◆−別の杖の先−山塚ユリ(4/26-00:59)No.9759
 ┣二つの月の夜想曲−山塚ユリ(4/26-01:02)No.9760
 ┃┗楽しみました!−アキ(4/27-00:19)No.9770
 ┃ ┗感想ありがとうございます〜−山塚ユリ(5/6-01:00)No.9872
 ┣星の彼方の二重奏−山塚ユリ(4/29-01:22)No.9786
 ┗赤い大地の円舞曲−山塚ユリ(5/3-00:40)No.9828


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9759別の杖の先山塚ユリ 4/26-00:59


混沌の海には、その先にそれぞれ異なる世界を載せた杖が何本も立っているそうな…

つーわけで、スレ世界ではない、別の世界のお話です。
別種のファンタジー世界だったり西部劇だったり…
ちなみに書いてる本人がガウリイ&リナほのぼの大好き人間なので、たとえ世界が違っても、根底に流れる物は変わらなかったり…。

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9760二つの月の夜想曲山塚ユリ 4/26-01:02
記事番号9759へのコメント

変な夢を見た。
あたしはガウリイと旅をしていた。そこは現実と同じだ。
でも夢の中のガウリイは、なんと人間だったのだ!
夢の中であたしたちは、歩いて旅をしている。ガウリイが人間だからか。これってやっぱり不便だわ。やっぱりガウリイは今のガウリイがいい。うん。

あたしはリナ。ただの旅の魔道士、というふりをしているが、実は国王直属の辺境巡視官である。タカナの街で、何人もの人が行方不明になるという事件が発生したため、街の要請を受けてそこへ向っている最中なのだ。
あたしの乗っている馬がガウリイ。金色のたてがみをした、真っ白な駿馬である。あたしの相棒だ。
鞍には、荷物と、大ぶりの剣がくくり付けてある。
人通りの多い街道を、ぽこぽこガウリイに揺られていると、軟派そうなあんちゃんが近づいて来た。
「よう、お嬢ちゃん、一人旅かい?ここで会ったのも何かの縁。俺と一緒に行かないか」
あんたといる方がよっぽど危険だい。
「一人じゃないわ。ガウリイと一緒よ」
言いつつ、あたしはガウリイの首筋を軽くたたいた。
「へえ、いい馬だな。俺も乗せてくんないか」
なれなれしく、ガウリイのそばに寄る。
「あ、不用意に近づくと…」
ぱっかーん。ガウリイの後ろ足が、あんちゃんを思いっきり蹴飛ばした。
「蹴られる…って、遅かったか」

沈む夕陽が、森の中をオレンジに染めている。その色が紫に変わり、最後の光が消えた瞬間、ガウリイの体が変化を開始した。
馬体が白くかすみ、ゆがんでいく。やがて赤い月に照らされて浮かび上がったその姿は、まぎれもなく人間の物だった。白い肌と、金色にうねる髪が、馬だった昼間の面影を残している。
「さあて、やっとリナと話せるようになったぞ。馬の姿でいると口がきけないからな」
「どーでもいいけど、早く服着てよね」
いつものよーにガウリイに背を向けたまま、あたしは赤くなって言った。
昼間は馬、夜は人間。そう、ガウリイは獣人なのである。
千人に一人くらい、こうした突然変異の獣人が生れることがある。有名なのは満月の夜に変化するハーフウルフだが、ガウリイみたいなハーフホースも、ハーフタイガーやハーフベアなんかも存在する。
獣人というが、必ずしも獣に変化するとは限らない。中には木に変化する人もいるという。食費がかからなくて便利かも。
変化する時間もいろいろである。赤い月の昇っている間だけ、という人もいれば、青い月が満月の夜に変化する人もいる。数ヶ月交代で人と獣を繰り返している人もいる。
「それにしても昼間のあいつ、なれなれしくリナに近づきやがって。オレが人間の姿だったら剣でまっぷたつにしていたぞ」
ああ、あの軟派あんちゃんのことか。
「そういえば昨日、変な夢見ちゃった。ガウリイが人間だっていう夢」
服を着終わったガウリイに、あたしは夢の話をした。
「…ハーフホースのオレじゃ、いやか」
ガウリイの声が悲しげに聞こえて、あたしはあわてて首を横に振った。
「どんな姿であれ、ガウリイはガウリイだわ。それにガウリイが昼間馬だから、こんなに早く旅ができるんだし」
「夜、馬のほうがよかったか?」
けけけ、とガウリイが笑う。なにがおかしいんだか。
「とっとと宿探すわよ。明日、日が昇る前に立てば夕方にはタカナに着けるわ」
「はいはい」
ガウリイは剣を腰に差すと、荷物を持ってあたしの後に続いた。

「よくいらっしゃいましたぁ!!」
タカナの街。女神ルーファンを祭る神殿であたしたちを迎えたのは、ここの巫女頭だった。
この神殿の訴えにより、あたしがここに派遣されたのである。なんで神殿がそんなこと、と思うかもしれないが、小さな街では神殿が警察、役所を兼ねることが多い。タカナもその口なのだろう。
「神官長が心労で臥せっておりますので、わたしが事件についてご説明しますっ」
アメリアと名乗る巫女頭は、神殿内の一室で、説明を始めた。

「二ヶ月くらい前のことです。若い女性が行方不明になりました。
外出して、そのまま戻って来なかったのです。今もって彼女の行方は分かりません」
「外出先には問い合わせたの?」
あたしの問いに、
「もちろん。とっくに帰ったとの返事でした。そしてその五日後、別の女性がいなくなったのですっ」
なんでこの人、こんなにリキ入れてしゃべるかな。
「勤め先の人が、彼女が来ないのを不審に思って家を訪ねると、一人暮らしのその家の中に、獣の毛らしきものが散らかっていたのです!その上、彼女がいなくなったと思われる夜、獣人を見かけたという者がいたのですぅ!」
アメリアの言葉に、あたしはなぜあたしがこの事件に派遣されたのかを悟った。
ガウリイが獣人だということもあり、あたしは仕事のかたわら、獣人についての文献を調べたりしている。ガウリイの正体を知らない巡視官の仲間には、ただの趣味だと思われているが。
つまり、数多の巡視官の中で、一番獣人について詳しいのがあたしなのである。(自慢。)
「目撃者は夜の往診から帰る医者で、北の森に向って走る狼らしきを見たそうなんですっ!しかも背中に人らしいものを乗せていたんだそうですっ!」
狼か。すると住処はその森なんだろうか。
「街はパニックになりました。恐ろしい獣人が現われて、人々を襲っていると」
あたしは溜息をついた。獣人に対する偏見や差別。これが、悪事を働かないと生きられない、という状況に獣人たちを追いやっているのだ。悪循環もいいとこである。
「この街に獣人がいるかどうか、そんなことはわかりません。ご存知の通り、獣人は自分が獣人であることを隠しているのが普通ですから」
うんうん。アメリアさんにうなずくあたし。
「街の人は警戒し、夜の外出は避け、戸締まりを厳重にしました。にもかかわらず、その後も何人もの人が行方不明になっているのです!」
「全部若い女性?」
「そうでもないです。男やいたいけな子供までもが行方不明になっているのですっ!!ああ、全能なる女神よ、その慈悲の翼もて彼らに救いと平安を」
…とっくに殺されてえじきになってるんじゃないのかな。冷たいよーだけど。
「同じ獣人のしわざ?」
あたしはあっちの世界に行きかけたアメリアさんをを引き戻す。
「それがわかんないんですよ。もーこうなると町中大騒ぎで、若い女性を背負った虎が森へ走って行くのを見たとか、人の顔した大鷲が女性を足につかんで飛び去ったとか、どれがデマでどれがホントやら」
ま、ほとんどはデマだろうな。
「獣人狩りをする、という声もありましたが、必死で止めました。獣人とはいえ、狩り出して私刑にかける、なんてのはもってのほかですぅっっ」
その通り。
「だから彼らに言ったのですっ!!全能なる女神ルーファンの意を受けし有能なる巡視官が、必ず犯人を捕まえてくれるから、不用意な行動はしないでくれと!!」
「ちょっと待ていーーっ。それってあたしが事件を解決できないと、獣人狩りを始めるやからが出てくるかもしれないってこと?」
「そういうことですっ。がんばってくださいっ」
…あのなあ。

日暮れと同時に、街は沈黙した。
窓の鎧戸は閉められ、酒場やおじさんが好きな店まで店じまいしてしまった。夜、犠牲者を求めてさまようという獣人を怖れて、である。
無人となった夜の街。アメリアさんにプレッシャーをかけられたあたしは、見回りなんぞをやってる。ホントはゆっくり休んで、旅の疲れを癒したかったのに。どちくしょう。
「街ン中見回るより、森の中で狼男の住処でも探した方が早いんじゃないか?」
人間の姿となったガウリイが言った。ガウリイは、この姿でなら剣が使える。それもかなりの腕だったりするのだ。便利な相棒ではある。
「あんたねえ。どこに、どっちの姿でいるかわからない獣人を探して、森の中歩き回れって言うの?」
だからって、いつ、どこに、どんな姿で現われるかわからない獣人を待ち伏せるのも無理があるが。
「しっ!誰か来る」
ガウリイの言葉に、身構えるあたし。やがて闇の中から、灯かりが近づいて来た。獣人が灯かりを必要とするとは思えないから人間なんだろうか。
「そこにいるのは誰だ!」
灯かりと、武器らしい斧を手にしたおっさんがどなった。後ろにてんでに武器を持った男たちが続いている。
「そっちから名乗るのが礼儀でしょ」
「街を守る自警団だ」
こいつが獣人を私刑にかけたがってるやつらのリーダー格か。
「心配ないわ。ガウリイはどっかにかくれてて」
ガウリイのことを街の人に知られるのは得策じゃない。あたしは一人、灯かりの輪の中に進み入る。
「あたしはリナ。巡視官よ」
「なにい?お前のようなガキが、か」
むかむかっっ
「俺達は毎晩こうして見回りをしている。俺達とあんた、どっちが先に獣人を見つけられるか、勝負ってとこだな」むかむかむかっっ
「一つだけ忠告してあげるわ」
あたしはむかむかを押さえつつ言った。
「獣人が夜にだけ変化するとは考えないことね。相手が昼間変化する奴なら、あんたたちの見回りは全く無駄ってことね。あー、ごくろうさま。せいぜい無駄な努力をしてちょうだい」
リーダー格の顔色が変わった。
「さあて、神殿に帰って寝よっと」
茫然とする自警団をあっさり見捨てるあたし。
ガウリイが気配を殺して付いて来るのを感じながら、あたしは帰路についた。

次の日から、あたしはガウリイに乗って、街での聞き込みを始めた。事件の様子、場所、時間から、獣人の正体を探るためである。相手が本当に狼なのか、いつ変化するのか、で、対応も変わってくるというものである。
しかし、有力な情報は集まらなかった。獣人を見た、という話も、当たってみるとホラだったり根拠のないうわさだったり。
不思議なのは、誰も被害者の悲鳴や物音を聞いていないことだ。獣人が家に押し入って来たり、路上で襲われたりすれば、誰だって悲鳴くらいあげるだろうに。
「それにですね、アメリアさん」
収穫のないまま過ぎた二日後、とりあえず報告に行った神殿で、あたしは疑問点をアメリアさんにぶつけてみた。
「獣人が押し入ったにしては、ドアも鍵も壊されたようすがないのよ。もしかしたらその獣人、理性を残しているのかもしれない」
「え、そんなことってあるんですか?」
アメリアさんが丸い目をますます丸くした。
「わたし、獣人って、獣になっている間のことは覚えていないものだとばっかり」
「そういう人もいるけどね」
カウリイの場合、姿が変わるだけで中身は同じである。しかし、獣人によって、完全に別人格と化したり、本能のままに暴れるけど記憶だけは残っていて後で自己嫌悪におそわれたり、と千差万別なのだ。
「とにかく、何に変化するのかわからないと、住処を見つけようがないし。
最初に獣人を見た、って言い出したのは誰だかわかります?」

昼下がりだというのに、街の人通りは極端に少なくなっていた。獣人が夜にだけ現われるとは限らない、というあたしの言葉のせいか、どの家も戸を閉ざし、鎧戸を閉め切っている。
「こりゃ、早く獣人を見つけないと、街が滅ぶわ」
目撃者の家に向う途中、また自警団のおっちゃんたちに会った。なんかひどく疲れた顔で、とぼとぼと歩いている。あれ?ひょっとして昼も夜も見回りしてるとか?。うーん、ちと薬が効きすぎたか。あれじゃいざ獣人を見つけても、なんにもできそうにないじゃない。

アメリアさんに教えられた家も、獣人を警戒してか、窓という窓に外から板を打ち付けていた。ガウリイを外の木につないで戸を叩くと、白衣を着たおばさんが顔を出した。この人が目撃者のお医者さんか。
「ええ、確かに見ました。確か赤い月が満月だった夜です」
有能な巡視官(あたしのことよ)をもてなしながら言ったおばさんの言葉に、あたしは頭の中で月齢を計算してみた。これはその獣人の変化と関係があるのかないのか?
「夜、往診の帰りに、街角から狼らしい獣が出てくるのをこの眼ではっきり」
「人を背負っていたって?」
あたしは、お茶を飲みながら聞いた。
「ええ、ぐったりとした人を」
すでに死んでいたのか、それとも気を失っていたのか。
「なぜ連れ去ったのかな。その場で殺して食っちゃうとかしないで」
「さあ、わたしにはそこまでは」
「巣穴に子供が待ってるとか。って、本物の狼じゃあるまいし」
ガシャン。いきなりおばさんの持ってたカップが床に落ちた。
「すみません、手がすべって」
割れた破片を拾うおばさんを手伝おうとして…視界がゆれた。
あれ…あれれ…?
足がふらついて…眼がかすむ…睡魔が……なんで…?…あたしは…

気がつくと、冷たい床の上だった。地下室特有のかび臭さが鼻をつく。
ここは…
声を出そうとするが、体がしびれていてうまく動かない。声も出せない。
これってなにかの薬を飲まされたの?まさかあのお茶が…
「気がついてしまったかい。眠っていれば、なにも知らずに死ぬことができたのに」
おばさんが、床に転がっているあたしの顔をのぞきこんだ。
「な…ぜ…」
「悪く思わないでおくれ。もうあれから六日もたってて、すっかりあの子がおなかをすかしているんでね」
あの子…このおばさんの子供?
「そ…の…子…獣…じ…ん?」
麻痺した舌でようやく言葉をつむぐあたし。
「獣人なんかであるもんか!あの子は人間なんだ。人間だったのさ、八年間ずっと…」
人間として生れて、人間として暮らして…八年もたってから獣人化したのか。
「すぐに戻るさ、元のかわいい私の子に。だからそれまでのしんぼうさ…」
なぜ気がつかなかったんだろう。この家の窓には、板が打ちつけてあった。それも外側から。そう、外から来る獣人を警戒して、じゃない。中にいる獣人を外に出さないようにするためだ。
ぞくり。いきなりぞっとするような悪寒と瘴気を感じて、あたしはなんとかそちらへ首を動かして…驚愕した。
地下室の隅に置かれたベッドの上。そこに男の子が座っていた。今起きたばかりの様子の、姿形は人間の子供。
しかし、その口からは黄ばんだ牙がのぞき、眼は赤い光を放っている。
吸血鬼!
ハーフヴァンパイヤ!そんな獣人化例、どんな文献にも載ってなかったわよおおっっ!
「ママぁ、おなかすいたよ」
ベッドから立ち上がる男の子。
「…もう、にわとりや、ウサギの血じゃもたなくてね…
だから、ここに来た患者さんや、街で会った人をお茶に呼んで…薬で眠らせて…
獣人のしわざにしておけば、周りの人の目は森に向くだろうと、患者さんのうちに行って狼の毛をおいたり、ドアを開けておいたりして…」
つぶやくようなおばさんの声。男の子…いや、吸血鬼は、あたしの姿を見ると、うれしそうな顔になった。
「お姉ちゃん、血をちょうだい」
まずい!!体の麻痺は弱くなって来ているけど、まだうまく呪文が唱えられない!
待てよ。吸血鬼が目覚めたっていうことは…?
「リナ!」
地下室の天井の出入り口を蹴破り、ガウリイが降ってきた。
「誰!」
驚くおばさん。まさか外につないだ馬が夜になってあたしを助けに来るとは思わんわな。
「…なるほど、同類ってわけか」
ハーフヴァンパイヤに剣を向けるガウリイ。
「リナ!大丈夫か!」
「ガウリイ…
来るな…ら、服…着て…からに…してよね」
「そんなこと今どうだっていいだろ」
よくないっ!可憐な美少女の前に男がすっぱだかで立ってるなんて、そんなの全っ然よくないっ!
「おにいちゃんも、血をちょうだい」
近づいて来る吸血鬼。
剣を振りかぶるガウリイ。
「させないよ!」
いきなり、おばさんがガウリイにむしゃぶりついた。
「あ、馬鹿」
慌てておばさんをふりほどこうとするが、しがみついてて離れない。そこへ吸血鬼が飛びかかる!
「風よ!」
あたしの魔法が、吸血鬼とおばさんを吹き飛ばした。
今のあたしには、この程度の魔法しか使えない。完全に麻痺が取れないと、吸血鬼に効くような大技は使えない。
もう少し、もう少し時間を稼げたら…
体勢を立て直して再度吸血鬼に向うガウリイ。
しかし、その剣技にいつものキレがない。
ハーフヴァンパイヤを倒すということは、その半身である、なんの罪もない男の子を殺すということだ。
その事実が、ガウリイの剣から鋭さを奪っている。それを見越したように、剣をかわす吸血鬼。
「じっとしててよ、おにいちゃん」
吸血鬼の目が、赤い閃光を放った。
「な…!」
不自然な体勢のまま、動きを止めるガウリイ。って、金縛りぃぃ!?
ハーフヴァンパイヤのくせに、こんな技が使えるとわっっ!
「血を吸わせて、おにいちゃん」
「ば、馬鹿、来るな、オレは吸血鬼なんかになりたくねーぞ」
「その子に血を吸われても、吸血鬼にはならないよ。その子は吸血鬼じゃないんだから。血を吸い尽くされて、死んでしまうだけさ。今までの人と同じように」
おばさんが言った。
「…だからって、喜ぶ気にはなれないわね」
あたしは、ゆらりと立ち上がった。
麻痺が解けたわけではない。「時」が来たのだ。
「今夜が…どういう夜か知ってる?」
夜空の見えない地下室で、あたしは月の動きを感じていた。赤い月が、青い月と重なる瞬間を。
あたしの体が変貌を開始する。
栗色の髪が波打ち、金色へと色を変える。
背が伸び、体形が変わり、背中に金色の羽根が広がる。
意識が、別の者に支配される。
金色の光が、狭い地下室を満たした。
「あ、あなたは…」
腰を抜かす人間の女は、彼女を見下ろす我が姿を、神殿の像やリレーフで見た覚えがあるはずだ。
全知全能なる女神ルーファンの姿を。
ハーフルーファンであるこの少女の肉体を借りて、我はほんのつかのま、この世に降臨する。
それを知る者は、この少女と、今は人間の姿をしている白い獣のみだ。
人間の女がひざまずき、祈り始めた。
吸血鬼も今はその動きを止めている。この私に逆らえるものはいない。
「あわれなる存在よ、汝にふさわしい場所に行け」
光に包まれて、ハーフヴァンパイヤは、一匹のコウモリに姿を変えた。我に不可能はない。コウモリはそのまま、地下室の壊れた入り口から、外へと飛んで行った。
「汝の息子は、もう人の血を吸うことはない。花の蜜や果実の汁を吸ってその生涯を全うするであろう」
私は、私に向って手を合わせている女に向って言った。
「汝は人間として、あまたの人間を殺した裁きを受けるがいい」
「わたしは…わたしは、あの子さえ幸せなら、わたしはもう…」
人間の女は、床に崩れ落ちた。
白い獣が慌てて駆け寄り…我に向って首を振った。
薬を飲み、自ら命を絶ったか。
我は全能。生き返らせるのは造作もないが…ここは望みのままにしておこう。
そろそろ時が来る。
人間の少女に、その身をあけわたす時が。

青い月が、赤い月を追い抜いて夜空を駆ける。
金色の光に驚いて駆けつけた人々に、あたしは事件の終焉を告げた。
事件は獣人のしわざではなく、医術の実験のためにこの女医が起こしたことだと。
犯人は自分の罪を悔い、自殺したと。

このあたりの森や山の中のどこかに、本物の獣人たちが住んでいるとしても、彼らが狩り出されることはないであろう。
地下室のそのまた下から犠牲者たちの死体が見つかり、事件は終わったのだから。

「今度は捜査でなく、遊びに来てくださいねっ」
アメリアさんや街の人が、首府に帰るあたしを見送ってくれた。
振り向けば、神殿の塔に、翼を広げた女神像が輝いている。
あたしがずっとあの姿だったら、人間と獣人が仲良く生きられる世界を作れるのに…
いや、よそう。
それは女神の仕事ではない。人間たちが自分でやらなきゃいけないことだ。
「行くよ、ガウリイ!」
あたしは白い駿馬を駆り、タカナの街を後にした。

END

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9770楽しみました!アキ E-mail 4/27-00:19
記事番号9760へのコメント

楽しみました!
山塚さんのお話は、いっつもおっかけて読ませていただいてますが。
このお話は、別の世界とはいいながら、その世界に生きている人間
を書いてある所がすっごく好きです。
でだしのリナが夢をみたっていうところから、この二つの月のある
世界に引き込まれました。
ええ、引き続きのこのシリーズ(?)楽しみにしています!

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9872感想ありがとうございます〜山塚ユリ 5/6-01:00
記事番号9770へのコメント

>ええ、引き続きのこのシリーズ(?)楽しみにしています!
えーと、獣人世界のシリーズ化ですか〜?
すみませーん、ネタないです〜
SFと西部劇で勘弁してください〜(汗)

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9786星の彼方の二重奏山塚ユリ 4/29-01:22
記事番号9759へのコメント

「…肺炎だな」
小さな小屋の中で、ベッドに横たわるガウリイの旦那を見下ろしながら、俺は言った。
この辺境の村でガウリイが倒れたのは今朝のことだった。この村には医者も神官もいない。
「私が…私が魔法を使えたら…」
今にも泣き出しそうな声でつぶやくアメリアは、運悪く魔法が使えないときている。
「で?」
ベッドのわきに座っていたリナが、固い表情で俺を見上げた。
「薬草で高熱が下がればいいんだが…」
「そう…」
リナはふたたびベッドに目を向けると、いきなり立ち上がった。
「話は簡単よ。近くの町へ行って神官を引っ張って来りゃいいんでしょ」
「引っ張って…って、おいリナ」
俺の制止も聞かずリナは入り口の扉を蹴り開けた。たちまち強風と雪が吹き込んでくる。
「ぶぶっ」
「リナさん閉めて閉めて」
バタン。
「この吹雪の中、どうやって町まで行くつもりだ」
「えええーいっっいつになったら止むのよおおおっっこの雪はああっっ!!!」
あ、とうとうキレたか。
「黄昏よりも暗きもの、血の流れよりも…」
「リナさんっっなに唱えてるんですかあああっ」
「雪に八つ当たりしてどうするうううっっ」
止めても無駄なのはわかっているが、いくらなんでも小屋の中から雪原に魔術放つのはむちゃくちゃだ。
「ドラグ・スレイブ!!」
どががーーーーんんっっ!!!

気が付くとあたりは真っ暗だった。なんだ?今は昼間だぞ。
「なんなの、いまの衝撃はあああ」
騒いでいるリナの声を聞きながら、俺は妙な違和感を感じていた。
とにかく、これではなにも見えやしない。俺は呪文を唱えた。
「ライティング!」
「…え?!」
「な、なにを…」
明かりの中、驚きの表情を浮かべるリナとアメリア。そして寝ているはずのガウリイ。
しかし驚いたのはこっちの方だ。
三人とも、見たことのない衣装を着ていた。だぼっとした感じで、各所に金属の輝きが見て取れる。その後ろには、正体不明の材質でできた壁。
「その灯かりは…なんなのゼル」
「ゼルガディスさん…じゃありません!!この人はっっ」
俺は、俺の中のブロウ・デーモンが感じ取った違和感の正体を知った。
それは、空間――あるいはアストラル・サイド――を渡った時のものだった。
「俺はゼルガディスだ。ただし、お前さんたちの知っているゼルガディスではない。
どうやら俺は、別の世界にまぎれこんだらしい」

「なるほど。じゃああなたはパラレル・ワールドから来たゼルってわけね」
この世界のリナが言った。
パラレル・ワールドとかいう言葉はわからないが、別の世界とかいう意味なのだろう。
「で、あなたの世界は魔法が使えて、その代わり科学技術はこっちの中世程度…か」
「その魔法をリナが使った衝撃で、俺はこっちの世界に飛ばされたらしいな」
「あたしのせいじゃないも〜ん」
そっぽを向くリナ。
「じゃあ、ゼルガディスさんはどこ行っちゃったんですか」
と、この世界のアメリア。俺はここにいるんだが…って、この世界の俺のことか。
「あなたが来るちょっと前、こっちでも隕石の衝突――つーか、衝撃があったのよ。そのせいでこっちのゼルが飛ばされたとしたら…」
「おそらくは入れ違いに、俺の世界に行ったんだろうな」
俺の言葉にうなずくリナ。
「それにしても…まずいところに来たものね。お気の毒に」
「どういうことだ?」
「うーん、なんて言ったらいいのかな…今、あたしたちは宇宙船…乗り物の中にいるの」
「これが乗り物なのか?動いている感じはしないが」
「すごい速さで動いてるんだけどね…で、問題なのはこれが暴走しているってこと。このまま進むと、隕石群…つーか、障害物にぶつかって木っ端微塵になるわけ」
「止められないのか?だったら方向を変えればいいだろうに」
「太陽電池…ええい、船を動かすエネルギーを生み出す装置が故障したのよ。要するに、馬車の馬が腹へって動けない状態なの。
方向を変えるにも、救助を呼ぶにも電気が不足しているってわけ。わかった?」
馬が動かないのに、どうして馬車が暴走するんだ?
「よくはわからんが…ここから飛び出すわけにはいかないのか?」
「走ってる馬車から飛び降りるのとはわけが違うのよ。それは絶〜対不可能。
で、どうしたら助かるか、その方法を相談してるってわけ」
「だから、オレが船外作業で太陽電池を直すって言ってるだろ」
「却下」
「生命維持装置の電気を緊急連絡用に回せませんか?装置はすぐ焼き切れるでしょうけど、数秒でも救助信号が発信できれば…」
「生命維持装置がいかれて、この船の酸素がどのくらいもつと思う?たった七時間よ。救助が来るころにはあたしたちみんな窒息してるわよ」
「だったらその電気をエンジンに回してくれよ。そしたら進行方向を変えられる」
「ここから一番近い惑星まで二日はかかるわ」
「だったらやっぱ船外作業で…」
「だあああっそんな危険なことあんたにさせられっかあああ」
「じゃあどうすんだよっ他に方法があるのか?」
「あるわ、絶対に」
「そうですっ天が私たちを見放すはずがありませんっ」
「取り込み中悪いが」
俺は声をかけた。このままじゃ会話に入れない。
「なに?ゼル−ダッシュ」
なんだよそれは。
「電気ってのはなんだ?」
オレの質問に、リナが頭をかかえる。
「うーーーー。つまり、雷の力よ」
なんだ、だったらそう言えばいいんだ。
「つまり、その雷の力があれば助かるんだな」
「そうだけど…」
オレは立ち上がると腰の剣を抜いた。
「どこへその力を流せばいい?」
雷の力を利用する方法を、昔レゾが研究していた。確か針金が必要なはずだ。
「ここだけど…」
リナが、床の一部を開けて、なにやらひものような物を取り出した。
「それか」
オレは、そのひもに剣を触れさせると、呪文を唱えた。
「モノヴォルト!!」
いきなり、部屋の中が明るくなった。同時に、猛獣のうなりのような音が耳をふるわせる。
魔法の力が消えると、部屋は暗くなり、音もやんだ。
「なに?今の」
ライティングの灯かりに、リナたちの驚きの表情が浮かぶ。
「雷の魔法だ。ただし今見た通り、五つ数える間くらいしか力は続かないがな」
「それだけあれば充分よっ。ガウリイ、全配線をエンジンに繋ぎ直して」
「コンピューターは今の過負荷で死んでるぜ」
「どうせ五秒じゃ起ち上がらないわよ。手動でやるわ」
「了解。ゼル、あの灯かり、オレの手元に移動できないか?」
俺はもう一つ灯かりを生み出すと、ガウリイの手元に浮かべてやった。
「へえ、魔法って便利だな」
ガウリイは床の穴に潜り込んでごそごそやっていたが、
「準備できたぞ、リナ」
そう言って、装置の前にある椅子に座る。
「進路角三十八度、右舷エンジンフル出力で三.五秒。ゼル、あたしが合図したら電気流して」
「いつでもいいぞ」
俺は呪文を唱える。
「じゃあいくわよ、一、二、」
「モノヴォルト!!」

「いやあ、ゼル−ダッシュのおかげで助かったわ」
リナがにこやかに笑う。
「あの、もう一度電気起こしてもらえませんか?救助信号発信したいので」
と、アメリア。よくはわからんがオレは呪文を唱えた。
「救助信号発信しました。受信は…できませんでしたけど」
「まあいいわ。このまま進めば汎用航路に入るし。あー命拾いしたわ」
アメリアはオレを振りかえった。
「ありがとうございます。みーんなその…ゼルガディスさんのおかげです」
「たいしたことじゃない」
うれしそうなアメリア。顔も声もオレの世界のアメリアにそっくりだ。アメリアだけじゃない、リナも、ガウリイも。
「一つ聞いてもいいか」
オレは三人に尋ねた。
「この世界のオレは人間なのか?」
一瞬の沈黙。
「人間ですっ」
アメリアが強い口調で言った。
「ま、本人はそう思っていないみたいだけどな」
と、ガウリイ。…意味がわからん。
「ゼルは、サイボーグなのよ」
リナがぽつりと言った。またわからん言葉を…
「機械――つーかカラクリが、体の中に埋め込まれているの。
だから人より反射神経は素早いし、筋力も強化されているし、記憶力も優れている…」
「それがなんだっていうんですかっ!ゼルガディスさんはゼルガディスさんですっ」
力説するアメリア。オレは既視感に襲われた。
「で…そのオレは、元の人間に戻りたいとは言っていないのか?」
「言ってるわよ」
「オレと同じだな…で、戻る方法はあるのか?」
「脳移植…しかないかな」
リナは自分の頭をつついた。
「誰か死んだら、自分の脳をその死体に移しかえる。そのくらいしか手はないわ」
「…ごめんだな。オレは別人になりたいんじゃない。人間に戻りたいんだ」
「こっちのゼルガディスさんと同じこと言うんですね」
アメリアがくすっと笑った。
「さあて、ゼルの話はこんくらいにして、そっちの世界のこと話してくんない?
ファンタジー小説みたいな、剣と魔法の世界ってヤツ?
あたしたちはそこで何してんの?」
リナの、興味津々といった様子に、ちょっといたずら心がわいた。
「リナは魔法使いでガウリイは剣士だ。二人は評判のらぶらぶカップルでな。
そばにいるオレやアメリアが目のやり場に困るくらいだ」
「な…!!」
真っ赤になるリナ。見事に予想通りの反応をしてくれるな。
「そ…それはっっそっちの世界の話でしょっっ!!あたしは、ガウリイとは、そんな、全然そんなんじゃないからね!!
ガウリイ!!あんたもへらへら笑ってないでなんか言いなさいよっっ!!!!!
あ、そうだ、あたし用があったんだ、そうそう、壊れた太陽電池パネルがはがれかけててあれ取れて後尾アンテナにぶつかるとやばやばで点検点検」
そそくさと逃げるリナ。
「いまさらアンテナ壊れたってどうってことないのに」
くすりと笑うアメリア。が、次の瞬間、ひどく心配そうな顔でこっちを向いた。
「で、ゼルガディスさん。そっちの世界には帰れないんですか?」
「どうかな」
「いいじゃないか。帰れなかったらこっちの世界にいれば。どうせどっちもゼルなんだし」
のんきそうに言うガウリイ。
「オレは、この世界でお前たちを助けるためにこの世界に飛ばされたのかも知れない。
だとしたらオレの役目はもう済んだわけだ。この世界にいる理由は…」
俺が言いかけた時、激しい振動が俺達を襲った。
「なんだなんだ」
「パネルがはげてアンテナが…」

気がつくと、俺は小屋の中にいた。
「ゼルガディスさん、ゼルガディスさんなんですね!!」
アメリアが…いつもの服を着たアメリアが俺の顔をのぞきこむ。どうやら元の世界に帰って来られたらしい。
「ね、あたしの言ったとおりでしょ。なんか激しい衝撃をもう一回ここらへんの空間に加えればゼルが帰って来るって」
自慢げに言うリナの後ろで、小屋の壁とその向こうの雪原が白煙を上げている。やれやれ…
とにかく結果としては戻って来られたわけだ。今ごろ向こうの俺も無事に元の世界に戻ったろう。
「そうだ、旦那の具合は」
「よお、おかえり〜ゼル」
ガウリイが、ベッドで片手を上げた。さっきまで高熱でもうろうとしていたはずだが。
「向こうのゼルが、なんとか物質とかいうのを飲ませたの。そしたらけろっと熱が下がって」
リナが、安堵の表情を浮かべて言う。なるほど、それが向こうの俺の役目だったってわけか。
「なんかこっちより進んでる世界みたいね。ね、ね、見てきたんでしょ?どんなとこ?」
「そうです、向こうのゼルガディスさんは、『知ってもしかたがない』とか言って詳しく話してくんなかったんですよお〜」
確かにそうだ。向こうの科学とやらを知ったところで、こっちの世界では使えない。
「そうだな…魔法の代わりに科学とやらが使われているらしいが、万能ではないらしい。
後はこっちとたいして変わらないな」
俺は言った。
「向こうのリナも前向きだし、ガウリイはのほほんとしてるし、アメリアは元気だし」
そして、向こうのこいつらも、人間ではない俺――あるいは俺達――を、仲間として受け入れてくれる奴らだったのだから。



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9828赤い大地の円舞曲山塚ユリ 5/3-00:40
記事番号9759へのコメント

いいわけ
西部劇だったりしますが、私は西部劇にも銃にも詳しくないのです。
時代考証は…大目に見てください。(汗)
================================
西部の赤い大地に、いつものように乱雑な夜がやってきた。
赤毛のカウボーイ、ランツは、酒場の人ごみに知った顔を見つけ、声をかけた。
「よう、兄貴」
この声に金髪のカウボーイが振り向いた。
「景気はどうだい」
「よくはないな」
金髪のカウボーイ、ガウリイがそう答える。そこそこの牧場で牧童主をしているランツとは違い、ガウリイは今のところフリーのカウボーイ…というか、失業者である。
「そんならいい話があるんだ」
ランツが言った。
「俺が牧童やってるウィルダー家の一人娘が、馬車で一週間くらいの旅をするってんで、護衛が必要なんだ。
が、うちの牧場の奴等連れて行かれちゃこっちの仕事が成り立たない。で、信用できる奴がいたら連れて来いって言われてるんだが。どうだ、来てみないか」
「…いいのか?オレなんか誘って」
「かまわないさ。報酬もいいし、毎晩宿に泊まれるし。俺が行きたいくらいだ」
「お嬢さまの護衛か…その一人娘って美人なのか?」
ガウリイの言葉に、なにがおかしいのか、ランツはゲラゲラ笑い出した。
「あーあ、美人だぜ。とびっきりのな」

ウィルダー家には、十数人のカウボーイが集まっていた。その中にガウリイもいた。
「出発は明朝九時だ。みんな、頼んだぞ」
馬車の横でふんぞりかえる当主ウィルダーの横にいる娘を見て、ガウリイは、ランツの笑いの意味を悟った。
確かに美人…になるだろう。将来は。
(十三、四の小娘じゃあねえか…ランツのやろ。オレはもっと妙齢の美女が好みなんだぜ)
ガウリイは胸中で毒づいた。
ウィルダーがリナと紹介した少女は、名家ウィルダー家の一人娘らしく、フリルいっぱいのドレスを着て、なんか不機嫌そうな顔をしていた。
(こんなちっちゃい子が、荒野の旅に耐えられるのかね)
ガウリイはそう思った。

翌日。少女と付き人数人を乗せた馬車は、カウボーイ十数人の護衛付きで出発した。
拍子抜けするほどなにごともなく馬車は進み、やがて赤い大地に日は落ちた。
馬車が宿について、その日の護衛から開放されると、カウボーイたちはさっそく酒場に繰り出した。とはいえ、飲み過ぎて翌日の仕事に支障をきたしてはつまらない。人数は一人抜け、二人抜け、はなはだ盛り上がらないものとなった。
ガウリイもそうそうに宿に戻ってきたが、宿に入ろうとして、裏庭から飛び出して来た人影とぶつかりそうになった。
「おっとと」
あやまりもせず、慌てて逃げて行ったのは…リナであった。
(お嬢さまが今ごろなにしてるんだ?裏庭に停めてある馬車に忘れ物でもしたのかな?)

翌朝。
ガウリイが起きると、裏庭でカウボーイたちが騒いでいた。
「なにかあったのかぁ?」
「大変だ。馬車が故障した。というか、壊された」
夕べのうちに、何者かが馬車の車軸のボルトを外していったのだ。直すのには二日ほどかかる。
「しかたがありません」
動かない馬車の上で、りんとした声で言ったのはリナだった。
「馬車が直るまで待っている暇はありません。あたしは先に、馬で東部に向います」
「しかし、お嬢様、危険です」
抗議する執事にリナは
「もちろん一人で行くわけじゃないわ。護衛は連れて行きます」
そう言うと、びしっと指差した。ガウリイを。
「あなたを護衛に任命します。セバスチャンと後の者は馬車が直るまで待機。
馬車が直ったら後から来て」
リナはそう言うと、馬車の中からひとまとめにした荷物を引っぱり出し、馬にくくりつけた。
「しかし、護衛が一人では…」
執事のセバスチャンはぐじゃぐじゃ言い募るが、
「女の子一人に何人もくっついていたら、よけい人目を引くわよ。じゃ、行くわよ」
こうして、リナとガウリイの二人旅がはじまった。

どこまでも続く赤い大地を、二人は並んで馬を駆る。
「ええと、なんてお呼びすればいいのかな?お嬢さま」
慣れた手綱さばきで馬をあやつるリナに、ガウリイが問う。
「リナって呼んで。ガウリイ=ガブリエフさん」
いつの間に名前を知ったのか、リナが微笑んで言う。
「ガウリイ、でいいよ」
ガウリイが答えた。
ドレスをマントで隠し、楽しそうに馬を進めるリナは、いきいきとしていて、とても深窓のお嬢様には見えなかった。
「…この旅は、気がすすまなかったんじゃない…んですか?」
違和感を感じて聞くガウリイ。
「なんでよ」
リナがきょとんとする。
「だって…出発前に不機嫌そうな顔してたから」
「ああ、だって、せっかく屋敷を離れて旅ができるってのに、あんな馬車に押し込められて、セバスチャンの監視付きなんて、考えただけでもうんざりじゃない。
あたしは馬で、風や景色や赤い土ぼこりをじかに楽しみたいのよ」
「ほう、そのために馬車を壊したんですかお嬢さま」
「な゛、なんのことかな」
リナの顔に一筋の汗。
「荷物もひとまとめにして準備してたようだし」
「えーい男が過ぎたことをぐだぐた言わない!」
「はいはい」
ガウリイの中で、「リナ=お嬢さま」の公式に、早くもひびが入りつつあった。

夕方、二人は食事をするために町の酒場に入った。
「馬を走らせたらおなかすいちゃった♪」
リナは旺盛な食欲で料理をたいらげていく。
やがて食事が終わる頃、隣のテーブルに数人のカウボーイがやって来て、給仕の女性にからみ出した。いやがる女性に酒の相手をしろとしつこく迫っている。
(やれやれ、お嬢ちゃんの護衛中だし、あんまり騒ぎを起こしたくないんだがな)
ぼやきつつ、奴等を制するためにガウリイが立ち上がろうとしたその時。
「嫌われてんのがわかんないの?振られたんだからさっさと引っ込みなさいよ」
言い放ったのはリナだった。
「なんだと」
振り返ったカウボーイ達。相手が少女と知ると、下卑た笑みを浮かべた。
「ほほう。お嬢ちゃんが相手してくれるのかなあ」
「冗談言わないでよ。だーれが」
「なんだと」
「まあまあ」
慌てて仲裁に入るガウリイ。
「オレの連れなんだ。子供の言ったことだ。聞き流してくれないか」
「そうはいかないなあ」
カウボーイ連中の矛先はリナとガウリイに向いた。その隙に逃げ出す給仕の女性。
「子供にはしつけってのが必要だよなあ」
「大人に対する礼儀ってのを教え込んでやらんとな。まずは挨拶からだ」
カウボーイの一人が、リナの頭をつかんで無理矢理おじぎさせようとする。
「なにすんのよっっ」
リナの蹴りが、そいつのみぞおちに命中した。
「なにしやがるこのガキ」
別のカウボーイがつかみかかろうとするが、
「そいつはこっちのセリフだ」
ガウリイのパンチが炸裂した。
後は乱闘だった。
乱闘と言っても、ガウリイが荒くれカウボーイ連中を一方的にのしてるだけだったが。
リナはといえば、いつの間にやら厨房に逃げ込んで、ときおり
「がんばれガウリイ」
などと無責任な声援を送っている。
(誰のせいでこうなったんだよ)
不満解消に、荒くれカウボーイを殴りつけるガウリイであった。

「ちぇっ、自警団のやつら、なんであたしたちまで追い出すのよ。あたしたちはあの酒場を守った英雄じゃない」
夜の町。宿を探す道すがら、リナが文句を言う。
「なに言ってんだ。誰か一人でも逆上して銃を抜いたらどうするつもりだったんだよ。自警団が来てくれて助かったぜ」
「ま、いいわ。それにしてもガウリイ、やっぱ強いんだ」
リナがころっとにこにこ顔になる。
「ランツからあなたのこと聞いてたのよ。腕っ節とか、銃の腕前とかね。あたしの護衛なんだからやっぱ強くないとね」
「…まさか、オレを試すためにけんかふっかけたわけじゃないだろうなぁ…」
「考えすぎ、考えすぎ」
ぱたぱたと手を振るリナ。
「どうでもいいけど、店めちゃくちゃにしたあげく、食事代も払ってないぞオレたち」
「不可抗力よ。自警団に出て行け、って言われたからその通りにしたまでの話で」
「…ひょっとして食い逃げが目的だったとか…」
「ま、まさか。こう見えてもこのリナ・インバース・ウィルダーともあろう者がそんな真似するわきゃないでしょうが」
「…その額の汗はなんなんだよ」
こうしてガウリイの中で、「お嬢さま」はもろくも崩れさったのであった。

次の日。
よく晴れた荒野を、馬が進んで行く。
「ところでリナ」
「なによ」
「オレたち、どこへ向ってるんだっけ」
ずりっ
「だあああっもうちょっとで落馬するとこだったじゃないっ。東よ東っ。あたしの家。故郷」
「家えぇぇぇえ?あのお屋敷のお嬢さまじゃなかったのか?」
「みんなおじさんの子供だと思ってるみたいねあたしのこと。おじさんはとうさんの弟に当たるんだけど、子供がいないから、あたしのこと大事にしてくれんのよね。あたしも居心地いいからついつい長居して二年も西部にいたけど、とうさんがたまには顔見せろってさ。
牧場の方も順調だし、一ヶ月くらい休み取ってもいいかな、と。たまには親の顔見て、故郷の料理も食べたいし」
「なるほど。ところで」
ガウリイは馬を停めると馬から降りた。二十メートルほど先の、掘っ建て小屋に向って呼びかける。
「オレたちになにか用か」
七人のカウボーイが小屋から出てきた。
「夕べ、町で十余人の荒くれを片手であしらった金髪野郎がいると聞いてな。おめえがうわさに名高いガウリイ・ガブリエフか」
「オレはお前たちなんか知らん」
「お前を倒せば俺達にも箔が付くってもんだ。相手になってもらうぞ」
「リナ、さがってろ」
走り出すガウリイ。カウボーイたちがいっせいに銃を抜く。轟いた銃声は一発に聞こえた。
「ぐわっ」
「あひいぃぃ」
肩を、足を撃たれ、どっと倒れるカウボーイたち。
「オレを倒したいなら、弾より多い人数で来るんだな」
いつの間に抜いたのか、ガウリイの両手にコルトの五連発があった。拳銃を構えたまま、カウボーイたちに近づくと、片っ端から落ちていたカウボーイ連中の銃を蹴っ飛ばす。
「今度からそうするぜ」
声はガウリイの後ろからした。
「動くな!お前が振り向く前に俺様の銃が火を噴くぜ」
潅木の茂みに隠れていたカウボーイが立ち上がった。そいつはにやりと笑うと、ガウリイの後頭部を狙って…
ガウーーン!!
後ろから肩を打ち抜かれ、そいつは地面に転がった。
「動かないで!撃つわよ。って、今から言っても遅いか」
リナが、まだ白煙を上げるレミントン銃を構えてぽりぽり頭をかいた。
「リナ!なんでお前銃なんか…」
「ああ、ただの護身用よ。旧式のやつ、牧場の倉庫からこっそり持ち出したの」
言いながら、はいているブーツの中に銃を押し込むリナ。
「子供が銃なんか持つものじゃない!」
「子供じゃないわよっ今年十六になるんですからねっ」
十三、四歳だと思っていたガウリイは一瞬言葉に詰まった。
「こ、子供じゃねえか」
「子供じゃないってば。ところでこいつらなんなの?あんたのこと狙ってたみたいだけど。
ひょっとしてガウリイって、この世界じゃ有名人?」
「そう…なるのかな?」
駆け出しのカウボーイの頃、名を売ろうと思って馬鹿をやった。そのツケを今ごろ払う羽目になろうとは――。

連中を保安官に突き出していたため、予定通りに次の町へ着けず、その夜は野宿するはめになった。
「すまんな、豆と乾し肉のスープしかなくて」
夕飯の支度をしながら言うガウリイ。
「へへ〜いいもんがあるのよ」
リナのマントの中から、次々と食料が出てきた。瓶詰、缶詰、パン、腸詰め、チーズ、果物etc…
「大サービスであたしの非常食を提供しちゃう。パーッとやりましょう」
「どうしたんだよその食料」
「ゆうベ酒場でのどさくさまぎれに」
「…あのなあ」
しばし、食事に専念する二人。
「なあリナ」
「ん?」
「明日、次の町に着いたらそこでさよならだ」
「へ?ちょ、ちょっと、どういう意味よ」
「今日の奴等はオレが呼んだようなものだ。このまま進めばまたあんな奴等が出てくる。
護衛のくせにあんな奴等に狙われてるんじゃ、護衛の役に立たないだろ。だから護衛は首にしてくれ」
ごきっ
ガウリイの脳天を、ウインチェスター銃の台尻が直撃した。
「へえええええ。こーーんな荒野のど真ん中にかよわい女の子置き去りにして行こうってぇの。
冗談じゃないわよおおお!!」
「ちょっと待て、ライフルなんぞどっから出…」
こ゛ぬ゛っっ
「今日保安官が言ってたでしょ。近くに列車強盗の一味が来てるって。そんなところで一人にされてたまるもんですか」
「だから、後から来るじいさんたちを待…」
す゛め゛っ
「だいたい今日だって難なく片づけたじゃない。あんなの、あたしの護衛しながらでも片付けられるでしょ。
護衛を引き受けたからには最後までやってもらいますからね。いい?聞いてんの?ガウリイ」
もちろん、地面に突っ伏したガウリイは聞いちゃいなかった。

朝が来て。
鼻歌なんぞ歌いながら馬を進めるリナの後ろを、ガウリイがぽくぽくついていく。なしくずしにリナの護衛を続けることになったらしい。
「オレ、本当に最後まで護衛するって言ったのか?」
「言ったわよきっぱりと」
「なんか頭痛いし…記憶が飛んでいるんだけど」
「野宿で風邪ひいたのかな?気をつけてね」
しゃあしゃあと言ってのけるリナ。
二人は道を進み、小さな町についたが、
「…変ね、ここ」
町の通りには誰もいない。ゴーストタウンである。が、多くの視線を感じてリナは不愉快そうにつぶやいた。
「ああ。誰かがオレたちを監視している…ひきかえそうか」
「もう手後れなんじゃない?」
一軒の家から、ひげ面の男が出てきた。腰に拳銃を差している。カウボーイくずれというところか。
「なんだお前らは」
「ただの旅の者だ。別にこの道は通行止めじゃないんだろ?」
「ああそうさ。どうぞご自由にお通りくださいってんだ」
にたにたと笑うひげ男の横を過ぎる二人。ガウリイがちらり、とリナに視線を走らせた。リナが小さくうなずく。
ぱっ、と馬が脇道に飛び込むと同時に、銃声が響いた。さっきまで馬がいた空間を弾が空しく貫く。
「いきなり撃ってきたな。何者だ?」
ガウリイは急いで馬を下りるとその尻を蹴った。驚いた馬は荒野へ向って走って行く。
「さっきの男の顔に覚えないの?きのう保安官が言ってた列車強盗団の手配書、それに載っていたうちの一人よ」
「なるほど…ってなんでお前さんまで馬降りてんだああっ!!オレが注意を引き付けている間に逃げろって」
「馬は逃がしたわよ。一戦終わる頃には戻ってくるでしょ」
「馬の話じゃないいいっっ」
言いつつ、ガウリイは通りに向って撃った。ひげ面が地面に倒れる。
「気配からすると相手は四十人くらいいるのよ。目をつけられた以上、とても逃げられりゃしないわ」
リナがマントの下からライフルを取り出す。どうやってそんな長い物がマントに隠せるのか疑問だが。
「四十一人だ」
律義に訂正するガウリイ。通りに強盗団の数人が駆け出してきた。
「だったらこっちから攻撃して、さっさとやっつけちゃった方がいいでしょ。行くわよ」
リナが、一味の一人の肩をぶち抜いた。奴等がひるんだすきに通りに飛び出し、向こうの建物の陰に飛び込む。
「護衛より先に飛び出すお嬢さまがいるかよ」
続いて飛び出したガウリイが、驚き騒ぐ残り数名を沈黙させた。

町で一番いい屋敷の二階で、下の通りから聞こえる銃声にいらだっている男がいた。強盗団のボスである。
「なにをどたばたしている。侵入者は殺したのか」
「そ、それが」
「まだなのか。俺達がここをアジトにしていることを知られるのはまずい。さっさと片づけろ」
「それが、片付けられているのはこっちなんで」
「なんだと」

ガウリイは走った。
建物の蔭や立ち木の横をかいくぐり、身を隠しつつ、追ってくる強盗一味を確実にしとめていく。
ガガーン!!
コルトが火を噴き、ガウリイの前の敵が倒れる。そのガウリイを狙う別の男はリナのライフルに倒される。
「ガウリイ!こっち」
リナのいる建物の中に駆け込むガウリイ。
「三人やっつけたわよ。そっちは?」
自慢げに無い胸をはるリナ。
「八人」
「なによそれ。弾の数より少ないじゃない」
「無茶言うなよ」
リナが窓からの狙撃で敵を足止めしている間にガウリイはすばやく弾をこめる。
「援護するわ。行け!!ガウリイ」
「人使いの荒いお嬢さまだよな」

「これで五人…っと」
建物の中から外をのぞきながらリナはにんまりした。
こまめに場所を移動しながら、単独行動の奴を遠方の物陰から狙撃する、というやり方で敵を倒すリナ。なかなかひきょうである。
「おっとまたカモのお出ましだわ」
通りを歩く敵にウインチェスターの照準を合わせるリナは、自分の後ろから忍び寄る敵の影に気がつかなかった――。

轟音が響き、荒くれ男四人が地面に転がった。ガウリイをはさみうちにしようとした奴等である。
「…なんてぇ早撃ちだい」
倒れた一人がうめいた。
「それだけが取りえでね」
言い残すとガウリイは町の広場へ向う通りを走った。町の広場で敵の気配がする。建物の陰で、空になった銃に弾を込めるとガウリイは広場に飛び出した。その動きがひたっと止る。
「リナ…」
広場の真ん中に強盗団の親玉が立っていた。その脇に、リナが両手を縛られて立っている。別の男に肩をつかまれ、銃を突きつけられて。
「君がガウリイ・ガブリエフか。うわさには聞いているよ。だがもうこれまでだ。
このお嬢さんの心臓に穴が開くのを見たくなければ両手の銃を捨てていただこうか」
いつの間にか広場は強盗団の残党に取り囲まれていた。その数十五人。
「駄目よガウリイ!そんなことしたってどうせ二人とも殺されるんだから!
あんたならこんな奴等、一瞬で倒せるはずよ」
リナが叫ぶ。
「どうかな。もしかしたら話し合いの余地があるかもしれんぞ」
にやりと笑う親玉。そんなことは煙草の煙ほども考えていないのは明白だった。
じりっじりっと、包囲を狭めていく男達。
「わかったよ。降参しよう」
ガウリイは両手の銃を腰のホルスターに戻した。親玉の顔に笑みが浮かぶ。
と、リナが叫んだ。
「あ、足元にガラガラ蛇!!」
一瞬、下を見てしまう男達。リナはその一瞬に足元の赤い砂を蹴り上げた。砂塵がリナを捕らえていた男の目に入る。
男の手がゆるんだ。
リナは男の腹に飛び蹴りを食らわすと、脱兎のごとく駆け出した。ガウリイに向って。しかし、
「このガキ!!」
広場に銃声が轟いた。
リナの体が跳ね、空中で半回転して倒れる場面が、ガウリイの眼にはまるでスローモーションのように映った。
「リナ!!!」
銃口の包囲網の中にいることも忘れ、リナに駆け寄るガウリイ。
赤い地面に仰向けに横たわるリナのマントは、地面よりも真っ赤な色に染まっていた。
「リナ!リナ!うそだろ、おい」
ガウリイは必死でリナの体をゆすったが、リナの閉じた眼は開かれなかった――――。

「殺りますか」
「別れの挨拶くらいさせてやれ」
親玉は勝ち誇った笑みで部下に言った。ガウリイが、リナの乱れたマントを直し、縄をほどいた手を胸の上で組んだり、足をそろえたりするのを勝者の貫禄を浮かべて眺める。
ガウリイはかがみ込むと、リナの唇にそっとくちづけた。そしてゆっくりと立ち上がる。
「そんなに悲しむな。すぐ一緒のところへ送ってやるからよ」
親玉が片手を上げた。部下の銃口が一点に集中する。
「う―――うわあああああっっ!!!」
ガウリイが絶叫した。悲しみとも、怒りともつかない衝動に突き動かされて走り出す。
強盗団の奴等がてんでに銃をぶっ放す。が、
「当たるかよっっ」
弾の嵐をかいくぐり、二丁のコルトが轟音を上げた。
「ぐわっ」
「ぎゃっ」
ばたばたと倒れる男達。
「き…黄金の疾風…」
誰かが口にする。数年前、このあたりで有名だった一人の若いガンマンの通り名を。
「うろたえるなっ!奴の銃にもう弾はない。今だ!殺っちまえ」
親玉が叫ぶ。気を取り直して銃を構えた残り五人の男達、その目に入ったのは、旧式のレミントンを取り出したガウリイの姿だった。
銃が吠えた。
――轟音の余韻が消えた時、砂塵の吹く赤い大地に、ガウリイと親玉の二人だけが立っていた。
ガウリイの手足のあちこちから血が流れている。流れ弾がかすめたのだが本人は気にもしていない。
「こ、殺すのか、殺すんだな俺を、そ、そうだ、お前も血に飢えた無法者の一人なんだ、そうだ、あははは」
恐怖で錯乱した親玉の額に押し付けた銃の引き金を、ガウリイはゆっくりと引いた。
ガチッ
緊張の糸が切れ、白目をむいた親玉のみけんに、ガウリイは弾切れのレミントンを振り下ろした。
「誰が血に飢えた無法者だ。お前らといっしょにするな」
銃をガンベルトに挟むと、ガウリイは踵を返した。レミントンの持ち主の動かない体が、否応なしに眼に入った。
(リナを守れなかった…オレ…護衛なのに…リナを守れなかった…)
ゆっくりと近づく。真っ赤に濡れた地面に静かに横たわるリナは、ただ眠っているだけのように見えた。
そう、今にも、う〜〜んとか言って伸びをしそうに…
「う…ううん…」
いきなり聞こえた声に、ガウリイが硬直する。
リナが眼を開いて、上体を起こした。
「あたた…頭打ったあ…あ、こぶができてる」
後頭部をさすりつつあたりを見回したリナは、棒立ちで口をぱくぱくさせているガウリイに気づいた。
「なにやってんのガウリイ。かよわい少女が脳震とう起こして倒れてたってのに介抱もなし?」
「だ…リナ…その…血が…」
「血?」
マントを広げるリナ。
「きゃああああ、あたしの大事な食料があああ」
弾が当たったのだろう。マントの下の缶詰やら瓶詰やらが壊れて、中のトマトソースだかなにかがこぼれ出していた。
「……あ…あ…あのなあ!!」
「なに怒ってんのよガウリイ」
「なに、じゃないだろ!!お前が死んだかと思ってほんっっっとに驚いたんだぞ、オレ。それがなんだあ?大事な食料だぁ??しまいにゃキレるぞっっ」
「なによ、勝手に死んだことにして勝手に怒っ…て…」
リナのセリフはそこでとぎれた。いきなりガウリイがリナを抱きしめたからだ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと」
うろたえるリナ。
「…よかった…」
ガウリイの、ため息にも似たつぶやきが、赤い風に消える。
「や、ちょっと、なによ、苦しいってば、ガウリイ、ちょっと」
ガウリイの腕の中でリナは動転しまくっていた。

その牧場は、西部のウィルダー家の二倍は広かった。
その奥に豪華な屋敷がある。
「ここがあたしのうちよ」
リナは馬を下りた。マントをはずしたドレス姿のリナは、いっぱしのお嬢さまに見えた。
荒野のカウボーイであるガウリイとは住む世界の違う、大牧場主のお嬢さまに。
ここが旅の終着点だった。
「ここでお別れだな」
ガウリイが言った。
「…そうね」
リナがうつむいた。
「苦労はしたが楽しい旅だったよ。じゃあ…さよなら」
ガウリイが握手を求めて手を出す。が、リナはその手を無視してくるっとガウリイに背を向けた。
「な、なにしけた顔しちゃってんのよ。二度と会えないわけでもあるまいし。
同じこの赤い大地に生きてんのよ。だから…だからまた会えるわよっ」
「そうかな」
間抜けに手を引っ込めるガウリイ。
「そうよっ!じゃ」
リナは後ろを向いたままガウリイに手を振ると、屋敷の中に駆け込んでいった。
「…振り向きもしないもんな、さばさばしたもんだよ」
ガウリイは、牧場の柵にもたれて煙草を吸った。吸い終わるともうやることはなくなった。
「…帰るか」
二頭の馬を曳いて歩き出すガウリイ。
と、後ろの屋敷がいきなり騒がしくなった。
「?」
ばたっと屋敷の戸が開いて、リナが飛び出して来た。荷物とマントを振り回して。
「リナ?!」
「ガウリイ!馬!」
リナはガウリイの手から手綱を奪いとって馬に飛び乗ると、そのまま馬を走らせる。慌ててガウリイも馬に乗り込んで後を追った。
「どうしたんだよ、いったい」
「帰るの!西部に」
「は?」
「聞いてよ、とうさんったら、あたしを結婚させようってのよ。知り合いの牧場主の一人息子と」
「け、結婚んんん!?」
「あたしを呼んだのもそのためだったのよ。おじさんもぐるだったんだわ。身内をだますなんて最低!」
「で?」
「そんな、会ったこともない奴と誰が結婚なんかするものですか。とうさん張り倒して逃げてきたのよ」
「…おいおい」
「帰って、おじさんもぶちのめすっ」
「ウインチェスター銃で殴るのはやめとけよ…ところで」
「なによ」
「帰り道の護衛に、オレを雇わないか?」
リナがにっと笑った。
「どうせ帰り道なんでしょ?相場の半分で雇ってあげるわ」
「せこいお嬢さまだよなほんと」
軽口を言い合いながら馬を飛ばす二人の姿は、やがて荒野の向こうに消えていった。