほかには何も書いていなかった。
あたしは、それを出したのが誰なのか判った気がした。
「きっと、また会えますよね?
 そう、遠くない未来に」

終わり。

トップに戻る
6005時を紡ぐ祝の時E-mail URL1/9-23:05
記事番号5983へのコメント

さて、毎日×2こうして過去の文章を載せていると。
色々と思い出す事が結構あったりします(゜゜)<ほけけ状態
そして、一年かけても「こんなもんかあ」と想ったりします。
まあ。。。連載も多いからなんだけど(^^;
一番投稿してるのが一坪さんの所だったりしますが<事実>そう考えると、割と「のんきな顔して打たれ強い」んだろーか?
なんて気がします。
なんでかは・・・内緒(苦笑)

と言いつつ、昨夜(?)のタイトルを書き換えてなかったなあ・・・なんて現実に関しては。
この際「いすかんだるせいるん」の彼方までとばしてしまおう(笑
って、歳バレっぞ。俺(笑

てなわけで、実はこの話。
1999年の最初に某所学園MLに乗せた話だったりする・・・
昨年も今頃思ったが、どうして長い話しか書けないんだろうなあ・・・(タメイキ)

----------------------------------------


時を紡ぐ祝の時

 唐突だが、新しい時が迫っていた。
 ここ数年でガウリイが判った事は、新しい年や節目のある時。リナは、旅先でしばし滞在する事があると言う事だった。
 そこで行われる、独特のお祭り騒ぎを楽しみたいからだと言うのは判ったが。その他にも、なにやら事情はあるようである。
 しかし、そうなると大騒ぎになるのも目に見えて判るものである。
 何しろ、リナの性格では本腰を入れて徹底的にやる事も当たり前となるのだから。つきあわされるガウリイとしては、どうにもたまったものではない。
「は?」
「だから、別にここでなくても。次の町で新しい年を迎えてもいいんじゃないかなって思うんだ」
 とてもではないが、こんな驚いた表情のリナと言うのは。滅多に見られるものではない。
「あたし……今、幻聴が聞こえた様な気がするんだけど……。
 もしかして、旅に出たいって言った?」
「んー、厳密には違うと思うけど。
 腰を落ち着けて滞在する事はないだろうって事に間違いはないな」
「ガウリイ……あんた、熱でもあるの?」
 ぶつぶつと、いいお医者さんいたかしら? などと言いつつ、リナが真面目に心配してるらしいと言うのは判った。
 判ったが、そう言う問題ではない。
「そう言うわけじゃないけど……。こう毎回毎回大騒ぎする必要なんてないんじゃないか? 俺達、旅の途中なんだし」
 リナは今、分厚くて難しそうな本を読んでいた。本の横には紙とペンとインク壺があるから、恐らく古代の魔道書でも解読していたのだろう。一日でも二日でも、リナは暇さえあれば魔道書の解読に余念がなかった。
 旅をすれば、それだけリナにとっては時間が減るわけだから。そう言う意味ではガウリイにとっても心苦しいわけなのだが、それでも言うと言う事は。それ以上の意味があるのか、それともないのにか。
「旅の途中だからこそ、こういうイベントには欠かさず参加するべき……だと思うんだけど。あたしは。
 まあ、ガウリイがイヤだって言うなら。別に構わないけどさ」
「イヤとかってわけじゃないんだけど……」
 うまく言えないもどかしさを、ガウリイは隠しもしない。
 しかし、リナはガウリイにとって好ましくないものでもあると思ったのだろう。詳しくは聴こうとせず、そのまま旅支度を始めてしまった。
「あのさ、リナ……」
「なに? まだ何かあるの?」
 リナは、決断を始めると対応も素早かった。
 こういう、戦闘時ではない。日常的な事でもそうだ。
 まあ……だからこそ、リナは盗賊いぢめなどやらかすのかも知れないが。
「ほら、ガウリイもさっさと支度しなさいよ。
 ガウリイが旅に出たい。なんて、珍しい事を言うから出る気になったんだからね」
 元々、二人は旅から旅を繰り返している。だから、そんなに荷物が多いわけでもない。更に、リナが好むのは生鮮食品でのお祝いが主立ったものだから。多少は増えたと言っても大した荷物はない。
 ただし、リナの魔道書やら。盗賊からかっぱらった未整理のお宝やら、何に使うつもりなのか判らない物に関しては、多少処分しなくてはならなかったが。
「あ……だから……」
「ほらほら、さっさとする!!」
 リナの様子に、ガウリイは口を挟めなくなっていた。
 どうやら、このままリナは旅立つつもりらしい。
「おばちゃーん、あたし達。行くね」
 支度を終えたリナが、食堂兼宿屋のおばちゃんに声をかける。
 彼女の料理は大変美味しく。そう言う意味合いからでは、ガウリイとて心苦しいわけだが。
 すでに決心してしまったリナには、聞こえないだろう。
「あら、リナちゃん……。
 次の年までここにいるんじゃなかったの?」
 お客さんの、美味しく食べる姿を見るのが何よりも好きだと言うおかみさん。
 彼女の顔が曇るのも、ガウリイは心苦しかった。
 リナが絶賛する様に、こんな人里離れた山奥の宿のおかみさんにするには。大変惜しい腕をしていたからだ。
「うん……でも、せっかくだから次の町まで行ってみようと思ってさ。
 そんなに急ぐ旅でもないんだけど、ここってもうすぐ雪が降るんでしょう?
 山を越えるなら、早めの方がいいと思って……。
 おばちゃんの料理を食べられなくなるのは、すっごく残念なんだけど……さ。
 きっと忘れないから、いつか。また食べにくるから……おばちゃんの料理」
 残念だねえ、リナちゃん達の食べっぷり。あたしゃ気に入っているんだけどねえ……。
 おばちゃんの台詞が、更にガウリイへと突き刺さる。
「でも、大丈夫かい? 山は……最近何かと物騒で、この間もいきなり大爆発が起きたりしてたんだけど……」
 リナの額に冷や汗が流れ、ガウリイのジト目の視線が突き刺さる。
 どうやら、リナもレベルアップをしてるらしくて。いつの間にやら、ガウリイの知らない間に小物の盗賊団のアジトをつぶしたらしい……。
「あ、ははははは……。
 だいじょーぶよ、きっと……」
 ガウリイのジト目は、まだ続いてる。
「じゃあ、せめてご飯は食べていっておくれよ。
 腕によりをかけてお弁当作るからさ」
「やった、らっき☆
 もうけちゃったね、ガウリイ」
 笑顔のリナと、おばちゃん……。
 けれど、笑いながらもガウリイの心は晴れない。
          ◇
 それが、すでに半日ほど前の話だったりする。
「さ……………………さむひ……………………」
 全身をがくがくと震わせて、リナはガウリイの後ろにぴったりとついている。
 足下から頭のてっぺん。髪の先まで、リナの全身は小動物の様だった。
「いい加減にしろよぉ……」
 ガウリイにしてみれば、確かにコアラのユーカリよろしく。風よけの代わりにされるのも、そろそろ飽きてきた様だ。
 しかも、ガウリイはリナよりも薄着である。
「だだだだだ……って、ここここここっこ……こんな、寒いと……」
 はっきり言って、壊れたんじゃないかとガウリイが思った所で。それはそれで致し方のない事だろう。
 おばちゃんの危惧した、盗賊団の襲撃は確かになかった。それ以上に危惧しただろう山の爆音とかもなかった。
 まあ、それはいい。
 元凶共々、リナが吹き飛ばしたのだから。しかし、ここに一つ問題があった。
 山の天気は変わりやすいと言う事実である。
 女心と秋の空。と歌われるのと同じくらい、山の天気は変わりやすいと相場は決まっている。まあ、誰が言い出したかは判らないが。
 つい半日前まで、まだそんなに厚着しなくても全然平気だったとしても。その半日たった今、とんでもない大雪に見舞われる事とて珍しくはないのだ。
「俺を盾にしてるんだから、そんなに寒くないだろう?」
 困った顔をしながらも、背後霊よろしく。べったりとひっついてるリナを横目で見ると、自らの体を抱きしめながらも何か。妙な顔をしてる。
「しは……はんじゃった……」
 どうやら、物を言おうとして舌を噛んでしまった様である。
「なにやってんだか……」
 いつもならば、ここで火炎球の一発も来る所だが。風と雪とで聞こえないのか、それとも対応出来るだけの元気がないのか、リナは返事すらしていない。
 もっとも、確かに放っておけばリナが凍えてしまうのは確か……と言うより。すでに凍えていたわけだが。
「お、リナ。小屋が見えるぞ」
「え……ほんろ?」
 リナの舌は、まだ痛みに震えていた。
「ほら、あそこ」
 ガウリイの体を盾にしながら、ひょっこりろ顔を出すリナの目にも。わずかにわだかまる闇が見えた。
「あんらっれ、ほんろに目らけはいいわをね……」
 まだ痛む舌を抱えつつ。と言うより、どんどん舌の感覚さえも失っていくリナは、すかさず吹き込んでくる風に凍えながら。ガウリイの背後に戻る。
 こうなると、真面目に苦笑するしかないガウリイだった。
「誰もいないみたいだなあ……」
 間近で見ると、思ったよりも大きい小屋だった。
 よくある、山に来た者が一夜の宿を借りたり休憩をする為の所なのだろう。中をあければ誰もなく、そんなに道具や物があるわけでもなかったが、かと言って荒れ放題と言う感じでもなかった。
「ううぅ〜……寒いよぉ……」
 半泣きになりながらも、リナは積んであった薪を汲み上げ。火の魔術で小さな火を起こし。暖を取り始めた。
 ガウリイも、装備していた防具をおろして。所在なさそうな感じで室内を見回していた。棚にあった毛布を引きずりおろし、そこにリナの座るための所をこしらえる。
 こういう所に来た時の役割分担は、すでに体に染み込んでいる二人だった。
「ああ……一時はどうなるかと思ったわよ……」
 ぐったりと疲れたらしいリナが、ガウリイのこしらえた毛布のクッションの上でまどろんでいた。
 ここは訪れる者が多いのか、毛布や簡易食材については心配するほどの事はなかった。それは、かなり恵まれた環境だと言えた。
「大丈夫か?」
「うん、もう全然」
 元気の無いリナは困るが、元気になったリナと言うのも。それはそれで困ったりするものである。
 何しろ、先ほどの暴言の数々(?)について。すでにガウリイは鉄拳制裁をくらっていたのだから。
「まったく……こんな事なら、前の村でもう一晩泊まるんだったかなあ?」
 ぶつぶつ言いながらも、リナは室内を漁って。食器を出している。
 水に関しても薪に関しても心配なかったのは、確かに幸運だっと言えた。
 水は室内に水瓶があって、外から自動的に水が流れる仕組みになっているし。薪はカラカラに乾いたものが山と積まれていた。一晩や二晩ではなくならない程度のものだった。
「ごめん……」
「別に、それで恨んじゃいないけどぉ。おばちゃんの料理が食べたかったなあ……とかも、言わないけどぉ」
 しっかりと、イヤミを込められた台詞にガウリイは言い返せない。
 確かに、おばちゃんの作る料理は最高だったし。こうして雪山になるのが判っていれば、防寒具を調達する事だって出来たのだ。いかにリナの魔道士姿が防寒防具に優れているとは言っても、雪山で平気な格好とは言えない。
「悪かった」
「ま……おばちゃんの料理に関しては、お弁当作ってもらったし。食材もいっぱいあるし……。
 今夜は、ここで夜明かしね」
 思ったよりは怒っていない口調で、リナが見た目にも判るほど嬉々として何か。調理を始めていた。
「リナ?」
「まあまあ、ガウリイは座っててよ。
 どうせ、何が出来るわけでもないんだし」
 よく判らないが、リナの機嫌が悪く成さそうだと言うのだけは判った。となれば、下手に手を出して怒りを買うのも面白くはない。
 仕方なく、ガウリイは傍観者に徹し。火が消えない様に気を配るだけだった。
 幸いにも、雪に囲まれているせいなのか。訪れる存在の気配はない。
「なあ、リナ」
 聞こえるのは、外を吹きすさぶ風の音。
 リナが料理をしてるらしい音。
 それと、火のはぜる音。
「なあに?」
 ひょこっとリナが顔を出す。その顔は明るく、別に怒ってる風には見えない。
「本当に、ごめんな。次の町に着く前に雪がふってきちゃって」
「別に、あたしは気にしてないわよ。
 ま、この雪が明日までにやんでくれなかったら……八つ当たりの相手になってもらいますけどぉ?」
 にっこり笑いながら、仲々に怖い事を言ってくれる。
 心の中で、こっそり神頼みなんかしてみるが。実はあんまり効果は期待していない。
「まあ……今晩中に次の町まで行きたかったけどねえ。
 野宿になるよりは、充分マシだけどさ。だからって、ここでってのも……ちょっとムード無かったしねえ。
 今更だから、仕方ないけどね」
「何がだ?」
 しばしの間を置いて、リナが両手に大きな木の板を。その上に、大小様々な料理を乗せて現れた。
「知らなかった?
 今日は、降誕祭なのだ」
 干し肉をあぶったものに、香辛料の詰め込まれたパイ風の包みもの。それから、炒め物に煮込みもの。デザートまでついている。
 こんな山奥の、ろくに調理できるようなものなど無いところで。よく作れたものだと驚くほどの出来映えだった。
「こーたん……さい?」
 木の実をふんだんつかったシチューに、温野菜と卵のサラダ。ほかほかに暖められたパン。それとちょっぴりのお酒。
 多分、お酒やパンの類は前の村のおばちゃんが用意してくれたのだろう。他のものに関しては、リナが持っていた袋にでも入っていたのかも知れない。
「そ。とっても大変な人が生まれた日なの」
 いつ、誰がと言う事に関しては。リナは言わなかった。
 ただ、その目があまりにも優しくて……。
「ふーん……どんな奴だ?」
 食事の支度が終わって、リナが座り込み。
 そこは、いつもと違って静かな時間が降り立っていた。
 食堂で起きる、戦闘まがいの大騒ぎではなく。本物の戦闘でもなく。
 二人で一つの火を囲んで、沢山の料理を並べて。お酒をついで。
 毛布にくるまれながら、リナがちょっぴり微笑んでいる。
「乾杯」
 カップはマグカップで、しゃれっけも面白みもない。本当にかわいげのかけらもないものであったが……。
「ああ……乾杯って。何にだ?」
「ん……と、まさか忘れる事はないだろうと思ったんだけど……」
 一口酒を飲み、リナが答えあぐねる様に言葉を紡ぐ。
 それを見て、「まさかリナの誕生日か!?」とガウリイは焦ったが。様子を見てみると違うらしい。
「あたし……聴いたんだけど」
 リナは、どうやらかなり困った様子でいるらしくて。
「リナ?」
 どうしたもんだろうかと、全身から漂ってくる。
「お、おいリナ!?」
 ガウリイが慌てるが、それも当然の事である。
 なぜなら、宿のおばちゃんが持たせてくれたのは。気を失ったときなどに着付けになるような強い酒だったのだ。
 お酒に割と強いガウリイならまだしも、全然強くないリナが一気にあおって無事に済む代物ではないのだ。
 くぃっと一気にお酒をあおると、リナは一息ついたらしい。
 潤んだ瞳で、少し……頬が赤い。
「あんたの誕生日でしょ……ひっく」
「……………………おれ?」
 間抜けな声を出すガウリイだが、次の瞬間には顔色を変えた。
「わーぁっ!! リナ、しっかりしろぉぉぉぉぉぉっ!!」
 リナが倒れたのである。
 まあ、お酒に強くない人が。強い酒を一気に飲めば、こうなるのは当然と言うものである。
 慌てて水をくんでリナに飲ませると、多少は落ち着いたのだろう。
 酔っぱらってはいるが、意識はあった。この時点では。
「あたし……だってねえ……ガウリイの事、何にも知らないけど。
 それでも、調べる事くらいは……出来るんだ……よ」
「リナ?」
 面食らったガウリイは、リナが何を言っているのか。瞬間的には判らなかった様である。
「だからあ……」
 ガウリイの支えをほどいて、リナが干し肉をあぶったものに。フォークを串刺しにする。
「食べよう!」
 お酒の勢いを借りて、リナがはしゃぐ。
 それは、楽しそうに。嬉しそうに。
「ガウリイが生まれた日を祝って。お祝いしよう。
 一緒に、ご飯食べよう」
「お、おいリナ……」
 この世の中には、逆らってはいけない。逆らえない存在と言うものがある。
 例えば、それは権力者だったり。思いこみの激しい、自称両家のおばちゃんだったり。
「ほおら……せっかく、ガウリイの為にいっしょうけんめー作ったんだぞ。
 この、リナちゃんのりょーりが。食べられないとか、言わないよねえ?」
 例えは、ふわふわのもこもこしてたり。してなかったりする小動物に泣く子と地頭だったり。
「ああ……判ったから、あんまり立ち上がると……うわあぁっ、リナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 極めつけが、酔っぱらいだったり。
 倒れそうになったリナを庇って、後頭部から床にたたきつけられたとしても。酔っぱらってるリナと、酔っぱらってないガウリイとの宿命だったりする。
「あんたはねえ……必要な事、ずぇーんぶ忘れちゃうから。悪いのよ!!
 だから、あたしが。すっごーぉく大変だったりするんじゃないのよぉっ!!」
「だから……リナ、判ってるからしっかりしてくれよぉ」
 焦った所で、どうしようもないと言うのは判っている。
「あーにを判ってるってーのよ!!
 人が、どんっだけくろーして。アンタの誕生日調べたと思ってんのよ。
 ちょっと、そこにすわんなさい!!」
 せっかくリナの作ったごちそうを目の前にしながらも、リナはもちろん。ガウリイもそれに手を着ける事も出来ない。
 はっきり言って、かなり可哀想な状態と言えばそうだった。
「いや、だから……リナ……」
 真面目に慌てるガウリイと言うのも珍しかったが、幸いと言うか不幸にもと言うか。これだけ酔っていれば、リナの記憶は宛にはならないだろう。
「いやぁ? だからぁ?
 それがどぉーしたっての、ガウリイぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ほら……ほらほら、早くくっちまわないと。俺が全部くっちまうぞ」
 なんとか意識を平静にさせようとするが、努力もむなしく。リナの意識はお酒をあおった当初よりもどんどん斜めに傾いている様である。
「いいわよ……」
 それが、とたんに平坦になったのだから。ガウリイとしては困ったものである。正直、扱いに困惑は隠せないだろう。
「え?」
「だって……ガウリイの、ために作ったんだから……。
 ぜぇーんぶ、ガウリイが食べていんだから!」
 なぜ、いちいち暴れる必要があるのだろうか?
 リナを羽交い締めにしながら、ガウリイは疑問符を浮かべていた。
「これ……全部?」
「そーお……」
 ずるずると、リナの体から力が抜ける。
 くたっとした体は、どんどん床に倒れ伏して行く……。
「あ、おいリナ!?」
「あのさー……」
 どこか、虚空を見つめてるリナがいる。
 そして。
「おめでとー……」
「リナ……?」
 大したものではない。お金だってかかってない、高価なものでもない。
「ホントは……ちゃんと、……お祝い……」
 けれど。
 暖かい部屋と、暖かく燃える火と。
 ごちそうと、何より。
 祝ってくれる人がいる。
「俺だって忘れてたのに……」
 苦笑しながら、ガウリイが眠る少女の髪をなでている。
「どうやって調べたんだか」
 リナは目覚めない。
 よほど、この用意をして。これだけの事を、「おめでとう」を言うのに勇気を振り絞った事だろう。
 天の邪鬼で、正直ではないリナの事だ。もしかしたら、宿のおばちゃんに一番強い酒でももらったのかも知れない。もしくは、おばちゃんが気をきかせて持たせてくれたのか……。
「ありがとうな、リナ」
 外の雪は、小屋を包む。
 きっと、何もかも凍り付かせる冷たい世界。
 だけどここには。
 暖かい火と、美味しいごちそうと。
 何より、一緒にいてくれる人がいる。
「明日には止むといいな」

 翌日、奇跡的にごちそうに手をつけなかったガウリイが。リナに「あたしの作ったご飯が食べられないって言うの!?」と怒られつつ、冷め切ってしまった筈の御馳走が。美味しく二人のお腹に収まったと言う話が。
 そして、前夜の吹雪が嘘の様な。
 快晴が待っていた。


終わり

トップに戻る
6025世界の果てE-mail URL1/10-23:25
記事番号6005へのコメント

さて、せこせこと読み切りを書き連ねてきやがった猫@Mですが。
この話を持ちまして、一時終わりとさせていただきます。
いえ、ストック尽きたわけじゃありません。<さっき完成したのあるし
現在抱えている連載を、一つでも終わらせようと努力する為です。
昨年からこっち、かなりの方々に病気でご迷惑をかけまして。
ついでに、あんまり働いていないのでお財布も病気になりそう(><)
いくらバイト二つやっていても、両方ともお休みしていては当然です。
体に優しく<これまでが甘やかしていたわけですが(^^;>一つに絞り。
一つでも多く、連載を終わらせて。またこちらに舞い戻りたい所存であります。
一部の方は喜ぶかなあ?(汗 いや、一部の方は怒るに違いない(汗汗汗

では、これもある種の法則に基づいて生まれた子です。
判る人は、……笑って下さい。
再添付「世界の果て」です。

-------------------------------------------
世界の果て

 何も覚えていなかった。
 ただ、そこにいる。それだけだった。
 いつまでも、もしかしたら。いつまででも、そこにいたのかも知れない。
 もちろん、そんな筈はないけど。
 つぶやいてみるが、あまりにも意味のない。馬鹿馬鹿しいものだった。
「どうしたの? 千恵」
「なんでもないの。リナさん」
 千恵。と呼ばれた女性は、微苦笑をもらしながら応える。
 リナと呼ばれた少女は、特に気にもせずに食事に戻る。
 ……まあ、千恵に言わせれば「戦争」か「喧嘩」にしか見えないものであったが。
「何か思い出せたのか?」
「ううん、そう言うわけでもないのよ」
 困ったように笑いながら、長い金の髪の男性にも応える。
 ちなみに、リナの食事相手である。
「ただ……」
 ただ、とは言うけれど。別に、千恵とて何か意味があって漏らした訳ではない。
「二人とも、よく食べるなあと思って」
 本音を言えば、よく戦いながら食べられるなあと言うのもあったが。とりあえず、千恵はそのコメントに関しては口にしなかった。
「何言ってるのよ、千恵。
 人間、体が資本なんだよ? ちゃんと食べないと!」
 言いつつ、リナはガウリイの皿からお肉をもぎ取る。
「ああ、リナ! それは俺のだぁっ!!」
 言い返しながら、ガウリイがリナの魚を奪う。
「ちょっとアンタ! それはあたしのじゃない!!」
 まともな話になったかと思ったが、すぐに喧嘩が始まってしまう……。
 ここ何度か一緒に食事をして、そう結論が出るのは早かった。
「言って置くけど、ガウリイとの食事なんて可愛いもんよ。
 昔、一緒に旅をしていた魔道士とは。食事の度に呪文が飛び交ったものだもの!」
 特徴的なのは、こちらがまともな話をあきらめた頃になって。いきなり話を元に戻したりするクセがある所だろう。
「呪文……ね」
 千恵がどこから来たのか、それは判らない。
 だが、リナは早々と一つの結論を出していた。
 おそらく、千恵はこの世界の人間ではないだろうと言う事。
 なぜ。どうやってこの世界に現れたのか、何かの事故か目的があるのかは判らない。
 記憶が失われている事が、おそらく事故に巻き込まれたと言う事なのだろうとも。
「よく無事だったよなあ……」
 しみじみと語るガウリイの横で、リナは元気に食事を続ける。
 なぜ、千恵がこの世界の人間ではないだろう事が判ったかと言えば。千恵が魔法を知らなかったからである。
 知らないと言うのは、もしかしたら間違いかも知れない。理論と言うか、知識。情報と言った形では知っていたのだから。
 しかし、魔法を見たのは初めてだったらしい。
 極度の拒否反応が出てしまい。「敵ではない」とリナとガウリイが千恵に認識させる為には、丸々二日ほどかかった。
「ふふん。そんな簡単にやられていたら、人間なんて生きていけないわ。
 人生は戦いだもの」
 節までつけて楽しそうに、それでも。瞳は料理から離れない。
 こんな風景を、千恵は溜め息をつきながら見つめていた。

          ◇

 月の綺麗な夜である。
「千恵のいた世界の月って、どんな感じなのかしらね?」
 わざと飛沫をあげながら、リナが訪ねてきた。
「と言っても、覚えていない……か」
 こちらを見上げ、千恵を見つめる。
 千恵と言えば、恐る恐るお湯に足をつけようとしていた。
 そう、ここは宿の露天風呂である。
「うーん……もっと、小さかった様な気がするわ。それで、もう少し赤くて黄色かった様な気がする。
 あ、でもそんな気がするだけよ!」
 慌てて言う千恵から視線をはずし、リナは一人の世界に没頭したように見えた。
「これから、どうするつもりなの?」
 何か、考えをまとめているのだろう。
 口調も感じも、かなり真剣な様子である。
「どうしたらいいのか……正直、判らないわ。
 リナさん達に見つけてもらわなかったら、本当に。私は今頃、どうなっていた事か……」
「千恵にその気があるなら、大きな街まで連れていってあげるわ。
 かなり地位の高い知り合いがいるから、彼女に頼めば。千恵一人くらいならば食べていく仕事の紹介とかしてくれるでしょうね」
 千恵は、何も覚えていなかった。
 数日前に、今泊まっている宿屋から半日くらいの山の中から。いきなり現れたのだ。
 そう。それは、いきなりだった。
「でも……」

           ◇

 旅をしていたリナとガウリイは、暗くなり始めた山中を歩き。次の街を急ぎ目指していた。
 そんな時、真昼のような閃光が現れた。
 まるで、光の剣が放たれた様な勢いだった事も手伝って。リナとガウリイがそこまでたどり着くと。
 どう見ても、「たった今」崩壊したらしい。小山と言うか、瓦礫の山があった。
 その中で、彼女は。千恵は一人、立ちつくしていた。
 煙が立ち昇り、人為的に破壊された山の影と。そこからのぞく月とが。
 うなだれる、女性を照らしている。
 一枚の絵画の様に。
「あ、あんた……一体?」
 一瞬、リナとガウリイの間に緊張感が走った。
 見たこともない服装をした、おそらく女性。
 彼女が起こしたかは判らないが、破壊の跡で。
 そこで、ゆっくりと。
 女性はこちらを。
 見た。
「リナ!?」
 駆け出したリナを、ガウリイは止める事が出来なかった。

 どさっ!!

 崩れ落ちる音がした。
「セーフ……」
 息を吐く声とともに、リナが笑っていた。
 リナは、倒れた女性の下敷きになっていたのだ。
 ガウリイの止める間もない、まさに早業だった。
「大丈夫か? 無茶するなよ」
 呆れた声のガウリイに、リナは笑顔で答えた。
 ガウリイが女性を持ち上げても、女性はぴくりとも動く気配はなかった。それに続いてリナも立ち上がり。彼女のほほをぴたぴたとたたいてもみたが、まったく気付く気配はなかった。
 それが、千恵だった。

          ◇
          
 『千恵』と言う名は、唯一彼女が覚えていた事だった。
 見たこともない文字で描かれた言葉は、リナの好奇心をくすぐったのだが。本人が記憶喪失だと言う事が判ると、明らかにがっかりした様子だった。
 千恵の来ていた衣装は変わっており、山の中を歩くには不向きな靴とスカート。
 飾り気はないけれど、白いシャツ。そして、ドレッシーな懐中型の腕時計をしていた。
 来ていた服や持ち物から、身元が明らかになるかも知れないとリナは頑張ったみたいだが。結局は、彼女が「どうやらこの世界の人間ではないのかも知れない」と言う事くらいしか判らなかった。
 そして、それを決定づけた「魔法」
「ねえ。それって、千恵の国のものなの?」
 岩風呂の縁に座り、リナが月を見上げながら問いかけた。
「え? なにが?」
「だから、その歌よ」
 きょとんとした顔で、リナが訪ねた。けれど、千恵もまた同じ表情をしていた。
「歌……?」
「なに、無意識に歌っていたの?」
「えーと……そうなのかしら?」
 びっくりした様な、どうしたものかと言う顔で。リナが困っていた。
「ごめんなさい」
 千恵もまた、困った顔をしていた。
 当然だろう。何がきっかけで、戻るのかも判らない記憶を探す。手伝いをしてくれているのだから。
「え、いいのよ。だって、別に千恵が悪いわけじゃないし……。
 でも、一曲くらい何か歌ってよ」
 少し考え込んで、千恵は口を開いた。

 長い時を旅して 一つを目指して来たけど
 時に忘れそうになる 何を求めていたのか
 安らぎをくれた思い出を 胸に抱く哀しさを
 あなたが知る日は 来るのだろうか?
 愛しさと切なさが 憎しみと怒りとが
 どれだけ違いを持つのだろう
 誰を捜してきたのかも 判らないまま行くのを
 ただ……

「すごい……うまいじゃない。歌手でもやっていたんじゃない?」
 拍手の音とともに、千恵は自分が歌っていたのだと知る。
 夕食に立ち寄った酒場で、竪琴に合わせて歌っていた女性の姿を思い出していた。そこから、歌を思い出したのだろうが。
 千恵の記憶の中で、その風景はモノクロだったから。
「そう……なの?」
 雲を掴むような、手応えのない感触だけが残る。
「そうよ。絶対そう!
 千恵、歌い手だけで食べていけるわよ!」
 興奮した様子のリナを見て、千恵はほほえましく思うけれど。
 実感がつかめない状態で。何をどう答えれば良いのか判らない。
「そ……か」
 ちゃぷんと顔までお湯に浸かり、千恵は赤くなった顔をお湯のせいにしようとする。
 実際、お湯でずいぶんとゆだってはいたのだが。それでも。

 リナの支度する姿を見て、千恵は首をひねった。
「どこに行くの、リナさん」
 お風呂から上がって、ガウリイと少し翌日の打ち合わせをして。
 そして、さて寝るかと言う段になり。
「ふっふっふ……盗賊い・じ・め(はあと)」
「はぁっ!?」
 完全装備をしたリナを見て、疑問に思って。
 訪ねて帰ってきた答えが。節もついてハートマークまでついた「盗賊いじめ」だと言われたら。
 普通は驚くものだろう。
「盗賊いじめって……」
「それがなんなのかって言う質問なら、答えてあげてもいいけど?」
「いや、言葉の意味は判るような気がしないでもないんだけど……」
 そこで、千恵は考え込んだ。
 何にしても、ショックのあまり何を聴きたかったのか忘れてしまったくらいである。
「で?」
「えーっと……」
 千恵の頭の中は、激しく回転していた。
 それはそれは、大変なものではあったのだが。
 気が付けば、結局何も考えていなかったと言う現実があったりする。
「私も行っていい?」
 出てきた言葉は、誰も予期していないものだった。
「私もって……盗賊いじめよ? 危険なのよ?」
 リナがいぶかるのも当然である。盗賊いじめと言う行為は、並の実力では三日ともたない。それこそ、超一流の腕とセンスが要求されるのだ。
 剣士としては、まあ一流ではあるが。それ以上の魔法の腕を持つリナだからこそ。盗賊を襲っても平気でいられるのである。
「私をみつけたの、夜だったんでしょう? だったら、その方が何か思い出せるかも知れないじゃない」
 千恵の言っている事は、間違ってはいない。確かに、発見された状況と言うのが一番良いのかも知れない。記憶を取り戻すには。
「判ったわ。じゃあ、あたしから離れないで。
 それだけ守ってくれるなら、一緒に着いてきてもいいから」

          ◇

 煌々と光る月明かりの下。
 リナと千恵が、離れない様に歩いてる。
 こうして歩いてると、リナは千恵が。元の世界でも、結構金持ちの部類に入る人間だったのか。もしくは、労働の必要のない人種だったのかと思う。
 一つに、道を歩き慣れていないと言うのがある。
 幾ら夜道とは言っても、月明かりで周囲はかなり明るい。昼間ほどとは言えないが、それでも視界に不便さを感じるほどではない。
 けれど、千恵はなかなか歩くのが遅い。となれば、彼女はつまづくようなもののない。平坦な道くらいしか歩いた事がないとか。夜になってから出歩く必要のない立場の。たとえば、金持ちの家のメイドとか。そう言う仕事に従事していたと言う可能性も出てくる。
 更に、千恵の来ていた服がある。
 それは微妙に目立つので着替え、今はリナの買った服を着てるわけだが。
 着替えたと言うのに、なぜか。やはり、微妙に違うのだ。
 どこが、と問われても判らないわけだが。
「大丈夫なの? ガウリイさんに、何も言わないで出てきて……」
「大丈夫よ。何かあるわけでもないしね」
 半分以上は嘘だが、ここでガウリイが出てくるとリナは思っていなかった。
 千恵と言う、かなりリナにとって興味深い存在が出てきた事で。盗賊いじめをしてる暇などないと思ったのだろう。
 ここ二日ばかり、リナに対する夜間の監視がゆるくなっていたのを。リナは見逃さなかった。
 だから、リナは盗賊いじめに出る事にしたのである。
「けど……ガウリイさん、リナさんが大事みたいだし」
「はあ? そりゃあ、まあ……一緒に旅してるし。あたしがほとんど稼いでるし。
 どこに行くとか、色々な交渉とかも。全部あたしがやってるわけだから。あたしがいないと、ガウリイ何も出来ないって言う点で言えばそうかも知れないけど……」
「え? そうなの?」
「えって……違うの?」
 なんとなく、会話が止まる。
「どういう事よ、それ?」
 考え込んでしまった為。思わず立ち止まる千恵のために、リナもつきあって立ち止まる。
「だから……リナさんには言わない方がいいのかも知れないけど。
 ガウリイさんて……」
「こんな所にいらしたんですか。お探ししましたよ、千恵さん」
 頭の中で考えをまとめて、説明をしようとした千恵の声を遮ったのは。
 千恵の知る限りの、誰の声でも無かった。
「ゼロス!? あんた、なんで千恵の事しってるのよ」
「リナさんこそ、どうして千恵さんとご一緒なんですか?」
 肩で切りそろえられた、神官服と同じ黒い男。
 手には宝石の埋まった杖を持ち、にこにことしてる笑顔……。
「ええ。実は、千恵さんは故あってこちらの世界に迷われてしまった方なので。
 僕が元の世界にお戻しさしあげる為に。探していたんですよ」
「元の世界って……なんであんたが?」
「ええ」
 にっこりと言うゼロスを相手に、リナはあからさまに驚いている。
 確かに、破滅とか破壊を司る魔族のゼロスが。幾ら異世界から来たと言っても千恵を「元の世界に返す」なんて言ってくれても。
 信用など出来るものではない。
「今月は僕の当番なんですよ。
 いやあ、宮仕えの辛い所です」
 笑いながら言うゼロスの横では、リナが「当番制なんかい!」とツッコミを入れていたりする。
「と言うわけですので、元の世界に戻して差し上げます。
 さあ、行きましょう。千恵さん」
「い……いや」
 千恵は、薄暗い中でも判るくらいはっきりと蒼白な表情をしていた。
 後ろに下がり、頭を抱えている。
 体調が悪いのか、声が震え。
 そして……。
「千恵?」
「千恵さん?」
 リナ達の声も聞こえないのか、まるで。何かから逃げるような仕草で。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 絶叫が。
 こだました。
 世界は。
 悲鳴をあげた。
 空気が震えて、肌に突き刺すような感覚が通り抜ける。
 ぞわりとした感触を覚えて、リナも自らを抱きしめる。
「何が?」
 風が舞い、雷が舞う。
 千恵を中心として。
 それに惹かれるように、様々な『姿無きもの』が集い。現れる。
「ゼロス!」
 音が消える。
 吹きすさぶ風にかき消され、立っている事もきつくなる。
 リナは、風にとられたマントの為に倒れそうになる。が、そこをガウリイが支えた。
 リナは驚かない。そう、ガウリイがいる事が判っていたかの様に。
 実際に、感じてはいたのかも知れないが。
「ええ……どうやら。千恵さんは、清々されてしまっている様ですね」
 顔に笑顔と。けれど、並々ならぬ表情を張り付かせ。
 黒衣の神官は苦悩を浮かべる。
「せいせい……って、なんだ?」
「千恵さんは、記憶をなくされているのではありませんか?」
 誰にともなく言われた言葉だったが。当然のごとくリナが答える。
「ええ、そうよ。
 千恵は、あたし達が見つけた時。すでに、一切の記憶を無くしていたわ。
 『千恵』と言う名前以外は。ううん、それが本当に名前なのかも、あたし達には判らないけれどね」
「おそらく、千恵さんが元の世界からこちら側へ来る時に。
 その魂は一度浄化されてしまったのでしょう。記憶とともに。
 だから、どんなに僕が魔族としての気配を消しても。千恵さんは気付いてしまったのだと思います。
 そう、ガウリイさんの様に。今の千恵さんは、『世界』が見えているのでしょう」
 人の中にも、時折存在する。
 勘がよい。と言う言葉の中に混じる、清々された魂。
 それは世界の真実の姿を見抜く、浄眼でもある。故に、その瞳の前にウソや虚偽はあり得ない。
 持ち主の意志に逆らったとしても、それを見抜いてしまうのだから。
 それを、心眼と呼ぶものもある。巫女と呼ぶものもある。
 彼らに唯一共通する事は。
 真実を見抜く、力の持ち主だと言う事。
 残酷なまでにも。
 そして、千恵はこの世界の者ではなくても人にすぎない。
 魔力を持っている……かどうかまでは判らないが、ある程度までの能力ならば持っているのかも知れない。
 何しろ、世界を越えてきたのだから。
「なんとか、止める方法はないの!?」
 叫び声をあげるが、それがちゃんと声になっているかは判らない。
 ガウリイに支えられ、抱きすくめられ、リナはなんとか寄りかかっているにすぎない。
「ありません。こんな力の渦の中、僕にだってどうなる事か……!!」
 ゼロスの声は、大して大声を出していると言う感じには見えない。しかし、それは精神世界を経由して声を届けているからなのだろう。
「だったら、この始末をどうつけるつもりよ。当事者!!」
 仮に方法があったとしても、リナにも判っていた。
 この力の渦の中、どうやって千恵にリナ達を。
 個々の識別を認識させるのか、それが大問題なのだ。
「そう言われましても……」
 木々が、なぎ倒された。
 山が、削られて行った。
 近くにある湖が、天に昇る竜の様にあがり。あちこちで火が起きようとしていた。
 放っておけば、このあたり一帯は大惨事となってしまうだろう。
 おまけに、手段はないのだ。
「なんとかしなさい。出来ないわけないでしょうが!!」
 乱暴な言い方ではあったが、リナの言い分は間違っていなかったらしい。
 一つ息を吐いたゼロスは。
「仕方ないですねえ……」
 消えた。
 転移したのだ。千恵の元に。
「何をするつもりなんだ?」
 ガウリイの言葉は、なんとかリナの耳にも聞こえた。
 しかし、視界は遮られ。音も聞こえない。
 リナ達には、本当に何も出来なかった。
          ◇
 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!

 千恵を占めていたのは、限りない恐怖だった。
 しかし、もっと怖い存在もいる。ガウリイだ。
 千恵は言わなかった。と言うか言えなかったのだが、初めてあった時からガウリイに何かを感じていた。それがなんなのか最初は判らなかったが、次第に判った。
 畏怖にして奇怖。鬼怖と呼べるものかも知れない。
 それに比べれば、今。目の前にある黒い人形の方が怖くはない。
 前者。ゼロスを、圧倒的な力で押しつぶされそうな存在とでも形容するならば。
 後者。ガウリイは、知らぬ間に存在を消去されそうな存在とでも言うべきだろう。
 両者はそれぞれ恐ろしいものではる。何しろ、それを周囲にはおくびにも出さないのだから。
 しかし、両者には決定的な差がある。
 ガウリイは、人であると言う事。
 ゼロスが人ではないと言うのは、直感的に判った。記憶を持たなければ、様々な事に敏感になる可能性があると言う事はリナに聴いていたから。
 しかし、そのゼロスと同等の恐怖を持ち得るガウリイが。恐ろしくない筈がない。
 だから千恵は、ガウリイの事を言えなかった。
 助けてくれたし、何より。リナが悲しんだりするかも知れないからだ。だから、なんとか耐える事が出来た。
 けれど、そこへゼロスが現れた。
 もう、駄目だと千恵は感じていた。
 千恵の自我は、耐えられなくなった。
 恐怖と言うなの圧力が、ガウリイだけではなくゼロスからも押し寄せる。それが、『千恵』と言う自意識を破壊しかけた。
 出来ることは、『忘却』と言う彼方へ旅立つ事だけだった。
 けれど、そこには問題が生じていた。
 この世界の存在ではない千恵は、この世界そのものへの干渉力を持っていた。
 千恵の悲鳴に呼応する様に、世界が悲鳴を上げた。嘆き、苦しんだ。
 その事に、気付かなかったわけではない。風にさらわれそうになっているリナやガウリイの姿が見えないわけではない。
 だが。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 逃げ出したい衝動にかられる。何もかも忘れたくなる。
 全てを、消し去りたくなる。
「おやめなさい、千恵さん」
 突如として現れた黒髪。黒瞳の青年を見て、千恵の鼓動は一気に跳ね上がる!

 どくん!

 自分自身ですら、もう聴くことの出来ない叫び声が。
 どこか、遠くでなる太鼓の様に聞こえた。
 その声に圧倒される様に、ゼロスがたたらを踏んで後ずさる。
「千恵さ……!!」
 手を伸ばし、必死の形相で向かってくる男。
 それが認識されればされるほど、千恵の中で拒絶反応が起こる。そして、別の感情も。

 かっ!

 その時。世界は上下に分断された。
 少なくとも、千恵はそう思った。
 ゼロスが、唇だけで「しまった」と言っているのが見えた。
 瞬間的に身構えたが、まるで。
 魔法にかかった様に。
 時間が止まった。
『我を呼び、我とせんものよ』
 光は、千恵のすぐ手前。手を伸ばせば届く所で止まっていた。
 高速に回転を起こし、そのまま揺らめいている。
 球体だったものは、次第に楕円形となり。そして、回転が止まる事には。
 一本の古い錫杖となっていた。
「だ……れ?」
 木の蔓が合わさって出来たような。おとぎ話に出てくる様な、魔女の持つ様な杖。
 丈夫には紫色の宝玉がはめ込まれており。そこだけは、まるで生まれたての雫の様な輝きを持っていた。
『我を手にする資格を、持ち得る者よ』
 紫色の宝玉は、千恵の視線を捕らえて離さない。
 まるで、長い時をかけて。やっと巡り会えた愛おしい存在に出会えたかの様な。
 そんな響きを持って。
『我を手にせよ。汝が望みを叶えよ』
「あなたを……手にする?」
『我と共に咆哮せよ!』
 限りなく、魅力的な響きを持っていた。
 千恵のいる空間と、外側とでは時間の流れが違うのか。ゼロスが、さっきと同じ表情で。なんとかこちら側へ来ようとしている。
 それを見て、千恵の中にはっきりとした感情が表れた。

 怖い。
 でも、それ以上に……倒したい。

 理由など判らない。そんなもの、どうだっていいとさえ思った。
 千恵は理解した。
 この杖は、自分の為に現れたのだ。なぜかとか、理由とかは一切判らないし。
 それこそどうだっていい。
 けれど。その為の力を持っている。貸してくれる。
 望みを叶えてくれる。
「いけません。それを『紫の剣』を手に取っては!」
 突如。ゼロスの声が聞こえる。
 頭の中でこだますると言った方が、近いのかも知れない。
 はっとして、千恵はゼロスを見る。
 表情も仕草も、さっきとまったく変わらないが。何らかの方法で声を届けたのだと言うのだけは判った。
 それは、苦痛に歪まれていた。
 歓喜が起きる。
 千恵の中で、嬉々とした感情が起こる。
 この杖を手にすれば、ゼロスはもっと困るに違いない。それこそ、大変な事態になるかも知れない。
 それは、なんて心惹かれる事態なのだろう?
「元の世界に、帰れなくてもいいんですか!?」

 ぴくっ。

 千恵の手が止まる。
 感覚で判った。ゼロスの言う事は、間違っていない。
 この杖を手にすれば、間違いなく千恵は元の世界に帰れなくなる。
 幾ら記憶を失っても、幾ら。最悪の場合はこれから作れば良いのだとしても。
 求める思いは変わらない。
 迷う。
 この杖を手に取り、目前の黒衣の神官を倒す為の力を手に入れるか。
 それとも、黒衣の神官をあきらめ。あるかも判らない元の世界に帰るのか。
 判らない。どちらが良いのか、どちらが正しいのか。
 歪む顔。もっと見たい。
 元の世界。帰りたい。
『我を手にせよ。そして、我と共に咆哮せよ!』
 想いを手にする事は、思いを捨てる事なのだろうか?
「千恵さ……、帰りたく……ないの……」
 思いを取り戻す事は、想いを捨てる事なのだろうか?

 世界が歪み、悲鳴を上げる。
 行き場の無くなった思いが、世界を蹂躙しようとしている。
 千恵の心の様に、それは風を起こしている。
 判っている。
 このまま、風に身を任せてしまえば。世界だけではなく、ゼロスだけではなく。
 リナも、ガウリイも、千恵ですら。
 壊されてしまう。
「何が一番正しくて、何が一番行けない事なの?」
 杖に埋め込まれた宝玉も、黒衣の神官も。
 どちらも、同じだけ強い思いを抱いている。
 しかも、両者とも千恵の為に。あるいは、ゼロスは別の思いもあるかも知れないが。
 今だけは、きっと千恵の事だけを考えている。
「私は……どうしたいの?」
 逃げられない空間の中、千恵は完全に混乱した。
 思考がメビウスに閉じこめられてしまっていた。
 行き場のない迷路。
 その先にあるのは……一つしかない。
「千恵さん」
 千恵は、全身が震えた。
 リナではない。ガウリイではない。
 黒衣の神官でも、目前の宝玉でもない声が、千恵の全身を貫いた。
「ただいま」
「あ……?」
 はらはらと。
 千恵の顔に熱いものが流れていた。
 鼻の奥が痛くて、目頭が熱い。頭の中が、何も考えられなくなる。 
 いつだったのだろう?
 千恵は、懐かしさを感じていた。
 それまで迷っていた声とは、比較にならない声が。
「ママ……」
 幼子の声。
 まだ小さな、女の子の声。
「誰……誰なの?」
 けれど、まだ足りない。
 千恵は記憶を取り戻していない。そのためのキーワードが足りない。
「私……私は、思い出したい!」
 きっぱりとした声に、応えるかの様に。
 千恵の全身が光に包まれた。
 否、千恵から光が放たれていた。
「ママ、おうちにかえろう」
 うちからの声に、千恵は半信半疑でつぶやいた。
「赤ちゃん?」
          ◇
 すべてが終わった。
 しかし、その爪跡はかなりのものだった。
 もっとも、それは常のリナの放つ魔法くらいのものだったが。
「説明……してくれるわよね?」
 リナは、かなりご立腹だった。
 その側では、何か判っているのかいないのか。よく判らないガウリイがいる。
「そう言われましても……。
 リナさん、この世界が穴だらけだと言うのは。ご存じですか?」
「は?」
 リナの眼が点になったとしても。それは、別に攻められるべき事ではない。
 もっとも、すぐに立ち直ったリナが理解するのに時間はかからなかったが。
「そうでしょうね。
 1000年前の降魔戦争。それ以前からある神魔戦争。もっとさかのぼれば、世界創造戦争ってのもあったっって言うじゃない?
 その上、つい最近じゃ異世界の神と魔の融合体まで来てるんだし……そう言う意味では、確かに穴だらけなんでしょうね。この世界は」
「理解が早くて助かります。
 で、とどのつまり。ああして、千恵さんの様に異なる世界から迷われて来てしまう方って。結構多かったりするんです。
 で、神々と魔族が協力して。出来る限りもとの世界にお返しする事となっているのです」「どういう事なの?」
 ゼロスの説明によれば。
 世界は、確保された固定観念に乗っ取っているわけではなく。かなり曖昧な部分で形成されていると言うのである。
 勿論、それはその主軸にして世界の王たる存在が。実はかなりいーかんげんかも知れないとか、その実とっても大ざっぱかも知れないとか。
 まあ、そう言う事もないわけでもない。
 そして、世界と言うのは一つの世界だけで出来ている訳ではない。
 リナも体験した異世界の魔王と神の融合体でも判る様に、たとえば。この世界は他の。最低3つの世界とリンクしているらしいのだ。もっとも、ゼロスやその上司と言えどあっさり行き来出来るわけでもなく。かなりの力を必要とするわけだが。
 そこで登場するのが、歴史に残る戦争の爪跡である。
 そこでは莫大な力が消費され。長い時間をかけてゆっくりと修復を続けてはいるものの。だからと言って、簡単に収まるわけではない。
 それを、『穴』と呼んでいる。
 そして、時折。なんの関係も因果もない存在が、『穴』を通って別の世界にさまよい出てしまう事もある。
 要約すれば、そんな感じである。
「ただし、世界を越えるには様々な副作用が起きます。
 千恵さんの場合は、記憶を失った事で清々され。魂が浄化されてしまった事によって。この世界と呼応してしまったのでしょうね」
「で? あの変な杖はなんなの?」
「あれは、『紫の剣』と言います」
 それがゼロスの知る限りの歴史上に現れたのは。それほど遠い昔の事ではない。
 ただ、出自がまったく不明と言う事をのぞいては。
「性質上、女性と美しい音楽を好みます。刀身はそれ事態で攻撃をする事も可能ですが、横笛とする事も出来ます。
 一種の魔族みたいなもので、契約者たる主の望むままに姿を変え。その力は、一撃で山をも切り裂きます」
「なんで、そんな事わざわざ教えてくれるの?」
 リナの疑問はもっともだった。
 仮に、リナが入手してしまえば。魔族にとって驚異になる事は明白だ。
「それは……ありえません」
「なんでだ?」
「あれは一種の魔族。つまり、自意識を持っています。
 普段はいずことも知れぬ所へ封印され、自らの存在を完全にこの世界から孤立させていますが。さきほどの様に、自らを取るにふさわしい存在が現れると。ああやって自ら現れます」
「つまり、リナは選ばれなかったって事だな」

 ぼぐぅっ!

「お……まえ……」
「うっさいよ、ガウリイ」
 リナの一撃が、ガウリイのボディにヒットした。
 選ばれなかったと言う事実が、それなりにプライドを傷つけたのだろう。
「いえいえ。選ばれなくて本当に良かったんですよ。
 何しろ、先ほども言いました様に。あれは女性を好みます。おまけに焼き餅焼きなんです。
 主人たる契約者に、心に決めた存在でもあろうものなら。
 次の瞬間、その相手はチリも残さず消滅させられている事でしょう」
 リナはぞっとした。
 何しろ、一振りで山を切り裂く事も出来ると言うものだ。確かに、それくらい出来るかも知れない。
「勿論、使い手の力量で変わるでしょうが。唯一、そうなったとしても回避する方法はあります」
「なんなのよ、それ」
「あれは『母』に弱いんです」
 笑いながら言うゼロスに、更にリナの眼が点になった。
 ちなみに、ガウリイはまだ腹を抱えている。
「女であれば、それは心変わりもあるかも知れません。しかし、『母』は自らを削り子を作りますからね。
 同じ遺伝子を持つせいか、手加減してしまうのか。主人の子供への愛情だけは、容認してしまう……と言う話です」
「誰から聴いたの? それ」
「それは……」
「秘密はなしだぞ」
 ぼそりと。だが、うめきながらも確実にガウリイが言った。
「仕方ないですねえ」
 少々寂しそうに、ゼロスが言う。
「あれを、この世界に持ち込んだ方からですよ」
「誰なの?」
「さあ……僕も、詳しいことは知らないんです」
 表情からは、ウソか本当かを読みとるのは難しい。
 しかし、ゼロスはこんな事でウソを着く必要が無いことは。リナにもよく判っていた。
「では、僕はそろそろこれで。
 やっと当番が終わります。ご協力、ありがとうございました」

 しゅん!

 声をかける間も無く、ゼロスが消えた。
 まあ、特に用事も無かったので。リナとしては問題はなかった。
「それにしても……」
「なに?」
 ようやくリナのボディから立ち直ったガウリイが、何やら困ったような。難しい顔をしている。
「千恵って、帰れたのかなあ?」
「そう言えば……でも、大丈夫じゃないかな」
「なんで?」
「だって、生きてる。そんな気がする。
 生きていれば、きっと幸せになれるわよ。そうしたら、いつかきっと。
 千恵の世界に帰れるわ」
 リナ達は知らない。あの力の渦の中で、何が起こっていたのか。
 千恵が『紫の剣』を手に取らなかった理由を。
「じゃあ、千恵はどこから来たんだろう?」
 異世界だと。応えるのはたやすかった。
 けれど、少し考えて。
「もしかしたら……『世界の果て』かもね」
 そう言った。


終わり