◆−我が神の御名:一章−オロシ・ハイドラント (2003/10/3 20:33:26) No.15252 ┣我が神の御名:二章−オロシ・ハイドラント (2003/10/29 19:57:17) No.15462 ┣我が神の御名:三章−オロシ・ハイドラント (2003/10/29 20:01:22) No.15463 ┗エピローグ−オロシ・ハイドラント (2003/10/29 20:05:09) No.15464
15252 | 我が神の御名:一章 | オロシ・ハイドラント URL | 2003/10/3 20:33:26 |
こんばんは。オロシ・ハイドラントことラントでございます。 今回書いたのは、恐らく「神」に関する物語なのだと思います。 断定出来ないのは、まだ最後まで書かれていないからです。 この物語はスレイヤーズの世界を舞台にしたものでありますが、過去にスレイヤーズ及び、スレイヤーズすぺしゃるに登場したことのあるキャラは恐らく一名しか登場しないでしょう。 ここ「書き殴り」内では異色の作品と思いますが、興味のある方はどうぞ。 ……面白さは保障出来ませんが。 <@><@><@><@><@><@><@><@><@><@> 偉大なる我が神よ 我が祈り届かぬか 我が願い聞こえぬか その御姿を見せよと呼ぶ声 一章:神の書 0 「我が友よ。君はあの城のことを知っているかい」 この暗い闇の世界には、いささか不釣合いな友の声を、レーンは静かに聞いていた。自分の方が学校の成績は上なのだが、今までの人生の成績では遠く及ばないと彼は思う。 「「悪魔の城」と呼ばれていることくらいは知っている。由来は知らんが。……子供の頃はよく近くで遊んだものだ。叱られたけどな」 レーンは昔を懐かしむような口振りでそう言った。 「そんな無駄話はいらないよ。君は「神の書」というものを知らないかい?」 神学学校の同級生は、微かに笑った。 いちいち腹の立つやつだと改めて思ったが、本気で頭に来るほどではなかった。慣れもあるのかも知れない。 暗い部屋を照らす蝋燭が、開かれた窓から侵入して来る風に煽られている。 「俺は知らんが」 「まあ良いや……」 ロベルトという名の彼は、レーンの瞳を覗き込んで、 「明日どうかな?」 一瞬、レーンは言葉の意味が理解出来なかった。それでも天啓のように、すぐに答え降って来た。 レーンは沈黙のまま、荒れた部屋――ロベルトの私室兼研究室だ――のあちこちを見回して、 「つまり君は、あの恐ろしい城にその「神の書」と呼ばれるものがあると言うのだな。それを俺と一緒に探しにいこうと」 最後にロベルトを見て、そう言った。 「その通りさ。わざわざ確認などせず、すぐに君の答えを出せば良かった」 レーンはその態度に少々憤慨を覚えたものの、しばし冷静に考え、 「まず「神の書」が何なのかは聞かせてもらおうか」 1 この街は、それほど大きなものではない。しかし、過疎化しきった村で育ったレーンにとっては、都としか思えなかった。 「白い街」という名を持つこの街には、彼の通っている国立神学校があり、彼はこの学校に入るため「上京」して来た。 入学当初から非常に成績優秀で、教師達を驚かせており、首席卒業間違いなしと言われていた。将来は一流の神学者か高僧になるだろうと誰もが信じて疑わなかった。 そんな彼は今、卒業間近に関わらず、禁忌を犯そうとしていた。 昨夜、成績不良で単位の危ういロベルトに呼ばれ、彼は寮内のロベルトの部屋に向かった。 ロベルトは仲の良い友人だ。学校を無断で抜け出し、――寮制であり、無断外出は固く禁じられている――遊びまわっている不良生徒で、彼とは真逆の存在に思える。生徒はともかくとして、教師内で二人が友人であることを知る者はそれほどいない。 彼はロベルトともに、学校を抜け出そうとしていた。少々大げさに言えば、これも禁忌を犯すということになるだろう。 「「神の書」は、無限の書さ。世界のすべてが書かれている。世界の様々な法則、運命について、世界の始まりと終わり、それに神という全知全能の存在についてが……」 レーンが生まれ育った村のすぐ近くにある「悪魔の城」――そこは、吸血鬼(ヴァンパイア)の根城だという――に眠っているらしい「神の書」について、ロベルトはそんな風に語った。 レーンはその言葉に対して、こう言った。 「だが神についての書物は、神殿の聖典にすべて書かれている。今さらそんなものが必要か」 するとロベルトから、衝撃的な反論を聞くこととなった。 「あれは偽りさ。僕らの神は本当の神じゃない」 一瞬、足元が崩壊したように錯覚したレーンは、彼を怒鳴りつけた。 だが、ロベルトは冷笑し、 「神は絶対の正義者で、絶対的な存在? もしそうだとしたらこの世から悪がなくならないのはなぜ? 答えは簡単さ。 まず絶対の正義なんて存在しない。これは君なら分かると思う。 また絶対的な存在でもありえないね。スィーフィードとかいう邪神――僕らにとってはね――を信じる力の方が強いじゃないか。少数の人間に信仰されているだけで充分? 邪教を許すことも神のお慈悲? はん、言い訳くさいね。馬鹿馬鹿しい。 僕らの神は絶対の正義者でも、絶対の存在でもない。したがってそんな不完全な神は神じゃない。少なくとも僕は認めない」 レーンは絶句した。彼の中で、神という概念が崩壊し掛かった。どうにか食い止めはしたが。 「とにかくいこうよ。僕らが真の神を発見するんだ。僕らの神でもスィーフィードでもない本当の神を」 気が付くとレーンは、彼の言葉に頷いていた。 2 その日の夕刻、寮に帰るなり二人は準備を整え、監視の目を掻い潜って脱走を図った。 そして、ロベルトが親交のある商人に借りた馬を使い、「白い街」を抜け出した。 そして数時間後、ようやく二人はその場所に辿り着いた。 「本当に情報は正確なんだろうな」 微かなる魔法の明かりに照らされた世界。背の高い草が揺れている。それはまるで、大地から生えた死者の腕が、生者を地獄に引きずり下ろそうとしているかのようだ。 月が照っている。狂気を駆り立てる満月。神の使いで、夜の監視人とも言われている。 「さあね」 おどけた様子でロベルトは言った。彼は白い神学校の制服の上に黒いマントを羽織っている。 「口から出任せということはないだろうな」 「それはないよ。ちゃんと手に入れた情報さ」 二人の目の前にある城は、幼き日に思ったほど巨大ではなかった。せいぜい三階建てほどの高さしかないし、敷地面積も彼らの神学校より狭いくらいだ。 「情報源は?」 「怪しい宗教団体の人から聞いた。知り合いのよしみというやつでね」 「そんなところにいっていたのか」 「意外に良い人が多いからね」 「邪教の徒がか?」 「良いかい。あれを邪教と言うなら、うちの宗教だって……いや、こういう話は止めよう」 寂しげな風が吹いた。レーンは少し肌寒さを感じていた。 「ところでさ。この城には、吸血鬼が棲んでいるってことは昨日言ったよね。君は吸血鬼と戦えるかい?」 話題はこれからのことに変わったようだ。 「ちょっと厳しい。学校はあまり魔術を教えてはくれんからな。一応、聖水と銀の十字架は持って来たが」 「甘いね。多少は通用するかも知れないけど、それじゃあ倒せはしないよ。何せ相手は闇のお貴族様だぜ」 ロベルトは嘲笑しているようにも見えた。 「そういうお前はどうなんだ? ヴァンパイア相手に戦えるとでも言うのか?」 レーンは強い口調で訊くと、ロベルトは不敵に笑って、 「僕は意外に魔術が得意なのさ。白魔術だけでなく、精霊魔術も黒魔術だって使える」 「黒魔術だと!? お前はそんな邪悪な術まで使うのか」 「そうさ黒魔術さ」 ロベルトは平然と言ってのけた。 「僕は神学生だけど、神に仕える神官でも信者でもない。僕は救いが欲しいんじゃないのさ。唯一絶対の神がいる証拠が欲しいんだよ」 「お前は……」 それ以上、レーンは何も言わなかった。 「いこうよ」 ロベルトの後に続き、レーンは入り口の門を潜った。 「確か、「神の書」は地下にあって、どこかに下へ向かう階段があるはずなのさ」 当然ながら暗い城内は、随分と荒れ果てていた。 二階への階段が半ば崩れていたし、壁や床に穴が空いているところもあった。 二人は慎重に城内を見て回る。 入り口のホール、食堂、サロン、中庭、書庫、倉庫……どこにも生物の気配はない。不思議なことに蜘蛛の巣一つも見られなかった。 二人は先ほど調べた中庭に面している回廊を歩いていた。 中庭は荒れ放題だったが、一輪の美しい薔薇が力強く咲いていた。まるで血のような真紅の薔薇だったとレーンは記憶していた。 辺りは静寂のヴェールに包まれており、呼吸音と、風で何かが揺れる音程度しか耳には入って来なかった。 レーンは内心恐怖を感じていた。現実に存在するという吸血鬼への恐怖と、古城という舞台への純粋な恐怖。この二つの恐怖が彼の精神を激しく苛む。 そんな中、不意にロベルトが足を止めた。 「どうした?」 レーンは彼に声を掛ける。 すると…… 「ここに階段があるじゃないか」 ロベルトは左の壁の方を向いて言った。同時に明かりがその周辺を照らす。 確かにそこには壁ではなく、下へ続く階段があった。 「別に隠し階段とかじゃあなかったね。まあ、闇のヴェールに隠されていたけど……」 「降りてみるか?」 恐る恐るレーンは言った。 「当たり前じゃないか」 階段を降りていく途中、いきなり腐臭が鼻を突いた。 「うっ!!」 思わず声を上げるレーン。それに対してロベルトは、 「死者の香りさ。人間の死体がどこかにあるんだよ。……あっ、ヴァンパイアの死体かもね」 余裕の笑みを漏らすロベルトを、レーンは少し恐ろしく感じた。 もしやここで笑っているロベルトは幻で、実はこの恐ろしい城にいるのは自分だけなのかも知れない。 あるいはロベルトの正体が吸血鬼で、彼に喰われてしまうのではないか。 そんな空想も浮かんだが、どうにか消し去ることが出来た。 地下は石造りで、迷路のような構造をしていた。 細い回廊がいくつにも枝分かれし、いくつもの小部屋が配置されている。 どうやらこの迷路は曲線を一切使わず、直線によって造られているようだ。曲がり角はすべて直角であった。 この迷路中に腐臭が漂っており、ところどころに、死体らしきものが落ちていた。それは人に似て、人ならぬ吸血鬼の死体であった。恐らく血を吸われた人間が、吸血鬼と化した後、何らかの術によって永久の命を奪われてしまったのだろう。 「広い迷路だな」 「きっとヴァンパイアはこの迷路の構造を熟知していて、迷って疲れた僕達に奇襲を掛けて来るつもりだよ」 「やなこと言うなよ」 「じゃあ何て言えば良いんだい? 無視しちゃ可哀相だから思ったことを言っただけさ」 「全く……」 レーンは溜息を吐いた。ロベルトは無策にこの迷路を進んでいるようだが、本当に大丈夫なのだろうか。 それよりも、なぜこの男と友人になってしまったのだろうか。今になって少し後悔している。 ロベルトは手探りで見つけた扉を開く。二人して部屋の中に入った。 すると突然、激しい臭いが襲って来た。 小部屋の奥には、吸血鬼の骸が横たわっていた。その死臭が部屋にこもっていたのだろう。 さらに恐ろしいことに、その死体には首がなかった。 レーンは吐気を堪えた。 ロベルトはにやにや笑ったまま、 「口減らしってやつかな。血を吸われた人間がヴァンパイアになると、そのヴァンパイアも血を必要とすることになる。そうやってヴァンパイアが増えていくと厄介だから、人間から変化したヴァンパイアをどうにかして殺す。結構ひどいことするね」 レーンは沈黙したままだった。 「それにしても。近くの村も襲わないおとなしいヴァンパイアだと思ったけど、意外に犠牲者はいるもんだね。僕らが見た死体だけでも二十人以上はいた。人一人の血でヴァンパイアがどれだけ生きるかってことは知らないけど、食うには困ってないんだろうね」 思えばレーンは幼い頃に、あの城へ向かう人間をたくさん見ている。 その誰もが生きて帰って来なかったが、領主(ロード)が城へ軍を遣したという話は一度も聞かない。 この城に棲むヴァンパイアは、ある意味では恵まれているのかも知れない。 「そろそろ、ここ出ようか」 二人は再び迷路探険に戻った。 3 その小部屋には棺が置かれていた。この空間は蝋燭の明かりによって照らされている。壁に蜀台が掛けられていたのだ。恐らく長い時間、同じ状態が続いているだろうに蝋燭が燃え尽きぬのは、吸血鬼が魔力を用い、そのようにしたためであろう。 その漆黒の棺から、禍々しい力が発せられている。 「どうやら、ここがボスの部屋らしいね」 ロベルトは、入り口の扉付近で棒立ちになっているレーンをよそに、棺へと近付いていった。 あれから数十分後、二人はこの場所を発見した。あまりにも巨大な迷路――恐らく、城の敷地面積より遥かに――であったため、ここへ辿り着けたのは本当に偶然であったのかも知れない。 「開けるよ」 レーンは無言だったが、勝手に肯定と解釈したのか、ロベルトは棺の蓋をそっと持ち上げた。 十字架が刻まれた蓋を棺の横に置き、中を覗き込む。レーンに震えが走った。 「…………」 ロベルトは棺の中を見詰めたまま、硬直したように動かない。 「ど、どうした?」 自由にならない唇で、レーンが言葉を紡ぐと、ロベルトはいったんレーンに向き直り、 「……眠っているよ」 レーンが安堵を取り戻した瞬間、闇から腕が生えた。 危機感を感じたロベルトはすぐさま後ろへと飛び退く。 「ううううう……」 声が響いた。棺の中から。 「この私の眠りを妨げるは貴様らか」 その声は冷たくも感じられた。背筋を凍りつかすほどに。 棺の中から起き上がって来たのは、一体の吸血鬼であった。その蒼白な顔と、高貴な衣装でそれと分かる。衣装の方は元の質は良いものの、相当古びていたが……。 「僕らはとある巨大組織に属するものだ」 ロベルトは高々とそう発言した。吸血鬼相手に臆した様子がない。 巨大組織に属するというのは確かに真実だ。彼らは神学校に所属している。無論、ロベルトの言葉は、そのことを正直に言ったわけではなく、自分の背後には強大な力がついているとハッタリをかましたわけなのだが。 「貴様らの目的は何だ? 私の持つ秘宝か? ……それともこの私の命か?」 「お前の命なんてどうでも良い。僕が欲しいのは「神の書」だ」 すると吸血鬼はしばし黙り込む。 そして、 「……「神の書」? 知らんな」 ロベルトとレーンは絶句した。 「どうした? 偽の情報でも掴まされたか」 吸血鬼はそんな彼を嘲笑うかのように言う。 ロベルトはやや憤慨した様子で、 「お前は大量殺人をおこなった。神の名の元に、僕はお前を処断する」 「大量殺人?」 「とぼけるな。この城にヴァンパイアの死体がたくさんあった。あれは全部、元は人間だ。お前はこの城に侵入した人間を一人残らず虐殺しただろう」 「……ああ、あれは妹だ」 二人は、またしても絶句させられてしまった。 「……い、妹?」 発したのはレーンであった。それに対し、吸血鬼は、 「侵入者どもを血祭に上げたのは妹がやったことだ。断じて私はやっていない」 「それを証明出来るか?」 続いてロベルトが言った。 「私は方向音痴なのだ。ここに眠るための棺を運んだ時、迷って出られなくなってしまったのだ」 それのため、同じ城に棲んでいる方向感覚に優れた妹によって養われているのだと彼は続けた。血を注いだ器を妹に運んでもらっているという。 話を聞き終えた時、レーンは微かな笑いを浮かべた。無論、その吸血鬼を間抜けと思っったからである。憐憫の情も、雫一つほどは持っていたが。 「全部造り話だという可能性もあるぞ。それに、それが事実だとしても、お前を生かしておく法律なんてどこにもない。お前も犠牲者の血を吸っていることには変わりないんだからな」 今度のロベルトは、レーンとは違って、全く心情に変化はないようだ。 吸血鬼に向けて手を伸ばす。 「最後にお前の名前を聞いておこうか」 「……シュタインドルフ」 言った瞬間、 「塵化滅(アッシャー・デイスト)!」 吸血鬼シュタインドルフの立ち位置――棺のある場所――に、黒い噴煙が上がった。 恐るべき吸血鬼さえも一撃で塵へと分解させる黒魔術が放たれたのだ。 「ちっ」 だが、その魔術の直撃を受けたにかかわらず、シュタインドルフは平然と立っていた。 「いかに強大な術といえ、所詮放つのは人の術者。我ら闇の血を引く者の力の前では、無力に等しいわ!」 そういってシュタインドルフは、両手を突き出す。レーンは激しい戦慄に硬直させられた。 「ゆくぞ! 我が秘奥義……」 シュタインドルフが吠えた。眩き光が世界を包む。 「炎の矢(フレア・アロー)!」 そしてそれは撃ち放たれた。 もうだめだ。レーンは思い切り目を瞑った。 恐るべき波動が襲い掛かる。凄まじいほどの殺戮の意志。強大なる魔力の奔流が、自分達を焼き尽くすであろう。 「…………」 しかし、死の瞬間は一向にやって来なかった。 「……何だ? これは」 ロベルトの間の抜けた声に反応し、レーンは眼をそっと開いて見た。 するとそこには、身体を捻りつつ超低速で前進してゆく、一本の人参の姿があった。否、それは魔力によって造られた炎の矢なのである。 「……浄結水(アクア・クリエイト)」 呆然とした空気の中、レーンの唱えた術が、シュタインドルフの炎の矢を消し去る。 「……ふう」 「ふうじゃないだろ」 しかし、ロベルトに小突かれたことによって、レーンはそのことに気付いた。 他人から見ればこれほど間抜けなことはない。炎の矢に対し、過剰なまでに注目していたため、全く気が付かなかったのだ。シュタインドルフが目の前から消え去っていることに。 「……馬鹿だ。俺」 小部屋の奥には秘密の通路が隠されていた。それは地上までの登り階段に通じていた。シュタインドルフは、恐らくそこから逃げ出したのであろう。 レーン達も同じ場所から脱出し、近くの木に繋いでおいた馬に乗って、神学校の寮へと帰還した。 4 レーン達二人が寮を抜け出したことはすぐに発覚した。二人は厳罰に処された。 一時は退学の危機もあったが、レーンは次席で、ロベルトはどうにか、神学校を卒業することが出来た。 それは、あの古びた城に吸血鬼が棲んでいることを伝え、さらに吸血鬼の拠点へ続く抜け道を発見したことで、国家の治安維持に貢献したためである。あの吸血鬼シュタインドルフが戻って来ることはなかったし、その妹らしき吸血鬼が領主の派遣した討伐隊により退治されたのだ。 とはいえロベルトの方の卒業してからの進路は、かなり限定されていた。 ロベルトはほぼ強制的に聖職者の道を歩まされ、彼は宣教師見習いとなり、ベテランの宣教師とともに、未開の地や他国へと旅する毎日が続いた。レーンはそんな彼と同じ道を歩むことにした。 ところで、ロベルトにあの城の情報を教えたのは、吸血鬼崇拝者の一団であることが判明した。その事実を知らずにいたロベルトは、知った途端、その一団に殴り込みを掛け、全員を瀕死状態にまで追い込んだ。 その話を聞かされたレーンは、「むしろ感謝すべきだろうが」と語ったという。 <@><@><@><@><@><@><@><@><@><@> (神、宗教、吸血鬼、建築物に関する説明などについては、不正確な部分があるかも知れません。何せ全部適当ですから) シュタインドルフ(すぺしゃる二巻登場)しか(原作キャラが)出ない物語、いかがでしたでしょうか。 この物語は三章構成になるつもりです。 枚数的には原稿用紙百枚以下で収まって欲しいものです。 まあ、いざとなったらこれで完結していたということに(コラ) それでは、これで失礼致します。 |
15462 | 我が神の御名:二章 | オロシ・ハイドラント URL | 2003/10/29 19:57:17 |
記事番号15252へのコメント 前回、後半部分に欠落が多数見られたことを申し訳なく思います。 一応、この章の説明で補うことは出来ているかと思いますが、それでもやはり…… このようなことが二度とないよう以後気をつけるよう心掛けます(でもどれだけ見直しても気付かないこともあるんですけど)。 またこれ以後におかしな点が見られた場合、報告して頂けると非常に助かります。 <@><@><@><@><@><@><@><@><@><@> 偉大なる我が神よ 唯一なる我が神よ 汝の姿を我は見ず 我は見ずに死してゆくのか 二章:神の愛 0 身体が熱い。 灼熱の火焔の中にいるかのようだ。 他の感覚はすでに喪失し、ただ苦痛だけがある。 燃える。 燃え尽きる。 燃え尽きて灰と化し、存在することを終えてしまう。 恐ろしい。この身が滅びれば、一体どうなるのだろうか。自我はどこへ消えるのだろうか。 もうすぐだ。その瞬間は近い。 激しい光の元では、後どれだけ生きていられようか。 それでも、生きる希望だけは捨てなかった。 神に祈る。 その神に名前はない。 他の誰の知る神でもない。私だけが持つ唯一の神。 その神に名前はない。 姿形も存在しない。ただ私の心に宿る唯一の神。 神に祈った。 救いを求めた。 だが、そもそも神は救い主であるのだろうか。 唯一絶対の神が、たった一つ小さき存在の命になど目を向けるものだろうか。 それは違うだろう。神は平等だ。自分一人に、慈悲によって救いの手を差し伸べるとは思えぬ。ましてや浅ましく醜い私になど。 救われるとすれば、定めによってのことであろう。もし死す定めにありながら――定めを知ることなど不可能だが――救われたとすれば、神にとって自分が救うに値する存在に思えた場合ほどであろう。そしてそのような場合は私にはありえまい。 やはりここで滅ぶのか。 深い沼に沈んでゆくかのような絶望感だ。だが、そこにもまた不思議な安堵を感じる。 ああ、美しきかな。 天より注ぐ聖なる光。それは業火の如き陽射しよりは月光に近く、優しく私を包んでくれる。 ああ、神は我の命を救わなかったが、滅びを祝福してくれたようだ。 ああ、この慈悲に感謝を。 ああ、我が神よ。ああ、素晴らし 1 生きている。 そのことに気付いたのは、すでに私のすべてが崩壊し、肉体は大地へ、魂は上天へ還ったと信じきっていた時であった。 だが考えてみれば、私が本当に滅び去っていたとしたら、私が滅びたということを感じることは出来ぬはずだ。 となれば、私が滅びていないことを、私の肉体はずっと知っていたのだ。 私が生きていると分かった途端、一つの疑問が浮かんで来た。 ここはどこなのだろうか。極めて単純かつ純粋なる疑問である。そして私のように小さな存在しか抱かぬ疑問でもある。 神ならばここがどこであろうと同じだ。偉大なる神はすべての時間及び空間と同等か、それ以上の存在であるはずなのだから。 だが私は神ではないのだから、このような疑問を抱いて当然である。 ここはどこなのだろうか。 暖かいような気がする。涼しくも感じられる。 途轍もなく暑く、凍えそうなほど寒い。 身体に異常を来たしているのではないだろうか。病魔にでも憑依されたか。 ありうることだ。私は暑い陽射しをこの身に受け続けた。悪魔の視線を浴び続けたのだ。 記憶を掘り起こす。動きの鈍い思考を酷使して。 確か、私は森にいた。真昼の日光を少しでも避けるためだろう。あの死の光を。 その森がどこであるのか私は知らない。 広く深い森であったように思える。 そうだ。その森の中で倒れたに違いない。 思い出した。暗い森に逃げたにも関わらず、光は蛇の如き執念深さで私を追い掛けて来たのだ。天蓋から漏れる陽射しが、私の皮膚を焼いたのだ。 私は今も森の中にいるに違いない。そうだ。私は森にいるのだ。 さて、その森に至る理由は何であったか。次はそれを考えてみた。 その森へ至る前は、必死で何かから逃げていたように思える。 走っていたのだろうか。それとも空を飛んでいたのだろうか。 いや、それはどちらでも良い。 私は何かから逃げるため、必死で夜闇の中を進んだのだ。 そうだ。夜だ。あれは夜のことだ。 暗い夜だった。だが、月が照っていたはずだ。 美しい月だった。世界を見下ろす麗しき乙女。しかし彼女も神ではなく、神の創りしものの一つ。 そうだ。私は何かに追われ、逃げる最中に月に見惚れ、月へと向かって風の翼で羽ばたたいのだ。 そして月には届かず、遠くの地に着いた。 何という愚かなことか。神に愛されることのない私が、理想の女性の元へゆけると考えていたのか。全く私は身の程知らずだ。 さらにその前のことも思い出してみよう。誰に追われていたかだ。 簡単だ。あの日、二人の少年が私の元を尋ねた。私の目を覚ましたのだ。 あの少年達が私を滅ぼそうとしたのだ。 そうだ。その時、私は私の持つ最強の攻撃魔術を駆使し、二人の少年を驚かせた隙に、素早く背後へ跳躍し、秘密の通路の扉を開いたのだ。 僅か一瞬。逃げの早さには自信がある。……情けない話だが。 その後、少年達は追い掛けて来なかった。興味を失ったのか、あるいは諦めたのか。そんなことはどうでも良い。 整理してみると、私はまず少年達に起こされ、滅ぼされかけた。その状況からうまく逃げることが出来たが、月を目指して飛んでいる内に見知らぬ地に至ったのだ。 私は日光を避けるために、森の中へ入ったのだ。 しかし、森の中にも日光は届いたため、私の身は激しく苛まれ、その苦しみの果てに私は気を失った。 ところで、私の名前は何だ。シュタインドルフだ。それは忘れるはずがない。 私は妹と暮らしていた。あの暗い城の地下で。 そういえば妹はどうしたのであろうか。無事だろうか。 いや、もしやあの二人の手に掛かっている可能性もある。妹が簡単にやられるとは思えないが、それでも兄としては心配だし、私には重い責任がある。 そういえばだ。あの二人は巨大組織に属する者だと言った。そうだとすれば組織的武力を用いて、全力で妹の存在を否定しに来る可能性がある。もしそうなれば、本当に妹の身が危険だ。 しかし、私は帰ることが出来るだろうか。 動ける身体とは思えぬし、たとえ動けたとしても、ここからあの城への帰り道は知らぬ。 ああ、妹を滅ぼさせたくはない。だが、今はどうすることも出来ぬ。 ああ、どうすれば良いのか。 ああ、どうすれば良いのだろうか。 神よ。ああ、どうか神よ。 私の身などどうでも良い。 この罪深く、醜く、浅ましき我が身などどうでも良い。 妹の身だけは滅ぼさせぬよう。妹の身だけは…… それが叶わぬのならば、妹の滅びの責のすべてをこの私に…… ああ、滅びれば良かった。 精一杯苦しんで、苦しみの果てに滅びれば良かった。 ああ、神よ。 妹をお救いください。あるいは私を罰してください。 ああ、神よ。あなたがもしそのような存在でもあるのならば…… ああ我が 2 完全なる祈りとは存在するのだろうか。 もしや神に向けて発する言葉が完全ならば、神は答えてくれるのではないだろうか。 だが、不可能だ。私は神を知らない。真なる神を私は知らないのだ。 私は私自身の神を崇めている。私にとっては唯一の神を。 だがその神は私の創り出した異なる神ではない。その唯一の神は、真なる神と同体である。 つまり私の神は、私の知らぬ真なる神でもある。 だが私の神と真なる神は、恐らくイクォールではない。私の神は私の想像が混じっていて、そのために私の神と呼ばれるため。 私の神は真なる神であるとは限らぬため、私にとっては不完全だ。ゆえに私は私の神を疑う。私の神の、私の想像により創られた部分を。 私が本当に信じるのは真なる神である。その神は唯一絶対で完全でなければならない。 ああ、頭が混乱している。私は何を言っているのであろうか。 私は神を信じている。私は神を崇めている。 しかし、神は私を愛してはいまい。この真なる神ではなく、私の神である。 神が私を愛していないのは、神がすべてに対して平等なゆえである。違う。神が すべてに対して平等だと私が勝手に、思っているがゆえである。つまり、私の神がすべてに対して平等なゆえということだ。 私の考えでは、すべてに対しての平等とは、すべてのものに同じだけの幸を授けるということではない。 ある一つの存在と、全体的に見て等価なものが、内容は異なれど、全く同じ量の幸を得るということである。ちなみにこの幸とは、客観的なものではなく主観的なものである。 存在物、存在者の価値は正確には分からぬが、清きものほど価値があり、他者を殺さず、他者を喰らわず、他者をより多く救うものほど清きものだと私は思う。殺す相手、喰らう相手、救う相手はどのような存在であっても一つと数えるのだとも思う。 何も殺さず、何も喰らわぬ砂粒は常に幸福な夢を見続けていると私は思う。だが何も救わぬ――恐らく何も救うまい――ため、その夢から覚めることは出来ぬ。 さて私はというと、堕落した卑しき吸血鬼である。 闇を纏い、他者の苦痛と悲鳴を喰らい、命の水たる血を糧とする昏き存在。恐怖の根源。 人間ほどものを喰わぬが、誰も救うことはない。 それに我が妹は、同族を殺すのだ。 妹。そういえば妹は無事なのだろうか。 妹はけして善き存在ではない。私と同じ吸血鬼で、私より遥かに罪深く見える。 だが違うのだ。妹が罪深き存在であるのは、すべて私の責任である。 私がすべて悪いのだ。妹の犯した罪は、すべて私が背負うべきだ。 聖者気取りではない。私が聖者ではないことなど充分に理解している。 ああ神よ。あなたは分かっているはずです。妹は何も悪くはない。そうでしょう。すべて私が悪いのです。 私は私の神に向けて言った。 その神に名はない。 目が覚めた。 私は目を開くことが出来た。 長い夢を見ていたようだ。 夢の中で私は、私の神について語っていた。 誰に向けてかなのかは分からぬ。だが誰かにそれを理解して欲しいと願って語ったわけではないはずだ。私の神は私の所有物ではないが、私だけの神なのだから。 闇が見えた。安堵感を誘う闇だ。 ここはどこなのだろうか。少なくとも森ではない。 私の名前は何だ。シュタインドルフだ。 記憶は正常だ。むしろ明瞭としている。人生を初めから振り返ることさえ出来そうなほどだ。 だが、過去よりも、現在や未来を考えるべきであろう。未来への伏線は過去にあるが、神でない身で、そのすべてを見つけることは出来ない。私は私の人生という名の小説の著者でも読者でもなく、登場人物なのである。ページを逆にめくることも、書かれている内容を書き換えることも出来ないのだ。 どうやら私は無駄な語りが多くなる性質の登場人物らしい。これは私のせいなのだろうか。それとも著者のせいなのだろうか。 しばらくして、激痛を感じ始めた。日光がこれほどの傷を私に与えたのだろうか。 ああ、この呪われた身体が憎い。 動くことは出来ないようだ。私は激痛という名の枷に縛られている。 ああ、なぜこのような身体になってしまったのだろうか。 ああ、あの時に少しでも理性というものがあったならば。さすれば、このような 罪深い身体には……。 ん? あれは何だ。 何かが近付いて来る。 光。微かな輝きだ。 焔の輝きだろうか。少なくとも陽の光ではない。 誰だ!? 私はそう言ったのかも知れぬ。言葉にならなかったようにも思える。 光が私の元へ進んで来る。足取りは速くはないが、それでも確実に。 ああ、神々しき光だ。神聖なる気が伝わって来る。 もしや、あれは死の使いではないだろうか。私の魂を、肉体より解放する者。すべてを終わらす者。神の使いであり、神の一部であり、神である。私にとっては。 私は恐怖した。あるいは狂喜した。そのどちらでもあった。 だが違うのだ。近付いて来るのはそのようなものではない。 これは現だ。夢ではない。神の使いが現世に降りぬという保障はないが、この卑しき私の前になど降りるだろうか。 だが神の使いでないのなら、この神々しさは何であろうか。 やはりあれは神の使いなのだ。死の使いなのだ。 やはり私の最期の時が近付いているのだろう。 いや違う。やはり違う。そうではない。私は生きている。まだ死にはせぬ。 私が思考を巡らす内にも、運命の瞬間は刻一刻と迫って来る。 光は私の間近まで来た。私はその光を、直視することは出来なかった。 ああ、神よ。あなたなのですか? 私は心で問い掛けた。激痛が今も響く。 「気が付いた?」 その時になって初めて、私は起き上がることが出来た。立ち上がることは、痛みのため出来なかったにせよ。 「良かった。気付いたんだね」 ああ、あなたは神ではなかった。 しかし、あなたはなぜそれほどまでに…… それほどまでに神々しいのでしょ <@><@><@><@><@><@><@><@><@><@> 文字の途切れがある部分がありますが、算用数字章の最後の行にあるものはわざとですので。 |
15463 | 我が神の御名:三章 | オロシ・ハイドラント URL | 2003/10/29 20:01:22 |
記事番号15252へのコメント 偉大なる我が神よ 朽ちてゆくこの心 救う意志あるならば いざ我が前にその御姿を 三章:神の名 1 彼は少年だった。まだ十五にも満たぬのではないかと思えるほどに、彼は幼い。 だが、その幼さこそが神聖さに繋がっているのではないかと私は思う。 純粋無垢。彼からはそのようなものを感じた。私とは大違いだ。 彼は罪というものとは、全く無縁の存在なのではないだろうか。 彼は潔白だ。汚れを知らぬ。 私よりも遥かに清き者である。遥かに価値のあるものである。遥かに多くの神の愛を受けているものである。そうに違いない。 彼は美しかった。それも神の愛によるものだろうか。 銀色の髪は清泉の如く私の心に潤いを与え、白い肌は月の如く光を放つ。蒼い眼差しは海のように優しく、あるいは氷のような孤高さを見せる。真紅の唇は芳醇な果実だ。 すべての美点が調和し、一つの絶大なる美を表現している。その表現される内容こそが、恐らく彼の本質なのだ。 本当に神の使いではないのだろうか。そうとまで私は思った。 いや、本当にそうなのかも知れない。現世に生ける者とは到底思えなかった。 彼の容貌だけではない。彼のすべてが、彼が通常の人間より遥かに清く、気高く、崇高で、神聖であることを示していた。すべて私の幻想なのかも知れぬが。 ところで、どうやら私は洞窟の中にいるらしい。森の中にある洞窟のようだ。 この洞窟の壁には、一つの紋様が刻まれていた。暗闇に目が慣れて来た――吸血鬼は暗闇に強い――私がすぐに気付いたほどに、それは大きな紋様であった。 斜めに走った二つのS字曲線が交わっている。その中心の接点の辺りは、円で囲まれていた。 これは彼が書いたものであるらしい。私がそれに目をやると、「これは神様の記号なんだよ」と彼は言った。 「お兄さん、吸血鬼なんだよね」 私はゆっくりと頷いた。 「陽の当たる場所で倒れていたんだよ。……全身ボロボロでね」 どうやら彼がここの洞窟へ運んで来てくれたらしい。私は心の中で感謝したが、言葉が全く出なかった。 この沈黙は傷のせいではない。そのことを少なからずあるが、真の理由は彼が私なんぞより遥かに高等な存在に思えたからだ。 それにしても彼は吸血鬼を、この薄汚い私の姿を、恐れなかったのだろうか。忌み嫌わなかったのだろうか。 それよりも気になったのは、神の記号のことである。私の傷が良く治るように彼が刻んだのらしいが、あの紋様は一体何なのだろうか。あれは彼の神なのだろうか。 あるいは彼の一族――当然、彼一人がこの森に暮らしているわけはないだろう――が奉じる神なのかも知れない。 少年の名はドナティアンというらしかった。彼は一度去ったが、どれだけかの時間の後に再訪して来た。どうやら丸一日後であったらしい。 彼は食料を持って来た。私が飢えることを心配したのだろう。 主なものは動物の肉や野菜であった。このようなものも食べられるかとの少年の質問に、私は肯定を示した。我々吸血鬼のエネルギー補給源は、やはり人の生き血が最適なのだが、このようなものも口に出来ぬわけではない。 次の日も、その次の日も彼はやって来た。 最初はほとんど言葉を交えず、私の方は最低限のことしか口にしないというあり様だったが、傷が癒え、私が彼に慣れて来ると、多少の会話はおこなうようになった。 始めに私は質問をした。なぜ私を助けてくれたのかと。 すると彼は答えた。 「放っておけなかったからだよ」 続けて訊いた。吸血鬼を恐れなかったのかと。 彼は即答した。 「吸血鬼だって僕達と同じようにこの世界に存在しているじゃない。だったら仲間だよ」 少し嬉しかった。 それでもさらに問いを続ける。吸血鬼は人の血を啜る恐ろしい化け物だ。救い難い呪われた存在で、忌み嫌われるべき者だというのに、なぜ仲間だと言えるのかと。 「僕達だって、動物の肉を食べるんだよ。一緒じゃない」 だが、危険ではないのか。 「あなたに生き血を吸われるなら、それも運命だよ。恐くはないさ。それに……」 彼の表情が曇ったような気がした。 「いや何でもないよ」 一瞬後には、笑顔に変わっていたが。 その次の日には、神について訊いてみた。あの紋様のことも。 彼はある意味で、私と同種の存在なのかも知れない。神に愛されぬ者という意味ではなく、神を求める者という意味で。 まず話してくれたのは、あの紋様のことであった。 あれは神を表わす表意文字であるという。 交わった二つのS字曲線のそれぞれは、時間と空間、あるいは善と悪、無と有、秩序と混沌、この世で争う神と魔を意味するらしい。 中央の接点辺りを囲う円内部は神が住まう地で、接点こそが神であるという。 「でも、本当の神様はこの世のすべてでもあるんだよ」 つまりこの世のすべてが神の一部であり、神はこの世のすべてであると同時に、それ以上の存在でもあるらしい。つまり神は、この世の時間と空間のすべてを有した上に、それ以外の領域さえ所持しているというのだ。それ以外の領域というのが、二つのS字曲線の接点らしい。 「この世のすべての出来ごとは、あらかじめ定められている。僕達は少しずつ世界の中心へ向かっているんだ。神様に導かれるままにね。でも、神様のいる中心には辿り着けない。そこまでの距離は無限にあるんだよ。時間と空間の限界の果てのさらに向こうにあるんだ」 正直、あまり意味が理解出来なかった。だが一度で理解出来るとは元々思っていない。 だが、いつか必ず理解してみせよう。 「あっ、変なこと言っちゃってごめんね」 私はそんなことはないと答えた。とても興味深い話だったとそう言った。彼は少し喜んだようだ。 「じゃあ、今日はこれで帰るね」 少年は去った。私はその後、しばし考えてみた。 彼が言った通り、すべての存在が神の一部であるのならば、私に罪というものはあるのだろうか。 この世のすべてが定められているのならば、私は神から見ての過ちというものを犯したことがあるのだろうか。 もしや彼の言っていることは、すべてのおこないの正当化に過ぎぬのではないだろうか。 また彼の言う神は、果たして我々に救いを与えてくれるのだろうか。 次の日にも彼はやって来た。どうやら彼が来るのは、夜が訪れた後であるらしい。 今宵の彼は、食料というものを持って来てはいなかった。その代わりとして、鋭い短剣と銀の器を手にしていた。 一体何をする気でそのようなものを? 「ねえ、シュタインドルフさん」 彼の笑顔を恐ろしいと感じたのは、私の気のせいであったのかも知れない。 「血が欲しくない?」 いつもと同じようにも、全く別の生き物にも見えた。 私と彼は見詰め合った。 一瞬後であったのかも知れぬが、永遠の如く長き時を経た後であったとも思える。 気付けば私は首を縦に振り、少年は自らの腕を短剣で斬り付けていた。 その光景に気付いた時、激しく驚いたが声は出なかった。 暗闇の中、滴り落ちる真紅の液は、地面に置かれた銀の器に注がれてゆく。 「どうぞ」 少年は短剣を捨てて器を拾うと、痛みを堪えつつ、器を私に差し出した。 懐かしい匂いがした。気付くと私は、その器を手に取っていた。 紅い海に口付けをする。恍惚感に支配された。 私は彼の血を飲んでいた。神の使いとも見紛うほどの、美しき少年の血を。 彼はそれを見詰めていた。嬉しそうにも、悲しそうにも、そのどちらとも取れる表情に思えた。私の視覚がおかしいのかも知れないが。 少年は無言で去っていった。 次の日、少年は現われなかった。 その次の日に現われた時は 2 次の彼が訪れた時の話より先に、私の過去について語っておきたい。 シュタインドルフという名の私は、元はと言えば人間であった。 神殿からの援助を受けつつ神についての研究をしていた神学者の父と、有力な司教の娘であった母との間に私という存在が誕生した。 両親や祖父、祖母の影響を受けている内に、私は父以上、母以上に神というものに憧れていたのだったと記憶している。 また私には妹がいたのだが、その妹は神というものに対し、あまり興味を示さなかった。 自由に生きる妹に対し、この私は勉学に励んでいた。有名神学校に入学するために。 だが、頭の出来が良くないわけか、どれだけ勉強しても成果はあまり出なかった。 私は神学校の入学試験に三度落ちた。努力は全く報われなかった。 私は死に場所を求めていたらしい。自然とその足は、深い森の中へ向かっていた。 その時はまだリアルな死を感じてはいなかった。自分が死を望んでいることさえ覚ってはいなかったのだ。 森は深かった。絶望的なほどに深かったのだろうが、そこに死という単語を見ることはなかった。 私は歩いて、歩いて、そして倒れた。最後まで家族のことなど考えなかった。 私の意識はそこで闇に落ちた。死を感じはしなかったが、これで死ぬのだと確信した。 その時に声が聞こえた。無明と化した意識の中に、一つの声が入り込んで来たのだ。 少しずつ、少しずつ、私は覚醒への道を歩んでいった。それは魂が天へ還るまでに辿る道にも似ていたと記憶している。 声は断続的に響いた。それはすべて上天から降って来たものである。 やがて私は、その声の内容を読み取り、大まかながらに理解することが出来るようになった。 理解は深まった。私自身が天に近付いてゆくごとに。 結局のところ、声は次ような言葉を述べていたのだ。 「貴公は死を求める者か。そうであるなら貴殿は何に絶望しているのだ。私が貴公を救うことも可能だ。ここでとどめを差してやることも出来る。さあ目覚めよ。目覚め、私の問いに答えるが良い」と。 それは紛れもなく、神でない悪魔の声であった。そうとしか思えなかったし、事実今でもそう思っている。 私はやがて目覚めた。そしてこう述べた。 「分からん。ただ苦しいのだ。すべてが苦痛で重荷なのだ」 私の声は不思議なことに明瞭としていた。見知らぬ者に対し、これだけはっきりとした言葉を述べることが出来たのは、真に生まれて初めてである。 「そうか。ならば救いを与えようではないか。貴公は一度死にそして生まれ変わるのだ」 悪魔の声は魅力的であった。私は自然と頷いていた。 そして初めて私は悪魔の姿を見た。それはまさに悪魔とも言える存在であった。 言われずとも分かっていることと思うが、今の私と同じ吸血鬼である。私の住んでいた地方で崇められる神は、正式にはこれを悪とは見なしていなかったが、事実上悪魔の一種として考えられていた。神から見て善であるか悪であるかは別として――それでも悪の側に傾いた罪深い存在と私は見ている――人の側から見れば、間違いようのない悪である。 私はその吸血鬼に身を委ねた。すでに末路は承知していた。 吸血鬼の牙が侵入して来る。痛いが、ただ苦痛だけではなかった。 甘美な奔流が何度も訪れた。何度か飲んだことのある酒というものにも似ていたし、それ以上にも思えた。 天国にも、地獄にも、あるいは煉獄にも思えた時間は、あまりにも長く続き、私はやがて闇に飲まれた。 それからのことは詳しく語ることが出来ないが、これは確かなことである。私は一度死んで生まれ変わった。 私は吸血鬼と化したのだ。身体に力が漲っていた。魔力という不思議な力を感じることも出来た。 有名神学校を目指すほどに勉学に励んだ私の知識はまだ残っていたため、吸血鬼がいかなるものであるかは大体把握していた。 日光に極めて弱いことを知っていたため、陽の当たる場所を避け、活動は主に夜間におこなうよう努めた。 あの吸血鬼には二度と出会うことはなかった。もしや何者かに退治されたかも知れない。 吸血鬼としての生活は、当初辛いものに思えたのだが、次第に慣れて来た。 私は根城を確保した。村外れに聳えるあの古城である。 その迷路状になった地下部分の入り口付近を寝床とした。 これは意外に思ったのだが、吸血鬼は人の血を吸わずとも生きられるということだ。 当然、全く吸わずには生きてゆけぬが、他の食料で血を啜りたいという欲求を抑えることも可能なのだ。 私は吸血鬼を忌むもの達の恐ろしさを知っていたため、目立つ行動はせぬようにしたのだ。つまり街や村の人間を出来る限り襲わぬように。この城に入り込む者は必ず捕らえて、血を頂いたが。 さて、私の犯した二つの大罪をここに述べよう。 第一の大罪は、まさに生涯最大の罪とも思えるほどのものである。私は妹の血を吸ったのだ。つまり私は妹に吸血鬼として生きてゆく道を強制的に与えたのだ。許し難い罪とは思えぬか。 もう一つは同族殺しを妹にさせたことである。これも相当な大罪と言えよう。私は血を吸われることによって吸血鬼と化したものを妹の手によって滅ぼさせた。そう私の手を汚すことなどなく。理由は保身と食料の問題からである。前者は吸血鬼が増えすぎることによって、世間の目から隠れ続けられる可能性が減少するという意味で、後者は城への侵入者の生き血を妹と二人で独占したいということである。 ああ、城へ来た少年達に大量虐殺の罪を妹に被せてしまったが、本当に悪いのは私なのだ。 ああ、神よ。この世の闇である私を罰したまえ。 さて、地下迷宮で迷ったことなどは省くとして、私は一つの疑問を持っている。 その疑問とは、なぜ私が未だ神という存在にこだわり続けているのかということだ。 これに限っては、私自身にも全く分からない。一度、私は神を捨てたつもりだというのに。 そろそろ過去に対する話は止めにしよう。 その日が何月の何日であったかは知らぬが、その日にドナティアンは再び現われたのだ。 時刻は夜である。松明を手にして彼はやって来た。片腕に包帯を巻いていた。私に血を飲ませた時についた傷を覆っているのだ。 そして私の姿を捉えるなり、彼はこう口にした。 「逃げて」と。 その一言から感じられたのは、危機感と現状の崩壊であった。 「明日、村の人達が森を調べることになったんだ。僕が夜中に森にいってることを怪しんでいるんだよ」 私は沈黙し話を聞いた。彼は焦っているように見えた。 「具体的なことはまだ誰も分かってないんだけど、もし彼らがあなたを見つけてしまったら、彼らはあなたを殺そうとするに違いないんだよ」 「ちょっと待て」 私は一つの疑問を口にした。 「この前、神はこの世のすべてでもあると言った。同じ神の一部であるというのに、争い合うというのか。彼らはそのような神を信じているのだろう」 「違うよ。彼らと僕とは信じる神様が違うんだ。僕は村の人達から見れば異教徒なんだよ」 そう言って、彼は自らのことを語り始めた。 内容は以下のようなものであった。 彼の住む村の人々は、元々は彼と同じ神を信じていたのだが、何十年も前に異なる神を信仰する者達によって改宗させられてしまっていた。ただ改宗しなかった者もいた。彼の家系の者である。 彼の祖父シャリオは異なる神を信仰する宣教師達を邪教徒、あるいは悪魔と呼んだ。 だが実際、宣教師や村人の側から見れば、邪教徒も悪魔もシャリオの方である。彼は維持を張り続けた結果、無惨に処刑されることとなった。 シャリオの息子であるロシニョールと、その妻アタルガディスは、改宗することを決意したが、聖典及び旧教(元々村に伝わっていた信仰はこのように呼ばれた)に関するものすべてを破棄するように言われた時、聖典の一冊を村周辺の森の中にある洞窟に隠した。 それから五年が経ち、若い夫妻にはついに念願の子が生まれた。男児であった。 夫妻はこの子には新教(外来の信仰は一部間でこのように呼ばれた)の道を歩ませようと考えていた。まだ監視の目が強いのもあったが、新教がそれほど悪いものでないことが分かって来ていたからだという理由も大きい。 さらに五年後、また男児が誕生した。この子こそが彼ドナティアンなのである。 ドナティアンは兄と同じように物心ついた頃から学問を施されたが、彼だけは深い森に潜り、その森の中の洞窟へいって、旧教の聖典を取り出して来て、森の中で読むということもしばしばあった。森で遊んでいるんだという言い訳が効果を見せ、誰もそのことに気付かなかったのだが、弟が森の中で書物を読んでいるとは夢にも思わなかった兄は彼を良い目では見ていなかっただろう。 その兄も十六で「上京」し、さらに四年が経つのだという。未だに彼は無事である。 だが、彼が旧教に染まっていることに気付いている人間がいないわけではないようだ。彼の味方であった人物が裏切ったのか。あるいは鋭い眼を持つ異端審問官がそのことを察知したのか。彼が邪教の徒である噂も立ち始めているのだという。 今回の夜中に森に入っていく件も、邪教の儀式がおこなわれているのではないかと一部の者は思っているらしい。腕の傷も儀式の途中についたものではないかと。 腕を切った次の日、異端審問官が彼の家に現われ、夜間の外出理由について問い掛けて来た。 彼は適当にごまかしたが、異端審問官の数多の異端者を見抜いて来た眼力は尋常ではなく、曖昧な言葉切り抜けたものの、脈ありと判断されて森が調べられることになった。彼自身は森での案内をさせられることになり、その出発日までは軟禁されることになった。今夜はそこから抜け出して来たのだという。 さて、これが話の大体の内容である。話し終えた彼は、洞窟の一方の壁へ歩いていった。 彼が壁に触れると、あろうことかそこが開き、道が現われた。 着いて来てという言葉に従い、私は彼の後を歩いていった。 やがて小さな部屋に出た。そこには小箱が置かれており、その中を開けると、一冊の書物が姿を現した。 これこそが旧教の聖典であるという。この部屋は昔からあったものであり、元は盗賊の財宝を隠してあった部屋なのだという。 「これあげる」 彼はそう言った。 「だから早く逃げて」 続けて発した言葉は、切羽詰まったものに思えた。 「もしあなたを匿っていることがばれたら、僕だってただじゃ済まない。それじゃあ、あなたも僕も、良いことにはならない」 そうまで言われ、ようやく私は決意した。まだ傷は完治していないが、もう充分に歩けている。 私は聖典を受け取ると、彼に最後の別れを告げた。 またいつかどこかで…… ああ、神よ。すべてを捨てても良い。 いつかまた彼に出会え 3 私は逃げることに成功した。 だが、それですべてが完結したわけではない。 私は新居を求める旅に出た。 恐らく、元に城に戻っても無駄であろう。忌まわしき過去を忘れるために、新たな居住地を探すことにしよう。神はそれを許してくださるはず。 私は結局、聖典に目を通すことはなかった。 その必要はないと判断したためだ。 結局、どのような神も等価――ああ、神よ。このような表現を用いた私を罰したまえ――なのだということに気付いたのだ。 どうせ真実の神については、誰もが分からずじまいなのだ。 ならば人の想像する神は、どれもが真実の神でないという意味で等価――ああ、またもや無礼な表現を――なのだ。 だが、ようやく私は、我が神の名を知ることが出来た。 どうせ真実の神ではないのだ。名は私が付けても構わないだろう――そのことを無礼と仰るのならば、私の脳天に雷を落とすと良い――。 ドナティアン。 ああ我が神ドナティアンよ。 |
15464 | エピローグ | オロシ・ハイドラント URL | 2003/10/29 20:05:09 |
記事番号15252へのコメント エピローグ 世界歴4954年、吹雪の竜が死に絶える月の第五日。 思うのだが、宣教師も宣教師補佐も宣教師見習いも、それほど変わらないような気がする。 代表宣教師の役は宗教知識が豊富でなくてはならず、助祭以上の階位を持つ者しか就くことが出来ないのだが、宣教そのものよりも、旅路の方が辛いのだ。危険も多くつき纏う。しかも俺のような見習いは進んで命を投げ出せねばならない。宣教師見習いというよりは、ただの護衛に近い。 なぜそれほどまでに危険かといえば、スィーフィード信仰の勢力にはまだまだ敵わぬため、赤の竜神(スィーフィード)の火焔の息が掛かっておらぬ――おお我ながら良い表現ではないだろうか――地域に赴かねばならないのだ。深い森や山の奥地などに向かわねばならぬ時も多くあるのだ。 ロベルトはそんな難所の自然を楽しむ余裕さえあるのだが、外出さえもほとんどしないような生活に慣れてしまったため、なかなか大変である。 稀にある普通の旅路でさえも堪えるのだ。やはり一箇所に定住する仕事の方が向いているのだろうか。 それにしてもロベルトよ。 お前の心の内は、俺さえも見通せない。 お前は何を考えているのだ。 唯一絶対の神が存在する証拠? なぜそのようなものを求めるのだ。 お前に面と向かって話しても、恐らく答えてはくれまい。 だから、お前に宛てた文章を書きたい。すぐ近くにいるが、遥か遠くにいるように感じるお前に対して。 明日。そうだ明日だ。お前の日記にそっと挟んでおくことにしよう。 ああ、決意までに一月も掛かってしまった。 だが決意したからには、絶対に実行に移すことにしよう。 唯一絶対の親友に文章を送ることを。 唯一絶対の親友君へ お手紙拝見したよ。 僕と君の間には、過去の共有なんて必要ないと思っていたけれど、君はそうじゃないんだね。 いや、別に気分を害したわけじゃない。不愉快な言葉は一言も含まれてなかったさ。 良いよ。僕の過去を教えあげよう。話すことの出来る部分だけだけど。 僕は深い森に面した村に生まれた。僕には当然ながら父と母がいて、さらに弟もいた。 普通の暮らしさ。変わったことなど別になかった。 ただそんなつまらない生活の中で、僕が唯一絶対にして完全なる神が存在する証拠を求めたのは、僕の弟が一つの神を見出していたからなんだよ。 僕もその神について知りたかった。でも分かるよね。僕は弟にその神について訊ねはしなかった。 僕は自分で見つけ出すことに決めたんだ。弟の神かそれ以上の神を。 しょうもないことだろ。意地が惰性で続いただけなのさ。 それだけのこと。でも、僕はまだ止まる気にはなれない。 最後に、君に会えて本当に良かったよ。これからも一緒にがんばっていこう。 じゃあね。 万年見習い候補生ロベルト |