◆−Silent Season (ゼルアメ)−雨月かぐら (2002/11/6 00:55:27) No.11126
11126 | Silent Season (ゼルアメ) | 雨月かぐら | 2002/11/6 00:55:27 |
またも 約二ヶ月ぶりの投稿になりました。 前二回の投稿は、「ゼルアメ」と書いたあとに思わず自分で「?」をつけちゃうような内容でしたが、 今度はゼルアメです。誰がなんと言おーと、ゼルアメです。ゼルアメったらゼルアメ。 あ、でも、ひょっとしてアメゼルかも。 アメリア視点・少女マンガ風味に仕上がってます。 砂吐く覚悟でお読み下さい。 【Silent Season】 あかるい月の 夜だった。 白い満月が、辺りを優しく照らしている。 お日さまとはちがう、柔らかい光。 こうしてそれを浴びていると、わたしの心まで まぁるくまぁるく硬い殻から沁みだして、あふれでるような気がした。 ただ静かに、月は光る。 とくんとくんと、心臓の音がする。 白い光の中で、わたしは、あのひとのことを思っていた。 やさしいひと。だいすきなひと。 わたしの中の たぶん 一番つよくてうつくしい気持ち。 「そんなところで、何をやってるんだ?」 突然かけられた言葉に、思いの気泡がぱちんと弾けた。 「−−−あ、ゼルガディスさん」 私は下の地面を見た。 ゼルガディスさんは、呆れたような顔で、こちらを見上げている。 「何をやってるんだ、そんな木の上で?」 月夜のせいだろうか。そう言った声は、いつもより少しだけ優しく聞こえた。 「ゼルガディスさんも、来ますか〜? 綺麗ですよ〜」 私は枝の間から声をかけた。 満開の白い花が、私の体を半ば覆い隠してくれている。 そんなに大きな木ではないから、彼の頭の少し上くらいの高さしかないけれど、 その人を見下ろせるなんて、滅多にできない経験だ。 私は楽しくて、くすくすと笑った。 「………お前、酔ってるだろ」 聞こえるように大きく、彼はため息を吐いた。 「え〜? お花見にお酒はつきものでしょう〜?」 私はまたくすくすと笑いながら、手にしていた盃を持ち上げた。 中には、私でも飲める甘い果実酒が入っている。 この木の花が実になって、それを漬けたものだと、宿の人に教わった。 だとしたら、この微かに酸味のある匂いは、この花からうまれたのだろうか。 夜気には芳しい花の香りが満ちて、体の内側も外側も、その同じ香りに包まれる。 花の宵だ。 こんな日もいい。 こんな日も、あってもいい。 私はまた、くすくすと笑った。 「ご機嫌なところ悪いが、リナ達も、もう引き上げるそうだ。 そろそろ宿に戻るぞ」 「そんな〜。もっとゆっくりしてきましょうよ〜。せっかくのお花見なのに〜」 私は枝に腰掛けたまま、足をぱたぱた振った。 振動で、その枝の雪のように白い花が散る。それを見て、慌てて止めた。 また、言う。 「ずっと、こうしていたいです…」 花びらは、ひらひらと舞うように、ゼルガディスさんにまとわりつき、そして下草の上に落ちた。 「帰るぞ。いつまでもそうしていると、風邪をひく」 彼はまだ冷静に言う。 悔しくて、私はぷぅと頬を膨らませた。 「空気は冷たくても、お月様は温かいんです」 夏はもう遠い昔のこと。夜の気温は、ぴんと張りつめて冷たい。 でも、私の体は温かかった。 胸の辺りがほっこりと熱く、溢れだしてしまいそうだった。 「何、訳の分からんことを言ってる」 ゼルガディスさんは、また呆れ顔。あなたには、分からないんだろうな。 「ゼルガディスさんは、知らないんですよ」 言葉にしたら、ふいに、涙が溢れそうになった。 「ゼルガディスさんは、知らないんです」 上を向く。満月の光が、私を見下ろしてくれていた。 たとえば、明日には 私たちは港のある街に辿り着く。 海は、この大陸から、私たちの生まれた土地まで続いている。 【闇を撒く者】との戦いが終わって、私たちは一つの分岐点に立つ。 リナさんとガウリイさんは、二人で新しい剣を探すと言った。 私は、故郷のセイルーンに帰ると言った。 そして、ゼルガディスさんは、 このまま、体を元に戻す方法を探して旅をすると言った。 最後の夜に、お花見をしようと発案したのは、リナさんだった。 お弁当持って、お酒持って、夜のお花見。 へんに湿っぽくなるよりも、楽しく騒いで別れた方がいいと、私も思った。 “あーっ! ガウリイ! そのタコさんウィンナーはあたしのっ!!” “ふぁやい(早い)者勝ちだぁっ!” リナさんとガウリイさんは、いつも通りの大騒動を繰り広げて いつもはこんなイベントには不参加のゼルガディスさんも、隣にいて “あはははは。飲んでる、アメリア〜?” “うにゃあ〜。もうお腹一杯ですぅ〜” いっぱい飲んで、いっぱい食べて、いっぱい笑って 顔の火照りを冷ましたくて、少し離れた木に登った。 そこから、ずっと、仲間達を見ていた。 明日には別れ別れになる、大好きな人たちを見ていた。 −−−−−この戦いが終わったら−−−−−− どさくさに紛れて、訊いてしまった言葉を思い出す。 −−−−−一緒にセイルーンに−−−−−−− 玉砕覚悟だったけど、ほんとに砕けちゃったなぁ…。 返事も、貰えなかった。 冷たそうに見えて、優しいところも 石の膚も 硬い髪も 蒼い目も、 全部ひっくるめて 大好きだったのになぁ…… お月様がぼやけて、とけて 流れた。 「アメリア。おい、もう帰るぞ」 私は顔を拭って、笑顔を作った。 「じゃあ、ゼルガディスさん、受け止めてください!」 「なんだと?!」 「まだ足がふらつくんです。ひと思いに飛び降りちゃいますから、受け止めてください」 下からは、ちょっとムッとした気配。 でも、無茶は酔っぱらいの特権だから、最後くらい、甘えてしまえ♪ 「いいですかぁぁぁぁ〜?」 「……分かった」 そう答えると、ゼルガディスさんは、数歩近寄って、私の真下に立った。 この位置に来ると、さすがに黒い枝の間から、その人の姿がはっきり見える。 「いきますよ」 木の上から、私は身を躍らせた。 ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅ ぼすっ! 耳元で風が鳴った気がして、それから、硬い腕が私を抱きとめていた。 「−−−ありがとうございました! ゼルガディスさん!」 言って、自分の足で立とうして ぎゅっ 「…っ……ゼル…ガディスさん…?」 回された腕に、一瞬 息が止まるほど力がかかった。 「ゼルガディスさん?」 次の瞬間には、彼は腕を離し、さっと顔をそむけた。 「ゼルガディスさん?」 背を向けたまま、ゼルガディスさんは、かがんで草の上に片膝をつく。 「そら」 「え? ゼルガディスさん、何…」 「まだ、足元がふらつくんじゃなかったのか?」 「はい?」 「そんな奴を歩かせて、転ばれでもしたら厄介だ。おぶされ」 「え、…えーと、でも……」 慌てて、手を横に振った。背負われたところを想像して、思わず頬に血が上る。 肩越しに振り返ったゼルガディスさんが、くすりと笑った。 声に出さなくたって、笑われてるのは分かるんです。 眸が、ちょっぴり意地悪そうで楽しそうに、光ってる。 「−−−無理矢理抱えてかれるか、素直におぶさるか、どっちを選ぶ?」 尋ねる声には、面白がっている気配がありありと感じられた。 でも、心底口惜しいことに、私の顔はますます赤く染まっていく。 「あうう〜。ゼ、ゼルガディスさん、あのですねぇ〜」 「どっちだ?」 「……う〜〜。不肖アメリア、おんぶしていただきます…」 「よし」 ゼルガディスさんの背中は、ひんやりと硬く、そして、思ってたよりも広かった。 肩に手を回し、足を抱えられ、私の心臓は、ドクンドクンと踊り出す。 耳の奥でやたらと大きく響くその音が、この人にも聞こえてしまうのではないかと 私はそればかりを気にしていた。 せめて、真っ赤な顔を見られないよう、彼の肩胛骨の間に頭を埋める。 ずるいなぁ、と思った。 私ばっかりが焦っていて、向こうは全く平静だ。 大好きなのは、私だけ。 傍にいて欲しいのも 私だけ。 きっと、ただのコドモの憧れだと、思われているんだろうなぁ。 だから−−−−告白しても、まともにとりあっても貰えなかったんだろうなぁ…… 考えていたら、切なくなった。 「−−−−アメリア?」 何も話さない私を不審に思ったのか、少しだけ真面目なゼルガディスさんの声。 でも、私は、答えることができなかった。 一言でも発したが最期、泣き出してしまうに違いない。 そう思って、何も云えなかった。 「アメリア?」 あの満開の木の上で、甘い香りに 包まれて 私は ずっと 花じゃないものを見ていた。 大切なもの 愛しいもの かけがえのないもの 息を殺し この瞬間を 心の奥に 焼き付けておこうと 私は ずっと 花じゃないものを 見てた。 私は ずっと 花じゃないものを 見てた。 −−−−あなたには、きっと 分からないのでしょうね 「……アメリア、おい、寝ちまった…のか?」 ああ それもいいなぁ。 眠ってしまったのなら、このまま、あなたに寄り添っていてもいいのでしょう? 触れたままで いいのでしょう? トクンと心臓が脈打って、同時に、熱い涙が一しずくだけこぼれた。 目を閉じて、深く息を吸う。 石の身体でも、ゼルガディスさんは、温かかった。 その温もりだけを、連れて帰ろうと思った。 他には何も望めないなら、仲間として大切にしてくれた この人の優しさだけを、この体に刻みつけておこうと、思った。 大好きだった心も 離れたくなかった気持ちも ぜんぶぜんぶ 胸のなかに ねかしつけて ただ このひとの あたたかさ だけ を ずっと おぼえて いよ う … −−−−−−−−−−−寝てるな。 しだいに規則的になっていく呼吸音を確認し、ゼルガディスは肩を落とす。 力の抜けきった体が、背の上でじわりと重みを増した。 木綿の布地越しに、アメリアの僅かに高まった体温が伝わってくる。 ぽかぽかと、冬の日溜まりを思わせるその温度に まるで小さな太陽を抱いているようだと、ゼルガディスは思って、 そして、慌てて己の考えを打ち消した。 これでは、あの昔ながらの言い回しそのものだ。 【君は僕の太陽だ】なんてのは。 そんな彼の葛藤も知らずに、背後からはすやすやと、安らかな寝息が聞こえてくる。 ゼルガディスは、なんとなく、背負った少女を恨みたいような気になってきた。 言いたいことがあったのに、伝える前に、眠られてしまった。 しかも、こんなに無防備に、身体を預けて。 「………ったく、いい気なもんだな、このオヒメサマは…」 ゼルガディスは、空を見上げた。 「こっちは、一大決心して来たってのに……」 吐く息は白くたちのぼり、夜空の藍に溶けてゆく。 背のアメリアは、勿論、ぐっすり寝入って、微動だにしない。 「知らんだろ、アメリア。俺は、あんたに………るんだぞ?」 返事はなかった。 もともと、誰に聞かせるでもない呟きである。 苦笑に似た表情を浮かべ、彼は、しかしひどく穏やかな顔をしていた。 月の下、仄白く咲き乱れる花々だけが、彼の言葉を聞いて微笑んだ。 |