◆-死が二人を分かつまで(1)-キューピー/DIANA(11/16-10:58)No.528
 ┗死が二人を分かつまで(2)-キューピー/DIANA(11/16-11:04)No.530
  ┗死が二人を分かつまで(3)-キューピー/DIANA(11/16-11:07)No.531
   ┗死が二人を分かつまで(4)-キューピー/DIANA(11/16-11:09)No.532
    ┣泣きそーになりましたぁぁぁっっ!!-ひなた(11/18-18:06)No.556
    ┃┗ああ!うれしいですぅぅぅ!-キューピー/DIANA(11/18-23:27)No.558
    ┗すごいですねぇ・・・-T−HOPE(11/19-22:33)No.579
     ┗Re:すごいですねぇ・・・-キューピー/DIANA(11/19-23:48)No.580


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528死が二人を分かつまで(1)キューピー/DIANA E-mail 11/16-10:58

このエピソードは、某サイトでスレイヤーズのカップリング人気投票の結果を
目撃したとき、思いついたものです。全四章。タイトルはもちろん、キリスト
教の結婚式で司祭が新郎新婦に結婚の誓いを確認するときに述べる言葉の一部
です。となると……結婚がテーマ?(笑)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

創作スレイヤーズ:『死が二人を分かつまで』その1

若い男は手にした白いバラの花束を握り締め、彼(か)の人がいるはずの窓を
見上げる。薄茶色の厚いカーテンで閉ざされた窓。
気に入ってもらえるでしょうかねぇ?
彼は祈るような気持ちでドア・ノッカーを打ち鳴らす。すぐに扉が開き、出迎
えてくれたのは、目指す人……の母親。
「まあ、今日も来てくれたんですね」
「こんにちは。今日はお会いできますでしょうか?」
「ええ。この頃はどんなに朝ご機嫌斜めでも、あなたが来てくださると、とても
元気で素直になるんですよ」
「それは良かった」
「どうぞお通りください。私は後でお茶をお持ちしますから」
「では、失礼します」
彼は二階に上がる。階段を上がり切り、廊下に並ぶ三つの扉のうち、一番奥の
ドアの前に立つ。
すばやく身なりにチェックを入れる。服装に乱れはない。前髪も見苦しくない
だろう。肩に落ちる髪を払い、深呼吸を一つ。
とんとんとんとん。
そっとノックする。
「どなた?」
「僕です。入りますよ」
相手の返事を待たず、ノブに手をかけてゆっくりと開く。何事も静かに。でき
るだけ穏やかに。
彼(か)の人はベッドに上半身を起こしている。
大きな紅い瞳。長い艶やかな栗色の髪。白い顔。白い清潔なネグリジェに包ま
れた華奢な身体。肩から羽織ったピンクのカーディガンが、年齢よりは少し幼く
見える子どもっぽさを薄れさせている。
「また来たの?よくまあ、飽きないものね」
つっけんどんな言い方の中に、精一杯の強がりが見え隠れする。かわいい。
「毎日来ます、と言ったでしょう?」
「暇人!」
「あなたに会いに来る時間が取れるくらいに忙しいです。はい、どうぞ」
バラの花束を差し出す。彼(か)の人は細い腕を伸ばして、優しく抱きかかえ
るように花束を受け取る。浮かんだ笑顔は、けして演技ではない。ああ良かった。
「まだ、前にもらったバラも元気よ。もったいない」
ベッドの枕もとに視線をやれば、そこでは大きな花瓶に活けられたピンクのバ
ラが咲き誇っている。先週、花言葉のカ−ドを添えて贈ったもの。花言葉は……
<わが心。君のみぞ知る>。
今日の花束にも花言葉のカードが添えてある。それは……。
「新しい花の方が、新しい気持ちを運ぶでしょう?活け換えましょう」
花瓶に手を伸ばすと、彼(か)の人がそっとその手を抑える。
行かないで。ここに居て欲しい。
言葉には出ない望みを読み取り、彼はベッドの隅に腰を下ろして、細い肩に手
を回す。彼(か)の人はゆったりと彼の胸に頭を預け、安心したようにため息を
つく。
「今日は一段とお美しい」
「口がうまいのね」
「本心ですとも」
彼はそう言って、そっとその髪に口づけする。きらめく紅い瞳を覗き込んで、
できるだけ優しくささやく。
「この間のこと……考えていただけました?」
「嫌よ」
「そうですか……残念です」
また断られてしまった。これで何回目だろう?切ないものだ。
「あなたはそうやって僕をじらして……楽しんでおられるのですか?」
「釣った魚にえさはやらない、って言うでしょ?あたしは簡単に釣られないわ」
「では、いささか強引なやり方──網を張るとかすれば、釣られてくれますか?」
「ダメ」
「冷たい人ですね。でも、それが素敵なんです」
「嘘ばっかり。どうしてあたしみたいな病人に構うのよ?世の中にはもっと健康
であなたに優しくできる人がいくらでもいるってのに」
「あなたと出会った時、あなたはその健康で優しい人でした。今、そうでないか
らと言って、僕が諦められるとお思いですか?僕にはあなたしか見えない」
「もっと目を開いて見れば?たくさんの人が見えるわよ」
押し問答をしながら、彼は相手が会話を楽しんでいることを見逃さない。つれ
なくしてみせて、彼が足繁く通ってくるのを待っている。
彼は細い身体に両手を回す。一度強く抱き締め、すぐに緩める。一度は許され
るが、時間をかけたり、繰り返すと拒否されるから、これ以上は遠慮する。
そっと彼(か)の人を放し、その顔を覗き込む。
「これぐらい大きく開けばいいですか?」
彼は大きなドングリ眼を描き込んだ眼鏡をかけていた。
伏し目がちだった表情が、あっけにとられる。
目の前の白い顔が、おかしくてたまらない、というように吹き出す。
「笑ってくれましたね。嬉しいです」
「馬鹿な人。子どもみたい」
「あなたに笑っていただくためには、どんな子どもっぽいいたずらでもしますよ」
言いながら彼は立ち上がり、扉まで行って入って来た時と同じようにそっと開
ける。ちょうど、母親がお茶を乗せたお盆を差し上げ、階段を上りきったところ
だった。彼も手伝って、部屋でお茶の時間が始まる。
母親はわずかに近所の話題を告げただけで、すぐに若い二人だけを残して階下
に降りて行った。

いくら彼との会話を楽しんでいるとはいえ、彼(か)の人の身体への負担を考
えればそれほど長居はできない。会話が辛くなると病人は余計に落ち込むものだ。
若者は適当なところで訪問を切り上げることにする。
「そろそろお休みになった方がいいですよ」
「ええ……そうね。早く帰って」
「できれば、あなたが眠るまで、ここに居させていただけませんか?」
白い顔がきっぱりと拒否の反応を示す。まだまだ、焦ってはいけない。
「ごめんなさい。もうおいとまします」
「ええ。さようなら」
「さようなら」
若者は階段を降り、母親に挨拶をして名残惜しく家を後にする。
いつもなら、まっすぐに寄宿している神殿に戻るのだが、今日は少し歩いたと
ころで路地に入り、座り込む。ここからは彼(か)の人の家の戸口が見えるが、
路地の陰に入った彼は暗い色の服を着ているし、髪も黒いので、向こうからは目
立たないはず。
そうしてじっと時が経つのを待つ。
やがて日が落ち、角々に『明かり(ライティング)』の光がともる。
見つめる家の前で動きがあった。主人の帰宅である。
一家の主が家に入るのを見届け、若者は潜んでいた路地から出、先ほど辞去し
たばかりの家の前に立つ。二階を見上げても、彼(か)の人は眠っているのか、
窓には明かりは見えない。
一つ、息を整えて、彼はドア・ノッカーを鳴らした。
「どなた?」
「僕です、マダム。夜分に済みません」
家の主婦は疑いもせずに扉を開く。戸口を入った部屋に、部屋着に着替えたば
かりの主人が驚いた顔つきで立っている。若者は主人にお辞儀をした。
「こんな時分に申し訳ありません」
「まあ、どうなさったというんですか?何かお忘れ物でも?」
「いいえ。今夜はお父上とお母上にぜひ、お願いしたいことがありまして」
若者の言葉に、一家の主と妻は顔を見合わせる。妻の方の目には、何か予感し
ているような輝きがある。夫の方はどちらかというと不安げ。
夫婦は若者に、椅子に腰掛けるように勧めた。
「お願いといいますのは……実は僕はお嬢様に結婚を申し込みました。でも、断
られてしまいました」
夫婦はまたも顔を見合わせる。妻の方は予感があたった、という得意げな顔。
夫の方は、ひたすら戸惑った表情。
「僕は、一度断られただけでは諦めきれません。どうか、僕がお嬢様への求婚者
として出入りすることを許していただけないでしょうか?」
「しかし、あれが嫌だと言うのなら……」
「いいえ、あなた。あの子はけして本心で断っているのではありませんわ。もし
健康だったらすぐにでもお受けしたでしょう。
でも、今、あの子は死ぬのをとても怖がっています。
結婚を申し込まれるのは、自分がよくなる見込みがある証拠、のように考えて、
毎日でもプロポーズされたくて、それで返事しないだけなんですよ」
病気の娘の父親は、腕組みをして考え込む。若者は言葉を繋いだ。
「僕はこの通り、一介の学僧。神官の資格はありますが、正式な勤めを持ってい
る者ではありません。本来ならば、この様な身でお嬢様に求婚するなど、もって
のほかだということは存じております。僕としましては、お嬢様が健康でしたら
むしろ求婚はしなかったでしょう。
しかし、今、病の床にあり、健康だったときの輝きを曇らせているお嬢様を見
ているのが辛いのです。どうかあの方に、生きていることの幸福を味わっていた
だきたい。そのために、ほんの少しでいいからお力添えがしたい。それが僕の希
望です」
「しかし……それでは君はどうなる?」
父親が低い声で問う。
「どうなる、と申されますと?」
「あれはあの通り、死の病に冒されておる。たとえ君と結婚できたとして、夫婦
らしい生活は望めず、すぐに死んでしまうだろう。君はそれで辛くはないか?」
若者は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振る。
「あの方が、死ぬまで幸福であることが僕の望みです。彼女が笑顔のまま天に召
されれば、あの世でもあの方は幸福になれる。僕はそれで満足です」
父親は辛そうに頭を垂れる。やがて、その顔を上げ。
「分かった。そこまで考えてくれるのなら認めよう」
母親が嬉しそうに、夫の肩に手を添える。若者は二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。ただ、できれば、あの方に無用のプレッシャーをお与
えになりませんようにお願いします」
「ええ、ええ。あの子はへそ曲がりですからね。私たちが下手にあなたを勧めた
りしたら、かえって嫌がるでしょうよ。でも、任せて下さい。きっとあの子があ
なたによい返事をできるように、段取りをつけて差し上げますから」
「いや……できれば成り行きに任せてくださった方がいいんですけど……」
しかし、かわいい娘が求婚されたことに浮かれまくった母親は、もうウェディ
ング・ドレスの布をどこで買うか、というところまで思考を飛ばしてしまってい
る。若者は、今夜の申し込みを少し後悔した。
「では……もうお嬢様はお休みのようですから、僕はこれで失礼します。また明
日、お顔を拝見しに来ますので」
立ち上がった若い求婚者の右手を、娘の母親が両手で握る。
「あの子は死ぬのが怖いのです。本当に。あなたの前では言わないでしょうけれ
ど、私の前ではしょっちゅう泣いているんです。もっと生きたい、って……。
あなたとの結婚が、あの子に笑顔を取り戻してくれることを信じています」
「ありがとうございます。彼女の心の痛みを少しでも取り除けるように、努力し
ます」
父親は戸口で若い学僧に右手を差し出した。
「娘を……メイベルをよろしく。ゼロス君」
「こちらこそよろしくお願いします」
黒い神官服をまとった男は、右手でその手を握り返した。

両親への申し込みはすぐにその効果を現わした。
次の日、ゼロスがメイベルの部屋の扉を開けたとたん、枕が飛んで来たのだ。
「出てって!」
ゼロスが枕を持って部屋に入ろうとすると、メイベルは怒鳴った。
「メイベルさん……そんなに怒らないでください」
「怒って当然でしょ!あたしが嫌だって言っているのに、なんだって勝手に両親
に了解を取りつけたりするのよ!やり方が汚いわよ!」
「僕は結婚を許して欲しい、なんて言っていません。僕があなたに求婚している
こと、そのつもりでこの家に出入りしていることを認めて欲しい、と言ったんで
す。あなたが受けてくださらないのに、勝手にご両親に許可を求めるなんてしま
せん。僕はあなたの求婚者ですが、まだ許婚(いいなづけ)ではないんです」
「だから嫌だって言ってるでしょ!」
今度は絵本が飛んで来る。
「僕も言いましたよ。納得できません、って」
「嫌っていうだけで十分な理由よ!」
「だって、あなたは僕のことが嫌なんじゃなくて、結婚が嫌、というだけでしょ
う?僕が嫌じゃないんでしたら、僕がこうして訪ねて来るのは構わないじゃない
ですか」
メイベルは薬を乗せてあった小さなお盆を振り上げた手を止めた。
「結婚の申し込みを撤回するんならいいわ」
「それは譲れません」
「頑固者!」
「その言葉をそのままお返ししますよ」
いつのまにか、ゼロスはメイベルのベッドにたどりついている。
手には枕と絵本を持って。今日は花束を持っていなくてよかった。そんなもの
を抱えていたらうまく受け止められず、悲惨なことになっていただろう。
上半身を起こしている彼女の腰の後ろに枕を据え、絵本をサイドテーブルに置
き、ベッドの隅に昨日のように腰を下ろす。彼女は昨日とは違うネグリジェを着
ているが、羽織っているカーディガンは同じ。
また肩に手を回そうとするが、メイベルは向こうを向いて拒否する。ゼロスは
手を引っ込めて、代わりに懐から一冊の本を取り出した。
「新しい本を持って来ました。読んであげましょう」
「……読んだら出て行ってよ」
「はい(にっこり)」
少なくとも、本を読む間は留まることを許された。上できだ。
ゼロスは本を開く。薄幸の女性が紆余曲折を経て一人の男性と結ばれる物語。
恋愛には奥手なメイベルは、こんな夢のようなお話が好きなのだ。
読み上げながら、時々メイベルの様子を覗き見る。瞳がきらきらと輝き、物語
に惹きつけられているのが分かる。
「……そこで郷士は彼女を捕まえると胸にかき抱いた。抑えようもない衝動に動
かされるままに彼女に口づけした。つい先日まで、身分の低い、ただの生意気な
小娘と思っていた女性に……」
メイベルの口からため息が漏れる。きっとその場面を、演劇を見るように思い
描いているのだろう。そう、自由に出歩いていた頃、彼女は演劇を見るのも好き
だった。
ゼロスは彼女の肩に手を回した。今度は逃げない。
紅い瞳を覗き込むと、そこには脳裏に描く光景に刺激された期待の光がまたた
いている。
空いている手で彼女のまぶたをそっとおろさせ、唇を合わせた。
一度だけ、ぴくり、と彼女の身体が震えたが、抵抗したり逃げようとはしない。
両手を彼女の身体に回し、しっかりと力を込めて抱き寄せ、さらに強く口づけす
る。メイベルの鼓動が、服を通してさえ伝わってくる。
ようやくゼロスが彼女を放した時、メイベルは泣いていた。
「……僕はあなたに笑ってもらいたくて口づけしたのに……。怒っているんです
か?」
メイベルは無言で首を横に振る。目は伏せたままだ。
「あなたが逃げないから……受け入れてもらえたと思っていたのに」
また首を横に振る。
ああ、きっと彼女は、言葉を出すのが怖いのだ。自分で何を口走るか分からな
くて、不安でたまらないのだ。
ゼロスはそれ以上言わず、彼女の顔を自分の胸に押し付け、髪をなでた。
「あなたを愛していますよ、メイベル」
胸の中で、栗色の髪が動く。うなずいている。
二人はそのまま、彫像のように動かなかった。
彼女を胸に抱いたまま、ささやきかける。
「……あなたは僕の前では辛さを見せようとしない。それが残念です」
ぴくり。腕の中の華奢な身体が震える。
「辛いなら、僕の胸で泣いてください。あなたの重荷を少しでも分けてください
……僕と結婚してください」
今度は栗色の髪がきっぱりと拒絶の動きをする。若者はため息を漏らす。
「あなたが受けてくれるまで、毎日でも申し込みますからね」
この言葉にはなんの反応もなかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ああっ、すみません!これのどこがスレイヤーズのカップリングなんだっ!
て怒らないでっ。次の章にはもう一人、主要なキャラが登場しますので、
どうぞ読んでください。


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530死が二人を分かつまで(2)キューピー/DIANA E-mail 11/16-11:04
記事番号528へのコメント
◇ ◇ ◇ ◇ ◇

創作スレイヤーズ:『死が二人を分かつまで』その2

彼(か)の人の両親に、求婚を認めてもらってから一週間。相変わらずメイベ
ルの返事はつれなかったが、ゼロスの訪問は歓迎された。
だからその日も彼は、いつもの通り、期待に胸を膨らませてノッカーを打ち鳴
らしたものである。
扉を開けたのは、いつもの母親ではなかった。もっと若い女性。肩にかかる髪
は赤く、見開いた目ははしばみ色。背はメイベルよりはだいぶ高く、身体つきも
出るところは出て、くびれるところはくびれている。白いブラウスと黒いベスト
のコントラストがその曲線を強調し、腰から広がるこげ茶色のスカートと、すら
りと伸びる引き締まった足が、若々しい躍動感を象徴している。
まっすぐに人の顔を見詰めているので、目つきは少し鋭く見えるが、顔立ちは
美人で、どことなくメイベルに似ている。
ゼロスは彼女が誰であるか、了解した。
「もしかしたらジュリアさんではありませんか?メイベルさんのお姉さんの」
「ええ。私がジュリアよ」
「これはこれは、初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はゼロスと
いうものです」
丁寧にお辞儀するが、彼を見下ろす視線はどことなく冷たい。彼が身を起こし
ても、ジュリアは戸口に立ちはだかって彼が中に入るのを拒んでいるようだ。
「あの……通していただけませんか?」
しかし、ジュリアは無言のままゼロスの襟ぐりを引っつかむと、外へ引きずり
出す。ちらりと二階の窓を見上げたゼロスの目に、カーテンの隙間から不安そう
に彼を見下ろしている紅い瞳が見えた。
通りの角を曲がり、大通りの辻に立つ彫刻の台座のところまでゼロスを引っ張
ったジュリアは、彼をその台座に突き放して解放した。
体勢を立て直したゼロスは、ジュリアに向かい合い、いつもの穏やかな笑顔で
対峙する。先手を取ったのは向こうなのだ。まだ、こちらが動くべきではない。
ジュリアも先に口を開くのはごめんだ、という風情で唇を真一文字に結び、目
の前で笑みを浮かべる顔を睨みつけている。
無言のにらみ合いがしばらく続いた後、口を開いたのはゼロスだった。
「ジュリアさんは隣町の織物工場で住み込みのアルバイトをしている、と伺って
いました。休暇でお戻りになったんですか?」
返答はない。なるほど、無駄話をする気はない、ということか。ならば単刀直
入に。
「何かお話があるのでしょうか?」
「……あんた、何を企んでいるの?」
「企む?」
「メイベルのことよ」
「僕がメイベルさんに結婚を申し込んでいることですか?」
「そうよ」
「……企んでいる、と言われると心外なんですが。僕としては余命幾ばくもない、
と言われている彼女に、せめて残された日々を充実して過ごしてもらいたいだけ
です。僕が企んでいることといったら、その程度ですよ」
「私が聞きたいのは、そんな表面的なことじゃない」
ジュリアの言葉は、その視線と同様に冷たかった。
「……と言いますと?」
「あなたがメイベルに、残り少ない時間を楽しく過ごさせてやりたい、って考え
ている、その根拠が分からない」
「……根拠って……僕は彼女を愛しています」
「違うわね」
「違う?」
「ええ、違うわ。あなたは彼女を愛していない」
「…………」
ゼロスは笑みを消して、挑むように立ちはだかる視線に見入る。
「両親は妹かわいさで目が曇って、あなたを見る目に先入観があるんでしょうけ
れど、私には分かる。あなたがメイベルに結婚を申し込んでいるのは、けっして
愛情からじゃない。損得勘定なのよ」
ゼロスの口元に笑みが蘇る。しかし、これまでメイベルやその両親の前で見せ
た穏やかな笑みとは雰囲気が違う。
「損得勘定とは的確な表現かもしれませんね。そう、僕が彼女との結婚を望んで
いるのは、確かにある種の損得勘定に基づいています」
「で、彼女との結婚で、何があなたにとって得になるの?また、彼女と結婚でき
なければ何が損になるの?」
「それは秘密です」
右手の人差し指を顔の前に立てて片目をつぶってみせる。ジュリアの顔が引き
つった。
「ただし、遺産目当てとか、そんな即物的なものではありません。たとえ結婚が
実現できたとしても、その生活の中でメイベルさんが幸福になれなければ、何の
意味もない」
ジュリアは大きく目を見開く。
「あなた……結婚が目的じゃないのね?」
「いいえ。結婚が大きな目的です。言ったでしょう?彼女の残された日々を幸せ
な思い出で埋めること、それが僕の望みだ、と。結婚はきっと彼女に幸福をもた
らすでしょう。僕としては何が何でもそれを目指します」
「……それであなたは何を得るの?」
「それは言えません。それを語る言葉を、僕は持ち合わせていない。
……さて、今度はあなたの損得勘定を伺いたいのですが?」
「私の損得勘定?」
「ええ。つまり、あなたはメイベルさんを大切に思っていらっしゃる。あなたも
彼女の残り少ない日々をできる限り穏やかに、楽しく過ごさせてあげたい、とお
思いでしょう。その立場から考えて、僕が彼女に求婚しているこの状況を是認し
てくださるのか、それとも、邪魔するのか?」
ジュリアは目を見開いたまま立ち尽くす。
「……確かに、メイベルには楽しい日々を過ごして、安らかな眠りについてもら
いたい……あの子は私の妹なのよ。そんなのは当然じゃない。
でもね、あなただけは許せない。なんでって言われてもうまく説明できないけ
れど……あなたは彼女の心に傷を残すだけよ。彼女を安らかにしてやりたいのな
ら、もう、彼女には関わらないで」
「あなたの方こそ、彼女が笑顔で旅立てるように願うなら、そっとしておいてく
ださい」
かたや固い決意だけをにじませた顔。かたや穏やかな笑顔。それなのに、その
にらみ合いには一種の殺気めいたものが漂っている。
「私は譲る気はないわ」
「僕もいまさらプロポーズを撤回するなんてできません」
「撤回する必要はないわ.両親に言って、あなたを出入り禁止にするだけよ」
「ご両親は、そこまで僕の面目つぶすような真似はなさらないと思いますけど?」
「ははん。根回しだけはうまかったってわけね」
「城攻めでは外堀を埋めるのが常道ですから」
「で、次は?城壁の下をくぐる?悪いけど、私の作る壁は、乗り越えるには高い
し、下も潜るには深すぎるわよ」
「ならば、正面から破るまでです」
「できるものならやってごらん!」
「やらせていただきますとも、好きなように」
双方譲らぬまま、以後彼らは毎日のように争う羽目になる。

ジュリアはまさに壁となった。
さすがに、戸口で物を投げつけるなどの乱暴沙汰には及ばないが、ゼロスがメ
イベルのもとを訪れる時には、常に妹のそばに居て求婚者と二人きりにしようと
しない。その場の雰囲気をギスギスさせる言葉を吐いて、メイベルの気を滅入ら
せ、ゼロスを追い出してしまう。
そんなことが三日も続けば、いくら姉と仲良しのメイベルも腹を立てる。
「いい加減にしてよ、姉さん!だいたい、いつまでこっちに居座るつもりなの?
織物工場の住み込みバイト、くびになっちゃうでしょ!」
「あんたが目を覚ますまで、よ」
「だから、あたしは結婚を承諾するつもりはない、って言ってるでしょ!」
「あの生ゴミ坊主を出入り禁止にしない限り、あんたの言うことは信用できない」
「な……生ゴミ坊主、って」
「ゼロスに決まってるでしょうが」
「……そこまで言われると……僕も困るんですけど……」
言い合う姉妹の傍らで、スツールに腰を下ろしていたゼロスが口を挟む。唇の
端に浮かんでいる微笑が、さすがに少し引きつっている。
そう、これらの会話は、すべてゼロスが居る同じ部屋で交わされていた。
メイベルは情けない顔でゼロスを伺う。
「ごめん、ゼロス……あたしがもう少しきちっと姉さんに言えればいいんだけど」
「あなたが気に病むことはありませんよ(にっこり)」
「こらっ!いちゃつくんじゃない!」
ゼロスの顔の前に手鏡を突っ込み、ジュリアが言い放つ。
「少しは自分の顔を見てご覧!にやけちゃって」
「姉さん!」
「まあまあ、メイベルさん、落ち着いて。身体に障りますよ」
いたわるようにメイベルの方へ伸ばしたゼロスの手を、ジュリアはピシャリと
払いのける。
「メイベル!あんたもこれだけ言われて反論もしない甲斐性なしのことなんて、
放っておきなさい!」
「姉さん……!」
真っ青になったメイベルの身体が恐ろしいまでに震え出す。
「メイベルさん!!」
「メイベル!」
求婚者と姉の目の前で、メイベルは卒倒してベッドに倒れた。
すぐさまゼロスが医者を呼びに外に駆け出し、ジュリアと母親が二人がかりで
介抱する。
夕暮れを過ぎて、ようやくメイベルの容態は安定した。
階下で待っていた父親と求婚者のところへ、医者がジュリアを連れてやって来
る。母親はまだ、病床の娘に付き添っている。
父親に椅子を勧められ、腰を下ろして医者は説明した。
「メイベルさんの容態は非常に悪い。次に悪化したら、それが最期だとお覚悟を」
「もう……手の打ちようがない、と?」
父親は動揺を隠せない。医者は言葉ではなく、小さくうなづいて返事する。
やがて医者は辞去し、後には重苦しい心を抱えた家族と求婚者が残される。
「せめて、メイベルが残された日々を安らかに過ごせるように……してやろう」
父親の言葉に、求婚者も姉も無言でうなずく。父親は死にかけている娘の姉に、
諭すように語りかける。
「もう、メイベルの前でゼロス君といがみ合うのはやめてくれ。そのことがどれ
ほどあの子の心に負担になったか……もう、こうなったら、たとえ彼女が望んで
も二人の結婚はあり得ない。だから……」
抗議の感情を表したのは、言われたジュリアではなくゼロスの方だった。
「そんな……彼女が望んでいるなら、病床でも結婚式は挙げられます。もちろん、
彼女の意志がはっきりしていることが大切ですが……僕はまだ諦めません」
「君が望むのは自由だし、その望みを彼女に伝え続けるのは構わない。ただ、実
現の可能性は少なかろう」
「僕はまだ望みは捨てません。彼女はまだ生きています」
めったに激しい感情を表さない若者のムキな姿に、父親は寂しげに微笑むだけ
だった。
その夜、ゼロスは愛しい人の顔を再び見ることなく、その家を後にした。

翌日からゼロスは、変わらぬ様子でメイベルを訪問しつづけた。
ジュリアは今度は、邪魔だてすることはなかったが、まるきりゼロスを無視す
る態度に出る。それはそれでメイベルの心を傷つけずにはおかない。
ゼロスは、ジュリアのことは努めてメイベルの前では話さないように気を使っ
た。だが、よほど仲のいい姉妹なのだろう。メイベルの心にはいつもジュリアの
ことがあり、姉がゼロスを嫌っていることを意識せずにはいられない。
そんな日々が十日ほど過ぎた日、ゼロスはとうとうため息混じりに言った。
「僕は……兄弟というものがないので分かりませんが。そんなにお姉さんという
存在は、あなた自身の人生に影響を及ぼすほど……強いものなのですか?」
それまで避けてきた話を、いきなり切り出した求婚者に、メイベルは目を見張
った。その目をそらし、天井を眺めながら言う。
「さあ……ほかの人たちのことは分からないけれど、あたしにとって姉さんは…
…けして間違ったことを言う人じゃない。はたから見れば無茶苦茶なことを言っ
ているように見えるかもしれないけど、けっして間違いじゃないの」
「すると……お姉さんが、僕との結婚に反対している限り、あなたは僕を拒み続
けるわけですね……」
寂しげに言う。
「ゼロス……ゼロス、そんな顔しないで。間違えないでちょうだい。あたしは、
あたしなりに考えて断っているのよ。絶対、姉さんが反対しているから、断って
いるんじゃないわ」
「でも、あなたが僕を拒み続けるその態度に、お姉さんの考えは支えになってい
る……違いますか」
微笑を消してメイベルの顔を覗き込む。今、自分の紫の瞳は彼女の目にどのよ
うに映っているのだろう?哀れみを乞うているのか、それとも抑えようのない怒
りに燃えているのか、それとも……?
「そうね……もし、姉さんが帰って来ていなかったら、あたしは根負けしていた
かもしれない……でもね、ゼロス。あたしにも分かるわ。あたしの命は長くない。
あたし、あなたに幸福をあげられない。だから、あたしのことは諦めて。あなた
の本当の幸福を探してちょうだい」
「嫌です」
きっぱりと、即答する。
「頑固者」
「前にもそう言われました」
十日前に倒れて以来、メイベルはもう、ベッドの上に起き上がることさえでき
ず、マットレスに静かに横たわっている。自分で本を支えることもできないから、
枕もとで読み上げてもらうのが楽しみだ。
ゼロスはそっと身をかがめ、彼女の唇に口づけする。熱っぽい。
「あなたは僕を幸福にはできないといいますが、そんなことはありません。僕が
あなたの人生に、ほんのわずかでも寄り添うことができた、と実感できるだけで
いいんです。それ以上を望みません」
「もし、そんなことを承諾したとして……あたしが死んだ後、あなたはまた一人
で過ごすの?あなたを愛する人にも目もくれず?」
「それが僕の運命です」
栗色の髪が枕の上で動く。
「駄目よ。人生を諦めては」
「僕は諦めていないから、こうしてあなたのところに来ているんです。
あなただって諦めていないんでしょう?生きて幸せを掴みたい、と望んでいる
でしょう?」
「……そこの本を取って」
唐突に、少女が話題を変える。これ以上議論をする気はない、ということだ。
指示された本を取り、彼女の望むままに音読する。
進展のないまま、時が過ぎて行く。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さてさてゼロスは無事メイベルと結婚にこぎつけられるのでしょうか?
できれば次も読んでやってください。


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531死が二人を分かつまで(3)キューピー/DIANA E-mail 11/16-11:07
記事番号530へのコメント
創作スレイヤーズ:『死が二人を分かつまで』その3

メイベルの求めるままに本を読み、彼女が眠ったのを見届け、神殿に戻ったゼ
ロスは、夜、なにやら胸騒ぎを覚え、メイベルの家へと急いだ。
果たして、家の前に馬車が止まり、二階の彼女の部屋の窓に明かりが見える。
ノックもせず、家に飛び込んだゼロスは二階に駆け上がる。メイベルの部屋の
扉は開いていた。
「メイベルさん!」
戸口で愛しい人の名を叫ぶ。
返事はなかった。彼を振り返る顔──両親、姉、医者、看護婦──は、どれも
が悲痛な表情を浮かべている。
ベッドに横たわる少女は、まるで眠っているようだが、周りの表情からその眠
りがいつものものではないことが分かる。
彼はベッドの枕もとに駆けつける。
両手でその顔をはさみ、反応を確かめる。何も答えない。
「メイベル……メイベル……」
胸に栗色の髪を押しつけんばかりにかき抱き、名前を呼ぶ。彼女は目覚めない。
「メイベル……逝かないでください。僕をおいて……一人で逝ってしまわないで
……まだ、まだ僕は諦めていないのですから……」
苦しげな声が、やがて周囲の人間には理解できない言葉を紡ぎ出す。
二人を見つめる人々の目の前で、恋人を抱く若者の身体が青い輝きに包まれる。
母親が夫の腕を強く掴む。
ゼロスがそっと、メイベルの頭を枕にもたせかけると、その栗色の髪がけだる
そうに動く。医者が目を丸くし、母親が息を飲む。
見守る目の前で、紅い瞳がゆっくりと開いた。
「……ゼロス?」
「ええ」
「あたし……夢を見ていたのかしら?なんだか暗いところに……一人きりで……
ほかに誰もいなくて……寂しかった」
「大丈夫。僕が居ます」
「ええ……そう。あなたがあたしを呼んでいる声が聞こえたわ。そしたら周りが
明るくなって……」
「そう。もう大丈夫です。僕があなたを守りますから……メイベル、僕がずっと
あなたを守ることを、認めてください」
「ゼロス……あたし、怖かった……今も、怖いの」
「メイベル」
ゼロスはメイベルの手を取る。ひんやりと血の気のない細い手。その手が弱々
しいながら、彼の手を握り返した。
「ゼロス、ごめんなさい。あたし、あなたのプロポーズを断り続けていれば、そ
の間、ずっと生きていられるような気がしてたの。だから、あなたの申し込みを
受けなかった……。でも、駄目なのね。あたし、死んでしまうのね」
「僕が守る、と言ったでしょう?今、あなたは死にかけていた。だから僕は祈り
ました。あなたを返して欲しい、と。こうしてあなたは僕のところへ帰って来て
くれました。もう放さない」
「ええ、ゼロス。あたしのそばに居て」
母親がすすり泣きをはじめ、姉が唇を噛む。父親は呆然としている。
ゼロスは初めて彼を受け入れてくれた人の額に口づけした。

翌朝、あわただしく婚礼の支度が整えられた。
神殿の司祭に事情を説明して、その日の午後、家で儀式を執り行う段取りをつ
ける。それまでに、母親がウェディング・ヴェールとブーケ、指輪を用意する。
新婦は新しい寝巻きとヴェールが婚礼衣装だが、手にしたブーケが新妻らしい
輝きをかもしだす。新郎は父親の礼服を借り、胸にブーケの花を一輪挿して式に
臨んだ。メイベルの家族のほか、看護婦が証人として立ち会う。
儀式の言葉が、部屋に流れる。
「ゼロスよ。富める時も、貧しい時も、病める時も、健やかなる時も、この者、
メイベルを妻として、死が二人を分かつまで、添い遂げることを誓うか?」
「誓います」
「メイベル=サビーネよ。富める時も、貧しい時も、病める時も、健やかなる時
も、この者、ゼロスを夫として、死が二人を分かつまで、添い遂げることを誓う
か?」
「誓います」
答える新婦の声は、昨夜の重態が信じられないほど張りがある。
「では、この婚礼に異議のある者は、今、この場で申し述べよ」
司祭が形式的に室内を見回す。一度、ジュリアが頭を上げたが、何も言わず、
儀式は滞りなく終わった。
メイベルは恥らいながらも、幸福いっぱいの笑顔を両親に見せ、父親も母親も、
娘の晴れ姿を心の底から喜んだ。

やがて夕日が落ちる頃。あわただしかった家の中も、ようやく落ち着きを取り
戻した。
「それではゼロス君。私たちはこれで」
父親が戸口で挨拶をする。ゼロスはいつもながらの微笑で見送るが、メイベル
はきょとんとした表情をしている。
階下で扉が閉まる音がする。新郎がカーテンの隙間から、家を出て行く人影を
確かめ、新妻を両腕に抱き上げた。
「な、何?」
「さあ、病人の部屋を出て、夫婦の寝室へ」
「え?……え?」
「僕たちは結婚しました。新枕を交わすのは当然でしょう」
「そんな……無理よ!あたしは……」
「あなたの身体に負担になるようなことはしません。ただ、こんな薬くさい部屋
ではムードもないでしょう?だからお義父さんにお願いしたんです」
「父さんに?何を?」
「新床を用意してくださいって。さっき、職人が出入りしていたでしょう?ご両
親の部屋に新しいベッドを入れていたんです。今夜、ご両親はお義姉さんともど
も、知り合いの家に泊まって、この家には僕たち二人だけです」
「ゼロス……」
「さあ、そんな悲しそうな顔をしないで。今夜は僕たちにとって特別な夜なんで
すから」
ゼロスはメイベルを抱えて立ち上がり、両親が二人のために明渡した部屋へ運
んだ。
小さな『明かり(ライティング)』に照らし出された、新しいベッドが一つ。
淡い色調の掛け布の端がまくられたところに、新妻の細い身体を横たえ、ゼロ
スは彼女に背を向けて婚礼衣装を脱ぎ、ガウンを羽織る。
ベッドを振り返ると、不安げな紅い瞳が彼をじっと見つめている。ゼロスはで
きるだけ優しい微笑を浮かべ、その瞳を見下ろして語り掛ける。
「メイベル……僕はずっとこの時を待っていました。それは、僕たちの関係が永
遠のものなるからです」
「永遠?どうして?あたしはすぐにでも死んでしまうかもしれないのに……」
「そう……そうかもしれない。でも、あなたは生まれ変わります。僕と再び出会
うために。僕も生まれ変わるでしょう、あなたに出会うために」
メイベルが悲しげに微笑む。
「生まれ変わったら……前世のことなど忘れてしまうわ」
「それでも、僕たちを繋ぐ赤い糸が僕たちを巡り会わせる」
ゼロスは明かりを消し、メイベルの横に滑り込んだ。はかないほどの細い身体
に腕を回して胸に抱き寄せる。熱っぽい肌が哀れなまでに震えている。
「怖がらないで……そうですね、少し話しましょうか?」
「お話?」
「ええ。
……むかしむかし、一人の若者が旅をしていました。彼はある街で一人の少女
に出会いました。少女は活発で、それこそ生命の輝きに溢れていました。
自信家で、何ごとも諦めない性格で、気に入らないヤツはかたっぱしからやっ
つける──そんなパワーがはちきれそうな娘でした。
仲間や友達にはとっても義理堅いのに、こと恋になると奥手で、とても美人な
のに決まった恋人やボーイフレンドはいなかったのです。
若者はたちまち少女に恋をしました。でも、面と向かって交際を申し込んでも、
断られるのは目に見えています。
だから、彼は彼女に近づいて、いろいろと用事を言いつかるだけの便利屋にな
りました。彼の気持ちに彼女が気づけば、少女は若者を遠ざけようとしたでしょ
う。若者はひたすら気持ちを隠し通しました。
そんなある日、少女が病気になりました。外で遊んだり暴れるのが好きだった
彼女が、自分の部屋からも出られなくなりました。友達が見舞いに来てくれても、
惨めな気分になるだけで、少女は見舞いを断るほど落ち込んでいました。
ただ、いつも使い走りをさせていた若者だけは、いろいろな用事を言いつける
ことが後ろめたくなく、彼の訪問だけは許していました。
そんな生活が一月近く続いた時です。少女は十八歳になりました。
若者は、言いつかった絵本のほかに、つぼみだけのバラの花束を持ち、少女を
訪れたのです。花束には花言葉のカードが添えられていました。そこに書かれた
言葉は<愛の告白>。彼は、自分がこれまでどれほど少女を好きだったか、伝え
ました。自分がその気持ちで訪問することを許してください、と。
少女の返事は『素敵なバラね……こんなきれいな花、はじめて見たわ。またこ
んなに素敵なバラを持って来てくれるなら……歓迎するわ』と言うものでした。
少女にとっては精一杯の返事でした。それでも若者は有頂天だったのです。
若者は毎日、少女を尋ねました。そして少女の両親にも認められ、とうとう結
婚を申し込んだのです。
病の篤(あつ)い少女ははじめ、拒みました。結婚してもすぐ死んでしまう、
と思い込んでいたから、それでは残された若者が哀れだと思ったのです。しかし
両親に説得され、若者の熱意を理解し、とうとう結婚を承諾しました。
夫婦になった二人の生活は、それはそれは幸せでした。妻はベッドに横たわり、
夫はその横で本を読み、二人でお茶を飲んで過ごしました。
やがて訪れた別れの日──二人は互いに微笑みを交わしました。二人で過ごし
た時間は短かったけれど、その間に充実した幸福は、何十年連れ添った夫婦と変
わらなかったのです。二人は満足でした。
そして妻は死にました。夫は後の生涯を独身で通し、彼も亡くなりました。
星は巡り、時は流れ──長い長い時の果て、一人の少女が旅の空で、やはり旅
をしている一人の神官に出会いました。二人は初対面だったのに、どこかで会っ
たことがあるような気がしました。そこで一緒に旅をすることにしたのです。
それが生まれ変わった少女と若者でした。ようやく同じ時代に転生することが
できたのです。
少女の性格は昔と同じで、恋仲になるのは抵抗がありました。それで神官を、
昔と同じ様に使い走りにしたのです。神官はそれを嫌がりもせず、彼女を守りま
した。
今度はなかなか結婚までこぎつけるのは難しそうです。二人はそれでよかった
のです。こうしてまた巡り会えたのですから……」
ゼロスが口を閉ざすと、部屋は闇の静寂に埋め尽くされた。メイベルは一つ、
ため息をつく。新郎が再び口を開く。
「僕たちがこうして夫婦になった以上、きっと来世でまた巡り会えます。信じて」
「あなたは……来世の幸福ために結婚したの?」
「いいえ。今、この時代にあなたが幸福にならなければ、再び巡り会うことはな
いでしょう。だから、来世の幸福のためである前に、今世の幸福のためなのです。
……メイベル」
婚礼衣装でもあった白いネグリジェの襟にそっと指を滑らせ、ゼロスはそこか
らのぞく肩に口づけした。新妻が身体を強張らせる。
「駄目よ……」
「あなたを疲れさせたりしません。せめてその肌を……僕にください」
メイベルは顔を背けた。ゼロスは襟にかけた手を放し、彼女の頭を支えて口づ
けする。これまで与えたどんな口づけよりも優しく、強く、彼の想いの全てを込
めた口づけを。
「メイベル……愛しています。僕のメイベル……」
「ゼロス……あたしもあなたが好き」
「嬉しいです」
「ねえ……本当にあたしが死んでも、来世でまた会えるかしら?」
「会えますとも、きっと」
「その時は、健康でいられるといいわね。あたしも、あなたも」
「ええ、そうですね。ただ、それだと、きっと結婚するのは大変でしょうね。性
格が同じだと」
「あたしが気が強いから?」
「いいえ。僕は好きな女性にはひたすら仕える性格なので、きっと夫になるより
は、小間使いになるでしょう」
メイベルがゼロスの腕の中でくすくすと笑った。
「笑ってくれましたね」
「ゼロス……あたしの性格は……好き?」
「ええ」
「じゃあ、あたし、中途半端は嫌いなの。分かる?」
新妻が、この日初めて自分から夫の身体に腕を回した。その意味を察し、夫の
返事は少し遅れる。
「……はい」
「今夜は新枕……」
「はい。そうです」
「中途半端なことはしないで」
「ええ。あなたの望みのままに」
二人は互いの身体を抱く腕に力を込めた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さあ、ようやっと結婚できたゼロス。彼の目的は「メイベルを幸福にすること」
でしたが、彼は果たすことができるのでしょうか?
次が完結編。ここまで来たら読むしかないでしょう(笑)


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532死が二人を分かつまで(4)キューピー/DIANA E-mail 11/16-11:09
記事番号531へのコメント
創作スレイヤーズ:『死が二人を分かつまで』その4

胸の下で、かすかなため息が漏れる。ゼロスは尋ねた。
「メイベル……幸福ですか?」
「ええ……ゼロス。あたし、もういつ死んでもいいわ」
「あなたがそう言ってくれるのを、ずっと望んでいました」
ゼロスはメイベルに口づけする。そして──
どこから取り出したのか、彼の手には白い刃を輝かせる短剣が握られている。
それを新妻の首筋に当て、一気に引く。
メイベルは痛みを感じることもなかっただろう。大量の出血がたちまち彼女の
意識を奪ったはずだから。
新枕も、婚礼衣装代わりのネグリジェも、メイベルを抱き締めるゼロスの胸も、
すべてが朱に染まる。
ベッドに座り込んだゼロスは息絶えた妻の頭を胸にもたせかけ、彼女の血で濡
れた指を栗色の髪に絡めた。
ばたん!
大きな音とともに、部屋の扉が開け放たれ、驚きの表情を浮かべたジュリアが
立っている。
「これはこれは……新婚夫婦の部屋の扉をノックもせずに開けるとは、無粋です
よ、ジュリアさん」
「こ……これはどういうことよ!あなた、メイベルを殺すために結婚したの!?」
「そうです。彼女が幸福を実感し『いつ死んでもいい。この世に未練はない』と
思った瞬間に、旅立てるようにするためにね」
「許さない!」
いつのまに抜いたのか、ジュリアの手には一振りの剣。
ゼロスはベッドの上で片膝を立て、胸に抱いたメイベルの表情がその姉に見え
るようにしてやる。
「ご覧なさい、メイベルの安らかな顔を。彼女はきっと天に召されます。これで
僕の望みはかないました」
「そんなのはあなたの自己満足よ!」
「いいえ、これでこそ彼女も、世界も救われたのです」
「……なに?何を言いたいの?」
ゼロスは妻を抱えたまま、ベッドから降りる。床に立ち上がった瞬間、それま
でのガウンを着た姿が、黒い神官服に変わる。
「……あなた、人間じゃないわね?何者!」
ゼロスは答えず、顎で闇の向こうを指す。闇の中にぼんやりと、花瓶に活けら
れた白いバラの花が浮かび上がる。
「あれは、僕がメイベルに贈ったバラです。あなたが帰ってくるちょうど一週間
前でした。つまり、もう贈られてから三週間が過ぎている」
ジュリアはバラの花を凝視する。確かに、この二週間、毎日見てきた花。
花言葉は……<私はあなたにふさわしい>。新婚初夜に新妻を手にかけるよう
な悪魔がいけしゃあしゃあと……
突然、彼女はゼロスの指摘するところを了解し、驚愕で目を見開く。
「やっと気がつきましたか。そう、あのバラは三週間、ずっとあの状態なのです。
色あせることも枯れることもない。なぜだと思います?」
ジュリアは硬直してゼロスを見つめる。
「メイベルの部屋の中では、すべての時が止まっていました。花は枯れず、日光
にあたった布も退色せず、砂時計も止まる。すべては、メイベルの『死にたくな
い。永遠に生き続けたい』という強い願望のためです。
自分の周りの時間を止めることはできても、メイベル自身の病を止めることは
できなかった。やがて彼女は臨終の時を迎えました。それは同時に、彼女の願望
が最大のパワーを生む瞬間でした。
彼女の死と同時に、彼女に関わる人々のいた空間だけ時空が歪み、彼女が健康
だった時代に戻るのです。しかし、再び彼女は発病し、自分の周りの時を止め、
やがて死を迎えて、また時空を歪めて健康な時代に戻る……」
「嘘!」
「嘘ではありません。あなたは夢を見た記憶はありませんか?メイベルが病気で
亡くなる瞬間の夢の記憶は?」
ジュリアは顔色を蒼白に変える。
「それは夢ではなく、実際にあなたが体験した事実なのです。
この不毛な繰り返しは半年周期で繰り返し、すでに十年が過ぎています。しか
も、一巡するたびに時空を歪める範囲が大きくなっている。放っておいたら世界
全体が飲み込まれてしまい、輪廻転生がなくなってしまう。それでは僕たちにと
って非常に都合が悪いのです」
「お前は……魔族?」
ゼロスの口元の笑みが大きくなる。
「そうです。獣神官(プリースト)ゼロス。それが僕の本当の姿です。
僕たちは世界の滅亡が望み。それなのに、世界全体が一定の周期で歴史を繰り
返す空間に取り込まれては、滅ぼすどころではありません。だから、上司が僕を
この空間──メイベルの執念が歪めた空間──に送り込んだのです。
ほら、もう空間の外側は完全に崩壊しています。ここもじきに崩れるでしょう。
これまで輪廻を拒んできたメイベルも、彼女の人生に巻き込まれて輪廻の流れ
から引き離されてきた人々も、すべてがもとの輪廻に帰ります。あなたも、ね。
あなたもこの空間とともに消えてしまう存在ですから教えて差し上げますが、
スィーフィードに分かたれ、この世のどこかに封じられたという我らが魔王シャ
ブラニグドゥ様は、人間の中に封じられているのです。転生の間に封印が緩めば、
魔王様に復活のチャンスがありますが、世界が繰り返すだけの存在になれば、魔
王様の封印も一定となり、復活できなくなる。それが最大の悩みでした。
スィーフィードの分身である竜王たちには、都合がよかったのでしょうけれど」
ジュリアが顔を歪める。ゼロスは義理の姉から、腕の中の妻の死体に視線を移
した。
「メイベルを止めるにはどうしたらいいのか?
人間の心が分からない僕たち魔族にはとてつもない難題でした。一つだけ分か
っていたのは、彼女が死ぬ瞬間、『死にたくない』と願うことが繰り返しの鍵だ
ということです。
では、彼女が『死にたくない』と望まなくするには、どうしたらいいのか?
僕がこの繰り返しに干渉するようになったのは、今回が六回目。つまり前に五
回、失敗しました。
最初はメイベルが健康なうちに殺しましたが、すでに繰り返しの流れの中にい
る以上、病気になる前でも彼女の死は繰り返しを導きました。
残されたチャンスは、メイベルがこの人生の終わりに『生き続けたい』という
気持ちでパワーを爆発させるのを止めること。それには、彼女が安らかな気持ち
で死を受け入れられるようにしたらどうか。彼女は転生を信じているようですか
ら、来世に希望を託せればいい。
二回目から、僕はメイベルに近づきました。彼女の恋人になるために。
でも、魔族の僕に人間の愛はよく分からない。たてつづけに二度、僕は彼女の
心を掴めぬまま、彼女が死ぬ場に立ち会ったのです。
四回目、ようやく僕はメイベルを愛する気持ちが分かった──というか、なん
としても振り向いてもらいたい、彼女の心を独占したい、という気持ちを持ちま
した。おかげで彼女も僕を意識するようになってくれたのですが、結婚を申し込
まないまま時間だけが過ぎ、また彼女の死とともに時代は戻ってしまいました。
ただの恋人では、彼女に来世を信じさせることはできない。じゃあ、夫ならど
うだろう?僕はとうとうメイベルに結婚を申し込みました。それが前回の繰り返
しでの出来事です。
しかし、今度は僕は、彼女を大切にしたいあまり、新枕を避け、自分の手で殺
すこともしませんでした。ただメイベルの手を握り、来世を信じるように語り掛
けながら、彼女の心臓が止まるのを待ちました。そして、また失敗したのです。
形の上だけの夫では、メイベルを止められない。そう思い知ったから、今回は
こうして新枕を交わし、彼女が『もういつ死んでもいい』という気持ちになった
瞬間、僕の手で彼女を殺した。これで彼女も不毛な繰り返しから解放されます」
「お前は……お前は彼女を……殺すために愛した、と言うの?」
「その通りです、ジュリアさん。
僕は望みを果たしました。でも、僕が喜んでいる、なんて思わないでください。
メイベルは正直で真っ直ぐな女性でしたから、僕が心底彼女を慕わなければ振り
向きさえしなかった。僕が今、泣いていないのは、ただ僕が涙を流すようにはで
きていないからです。彼女を殺した瞬間は、本当に辛かった……
僕は……彼女を愛していますから、できれば手を下したくはなかった。でも、
それでは僕の仕事を果たすことができない……僕は僕の仕事を放棄することはで
きないのです。僕は今ほど、自分の宿命を呪ったことはありません」
「やめて!」
「もう一度、生きているメイベルに会いたい。彼女が生まれ変わったら、また出
会って……そう、今度はただの使い走りでも構わない。傍にいたい……心底、そ
う思いますよ……」
ゼロスは、血の気をなくした妻のまぶたにそっと口づけした。
突然、凄まじい衝撃が右肩を襲う。メイベルの身体を取り落とし、ベッドの脇
に転がり、そのままうずくまる。
すでにメイベルの執念が歪めていた空間の崩壊がこの部屋にも及び、壁や床が
揺らぎ出していた。
不安定な床からなんとか顔を上げ、自分にこれほどのダメージを与えた相手を
見る。メイベルの身体を左腕に支え、右手に抜き身の剣を携えたジュリア。その
目に人ならぬ光が見える。
「あなたは……?」
「……魔族の神官よ」
ジュリアの口から漏れたのは、それまでの娘の声ではなく、重々しくゼロスの
意識に直接訴える響き。
「あなたは……赤の竜神(スィーフィード)?
では……ジュリアさんは赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)?」
「そうだ。私の意識と力はこの娘、ジュリアの中で眠っていたが、メイベルによ
る時空の歪みのことは知っていた。
魔族の神官よ。この繰り返しを放っておいたのは、私の望みではない。
なんの進歩も発展もなく、事象を繰り返すだけの世界が不自然だということは、
私も十分に分かっていたし、解消しなければならないとも思っていた。
だが、できなかった」
「……と、言いますと?」
ゼロスは滅びを覚悟する。赤の竜神の騎士は、魔王の腹心とさえ互角にやりあ
える存在。まして不意打ちでダメージを受けた身では逃げることもできない。
「ジュリアの中に私の意識の一部が眠っていたとはいえ、この娘の存在は一個の
人間として断固たるものなのだ。そこには彼女自身の意志がある、人間としての
意志が。
ジュリアにとってメイベルは大切なたった一人の妹。短い人生を終えると分か
っている妹の、『生き続けたい』という当然の望みを、人間ジュリアはかなえる
ことを望んだ。だから私は手出しができなかった」
ジュリアは両腕でメイベルの身体を抱き上げる。剣はいつのまにか消えていた。
「魔族の神官よ。本来ならば、私自身がけりをつける難題を、お前は魔族の本質
を歪めてまで解いた。その労に報いるため、今回は見逃す。立ち去るがよい」
「一つ……お聞かせください」
「なんだ」
「メイベルが時空を歪めた力の源を……ご存知でしたか?」
「彼女がシャブラニグドゥのかけらだということか?」
「やはりご存知で……それでなぜ?」
「なぜ放っておいたか、というのか?それは先ほどお前が言ったではないか。魔
族にとって、この世界が不毛な繰り返しを続けることは、非常に都合が悪い、と。
この繰り返しが魔王の意志と力によるもので、この世に滅びをもたらす現象な
ら、私もジュリアの意志を粉砕してでも対抗したであろう。
しかし、繰り返しをもたらした魔王の力を行使する意志はメイベルのもので、
魔族の意図とは関係がない。
分かるか、魔族の神官よ。この問題においては、神も魔も、人間の心に振り回
されたのだ。世界を滅ぼすための魔王の力は、メイベルの生き続けたいという意
志に利用され、世界を正すべき私の力は、ジュリアの意志の前に封じられた。
そしてお前も、この繰り返しを断ち切るために、マイナスの感情を食う魔族の
身でありながら、人間を愛さなくてはならなかった──先ほどの、メイベルを殺
した時は辛かった、という言葉に嘘はない、と私は思う」
ゼロスはジュリアに抱えられたメイベルを見つめる。もう、彼女に手出しはで
きない。あのまま連れ去ってしまうつもりだったのに……
たとえようもない喪失感に、ともすれば自分を見失いそうになる。駄目だ、自
分にはまだやらなければならないことがある。しょせん人と魔。別れは必定。
「……恐れ入ります。では、僕はこれで……」
ゆらり、とゼロスが空間に浮かぶ。すでに空間は安定を失い、上下左右の感覚
も定かではない。空間を支えていたエネルギーが奔流となって、崩壊を招いたゼ
ロスに殺到する。もうこれ以上、ここにとどまっては危険だ。
魔族ゼロスは本来の世界──精神世界面(アストラル・サイド)に溶け込んだ。
「……さても、人間の心とはもろいようでしたたかとは思わぬか?魔族の神官よ」
とつぜん呼びかけられ、そちらを振り向いたゼロスは、自分を見つめる鋭い金
色の目の輝きに息を呑む。
身動きもできないほどの威圧感にさらされ、その場にひれ伏す。畏ろしさのあ
まり、答えることもできない。ゼロスは自分が震えているのに気づく。
「答えよ。お前の言葉を聞きたい」
万物の創造主が重ねて要求する。
「……人間の心がしたたかとのご賢察……まさに御意にございます」
絞り出した言葉は震えていた。
「その人の心を導いたおぬし……魔族にも変わったヤツが居るものよの」
「お褒めの言葉……ありがとうございます」
「全ての魔族がお前のようではないことを望む」
このお方は……僕が人間を愛したことを……勤めのためとはいえ、魔族本来の
姿を捨てたことを快く思ってはおられない!
「それは……ほかに人材が居らぬゆえ、僕が選ばれた、と思し召しください」
「正直なヤツ。ますますもって面白い。で、これからおぬしはどうする?」
「……もし許されるのでしたら……生みの親のもとへ戻りとうございます」
「許される?誰が許し、誰が拒むというのか。
おぬしは我がおぬしの振る舞いを喜んでいないと思っているようだが、そうで
はない。おぬしは実に面白いものを見せてくれた。何より、あの繰り返しを止め
たことは、スィーフィードも言ったように評価できる」
「もったいのうございます……」
「さあ、好きなときに好きなところへ行くがよい。そしてまた我を楽しませよ」
「お言葉に甘えさせていただきます……」
獣神官はただ一人の王のもとへと帰って行った。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ゼロスの具合はどうだ、ゼラス=メタリオム?

まだ十分には回復していない。もう少し休ませる、フィブリゾよ。

たしかに、赤の竜神の騎士の一撃を食らっただけでもかなりのダメージだ
ろうに、おまけにシャブラニグドゥ様の力で支えられていた空間のひずみを
正したのだから、ヤツはそのエネルギーをモロに受けたはず。
生きているのが奇跡と言った方がいいな。

……………

どうした?ゼラス=メタリオム。
ヤツのことが心配なのか?

ゼロスのダメージのことが心配なのではない。ただ、彼がどのようにし
てあの繰り返しの鍵を打破したのか、はっきりと言わなかったのが気にな
るだけだ。フィブリゾよ。

ゼロスも変わったヤツだからな。
だが、ヤツはお前の神官だ。永遠に。

そうだ。ゼロスは私の神官であり、私の手足だ。彼は私のものだ。

私がこき使うのは気に入らぬか?

フィブリゾよ。お主とて魔族のため、魔王様のために動くのであろう。
我々がそれに賛同せぬ道理はない。私が気に入らぬのは、おぬしのことで
はない……

では、何が気に入らぬ。

分からぬ。おそらくは答えぬゼロス……あるいはゼロスに答えさせられ
ぬ自分自身……

複雑だな。お前ほど、部下に入れ込むものも珍しい。

私にとっては、ゼロスに代わるものはいない。

大切な手駒、か。

そう思ってもらって結構。

だが、手駒は手駒に過ぎぬ。

分かっている。

早く手駒を盤に復帰させることだ。駒がないと次の手が出ない。

歩兵(ポーン)の状態で出すよりは、僧正(ビショップ)の状態で出す
のが利口ではないか?ゼロスにはそれだけの実力がある。

そうだな。もちろん、それを望んでいる。

ならば焦るな。回復には時間が必要だ。

仕方がない、か。



ゼラス=メタリオム様……
僕の王にして僕をお作りくださった方
申し訳ありません
僕はあなた様にのみにお仕えする身を
忘れたわけではありません

あの不毛な繰り返しを断ち切るために
僕は僕ではなくなりました
その影響がまだ尾を引いている……
済みません もう少し時間をください
きっとあなたのもとへ戻りますから

世界の最期をあなたの傍で見届けること
さもなくば僕が何者かに滅ぼされ
永遠にあなたと引き離されるまで
あなたとともにあること
それだけが僕の望みだったあの日に
僕は戻りますから……


創作スレイヤーズ:『死が二人を分かつまで』〜End〜

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

前書き部分で「スレイヤーズのカップリング人気投票にインスパイアされた」
みたいなことを書きましたが、片方がオリジナル・キャラになってしまいまし
た。まあ、メイベルにはリナのイメージを投影しましたが。メイベルとジュリ
アが輪廻転生の末、リナとルナの姉妹になったのか、は皆さんのご想像にお任
せします。

この物語でゼロスがメイベルを手にかけたのは、けして「愛」が理由ではあり
ません。その証拠に、彼女と初めて結婚できたとき、ゼロスはメイベルを殺し
ていませんから。彼がメイベルを殺したのはあくまで「仕事」です。

皆さんはこの物語にどんな印象を持たれましたか?
教えていただければ嬉しいです。

キューピー/DIANA

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556泣きそーになりましたぁぁぁっっ!!ひなた E-mail 11/18-18:06
記事番号532へのコメント
はじめましてーっっ!!ひなたといいますこんにちわっっっ!!

読ませていただきましたーーっ!!(しっかりと)
泣きそうになりましたーーーっっ!!(本気)
すばらしかったですーーーーーっっっ!!!!(感動っっ)

・・・とまぁ、おおむね感想はこんな感じで(笑)
いやいや、途中まで、「あーらぶらぶじゃん??くーっっやるなお前らっっ(謎)」
・・・って感じだったのに、最後・・・・・・(涙)
しかも、ゼロス泣きませんでしたでしょ?・・・その方が悲しいと思うのは・・・あたしだけなのでしょーか?
・・・ってことで、あたしが代わりに泣いてます。はくぅぅぅっっ。

まぁ、その辺で泣いてる奴はほっといて(笑)私も同感です(ちょっと分裂気味)
つまり、分裂しちゃうくらい感動したってことなんですけど(笑)

短い感想すいません〜〜。
おもしろかったと伝えたかったんです。
んじゃっっ!!失礼しますっっ!!



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558ああ!うれしいですぅぅぅ!キューピー/DIANA E-mail 11/18-23:27
記事番号556へのコメント
ひなたさん、はじめまして!
キューピー/DIANAといいます。よろしく。

>読ませていただきましたーーっ!!(しっかりと)

ありがとうございます!嬉しいですぅぅ!

>泣きそうになりましたーーーっっ!!(本気)

そう言ってもらえて、ほんとうに光栄です!

>すばらしかったですーーーーーっっっ!!!!(感動っっ)

そこまでほめていただけて……私の方も感涙を流しています。

実はどきどきで投稿しまして、これまで具体的な感想を
いただいていなかったので、ひんしゅくものだったのかな?
と落ち込んでいました。ひなたさんの感動を伝えてもらえて
ほんとうに舞い上がるくらいうれしかったです!

どうもありがとうございました!

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579すごいですねぇ・・・T−HOPE E-mail URL11/19-22:33
記事番号532へのコメント
 こんにちは、T-HOPEと申します。
 感想・・・あぁぁ、何書いていいかわからない。
 と、とにかく、すごいなぁと思いましたっ(・・・感想じゃないよ、これじゃ・・・)
 いえ、何がというと・・・私的に、魔族や神族って、強い力と長い寿命を持つ分だけ、must beな存在のような気がしてるんですよ。
 人間だけが、弱いけれど・・・弱いから、自由だ、と。
 それが人間の強さ・・・みたいな感じで。
 で、ゼロスは魔族なわけで・・・つまり、感情のままに動けない。その上で愛(に似た感情)を持つというのが・・・。
 ・・・すみません、勝手な思いこみ語ってますね(^^;;;
 でも、私、こーゆーお話好きなんです。
 だから、すごいなぁ・・・と。

>「お前は……お前は彼女を……殺すために愛した、と言うの?」
>「その通りです、ジュリアさん。
> 僕は望みを果たしました。でも、僕が喜んでいる、なんて思わないでください。
>メイベルは正直で真っ直ぐな女性でしたから、僕が心底彼女を慕わなければ振り
>向きさえしなかった。僕が今、泣いていないのは、ただ僕が涙を流すようにはで
>きていないからです。彼女を殺した瞬間は、本当に辛かった……
> 僕は……彼女を愛していますから、できれば手を下したくはなかった。でも、
>それでは僕の仕事を果たすことができない……僕は僕の仕事を放棄することはで
>きないのです。僕は今ほど、自分の宿命を呪ったことはありません」

 このあたり・・・ほんっと、好きです。
 こーゆー葛藤とか矛盾とか色々孕んだ愛(じゃないかもしれないけれど(^^;)って、書けたらいいんですけど・・・私書けないし・・・人様のを読んで、楽しんでます(笑)

> 分かるか、魔族の神官よ。この問題においては、神も魔も、人間の心に振り回
>されたのだ。

 で、何で好きかというと・・・不自由なところ、人間ではないところから、人間が浮き上がってくるからで・・・だから、こーゆー人間の強さ(?)が見えてくるお話、素敵です(・・・と、またも勝手に語ってるし、私(−−;)

> ゼロスはジュリアに抱えられたメイベルを見つめる。もう、彼女に手出しはで
>きない。あのまま連れ去ってしまうつもりだったのに……
> たとえようもない喪失感に、ともすれば自分を見失いそうになる。駄目だ、自
>分にはまだやらなければならないことがある。しょせん人と魔。別れは必定。

 で、ゼロリナミーハーな部分は、ここで、きゃぁきゃぁ言ってるのでした(笑)

> 魔族ゼロスは本来の世界──精神世界面(アストラル・サイド)に溶け込んだ。
>「……さても、人間の心とはもろいようでしたたかとは思わぬか?魔族の神官よ」
> とつぜん呼びかけられ、そちらを振り向いたゼロスは、自分を見つめる鋭い金
>色の目の輝きに息を呑む。
> 身動きもできないほどの威圧感にさらされ、その場にひれ伏す。畏ろしさのあ
>まり、答えることもできない。ゼロスは自分が震えているのに気づく。
>「答えよ。お前の言葉を聞きたい」
> 万物の創造主が重ねて要求する。
>「……人間の心がしたたかとのご賢察……まさに御意にございます」
> 絞り出した言葉は震えていた。
>「その人の心を導いたおぬし……魔族にも変わったヤツが居るものよの」
>「お褒めの言葉……ありがとうございます」
>「全ての魔族がお前のようではないことを望む」
> このお方は……僕が人間を愛したことを……勤めのためとはいえ、魔族本来の
>姿を捨てたことを快く思ってはおられない!
>「それは……ほかに人材が居らぬゆえ、僕が選ばれた、と思し召しください」
>「正直なヤツ。ますますもって面白い。で、これからおぬしはどうする?」
>「……もし許されるのでしたら……生みの親のもとへ戻りとうございます」
>「許される?誰が許し、誰が拒むというのか。
> おぬしは我がおぬしの振る舞いを喜んでいないと思っているようだが、そうで
>はない。おぬしは実に面白いものを見せてくれた。何より、あの繰り返しを止め
>たことは、スィーフィードも言ったように評価できる」
>「もったいのうございます……」
>「さあ、好きなときに好きなところへ行くがよい。そしてまた我を楽しませよ」

 何か、この辺りの会話も好きです。
 リナを生かしたロード・オヴ・ナイトメアなら、must beから脱しかけた存在に対して、こーゆー態度かなぁ・・・とか・・・。
 それに、文章流れてく感じで、すごく綺麗ですね。
 フィブとゼラス様(この二人の扱いの差は、いったい・・・?(笑)の会話(?)も、同じような感じで。
 古詩みたいな雰囲気で、素敵です。

> この物語でゼロスがメイベルを手にかけたのは、けして「愛」が理由ではあり
> ません。その証拠に、彼女と初めて結婚できたとき、ゼロスはメイベルを殺し
> ていませんから。彼がメイベルを殺したのはあくまで「仕事」です。

 そこが、いいなぁ・・・と、思ったんです(^^)
 結局、ゼロスは魔族で・・・そうなりますよねぇ。

 ということで、とても楽しませていただきました。
 ・・・のに、感想これだし・・・(−−;)
 すみません〜〜〜っっっ。

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580Re:すごいですねぇ・・・キューピー/DIANA E-mail 11/19-23:48
記事番号579へのコメント
T−HOPEさん、こんにちは。キューピー/DIANAです。
コメントをありがとうございました。とっても嬉しいです!

> いえ、何がというと・・・私的に、魔族や神族って、強い力と
>長い寿命を持つ分だけ、must beな存在のような気がしてるんですよ。
> 人間だけが、弱いけれど・・・弱いから、自由だ、と。
> それが人間の強さ・・・みたいな感じで。
> で、ゼロスは魔族なわけで・・・つまり、感情のままに動けない。
>その上で愛(に似た感情)を持つというのが・・・。
> ・・・すみません、勝手な思いこみ語ってますね(^^;;;

いえ、おっしゃりたいこと、伝わりますよ。私がこの作品で書いた
「仕事を放棄できないゼロス」=must beってことではないで
しょうか?

上司への絶対服従。魔族の目的のためにしか生きる意味を持たない
存在。それでありながら人を愛する気持ちを持つゼロス……

この作品でのゼロスは、must beの項目の中に「メイベルを
愛さなければならない」ことが加わったために彼女を愛した、
という顛末になりましたが、さて、自発的に愛するってあるので
しょうかねぇ?私は思い描くゼロスって、けっこう陰険な真似ばかり
して、恋愛沙汰が想像しにくいんですが、あえてゼロスに恋愛を
想定するとしたら……と思ったら、こんな話になってしまいました。
(いや、ゼロスに限らず、恋愛ものはなかなか書けないもので……)

ゼロスがジュリアに、メイベルを愛しながら殺した葛藤を吐露する
シーン、気に入っていただけて嬉しいです。私も好きなんです(笑)
なにせ、作品を4パートに分け、頭からだだーっと書きましたが、
1〜3はけっこう手抜きでまとめ、この4は気合入りました(笑)
中でもゼロスの告白は書いていて酔っていたことを白状します(笑)

そして、「神と魔の力を翻弄した人間の心(の強さ?)」にも注目
していただけて、ほんとうにありがとうございます!これが、この
作品のもう一つのテーマです(メインは「ゼロスの結婚」/笑)。
T−HOPEさんもおっしゃるように、力はないし寿命も短いけれど
人間の心には神でも触れられない部分がある、ということでしょうか。
これは、人間の中に転生した魔竜王ガーヴが、あっさり滅びの望みを
捨ててしまった、ということから想像しました。

アストラル・サイドでのL様とゼロス、フィブリゾとゼラス=メタリオム
の会話、「綺麗」と誉めていただいて嬉しいやら恥かしいやら(笑)
魔族なので性別不肖の雰囲気と、どうやら絶対的な力関係があるので
上下関係をはっきりさせた会話にしようとしたら、あんな古臭い感じ
になってしまいました。読みにくいんじゃないか、と心配でしたが、
誉めていただいてそれこそ「もったいない」です。

仕事のために人間を愛し、仕事のために愛する人を殺したゼロス。
自分では気に入っていますが、ここまで甘い恋愛劇は「違和感ありまくり」
と敬遠されるかもしれない、と心配でした。気に入っていただけて、
安心しました。T−HOPEさんが、この作品をとても楽しんで
くださったことがよく分かるコメントで、本当に嬉しかったです。
どうもありがとうございました!