◆−冷たい悪夢と獣達:悪夢の支度(ゼラゼロでございます)−オロシ・ハイドラント (2003/8/2 23:37:20) No.14806
 ┗冷たい悪夢と獣達:悪夢の始末−オロシ・ハイドラント (2003/8/2 23:41:46) No.14807


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14806冷たい悪夢と獣達:悪夢の支度(ゼラゼロでございます)オロシ・ハイドラント URL2003/8/2 23:37:20


 こんばんはラントです。
 ゼラゼロでございます。
 シュウ様に捧げると同時に、「カオティック・サーガ:神魔英雄伝説」の番外編的エピソードにもなります。
 とはいっても、直接の関連性はありませんので、そちらの物語を読む必要は全くありませんので、気軽にどうぞ。
 それでは……。


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 悪夢の支度


 今朝、彼女がこの世を去った。
 もう彼女は、もうどこにもいない。
 昨日、僕達はピクニックにいって来た。その翌日に彼女がいなくなるとは……。
 翌日のショックは、過去に体験したどのようなものよりも、ずっとひどいものだったように思える。
 目覚めると僕の主……
 

 照り付ける太陽。雄々しくて美しい。
 大地は黄金色に輝き、辺り一面生気で満たされている。
 僕のような魔族も、こんな景色は嫌いではない。僕達の住む世界に満たされた生気は、僕達のとって心地の良いものなのだ。
「ああ、良い天気ね」
 普段は「獅子」のような獣王様も、今は「猫」のようにゴロンと大地に転がっている。
 普段の獣王様を少しでも知っている者が、この姿を初めて見たら、どれほど驚くことであろうか。
「ゼロス、ここ気持ちいいわ。座わりなさいよ」
 突っ立っていたままだった僕は、獣王様に従い、彼女のすぐ脇に座った。
 普段は武人のようないでたちの獣王様も、プライヴェートでは随分と違って見える。話言葉、表情、物腰……どこを見ても普段の獣王様を連想することは難しい。
 薄小麦色の極上の肌に、清泉のような双眸。豊穣を思わせる金色の髪。柔和な表情をしているために、いつも以上に惹き付けられる。
「何を見てるの?」
 水鉄砲を喰らったように驚いた僕。どうやら獣王様の顔をずっと覗いていたようだ。ついうっかり見とれてしまった。別に初めて見る顔ではないのに……。
「いっ、いえ……」
 僕は笑ってごまかすことにした。獣王様も、それに関して追及して来ることはなかった。
「ところで……姿が見えないですね」
「ああ、ゼリアのこと?」
 いつの間にか、ゼリアがいなくなっている。
「でもあの子は、愚鈍な猫じゃないから、戻って来ないってことはないわ」
「そうですね」
 ゼリアは非常に賢い白猫だ。とはいっても、人間などが神聖視したり、ペットにしたりするような動物を、僕達の住む世界に連れて来たというわけではない。第一、肉体を持つ猫を精神世界であるここに連れて来るなど絶対に不可能だ。
 ゼリアは僕が造った猫である。毎日のように機械と戯れ、機械類をいじらせたら魔族一とされている僕が、一年の時間を掛けて造り上げた作品である。
 外見は非常に愛らしい。純白の柔らなくフサフサな毛、蒼穹のようで深海のような色のつぶらな瞳、細身のしなやかな肢体、微笑みを誘う身のこなし、聴く者を虜にするような鳴き声。
 賢いくせに我がままで、従順さなど欠片もないが、自由奔放なことこそゼリアの魅力である。
「いざとなったら、すぐ分かるようになってるしね」
 僕は一抹の不安を打ち消し、大きく息を吐いた後、広く雄大な空を見上げた。
 雲が静かに流れている。永遠の旅人。世界の果てを何度見て来たのだろうか。
「……大きな空ね」
「まあ、冥王様の創造の産物ですけどね」
 そう言ったら小突かれた。
「夢を壊すんじゃないの」
 獣王様は、笑みを湛えながらそう言った。
 今傍観者がいたならば、どちらが保護者なのだか分からないだろう。
 まあ魔族の親子関係は、主従関係と全くの同義で、竜や人間などと違って親らしさや子らしさというものは、全く求められないのだが。
「それよりさ、ゼロス」
「何でしょう?」
 この時の獣王様の声は、今までと違ったものに聴こえた。恐らく、真面目な話題なのだろう。
 獣王様は二度三度、空に向かって息を吐いた後、ゆっくりと僕の方を向いた。
「寂しく、ない?」
 正直、僕は驚いた。
 慌てて否定の意志を述べる。
「そう。……でも兄弟がいないのよ」
 そうだ。僕には兄弟(=同僚)がいない。
 獣王様は僕一人だけを創ってくださった。
 それだけ僕一人に愛情と、能力を与えてくれたことになるのだが、確かに兄弟がいないというのは寂しいものだと思う。
 海王軍や冥王軍の友人達はいつも楽しそうだ。彼らの輪に時折入り込むこともあるが、やはり僕は一人がいることが多い。
「でも、獣王様とゼリアがいますから」
「そう……ゼリアね」
 そう言った獣王様は、どこか意味ありげな表情をしていたが、僕はさして気にしなかった。
「ええ、ゼリアは僕のオアシスですよ」
 そんなことを言った瞬間、少し遠くで鳴き声が聴こえた。
 僕は獣王様を置いて駆け出した。やはり不安だったのだ。


 僕の眼差しがゼリアを捉えた瞬間、僕はゼリアの細い肢体を抱き締めようと飛び掛かった。
 同時にゼリアも地を蹴り、飛翔する。
 空中で一つになる身体。
 そして抱擁……と思いきや、彼女は僕の頭を踏み台にして、さらなる高みへ飛び立った。
 そして僕の背後に着地して、全速力で獣王様の元へ駆けていく。
 僕はゼリアを追って、獣王様のいる場所へ戻った。
「私の勝ちね」
 獣王様はゼリアを抱き抱えていた。
「負けましたよ」
 そう。ゼリアは従順さに欠けていて、逆に僕を下僕のように扱うことも多いのだが、獣王様には良く懐いている。
 普段も僕と接する時よりも、獣王様と接する時の方が嬉しそうな顔をしていた。
 憎たらしいとは思うが、憎みきることは出来ない。
 やはり僕が造ったのだから、愛着が沸かないはずがないのだ。
「ほら、抱かせてあげる」
 立ち上がった獣王様は、棒立ちになっていた僕にゼリアを預けた。
 ゼリアは嫌がる素振りを見せたが、獣王様が軽く見詰めると、おとなしく僕の腕に乗り掛かって来た。
 僕はゼリアを上手く抱えて座り込み、美しい毛並みを撫で上げる。
「ニャア」
 ゼリアが鳴いた。心の奥底まで響くような鳴き声だ。
 何だかんだ言って――いや一言も喋ってはないが――、ゼリアも僕には慣れているのだ。
「痛っ!」
 ……そんなことを考えていると引っ掻かれた。
 こうしてゼリアは僕の腕から逃れた。


 やがて日が暮れて来た。獣王様やゼリアと過ごす時間は、実に幸せな一時であった。
 獣王様の一声で、僕達は帰路につくこととなった。
 ちなみに獣王様がゼリアを抱えて歩いた。
 四方八方を森に囲まれた神秘と機械の聖地、獣王神殿。僕達の住処はすぐに目に飛び込んで来た。
 その塔のような建物に入り込んだ瞬間、ピクニックは終わりを迎えた。
 僕とゼリアはエレヴェータに乗り込んで、僕の部屋のある階へと向かっていった。


 そして翌日、彼女がこの世を去った。



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14807冷たい悪夢と獣達:悪夢の始末オロシ・ハイドラント URL2003/8/2 23:41:46
記事番号14806へのコメント

 

 悪夢の始末


 暗い夜。冷たい部屋。
 薄暗さを感じさせる電灯の下、ゼロスは自分の寝台に座り、夜空を見つめていた。
 ここは彼の寝室である。コンピュータが置かれている彼の作業部屋と繋がっているが、こちらには機械類が全くない。
 やはり無機質な環境では落ち着くことは出来ないのだ。
 ゼロスはただ夜空を見ている。その虚ろな瞳には、一体何が映っているのだろうか。この世を去った彼女の、在りし日の姿がそこにあるのだろうか。
 涙はとうに枯れた。魔族もやはり涙を流す時は流すけれど、けして人間ほどは流さない。
 魔族はどんな悲しみからも、すぐに決別すべきだ。だが今回はまだそれが出来なかった。
 失ったものが大きすぎた。
 ゼロスの心に大きな穴が開いた。
 それは生涯消せぬ傷にも思えた。
 夜空に星はない。雲もない。ただの闇空。
 だが残酷なほどに美しい。
 一級の芸術品のように美しすぎた。


 コンコン。
 優しいノック音が響いた。
 ゼロスはそれを無視した。動くことが出来なかったのだ。
 ノックは繰り返される。不快ではない音調で。
 何度も何度も繰り返される。それは静かな夜に相応しき旋律なのかも知れない。
「…………」
 ゼロスは夜空を見続ける。
 ノックの音は鳴り続ける。
 ゼロスが扉を開けるには、数分の時間を要した。


 鍵を掛けていなかった作業部屋の方には、ゼラスがいた。扉を叩いていたのは彼女、獣王ゼラスであった。
 先日の優しい姿とは全く似つかない。「獅子」のいでたちをしている。
「……獣王様」
 ゼロスは声を発するとともに、流れて来そうな涙を堪える。
 ゼラスは何も言わなかった。言葉を選んでいるようだ。
 ゼロスはゼラスの瞳を見つめた。蒼く輝く瞳は、涙の余韻を感じさせた。
「……ゼロス」
 やがてゼラスはそう発した。いつも通りの雄々しい声だ。
 それから彼女はゆっくりと両手を伸ばし、ゼロスの肩口へと回した。
 そのままゼロスを寝室に押しやる。
 それから一気に抱きついた。
 温かな熱が伝わり合う。
 主と熱を共有し合うことは、ゼロスにとって一つの至福と言えた。
 それからゼラスは、
「ゼリアを失った辛さは分かる。だけど落ち込んでばかりではいけない」
 そう言った。
「…………」
 さらに、
「お前は強くあることが大事だ。お前はゼリアの創造主である前に、私の部下なのだ」
「獣王様……」
 確かにそうだとゼロスは思った。
「それに――嫌な言い方かも知れないが――この程度のことで挫けていてはだめだ。悪い夢だとでも思って、すぐに忘れろ!」
 言葉が心を揺さぶり、激しく撃つ。
「僕は……」
「これ以上の悲しみが襲って来ないとも限らない。たとえば、私が滅ぶとかな」
 そしてゼラスは自分の唇を、ゼロスのものと重ね、
「強くなりなさい。立ち直って来るのを待っているわ」
 一瞬だけ、「猫」の顔をした。
「それではな」
 一瞬で口調が戻る。
 ゼラスはそして去っていった。
 すでに誰もいない作業室を見つつ、
「……分かりました」
 ゼロスは頷いた。
 一瞬の口付けの余熱は、まだ強く残っていた。


 今朝、彼女がこの世を去った。
 もう彼女は、もうどこにもいない。
 昨日、僕達はピクニックにいって来た。その翌日に彼女がいなくなるとは……。
 翌日のショックは、過去に体験したどのようなものよりも、ずっとひどいものだったように思える。
 目覚めると僕の主のような飼い猫、ゼリアは冷たくなっていた。
 僕は必死になって揺さぶり起こしたが、一向に目覚める気配はなかった。
 死んだのだと気付いて泣いた。
 僕はひどく落ち込んだ。
 だけど、救ってくれたのは獣王様だ。
 その日の夜、獣王様は僕を励ましに来てくださった。
 次の日には、立ち直ることが出来た。
 このことは、悪夢を見たとでも思っていたい。
 でもすべてを忘れてしまうのもいけないと思ったので、僕はゼリアの墓を作った。
 位の近い部下には陰で笑われたが、そんなことは気にしない。
 僕は強く生きるのだから。


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 いかがでしたでしょうか?
 多分、退屈極まりなく、稚拙な文章で非常に読み辛いものでありましょうが、もし何かを感じ取って(感じ取るようなものがあるかないかは分かりませんが)くだされば嬉しいです。
 ……それにしても獣王様の口調変化は激しすぎたかも。


 それではこれで……。