◆−Eternal Seed Act.33−飛龍 青夏 (2003/8/3 21:40:46) No.14812 ┣Re:Eternal Seed Act.33−オロシ・ハイドラント (2003/8/7 21:59:53) No.14843 ┃┗これからイロイロ…−飛龍 青夏 (2003/8/9 22:51:47) No.14866 ┣Eternal Seed Act.34−飛龍 青夏 (2003/8/18 18:51:46) No.14927 ┣Eternal Seed Act.35−飛龍 青夏 (2003/8/28 22:05:45) No.14991 ┃┗Re:面白いぜEternal Seed!−オロシ・ハイドラント (2003/9/2 21:16:39) No.15006 ┃ ┗Re:面白いぜEternal Seed!−飛龍 青夏 (2003/9/3 19:49:59) No.15011 ┗Eternal Seed Act.36−飛龍 青夏 (2003/9/9 18:38:21) NEW No.15054
14812 | Eternal Seed Act.33 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/8/3 21:40:46 |
こんばんは。お久しぶりの飛龍青夏です。 お祭りで山車に乗って太鼓を叩いて来ました〜!ほとんど丸一日だったので疲れましたが面白かったです。途中で立ち寄ったいろんなところでおいしい物も食べられましたし(笑)。 今回は敵さんのキャラが結構登場します。ちらっとしか出てきませんし、名前はまだ明かしてませんが、これからちょびちょびと出てくることでしょう。 では三十三話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 行きたいところへは必ず行くわ 自分に嘘がつけないの 好きな人には好きと言うわ 自分を隠すのが下手なの 泣きたいときにはすぐ泣いて 笑いたいときにはすぐ笑って できないときもあるけれど それが私の在り方なの Eternal Seed Act.33 秩序破壊 ハヤテが神殿に戻ると、真っ先に双子が抱きついていった。フォルはきゃんきゃんとほえる犬のように何か言いまくり、シャルはなぜか涙目で服を掴んだまま放さなかった。 「ハヤテ兄! なんで黙っていなくなるんだよ!?」 「どっか行っちゃったんじゃないかって心配したんだよぉ!?」 「あ、ああ…すまない」 気圧されたのか、ハヤテが少し困ったような顔で言った。 「おいハヤテ、俺を殴った割にはとっとと逃げたよなぁ、おまえ」 ヴァルスが、にやにやと笑いながら言った。だがそれは嫌味などではなく、ただ単純に苦笑しているような感じだった。 「悪かったな…」 ヴァルスの言葉に、ハヤテが顔を紅くする。説得力がないことをしてしまったと、後になって後悔したらしい。 「あら、ヴォイド…じゃなくて、ハヤテくん?相変わらず仏頂面であたしのこと見るんだからぁ」 ハヤテは、そういったプラチナに半眼で返す。 「いつも我のことを子ども扱いするからだ」 「だって、このなかで一番子供っぽいのって、ある意味あなたよ?」 「んなっ!?」 「そういえばそうだな」 シーウが苦笑すると、ハヤテはすねたような顔をした。 「ところでハヤテ。お前がここへ俺たちを連れてきたわけって何なんだ?まさか、俺たちに過去を教えるためだけじゃないんだろ」 「まあな」 プラチナが、椅子に座ったまま足をぷらぷらと動かした。楽しそうに、だがハヤテの話を聞き逃すまいとしている。 「我がお前たちをここへ連れてきたのは、お前たちを利用しようとしている奴らの計画を話すためだ」 暗い、照明のあまり無い神殿のような館の中で、五人の人間が会議を開いていた。 一人は黒衣の男。目はビリジアンと紅のオッドアイ。 一人は亜麻色の髪に赤い眼の女性。 一人は黒髪に蒼い瞳の、右目に眼帯をした青年。 一人は灰色の髪に浅葱色の瞳の、着物風の服を着た女性。 一人は青い髪に赤い瞳の、額にバンダナをした青年。 それらの人物が、円形のテーブルを中心に椅子に座っている。 「クレスタちゃんはどうしたのかしら」 口を開いたのは、亜麻色の髪、赤い瞳の女性。ファロンだ。彼女はきょろきょろしながら、開いた一つの席に座るべき人物を探していた。 「さあな。俺は聞いていない」 「大方、また仕事では?あの方、いつも仕事熱心ですから」 答えたのは、眼帯をした青年と、着物風の服を着た女性。ファロンはため息をつくと、黒衣の男を見つめた。 「スウォード様、クレスタちゃん…いえ、クレスタは?」 「……」 「どうしたんです?スウォード様。まっさか、クレスタが裏切ったなんてことはないでしょうね?」 黙りこくったスウォードに再び問いかけたのは、額にバンダナをした青年だった。軽い口調で、笑いながらそう尋ねる。 「…少し、暇を出した。休暇のようなものだ」 「あら、わらわたちの会議を休むような休暇を与えたんですの?スウォード様」 スウォードが、呟くようにそう答えると、着物風の服を着た女性がむっとしたように言った。 「クレスタ様がわらわたちの会議に来なかったことなんて、今まで一度もありませんでしたわ。病気ですの?」 「いや、怪我といった方が正しいだろうな」 「クレスタ様は魔法が使えるんですから、怪我くらいで休まなくてもいいような気もしますわ。わらわにとって、この会議は大切なもの。軽く見られては困ります」 浅葱色の瞳の女性は言った。不機嫌そうな顔だが、それでも仕草は遠い“東の果ての国”の姫のようだった。 「それよりスウォード様、今回の議題とは?」 蒼い瞳の青年は尋ねた。スウォードはゆっくりとそちらを向き、 「今回の議題は、計画の微調整と、ある作戦についてだ」 「作戦?そんなん立てる必要あるのかー?」 再び軽い口調で言ったのは、バンダナの青年。くすくすと笑いながら、 「あの女をとっ捕まえて、こっちの話を聞かせて丸め込めばすむんだろ?簡単簡単」 「あの女には護衛のように二人の男がついている。“浄化神”と“虚無神”だ」 「だけど、俺たちのうち三人が出向けばどうにかなるんじゃないか?この間はクレスタとファロンが失敗したらしいけど?」 皮肉を込めて、青年はファロンに言った。ファロンはむっとしたらしく、 「あれは“混沌神”様をここへつれてくる目的じゃなかったのよ。セントライト王国の女王を亡き者にして、あの国をめちゃくちゃにすれば、私たちの糧が増えると思って……」 「そんなことはもうどうでもいい」 スウォードの一言で、ほかの四人が黙り込む。波紋の無い水面のような静寂。 「我々の計画、『秩序破壊』はこの世に生きる全ての神族を平等にする。そして、不老不死者の能力を安定させ、神族と新たな不老不死者たちの世界を創る」 淡々と語るスウォードの顔に、これといった表情は無かった。 「低俗で無力な人間、理不尽で不平等な世界を変える。そのための計画だ。そのためには、我々が生きていけるような世界を作らなければならない。秩序を新しく作り直すのだ。 そのために破壊しなければならない“秩序の天秤”は……我々がまだ踏み込めない場所にある。だからあの女を確保するのだ」 その場にいた四人は、揃って頷いた。 「秩序破壊?」 シーウが、おうむ返しにそう言った。ハヤテは神妙に頷く。 椅子に座っているシーウたちだが、ハヤテは手近な柱に背を預けていた。 「お前たちを襲ってきたクレスタやファロン、あいつらの組織が画策していることだ」 「秩序破壊って…どういうこと?」 シャルが困惑気味に尋ねると、ハヤテは「ん?」とシャルを見、 「そのままの意味だ。秩序を崩し、自分たちに都合のよい新たな秩序を作る」 「って、ちょっと待て!そんなことしたら!」 フォルが慌てて口を開く。最悪の展開を予想してだ。 「ああ。もしかすると、“神族”や不老不死者が力で人間を支配するような世界になるかもしれない」 ハヤテはいつもどおりの無表情で言い放った。だが説得力はあった。 クレスタは以前王城で戦ったとき、すでに自分は人間ではないと言った。あの人間離れした力といい、血の色といい、おそらく彼は不老不死者なのだ。ならば、おそらくリーダーも……。 ハヤテは目を閉じ、独り言のように呟いた。 「我は二度、スウォードと戦ったことがある」 彼はクレスタたちのリーダー、スウォードと名乗る男と戦ったときのことを話した。一度目は、燃え盛り滅びゆく里で。二度目は暗く深い森の中で。黒髪に赤と緑の瞳の男と、彼は相対した。一度目に出会ったとき、彼は怒りに任せて剣を振るい、結果自分も傷を負った。その時に相手の男が口にした言葉に不安を覚え、独力で情報収集を始めた。 突然いなくなる、不思議な力を持った子供たち。彼らを、彼女らを連れ去る、黒衣の男。 ハヤテは、不思議な力を持った子供たちを探した。そして、たった一人、黒衣の男と接触したことのある少年を見つけた。彼は、ハヤテの予想通り“神族”だった。 『僕の力を、世界のために使ってみないかって言われたんです』 まだ十二歳の少年は、黒衣の男が言ったことを全て話してくれた。 『でも僕は……怖かったんです。あの人の目が……紅い、血のような目が』 少年は震えながら、ハヤテに知っていることを全て打ち明けた。自分が、能力を持つが故に両親に疎まれ、孤児院の前に捨てられたことも。そこでも能力を持つことが知られ、それまで優しかった女性たちや仲のよかった友達に、急に疎外され始めたこと。他の、“浄化神”や“治癒神”は崇められているというのに、なぜ自分が…と悩んでいたこと。 そんなとき、黒衣の男が現れたこと。 『あの人は、秩序を破壊して僕たちにとって住みよい世界をつくろうって言いました。でも、きっとあの人は…それだけじゃ終わらない。人間たちに復讐するつもりなんです。だから、だから僕は……』 ハヤテは泣き出しそうな少年に言葉をかけることができずに、うつむいた。その、隙ともいえない隙をつかれた。 少年の背に、矢が突き立っていた。 ハヤテが矢の飛来した方向を見たときは、すでに人の気配はなく、少年は血を吐いて倒れていた。急いで抱き起こし、ゆさぶったハヤテが言った。 『すまない…我のせいで』 『お願い…します……この“世界”を…壊させ…ないでください…』 少年は途切れ途切れに言った。ハヤテは続けた。 『お前は我にいろんなことを教えてくれた。お前のおかげで、世界の危機を察知することができた。お前は十分役に立ってくれた…』 『良かった……』 少年はそのまま息を引き取った。けれど、それは安らかな顔だった。ハヤテは、その顔を見ながら、黒衣の男がしようとしていることを、なんとしてでも止めなければならないと思った。かつて、彼が想ったカオスやアークも、そして彼の前世も、世界を守ろうとして死んだのだ。その世界を、壊させてたまるかと思った。 「スウォードと名乗った男は、おそらく“秩序の天秤”を壊そうとするはずだ。精神世界と物質世界の狭間にある、あの天秤を……」 秩序を司るコスモスが、ぴくりと反応する。 「以前、私の存在知覚領域に、あいつの気配が現れたの。四年か五年くらい前ね。あいつは何もしなかったけど、“秩序の天秤”を狙ってるんだろうってすぐわかったわ」 コスモスが言った。声は淡々としていたが、唇は震えている。 存在知覚領域とは、精神世界のなかで、自分とは別の存在を知覚できる範囲のことだ。普通の“神族”や人間なら、精神世界の中で他の存在を感知することができるのは狭い範囲だが、コスモスたち――混沌、虚無、秩序、時空の四大神族は広範囲の領域を持っている。それぞれが司るものを象徴する宮殿を与えられているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。 “混沌神”には混沌を象徴する混沌宮が。 “虚無神”には虚無を象徴する虚無宮が。 “秩序神”には秩序を象徴する秩序宮が。 “時空神”には時空を象徴する時空宮が。 そして、“白金の女神”には、永遠なる楽園、流魂樹が――。 それぞれは精神世界を治め、世界を構築する柱となっている。プラチナがそうしたからだ。そして、精神世界と物質世界の狭間に、それぞれがお互いの世界に干渉するための存在を創った。 “混沌の泉”。“虚無への扉”。“秩序の天秤”。“時空の砂時計”。 精神世界と物質世界は、四つの存在によって微妙な均衡を保たれ、そして精神世界は物質世界の柱となる。物質世界は、二つの影響を受けつつも、存在を具現化するフィールドとして在る。 干渉しあう世界。 その中の一つでも、歯車が狂えばどうなるか。想像に難くない。 「おそらく、スウォードは理解しきっていないのだろう。“秩序の天秤”を破壊すれば、秩序どころか世界自体が崩壊する恐れがあると」 「だから……秩序を崩すための計画だといっていたのか…」 ハヤテの言葉に、シーウが呟く。 恐ろしい計画だった。秩序を壊し、自分たちに都合のいい世界を創ろうとする。それが、疎外されてきた者たちの想いの結果ならば、まだ納得できる。周りが信じられなくなってしまった者たちの心の結果ならば。だが、スウォードという男が不老不死者ならば、おそらく彼の目的は他にもあるはずだ。 すなわち、糧を増やすこと。 不老不死者が、不の感情を喰らっていることは、“浄化神”の間では周知の事実だった。だが、だからといってどうすることもできない。人が、不の感情を全く持たずに生きていくことなど不可能だからだ。そのため、人々にはこの話は流れていない。シーウたちは、ヴァルスからその話を聞いていた。彼は精神波動に人一倍敏感だ。経験と直感と彼自身の力で、彼は噂が事実であることを知った。 人が人である限り、不老不死者は存在し続けられる。 「じゃあ、なんで奴らはシーウを連れて行こうとするんだ?」 ヴァルスが問うた。 「四大神族か白金の女神、もしくは最強浄化神でなければ、精神世界と物質世界の狭間への扉を開けないからだ。それがたとえ、不老不死者の集合体でもな」 最強浄化神とは、つまるところプラチナの息子といわれたシリウスのことだった。そして、その生まれ変わりであるヴァルス。 「シーウは我の話を聞くまで自分の前世を知らなかったから、四大神族の中で一番扱いやすいと思ったのだろう。ヴァルスについてはシリウスの生まれ変わりだと解らなかったのかもしれない。それにたとえ知っていても、ヴァルスが秩序を崩す計画に賛同するとは思わなかっただろう」 「私が……何も知らなかったから?」 シーウが呟く。それに、コスモスは優しく言った。 「仕方ないのよ。シーウちゃんは悪くないわ。私たちの“記憶”は必ずしも受け継がれるわけじゃないもの」 「そう…なのか」 「だんだん知っていけばいいのよ。知りたくなければ、カオスのことを無理に知ろうとしなくてもいいわ。――あなたはあなただから」 「…ああ」 シーウは小さく頷いた。少しだけ吹っ切れた顔で。 これから先の、辛い運命を知ることもなく――。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― シーウさんたちがひと段落、といった回でしたね。次回はクレスタ君の話です。彼を助けた女性たちが再登場しますよ。そして彼女たちもいずれシーウたちに関わっていくことになる…(かも?)。 では! |
14843 | Re:Eternal Seed Act.33 | オロシ・ハイドラント URL | 2003/8/7 21:59:53 |
記事番号14812へのコメント こんばんは。 今回も色々と明らかになっていますね。 どのように展開するのか楽しみです。 >「低俗で無力な人間、理不尽で不平等な世界を変える。そのための計画だ。そのためには、我々が生きていけるような世界を作らなければならない。秩序を新しく作り直すのだ。 >そのために破壊しなければならない“秩序の天秤”は……我々がまだ踏み込めない場所にある。だからあの女を確保するのだ」 ううむ危ない思想。 ……世界を変えるって言葉はどうにも危なく聞こえるものですね。 >「ああ。もしかすると、“神族”や不老不死者が力で人間を支配するような世界になるかもしれない」 変化とは恐ろしいものですね。 日常が少し崩れるくらいでも、人間にとってはひどいダメージだと思うのに……。 > “混沌の泉”。“虚無への扉”。“秩序の天秤”。“時空の砂時計”。 用語にもセンスを感じさせますね。 少し短いですが、これで失礼致します。 次回も楽しみに待っていますね。 |
14866 | これからイロイロ… | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/8/9 22:51:47 |
記事番号14843へのコメント こんばんは。飛龍青夏です。コメントありがとうございます! だんだんと色々なことが明らかになって、いつネタが尽きるかと実は怯えてた一瞬があったのですが…(汗)。これから本当にいろいろな事件が起きますよ。どこまで続くだろう…? >ううむ危ない思想。 >……世界を変えるって言葉はどうにも危なく聞こえるものですね。 彼らの見る世界は”間違っている世界”。だから変えてしまおうと思っているのでしょう。ただ、その中にも希望や幸福があるということを忘れているだけなのかも…。 >>「ああ。もしかすると、“神族”や不老不死者が力で人間を支配するような世界になるかもしれない」 >変化とは恐ろしいものですね。 >日常が少し崩れるくらいでも、人間にとってはひどいダメージだと思うのに……。 地震か何かのように、連鎖反応的にいろいろなことが起こるでしょう。もしスウォードたちの組織がかかげる計画通りにことが進んだら、まさしく弱肉強食の世界になるかも…。それを彼らがコントロールできるとも限りませんからね。 >> “混沌の泉”。“虚無への扉”。“秩序の天秤”。“時空の砂時計”。 >用語にもセンスを感じさせますね。 じつは、”混沌の泉”と”秩序の天秤”はあっさり考え付いたのですが、”虚無への扉”と”時空の砂時計”はかなり悩みました。虚無はそれ自体が”無”なので、そこへいくためのゲートにしようかな、と思い、決定しました。時空は、「Eternal Seed」中の世界では時間・空間を操るというものなので、限定された空間で流れる時間と言うことで砂時計にしました。 毎回コメントありがとうございます。ではまた! |
14927 | Eternal Seed Act.34 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/8/18 18:51:46 |
記事番号14812へのコメント こんにちは。飛龍青夏です。 夏にも関わらず涼しいせいなのか、例年に比べて忙しいせいなのか、どうも夏休みっていう感じがしません…。そして宿題も終わってません…(汗)。というか一番やばい読書感想文が終わってないのが手痛い!本気でやばいかも…。 今回はクレスタ君の話です。二人の女性に助けられた彼のその後っていうところでしょうか。 では三十四話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 光と闇。相反するもの。けれど共存するもの。 正義と呼ばれるものがあるなら、 必要悪と呼ばれるものがあるのなら、 それはどちらもれっきとした存在。 それはどちらも必要な存在。 Eternal Seed Act.34 束の間の安らぎ クレスタはアークと名乗る黒髪の女性に連れられ、医者のところへやって来ていた。ティアという少女も一緒だ。今クレスタの首には痛々しく包帯が巻かれている。それを手際よく取り去ると、幾分年老いた優しげな医者は傷口を眺めた。 「うむ、まあ順調に回復しているといっていいだろう。薬はちゃんと使っているかね」 「はい」 クレスタが答える。いつもの微笑で。薬を使った医療法で患者を治す医者――年老いた薬師は、白髪が混じったせいで灰色になった髪の毛を払い、カルテのような紙に何か記入した。 「少し待っていなさい。薬を調合してくる」 「はい。ありがとうございます」 クレスタはくるくると器用に包帯を巻きなおし、小さな金具で留めた。立ち上がって診察室を出ると、黒髪の女性と淡い金の髪の少女が心配げな顔で待っていた。 「大丈夫?」 「はい。順調に回復してるそうです」 普通、首をあんなふうに切り裂かれて倒れていたら、かなりの量の血を失ったはずだ。こうして生き延びられたのは、奇跡的に頚動脈に大きな傷がつかなかったことと、不老不死者の生命力があったことのおかげだった。 「あなたをはじめて見つけたときはそりゃあもう酷かったんだから。首なんてどうやって怪我したのよ?」 「それは…」 クレスタが口ごもると、アークは慌てて言った。 「あ、ごめん。言わなくてもいいわ。誰だって言いたくないことはあるわよね」 「すみません。ご迷惑をかけて」 「いいのよ。……それにしてもあなた最初は女の子かと思ったわよ」 「え?」 きょとんとして、聞き返す。 「だって金髪に碧の瞳でしょ、おまけに腕とか細いし髪は長いし。女装したら絶対ばれないわね〜」 楽しげに語るアークに、クレスタはぞっとした。まさか自分に女装して働けとでも言うのだろうか…? 不意にくい、と服のすそを引かれ、クレスタは振り向いた。 「ティア?」 「……」 クレスタよりずいぶん背が低いティアは、口が利けない少女だった。耳が聞こえていないわけではないらしいから、おそらく過去に何かあって声が出なくなったのだろうとクレスタは思っていた。 (首のケガ本当に大丈夫なのかな…無理してたりしないかな……) くすっとクレスタは笑った。同調能力のおかげで、彼にはティアの心が読める。片手で数えられるくらいしか年が違わない少女でも、言葉がでないとなると実際よりもっと幼く見えてしまう。だがクレスタの目にはティアが普通の女の子に映っていた。 「大丈夫、無理はしてないよ。ありがとう、ティア」 ティアがかあっと頬を赤らめてクレスタの服から手を放す。心を読まれたとは思っていないだろうが、顔に出てしまったかと心配したのだろう。 「ティア、あなたこそ大丈夫なの?クレスタが気を失ってたとき、ずっと看病してたのあなたじゃない」 ティアがぱっと顔を上げて大丈夫だと頷く。 「薬が出来ましたよ」 薬師に呼ばれ、クレスタは穏やかに笑いながら薬を取りに向かった。 もう一週間以上滞在している宿に戻り、クレスタは考えていた。どうやって組織へ戻るか。そして、あの二人をどうするかだ。 アークとティアは、自分が“同調神”であることにすら気づいていない。ならば、彼女たちの目の前から自分がいなくなれば、それで済むはずだ。 もし正体を知られてしまったら、彼はアークとティアを、命の恩人を殺さなければならなかったかもしれない。彼のいる立場とはそういうものだ。“新たな秩序”のために犠牲は最小限にする、というのは組織の全ての人間が思っていることだが、それでも犠牲無しには“新たな秩序”は成立しない。 そこまで考えて、クレスタは血の気が引いた。 「もしかして…」 彼は思い出した。自分が倒れていたときのことを。 首から血を流し、浅い息で呼吸していた彼を、アークが見たときの視線。後から追ってきたティアが彼を見つめた瞳。彼はようやく、二人のあのときの反応に納得がいった。 彼の血は普通の人間のように赤いのではなく、不老不死者特有の、青いものだったのだ。おそらく、二人はそれを見ている。だとすれば、クレスタが普通の人間ではないこともすぐにわかるはずだ。 ノックの音がして、クレスタは現実に引き戻された。 「はい?」 無言でドアを開けて入ってきたのはティアだった。心配げな顔で、クレスタを見つめる。クレスタは、さっきまではできた淡い微笑を浮かべることができず、ティアから目を逸らした。 ティアはクレスタに手が届くくらいのところまで歩いてくると、彼の顔を覗き込んだ。口が利けないため、言葉で何か伝えることはできない。クレスタは、同調能力を解放した。 (クレスタさん、具合は大丈夫なのかな。さっきより顔色悪くなってる) クレスタは自嘲し、俯いたまま口を開いた。 「ティア、大丈夫だよ。僕は大丈夫。顔色が悪いのは具合が悪いからじゃない…」 「?」 ティアが驚いたような顔をする。 (なんで?なんで私の言いたいことがわかったの?顔も見てないのに) 「心が読めるからだよ。僕は“同調神”だからね」 (“同調神”…?) 「君の心を読んで、それで今まで君と話してたんだ。気づかなかった?」 ティアはこくりと頷いた。クレスタは顔を上げ、悲しげな顔で問うた。 「君はもう、僕が普通の人間じゃないって気づいてたんだろう?とっくの昔に。僕の血が赤じゃなくて青だったことも。生命力にしてもそれが人間を超越していたことも」 (うん。気づいてた。クレスタさんが倒れてたとき、私、クレスタさんの血の色を見てびっくりしたの。だって、普通の人なら赤いはずの血が、真っ青だったから……) 「だったら、どうして僕を助けたの?まともな人間じゃないってわかってて」 (だって、倒れてて、本当に苦しそうで…!) 「感謝はしてる。だけど、絶対にそのことは他の人に話しちゃいけない。僕がいる組織の人間が刺客として送り込まれる可能性があるからね。アークさんにも言っておいて。一生口外しちゃいけない。命が惜しかったら、口に出さない方がいいよ」 クレスタはすっとベッドから降り、上着を着た。出て行くつもりだ。 「じゃあ、ね。いろいろありがとう」 扉に向かって歩きながら、アークとティアのことをもう一度考えた。二人は自分をどんな風に思うだろう。恩知らず?そっけない?どうでもいい。彼女たちが危険に晒されなくて済むのなら、自分がどう言われようとかまわないと思う。 ふいに、腕に重みが加わった。 「え?」 ティアが、泣きそうな顔でクレスタの手を掴んでいた。 「ティア?」 (自分がどう言われたってかまわないなんて、嘘でしょ?だってクレスタさん、悲しそうな顔してる。せっかく仲良くなれそうだったのに、自分のせいで私たちが危険になるかもしれないって…) クレスタは一瞬、言葉を失った。 「何…で…」 掠れた声で、問う。ティアは、今にも泣きそうだった。 (私も“同調神”なの。能力が弱いせいで、近くにいる人にしか効果はないけどね…) 「君も…“同調神”……?」 (うん。だから、すこしはクレスタさんの気持ち、わかるかもしれない。 私ね、二年くらい前に両親が殺されたの。邪教組織の人間に襲撃されて、私を守ろうとしたの。奴ら、私の能力を知って、生贄かなにかにしようとしたらしくて。だから家族三人で逃げてたんだけど…) ティアは一度、心の中で言葉を切り、 (追いつかれて。私を守るために、お父さんは足止めしてくれたの。でも私と一緒だったお母さんもまた追いつかれそうになって足止めして……でも、目の前でお母さんが殺されて…私は結局、大きな街へたどり着いて助かったの。そこでアークさんと出会って、一緒に旅に連れて行ってもらってるの) 「そんな…」 クレスタは絶句した。声をなくしたのはその時だという。自分を責め、自分の声を封じた。少女の苦しみは、並大抵ではなかったのだろう。 ティアは、能力のことで疎外されたことはなかったのだという。そもそも、能力を使うことが苦手だったティアにとっては、この能力はまったく無意味なものだった。人の心を覗いても、良いことばかりではない。時には、誰かへの悪意すら見えてしまう。ティアの場合、能力が弱いおかげで、精神波動によってショックを受けることもなかったらしい。 「僕は……親に、捨てられたんだ」 (え…?) 「能力を持ってることがわかって…さ、孤児院に捨てられたんだ。そこで何年か過ごして、もうすぐ働ける歳になるって時に、そこでも能力のことが知られて、皆から疎外されたんだ」 (……) ティアの瞳が揺れた。自分とは全く逆の境遇のクレスタに、驚いたようだ。 親に捨てられ、孤独感を感じて育ったクレスタ。 親に守られ、けれど自分のせいでその親を亡くして声を失ったティア。 けれど、二人は同じ“同調神”だった。 「僕のいる組織に、そのころ連れて行かれて、いまは幹部をやってる。ちょっとトラブルに巻き込まれて怪我してここへ来ちゃったんだけど、でも、また戻らなくちゃいけない」 (クレスタさん!) ティアが、心の中で叫んだ。表情も必死だった。 「何?」 (だめです!戻ったら…きっと、クレスタさん、またひどい目にあいます!) 「大丈夫だよ。僕らの組織はちゃんとした目標があるんだから…」 (違うんです!) ティアは口を動かした。心の声と同時に。けれど、声はでなかった。 (私、アークさんと一緒に旅をしてて、一度真っ黒な服を着た男の人に、組織に入らないかって誘われたことがあるんです。断ったけど…でも、きっとその人、クレスタさんの記憶の中の人と同じです!) 「…僕の記憶まで見たの?」 ティアは頷き、涙を一粒こぼした。 (私…その時の男の人の顔も覚えてます。クレスタさんに怪我をさせた人です。きっとまた、クレスタさん、ひどい目にあいます!) 「…ティア」 ぽろぽろと、ティアは涙を流していた。クレスタの心に同調したせいだ。 信じていた人に裏切られた痛みを、ティアは受け取ってしまった。記憶を覗くことの代償に。 「泣かないで。大丈夫だよ。僕は大丈夫。心配しないでいいんだ。僕は僕の目的のために動いてるんだ。僕の大切な人をこれ以上傷つけないためにも、僕は行かなきゃならない」 (クレスタさん) 「僕はもう…人間じゃないんだ。引き返せないよ……」 ティアに諭すようにそう言った、その時だった。 一瞬、魔力を感じ、そして顔を上げたとき、爆風で二人は吹き飛ばされた。クレスタは反射的にティアを抱いて背を丸め、衝撃を殺す。ドアの向こうから、魔法で攻撃されたのだとすぐにわかった。 (クレスタさん!大丈夫ですか!?) 「…っ…」 吹き飛ばされたとき、思い切り左肩を床に打ちつけたせいで、肩が痛んだ。骨に異常はないだろうが、打撲くらいはしているかもしれない。 不老不死者といえど、全く痛覚がないわけではない。少々の痛みならともかく、いまの衝撃はとても無視できるレベルではなかった。 「誰…だ……?」 ティアを抱いたまま、クレスタは言った。煙の向こうから現れたのは、見慣れた人物だった。 「…ディスタンス=クロスディア!」 「おう、クレスタ。元気だったか?」 現れた青い髪に赤い瞳の青年は、片腕に女性を抱いていた。黒髪の、ぐったりとして動かない女性。 (アークさん!) ティアが心の中で叫びをあげた。クレスタも息を呑む。 「一体、何をしに来たんです?」 「言うまでもなく、お前を連れ戻しにさ。スウォード様の話によると、お前に暇を出したって言ってたが、もう一週間も姿を見てないからな。逃げたんじゃないかと思って探しに来たんだよ」 「どうしてここが……」 「空間転移装置の記録を調べたんだよ。かなりでたらめな場所に着いたらしいからな。近くの町をあたってたら偶然見つけたんだよ」 ディスタンスと呼ばれた青年はにやりと笑い、 「さて、クレスタ君?そろそろ次の計画が動き出すんでね。人手が足りないと困るんだよ。こっちへ帰ってきてもらおうか」 「アークさんをどうする気なんです?」 「質問だらけだな。まあいい。お前が帰ってこないって言うんなら、こいつを殺すまでさ。お前はこいつを見殺しにできるような性格じゃないだろう?」 「僕は…!!」 帰るつもりだった。自分の目的を果たすために。なのにこの男は、女性を人質にして帰ることを強制してきた。怒りが芽生え、クレスタは立ち上がる。 「そんなことをしなくても帰りますよ。早くアークさんを離してください」 怒気をこめた声で言い放つ。ディスタンスはくくっと笑い、 「はは、それは良かった。だがな、こいつはスウォード様から言われて誘拐しに来たんだよ。“虚無神”対策にな」 「どういう意味…」 「こいつの前世がどう、とか言ってたな。とにかく、さっさと来い。残った五大幹部全員で歓迎してやるさ」 クレスタは座り込んだままのティアを見た。怯えた表情で震えている。 「ディスタンスさん」 「何だ?」 「アークさんは返してください。でなければ、僕は帰りません」 「何言ってんだよ。おまえ、自分の目的を果たすんじゃなかったのか?」 「アークさんは関係ないでしょう!?僕はただ、“新たな秩序”を創れればそれでいいんです。だったら何もそんな女性を誘拐しなくても…!」 「こいつはお前の目的達成にも必要不可欠だ。自分の目的を捨てるのか?」 「違う!僕は…!!」 きっと何か違う方法がある。目的を達成するための道は一本だけではないはずだ。クレスタはそれを言葉にできず、かぶりをふってディスタンスをにらみつけた。 ディスタンスは短く切った青い髪をなびかせ、攻撃魔法の発動準備をした。魔法を使うとき、人はウィザーズ・スペルと呼ばれる呪文を使う。それが完成されたとき、魔法は発動するようになっている。その直前、魔法を行使するものの周りには微風が吹くことがあるのだ。 (攻撃魔法!?まさか…!) ディスタンスが何をするつもりなのか悟り、クレスタはティアを抱いて窓を破った。ティアがクレスタにしがみつく。二階建ての高さから地面に叩きつけられる寸前で飛翔魔法を唱え、宙に浮く。その刹那、爆音が響いた。 宿屋が吹き飛び、人々の悲鳴が聞こえてくる。小さな町の端にあった宿の裏手だったため、町の中心側の様子はわからない。が、おそらく大騒ぎになっているだろう。 「ディスタンス!!」 「さっさと来い!クレスタ=リザー!これ以上帰ってくることを渋るのなら、裏切りとみなすぞ!」 「……!」 ティアを放し地面に下ろすと、クレスタはそのままディスタンスに向かって突っ込んでいった。 (クレスタさん!?) 同調したままのティアの声が聞こえてくる。 クレスタは、戦いを決意した。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― クレスタ君の戦闘シーンとか起こってる場面はなかなか難しかったです。いつもにこやか〜な方なので。ボスのせいで苦労してるけど(笑)。次回はクレスタの戦闘がありまくりです。愛用の武器無しでも結構強い…かも? 読んでくださった方、ありがとうございました。ではまた! |
14991 | Eternal Seed Act.35 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/8/28 22:05:45 |
記事番号14812へのコメント こんばんは。飛龍青夏です。 もうすぐ夏休み終わりだというのに宿題がっ。読書感想文は先日必死になって書きましたが、受験生だというのに宿題が終わらないというのは本気でまずいかも…(汗)。始業式までの日数、もう片手で数えられるほどに…。 では、ちょっと冷や汗かくような話題は置いといて、三十五話! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 強さとは何だ その答えを求めて戦ってきた その答えを 教えてくれる人を探して Eternal Seed Act.35 本当の望み 「クレスタ、お前っ!!」 ディスタンスが空中で、アークを抱いたまま飛びのく。クレスタがいつも持っている愛用の武器――『星雲杖』すら持っていない彼に気圧されて。 「閃光爆砲(シャイニング・ブラスト)!」 ディスタンスの手から放たれた閃光が、クレスタに向かって突き進む。が、それはあくまで直線的で、クレスタは飛翔魔法をコントロールしてさっとそれを避けた。距離を取ろうとするディスタンスに執拗に迫り、ウィザーズ・スペルを唱える。 「龍光鎖縛(ドラグ・チェイン)」 まるで何かを宣告するかのようにそれを唱え、伸ばした手から光の鎖を放つ。それは龍のようにディスタンスに向かって進み、男の片腕を拘束した。 「ちっ!」 ぐいと腕を引っ張るが、クレスタの魔法によって片腕を拘束されている状況では、まともに動くことができない。ディスタンスは舌打ちして、片手に抱いていた黒髪の女性を手放した。 (アークさん!) 視界の隅にとらえられた淡い金髪の少女が、女性の名を呼んだ。心の中で。クレスタは何かに取り付かれたかのように無表情のまま、ディスタンスを力任せに振り回した。 「うわっ!!」 地面にディスタンスを叩きつけ、クレスタはまっさかさまに落ちていくアークを地表すれすれで抱きとめる。飛翔魔法のコントロールは賞賛に値するだろう。 そのまま全速力でティアの手をとり抱き上げて、二人の女性を抱えたまま、クレスタは飛んだ。ディスタンスが気づいて追ってくる前に、なんとかこの二人だけは逃がさなければ。しかしアークは気絶しているようだし、どうすればいいのかわからない。その時、 「ん…」 「アークさん!?」 「あれ…クレスタ…?」 「大丈夫ですか?」 「え、ええ。大丈夫。ってなんで私たち飛んでるの!?」 クレスタは慌てるアークに状況をかいつまんで説明し、何とか安全なところまで逃げて欲しいと言った。自分はこれ以上一緒にはいられないのだと。 「いいですか?とにかく、僕があいつを引き止めてるうちにどうにか安全なところまで逃げてください」 「わ、わかったわ。でも、あなたは大丈夫なの?」 「ええ」 にこっと笑ってアークを安心させ、右側に抱えたティアに視線を移す。ティアは涙をためた瞳で、心の声を伝えてきた。 (クレスタさん…) (何?) クレスタは声には出さず、ティアに問いかけた。同調能力者同士だからこそ、思念だけで会話ができるのだ。 (無事で、いてください。それから、また…会えるといいですね) (……そうだね) クレスタは微笑み、アークとティアを適当な場所で下ろした。そのまま自分は空中で急ターンし、急いで宿屋の方へ向かう。ディスタンスが自分たちを見つける前に、こちらから出て行ってあの二人から目を逸らさなければならないからだ。 「元気で」 それだけ言い残し、クレスタはディスタンスの方へ飛んだ。何とか彼を落ち着かせて、組織へ帰還しなければならない。 そんな中、クレスタは今まで考えたこともない思いにぶつかっていた。 (僕が本当に望んでいることは……何なんだ……?) 自分自身に疑問をいだきつつ、クレスタはディスタンスのところへ向かった。 朝日が差し込んでいるのを感じ、シーウは薄目を開いた。真っ白な天井と、薄青いカーテンが見える。 ゆっくりと身を起こし、伸びをする。紫銀色の髪がさらさらと流れ、輝いた。寝台を降りると、手早く着替えて廊下へ出る。 「あ、おはよう!シーウ」 「おはよう、シャル」 声をかけられそちらを振り向いて、シーウは言った。銀髪に青い瞳の少女が、明るく笑いながら歩いてきた。 「よく眠れたか?」 「うん。ここのベッド気持ちよくって…危うく二度寝しちゃうところだったの」 てへへ、と笑い、シャルは舌を出した。 聖域――流魂樹の一番上にやってきたシーウたちは、もうかれこれ十日余りをここで過ごしていた。ハヤテからの事情の説明も終わった後、しばらくここで体を休めてはどうかというコスモスの提案に、シーウたちは頷いたのだ。 かつての自分――カオスが過ごした、神殿のような建物。白い天井、白い壁、床。ところどころに綺麗な花が生けられていたり、外には池があったりして、とても樹の上とは思えなかった。 「おはよ、シーウ」 「おはよ〜!」 背後から二人の男声が聞こえ、シーウは穏やかに返した。 「おはよう」 歩いてきたのはヴァルスとフォルだった。二人ともいつもの格好だが、まだ少し眠たげだった。 「あ、皆さん!朝ごはんできてるから来てくださーい!」 『はーい!』 廊下の向こうから聞こえてきたコスモスの声に、双子が元気よく返事をした。そしてそのまま、小走りで駆けていってしまう。 「平和…だな」 「ああ。ここはきっと、世界で一番安全なところだろうな」 シーウの呟きに、ヴァルスが答える。 ここは、全ての母である“白金の女神”によって創られ、結界で守られた場所なのだ。普通の人間が入ってこられる場所ではないし、悪意を持ったものは結界で弾き飛ばされる。箱庭の中のような、平和な暮らし。けれど、きっとコスモスとクロノスはかえってそれが辛かったに違いない。仲間のいなくなった寂しい神殿の中、二人きりで。 「ヴァルス、私はどうしたらいいと思う?」 「どうって?」 「私がここにいる限り、ハヤテの言う組織の計画は頓挫したままだろう。だが、もしかすると私以外の誰かを使って……犠牲にして計画を無理に進めようとしないとも限らない」 「それは」 「私だって、平和に過ごせるならそうしたい。だけどきっと、クレスタたちの組織は今でもどこかで……人を不幸にしてる。王宮の中どころの騒ぎじゃない。もしかしたら、世界中がそうなるかもしれないんだ」 シーウはうつむいていた。自分がのうのうとしているあいだに、神族の力でどこかで誰かが傷つけられているとしたら。そう思うと、何かしなくてはならないと思ってしまう。 「戦いたいわけじゃない。幸せでいたい。生きていたい。けど、私は…私がやるべきことと、やりたいことをしたいんだ」 ヴァルスは微笑んで、シーウにいった。 「そうだな。俺だって、いつまでもここにいるわけにはいかないし。コスモスたちには悪いけど……行くか。もう一度」 旅へ。どこへ行き着くともわからない。行き着くことすらできるのかどうかわからない。それでも。 自分の生きる道を探したい。歩みたい。 かつての自分たちができなかった道を、今の自分が。 「ここを、出るって…」 「本気なのか?」 呆然としているコスモスの後に、クロノスが続けた。 初めて聖域にやってきたときに通された部屋。そこはいつも通りに穏やかな風が吹き抜けて、明るい光が差し込んでいた。 「ああ。俺たちには、俺たちの道がある。それに、ここにずっといたって、計画がなくなるわけじゃないんだろ?ハヤテが言ってた奴の計画は」 「それは…」 クロノスが言葉に詰まる。 ハヤテが言っていたスウォードと名乗るものの計画は、どうやら“混沌神”の力を利用して、『秩序の天秤』を壊すことらしい。そのためにシーウを仲間に引き込もうと追いかけてきていたのだ。 だが、ここにこもって安全な生活をしていても、計画自体が潰されるわけではない。スウォードは不老不死者だというし、たとえシーウが死ぬまで聖域で過ごしても、次に転生した“混沌神”を巻き込まないとも限らない。 計画自体を潰すことはできる。方法は三つ。一つは、相手を説得し、諦めさせること。次の方法は組織を潰してしまうこと。もう一つは、『秩序の天秤』への道を封鎖してしまうこと。封鎖するということは、もうコスモスとプラチナ以外の誰も『秩序の天秤』を操作できないということで、そうなれば、世界がいかなる変化を遂げようと、二人の意思なくしては秩序も摂理も変わらない。だが、今の世界のままでも、人間は十分生きていける。封鎖は一番手っ取り早い方法だが、一番難しい手段でもあった。 『秩序の天秤』、ならびに他の三つの存在は、精神世界と物質世界の狭間にある。そこへの道は一つずつしかなく、どこにあるかがわからないのだ。唐突に途切れた地面の終わりから崖へ飛び込めばいけるのか、それとも大きな湖の底なのか。“目には見えない”というその入り口を探すのは困難を極める。 そしてさらに大変なのが、封鎖するための封印式だ。封印式はそれぞれの存在を象徴する神族と同程度の力を持つものでなければ発動せず、発動するにもとてつもないエネルギーを消費する。一人で封鎖を行ったら、支えを失った肉体が封印式にひかれて一緒に封印される可能性すらあるのだ。 そんなことを本当にするつもりなのかと、クロノスは訊いているのだ。 組織を潰してしまえば、確かに今は『秩序の天秤』は守られる。けれど、もしまた誰かがそれを実行しようとすれば、次は安全だという保証はない。 シーウは、世界を守ろうなどと思っているわけではなかった。そこまで傲慢になれはしないし、自らを過信しているわけでもない。ただ、止めたいと思ったのだ。悲しみと憎しみで世界を見つめている、神族を――彼らを。 もしかしたら、自分もそうなっていたかも知れないから、と。 「『秩序の天秤』を破壊すれば、世界はめちゃくちゃになってしまう。だから、その道を封鎖しなくてはならないといったはずだ。それは一人では無理だと。そしてそれが本当に可能なのかもわからないんだ。プラチナはこっちのことには基本的に干渉しないしな。…それをお前たちができるのか?」 シーウは顔を上げ、クロノスの目をじっと見つめ、 「できるかできないか、じゃない。やるだけだ。それに、私は私のせいで、他の人間が傷つくのなんて耐えられない」 「……」 クロノスが黙った。そこへ双子の無邪気な声が聞こえてくる。 「クロノス兄、俺さ、難しいことわかんないけどさ、絶対に百パーセント安全なことなんてありえないだろ?失敗を恐れてたら、何もできなくなるんだ」 「だが、失敗して命を落とすかもしれないんだぞ!?」 「命を落とさない可能性だってあるんでしょ?」 シャルの言葉に、クロノスは口を閉じる。 「大丈夫だよ。普通に考えたら、絶対危ないことだけど、きっと大丈夫だよ」 コスモスが、小さくため息をついた。 「わかりました」 「コスモス!?」 「もう説得は無理みたいよ、クロノス…だって、シーウちゃんたち、迷ってないんだもの」 「……」 それまでずっと後ろにいたハヤテが、彼愛用の武器、『疾風』を持って現れる。 「クロノス、心配しなくても、この二人が早まりそうになったら我が食い止める。…もう後悔はしたくないからな」 「ハヤテ…」 「決まり、だな」 ヴァルスがにっと笑い、言った。 「また来る。約束する」 シーウが穏やかに笑い、コスモスに言った。コスモスはすこし潤んだ目で、 「約束よ。今度は、おいていかないって」 「おいてなんかいかない。信用してないのか?」 「…信頼することにするわ」 「ああ」 シーウは笑った。コスモスも、笑った。 約束するには、それ以外には何もいらなかった。信頼しあっているのなら、他には、何も。 こうして、新たな目的を掲げた旅が、始まった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 旅再開!の回です。それにクレスタ君がちょっと変わりましたね。これからまた波乱万丈な旅が続くわけです。がんばらねば! では! |
15006 | Re:面白いぜEternal Seed! | オロシ・ハイドラント URL | 2003/9/2 21:16:39 |
記事番号14991へのコメント こんばんは。 新たな旅の始まり……ついに目的が見えて来た! 「秩序の天秤」の破壊を阻止するための旅になりましょうか。 いよいよ本格的になって来たなあって感じです。 クレスタさんの方も気になりますしねえ。 ここから先に大期待です。 > もうすぐ夏休み終わりだというのに宿題がっ。読書感想文は先日必死になって書きましたが、受験生だというのに宿題が終わらないというのは本気でまずいかも…(汗)。始業式までの日数、もう片手で数えられるほどに…。 受験生ですか。大変ですね。私は受験になっても勉強するか分かりませんけど(高校受験の時は遊び呆けてたし)。 > かつての自分――カオスが過ごした、神殿のような建物。白い天井、白い壁、床。ところどころに綺麗な花が生けられていたり、外には池があったりして、とても樹の上とは思えなかった。 ううむ、一度いって見たいです。 >「できるかできないか、じゃない。やるだけだ。それに、私は私のせいで、他の人間が傷つくのなんて耐えられない」 おおっ! 名台詞ですね。 やるだけ無駄なこともあるけれど、やれる限りやることは大切ですよね。 それにしても二年前の私はすべて「やるだけ無駄」と言ってたけど……変わったなあ。 今回も面白かったです。 やはり旅ものは良いですよねえ。 それでは次回に期待しつつ……さようなら! |
15011 | Re:面白いぜEternal Seed! | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/9/3 19:49:59 |
記事番号15006へのコメント こんばんは。飛龍青夏です。 コメントありがとうございます!いつも励みになってます。 >新たな旅の始まり……ついに目的が見えて来た! >「秩序の天秤」の破壊を阻止するための旅になりましょうか。 >いよいよ本格的になって来たなあって感じです。 >クレスタさんの方も気になりますしねえ。 >ここから先に大期待です。 そうです!ついに目的が見えてきたのです! ”秩序の天秤”の破壊を阻止すること。それが旅の目的になりました。今までシーウたちは基本的に当てのない旅をしてたので、目的が見えた今のほうがしっかり行動するかも? クレスタは…そうです。彼にはとてつもない場面を用意しています。まあずっと先になってしまうとは思うのですが、彼は彼でまた苦労するのかも…。 期待に沿えるかはわかりませんが、頑張ります! >>「できるかできないか、じゃない。やるだけだ。それに、私は私のせいで、他の人間が傷つくのなんて耐えられない」 >おおっ! 名台詞ですね。 >やるだけ無駄なこともあるけれど、やれる限りやることは大切ですよね。 >それにしても二年前の私はすべて「やるだけ無駄」と言ってたけど……変わったなあ。 たとえ無駄かもしれないと知っても、いても立ってもいられない。自分は何かできるかもしれないし、途中でついえるかもしれない。けれど、何かしたいと思ったのでしょう。シーウははっきり言ってしまえば、世界が好きではなかったはずなのに、けれど結果的には世界を救おうとしているのですね。やるだけやってみるという精神は、まさにその通りです。 毎回コメントありがとうございます。これからもできるだけ頑張りますので、よろしくおねがいします! では。 |
15054 | Eternal Seed Act.36 | 飛龍 青夏 E-mail | 2003/9/9 18:38:21 |
記事番号14812へのコメント こんばんは。飛龍青夏です。 学校では学校祭に、部活にと忙しく、受験生でもあるのでなかなか大変です。英検とか漢検とか。ゆっくりできる夏休みカムバーックっ!って言いたくなっちゃいました。あ、でも次は冬休み?(冬休みのほうがさらに忙しいのでしょうけど) なんと、いつのまにやら36話。40話ももうすぐです!途中で話がとぎれてしまわないように頑張ります! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 弱さとは人を人たらしめるものではないのかと そう考えて受け入れてきた 弱さなき者に強さが手に入れられるのか 弱さなき者に心を分かち合うことができるのか Eternal Seed Act.36 新たな旅 馬車を走らせながら、シーウたち一行は中規模の街を目指していた。街の名前はファーレスト。有名なのはその街の中心にある大きな教会で、この街の住人の約半数はそこで教えを説かれている信者だという。 現在、この世界には大きく分けて四つの宗教が存在する。一つは、世界の全てを司るという女神を信じるもの。二つ目は旧世界から伝わる神を崇めるもの。そして最後の一つは、人々を破滅へと導く神を崇めるもの。最後は地域によってさまざまな神を崇めるものだが、特に信者が多いのは一つ目の女神を信じる宗教、クリエイティア教だ。 クリエイティア教は、旧世界の言葉から取った名前だという。創造する、という意味らしく、人々は女神を“全てを創造したもの”として崇めている。女神は銀色の髪に金色の瞳を持つ美女で、世界の全てを司るものとされている。――ちなみに、これはおそらくプラチナのことであろうとシーウたちは予想していた。 旧世界からの信仰はフロンティア教という。旧世界の神々が、今の大陸をフロンティアと名づけた、という理由かららしいが、お告げを聞いたという巫女は神々の存在をそれまで全く信じていなかったという。フロンティア教は、大陸で二番目に信者が多い信仰だった。旧世界の神々は知られているだけでも数十人――神を人として数えるものかどうかはわからないが――はいて、フロンティア教はそれぞれが崇める神々よって分かれているらしい。とはいえ、特に争いがあるわけではなく、フロンティア教は旧世界が滅んでからずっと続いていた。 そして最後にあげられた、暗黒宗教のようなことをしているハザード教。旧世界が滅んだことを“災厄”と呼び、それが彼らの崇める神によるものであると信じている信教だ。彼らは再びハザードと呼ばれる破滅の神が降臨するとき、ハザード教の信者だけが生き残れると信じて、さまざまな儀式やら何やらを行っている。彼らは、どちらかといえば生への執着が激しい方で、ハザード神を呼び寄せることにより世界を滅亡させ、自分たちだけが生き残ろうと考えている。つまり、自分たちに危害を加えるものは消してしまえ、ということだ。もっとも、ハザード神だけは他の宗教に比べて神としての現出の理由があやふやで、信じるに値しないとするものが多く、ハザード教はあまり広がっていない。 この三つと、各地域に広がる宗教は、信者たちに希望や、あるときには絶望を与えているが、そういった宗教を信じる信じないは人それぞれの自由で、国にしても街にしても、そこに住んでいるからこの宗教を、ということはほとんどない。 旧世界が滅んだとき、神に祈ることが無駄だと思ったものが、それだけ多かったということだろうか。 「シーウ!見えてきたよ!」 シャルの声に、シーウは顔を上げた。馬車の小さな窓から見える外の景色の中で、高い塔のような建物が天に向かって伸びている。 「あれが…クリエイティア教の総本山…」 シーウの呟きは、風にまぎれて消えていく。 「“光の塔”…」 その名に違わぬ美しさで、クリエイティア教の教会は、街の中心に君臨していた。 街について、“空の平原”の近くで手に入れた馬車を適当な宿に預けると、シーウたちはいろいろな物を買い足しに行った。食料や水、生活必需品などなど。旅をしていると食料と水以外はすぐ壊れたりなくしたりすることがあるので、街に着いたらとりあえず買い物、ということが多かった。 ファーレストは教会を中心に円形に広がった街で、教会から直線的な道が延びている。街を上から見下ろせば、円の直径を道としたように見えるだろう。もちろん、他にも道はいろいろ張り巡らされているから、蜘蛛の巣か割れたガラスのようだろうか。 「シーウ、道のあちこちに十字架とか星の模様があるよ」 広い道を歩いていると、シャルが不思議そうにシーウに尋ねた。 「ここはクリエイティア教の信仰が盛んだからな。あちこちに星の模様があっても別におかしくはないだろう?」 シーウが答えると、シャルは再び怪訝そうに、 「でもさ、十字架はどっちかっていえばフロンティア教のイメージがあるんだけど」 「クリエイティア教は全てを司る女神を崇めてる。だから、他の信仰と区別するのはナンセンスだって考えの人間もいるんだ。総本山にはそういう奴が多いらしい」 今度はヴァルスが教えた。双子は納得したように頷いて、また辺りをきょろきょろと眺め始めた。 「ハヤテ、体調はどうだ?」 「まあまあ、だな」 シーウが問いかけると、ハヤテがいつもどおりの口調で答えた。 彼は聖域から“空の平原”を通るとき、またも残留した記憶の影響を受け、気分が悪くなってしまったのだ。千年も前の記憶とはいえ、その戦いを知っている彼にとっては大きな影響だった。それに対してシーウは特に影響を受けず、ハヤテに気を使いながら歩いていた。 聖域を出てから五日。“空の平原”の入り口近くの開拓村で馬車を買い取り、馬を休ませながら街道を通ってきたのだ。 「じゃあシーウ、俺たちは食料とか買いに行くから、シャルと一緒に他のもの買ってきてくれ。馬車を預けた宿のところで日暮れまでに集合ってことで」 「ああ、わかった」 シーウが頷くと、ヴァルス、フォル、そしてハヤテは雑踏の中へと消えていった。シャルがシーウの手を引き、早く行こうと急かす。 「ねえシーウ、明日何の日か知ってる?」 「フォルとシャルの誕生日、だろう?」 シャルはぱあっと明るく笑い、嬉しそうに目を細めた。 「覚えててくれたんだ!」 「大事な仲間なんだから……家族みたいなものなんだから、覚えてるさ」 「あのね、フォルに何あげたらいいかちょっと迷ってるの。一緒に選んでくれる?」 「ああ。シャルは何が欲しい?」 そんな会話をしながら、二人は露天を見て歩いた。 賛美歌が流れている。女神をたたえる歌。天に捧げられる、そして世界に捧げられる歌。 彼はそこで、静かにその曲を聴いていた。言葉ひとつでも聞き漏らさないように、目を閉じて、耳を澄ませていた。 彼は教会にいる割には黒を基調とした服を着ていて、他の人間と比べると目立った。そこへさらに瞑想でもしているような表情と、周りの空気まで静めてしまっている雰囲気が加わる。 「クルスさん?」 「……?」 彼とは対照的な真っ白な服を身に着けた、巫女かシスターのような女性が声をかける。どうやら、この教会の人間のようだ。男が顔を上げると、いつのまにか賛美歌は止んでいた。 「また来てらしたんですね」 「ああ」 「いつも賛美歌ばかり聴いてらっしゃるようですが…何か思い入れでもあるのですか?」 「思い入れってわけじゃない。落ち着くからここにいるだけさ」 「そう…ですか」 女性はきょとんとして言った。彼の周りには静かな空気だけが漂っている。たとえ喧騒の中を歩こうとも、それは変わらないだろう。 クルスと呼ばれた黒い服の男は立ち上がり、教会の出口へ向かった。黒い服の裾に施された、銀色の刺繍がかすかに輝く。 夕方の、橙色の光の中で、男は静かに教会を去った。そしてそのまま、自宅へと向かう。 いつもどおりの道を通り、いつもどおりに歩く。だんだんと紫色になってきた空を見上げて、彼は心の中で名を呼んだ。その記憶はまだそう遠くはない。彼女は、今でも彼の中であの笑顔を思い起こさせる。 亜麻色の髪。赤い瞳。いつも家に帰ると笑顔で迎えてくれた。怪我をして帰れば、心配してくれた。 かつて自分が“買った”少女は、いまはもう立派な大人の女性だろう。 どんな女性になっているのか、考えた。きっと美人だろう。もしかすると、恋人がいるかもしれない。それとも、どこかで小さな店でも開いているだろうか。彼女ならきっと花屋か何かを開くだろうと思って、彼は微かに笑った。 と、突然人にぶつかった。バランスを崩し気味に数歩後ろへさがり、体勢を立て直す。 「きゃっ」 小さな、けれど高い声。銀髪の少女だった。 「ご、ごめんなさい!」 しりもちをついたらしい少女は、ぱっと顔を上げ謝罪した。少女の方も前を見ていなかったらしい。クルスは微笑し、 「いや、こっちも前を見てなかったからな。大丈夫か?」 「はい」 頷き、少女はぺこりと頭を下げた。そのすぐ後、別の女性の声が聞こえた。 「シャル、だからあれほど走るなと…」 クルスが顔を上げると、立っていたのは紫銀色の髪の少女。 顔立ちは整っている。まだ二十歳には手が届かないくらいの年頃だ。紫銀色の長い髪は首の後ろで結んでいるだけで、風に流れるようになびいていた。両脇には刀が二本。左手には何か買い物でもしたのか、袋を持っている。 「シーウ、ごめんなさい」 「ケガはないか?」 再度問いかけられ、少女は頷き、 「うん。あの、ホントにごめんなさい!」 もう一度、少女はクルスに頭を下げた。 「いや。これからは気をつけろよ」 そう言って、クルスは踵を返した。数年前失った左腕の方の袖が風になびく。 「――“混沌神”と知り合いのお嬢さん」 「っ!!」 紫銀色の髪の少女が、息を呑むのがわかった。 そのまま黒い服の隻腕の男は、もう数年間住んでいる家へと足を運び、振り返りはしなかった。 「お〜い、シーウ、落ち着けって…」 さっきから無言で部屋に置いてあった机を指でトントン叩いている少女に、青い髪の青年は呆れ顔で言った。規則的な音ではあるが、耳に心地よいとはお世辞にもいえない音だ。 「一体何があったんだよ。シャルと買い物してきたんだろ?」 「初対面で素性を見抜かれたときの不快感がお前にわかるのか…?」 すうっと、周りの空気が冷えるような声で、シーウは言った。表情は見えないが、おそらくは不機嫌顔であろう。 名も知らぬ男に素性を一瞥しただけで見抜かれ、シーウは不快感を覚えていた。今までもこういったことはたびたびあったが、今回ばかりは去り際に言い残されたため、かなり悪印象だったらしい。 シーウの素性――“混沌神”であることは、彼女の容姿を見ればすぐにわかってしまう。だが、彼女はあえてそれを変えようとはしなかった。たとえ姿を変えても、彼女が彼女であることに変わりはないのだから。 椅子に座ったまま、少女は外を眺めながら机をトントン叩き続けた。ヴァルスははあ、と長いため息をつき、てくてくと彼女の傍まで歩く。 「お前が決めたことなんだろ?自分が自分でいることを捨てないってのは」 「それは…」 「だったら、そいつを責めるのは筋違い…なんじゃないか?」 「……ああ。だけど…たまには愚痴の一つも言わせてくれよ」 シーウがぽす、とヴァルスに寄りかかる。ヴァルスは驚いたが、すぐに表情を和ませ、彼女の髪を撫でた。 いつも冷静で、たいていのことには動じないシーウ。心の中では、数え切れない小さな傷と、大きな傷を抱えて苦しんでいるシーウ。簡単に人に弱いところを見せない彼女だからこそ、頼られたときは優しくしてやりたかった。 「ま、さすがにすぐ追い出される、ってことはないだろうし」 ヴァルスが言うと、シーウは無言で頷いた。今まで旅をしてきて、彼女の噂が広まったせいで、ヴァルスと双子まで宿を出なければならないということがなかったわけではないのだ。そのたび、シーウはヴァルスと双子に謝罪していた。 そもそも、彼女は悪人ではない。むしろ人を救ってきた善人のはずなのだ。ヴァルスと出会う前には、人を助けるためにやむを得ず“消去能力”を使い、不老不死者の暴走体を消したこともあったが、人にそれを向けたことなどない。だがそれを目撃した人々は、いつ自分たちも消されるのかと怯え、彼女を疎外することでなんとか離れようとした。 迫害はされなかった。仕返しが怖いからか、さすがに良心があるからかはわからないが。 「…ごめん」 シーウは呟き、もう寝るから、とヴァルスを部屋から追い出した。追い出されたヴァルスは、何故か肩を落としていたという。 暗闇の中、蠢く影は三つ。いずれも、人の形をしてはいたが、動きは人間というより虫のようだった。 「奴だ。あの女」 一人目が口を開く。どうやら男らしい。シーウたちの泊まっている宿からすこし離れた建物の屋上から、宿屋の窓を指差している。 「あれが…?とてもそうは見えないが」 「一目見てそう見える人間なら、だれも“混沌神”と呼んで恐れまい」 女の声に、先ほどの男が諭すように言った。二人とも、真っ黒な服を着た人間だった。体型は子供のようだったが、普通の人間が見れば彼らの職業をこう呼ぶだろう。暗殺者――と。 別に暗殺者の服装が決まっているわけではないが、派手な服を着て仕事ができるわけがないし、この服装が一番楽だからという理由なのだろう。 「そうよん、“混沌神”様は本当は優しいんだもの」 亜麻色に赤い瞳の女性が、二人に言い放った。彼らはその女性がそこにいるのが最初からわかっていたのか、ゆっくりと振り向く。 「私たちの任務は、あの“混沌神”さまの周りの人間を暗殺すること。もちろん“あの人”を除いてね。できるわよね?」 「もちろんですよ」 女が口を開いた。赤い瞳の女性――ファロンはにこりと笑い、 「それじゃ、よろしくねん」 そう言った瞬間、二つの黒い人影は消えていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ファロンが再登場しました!それから新キャラも二人ほど出てますね。クルスも数えたら三人ですが。ファーレストの街での話は結構続きます。大体41か42話くらいまでですかね…。 では! |