◆−Eternal Seed Act.18 −飛龍 青夏 (2003/3/15 17:40:43) No.13568 ┣Re:Eternal Seed Act.18 −D・S・ハイドラント (2003/3/15 19:04:55) No.13572 ┃┗お久しぶりです−飛龍 青夏 (2003/3/15 20:12:49) No.13573 ┣Eternal Seed Act.19 −飛龍 青夏 (2003/3/23 17:46:39) No.13715 ┃┗Re:Eternal Seed Act.19 −颪月夜ハイドラント (2003/3/24 18:36:41) No.13724 ┃ ┗ちょっと語ってみたり。−飛龍 青夏 (2003/3/24 21:09:32) No.13725 ┣Eternal Seed Act.20−飛龍 青夏 (2003/4/1 11:06:11) No.13813 ┃┗Re:Eternal Seed Act.20−颪月夜ハイドラント (2003/4/1 17:43:08) No.13827 ┃ ┗やわらかくやわらかく…?−飛龍 青夏 (2003/4/1 20:47:52) No.13838 ┗Eternal Seed Act.21−飛龍 青夏 (2003/4/9 16:19:41) NEW No.13961 ┗Re:Eternal Seed Act.21−颪月夜ハイドラント (2003/4/9 21:54:39) NEW No.13962
13568 | Eternal Seed Act.18 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/3/15 17:40:43 |
こんにちは。お久しぶりです。飛龍 青夏です。 学校のテストやらなにやらでごたごたしてたのがやっと落ち着きました。長い間、続き投稿してなくてすみませんでした。 では18話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 過去は美しく、儚く、悲しい。 なら、今は前を向いていよう。 わかることなど何一つない、けれど希望がある未来を見ていよう。 今は、しっかりと目をそむけず、背を向けずに。 Eternal Seed Act.18 白い過去 雪が降っていた。はらはらと。ふわふわと。 「――お前は、俺よりも弱い」 短い茶髪の男が、今よりも少し幼いシーウに言った。その手には、ダーツ用のものに似た、細いナイフ。投げナイフだ。 「お前には、守るべきものがないから」 シーウは、あちこちに傷を受けていた。どの傷からも血が流れ、衣服を紅く染めていた。青い装束も、いつの間にか紫色になっている。 男は、静かに続けた。 「人は大切なものを守るために、強くなれる」 シーウの両手には、『虚空』。相手につけることができた傷は皆無だったが、それでも彼女の瞳からは闘志の色が伺える。何故、そんなになるまで闘ったのか。 「だが、お前には何もないから……お前は弱い」 「…だとしたら……何だ」 「お前は、何かを探してるんだろう?」 「……」 「大切なものを。自分が必要とするものを」 シーウは、黙って降り積もっていく足元の雪を見た。 「今は、お前には何もないかもしれない。だけど、探せばきっと見つかるはずだ」 「……ない…」 「?」 「そんなことはない!」 激昂し、彼女は走った。『虚空』を構え、男に向かって一直線に走っていく。 「……シーウ」 男が、哀れむような視線を向けてナイフを振るう。そうしなければ、彼女は止まらないから。彼女を、悪人にしたくないから。 シーウの“力”を受ければ、いかに彼でも殺されてしまう。そうなれば、シーウはこれからもずっと“その考え”を持ったまま、罪悪感に苛まれて生きることになる。自分は、いい。だが、シーウは。彼女だけは。 ざしゅっ 「あぐっ!」 「もう、やめろ。お前は俺に勝てない。そして、俺はお前を殺せない」 ナイフが右肩へ刺さり、シーウは左手でそこを抑えた。痛みが、感じられなくなってきている。血を流しすぎたのだろうか。 「っ!」 堪え切れなくなったかのように踵を返し、飛翔魔法を唱えて飛び去る。 「シーウ!!」 茶髪の男が叫ぶ。しかし、追ってはこなかった。シーウが去っていく速度があまりにも速かったからだった。 シーウは飛んだ。半ば必死で、町から離れようと。 降り積もっていく雪に、紅い跡を残しながら。 一面の白銀。視界には灰色の雲と、雪によって白く染められた地面や草木。 そこに、自分が紅い跡を残しながら歩いていることを、シーウは気づいていなかった。 靴で雪を踏みしめながらも、その足取りはおぼつかない。ふらふらと、今にも倒れそうになりながら、シーウはそれでも歩いていた。 心の中は、体以上にぼろぼろだった。 (何も……感じない) 雪の冷たさも、血の匂いも、自分の鼓動すら、聞こえない。 (もう……いい) 諦めたようにひざを折り、重力に逆らおうともせずに雪の上に倒れ伏す。自身の血で、雪が紅く染まっていた。 (こんなに…なっていたのか…) 急に眠気が襲ってくる。しかし、それに抗う気も起きない。 自分がここで死んだとしても、誰も悲しまないし、惜しまない。むしろ“危険人物”がいなくなったことで喜ぶ者のほうが多いだろう。 ――自分は誰からも必要とされないのだから。 そして、シーウは睡魔に身を委ねた。 足音が聞こえてきた。雪を踏みしめて歩いてくる少年。青い髪、赤い瞳。手には買い物にでも行ってきたのか袋を持って、呆然と雪の上に倒れた少女を見つめていた。 今よりも少しだけ幼い、ヴァルスだった。 「っおい!」 咄嗟に倒れていた少女を抱き起こし、その血臭に眉をひそめた。このままでは失血死は免れない。だが、ヴァルスは一瞬、少女に見惚れてしまった。 長い、紫の髪。雪のせいか、白くなった肌。予想より細くて、軽い体。その顔は、死に逝くもののそれというより、ただ安らかに眠るかのよう。 「しっかりしろ!」 我に返って声をかけても、腕の中の少女は反応しない。唇を噛み締め、ヴァルスは少女を抱き上げ、雪の中を走り出した。足場が悪いことなど気にしないかのように、少年は走った。 走っている自分の息遣いが聞こえるせいで、腕の中の少女の呼吸が、とても浅いのがよくわかった。急がなければ、と思い、走るスピードを上げる。 真っ白な風景を駆け抜け、少年は自分の家に辿り着いた。門と扉を蹴破るように開き、姉を呼びつける。 「姉さん!」 「何?どうしたの、ヴァルス」 階段から降りてきた女性は、二十歳前後といったところだろうか。整った顔立ちに、弟そっくりの青い髪。ただし、瞳の色は群青色だった。 「きゃあっ…!!」 思わず悲鳴を上げかけ、弟に抱き上げられていた少女を見直す。紙のように白い肌。紫色の髪。浅い息と、強い血の匂い。 「だ、誰…?」 「行き倒れ。それより姉さん、早く手当てしてやらないと」 「え、ええ」 ヴィエラという名の女性は、急いで奥の部屋へ少女を運ぶように指示し、自分も手当ての準備をし始めた。その間に、ヴァルスは名も知らぬ少女の脈を測り、それを伝えると暖炉の火を強めにかかった。 ――少女が目を覚ましたのは、それから数日後のことだった。 目が覚めて、一番最初に思った。 死後の世界とは、こんなに明るいものなのだろうか、と。 自分は、道を間違えて天国へ来てしまったのかと。 それとも、こんな明るい幻影を見せ付ける地獄でもあるのだろうか。 「……?」 不思議に思い、自分の周囲を見回す。体をひねると、ずきりと傷が痛んだ。 反射的に傷を押さえ、少女――シーウは心の中で呟いた。 (ああ……) 傷の痛みも、部屋の空気の冷たさも、これは現実のものなのだと、わかった。 (生き延びてしまったのか……) 俯き、手のひらを見つめる。綺麗に包帯が巻かれた手首が、服の袖から覗いていた。誰かが手当てしてくれたのだろうか。 だとしたら、とりあえずは礼を言うべきだろう。 ふと、自分がどんな格好をしているのか気になり、視線を下へ移す。自分より大きな、多分少年のものであろう服。真っ白な、けれど暖かい服。自分の体には明らかに合っていない大きめの服を、シーウはしばらく眺めていた。 唐突に、足音が聞こえた。 「……」 視線をドアに向け、いつもの無表情で扉の向こうの相手を伺う。 「あ、起きたか」 入ってきたのは、自分と大差ない年齢の少年。青い髪に赤い瞳という色が、はっきりとしたコントラストで雰囲気を引き締めている。 「……」 「朝メシ。作ってきたんだけど、食えるか?」 「……」 シーウは黙り込み、少年の手にする食事を眺めた。 暖かな湯気のたつお粥。紙に包まれた薬のようなものと、コップ一杯の水。それでも、その手料理を作った人間が暖かい人柄の持ち主であろうことが、なぜかシーウにはわかった。 「おい…?」 訝しげに、少年が顔を覗き込む。シーウは我に返り、表情は変わらないままに食事を受け取った。言葉は一言も発していない。それなのに、少年は嫌そうな顔ひとつしなかった。 「一旦下に降りるけど、また戻ってくるから。食べ終わったらその机の上にでも置いといてくれ。眠たかったら寝てもいいし。じゃな」 言うだけ言って、少年は扉の向こうへと消えた。 (……暖かい…) 手にした食事の温度が、なんとなく嬉しかった。 あまり食欲のなかった、けれど匂いと暖かさにつられてか口に運んだ粥を食べ終え、薬を飲むと、シーウは改めて自分の状況を考えた。 雪の上に倒れ伏し、全てを諦めたのは覚えている。そのあと、おそらくあの少年がここへ運んでくれたのだろう。この建物の中の気配を読むと、少年と、おそらくあと一人がこの建物にいることがわかった。 (……何故、助けた…?) 次に少年がやって来たら、尋ねてみようと思う。どうして、自分と何のかかわりもない行き倒れの人間を助けたのか。 彼には怒りも、恨みもない。ただ、自分が生き延びたことが、その事実が、後悔に繋がっている。 誰にも必要とされない自分が、危険人物として扱われてきた自分が、生き延びてしまった。そのことに、何か意味があるとでもいうのだろうか。 不意に、少年が扉を開けて入ってきた。下での用事が済んだらしい。 「お、ちゃんと食えたのか」 「……」 「かなり出血が多かったから、造血が追いつかないかとハラハラしてたんだぞ」 「……」 シーウは、口を開かない。少年も、彼女の名前を尋ねていない。 「ああそうだ。自己紹介がまだだったな。俺はヴァルス。ヴァルス=イクシード。一階に姉さんがいる」 「……」 「名前、訊いてもいいか?嫌だったら、答えなくていい」 「…シーウ。シーウ=ウィア=ヴィンセント」 「シーウ、か。いい響きだな」 少年はにこりと笑って近くにあった椅子に腰を下ろす。 「一応ケガの手当てはしておいた。ケガが治るまではここにいていい」 「……」 沈黙を了解と受け取ったのか、ヴァルスは続けた。 「何で倒れてたのかは、あえて訊かねえ。お前は何か聞きたい事はあるのか?」 「……ある」 「ん?」 シーウの答えに、ヴァルスは反応した。言葉を聞き逃すまいと、真剣そうに耳を傾ける。 「……何故、助けた?」 「何故って……」 「あのまま、死ぬべきだったかもしれない人間を……何故」 「…おまえ、死にたかったのか?」 「……わからない……」 シーウの表情は、暗くなる一方だった。 「ただ…私は誰からも必要とはされないから、生きていても無意味なんだと、思った」 「……」 「…だから訊いた。何故助けたのか」 「……ん〜、しいて言うなら、助けたかったからだな」 ぴくんとシーウが反応し、顔を上げる。瞳に、ほんの少しだが驚きの色。 「俺とそんなに年変わらなそうだったし、なんか、綺麗だと思ったし。第一、人が倒れてんのに助けねえような非道人にはなりたくねえし」 「……よく、わからないな」 「俺にもよくわかんねえけどさ」 苦笑し、ヴァルスはシーウの長い髪に触れた。さらさらと流れる髪に触れた手を、シーウは驚いたように見つめ、次の瞬間その手を払いのけて後ろへさがった。怯えているかのように。 「……何だ?」 睨むようにヴァルスを見るシーウに、ヴァルスは穏やかに告げた。 「怖がらなくていい」 「…?」 「お前の敵は、ここにはいない」 驚いたようにヴァルスを見つめ、シーウは言葉の意味を反芻した。 「しばらくはここにいろ。な?」 その言葉に安心感を覚え、シーウは頷いた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 今回はシーウとヴァルスの出会いの話です。前にもちょっと場面を出したのですが、こういうつながり方をしてました。シーウと闘ってた人間は後々登場することになるでしょう。 *D・S・ハイドラントさん、コメントの返事をしてなくてすみませんでした。 ではまた! |
13572 | Re:Eternal Seed Act.18 | D・S・ハイドラント | 2003/3/15 19:04:55 |
記事番号13568へのコメント こんばんはラントです。 お久しぶりです。 > 学校のテストやらなにやらでごたごたしてたのがやっと落ち着きました。長い間、続き投稿してなくてすみませんでした。 お疲れ様でした。(テストを見て見ぬ振りしてた私) > 雪が降っていた。はらはらと。ふわふわと。 >「――お前は、俺よりも弱い」 > 短い茶髪の男が、今よりも少し幼いシーウに言った。その手には、ダーツ用のものに似た、細いナイフ。投げナイフだ。 ううむ過去編?(いやサブタイトルで気づけって) >「人は大切なものを守るために、強くなれる」 > シーウの両手には、『虚空』。相手につけることができた傷は皆無だったが、それでも彼女の瞳からは闘志の色が伺える。何故、そんなになるまで闘ったのか。 >「だが、お前には何もないから……お前は弱い」 >「…だとしたら……何だ」 >「お前は、何かを探してるんだろう?」 >「……」 >「大切なものを。自分が必要とするものを 一体何ものなのでしょう茶髪の男は・・・悪いやつってことはなさそうだし・・・。 >「姉さん!」 >「何?どうしたの、ヴァルス」 > 階段から降りてきた女性は、二十歳前後といったところだろうか。整った顔立ちに、弟そっくりの青い髪。ただし、瞳の色は群青色だった。 ううむヴァルスには姉がいたんですか(勝手に過去形にするな) >(生き延びてしまったのか……) 微妙ですね。 でも生きてて良かったんじゃないでしょうか。 死んだらおわりなんだし・・・多分。 >*D・S・ハイドラントさん、コメントの返事をしてなくてすみませんでした。 いえいえ。 それでは次回もがんばってください。 |
13573 | お久しぶりです | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/3/15 20:12:49 |
記事番号13572へのコメント こんばんは。飛龍です。 コメントありがとうございます! >>「人は大切なものを守るために、強くなれる」 >> シーウの両手には、『虚空』。相手につけることができた傷は皆無だったが、それでも彼女の瞳からは闘志の色が伺える。何故、そんなになるまで闘ったのか。 >>「だが、お前には何もないから……お前は弱い」 >>「…だとしたら……何だ」 >>「お前は、何かを探してるんだろう?」 >>「……」 >>「大切なものを。自分が必要とするものを >一体何ものなのでしょう茶髪の男は・・・悪いやつってことはなさそうだし・・・。 実はこの茶髪の男、後々登場する予定です。登場の仕方はまだ決めてないんですが、シーウとの関係が複雑化するかも…でも和解するのかな。 >>「姉さん!」 >>「何?どうしたの、ヴァルス」 >> 階段から降りてきた女性は、二十歳前後といったところだろうか。整った顔立ちに、弟そっくりの青い髪。ただし、瞳の色は群青色だった。 >ううむヴァルスには姉がいたんですか(勝手に過去形にするな) はい。ヴァルスにはお姉さんがいます。もちろん現在もイクシード家にいますが、わけありで独身です。 >>(生き延びてしまったのか……) >微妙ですね。 >でも生きてて良かったんじゃないでしょうか。 >死んだらおわりなんだし・・・多分。 シーウは自分が生きていること自体に疑問と罪悪感を感じた頃もあった人間なので、助けられたことに驚いてるんですね。自分の周りは敵だらけだと思って生きてきたからでもありますが。 これからもよろしくお願いします。ではまた! |
13715 | Eternal Seed Act.19 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/3/23 17:46:39 |
記事番号13568へのコメント こんにちは。飛龍青夏です。 また前の話からから間隔がかなりあきましたね〜。すみませんでした。でも結構先の話まで見通しが立ってるので、これからは少し早く続きが投稿できるかもしれません。 今回はシーウとヴァルスの出会い直後の話です。傷だらけで倒れていたシーウを助けたヴァルスですが、シーウの反応は…。 では十九話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 何故自分が生きているのかなんてわからない。 それは、きっと誰でも同じだろうと思う。 だけど、自分は普通の人間ではないから。 どうして生きているのかが、余計にわからなかっただけなんだ……。 Eternal Seed Act.19 知らない感情 いつも、少年はシーウのところへやってきた。シーウが寝かされているのは客室らしく、少年の部屋からは少し離れたところにあるはずなのに、何故か毎日、しかも数時間もしないうちに戻ってくることもあった。 そのたびに、シーウは少年の内心を疑った。 もし、自分が凶悪犯だったりしたらどうするつもりなのだろう。見ず知らずの人間に手当てをし、食事を与え、そうしていても裏切られることを、考えたりはしないのだろうか。 けれど、シーウ自身もまた、少年がここへくることを望んでいるような気がした。 『おはよう、シーウ』 『具合どうだ?』 『そろそろ包帯替えたほうがいいか』 『外、いい天気だぞ』 『顔色良くなってきたな』 『おやすみ』 いろいろなことを言って、毎日やってくる少年が不思議で、でもそれがなんとなく楽しくなってきたのは、悪いことではないと思った。 「よっ!」 緊張感のかけらもなくドアを開けて入ってくる少年。青い髪がさらさらと流れて、シーウには自分の髪なんかよりずっと綺麗に見えた。 彼の笑顔も。その心も。 自分なんかより、ずっと。 少年――ヴァルスはもはや彼専用となった椅子に腰掛け、いつものように話しかけてきた。しかしこれも、今日で三回目の会話になる。 「なあ、ちょっと話してもいいか?」 「……ああ」 「俺の家…っていうかここなんだけどさ。すっごい名門なんだよ。医者とか王族の家庭教師とかの」 「ふぅん…」 適当な相づちを打ちながら、シーウは聞き入った。 「しかも輩出してきた“浄化神”の人数が多いときた」 「……」 「姉さんはともかく、俺のほうは毎日プレッシャー感じてなきゃならなくなってさぁ。毎日毎日親から命令されて、当然のように俺自身を見てくれる奴なんかいなかった」 「そう…なのか」 複雑な心境で、シーウは言った。 ヴァルスはきっと寂しかっただろうと思う。辛くて、苦しかっただろうと。周りから自分自身の存在を認めてもらえず、ただ名門家の跡取りとして見られていたのでは、きっと生きている心地がしなかっただろう。 「それなのに、一年前、急に両親とも事故で死んじまった」 「……」 「山を越えて街へ行こうとしてたらしい。その途中でがけ崩れにあって…それで」 「……」 「それまで俺を縛ってた親がいきなりいなくなって、正直どうしていいかわからなかった。それまでは、ただ言うとおりにしていれば、少なくとも道を間違えることはなかったからさ。でも…目先のことより、親っていう存在がいなくなるって言うことのほうがショックだったな」 「親…か」 シーウには両親がいない。いないというより、知らない。姉であるヴェスィアに訊いても、偶然知り合った人物から預かったとしか教えてはくれない。ヴェスィアの両親も、任務中で死んだり病死したりで、共にこの世を去っている。正直言って、親という存在がどういうものなのか、見当もつかないのが現状だ。 それでも、寂しいとは思わなかった。ショックだとも、思わなかった。 当たり前の存在が、突然いなくなる。それが、どんなものなのか、彼女にはよくわからなかった。 ただ、今、義兄と慕っているザードや姉と呼ぶヴェスィアが突然死んでしまったらと思うと、怖い。 自分にとって、たった二人だけの、絶対の味方。血は繋がっていないけれど、信頼しあえると思っている、大切な人。 それはもしかしたら、ただ二人だけの庇護者を失いかねないということに対しての、自己保存本能の一種かもしれない。それでも、シーウはただ怖かった。自分には、他に味方はいないのだから。 「悪い、暗い話になっちまったな。まあ両親の遺していってくれたもので、今のところ生活に支障はないし。俺も時々仕事にでてるし、おまえのことは迷惑じゃないから」 「…仕事?」 「ああ。言ってなかったか。俺も“浄化神”なんだよ」 一瞬、目の前が、暗くなった。 “浄化神”。それは世界各地で崇められている“神族”。“浄化能力”を有し、それをもって不老不死を浄化する者たち。 だが、シーウはその肩書きを持つ者たちに、幾度となく殺されかけていた。 彼女を不老不死者と同列に扱い、邪なる者として浄化しようと、その“力”を向けてきた“浄化神”たち。彼女は、世間や人々以上に、その能力者たちに苦しめられていた。 もしこの少年に、自分が“混沌神”という二つ名をもつ人物だと知られたら――。 ここにも、自分の味方はいない。 いるとすれば、敵になるかもしれない人間だけ。 一刻も早くここから出たい衝動に駆られ、シーウは無意識のうちに『虚空』を探す。あの二本の刀さえあれば、大抵のことは乗り切れる。ここを破壊することすら容易なのだ。だが、意に反して刀は目の届く範囲内にはなかった。 訝しげに彼女の動きを見て、ヴァルスが声をかけようとしたとき、シーウがバランスを崩して倒れかけた。 「うわっ」 とっさに手を伸ばし、シーウを庇って床に倒れる。勢いあまって、シーウを抱きしめるような格好になってしまったが、ヴァルスもその点にはしばらく気づかなかった。 「おい…?」 手のひらから伝わった、小さな震え。それが、目の前の少女のものだと理解するのに、数秒を要した。 「シーウ……?」 震えが、ヴァルスにいくつもの感情を伝えた。恐怖、怯え、不安。真っ黒な、真っ暗な闇の中を歩いているときのような、周りのもの全てを恐れる気持ち。 「どうした?どこか打ったのか?」 心配げに問いかけても、少女は震えているだけで答えてはくれない。あるいは、答えられないのだろうか。 精神波動によって、ヴァルスに伝わってきた感情は、簡単に言ってしまえば負の感情そのものだった。何に怯え、何を思うのか、そこまではわかりはしなかったが、ただ漠然と、ヴァルスは少女の不安を察していた。 「っ……!?」 ヴァルスがそっと少女の髪をなでる。一瞬、シーウはびくりと身をすくませたが、やがて安心したように震えも止まった。 ヴァルスは思い出した。いつか、自分もこんな風にしてもらったことがあった。小さなとき。まだ、五つくらいのときだったろうか。 両親がそろって仕事に出て、偶然姉と自分しか家にいなくなったとき、風邪を引いて高熱を出して苦しんだことがあった。それほど歳が離れているわけでもないのに、姉は一生懸命看病してくれた。丸一日眠ったままで、うなされっぱなしだったと後から聞かされたが、目が覚めた時の不安の方が大きかった。 頭がぼうっとして、目の前もときどき二重写しのようになってしまう。体はほとんど動かせなかったし、のども痛くて喋ることも出来なかった。そんな時、姉は自分の頭をなでて、安心させようとずっとそうしていてくれた。おかげですぐに眠りにつくことが出来て、熱もあっさりおさまったのだ。 「――怯えなくていいんだ」 「……私、は…」 「お前が誰かとか、お前をどうこうしようとか、そういうことは考えてない。ただ、俺の勝手で助けたんだ。それだけなんだよ」 不意に、呟く。シーウが自分の身に何かしらの危険を感じたのだとしたら、それは自分たちに対するものだととってもいいだろう。ここは自分たちの家で、シーウにとっては右も左もわからない場所なのだから。 上半身を起こし、シーウの顔を覗き込むと、彼女の瞳に戸惑いの色が揺れていた。どうしてヴァルスがそんなことを言うのかわからない、というように。 「…ヴァルス…だったか」 「ああ」 「私のこと……本当に何も知らない…のか…?」 「ああ。お前の素性も、なにも」 シーウは戸惑った。なぜかはわからないが、自分が勝手に怯えていることに対して、少し罪悪感を感じた。自分の身を危険に晒してまで、素性を話すのは賢いとはいえないが、この少年ならばあるいはと願ってしまう。 決意を固め、シーウは口を開いた。 「私は、魔剣士一族の里に生まれて、旅をしていた。自分でもよくわからない能力のせいで、人から疎外された。ずっと世界に怯えて生きてきた」 「……」 ヴァルスは、驚いたような顔をしていた。 「私のことを人々は“混沌神”と呼ぶ。それで、ずっと恐れられてきた…」 言葉を切り、少年の顔を見上げ、 「おまえも……私を浄化しようとするか?」 ヴァルスは、シーウの瞳に言葉を失った。 何もかもに疲れ果てた、諦めきったような、それでも生きていたいと懇願するような瞳に。 何も、言えなくなってしまった。 ただ、心の中で、守りたいと思った。 こんなになるまで傷ついて、それでも、真っ直ぐな瞳――たとえそれが虚ろな、光のない瞳だったとしても――をしていられる少女を。 目の前の、シーウ=ウィア=ヴィンセントという、少女を。 ヴァルスは、自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。なぜか、体が熱い。 「…当たり前だよな…それが…当然なんだから」 シーウは俯き、自嘲ぎみに笑って、 「変なこと訊いて悪かっ――」 言葉が、途中で途切れた。 目の前の少年に、シーウはきつく抱きしめられた。 「…あ…」 「謝るのは…こっちだ」 何も知らなかったとはいえ、自分が“浄化神”であると明かし、そのせいでシーウを怯えさせた。 ヴァルスは、華奢ともとれる体を抱きしめたまま、続けた。シーウは呆然とするだけだ。 「俺のせいで…怯えてたんだよな…」 「……」 「俺は…おまえのことを何も知らなかったから…知ろうとしなかったから余計にお前を傷つけた…」 「……」 「本当に…ごめん」 意味もわからず、シーウは泣いた。涙が、勝手にあふれて止まらない。ただ、ヴァルスにしがみついて、泣いた。 「怖かったんだよな…辛かったんだよな…」 シーウは、こくりと頷いた。 「大丈夫…もう大丈夫だ」 「……っ」 もう、涙も泣き声もこらえる必要はなかった。シーウはその時、本当に久しぶりに、泣いた。 少しして、シーウが落ち着いたころ、ヴァルスは腕の中のシーウに言った。優しい笑顔で。 「おまえを助けたとき…俺、おまえのこと綺麗だって思ったんだ。……一目ぼれしてたんだな。お前と話してて、わかった」 「……私…に…?」 「ああ」 「……」 「おまえのことが、好きだ。だから…一緒にいたいと思った。おまえがなんだって構わない。おまえが世間からどんな風に言われたって構わない。俺が守ってやるから。だから」 ヴァルスは彼女の髪に触れ、プラチナ・パープルの絹糸のようなそれを梳いた。 「泣かないでくれ」 シーウは頬を高潮させ、なんと言ったらいいのかわからないのか、戸惑いがちに、口を開いた。 「…その」 「ん?」 「なんだか…すごく安心する。おまえといると、すごく心があったかい。よくわからないけど…でも…うれしい」 シーウの中に、彼女自身もよくわからない、暖かな感情が芽生えた。でも、それが悪いものだとは思えない。むしろ、陽だまりの中にいるように、心地良い。 そして。 今まで見たこともないほど幸せそうに、シーウは笑った。 本当に、嬉しそうに、幸せそうに。 綺麗な笑顔で。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 自分で書いててキザなヴァルスに赤面してみたり。ヴァルスは一体どういう教育を受けていたのでしょうか…(汗)。シーウがやっと笑顔を見せた話です。実はシーウは何日も眠り続けてたので、前回ヴァルスの家で目覚めるまでに数日が経ってます。 では! |
13724 | Re:Eternal Seed Act.19 | 颪月夜ハイドラント | 2003/3/24 18:36:41 |
記事番号13715へのコメント こんばんは > また前の話からから間隔がかなりあきましたね〜。すみませんでした。でも結構先の話まで見通しが立ってるので、これからは少し早く続きが投稿できるかもしれません。 終わりが見えると安心出来ますね。 安心して続きかけなくなったりも私はしますけど・・・。 思えばヴァルスとシーウって特別な位置にあるんですね。 不適切な言い方だと思いますけど『超人』の心理を上手く描いている。 そして辛い過去を持たせていますね。 本気で今さらなんですけど・・・。 ファンタジー世界でリアルな普通を書くのは難しい。 私は平凡に近いリアルな人間を使った、予定調和な奇跡の起こらない物語を書きたいと思ったこともありますけど、自然と『超人』書いてました。 でもそれでも良いんじゃないかってこの回、読んでて思いました。なぜか思いました。私にも分かりません。なぜそう思ったか・・・。 どんなことであれ人に影響を与えられる作品は凄いと思います。 だから凄いです。 何かよく分からない。しかもレビュー的な感じですねこれ。 とりあえず 評価:★★★★★ ってことで・・・。 レス続けます。 >「俺の家…っていうかここなんだけどさ。すっごい名門なんだよ。医者とか王族の家庭教師とかの」 >「ふぅん…」 > 適当な相づちを打ちながら、シーウは聞き入った。 >「しかも輩出してきた“浄化神”の人数が多いときた」 完全な遺伝とは違うんですかね浄化神って・・・。 >「おまえを助けたとき…俺、おまえのこと綺麗だって思ったんだ。……一目ぼれしてたんだな。お前と話してて、わかった」 >「……私…に…?」 >「ああ」 >「……」 >「おまえのことが、好きだ。だから…一緒にいたいと思った。おまえがなんだって構わない。おまえが世間からどんな風に言われたって構わない。俺が守ってやるから。だから」 > ヴァルスは彼女の髪に触れ、プラチナ・パープルの絹糸のようなそれを梳いた。 >「泣かないでくれ」 > シーウは頬を高潮させ、なんと言ったらいいのかわからないのか、戸惑いがちに、口を開いた。 >「…その」 >「ん?」 >「なんだか…すごく安心する。おまえといると、すごく心があったかい。よくわからないけど…でも…うれしい」 > シーウの中に、彼女自身もよくわからない、暖かな感情が芽生えた。でも、それが悪いものだとは思えない。むしろ、陽だまりの中にいるように、心地良い。 > そして。 > 今まで見たこともないほど幸せそうに、シーウは笑った。 > 本当に、嬉しそうに、幸せそうに。 > 綺麗な笑顔で。 ううむ良い感じですね。 > 自分で書いててキザなヴァルスに赤面してみたり。ヴァルスは一体どういう教育を受けていたのでしょうか…(汗)。シーウがやっと笑顔を見せた話です。実はシーウは何日も眠り続けてたので、前回ヴァルスの家で目覚めるまでに数日が経ってます。 ううむ性格ってどういうものか難しいですねえ。 小説の文体に近いかも知れない。 変化して不安定に見えてそうでもない。まあ違うところもいっぱいあるでしょうけど・・・。(性格は別に気に掛けないけど、長編連載中の文体の変化は恐れることがかなりあるし・・・) それでは変な感じになっちゃってすみません。 |
13725 | ちょっと語ってみたり。 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/3/24 21:09:32 |
記事番号13724へのコメント こんばんは。飛龍青夏です。 颪月夜ハイドラントさん、コメントありがとうございます。またハンドルネーム変更されてますね。良ければ読み方教えてください…(汗)。 >思えばヴァルスとシーウって特別な位置にあるんですね。 >不適切な言い方だと思いますけど『超人』の心理を上手く描いている。 >そして辛い過去を持たせていますね。 >本気で今さらなんですけど・・・。 >ファンタジー世界でリアルな普通を書くのは難しい。 >私は平凡に近いリアルな人間を使った、予定調和な奇跡の起こらない物語を書きたいと思ったこともありますけど、自然と『超人』書いてました。 >でもそれでも良いんじゃないかってこの回、読んでて思いました。なぜか思いました。私にも分かりません。なぜそう思ったか・・・。 >どんなことであれ人に影響を与えられる作品は凄いと思います。 >だから凄いです。 褒めていただけてとても嬉しいです! 私には”普通”という基準が良くわかっていないということもありますが、むしろ特別な人々、世界を創りたいと思っていたんです。”特別”って言っても誰だって特別になれるんですけどね。 シーウやヴァルスは本当にある意味『超人』なんですよね。指摘していた通り、二人の位置関係っていうのは微妙なところで、それぞれに違ってます。 「たとえて言うならば、超能力者のような感じかなぁ」と思って設定をつくり始めたのが最初でした。人とは違った力を持っていたら、どんな風になるんだろうか。世界が、周囲がこういう反応をするんじゃないか、とか、いろいろ考えました。結局、私がまだまだ文章表現下手なのでわかりにくい人もたくさんいるとは思うのですが。 シーウの場合は能力が異端視されていますが、もしその能力が浄化神のように複数名が扱える能力だとしたら、疎外はされなかったかもしれない。 また、浄化神がたった一人だけしかいなかったとしたら、それが異端視されていたとしても無理は無いかも、と。 そんな中で、ほんの少し立場のずれが生じただけの二人の、性格や価値観の違いというものを、少しでも解ってもらえればなぁと思っています。 真っ暗な闇の中で、独りぼっちでい続けたシーウと、明るい平和の中で、けれど自分を家の一部としてしか見られなかったヴァルス。どちらも、一長一短の環境下で育っているのです。 >>「しかも輩出してきた“浄化神”の人数が多いときた」 >完全な遺伝とは違うんですかね浄化神って・・・。 浄化神を含め、神族は遺伝で力が発現するとは限りません。隔世遺伝や、突然人々の間に神族が生まれることもあります。まあその原因については話の中でいつか出していくつもりですが…いつになるやら(汗)。 コメントありがとうございました。では! |
13813 | Eternal Seed Act.20 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/4/1 11:06:11 |
記事番号13568へのコメント こんにちは。飛龍青夏です。 新潟に春スキーに行ってきました!リフトが怖かったけど(高所恐怖症なので)やっぱりスキーは楽しいです!でも雪がほとんど氷の粒状態になってたので微妙に滑れないところも…(悲)。 今回で回想編終了です。シーウとヴァルスの関係、どうやって旅に出たのかなど、この作品の中ではちょっぴり重要な話です。 では記念すべき20話!! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 好きだとか、愛してるとか、そんなこと私には言えないけれど。 でも、想うのは許してもらえるのだろうか……。 Eternal Seed Act.20 想い シーウの目が覚めて、数日経ったころ。やっと歩けるようになったシーウは、初めてヴァルスの姉、ヴィエラと顔をあわせた。ヴァルスと同じ青い髪に、群青色の瞳だった。 「あ、起きてこられたのね。良かった」 「……」 「俺の姉のヴィエラだ。お前の手当てしてくれたの姉さんなんだぞ」 「あ…そうなのか」 よく考えてみれば、同じ年くらいだとはいえ、異性の手当てを――しかも全身の傷の手当てをヴァルスがするわけもない。姉と一緒に住んでいると聞かされたときに気づくべきだったかもしれない。 「…初めまして、シーウ=ウィア=ヴィンセントという。傷の手当て、感謝する」 「いいえ、どういたしまして。私はヴィエラ。ヴィエラ=イクシード。ヴァルスがあなたを連れてきたときはそれはびっくりしたのよ」 自分よりも年上の女性に微笑まれ、シーウはふと自分の姉を思い出した。血の繋がらない、けれど優しかった姉を。 「それは……」 「ああ、いいの。言いたくなければ、理由は話さなくても。傷跡は残ってない?」 「まあ…ほとんどは」 「良かったわ。女の子だものね」 ヴィエラは長い、腰の辺りで綺麗に切りそろえた髪を揺らし、お茶にしましょうか、と二人をさそった。 こつ こつ 「……?」 「シーウ、どした?」 「……」 床と何かがぶつかる音。足音では、こんな音は立たない。ヴァルスもシーウも、ほとんど音を立てて歩いていないから、音の原因はヴィエラということになるが、靴底が木製なのだろうか。 「さ、どうぞ」 綺麗に飾られた花を中心に、テーブルにはクッキーと紅茶。まるで今日シーウが一階へ降りてくることがわかっていたかのようだ。 こつ こつ 「あ…」 シーウはやっと、音の原因を理解した。ヴィエラの足音に違いはないが、それは別に靴底のせいではない。もともと、スリッパのようなものしか履いていないのだから。 「どうしたの?」 「え、あの…」 珍しく慌てて、シーウは視線を逸らす。 ヴィエラの右足。服のすそから除いたそれは、人間のものではなかった。木製の、義足。それが音の原因だった。 「ああ、私の足ね」 「……すみません」 「ううん。気にしてないから」 ヴィエラは、にこりと笑っていった。辛いことを乗り越えてきた笑顔。 「それより、お茶が冷めちゃうわ。せっかく用意したんだから、みんなで食べましょう」 「…はい」 「って姉さん!何で俺の分の紅茶がないんだよ!」 突然、テーブルを見たヴァルスが叫んだ。それに対してヴィエラは呆れたように、 「あら、だって私の作った特製の紅茶、いつも飲みきらないんだもの。せっかくハーブや薬草を入れた健康的なものにしてるのに」 「いつも俺を実験台にするからだろ!?自分のにはミルク入れるのに俺には砂糖もなにもなしで飲ませるくせに!」 「そのほうが香りが楽しめるじゃない」 「香り以前に苦すぎだ!あれは!!」 「あら?小さいときにミルク入りのを飲ませたら、ただのホットミルクだって言ってたくせに」 「極端すぎなんだって!!」 シーウは呆然と、二人の口論を聞いていた。だが、不思議と不快感も感じず、微笑ましいと思った。兄弟姉妹とは、こうして口げんかを繰り返していくものなのでは、と。 椅子にすとんと腰を下ろし、ミルク入りの紅茶を口に含む。ふわりと香りが広がって、とてもおいしい。 「――おいしい」 「あら、ありがとう」 「今回のはどういうブレンドの仕方だ…?」 「あら、普通の紅茶にハーブを数種類混ぜただけよ。香りを抑えるためにミルクを入れておいたんだけど、さっき味見をしたらすごくいい出来だったわ」 「そういう出来のいいものを飲ませてくれよ……」 「わかったわよ。用意するから待ってなさい」 くすくすと笑いながらそう言って、ヴィエラはキッチンへと歩いていった。 「優しい人だな」 「ん?」 シーウの呟きに、ヴァルスが視線をそちらへ向ける。 「私を責めなかった」 「ああ、姉さんの足のことか」 「それに、とても明るい人だな」 「まあな」 ヴァルスは、穏やかな口調で話すシーウをしげしげと眺め、 「なあ」 「何だ?」 「いや、あのさ、嫌だったら別に答えなくてもいいんだけどさぁ」 「?」 「どうして明るく笑わないんだ?」 シーウは怪訝そうに首をかしげる。 「そういえば…そうだな」 「おい、自分でわかんないのかよ」 少し呆れたように、ヴァルスは言った。ため息を吐き、椅子に座りなおすと、 「お前、顔綺麗なんだから優しく笑ってたりしたら男にもてまくりだぞ、きっと」 「…そうか?」 「そりゃあ…俺が一目惚れしたぐらいだし」 「……笑うってどういうことなのか、考えたこともなかった」 自嘲の笑みなら、少しだけ他者に見せたこともあった。だが、明るく笑うことなどなかったし、その必要もなかった。そういう状況ですらなかったのだ。 「じゃ、笑ってみてくれよ」 「は?」 「お前の笑顔も見てみたいと思ってさ。嫌ならいいけど」 最後の言葉が、シーウの心を少しだけ軽くする。命令されたりするのならはねつけることも出来るが、ただ頼まれたのでは期待にこたえなければならないと責任感を感じてしまう。それを、嫌ならば拒否してもいいと許してくれるのだから。 シーウにとって、自分以外は敵か、いずれ敵となる人間たちだった。そういった人間たちに対してうかつに反論などできるわけもなく、要求されたことは速やかに処理するしかなかった。さすがに、命や名誉、人権にかかわることに関しては無視してきたが。 「…優しいな。強制や命令は決してしない。そういう主義なのか?」 「ああ」 「でも…どうやったら笑えるのかもわからないんだが」 「さっきは笑ってたな。俺が告白したとき」 かあっと頬を紅潮させ、シーウは視線を逸らした。平気で自分の気持ちをぶつけてくる人間に対して、シーウはあまり対処法を知らない。特に、好意というものをぶつけてくるものに対しては。敵対心を向けられれば、逃げるなり攻撃するなりと方法もあるが、ヴァルスはとにかくいろんな意味で、初めて出会ったタイプの人間だった。 「それは…嬉しかったから」 「そっか。じゃあお前が笑ってるときは、嬉しいときとか楽しいときってとっていいんだな」 「まあ、大体はな」 「素直でいいな」 にこにこと笑って話しかけてくる少年に、シーウも好意を抱いていた。今まで、好意を寄せた人間といえば、姉にザード、それにその家族くらいなものだ。 「あら、二人とも見つめ合っちゃって。いい雰囲気ね?」 いきなり声をかけられ、シーウとヴァルスはそちらを振り向いた。一人分の紅茶をトレイにのせてきたヴィエラが、にこにこと微笑んでいる。ヴァルスは顔を紅くして、慌てて言った。 「姉さん、立ち聞きしてたのか!?」 「ふふっ…弟に恋人ができてたなんてね。この数日間妙に思い悩むような顔してると思ったら。シーウさん、この子、軽い性格だと思わないでね?意外と硬派なんだから」 「そう…なんですか」 「小さいころから恋愛沙汰に関しては真剣でね。付き合った女の子はいなかったんだけど、評判は良かったわよ」 「俺は真剣に考えてから行動に移すんだよ」 「いい心がけじゃない。でも遅れはとらないようにね」 「何のだ!?」 シーウは、くすくすと笑った。見ていて面白いし、楽しかったからだ。別に悪い意味でそう思ったのではなく、ただ、姉弟だなと思った。 シーウは、傷が治るまではヴァルスとヴィエラの家に居候することになった。彼女自身拒んだわけではなかったのだが、ヴァルスが念を押したのだ。 ただ世話になるだけでは申し訳ないと、シーウは家事の手伝いを始めた。もとからそれほど苦手だったわけではないが、しばらく家というものに住んでいなかったので、ヴィエラにいろいろなことを習う形となったが。ヴィエラはヴィエラで、シーウを妹のように可愛がってくれた。 シーウは、ヴィエラが羨ましかった。綺麗で、家事が出来て、優しくて。 毎日食事を作って、洗濯をして、家族と話して。時々服を縫ったり、編み物をしたり、菓子を作ったりもして。 一般的な女性の、当たり前の行動。一日の普通の過ごし方。 普通の女性として過ごしたことのないシーウにとっては、それは本当に羨ましいことだった。 一時期、シーウは本気で自分は死ぬまで独り身だと思っていたことがあった。自分は好かれるような要素を持った人間ではないし、何より“混沌神”として恐れられている。子供や夫どころか恋人も、友達すらできないと思っていた。だが。 今は、ヴァルスがいて、ヴィエラがいる。 ヴァルスは自分のことを好きだといってくれた。ヴィエラは自分のことをとても可愛がってくれている。 当たり前の幸せが、嬉しい。 普通の女性が手に入れることのできる境遇すら、自分からは永久に剥奪されたと思っていたシーウにとって、それは何より喜ぶべきことだった。 味方とか、敵とか、そういう区別すら、シーウの中では本当はそれほど意味を成さないものだったのだ。他人が自分をどう見るかより、自分がどうあるかによって、世界がこんなに変わるものだと、彼女は知った。知ることができた。 この平和がいつまでも続けばいいと思った。束の間ではなく、できるなら、ずっと。大切な人たちと一緒に、穏やかに暮らしたいと思った。 だが、ある日ヴァルスがこう言った。 『シーウ、俺、旅に出ることにした』 その言葉を聞いた途端、急に暗黒の中に取り残されたような不安に襲われた。そんな彼女の様子に気がついたのか、ヴァルスは苦笑して、 『できるなら、お前も一緒に来て欲しいんだ』 『…え…』 『俺は“浄化神”だから、どうせならこの能力を人のために使いたいし、それに何より、お前に世界を見せてやりたい』 ――悲しみと、諦めと、憎しみと、恐れと…そんなものばかりではない、この世界を。 希望と、幸せと、喜びと、暖かさが、数え切れないほど存在しているこの世界を。 シーウに見せたいと、言ってくれた。 『俺が、守ってやるから』 シーウは、目頭が熱くなるのを感じ、うつむいて、頷いた。そして、ゆっくりと返事を返した。 『私も行きたい。ヴァルスとなら。でも…』 中途で言葉を切り、続けた。 『その前に、故郷に一度戻りたいんだ。私が、ちゃんとけじめをつけるために』 魔剣士一族の里。そこへ、かつての自分とのけじめを付けに行くと、シーウはヴァルスに行った。ヴァルスは少し心配げな顔をしていたが、シーウは一人で大丈夫だといって、数日後に故郷へと帰っていった。 そして。 悪夢の夜が来る。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― この話の少し後、シーウが魔剣士一族の里、つまり故郷の惨劇を目にするわけです。故郷が焼失し、甥と姪を連れて逃げていった話は、ここから繋がっていくのです。 ではまた! |
13827 | Re:Eternal Seed Act.20 | 颪月夜ハイドラント | 2003/4/1 17:43:08 |
記事番号13813へのコメント こんばんはラントです。 ちなみに名前は『おろしつくよのはいどらんと』と読みます。 漢字で書くと汚露屍憑夜廃奴濫人です。多分。 > では記念すべき20話!! おめでとうございます〜 もしかしてそろそろ本一冊分に値するほどになるのでは・・・ >「あら、だって私の作った特製の紅茶、いつも飲みきらないんだもの。せっかくハーブや薬草を入れた健康的なものにしてるのに」 >「いつも俺を実験台にするからだろ!?自分のにはミルク入れるのに俺には砂糖もなにもなしで飲ませるくせに!」 まあ無糖も美味しい。 >「そのほうが香りが楽しめるじゃない」 そうですよね。 >「香り以前に苦すぎだ!あれは!!」 薄めて量までお得(待て) >「あら?小さいときにミルク入りのを飲ませたら、ただのホットミルクだって言ってたくせに」 まあ小さい頃ですし >「極端すぎなんだって!!」 まあ。 > シーウは呆然と、二人の口論を聞いていた。だが、不思議と不快感も感じず、微笑ましいと思った。兄弟姉妹とは、こうして口げんかを繰り返していくものなのでは、と。 ううむ私のところは口じゃなくて手足だった。 >『シーウ、俺、旅に出ることにした』 >その言葉を聞いた途端、急に暗黒の中に取り残されたような不安に襲われた。そんな彼女の様子に気がついたのか、ヴァルスは苦笑して、 >『できるなら、お前も一緒に来て欲しいんだ』 唐突に訪れたこの日。 > そして。 > 悪夢の夜が来る。 悪夢なんすか。 温かな感じでよかったです。 次回もがんばってください。 それでは・・・ |
13838 | やわらかくやわらかく…? | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/4/1 20:47:52 |
記事番号13827へのコメント こんばんは。飛龍です。毎回コメントありがとうございます! ハンドルネームの読み方教えてくださってありがとうございました。「おろしつくよ」ですね。 >> では記念すべき20話!! >おめでとうございます〜 >もしかしてそろそろ本一冊分に値するほどになるのでは・・・ そ、そうだといいなぁ…(笑)。一話平均が5ページくらいだと思うので、多分100ページくらいにはなっているかも。 >> シーウは呆然と、二人の口論を聞いていた。だが、不思議と不快感も感じず、微笑ましいと思った。兄弟姉妹とは、こうして口げんかを繰り返していくものなのでは、と。 >ううむ私のところは口じゃなくて手足だった。 あはは。家も口で終わらずに手が出ることはたくさんありましたよ。一応妹いるので。ヴィエラさんはほえ〜っとした感じだけど微妙に毒舌にしようかと思いました。 >>『シーウ、俺、旅に出ることにした』 >>その言葉を聞いた途端、急に暗黒の中に取り残されたような不安に襲われた。そんな彼女の様子に気がついたのか、ヴァルスは苦笑して、 >>『できるなら、お前も一緒に来て欲しいんだ』 >唐突に訪れたこの日。 そう、まるでプロポーズのように!?……冗談です。適当に流してください。まあこの二人は結婚するとしてもしばらく後でしょう。 >> そして。 >> 悪夢の夜が来る。 >悪夢なんすか。 シーウにとっては、家族に一番近かった人たちをいっぺんに失った夜なので。彼女はヴァルスのところで家族の暖かさを知っていたので、もはやただの庇護者や保護者としてではなく、家族並みに大切な人として見ていたのでしょう。そこへあの惨劇ですから…。 >温かな感じでよかったです。 >次回もがんばってください。 >それでは・・・ 「温かな感じ」って言ってもらえて良かったです。いつもほほえましいシーンがあんまりないので、やわらかくほんわかした感じにしたかったのです。ヴァルスとヴィエラの姉弟喧嘩とか、シーウのおどおどした様子とか。案外、シーウは可愛いやつなのです。 いつも読んでくださってありがとうございます。これからもいろいろよろしくお願いします。では! |
13961 | Eternal Seed Act.21 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/4/9 16:19:41 |
記事番号13568へのコメント こんにちは。飛龍青夏です。 ツリーが落ちかけてる〜〜!!しまったぁぁあ!!と、ちょっと焦りながら の投稿です(汗)。 今回は戦闘シーンに少し力を入れてみました。うまくいってるかどうかはわからないのですが…精進せねば。 では二十一話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 世界に何が満ちていると訊かれれば、私は間違いなくこう答えるでしょう。 悲しみと絶望だ、と。 世界に何が溢れていると訊かれれば、私は間違いなくこう答えるでしょう。 希望と幸せだ、と。 Eternal Seed Act.21 第一ステージ 暗い空間の中、シーウは震えだしそうな体を必死で抑えていた。目の前のサウスという少年が、いつ仕掛けてくるかわからないからだ。 「私にこんなものを見せて…どうする気だ?」 瞳に微かな光が戻る。意志の力。心の中の、希望の光。 「これでも貴女は私たちの元へ来てくださらないのですか?」 「当たり前だ」 「なら、この後どうなるかを、もう一度見せて差し上げてもよろしいのですが…」 ひゅっと刀が風を切った。すさまじい速さで、サウスの懐に飛び込む。 「破っ!」 気合が声と共に放たれ、『虚空』がサウスの体を十字に切り裂こうと走る。だが、シーウも致命傷を与える気はない。いろいろ聞きたいこともあるし、なにより、自分の性に合わない。 「無駄です」 一瞬のうちに、いろいろなことが起こった サウスの言葉と同時に足場となっていた植物の蔓のようなものが跳ね上がり、シーウの刀の軌道を逸らして絡めとり、シーウが後ろへさがろうとした刹那、別の蔓が彼女の体を縛り上げた。 「貴女はここでは私に勝てない」 「何?」 両腕を縛られ、吊り上げられたシーウは聞き返す。 「ここは私の空間です。そして、私の意思が反映される場所。貴女に勝ち目などないのです。死にたくなければ、仲間に加わっていただきたい」 「口だけ仲間に入るといっても、私はいつか裏切るぞ」 「そうでしょうね。スウォード様も、貴女を縛る呪術はまだ完成させていませんし」 自分を縛るための呪術とはなんだろうと、シーウは心の中で疑問を抱いた。 「まあいいでしょう。では、ほかの方々の様子を見ていただきましょうか」 次に映し出されたのは、フォルとシャル、それにウエストやサウスに似た、少し幼い少年だった。 「シャル!援護頼む!」 「うん!」 フォルの声に、シャルが呪文を唱え始める。目の前の少年は、あからさまに敵意を発したまま、楽しそうに笑っている。 少年が名乗った名前はイースト。四兄弟の末弟だという。 フォルが細身の剣を振りかぶり、イーストに斬りかかる。それをあっさりとよけたイーストは、手に持った短剣で反撃に移ろうとする。そこをシャルの攻撃魔法が直撃した。 「やったかっ!?」 「だめ!さがってフォル!」 たちこめる煙の中から飛び出してきた短剣を、フォルはぎりぎりでかわした。 「なっ…」 「無駄だよ。ボクは倒せない。だって君たちはボクよりずっと弱いんだからさ」 イーストはにこにこと笑いながら言った。そして腕を引き、短剣を手に取る。短剣の柄に糸が結び付けてあり、投げてからでも微妙な針路変更が可能になっているのだ。もちろん、慣れていれば短剣自体をたたき落とされても糸を引いて手に戻すのは容易い。 「じゃ、お返しだ」 そういった瞬間、イーストはすさまじい速さで呆然とするフォルの脇を通り過ぎ、一直線にシャルに迫った。短剣を構えたままで。 「シャルっ!!」 フォルが走るが、イーストはそれより早くシャルの目の前にいた。しかしシャルもまた、ただ待っていたわけではない。唱えていた攻撃魔法を、目の前のイーストめがけて解き放つ。 「疾風刃(エア・ブラスト)!」 風の刃が直進してきたイーストに向けて放たれ、それがイーストの体を浅く薙いだ。イーストはばっと退き、切られた箇所を押さえて間合いを取る。 「ふぅん。さすが魔剣士一族の生き残りだね?」 「……」 フォルがシャルを庇うように前に立ち、イーストを睨みつける。年端も変わらぬ双子と少年は、お互いに幼いながらも素晴らしい才能を秘めていた。三人が誰一人欠けずにこうして戦っていることが、そのことを如実に語っていた。 イーストは風の刃で切り裂かれた腕から流れる血を指に付け、底冷えのするような笑みを浮かべながらそれを舐めた。 「っ…!!」 思わずシャルが息を呑み、体を硬くする。恐ろしい笑みを浮かべたイーストに、恐怖感が増大していく。 「この魔法は…君たちもつかえるのかな?」 独り言のように呟き、イーストが呪文を唱える。 「飛血刃(ブラッディ・エッジ)」 次の瞬間、イーストの腕から流れていた血液が刃と化してフォルとシャルに向かってきた。金縛りにあったように動けないシャルを庇い、フォルは自らの体を盾にした。 「フォル!」 「つ…」 背中、肩、腕と、体のあちこちを血の刃で切り裂かれたフォルは、剣を支えに立ち上がった。この年齢の少年にしては、肉体の耐久力や持久力も、精神力も強すぎるほどだ。 「ははっ、どう?傷つけられた気分は?人間たちのなかで最も誇り高く、大陸で最強と謳われていた魔剣士一族の生き残りも、この程度だったってことか。これじゃ滅んでもしかたないよな」 「みんなを侮辱するな!」 フォルが剣を振りかぶり、イーストに斬りかかる。お互いにダメージを受けているにもかかわらず、二人は何度も切り結んだ。 甲高い金属音と共に、イーストの短剣が地に落ちる。ぴたりとその喉もとに剣をあて、フォルは荒い息で言い放った。 「結界を解け。でなければ俺はお前を倒す!」 「甘いなぁ。ボクがこんなことで倒されると思ってるのかい?ボクはもうただの人間じゃない。そう。神族と不老不死者に近く、遠い新たな種族なのさ。君たちじゃボクは倒せないよ」 ふと、視線をシャルの方に向け、 「それより、あの子はいいのかな?」 「何?」 はっと振り向くと、シャルの首に糸が巻き付いていた。短剣を弾き飛ばされたと見せて、実はシャルの首に糸をかけていたのだ。 「君がボクの首を切ろうとすれば、僕はあの子の首を切る。この糸はね、特別製だから使い方次第でそこらへんの石や木なんか簡単に切れるんだ。もちろん人間もね」 くい、とイーストが手を動かし、糸を引いた。 「かはっ…」 シャルの首が締め付けられ、掠れた呼気が漏れる。これ以上強く締め付けられれば本当に呼吸ができなくなる。 「お前…!!」 フォルがイーストを睨みつけるが、フォルにはどうすることもできない。自分が首を絞められているのならまだ手の打ちようもあるが、イーストは人質をとっているのと同じ状態なのだ。 「フォ…ル…っ…」 「どうする?ボクを斬って結界を解いても、あの子は死ぬ。まあ、ボクは君を始末したらあの子も殺すだろうけどね」 楽しそうに、残酷に笑い、イーストは糸を引いていないほうの手でフォルの剣を首から離す。フォルは悔しそうに俯き、剣を捨てる。 「さあ、楽しい時間の始まりだ。どうやって始末……」 刹那。 「満月突破射撃(フルムーン・バースト・ショット)!!」 ごっ 突然、凄まじい衝撃によってイーストが後方へ吹き飛ぶ。光の輪が回転しながらイーストにぶつかり、シャルの首を絞めていた糸をその光で切り裂いたのだ。 フォルの後ろのほうにいたシャルが、喉を押さえて咳き込みながら膝をつく。フォルはイーストが起き上がってこないのを確認すると、すぐさまシャルの所へと走った。 「大丈夫か!?」 「うん…なんとか」 肩で息をしながらも、答える。 「あの人は?」 「気絶してる」 フォルの放った魔法は、魔剣士一族の者が伝えている難易度の高い術だ。一般人はおろか、魔剣士一族の者でも子供が使えるような魔法ではない。魔力を多大に使うし、精神力と肉体の同調率――つまり“混沌”から力を引き出す能力が安定していなければならない。その点で、フォルの潜在能力の高さがうかがい知れる。 「フォル、ケガ治してあげるから後ろ向いて」 「ああ、そっか」 いまさらながら、小さな痛みに気づいて言われたとおりに背を向ける。シャルの呪文が聞こえ、すぐにすぅっと痛みが消えていく。 「でもよく気づかれないで攻撃できたね」 「ああ、あいつが油断してた隙にさらさらっと呪文唱えてさ。うまくいって良かったよ」 ははは、と笑い、シャルの魔法が自分の傷を治し終わるのを待って、立ち上がる。 「さてと、これでヴァルス兄たちが他のやつらを倒せばここから出られるんだよな」 「そのはずだけど…まさかあの人たちが嘘ついたってことはないよね」 「それは…わかんねえなぁ」 フォルが苦笑すると、シャルも立ち上がり、辺りを見回す。その途端、イーストの姿が消え、暗い回廊の風景に戻った。 「ここで待てってことかな?」 「でもま、待つしかないしなぁ」 二人は冷たく暗い回廊に座り込み、他の三人を待った。 「お見事。さすがは魔剣士一族の生き残り」 シーウはほっと安堵の息を漏らした。サウスはどうやらフォルとシャルがイーストとかいう少年に殺されるところをみせつけるつもりだったらしいが、二人は何とかイーストを倒していた。 「残念です。せっかく貴女にこの世界の真実を見せて差し上げようと思ったのに」 大して残念そうにも見えない顔で、サウスは肩をすくめた。 「真実?」 「世界の法則。真理。本当の秩序とはなんなのか、ですよ」 「おまえたちは…本当は何を考えている」 シーウは問いかけたが、サウスはくすりと笑い、映像を切り替えただけだった。 「おや。“虚無神”さんですか」 「――ウエストとやら」 暗い廊下のような硬い石の上を歩いていたハヤテは、声をかけられ足を止めた。 「あなたが来るとは、僕の読みははずれていなかったようです」 「……」 ハヤテは何の感情もこもらない紫の双眸で、ウエストを見つめた。ウエストは何度か見た微笑を浮かべながらただ立っているだけで、武器になりそうなものといえばダガーくらいのものだ。 「僕が相手では、不服ですか?」 ウエストは冷酷さの隠れた笑みを浮かべ、ハヤテに言い放った。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 双子の戦闘能力は一般人の子供からは考えられないほどのものです。魔剣士一族の血のなせる業でもありますが、彼ら自身のポテンシャルも高いのです。 ではまた! |
13962 | Re:Eternal Seed Act.21 | 颪月夜ハイドラント | 2003/4/9 21:54:39 |
記事番号13961へのコメント こんばんはラントです。 あれ?フォル&シャルって魔剣士一族ですか? あれ?前に出てましたっけ? 忘れてたらすみません。 イースト・・・酵母菌のくせ(違)なかなかのやつでしたね。 人質取ったり・・・。 ウエストVSハヤテが次回でしょうか。 そしてシーウは南君(待て)の精神攻撃みたいなのを破れるのでしょうか。 それでは次回をお楽しみに(俺のセリフと違う |