◆−Eternal Seed Act.4−夏青龍 (2002/11/2 22:49:24) No.11022 ┣Re:Eternal Seed Act.4−ドラマ・スライム (2002/11/3 08:55:46) No.11029 ┃┗ちょっとした設定 −夏青龍 (2002/11/3 21:35:06) No.11045 ┣Eternal Seed Act.5−夏青龍 (2002/11/7 20:02:44) No.11168 ┃┗Re:Eternal Seed Act.5−D・S・ハイドラント (2002/11/8 19:22:38) No.11189 ┃ ┗シーウの過去について−夏青龍 (2002/11/9 09:48:00) No.11209 ┗Eternal Seed Act.6−夏青龍 (2002/11/12 07:05:51) No.11287 ┗Re:Eternal Seed Act.6−D・S・ハイドラント (2002/11/13 13:21:44) NEW No.11310
11022 | Eternal Seed Act.4 | 夏青龍 E-mail | 2002/11/2 22:49:24 |
こんばんは。夏青龍です。 テストが終わり、漢検も終わって今日やっと投稿ができます。どたばたとしていた数日間でした・・・。明日には部活の発表会があるので、もう来週から先輩たちはほとんど引退です。また忙しくなりそうです(汗)。 では、第4話。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― その世界で 彼女は “混沌”と呼ばれていた Eternal Seed Act.4 消去能力 ――化け物。 ――人間じゃない。 そう言われ続けて、私は何を得たのだろう。 何を失ったのだろう――。 敵の攻撃による風を感じ、シーウは機敏な動きでそちらへ体を向けた。 「しつこい!」 振るった刀が魔物の頭部を斬り飛ばし、魔物の体が砂と化す。二本の刀を両手に構え、シーウは未だ先の見えない戦いを繰り広げていた。シーウの刀では、普通の魔物を倒す事はできても、不老不死者の暴走体にとどめをさす事はできない。シーウにその気がなければ。だからこそ、ヴァルスがやってくるまでは村に被害が及ばないようにしなければならない。だが。 轟――!! 「くっ」 暴走体の腕が頭上をなぎ払い、間一髪で避けたシーウは魔法を使って空へ昇った。雑魚の魔物は倒したが、暴走体が減らないのだ。埒があかない。しかし何のかんのとしている間に、もうすぐそこが村になっていた。後退しているうちに、村まで来てしまったのだ。 ぴくん、とシーウが何かに反応した。そんなわけはないと思いつつ、敵の攻撃を避けて村のほうへと顔を向ける。 (今のは――!?) もし、それが本当に子供の泣き声だったのならば、これ以上後退する訳にはいかない。そう考えて攻撃に移ろうとした刹那、子供が建物の影から飛び出してきた。幼い少女だった。親とはぐれたらしく、混乱して迷っているうちにここまでやって来てしまったのだ。それを見て魔物は歓喜の雄叫びを上げ、幼女の方へと向かった。シーウがそちらへ向かおうとすると、暴走体――魔物はシーウに向かって蹴りを放とうとする。その巨大質量を受け止めきれるわけも無く、シーウは自ら後ろへ跳躍する事で衝撃を殺した。ダメージは無いが、魔物は一気に十数メートルを侵攻してきた。 「火球爆風(ボム・ブラスト)!!」 他の魔物の大半を森のほうへと吹き飛ばし、シーウは幼女の方へと向かった。だがもう既に、一体の魔物が少女にその鉤爪を振り上げていた。 (間に合わないっ…!?) 焦燥がこみ上げ、思考がほとんど働かなくなる。沸騰した頭で、やたらゆっくりと流れるスローモーションの世界に、禁忌とされる呪文を放った。 ――汝、狂いし時の魔物よ。我が力の指し示し場所へ……! ――混沌と虚無の泉へ……!! 「『イレイズ・トゥ・ザ・カオス』!!」 無我夢中で突き出した手のひらに、“それ”は収束し、そして……。 「シーウ…?」 やっと村に帰ってきたヴァルスは、地面にへたりと座り込んでいるシーウを見つけた。魔物たちは凍ったように動きを止め、先ほど少女を襲おうと爪を振り上げていた暴走体のいたところには、何も無かった。 2つの刀が地面に突き刺さり、森側にいる魔物たちの動きを牽制するように結界を張っている。幼い少女はショックを受けたように呆けている。 「おい、シーウ!!」 大声でシーウの名を呼び、肩を揺さぶる。それでもシーウは、空間の一点を――それともここではない何処かを――見つめていた。ヴァルスは何かを決心したかのようにシーウの額に手のひらをあて、瞳を閉じた。 「起きろ!シーウっ!!」 びくんと彼女の体が仰け反り、やっと意識を取り戻す。 「あ…」 「バカ!お前何やってんだ!!」 シーウは頭が混乱しているのか、それともヴァルスから浄化能力を応用した精神波によって起こされたためなのか、俯いて頭を押さえている。 「私……私、は……」 虚ろな瞳で、地面を見つめる。体が震えだし、それを抑えようと自らの肩を抱く。 ヴァルスはそれを見ると、黙って暴走体たちに向かって歩いていった。 「『不死という闇に囚われし者たちよ、浄化の力を受け入れよ。時の流れに其の身を戻し、あるべき所へ向かえ』」 手のひらを向け、光を収束させると、最後の言葉を呟いた。 「『ロスト・オブ・エターナルシード』」 一気に十数体の暴走体が浄化され、土塊へと姿を変える。暴走体になり、体が変質してしまったものは、もう既に助ける事はできない。ヴァルスの――浄化神の力では、暴走体から暴走した部分だけを浄化する事ができないのだ。 「大丈夫か?」 魔物に襲われそうになっていた少女の方へと向かい、声をかける。少女は涙でぎこちなくなりながらも笑顔を見せた。 「うん。ありがとう……“じょうかしん”さま」 「お、泣かなくて偉い偉い。もうすぐお前の家族も戻ってくるから、俺と一緒にいろ、な?」 「うん。でも、あのひともいっしょ?」 ヴァルスは複雑な表情で頷いた。すると、たちまち少女が顔を強張らせ、ヴァルスの手にしっかとしがみ付いた。 「あのひと、こわい……」 「お前……何か見たのか」 「あのひと、おっきなまもの、けしちゃったの。あたしのほうにてのひらむけて、それで……それで……」 思い出した恐怖で震えだす少女を宥め、ヴァルスは言った。 「判った。もういい。大丈夫、あいつは悪い奴じゃない」 「でも、こわいよ。“じょうかしん”さま。あのひとも『じょうか』できないの?」 シーウが背後でびくんと震えたのが、わかった気がした。ヴァルスは少し悲しげに、ゆっくりと首を振った。少女はヴァルスの陰に隠れながら、座り込んだままのシーウを睨みつけた。命を救われたと言う事を、かけらも理解していない。それはまだ、子供だからと許してもいい。だが……。 膝をついて目線の高さを合わせ、少女と目を合わせて、ゆっくりと語りかける。 「あいつは、人間なんだ。お前やお前の家族と同じ、ちゃんとした人間だ。だから、浄化なんてしない」 すっと立ち上がると、長い青い髪をなびかせながら、シーウの方を振り向く。 「行くぞ、シ……」 「先にいけ!」 突然大声で怒鳴りつける。シーウは背を向けたまま、刀を拾いに戻っていった。 「先にその子を届けろ。私のことは放って置け」 「シーウ、お前が逃げてたら……」 「どうせ無駄になるなら、私は努力なんてしない」 「シーウ……」 シーウの紫がかった銀色が、日光に照らされて輝いた。だが、それはまるで地面に滲む前の涙のような輝きで。 そして、彼女が微かに震えていたのを、ヴァルスは見逃さなかった。 シーウは、宿へ戻るとさっさと手荷物を片付け、宿の主人に金を払うと出て行ってしまった。その理由を、ヴァルスたちはよく知っていた。だから、合流場所だけ聞くと黙ってその背を見送った。 彼女の苦しみは、彼女にしかわからないから。 言葉は時に、あまりにも儚く無力だから。 何年前までだろう。ああ、そうだ。4年前までか。私があそこにいたのは。 魔剣士一族。それは剣にも魔法にも長けた者たちの一族。代々、何人もの魔剣士が、宮廷や神殿などに仕え、その仕事振りは良く評価されていた。 そんな魔剣士一族の里は、人里はなれた場所にあった。魔剣士一族の魔法力は強大なため、何かあったときに他の村や町を巻き込まないためだった。 私と姉、ヴェスィアは、両親を早くに亡くしていた。姉が13歳のとき、私は1歳で、私を産んで1年後に母は死んだ。父は、姉が5つの時にある事件に巻き込まれて死んだと聞いた。2人とも、魔剣士一族の中に生まれた浄化神だった。浄化神は、突然人々の間に生まれるので、人種などは関係なくその力を持つものは現れてくる。偶然2人の浄化神である男女が魔剣士一族の中で生まれ、夫婦になったからといって、別におかしな事でもなかった。 姉が幼い私を抱えて1人で生きていけるわけも無く、途方にくれていたところを助けてくれたのが、ザードだった。ザードは当時15歳で、姉より2つ上だった。私からすれば14も年上だ。かなり歳の離れた兄、という微妙な年齢の男だった。そして、魔剣士一族の中でも突出した力を持つザードに、姉と私は助けられた。ザードは恋人と、隣の家に住んでいて、何かあるたびに私達の所へ来てくれた。 私が物心ついた頃、“それ”は突然発現した。不老不死者の暴走体が里に数匹攻め込んできた時だ。ザードをはじめ、多数の手練が応戦したが、浄化神がいない状況では危険だった。私は避難しろと言ったザード言葉を無視し、姉と離れて不老不死者の暴走体を見に行った。危ないと言う事は十分承知していたが、そのとき8歳だった私では、好奇心のほうが勝っていたのかもしれない。暴走体を見たとき、初めて恐怖し、それが危険だと言う事を悟った。そして背後に迫っていた暴走体に向かって、反射的に“それ”を放ったのだ。それまで全く知りもしなかった言葉を。心に浮かんだ、頭に響いた言葉を、防衛本能に任せてぶつけたのだ。 突き出した手のひらに、詠唱と共に現れた紫色の光が収束し、透明化して、水晶のような輝きを放った。それはすぐさま暴走体に向かって突き進み、そのままそいつを飲み込んだ。シャボン玉のように膨らんだ光の中で、不老不死の暴走体はあっけないほど簡単に消滅した。いや、光に溶け込んでいった。その直後、私は目に見える範囲の暴走体――その時は攻め込んできた全ての暴走体だったが――を全て消滅させた。自分でも、何をしているのか判らないままに。 ザードが呆然と、私を見つめていた。 『おまえ…一体何を……!?』 『わかんない…わかんないよ……!』 自分が恐ろしくて、まともに喋る事もできずに涙を零した。ザードは私と視線を合わせると、真剣な目で言った。 『お前はこの里を救った。だがおまえの力が何なのかは私にもわからない。だから、ここではもう二度とその力を使うな。わかったな?』 私は頷くと、ザードに縋って泣いた。力が暴走したわけではない。寧ろ、完璧すぎるほどに制御していた。それが、怖かった。自分が自分でなくなったようで、恐ろしかった。そんな私の頭を、ザードは優しく撫でてくれた。 姉には、この話を詳しく説明した。姉妹なのだし、お互いにたった一人の肉親だ。姉はしばらく呆然としていたが、私が力を制御できるのだと知ると、複雑な表情になってしまった。 姉には、夫がいた。サルファという20歳ほど男だった。そして2人にはその時、ちょうど1歳になった双子の子供がいた。それがフォルと、シャルだ。 『私、この力は絶対に使わないから…!』 “消去能力”と名づけたこの能力を、私は必死で抑え込んだ。 もう絶対に、この力を使ったりしない。だから、嫌いにならないで。恐れないで。 人間として、私として私を見て。 言おうとしていたことが、姉とサルファ、ザード、そしてザードの恋人であるリーシャにはわかったらしい。嬉しかった。良かった、と安堵の息を漏らした。 だが、他の里の人間は違った。ザード以外の、私が力を使った場面を目撃した者たちは、私を人間ではないものとして見るようになった。 ――化け物。 ――人間じゃない。 そう言われ続けた。それから6年間、私は冷たい里の中で生きた。生きているのか、死んでいるのか、わからないような状態で。表情は消え、いつしか私は無表情になっていった。感情も、乾き果て、風化して、ほとんど何も感じなくなった。悲しみも、怒りも。そして嬉しいと感じることも、誰かを好きになる事もなくなった。 ザードも姉もサルファもリーシャも、そんな私を悲しそうな目で、少し離れて見つめていた。幼いフォルとシャルは、怯えて私に近づこうとはしなかった。 それでいい。 もうこれ以上、私を冷たい目で見る人間と、目をあわせなくて済むから。 もうこれ以上、私を憐れみの目で見る人たちに、迷惑をかけずに済むから。 私は14歳のとき、旅に出た。その時に『虚空』を渡された。そして――。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― シーウの過去話は、次回に少し出てきます。シーウの住んでいたところには何だかんだいっていろんな人達がいました。シーウの家族と呼べる人達です。でもほとんどが既婚者でした。 では。また次回。 |
11029 | Re:Eternal Seed Act.4 | ドラマ・スライム | 2002/11/3 08:55:46 |
記事番号11022へのコメント >「でも、こわいよ。“じょうかしん”さま。あのひとも『じょうか』できないの?」 凄いこと言われてますねえ。 シーウかわいそうですねえ。 何と言うか・・・凄いです。 もの凄く参考になりました。 では次回にも期待してます〜。 |
11045 | ちょっとした設定 | 夏青龍 E-mail | 2002/11/3 21:35:06 |
記事番号11029へのコメント こんばんは。夏青龍です。 コメント投稿ありがとうございます。現在、第5話を書いてるところです。 シーウは人間をも浄化神をも超えているという文字通りの”混沌”と”無限”です。神族すら超える力を持つ人間は、歴史の表に出てくることはなく、身を潜めていたか、もしくはもともと存在していなかったか、のどちらかだと作中の世界では語られています。それで、シーウの存在は恐れられているのです。 ヴァルスやフォル、シャルはあくまで神族などまでの力しか持っていないので、もしシーウとぶつかり合った場合は、たとえ束になっても言うまでもなく負けます。ただし、シーウはまだ自分の潜在能力の2割程度しか引き出せていないのです。また、ヴァルスたちにもそれはいえます。これからの展開で強くなっていくかも。 これからもよろしくお願いします。では。 |
11168 | Eternal Seed Act.5 | 夏青龍 E-mail | 2002/11/7 20:02:44 |
記事番号11022へのコメント こんばんは。夏青龍です。今度は期末テストの恐怖が迫ってまいりました・・・(涙)。テストって嫌いと言う人が多いのですが、私の知人の1人 は自分のレベルが測れるから楽しいって言うんです。でもやっぱり私はテストは嫌いです〜・・・。 5話までやっとこられました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。では、第5話。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― その世界で 彼女は “混沌”と呼ばれていた Eternal Seed Act.5 紅の記憶 暗い、昏い、ところに居たんだと、思う。 寒い、冷たい、ところに居たんだと、思う。 真っ暗で、寒くて、何がなんだかわからなくて。 怖くて。 寂しくて。 ――独りで。 雪。雪。真っ白な、雪。視界を埋め尽くす、白い、闇。 「寒い…のか」 無表情のまま、自問する。雪が降り、積もってから感覚が戻って来ない。多分、周りの気温に慣れてしまったのだろう。 きっと、はたから見たら自分は今にも死にそうなのだろうと思う。服は青い色だったのが血で紫色になっていると思うし、手にも乾いた紅色の液体が付着している。肩にも腕にも足にも傷があった、ような気がする。 「おかしいな」 表情は変わらない。心も、動かない。声も乾いたまま、雪に吸い込まれて消えていく。五感のうちの2つ、嗅覚と触覚はほとんど麻痺してしまっていて、他の感覚器もいつまで現状を保っていられるかわからない。 ふらりと足が力を失う。重力に抵抗もせず、雪の上に突っ伏す。冷たさも、痛みも感じなかった。紅いスポットが、自分の周りに散っている。薔薇の花びらのように。 痛みも、冷たさも、恐怖さえも感じなくなって、生きている意味などあるのだろうか。誰も、自分を必要となどしていない。誰からも認めてはもらえない。そしてこれからも、誰も認めてくれはしないのだろう。 体が力を失い、立つ気力もなくす。眠い。もうこのまま眠ってしまいたい。瞼が重く、もう目を開けていられない。 ――もう、いい。 目の前が、暗くなった。 「久しぶりだな…こっちまで買い物に来たのは」 ぼそりと呟く。防寒着を着ているとはいっても、あたりは一面白銀色で当たり前だが寒い。吐いた息も真っ白になっている。雪を踏みしめる自分の足音だけが、無音の世界に響いていた。 買い物袋がなんだかやけに重い。このごろ、自分の将来について考え過ぎているせいだろうか、疲れがたまっている気がする。それに、このごろなんとなく無気力なのだ。世界がモノクロになってしまったように。 自分の力を持て余しているのだろう。誰にもぶつけようが無く、またぶつけても何にもならないというこの力。ある特定の存在にしかその効果をほとんど発揮しない力。自分はそれとは別に、応用を利かせた精神波を扱えるが、それが有効に使われたことなどなかったと言っていい。はっきり言って、自分の力を使ってまで成し遂げる事がないというのが、現状だ。 目の前に、紅い点。一瞬、薔薇の花びらが散っているのかと思った。とはいえ、今は真冬。それもこのあたりに薔薇の花を撒きに来る人間などいるはずも無く、自然に生えているわけもない。すぐに当たりを見回し、人影を探す。それが、ケガをした人間だと推測するのは容易かった。 数十歩進んだところで、うっすらと粉雪を被った人影が見えた。雪の上に倒れ伏し、目を閉じて、青かったと思われる装束を血で紫色にして、ぴくりとも動かなかった。 とっさに、手を伸ばした。冷えてしまった体を背負い、しっかり荷物も手に持って、自分の家に向かって歩き出した。 ――助けなきゃならない。 ただ、それだけを思った。 それらは、過去の、とある、出来事。 「それでは」 「はい。お体にお気をつけて」 ヴァルスは適当に村人と挨拶を交わし、村を出発した。フォルとシャルも一緒だ。しかし、あの紫色の目をした少女は、ここにはいない。村人はもう彼女を受け入れはしないだろう。 「浄化神様、本当に、ありがとうございました!」 彼らには、シーウが能力を使って不老不死者を消滅させた事が伝わっている。シーウが助けた幼女が話してしまったのだが、人の口に戸は立てられない。しかしその幼女の証言で、ヴァルスの行いも認められていたのだ。 「シーウ…大丈夫かなぁ」 「多分な。でもあれで結構デリケートだからな、シーウは」 シャルの不安げな言葉に、フォルが俯いて答える。 幼い頃は彼女に怯えて近づかなかった二人だったが、シーウと旅をし始めてからは、ずっと一緒に過ごしてきた。シーウがどんなに辛い環境の中で生きてきたのかもわかる。どんな気持ちでいたのかも、知っている。だから、自分たちはせめて、シーウを“混沌神”にしたくない。自分たちだけは、彼女を、“混沌神”などとは呼ばない。シーウはまた辛い思いをしてしまった。早く行って、助けてあげなければならない。支えてあげなければならない。 「少し、急ぐか」 『うん』 ヴァルスの言葉に、双子の子供たちは頷いた。 どんなに刀を振るっても、心にかかった靄が晴れない。どうしたらいいのか、またわからなくなってしまった。 「う…」 いらついていた中で警戒心が薄れ、うっかり谷に架けてあるつり橋のロープが切れたとき、反応が遅れてしまった。魔法を使って川を流されることは免れたが、落ちたときに足を捻挫したらしい。そのままの足で、今のように刀など振るっていては、状態はどんどん悪化していくばかりだ。 それでも、刀を手放さない。こうするしか、自分を戒める術が無いのだ。水が汗と一緒にぽたぽたと地面に向かって落ちていく。しかしそれに、涙は含まれはしない。素振りを続け、空間を斬りつける。仮想の敵に向かって、何度も何度も剣を振るう。鋭敏化していく知覚、それと反比例して何も感じなくなる心。そして無意識のうちに戦いつづける戦闘機械のような体。体を動かす事で、無理矢理心を押し殺す。そうするしかなかった。 (何で…!) 心の中で、まだ雑念が残っている。 (何で!!) その思いが、彼女を苦しめ痛みに苛み続ける。心が鎖に締め付けられる。 「どうして!」 最後の太刀を虚空に刻み、刀を止める。 (どうして…“私”が“混沌神”なんだ……!!) 何故、こんな目に遭わなければならないのか。 何故、人を救って罵られなければならないのか。 何故、自分が、“混沌神”なのか。 何度も何度も、自分と世界に向かって問い掛ける。どうして自分なのか。どうして、自分に力などを与えたのか。この力は、人に忌み嫌われるだけで、何のメリットも与えてくれない。なのに。 (また……八つ当たりをしてしまった…) ヴァルスを、怒鳴りつけるつもりなどなかったのに。どうしてあんな言い方しかできないのだろうか。自分が不器用なのだと言う事は少しは自覚している。だが、どうしようもないのだ。この気持ちをわかるのは自分だけだ。ヴァルスも、フォルもシャルも、この気持ちはわからない。知ろうとしてくれているのには感謝するが、言葉の慰めなどいらないのだ。必要にもならないし、意味もない。 手近な岩に腰掛け、刀を戻し、目を閉じる。足の痛みも、心の苦しみも、全てから自分を切り離す。それは、自分から願って見る白昼夢。 「本当に行くの?」 綺麗な、ダークブルーの髪の女性が、プラチナ・パープルの髪の少女に問い掛ける。心配げに。問い掛けられた14歳ほどの少女は、そっけなく答える。 「はい」 「どうして」 「ここにいても、私は必要とはされないから」 「でも…!」 「姉さんは」 言い募る女性に、少女はそれを止めるように強く、 「ここで、幸せになってください」 言葉を一度切り、息を吸って、ほんの少しだけ、悲しそうな瞳をして、 「私みたいな、“不要な妹”のことは、忘れてください」 女性は、泣きそうな顔をして優しく少女を抱きしめ、その髪を優しく撫でた。 「ごめんなさい…私には…何もできなかった…」 「いいんです」 少女は無表情に戻ると、体を離し、 「私がここを出たこと……みんなに伝えておいて下さい。それだけで構いません。戻ってくるかどうかもわかりませんから」 「シーウ…」 女性はすでに持ってきてあった二本の刀を、シーウに渡した。 「『虚空』。あなたなら、使えるはずだから」 刀を受け取ったシーウは、渡されたそれをじっと見てから、 「ありがとうございます、姉さん」 「それと、一つだけ約束して欲しいの」 「何ですか?」 「もしここに帰ってこないのなら…」 シーウの姉、ヴェスィアは涙をこらえ、 「他のところでも…いいから……“幸せ”ってものを知ってきて……ね?」 「……約束はできませんが、努力します」 「シーウらしいわ」 夢から覚め、ふ、と自嘲するように笑う。 あの頃の夢を見ると、その過去が懐かしくなってしまう。あの頃は、まだ良かった。たとえ冷たくされようと、還れる場所があったのだから。あそこには、たとえ少なくとも自分を気にかけてくれる人がいたのだから。だが、その場所は……。 そしてまた、白昼夢が現れる。 「姉さん!姉さん!?」 暗闇を紅く炎が照らし出す。地面には、既に倒壊した建物の瓦礫が散らばっている。悲鳴や怒号、爆発音。まるで戦でも始まったかのような風景の中を、シーウだけが1人走っていた。 「っ!!」 倒れた人間。魔剣士一族の人間である事は、この里にいることから明白だ。剣を持つ暇もなく、瓦礫が頭に降ってきたのだろう。 「ザード!リーシャ!サルファ!?」 必死に名を呼び、生きている人間を探す。ここまで徹底的に破壊される里や村など見たことが無い。まるで復讐のようだ。復讐のチャンスを得た人間が、ここぞとばかりに里を葬ろうとしている。 「シャル!フォル!」 炎が目の前に広がり、襲い掛かってきた。シーウはそれを刀で斬り払うと、飛翔の呪文を唱えて魔法を使った。そして、信じられないものを見た。 上空から見た里は、もう救いようのない状態だった。建物のほとんどが壊され、人々の叫びも動きももう察知できない。自分以外に生きている一族の人間はいないのではないか……。そんな考えが頭をよぎる。 「っ…!?」 シーウは息を呑んだ。上空へ目を移した途端、視界に入り込んできた一つの人影。漆黒の髪、深い深い緑色の瞳。長身の、美青年と言ってもいい面差し。 「……ザー……ド……?」 青年はその声に気付かなかったのか、それともそれが彼の名前ではなかったのか、振り向きもせずに呪文を唱え、里に攻撃魔法を放った。 シーウはとっさに、攻撃魔法を打ち落とそうとした。が、振るった『虚空』は攻撃に耐え切れず軌道がそれ、ほとんど弾き飛ばされる格好で里の地面に落ちた。 「ぐっ」 叩き付けられた衝撃で息が詰まる。手から『虚空』が離れなかっただけましだったが、それでも事態は好転していない。 「シーウ…」 「!?」 名を呼ばれ、反射的に振り返る。そこにいたのは…。 「姉…さん……?」 飛んできた瓦礫で傷つけられたのか、それとも攻撃魔法によるものか、ヴェスィアが胴体に怪我をして倒れていた。そして、庇うように二人の子供を抱いていた。 「姉さん!!」 必死で縋るように距離を詰め、怪我を調べる。そして最悪の状態であることを知った。体が、無意識のうちに震える。 「シーウ…お願い…この子達を…」 とっさに口元に耳を寄せ、最期の言葉を聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ます。 「この子達を…お願い……それから…」 はあ、と苦しげに息を吐き、ヴェスィアは言った。 「――――って……」 それが、最期の言葉だった。気絶しているフォルとシャルは、母親の最期を見届ける事もできなかった。シーウは、赤ん坊の頃を除いて、あからさまに泣きじゃくった事などほとんどなかった。そして、“泣く”という行為が欠落していたのは、このときでも同じだった。ただ体を震わせ、涙を流さずに、押し殺したように姉の名を呼んだ。 どうして、この世界はこんなに理不尽なのだろう。 どうして、自分の前からは大切な人が次々いなくなってしまうのだろう。 どうして、どうして、どうして……。 悪夢の夜は、その後数時間続いた。 夢から覚めると、現実が待っていた。昼の光が自分を照らしているのが眩しくて、目をうっすらと開けたまま視界を手でカバーする。 「こんな私に…どうして光が差すのだろう……」 無意識に呟いた言葉は、驚くほど抑揚を欠いていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― シーウの過去はかなりダークな反面、シーウ自身の自分の存在に対する思いがかなり強くでています。シーウが何故旅をしているのか、ヴァルスとはどこで出会ったのかは、もう少し先で出てきます。 読んでくださった方ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。では、第6話でお会いしましょう。 |
11189 | Re:Eternal Seed Act.5 | D・S・ハイドラント | 2002/11/8 19:22:38 |
記事番号11168へのコメント > こんばんは。夏青龍です。今度は期末テストの恐怖が迫ってまいりました・・・(涙)。テストって嫌いと言う人が多いのですが、私の知人の1人 >は自分のレベルが測れるから楽しいって言うんです。でもやっぱり私はテストは嫌いです〜・・・。 テストですか・・・。 がんばってください。 >「浄化神様、本当に、ありがとうございました!」 浄化神様は感謝されるんですね。 > 暗闇を紅く炎が照らし出す。地面には、既に倒壊した建物の瓦礫が散らばっている。悲鳴や怒号、爆発音。まるで戦でも始まったかのような風景の中を、シーウだけが1人走っていた。 一体何故? >「……ザー……ド……?」 >青年はその声に気付かなかったのか、それともそれが彼の名前ではなかったのか、振り向きもせずに呪文を唱え、里に攻撃魔法を放った。 > シーウはとっさに、攻撃魔法を打ち落とそうとした。が、振るった『虚空』は攻撃に耐え切れず軌道がそれ、ほとんど弾き飛ばされる格好で里の地面に落ちた。 彼の犯行ですか。 シーウ可哀想ですねえ。本当に・・・ 文章が凄いです。 とても面白かったです。 こんな感想しか書けなくてすみません。 それでは〜 これからもがんばってください。 |
11209 | シーウの過去について | 夏青龍 E-mail | 2002/11/9 09:48:00 |
記事番号11189へのコメント こんにちは。夏青龍です。 コメントありがとうございます! シーウの過去については、完全にはまだ明かすことはできませんが、シーウの故郷が何者かに滅ぼされた事、シーウは姉とは血が半分しかつながっていないとされていること、シーウが混沌神であることは明らかです。 故郷が滅ぼされたときの話は、8話にもでてきます。また、もし番外編を書く余裕ができたら、シーウが里にいた頃の話も書こうかなぁと思っています。 >浄化神様は感謝されるんですね。 浄化神は大昔に人間を絶望の淵から救った存在としてあがめられています。ただし、シーウはあまりにも異端な力の持ち主だったために、世間から疎外されてしまいました。浄化神たちに罪はありませんが、結果的にそれがシーウを追い詰める事にもなっているわけです。 >> 暗闇を紅く炎が照らし出す。地面には、既に倒壊した建物の瓦礫が散らばっている。悲鳴や怒号、爆発音。まるで戦でも始まったかのような風景の中を、シーウだけが1人走っていた。 >一体何故? >>「……ザー……ド……?」 >>青年はその声に気付かなかったのか、それともそれが彼の名前ではなかったのか、振り向きもせずに呪文を唱え、里に攻撃魔法を放った。 >> シーウはとっさに、攻撃魔法を打ち落とそうとした。が、振るった『虚空』は攻撃に耐え切れず軌道がそれ、ほとんど弾き飛ばされる格好で里の地面に落ちた。 >彼の犯行ですか。 まだ一概に、ザードの犯行とは言い切れません。ただ、シーウが目撃した人物がザードに似ていたというだけなので、彼女自身も確信を持てていないのです。 というわけで、またうだうだと長く書いてしまってすみません。これからもよろしくお願いします。 では。 |
11287 | Eternal Seed Act.6 | 夏青龍 E-mail | 2002/11/12 07:05:51 |
記事番号11022へのコメント こんにちは。夏青龍です。 なんだか随分先まで書いてるのになかなか投稿できませんでした。今8話を書いてる途中です。 テストが二週間後に迫ってきてて恐ろしくてたまりません(汗)。一週間前ごろになったらまたしばらく投稿できなくなるかもしれません。 今回は、ある人物が登場し、運命の歯車が回り始めます。『虚空』は何を斬るべきとするのか・・・? では第6話。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 地、水、火、風、光、闇、命。全ての根源にして、全ての還る場所。 その力を受け継ぎし、唯一にして数多の力を持ちし者。 無限なりしその力を、人という器に縛り付け、戒める、無と有の――心。 Eternal Seed Act.6 想いと意志 「離せ!!触るなっ!」 その直後に、怒声。シーウは鋭い視線を走らせると、魔法士らしい格好をした女性を見つけた。近くには野党と思しき男たち。すでに片腕を掴まれ、引っ張られているらしく、シーウは反射的に刀を構え、駆けた。 「大人しくしろ!この…!!」 男の言葉は、そこで中断させられた。喉元に当てられる冷たい刃を感じて。 「女性に手を上げる気か?」 野党たちは、何時の間に現れたのかわからない紫色の髪をした少女を呆然と見つめ、自分を取り戻すと短刀をとり出した。シーウは心の中で微かに嘲笑し、片足をほんの少しだけ引きずって男たちに近づいた。とはいえ、こんな捻挫など、男たちへのハンデにすらならない。仮にも魔剣士一族で教育を受けた人間だ。野党などに負けるわけが無い。 「手ぇ出すなこのガキ!」 「今のうちなら有り金置いていきゃ許してやってもいいぜ」 周りを取り囲んだ男たちに、シーウは冷たい視線を浴びせた。それだけで、周囲の温度が数度下がったような感覚に陥る。 「舐めるな」 シーウが、呟く。無感情に。まるで、この世のいかなるものにも無関心とでも言うように。 男たちが動く。ほとんどは恐怖に対する防衛本能で。シーウの放った威圧感は、完全に男たちを圧倒していた。 刹那。男たちが倒れるところしか、女性には認識できなかっただろう。8人はいた野党たちが、いっせいに倒れ伏し、気絶しているのを理解するまで、数秒を要した。 「ケガは?」 シーウは、同じ歳くらいと思われる女性に声をかけた。女性はびくりと体を震わせたが、すぐに頭を下げた。 「助けてくれて、ありがとう」 ふと、シーウは女性の声が意外と低いのに気が付いた。綺麗な漆黒の髪、深海のような蒼い瞳。だが、その顔立ちはよくよく見れば男性のそれだった。 「もしかして…男?」 「え、気付かなかった?」 「あ、いや……」 ふいと顔を逸らす。幼さの残る少年のような声。おそらくは年上なのだろうが、それほど差があるとも思えない。刀をしまい、自分と同じくらいの背の高さの少年を見つめる。 「厄介ごとに巻き込まれていたようだな」 「ああ、ちょっと事情があってね。仕えている人の命令でここに来てたんだけど、野党に目をつけられるとは思わなかったよ」 「にしても、なぜ魔法を使わなかった?魔法士だろう?」 魔法士は、それぞれの地域での風習などから違いはあるが、大抵は神官服や、巫女の装束のようなものを来ている。あるいは、魔法士と認められた者に与えられるピアスやリングを身につけている。少年は、左腕に銀色のリングをつけていた。 青年は苦笑しながら、 「本当はすきを突いて飛翔魔法でも唱えて逃げようと思っていたんだけど、いきなり取り囲まれて混乱して…」 シーウはその話の内容にも、まるで無頓着のようだった。人にはそれぞれ、いろんな事情や理由がある。それを無理に聞き出したりするのは無礼だろうし、もし知ってしまったら、戦わなくてはならなくなるかもしれない。だから、こちらから積極的に相手に何か尋ねるような事は、あまりしない人間だった。 シーウは青年の名を尋ねなかったが、彼はわざわざ名乗ってきた。 「僕はクレスタと言います。貴女は?」 「……シーウ」 ただそれだけ、簡潔に言い切るように。これできっと、この少年は逃げていくだろう。“混沌神”シーウの名は、大陸中に響き渡っているのだから。 少年は、驚いたように目を見開き、一歩後退りした。 「まさか…“混沌神”……ですか…?」 「だったら?」 シーウは視線をクレスタに向けた。クレスタは少しだけ悲しげに、淡い笑みを浮かべた。シーウは眉を寄せた。逃げるならともかく、この青年のこの反応は一体何なのだろうか。 「貴女と同じような扱いを、僕も受けてきましたから、僕は貴女を否定しません」 「?」 「僕の名前はそれほど有名じゃありません。もっとも、有名になってたらもっと困ってますけどね。僕の通り名は心を読む者――“同調神”です」 シーウはああ、と納得した。以前風の噂で聞いた事がある。人の心を、目を合わせるだけで読み取ってしまう能力、同調能力を持った青年がいると。この能力は、とても珍しい力だった。良い使い方をすれば、犯罪者を取り締まったり捕まえたりという事ができる。だが逆に、人のプライバシーまでも侵害しかねないと、監視されるような者もいるという。その類稀なる神族が、なぜこんなところにいるのだろうか。 シーウは興味本意で尋ねてみた。 「なぜお前はこんなところに1人でいる?国や街に所属しているのなら、護衛や監視員が付くと聞いているが」 「僕は、どの国にも街にも所属していません。僕が付き従うのは、“あの方”だけですから」 穏やかに話すクレスタに、シーウはそれ以上何も尋ねず、連れと合流しなければならないと告げると、青年と別れて歩き出した。 この青年と、これから何度も再会することになると、シーウはこのとき考えていなかった。 シーウが去った後、クレスタは手で印を結び、空中に光で魔方陣を描いた。 「声陣直結印(ヴォイス・リンク)」 先ほどとはうって変わった落着いた声音で、唱える。魔方陣がぼうっと発光し、光の球となって浮遊する。クレスタは、それに向かって話し掛けた。 「先ほど、“彼女”と接触いたしました。スウォード様」 『ご苦労』 光の球体からは、すぐさま別の声が返ってきた。男の声。通信の魔法だ。この魔法はかなり難易度が高く、しかも相手側と事前に通信時間を決めておかなければならないという不都合さがある。もし相手側が通信を気付かない場合は、球体が相手側に現れて発光する。その“呼び出し”にかなりの魔法力(魔力)を消耗するのだ。相手がすぐに受け取ってくれれば済むのだが、この“呼び出し”のおかげで長時間話せなくなるという理由から、この魔法はあまり使われていない。何せ、空間を越えると言う非人間的、非現実的な魔法なのだ。魔法がかなり一般化された現在でも、この通信手段があまり普及していないのは、空間を越えるという事が、相手側の空間にどんな影響を与えるかどうかわからない、という恐怖からでもあった。 いくら魔法に長けた魔法士でも、自分から離れた場所に魔法を出現させるのは難しい。例えば、攻撃魔法であれば自分の周囲5メートル、コントロールが上手くても、せいぜい15メートル離れたところが限界である。防御・封印系の魔法でも、20メートルを越えることは不可能だ。それは、魔法を使う人間が、魔法を具現化する際にその力を引き出す場所――世界の根源にして全ての還る場所とされる――混沌に干渉されているからだ。 混沌というと、悪いイメージがつきがちなのだが、ある魔法研究者はこう唱えた。“混沌”とはつまり、旧世界の現実世界では見向きもされなかった、精神世界の根源なのだという。旧世界の人間がいくら頑張っても、機械たちに“感情”や“概念”を完璧に与えることができなかったのは、この混沌を無視していたからだ、と言われている。人間にしろ、動植物にしろ、この世界に存在するものは、実体と精神体が合わさって存在している。その二つがきちんとそろって存在しているものは、意志を持つ。だが、その二つを完全に併せ持っていないもの――つまり、旧世界で言うところの機械などは、精神体がないため、意志をもたず、緊急事態に対処できるだけの思考が確立されないのだ。火や水、樹や光などは、実体と精神体のバランスが完全ではないので、やはり意志を持つことはないのである。 この精神体は、“混沌”から生まれ出るもので、実体が住む世界には本来その姿を現さない。だが、現実世界で精神体の意志により呼び出されると、魔法として非現実的なものが具現化する。 “混沌”から魔法を引き出す際に必要なもの。それが、意志であった。“混沌”では、使用者の意志の力や感情の高ぶりに応じて魔法の力の強さが決まる。その意志を“混沌”に届ける際に、大多数の人間は呪文を唱える。そうすることで、肉体と精神体の同調率を上げ、効率よく魔法を行使するのだ。 だが、人々は、魔法の力が“混沌”から引き出されている事は、全く知らない。いくら研究者が学説を発表しようとも、精神世界には何人たりとも入ることができないからだ。逆にそれが、魔法を自分の周囲20メートル以外に出現させられない理由だった。精神世界には、何人も入る事は叶わない。ただし、離れる事も叶わないのだ。それぞれの存在は、自分自身の“場所”から混沌へ近づく事も、離れる事もできないようになっているとされている。それゆえに、干渉されている力の割合も変わらないため、微妙な個人差はあれど、離れた場所に自分の意志を飛ばすのと同じこと=魔法を離れた場所に出現させる事ができないのだ。 だが、それを可能にする人物が、この世に1人。 クレスタは、球体に向かってもう一度話し掛けた。 「綺麗な方ですね。とても強い力も持っている」 『私が目をつけた女だ。もっとも、昔は“ただの女”ではなかったがな』 「貴方様が滅ぼした里の人間でしたね。確か」 『私はあの女の力が欲しい。我々にとって必要不可欠な鍵となる力を、あの女は有している』 「わかっています。だからこそ、僕がここへ遣わされた」 クレスタは、長い杖を持ち直し、先端についている玉石と、それを中心とした銀の円形の枠を見た。真っ青な、深海のような色をした宝石は、円形の枠の上部から3本の鎖のようなもので繋がれ、揺れている。それが、しゃんと綺麗とすら思える音をたてる。 「彼女の“連れ”の調査と、必要があればその抹殺。それが僕に課せられた使命です。貴方様のためならば、僕は何でもいたします。スウォード様」 『それでいい。私はお前を信用してその役に就けた。頼んだぞ』 球体はすぅっと消え、クレスタは女性めいたその美貌を空へと向けた。普通の人間が通信魔法を使った後とは思えない、軽い足取りで、その場を立ち去る。 彼は、何者なのか。シーウに助けられたときは、あんなにひ弱そうだったのに、あの声と離しているときの態度は全くの別人のようだった。 「シーウ…か…」 去り際に、呟きが聞こえた。 淡いグラデーションに彩られた空を、木の葉が風に舞っていた。 空が青から赤へ、そして今度は深い青へと変わった。 シーウが街道付近で焚き火をしていると、人の足音が3つ。 「シーウ!」 一つの人影が、彼女の名を呼びながら飛び込んでくる。シーウはそれを受け止めると、予想通りの顔を見つめた。銀髪に、きれいな青い瞳。声だけでもわかる。シャルだ。 「大丈夫だった?」 「ああ。大丈夫だ。手間をかけさせたな、ヴァルス」 顔を上げ、ヴァルスに向かって言う。彼はそうだと言わんばかりの顔で、 「おまえなぁ、もうちょっと近いところで合流すりゃあ良かったじゃねぇかよ。フォルとシャルが急かすから俺が途中まで魔法で運んだんだぞ?」 シーウが村から“逃げた”ことは責めない。彼女の立場であったら、自分も同じように、いや、もっと惨めに逃げただろうから。彼女の強さも、弱さも、認めなければならないから。 「夕食の準備はしてある。フォルとシャルは先に食べていいぞ」 フォルがガッツポーズをして焚き火に寄る。シャルもてくてくと歩いていき、座る。シーウはヴァルスに視線で合図を送り、立ち上がった。ヴァルスは、ちょっと水を飲みに行って来ると言うと、シーウと一緒に歩いていった。 小川に近い所だったので、あまり歩かずに川沿いまで来た。シーウは月を見上げ、 「すまなかった。怒鳴ったりして」 「いや、別に。お前はそれなりに頑張ってるんだろ?」 「毎度のことながら、お前の寛容さには驚くぞ。何度も何度も同じことを繰り返されて、怒らないなんてな」 「それは……」 言葉を切り、ヴァルスはシーウの腕を引っ張った。シーウは反応するのが遅れ、いつのまにかヴァルスの腕の中にいた。 「俺がお前を守りたいと思ってるからだよ。お前が大事だからさ」 「お前のこの唐突さにも呆れる……」 顔を真っ赤にして、シーウは呟いた。くすくすとヴァルスは面白そうに笑っている。ヴァルスは強引で、ときどき意地悪で、面白くて、優しい人なのだとシーウは思っている。そして、そんなヴァルスをシーウは――。 「俺にはお前が必要なんだ。だから、本当にいなくならないでくれよな」 生きていて欲しい。一緒にいて欲しい。それが、ヴァルスの素直な気持ちだ。ヴァルスは下手な言い回しより、想いを直接伝えるほうが好きだった。相手にしっかり、自分の気持ちがわかってもらえる。だから、だと思う。シーウは逆に、自分の感情を上手く表せないのだ。そんな彼女を、ヴァルスはよく知っていた。 そっと、彼女の髪を撫でてから、顎に手をかける。シーウは驚いたような顔をし、恥ずかしそうだったが警戒を解いた。目を閉じて、顎を心持ち上に上げて、ほおに当たる夜風を感じる。そして。 「っ…」 ほんの数秒だけ、唇が重なった。ヴァルスの唇が触れた瞬間、反射的に声にならない声を上げてしまう。シーウはどうしても“これ”だけは苦手だった。なんだか、自分が溶けてしまいそうで。暖かくて、優しい感覚なのに、ほんの少しだけ怖いのだ。 顔が離れると、シーウはヴァルスの腕の中でしばらく動かなかった。たぶん、恥ずかしくて顔が直視できないのだろう。シーウはヴァルスよりかなり背が低い。彼女がヴァルス顔を見るには、思い切り見上げるしかないのだ。 「あのさぁ、なんか俺が悪い事したみたいな気分になるんだが」 「お前が悪いっ!」 子供じみた声を上げ、シーウはヴァルスの腕の中で、堰を切ったように喋った。 「お前がいつも私より大人みたいに振舞うからっ、私はすごい子ども扱いされてるような気分になるんだ!私と一つしか歳が違わないくせに!」 そんなに嫌だったのかと、ほんの少し不安になるヴァルスがいた。 「私だって……お前の……こと…」 最後のほうは、小さい声だったので聞こえなかった。だが、それが何なのか、ヴァルスにはなんとなくわかっていた。体を離して、 「さぁて飯食うか。あのままじゃ、多分フォルに食い尽くされるぞ」 「ちょっ……!」 痴話げんかなのか何なのかわからない会話をしながら、二人は焚き火のほうへと帰っていった。 「ふぅん」 川の反対側で、木の上で二人の様子を一部始終眺めていたクレスタは、何の感慨も抱かない様子で、2人の去った方向を見ていた。彼の同調能力は、異常なほど発達していた。わざわざ目を合わせなくとも、集中さえすれば、特定した人間の心が読める。戦闘では、それが攻撃・防御の役に立っている。 「シーウさんが…ね」 クレスタは不思議そうに呟いた。 「僕も欲しくなって来たなぁ。シーウさんの純粋な心が……」 あの男に向けられている感情を、自分のほうに向けさせてみたい。誰にも愛されず、今は“あの方“の手駒として仕えている事で生かされている自分に、あの少女の想いを向けて欲しい。 寂しい思いをしたのは、彼女も自分も同じなのだ。だから、余計に理解者が欲しいのかもしれない。どちらにしろ、彼女を手に入れたくなったのは、主人だけでなく自分も同じになったと言う事だ。もっとも、主人の方は彼女の“力”目当てだが。 「“計画”の邪魔者としてだけでなく、僕の邪魔にもなったってことか。あのヴァルスとか言う人は」 冷ややかな目で、ヴァルスの姿を思い浮かべる。時がきたら、自分は彼をどんな風に“消す”のだろうか。それを考えて。 夜風は、先ほどとはうって変わって、冷たい空気を運んできていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― クレスタはかなり女顔です。女装したらばれないかも・・・。 クレスタの通信相手は物語の鍵となる人物ですが、次回でその人物像の一部が垣間見られます。クレスタとの主従関係や、その人物の過去がほんの少しだけ明らかになります。 では、第7話で。 |
11310 | Re:Eternal Seed Act.6 | D・S・ハイドラント | 2002/11/13 13:21:44 |
記事番号11287へのコメント >「離せ!!触るなっ!」 > その直後に、怒声。シーウは鋭い視線を走らせると、魔法士らしい格好をした女性を見つけた。近くには野党と思しき男たち。すでに片腕を掴まれ、引っ張られているらしく、シーウは反射的に刀を構え、駆けた。 これは現在でしょうか回想でしょうか。 後を読むに現在のようですけど・・・。 変なこと言ってすみません。 > シーウが去った後、クレスタは手で印を結び、空中に光で魔方陣を描いた。 >「声陣直結印(ヴォイス・リンク)」 >先ほどとはうって変わった落着いた声音で、唱える。魔方陣がぼうっと発光し、光の球となって浮遊する。クレスタは、それに向かって話し掛けた。 >「先ほど、“彼女”と接触いたしました。スウォード様」 クレスタ・・・悪人っぽい > だが、それを可能にする人物が、この世に1人。 クレスタ? でも混沌と付くシーウもそんなことが出来てもおかしくないと思いますが・・・。 >「“計画”の邪魔者としてだけでなく、僕の邪魔にもなったってことか。あのヴァルスとか言う人は」 計画・・・混沌と関係があるのでしょうか・・・。 精神世界・・・スレイヤーズみたいですね。 これ読んで不快になったらすみません。 それでは〜(逃走) |