◆-ぱられるわーるど-山塚ユリ(1/26-00:48)No.1157
 ┣『equivalent』-山塚ユリ(1/26-00:51)No.1158
 ┃┗Re:『equivalent』-明美(1/26-23:40)No.1169
 ┣『魅惑の宝珠』-山塚ユリ(1/27-00:41)No.1170
 ┣『Marriage blue』-山塚ユリ(1/29-00:53)No.1181
 ┗『ヴェローデンの呪剣』-山塚ユリ(2/9-00:57)No.1240


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1157ぱられるわーるど山塚ユリ 1/26-00:48


小説もどきツリー、作ってみました。
ま、どうせ私のことですから多かれ少なかれガウリナなんですけど。
それでもよろしかったら暇つぶしにどうぞ。

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1158『equivalent』山塚ユリ 1/26-00:51
記事番号1157へのコメント

クリスマスの頃考えたガウリナ。
うーむ、意味もなく甘甘だわ。

==========================
『equivalent』

街は妙に賑やかだった。葉の落ちた街路樹にはまだ明るいというのに魔法の明かりが点され、建物もモールなんかで飾られている。木枯らしの吹く大通りを、大勢の人が楽しそうに歩いている。
「祭りかなんかか?」
オレが言うとリナが
「そうかもね。ちょっと聞いてくるわ」
さっさと走って行って近くの商店の前にいたおっさんをつかまえてなにやら話している。
やがて、てとてと戻って来ると言った。
「あのさ、今日冬至でしょ。そのお祭りなんだってさ」
「冬至?」
「…ガウリイ、まさか」
「知ってる知ってる。一年で一番夜が長い日だろ?」
オレは慌てて言った。
「それでさ、このあたりではその日にプレゼントを交換する習慣があるんだってさ」
「プレゼント?」
「互いに同じくらいの価値の物をね。まあ、あたしたちはこの辺の住人じゃないからどうでもいいけどね」
こういうそっけない言い方する時は興味がある時なんだよな。こっちから水向けてやろうか。
「オレたちもやろうか。プレゼント交換」
「へ?」
「せっかく祭りの日に来たんだしさ。いいだろそういうのも」
「あたしはどうでもいーんだけど。ま、ガウリイがやりたいんだったら付き合ってあげるわ」
まったく、素直じゃないんだから。
「やっぱ、相手のプレゼント知らない方がもらった時の楽しみってのはあるわよね」
「んじゃ、互いに別々にプレゼント買って来て、晩飯の時宿で渡すってことで」
「って、ガウリイお金持ってるの?」
「プレゼント買うくらいはあるさ」
「あ、等価値の物買うんだかんね」
「値段決めとくか」
「そ、それじゃ駄目よ。偶然同じになった、てところに意味があるんだから」
なんだそりゃ。なんか隠してるな、リナの奴。
「どーせガウリイはたいした金額持ってないでしょ。あたしが合せるわ」
馬鹿にされてるよーな気がする。
「じゃ、また宿で」

リナが帰ってこない。
もう晩飯の時間は過ぎてるっていうのに。
なにかあったんだろうか。
オレは防寒用のマントを羽織ると外へ飛び出した。

街の外れの方で爆発音がした。
騒ぎが起きる=リナがそこにいる。
オレは走った。
思った通り、遠巻きに眺めている野次馬の中心に、リナと、吹っ飛ばされたらしい数人のごろつきがいた。
「ふふん、このあたしにつっかかってくるなんて、2千400万年早いのよ」
「何やってんだよリナ。ちっとも帰って来ないから心配したじゃないか」
「あ、ガウリイ。こいつらがからんできたもんだから。帰る帰る。
って…あれ?」
きょろきょろあたりを見回して…
「んきゃあああああ」
くろこげでぴくぴくしているごろつきのそばに、9割がた燃え尽きた赤いリボンと、花模様の包装紙が落ちていた。
「ちょっとおおお。なんてことしてくれたのよおおお」
リナはすでに意識のないごろつきの首ねっこをつかんで振り回す。
「せっかく買ったガウリイへのプレゼントがこんなになっちゃったじゃないいい」
…おまえさんがやったんだろーが。

「せっかく買ったのにいい。ぶちぶちぶち」
「あーわかったわかった」
とにかく、リナが無事でよかった。
オレたちは、夜道を宿に向かって歩いていた。それにしても、どうしてこの通りはこうアベックだらけなんだ?
この寒いのに…と、リナってばいつものマントだけじゃないか。
「寒くないか?」
オレは着ていたマントを半分リナに着せかけた。その拍子に、短剣が一本転がり落ちた。
「何これ」
「ああ、リナへのプレゼントだ。店の奴、包装なんかしてくれなかったからな」
「だって…」
「お前の短剣、だいぶ刃こぼれしてるだろ。ホントはゼフィーリア製が欲しかったんだがさすがに高くて手が出なかった。安物だけど牽制くらいの役には立つぜ」
「ん…ありがと」
リナはマントの下で剣を抜き、すぐしまった。
「なにが安物よ。これってば、相当したんじゃない?」
と、オレを見上げる。一目見てこれだもんな。目利きだよリナは。
「全財産はたいちまった。当分リナに飯たかるからな」
リナは黙ってなにか考えていたが、やがて短剣をしまい込むと、
「戻るわ、ガウリイ」
「戻るって…宿は目の前だぜ」
「戻って、ガウリイのプレゼント買い直す」
「オレのなんかいいって」
「よくない」
リナは今来た道をずかずか歩いていく。オレは慌てて後を追いかけた。
「だってもう夜も遅いぜ」
「お祭りだから店もやってるわよ。ねえ、なにか欲しいものない?あの剣くらいの値段で」
「別に思いつかないけど」
いろいろな店をのぞいて歩くリナに付き合いながら、オレは通りを見回した。
街は肩を並べて歩くアベックでいっぱいだった。ふと路地に目をやると、抱き合っているアベックが目に入る。
よくやるよ。
あ、こっちの物陰にもいる。
リナは…店頭の商品を物色するのに夢中で気づいてないらしい。まあ、オレほど夜目は利かないしな。
「そちらのお兄さんはもうプレゼントは買ったかい」
店の人が声をかけてきた。
「ああ」
「ほほう。とすると結構高価な物だったようだね。あのお嬢さんの見ている商品からすると」
「で、なんで同じくらいの値段じゃなきゃいけないんだ?」
「なんだ知らんのかい。この辺じゃ言い伝えがあるのさ。申し合わせたわけでもないのに偶然同じ価値のプレゼントを贈り合ったカップルは永遠に結ばれるってね」
「なんでそうなるんだ」
「そりゃお互いの思いが同じくらいってことだからだろうさ。
元は何人かでプレゼント交換して、そのうち同じ価値のプレゼントを手にした二人が将来結婚するって、占いみたいな物だったらしいがね」
それでリナは同じ価値にこだわって…って待てよ。それじゃリナは…
「リナ。ちょっと来い」
「な、なによ。まだ決めてないのに」
「オレの欲しい物はここにはない」
オレはリナを店の外に連れ出した。

そんな言い伝えに賭けてたのか?オレは…なんかリナがいじらしくなった。
「で、何なのよ。ガウリイの欲しい物って」
オレの欲しいもの。
リナ。リナが欲しい。離したくない。そばにいたい。ずっとそばにいられるって証が欲しい。
「リナ…」
「は?」
「リナの…唇が欲しい」
リナは絶句した。そして顔色が青ざめて…次は真っ赤になった。
「な…」
「いやか?」
「…だって…こんなところで…」
あたりを見回すリナ。どうやら周りのアベックに気づいたらしい。
「ははーん。ガウリイ、アベックに当てられちゃったんだ」
オレはその言葉で我に返った。
オレは…なにをしようとしていた?
周りのアベックに当てられて、短剣の見返りにリナにキスを強要していた!?
なんて卑怯なんだオレは。
「…いいよ、その、キスしても」
恥ずかしそうな、リナの声。
「駄目だ、やっぱり」
オレは言った。
「こらあああ。人がせっかくその気になったってのに、なんなのよこの豹変ぶりはあああ!」
オレにくってかかるリナ。
「だって、こんな取り引きみたいなので…」
「剣の代償とか取り引きとか、あんたにそんな難しいこと考える頭ないでしょう」
そこまで言うか?
「あたしも、そんなふうに思ってないな。
でもさ、こんな大義名分でもないと、素直になれないじゃんあたしって」
「リナ…」
リナは数歩下がると、腰に手を当てて言った。
「しょうがないわね。ま、短剣もらっちゃったから仕方ない。キスさせてやるわよ。感謝しなさい」
「リナ…」
こんな素敵な人に巡り会えたこと、オレは何に感謝したらいいんだ。
オレはマントで包み込むようにしてリナを抱き寄せた。
「ガウリイ…」
リナは顔を上げ、目を閉じた。
恥じらいに赤く染まった顔。緊張にふるえるまつげ。
たまらなく愛しい。
オレは唇を重ねた。

やわらかな唇。抱きしめた華奢な体。
なにもいらない。リナがいればいい。もう離さない。
一年で一番長いこの夜の間、ずっとこうしていたい。

長いのか短いのかわからない時間が過ぎ、オレは唇を離した。
「…これで等価交換?なんだかあたしのほうが損してるような気がする」
リナが赤い顔で抗議する。
「同じだよ。
ま、これでオレたちも永遠に結ばれるカップルってわけだ」
「な…なんでそんなことガウリイが知ってんのよ」
リナの顔がますます赤くなった。
「さっき聞いた」
「こ…こいつは…モノヴォルトォォォ!」
「うぎぇょおおおっ」

照れ隠しだってのはわかってる。わかってるけどな、もうちょっとなんか…
普通の女の子は相手の胸ぽかぽかたたいて「馬鹿馬鹿馬鹿」なんて言ったりして…あ、あいつは普通じゃなかったか。
石畳の道に倒れたまんま、オレはそんなことを考えていた。





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1169Re:『equivalent』明美 E-mail URL1/26-23:40
記事番号1158へのコメント

きゃーっ(はあと)読みましたぁっ!
で、コメント書かせていただきます。

>「あのさ、今日冬至でしょ。そのお祭りなんだってさ」
>「冬至?」
>「…ガウリイ、まさか」
まさか知らないなんて事ないよね(笑)

>「互いに同じくらいの価値の物をね。まあ、あたしたちはこの辺の住人じゃないからどうでもいいけどね」
>こういうそっけない言い方する時は興味がある時なんだよな。こっちから水向けてやろうか。
ガウリイってば、リナのそーいうとこちゃーんと分かってるのね(はあと)

>「あたしはどうでもいーんだけど。ま、ガウリイがやりたいんだったら付き合ってあげるわ」
>まったく、素直じゃないんだから。
ふっ、素直じゃなくってそこがかわいいのよ!

>「って、ガウリイお金持ってるの?」
>「プレゼント買うくらいはあるさ」
いつ稼いだの?(笑)

>街の外れの方で爆発音がした。
>騒ぎが起きる=リナがそこにいる。
……やっぱり、お約束?

>くろこげでぴくぴくしているごろつきのそばに、9割がた燃え尽きた赤いリボンと、花模様の包装紙が落ちていた。
>「ちょっとおおお。なんてことしてくれたのよおおお」
>リナはすでに意識のないごろつきの首ねっこをつかんで振り回す。
>「せっかく買ったガウリイへのプレゼントがこんなになっちゃったじゃないいい」
リナは何買ったんでしょう?

>「なにが安物よ。これってば、相当したんじゃない?」
ガウリイの気持ちがその値段(はあと)

>いろいろな店をのぞいて歩くリナに付き合いながら、オレは通りを見回した。
>街は肩を並べて歩くアベックでいっぱいだった。ふと路地に目をやると、抱き合っているアベックが目に入る。
>よくやるよ。
>あ、こっちの物陰にもいる。
うらやましい(笑)

>「で、なんで同じくらいの値段じゃなきゃいけないんだ?」
>「なんだ知らんのかい。この辺じゃ言い伝えがあるのさ。申し合わせたわけでもないのに偶然同じ価値のプレゼントを贈り合ったカップルは永遠に結ばれるってね」
>「なんでそうなるんだ」
>「そりゃお互いの思いが同じくらいってことだからだろうさ。
>元は何人かでプレゼント交換して、そのうち同じ価値のプレゼントを手にした二人が将来結婚するって、占いみたいな物だったらしいがね」
それで同じ値段にこだわってたんだ〜〜♪

>オレの欲しいもの。
>リナ。リナが欲しい。離したくない。そばにいたい。ずっとそばにいられるって証が欲しい。
>「リナ…」
>「は?」
>「リナの…唇が欲しい」
きゃー!やっぱしー(はあと)

>「だって、こんな取り引きみたいなので…」
>「剣の代償とか取り引きとか、あんたにそんな難しいこと考える頭ないでしょう」
>そこまで言うか?
リナだからねえ。

>リナは数歩下がると、腰に手を当てて言った。
>「しょうがないわね。ま、短剣もらっちゃったから仕方ない。キスさせてやるわよ。感謝しなさい」
う゛ーっ、素直じゃなくてかわいくて、すっごくリナらしくていいです!

>やわらかな唇。抱きしめた華奢な体。
>なにもいらない。リナがいればいい。もう離さない。
>一年で一番長いこの夜の間、ずっとこうしていたい。
夜中ずうっとぉ?欲張りめ(笑)

>「さっき聞いた」
>「こ…こいつは…モノヴォルトォォォ!」
>「うぎぇょおおおっ」
リナらしくて……。ガウリイかわいそーに。

すごく楽しませていただきました!
では、また。

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1170『魅惑の宝珠』山塚ユリ 1/27-00:41
記事番号1157へのコメント

珍しいシルフィール一人称。
なんかセリフがらしくないかも…人物をつかみきれていないなあ…

=======================================

『魅惑の宝珠』

私は服の胸元に飾ったその宝珠を見ていました。
濃いピンク色に輝く、台座の裏にはすでに覚えてしまった呪文が刻まれているその宝珠を。
これを使う日がくるのでしょうか。私にそれを使うことができるのでしょうか。

荒れ果てた教会らしい建物の前でガッツポーズを取っている人影を見つけたのは、その日の午後でした。
「リナさん、それにガウリイさま」
私の声に振り向いた人影は、
「シルフィールじゃない、なんでこんなところに」
「よ、ひさしぶりだな」
懐かしい、ガウリイさまの笑顔。
「あたしたちは、ほら、この先のカレラ・シティで十年ぶりに公開される魔導のアイテムがあるとかいうんで見に行こうと思って」
と、リナさん。
「ひょっとしてシルフィールも?」
「え、まあ、私もその話を聞いて」
カレラ・シティに行けば、ガウリイさまに会えるかもしれないと思って。
「あ、あの、カレラ・シティへ私も同行させていただけないでしょうか」
「いいよ。な、リナ」
「もちろんよ。白魔術を使える巫女がいれば何かと心強いしね」
私は胸飾りの宝珠をそっと握り、おふたりの後から歩き始めました。

「ところで、さっきの教会跡で何をしていらっしゃったのですか?」
私はガウリイさまに尋ねました。
「ああ、なんかアメーバみたいな変な魔族がいたんで退治してたんだ」
「何言ってんの。全然役に立たなかったくせに」
横から口を出すリナさん。
「だって、水みたいな奴で、剣が素通りしていくんだぜ。斬れないじゃないか」
「あいかわらず、仲がよろしいんですね」
自分のセリフがちくりと胸を刺す。
「あ…まあ、水なら凍らせちゃえ、てんで、凍らせてぶち壊したってわけ」
なんか照れたようにリナさんは頭を掻きました。
リナさんとガウリイさま、ずっとこうやっておふたりで旅をしていたんですね…
でも、こうして仲良くしゃべっていられるのも今のうちです、って言ったら、どうします?リナさん。

その夜。
あたしはリナさんの部屋を訪ねました。
「どうしたの?シルフィール」
「ちょっとお話が。いいですか?」
私はリナさんの部屋に入って椅子に腰掛けました。
「で、話って?シルフィール」
「これ、見てください」
私は胸飾りにしていた宝珠を見せました。
「ん−最初見た時から魔法の力を感じてはいたのよね。なんなの、これ」
「大昔の遺跡から出た物を偶然手に入れたんですけど、裏に刻まれた文字によると、相手の精神をコントロールし、術者に対して強い恋愛感情を抱かせることができる魔法が封じられているみたいなんです。
その力は強力で、どんな意志の強いものでも逆らえないとか。
つまり、これを使うと、自分のことを振り向いてくれない男性を自分に夢中にさせることもできるわけですね」
「シルフィール、それって…」
「わかります?私がこれを誰に使いたいのか」
「で…使うつもりなの?」
リナさんの視線が絶え間なく移動する。そうとう動揺していますね。
「まだ決心がつかないんです。本当は実力で振り向かせたい。これを使うってことは自分で負けを認めたようなものですしね。
それに人の心をこんなもので操るなんて卑怯なことですし。
でも、そうまでしても振り向いて欲しい人もいるんですよ」
「…なんでそんなこと、あたしに話すのよ」
「だって突然その人の態度が変わったら、リナさんが驚くと思って」
なんかちょっぴりリナさんより優位に立てたような気持ち。
リナさんは目をそらすと言いました。
「もし…シルフィールが本気でそれを使いたいなら…あたしにはそれを止める権利なんかない」
あらあら。
「でも…できれば使って欲しくない」
それがリナさんの本音なんですね。
「明日の夕方にはカレラ・シティに着きます。それまでどうするか、考えてみますわ。じゃ、おやすみなさい」
あたしはリナさんの部屋を後にしました。

次の日。結局宝珠を使わないまま、私たちはカレラ・シティに着きました。
あれからリナさんはなんか私を警戒したり、ガウリイさまを試すような目で見たりしています。
いじわるですね、私。
その日の魔導アイテム公開時間は終わっていたので、私たちがアイテムを公開している神殿に行ったのは次の日のお昼前でした。
見物人の長い列に並んで、やっと見られたアイテムは、なんかいびつなクリスタルの玉でした。
「『勇者に倒された怪物が残した玉。持っていると願いが叶うという伝説がある』なんだこりゃ」
プレートに書かれた説明文を読んだリナさん。
「なんかいわくありげだけど、あたしたちの役に立つものじゃなさそうね」
「でも…」
「どうしたの?シルフィール」
「なんか…変な波動を感じるんです、その玉」
そう…倒された怪物の怨念みたいなものを。
その時。
なにやら神殿の入り口の方が騒がしくなりました。
「なんでしょう」
そう言っているうちに、見物人の行列を押しのけて、半魚人がのたのたと姿を現しました。
「お客さま、順番をお守りください」
警備員の制止も聞かず、半魚人はアイテムが飾られているテーブルに近づくと
「ヤット見ツケタ。コノ玉ダ」
さっとクリスタルの玉を取り上げると口に放り込んでしまいました。あっという間の出来事でした。
「うげげげっ」
リナさんの声。
もちろん神殿内は大騒ぎになりました。
「コノ玉ハでふぁれぐ様ノモノダ。返シテモラウゾ」
そう言うと半魚人はアイテムを取り戻そうとかかってくる警備員を殴り倒したのです。
「そこまでよ。このリナ・インバースの目の前で泥棒とはいい度胸してるじゃない」
「邪魔スルナ」
「問答無用よっ。エルメキア・ランス!」
魔法の直撃を受け、半魚人はあっさりと倒れました。
「ふふん、楽勝楽勝。アイテムは返してもらうわよ」
半魚人に近づくリナさん。と、倒れていた半魚人がいきなり起き上がったのです!次の瞬間、胸びれがリナさんに向かって長く伸びました。
胸のあたりできらめく銀色の光と、赤い血のしぶきを残して、リナさんは後ろにばったりと倒れました。
「リナ!」
「リナさん!」
私はリナさんに駆け寄って、倒れているリナさんの傷を調べました。おそらくとっさに飛び退いたのでしょう。出血のわりに深い傷ではありません。胸が小さいのも幸いして…あわわわ。
とにかく私はリザレクションの呪文を唱え始めました。
「よくもリナを傷つけてくれたな」
剣を抜いて半魚人に向かって行くガウリイさま。
「オマエモ邪魔スルノカ」
半魚人の胸びれがガウリイさまを襲いましたが、ガウリイさまはそれをかわすと剣を振り下ろし、半魚人の体をまっぷたつにしてしまいました。そのすばやさに警備員たちから歓声が上がりました。
「リナ、リナ、しっかりしろ」
半魚人の死体には目もくれず、取り乱した様子でガウリイさまが駆け寄って来ました。目を閉じたままのリナさんに必死に呼びかけるガウリイさま。なんて心配そうなお顔…。
たぶん、ガウリイさまがこんな表情をするのは、リナさんになにかあった時、その時だけ…
「ガウリイ…大丈夫よ、あたし」
目を開け、弱々しく微笑むリナさん。
「この傷なら大丈夫です。ガウリイさま」
「そっか…」
私の言葉に、ようやくガウリイさまはほっとした表情になりました。
その時、警備員たちから悲鳴があがりました。あの半魚人の前半分が、ひれを翼のようにはばたかせて飛び上がったのです。
「あれで生きているのか?!」
ガウリイさまが叫ぶのも無理はありません。なにせ体が半分しかないのですから。
ちなみに後ろ半分は横たわったままです。
「コノ玉ハイタダイテ行ク。でふぁれぐ様ノゴ命令ダ」
半魚人…正確に言うと半魚人の前半分…は、神殿の窓を突き破ると、そのまま空へ飛んでいきました。
「…なんてしぶとい奴…」
リナさんがそう呟きました。

「ううーっ。このリナ・インバースがいながらあんな半魚人にお宝を盗まれるなんて。このお礼は絶対してやるんだから」
ようやく回復していきまくリナさん。
「リナさん」
「あん?」
私の声に振り向いたリナさんの頬を、私はひっぱたきました。
「シルフィール…」
「さっきのはリナさんが油断していたからです。わかっているんですか?リナさんになにかあったらガウリイさまがどんなに悲しむか」
「あ…」
「もう、ガウリイさまに心配かけるようなことはやめてください」
「…確かにあたし油断してた…半魚人なんかたいした相手じゃないって…
心配かけてごめん、ガウリイ、シルフィール」
「いや、オレは」
「わかってくださればいいんです」
もう、ガウリイさまのあんな顔は見たくないから。そしてこれ以上周りの人を失いたくはないから。
「さて、それじゃあいつを追いかけるとしましょうか。行くわよガウリイ。そして」
リナさんと目が合いました。
「はい。私もお供します」
乗りかかった船ってわけですね。
「あ、あの、そうするとあの化け物を追いかけてやっつけてくださるので?」
神官らしき人がリナさんに声をかけました。
「ん?まあそのつもりだけど」
「でしたらあの玉を取り返して来てくださらんか?」
「金貨30枚」
「…だってどうせやっつけに行くんじゃないですか」
「それとこれとは話が別よ。だから金貨30枚」
…あいかわらずですね、リナさんは。

半分になった半魚人の行方を人づてに探してたどり着いたのは、私がガウリイさまたちと会った教会の跡でした。
「この前ここで、でっかいアメーバみたいなのを倒したのよね…確か」
リナさんが言いました。
「リナ、あれ見ろ」
ガウリイさんが指差した教会の床に、半魚人の半身が倒れ、半分解けかかっていました。
「ううーっ気持ち悪〜。でもここにはあの玉はないわ」
「入ってみましょうか」
私たちは教会の奥へと進んで行きました。
荒れ果てた礼拝堂の扉を開けた私たちが見たものは、床に描かれた魔法陣と、その上で蠢く巨大なアメーパ状のなにか、でした。
「だって…この間倒したはずじゃない。こらあ、なんであんた生きてるのよ」
あれが先日リナさんが倒したはずの魔族…。
「ふふふ、この前わたしを凍らせてくれた人間どもだな。しかし今度はこうはいかんぞ。復活の儀式は終わった。今わたしは完全体となったのだ」
「リナ、あれを見ろ」
ガウリイさまが指し示すアメーバの体の中心で、あのクリスタルの玉が、いましも魔族の体に溶け込み、一体となっていくところでした。
「これは遥か昔に絶たれた我が半身。長いこと部下に探させてやっと見つけたのだ」
「…なるほど」
「完全体となった最初の腹ごしらえに、貴様たちの恐怖をいただこう。このデファレグ様の糧となるがいい」
「やなこった。エルメキア・フレイム!!」
リナさんの魔法は、デファレグという魔族の体に当たり、そのまま跳ね返ってきました。慌てて避けるリナさん。
「この前と同じだわ。みんなはねかえされるか、素通りしちゃう」
「こっちもだ」
ガウリイさまの振るう剣は、デファレグの体を素通りして行きます。まるで水の中で剣を動かしているように。
「だったら。ヴァン・レイル!」
「同じ手が通用するか!」
リナさんの放った氷の蔦は、あっさり弾き飛ばされてしまいました。
「完全体か…やっかいな相手ね」
「今度はこちらから行くぞ」
「わひゃううう」
リナさんの声。
デファレグの体から放たれた円盤が、私たちを襲いました。水を薄い円盤状にして飛ばしたようです。3人とも避けましたけれど。
「ラファスシード!」
円盤を避けた私も魔法を放ちましたが
「そんな物は効かぬわ!」
「だったらこれよ!ラグナ・ブレード」
リナさんの黒い剣はデファレグの体を切り裂き…いいえ、切れていません!
「なんて奴だ」
「ブラスト・アッシュ!」
「全然効いてないぞ」
「あの水の奥に、あの魔族の本体、アストラル・サイドとつながった本体があるはずです。そこまで魔法が届けば…」
私は言いました。
「でもあの水が」
「衝撃を吸収・拡散してしまうのよ」
再び水の円盤状が飛びました。避けようとした私は…水で濡れた床で足が滑って…腕に熱い衝撃と痛みが走りました。
ふらつきかけた私を誰かが支えてくれました。そしてガウリイさまの声。
「シルフィール!大丈夫か」
心配そうな顔が私をのぞきこんでいます。ああ、ガウリイさまが私のことを心配してくださっている…
「大丈夫です」
私は笑顔を見せると自分で回復魔法をかけました。
「そうか…しばらくここでじっとしていろ」
ガウリイさまは再びデファレグに向かって行きました。
「いやああああ」
切りかかるガウリイさま。おそらくは切る瞬間に気を叩き込んでいるのでしょうが、それでもデファレグはダメージを受けた様子はありません。あの体は水…水を斬る方法はないのでしょうか…
「あうっ」
デファレグの放った高圧の水の直撃を受け、床に叩き付けられるリナさん。
「リナさん!」
「平気平気。それよりシルフィール、怪我は」
「私は大丈夫です」
「うん」
リナさんは立ち上がると言いました。
「シルフィール、なんで海が青く見えるか知ってる?」
「?」
突然の話についていけない私。
「太陽の光が七色から成るって知ってる?水はね、その内の青い光だけを跳ね返すから青く見えるんだって。
あいつも水みたいなものだから、青い光は跳ね返しちゃうのかもね。
だったら反対に赤い光だったらどうなるかなーって思ったの。試してみる価値はあるでしょ」
赤い光…赤…ドラグ・スレイブ!
「だって、こんなところでドラグ・スレイブ使って、もし弾き返されたりしたら」
この教会が崩れるのは目に見えています。
「2発同時にぶち込めばどっちか奴の本体にまで通るんじゃない?よかった、シルフィールが一緒で。
ガウリイ、大技行くわよ。詠唱時間かせいで!」
「よしきた」
「あたしはあっちへ回るわ。合図したらぶっ放して」
私を出口近くに残し、礼拝堂の奥へ進もうとするリナさん。
「待ってください」
私はリナさんを止めました。
この2人をガレキの下敷きにさせるわけには行きません。絶対に。
「私に考えがあります」
私は胸の宝珠を手に取ると、デファレグに向かって歩き始めました。すでに覚えてしまった呪文を唱えながら。
「何をする気だ?シルフィール」
いぶかしげなガウリイさま。私のこと、心配してくださったガウリイさま。
私はそれだけで充分です。
手にした宝珠をデファレグに向けて呪文を唱え終わると、宝珠から濃桃色の光が放たれ、デファレグに突きささりました。
リナさんの推測が正しければ、この赤い光もデファレグの本体に届くはず。
お願い、届いて!
光が消えると宝珠はまっぷたつに割れ、同時にデファレグの動きがにぶくなりました。
「お…お前は…わたしは一体…」
効いたの?魅了の魔法が。
「あなたは私のしもぺ。あなたはなんでも私の言うことを聞かなければいけないの」
「お…おおお」
混乱しているのか、デファレグの体がのたうちました。人間なら頭を抱えている、といったところでしょうか。
「私たちを攻撃するのはやめて。私の頼みなら聞いてくれるわよね」
私はデファレグに微笑みかけました。愛しい恋人に微笑むように。
「ぐう…ぐわわわわあ!」
いきなり、デファレグの体が四散しました!
撒き散らされたアメーバのかけらは、もはやただの水。もう魔族の気配はありません。
「何…何が起きたの」
立ちすくむ私。
「こいつ…死んでるのか?」
みずたまりに剣を突っ込むガウリイさま。
「自滅したようね」
リナさんが言いました。
「なんでまた…あ、シルフィールの魔法のせいか。あれ、いったい何なんだ?」
「あれはね」
駄目、リナさん。ガウリイさまだけには知られたくない。
私が恋の魔法でガウリイさまの心を奪おうとしていたことなんか。
「相手の精神をコントロールして自分に服従させる魔法よ。ほら、魔族って自分より弱い人間なんかに従わないじゃん。それを魔法で従わせようとしたから相反する感情の板挟みになって精神崩壊しちゃったわけ」
「ふーん」
「ましてやその感情が、魔族なんかには理解不能ときてはね」
ほら、こういう説明だったら、恋の魔法だったなんてわかんないでしょガウリイには。
振り向いたリナさんの目がこう語っていました。
どんな魔法の宝珠より人を魅了する、暖かい光をたたえたその目が。
そうなんですね、ガウリイさまはこの光を守りたいからリナさんのそばにいるんですね。

「で、これからどうするんだ?」
教会を出て、ガウリイさまが言いました。
「あの玉を取り返してこいって依頼だったろ。でもあの玉、溶けてなくなっちゃったじゃないか」
「あ…」
ぼーぜんとなるリナさん。
「よし、逃げよう」
…あのですねえ…
「じゃあ、私が戻って説明しますわ」
私は助け船を出しました。
「あれが魔族の半身だったと知れば、神殿の方々も納得するでしょう。ではここでお別れですね」
あの宝珠がなくなった以上、このままおふたりに付いていっても仕方ありませんし。
今なら笑って別れられそうな気がしますから。
「あれ?シルフィール行っちゃうのか?」
「だって私に後始末を押し付けて、リナさんたちはトンズラするんでしょ?ね、リナさん」
「…いや、そういう言い方されると…」
「うふふふふ」
ぽりぽり頭を掻くリナさんの様子がおかしくて、つい笑ってしまいました。
「じゃ、シルフィール、元気でな」
「縁があったらどこかで会えるよね」
やがておふたりは街道の彼方に消えて行きました。
さようなら、大好きなガウリイさま。そして大好きなリナさん。



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1181『Marriage blue』山塚ユリ 1/29-00:53
記事番号1157へのコメント

ガウリナでーす。
リナの家族とか、仲間の現状とか、かなり設定がいいかげんっつーかでたらめっつーか。

==================================

『Marriage blue』

闇の中、あたしは白いウエディングドレスを着て立っていた。
「本当にそれを着て結婚するつもり?ガウリイと」
闇の中から誰かが問いかける。
「そうよ。いけないとでもいうの?」
あたしは答えた。
「だってあなた、本当にガウリイを愛しているの?」
「当たり前じゃない」
「違うわ。ガウリイがいると便利だからそばにおいているだけなのよ。
戦いのサポートをしてもらいたいから一緒にいるだけ。守って欲しいだけ。そうでしょ」
「何勝手なこと言ってるの。顔を見せなさいよ」
あたしは闇に向かって叫んだ。
「勝手なのはあなた。あなたはガウリイを利用しているだけ。愛してなんかいないのよ。ふふふふふ」
「違う。違うわよ。違う!!!」

あたしは目を覚ました。ベッドサイドの壁に架けられたウエディングドレスが、朝の光を白く跳ね返している。
故郷ゼフィーリアのあたしのうち。八日後に迫ったガウリイとの結婚式のため、あたしはここに帰っていた。
しかし…いやな夢。
あたしは悪夢を振り払うように飛び起きた。結婚式に間に合うようにドレスの刺繍を終わらせなきゃ、姉ちゃんに何言われるか分かったもんじゃない。

「ガウリイに守って欲しい。それはあなたのわがままだわ。そのせいで何度ガウリイが危ない目にあったと思うの?
あなたはガウリイを愛してなんかいやしない。愛してたらガウリイを犠牲にできやしないもの」
闇の中から聞こえる声があたしをなじる。
「確かに…あたしと一緒にいるせいで、ガウリイは魔族との戦いに巻き込まれたかもしれない。
でも、あたしはガウリイを犠牲にしようなんて思っていない」
「でもいつかそうなるわ。いつか、ガウリイはあなたと一緒にいたせいで死んでしまうのよ」
「いや、いやよ、それは」
闇があたしを押しつぶそうと襲いかかってくる。あたしは必死に追い返そうとして…
そしてあたしは目を覚ました。びっしょりと汗をかいて。

「もうすぐ結婚式だってのにリナさんなんか暗いです。どうしたんですか?」
と、アメリア。
「俗にいうMarriage blueって奴か」
ゼルガディスが言った。
なぜアメリアたちがここにいるのかと言えば、結婚式に出てもらいたいって、あたしが招待したのだ。
アメリアとゼルだけじゃない。シルフィールも来ていて、三人ともうちに泊まってもらっている。
シルフィールにはドレスの刺繍なんかしてもらっちゃっている。姉ちゃんには内緒だけど。
「あははは。実は他に男がいて、今ちょっと迷っていたりして。あははは。さあて刺繍手伝ってこよう」
冗談でごまかして席を立つあたしを、いぶかしげな視線が追いかけて来た。

闇があたしを嘲笑うかのように言い続ける。
「誰でもいいのよあなたは。呪文詠唱の時間をかせいでくれる人なら誰でも。
ガウリイが死んでもあなたは平気な顔で、次の保護者を探すんでしょうね」
「言いたいことがあるなら出てきたらどうなの。影でこそこそ言ってるなんて卑怯よ」
あたしの叫びに応じて、闇色のマントとフードをつけた何者かが、闇から抜けるように現れた。
顔は見えない。でもあたしの知っている誰かのような気がする。
「あなたにガウリイと結婚する資格なんてない。ガウリイをいいように利用しているあなたには」
そんなことない。だってガウリイは…

こう毎晩悪夢を見せられちゃ、さすがのあたしもまいるなぁ…
刺繍の手を止めてぼーっとしていたあたしに、ガウリイが声をかけた。
「なあリナ、最近様子が変だぞ。なにかあったのか?」
「ううん、なんでもない、なんでもない」
ガウリイと結婚する資格がないって言われた夢を見た、なんて本人に言えるわけがない。
「それならいいんだが…」
心配そうにあたしを見つめるガウリイ。そう、いつもあたしはその視線に甘えてしまう。頼ってしまう。
「ねえガウリイ」
「なんだ」
「あたしは、ガウリイに頼りたいからガウリイと結婚するんじゃないからね」
そう、あたしはもっと強いはずだ。ガウリイに守られているだけの人間じゃない。

「リナさん、なにか悩みでもあるんですか」
シルフィールがあたしに言った。
「リナさん、ここ二、三日、何か、ふさぎこんでいるみたい」
「あ、ははは、いや、なんでもないのよ」
シルフィールがあたしの顔を見た。
「本当は私、来ないでおこうかと思ったんです。幸せそうなリナさんを見るのはつらいかな、って思って。
でも今のリナさんを見てるのはもっとつらい…」
「ごめん。でも本当になんでもないから」
シルフィールに言ってもしょうがない。これはあたしが解決すべき問題なんだ。
今夜こそ、あいつの正体と目的を確かめてやる。

「あんたは誰?魔族が見せている幻?さっさと正体を見せなさいよ」
いつもの夢の中。あたしは黒いフードのそいつと対峙していた。
「あたしの正体を知ってどうするつもり?」
「あんたを倒す」
「うふふふふ。あなた一人であたしを倒せるかしら。ここにはあなたの保護者はいないのよ」
「ガウリイは関係ないでしょ!」
「あたしを倒せばガウリイと結婚できるとでも思っているの?ガウリイを愛してもいないくせに。
ガウリイに守られているって、いい気になっているだけよあなたは。それを愛されているとか、愛しているとか、勘違いもいいところだわ」
「うるさいわね。他人にとやかく言われる筋合いはないわよ」
「他人?うふふふふ」
そいつは嘲笑しながら顔を隠していたフードを取り去った。あたしは声にならない悲鳴を上げる。あたしに向かって笑いかけたその顔は…あたし自身だったのだ。

すぱかああああん!!!
なにかに頭を強打されて、あたしは目を覚ました。起き上がるとベッドの脇に、フライパン片手に姉ちゃんが立っていた。
「今、なにしたのよ」
「なんかうなされていたから起こしてやったんじゃない」
だからってフライパンでなぐるか?ふつう…
「さっさと起きないと朝飯抜きよ」
人が悩んでいるっつーのに、なんつーデリカシイの無い姉なんだ…

朝食の席に、ガウリイだけいなかった。
「ガウリイどうしたのよ」
「ん、ああ、彼なら王都まで使いに行ってもらったわ」
姉ちゃんがこともなげにいう。ちょっと、王都って…
「いくら大切な親書だからって、王都まで三日はかかるし、わたしたちは反対したんだけどね」
と、かあちゃん。
「結婚式まであと五日なのよおおおっ。なんでガウリイを使いになんか出すのよおおっ
あたしだったらレイ・ウイングで二日で往復できるのにいいいっ」
思わず食ってかかるあたし。
「ドレスの刺繍も終わらないやつがなに言ってんのよ。ガウリイ体力あるから昼夜歩き続ければ二日で着くって」
「なにも結婚する本人に行かせなくたって、ゼルに頼むとか」
ぎろっ。姉ちゃんがあたしをにらんだ。
「あんたはあああ。せっかく結婚式に来てくれた人に結婚式の準備手伝わせて、その上王都まで行かせるつもりいい!」
ごりごりごりごりごりごりっっっばきっ!
「ルナ…またすりこ木折った…」
あたしの頭の心配してくれ…かあちゃん…
「ガウリイはあたしの弟になる人なんだから、どう使おうがあたしの勝手。
大丈夫よ。絶対結婚式までには帰ってくるから」

「招待状もらってこんな辺境まで来てみれば、新郎は出かけて留守とはな。本当に五日で帰って来られるのか?」
午後到着したルークが言った。もちろんミリーナも一緒である。
「帰って来るって言ったんだから帰って来るんでしょ」
あたしの口調はなげやりであった。悪夢には悩まされる、新郎はいなくなる、ではちゃんと結婚式が挙げられるのか、疑わしくなってくる。
「まあ、それにしてもガウリイ、よくこんながさつでちんくしゃで色気のない女と結婚する気になったもんだな」
ずきっ。
「ほっといて。本人同士がよければいいのよっ」
本当にいいの?夢の声が蘇る。
リナ・インバース。あたし自身は本当にガウリイとの結婚を望んでいるの?
ガウリイ。本当にあたしと結婚してもいいって思っている?

ガウリイのいない夕食の席。人数は増えたのになにか寂しい。
たった一日、そばにいないだけなのに、なんだろうこの空しさは。

「ガウリイ、帰ってくるかしら。もうあなたのお守りはいやだって、逃げ出しちゃったんじゃないかしら」
闇の中で、あたしがあたしに問い掛ける。
「そんなことない。ガウリイは帰って来る」
「そしてまたガウリイに守ってもらうの。
あんたは結局、ひとりじゃなんにもできないいくじなしよ」
違う。違う。違う。

ガウリイに聞きたい。本当にあたしと結婚したいのか。
ガウリイが望まないなら結婚なんかしなくたっていい。守ってくれなくてもいい。
ただ…そばにいて欲しい。
あたしは小川の土手に座ってぼーっとしていた。
「ルナさああん、あ、リナさんちょうどいいところに」
そこに近所の人が慌てふためいて走ってきた。
「リナさん、野、野盗の群れが、」
野盗?姉さんがいるこの村に現れるとは、流れ者だな。
「あたしが行くわ。あんたはうちに知らせて。腕の立つのがうようよしてるから」
あたしは走った。こーなりゃ野盗でうっぷん晴らしよおおおっ!

ゼルとアメリアが来た時は、もうほとんど片がついていた。
「なにしにきたんだ俺達」
「ごめんね残しておいてあげなくて。ファイヤーボール!」
さて終わった終わった。
「ルークたちは来なかったの」
「どうせ用はないだろうってな。正解だったな」
「でも、やっぱりリナさんはこうでなくっちゃ。ほら、このごろ元気なかったじゃないですか。なんか久しぶりにリナさんらしいリナさんを見ました」
アメリアが言った。あたしらしいあたしって?
「なんて言うのかな、背筋しゃんと伸ばして、きりっとしていて。
あ、でもいつもは背中に隙があるんですよね」
隙?そんなもの作ったら敵にやられちゃうじゃない。
「いつもはガウリイがリナの後ろにいるからな。後ろにガウリイがいる時は、こいつの背中は隙だらけだ」
あ……
「そうなの?」
自分じゃ気づかなかった…
「あたし、やっぱりガウリイに甘えているんだな…」
ぽりぽり頭を掻きながら言うあたし。
「別に悪いことじゃないだろう」
ゼルがぼそっと言った。
「魔導士が呪文を唱えている間、フォローしてくれる人間は必要だ。それはどっちがどっちを頼っているとか、甘えているかと、そういうことじゃない。互いの役割分担だ」
「でもゼルは自分で自分のフォローをしているじゃない」
「昔は部下がいて、時間をかせいでくれたんだがな。今はそういう相手がいないだけの話だ。それに」
ゼルが遠い目をする。
「詠唱中に一、二発食らっても平気だからな俺は」
う…まずい話をしてしまった…
「わかりました」
アメリアがこぶしを握って強い口調で言う。なにがわかったんだか。
「これからはあたしが、ゼルガディスさんのフォローをしてあげますっ」
「魔法使いがどーやって魔法使いのフォローするんだ…」
「ええと、あたしが木に登って口上言ってる間にゼルガディスさんが呪文を唱えるとか」
「…気持ちだけありがたくいただいとく…」

その夜、悪夢は見なかった。と、いうより、眠れなかったのだ。
そばにガウリイがいない。それだけで何かが違う。
体の横を風が吹き抜けて行く。落ち着かない。自分が自分じゃないみたい。
ガウリイ。あたしのそばにいて欲しい。ガウリイのそばにいたい。
あたしはベッドの上で寝返りを打つ。
たった一日、ガウリイに会えないだけでこんなになっちゃうなんて、我ながら情けない。
ガウリイ。今どうしてる?
会いたい。会いたい。

寝不足のまま刺繍なんかしてるから、指を針で刺しまくること。
「リナさん、私やります。このままじゃせっかくの花嫁衣裳が汚れちゃいますから」
「ん、頼むわシルフィール」
しあさっては結婚式。でもガウリイはいない。
あたしはやるせない気持ちで、窓の外を見ていた。
「リナ、いる?!」
姉ちゃんがばんっと戸を開けて入って来た。
「なんでシルフィールが刺繍やってんの?」
「いや、これはその…」
「ま、どうでもいいわ。魔導士協会から使いが来たのよ。急いで魔導士協会に出頭!」
だからって二階の窓から突き落とすなあああっっっ!!!!

魔導士協会のヴィジョンルーム。見慣れた顔が微笑んでいた。
「ガウリイ!」
涙腺が熱くなるのを、あたしは必死でこらえた。
「今どこよ。なにしてんのよ」
「王都のヴィジョンなんとかでリナと話してる。
いや、リナの婚約者だって言ったらここの装置、快く使わせてくれてなあ」
「そんなことはどうでもいいって。なにのんびりしてんの。用が済んだら早く帰ってきなさいよ」
ガウリイが真顔になった。
「会いたかった。どうしてもリナに」
な…ななななな…
「たった二日リナと離れていただけなのに、体半分もぎとられたみたいな気がして、我慢できなかった。
顔が見たかった。声が聞きたかった。だから頼んだんだ。女王さまって人に」
でえええっ。姉ちゃんってば、なんのためにガウリイを王都へやったんじゃああっ。
「リナ…」
いつものやさしい声。いつもの笑顔。その顔がふいにぼやけた。
「お、おいリナ」
「ガウリイ…あたし…あたし…」
「どうしたんだよ。リナらしくもない」
「あたし…ガウリイが思っているほど強くない。そんなに強い人間じゃない」
「わかっているよ」
へ?あたしは顔をあげた。ガウリイが微笑んであたしを見つめている。
「リナがそんなに強いんだったら、保護者なんかしているもんか。
リナにはどっかもろいところがあるんだよな。なにもかも全部自分一人で背負い込んじまって、いつかその重さでぽっきりいきそうで。
だから守りたいって思った。そばにいて支えてやりたいって思った」
ガウリイ。あたしのすべてを受け止めてくれる人ただ一人の人。
「己惚れに聞こえるかもしれないが、リナにはオレが必要だと思った。だからずっと一緒にいるんだ」
ガウリイのヴィジョンが手を伸ばした。きっとあたしのヴィジョンの頭でもなでているんだろう。
「リナの強いところも、弱いところも、みんな守ってやる。これからもずっとリナのそばにいる」
「あたしだって、あたしだって」
キッと涙をぬぐうとあたしはガウリイを見つめ返した。
「あんたのくらげ頭も、判断力のないとこも、生活力足りないところも、みんなまとめて面倒みてあげるから」
「たははは」
「あたしのそばにいたかったら、さっさと帰ってくることね。なにしろ」
もう迷わない。この人と一緒にいることに。
「しあさっては待ちに待ったあたしたちの結婚式なんですからね」

「まだガウリイと結婚する気なの?」
闇の中、あたしはあたしの声を冷静な気持ちで聞いていた。
「そうよ。あたしはガウリイと結婚する」
「ガウリイが不幸になっても?」
「ガウリイだからいいのよ。
ガウリイなら喜んであたしの犠牲になってくれるわ」
「…開き直ったわね」
「そうよ。このリナ・インバースが結婚するって言ったら絶対するんだから。誰にも止める権利なんかない。
あたし自身にもね」
「……」
「そう、あなたはあたし。ガウリイを失うことを怖れ、かと言ってガウリイを縛ることも怖くてできないでいる、臆病で弱いあたし」
「……」
「でも、もうあたしはガウリイと離れて生きられない。この三日間離れていてよーっくわかった。
わがままって言われてもいい。ガウリイを離したくないの」
「ガウリイに甘えたいから?」
「そうよ。あたしは弱い人間だから、ガウリイに甘える。ガウリイに頼る。涙だって見せちゃう。
他の誰でもなく、ガウリイだけに」
認めよう、自分の弱さを。それを乗り越えるために。
「その代わり、あたしはガウリイの弱いところを包み込んであげる。ガウリイが弱音を吐けるただ一人の人間になってやる」
「…ガウリイになにかあったら後悔するわよ」
「ガウリイと離れて後悔するより、一緒にいて後悔するほうがましだわ」
「…わかったわ」
もう一人のあたしは、闇に溶けるように消えていった。
いなくなったわけじゃない。弱いあたしはあたしの中にかえっただけ。
あたしの中に弱いあたしがいることがわかったから、あたしはもっと強くなれる。強くなってみせる。

そしてその日がやって来た。

両親と姉ちゃんが、ごちそうの準備に大いそがしなので、シルフィールとアメリアがあたしのしたくを手伝ってくれた。
「リナさん、きれいですぅ」
アメリアがほーっとため息まじりにつぶやいた。
「でも、ガウリイ様、帰ってきませんね。式はお昼からなのに」
シルフィールが心配そうに言った。
「大丈夫よ。絶対帰って来るって」
そう、あのヴィジョンの中のガウリイは言ったのだ。絶対結婚式に間に合うように帰るって。

午後の日差しが、暖かくあたしを照らしている。
庭に作られた祭壇の前で、司祭がいらいらしている。
ガウリイは、まだ帰らない。
「おい、結婚式はまだかよ」
「あのリナ・インバースの結婚相手ってのを一目見ようと来たのにな」
「新郎に逃げられたって話だぜ」
集まった野次馬が勝手なことを騒いでいる。一発ぶっぱなしてやろうと思ったんだが、さすがに今日は我慢した。
「リナ…」
かあちゃんがおろおろしながら言う。
「大丈夫。彼は帰って来るわ」
「でも…」
「リナさんが待つならあたしも待ちます」
「俺もだ」
「私もガウリイ様を信じます」
「しゃーねえな。別に急ぐ用事があるわけじゃなし」
「同じく」
「ほらほら、招待客がああ言っているんだから。どっしり構えていましょう」
姉ちゃんが椅子に座ったままのんびりと言った。元凶は姉ちゃんだろうが。

日が傾いた。
見物人はとうに待ちくたびれて帰ってしまった。
「これ以上は待てませんっ」
司祭がシリアスな顔して叫んだ。
「夕方の祈りの時間です。教会には信徒が集まっているでしょう。私は帰らなければいけない。
インバース殿。結婚式は明日に日延べということで」
とうちゃんに向かって言う司祭。
「しかたありませんな」
司祭は帰っていった。残ったのはあたしと両親と姉ちゃんと、招待客五人だけ。
「リナ…」
「あたしは待つわ」
かあちゃんにあたしは答えた。
信じてる。絶対ガウリイは帰って来るって。
「でも、司祭様帰ってしまったではないか。これでは彼が来たところで、明日に延ばすしかないだろう」
と言うとうちゃんに、
「私が代わりにやりますわ」
シルフィールが答えた。
「神官の資格取ったばかりですけど、なんとかなると思います」
「んじゃそれで決まりね。待ちましょう」
場を仕切る姉ちゃん。
そしてまた時が流れた。
「それにしても遅いよなあ。どっかで道に迷っているんじゃないか?よし、俺が迎えに行って…いででで」
ミリーナに耳をひっぱられて庭の隅に連れて行かれるルーク。
「ルナさんって人が何考えてガウリイさんを使いに出したのか知らないけど、余計なことをしないほうがいいわ。
黙って待っていましょう」
内緒話のつもりだろうけど、みんな聞こえてるって。
ミリーナの言う通り、姉ちゃんが何考えてるのかよくわかんない。今あたしにできることはガウリイを待つこと、ただそれだけ。
その時。茂みががさがさと音を立てた。
何!?
「やあ、やっと着いたぜ」
結婚式の主役、ガウリイがやっと現れた。
「なにしてたんですかガウリイさんっ。ずっと待ってたんですよ」
「自分の結婚式に遅れるとはな」
あたしはつかつかと、みんなに囲まれてへらへらしているガウリイに歩み寄った。
「いやあ、実は道に迷って…」
すぱかあああんっ
「あんたはああああ。この重大な日になにやってたのよおおおおっ」
「ああっリナさん、そんなハイヒールでぐりぐりやったら…」
ぐわわわわーんっ
頭に衝撃が走った。
「結婚前に未亡人になる気?あんたって子は」
姉ちゃんが言った。
「こんくらいでガウリイは死なないわよっ」
フルーツカクテルの巨大な器を頭に載せたまま、あたしは叫んだ。
「こんなもの頭上に落されたら、先にあたしが死ぬわい!!」
「生きてるからいいじゃない。あ、ガウリイはさっさと着替えてきなさいって。結婚式、始めるわよ」

黄昏の中、結婚式が始まった。
野次馬も近所の人も帰ってしまったけど、本当に祝福して欲しい人たちはちゃんといる。
そしてあたしの隣にはガウリイがいる。
あたしたちは今までずっと一緒に生きてきた。これからもずっと一緒に生き続ける。
「結婚式なんか挙げなくたって、オレはずっとリナのそばにいるつもりだったけどな」
シルフィールの祝福の祈りを聞きながら、ガウリイがささやいた。
「駄〜目。式自体は単なる儀式かもしれないけど、言葉に出して誓うことが大事なんだから」
そう。誰にでもない、自分自身に。
もう二度と、お互いの気持ちを、その存在の大切さを疑わないことを。

こうしてあたしとガウリイは結ばれた。
こーなったからには二度と離さないからねえ。一生あたしのそばにいて、あたしを守ったり、あたしの盾になったり、盗賊と一緒にふっ飛ばされたりしてもらうんだからね。
頼りにしてるわよ、ガウリイ。


END


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1240『ヴェローデンの呪剣』山塚ユリ 2/9-00:57
記事番号1157へのコメント

う〜〜む。なんか重たい話になってしまった。

==============================

『ヴェローデンの呪剣』

あたりは血臭に満ちていた。
アジトの周囲には、連中が差し向けたバーサーカーだのオーガだのの死体がごろごろしている。
そして女性たちのいる小屋の前には奴等の死体が。
このあたりを治めている領主から、「街や村から女性たちを誘拐して売り飛ばしている連中がいる。退治して女性たちを助け出して欲しい」との依頼を受け、あたしたち4人はこのアジトへやってきた。
そんでもってなんとか奴等を片付けたのである。
「ガウリイ、大丈夫?」
あたしはガウリイの腿の傷にリカバリイをかけた。傷がみるみるふさがっていく。
「そっちはどう?」
「アメリアは自分でリザレクションかけてる。
それより彼女たちを出してやったほうがいいんじゃないか」
「おっと」
ゼルに言われて小屋の戸を蹴り開けるあたし。女性たちは小屋の中で震えていた。
「もう大丈夫よ。怖かったでしょう」
「どっちかっつーとお前さんの攻撃魔法に怯えているんじゃないか?」
ガウリイがいらん茶々を入れる。ほっとけって。

とりあえず依頼人である領主の元へ彼女たちを送り届けて報酬をもらうため、あたしたちは隊列を組んで歩いていた。
と、隣を歩いていたガウリイの歩調が乱れた。
「どうしたの?」
「いや、なんか足が…」
膝をつくガウリイ。その腿から血が流れ出している。だって、さっきの傷はちゃんと治したのに…
「だめじゃないですかリナさん手ぇ抜いちゃ」
アメリアがリザレクションをかける。手なんか抜いてないったら。
「ああ、もう大丈夫だ」
何事もなかったように歩き出すガウリイ。なんか変なの。

領主に報酬をたっぷりもらってあたしはほくほくだった。さらわれてきた女性たちも無事故郷に帰れるようだし。まずはめでたしめでたし。
「さあ今晩はいい宿に泊まって…ガウリイ、どうしたの」
「リナ…」
建物の壁にもたれるように立っているガウリイの腿からは、また血が流れ出していた。
「回復魔法が効かないだと?」
「どういうことなんです…?」
「とにかくアメリア、リカバリイかけてやって。ゼル、ガウリイを宿へ。
あたし、ちょっと調べたいことがあるから」
ガウリイをふたりにまかせると、あたしはレイ・ウイングで郊外に向かった。
さっきの戦いの舞台、奴等のアジトへ。

あたしはガウリイの腿を切った奴の死体を探した。
確かあの岩の下に…あったあった。死んだふりしていて、下からガウリイの足をすくったんだ。こいつだ。
あたしはそいつが手にしていた剣を取り上げた。そのとたん、背筋に悪寒が走った。なにこの剣は。
剣にこめられた感情―恨み、悲しみ、憎しみ。それらが剣を通して伝わってくる。こんな剣平気で振り回してた奴って、絶対神経ないぞ。
この剣がガウリイの怪我が治らない原因?あたしは左手の手袋をめくると、腕に剣の刃を滑らせた。

宿の一室。アメリアがあたしを向かい入れた。
「リナさん、ガウリイさんの傷が…」
「わかってる」
腕がぴりぴりする。あたしは手袋を取った。
なにもない皮膚の表面に、やがて血がにじんだ。傷はゆっくりと広がり、やがてあたしがアジトでつけた傷―リカバリイをかける前の傷―と同じになった。
「な…」
「この剣のしわざよ」
あたしが手にした剣をゼルが受け取る。
「魔術…いや、呪いがかかっているな」
「やっぱりそう?」
「リナ、どういうことだ?」
「この剣で切った傷は治らないのよ。リザレクションでもね。
いくら回復魔法をかけても時が経てばまた元通りに傷が開いてしまう。たぶん自然治癒することもないんでしょうね」
自分の声が遠くで聞こえる。あたしの声じゃないみたいに冷たい声が、恐ろしい予想を告げている。永遠に傷が治らなければどうなるのか。
部屋を沈黙が支配した。
最初に行動を起こしたのはゼルだった。
「薬草を採りに行って来る。今の時期なら生えているはずだ。
アメリアは旦那を頼む。
リナ。ぼんやりしている場合じゃないぞ。その剣について調べて来い。呪いを解く方法がないか探してみるんだ」
そうだった。思考停止している場合じゃない。なんとしてもこの剣の呪いを解かなくちゃ。

「怪我が治らない剣?聞いたことないな」
街の酒場。情報収集にやって来たあたしは、そこにたむろってたおっさんたちに一杯おごってやって話しを聞くことにした。
「待て待て、確か大昔に聞いたことがあるような」
最年長らしいじいさんが言った。
「ほんと?いつどこで」
「わしが若い頃だからもう30年近く前の話だ。呪いの剣のうわさを聞いたことがある」
「呪いの剣?」
「その剣に傷つけられた人は、どんな些細な傷であれ、必ず悪化して死んでしまうんだそうな」
「おお、そう言えば聞いたことあるぞ。どんな怪我でも致命傷になる剣って」
もう一人のじいさんが言った。
「そうそう、何人もその呪いで死んだって話。でもあまりのおそろしさにその剣は封印されたってことだったが」
「どっちにせよ昔のうわさだ」
「昔の話じゃないのよ。今、その剣で傷ついた人がいるんだから!!」
背筋に冷たいものが走る。頭の中が冷えていく。ガウリイが…死ぬ?!
「そりゃ気の毒だがうわさ通りだとしたら助からんなそいつは」
「だまって聞いてりゃ他人事だと思ってこいつはああああ!!!」
「わあああっロブじいさんを殺す気かこいつううう」
いかん、発作的にじいさんの首締めてた。
「ごほっ、高位の神官なら呪いを解くこともできるんじゃないだろうかのぉ」
「そんな簡単に解ける呪いならこの30年の間に誰かが解いているはずじゃないのか?」
なんでそう悪い予想ばかり立ててくれるかなこのおっさんたち。
「待て待て。その剣を作った本人なら呪いを解けるんじゃないか?」
「誰が作ったのよ」
「そこまでうわさには伝わっておらんな」
もう少し役に立つ情報はないのか…

「ガウリイの具合はどう?」
あたしは言いつつ、部屋に入った。
「痛み止めの薬草が効いたらしい。眠っている」
ゼルが答えた。
「出血は?」
「腿の付け根を強く縛って止血した。
ただ、あまり長く縛っていると足に血が行かなくなって組織が死んでしまうからこれも考えものだな」
だけど血を止めなきゃ、ガウリイは血を失って死んでしまう。
「剣のこと、なにか分かりました?」
問うアメリアに、あたしは酒場で聞いた話を聞かせてやった。
「ってことは、この剣がその呪いの剣だったら…」
うろたえまくるアメリア。
「もしそうだったら、いずれあたしとガウリイはこの傷が原因で命を落すはめになるわけよね。
だからってじわじわ死んでいくのをただ待ってるなんてのはごめんだわ」
あたしは剣の柄の留め金を外して刀身を抜いた。その根元に彫り込まれたロムリスという名前と今から32年前の作成年月。
「このロムリスってのがこの呪いの剣の作者ってわけか。迷惑な話だ」
と、ゼル。
「あたしはこいつを探し出して剣の呪いを解かせてやるわ。
そういうわけで、あたしは出かけるから、ゼルとアメリアはガウリイをお願い」
「ゼル、リナについて行ってやってくれ」
いつの間に起きていたのか、ガウリイの声がした。
「一人で大丈夫だって」
あたしは言ったのだが、
「駄目だ。お前は魔族に狙われているんだぞ。一人で行かせやしない」
頑固な保護者だ。
「わかった。一緒に行こう」
ゼルが立ち上がった。
「ゼルは薬草なんかにくわしいからガウリイのそばにいてもらいたいんだけど」
「俺が行かなかったら旦那が足引きずってついて行きそうだしな。
アメリア、止血の仕方は覚えたな」
「はい!ガウリイさんのことはまかせてくださいっ」

刀鍛冶の街として有名なダイダール・タウンに、あたしとゼルがついたのは2日後だった。ここならロムリスって奴のこと知ってる人がいるはずだ。さっそく聞き込み聞き込み。
「ロムリス?さあ聞いたことないな。この街の奴じゃないな」
てくてくてく。
「呪いの剣?そんなもん作る奴と知り合いになりたくないものだ」
てくてくてく。
「呪いの剣のうわさは昔聞いたことあるが、その作者までは知らないなあ」
うう、町中てくてく歩いて足が棒だよおお。
気がつきゃ腕は血だらけだし。
「道端に座り込んでなにくつろいでいるんだ」
ゼルの声が頭上から降ってきた。
「誰がくつろいでいるのよっ。傷がまた開いたのよ」
リカバリイをかけようとするあたしの腕を、ゼルが自分の手元に引き寄せた。じっと傷を見るゼル。
「リナ…この傷大きくなっていないか?」
「まさか…」
言われてみれば気のせいか、傷の長さが伸びているような…
あたしの傷が大きくなっているってことは、ガウリイの傷も?!
いやな気分。すごくいやな気分。
「…一刻も早く呪いを解かなくちゃならんな」
「うん、で、なにかわかった?」
「あの剣の素材からすると、西の方の鉱山から取れた鉄らしい。その近くにもゾールって鍛冶屋の街があって、ロムなんとかという名の刀鍛冶がいるそうだ。行ってみるぞ」
「よーっし。早くその大たわけを見つけ出して、ぼこぼこにして、呪いを解かせなきゃね」
「そうだな。早く呪いを解いて帰らないとアメリアのことだ。過労で倒れるまで回復魔法をかけ続けかねん」
「んじゃ急いで行きますか。レイ・ウイング!」

「いたぞ、ロムレス。町外れに住んでいるそうだ」
ゾールの街。聞き込みから戻ったゼルが言った。よーーーっし。
人んちを訪ねるには遅い時間だったが、あたしたちは一軒の鍛冶屋の戸を叩いた。
「俺がロムリスだが」
出て来た男は、40歳くらいだった。この人が32年前、この剣を作ったとは思えないんだけど。
「ああ、お前さんたちの言ってるのは親父のことか。親父は半年前に病気で死んだ。俺は二代目だ」
死んだ?!この剣の作者が?!
じゃあ剣の呪いは誰が解いてくれるっつーのよぉぉっっ
思わず地面にへたり込むあたしを見て、その二代目は言った。
「なにか事情がありそうだな。とにかく入ってくれ」

ゼルが事情を話したとたん、二代目はいきり立った。
「んな馬鹿な!!親父は真面目な刀鍛冶だった。そんな邪道な剣、頼まれたって作るわけがない」
「だってこの剣そのロムリスって人が作った剣なのよ」
「確かに親父の作った剣に間違いない。だが親父は剣に呪いをかけたりしない。
だいたい、そんな呪術を知ってるわけないんだからな」
「そういうことなら」
ゼルが腕組みをして言った。
「この剣に呪いをかけたのは剣の作者ではなく、剣を手に入れた誰か、ということになるな」
そんな、そんなどこの誰かもわからない人、どうやって探せっつーのよ。
「この剣を誰に売ったか、記録はないか?」
「そんなの、いちいち記録しちゃいないよ。この剣が作られたころ、この国は隣の国と戦争していたから、兵士の誰かに売ったんだと思うがね」

その夜、この街のとある宿の一室で、あたしは剣を見ていた。
手がかりが全くない今、剣に呪いをかけた張本人を探すのは無理だ。あとはこの呪いを解くことのできる、超一流の神官を探すしか手がない。
とにかく一旦ガウリイのところへ戻らなきゃ。
でも、神官が見つからなかったら…唯一の救いは、ガウリイ一人で死なせやしないってことよね…
いかん、あたしらしくもない、何考えてんだ。…手はある。ガウリイを助ける手は絶対ある。
高位の神官っつーと、やっぱセイルーンか。セイルーンまでガウリイ背負って飛ぶのは無理かなあ…
そうだ、この剣折ったら呪い解けるかも…
このところ続いていた強行軍に疲れていたのか、そんなとりとめのないことを考えながら、あたしは眠りに落ちて行った。

夢を見た。
村は戦場となっていた。家々から火の手が上がり、夜空と、鷲の頭の形をした山を赤く焦がしている。
逃げまどう村人の服装からして、何十年も前の出来事らしい。なんであたし、こんな夢見てるんだろう…
司令官らしい尊大な男が、走り回る兵士に命令している。どう見ても、敵を探しているというより、村の家を襲って物資を強奪しているとしか思えないのだが。
その司令官を、物陰から見ている女性がいるのにあたしは気づいた。30半ばの、わりと美人。憎悪、つーか殺気のこもった眼で、司令官を睨んでいる。その細い手に握られたあの剣。呪いの剣。
「それは!!」
あたしが叫んだとたん、女性は剣をかかえて司令官に向かって飛び出した。剣の切っ先が司令官を狙っていた。
「はっ!」
あたしは眼を覚ました。鎧戸から差し込む朝の光。どうやらあたしは剣を抱えて椅子に座ったまま寝てたらしい。
剣から伝わる冷たさ。殺意。憎悪。これがあの夢をあたしに見せたのだろうか。
「ゼル!ゼル!起きて」
あたしは隣室のドアを叩いていた。

夢に出てきた鷲の頭の形をした山。隣国との境にそれは本当にあった。
「ね、あったでしょ?」
「なるほどな。剣にこめられていた思念が夢という形でおまえに伝わったらしいな。
で、頭の向きはこれでいいのか?」
ゼルが尋ねた。
「うん、間違いない」
夢に出てきた鷲の頭は、ここ、ヴェローデン村から見た山に間違いない。あの出来事は、本当にこの村で、30年ほど前にあった出来事なのか。
「とにかく、村長か村の長老でも捕まえて、昔、この剣がらみでなにか事件があったか、聞いてみましょう」

村長は40歳くらいのおっさんだった。とても30年前のことを知っていそうにない。
「あの〜、30年くらい前、このあたりで戦争があったころのこと、誰か詳しい方、知ってませんか?」
とりあえず村の年寄りの名前でも教えてもらおうと思ったのだが、
「知らん。よそ者はとっとと帰れ」
にべもない村長の言い方に、疲れも手伝ってあたしはぶちきれた。
「遠路はるばるやって来た人間に、なによその態度はああああっ!!!
昔のことを知りたいから知ってる人紹介してくれって言ってるだけでしょうがあああっ!!!
それを理由聞きもしないでいきなり断るか普通ぅぅぅ!!村長がそういう態度でいいと思ってんのおおおっっ!!」
「やめろリナ」
ゼルに肩を押さえられ、あたしは村長の首締めるのをやめた。
「すまん、乱暴な連れで」
悪かったな。
「ある事情で、戦争中この村で起きた出来事について調べている。その当時のことに詳しい村人を教えてくれないか」
「…わしはあの戦争で、村長だった父を亡くした」
村長はぽつりと言った。
「みんな同じだ。家族を亡くし、家を焼かれた。あの戦争には辛い思い出しかない。そんな村人に、今更辛いことを思い出せ、と言うのか」
う……
「昔の話だ。みんなをそっとしておいてくれ」
だけど…ガウリイが…
「人の命がかかっている」
ゼルが静かに言った。
「昔、この村で起きたことが発端で、今、人が死にかけている。
この村でなにがあったかわかれば、そいつを助けられるかもしれない」
村長が顔を上げた。
「それは…そいつはおまえさんがたの知り合いなのか?」
ゼルが視線をあたしに向けた。村長もつられてあたしを見る。
「あたしの…大切な人なの…お願い、彼を助けて」
手を組み合わせ、祈るような眼で村長を見つめるあたし。
「…わかった」
あたしのぶりっ子芝居に村長は折れ、村の何人かの名前を教えてくれた。

「女性の方が多いってのは、この歳の男の人って戦争で死んじゃったってことかな」
「たぶんそうだろう。ここだ」
30年前この村にいた人の一人、アルダさんの家にやってきたあたしとゼル。ゼルが扉をノックしている間、なにげなく振り返ったあたしの眼に入った鷲の形をした山は、夢で見たのとそっくりの形をしていた。
「どなたでしょうか」
扉を開けた老女。病気なのか、青白くやつれたその顔に、夢で見た女性の面影を見つけて、あたしは愕然とした。

「この剣は…主人の形見です。ずっと前になくしてしまって…どうしてこれを…」
「この剣は、呪いの剣だ」
ぼうぜんとするアルダさんに、ゼルは今までのことを話し始めた。
この剣が、わずかな傷でも人を死に追いやる呪いの剣であること、仲間がそのために死にかけていること、呪いを解く方法を探してはるばる旅をしてきたこと。
「呪い…なぜ…」
「わからん。この呪いは、何人もの人を死に追いやるうち、その人たちの怨みや悲しみも吸収して、どんどん強くなっている。なにがなんでも狙った相手を死に至らしめたい、そんな強い思いが込められているんだ」
「…あんな奴は死ねばいい、傷が悪化して死ねばいい…」
いきなりアルダさんが、呪文のようにつぶやき始めたので、あたしたちはぎょっとした。
「…お話します、昔のことを」
アルダさんはうつむいて話し始めた。
「昔、このあたりで戦争があり、この村も戦場になりました。敵の兵士たちがやってきて、誰かれとなく殺しまわったんです。
私の夫も、兵士たちに殺されました。幼い息子も、私の目の前で、敵の司令官に殺されたんです。
そして…私は兵士たちに…」
膝に乗せられたアルダさんのこぶしが震えていた。
「憎かった。敵の兵士たちが。誰よりあの司令官が。
私は夫の形見となった剣を握って、物陰からあの司令官を狙いました。あいつを殺してやる。夫と息子の敵を討ってやるって。そして隙を見て切りかかったんです」
それが、あたしの見た夢の光景だったというわけか。
「剣は、わずかにかすり傷を負わせた程度でした。わたしは兵士たちによってたかって殴られました。そんな私を見てせせら笑っていたあいつの顔は、今でも忘れられません。
気がついた時、敵軍の姿も、あの剣もありませんでした。あいつらは私からなにもかも奪って行ったんです。
私はあいつを憎みました。あんな奴は死ねばいい、私のつけた傷が悪化して死ねばいい、ずっと思い続けました。
それから数ヶ月して、私の祈りが聞き届けられたのか、風のたよりにあの司令官が死んだことを知らされたんです。
あの傷が化膿して、それがもとで死んだのだと。
私は祝杯を上げましたわ」
剣に込められた強烈な殺意。それは傷つけた人を本当に死に至らしめるほど強かった。彼女の憎しみ、恨み、殺意、それがこの剣を呪いの剣にしていたのか。
「今でもその司令官を憎んでいるのか?」
ゼルの問に、アルダさんは首を横に振った。
「憎しみは消えません。でもあいつは死んだんです。今更恨みをぶつけてもしかたのないこと。
あれから私は夫と子供の墓を守ってひっそりと暮らしてきました。
なのになんでこの剣が…」
「込められた恨みは消えなかったわけか」
「教えてください。この剣は何人の人の命を奪ったのですか。
私は何人殺したんですか!」
泣きながら叫ぶ彼女に、なんと答えたらよいのだろう。
しばしの沈黙の後、ゼルが口を開いた。
「呪いをかける気がなかったのはわかった。だが現に俺たちの仲間がその剣で治らない傷を負っている。
呪いを解く方法を知っているか?」
「わかりません。自分が呪いをかけたことすら、今まで知らなかったんです。
呪いが解けるものなら解きたい。夫の形見の剣なのに、私はこの剣を恐ろしい呪いの剣にしてしまった…」
剣をかかえて泣き伏す彼女に、あたしたちはかける言葉がなかった。

あたしたちはそのまま、その家を後にした。

「どうしよう、これから」
村には宿なんてものはなく、あたしたちは空き地に火を焚いて野宿のしたくをした。
「彼女には呪いは解けないわ。なにしろ、かけた自覚すらなかったんだもんね。
あとはすごく高位の神官に呪いを解いてもらうしかないか」
「どこにいるのかが問題だな」
「セイルーン…は遠すぎるな…間に合わないよ…」
目の前に敵がいるなら、どんな相手とだって戦ってやる。でも、呪いが相手じゃ、どうしたらいいのか…
腕の傷が痛む…また広がったみたい…
…ガウリイ…
「他に手がないわけじゃない」
ゼルはそう言うと、あたしのひじに指を置いた。
「ここから切り落とす」
どひゃえひゃうううっ!!
「普通の剣で切った傷なら回復魔法が効くはずだ。運がよければ元通りに再生できるかもしれない」
しれないってあーた…
こんなささいな傷でどうして腕ごと切り飛ばさなきゃならんのじゃああ。まあ死ぬよりましってか。
「そういやあの剣、アルダさんとこにおいてきちゃった。これ以上被害者が出ないように、あの剣折っちゃおうか」
「旦那さんの形見なんだろ?折らせてくれるだろうか」
「彼女だってこれ以上人を殺したくはないでしょ。さて、とりあえず寝よ寝よっと」
くよくよしたってしょうがない。最悪死ななくて済む方法はあるんだし。

朝。なんか違和感を感じつつ、あたしは目覚めた。
気がつくと、腕の痛みがない。寝ている間は回復呪文をかけられないから、目覚めた時には傷口が開いているのが普通になっていた。それなのに…
腕の包帯を取ると、そこには傷ひとつなかった。
「ゼル!あたしが寝ている間にリカバリィかけた?」
「…寝ながら呪文唱えられるほど器用じゃないぞ俺は」
寝ているところを起こされて不機嫌そうなゼル。
「だって、傷が治っているんだもん」
「なんだって!!!」
おや、さすがに目が覚めたか。
「呪いが解けたってことか」
「そういうことなのかな?でもなんでいきなり…」
ゼルはあたしの腕を見ながらなにやら考えていたが、なにを思ったか
「戻るぞ、彼女のうちへ行く」
毛布がわりのマントを身にまとうと、さっさと歩き出した。あたしは慌てて後を追った。

家の中。アルダさんはあの剣で自分の胸を突き、こときれていた。
「なんで…」
ぼーぜんとするあたし。
「彼女は自分の恨みで何人もの人を死に至らしめたことを後悔していた。罪の意識から発作的に自殺したんだろう」
と、ゼル。
え?じゃあ、呪いが解けたのは?
「可能性はもう一つあったんだ。呪いをかけた術者が死ねば呪いが解ける可能性がな」
「だって…」
「彼女は自分の命とひきかえに呪いを解いたってことになる」
「じゃあ、あたしとガウリイを助けるために、彼女は自殺したってことになるの?」
そりゃ、あたしは死にたくなかったけど、ガウリイ死ぬのもいやだけど、でも…
「彼女がそこまで考えていたかどうかわからん。単に悔恨と贖罪のために死を選んだだけかも知れないしな」
理由はどうあれ、彼女は死んだ。そして呪いは解けた。

村人がやってきて、アルダさんの自殺は病気を苦にしたため、ということになった。村長だけはなにか言いたそうな顔であたしたちを見ていたが、結局なにも言わなかった。あたしたちがすることはもはやなにもない。
「その剣はアルダさんの旦那さんの形見です。一緒に埋めてあげてください」
それだけ言うと、あたしたちは村を後にした。

「ガウリイになんて言ったらいい?」
隣町の食堂で、遅い朝食をつつきながら、あたしはつぶやいた。
呪いが解けたのはうれしいけど、そのために彼女を死なせたことになる。
呪いのことを知らなかったら、彼女は自殺なんかしなかったのだから。
「旦那なら大丈夫だ。きっと背負っていける」
ゼルが言った。
人の死。自分たちが生きるために犠牲となった人の死。戦って殺した相手、戦いの巻き添えで命を落した人、そういう誰かの死を背負って、あたしたちは生きている。
「人の命を奪うってことは、相手の未来、希望、やりたいこと、人との繋がり、これらをすべて絶ってしまうということだ。
たとえ自分が生きるために殺した相手でも、相手の怨みや悲しみや怒り、そして残された家族、友人の怨みや悲しみ、すべて背負って行く覚悟はしなくちゃいけない。人を殺すってのはそういうことだ」
「うーん。考え出すと落ち込むから普段考えるのやめてるけど、とんでもない生き方してるなあたしたち。
アルダさんみたいな普通の人は、そういう覚悟はないんだろうな、あはははは」
「呪いが解けなければ腕をなくすところだったんだぞ。よくそんなのん気なこと言ってるな」
「そんなこと言ったってアルダさん、呪いの剣で関係ない人を殺すつもりなんかなかったんだから」
「結果は同じだ」
冷たい奴。
「ささいな傷で死ななければならなかった人たち、自分が死に近づいているのを自覚しながら、なすすべもなかった人たち、そんな人たちの恐れ、恨み、悲しみを誰が引き受けるんだ?」
「だからって自殺すればいいってもんでもないけど」
自分の元に帰って来た剣。それに込められた恨みの重さに、彼女は耐えられなかったのかもしれない。
無理もない。彼女の殺したかったのは一人だけだったのだから。
「あたしは…逃げないよ」
あたしは言った。
「アルダさんの自殺があたしとガウリイのせいなら、その重さはあたしとガウリイが背負っていく」
今までだって、そうやって生きてきた。そしてこれからも。それが、生き残った者の義務だから。
「さて、こんなところでぼやぼやしててもしょうがない」
あたしは立ち上がった。
「そうだな。旦那の傷も今ごろ治っているだろう。帰るか」
ゼルも立ち上がる。
「なに言ってるの。帰る前に、うっぷんばらしに盗賊いじめよおおおおっっ」
「…今まで、なんの話をしてたんだお前は…」
疲れたようにつぶやくゼルを残し、あたしはいきおいよく食堂を飛び出した。


えんど