◆−幾千年−神代  桜(9/12-00:16)No.7791


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7791幾千年神代 桜 9/12-00:16



《できれば二度とお会いしないことを祈りますよ》
彼はそう言ってあたしに別れを告げた。でも
――それでも、会うときは会うのよ。最初の偶然みたいにね……


「異界黙示録の写本だあぁぁぁ!」
とある街の食堂にて、あたしは思わず声をあげた。
「ええ、この先の森に廃棄された神殿がありまして、なんでもそこに異界黙示録の写本が眠っているとか……。」
一見みたところいかにも怪しそーなじーさんは、やっぱり怪しげに笑うと、あたしとガウリイの向かいの席でずずずっと茶なぞをすすりだした。
「しかし、神殿付近にはなにやら奇怪な魔術がかかっておりまして…近づくことすらままならんのです。そこで旅の魔道士と見うけられるあなた方に……」
「断る」
「…………は?」
「断るっつってんのよ。んじゃね」
「あっ、待って下されっ!」
食事も終わったことだしってコトで、席を立つあたしにじーさんは諦め悪くこちらのマントをぐわしっとばかりにつかんできた。
うげっ、なんか泣いてるし…
「お嬢さんとて、仮にも魔術士っ。ならば異界黙示録の写本がどれほど価値のあるものかは知っておろう! わしとて自分の足で行きたいが、なにぶんこの歳…。老人のささやかな願いと思って…」
「あーもう、しつこいっ! やだっつってんでしょうっ。他あたってよ他!」
食事の時間帯がずれているせいで客の少ない店の中、あたしはなおも食い下がるじーさんをためらいなく足蹴にする。
「だいたいそんなありきたりな話、信憑性のカケラもないじゃないっ。異界黙示録の写本なんて、あったとしたって不完全で役に立たないシロモンか、どこぞのばかがでたらめ書いたまがいもんにきまってるわ!」
「無論依頼料は払うっ! 金貨百枚でどうじゃ」
「詳しく場所を聞きたいんだけど。」
――かくして、商談はトントン拍子にすすむのであった。


「なぁリナ。」
「なによ」
じーさんに聞いたとおり、街外れの森を進んでいくあたしたち。
別にどうということない至って普通の森である。
「なんで最初じーさんのはなし断ったりしたんだ? その…、なんとかバブルっていうヤツ、お前さんらにしてみれば結構値打ちもんなんだろ?」
「あーのーねぇー」
思わず地団駄をふむあたし。さすがにこのクラゲとの会話には慣れたつもりだったが、やっぱり頭のひとつは抱えたくなる。
「さっきもいったとおり、ニセもんの確率のほうが高いし、第一あたしは本物の異界黙示録のところまで行ったことあるでしょ。いまさら写本だなんて言われたって、べつに目を輝かせるほどのもんじゃないわ。」
「そんなことあったっけか?」
「あったのよっ。」
くうっ、やっぱ疲れるわ、こいつと会話すんの…
…――そう、あの時は一人の魔族に導かれるまま、竜たちの峰まで行って……
(我ながら危ない橋を渡ったもんだわ)
くしゃりと、あたしは自分の髪をおさえた。
はっきしいって、あれが今までで一番規模のでかい騒動だった気がする。
相手は腹心二人に竜将軍・竜神官…そして、直接敵とはならなかったものの
(獣神官……)
んとによく生きてたわ、あたし……。ま・日頃のおこないがよかったか――
『!』
とたん向けられた殺気に、あたしとガウリイは反射的に後ろへ跳んだ。
じゃぅっ!
焦げるような音とともに、今あたし達のいた場所は一瞬にして焦土と化す。
ぐるぉあああああっ!
「レッサーデーモン!?」
前方から現れたそれは、あたしのあげた声に反応したかのように、勢いよくむかってきた。
全部で十体ほどか、特に明確な意思があるとも思えない。となればただの野良レッサーデーモンだろう。…にしても
“神殿付近にはなにやら奇怪な魔術がかかっておりまして…”
「って、あ゛―、むかつくっ、あのじーさんに騙されたあぁぁ!」
とりあえずレッサーデーモンの方はガウリイに任せて叫ぶあたし。
「なぁにが奇怪な魔術よ! 単に野良レッサーデーモンが住み着いたんじゃないっ、言えば断られると思ってごまかしたわねえぇぇぇ!」
帰ったら報酬うわのせしちゃるっ
ぞふっ
ぐがあぁぁぁぁぁ
言ってる間に響いてくる断末魔の叫び。ま・ガウリイの手にかかれば当然の結果でしょ。
「どうする、やっぱりやめるか?」
「いいわよ、ここまで来たからには拝見させていただこうじゃないの、その神殿とやらを。」
剣を鞘に収めつつ聞く彼に、あたしは開き直るとずかずかと進み出していった。
森といえども決して踏み込んでいくのに難があるわけじゃない。しばらくすれば、神殿はた易く見つかった。
なるほど、確かに白亜の神殿が清楚な雰囲気を漂わせて建っている。
じーさんに依頼されたのはあるかどーかもわからない写本のみ。
「だったら神殿に儀式用とかの宝剣なんかがみつかってもトーゼン! あたしのもんよねっ」
「おまえなぁ…。たまにはメシとそれ以外のことも考えろよ」
「うっさいよ、ガウリイ」
あたしは神殿の門扉にゆっくりと手をかけた。いちおう木造りなので錆びて開かない…なんてことにはならないだろう。
ぎぎいぃぃぃぃ
いやな音をたてつつ開く門扉。
まだ中に他のレッサーデーモンが潜んでるとも限らない。あたしは気配を探りながら、ゆっくりとあたりを見回した。
中は無人の割には特別古びているという様子もなく、強いて言うならば床の上に大量に埃が降り積もっているだけ。他の気配も感じられない。
「どうやら大丈夫みたいね。写本は神殿のいっちゃん奥だって言ってたから、行きま…」
「! リナ!?」
「?」
振り返った瞬間。こちらに手を伸ばしてくるガウリィが視界にはいった。そして――…
(消え…た……?)
そう、彼は消えたのだ。あたしの目の前で、たった今。
「…………………」
しかしうろたえても始まらない。考えればわかる。こんな芸当がこなせる連中はひとつ…
「魔族…か」
おおかたガウリイの方は魔族に空間でもいじられたのだろう。あたしにそれが感じられなかったのは、おそらく彼だけが呼ばれたから…
でも、なんのために――?
“リナ”
「!」
響いてきたのはガウリィの声だった。
“リナ…”
神殿の奥…異界黙示録の写本があるとされる場所。
(そういうことか…)
あたしはためらわず声のする方へと走り出した。
聞こえているのはガウリィ本人の声じゃない。おそらく魔族が声を変えているだけだろう。
そしてあたしじゃなくガウリィが結界の呼ばれた理由。…でも違う。彼は呼ばれたんじゃない、捕らわれたのだ。あたしを『呼ぶ』ために。
そして、こんな回りくどいテを使う魔族なんていったら……


どばんっっ!
あたしはしばらく神殿内を駆け回ったのち、例のじーさんに言われた通り奥へ――すなわち大聖堂の大きな扉を勢いよく開け放った。
赤の竜神スィーフィードの像が、真っ先に目に入ってくる。ガラス張りの天井からは、日の光がその床の上にたゆたゆうように降り注ぎ、無人の聖堂を飾り立てている。
そしてその一番奥。本来ならば司祭の教卓となっていたであろう場所に、彼は腰掛けていた。
「…ひさしぶりね。」
「ええ、リナさんこそ、御無沙汰してます。」
聞きなれた声に、いつもと変わらぬ口調。漆黒の神官は、教卓から降りると小さく礼をしてみせた。
相変わらずの微笑を浮かべた、意味のない表情があたしにむけられる。
「…ガウリイはどうしたの?」
「彼なら街へ返しました。」
「?」
神官の言葉に、あたしは眉をよせた。
彼はあたしを殺しにきたはずだ。
上からの命によって、覇王が動いたのと同時に。
全ては計算されていたはず。
(あのじーさんも、きっとこいつの部下ってところかしらね……)
そう、そのはずだ。なのに、なのになぜ――
「どういうこと?」
あたしは素直に聞き返した。
あたしを殺すなら、いや、思い通りにしたいのなら、ガウリイを開放するわけがない。彼の存在は、あたしを釣る格好の餌なのだから。それとも――
「あたしを…殺しにきたんじゃないの…?」
その問いに、神官は――ゼロスは少しばかり肩をすくめると二・三歩こちらへと歩を進めた。そしていきなしクスクスと笑い出したのだ。
「な、なによ! 一体」
「い…いえ」
言いつつもそのまま笑いつづけるゼロス。
あたしは調子をくずされて思わずどなっていた。
「リナさん、この先の街で老人に異界黙示録の話を聞いて来たんでしょう?」
「…そ、そうよ」
教卓の後ろの壁に彫り込まれたレリーフが視界にはいる。
「あの老人、実をいうと訪れる旅人全員に、誰彼かまわず声をかけてるんですよ」
「は、はぁ!?」
「まあもっとも、話にのったほとんどの人達は、森に居着いたレッサーデーモンのせいで命をおとしたようですけどね」
――って、をい、とゆーことは今回のって…
「リナさんの勝手な早とちりってことですかねぇ。ま・思わせぶりにガウリィさんの声であなたを呼んだ所為もあるんでしょうけど。ふたりで話すには彼がいるとなにかと煩わしいかと思いまして…」
「………………」
うがあぁぁぁぁぁぁぁ! あたしの今までの緊張感をか・え・せ・えぇぇっ
「つまり、あんたもあのただのじーさんから情報を得て、ここまできたってわけね。」
「ええ、前回は途中で瞑王様の計画が入ったので一時中断となりましたが、基本的に当初からの目的は変わってませんし」
さ、さいですか。ああ、あたしとしたことが……
「で? 実際にあったの? 異界黙示録の写本は」
「ええ、ここに。」
「?」
ゼロスが指さしたのは、聖堂のレリーフだった。天の御使い達が描かれた、別段どうということのない絵である。
「あれがなによ?」
「あのレリーフ自体が写本なんですよ。かなり昔の魔術で仕掛けがかかっていましてね。魔術士があそこに立てば、その魔力に反応してレリーフに写本の内容が浮き上がるというものみたいです。」
「凝ってるわねぇ、で? また前みたいに内容は教えてもらえないってヤツ?」
「ええ、まぁ」
にっこりと彼は笑うと、そう言って人差し指をたて、“言っても仕方のないことですから”と付け加えた。
昼下がりの、白亜の神殿。こんな形で彼と再会するとは思っていなかった。
いや、知っていたのだ。あたしはこの日が来る事を…
「そういえばリナさん」
「なに?」
黒の法衣は、どこかとぼけた口調で話すゼロスとは正反対にあるかのように、静かに彼の足元まですらっとおちている。
「また…ですね」
「そうね」
彼もまた気付いていたのかもしれない。あの日別れ際に残したセリフは、わずかに間違いを含んでいた事に。
「あの時も、あたしが首をつっこんだ先で、異界黙示録の写本を捜してたあなたとはち会って…」
「ええ、でもそれは僕がリナさんと接触しろと命が下る前のことで」
――誰に仕組まれたわけでもない、本当に偶然の一瞬…
「ま・こういうのを運命というんでしょうね」
ゼロスのことばに、あたしは思わず笑った。
「なによ、魔族のくせに人間っぽいこといってんじゃないわよ。」
――例のきまぐれな“あのお方”とやらに導かれた運命でもない。
“もう会わないことを祈って”
あたしはあの時、ゼロスの言葉につられてそう言葉をかえした。でもちがう。
あたしはつかつかとゼロスの前まで歩み寄っていった。
「祈ったって、会っちゃうもんは会っちゃうんだから。…偶然にね」
「そうでしょうか?」
「じゃあなんだっていうのよ」
首をかしげてみせる。
白い面にうかんだ微笑を瞳に捕らえて、あたしはまっすぐにゼロスをみていた。
「わかりませんか?」
「だから運命だとかなんとかキザなこと言ってんじゃないってば」
「いいえ――」
とたん、動いた雲によって日の光がさえぎられた。
あたしの視界からほんのわずかの間、光が消える。
同時に頬に当てられた彼の手すら気付かなかった。
いや、気付いていただろうけど、理解するまでに時間がかかったのだ。
いまの、あたしとゼロスの状況を理解するまで…
「“奇跡”なんて言葉も、ありましたからねぇ」
ほぼ囁くのと同じくらいの響きで、耳元で聞こえた言葉。


――幾千年、時を経ようとも出会う偶然――
――それこそが奇跡と呼ばれる、ひとつの偶然――


「リナ!」
森の入り口まできたあたしを、ガウリイは心配そうな顔をして出迎えてくれた。
「大丈夫だったのかお前!」
「ガウリイ…」
「心配したんだぞ! なんかいきなりおかしな気配を感じたと思ったら、突然街まで戻ってるし、もう一回ここまできてもまた街にでるしっ! 神殿で一体なにがあったんだ?」
「あ…、えと」
なにが……って
あたしはおもわず唇に手をやってしまった。冷たい感触がまだのこってる。
「い、いやぁ、ちょっぴし魔族なんかがいちゃって、あ、でも大丈夫よ! ザコだったしテキトーに滅ぼしてきたから」
「リナ…」
まっすぐにあたしを見つめるガウリィ
「なんか隠してるだろう」
う゛…。
「じ、じつはぁ…。魔族とドンパチやって……神殿破壊しちゃった♪ テヘ。」
ま・たしかに神殿はゼロスが壁ごと壊しちゃったから半分うそはついてないど。
しかしガウリイはなんの疑いもせずに、あたしの頭を撫で付けた。
「そんなこったろうと思ったよ。ったく、あんまり心配かけさせるなよ」
「わ、わかってるってば!」
ったくいつまでたってもあたしのことをお子さまだと思って。
「ほら、とっととじーさんのとこ行くわよっ!」
「お前まだ報酬もらう気でいるのか?」
「当然よ、レッサーデーモン倒した分はきっちし払ってもらうんだかんね!」
言ってあたしはこの森をあとにした。
きっと、今離れればもう出会うことのないだろうパートナーと共に…


――幾千年、時を重ねようとも出会う奇跡――
――どんなカタチになっても、巡り合うことをやめない奇跡――


―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐
ふぅ〜、終りましたぁ。あぅー、すいません投稿二回目ですぅ。調子にのって書いてしましました……。
前回で今年いっぱいはもう書かないといっておいて、ちゃっかり投稿する私。
受験生なのにどうしましょう。
えっと…、今回のお話は第二部のシェーラちゃんが登場した後です。だから一応、何巻のあと…というのはありません。
がんばってゼロリナを意識しましたぁぁぁ、これが精一杯です。これ以上は進展しません…。
べたべたいちゃつくのはキライなんです私……。
こんな愚作ですが、読んで下さる方がちょっとでもいらっしゃると嬉しいです。
それでは。