◆−Coppelia Requiem 1−水晶さな (2004/2/17 22:37:20) No.16019
 ┣Coppelia Requiem 2−水晶さな (2004/2/19 21:15:36) No.16020
 ┣Coppelia Requiem 3−水晶さな (2004/2/21 11:29:24) No.16025
 ┃┗お久しぶりでございます!−祭 蛍詩 (2004/2/22 20:27:21) No.16036
 ┃ ┗ありがとうございます(^^)−水晶さな (2004/2/22 22:22:14) No.16038
 ┣Coppelia Requiem 4−水晶さな (2004/2/22 21:57:44) No.16037
 ┃┣Re:Coppelia Requiem 4−ゆずる (2004/2/23 00:51:07) No.16042
 ┃┃┗ありがとうございます−水晶さな (2004/2/24 22:09:24) No.16048
 ┃┗Re:Coppelia Requiem 4−祭 蛍詩 (2004/2/23 19:11:16) No.16045
 ┃ ┗ありがとうございます−水晶さな (2004/2/24 22:48:15) No.16049
 ┣Coppelia Requiem 5−水晶さな (2004/2/24 21:49:02) No.16047
 ┃┗Re:Coppelia Requiem 5−祭 蛍詩 (2004/2/25 19:00:58) No.16053
 ┃ ┗おめでとうございます(笑)−水晶さな (2004/2/25 22:44:04) No.16057
 ┣Coppelia Requiem 6−水晶さな (2004/2/25 22:35:29) No.16056
 ┃┗Re:Coppelia Requiem 6−祭 蛍詩 (2004/2/27 19:26:31) No.16059
 ┃ ┗いつもありがとうございます−水晶さな (2004/2/29 22:39:25) No.16070
 ┣Coppelia Requiem 7−水晶さな (2004/2/29 21:33:35) No.16067
 ┗Coppelia Requiem 8−水晶さな (2004/2/29 21:47:28) No.16069
  ┣Re:Coppelia Requiem 8−R.オーナーシェフ (2004/3/4 20:46:59) No.16079
  ┃┗お久しぶりです。−水晶さな (2004/3/6 23:33:00) No.16100
  ┗Re:Coppelia Requiem 8−祭 蛍詩 (2004/3/5 21:29:19) No.16089
   ┗佳境に入りました−水晶さな (2004/3/6 23:45:28) No.16101


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16019Coppelia Requiem 1水晶さな URL2004/2/17 22:37:20



 約半年間を開けて。
 記憶の彼方から掘り起こしてやって下さいませ(泣)。
 アルカトラズシリーズ第六弾。

 =================================

 人跡が失せた、廃墟。
 崩れた石壁を貫いて、蔓が這い葉が生い茂っている。
 自然の強靭な生命力に比べれば、人の建造物はあまりに脆(もろ)い。
 地表の遥か下、木々の根がその空間を侵食しつつある。
 ほんのわずかな隙間から漏れた日の光は、視界を確保するにはあまりに頼りないが、
 元より視神経に頼らない『視界』を持つ彼には、どうでもいい事だった。
 貼り付いた笑みの白い仮面が周囲を見回す。
 森の木々に徐々に食われていく、廃墟。
 元より地表より下に下にと作られた建造物を、維持するだけでも労力を要したであろう。
 今はその努力をする人物も不在で、自然の成すがままにされている。
 平坦を保つ為に敷かれた石畳も、所々根が下から突き出し隆起している。
 その上を歩くというよりは滑るという動作で、彼は暗闇の中を進んだ。
 通路の奥の、空間。
 ほぼ風化した絨毯も、壁の装飾も、人が置き去りにしたまま果てている。
 その部屋の隅に、棺桶に似た長方形の箱が乱雑に積まれていた。
 物によっては既に、中に物を収容するという役目を放棄しているものもある。
 それに四本ある内の一本の手を伸ばそうとして、寸前で手が止まった。
 自らの腹に、刃の先が突き出ている。
「・・・ほう」
 一瞬の後に、それは音もなく抜かれた。
 傷口は、剣が抜けたと同時に塞がる。
 物理的に鋭利な刃物で貫かれたとて、意味の無い事だった。
 それよりも気配を気付かせずに一太刀浴びせた相手が興味深く、振り返る。
 背後には、その細い腕に不似合いな剣を握った女が立っていた。
 それを判断させるのは体格だけで、首から上は存在していない。
 『彼女』が再び剣を振り上げるよりも早く、マステマの二本の剣が胴体を同時に貫く。
 血も出ない。
 木片が落ちるような軽い音を立て、相手が床に転がった。
 それから――何事もなかったように再び起き上がる動作を見せる。
「・・・まだ、使える・・・な」
 戦闘態勢を取ろうとした『彼女』を見て、マステマが仮面越しに微笑んだ。
「しかし、絶世の美女と謳(うた)われたその顔が見られないのが残念だよ。ヴィヒトリーヌ」



「歴史からはほぼ抹消されたといってもいい」
 先を歩く彼の背に、木漏れ日がまだらの影を落とした。
「古代王国アディトジール。風の都ウィド・ディ・カリスよりも古い。風化が進んで建物の原型すらとどめていないだろうな」
「何故わざわざ森の中に城を建てたんでしょう?」
「迂闊に攻め込みにくい場所だ。木々の繁殖のせいで城の維持に手間がかかるが、それ故細心の注意を払って警備をしたのだとか」
 見上げる木々の枝は、どれも高く。
 太陽光を独占するそれらに、見下ろされている気がした。
「滅びた後は森に食われる。それを承知の上で建設したそうだ」
「無残な姿をさらすよりは・・・ですか?」
「それもある。あとは一説によると・・・」
 ゼルガディスが足を止めた。
「元々地上には城は無く、地下宮殿だったという話だ」
 目の前には、元は円柱(エンタシス)ではなかったかと思われる、石の残骸。
 朽ちながらもまだ、崩壊を拒み続けている。
「・・・これ、中枢に穴が空いてますよ?」
 まるで、芯が存在したような。
「盗られたな。恐らく、鉄芯だろう」
「鉄・・・芯?」
「アディトジールがそれほどの兵力を持たずに、侵略地域を広げられたのは」
 アメリアを一度振り返ってから、彼は再び足を進めた。
「魔術による鉄の超越的な強化――錬鉄に秀でていたからだ」



 古代王国アディトジールが潰(つい)えた地。
 銀の精霊――ピリオドが飛び去った先。
 破界結晶の――未だその力が計り知れない魔族・マステマも恐らく其処に。
『待っているわ、アメリア』
 全ての望みを託して、彼女はそう言った。
「・・・・・・」
 所々残る瓦礫から、城の構造の推測を始めたゼルガディスから少し離れて、
 アメリアは数日前からいやに無口になった灰色の猫の隣に立った。
「・・・僕もちょっと推察に」
 さり気なくその場を去ろうとする猫の首根っこを押さえ、持ち上げる。
「持ち得る情報は全て話して下さい」
「・・・何の事?」
 とぼけようとする彼に、詰問を続ける。
「ブルーフェリオスさん、隠し事は無しです。今の今まで貴方達のプライバシーに関わると思って質問を控えてましたが、セイルーンが関わっているなら話は別です。話して下さい、全て」
『セイルーンの誇りは汚(けが)させない』
 それは、過去の記憶の中でサラがはっきりと口にした言葉。
「何が起こったのかはわからない、けど」
 一旦言葉を切り、続ける。
「エヴェレーンとセイルーンは繋がっている・・・それに間違いは無いんです」
「・・・僕は」
「理由がないと、私は――助力をためらうかもしれない」
 自分が何の為に、誰の為にどう動くのか。
 自分の倫理として、これだけは譲れないもの。
「・・・・・・」
 はぐらかす事は無理と考えたのか、ブルーフェリオスが視線を外して溜息をついた。
「・・・僕は使い魔だから、僕が答えられる範囲は限られてる。そういう制約があるんだ」
「・・・制約?」
「マスターが自身で伝えたい事もあるだろうし。使役されている僕の口から伝える事じゃないよ。逃げ口上のようで申し訳ないけど」
「・・・・・・」
 何か言いかけたアメリアの声を遮るように、続ける。
「ただこれだけは・・・捕らえられたマスターだけど、アメリアの話を聞いて確信が持てたよ。アルカトラザイトの結集に、文字通りマスターが『使われてる』」
「力を逆に利用されている・・・と言ってましたが」
「コア・アルカトラザイトの名を知ってる?」
 突然の問い掛けに、アメリアが慌てて記憶をたぐった。
「・・・えと、名前だけです。サラさんが『コアは私が受け持つ』と――」
「コアは、他のアルカトラザイトの結合と解除を統べる力を持ってる」
 背に乗せた短剣――アルカトラズを目線で指し示して、
「これは手間をかけて剣の形に仕上げたもの、だから結合と解除の魔法に反応するんだ。そのままの結晶じゃ引き合う力はあるけど何の処理も施さなければ滅茶苦茶な形に仕上がるだけ。結合し過ぎると暴発するし」
 それは紙袋と砂で例えられ、以前説明を受けた話。
「コアの命令は、女王蜂のように絶対的なもの。全てのアルカトラザイトはコアに結合し、又解除もされる。抽出するのは大変だったよ」
「『受け持つ』とはどういう事ですか? ただ所有するだけではないんですか?」
 言葉の意味を捉えようとして、アメリアが質問を重ねた。
「手に持っているだけじゃコアは動かせない。自らの意思でその命令を操作する・・・マスターは自身とコアを融合させた」
「融・・・合?」
 それではまるで――
 無意識にゼルガディスを一瞥したアメリアを見て、ブルーフェリオスが続ける。
「混ぜ合わせるだけの融合。結果的に、マスターは人の身を捨てた」
 驚愕に目を見開いたアメリアを、見据えて、
「それが、どれだけの覚悟が要るかわかるよね?」
『コアは私が受け持つ』
 そう言い放った彼女の、最後まで毅然としたその姿。
「必死なんだ。マスターは全てのアルカトラズを破壊する事、それだけの為に『生きて』るんだ」
『貴女が出会うもの、得るもの、全ては必然のままに』
 空間の歪む場所で、自らを真正面から見据えた、強い眼差し。
『それが貴女を傷つけたとしても、恨むのは私だけにして』
 何故なら彼女は、
 非難を全て身に引き受けても、義務の為の生しか持ち得ていない。
 過去にその運命を、自らに下した時から。
 気の遠くなるほどの年月を、その為だけに費やして。
「・・・・・・」
 言葉が出なかった。
 辿り着いた事実の、真実の――凄絶さに。
「コアを手に入れれば、アルカトラザイトの扱いを知らない魔族だって結晶を作る事は簡単」
 半ば放心したアメリアを現実に引き戻すように、ブルーフェリオスの言葉は続く。
「コアがある限り巨大な結晶を作っても途中で爆破する事はない。そして――予測でしかないけれど、巨大化した結晶から魔力が満ちて、精霊が生まれた可能性がある」
「・・・銀の、精霊」
 彼女――ピリオドが導いたのは、サラの元で。
 過去魔力を持つ木から生まれた精霊を目の当たりにしたアメリアには、それが確信のある仮説に聞こえた。
「マスターの意識を何処まで持っているのかわからないけど・・・精霊が結晶から抜け出ている限り、力が抜けているのと同じだから魔族の思い通りにはならないだろうね」
 その状態がいつまでもつのかはわからないが、と彼は付け加えた。
「・・・だから、終わらせないといけないんです」
『我はピリオド、終止符を打つ者』
 彼女の呟いた言葉が、重く圧(の)しかかった。

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16020Coppelia Requiem 2水晶さな URL2004/2/19 21:15:36
記事番号16019へのコメント


「この地方では、魔術は【神による奇跡】として捉えられていて」
 調査の一段落がついたのか、崩れかけた壁を背にしてゼルガディスが講釈を始めた。
「その力を治癒や技術の促進以外に使う事は認められていなかった」
「認められて・・・って、認可したのは誰なんですか?」
 問いかけたアメリアに、ゼルガディスが苦笑する。
「誰でもない。しいて言えば人々の信仰心だ。それに違反すると神罰が下る、という迷信を誰もが信じていた」
「若しくは――神託を下すのは王族の特権だから、目的があって御触れを出したって事もあり得るけどね」
 口を挟んだ灰猫を、ゼルガディスが足で追いやる。
「認められていない使い方って、例えばどういう事ですか?」
「直接的に人を傷つける事」
 ゼルガディスが端的に答えた。
「火の魔法で薪を燃やす事は許されても、人を火傷させる事は許されない」
「・・・それって・・・当たり前のようにも思えますけど・・・」
 アメリアが眉をひそめた。
「人道的な思想が抹消されている戦争真っ只中の時代に、だ。どれだけ戦況が厳しくても、自分が殺されそうになってもファイアーボールを使ってはならなかった。そういう事だ」
「・・・・・・」
 絶句する娘の前で、説明は続く。
「それが常識として考えられている中、武器製造の助力として魔法が使われた。直接的に人に害を与える訳ではない、そういう理屈で急速に錬鉄技術が発達した」
「それって・・・直接的ではなくても」
「間接的に人を殺傷する為の魔術だ。しかしこの方法なら神の怒りに触れないと、当時の人々は考えた」
「アメリア、昔の話だよ。今の価値観で理解しようとしても無理」
 複雑な表情を浮かべるアメリアに、ブルーフェリオスが横から肘でつついた。
「・・・そうです、よね」
 思考を切り替えようと、頭を振った。
「今の話だけで眉をひそめていたら、続きについていけんぞ」
「続きって・・・まだあるんですか?」
「錬鉄は序の口だ。錬鉄によって魔術自体が進歩した。錬鉄の次に行われたのが・・・」
 地響きが、ゼルガディスの言葉を遮った。
 既に崩壊しかけていた石畳に、易々と亀裂が走る。
「地震!?」
 アメリアが周囲を見回した時、亀裂の中心から青白い光が溢れ出すのが見えた。
 直感的に危機を感じ取り、飛びすさって噴き上げる閃光から身をかわす。
 ――が、着地する場所が悪かった。
 踵が石畳を踏み砕き、重心が後方へと揺らいだ。
「――あ」
「アメリア!」
 ゼルガディスが踏み出そうとした瞬間、
 付近の亀裂が限界に達したのか、足元が巨大な穴を開けた。
 ――落ちる。
 そう思った時には、既に視界は暗闇に包まれていた。



『待っているわ、アメリア』
 鮮明に見えていた筈の、サラの姿は滲んで、
 取り巻くように彼女を包んだアルカトラザイトの檻が、根を伸ばし枝を伸ばした。
 それは、樹木が急激な生長を遂げる様相と同じで、
 「破界結晶」が形成されていくその光景に、悲鳴をあげたが声にならなかった。
『アメリア』
 聞こえてくる声も歪み、
 変わりに響いたのは、背筋の凍るような嘲笑。
 白い仮面を付けた四本の腕を持つ悪魔が、
 大樹の前で、笑った。
「・・・・・・!」
『アメリア』
 呼び声が、響き。
 急激に視界が反転する。
 五感が正常に戻り、
 現状を把握するのに時間を要した。
「アメリア」
 両眼をしばたたかせて、自らの体を支えているのが見知った顔だと確認する。
「・・・・・・はい」
 ようやく聞こえてきた返事に、ゼルガディスが安堵の息を吐いた。
 上半身を支えていた手から離れ、自分の足で立ち上がる。
 それから、身体に異常が無いか確かめた。
「レビテーションが何とか間に合った」
 同じように立ち上がったゼルガディスが、ライティングの光を頭上に差し上げた。
「・・・ここは?」
 見上げても、地上の光は見えない。
「城の地下だ」
「地下・・・?」
「地上にあった城の規模を考えると、この地下の深さはおかしいが」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアも地上に残っていた廃墟を思い浮かべる。
「錬鉄の為に場所を確保したんですか?」
「魔術による錬鉄でも、製造の段階で火は使うだろう。通気口は必須で、地上に作った方が便利な筈だ」
「・・・そうですか」
 木々の根が侵食した壁は脆く、今にも崩れそうな状態だった。
「・・・・・・・・・ところで、ブルーフェリオスさんは?」
 はたと思い出したようにアメリアが問う。
「・・・落下の途中に何処かに引っかかってたな」
「何処かって!!」
 アメリアがの声が裏返った。
「奴の心配をしてる暇はなさそうだぞ。さっきの攻撃の主がお出迎えだ」
 ゼルガディスの視線に、アメリアもつられて同じ方向を見やる。
 ライティングの灯りが辛うじて届く範囲に、見えた足元。
「いいか、時間が無いから短くするぞ」
「何の話ですか?」
 反射的に戦闘体勢をとりながら聞き返す。
「さっきの続きだ」
「さっきの・・・って、錬鉄の?」
「アディトジールが錬鉄の次に力を注いだのが」
 影にしか見えなかった足元が、光の下に一歩踏み出した。
 革の靴と、この場に似つかわしくない白い素足。
 小柄で華奢な身体にまとうのは、かつて王侯貴族がまとっていたフレアドレス。
 紅に彩られた唇と、青の双眸。
 柔らかくうねった、金の髪が歩むたびに肩をすり落ちて――
「・・・人、形?」
 開いているものの、けして物を映さない硝子の瞳。
「殺戮の為の戦闘兵器、『コッペリア』」



「何で毎回毎回こんな目に遭うのさ」
 蔦に絡まった足を渾身の力で抜き出すと、勢いが良過ぎて前方に転げた。
 部屋壁をぶち抜いた大樹の根の上を滑り、そのまま部屋の中に放り出される。
「痛っ!!」
 腰を打った激痛に、思わず丸まった。
「・・・・・・だぁ、もう」
 顔だけを上げて、目の届く範囲を確認する。
 猫の目には暗闇でもある程度は見通せた。
「・・・誰かの、部屋?」
 地上に比べて、根があちこちを崩壊させてはいるものの損傷は少ない。
 机らしき残骸に目を止めると、意識を集中させて人間の姿に伸び上がる。
 それから本の背表紙に手を伸ばした。
 風化の進んだそれは、気を付けないと塵のように崩れる。
「なんだこれ・・・童話集?」
 図書室というにはあまりに少ない蔵書。個人的な本棚と考えた方が良さそうだった。
「『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』・・・」
 目次に列記されていた題目を何気なく読み上げる。
「・・・・・・別段珍しくもないか」
 そう言って本を置こうとして――
 振り向きざまに反対側に投げつけた。
 空中で静止したそれは、青白く輝く炎に包まれて消えた。
「・・・・・・遺跡の守護者にしては華奢過ぎる気がするけど・・・」
 部屋の入り口とおぼしき穴から姿を見せたのは、等身大の少女の人形だった。
 金の髪に青い瞳。豪壮な衣装。古典的な姫といえば姫の容姿に見える。
 但し既にその身体は損傷を負っていたが、本人は気にしている様子もなかった。
 瞳孔の無い瞳がこちらを見据え、指が数本欠けた手をこちらへ伸ばす。
 その周囲に、先程と同じ自然では有り得ない色の炎が舞った。
「恐怖劇じゃないんだから」
 薄気味悪い光景に辟易し、ブルーフェリオスが剣を抜く。
 攻撃態勢を取ろうとして――人形の更に後方から、何かが光るのが見えた。
「――!」
 反射的に横に跳躍する。
 対応が間に合わなかった人形が、振り返った瞬間ファイアー・ボールの熱に包まれた。
 その勢いのまま壁に叩きつけられ、元々損傷の激しかった膝が折れて床に崩れた。
 うつぶせに倒れた彼女が、首の向きだけを変え、ブルーフェリオスを見据えた。
 双眸が、炎を帯びる。
 人形が辛うじて動く腕を突っ張り、床から起き上がろうとした時。
「――はぁああああああああっ!!」
 天井をぶち抜いて、小柄な少女がその上に突き刺すように降り立った。
 光をまとった右腕を、狙いを違う事なく人形の後頭部に突き立てる。
 陶器のような欠片が散って。
 天井の砂礫が降り止んで。
 人形が動かなくなった事を確認したアメリアが、息を整えて立ち上がった。
「大丈夫ですか、ブルーフェリオスさん」
 呆然とその光景を見ていた少年が慌てて立ち上がった。
「・・・アメリア」
 それから我に返ったように、人形に駆け寄る。
「・・・何なの? これは」
「この国――アディトジールが錬鉄の次に製造に力を入れた、殺戮の為の人形『コッペリア』だそうです」
 渋面を浮かべたブルーフェリオスが、床にひしゃげた人形を見下ろした。
「・・・又そういう物騒なモノが邪魔を」
 『するんだから』と言いかけて、アメリアを突き飛ばした。
 床に転がったアメリアが咄嗟に受け身を取り戦闘体勢を立て直すと、
 床に仰向けに倒れたブルーフェリオスの上に、人形がのしかかっていた。
「・・・・・・っ!!」
 ひしゃげた筈の後頭部と、
 折れた関節が、先程まで操っていた奇妙な色の炎と共に復元していく。
 異常なまでの回復機能。
 ブルーフェリオスが咄嗟の抵抗か短剣を上にして人形の首に突き立てていたが、
 その傷を気にする風でもなく、欠けた数本が戻った指で相手の首を絞める。
「駄目っ!!」
 至近距離過ぎて、どの魔法でもブルーフェリオスにまで被害が及ぶ。
 思考がまとまらないままに、アメリアが人形を引き剥がそうと後ろから掴みかかった。
 その華奢な手足からは信じ難い事に、渾身の力を込めても微動だにしない。
「・・・・・・っ」
 人形の下に組み敷かれたブルーフェリオスが、苦しそうに顔をのけぞらせた。
「やめて!!」
 呪文の詠唱時間すら惜しまれる。
 伸ばした手が、髪を掴んだ。
 普通の人形と同じに作られた繊維の髪は、力任せに引っ張ったアメリアの手と共に千切れる。
 その瞬間、髪によって隠されていた人形の項(うなじ)に、
 古い文字で刻まれた文字を見て、アメリアが眉をひそめた。
「・・・オー・・・ロラ?」
 文字のままにその言葉を読み上げて、
 それよりも現在の事態の収拾が先だったと慌てて意識を戻すと、
 掴んでいた人形の身体が抵抗もなくブルーフェリオスから離れた。
 のみならず、引っ張る勢いが強過ぎてアメリアと共に後方に転倒した。
「あいたっ!!」
 床に背を打った瞬間、それでも人形を突き飛ばす事だけは忘れないで、
 横に転がって体勢を立て直した。
 上半身を起こしたまま、呆けているブルーフェリオスと目が合った。
「・・・・・・」
 今までの動作から考えて、既に起き上がっているだろう思われた人形は床に転がったままで、
 アメリアとブルーフェリオスの見つめる中、その身体は砂へと化していった。
 残ったのはただの、一塊の砂の山。
「・・・今、何言ったの?」
「・・・わかりません。人形の首の後ろにあった文字を読み上げたら、急に・・・」
 思案顔を浮かべたブルーフェリオスが、やがて呟く。
「人形の首に彫ってあったということは、名前じゃないの?」
「人形の名前ですか?」
「・・・まぁ、崩れちゃった今、検討する問題じゃないかとは思うけど」
 やれやれと言いたげに剣を鞘に収めた彼に、アメリアがおもむろに手を叩いた。
「忘れてました、まだ言う事が」
「何?」
「いっぱいいるんですよ」
「は?」
「人形が。だから途中でゼルガディスさんとはぐれちゃったんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・いやぁーっ!!!!!」
 ブルーフェリオスの泣きそうな悲鳴が響き渡った。

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16025Coppelia Requiem 3水晶さな URL2004/2/21 11:29:24
記事番号16019へのコメント


「うろ覚えなんですが、あと2・3体は見たような・・・」
 アメリアの言葉に、ブルーフェリオスはあからさまに渋面になった。
「それで、ゼルガディスも何処に行ったかわかんないの?」
「襲撃しては姿を消すんです。向こうが何体かも、いつ襲撃してくるのかもわからないので、とりあえず一体ずつ追いかけて仕留めようって事になったんです」
 最初は二人で一体を追っていたが、途中襲撃してきた別の人形に邪魔をされたのだ。
「ゼルガディスさんだからそう心配は無いって思ってたんですけど、回復機能がこれほど異常だと思っていなかったので・・・早く合流しないと危険です」
 とはいうものの、先程の一体を仕留めるのにあちこちを走り回った為、既に彼が何処に居るのかわからなくなっていた。
「戦ってるなら音が聞こえるでしょ。とりあえず探してみよう」
「はい・・・」
「ところで人形って他も同じような格好?」
「見た限りでは、背格好が似た少女ばかりです」
「見た目で油断させたいのかな」
「他に趣旨があるのかどうかまではわかりませんが」
 それからしばらく歩き続けて、
 ふとブルーフェリオスを振り向いたアメリアは、相手が黙考している様子に気付いた。
「どうしました?」
「銀の精霊の・・・マスターの導きが正しいなら、ほぼ確実に近い所に到達したと思うんだ」
「サラさんの元に、ですか?」
 ブルーフェリオスが頷いた。
「マステマが出てこないのが・・・何故かなと思って」
 本音を言えば耳にしたくない魔族の名に、アメリアの顔が青ざめた。
「もしマステマが破界結晶を作った首謀者なら・・・何が何でも邪魔はさせないですよね」
 言ってから、アメリアが顔を上げた。
「・・・そういえばマステマは、どうしてサラさん達に関わるようになったんです?」
「アルカトラズが目当てなのはわかってるけど・・・本性や目的が不明なんだ」
「アルカトラズで破界結晶を――単純に考えて巨大な爆弾を作っているのなら、魔族の概念である『他を巻き込む破滅願望』そのままだと思うんですが、違うんですか?」
「そうだと思うよ・・・だけど・・・あの魔族は何だか思考が計り知れなくて・・・」
「魔族の真性は、魔族以外には分からなくて当然です」
 アメリアが断言すると、彼は微笑んだ。
「ありがと、アメリア」
「サラさんを無事に助け出す事だけ考えましょう。私達、マステマを倒すのが最終目的じゃないんですから」
「避けては通れない相手だけどね」
「うぐ」
 今度はアメリアが渋面になった。
「・・・それに、今更避けるつもりもないよ。奴のせいで犠牲者が数え切れない程出たから」
「・・・・・・」
 ブルーフェリオスが片方の金の眼に触れた。
「アメリアにお願いがあるんだ」
「・・・何ですか?」
「僕に何があっても、マスターを助ける事だけを最優先して」
 返答の言葉に、詰まった。
 その眼差しは、いつものおどけた少年のものではなく、
 永い年月を積み重ねた、悲哀と、怒り――
「ブルーフェリオス・・・さん」
 視線をそらせない威圧感に、辛うじて名だけを口にした時、
 遠くで爆発音が響き渡った。



「――アストラル・ヴァイン!」
 詠唱と同時に、剣を振り下ろした。
 突き出された手の、指の股から肘までを一息で断ち割った。
 踏み込んだ右足に重心を移して、
 上半身を捻り、剣を横薙ぎに振るう。
 陶器の割れる音と共に、分断された人形の右腕が飛んだ。
 床に軽い音を立てて転がるそれに一瞥をくれることもなく、彼は間合いを取り直した。
 アメリアが追って行った人形と似たような体型の、少女。
 但し衣装は豪奢なドレスではなく、シンプルな絹のワンピースだったが。
 虚ろな表情を歪める事もなく、『彼女』は肘から先のなくなった腕を見やった。
 茶色の三つ編みが後を追うように揺れる。
 それから腕を下ろし、再びゼルガディスに視線を移す。
 折れた筈の肘から先が、既に復元し始めていた。
「・・・厄介な事この上ないな」
 人間の身体構造を持ち得ないコッペリアには、急所という急所が存在しない。
 半身を吹き飛ばしても数秒後には何事も無かったように復活する。
 対して持久力の限界が存在する自分は、長引き過ぎた戦いに息が切れ始めた。
 歩み寄ってくるコッペリアに、手の平を突き出す。
「エルメキア・フレイム!」
 青白い焔に包まれた人形が、衝撃のままに後方に吹っ飛んだ。
 身体の表皮が焼け落ちても、意に介した様子もなく起き上がる。
 心底うんざりした表情を浮かべつつ、ゼルガディスが足を後退させた時――
 右足が動かない事に気付いた。
 足元を見下ろす。
 先程自分が切り落とした人形の腕が、足首を掴んでいた。
「ぐっ・・・!?」
 その手が、その指が、
 形状から有り得ない腕力で関節を締め付ける。
 痛みに気を取られた隙にコッペリアは目前に迫り、
 牽制しようとした剣は柄ごと弾かれた。
 耳障りな音を立てて剣が床に落ちる音と、
 首に向かって伸ばされたコッペリアの指が、やけにゆっくりと見えて。
 その親指が気管を圧迫した瞬間、
 視界が白く揺らいだ。
「――クララ!」
 その直後に、光が見えた。
 ――意識が、唐突に甦った。
「・・・・・・っ」
 搾り出すように息を吐いて、
 酸欠に襲われて、尻餅をつくように腰を下ろした。
 ゼルガディスの首を絞めていたコッペリアは、先程と同じ姿勢のまま硬直して、
 突然指先から砂になって崩れ落ちた。
 足首を掴んでいた手も同じく。
 人形の後ろには、切羽詰まった表情のアメリアの姿があり、
 酸素を必死に吸うゼルガディスの姿を認めて、へなへなと床にくずおれた。
「良かった・・・・・・間に合って良かった・・・」
 安堵からか泣き出したアメリアに、ゼルガディスが何か言いかけて咳き込んだ。
 アメリアが慌てて目元を拭い、近付いて両の手の平を喉に当てる。
 詠唱と共に暖かな光が溢れて、傷を癒した。
「・・・すまん、助かった」
 痛みが引いて、ゼルガディスがアメリアの手を掴んだ。
 余計な魔力を使わせるのが勿体無かった。
「・・・無事で良かった・・・心配で胃が痛くなっちゃいましたよ。でもコッペリアの対処方法もわかりましたし、後は又はぐれないように気を付ければ・・・」
 膝立ちの状態から立ち上がろうとしたアメリアの、掴んだままだった手を引き寄せた。
「はわっ!」
 勢いのままよろめいて、ゼルガディスに抱き留められる。
 頭上から、安堵の溜息が聞こえた。
「胃が痛いのは、こっちも同じだ」
 姿勢の都合で、ゼルガディスの顔を仰ぎ見る事ができなかった
「・・・・・・」
 戦力を分断させられる手など、アメリアは早々引っかからなかった筈。
 それがアルカトラズに近付く度、上の空になる事が多くなった。
「・・・まだ、俺に話していない事があるな。隠し事が苦手だからなお前は」
 今までの出来事は話した。
 ゼルガディスと別行動を強いられた時の事も。
 ただ、一言、何かを除いては。
「・・・・・・って」
 ゼルガディスの服を掴んだ腕が震えた。
「・・・だって、これは・・・」
「俺には関係ない事か?」
「これは・・・きっとセイルーンが関わっている事だから・・・だから・・・」
 声が続かなかった。
 繋げる言葉が見つからなかった。
 沈黙が訪れて、そして、
「だから、セイルーンの者が責任を取らねばならないと思っているのか?」
 アメリアが目を見開いた。
 動揺を見せた彼女の様子に気付き、ゼルガディスがアメリアの肩を掴んだ。
 引き離して、正面から見据えて。
「お前に関わっている俺は、否が応でも道連れだ。それだけは覚えておけ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 まだ戸惑いを隠せないアメリアに、
 それでも瞳が潤んだのを確認して、ゼルガディスが微笑んだ。
「・・・ゼルガディスさん」
 再び抱きすくめられた時に、聞き知った声がすぐ近くから降った。
「わざとやってない?」
「気を利かせて『少し離れてよう』とか全く思わないお前に当て付けも含む。というかむしろ消えろ」
 横を向いて喋っているゼルガディスに気付いて、アメリアが顔を上げた。
 すぐ側に、呆れ顔のブルーフェリオスが立っていた。
「・・・・・・・・・」
 ブルーフェリオスから視線を外さないまま、
 アメリアは、勢い良くゼルガディスを突き飛ばした。

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16036お久しぶりでございます!祭 蛍詩 2004/2/22 20:27:21
記事番号16025へのコメント

 お久しぶりです! 祭です。
 なんか試験前なのであまり(というか全然;)遊びに来れなかったんですが、その間にこんな素敵なものがっっvv
 ―というわけで幸せをかみしめております。

 コッペリア…なんかものすごく怖いです;
 人形って可愛い反面、完璧すぎる怖さがありませんか? 日本人形も西洋人形も。
 こんな良い趣味なんだか悪い趣味なんだかよく分からない物を大量生産したのは誰なんでしょう?
 マステマさん、そういえば現れませんね。 って油断した所で出てきそうです;

 そういえばゼルさん危ない目にあってましたね、珍しく。 姫はいつも通り、ですが。
 でも役得もありましたね(笑) 
 そして、相変わらずルー君とゼルさんのじゃれあい(?)が面白いですvv

 大分クライマックスに近づいているようで……。 ルー君、できれば生きていて欲しいなぁ、なんて思ったりするこの頃です。

 では、短くてすみません; なにぶん、テスト前なもので…;;
 続きをお待ちしていますっ!

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16038ありがとうございます(^^)水晶さな URL2004/2/22 22:22:14
記事番号16036へのコメント


 祭さんお久しぶりです。覚えていて下さって本当有り難いです。
 半年空けた事に気付き慌ててピッチを上げたもので、UP時期にまで気が回らなくて申し訳ないです・・・学生時代が昔の事なので時期に疎く(汗)。

 ようやく六話目まで辿り着けました。毎回の事とはいえ、単独の話として成り立つ上にアルカトラズを絡ませるのは難しいのですが、今回でようやく主軸に移行できるので一安心といった所です。

 コッペリアは・・・イメージとしては精巧なフランス人形ぽく。
 完全な美故の異質さを感じて頂ければ幸いです。
 マステマは今回はちゃんと出てきます(笑)。

 次作(七話目)で完結予定なので、未消化の部分や矛盾がないようにだけは気を使っております。ブルーフェリオスは・・・ええと、続きをお待ち下さい(汗)。

 試験期間中なのにレス頂きまして有り難う御座います。頂けるだけで嬉しいので長短は気になさらないで下さいね。
 予定としては7〜8話ほどで終了かと。宜しければ終話までお付き合い下さい。

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16037Coppelia Requiem 4水晶さな URL2004/2/22 21:57:44
記事番号16019へのコメント


「コッペリアの対策もわかった事ですし、あとはサラさんを探すだけです!」
 気を取り直したいのか、アメリアがわざとらしく声を張り上げた。
「あんまりデカイ声を出すな。コッペリアを呼びたい訳じゃない」
 ゼルガディスの言葉に我に返り、慌てて口元を押さえる。
「・・・確かお前は、アルカトラズの感知能力があるんじゃなかったのか?」
 アメリアからブルーフェリオスに視線を移すと、彼は肩をすくめた。
「気配を隠されてるよ。何となくこの辺りに感じるだけ・・・」
 語尾を濁したのに気付き、アメリアが問いたげな視線を向けた。
「別に隠す必要もないから言うけど、なんだか遺跡に近付く時からうっすら感じてたんだよね」
「それって普通とは違う事なんですか?」
 ブルーフェリオスが言葉を選んでいるのか、目線を空中に漂わせた。
「実際そうなった事がないからわからないんだけど・・・アルカトラズに囲まれてるような感じ」
「何だそれは」
 嘆息まじりにゼルガディスが言うと、下から睨み上げられた。
「しょーがないじゃん。僕にもわからないんだから」
 それから唐突に、アメリアに顔を向けた。
「ねえ、『眠れる森の美女』のお姫様の名前って何だっけ?」
「え?」
 全く話題が変わった事に対処できず、アメリアが数秒置いてから質問を確認した。
「『眠れる森の美女』、ですか?」
「そう」
「・・・えっと」
 昔読んだ絵本を思い出そうとして、記憶を手繰る。
「オーロラ姫・・・じゃなかったですか?」
 それから、気付いたように目を見開いた。
「コッペリアの名前も・・・オーロラ・・・」
「そう、んでさっき倒した2体目は、『クララ』。これって『くるみ割人形』の主人公じゃなかった?」
「クララです。間違いないです」
 これは記憶に残っていたのか、アメリアが首肯した。
「童話から名前を取っているという事か?」
「確かによく考えれば、オーロラは豪華なドレスを着てましたし、クララはシンプルなワンピースでした」
 衣装を含めた外観を考えても、そうだと頷かざるを得なかった。
「一体目に襲われる直前に童話集を見つけたんだよ。ぱらぱらと見ただけだったけど、そういえば挿絵の雰囲気に似てたなーと」
「それなら、挿絵から推測だってできるじゃないですか。その童話集どこにあるんですか?」
「え?」
 問われて、ブルーフェリオスが一瞬たじろいだ。
「労力の手間が省けるだろう」
 ゼルガディスの声にも、微妙な笑みを浮かべたまま。
「・・・ブルーフェリオスさん・・・?」
「・・・あのね・・・コッペリアに投げつけたら・・・燃やされちゃった」
 同時に――
 まったくと言っていいほど同時にゼルガディスとアメリアから拳を受け、小柄な彼は吹っ飛んだ。



「えーと・・・白雪姫、シンデレラ、赤ずきん・・・」
 覚えている限りの童話を口にする。
 勿論、探索を続けながら。
「赤ずきんの名前は?」
「ないです。そのまま『赤ずきんちゃん』と」
「『青髭』とかあったよね」
「ええあれの王女様の名前何でしたっけ!?」
 ブルーフェリオスに記憶の曖昧な童話を振られ、アメリアが慌てふためいた。
「・・・その辺にしとけ。童話に気を取られて不意討ちでもされたらかなわん」
 半ば投げやりな口調でゼルガディスが言い、アメリアも記憶を振り絞るのをやめたのか視線を前方に戻した。
「・・・コッペリアって、戦争の為に造られたんですよね?」
「史書によるとそうだ」
 崩れ落ちた瓦礫から、進める通路が無いか探りながらゼルガディスが答える。
「こんな強いコッペリア達を作る事に成功したのに、何故滅びたんでしょう?」
「それは今だ明らかにされていないが、仮説が二つある。一つは疫病だ」
「疫病・・・」
「この地方では『黒吐(こくと)病』と呼ばれた。初期においては症状が全く見られず、ある日突然どす黒い血を吐く」
「黒い・・・血?」
「静脈が腐敗し、血管が破れて血を流す。主に胃からやられていく為に『黒吐病』と呼ばれた」
「喀血すんの?」
「喀血は肺からだ。胃から吐くのは吐血」
 話を中断されたのが気障だったのか、ゼルガディスが睨みつける。
「マメ知識をありがとう、続けてよ」
 同じくらい不機嫌な顔でブルーフェリオスが答えた。
「コッペリアの製造に踏み切ったのは、侵略先に医術の発達した街があった事。疫病を食い止める為にコッペリア製造に踏み切ったが、疫病が蔓延するスピードの方が早過ぎて間に合わなかった――これが一説だ」
 頭に留める為に箇所箇所でアメリアが頷く。
「あの、今それに感染する危険はないんですか?」
「当時と今では医療技術も食事文化も全くレベルが違う。健常体であれば今の人間は発症しない」
「・・・そうですよね、今でもある病気なら知れ渡っている筈ですし」
 納得したように呟いて、それから再び口を開いた。
「もう一つは?」
「その頃の技術ではコッペリア製造はまだ危ういとされていた。それでも断行したせいでコッペリアが暴走して自滅した。有力とされているのは前者だが、未だ後者も完全に否定はされていない」
「・・・・・・」
 二つの説を脳内で比較しているのか、アメリアの視線が宙を向いた。
「・・・後者だったとしたら、かつて暴走したコッペリアが生き残っていて、私達に攻撃を仕掛けてるって事になりますよね」
「・・・・・・」
「ゼルガディスさん?」
 返答の無い彼に問い掛けても、ゼルガディスはまだアメリアを見つめたまま。
「有り得ない・・・だとしたら」
「ゼルガディスさん?」
 思慮から結論に辿り着いたらしい彼の表情に、アメリアがもう一度呼びかける。
「ゼルガディス!!」
 強く呼びかけたのは――アメリアではなく、ブルーフェリオス。
 その叫びは、呼びかけではなく警告だった。
 左右から鋏のように迫る衝撃波に、
 瞬時に反応したゼルガディスが後方に飛びすさる。
 数秒前までの立ち位置で光が合わさり、視界を遮蔽する爆発を引き起こした。
「ゼルガディスさん!!」
 走り出そうとしたアメリアを、ブルーフェリオスが後方から引き留める。
「アメリア! 左!!」
 後方からマントを引っ張られると、必然的にブルーフェリオスの意図する方向へ向く。
 衝撃波を打ち出した相手を正面に捉え、アメリアが反射的に両手を突き出した。
「「エルメキア・ランス!」」
 声が重なったのは――距離を空けたゼルガディスが、自分とは正反対の方向に向かって光を放った為。
 避ける動作すら見せず真正面から精神波を受けたそれは、歩みを遅らせる事もない。
 白い――ショートヘアの黒髪以外、全てが白い衣装。
 丈の短いフレアのドレス。銀の装飾品。線の細い体躯。
 その全てが人間と違(たが)わないのに――生命を感じさせない、無機質な美少女。
「・・・白雪姫でも、シンデレラでも・・・ない」
 アメリアが後方を振り返った。
 同じ顔だった。
 同じ衣装、同じ装飾品。同じ体型。
 但し――身にまとう物は、全て対称的な漆黒。
「同じ・・・?」
 記憶にある、どの童話とも結びつかない。
 混乱した脳が、反射神経を遅らせる。
「アメリア!」
 突き飛ばされて――床を転がった。
 受け身が一瞬遅れ、背中に痛撃が走る。
 それでも何とか身を起こすと、ブルーフェリオスが白い衣装のコッペリアと剣戟を交わしていた。
 少女の細い腕が、鋭利な刃に化けている。
 ――考えてる場合じゃない、名前を確かめれば済む事!
 立ち上がり、駆け出した瞬間、ゼルガディスの声が聞こえた。
「名前が、無い!」
「――!?」
 驚愕に手を止めてしまったのか、振り払われてゼルガディスが後方に吹っ飛んだ。
 アメリアが即座に爪先の向きを変え、追い打ちをかけようとしていたコッペリアの前に突っ込む。
「ヴィスファランク!」
 走る勢いを殺さぬまま、横から突き出す右ストレート。
 脇腹を打たれ、重量の無いコッペリアが軽く吹っ飛んだ。
 追う事はせず、アメリアがそのまま足を止める。
 体勢を立て直したゼルガディスが、後ろで剣を構え直す気配が伝わった。
「確かですか、名前がないのは」
「項(うなじ)だろう。間違いない。髪に隠れてすらいないのに見えなかった」
 抉(えぐ)られた箇所を復元させながら、何事もなかったようにコッペリアが起き上がる。
 ゼルガディスの断定の言葉と、コッペリアの様相にアメリアが苦渋の表情を浮かべた。
 近くで聞こえるブルーフェリオスの剣戟の音も、今はまだ優勢だが――
「このままじゃ体力だけ削られる・・・何とかしないと」
 方法よりもそれは、この人形達の真名を思い出すか探し出すか。
 黒のコッペリアと真正面から対峙して――
 その塗料で彩られた顔が、妖艶な笑みを貼り付けているのに気が付いた。
「・・・・・・」
 白のコッペリアも、先程正面から見据えた。
 同じように化粧を施されていても、同じ表情ではなく、清楚で――
「儚げな・・・」
 脳裏に、何かがよぎった。
「同じ顔で・・・でも違う人物!」
「アメリア!?」
 拳にまとう光を消して、唐突に相手に突っ込んだ彼女にゼルガディスが叫ぶ。
 ――が、制止の手よりも早く、アメリアはコッペリアの顔面に手の平を叩きつけていた。
「オディール!」
 アメリアの首に触れる直前の、鋭利な指先が止まった。
 頭部から亀裂の如く広がった光が、挙動を止め存在すら打ち砕く。
 崩れ落ちるコッペリアには目もくれず、アメリアがもう一体に向かって駆け出した。
 丁度ブルーフェリオスが、相手の攻撃を弾いた一瞬。
 上半身が僅かにのけぞり、それでも視線は相手から外していない――その一瞬に。
 宙に弾き上げられた腕を掴んだ。
「――オデット!」
 もう一度攻撃を繰り出そうとしていたブルーフェリオスの手が止まる。
 既にその相手が、行動不能になったのを悟って。
 掴んだ腕の感触も砂になり、アメリアが手を開いた。
 指の隙間から砂がこぼれ落ちた。
「・・・・・・」
 体力を無視して疾駆した疲労が今になって襲い、アメリアが床に座り込んだ。
「・・・オデット?」
 息を整えてから顔を上げる。
「白鳥のオデット、黒鳥のオディール・・・・・・『白鳥の湖』です」
「聞いた事はあるが・・・あれは童話だったか?」
 歩み寄ってきたゼルガディスに、アメリアが首を横に振った。
「童話で繋がってるんじゃありません。クラシックバレエの代表作なんです。『眠れる森の美女』も、『くるみ割人形』も」
「そう言われれば、聞いたような気もするけどって感じ」
 ブルーフェリオスが首を傾げた。
「教養文化の範囲じゃ、アメリア以外にわかる筈もないな」
 ゼルガディスの手を借りて立ち上がったアメリアが笑みを浮かべた。
「記憶を総動員して、何とかでしたけど。私も詳しい訳じゃないんです」
 それからふと、思い出す。
「ゼルガディスさん、何か言いかけてませんでした?」
「ん?」
「コッペリアに襲われる前です。『有り得ない』って言ってましたよね」
「あ・・・ああ」
 本人も忘れていたのか、思い出したように頷いた。
「アメリアが言った『かつて暴走したコッペリアが生き残ってて』の言葉だ」
「・・・違うんですか?」
「盗掘の跡がそこかしこにあるんだ。コッペリアが居たら見つからない筈がないだろ?」
「・・・ああ」
 納得の為か、手を叩く。
「じゃあ誰かが、甦らせたって事ですか?」
 推論を言ってから――言ってしまってから――その該当する人物が一人しか思い当たらない事に気付いて、アメリアが青ざめた。
 それを賞賛するように聞こえてきたまばらな拍手の音。
 二つに重なって聞こえるには、四本の腕でわざわざ拍手をしてみせている為。
 アメリア達が振り返ると、天井の高いその部屋の、折れた柱の上に仮面の魔族が座っていた。
「ご名答」
 それから、その場に立ち上がり優雅ともとれる礼を見せる。
「・・・マステマ・・・」
 一番会いたくない、けれど出会わざるを得ない敵。
 アメリアよりも一歩前に出たブルーフェリオスの、その決意にも似た横顔に、
 彼の言った言葉を思い出して、アメリアが目を見張った。
『僕に何があっても、マスターを助ける事だけを最優先して』
「ブルーフェリオスさ・・・」
 だが、彼の態度を嘲るように、
 マステマの一本の手が、指を打ち鳴らした。
「さて、ご紹介しよう」
 その柱の後方――辛うじて潰れていなかった扉から、
 娘が一人、歩み出た。
「古代王国アディトジール――その最後の王妃、ヴィヒトリーヌ。私に一太刀浴びせたなかなか優秀な戦闘能力を持つよ」
 少女達よりも僅かに成長した、それでもまだ幼さの残る細身の体躯。
 豊かなブロンド。豪壮な衣装。絢爛な装飾品。
 そして――
「見つけた時には既に頭部がなかったからね・・・肖像画から復元してみたよ。絶世の美女が勿体無いだろう?」
 その顔は、アメリア達を認めた時、明らかに初めて「微笑ん」だ。
「趣味の悪い・・・」
 吐き捨てるように言ったのはゼルガディス。
 賞賛と受け取ったのか、マステマが耳障りな笑い声を響かせた。
「さて、彼女の人形としての『真名』は私も知らない。既に頭部がなかったのでね」
 肩を竦めるような仕草をしてみせ、それから一瞬で消え失せた。
「待て!」
 追おうとしたブルーフェリオスも、歩み寄ってくるコッペリアに阻(はば)まれる。
『もう少しだ・・・邪魔は許さぬ』
 虚空から聞こえた声に、
 彼は糸が切れたように激昂した。
「これ以上、させてたまるか!」
「ブルーフェリオスさん!?」
 向かってくるコッペリアの攻撃をかわし、後を追うように闇へと駆け消えた。
「追わせろ。あっちの足止めも必要だ」
 抜刀し、ゼルガディスが構えた。
 コッペリアの標的は、既にこちらへと移っている。
「でも・・・」
 彼は――
「・・・・・・・・・」
 気がかりを残したまま、
 アメリアは――コッペリアと対峙した。

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16042Re:Coppelia Requiem 4ゆずる 2004/2/23 00:51:07
記事番号16037へのコメント

どうもはじめまして、ゆずるといいます
以前から話は読ませていただいていたのですが、再開楽しみにしていた甲斐がありました!
コッペリアとの戦闘すごく面白いです
ゼルガディスとアメリアもなんだか賢く強くかなり素敵です、とくにお書きになられるアメリアがまさに理想であります!
ブルーフェリオスもいいキャラなので今後続きが気になるところです
それでは短いですが、陰ながら応援しておりますので頑張ってくださいっ

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16048ありがとうございます水晶さな URL2004/2/24 22:09:24
記事番号16042へのコメント

 初めまして、コメントありがとうございます。水晶です。
 以前から読んで頂いていたのに、話の間が空いてしまって申し訳ないです。
 単独ならまだしもシリーズものの難しさを痛感しております。
 話中に大半戦闘シーンが登場する物騒な話ばかりですが(苦笑)、戦闘描写が好きなので楽しんで頂けて幸いです。
 シリーズという事もあって、アメリアもゼルガディスも何かしらの成長をさせています。特にアメリアは落ち着きを得たせいか原作の性格から離れてしまったなと懸念していたのですが、嬉しい御言葉を頂きましたので「一味違うアメリア」ということで貫こうと思います(笑)。
 オリジナルキャラは気に入られないとそれまでのキャラなので(笑)、何とか一行に混ぜ込む事ができたようで安堵しています。最終話まで必要なキャラなので、行く末を見守って頂ければ。
 御声援ありがとうございます。宜しければ最終話までお付き合い下さいませ(^^)
 

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16045Re:Coppelia Requiem 4祭 蛍詩 2004/2/23 19:11:16
記事番号16037へのコメント

 こんにちは、祭です!
 いえ、本当に時期とかお気になさらないで下さいっ;;
 いつでも読ませて頂くだけで十分ですvv

 全部童話に出てきたヒロイン達だったんですね、と、思いきや、バレエだったんですか!
 白いコッペリアさんと黒いコッペリアさんの正体はすぐ分かりましたv
 なぜかというと、バレエの『白鳥の湖』は今回の音楽のテスト範囲なんですよ〜;
 それで覚えてたんですが、黒鶴さんの名前は忘れてました; 
 オデット姫のほうは覚えてたんです。 王子は確か、ジークフリート……でしたよね?
 なんか、マステマさんも出てきちゃって大変そうですね。 あと、新しいコッペリアさんも強そうですし…。
 −というか、単身でマステマさんを追ってっちゃったルー君が心配です!
 大丈夫でしょうか…?

 では、今回はこの辺で!
 続きを楽しみにしてます!! 次はもっとまともなレスができるよう頑張りたいと思います……(滝汗

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16049ありがとうございます水晶さな URL2004/2/24 22:48:15
記事番号16045へのコメント

 コメントありがとうございます、水晶です。
 人形の題材には大したものではないですが引っ掛けを用いてみました。ヒロイン達をホラーに仕立てあげてバチが当たりそうですが(汗)。
 白と黒だけで白鳥の湖を推測されたのには作者も驚きです。
 宜しければ最後の一体、ヴィヒトリーヌ王妃の人形名も推察してみて下さい。
 いい加減引っ張りすぎたマステマの本性も今話中に明かさなければならないので、辻褄合わせが大変ですが(爆)最終話まで見守ってやって下さいませ。

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16047Coppelia Requiem 5水晶さな URL2004/2/24 21:49:02
記事番号16019へのコメント


「わかるか?」
 何を、とは聞かずともわかる。
「外見だけじゃさっぱりわかりません。バレエ、そんなに詳しくないですから」
 諦めたようにきっぱりと言い放つアメリアに、ゼルガディスも同感だと言いたげに嘆息した。
「実在人物をモデルにしたんじゃ、重ねて上に付けられたニックネームなんかわかりませんよ。大体何で王妃がモデルにされるんですか? 趣味どころの問題じゃないですよ」
「俺に聞くな。今それを言っても仕方ないだろ、まともに戦って勝てる相手じゃない」
「わかってます。せめて資料を探す時間でもあれば」
「時間稼ぎだけなら、いくらでも」
 単調な行動しかできない脳だけが救いだと、言って彼は攻撃態勢に入る。
「・・・じゃあ」
 アメリアが、言霊を紡いだ。
「フロウ・フォール!」
 歩み寄ってくるコッペリアに、真正面から激流を浴びせた。
 抵抗もしない彼女は、容易く水に絡め取られる。
「――ヴァン・レイル!」
 横からアメリアの手を掴んだゼルガディスが叫び、
 水の流れを一瞬にして凍結させた。
「念の為っ!」
 傍目から見ると蜘蛛糸に絡められたコッペリアの上から、デモナ・クリスタルで氷を厚くする。
 幾重にも巻かれた氷の層で、その姿すら覚束なくなってようやく手を止める。
「・・・・・・・・・」
「どのくらい持つと思います?」
「永遠に、と言いたいところだがどうだか」
 推測する時間も惜しいと、ゼルガディスが踵(きびす)を返す。
「ブルーフェリオスが童話集を見つけた部屋は何処だ?」
「え、図書室を探さないんですか?」
「何処にあるかわからない図書室は後回しだ」
「わかりました、こっちです」
 先導するアメリアに、ゼルガディスが従った。
 振り向いて確認した氷柱は、今の所まだ凍結を保っていた。



 金の眼が、焼けるように熱かった。
 感情に任せて敵に突っ込むなど、『彼女』が知ったら詰(なじ)るだろうか。
 それとも――彼女が居た頃には見せなかった行動を、ただ驚くだけだろうか。
 ――前者、かな。
 走りながら、彼は苦笑した。
 痛いほどの片目の熱は、恐らく彼を戒めたいのだろうが――
『マスターを、助けて』
 ――『必ず』と、誓ったけど。
 下唇を、噛んだ。
 ――どうして、奴が見過ごせる?
 何の前触れもなく、跳躍した。
 真下から床石を貫いて突き上げた、二本の剣。
 着地する筈だった先の床にも亀裂が走って。
 仕方なく天井を伝っていた木の根にしがみついた。
 爪が樹皮を削り、
 その感触と、違和感に驚愕する。
「これは・・・!?」
 自らが手にしたものを振り仰いだ一瞬に、
 横薙ぎの攻撃を受けて、崩れた石畳と一緒に落下した。



「アディトジールの王妃は、美貌が災いして征服地から半ば強制的に連れてこられたという話だ」
 書物を選別しつつ、告げる。
「人形の見た目ではまだ幼い雰囲気でしたよ。肖像画を元に同じ顔に作ったとしても・・・」
「大昔の話だ。低年齢での結婚が至極普通に行われていた時代、さほど珍しい事ではなかった」
 それでも自分と近しい年代なのが気にかかったのか、アメリアの返答はなかった。
「逆に珍しいのが・・・アディトジールの王は、王妃以外の妻を持たなかった。一夫多妻制の文化でありながら」
「え・・・?」
「娶る際に娘を連れて来た街と両親に約束したそうだ。娘以外の妻は持たず、一生大切にすると」
「・・・何だか、不思議ですね。コッペリア製造を断行したり、侵略を進めたりしていた人物がする事と思えないです」
 書棚から適当に本を抜き出したアメリアが、声をあげた。
「どうした」
「これ・・・誰かの日記です。でも文字が・・・見た事なくて」
「ちょっと見せてみろ」
 ゼルガディスに渡すと、あまり得意ではないのか顔をしかめた。
「癖のある文体・・・アディトジールの公用文字じゃない・・・寧ろその周辺の・・・」
「それって・・・王妃の日記じゃないですか?」
 アメリアの言葉に、ゼルガディスが眼を見開いた。
「他国から連れてこられたのが、王妃だけなら」
 自信無げに付け加えるアメリアに、ゼルガディスがページを捲(めく)った。
「・・・正解、みたいだぞ」
 それでも箇所箇所しか読み取れる部分がなく、ゼルガディスが告げる。
「最初は悪態や悲嘆ばかりだ。それでも自分以外妻を持とうとしない王を不思議がっている」
「うー・・・ん?」
 その心情を想像できなかったのか、アメリアが眉をひそめた。
「ヒントになるんでしょうか・・・それで? 最後のページとか」
「最後・・・」
 ページをめくっていたゼルガディスの手が、止まった。
 横から覗き込んだアメリアが、口を押さえる。
 文字が書かれていた最後のページは、糊を塗ったように貼り付けられていて、
 それを引き剥がした瞬間、糊の変わりとなっていた黒い染みを目にして、
「黒い・・・血・・・」
 青ざめたアメリアが、呟く。
「王妃も・・・黒吐病に・・・?」
「だから侵略を焦ったのか?」
 『一生大切にする』と誓った約束。
 それは誰の為でもなく、己自身が妻を、大事にしていたから。
「ちょっと待って下さい・・・じゃあ、あのコッペリアは、王妃をモデルにした人形でなく」
 声が、震える。
「王妃を使った人形だっていうんですか!?」
 遺体をその、土台に充てて。
「大切にすると誓った相手に、どうしてそんな事ができるんですか!?」
 驚愕か、恐れか、憤怒か、
 そのどれともわからずに、叫んだ。
「・・・大切にしたいから、そうしたんだろ」
 間を置いた後、小さく、
 低く呟かれたゼルガディスの声に、激昂を止められた。
「同感はできないが・・・恋慕故に狂気に変じた人間の例を見た事がある」
 繋ぐ言葉を見つけられないままの彼女に、
「それに、王妃をコッペリアにしたのが王だと断定できる訳じゃない。史書で今だ明らかにされていないのが、王の死だ」
「・・・え?」
「戦争で死んだのかも、黒吐病になったのかもわかっていない」
 遺体すら見つからないまま。
 滅亡した国土には、黒吐病の伝染を恐れて誰もその領域を侵さなかった。
 ただ自然の風化に任せるまま廃(すた)れて。
「マステマが動かないコッペリアを見つけて利用したのなら、人が滅びても人形だけは残ってたって事か、皮肉だな」
「でも、マステマは自分に『一太刀浴びせた』と――」
 アメリアの言葉に、ゼルガディスが逡巡した。
「王妃のコッペリアだけ、生き残っていた・・・?」
「でもそれだとゼルガディスさんの推測に矛盾が出ますよ。盗掘が既に行われているのに、何故王妃はそれを無視したんです? マステマには攻撃を仕掛けたんですよ?」
「・・・・・・」
 思案を巡らせてから、口を開く。
「単調な行動基準しか持たない純粋なコッペリアならともかく・・・生身の人間を土台にしたコッペリアの知能がどれほどかは計りしれん。だが・・・だからこそ侵入者に対して区別をつけたのかも・・・」
「・・・王妃の記憶が残っているという事はあり得ます?」
「完全に否定はできないが、それでも生前と変わりなくは難しいだろ」
 日記を適当にめくり、ゼルガディスが答えた。
「・・・それにしても、ヒントになるようなものもなかったな。童話集らしきものも見つからんし」
 ページが先頭に差し掛かって、その指が止まる。
「・・・ん?」
「どうしました?」
 読める部分で見落としていた箇所があったのか、指先が文字をなぞった。
「・・・最初は王だという身分を隠していた・・・」
「え?」
 アメリアが――読めないのは承知の上だが――横から覗き込む。
「王妃に対して、ですか?」
 ゼルガディスが再度文字を確認し、首肯する。
「『偽(いつわ)る』という単語がある。間違いは無いだろう」
 それが何か――と言いかけて、首を捻っているアメリアに目を止めた。
「・・・身分を隠して・・・えと」
 何か小声で呟いてから、ふと顔を上げる。
「ゼルガディスさん、王妃は貴族の出身でした?」
 唐突な質問に、しばし記憶を探る。
「いや、侵略地は国家といえる規模じゃない所がほとんどだ。それに自国以外はほとんど平民と見なされていただろうな」
「王族と、平民で・・・」
「どうかしたのか?」
 眉間にしわを寄せたアメリアが、必死で何かを呟いている。
「近いものが・・・それに近いものがあった筈なんですが思い出せなくて・・・」
「コッペリアの『真名』か?」
 頷いたアメリアが、諦めたように肩をすくめた。
「もうちょっとヒントがあれば・・・」
「・・・・・・」
 ゼルガディスの視線は、自分に向いていたのだが、
 肩越しに奥を見ているような――ほんのわずかな「ずれ」に、気付いてしまった。
「・・・・・・」
 振り返る事を拒否している首に、無理やりに言うことを聞かせようとした時、
 足音と共に滴(したた)る水の音までが聞こえて、
「・・・・・・っ!」
 上半身をひねって、振り向きながら同時に腕を突き出した。
「フレア・アロー!」
 照準を定めたと同時に解き放った矢は、目標物の中心を貫いて。
 それでも数秒後に起き上がった「彼女」は、無傷で、
 ――こちらを、見つめていた。

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16053Re:Coppelia Requiem 5祭 蛍詩 2004/2/25 19:00:58
記事番号16047へのコメント

 こんにちは、祭です!
 いえ、本当に白鳥の湖だと分かったのはまぐれなんですよ;; 
 その日に丁度、音楽の授業があったんで……。
 しかも、なんかレスに『黒鶴』とか、アホな事書いてて…わーん;『黒鳥』の間違いですーーっ;;
 『白鳥の湖』じゃなくて『白鶴の湖』になってしまう所でした;;

 そして、王妃のコッペリアさんですが……えっと、あんまりバレエは詳しくないんですが…;; 
 身分違い…って事は、シンデレラ、もしくはジゼル……ですかね?
 んにゅぅ…他にはあんまり浮かばないです…。

 どうやらルー君のいう、彼女とはレディスさんの事ですかね…。 
 しかもレディスさんを消したのはマステマさんみたいですね。
 ルー君が怒るのも分かります…。 でもなんかピンチみたいですね、ルー君;;
 がんばれーっ!!

 王妃のコッペリアさんはそうやって創られたんですか…。
 悲劇ですね…愛していたあまり、狂気とも言える行動に走ってしまった…と。
 うぅ、なんか可哀想であまり戦いたくない相手です;;

 はっ!! これも全てはマステマさんの所為っ!! 
 ルー君ーっ倒してくださいねーっ!! 倒すのが無理だったらせめて一太刀…。

 続きを楽しみにしておりますっ!!
 では、今回はこの辺で!
 

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16057おめでとうございます(笑)水晶さな URL2004/2/25 22:44:04
記事番号16053へのコメント

 「白鶴の湖」から逆算して「白鳥の恩返し」を思い浮かべてしまったのは私だけでしょうか。ある意味白いならどちらも似たようなものだとも言えますが(爆)。

 王妃の真名、ご名答です。先にレスから読まれるかもしれないので解答は「6」に出てきます。有名所しか用いていないので、少しでも知っている方には簡単過ぎたやもしれません(^^;)

 コッペリア話が一応終わりましたのでようやく本編に移ります。
 今の所の予定は全8話かと。
 6話分前置きですかという突っ込みだけはご容赦を(汗)。
 次作でアルカトラズシリーズ完結予定ですので、今回もまたかというほど引っ張らせて頂きます(爆)。
 

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16056Coppelia Requiem 6水晶さな URL2004/2/25 22:35:29
記事番号16019へのコメント


『バカ』
 夢の中の声のように、遠近の判明しない声。
 ――今更、言われても。
『何の為にわざわざ私が姿を出したと思ってるの?』
 ――自己主張・・・
「あいたっ!」
 頭蓋を内側から殴られたような衝撃に、ブルーフェリオスが思わず呻いた。
『言った筈よ。マスターを助けてって』
「確かに」
 呟いた声は、空気を振動させて、
 紛れも無い現実だという事を実感させた。
『一人で戦おうなんて思わないで』
「だって、実際一人だし」
 もう一度、頭蓋に衝撃。
「これ以上バカになったらどうすんの」
『いい加減にしないと怒るわよ。私はいつだって貴方と共にいるの。忘れたの?』
「忘れた訳じゃないよ。でも会話が成立するって事は磁場が歪んでるか――」
『マスターが近くに居るのよ』
 きっぱりと告げられた声はためらいもなく。
「・・・急がないと、か」
『ほら早く起きて。魔族に気付かれない内に』
「簡単に言うけどさ。今瓦礫の隙間に居るんだよ僕」
 正確に言うと、階上から床ごと落ちてきた為にその瓦礫に埋もれているのだが。
『誰が守ってあげたと思ってるの? さっさと猫になって抜けなさい』
 容赦の無い叱責に、ブルーフェリオスが嘆息した。
 言われた通りに抜け出して、再び人間の姿を象(かたど)る。
『早くアメリアを導きなさい。マスターに今必要なのはあの娘なの』
「・・・わかってるよ。木の根が集まる所だろ?」
『正確に言えば根じゃないわ』
 わかってると言いたげに首を振る。
「全く・・・恐ろしい事してくれたもんだよ」
 苦々しく呟くと、彼は駆け出した。



 フレア・アローで焦げた腹部を一瞥することもなく、彼女は立ち上がった。
「・・・ヴィヒトリーヌ王妃」
 優雅にすら見えるその立位姿勢は、戦闘的な様相を見せる事もない。
 それでもその足元から立ち上った妖気は、間違いなく魔族のもので。
「・・・マステマめ、余計な加工しやがった」
 ゼルガディスが歯噛みし、抜刀した刀身に光を這わせた。
 渦を巻くような妖気の流れに、アメリアが寒気を覚えて両腕を突き出した。
 防護壁を織り成した魔力に、黒い槍が突き立つ。
 コッペリアが伸ばした、爪だった。
「・・・・・・っ!」
 防護壁の解除と同時に、後方のゼルガディスが剣を手に駆け出した。
 振り下ろす剣が、受け止められる。
 その、灰色がかった爪に。
「・・・練成した鉄か!」
 はじかれて、間合いを取り直す為に後方に引き、
 瞬(まばた)きの刹那、眼前に迫ったコッペリアに対処しきれず吹っ飛んだ。
 後方の壁に打ち付けられて、くずおれる。
「ゼルガディスさん!?」
 叫んだ直後、横に跳ぶ。
 真後ろから伸びた爪が、床を砕いた。
 ――瞬間転移。
 浮かんだ単語に、ぞっとした。
「・・・えして」
「・・・え?」
 ゼルガディスの声ではなかった。
「かえして・・・」
 それは、確かに人形から聞こえた。
 まぎれもなく彼女の唇は、発声の為に動いて。
「私を・・・家に帰して!」
 絶叫と共に突き出された爪。
 辛うじてかわすと、後方に気配が飛んだ。
 振り返ると同時に、防護壁を紡ぐ。
 壁に爪を突き立てた、王妃がまだ絶叫していた。
「ゆるさな・・・い! 許さない・・・!!」
 ――王の、事?
 防護壁を張る腕に痺れを覚えながら、
「なら、何故出て行かないんですか」
 それでも叫び返した。
「もうここに居る必要なんてないんです!」
「アアアアアアアアアアァ!」
 その言葉が届いたのかどうか――
 意味の無い声をあげ、膨れ上がった妖気が防護壁を砕いた。
「!?」
 衝撃に吹き飛ばされ、床を転がる。
 強く身体を打って、一瞬息が詰まった。
 床に身を横たえたままのアメリアに、コッペリアが歩み寄って――
「・・・殺して、やりたかった・・・のに・・・」
 見下ろしたまま、呟く。
「私の前で・・・血を・・・吐いた・・・」
「・・・!?」
 驚愕に、目を見開く。
「王も・・・黒吐病に・・・?」
 その問いには答えずに、コッペリアが腕を振り上げる。
「・・・許さない・・・」
 床に耳を付けたまま、
 風の音を確信して、
 アメリアは床に手の平を押し当てた。
「――ベフィズ・ブリング!」
 床面に亀裂が走って――但しゼルガディスの所までは抑えて、
 粉砕された床石と共に、同時に落下した。
 落下感に堪えながら、必死に詠唱を続け、
 空中で静止に成功して、ようやく息を吐いた。
 先程視界の片隅にコッペリアが落ちていくのは確認した。
 思考回路が複雑にできていない彼女は、咄嗟の対応というのができないようだった。
 瓦礫に埋もれた彼女の位置を警戒しながら、下に降り立つ。
 予想した通り、空間が存在した。
 予想していなかったのは、そこがかなりの広さを持つ部屋で、
 棺桶が乱雑に積まれていたという事。
「・・・・・・」
 病死者の運ばれた部屋かと青ざめた時、
 コッペリアが瓦礫を押しのけて立ち上がった。
 周囲を見回して、わずかにたじろいだ。
「・・・・・・?」
 何かがあるとでもいうのか。
 思案する暇は無く、再び構える。
 コッペリアはただ立っているという姿勢のまま、対峙して、
 無造作に上げた腕に、妖気がまとわりついた。
 一瞬の後はじけた音と共に、自分に向かい打ち出された光弾を、横に跳躍して避ける。
「・・・っ!」
 着地して、上半身をひねり振り向きざまに腕を振る。
 ヴィスファランクの光をまとわせた手の平で、突き出された爪を掴んだ。
 焼けるような衝撃に堪えながら、渾身の力を込めて自らの方に引き寄せた。
 その爪を脇へとやり過ごし、本体の腹部に反対の手で拳を打ち込む。
 利き手ではない左ストレートが、わずかに焦点を誤った。
 打撃力は浅く、コッペリアが掴まれていない右手を振り上げた時、
 同時に唱えていた言霊を解放する。
「――ファイアー・ボール!」
 それは、コッペリアの爪を握り締めた右手から発せられ、
 手首ごとその身体を吹き飛ばした。
「っ!」
 一瞬だがその衝撃を自らの手にも受け、負傷したのを悟る。
 回復する時間も惜しく、床に落ちた人形の手を先に足で踏み砕いた。
 瓦礫に落ちたコッペリアが無造作に起き上がり、
 こちらを見定める寸前を狙って、アメリアが地を蹴った。
 ――回復するのに時間を要する程損傷を与えて、先に破界結晶を探すしかない!
 両の手の平に、最大限魔力を込めた光を貯めて、
 至近距離を狙って、腕を突き出す。
 顔を上げたコッペリアが目前に迫って、
 その姿が、かき消えた。
 ――瞬間・・・転移!?
 それに気付いた時は遅く、
 既に魔法は解き放っており、
 自分の姿勢は今から退避に転じるには遅過ぎた。
 絶望が胸中を占めた瞬間、
 再び現れたコッペリアが、
 放ったブラム・ブレイザーの光を真正面から受けているのが見えた。
「――え?」
 コッペリアが移動したのは、数メートル後退したに過ぎず、
 アメリアの照準からは全く外れていなかった。
 腹部に穴を開けたコッペリアが、わずかに前屈みになり、
 それでも立位を崩さなかった時、
 上空から急降下した剣の刀身に背から貫かれた。
「――アルティカル・クロス!」
 響いた言霊に魔力が収束し、
 コッペリアを地面に串刺しにしていた刀身から、翼が生えた。
 魔力で構成された蝙蝠を象った翼は刃となり、その身体を切り裂いて拡翼する。
 胸部から切断されたコッペリアの、上半身だけが前のめりに落ちて、
 その向こうに見えたのは、薄汚れた棺桶だった。
「アメリア!」
 上方から聞こえた声に振り仰ぐと、
 意識が戻ったのだろう、ゼルガディスが下りてくるのが見えた。
 翼の消えた、床に突き刺さったままの剣を抜いて、鞘に収める。
「この状態でもいつ回復するかわからん。今の内に――」
 言うゼルガディスの前を素通りし、アメリアが壁際の棺桶に近寄った。
「アメリア?」
「これだけ、確認させて下さい。私の見間違いでなければ、コッペリアはこれをかばったんです」
 言い切って、棺桶の蓋に手をかけた。
 木製の棺桶だが芯に鉄を使っているらしく、形状は崩れていなかった。
 仕方なくゼルガディスも手伝って蓋を開けると、
 朽ちた骸が、本を抱いて眠っていた。
 衣服は劣化し、骸も既に風化しているが、
 その顔や、胸元が黒く染まっているのだけは見てとれた。
「・・・黒吐病の、病死者か」
 ゼルガディスが呟く。
 アメリアが、本に手を伸ばした。
 表紙の埃を指で丁寧にぬぐって、
 そのタイトルを確認した瞬間。
 膝を折ったアメリアに、ゼルガディスが驚愕した。
「アメリア!?」
「・・・そういう・・・事・・・」
 呆然と呟く娘の手から、本が落ちた。
「・・・どうしたんだ、アメリア」
「すぐ、話します」
 それから、床にくずおれたままのコッペリアに向き直る。
 瞳は、無表情にアメリアを見つめたままだった。
 恐らく時間が経てば、再び何事もなく起き上がるのだろう。
 悲痛と、哀れみの視線にも、答える事は無い。
「・・・貴女の目の前で、貴女を人形にした王が死んで」
 語りかけるアメリアの声は、穏やかで。
「それでも貴女はこの地を去らなかった。その上、王の遺体を守り続けた」
「王の・・・遺体!?」
 ゼルガディスが棺桶を振り返った。
「何が始まりかなんてわからない。それでも憎んでいた王を、愛したんでしょう?」
 髪を、頬を、慈しむように撫でて、
「だから離れられなかったんでしょう?」
 問い掛ける娘にも、人形は答えず。
「でも、墓守はもう終わりです・・・眠る時が来たんです」
 息を、吸った。
「『ジゼル』」
 最後の呼びかけ――『真名』と共に、
 アメリアの手の平が、コッペリアの額に当てられた。
 その言霊に支配され、
 その名が鎖を切り離し、
 彼女の魂を包んでいた檻が、崩れ落ちた。
 光が――頭上に抜け、
 その中に見えた、まだ幼さの残る娘の、
 自らの体を抱き締めながら嗚咽をあげる、やるせない想いの――
 その全てを受け止め、アメリアは腕を天に差し上げた。
「――王の元へ、行きなさい」



  昔々、小さな村にはジゼルという美しい娘が住んでおり、
  時々村を訪れる、一人の青年アルブレヒトと恋に落ちました。
  ジゼルに横恋慕をしていた墓守の男は、
  二人の仲を引き裂こうと、青年が実は貴族で、婚約者もいる身分だという事を明かしてしまいます。
  悲しみに暮れたジゼルは悲嘆の余り、自ら命を絶ってしまいました。
  未婚で亡くなった乙女は、人を黄泉へと誘(いざな)う精霊ウィリーになるといいます。
  ジゼルの墓参りに来た墓守の男は、精霊達に惑わされて、その命を落とします。
  次に墓を訪れたのは、ジゼルが愛したアルブレヒトでした。
  ウィリーの女王ミルタは、ウィリーとなったジゼルにアルブレヒトが息絶えるまで彼と踊り続けるよう命じます。
  ジゼルは彼を助けてくれるよう懇願しましたが、女王の命令は絶対でした。
  それでも彼女は、頑(かたく)なに命を拒みました。
  痺れを切らした他のウィリーが青年を連れ去ろうとしても、ジゼルは彼を守り続けました。
  やがてウィリーの存在できる時――闇が消え、朝日が昇るその瞬間に、ジゼルは笑みを浮かべて姿を消しました。
  精霊の宿命すら打ち破り、彼を救ったのです。



「裏切られても、精霊になっても、愛する人の為に全てを捧げた――クラシック・バレエの代表作ともいわれる有名な話です」
 何故忘れていたのかと、アメリアが口惜しげに呟いた。
「・・・だから、遺体の側から動かなかった・・・盗掘に目をくれなかったのもその為か」
 本を閉じたゼルガディスが、元あった場所に収めた。
「・・・王の」
 棺桶に背を向けたまま、アメリアが口を開く。
「王のした事は・・・間違っていたと思いますか?」
「・・・黒吐病という存在がなければ、歴史も変わっていただろうな」
 蓋を閉めて――鎮魂の十字を切った。
「一般的には征服欲の強い権力者だったと言われているが・・・本当の所は当人にしかわからん」
 最も、当人ですらわからない所もあるだろうが――と付け加えて。
「だが、すれ違ったのは事実だ。互いに想い合っていたのに関わらず、自分の想いだけで相手の心を推し量ろうとしなかった。・・・今でも、よくある事だろうがな」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアが僅かに身じろいだ。
「・・・ごめんなさい」
 唐突に呟かれた謝罪に、ゼルガディスが眉をひそめる。
「・・・私、も。ゼルガディスさんを巻き込みたくない一心で」
 アルカトラズの根底にセイルーンが関わっている事実を、敢えて伝えなかった。
「他人事には喜んで巻き込まれるくせに、何を今更」
 軽く後ろから頭を叩(はた)かれてアメリアが顔を上げると、
 歩き始めたゼルガディスの後ろ姿が見えた。
「ほらさっさと行くぞ。やっと目的地に向かえる」
 手だけで促す彼の不器用な優しさが、ひどく嬉しくて。
「はいっ」
 少し震えた声で答えると、後を追う為に走り出した。

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16059Re:Coppelia Requiem 6祭 蛍詩 2004/2/27 19:26:31
記事番号16056へのコメント

 こんにちは〜! 祭です!
 わーいv 真の名前はジゼルだったんですねっvv
 有名な物しか知らなくて…; しかも粗筋まで知ってるのはさらに少なくて…;
 正解だった事にかなり驚いてます!

 レディスさんとルー君の掛け合いが微笑ましかったですv
 自己主張のために姿あらわしていたら笑えますvv しかもツッコミは頭の中からっ?! すごいですね、レディスさんv
 サラさんも近くにいるんですか。 木の根が集まる所…? 地下……ですか?

 相変わらず戦闘シーンが読みやすいですv さらっと読めますv 
 コッペリアさん、強かったですね〜。 でもって可哀想です……。
 結局すれ違ってたんですよね。
 姫、お疲れ様です; 今回は奮闘してましたね; 
 そして、久しぶりにゼルさんのアルティカル・クロスがでて嬉しいです!
 この技、すごくかっこいいので大好きなんですvv 翼が現れる所とかv
 でもって少し優しいですv 不器用だけど優しいんですよねv

 まだテスト前なので短めですが…;
 今回は、この辺で失礼します。 続きを楽しみにしています!
 

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16070いつもありがとうございます水晶さな URL2004/2/29 22:39:25
記事番号16059へのコメント

 今晩和、水晶です。7〜8は切るには切れが悪い為、最終話までまとめてUPしました。推敲に時間がかかった為お返事が遅くなってしまって申し訳ないです。

 コッペリアの真名の直答には作者も驚きです。
 次はもうちょっとひねってみます(笑)。
 
 結局レディスの素性も都合上次回に持ち越しになってしまいました・・・。
 破界結晶が目の前にあるのに、思い出話をとうとうとさせる訳にもいかず(泣)。
 
 今回は主にアメリアが戦っていた感があるのですが、久しぶりに戦闘シーンが書けて作者も楽しめました。あまり痛い描写を書くと自分も痛くなってくるのですが・・・私だけでしょうか。
 ゼルガディスの新技は使われないんですかとの御言葉を有り難いことに他でも頂いてしまったので、久しぶりに披露してみました。使い勝手が良いかと思って作ったのですが、濫用するのもどうかと懸念しておりまして(汗)。
 コッペリアはシリーズを書いていなければ、単独で深く書き込んでみたかった作品です。さすがにシリーズに組み込むのに長過ぎると脱線してしまうので断念しました。

 次作でシリーズ完結編となる為、今回の結末はほぼ「続く」となります。
 引っ張り過ぎなのは重々承知なのですが(汗)、終わり良しとする為全力で書き上げたいと。半年は空けないように頑張ります(汗)。

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16067Coppelia Requiem 7水晶さな URL2004/2/29 21:33:35
記事番号16019へのコメント


 銀の色が、疾(はし)った。
 光としか捉えられなかったそれは、一瞬だけ視界を横切って消えた。
 その後に来るものを想定して、咄嗟に両腕で身を防ぐ。
 一瞬の後、目に見えぬ気が押し寄せて肌が痺れた。
 骨まで響くような振動に吐き気を覚える。
 衝撃に押されるように後方に尻餅を付くと、前方に光が揺らめいた。
 その中に、女の姿。
 輪郭はおぼろで、今にも空気に溶け消えそうな気配すらある。
「マスタ・・・」
 ブルーフェリオスが呟きかけた時、その表情が確かに歪んだ。
 獣にも似た雄叫びを――但し声を発さず、空気を奮わせるだけの――あげて、
 その衝撃に肌が粟立った。
 人間的な要素が、明らかに薄れている。
 ひとしきり咆哮したピリオドが、力尽きたように地面にくずおれた。
「そろそろ限界のようだ」
 声は頭上から聞こえて、
 姿は足元から現われた。
 昆虫のような骨格の、四本腕の魔族がブルーフェリオスに背を向けていた。
「・・・っ!」
 起き上がろうとしたが、何故か地面から手が離れない。
 マステマはこちらに一瞥をくれることもなく、地面に伏したピリオドに歩み寄る。
「破界結晶から離れれば離れる程力は削られる。お前が外で消滅すれば、破界結晶の『核』がただの屍になってしまう・・・それは困るのでね」
「ふざけるな!」
 言葉に激昂して――自由な口だけで暴言を投げつけても、マステマは反応を見せず、
 一本の腕でピリオドの髪を掴み、持ち上げた。
「もうすぐだ。核が目覚めれば・・・近い」
 満足げに呟くと、空いた一本の手を振りかざした。
 その先に握られた壷から、黒霧が溢れて――
「――エルメキア・フレイム!」
 投げられた蒼の炎が、霧を喰らう。
 一瞬たじろいだマステマの腕から、ピリオドが飛び出すように逃れる。
 引き千切られた髪の先が、光の微粒子となって舞い散った。
「サラ・・・ピリオドさん!!」
 今しがた魔法を放ったアメリアの前に、ピリオドが倒れ込み、
 慌ててその身体を抱き起こすと、その肌の違和感に目を見開いた。
 水に触れているような、指先に電流を覚えるような、
 人の肌とは明らかに違うその感触。
 魔力にも似たその感覚は、今にも消えそうな程弱々しかった。
 アメリアが反射的に治癒の詠唱を始めた時、
 信じられない勢いで、ピリオドがアメリアの肩を掴んだ。
「!?」
 その瞬間、二人の周囲だけ空間が歪み、
 吐き気を覚えるような震動に、悲鳴を上げたが声にならなかった。
 淡く滲んだ視界が、ただ白く溶けて。
「アメリア!!」
 咄嗟にゼルガディスが手を伸ばしても、その指は宙を掻いただけだった。
 舌打ちしたマステマが後を追おうとした時、
 呪縛を解いたブルーフェリオスが、アルカトラズの切っ先をこちらに向けているのに気が付いた。
「不良品だな」
 嘲けるように言い、向き直る。
「そろそろ始まる。時間がないのでね、早急に片付けさせてもらうよ」
 マステマの言葉が終わるか終わらないかの処で、地面に震動が走った。
「――!?」
 異変に気付いたゼルガディスが周囲を見回すと、
 辺りに伝っていた木の根の表皮が、剥がれ落ちていくのが見えた。
 その樹皮の奥に、隠された光を。
「・・・アルカトラザイト!?」
 ゼルガディスが驚愕に叫んだ。
 地下に広がる遺跡に、絡み付くように侵食していた根。
 地上を覆う広大な森。
「根じゃない・・・これも『枝』だ!!」
 ブルーフェリオスが悲痛な声で叫び返す。
「アルカトラザイトで構成された、巨大樹!」
「全てが・・・全てが一本の巨木だと!?」
 脱皮するように、枝々が樹皮を振り落としていく中、
 マステマだけが不気味な静寂を保っていた。



 熱が全身を包む。
 頭から爪先まで駆け抜ける衝撃に、押し潰されそうになりながら堪えていた。
 自分を抱き空間を抜ける精霊ピリオドの姿は、輪郭が歪む程力を消耗している。
『破界結晶が胎動を始めている』
 言葉を発する時間も惜しいのか、思念に直接語りかけてくる声。
『始まってしまえば、核でも制御できない。マステマよりも早く辿り着かねば』
「マステマは・・・破界結晶の暴発で滅亡を狙っているんですか?」
 返答はなかったが、歯を食いしばる形相から時間が無いのは見て取れた。
 やがてちりちりとした疼きを皮膚が感じ取り、
 何事か首の向きを変えると、見知った輝きと魔力が辺りに犇いていた。
「・・・アルカトラザイト!」
 地の全てを這い伝う樹木の根のように。
 それは、視界を覆い尽くす程の眩(まばゆ)さを放って。
 束の間見た夢と――同じ光景だった。
 結晶に目を奪われた数秒後、
 アメリアは、自分の身体に回された腕が弱まるのを感じた。
「サラさん!」
 指先が、震えていた。
 ――否、指の形状を保つ事ができず、粒子が頼りなげに瞬(またた)いている。
『ここまで・・・来て・・・』
「駄目・・・何の為に私を呼んだんです! 何の為に私は力を受け取ったんですか!!」
 姿すらおぼろげになりかけた彼女に、
「終止符(ピリオド)を打つ為に、ここまできたんじゃないんですか!」
 涙ぐんで、叫ぶ。
「――こんなの、正義じゃないです!!」
 叫んだ瞬間、
 光が、爆発した。



 激震から地が崩れるまでそう時間はかからず、
 姿を現したアルカトラザイトが、脈打つように土を砕いた。
 地盤の崩壊を意に介した風もなく、剣が繰り出されて、
 反撃に転じる隙もなく、守勢を保つだけで精一杯だった。
 ――だが、
 後退しながら、ゼルガディスが眉をひそめた。
 どことなく、攻撃が甘い。
 以前剣を交えた時とは、明らかに鋭さが欠けている。
 ――手加減、しているとでもいうのか。
 だが、何の為に。
 後方から挟み込むようにブルーフェリオスも攻撃を仕掛けていたが、それも軽くあしらわれているようだった。
「魔族が時間稼ぎか!」
 ブルーフェリオスが語気を荒げた。
 破界結晶の暴発を待っているのか。
 ――違う。
 ブルーフェリオスの推測を、ゼルガディスが心中で否定した。
 ――本気を出せば簡単に始末など付けられる。
 この魔族の趣向なら、邪魔者を片付けた後ゆっくりと破界結晶でも眺めている事だろう。
 再び突き出された槍に、ゼルガディスが剣で受け流そうとした時、
 唐突に振り返ったマステマが、崩れた床から階下に飛び降りた。
「待て!」
 追いかけようとしたブルーフェリオスを後ろから掴み、ゼルガディスが風を舞わせる。
「何を狙っているんだ」
「破界結晶の暴発に決まってるだろ! アメリア達を阻止する気だ!!」
 ブルーフェリオスが苛立って叫ぶ。
「違う。まるでアメリアが行くのに合わせているみたいだ」
 ゼルガディスの呟きに、少年が驚いたように振り返った。
 レイ・ウイングを解除して、地に降り立つ。
 全ての枝の、帰結地点――
 視界で見渡せない幹の太さ。
 その眩(まばゆ)さ。
 抱えた力の、今にも溢れそうな危(あや)うさ。
 中枢に磔(はりつけ)の姿勢のまま、眠る核。
 まだ地下に続く根の存在など、考えたくもなかった。
 アルカトラザイトの大樹が、其処に在った。

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16069Coppelia Requiem 8水晶さな URL2004/2/29 21:47:28
記事番号16019へのコメント


 地を抜ける衝撃も、光に弾(はじ)かれて届かなかった。
 数秒の後開ける視界。その全てに広がった、アルカトラザイトの枝。
 大樹の――真上。
 アメリアが、詠唱の為に両腕を広げた。 
「アメリア、今」
 空中にアメリアを残したまま、手を離したピリオドが急降下する。
「終止符を――」
 その体が、破界結晶の中に溶けて消えた。
 核の目覚めた結晶が、喜びに打ち震えるが如く胎動の激しさを増す。
 徐々に近付くそれに、空気の抵抗に、アメリアが歯を食いしばった。

 中枢から溢れる熱。
 血と共に身体を駆け巡り、指の先まで浸透する。
 漲(みなぎ)る光に、負けたら飲み込まれるのではなく、
 それを全て『力』に変えられるか否かの勝負。

 アルカトラズの名を耳にした時から、全ては始まっていた運命(さだめ)。
「・・・この世ならざるもの」
 身体に水神の力を通した事も、その力を得た事も、
「禍(まが)つ力の果てし道」
 自らの扱う魔法へと改良した事も、
「天の導く光もて」
 怒りと悲しみでホーリィ・ブレスを増幅させた事も、
「聖(ひじり)の御手(みて)は指し示さん」
 サラマンディラから力を受け取った事も、
「終止符を今、此処に!」

 全ては、この時の為。
 溢れる力を、解き放った。

「――天聖光臨(セイクリッド・バース)!」

 光が、天地を貫く。
 アメリアの姿さえも飲み込んで。
 あまりの光量に目が眩(くら)んだ。
 氷柱を溶かすかのように、
 破界結晶に差し込んだ光が、アルカトラザイトの結合を砕いていく。
 琴線が切れるような音が連鎖的に響いて、不協和音の旋律を奏でる。
 花開くように外側が崩れ落ち、アメリアを迎え入れるかのように口を開けた。
 その中枢に抱かれた、たった一人の女を残して――
 金の髪の女が、頭上のアメリアを振り仰いだ。
 赤く彩られた唇が、笑みの形を浮かべる。
「待っていたわ、アメリア」
 両腕を、伸ばす。
 アメリアが手を伸ばして――受け止めた。
 そして、叫ぶ。
「レイ・ウイング!」



 光量の強さに視界を奪われて、一瞬何が起きたか判別が付かなかった。
 見えたのは大樹の頭上の天板が砕け、そこから飛び出した精霊と、
 空中に残されたアメリアが、挑(いど)むようにその魔力を解き放った事。
 微細な結晶の、一つ一つが分離される度に弾(はじ)ける力と光。
 それは破壊力を持たず、ただ純粋なエネルギーとして発光し、発熱し、分散する。
 その量が半端でない為、視界を奪われ肌に刺すような衝撃を受けた。
 数秒後に、地に下りた二つの足音。
 振り向くと、サラマンディラを抱えたアメリアが転げるように地面に着地していた。
「アメリア!」
 ゼルガディスが抱え起こすと、魔力を振り絞った疲労感からかその手には力が無かった。
 傍(かたわ)らの金髪の女は初対面の時と同じ格好で、こちらはそれほど疲弊していないのかすぐに立ち上がる。
 振り返るのは、まだ光の収まらない破界結晶で。
 アメリアも何かに気付いたのか、力の入らない体で必死にそちらを向こうと足掻いた。
 仕方なくゼルガディスが後ろから支えるような格好で、アメリアの向きを変える。
「・・・力が、分散しない」
 呟かれた言葉に、畏怖が込められていて、
 凝視していたサラマンディラの表情も凍り付いた。
「・・・何故だ、完璧に発動したんじゃないのか」
 ゼルガディスの目にも、不完全だとは思えなかった。
「あれが私の限界でした・・・破界結晶の隅々まで、結合を砕いた感触がありました。それなのに」
 喋り続けようとしたアメリアが咳き込み、ゼルガディスがあまり動かないよう諌(いさ)める。
「マステマは・・・何処だ?」
 光に目がようやく慣れてきて、ゼルガディスが周囲を見渡した。
 今攻撃を受けては、容易に防げる自信は無い。
 もっとも、ブルーフェリオスが自分より先に相手を追っていたが。
「ブルーフェリオスもいない」
「近くにいるわ」
 左腕の腕輪をさすって、サラマンディラが答えた。
「近くって・・・」
 ゼルガディスが再び破界結晶に目をやり、
 光の薄れた結晶の至近距離に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
 光源に近過ぎて、見えなかっただけのようだ。
 立ち尽くしていたように見えた彼が、脱力したように膝を地に付けた。
「ブルーフェリオス!?」
 アメリアを支えている為、走り寄る事のできないゼルガディスが叫ぶ。
「・・・吸収、されている」
「何!?」
 絶望にも似た響きで、呟かれた言葉が耳を打った。
「結合解除を狙って、マステマがこの中に飛び込んだんだ!! 何て事を!! 全てこの為の根回しだったとでもいうのか!!」
 絶叫し、地面に拳を叩きつける。
 アメリアが青ざめて、それでも身を起こそうとしてゼルガディスの手を押しやった。
 這いずるようにブルーフェリオスに近寄って、
 その光、その力の流れを感じ取ったのか、目に恐怖の色が浮かんだ。
「どういう事だ、何故この中に飛び込む必要が――」
 言った瞬間、地の底から湧き上がるような気配に包まれ、嘔吐感に襲われた。
 おぞましいほどあからさまな負の妖気。
「・・・アルカトラザイト結合解除のエネルギーは、暴発時の倍」
 サラマンディラの呟きが、やけに冷静なものに聞こえた。
「純粋な魔力エネルギーだけに、それを取り込むのも容易・・・例えば魔族が、己の力に変えるのにも」
「何だと!?」
 下へ下へと流れていた光の向きが、やがて途切れて、
 溶岩の噴火のように、それは起きた。
 破界結晶の根が空けた地の奥深く。
 妖気に変じた『力』が溢れ出した。
「・・・・・・っ!!」
 肌を焼くような、ひりつく瘴気にアメリアが顔を歪め、
 駆け寄ったゼルガディスが支え、ブルーフェリオスも掴んで後退させた。
「・・・この時を、狙っていたというのか」
「一枚上手だったという事ね」
「この賭けを提示したのはお前だ、アメリアは従わざるを得なかった!」
 淡々と呟くサラマンディラに、ゼルガディスが声を荒げた。
「そうよ、賭けはまだ終わっていない」
 悲壮な決意を抱(いだ)いた眼差しで、見据える。
「・・・あれはエヴェレーンを滅ぼした張本人」
 地の淵に、爪の伸びた足がかけられた。
 鱗が、黒い昆虫の甲殻で形成されている。
「・・・・・・」
 記憶の中のものと相まって、アメリアが叫んだ。
「アポクリファ・・・!」
 しかし、以前対峙したものとはその体格が比ではない。
 穴から首をもたげ、這い上がった竜が不機嫌な唸り声をあげた。
 ゼルガディスの視線は、竜ではなくその背に乗る人物に釘付けになった。
 白い仮面。見まごう事の無い魔族のペルソナ。
 しかし、その体格は骨ばったものではなく、寧ろより人間に近い体躯。
 身にまとう衣は、色が全て漆黒である事を除けば上流貴族の衣装にでも見えただろう。
 光沢のある銀の髪が、漂う妖気になびいた。
 五本の指のある手が、仮面に添えられ、
 外された面の下には、端正な男の顔があった。
 その瞳だけが、爬虫類と同じで異質な輝きを放っている。
「魔族、アシュタロト・・・」
 サラマンディラの呟きに答え、マステマの時と同じ動作で恭しく一礼する。
「復活に手を貸して頂いた事には、感謝せねばならんな」
 その笑みは穏やかで、
 周囲に漂う妖気とは不釣合い過ぎた。
「人の手を借りる魔族など、落ちぶれたこと」
 一歩踏み出したサラマンディラが、姿勢を低くして構えた。
 攻撃にでも出るつもりなのか、腕は呪文発動体制に入っている。
 それをあざ笑うかのように、アシュタロトが手を叩いた。
「君のファイティングスピリットには感心するよ。しかし互いが互いに万全ではない。勝負はフェアで行うものだろう?」
「何を血迷った事を・・・」
 サラマンディラの言葉を遮って、言葉が続けられる。
「端緒はセイルーンだった。ならば終結も同じ場所ですべきだろう」
「・・・!」
 その言葉の意味を悟って――サラマンディラが始めて切迫した声をあげた。
「やめなさい! 勝負はここで付けるの!!」
「始まりは七日後。楽しみにしているよ」
 アシュタロトの乗る竜が吼え――
 翼を広げると、上空の穴から一直線に舞い上がった。
「・・・・・・」
 気味が悪いほどの静寂が訪れて。
 三人が見つめる中、サラマンディラが膝を折った。
「ここで・・・終わる筈だった」
 アメリアが近付いても、顔を上げる事はせず。
「全てを賭けて、終わらせる筈だった」
「まだ、猶予があります」
 魔力を消耗している為、語意に覇気はないが、
「こんな簡単に諦める筈ないでしょう、貴女が」
 それでも一言ずつ口にする。
「何よりも長い時を耐え続けた貴女が、ここで投げ出すんですか? 貴女の覚悟はその程度だったんですか?」
 下唇を噛み締めて顔を上げたサラマンディラの、眼差しを正面から受け止めて。
「行きましょう。今度こそ終止符を打つんです」
「・・・マスター」
 ブルーフェリオスの呼びかけに、振り向いて。
「・・・僕も、アメリアに同感だよ」
 サラマンディラがほんの少し、微笑んだ。
「・・・随分と、根性のある協力者を連れてきた事」
「マスターの血を受け継いでるだけあってね」
 平静を取り戻したのか、いつもの皮肉を込めた物言いが戻っていた。
「ゼルガディスさん」
 アメリアが立ち上がって振り返ると、彼は頷いた。
「迎撃の準備が要る。早急に引き返した方がいいな」
「はい」
 決然と答えると、彼女は先頭を切って身を翻(ひるがえ)した。
「サラマンディラさん、道中で全て、聞かせてもらいますからね」


 全ての、始まりの場所へ。



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 次作「Grand Finale」にて、アルカトラズシリーズ完結予定。

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16079Re:Coppelia Requiem 8R.オーナーシェフ 2004/3/4 20:46:59
記事番号16069へのコメント

どうも。さなさん。読ませていただきました。
前回に予告をCoppelia Requiemと聞かせていただいたので、よく知らなかった「コッペリア」も読んできました。「くるみ割り人形」などまでは読んできませんでしたが。イメージとしてはコッペリアを作ったコッペリウス的な立場がアディトジール王ってことでしょうか。コッペリウスは嫌なおっさんとして描かれてましたが、この王様は若くて冷たい美形かな。こういう、悲しくて、美しいのは結構好きです。ハルシフォムに似てるかも。おそらく、最初は純粋でいい奴だったのでしょう。それが、愛しすぎてだんだん残酷に、破滅していく、シェイクスピア悲劇のようなイメージかな。そんな彼をヴィヒトリーヌは愛してしまったんですね。こういうテーマって、どこまでも奥が深いですね。すれ違い、自分の想いによって捕らえられて、やっとアメリアに開放されたんですね。あの話では婚約したカップルの男の方が人形のコッペリアに惚れてしまうわけですが、ゼルガディスがアメリアひとすじでよかった!ガウリナとかゼルアメとか読むと、やはりうれしくなってしまいます。ブルーフェリオス、お前、邪魔!・・・いや、ごめん。基本に忠実に二人を邪魔する彼がほほえましいです。
 サラさんも、コッペリアのイメージに重なって見えました。ずっとあんなことになっていたんですからね。壮絶な、生き方の強さが伝わってきます。最後のあたりの意外な展開は一気に読むことが出来ました。あのあたりは、さなさん、さすがだと思いました。そして、
「・・・随分と、根性のある協力者を連れてきた事」
この台詞はふきだしてしまいました。そりゃそうだろう。アメリアだもんな。正義の仲良し四人組は誰にも言えると思いますが、旅をしてからはリナに鍛えられて、アメリアのこういう部分はさらにパワーアップしてるだろうなと思うし。この辺が、をう!スレイヤーズやってる!と思って、うれしかったです。
次も、もちろん読ませてもらいましょう。ここまで来たことだし、最後までね。
それから、よく書くペースを気にしてらっしゃいますが・・・・・
大丈夫!多分俺より早いから。

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16100お久しぶりです。水晶さな URL2004/3/6 23:33:00
記事番号16079へのコメント

 R.オーナーシェフさんお久しぶりです。いつもありがとうございます。
 事前学習して頂いたにも関わらず、本題とはかけ離れた内容ですみません(汗)。
 ネーミングだけ借りて中身別物が多いのが私の作品です(詐欺)。
 寧ろ最初からジゼルと付ければ良かったのでしょうが、それだと謎かけにならないので・・・。
 アディトジール王とヴィヒトリーヌは古典的な悲恋劇イメージで書いてみました。自分ではなかなか手を付けないジャンルのキャラクターなので、苦労したものの新鮮でした。コッペリア話だけで深く掘り下げたい感もあったのですが、あくまでシリーズから脱線しないようにと。確かにこのテーマは軽く持ってくるには奥が深過ぎました。今度は真剣に捉えてみたいと思います。
 えー・・・ブルーフェリオスは故意に邪魔者です(笑)。ゼルガディスを嫌いな訳ではないのですが、ゼルガディスがブルーフェリオスを毛嫌いしているのでやり返しているというか(笑)。
 サラマンディラはここに来るまでちゃんと登場しなかったので、影が薄くならないにだけは気を使いました。最終的にはアメリアも、サラの義務と悲壮を受け止められるようにと。
 ちなみにラスボスは二段から三段変形が基本、が私の思考です(爆)。

 まさかこのシリーズだけで6話も続くとは思いもしませんでした。7話目でようやく終結を迎えられそうです。一度書いてみたかった、百単位・千単位の戦闘シーン。今から気合を入れております。
 シリーズ物故に忘れられない内に繋ぎを・・・と少し焦っておりました。
 最後のシメとなるので、多少時間がかかっても納得のいくものを書き上げたいと思います。
 コメントありがとうございました(^^)

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16089Re:Coppelia Requiem 8祭 蛍詩 2004/3/5 21:29:19
記事番号16069へのコメント

 こんにちは、祭です。 やっとこさテストが終わりました〜;
 心身ともにぼろぼろでございます;;

 はてさて、なんかすごい事になってますね。 
 やったー!倒したっ!あれ?でも次回で終わるっておっしゃってたような…なんて思っていたら…なんかマステマさんの方が一枚上手だし…;;
 アシュタロトさんはアポクリファまで連れているし…;;;
 皆さんピンチですっ!

 『天聖降臨』の魔法、かっこいいですね! 呪文の詠唱の言葉もとても綺麗で好きですv
 『ホーリー・ブレス』の呪文の詠唱も好きでしたv

 そして決戦はセイルーンで行われるようですね…。
 サラマンディラさんもセイルーンの人だったみたいですし。 アメリアちゃんが血を受け継いでる、という言葉が気になります。
 どんな関係があるんでしょう…?
 それと、サラさんがつけている腕輪は…ゼルさんとアメリアちゃんの娘に受け継がれるみたいですね…。

 今回の話はコッペリアさんが切なくて、でも緊迫していて楽しかったです!
 次回のお話で謎が全て解き明かされるようなので、とても楽しみにしておりますvv
 では、今回はこの辺で失礼させて頂きます。

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16101佳境に入りました水晶さな URL2004/3/6 23:45:28
記事番号16089へのコメント


 祭さんお疲れ様です、水晶です。

 ようやく起承転結の「転」辺りに来ましたので、ラスボス変形で・・・(爆)。
 最終話は決戦だけで書こうと思います。

 アメリアの大技はホーリィ・ブレスを越えなければならないので詠唱文句に気を使いました・・・。考えるのは好きなのですが語彙力が年々衰えているので(汗)。 

 次の話で説明しなければならない事が多過ぎて、ちょっといっぱいいっぱいな今日この頃です。
 とりあえず、サラマンディラとセイルーンの関係と、レディスの素性だけは忘れないようにと。いや忘れて話続けたら意味が通じないので入れなければならないんですが・・・(汗)。
 次作、泣いても笑っても最終話となりますので、手抜かりの無い様書き上げたいと思っております。ご期待をいい意味で裏切れるよう頑張ります(^^)