◆−コンチェルト6−神代  桜(10/14-13:47)No.8056
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8056コンチェルト6神代 桜 10/14-13:47



「……途切れたわ。」
藍のヴェールに覆われた夜空に、小さく細い剣のような月が浮かんでいる。
その下にある小さな丘の上に、大きな白いテーブルが置かれていた。
「気付いたのかしら?」
「まさか。あなたが思うほどあの娘は敏感じゃないわ。」
かちゃり…と、対になった椅子に腰をかけながらカップをソーサーに置くと、ルナは顔をあげる。
「運がいいんだか悪いんだか……、よりによってあの耳飾りを外すなんてね…。誤算だったわ。」
くすくすくす…
「なに?」
嘆息をもらして、その赤みのかかった藤色の髪をなでつける彼女は、不意に相手がもらした声に眉をよせた。
「あるのね。あなたでも“誤算”だなんて。」
「なによそれ。それより問題はリナたちの方よ。耳飾りをはずされたらこっちには向こうの情況が判らないわ。」
まったくとばかりに頬杖をつく彼女。
今日の風はさらりと流れて肌に心地よい。
「妹の私物に細工なんかするからよ。なんなら私の方に届いてるあの子たちの情況、映像にでもして水晶かなにかに投影してあげましょうか? あなたの【ミス】くらい、いくらでも私が補ってさしあげてよ?」
パキッ
をほほほほ…、とばかりに涼しげな顔で笑うゼラスに、思わずルナのカップの取っ手が乾いた音をたてて取れた。
「結構よぉぉ?…」
にこり。
(たしかリナは片方しか外してないはず。なら、音声くらいはひろえるかしら…)
思い、作業に入りかけたところで…
「…………。」
ルナはゆっくりと、向かいで高く足を組んでいる彼女に向かって顔をあげた。
「どうして邪魔をするの?」
いくら人類最強とはいえ、人間であることにかわりはないため『視る』ことはできないが、おそらく精神世界面の方になにか壁でも造ったのだろう。とたん、妹の存在を感じられなくなった。
すると銀髪の女性はうっすらと笑みを浮かべ
「ちょっとね。二人の世界にはいっちゃってるようだから、私たちが監視するのもヤボかなと思って。まぁ、話が本題にはいったらちゃんと精神世界面〈そっち〉にはった結界も解いてあげるわよ。」
(言いながら自分はちゃっかり見てるんじゃない。)
楽しそうにしながらメレンゲ菓子に手をつけるゼラスを見据え、ルナは毒づく。
しかしそうなのであればこちらとしては面白くない。
(徹底してこちらに注意を引かせてやるんだから。)
話題ならいくらでもある。ゼラスの張り巡らしている罠も策も…、そして彼女の獣神官の行動も。
このゲームのルールは、昼間ゼラスが言っていたことだけではないことくらい、ルナはもう気付いていた。
もともとこの獣王の持ち出したゲームには矛盾があったのだ。
ゼロスとリナの力の差をみれば、どちらが負けるかは一目瞭然である。もしこれが彼女のいうように周りへの示し合わせのためなのであれば、これで海王や覇王たちが納得するはずもない。
すなわちこのゲームの本意は…
(一方が他方へ屈することではなく、どちらかが相手をだしぬくこと…)
つまり、リナはただの時間稼ぎの役目しか負ってはいない。ルナが、ゼラスの真意に気付くまでのただの時間稼ぎとしてしか……。
(でもなにを――?)
今の彼女にはそう問いかけるしかない。
互いに相容れぬものなのであれば、自分の手の内など相手に気付かれなければないほど、都合のよいことはない。
(はずなのに…)
ルナは冷めた紅茶を再び入れ直した。
ケトルを持つ手は思いのほか落ち着いている。彼女はティーポットに注がれる湯を見つめながら、冷静さだけは失わないよう努めた。
動揺は時に事態を見通す妨げになる。自分で墓穴は掘りたくはなかった。
「…パンドラの箱という話を知ってるかしら?」
「……!」
自分でもなぜ今そんな話題が飛び出してきたのかはわからなかったが、ルナはとりあえずそんな質問を投げかけ……、向かいで面食らっているゼラスに首をかしげた。
「なに?」
「……姉妹って、五感まで共有してるわけ?」
「は?」
“それはあなたの魔王たちの話でしょ?”言いかけたがルナはそれを声にはださない。まさか向こうも本気で聞いてきているわけでもあるまいし。
「…ちょうどリナちゃんの方も、ゼロスに同じ質問をしてるわよ?」
「……あ、そう。」
あるだろう、そんな偶然くらいは。
胸中でそんなことを思うと、彼女一応話をつづけてみた。
「あの箱…、結局なにがはいっていたのかしら?」
「絶望と希望でしょ?」
あっさりとした答えがかえってくる。別になにを期待していたわけでもないが。
「だとしたらおかしいとは思わない?」
「なにが?」
――芽吹いたばかりの青葉は風に揺れ……
「箱のなかに相対する有と無がはいっていたのよ?」
「まるで混沌の海のように…?」
「そう…」
――隙間からかすかに漏れたような月明かりに照らされ……
「そして、箱は開け放たれた…。絶望は世界を覆い、人々は悪夢に苛まれ……。けどそこから人々を救ったのは…」
「たったひとつの希望だったかしらね。」
――静かな空間に響く声は重なり……
「なぜ幾多の絶望の中から、ひとつの希望だけで救われたと思う?」
「さあ?」
この話にさして特別な意味はないと感じたのだろう。ゼラスはつまらなそうにしてテーブルに肘をつくと、その手のうえに顎をのせた。
「世界はすべて対立だらけだわ」
「……」
かすかにゼラスはルナの方に注意をむけた。
不意に話題がとんだこともあったが、彼女の声に僅かばかりの意味深な響きがこもっていたことに、ゼラスは興味を引かれたのだ。
「夜がなければ昼の明かりは感じられず、冬がこなければ春の訪れを目にすることもない……。
片方が存在しなければ、一方の存在は感じられないの…。わかる? 対立するものが絶えずたわむれていなければ、世界は止まってしまうのよ…。」
「…たったひとつでも、『希望』の“存在”を感じたことによって救われた…と?」
「――かも、しれないわね」
寝静まったしずかな街がふもとに広がる丘の上。
ルナは小さく微笑をうかべると、紅茶の入ったカップにミルクを注いだ。
「…ながいわね」
「なにが?」
「リナ達のこと。」
熟すにはまだ少し時間のかかる実をふんだんにつけた木々は、風が吹くたびに太い枝の手を大きくざわめかせている。
くすくすと漏れる笑い声はその葉擦れの音に掻き消えて…。やがてゼラスは口を開いた。
「気になる?」
「いいえ、私が心配しているのはあの子じゃないわ。」
――悩みのタネはあのエルフの血を引いた剣士の方…
「彼…、最近めっきりと姿がないようだから。」
「ああ、依然フィブリゾが人質にしたあの…。」
白々しく返事がかえってくるのを傍らに、ルナの方は思慮を巡らせていた。
あのガウリィとかいう剣士が役に立つとはもとより考えてはいなかった。
いくら光の剣の使い手だろうと、魔族に対して敏感であろうと、しょせん人間は人間。魔術も心得ていなければ、魔族との駆け引きにも使えないあの男に、利用価値を見出せという方が無理なのである。
それに輪をかけて厄介であったのが
(リナが彼を側においていたこと…)
確かに一度走り出せば歯止めのきかなくなる彼女に、彼は必要だった。ただしそれは…
「人としてのリナちゃんには…ね。」
「ええ。」
こちらの考えを引き継ぐように言ってきたゼラスを一瞥すると、ルナは紅茶を一口飲んだ。
ゼラスのいうとおり、人としてのリナに彼は必要不可欠であった。しかし
(リナ・インバースにとっては…)
魔族が認めたであろう彼女にとっては…
(ただの足枷…)
はぅっ、と息をはいた。
ここ二年。彼がゼロスの張った結界の中を行ったり来たりしていた事は知っていた。そしてまた、リナも本人の気付かないうちに結界の側へ近づかないように細工されていたのも、彼女の耳には届いていた。
「本当はね…」
ルナは静かに告げている。
「リナが二年前に一度もどってきた時に彼と一反別れたと聞いて、いっそ彼を殺してしまおうかと思ったのよ」
ふふっ、と笑いながらも言っていることは殺伐としていた。
「でもそんなことしたら後味わるいでしょう? だから仕方なく放っておいたんだけど…」
風が少し冷たくなってきた。持参していたショールを肩にかけ、呟くルナ。
ゼラスもまた、静かに聞いていた。
「私はてっきり彼を瞑王と同じように囮にするんだとばかり思っていたわ。まさか、あんな使い方があるなんて思っていなかったから……。」
ざぁっと、風が草をゆっくりと凪いだ。
月明かりはどこまでも細く細く、その地を照らし……。沈黙の二人を淡く包んでいる。
「彼はもう…、手遅れなのでしょう?」
「ええ、気付くのが遅かったわね…」
(あ……)
ルナは一瞬、手にもったカップを落としそうになった。
いま気付いた。このゲーム…。これに張り巡らされているのは今まで彼女が気付いてきたことでも、まだ足りてはいない。
「ゲームが始まったのは今夜…。けれど。」
うっすらと相手の面に浮かぶ微笑。妖艶で美しく、どこまでも冷たい――
「ええ、下準備のお知らせまでは…する必要もないかと思って……。ずっと用意していたのよ? このゲームのために。そう、二年も前からね」
そんなことは知っている。ただ、読みが甘かったのだ。
ゼロスの結界は、ただリナたちを引き離すためだと思っていた。ゆっくりと時間をかけて二人の溝をつくり、今日、リナを壊すために。しかし――
(それだけじゃなかったのね…)
「終わっても終わっても、終りのこない遊び…。そうよね?」
――まるで塔の高さ争いのように…
「終わったとみせかけて、海王がでていくのを待って…」
――高くすればするほど、相手も作業をやめない。
「そうして、瞑王のいた位置に立つつもり?」
“三つ巴の現状から抜け出すために”しかしその問いにゼラスは微笑を浮かべただけで、答えはなかった。
「もうわかっているでしょ? このゲームの真意は。私をだしぬいてくれないと、休戦にはならないのよ。」
すなわち、海王を動かせない…と。
ルナにはもうだいたいの把握はできていた。
このゲームのだいたいの目的は、ゼラスが覇王と海王の上に身をおくこと。
そして、彼女をだしぬくことはすなわちリナがゼロスから逃れること。
今のリナの現状はルナの時間稼ぎとしての荷が下りただけのこと。彼女の仕事はまだ残っている。
(次は、リナ自身の時間を稼ぐこと…。)
月が丁度、南の空へと傾いた。
数週間前に、セイルーンの諜報員が、第二王女アメリアの名でこの地に来たことをルナは思い出していた。あの時、諜報員である彼にリナの位置と、これから行くだろう予想地を告げておいたのだが…
(どうやら彼女たちも動いてくれるようね。)
ほっと、なにか安心感を感じて、ルナはひとり苦笑した。べつに彼女たちが行ったところでリナの足枷が増えるだけかもしれないが…。
(例の光の剣士があれじゃあ、あの子を支えてくれるのは彼女たちくらいだし…)
胸中で呟くとルナはゼラスの方を見た。
あとは、彼女の真意が自分の思っていたことより、大きくずれないことを願うだけである。
「さあ、そろそろ向こうも本題にはいるころかしらね。」
ゼラスは言った。
彼女の頭をよぎるのは、少しまえにルナが呟いた言葉。
“対立するものが絶えずたわむれていなければ、世界は止まってしまうのよ…。”
そう、たしかにそうだ。しかし…
(世界を動かすのに、対なるものは一組あれば充分なのよ――)
精神世界面にかけた結界を解いてやる。
月明かりの下の丘の上。くすくすと笑い声だけが響いていた。

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………。こ、こんにちはでございます。コンチェルト6ですが…。
すぐしたに5があるにもかかわらずツリーにするの忘れちゃいました・・・。
って、あぁぁぁぁ! また今回もリナとゼロスが出てなぁい!! どぉいうことですの! って感じですねぇ…。
ああ、ホンット難しいです。小説なるものを書くって(しみじみ〜)


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8091こ……幸運!庵 瑠嬌 10/31-14:31
記事番号8056へのコメント


 こんにちは、庵 瑠嬌でございます。
 試験が終わって、久しぶりに……本当に久しぶりに来て見れば……まぁっ!!
 神代さんのお話の続きがっ。喜びましたよ、わたくしは!
 少し間を空けると、こういう楽しみがありますね。新しいお話が。あぁ嬉しい。
 わたくしにとって随分久しぶりになりますの、お話読むのって。
 だから、読み方も変、感想も変……そこのあたりは、甘く見逃してくださいませ。

 神代さんの、ルナさんとゼラス様の会話は、とっても好きです。格好いいじゃないですか。
 まぁ、リナさんたちの会話も大好きですけれどね。
 こっちの方が、何となく醒めていてクールな感じがするんですの。
 どんどんと、駆け引きの世界に入ってきて、読んでて快感ですわ。
 なにげに、ゼラスさまってばところどころ自分勝手で素敵。
 ルナさんはルナさんで、ポーカーフェイスの裏で、奮闘していらっしゃるし……。

 この先がどう展開されるのか、とても楽しみにしております。
 お互い受験生ですから、時間は足りないのでしょうが……早めにまた、続きを書いてくだされば、嬉しいですわ……。
 それでは失礼をば――……。