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6341華と氷の刃1LINA 2/21-14:53


今回のお話はイタリアのルネッサンス時代です!!


一人の黒髪の少年が居る・・・・。
手に一杯砂糖菓子を持ち一人のストロベリー・ブロンドに近い栗色の髪の少女に手渡す。闇色の髪の少年の年頃は9〜10歳と言ったところか。
妹であろう光色の髪の少女はそれよりも5〜4歳くらい年下と言った所か。
少年から手渡された砂糖菓子を美味しそうに食べる少女。
そんな妹を愛しげに見詰める少年。
暫し二人はお互いのみの存在しか目に入らないで居る。
が、それもつかの間・・・。
第三の人物の介入。
少女とは全く異質の光色の髪・・・金髪の少年が現れる。
彼は言葉巧みに少女に何かを語り掛ける。
年の頃は少女よりか2〜3歳年上。少年よりか1〜2歳くらいの金髪の少年を闇色の髪の少年は憎らしげに見詰める。
顔貌から言って三人が兄妹である事は疑う余地は無い。
だが。
二人の光色の髪の少年と闇色の髪の少年の間に渦巻く険悪な空気。
幼い妹にそんな事が気付くはずが無い。
次兄とは異質ながらもやはり光色の髪を持つ少女は長兄から渡された砂糖菓子にはもはや目もくれず次兄と共に何所かに行ってしまう・・・。
闇色の髪の少年・・・シェーザレの憎しみに満ちた表情に気がつく事無く・・・・。


「リナさん・・・。帰ったほうが良いですよ・・・。」
ローマの町の一角。
とある事情でナポリからここに事実上人質として差し出された王女アメリアがストロベリーブロンドに近い栗色の光色の髪の娘、リナに言う。
「兄様かもしれないのよ・・・・?」
その一言にアメリアも長兄シェーザレの部下、ゼルガディスも沈黙する。
イタリア統一を企み悪行と非道の限りを尽くし全イタリア中の王国、僭主の独裁地域に権勢を誇るローマのインバース一門の次男、すなわちリナの次兄ラアンがもう三日も帰らないのだ・・・。
更に。彼の従僕と愛馬が重症をおって発見された。
何者かに襲撃された事は疑いない。ローマ中を捜索した結果・・・。
「テヴェレ河から一人の青年が発見された・・・。」
勿論、その青年がどのような状態であるかは言うまでも無い・・・。
「だからって・・・。ラアンさんって決まったわけじゃ・・・。」
言いかけてアメリアは止める。
ラアンは無能の上卑劣な男だった。
外見上の美しい金色の髪、優美な物腰、洗練された態度とちがってとてつもなく愚かな上傲慢、さらに浪費家ときたもんだ・・。
彼に対して恨みを持つ人間は巨万と居る・・・・。
「しかし・・・。リナ・・・。」
「確認に行くだけよ。ゼル・・・。」
何時になく思いつめた様子のリナ・・・。
兄がそのような事になったと考えれば当然の事なのかもしれない・・・。
アメリアとゼルガディスはとりあえずその程度の事と思うようにした・・・。


あたしの予想が正しければ・・・。
リナは一人思う・・。
ラアンが殺害されたとすれば・・・。
『犯人』は『あの人』に間違い無い・・・。
幼い頃の砂糖菓子の記憶がふと脳裏によぎる・・・。
甘いはずの砂糖菓子の記憶・・・。
しかし・・・。
今となっては苦い・・・いいや。それ以上に恐ろしいもののように思えて成らない・・。 不意に襲う寒気・・。
この季節ではそんな事は無いはずだ。
だが・・。全身がガクガクするほど底冷えしてならない。
その答えは何故か知っている。
『あの人』の存在だ。
確かに『あの人』はあたしをとても愛してくれている。無論あたしも『あの人』を・・。闇色の髪・・・。誰よりも美しい容姿・・。孤高たる存在感。
心酔?それともれっきとした愛情?
違う・・・。それは違う・・・。
ラアンも自分も『あの人』にとっては『人形』にしか過ぎない・・・。
ラアンは憎むべき・・・。そしてアタシは愛玩用の人形・・・。
それなのに何故『あの人』から逃げられないのだろう・・・。
答えは単純・・。『あの人』の『影』を愛してしまったからだ・・・。
只一人リナは考える・・。
尚も寒気が襲ってくるのを全身で感じた。


テヴェレ河にはもはや黒山の人だかりが出来あがっていた。
寒い季節でもないのにケープをしっかりと身体に巻き付けたリナを気遣うようにアメリアが肩に手を回す・・。
「無理も無いわ。ローマいや、イタリア諸国一の権勢を誇るインバース家の剣が殺害されたんだもの・・・。」
辛うじてリナは答える。
そう。ラアンはイタリア統一を目論むインバース一門の剣・・・。
軍総司令官の地位を持つ男・・・。
しかし。その無能さをよく『あの人』は指定していた・・。
そして。ラアンをどれほど憎んでいただろう・・・。
ラアンさえ居なくなればこの地位は『あの人』のモノなのだから・・・。
「リナ・・・。」
不意に掛かる良く知った声。
誰かはすぐ分かる。
『あの人』の影・・・。そう。リナが愛してしまった人物・・。


「ガウリイ・・・。」
呼びかけられたリナは暫しの間を置いてその人物の方を振り向いた。
一瞬の間があったのももはやこの時点でリナは彼の井手達を容易に想像しえたからだろう。
彼女の兄、シェーザレ=インバースの側近としての毒々しいガウリイの制服をリナは目の当たりにする・・。
普段着のガウリイには決して無い威圧感。
表情を押し殺しつつもリナのそれに対する恐怖をアメリアとゼルガディスは見逃さなかった・・・。
「ナンのご用?ガウリイ?」
極力平静を装う声。
他の誰にも気付かなくともガウリイには彼女の声が震えているのがよく分かる。
・・・・・だから厭だったんだよ・・・。こんな役目は・・・・。
心の中で主人にして親友、愛する娘の兄である男シェーザレを密かに呪うガウリイ。
「ああ・・。寒くなったからな・・。屋敷からお前サンを迎えに来たんだ。」
ガウリイの一言にリナは彼に対する恐怖・・・というよりも彼の背後に潜む者に対する畏れを尚更深めた・・・。
だが・・。
ラアンの事も在る。
ここで引き下がるわけにはいかない。
「寒くは無いわ。それに・・。この人だかりの実態を追求しなければ気が済まないもの。」あえて無理矢理作り笑いをする。
が。
リナの本当の笑顔を良く知っているガウリイにそんな小手先だけの権謀術数が通用するはずが無い・・・。
「カノンがおまちだぞ?」
あえてガウリイはいいたくない一言を避ける。
カノンとはアメリアの弟でナポリの王子である。
姉のアメリア同様ローマに人質として差し出されているのだがリナとはアメリア同様実の姉弟のように仲が良い三つ年下の少年だった。
「ゴメンねって言っておいて。ガウリイ。」
カノンが待って居ると言う名目にだけ縋って今すぐにでも帰りたい気持ちはある。
しかし・・。
このままでは何時までも自分は『愛玩人形』にしか過ぎなくなる・・。
その気持ちが辛うじてリナを奮い立たせた・・・。
「リナ・・・。最後通告だ・・・。」
彼女の気持ちを察しつつもガウリイはついにこの残酷な一言を言う決心をする・・。
「ヴァレンティーノ殿のご命令だ・・・。戻れ・・・。」
その一言・・・。
リナは氷ついたようになる・・・。
ヴァレンティーノ・・・。
兄・・・。シェーザレの命令・・・・・・。
どうして逆らえるだろうか・・・。
リナのすべてを束縛するその一言・・・。
血塗られた一族の長、野心家の兄。
「リナさん・・・。」
「リナ・・・。」
アメリアとゼルガディスがリナの話しかける。
「ゴメンナサイね・・・。ガウリイ・・・。手間を掛けさせちゃって・・・。帰ろう・・。ゼル・・・。アメリア・・・。」
辛うじて気丈に振舞うリナの声。
「済まないリナ・・・・・。」
彼女の肩を支えつつガウリイは言う・・。
板挟みは彼とて同じなのだ。
シェーザレを信頼すると共にリナを愛している・・・。
リナとて恐れを抱きつつも兄を愛しているのだ。
シェーザレとリナが憎みあってさえいればまだしも選択の余地はあっただろう。
しかし・・・。この現状故ガウリイはシェーザレの残虐な凶行を止める事が出来ない。
結果・・・。だたリナを犠牲にし傷付けるだけなにだ・・。
リナはガウリイが苦しんでいる事は良く理解している・・。
決して助けを求めて来りはしない・・・。
だから尚更辛い・・・。


「あ!!あれ!!インバースのお姫様よ!!」
誰かがリナを指差して言う。
「何時見てもお綺麗だね・・・・。兄のシェーザレ様と言いラアン様と・・。」
言いかけて野次馬の一人は口を止める。
無理も無い・・・。
今日の被害者はそのラアンかもしれないのだ。
白けた雰囲気を一掃しようとでもするかの様に別の野次馬がリナのい隣りを歩くガウリイを指差して言う。
「ほら!!あの金髪の男だよ。シェーザレ様の側近の!!」
「ガウリイ=ガブリエフ!!?」
その一言に驚愕とも感心ともつかない口調で別の野次馬が答える。
「そ。影に日向にシェーザレ様に遣える側近さ。スペイン系の別称『氷の刃』、彼の存在事態でシェーザレ様に逆らう者は『死』を意味するってわけさ・・。彼の号令一過、どれだけの奴が地獄行きの旅に出たかと思うと・・・。もうぞっとするよ・・・。」
その一言を聞き漏らすようなリナではなかった・・・。
例えガウリイが自身をその通りと認めくちさがの無い連中のそんあ一言を黙認したとしてもである・・・。
リナの兄譲りと言っても過言ではい鋭い眼光がガウリイに対して暴言を吐いた連中を容赦無く射竦める・・・。
鷹を連想するような眼差しを持つシェーザレに良く似た色こそ青灰色と深紅と違えども強い光と人を畏怖させるようなリナの睨みに流石に野次馬達も恐怖し忽ちのうちに黙る。
「構うなリナ。行くぞ・・・。」
勤めて優しくガウリイがリナの手を引く。
リナの眼差しを見たのか・・・。
それとも彼女から発せられる殺気めいたものを感じたのか・・。
諭すようにリナを見るガウリイ・・・。
『俺は本当にそういう奴なんだ』
とその眼差しが語る。
リナも負けてはいない。
キツくならない程度にガウリイを睨み返す。
『兄の命令にしか過ぎないのに!!あんな何も分からないような連中に面白おかしく言われても良いの・・・・!?』
物静かながら内にとてちもない激越さをはらんだ眼差しでリナはガウリイに訴える。
勿論・・・。
その気持ちが彼に伝わるかどうかは定かでは無い・・・。
兄といいガウリイと言い・・・。
列強の侵略に畏れるしかない分裂国家のイタリアを救おうとして戦っているのだ・・。
イタリア統一・・。
なるほど。
たしかにとてつもない夢だしもはや『血塗られた惨劇』と『野望達成』までの悲劇は必然的な要素である・・・。
しかし・・・。
それも人々の平和のためで在る事は否めないはず・・・。
それなのにガウリイを良いように・・・・。
とてつもない怒りが込み上げる・・・。
自分がシェーザレと同じ冷酷の血を引いてると感じる一瞬・・・。
何よりも自分が恐ろしく感じてならない・・・・・・。
リナの手を取ったガウリイの手の力が一瞬弱まる。
まるで今までの自分の手に付いた血の数々がリナにまで付くのを畏れるかのように・・。
だが。
リナはよりいっそう強くガウリイの手を握り締める・・・。
構いやしない・・・。
例えこの人の手や腰に下げられた剣が血に塗られていても・・・・。
そう・・・。
血統こそ違えども・・・。
リナとガウリイには同じ種類の血液が流れているのだ・・・・。
例えそれが必然的であれ偶然の産物であれ・・・。
構いやしない・・・・。
それが今の・・いいや。これからもリナのすべてで在る事は分かりきっている事なのだから・・・。



「遅かったな・・・?何所へ行っていた・・・?」
脇にガウリイを従えた兄シェーザレが身長で差のある妹リナを轟然と見下ろして言う。
知っているくせに・・・・。
口元まで出かかっているその言葉・・・。
しかし、兄の青灰色の鋭い瞳に見られれば何も言う事は出来ない・・・。
「言えないのか?お供のアメリア姫とゼルガディスに聞いてやっても良いんだぞ?」
言ってシェーザレは優しく笑う・・・。
妹であるリナが愛しくてたまらないと言った微笑み。
これが意地の悪い含み笑いならばまだ救われるような気がリナにはしてならない・・。
「市街地に・・・。」
辛うじてリナは言葉を絞り出す・・・。
ガウリイが助けを出そうとするのを視線で制する。
「市街地か・・・。随分と物騒な所だな。今朝もはやくにテヴェレ河から若い青年が発見されたと言うではないか・・・。まあ、良い。時にリナ・・・。」
「はい・・・。」
「哀しい知らせだ・・・。心して聞け・・・。」
「何ですか・・・?シェーザレ兄様・・・・?」
「今朝早く・・・。ラアンが最悪の状態で発見された・・・。」
技とらしい・・・・。
兄を・・・いいや、ガウリイを見ないようにするためにリナはわざと俯く・・・。
子供の頃から妹であるリナを奪い合って争っていたシェーザレとラアン・・・・。
脳裏に砂糖菓子の記憶がまたしても蘇る・・・。
闇色の髪のシェーザレのくれた砂糖菓子をリナは無邪気に頬張る。
兄の愛しげに自分を眺めてくれる視線も大好きだった。
が。
必ずと言って良いほどそんなリナとシェーザレとを引き裂くかのように光色の髪をした次兄ラアンが面白い遊びを餌にリナの所にやってくる・・・。
気付かなかった・・・。
残された闇色の髪の兄、シェーザレの憎しみの篭もった眼差し・・・・。
何よりもリナを束縛する青灰色の瞳。
「無論・・・。私は即ラアンの元に行き・・・。犯人に対する復讐を誓った・・。」
シェーザレが俯いたリナの頤を持ち上げ瞳を直視しながら言う・・・。
感じるもの・・・。
それは単なる恐怖か・・・?あるいは畏敬・・?それともそんな兄でも慕う気持ちか?
全身に恐ろしいまでの呪縛を感じずにはいられない。
触れられた手の冷たさが全身に伝わる・・・。
怖い・・・・・。
「シェーザレ!!」
リナの怯えを察してだろう。
諌めともどうとでも取れるよう兄の名を呼ぶガウリイのフォローが有り難くリナは思った。
彼の声にようややく体中の冷え切った血が温まるのを身をもってリナは感じる・・・。
そうでなければ・・。
冷え切った血のタメに心はとっくに凍死していただろう。
何度このガウリイの暖かい声に助けられた事だろうか・・・?
無論、ガウリイと兄の表情と感情まで感じる事は出来ないが・・・。



「ガウリイ。俺は用事がある・・・。リナの事は頼んだぞ・・。」
そうとだけ言い去っていくシェーザレ・・・。
この呼び出しにはどんな意味があったのだろう・・・。
兄の態度は一番良く分からない・・・・。
恐怖すら感じずにいられない。
兄を愛してるのは事実である・・・。しかし・・・。
彼の意に添った愛情でなければ『カンタレラ』で今度葬られるのは自分かもしれない・・・。
その思いが豪気なリナといえでも恐怖した・・・。
「大丈夫だ・・・・。」
座り込んだまま立ち上がる事すらままならないリナをガウリイはやさしく抱き起こす・・。
「ガウリイ・・・・。」
この人は自分が何を言われようとも厭わず兄に着いて行くだろう・・・。
「リナ・・・?」
それでも構わない・・・。
ただ一緒に居たい・・・。『助けて欲しい』なんて言えなくとも・・。
そう思いリナはしっかりとその手を握った・・・。


「結局・・・。ラアンさんだったんですね・・。」
アメリアが哀しそうにリナに語りかえる・・・。
「ええ。」
リナが答える・・・。
「大丈夫か・・・?リナ姉?」
アメリアの弟、カノンが気遣うようにリナの光色の髪を撫ぜる・・。
「有難う、カノン・・・。だいぶ落ち着いたわ・・・。」
言ってリナは微かに微笑む。
だいぶ落ち着いたと言うのは嘘ではない。
「で・・・。インバースの剣が失われた今・・・。軍総司令官はどうなるんだ?」
ゼルガディス。
「多分・・・。シェーザレが継ぐでしょうね・・・。」
以前から弟の地位である「剣」を欲していた兄・・・。
「そうか・・。まずはお手並み拝見と言いたい所だな・・。」
無能な指揮官、ラアンとの違いを兄がまず最初に要求される事はまず必然だろう・・。
「すぐよ。ローマに逆らって威張り腐っているイタリア各地の僭主ドモを討伐するって兄貴も言ってたわ・・・。」
無論・・・。
ガウリイも出兵する・・・。



「リナ?何が欲しい・・・?」
唐突に兄がリナに聞く。
「何って・・・?何がですか・・・?」
怪訝な顔をしてリナは兄に言う。
幼い日の思い出。
「ラアンなんかにやれない物をお前にやる。」
小さな兄は決意したように言う。
「う〜〜ん・・。わからない・・・・?」
小さなリナも困り顔・・・。
「なら。大きくなったら俺はお前に世界最高の贈り物をやる!!」
自信に満ちた表情で言う兄・・・。
それは純粋な希望だったんだろう。
こんな野心ではなく・・・。
一同の出陣を呆けたような表情で見送りつつリナは懐古する・・・。
闇色の美しい肩までたっぷりある髪を靡かせ最高級品の立派な鎧を身に纏った兄は全軍になにやら大きな声で指示している・・・。
恐ろしいまでに綺麗・・・・。
兄は・・・。
シェーザレはこの時代で一番美しい戦士なんじゃないだろうか・・・。
ふとそんな考えがよぎる。
実際にいまのシェーザレは何時ものオソロシイ兄ではない・・・。
希望に満ちた一人の若武者にして有能な全軍をまとめる総司令官だった・・・。
何時も兄の傍らに影のように寄り添っているガウリイの姿が見当たらない・・・。
何所だろう・・・・?
不意にリナは不安を覚えて周囲を見渡す・・・・。
「リナ・・・。」
後から掛かる温かい声。
「ガウリイ・・・。」
兄よりもやっぱりガウリイの方が綺麗だ。
彼の姿を眺めてリナはつくづくそう思った。
輝くばかりの金髪が闇色の兄の髪の色と違って目に眩しい。
座り込んでいたリナにガウリイはそっと手を差し出す・・・。
「土産は何が欲しい?」
無邪気に言うガウリイの一言。
昔のシェーザレのそれと不意に重なる。
「ガウリイ・・・・・。」
例え兄の影とは言え・・・・。兄のようにはガウリイはなりやしないだろう。
例え。周囲の者が何と言おうとも・・・。
「ガウリイが無事ならそれでいい。」
笑ってリナは言う。
「そうか・・・?」
ガウリイ。
その一言にリナは笑顔で答える。
「待ってろ?お前の大好きな砂糖菓子を買ってきてやるからな!!」
言って嬉しそうに駆け出すガウリイ・・・。
あっというまに何時もの兄シェーザレの影となる・・。
しかし。リナにはそんな事どうでも良い。
ガウリイはガウリイに変わりは無いのだから。
辛い思いでとは関係無いガウリイから貰う砂糖菓子・・・。
それは久々に食べれる美味しい砂糖菓子だろう・・・。
そう思いリナは一人、青空に向かって軽く微笑した。

【続きます・・・。】

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6342華と氷の刃2LINA 2/21-14:56
記事番号6341へのコメント

――――――【第弐項・追憶編】――――――

「一体全体どう言う事なんですか?リナさん・・・。」
シェーザレ軍の勝利凱旋の行列を眺めながらアメリアが言う・・・・。
「さあね・・・。兄上のお考えに成る事は全く持って未知数であたしにも良く理解できないのが現状なのよ。」
ローマはシェーザレの初陣の勝利に歓喜していた。
しかし。
彼の凱旋風景はそんなお祭りムードを一掃するものだった。
シェーザレの指揮する軍団は喜びに沸くどころか恐ろしい形相で進軍する敵兵団と疑うぐらい威圧的な雰囲気を放っていた。
無論。
ローマ市民一同をはじめアメリア、その弟カノン、ゼルガディスはただただ唖然とするばかり。
しかし。
リナは見逃さなかった。
全軍の先頭を進む兄の掲げた旗の銘・・・・。
『Aut Shesare aut nihii』(シェーザレか無か・・・・・。)
その一言を。
「スゴイな・・・。」
行列を放心したように眺めていたカノンが口を開く。
その目は食い入るようにシェーザレを見詰めている。
何故だろう・・・・。
何故シェーザレはここまで人を心酔させる力を持っているんだろう・・・。
「どうか・・・。カノンやアメリアがシェーザレの野心の犠牲になりませんように・・。」誰にとも無くリナは呟く・・・・。
不幸な事にこの厭な予感が後に的中するとも知らずに・・・。



「ねえ、リナさんど〜したんです?ぼうっとしちゃって?」
「う・・・。ん・・・。別に・・・。」
アメリアの問いかけにリナは一人テラスのすぐ傍の窓から外庭を眺めながら言う。
「ガウリイさんが来ないから気になってるんでしょ?」
まあ・・・。
「それもある・・・。でもね・・・。一寸昔の事思い出しちゃって・・・。」
「ナンですか?」
興味津々と言った様子カノンも聞いてくる。


今からどれくらい前の事だろう。
確か・・・・。
兄シェーザレが 十八歳くらい。リナが十三歳くらいの時だったと思う。
あの日もこんな暖かな日だった。
ローマを上げてのリナの誕生日の祝いの日。
「ねえ、お兄様。どうしてこんなに重たいドレスを着なきゃいけないの?」
やたら華美の上機能性の皆無ないかにも装飾のみを尊重したような重たいドレス。
美しいけれどもこれだけ沢山つけたら只単に重たいだけの宝石類。
「何を言っているんだ?リナ。今日の宴の主役はお前なのだ。誰よりも美しく装わずに
どうするのだ?」
年齢の割りにはいつも大人びた行動や発言をする兄シェーザレ・・・。
とかく彼を恐ろしく思う気持ちは無かった。
あの日・・・。あの時までは。
まだリナと彼の間には「絆」こそあれどもまだしもあの時は「距離」と言うものがあった。そう。
まだリナは彼の『影』なる人物に出会っていなかったから。
「お兄様、どちらに・・・?」
この頃リナは兄が何を考えなにを望んでいるのか知らなかった。
彼の側近らしき男の一人がさっきまでリナの手を引いていた兄の耳元に何かを語りかけた。
「すまない、リナ。野暮用だ。私の代わりにそなたの相手を務めるものをよこそう。」
そうとだけ言って立ち去って行く兄。
その背中をリナはこれと言った不信感や猜疑心、そして不満も持たずに見送った。
今にして思えば。
彼は己の愛する妹の祝宴の席で『カンタレラ』を使用した事は疑いがない事実だっただろうとリナは思い返す。
兄が去り退屈な思いで壁により掛かるリナに唐突に声が掛けられたのはその時だった。
「失礼ですが・・。我が主シェーザレ=インバースの御妹殿、リナ=インバース様とお見受けいたしましたが・・・・?」
「ええ・・・。アタシはリナですが・・・?何か・・・?」
型通りの社交事例とはいえ余りにも唐突に声を掛けられた事で侍女や乳母に教え込まれた返礼の形式など忘れてハっとするリナ・・・。
しかし、リナに声を掛けた人物は(たとえ上司の妹とは言え)彼女の非礼を咎める様子も無くニッコリと微笑みかけてくれる。
年の頃なら兄シェーザレと同じ位。
平均身長よりもかなり高いはずの兄のシェーザレよりも僅かながら高いかなりの長身。
腿の辺りまで在る豊かな淡いブロンドは次兄ラアンのそれよりも遥かに美しい。
同じ青とは言えシェーザレの青灰色の冷徹な雰囲気をかもし出す近寄りがたい瞳の色とは違う温かい空や海の色のような瞳。
噂には聞いていたが・・・。
彼が兄の右腕、スペイン系の「氷の刃」ガウリイ=ガブリエフなのだろうか・・・?
「はじめまして。兄シェーザレの名代として私リナ=インバースが・・・。」
遅れ馳せながら社交事例的な挨拶をしようとしたリナをガウリイは制する。
そして・・・。
からかうように跪き中世の騎士よろしく剣を床に下ろしてリナの手を取って接吻する・・。
十三歳のリナがとてつもなく動揺した事は言うまでもない・・・。
その後・・・。
彼女の為に開催された馬上試合も闘牛大会もリナは上の空・・・。
ただただ勝負の勝敗を関係無しにガウリイのみ見詰める有様だったのだ・・・。


「そんな事があったんですか・・・。」
面白がっているような声。
無論。
アメリアのものでもカノンの物でもない。
「や〜〜リナさん。お久しぶりです。」
「ゼロス殿ですか・・・。」
久々に会うベネツィア共和国政府子飼の役人ゼロスの姿を認めてリナは言う。
「今日はまたナンのご用ですか?」
カノンがゼロスに聞く。
「いえ・・。一寸。」
ゼロスはそれ以上言わないしアメリアとリナもあえて聞こうとはしない。
どうせシェーザレとの国際間の厄介な協定ないしは条約について話し合いに来たのだろう。
ゼロスはシェーザレを「器の大きいが恐ろしい男」と評し
かく言うシェーザレもゼロスの事を「食えない奴」と酷評(?)している。
リナはゼロスの見ている目の前で立派な大きなルビーの指輪を取り外し持成しの為のワインを注ぐ。
指輪を取り外したのは別にルビーの立派さを自慢するためではない。
彼の住むベネツィアは豪商と高利貸しの横行するいわば裕福な共和国政府である。
そう言った装飾品なんかはそこら中に溢れあえっているうえ、男であり権謀術師であるゼロスにそんな物を自慢した所で無意味な行為である。
ただ厄介な事になら無いようにするため。
無用な誤解はリナとて迷惑千万だからである。
「どうぞ。」
その行為に安心したからであろう。
リナの出したワインを早速飲み出すゼロス。
それを確認して再度テーブルの上に置かれた指輪をリナははめ直す。
「その指輪に・・・。『カンタレラ』は仕込まれているんですか?リナさん。」
流石はシェーザレですら食えない男と言うだけはあるゼロス。
早速リナの・・・と言うよりもインバース一族にとって痛い所を突いて来る・・。
「いいえ。単なる指輪よ。けど。要らぬ誤解はアタシとしても御免被りたい物でね。」
言ってリナは指輪についた立派なルビーを壊れない程度の強さで引っ張る。
無論、宝石が『蓋』になっているようなことは無い・・・。
「ど〜やら。アナタは白い粉を持ってはいらっしゃらないようで。」
ゼロスの一言にリナは苦笑しながら答える。
「兄に・・・。シェーザレに渡されていないって言った方が正解に近いけれどもね。」
『カンタレラ』の使い方を実際に知っているのはその手ほどきを受けたシェーザレだけである。
「白い粉って・・・・?」
カノンの一言に黙るようにアメリアが動作で示す。
「構わないわ。アメリア。カノンもここに人質とされている限り『カンタレラ』について知っておいたほうが良いと思うわ・・・。」
兄の野心の餌食にならないために・・・。
「でも・・。リナさん・・・。」
アメリアを無視してリナは続ける。
「『カンタレラ』と言うのは私達インバース家に伝わる秘毒なの。その白い粉は飲食物に入れても味を損なう事は無く、一日でも一ヶ月でも一年越しにでも望んだ時に相手を殺す事が出来るの。それを飲むと髪は白くなり、歯は抜け落ち、笑う事も眠る事も出来なくなりただ這いつくばるより他は無くなるわ・・・。そして・・・。そうなってから思い出すの。一年、ないしは半年前にインバース一門に酒を出された事を、ね。」
そう・・。
無闇に兄に逆らえば『カンタレラ』で今度葬られるのは自分かもしれない・・。
その思いがリナをさらに強くシェーザレに呪縛する・・・。
「ラアン殿殺害の件、犯人は見つかりましたか?」
唐突にゼロスが言ってくる。
その問いにリナはただ首を横に振る。
「ゼロス殿・・・。確かに犯人になりえる人物は沢山居ます。今にして思えばラアン兄上には敵しか居なかったようなきがする事も否めない・・・。」
「しかし、リナさん。調査のほうは順調に行っていると聞き及んでおりましたが?」
「ええ。ゼロス殿。兄が静観を決め込んだゆえ自分で自分の保釈の身代金を敵に支払わなければならなくなった兄上の部下、婚約者を兄上に奪われた公爵殿、酒の席で兄上と大喧嘩し、侮辱された政敵の方・・・。数えていたらキリが無いくらいの人が取調べを受けたわ・・・。勿論、全員アリバイが証明されて無罪放免となったけれど。」
「けれども・・・。一人一人調べれば必ずホシに行き当たる筈でしょう?」
ゼロスの問いにリナは意味深に首を横に振る。
「調査はシェーザレ兄上の意向で打ち切りになったの・・・。」
その事実の意味する事を想像しゼロスは黙る。
しかし・・・。その表情に驚愕の様子は無い。
シェーザレとはそのような男なのだ・・・・。


そう。『あの時』もそうだった・・・。
唯一影ながらリナがガウリイの助けに支えられた時の事。
結局は破談になり一度も会わなかった兄が勝手に取り決めた政略結婚の『婚約者』をリナは思い出す・・・・。


今からおよそ三年くらい前の話である。
イタリアで勢力を二分しているナポリとミラノの勢力均衡を図るためローマはナポリからアメリア姫とカノン王子を人質に取る事にし、もう一方のミラノの王の従兄弟とリナの婚約を勝手に取り決めたいたのだった。
無論。幼いリナがそんな事を自覚しうる余地は無かった。
「ねえ・・。ガウリイ・・・。」
「ん・・。ナンだ・・・?リナ・・・?」
この頃ともなれば二人の間に礼儀などと言う物は無かった。
「一ヶ月後でしょ?ナポリのお姫様って人が来るのは・・・?」
ナポリのアメリア姫の美貌は諸国中に知れわったている・・・。
ローマでは誰もがその美しさを褒め称えて育ったリナである。
手強い競争相手が現れて不安である事は誰の目にも明らかだった・・。
「な〜に。心配するなって。」
敢えて彼女に対しておべっかよろしくな誉め言葉や美辞麗句は決して言わないガウリイ。周囲の男女のそういった態度に慣れているとも呆れかえっているとも言っていい育ちのリナはそんな彼の態度が心地よくも歯痒いものでもある。
第一「心配しなくて済む理由」をアメリア姫の顔を知らないガウリイが知っているのだろうか!!
口の出してその事を言う。
するとガウリイは・・・。
「そ〜言えば・・・。俺も随分このローマじゃあ容姿について褒められるが・・・。アメリア姫の弟殿のカノン王子殿は若年ながら類稀な美貌を持っているというじゃないか・・・。『大丈夫』かなあ・・・。」
言って意味深にリナの方を見るガウリイ。
ようやくその意味を察してリナは大笑いをする。
つられてガウリイも大笑いする・・・・。
その時だった。
「リナ様、ガウリイ殿。シェーザレ閣下がお呼び出しです・・・。」
従僕が二人に呼びかけたのはその時だった。


「リナにガウリイか。入れ。」
扉越しにする兄シェーザレの声。
何時もの事ながらその闇色の髪と言い青灰色の瞳と言いリナの純白な肌と正反対な浅黒い肌の色はぞっとするほどの孤高の雰囲気を漂わせ近寄りがたいほど美しい・・。
そんな兄と共に居ればさっきまでの優しいガウリイはもはや居ない。
「氷の刃」シェーザレの腹心にして影のガウリイ=ガブリエフとなる・・。
その当時からすでにリナはそんなガウリイでも構わないと感じていた。
いずれ彼が行くであろう戦場でガウリイが幾人の敵の血で手を汚そうと呼んでくれるのが自分の名前であればそれすら厭わない・・・。
むしろガウリイ・・・いや、彼の後に潜む兄シェーザレと同類の人間になったとしても・・。
「リナ喜べ。」
不意にシェーザレがリナとガウリイを交互に見詰めながら言う。
気付いている事は明らかだった。
兄シェーザレが彼等二人の互いに対する気持ちを。
白いシャツに灰色のタイツを纏った兄はだらしなく座り込んでいた寝台から素早く立ち上がり目の前に控えるリナの方に歩み寄る・・・。
彼等を全く知らないものが見れば愛しい妹に良き知らせを伝える優しい兄と言った態度のシェーザレ・・・。
しかし。そんな時の兄がリナは一番恐ろしかった。
まるでやっとの思いで見出した獲物に襲い掛かる獅子のような眼差し・・。
思わず一歩後に後退しかけるリナの右腕をそっとシェーザレは捕らえる・・。
「もはやミラノは用済みだ・・。情勢が変わった。」
俯きかけるリナの顔を空いた方の手で自分の方を直視させながらシェーザレは言う・・。「それは一体どのような事なのですか・・・?シェーザレ兄様・・・。」
声が上ずる・・。
何時もの事とは言え全身の血が凍り付くような感触に苛まれるこの兄の声、瞳、動作。 まるで『カンタレラ』その物のようなこの男・・・。
自分はそんな人間と同じ血が流れている・・・。
人間?本当にこの人は『ヒト』なのだろうか・・・?
自分に対しては愛情深いものを惜しみなく示すシェーザレ・・・。
しかし。
その内に秘められた冷酷さを見逃すようなリナではなかった・・・。
「シェーザレ!!」
何時もの如く自然に出されるガウリイの助けがリナを悪夢から現実に引き戻す・・。
悪夢・・・?だろうか・・・?
現実にしても悪夢にしてもシェーザレは消えはしないのだが。
この兄の手前ガウリイの手に今すぐしがみ付きたい衝動をリナは辛うじて押し殺す。
「リナ。用済みな物はもはや必要は無い。お前とミラノ王子との婚約を破棄する。」
ガウリイとリナを交互に見詰めつつシェーザレは言う・・・。
「本当ですか・・・?シェーザレ兄様・・・?」
思わずリナは畏れて止まない兄の瞳を直視する。
そんなリナを愛しくて堪らないと言った様子でシェーザレは見下ろす。
「ああ。そこでだ、リナ。ミラノ王子がローマにもう既に滞在しているという事は知っているな?」
「はい。」
そんな事はとっくの昔からの事である。
無論リナはその『モト婚約者』とやらに会ったことすらないのだが・・・。
何故兄は今更そんな事を?
次ぎの瞬間・・・。
耳元で囁かれるシェーザレの一言・・・。
「あ・・・あに・・・うえ・・・。今・・・何と仰ったのです・・・・!!」
あからさまに動揺したリナの態度。
ただ事ではない一言をシェーザレがリナに言った事はあきらかだとガウリイは察する。
「聞こえなかったか?リナ。」
感情の読めないシェーザレの声。
それにリナはただただ首を左右に振るばかり・・・。
「ならばもう一度言う。もはやそのような奴は我がインバース一門には無用の長物だ。消す。」


シェーザレの部屋から震えながら出るリナをガウリイは廊下で支える・・・。
「ガウリイ・・・・・。」
辛うじてリナが絞り出した彼の名前。
知りもしない人間が・・・。
自分と形式上だけとは言え婚約していたがために兄に殺される・・・。
その事実の重みと恐怖が改めてリナを苛んだ。
決して口には出さない一言・・・。
この時既に目はガウリイに訴えていたのかもしれない・・・。
『兄に殺されてしまうかもしれないヒトを・・・助けて・・・』
と・・・・・。
数日後・・・。
ガウリイの機転でミラノ王子はローマのシェーザレの刃から逃れる事は出来た・・。
ガウリイには申し訳無かったと思う・・・。
リナはそっと懐古する。
当然だ。
愛するリナの形式上だけとは言え『モト婚約者』を自らの手で救い出す事にまってしまったのだから。
恐らく。
もし事がそのままスムーズに運んでいたらガウリイとしては百万回殺してもまだ飽き足らない相手だったはずである。
その時のガウリイの気持ちはリナに分かる手段は無いし、分かろうとするのも怖い・・。


「今度のシェーザレ殿の目的は知っていますか?リナさん?」
不意に掛かるゼロスの声。
「さあ。知っていたとしても・・・。あたし達の友とも敵ともつかないアナタにあたしが兄の動向を教える事は無いわ。ゼロス殿。」
言ってリナは片眉を上げる。
ようは『知らない』と言う事でもあったりするのだが・・・。
「手厳しいですね・・・。」
「まあね。でも、その様子からすると貴方は何か兄の動向の様子を掴んでいるみたいですけれども・・・?」
リナの一言にゼロスは苦笑する・・・。
「ええ・・・。鋭いですね。流石はインバース一門の娘ですね・・・。」
「まあね。で、教えてくれないの?」
「ま。良いでしょう。お教えいたします。シェーザレ殿はナポリの王位を狙っているご様子ですよ。」
唖然とするアメリアとカノン・・・。
「何故・・・?ナポリ王子のカノンが王位継承するのが普通当然でしょう?」
「でも・・。リナさん。アタシもカノンも王・・・父の庶子です。王位継承権は無いに等しいです・・。それに・・・。」
そうとだけ言って口を濁すアメリア・・・。
「なるほど・・・。」
アメリアの異母姉、ナポリ国王の嫡子にして第一王女、グレイシアとの結婚がその最短距離である・・・。
「多分・・。姉は拒否するでしょうけどね・・。」
アメリアはそうとだけ言う。
リナとしてもそう望みたい所だった・・・・。


「リナ!!」
花壇で一人歩いていたリナにガウリイが近付いてくる。
「あら、ガウリイ。」
兄の側近で在る事を示す制服は着てはいない。
その事にリナは奇妙な安心感を覚える。
そう。
ガウリイは兄の片腕なのだ。
その事にどのような感慨を抱いたら良いのかリナには分からない。
そしてガウリイはリナを『黄金の血』のインバース一族」と見ていたとしても・・・。
正直言って分からなかった。
ガウリイがどのようか気持ちでリナの「モト婚約者」を兄の刃から守ったのか・・。
初めてリナと出会った時のあの道化。
訳も無く「大丈夫」と言ってくれたあの時・・・。
全てがリナの追憶にめぐる。
もっともアナタはそんな昔の事はとっくに覚えていないんでしょうけれども・・。
そう思いつつリナはガウリイの視線を見る。
せめて。
ガウリイが傍に居てくれるのは自分が兄の妹であるからじゃない事だけが救いだった。
「ガウリイ!!一ヶ月ぶりね!!」
すっかり日焼けしている・・・。
「ま〜〜な。城砦がなかなか陥落してくれなくってさ。薪で橋を作って一箇所に集中的に大砲で砲撃してやっと侵入できたんだ。」
「話には聞いたわ。敵の総大将は女性だったんですって?」
苦笑しながらガウリイは頷く・・・。
こりゃ〜〜女相手によっぽど苦戦したんだろうな・・・。
それともたかが女と見縊って痛い目にあったのだろうか・・・。
苦戦して頭を抱えるシェーザレの姿がガウリイを通して自然と伝わる・・・。
そんなリナの様子を察してだろう。
ガウリイは戦況を語り出す。
「敵の総大将、カチェリーナにシェーザレはダンスでも申し込むように優美なお辞儀をして話し合いに応じるように彼女に求めた。」
「すると・・・。彼女もダンスに応じるかのように優雅にスカートの端を持ち上げて返礼した?」
リナの一言にガウリイは大きく頷く。
「そう。彼女の城砦へと続く橋の先でだ。で、橋を渡りきった城の庭に彼女はシェーザレをまって佇んでいた。彼女は手招きをしてシェーザレに橋を渡って城まで来るよう合図をしたんだ・・・。」
そこまでならば男同士の敵対する総大将同士でもやりそうな事である。
とりたててガウリイが語るほどの事ではない。
「で、シェーザレが橋を渡ろうと板に足を掛けたその時だった!!緊張したのかかテェリーナ殿の命令の合図が下される前に馬鹿な部下が橋を上げてしまったんだ!!」
必要時に掛けられ不必要時には折りたたまれるのが城砦、ないしは砦の橋の常識だ。
つまり・・・。
折りたたまれかけた橋にまだ両足を乗せていなかったシェーザレは危うく命拾いした事になる・・・。
さもなければ谷底に彼はまっ逆さまだ・・・・。
「ホント・・・?」
「ああ。シェーザレの奴『女には必ず教えられる事が在る』だとよ。」
リナは思わず苦笑する・・・。
「ほら、リナ!!」
不意に手渡される小瓶。
「え?」
思わずリナはガウリイを凝視する。
「砂糖菓子だよ。」
言ってガウリイは去っていく・・・。
「甘い・・・。」
そっと食べての正直な感想。
暫し時を忘れ・・・。
リナは空を眺めていた・・・・。


【続きます・・・・】

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6343華と氷の刃3LINA 2/21-14:59
記事番号6341へのコメント




――――――【第参項・暗躍編】―――――――

ヒト?それともメヒストフェレス(悪魔)・・・・・?
闇色の髪に青灰色の瞳。
そして何よりもリナの心を凍りつかせる優しげな微笑。
兄、シェーザレ・・・・・・。
彼のリナに対する異常なまでの愛情と独占欲。
それは単にリナが可愛い「愛玩人形」だからなのだろうか?
「見るんだ!!リナ!!」
頭を押さえ付けられて光色の髪を無造作に捕まれたリナに身動きでが出切るはずがない。視線は居るはずも無いガウリイを無意識のうちに探す。
が、それも無駄な事。
ガウリイはこの人、シェーザレの命令で今朝早くにロマーニャ地方に発った。
真新しい立派な鋼の剣を与えられて。
今朝、彼は出立前に自慢げにその剣をリナに見せてくれた事が鮮明に蘇る。
しかし。
その無邪気な彼のはしゃぎ様はどことなく技とらしかった。
多分・・・・。
兄シェーザレと彼の間に他の者が聞けば戦慄するような出来事があったに違いない。
それを。
ガウリイは笑って誤魔化した。
アレだけの騒ぎの後である。
それは無理も無い事なのかもしれない・・・。
そう思い返しリナはあの恐ろしい瞬間を脳裏から振り払おうとする。
シェーザレは何も感じないのだろうか・・・・?
「これを見ろ・・。」
机の上に置かれた地図をシェーザレは指差す。
「イタリア全王国、全地方の地図ですね・・・。」
この時代イタリアは統一された国ではない。
「いいや。これが『イタリア』の地図と変わる日はそう遠くは無い・・。」
言ってシェーザレは腰に下げられた立派な彫刻と細工のほどこされた短剣を抜き取りやおら抜き身とし・・・・。
部屋中に響く鈍い音・・・。
地図の上に突き刺さり妖しく鈍い銀色とも青白いともどちらともとれる光を放つ短剣がシェーザレそのもののような印象すらしてならない。
「兄上・・・。」
「俺に邪魔を企てる者、俺に屈辱を与える者はみなこうなるのだ・・・・・。」
静ながらシェーザレはハッキリとした口調で言う。
思わずリナは後ずさる。
この男の次ぎの行動が地図上の短剣を引き抜き自分の胸に突き刺すとも限らない・・・。


あれは今から数日前の事。
「リナさ〜〜ん・・・。闘牛ってあのスペイン独特の競技ですか?」
今日催されると言う闘牛についてアメリアがリナに尋ねてくる。
大方彼女が想像しているのは闘牛師が赤い布を持ち牛と戦う健全な競技のソレだろう。
「いいえ。ローマの闘牛は違うわ。」
余り言いたくないといった面持ちでリナが答える。
「と・・・。言いますと・・・・・?」
カノンがそれでもまだ聞いてくる。
「まず・・。柵の仲に数頭の牛が居る。で、外からローマ市民が石や小枝を投げつけて牛をカンカンに怒らせるのよ。」
「リナさん・・・。それって危険じゃないんですか・・・?」
「危険よ。で、闘牛師ではなく本年度の『勇者様』、すなわちシェーザレ兄上とガウリイが槍と闘牛用の短剣を使って一頭一頭と戦うのよ・・・。」
危険きわまりの無いスポーツである・・・。
「まあ。アタシ達は広場の見えるバルコニーから見物してれば良いのよ。」
そう言ってリナは微笑んだ。


「リナ!!」
「ガウリイ!!」
白いシャツにビロードの茶色のマント、闘牛用の短剣を腰に刺したガウリイは何時になく新鮮な印象だった。
「嬉しそうね。」
興奮して頬を紅潮させているガウリイ・・・。
なにか良い事でもあったのだろうか?
「ああ。二つ良い事があったぞ!!」
「え!!ナニ、何、なに?」
日頃滅多にはしゃいだりしないガウリイをここもで喜ばせる事とは一体全体何なのだろうか・・・?
リナには其方の方が興味津々でならなかった。
「ああ!!一つはお前の兄上の結婚相手が決まったんだ!!」
こりゃまた随分急な吉報である。
とは言え・・・。政略結婚であると言う事実は否めないのだろう。
「で?お相手は?アメリア達の姉上のグレイシア殿なの?」
前々から兄はこの王女との結婚を政略的とは言え望んでいた。
「いや。そちらには散々なフられ様だった。」
その事を兄は屈辱に思わなければ良いのだが・・・・・・。
「聞いて驚け!!グレイシア殿に勝るとも劣らぬ名門、フランス王の従兄弟の娘、カーネリング王女さ!!」
「へ〜〜・・。凄いわね・・・。で、もう一つは?」
言ってガウリイは含み笑いをする・・・。
「何!!早く教えてよ!!」
「まあ待て!!これ、シェーザレから貰ったんだ!!こっちは俺の分、こっちはリナの分だ!!」
言ってガウリイはリナの手に小さな瓶を渡す。
「スゴイ!!フランス産の最高級のワインじゃない!!」
「そ〜だ!!最高級品だぞ!!」
言い合って二人は更にまた笑う。
「それ飲みながら闘牛見ててくれよ!!」
「分かったわ!!バルコニーから見てるね。」
そう言い合って二人は自分の席に戻って行った。


「リナさ〜〜ん!!もう始まっちゃいますよ!!」
アメリアがリナの姿を見とめて言って来る。
「主役のご様子はどうだ?」
ゼルがリナに聞いてくる。
「絶好調よ。もっとも・・・。」
兄のほうは分からないけれども・・・。
封印されたリナの一言を悟ったように一同は黙り込む。
リナ、アメリア、ゼロス、ゼルガディス、カノンが席に着いた所でいよいよ闘牛が始められる・・・。
「スゴイですね・・・。」
カノンが呟く。
荒れ狂うう牛達をシェーザレとガウリイは物ともせず槍で無造作に切り倒す。
広場に舞いあがる埃が彼等の姿を時々覆い隠すがそれども状況は容易に推測できる。
怒涛の快進撃。
次々にガウリイとシェーザレの刃に倒されて行く猛獣・・・・。
「シェーザレの影・・・。氷の刃・・・・。」
ガウリイの異名がふとリナの頭に過る。
そんな事はどうでも良い。
本当に。
「あと一頭ですね・・。」
ゼロスが言う。
「大丈夫でしょうか・・・。今までので一番大きいし気も荒そう・・。」
「仲間を倒された事で気もたっていそうね・・。」
アメリアの一言に覆いかぶせるようにリナが呟く。
確かに心配である。
ガウリイとシェーザレの顔に僅かに浮かんだ疲労の色をリナは見逃さなかった。
やおらシェーザレがガウリイに引く様に命じる。
それに従う様子のガウリイ・・・。
一体兄は何をしようと言うのだろう・・・。
不意にリナは喉の渇きを覚えた。
それは皆も同じだろうと思い先ほどガウリイから渡されたワインを全員のグラスに手早く注いで渡す。
受け取りつつも誰一人手をつけようともしない。
この緊迫した状況では無理も無い事かもしれないのだが・・・・。
シェーザレが手にした槍を地面に投げ捨てる。
それと僅かな間しか無く腰の短剣を引きぬく・・・。
それを合図にしたかのように牛はシェーザレに突進してくる!!!


「何と言う男だ・・・・。」
ゼルの呟きがリナの最初に聞いた音だった・・・。
場内は凄まじい歓声に沸きあがっている事は容易に想像できるがその声はリナの耳には届かなかった・・・。
茫然自失と立ちつくし、勝利者としての達成感に酔いしれている様子すら伺えない兄の姿・・・。
人間?それともメフィストフェレス?
ガウリイから・・・いや、正しく言えばこの兄シェーザレから渡されたワインを飲み干しその場に倒れた少年・・・カノンの姿に目をやりリナは思う・・・。
「リナさん・・・・・。真坂・・・ガウリイさんが・・・・。」
弟の苦しむ姿に目に涙を溜めつつアメリアがようやくの事で口を開く・・・。
「兄よ・・・・。シェーザレよ・・・・・。」
そう・・・・。
こんな事をやる人間は兄しかいない。
例えガウリイがその兄の影であったとしてもこんな事するはずがありえない・・・。
「カンタレラ・・・・・・。」
その一言が無意識のうちにリナの口から漏れる・・。
「いいえ。リナさん・・・。安心してください。只の痺れ薬ですよ。」
不意にゼロスが言う・・・。
「それは本当ですか・・・?ゼロスさん・・・・?」
縋りつくようにアメリアがゼロスに言う・・。
「ええ。恐らく・・。アナタ達の姉様に結婚を拒否された事を屈辱に思い・・・。シェーザレ殿が仕組んだんでしょうね・・・。彼の部屋にリナさんの持っているワインボトルがあったのを見ましてね・・・。厭な予感がしてすりかえて置いたんですよ。」
「何て言う事を・・・。ともかくアメリア・・・。カノンを病院に。それと・・・。毒殺の恐れがあるから食事は信頼できる人にしか作らせては駄目よ。警護は二十四時間ずっとして!!」
「は・・。はい・・。分かりましたリナさん・・・。」
リナの一言に急かされて急いで病院にカノンを運ぶアメリアをリナは辛く思いながら見送った・・・。
『カンタレラ』・・・・。
その白い粉に恐怖を感じながら・・・。


「シェーザレ・・・。お前は何て事を・・・・・・。」
ガウリイの問いにシェーザレは無表情に答える。
「リナにお前が『カンタレラ』をワインに入れたのではないかと疑われるのがそんなに怖いのか・・・?」
「・・・・・。」
否めない感情。
それを見破ってかさらにシェーザレは続ける。
「安心しろ。何処かのお節介焼きが『カンタレラ』と何所にでも溢れかえっているような痺れ薬とすりかえてくれたようだ・・。」
どうやら・・・。
カノンはその為に一命を取りとめたらしい。
「リナにもお前はシロだと言っておこう。」
ガウリイが無言でいる事を良い事にかシェーザレは更に彼にたたみ掛ける。
「シェーザレ・・・。そんな事はどうでも良い。何故罪も無いカノン王子にあんな非道な真似をしたんだ・・・・?」
「与えられた屈辱は三倍にして返す。当然の事だろう?」
ぞっとするほどの美しい笑みをシェーザレは浮かべる・・・。
この男は・・・。
人間?メフィストフェレス?
そのような疑問しか頭に浮かんでこない。
「シェーザレ・・・・。」
「この一言を聞いてお前は尚も俺を責め続ける事が出来るか?」
何かを言いかけたガウリイを素早くシェーザレは遮る。
「何が言いたい・・・・・?」
シェーザレにガウリイがリナのように之ほどまでの恐怖を感じたのは後にも先にもこの時ばかりだった・・・。
「覚えているか・・・?数年前のリナのモト婚約者、ミラノ王子の件を・・・?」
忘れ様にも忘れられない忌まわしい出来事。
口にこそ表さなくともリナの瞳がガウリイに助けを求めなければあの時、ミラノ王子がシェーザレの刃に掛かるのガウリイは静観していたかもしれない。
その事実が未だにガウリイを責め苛む。
無論。
その気持ちをリナは想像こそ出来ても知らないだろう・・・。
ガウリイにしてもリナにだけは知られたくなかったのだから。
「カノン王子を狙った事も許しがたいとは言え・・・。他の関係の無いリナ達も毒を飲んじまったかもしれないんだぞ!!下手をすれば!!」
「無論、そんな事は起こらないと計算済みだ。」
シェーザレのその自身はどこからくるものなのだろう・・・・?
改めてこの男の意図がわからなくなる・・。
「お前は平静で居られるか・・・?」
「何が言いたいんだ・・・。シェーザレ・・・?」
ガウリイは再度同じ問いをシェーザレにかける・・・。
「お前にカノンを殺されては堪らないので黙っていたが・・・。奴は事が円滑に運べば・・・。」
ここでシェーザレは一度言葉を切る。
『円滑に運ぶはずだった事』とはシェーザレとアメリアの姉、ナポリ王女グレイシアの政略結婚に他ならないだろう。
「ナポリが用済みとなった今はもはや無効だが・・・。カノンはリナの婚約者だったんだ。」な・・・・・・・・・・・?
「何を言っているんだ・・・・?お前は・・・・・?」
明らかに動揺しているガウリイの声。
「事実だ。」
冷徹にシェーザレは遮る。
呆然自失とする事すらもはやガウリイに成すすでは無かった。


「ガウリイ・・・。」
彼の身に降り掛かった事実。
それに対する彼自身の葛藤。
それにリナが気付くはずは無い。
もし事実と彼の板挟みにリナが気付いたとしてもリナはガウリイを決して見捨てたりはしないだろう。
それが。
自分自身をよりいっそう傷付ける事が必然の事態だとしても。
シェーザレに呼び出された今・・・・。
ロマーニャに発ったガウリイの事をリナは 思う。


この男の次ぎの行動が地図上の短剣を引き抜き自分の胸に突き刺すとも限らない・・・。
兄の行動の一つ一つを見詰めながらリナは思う。
「何を怯えているんだ・・。リナ・・・?」
さも優しげなシェーザレの声。
違う・・・・・。
声にならない言葉をただただ口に中でリナは叫ぶ・・。
違う・・・・あたしはルクレティヤ様じゃない・・・・・。
兄が彼女に自分を投影している事は分かっている・・・。
だから。
尚更何も言えない・・・・。
「これを見ろ、リナ・・・。」
シェーザレは何所からとも無く一本の剣を取り出す。
「それは・・・。ガウリイの古いものではありませんか・・・・・?」
無言でシェーザレは頷く。
抜き身にされるガウリイの古い剣。
リナが首筋に冷たい感触がしたのはその次ぎの瞬間だった。
「何をなさいます・・・。兄上・・・。」
右の首筋に突き付けられた鋼の刃・・・。
首はしっかりと固定されて動かし様にも動かせない。
「流石は俺の妹殿。この程度では動じぬか・・・。」
耳元でする兄の声。
今は恐怖は感じない。
否、正確に言えば感じられないのだと思う。
「何が仰りたいのですか?」
首に突き付けられた銀色の刃を直視しながらリナは言う。
「首を横に振ればお前の命は無いな・・・。」
「でしょうね・・・。」
首を縦に振らなければ頚動脈を切られることは必然の状況である。
つまりは。
『意に従え』と言う無言の脅迫。
「お前のガウリイの刀も俺と同様のものだと言う事がまだ分からないのか?」
シェーザレの問いにリナは軽く口元を歪ませて片眉をピンと跳ね上げる。
言わずと知れた肯定。
「承知の上の事です。シェーザレ兄様。」
「それは何故だ?」
この人は本当の意味で人を愛するということを知らない・・・。
その事実がリナを兄を見限ると言う行為を踏み止まらせる。
無論。
戦略上、知略上の事は何でもお見通しのこの兄もリナのそんな気持ちには気付くはずは無いだろう。
永遠に。
「あの人を・・・。それども愛しているから。」
リナは何時になくシェーザレに臆す事無くキッパリと言い捨てる。
「それは何故だ・・・?」
「なるほど。確かにガウリイの手や剣は兄上と同様かもしれません・・。しかし・・。心までは違います。例え彼に私達と同じ『冷酷』の血が血統こそ違えども流れていようとも。あたしは・・・アタシ達一族の野望とあたしの気持ちが彼を傷付けると言う事が何よりも辛いのです・・・・。」
微かに微笑みすら浮かべて冷徹な兄を睨むようにリナは言う。
不意に下ろされるガウリイの剣。
「リナ。それはお前の物だ。そしてその答え。合格だ・・。」
そう言って去って行くシェーザレ・・・・。


今更ながら恐怖が全身を駆け巡る・・・。
「ふう・・・・。」
後生大事にガウリイの抜き身の剣を鞘にしまいリナはやっとの思いで立ち上がる。
今だもって地図の上で鈍い光を放つシェーザレの短剣が恐怖を煽りたてる・・。
「リナさん・・・。」
ドアの影からアメリアが呼びかけてくる。
「ああ・・・。アメリア・・・。カノンは・・・?」
「大丈夫です。無事で元気です・・。リナさんこそ顔色悪いですけれども・・・。大丈夫ですか・・・?」
やっぱり傍から見ればかなり顔色が悪いらしい。
それども先ほど剣を首筋に突き付けられていた者にしてはまだ堂々としている方だろうけれども・・・。
「リナさん・・・。」
アメリアの言おうとしている事は分かっている・・・。
「ガウリイじゃないのよ・・・。」
カノンの事だ。
「良い!!アメリア!!絶対にガウリイじゃない!!」
壮絶なまでのリナの表情・・・。
「もし・・。もしも彼がカノンの事に関与していたんならばこの剣であたしは彼を殺して自分も自害する!!」
ハッとして柱の影を見るアメリア・・・。
ガウリイである・・。
しかし。
リナは彼に気付いている様子は無い。
よっぽど恐ろしい目にあったのだろう。
それでも気丈に振舞っているリナが痛々しい。
「分かりました。リナさん・・・。」
アメリアはリナにそうとだけ言う。
分かっている。
ガウリイが世間からなんと言われようともそんな事の出来る人間ではないと言う事も。
そして、リナは絶対にそんなガウリイを信じ抜いて居ると言う事も・・・。


リナはあくまでも自分を信じぬく。
「有難うな・・・。リナ・・・。」
聞こえはしないと分かっていてもガウリイは口に出して言う。
カノンがリナの密かなる婚約者であった事などどうでも良い。
もし。仮にもしも今でもカノンがその地位にあったとしたとしても・・・。
ガウリイはシェーザレと同じ事はしないだろう。
「最悪、連れて何処か遠い国に逃げるさ・・・。」
例えそれが絶対的な君主であるシェーザレを裏切り行為だとしても。
ガウリイの決意はすでに固まっていた。


「アメリア・・・。」
何故リナはガウリイを思いながらもシェーザレを尊重するのだろう・・・。
兄だから・・・と言うことやシェーザレに逆らう事はラアンと同じ運命を意味すると言ってしまえばそれまでである。
だが・・・。
リナが縋りつきさえすればガウリイはリナを連れて遠い国に逃げるくらいの覚悟を持った男であるはずだ。
そうしようと思えば幾らでも出来る。
なのにリナはそうはしない。
ガウリイはリナの頼みと在れば苦労は絶対に厭わないはず。
リナはそんな彼に甘え様ともしない・・・。
誰よりも信頼しているはずなのに・・・。何故?
思いきってアメリアはその疑問をリナに聞いてみたのだった・・。
「兄は・・・・。呪縛されているのよ・・・・。」
だいぶ落ち着いた口ぶりでリナが語り出す。
「呪縛・・・・?」
あの専制君主よろしく向かう所敵なしのあのシェーザレが・・・・?
「ルクレティヤ・・・・・。」
誰か・・・・強いて言えば女性の名?
リナの視線の先をつい見上げるアメリア・・・・。
しばらく息さえする事を忘れてアメリアはその肖像画を見入る・・・。
「綺麗・・・。」
素直に出たたった一言だが何よりも真実を言い当てた感想。
「そう・・・。ルクレティヤ・・・・。兄の恋人だった人よ・・・。」
リナのそれによく似ているが彼女の『モドキ』とは違う正真正銘のストロベーリー・ブロンドは波打つようなウェーブがかかり、無造作に彼女はそれを背に流している。
透ける様に白い素肌、少女のようにあどけない儚い美貌の瓜実顔。
華奢な体つきに高貴な印象を与える青い瞳・・・。
「この人がシェーザレ殿の恋人・・・?」
「ええ・・・。そうよ・・・。そして良く見て見て・・。アメリア・・。」
リナに言われた通りアメリアはその肖像画をまじまじと見詰める・・。
「どことなくですけれど・・・。誰かに似てますね・・・。」
「ガウリイよ・・・。」
俯きながらリナが答える・・。
「ガウリイ・・・さ・・ん・・・?」
言われてみれば確かに。
ガウリイの容姿をもう少し儚げな女性的に、さらにブロンドをストロベリーブロンドに変えたらこんな風に成る事は必然だろう。
「ガウリイのお姉様よ・・・・・。」
そう。
唯一あの兄がこの世の中で愛した人物・・・・。
忌忌しい記憶がリナの中に再び蘇ろうとしていた・・・。

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6344華と氷の刃4LINA 2/21-15:02
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この部屋に入るのは何年振りだろう。
そこには何時も姉が居る・・・・。
「姉上・・・・。」
天井の壁画を眺めてガウリイは呟く。
ギリシャ悲劇『オレステス』をモチーフにした美しい壁画。
少年、オレステスの姿を借りて描かれている三年前のリナ。
その横に佇むオレステスの姉、エレクトラとして描かれている美しいルクレティヤの姿をガウリイはまじまじと見詰めた。
『もう・・・。いいのよ・・・。』
あの時と同じ言葉を姉はガウリイにかけてくる。
「どう言う意味なのですか・・・。姉上・・・・。」
『リナ殿と・・・あのお方をお守りしてね。あたしの代わりに・・・。』
儚い微笑みが脳裏に過る。
「姉上・・・・。」
さっと美しかった姉の顔が紅蓮の光に包まれる・・・。
すると・・・。
ガウリイに語り掛けてくれた姉の姿は何所にも無い。
あるのは。
無機質な美しい壁画だけ。
「シェーザレ・・・。リナ・・・。済まなかった・・・・。」
そうとしか言えない。
あの時・・・。
姉を救えなかったばかりにこのような事になったのだ・・・・・。


「一体全体・・・。何があったんです・・・?」
リナと肖像画の女性、ルクレティヤを交互に眺めつつアメリアが聞く・・。
「ラアン兄上が昔・・・インバース家の軍総司令官だった事は・・・。知っているわね。」急の殺されたラアンの話をリナが持ち出した事に少々の戸惑いを感じながらもアメリアは頷く・・・。
「そのころの話よ・・・。当時、ラアンがインバース家に敵対するオルシーニ家の城砦を武力で占拠する事に成功したの・・。」
あの無能者で有名なラアンが・・・・?
アメリアの疑問を察したかのようにリナは付け加える。
「と、言っても・・。副官の傭兵隊長殿の功績よ。けど、ラアン兄上はそれが自分の手柄であるかのように振舞ってたわ・・。」
「シェーザレさんは・・・。さぞかしお怒りに成ったでしょうね・・・。」
アメリアの一言にリナは頷く。
「そう。その腹いせにかしら。占拠した城砦をラアン兄上が私有化する事を許さずに彼から取り上げてアタシにくれたのよ。」
なるほど。
シェーザレらしいやり方である。
さしものラアンも最愛の妹のリナの物に城砦がなるのであらば異議を唱える理由が無くなる。
「在る日の事よ・・・。」


三年前のある日の事である・・・。
「ねえ、ラアン殿の占拠した城砦がリナの物になったのですって?」
一人の女性が息を弾ませながらリナに駆け寄ってくる・・。
「もうお聞きに成られたのですか?ルクレティヤ殿・・・・・?」
ガウリイの姉、ルクレティヤにリナは呆れたように答える。
「ええ!!」
子供のように無邪気な笑顔・・・。
シェーザレとラアンがこの人を巡って争った事も充分に理解できる。
「シェーザレ兄上とガウリイと一緒に週末に城砦を見に行く予定です。ルクレティヤ殿もご一緒にいかかですか・・・?最も・・。シェーザレ兄上はすぐにお帰りになってしまうご様子ですけれど・・・。」
「ええ!!是非!!」
とても嬉しそうに答えるルクレティヤにさしものリナも苦笑した・・・。


「綺麗ね〜〜〜!!!」
もはやこの城砦の持ち主となったリナ以上にはしゃぐルクレティヤ。
「姉上・・・。はしゃぎ過ぎです。」
困り果てたようにガウリイが言う。
普段は大人しい女性なのに調子に乗るととことんお茶目になるこの姉にガウリイも相当手を焼いているらしい・・・。
「でも・・・。随分と早くローマからココまで着くことができたわねえ・・。」
ふと考えたようにルクレティヤが言う。
「そりゃ〜まあ・・・。シェーザレ兄上の新書(?)に『我等一行の道中を妨げる者があれば理由を問わず私の非情な立腹を買うだろう』などと言う一言が書かれていれば、ね。」「ふ〜〜ん。シェーザレってばお茶目さん!!」
「お茶目って・・・。」
ルクレティヤの一言にリナとガウリイは顔を合わせて苦笑する・・・・。
この人は純粋にシェーザレを慕っているのだろう・・・。
「ルクレティヤ殿・・・。アナタは兄が・・・。シェーザレが恐ろしいとは思わないのですか・・・・?」
不意にリナは聞いてみる。
そんなリナにルクレティヤは『何故?』とでも言った表情を向ける・・・。
「だって・・・。アナタだって我が家に伝わる『カンタレラ』の事は知っているでしょう?」ええ・・。とばかりにルクレティヤは首を縦に振る。
「それなのに何故・・・・?」
そんなリナをルクレティヤは面白そうに見る。
「あら・・・。じゃあそのシェーザレの『影』であるウチのガウリイをアナタは何故大切に思って下さるの?」
ガウリイがこっちを見る・・・・。
ううううう!!
「そ・・・!!そんな事に理由はありません!!あたしはただ・・・自分に正直なだけです!!!」
慌ててそう言うリナを面白そうにルクレティヤは見やる。
「あたしもそれと同じ事なのよ。見かけだけがいくらダンディーで女の人に好かれてたって取り柄が無い無能者じゃあ仕方ないじゃない?」
ラアンの事を言っている事は明らかだった・・・。
「そりゃそ〜〜ね・・。」
言ってリナもルクレティヤの隣りに歩み寄る。
その情景をガウリイは惚れ惚れと眺める・・・。
正真正銘のストロベリーブロンドの美しい姉。
それに近い栗色の髪を持つまだ少年のようにあどけない美しさのリナ。
二人とも小柄でどことなく外見的特徴にも共通点が多いのに受ける印象がまったく違う。儚げなルクレティヤ。
強い意志を秘めたリナ。
ガウリイにしてみればどちらも選べないほど同じ位大切な人物だった。
「ねえ〜〜!!リナ、ガウリイ!!」
不意にルクレティヤが人の悪い笑みを浮かべる・・・。
「ナンなんです・・・・。姉上・・・。」
こ〜ゆ〜時の姉と関わるのはすこぶる気が進まない・・・。
さっさとリナを略奪して何処かに行きたいのだが・・・・。
「カンタレラの話で思い出したんだけれども・・・。『毒薬』ないしは『毒殺』の歴史ってしってる??? 」
予感的中・・・・。
にこやかな笑顔で物騒な事を語るこの姉・・・・。
タチが悪い・・・。
「え!!ナニナニ!!興味津々!!」
そんなガウリイの気持ちを知ってか知らずか・・・・・。
早速リナがルクレティヤの話に乗って行く・・・・・。
「ガウリイ?聞かないの?」
言ってルクレティヤはニッコリと微笑む・・・。
「へ〜〜い・・へえい・・・。聞けば良いんでしょう・・・。聞けば・・・。」
逆らっても無だと悟ったかガウリイは延々三十分、その話に付合うハメへと陥ったのであった・・・・・・・。


「不思議な人ね・・。ルクレティヤ殿って・・・。」
何所へとも無く城砦探検に去って行ったルクレティヤを思い出しながらリナはガウリイに言う・・。
「ま〜〜なあ・・・。」
嫌いではないが姉にはどうもガウリイは頭が上がらない・・・・・。
そんなガウリイの様子をリナは面白そうに眺める。
「リナだって。シェーザレ殿は苦手だろ・・・・・?」
ガウリイの反撃・・・。
「まあね。」
そう。
たしかのこの時からリナはシェーザレが苦手だった。
しかし、あくまでそれは単なる『苦手』レベルのシロモノである。
今のような恐怖、ましてや呪縛めいたものは彼には感じていなかった。
「シェーザレは・・・。何故あんなに野心家なのかしらね・・・。」
ふとリナの頭に過る疑問・・。
「ナンでまたそんな事を・・・?」
「だって・・。ラアン兄上はそんな事ちっともシェーザレ兄上のように『征服』云々などと言うことは考えていらっしゃらないわ。精々手に入れた領地から入る収益を浪費して
遊び歩く事ばかり。それば良い事とは思えないけれど・・・。シェーザレ兄上だってそう言った生活がやろうと思えば出来るのよ?わざわざ戦地に赴いて苦労する必要の無い身分である事は事実なのに・・・。」
そんなシェーザレに付き従うガウリイである。
シェーザレの気持ちそのものとまでいかなくとも・・・。
何らかの形で兄の気持ちを代弁してくれるかもしれない。
リナはそう思いガウリイの横顔を眺めた。
そんなリナの視線に気が付きガウリイは軽く微笑む。
「夢・・・。じゃないのかな・・・。」
夢・・・・・?
「ナンの・・・・?」
「そりゃ〜〜さ・・。見果てぬ夢かもしれないさ。けどよ・・。今のイタリアは外敵、強いて言えばフランス、神聖ローマ帝国(ドイツ、オーストリア)に支配される危険性が高いのに・・・。」
「都市国家に分裂して一致団結してこれに立ち向かおうとしてないわね・・・。それどころか内乱も絶えないし・・・。」
ガウリイに続いてリナ。
さらに彼女の一言にガウリイは大きく頷く。
「平和・・・と言えるか・・・・?」
真顔でガウリイが言う・・。
「平和・・・・?」
その一言にリナは眉を寄せる。
「こんな国の状況下でだれもが幸せになれると思うか?思わないだろう!!」
暫しのリナの沈黙。
それをガウリイは肯定と受け取ったらしい。
「その為には・・・。シェーザレの力が必要なんだ・・・。」
遠くを見詰めるガウリイ・・・。
この人は・・・。
自分よりもシェーザレの夢・・・。
あえて言うのならば「見果てぬ夢」を選ぶのではないのだろうか・・・・?
青い空と同色のガウリイの瞳・・・。
空の彼方だろうか・・。遥か遠くを見詰めている瞳・・・。
諦めたようにリナは微かに微笑む・・。
今は無理だ。
自分の気持ちで夢を見ているガウリイを壊したくない。
ならば。
せめて自分もガウリイと同じ夢を見よう。
リナはガウリイの隣りでそう思うのだった。


その日の夜遅くの出来事だった・・・。
「ヴァレンティーノ殿!!シェーザレ=インバース殿にお目通りを!!」
一人の重傷を負った男が城砦の門を叩いたのは・・。
「ランツ!!如何した!!」
大慌てで同僚のランツに駆け寄るガウリイ。
「シェ・・シェーザレ殿に・・・密書を・・・。」
さも大儀そうにランツは言う・・。
「兄上は現在留守よ。それに、現時点でこの城砦はあたしの所有物よ。ランツ、話はあたしが聞くわ。もし・・。手におえないような事態ならシェーザレ兄上に使者を出すから。」リナの一言に安心したかのようにランツは懐から皺だらけになった紙を出す・・。
「これは・・・?」
「密偵が情報を掴んだんだ。今ココに居るのは軍勢では無くたんなる視察団と聞いてこの城砦を取られたオルシーニの一族が報復しようと今からココに攻めて来る!!」
「何ですって・・・・?」
声のトーンを押さえてリナ・・・。
「本当ですか?ランツさん・・・。」
ルクレティヤも不安そうな声でランツに尋ねる・・。
「ああ。間違い無い。ここに来る途中俺は奴等に襲われてこのザマだ・・。」
どうやら。
オルシーニ一族が攻めこんでくる事は間違い無いらしい・・・。
「誰か!!至急シェーザレ兄上に使者を!!」
手早くリナが命令する。
「しかし・・。軍の指導権はシェーザレ殿では無くラアン殿の・・・。」
「死にたいんですか!!」
重臣の一言をルクレティヤが遮る。
「わ・・・。分かりました・・・。至急シェーザレ閣下にお伝えいたします!!」
かくして・・・。
絶望的な戦いは始まったのである・・・・。



既に敵は城砦内に相当な数が侵入していた。
「こっちだ!!」
潰滅状態に陥った味方とリナ、ルクレティヤを引き連れガウリイは辛うじて血路を開く。
男だけならばまだしも女であるリナとルクレティヤの足に合わせているだけあって進行速度は普通の戦場よりも遥かに遅い。
その事をガウリイは考え多少なりとも苦々しく思う・・・。
せめてこの兵士だけでも・・・・・。
「兄上・・・。」
祈るようなリナの呟き・・。
「リナ・・・。大丈夫よ・・・。シェーザレ様は絶対に私達を救いに来て下さるわ・・・。絶対に・・・。」
希望に満ちた口調でルクレティヤ。
リナもルクレティヤに向かって大きく微笑む。
だが・・・。
「先に行って戦え。俺は姉とリナを無事に脱出させた後すぐ行く。」
不意にガウリイが兵隊達を別方向にやる。
「如何して・・・?ガウリイ・・・。」
リナの問いにガウリイは顎を使って窓の外を示す・・・。
無数の燃え盛る松明が濠を一歩隔てた陸地を埋め尽くしている・・・。
「奴ら・・・。火を放つつもりだ・・・。」
苦々しげにガウリイ・・・。
「せめてもの抵抗ね・・・・。」
兵を送り込みすこしでも連中が城砦に火を放つ時を後らせる・・・。
シェーザレが来る前にここが焼け落ちることは自明の理だが・・・・。
「な〜に!!心配するなって!!リナも姉上も俺一人で守ってみせるさ!!」
自信を満面にたたえた表情でガウリイは言った・・・。


壁が焼け落ちる。
最後の抵抗も空しいものだったのだろうか。
城砦に火が放たれたのはそれから間もなくの事だった・・・。
「ガウリイ・・・。」
それどもガウリイは凄かったよ・・・。
本当に。
たった一人で大勢の敵を相手にしてあたしとルクレティヤを守ってくれたんだもの・・。炎上する壁と廊下の深紅。
ガウリイの綺麗な金髪と合間見える。
横に居るガウリイが何よりも頼れる存在に感じるこの一瞬。
恐怖なんて感じない。
ガウリイの姿だけを頼りにただ茫然自失た歩むリナの耳に轟音が聞こえたのはその時だった・・・。
地を揺るがすかのような恐ろしい音にかき消されかけるがハッキリと耳の置くまで届いた女の悲鳴・・・・。
壁が炎の力によって崩れた事は疑い無い・・。
しかし・・・。
信じたくなかった・・・・。
そして・・・。後を振り向いたリナは我が目を疑った・・・。


「馬鹿ね・・。アタシって・・・。壁が崩れるのを見て・・。咄嗟に屈んでしまったの。」瓦礫に両足を挟まれ身動きの取れなくなったルクレティヤは激痛に堪えながらわずかに苦笑する・・。
「姉上!!」
瓦礫を必死でどかそうとするガウリイ・・・。
だが。もともと頑丈な素材で作られたソレはびくともしない。
「止めなさい。ガウリイ。あなたの手が火傷をしてしまうわ。」
弟の瞳を直視しながらルクレティヤは言う・・・。
その意味を察し呆然とするガウリイ・・・。
「姉上・・・・。」
今にして思えば彼の瞳には涙が溜まっていたのかもしれない。
「行きなさい。ガウリイ・・。」
強い意志を宿したルクレティヤの一言。
もう・・・。いいのよ・・・。
その瞳がガウリイとリナに告げる・・・。
「駄目・・・・。」
抗議をする為にリナが口を開きかけたその時だった・・・。
不意に失われかける意識・・・。
唯一見た者は哀しそうなガウリイ・・・。
「駄目じゃないの・・・。大切な人でしょ?」
リナを気絶させたガウリイにルクレティヤは注意する・・。
「・・・そうでもしなければ・・。コイツもココで死んじまうだろう・・?姉上。」
「そうね・・・。リナは・・・。そう言う子だもの・・・。」
言ってルクレティヤは美しい微笑をガウリイに贈る。
「行きなさい・・・。」
「・・・・。済まない!!姉上!!本当に済まない!!!」
リナをしっかり支えながらガウリイはただただ泣く事しか出来ない・・・。
「しっかりね・・リナ殿と・・・あのお方をお守りしてね。あたしの代わりに・・・。」儚い微笑が再び崩れ落ちる壁と灼熱の炎に遮られる・・・。
永遠に・・・・・。


「妹を救ってくれた事を・・。礼を言う・・・。」
シェーザレは無感情にガウリイに言う。
無論。
シェーザレにしてもガウリイにしてもルクレティヤについては何も言いたくなかった。
「シェーザレ・・・。」
微かに震えるシェーザレを見てガウリイが名前を呼ぶ・・・。
「なあ・・・。ガウリイ・・・。『夢』とはかくも残酷なものなのか・・・!!」
もはや何時ものシェーザレの声ではない・・。
「分からない・・・・。」
本当の所、ガウリイにもそれが分からなくなりつつある・・・。
つい何時間か前まではリナに意気揚揚とそんな事を語っていたと言うのに・・・。
「俺は・・・。一体何を望んだんだ!!!」
半ば狂乱したようなシェーザレの声・・・。
「俺は・・・・・。力が全てと言うのか!!ならば!!俺はその全てを手に入れてやる!!絶対にだ!!!」
血迷ったように叫び出すシェーザレ・・・。
『リナ殿と・・・あのお方をお守りしてね。あたしの代わりに・・・。 』
姉のその一言がガウリイの胸を過った・・。
純粋にシェーザレを愛したルクレティヤは気付く事がなかったのだろう。
この一言がリナとガウリイを束縛し・・。
苦しめる結果に至るだろうとは・・・。


「そんな事があったんですね・・・。」
アメリアが呟く・・・。
「うん・・・。」
言ってリナは不意に自慢の髪を掻き揚げて耳を露出してアメリアに見せる・・。
「ココを見て。その時の痕よ・・・。」
かすかに残る黒い痣のようなもの。
これよりも。
リナ、ガウリイ、そしてシェーザレの心の傷跡は深く、重いに違いなかった・・。


「リナにガウリイか・・・?」
かつての最愛の女性、ルクレティヤの壁画の残る部屋で一人佇むシェーザレが二人の気配を認めて話しかけてくる。
「兄上・・・・。」
リナはシェーザレの傍に歩み寄る。
「丁度・・・。今日で三年だな・・・。」
ボソリとシェーザレは言う。
ルクレティヤ・・・・・・・・・・・。
兄が口の中でそう呟いたのをリナは聞き漏らさなかった。
「済まなかった・・・・。シェーザレ・・・。」
ガウリイがあの時と同じ言葉をシェーザレに掛ける。
「定め・・・。だったのだろう・・・・。」
定め・・・。運命・・・・。
アレはそんな物ではない。
単なる犠牲だ。その事はリナはもとよりもシェーザレですら良く分かっていた。
しかし・・・。
その事を誰が責められるであろうか。
「結局・・・。運命って事で始末するしか無いのね・・・・。」
哀しげにリナ・・・。
「運命・・・か・・・。」
不意にシェーザレが苦笑する・・・。口調がどことなく苦しげなのは気のせいだろうか?「兄上・・・・?」
不審に思いルクレティヤの肖像画からリナは兄のほうに視線を移す・・・。
「兄上!!!!!」
リナの悲鳴に呆然と佇んでいたガウリイも我に返ったようにシェーザレの方を見やる・・。
「シェーザレ!!!!!!!」
純白の手袋を吐血、いや、喀血する血の赤色に染め、ただ必死に立つ事のみに専念するシェーザレの青ざめた顔がそこにはあった・・・・。
「お兄様!!!」
あわててリナは兄を支えようとするが、それよりも一瞬早くシェーザレの体は床に横たわる・・・。
その表情はとてつもなく苦しげだった・・・。
「シェーザレ兄様!!シェーザレ兄様!!」
必死でリナは呼びかける。
目こそ見開いて居れどももはや耳は聞こえず意識は朦朧とした様子である・・。
いそいでリナは床に跪き兄の体を揺さぶろうとする・・。
「待て!!リナ!!」
そんなリナをガウリイが片手で制する。
「ガウリイ!!!」
無我夢中でリナはその手に縋りつく・・・。
「これは・・・真坂・・・。」
シェーザレの様子を見ながらガウリイは吐き捨てるように言う・・・。
「カンタレラ・・・・・・・・。」
インバース家の秘毒・・・・・。
リナとガウリイに恐ろしい戦慄が走る・・・・。


【続きます・・・】

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6345華と氷の刃5LINA 2/21-15:04
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――――――【最終章・Heliodor】――――へリオドール・・・


nec spe        夢も無く
nec metu 恐れも無く
sine luce 光も無く
sine croce 十字架も無く
sine Deo 神も無く・・・・・



「シェーザレ兄上のご容態は?」
リナは医師の資格も持つゼロスに大急ぎで尋ねる。
「ええ・・・。カンタレラですよ・・・・。」
この毒薬を自在に操れるのはシェーザレのみである。
無論、管理しているのも彼一人・・・・・。
「恐らく・・・。誰かを暗殺し様として自分が誤って毒を・・・・・。」
そうとしか考えられない。
「幸いな事にそれは葡萄酒に混入されていたようでしてね。シェーザレ殿はそれを割って飲んだのでしょうね。」
「つまり・・・。毒の効果が半減したって事・・・・?」
リナの問いにゼロスは頷く。
「リナさん・・・。」
アメリアが遠慮がちに声を掛ける。
「心配か・・・・?」
ゼルがリナに聞く。
「当然心配よ。けれどもめ、それ以上に腑に落ちない点があるの。」
「腑に落ちない点・・・・?」
ガウリイが聞く。
リナは無言で答えない。
「もしかしたら・・・・。シェーザレ兄上は・・・・・・。」
「自殺、とか言うんじゃあ無いでしょうね?」
ゼロスがすかさずリナに言う。
「馬鹿。シェーザレ兄上がそう言ったタイプの人間に見える?」
微かに口の端を緩めて言い放つリナの一言にゼロスは苦笑しながら首を横に振る。
「確かに。シェーザレは人間(ヒト)かメフィストフェレス(悪魔)かすら分からないしな・・・。」
考えたようにガウリイが言う。
「人間(ヒト)よ。」
静ながら鋭さを帯びたリナの一言が室内に響く・・・。
「言い切れるんですか?」
リナを試すかのようにゼロスが聞く。
「ええ・・・。そうよ。自分を完全な『悪』と同化させる事に必死なのよ。あのヒトは・・。」
「なるほど。人間なんて言う物は生半可で中途ハンパな悪行にはとかく非難をし憎悪する・・。しかし、それが完全な『悪』に対してはむしろその所業に感嘆すらする。」
「そう。そして、それに対して逆らう気力さえ失う物なのよ・・・・。」
ゼロスの発言にリナが被せて付け加えた。
「結局は・・・・。ルクレティヤ殿の事か・・・・。」
ゼルガディスが核心を突いた台詞で締めくくった。


シェーザレは只渾沌と眠りつづけた・・・。
「信じられない・・・。あの恐ろしかったシェーザレ兄上がこんなに成るなんて・・。」リナは兄の整いすぎた美しい面立ちを眺めながらその闇色の髪を無造作に撫ぜる・・。
「彼も・・・。ヒトだ・・・。」
そう。
今更ながらガウリイもそう思う。
彼が、シェーザレが人だったからこそあの時ルクレティヤを救えなかったのだ。
「こうしていれば・・・。こうして只疲れを癒す為に眠っていれば・・・。戦場で自分のみを危険に晒す事も・・・。自分を『悪』に貶める事も無いのに・・・。」
再度リナはシェーザレの渾沌と寝入る姿を見つめる。
「シェーザレ・・・・。」
ガウリイは彼が聞こえもしないと分かっていながらもその名を口にする。
お前は言った。
戦場に身を置くのも、人から『非道』と呼ばれる行いに走るのも全て『夢』だと・・・。けれども・・・。
ルクレティヤを・・姉を失った時から何もかも分からなくなった・・・。
「教えてくれ・・・。シェーザレ・・・。お前は何を求めるんだ・・・。」
ガウリイの問いかけに無論シェーザレが答えるはずは無い・・・・。


「押さえて!!」
時より目を覚ましてはシェーザレは凄まじい頭痛に襲われるのだろう。
激痛に絶えかねて狂ったように暴れまわる・・。
ガウリイとゼルが二人掛かりでシェーザレを落ちつかせようと押さえ付ける。
無論、シェーザレは激しい苦悶に苦しみのた打ち回る・・。
いたたまれなくなり目を背けるアメリア。
兄を救いたい一身から必死でそんなシェーザレに睡眠薬を飲ませようとするリナ・・。
そんな状態がもう何ヶ月も続いた。
その甲斐があってだろう。
シェーザレの健康は回復し、彼が庭で乗馬をしたり剣術に勤しんだりできるように間もなくなったのだった。
「行かれるのですか?シェーザレ兄上、ガウリイ・・・。」
兄を心配そうに見守りながらリナが聞く。
何時になく優しげな仕草でシェーザレは妹の髪を撫ぜる・・。
「リナ・・・。戦にはどうしても行かねばならない。ガウリイを少しの間借りるぞ。」
意味深な一言。
ガウリイは絶対に帰ってくる・・・。
そうリナに彼は約束したのだろう・・・。
リナは厭な予感が的中した事を思い知らされた・・・。
軍隊を整えてガウリイを引き連れ去って行く兄の背・・・。
その背中に縋りついて「行かないで」と言う衝動にリナは刈られた・・。
しかし。
妹であれ恋人であれたかだか一人の女の涙がこの男に通用するはずが無いことは自分が一番良く知っているはずだ・・・。
そんなリナの視線に気付いたのだろうか・・・。
やおらシェーザレがリナの方を振り返る。
「ヘリオドールを持って帰ってくる・・・。いずれ・・・。正式な形でまた会おう・・。」真意の篭もった青灰色の瞳・・・。
嘘はついていない。
少なくとも本人は。
ヘリオドールとは金色の光色の美しい鉱物である。
下手に力を入れてしまったら壊れてしまいそうなほど繊細な雰囲気が美しい。
「どうか・・・。」
どうか・・・。この先の言葉をリナは発する事は出来なかった・・・。
ガウリイを・・。そしてシェーザレを守って欲しい・・・。


「行ってしまいましたね・・・。」
ゼロスがリナに言う。
「ええ・・・。」
「如何するんですか?リナさん。シェーザレ殿が病み上がりで弱りきった今、そこに付け込んでくる連中の攻撃はシェーザレ殿不在のこのインバース家とあなたに降り掛かってくる事は必然ですよ。」
ゼロスの一言に今まで何も考えずにシェーザレの軍団が旅立つのを見守っていたアメリアとゼルガディスが驚いたようにリナとゼロスを交互に見まわす・・・。
「リナさん・・・・?」
その時アメリアは見た・・・。
リナの瞳、シェーザレ=インバースと同じ光を秘めたその眼差しを。
兄の青灰色の瞳と色こそ違えども見る者を威圧する眼差し。
さしものアメリアもこんなリナを見たのは始めてだった。
「なるほど・・・。兄には剣と言う武器があるわね・・・。」
不意にリナが言葉を発する。
その中に誰もがシェーザレを重ね合わせる。
「けれど・・・。それは勝利を切り開く事も出来るけれど・・・。あるいは無意味に血を流すだけの殺戮の道具である・・・・。」
「ならば・・。アナタの武器は何なのです?リナさん。そして、アナタはどのような道を選ぶんです?」
「ゼロス殿、アタシはもはや兄上の『愛玩人形』ではありません。その事は・・・。兄も認めて下さいました・・・。だからこそ・・・・。」
ここでリナは一旦言葉を切る。
「だからこそ・・・。シェーザレ殿はアナタに御自分の夢の『一部』を授けた、と。」
ゼロスが言いリナが頷く・・・。
夢の一部・・・。
すなわちシェーザレの影、ガウリイの事である。
「だから・・・。今度兄上に会うときは今生の別れとなるでしょうけれど・・。そうなる為に今日で兄上とお別れって事になら無いように・・・。あたしは最善をつくす。」
それだけの事だ。
あたしは兄の人形じゃない。
シェーザレとガウリイには永遠に夢を追いつづけて欲しい・・・。


シェーザレが戦場で捕らえられ、ガウリイが行方不明となったとの連絡がリナの元に届いたのはそれから数日後の事だった。
「予想はしていたけれど・・・・。」
さしものシェーザレも病み上がりの後遺症でこんな事になったに違いない。
ガウリイはそんなシェーザレを守ろうとしたのだろう・・・。
そうでなければこの二人の身がそんな事に陥るなどと言う事態は絶対にありえない・・。「リナさん・・・。」
アメリアが難しい表情をしたリナを当然の事ながら心配そうに見詰める・・。
「多分・・・。もうじき交渉をしに来るわね・・・。」
独り言のようにリナが呟く・・。
「誰が・・・。ナンの交渉に・・・?」
怪訝そうにゼルがリナに聞く。
「シェーザレ兄上に敵対している連中よ・・・。恐らく・・・。ガウリイを人質に取ってね・・・。」
妙に落ちついた口調でリナが言う・・。
「ナンですって・・・・?」
アメリアの驚愕した声。
「多分、連中はラアン兄上殺害の件であたしにシェーザレ兄上を犯人として告発する事を条件にガウリイを解放する、と言って脅してくるでしょうね・・。」
「リナ・・・。お前真坂・・・。」
「ええ、ゼル・・。連中と交渉するつもりよ。」
「危険です!!リナさん!!下手をすればリナさんも犯罪者の汚名を着せられて処刑されるかもしれないんですよ!!?」
必死でリナを止めるアメリア・・。
「シェーザレ兄上にガウリイ。アタシにはどちらも選ぶ事なんて出来ない。それに。あたしの予想が正しければ・・・。」
そうとだけ言い残しリナは静に何所へとも無く去って行った・・・。


リナの考え通りインバース家に敵対するミラノから使者が来たのはまもなくだった。
「皮肉なものね・・・・。」
目の前に居る男、かつてリナが命を救ったモト婚約者であったはずの男が交渉役であるとは・・・。
「あなたには一応の恩義は感じてはいますよ。」
言ってその男、ミケーレは微笑する。
「ガウリイは何所?」
先程とは打って変わった鋭い声でリナはミケーレに問う。
「おい!!連れて来い!!」
深いフードのついた服を身に纏ったミケーレの従者が扉を開く。
その人物の顔は良く見えないがガウリイを哀れんでいるのだろうか?
両手を縛られ脇を兵士達に固められたガウリイから視線を逸らす・・。
「ガウリイ・・・・。」
ミケーレが視線で部下たちにガウリイから離れろと命じた所を見届けてリナは急いでガウリイに駆け寄った・・。
「ガウリイ・・・。」
乱暴に兵士達に押し出されたため躓きかけたガウリイをリナは大急ぎで支える・・。
「すまないな・・・。」
情けなさそうに笑うガウリイ・・。
「酷い事はされなかった?」
そっとガウリイを支えながらリナは尋ねる。
「やたらと寒い牢屋に入れられた事くらいかな・・。体の疵は戦場で落馬しただけだ。」確かにかなり痛そうな傷が所々に目立つ。
「顔が綺麗なまんまで・・・。良かったじゃない・・。」
リナの言葉に嬉しそうにガウリイは笑う・・。
「で、ミケーレ殿でしたっけ?如何すれば当家のガウリイ=ガブリエフ殿のこと手首の束縛を解いていただけるのですか?」
ガウリイに掛けた優しげな口調とは打って変わって冷淡にリナは言い放つ。
「簡単な事です。あなたの兄上、シェーザレ=インバース殿の野心に我等ミラノ公国としましても甚大な被害を被っていましてね・・・。」
「そんな前置きはどうだった良いわ。用件をさっさと仰って下さい。」
リナの気合にに一瞬押されるミケーレ・・・。
両手に戒めを掛けられているとはいえガウリイの凄まじい殺気も気に掛かる所である。
「ならば単刀直入に言います。あなたの次兄、ラアン殿殺害の嫌疑にて長兄シェーザレ殿を正式に告発して戴きたい。」
思った通りの展開である・・・。
「リナ・・・・。」
焦ったようなガウリイの声がリナの耳元でする。
だが、リナの表情は動かない。
しばし室内を支配する沈黙。
ここで普通の娘ならば恐怖で青ざめている所だろう。
しかし、リナの表情は以前と凛とし、さらには口の端を軽く歪め、片眉をピンと跳ね上げる・・・。
何時しかシェーザレに首筋にガウリイの剣を突き付けられながらも平然としていた時の表情そのものだ・・。
勿論、リナ自身にそんな自分の姿が見えるはずは無いし、普段このような表情は人に見せた事すらない・・・。
只一人、シェーザレ以外には・・・。
「あたしが兄の不利になるようなことをすると思うのですか?」
冷たくリナは言い放つ。
「ならば・・・。ガウリイ=ガブリエフ殿をラアン殿殺害の真犯人として我々が告発するのみだ!!」
ミケーレの怯え切りながらも辛うじてリナに放つ脅しの台詞・・。
リナはガウリイの方を見ようともしない・・・。
誰もがリナはガウリイを切り捨てるものとその場に居合わせた者達は思ったに違いない・・。
冷酷なシェーザレの妹はやはり悪魔のような娘だったとヨーロッパ中に吹聴するつもりでさえあったのかもしれない・・・。
ガウリイともう一人の人物以外は・・・。
「ガウリイ=ガブリエフ殿を告発ですって・・・?」
冷酷な印象こそはなんら変わりは無いがリナの発した次ぎの一言はミケーレの期待を一掃し、ガウリイの予想を現実とさせたものだった。
「無理と・・仰るのか・・・?」
ミケーレの驚愕した声が響く。
「無理に決まっています。ガウリイ=ガブリエフ殿に何の罪も在りません。」
「その根拠は!!!??」
逆上したミケーレが尚もリナに食って掛かる・・。
だがリナは表情一つ変えない・・・。
「答えは単純・・。なるほど・・。確かにシェーザレ兄上はラアン兄上に刺客を送ったかもしれません・・。しかし・・。それ以前に別の人物がラアン兄上を殺害し様としていたのならば・・?」


そう言ったリナの額に微かに汗が流れ出している事にガウリイが気が付かないはずが無かった・・・。
「リナ・・・。」
嘘をついてまで・・・・?
「ガウリイ・・・・。」
ギリギリで言えるリナの一言。
しかし、リナはガウリイの顔を直視している・・・。
リナがラアン殺害の真犯人では無い事は明らかである・・・。
しかし、ミケーレ達の間に動揺が走った事は言うまでも無い。
『許して・・・』
リナの瞳が無言でガウリイに語りかえる・・。
一体何を・・・・?
リナの考えはガウリイには読めない。
しかし、彼女がもはや一世一代の大勝負、しいて言うのであれば選択の余地が無い状態に立たされていることは明らかだった・・。
「ガウリイ殿でもシェーザレ殿でもない第三の人物だと言うのか・・・?」
ミケーレの焦った声にリナは大きく頷く。
「ええ・・。ラアン兄上が殺害された晩・・。ミケーレ殿、アナタはここローマの大使館にいらっしゃったと聞き及んでいますが・・・?」
詮索するようなリナの鋭い声にミケーレは慌てて首を左右に振る・・。
「私であるはずが無かろう!!第一私はあの晩部下の者達と共に居た・・。」
そうでしょうね、と言うようにリナは頷く・・。
「問題はそれ以前、三年前に遡ります・・・。三年前、私達が滞在していた城砦がオルシーニ一族によって焼き討ちにされた事件はご存知ですね?」
リナのその一言にガウリイはハッと思い出したように叫ぶ・・。
「あの後・・。俺達が瓦礫と化した城砦を立ち去って間もなく・・・。ミラノのミケーレ王子一行がその跡地を訪れたと言っていたな!!」
ガウリイの言葉にリナが重ねる・・・。
「誰を見つけたんです・・・?その時に・・・。」
リナが言い終わるか終わらないかのその時だった・・・。
フード付きのローブで顔を覆った一人の人物がワッと泣き出したのは・・・。


「ルクレティヤ姉上・・・・。」
リナの傍ら・・・。
泣き出したその人物、己の姉ルクレティヤを凝視しながらガウリイは言う・・。
三年前と変わらぬその美貌・・・。
美しいウェーブのかかったストロベリーブロンド・・・。
少女のようにあどけない瞳・・・。
透ける様に白い肌・・・。
唯一の変化と言えば疲れ切ったその表情だけ・・・。
「ご無事だったのですね・・・。ルクレティヤ・・・。」
涙に暮れるルクレティヤをリナはそっと抱き締める・・。
火傷の跡一つすらない・・・。
全てが奇跡かのようにルクレティヤはそこに佇む・・・。
「シェーザレ兄上が・・・ラアン兄上を殺したのが自分であるかのように振舞わなければならなかったのは・・。この方の為・・・。」
優しくルクレティヤを抱き締めながらリナは言う・・。
あの兄の技とらしさ・・・。腑に落ちなかったのである・・・。
「ごめんなさい!!リナ!!ガウリイ!!」
「姉上・・・。何故・・・。」
ガウリイが言える事はただそれだけだった・・・。
「あの後・・。私はミラノのとある将軍に救われました・・・。全ての記憶を失って・・・。そのお方のご好意で私は彼と奥方の養女となりました・・・。しかし・・。」
「ある日・・・。突然記憶が戻ったのね・・・。」
リナの問いにルクレティヤは哀しげに頷く・・・。
「あの方の・・。シェーザレ様の未来を阻むラアン殿を・・・・。」
ルクレティヤはもともと毒薬の知識に長けている・・・。
無論、彼女がどのような手段をとったのかは容易に想像出来る事だった・・・。


「完敗です・・・。」
ミケーレが立ち去りかけながらリナとガウリイに言った・・・。
「姉上・・・。アナタは如何なさいますか・・・?」
ガウリイの問いかけにルクレティヤは首を左右に振った・・。
「例え犯人が私だとあのお方・・・。シェーザレ様がお気付きでも・・・。」
ここまでいって彼女は微かに微笑む・・・。
「ルクレティヤは炎の中で死にました・・・。せめて・・・。あのお方の記憶の中では綺麗なままの私でいさせて・・・。ガウリイ・・・。リナ殿・・・・。」
それが・・。
ルクレティヤの何よりもの願いだった・・・。
数日後、捕らえられていた場所からシェーザレは見事脱走し、残兵をまとめたちまちのうちに起死回生をやってのけローマの堂々と勝利の凱旋を果たしたのだった・・・。



「綺麗ね・・・。」
光色のリナの髪がヘリオドールの淡い金色に反射する・・・。
「本当に・・・。」
ガウリイの金髪にもリナ同様に石の淡い光が降り注ぐ・・。
「もし・・・。もしもよ・・・。何十年、何百年かたっても・・・。こうしてヘリオドールが輝きつづけていたら・・・・。」
硝子細工のように脆弱で優しい雰囲気をかもし出す石の原石を眺めてリナは呟く・・。
「う〜〜ん・・・。可能だろう・・・。古代エジプト時代のスカラベなんかの宝石だって未だに輝いてるんだぜ・・・?」
ガウリイが珍しくマトモな事を言う・・・。
「クレオパトラはムーンストーンに願いを託したそうよ・・・。」
リナが続ける・・・。
「でも・・・。毒蛇に噛まれて自殺したぞ・・・。」
「・・・・・・。毒はもう沢山・・・。」
本気とも冗談ともつかない台詞をリナは言う・・・。
無論、シェーザレの野心が続く限り同じ事は繰り返されるだろうけれど・・・。
「だったらさ・・・。ヘリオドールに願いを掛けて見ろよ。叶うかもしれないぜ。」
ヘリオドール同様輝く優しい金髪。
開け放った窓からはルマ川が見える。
更に吹いてくる風が心地良い・・・。
「そうね・・・。」
光りその物のような小さな鉱物をリナは両手に包んで言った・・。


リナとガウリイにシェーザレからの呼び出しが掛かったのはその日の夕方だった。
「リナ、お前に最後の命令をする・・・。」
部屋に入った早々、シェーザレが言う・・。
「命令・・・。ですか・・・?」
あくまでシェーザレはシェーザレである。
『許可、では無いのですか・・・・?』
口元まで出かかる言葉をリナは飲みこむ。
こんな時くらい兄に花を持たせてやりたい。
「命令だ。お前に政略結婚を要求する。明日よりお前はフェラーラ公、ガブリエフ家の者だ・・・。」
「へ・・・・?」
素っ頓狂な声をリナは上げる・・・。
フェラーラと言えば成り上がりのインバース家などとは格が違う・・・。
無論、その家名が『ガブリエフ』と言う事は知ってはいたが・・。
リナは無意識的にガウリイの方を見やる・・・。
「おいおい・・・。と、言っても俺はたかだか庶子の一人でそんな偉い者じゃないぜ・・。無論、亡くなった姉上もだが・・・。」
技とらしくいってガウリイは苦笑する・・・。
「てっきり・・。同姓の別家系だと思っていたわ・・・・。」
「で?フェラーラに来るのか?俺と一緒に。」
「リナ・・。俺の命令だ・・。今夜が・・。今生の別れだな・・・。」
言ってシェーザレは自室から去って行く・・・。
残されたリナはガウリイを呆然と見やる・・・。
「良かったな。俺もお前も、シェーザレの役に立ててさ!!」
面白そうにガウリイ・・・。
これって本当に政略結婚!!!???
やはり。最後の最後までシェーザレはシェーザレだった・・・・・・。


支度も滞り無く終わり・・・。
アメリアとすっかり回復したカノンに付き添われたリナが宴に現れる。
小柄で華奢で色白な光色の髪と赤い瞳の妹・・・。
それとは正反対の長身で浅黒い色の闇色の髪と青灰色の瞳を持つ兄・・。
兄はのリナを誘い出しダンスの輪の中に導く。
兄の肩までしかない身長の妹を長身のシェーザレは易々とリードする・・。
これがこの兄妹の今生の別れ・・・。
人々は時を忘れてインバース家の美しい兄妹に見入っていたという。


「ヘリオドールのお陰だな・・・。」
リナが大切に抱えた繊細な石を眺めながらガウリイが言う・・。
「そうね・・。」
そしてシェーザレとルクレティヤの・・・・。
リナとガウリイは大切にヘリオドールを抱き、ローマを後にした・・・。

【終わり】

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6373Re:華と氷の刃1ティーゲル 2/26-09:37
記事番号6341へのコメント

 ああ、1をチェックしてなかったら1に(^^;どうもティーゲルでございます。
今回ケインがいませんねぇ・・・・・・でもシェーザレいかしてるので良し(^^;
なんかナーガもちょい役で出てるし・・・・・・・断り方が目に浮かぶよーです。
 では次を楽しみにしつつ・・・・・・