◆−想う心 前編(再)−三剣 綾香(12/4-18:34)No.8278
 ┗想う心 中編(ちゅうのそのいち かも………)−三剣 綾香(12/4-18:43)No.8279
  ┣想う心 中編そのに (も、あきらめた………)−三剣 綾香(12/4-21:39)No.8280
  ┃┗想う心 中編そのさん−三剣 綾香(12/4-21:47)No.8281
  ┗想う心 後編−三剣 綾香(12/4-21:51)No.8282
   ┗感動しました・・・−P.I(12/5-00:37)No.8288
    ┗ありがとうございます−三剣 綾香(12/5-13:15)No.8297


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8278想う心 前編(再)三剣 綾香 12/4-18:34


皆さんこんにちこんばんわ。
三剣 綾香です。
今回は、裏「もり」の続き。旅の空のリナちゃんです。
旅に出て約2年半(細かいな)くらいたった頃の話です

この森の巫女にまつわる話はこれがラスト。
裏編はやっぱりちょいと重めのお話です。
しかも裏「もり」を読んでないといまいち前後の脈絡がつかめません。
今まではちょこちょこ説明しながら書いてたんですが、だらだら長くなっちゃう為、リナがなんで一人旅なのかとかの背景は今回割愛してますので。
と、言う訳でそれでもなおかつ読んでくださるという、寛大なそこのあなた!!
寛大ついでに裏「もり」から読んでくださるとしやわせです。


そんでは

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「想う心」   前編



紅い瞳、栗色の髪。
覚えているのはただそれだけ。
遠い記憶――あれは誰?


少年は視線を感じて立ち止まった。
――誰かが見ている。誰が?
「誰も見てる筈なんか無いのに」
そう。誰も自分なんか見ない、誰も。
十日前に死んだ母親だけが彼のたった一人の家族だったのだから。

――?
また。

くるりと振り向いた先にいたのは一人の少女だった。といっても少年よりは大分年長のようだったが。
「おねえさん。誰?」
「え?」
少女はびくっと身じろいだ。まさか気付かれるとは思っていなかったようだ。ましてや声を掛けられるなどとは。
声を掛けた少年のほうも驚いた。声を掛けるつもりなど無かったのに。
「あたしは……」
少女の異様な緊張が彼にも伝わる。気を飲まれて思わずじっと見詰めた。
「……ただの旅人よ」

――?

少年の視線を避けるように目を伏せながら少女は呟くように答えた。
その仕種にも言葉にも覚えがある様な気がして少年は激しく瞬く。
「いつから……気付いてたの?あたしが見てた事に」
「いつからって……あそこのかどの所におねーさんが来た時から。」
微かに感心したような気配が伝わって来て、少年は心持ち得意そうにした。
気配を感じたり、勘を頼りに動いたりするのは彼の才能だったから。
「もう遅いよ。おねえさんが送ってって上げるから、早くおうちに返りなさい?ぼうや。」
うち……今は誰もいなくなってしまったあの家。
母さんと過ごした小さな家。出来れば返りたくなかった。夕闇迫るこの時間には特に。
明かりの点いていない家には帰りたくなかった。
「どうしたの?ぼうや、家出少年かなんかなの?」
不思議そうに問いを重ねる少女に心の内を悟られまいとするように叫び返した。
「ぼうやじゃない!!僕はもう12なんだから!!それに、僕がぼうやならおねーさんだって子供じゃないか!!」
少女は苦笑する。瞳に痛そうな光が射して、少年はどきりとした。かなしげな雰囲気が少女を儚げに見せていた。夕闇にとけそうなほどに頼りなげに。
「コドモ、ねえ……そう言われるのも久しぶりねぇ……」
言って遣る瀬無さげに髪を掻き揚げる。
子供の目にもどきりとするような艶めかしい仕種だった。
「ね。おねーさんいくつに見える?」
一瞬の内に今までの雰囲気を変える少女。悪戯っぽく少年を見据えた。
その突然の変化に少年はついて行けずに戸惑う。
「ね。」
「い、いくつって……じ18くらい?」
恐る恐る答える。
女の人って年を聞かれると怒る者なんじゃないのかなぁ?
……母さんも嫌がってたし。
しかし少女は楽しそうに人差し指をピコピコ振って見せた。
「ぶっぶー!はっずれでーす!! 答えはぁ」
「答えは?」
「今年で118才でーす。」
「はぁ?」
少女の物言いにとことん胡散臭げに少年は問い返した。
「うそつきぃ〜」
「あら、ばればれ?」
心底信じていないという目でにらまれてくすくすと少女は笑い、口元に握りこぶしで少女は少年を見下ろす。
「当り前だよ!!」
からかわれたと肩を怒らせてつんっとそっぽを向く
くすくすと笑いながら少女は謝った。
「ごめんって。ホントのホントは28」
少年は目を見開く。
「おば…」

どこっ!!

「それ以上は言っちゃだめ♪」
年を聞いてつい禁句を口走りそうになった少年を少女はいや、その女性はげんこつと共ににっこりと遮った。
身を屈めるように少年の顔を覗き込む。
今の一撃、気配を感じられなかった……。しかも彼女の目は少しも笑っていない。
「い・い・わ・ね?」
「は、はい!」
痛む頭を押さえて少年はこくこくと肯いた。その瞳に脅えの色が浮かんでいても誰も彼を責められないだろう。

「さて」
「?」
彼女は勢いを付けて屈めていた上体を起す。疑問符を載せて見つめ返してくる少年に微笑みかける。
「帰りなさい?まさかホントに家出少年な訳けじゃないんでしょ?」
反抗するように下を向いた少年の頭を彼女はそっと撫でる。
やわらかな手つきはまるで母親にそうされているような錯覚を起させた。
と同時に違和感を覚える。
この手を知ってる……?
伏せていた顔をがばっと上げる。
「おねえさん!!僕に会った事ありませんか?!」
「ない……と思うけど?」
なんで?
聞き返されて首を振る―――わからない。

「もう遅いわよ?」
再び促される。
「帰りたくないんだ」
少年はうつむいた。
半ばからかうように少年を見詰めていた少女はその様子に表情を改める。
「どうしたの?」
声の調子が変化する。少女のものから、母親特有のやわらかな響きに。
「帰りたくなくても帰らなくちゃ。もう暗いよ?」
「おねえさん今晩はどこに泊まるの?」
唐突な問い。
泊まるとこ決まってないなら僕んちに来てよ。
縋るように見詰められて少女は困った顔をする。
「突然行ったらお家の人に迷惑でしょう?」
諭すような声音に少年は寂しそうに首を振る。
「いないよ、だれも。もう、だれもいない。」
一言一言区切って自らに言い聞かせるように答える。
母さんは10日前に死んだから。
その言葉に少女は察する。ああ、この子は明かりの点いていない家に帰りたくないんだ、と。
一人の部屋で眠りたくないんだ、と。――あったばかりの人間にこんな事を言ってくるほどに。
うつむく少年の姿に微笑みが浮かぶ。どことなく寂しげな微笑みが。
母親を亡くした少年の姿に彼女は今は亡き自分の子供たちの姿を重ねていた。
あたしがいなくて、あの子達もこの子みたいな思いをしたのかしら……。

小さな溜息。
普段の彼女なら初対面の人間――たとえ子供であっても――にここまで心を許す事はない。
けれど目の前にいる少年には不思議なほどに警戒心は起こらなかった。
亡くした子供を重ねていたからかもしれない。
ああ、あたしはあの子達がこの子くらいの頃を見ていないのだ、寂しくて泣いた事もあっただろう小さな肩を抱いてやる事もかなわなかったのだ、と。
罪滅ぼし、そう明確に思った訳ではない。けれど、子を亡くした母親と、親を亡くした子供の間にはなにか通じるものがあったのかもしれない。
「じゃあ今日はお世話になろうかな?」
「ほんと?!」
ぱっと顔を輝かせる少年の姿に一瞬誰かのイメージがダブる。
あれ?
少女は瞬く。
「僕はガイア=ルー。お姉さんは?」
無邪気な問いかけ
「リナ。リナ=インバースよ。」
ぴくっ
少年の肩が小さく震える。
次いで不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
ふるふる
少年は首を振って笑う。
「なんか思い出しそうだったんだけど……いいや。忘れちゃった。」
えへへ。
ガイアはかしかしと頭を掻いた。
そして気を取り直したようにリナの手を引っ張る。
「――こっちだよ!!おねーさん!!」

かくして。
子を亡くした母親と、親を亡くした子供の奇妙な共同生活は始まった。
瞬く間に一週間の時が流れる。
ガイアはまるで母親に甘えるように何の衒いも無くリナに甘えた。
リナもまた、我が子に注ぐ事のかなわなかった愛情を注ぐかの様にガイアに接した。
二人はまるで本物の親子のように暫しの時を共有していたのだった。
けれど夜になり、間借りしている部屋に戻るとリナは思うのだ。
こんな生活をしていて良いのかと。このまま共に暮らしていたらガイアの寂しさを冗長させるだけなのではないかと。
彼女にはガイアを夫や子供たちの代わりのはけ口にしているのだという罪悪感があったのだ。
「――さん。おねーさんてば!!」
「え?」
食事中、ぼんやりとしていたリナは心配げなガイアの声に我に返った。
「あ?ああ…なんでもないの」
いって安心させるように笑ってみせる。そこに射す微かなかげり。
「そう?」
尚も心配そうにリナを見詰める蒼い瞳。
「――え?」
リナは瞬く、慌てて見直すと少年の瞳は間違いなく琥珀色だった。
目の錯覚かな?
一瞬蒼く見えた。心配そうに自分を見る目はすべて蒼く見えるようにできてんのかしら、あたし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
と、ここできります!!

何やら前中後編の様相……おとなしく第一話!!とかにしておけば良かったかもです。

つつきは書き途中なんですが、自分を急かすために載せてみました。

では
綾香でした。

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8279想う心 中編(ちゅうのそのいち かも………)三剣 綾香 12/4-18:43
記事番号8278へのコメント

お久しぶりでございますぅ……
引越し完了の綾香です!!
電話の接続するまもなく早ふた月………
すみませんん
急かす為に載せるとか言ってぜんぜんせかされてませんでしたね(^^ゞ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

想う心


そして、何事も起こらない日々が幾日か過ぎたある日のこと。

「遊びにいってくるね」
そういってガイアは出かけていった。
洗濯をしながらリナは微笑んだ。
「ちょっとは落ち着いてきたのかしら」
一緒に暮らし始めて半月余り、ガイアは片時もリナのそばを離れなかった。
ほんの僅かでも一人になるのを恐れるように常にリナのそばにいた。
一人で出かけていこうと言うのは初めてのこと。
子供の回復力は速い。
彼の心の中では既に、母親を失った心の傷が癒えかけているのだろう。
「あたしの役目もそろそろ終わりかな?」
互いに癒し癒された半月。そろそろ離れる時期なのかも知れない。
「――あたしに保護者なんて柄じゃないもんね」
彼女は何時だって守られていた、彼女のただ一人の保護者に。
自らが母親となった後も、眠りについた後も、ずっと。
「あたしにはそばにいてあげるしか出来ない、あんたのようにはできそうにないよ―――ガウリイ」
洗濯物が白く翻る空は今はもう遠い彼の人を思い出させた。
涙がこぼれそうになる。
「ガイアは……大丈夫そうだけど、あたしはまだまだだめみたいだよ、ガウリイ」
意識しないままの語りかけ。無意識のうちに心の中で語り掛けていたことに気づく。

がうりい、

がうりい、

―――がうりい…。

返るあてのない呼びかけ。

こんなことじゃいけない、あたしらしくしなきゃ、何時までも後ろを気にしてるなんて絶対あたしらしくない。
そんなことはわかっている。わかっていたけどどうしようもなかった。
自分の肩を両手で抱きしめる。
日差しはやさしく降り注ぐ。なのに寒くてたまらなかった。

―――夕方。
うたた寝をしていたリナはキッチンのテーブルで目を覚ました。
辺りは既に薄暗く、家にはリナのほかに誰の気配も無い、ガイアはまだ帰っていないようだ。
「―――明かりつけなきゃ」
明かりの付いていない部屋に帰るのをあんなにいやがっていたガイアの為に。
でも、日が沈み、あたりに闇が落ちる時分になっても小さな少年は家に帰ってこなかった。
包丁を使うリナの心に不安が忍び寄ってくる。
何かあったんじゃないだろうか……夕食の支度もそのままに探しに出ようと身を翻した先に小さな人影が立っていた。
反射的に怒鳴りつける。
「どこ行ってたの!!!こんな遅くまで、何にも言わないで!!心配するでしょうが!?」
少年はびくっと一瞬身を竦ませて、それから笑った。
怒られているのはずなのに、なんだか嬉しそうだ。
にこにこと笑顔を返されて毒気を抜かれたリナは溜息と共に尋ねる。
「―――で?今までどこに行ってた訳?」
「やまんなか」
山?
「今までずっと?」
ガイアは大きく肯いた。
「今年はちょっと遅いみたいでさ。探すのに手間取っちゃった」
はい。後ろ手に持っていた小籠をリナに差し出す。
その中にあるのは小さな紫色の何か。
「これは……?」
受け取りながら軽く首をかしげるリナにガイアは心なしか得意そうに胸を張った。
「森葡萄っていうんだよ」
森葡萄?
「って、森の宝石、珍味中の珍味って言われる…あの?」
こくり。
あっさりとした肯定にリナはぼんやりと籠を見る。
ガイアはこともなげな様子でいるが、同じ重さの金と取り引きされるとさえ言われる希少なものだ。相当苦労して探してきたに違いない。―――泥だらけの衣服がそれを物語っている。
これだけ集めるのは大変だったろう。

「これ………あたし、に?」
「うん。―――おねーさん最近元気ないし、どうしたら元気になってくれるかなーって思って。」
それで山まで出かけたのだ。一人になる怖さよりも、元気の無いリナが心配だったから。
「おねーさん僕になにも話してくれないカラ僕に出来ることってこのくらいしかないもの」
「………」
「森葡萄ってね、とっても栄養価が高いんだって。これ食べればきっと元気になるよ」
ね?
無邪気なほど純粋な瞳でリナを見詰める琥珀色の瞳。
くしゃくしゃと頭を撫でてやると嬉しそうに笑って、手に擦り寄るようにする。
「……ありがとう」
「――――元気でた?」
「ん。出た」
深呼吸を一つしてリナはガイアのお尻をはたく。
「着替えて、お風呂に入ってらっしゃい。もう直ぐお夕飯だから」
「はーい」
リナの手に押されるようにガイアは部屋のほうへと走っていった。
その背中を見詰めてリナは苦笑した。
―――“何も話してくれない”、か。
別に話さなくても良いと思ってた。
ガイアはガイアのことで精一杯だろうと思っていたし、あんまり明るい話でもないからわざわざ話してガイアの瞳を曇らせることもないだろうと思っていたのだ。
何も話さないままのリナをガイアが心配していたとは気が付かなかった。――――ましてやそれを悲しんでいたとは。

“悲しいことも、苦しいことも、誰かに話せば少しは減る”
ここにきた当初、リナはそう言ってガイアの話を聞き、心を癒すきっかけを作った。
ガイアは彼なりのやり方でそれを真似てリナの心を癒そうとしてくれたのだ。
「――確かに……あたしは子供なのかもね」
大丈夫って強がってそのくせ周りの人に心配させてる。
自分のことしか見えていない、子供。


自嘲の溜息と共にリナは夕食の支度へと戻っていった。

「―――あたしの話を聞きたい?………なんでふさぎ込んでたのか、知りたい?」
夕飯の後。
食後のお茶と共にリナは尋ねた。
唐突な問いに驚いたように目を見開いたガイアは、暫くして真剣な瞳で肯いた。
「おねーさんが話してくれるなら。おねーさん“悲しいことも、苦しいことも、誰かに話せば少しは減る”って教えてくれたでしょ?僕が聞くことで少しでもおねーさんが元気になれるんなら、聞きたい。聞かせて欲しい」
聞いて欲しい?
逆に問い返される。
リナは苦笑だ。
「聞いて欲しい」
「じゃあ聞きたい」

長い話になるから、そう言って二人は暖炉の前に場所を移す。
毛布に包まって、湯気の立つカップを抱えて、身を寄せるように座った。

「―――どこから……話そうかしらね…………」

ぽつりぽつりとリナは語り出す。

ガウリイと出会って、人が一生で経験する何倍もの事件を二人でくぐりぬけて。
どんなにかガウリイの存在が支えだったのか。

愛し合って結婚して、可愛い子供が生まれて。
そこに辿り着くまでに長い長い時間がかかったけれど、今思えばそんな時間さえどんな宝石よりも大切なものだった。

幸せな時。

そして、――――突然の別れ。
目覚めて知った、愛しい者達の、死。

自分らしく、そう思い続け、それでも過去から抜け出せずにいた、苦しい旅の空。

そして出会った、近しいものを亡くして悲しむ、自分と良く似た瞳をした少年―――ガイア。

「―――僕?」
「そ。あんたと一緒にいることが傷を舐め合うことだってのはわかってた。そしてそれが良いことじゃないってこともわかってた。それでも身近に誰かの温もりを感じていないと、本当にどうにかなってしまいそうだったの。」
夕闇の中、頼り無げに見えた小さな肩。
側にいて上げたかった。
それ以上に、側にいて欲しかった。

でも、時間が経つうちにガイアを亡くした家族の身代わりにしてるんじゃないか、そう言う罪悪感を覚え始めた。
ガイアの悲しい心に付け込んでいるんじゃないかと思って苦しかった。

「そんなこと無い!!代わりにしてるなんてそんなこと無いよ!!――――だって、おねーさん叱ってくれたじゃない」
思わず怒鳴ってしまうほどに、心配してくれたじゃない。
「あの気持ちが嘘だなんて、僕は信じないよ」

ガイアは空のカップを置いた手で、リナの手を握に微笑んでみせた。
「家族を失った悲しみの中でも他人にここまで優しく出来る、深く思いやれるおねーさんを僕は尊敬するよ。」
おねーさんに会えたおかげで僕は僕を取り戻せた。
母さんが生きていた頃の僕がどういう奴だったのか思い出せたんだ。
全部おねーさんのおかげだよ。
本当にありがとう。
だから身代わりにしてるなんてそんな悲しいこと、なきそうな顔で言ったりしないで?

「ガイア……」
言葉を捜すようにたどたどしい言葉で、それでも精一杯自分を力づけてくれようとするガイアが愛しかった。

―――愛しい?

そう、家族の代わりでなく、ガイアが、だ。
そう思えた自分にリナは驚いていた。

「ありがとう……」
リナは微笑んでガイアの頭をかき混ぜた。
「おねーさん僕子供じゃないってば」
ガイアが照れたように視線を逸らせる。
昔の彼女のように。

くすくすくす

―――え?

「おねーさん?」
「なぁに?」
「いま、わらった?」
初めて会って、一緒に暮らして、リナが声を立てて笑うのを初めて聞いた。
「笑ったよね?笑ったんでしょ?!」
なんだかリナが直ぐ側にきたような気持ちになった。
優しく微笑んで自分を見詰めていたリナは母親のようで甘えてしまったけれど、声を立てて笑うリナはなんだか可愛くて、まもってあげたくなる。
そう、リナは母親ではないのだ。
家族を亡くして、それでもなお前向きに生きて行こうとしている一人の女性なのである。
ガイアの手が自然にあがって彼女の目尻に浮かんでいた滴をそっと払った。

―――ぴく

リナが身じろいだ。
その感触に覚えがあるような気がする――――いったいどこで?
思わず身体を固くしたリナに気付かないまま、ガイアは話し続ける。
「おねーさんさえ良ければ、ずーっと一緒にいて欲しいと僕は思ってる」
せめてその痛みが癒えるくらいまでは。
「…………」
「…………おねーさん?」
「――――あ、ああ………そうね、あんたが一人で生きて行けるようになる迄はね」
「――じゃあ、一生、かな」

―――ぴく

リナは目を見開く。
覚えのある言葉

「――――……え?」
「あ、あれ?」
ガイアは自分の口を押さえて、きょとんとした。
「………」
「お、おねーさん?あの……」


笑みを浮かべるのに多少の労力が必要だった。

些細な言葉。何気ない仕種。
その全てをガウリイに重ねている。
何を見ても、何を聞いても、あの人との記憶に結び付けずにはいられない。
首を振って考えを追い出し、紛らわせる様にガイアの頭をくしゃくしゃとなでた。

「――ませた事言うんじゃないの」
「ひどいなぁ」
これでも心配してるんだからね!!

頬を膨らませてガイアはそっぽを向く。
その様子に不思議に心が安らぐのを感じた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

てなわけで中編(の1)でした…。
読みたい人わいらっしゃるんでしょーか………
はぅ…………

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8280想う心 中編そのに (も、あきらめた………)三剣 綾香 12/4-21:39
記事番号8279へのコメント

中の2………

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――?
深夜。リナは気配に目を覚ました。
誰かが彼女のベッドの脇に立って彼女の顔を覗き込んでいたのだ。
………誰……?
やさしい手がリナの額にそっと、やわらかな頬にそっと、触れていく。
ああ、なんだ。
リナは思い当たって微笑む。
こんなふうに自分に触れてくる人は他にいない。
それに何より、この気配を間違えるはずがない。
辛いときも楽しいときも、常に側にあった愛しいぬくもりを間違えることなんてありえない。
リナはもう一度微笑んだ。
「――ガウリイ……」
ぴくっ
頬にあった暖かな感触がリナの声に反応してすっと引く。
あれ……なんで離れちゃうんだろ……?
そう思いながらも、リナの意識は再び眠りの淵へと誘われて行った。

――――ぱちっ
唐突に意識が覚醒する。
目が覚めてもしばらくは身じろぎせずに天井を見つめていた。
……なんか…ゆめ…見ちゃったな。
撫でてくれる優しい手と、包み込まれるようなやさしい気配。
ガウリイはもういない。夢だってわかってるけど、幸せだった。
あたし、前はいつもあんなふうにガウリイに守られてたんだ。
昨日あんな話してたから夢見たんだな。
あたしってたぁーんじゅん。人の事言えないや。
ふふふふふ
身を起こしながら小さく声を立てる、と足元に何かの気配があることに気づいた。
「――誰……?」
聞くまでもない、この家にいるのはリナの他には一人だけだ。
そっとベッドの脇を覗き込むと、はたして床の上で心地よさげな寝息を立てていたのは家主――ガイアだった。
何時の間にここに来たんだろ。
あたしが気付かないなんてどうかしてる。――なんにしてもこのままじゃ風邪をひかせてしまう。
「――ガイア。」
「……ん……」
そっと肩を揺すると、微かに声を上げてころんと反対側に寝返りを打った。
いとけない仕種に思わず笑みがもれる。
「――平和そうな顔しちゃって、この子ってば。――ほらガイア、起きなさいガイア。」
ゆさゆさ
先程よりやや乱暴に肩を揺する。
「んん――っ。…………あれ?リナおねーさん。……何時の間に僕の部屋に来たの?」
こしこしと眠そうな仕種で目の辺りをこすりながらベッドの上のリナを見上げた。
「あんたの方が来たのよ。――どうしたの?今まで無かったじゃないこんなこと」
ベッドから滑り降りてよろい戸を開け、手を腰に当てたリナは呆れたようにガイアを見下ろした。
リナの言葉にガイアはきょときょとと辺りを見回して不思議そうに首をかしげた。
「………わかんない」
半分寝ぼけた様子で首をかしげるガイアを苦笑しつつ見やって、リナは着替えのためにガイアを部屋から追い出した。

それからというもの。

「あんたほんとにどうしちゃったの?」
「わかんないよぉ」

リナが目覚めるとガイアが部屋に居るのだ――――それも毎日。

夢遊病かな?でも昼間のガイアの様子に変わったところはないし。
ほんと、どうしたのかな。

そんなことを一週間ほど繰り返したある晩、リナは眠った振りをして様子を伺うことにした。
別に起きていても良かったのだろうが、リナが起きている間は、ガイアも寝ない。
まるで、寝ている間にリナがどこかへ行ってしまうのではないかと恐れてでもいるように。だからわざわざ寝たふりをしなければならなかったのだ。
――深夜。
夜の曲り角をとうに過ぎた、けれど夜明けにはまだ大分ある、そんな時間。

かた

――扉をそっと押し開く、音。
”――来た”

扉の隙間からそっとこちらを伺うようにしているのは――
”………え………うそ…………?”
覗いていたのはガイアではなかった。
目を閉じていたってそれくらいはわかる――――これはガイアの気配じゃない。
”これは………”
「リナ……」
ガイアの声がささやく。ではやはりこれはガイアなのだろうか。
リナの心が震えだす。
"これは……この気配は……"
やさしい手がリナの額にそっと、やわらかな頬にそっと、触れていく。
――いつかの夢と同じ。
”うそ……”
間違えようのない気配。
違えようの無い触れ方。
”ガウ…リイ……?”
身動きができない。息さえも殺してリナはその手を受けている。
長い時が流れた――――リナにとっては、だが。
がたんっっ
不意に大きな音とともにガイアの体が崩れ落ちた。
今まで手の触れられていた頬に朝のひんやりとした空気が触れ、リナは身震いをした。
身を起こしてやや呆然と呟く。
「――なん、だったの?今のは……?」
改めて床に横たわるガイアに目を移す。
ガイアだ。ガイア以外の何者でもない気配。彼女の保護者と似通ったところなど無い、ガイアの気配だ。
では、先程まで眠る(ふりだったが)リナを見守っていたのはいったい誰だったのか。
自分の体を抱きしめて、リナは途方に暮れた。

「……ん……」
しばし呆然とベッドに座り込んでいたリナは、ごそごそと身を起こすガイアの姿に我に帰った。
「ん――っ。……おはよう、おねーさん」
大きく一つ伸びをして、またやっちゃった、という表情で朝の挨拶をするガイアに返事を返しながら、リナはなんとか表情を解きほぐそうとした。

――――そして、更に一週間がすぎる。
ガイアは毎晩やって来ていた。
そしてリナもそれを待つように眠れぬ夜を過ごすようになっていた。
昼間の彼とはまるで違う気配を有する深夜の訪問者。
その気配は――――気配は、間違えようも無い。
どういう事なのか確かめなくてはいけない、そう思う端からもう少しだけ、と思う自分がいる。
まさかそんなはずないのに。
でももしかしたら。
そう思う事は止めようが無かった。

日中ぼんやりすることの多くなったリナは、いつのまにかガイアとの会話が減っていることに気がついた。
そういえば最近は以前のようにまとわり付くように一緒にいるようなことも無い。
…傷が癒えてきたのかな。
干しおわった洗濯籠を抱えてくるっと振り返ると、こちらを見ていたガイアと目が合った。
――ぴくっ
なに……?
ほんの一瞬絡んだ視線は次の瞬間ガイアの側から逸らされる。
思わずため息を吐いたリナは、自分が緊張していたことを知った。
「おねーさん」
「…………?」
いつの間にそばにいたのか、無邪気にリナを見つめてくる琥珀の瞳。
別に緊張するようなことも無い。
「おねーさんてば」
「え……?――あ、はいはい、なに?」
「もう、おねーさんてばぼんやりしてばっかりなんだから」
「ごめんごめん。ああ、もうお昼の時間なのか」
「おなかへった」
「はいはい」
やっぱりいつもと変わらないじゃない、何緊張してたんだろ?
首をかしげながらリナは家の裏口へと向かう。
物思いにふける彼女は、ガイアの様子がおかしい事に気付かない。

なんだか最近おかしい。ガイアはリナを見送りながら思う。
ぼんやりしてばっかりだとリナには言ったが、実のところぼんやりしているのはガイアも同じなのだ。
気が付くとリナの姿を目で追っている。それだけならば前もしていたが、自分でも気付かないうちに、熱心な視線を彼女に送っているのだ。
なんだかおかしい。
そうやってリナを見つめている時なんだか自分が自分じゃないような変な気分になる。
いやな気分ではないけど、自分が違う自分になっている。―――そんな違和感を感じるのだ。
リナの姿が見えなくなると急に不安になる……以前と違う不安。自分の見ていないところで彼女に何かあるんじゃないか、――――そんな不安。
ガイアは首を振って考えを追い払うとリナの後をおった。
ガイアは気付いていない――――リナと会う前はそんな大人びた仕種はしていなかったことに。

二三日が過ぎたころ。
何時ものように”彼”はリナの部屋を訪れた。
リナもやはり何時ものように眠ったふりをしたまま。
そっと彼女の名を呼んでベッドの脇に佇む彼。
やさしい、肌になじんだ気配だ。そこに居る、ただそれだけでリナは守られているのを感じる。彼女が彼女で、リナ=インバースらしくあれるように、と想う気持ちが部屋に満ちているのがわかる。
「リナ………」
ふわり
唇に何かが触れる。
それすらも覚えのある、彼女にすればついこの間まで日常的にあった懐かしい感触だ。
「起きてるんだろ?―――リナ」
呼びかける声。リナは動かない。
「いい加減にたぬき寝入りを止めないと、もっとやるけど」
きし
ベッドに這い上がってくる気配。リナは慌てて飛び起きた。
「やっぱり起きてるじゃないか」
ベッドに片膝を乗せたまま、なにやら勝ち誇ったようにこちらを見ている”彼”。
「………………」
………いや、ごまかしても仕方ない。ガイアの中の”ガウリイ”が、喋っているのだ。
「リナ?」
俯いたリナは絞り出すように声を上げる。
「なに……やってるのよ、あんた」
「なにって………?」
ガウリイは不思議そうな表情で、俯いてしまったリナの顔を覗き込む。
「……なんでこんな所にいんのよ」
「なんでって……さあ」
とぼけた返答。昔のままだ。
「成仏……できなかったわけ?」
あたしの……せい…かな
「したした。もーきっちりしっかり成仏したさ。」
あっけらかんとした答え。
「どゆ、こと?」
思わず顔を上げるとこちらを見詰めていた彼と目が合う。
優しい瞳、あの頃と同じガウリイの瞳。
「お前、オレがゆーれーか何かだと思ってるんだろ」
「うん…」
「オレ、ゆーれーじゃないぞ」
「どゆ、こと?」
頭が回ってないのがわかる。リナは馬鹿みたいだと思いつつも、同じ問いを繰り返していた。
「あー、つまりだな。オレはただ、‘思い出した’だけだ」
ぽしぽしと頬を掻きつつガウリイは答える。
「思い…だした?」
「そう。第一、幽霊になんてなってみろ、お前に呪文で昇天させられるに決まってるじゃないか」
「………」
自分を想うあまりこの世にとどまった、なんて言われたら喜ぶまえに悲しむだろう、リナならば。
そして怒る。そして無理やりにでもあの世に行かせようとするはず。
「ちがわないだろ?」
「そりゃまあ………じゃ、じゃあ、思い出したってのは?うまれかわり………ってこと?」
リナが聞いてガウリイが答える。かつてとは逆の状況をガウリイは楽しんでいるようである。
「しらん」
どべっ!!
心底楽しそうにのたまわれ、リナはベッドからずり落ちた。
「なんでーっ!?」
襟を掴んで揺さぶる。
「ちょ、まてっ!!しょーがないだろ!!死んで、気づいたら今だったんだから!!」
らしいと言うかなんと言うか………
ため息をつきかけて、リナははっとする。
「ガイアはっ!?あの子はどうしたの!!」
「さあ?オレとは別人格みたいだけどな。」
のほほ〜んとガウリイは答える

「………」
はぁ
なんだか気が抜けてしまった。
「…あたし、寝る」
考え、まとめなきゃ。
「おお、そうか」
あっさりと返事を返しながらもベッドから降りようとしないガウリイをリナはベッドから払い落とす。
「あ・ん・た・は、自分の部屋に行きなさい!!」
「え〜」
「え、じゃない!!あんた十二でしょが!!ほら!!さっさと行く!!」
「はいはい」
くすくす

リナが掲げた枕にやわらかな笑い声を立てつつ彼は部屋を出ていった。
生まれ変わり…………昔魔道書で読んだことのある現象だ。
ホントに起こるなんて………
自分はどうすれば良いのだろうか………

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なんかスランプ………
この話…ぜんぜん甘くない上に暗い………
今までの私の話とぜんぜん趣が違います……苦手な人は
本気でやめたほうがいいです。
書き進めるのが半ば苦痛だったくらいなので本当は載せたくないんですよう。
でもまあ後編、つまりラストが書きたかった話なので載せてます。
実は今まで載せてなかったのは中編が出来てなかったからに他ならなかったりします。
……………はあ。

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8281想う心 中編そのさん三剣 綾香 12/4-21:47
記事番号8280へのコメント

“ちゅうそのに”を読んでなお読んでくださる方は
きっと仏様のような方なのだらう………
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

朝。
「おはよう、リナ」
「………」
当たり前のように挨拶をしてくる彼。
ガイアではない。――――それは………ガウリイ。
夜が明けても今までのようにガウリイの意識は眠らなかった。
夜が明けてもガウリイはガウリイのままだったのだ。
「腹減った。リナ、朝飯まだ?」
「あ、…うん。いま……作る……」
にこにことガウリイに急かされてリナは朝食を準備した。
向かい合わせに座る。
ガウリイは更ににこにこと食事を口に運ぶ。
「う――っ。やっぱりリナの飯はうまいよなぁ」
心底幸せそうに感激する彼の姿にリナも想わず微笑んでいた。
実時間にしたら100年以上前のことになるだろうが、リナにすれば2、3年前には当たり前にあった光景だ。
「食わないのか?リナ食わないんならオレが食っちゃうぞ」
くすすっ
変わらない。
彼は驚くほどに変わっていない。
のほほんとした性格は死んでも直らなかったようだ。
「お、リナ初めて笑ったな」
え?
「お前が声を上げて笑うの久しぶりに聞いたぞ」
食べ物を口に入れた時よりも数段嬉しげな笑みを浮かべる彼。
包み込むような優しい眼差し。
とても十二歳とは思えない。そう、――――十二歳とは。
数日が過ぎた。
生まれ変わったガウリイは以前にもましてリナの側を離れなくなった。
何を言うでもなく、何をするでもなく、ただそばに居て優しい眼差しを注いでいる。
「見てないで手伝ってよ」
リナの声にやれやれ、といった調子で洗濯物や料理を手伝ってくれたりもする。
よる寝る時も、家のどこかにガウリイの気配がするだけでリナはぐっすりと眠れるのだった。
穏やかにすぎる日々。時間の経過とともにリナの中に蓄積していく不安と違和感。
生まれ変わりとは言っても既に死んだ者である彼と今のように暮らしてしまって良いのだろうか?
自分のこの行動は、生まれ変わった新しい彼の人生を食いつぶすだけの者ではないのか。
事実、今の彼は気配どころか仕種の一つにもガイアらしさが見られない。全てガウリイのそれなのだ。
折角ガイアとして生まれ変わったのにまたこうしてずるずると過去の、ガウリイの人生を繰り返させても良いものだろうか?
どうするのが彼のためなのかはわかっていた。どうしなくてはいけないのかは、わかりきっていた。
リナはだんだん、眠れない夜を過ごすようになっていた。
あの時、失った悲しみで、あまりに深い喪失感で、眠れないまま月を眺めたあの時とは違う苦悩が彼女を包んでいた。
月の無い夜、輝く星々も、彼女の憂いを拭い去ることはできないようだった。
あたしの我が侭で、ガイアが新しい人生を歩むチャンスをみすみす逃してしまっているのではないか。そんな罪悪感がリナを責めさいなんでいた。
こんなのあたしらしくない。
ガウリイがそばに居るのに、居てくれてるのにあたしらしくできないなんて。

――――ある夜。
リナは部屋を抜け出した。
別に何か目的があったわけではない。
――――――ただ。
ただこれ以上ガウリイの気配を感じてはいられなかったのだ。
心休まる優しい気配。包み込むような静かな眼差し。
それを感じるたびに悲しくて仕方が無かった。
間違ってる。こんなこと間違ってる。
生まれ変わりとは、もう一度過去の人生を辿る為のものじゃない。
悔いが残ったからといって、心を残さずにいられないような想いがあったって、”やり直す”事なんて誰にも許される事じゃない。
思えば”彼”が目覚めてからこっち、本当の意味で安らいだことが無かったような気がする。
以前はどんな時でも、全ての意味で彼女を癒していた存在だというのに。彼は以前とまったく変わっていないのに。
昔よくやったように窓を乗り越える。
昔はよくこうやって保護者の目を盗んで出かけたものだ。
どんなに細心の注意を払っても、細工を凝らしても、彼女の保護者は気付いて追いかけてきたものだが。
一瞬動きを止めてリナはため息を吐く――――悲嘆といってしまっていいほどのため息。
家の前に降り立ったリナはそのまま明かりを灯さず、星影を頼りに道を走りだした。
付近の山に盗賊のアジトがあることを知っていたのである。

――――焼け野原が山の中腹に出現していた。
その惨状を眺めながら、リナは遣る瀬無さそうな苦笑を浮かべる。
「盗賊いじめなんて何年ぶりだろ」
少しの気も晴れた様子がない。まだ開ける気配の無い東の山々を見つめて嘆息を繰り返すだけだ。
背後に気配。弓を構えた盗賊の一人が佇む彼女に向かって矢をつがえた。
だがぼんやりと空を見上げているリナはその気配にまったく気付いてはいないようだった。
あやまたず放たれた矢はそのまま背中を見せたままのリナに迫る。
気配に気付いてリナが振り返った瞬間、
ざしゅっ!!
飛んできた矢は深々と突き刺さっていた――――――――飛び出してきた彼の腕に。
「ばか、注意力散漫だぞ」
脂汗を流しながら腕に刺さった矢を引っこ抜いている彼。
「ガウリイ!!」
呪文一つで矢を打った盗賊を倒し、リナは慌てて彼の側に座り込んだ。
「馬鹿はあんたよ、飛び込んでくるなんて。――腕見せなさい、リカバリィかけたげるから」
しかりつけながら傷の様子を看る。深い矢傷、呪文をかけても多分跡が残ってしまうだろう。
ガイアの体なのに。リナ=インバースとは何のえんもゆかりもない12歳の少年のはずなのに。
「なんて無茶するのよ」
じわじわとしか治らない傷。相当痛いはずなのに彼はにこにこしていた。
「なんで笑ってるのよこんな怪我しといて」
「お前、今オレの事"ガウリイ"って呼んだだろ」
「え………?」
にこにこ
無上、といった様子でこちらを見つめる彼の視線を受け止めきれず、リナは目を伏せた。
「お前がオレのことガウリイって呼ぶの、あの夜以来なんだぞ」
嬉しそうに告げられる。
リナははっとした。
確かにガウリイであって、間違いなくガウリイではない彼。
無意識のうちにその名を呼ぶ事を避けていた自分。
つのる違和感。
過ちとわかっていても暗い流れに身を委ねずにはいられなかった。

首を一つ振ってリナは声に力を込める。
震えないように。
「なんで………」
「リナ?」
「なんであたしのこと庇ったりするわけ?しかもこんな無茶な庇い方して!!腕だったからよかったようなものの、肩とか背中とかだったらあたしの呪文じゃどうにもならないんだからね!!」
リナに怒鳴りつけられて彼は一瞬きょとんとし、ついで微笑んだ。
「しかたないだろう」
「なにがよ!!」
叫ぶように問うリナの声。
耳に優しい穏やかな語り口がそれに答える。
「オレには、お前以上に大切なものなんか無いんだからな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ずばっと
後編行きます!!
やっとだー!!

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8282想う心 後編三剣 綾香 12/4-21:51
記事番号8279へのコメント

後編です。
ちょっと題材負けした観のあるお話
これにて終了。
愛し合ってても甘いばかりとは限らないって感じの話になっちゃいました。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
想う心 後編


「オレにはお前以上に大切な者なんかいない。」

その言葉にリナはっとした。
仕種も口調も自分を見詰める瞳の輝きも、全てはガウリイのものだった。
先ほどの弓矢がリナにそれを気づかせた。
‘ガウリイ’なら避けられた筈なのだ。ガウリイならば。
けれど目の前の彼はガウリイではなかった
ガウリイの記憶がガイア=ルーの意識を押し流してしまっているのだ。
まだ十二才だと言う少年が年に似合わぬ深い色の瞳で自分を見詰める。

このまま一緒に生きていけたら、そう考えてしまう自分をリナは許せなかった。
気がついていながら目を逸らせていた事実。
目の前の幸せのために捻じ曲げようとした運命。
かつて命を賭して守った愛しい魂を汚すおこないだ、これは。

彼の人生はいまや混沌の内にその身を置いているガウリイのものでは無い。ましてや、リナの物でもない。
彼の人生は彼の、ガイア=ルーものなのだ。
いくら前世がガウリイ=ガブリエフで、その記憶を有しているからといってこのまま二人で生きていこうとするのはずるい事だ。――許されない事だ。

ガイア=ルーの先には未知の可能性がある、ひらけるべき未来がある。
過去の人間である自分と、ガウリイからガイアの心を守らなければならない。
リナはそう悟った。

けれど、やさしげな瞳で愛しむように見詰められると、穏やかな口調で名を呼ばれると。

「リナ。」

心が、揺らぐ。
もう、二度と呼んではもらえない筈の相手。
失いたくないと、二度と失いたくないと心が叫んでいるのがわかる。

「リナ?」

心配そうな瞳がリナを見詰める。
気遣う瞳。出会った時のガイアには見つける事の出来なかった大人びた表情。
今の彼には未成熟でまっすぐな子供特有のきらめきが無かった。
彼の全てはガウリイのものだった。その表情も、ちょっとした仕種も、全て
「どうしたんだ?リナ?」
いけない。
だめだ、このままじゃ。
このままじゃあたしはだめになる。
このままじゃガイアをだめにしてしまう。
あたしとガウリイの我が侭の為に。

「早く帰ろうぜ?早く帰らないと夜が明けちまうぞ」

「やめよう、ガウリイ。」
「え?」

なにを?瞳が語り掛ける。
紛れも無くあたしを見詰めている。

だけどこの瞳はあたしのものじゃないんだ、
愛しげに見詰められる権利はあたしには無いんだ。

彼の瞳も、優しい眼差しも、ガイア=ルーがこれから出会う誰かのためのものの筈。
あたしが奪って良い筈が無い。
ガウリイとは違った優しさであたしを慰めてくれた、気遣ってくれた小さなガイアを消させてはいけないんだ。

「こんなのおかしいよ。間違ってる」
「間違い?」
「あたしこの町を出る」

「リナ?」
訝しげな問いかけ。

リナは答えない。言葉を途中で止めてしまうのを恐れるように言葉をつなぐ。
「明日にでもまた旅に出る。」
「どうしたんだ、いきなり」
「貴方はここに残るの。あたし一人で行くから」

「……どういう事だ」
尚も言い募ろうとするリナを彼は強引に遮った。

「なんで!!なんで一緒に行っちゃだめなんだ?!リナ!!」
「ガウリイ……。ううん、――ガイア。」
リナの瞳が微かに揺らぐ。
彼は目を見開いた。
「リナ……」
「そう、あたしはリナ=インバース。だけど貴方はガウリイ=ガブリエフじゃないわ。ガイア=ルーよ。」
「リナ、オレは」
「過去に引き摺られちゃだめ!!」
「リナ……」
「あたしと出会ってしまった所為で貴方はガウリイとしての記憶を蘇らせてしまった。でも、それって正しい事じゃない。」
「正しいか、正しくないかって事じゃないだろう?!オレはお前を……」
「それ以上言っちゃだめ!!」
リナは両手で耳を押さえて目を閉じ激しく首を振る。
「ガウリイ=ガブリエフは死んだのよ!!もう30年近くも前に!!」
「………」
激しい拒絶に彼は呆然とする。
「貴方はもうガウリイじゃない。あたしのガウリイじゃ。」

両手を下ろして瞳を開く。
厳しい色を宿して。
ガウリイを失いたくはなかった。
だけど同じくらいガイア=ルーを失わせていはいけないとわかっていた。

「ガイア=ルーは過去に捕らわれない新しい生き方をする権利がある。――うううん、義務がある。」

「義務……?」
呆然としたまま呟く彼にリナは肯く。

「そう。貴方の両親と友人に。この時を生きる全てのものに。この世界に。――そして何より貴方自身に。」
リナの言葉が途切れ、風の中にとけて消えても彼は動かなかった。
長く重い沈黙が落ちる。



山の頂からこの日一番の光が射す――夜明け。

ふと彼が顔を上げた。

ひどく哀しげな、でも決心した顔で。
「わかった」
微笑む。
「わかった……?」
こくり。彼は肯いて一歩近づく。押されるようにリナは一歩下がる。
「逃げるな」
「だって…」
どこか脅えたように呟くリナに叱るように呼びかけて、苦笑する。年に似合わぬ笑み。
「これが最後だから。だから言わせてくれないか。“オレ”から、“ガウリイ=ガブリエフ”からリナ=インバースに。」
それで最後だから。
これで“ガウリイ=ガブリエフ”は消えるから。
“オレ”は“僕”に戻るから。
切なげな瞳で、でも譲らない意思を込めて。
彼はリナを見つめる。
「……わかったわ。――ガウリイ。」
リナは見詰める、ガウリイを。
かつてこの世界よりも大切だと、この身を持って示したただ一人の人を。

ガウリイはそっとリナの頬に手を伸ばす。
顔の位置が近い。以前はずっと上から見下ろしていた顔だったのに。
ガウリイの天にも地にもたった一人の伴侶。永遠の恋人。
「お前が持っている強さをオレは知ってる。共に歩もうとしたオレの言葉を遮り、正しい道を歩ませようとしてくれたその優しさも。決して過去を振り返らないその前向きな生き方も。」
傍から見れば異様な光景に見えるだろう、年下の少年が年上の少女に大人びた口調で言い聞かせている図は。
「そんなお前をオレは愛した。そして愛している。愛しているよ――今でも。」
「がうり――」
言葉を途中で途切らせて、少女は涙をこぼす。
その涙をゆっくりと拭いながら思いを込めた瞳を優しく和ませる。
「だけど、お前が頼りないほどに儚くて、ひどく脆い一面を持っている事も、オレはちゃんと知っているんだ。」
言いながら、声も無く泣き続ける少女をそっと抱きしめた。
「お前がこの世のどこかで、今みたいに泣いているんじゃないかと思うだけで、オレは安らかに眠る事なんか出来やしない」
その言葉にはっと身を起そうしたリナを更に引き寄せて言葉をつなぐ。
「愛してるよ、リナ。どんな事場でも言い尽くせない程に。」
だから。
「だからお前に別れの言葉に代えてこの言葉送るよ、リナ。」
体を離して瞳を覗き込む。
「無理をするな、リナ。お前が強い事をオレは知ってるけど、どうか無理だけはしないでくれ。」
もうお前の背中を守ってやる事も、抱いて慰めてやる事も、何もしてやる事が出来ないのだから。
「今までお前を守っていた腕は永遠に失われてしまったんだから。」
無茶な事をするやつだって事は分かってる。だからせめて心のままに生きてくれ。
無理をしないで、泣きたい時には泣けば良い。怒りたい時には怒れば良い。
「リナがリナらしくある事。それがオレの望みの全てだ。」
リナの頬に彼女のものよりもほっそりとした手が触れ、そっと口付けが贈られる。
触れるだけの優しいキス。
――リナはもう逃げなかった。



――町の入り口。
町をぐるりと取り囲む城壁の突端。
去り行く者達との――別れの場。

「じゃあ、あたし、行くね。」
「うん」
少年は笑う。
今はまだぎこちないが、時が経つに連れて薄れていくだろう、少年には必要の無い前世の記憶は。
冷たい様でもそれが真実だ。
残酷なようでもそれが一番良い事なのだ。

「頑張ってね、ガイア。」
「うん。おねえさんもね。」
差し出された右手をそっと握り返してリナは微笑んだ。
「じゃあ、ね。」
けれど、微笑む瞳に微かに影が差すのもまた仕方の無い事。
踵を返して町を出て行くリナの背に向かってガイアは叫ぶ。
「貴女の事を本当の意味で理解してくれる誰かに出会える事を心から祈っています!!」

ガウリイのようにいや、それ以上に彼女を理解し、互いに必要とし合えるような誰かに。
それが自分ではない事が歯がゆくも悔しくもあったけれど、ガイアは心から願った、祈った。

早く。早くそんな誰かと出会えるように、と。

「ありがとう」
ゆっくりと振り返ったリナは輝く様な微笑みを浮かべていた。
かつて傍らにいた剣士が何よりも愛したその微笑み。

探すよ、そう言う人。

そうして絶対に幸せになってみせる。
だからどうか安らかに眠って。
何のしがらみも無い、新しい貴方の人生をどうか精一杯生きて欲しい。


二人はもう一度だけ微笑みを交わした。
――未来に生きるその為に。

おしまい。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
と、言う訳で「うらもり」の続編でした。
死に別れた相手と生まれ変わって再び出会う。
なんて一見ドラマチックだけど実際の所はこんなもんだろうな、と思います。
輪廻転生を信じてる訳じゃないですが、記憶が無い以上、生まれ変わったのも新たに生まれたのも結局は同じ事なんじゃないかな?
前世で恋人同士だったから今生でも恋人同士になるとは限らないんじゃないかなぁ。
と思った所からスタートしたお話でした。
このヴァージョンのお話ではどうやらがうりんりなちゃんコンビはいわゆる「らぶらぶはっぴーえんど」にはなりませんでしたけど、まあ次の世で再びであって恋人同士になったとするなら、運命って事で幸せになるんでしょう。
……たぶん。
ながながとくらい話を書いてしまいました。
お目汚ししてすみません。

では。
綾香 拝

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8288感動しました・・・P.I E-mail 12/5-00:37
記事番号8282へのコメント

三剣綾香さん、こんばんは。お久しぶりです!
<うらもり>の続編なのですね。ガウリナ的にはハッピーエンドにはならなかったですが、たとえ結ばれなくても二人は幸せだったと思います。
リナがリナらしく悔いなく生きることが、結局二人の望みであり幸せだと思うから。
いつかリナが混沌の裡に還ったとき、いまよりもっと幸せな顔でガウリイと再会できるといいですね。
とても感動しました。ありがとうございます。

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8297ありがとうございます三剣 綾香 12/5-13:15
記事番号8288へのコメント

毎回毎回感想ありがとうございます。
今回の話はちょっと(つーかかなり)今までの私っぽくない話で
いまいちかなーとか思ってるんですよぢつわ。
だからまさか感想がいただけるとわ。
ありがとうございます!!

次はまた甘く軽い話を手がけようかな、と思ってます。
楽しく書けるやつが良いなあ…

では
そゆことで。
ありがとうございました
綾香でした。