◆−memento−bookmark (2004/4/13 16:10:36) No.16273
 ┣Re:凄い傑作!−ハイドラント (2004/5/3 22:28:24) No.16348
 ┃┗Re:凄い傑作!−bookmark (2004/5/9 21:45:00) No.16372
 ┗読ませていただきました−aya (2004/5/9 21:14:44) No.16371
  ┗Re:読ませていただきました−bookmark (2004/5/9 21:49:59) No.16373


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16273mementobookmark 2004/4/13 16:10:36


 夜明け前の空は、まだ暗かった。
 背中を這い上がるざわりとした感覚。
 寒いわけではないのに、肌が粟立っている。

 まるで、頭から冷水を浴びせかけられたように飛び起きた。
 記憶の端にすら残っていないけれど、何かの夢を見たのかもしれない。
 小さな震えが止まらず、両手で自分の身体を抱きしめた。

 厭な感じ。
 どうして胸が騒ぐのか、何かが不安なのか。

 ベッドの上で、大きく息を吐いた。まだ胸の動悸は収まらない。

「早起きですね」

 誰何するまでも無い声。
 たった今現れたのか、それとも目覚める前からそこに居たのかはわからないが、
声の主にとっては、城の警護も城壁も、何ら障害になるはずも無く。

「しばらくお会いしないうちに、すっかり姫君らしくなられたようですね。
 それだけお美しければ、近隣どころか各地から申し込みが殺到しているのでは?」
「戯言を言いに来たわけじゃないのでしょう」

 足音ひとつ立てず、闇に融けていた黒衣の獣神官が姿を見せた。
 最後に見た時と何ら変わらない姿。
 わたしにとっては久しぶりであっても、彼等魔族にとっては、ほんの一瞬。
 時間の概念がまるで違うモノ。

「戯言を話してもいいですが、それをお望みではないでしょうから、用件のみお話しします。
 ……と言っても、あまり必要無かったかもしれませんね」
「どういうことです」
「僕が言わずとも、どうやらあなたは感じている……朧げながらではあるようですが。
 さすがは聖王都の巫女姫というところですかね。
 だから、こんな時間に目が醒めたのでしょう?」
「まわりくどい言い方は結構です。
 言いたいことがあるなら、さっさと言えば良いでしょう」
「これはこれは……失礼を致しました」

 芝居がかった一礼に苛立つ。
 こういった感情こそが魔族の糧になるとはわかっていても。

「彼が、お亡くなりになりました」

 ――オナクナリ? アア、シンダトイウコトカ。カレ? カレッテ……

 あまりに突拍子なことを聞くと、人はかえって冷静になるのだろうか。
 感情はきれいにどこかに行ってしまい、耳と頭は、言葉を言葉として理解する働きしかしなくなるのだろうか。
 この旧知の魔族が、わたしに向かって『彼』と言う対象はそう多くはない。

「…………さんが……」

 名前がよく聞こえなかった。
 何ひとつ反応しないわたしに、黒衣の神官は、もう一度ゆっくり繰り返した。

「ゼルガディスさんがお亡くなりになりました」

 確かにそう言った。


 とれくらい時間が経ったのかはわからない。
 ほんの少しなのか、それとも何時間もなのか。
 黒衣の魔族は、まだそこに居た。
 現れたときと何ひとつ変わらず、その薄い唇の端を僅かに上げて――笑った。

「どうして……」
「はい?」
「どうして貴方がそれを知っているんですか。何故わたしに知らせに来たんですか」
「おや? 嘘だとは仰らないんですか?」
「貴方が嘘を言わないことはわかっています。全てを言わずとも嘘はつかない事も」

 黒衣の魔族は、変わらぬ笑みを湛えて言葉を繋ぐ。
 彼をずっと追っていたこと。
 限りなく溢れ出す絶望も、繰り返し続く、砂を吐くような渇望も、どれも魔族にとっては極上の餌であることを。
 時に可能性を見せては、肩透かしを食らわせて突き落とす。
 どんな強靭な神経を持っていても、所詮は人間、精神が擦り減ってしまえば、僅かな隙間に付け入ることも容易になる。

「……何を……したんですか」
「いえ、簡単なことですよ。
 疲れきったゼルガディスさんの前に、如何にも、と言った物を置いただけです。
 思ったよりも簡単でしたよ……少々気が抜けたくらいにね」

 それが書物であったのか、宝珠(オーブ)であったのか。
 そんなことはどうでもいい。
 どんなに冷静な人でも、疲れきった時に、目の前に自分が探し求め続けた物があれば、迷わず手を伸ばすだろう。
 砂漠でオアシスを見つけた時のように。
 二度と会えないと思っていた人が、ある日突然現れた時のように。
 きっと彼も、同じ。

「でも、確かにゼルガディスさんの望みは叶ったんですよ。
 人間の身体……彼が恋い焦がれ続けた、元の身体を」
「じゃあ何故……っ!」

漆黒と紫の魔族が唇の片端を上げる。
笑いと言うには、余りに異質なソレ。

「彼も忘れていたんですよ。
 自分があの身体になってから、いったいどれほどの時が流れていたか」
「どういうことですか!」
「合成された異物を取り除けば、残ったのは人の身体。いくら緩やかではあっても、確実に擦り減っている訳ですから……と、ここまで言えばおわかりでしょう。
 ……おや、まさかゼルガディスさんが、あの見た目通りの年齢だったと思っていらっしゃいました?
 人の二十年程度の年月で、あれほどの知識や経験が積み重なる訳は無いでしょう。
 少し考えればわかることです」

 では彼は。
 無愛想ですぐ怒鳴って文句が多くて自分勝手で、聞きたいことは何ひとつ答えてくれなくて、そのくせ誰にも分からないように気遣うことを知っていて。
 去り際になって、やっと、ふれることが出来たあの人は。

「まあ一瞬だけでも望みは叶ったのだから、彼も本望でしょう。
 見ていた僕も、その後の暫くの時間を美味しくいただきました。念願のゼルガディスさんですから、そりゃもうすっかり残らず。
 あ、そうそう。お礼と言ってはなんですが、これをお持ちしました」

 闇を切って、虚空から現れた一振りの剣。
 間違いなく彼のものだった。見紛うはずなど無い。
 だが。

「……っ!」

 思わず手にしたそれを落としそうになったわたしを、可笑しそうに魔族は笑う。

「オマケを付けておきましたよ。
 それがアメリアさんの大事なゼルガディスさんです。それだけしか残らなかったのですが、まあ十分ですよね。目印もありますし」

 剣の束を握る、白い白い、かつては手首であった――骨。
 色褪せたピンクのベルトと泥に汚れた濃紺の珠は、いつか彼に渡した、あのアミュレットだった。


 いつ魔族が消え失せたかも気付かず、ぼんやりと立ち竦んだまま。
 暁光が射しても、瞳には何も映らなかった。
 光の眩しさも温かさも、風の音も花の匂いも。

 感じられるのは、手の中にある冷たく動かないもの。

「ゼルガディスさん……ゼルガディスさん……」

 剣をかき抱き、真白なそれに指を絡め、何度も繰り返して呼んだ。
 そうしたかった。
 それだけしか出来なかった。

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16348Re:凄い傑作!ハイドラント 2004/5/3 22:28:24
記事番号16273へのコメント

はじめまして、こんばんは。ハイドラントと申します。
大分前に読んで、感想書こうと思っていたんですが、色々あって遅れてしまいました。


何ともダークで残酷なお話ですね。
文章がリアルなためか、雰囲気がよく出ていて、対話だけなのに、緊迫感があり、こういうタイプの話では久しぶりに凄いものに出会ったと心から思いました。
文章の巧拙についてはあまりよく分からないんですが、私にとっては一文一文が感嘆ものでした。


人間に戻ったために、死んでしまったゼル。人間に戻させるためのものをおいたのはゼロス。
このお話でも視点としているアメリアの側から考えれば、ゼロスが人間に戻すためのものをゼルの側においたのだから、ゼロスが殺したようなものだということになり、ゼルを殺したゼロスは残酷な悪役ということになりましょうが(ある意味望みが叶えられたのだからもしかしてこれで良かったのかも知れないとか、ゼロスが何もしなくてもいつかこういうことが起きたかも知れないとか、思って一概にそうとは言えなくなるかも知れませんが)、ゼルの側から考えればどうなったのでしょう。
作中では明らかになっていないみたいですが、もしゼロスが見ていることに気付いていたとしたら、そして自分の死因(自分は人間に戻ったがゆえに死んだのであって、ゼロスのおいたものに毒が含まれているなどの仕掛けがあったのではないということ)に気付いていたとしたら、彼はゼロスをどう思ったでしょう。
私には全然想像がつきませんが、少なくとも「畜生、おのれ、よくも」という風に恨んだり憎んだり呪ったりはしていないと思いますから、そう考えるとゼロスは残酷であっても本当に悪であるのかどうかは若干ながら微妙になって来ますね。
まあ善悪の定義というものはかなり曖昧なものですし、魔族のおこないを善悪で計っても仕方ないのでしょうけど、色々と考えさせられます(サスペンスだけで充分凄いのに)。


本当に素晴らしい作品でした。
こんな感想で本当に良いのかと思いますが、これ以上は感想が言葉になりません。
これで失礼させて頂きます。
次回作発表する機会などありましたら、是非読ませて頂きますね。

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16372Re:凄い傑作!bookmark 2004/5/9 21:45:00
記事番号16348へのコメント

 ハイドラントさん、初めまして。
 拙作へのコメントをありがとうございました。お返事が遅くなって申し訳ありません。

 過分なお褒めのお言葉をありがとうございます。
 そうですね……こういうシチュエーションは、多々ある未来の中の、ひとつの可能性だろうと思って書きました。元々、魔剣士が外見相応の年齢では無かろうと思っているもので(苦笑)。
 ゼロスはいわゆる「悪」では無いと思っています。と言うか、善悪の区別など、絶対と定義されるものでも無いと考えますので。
 魔剣士の心情は……読んでくださった方がそれぞれ感じられたもので良いかと。私自身、明確な答えを出して書いたわけでもありませんので(^^;)。

 また次回お会いできましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
 ありがとうございました。

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16371読ませていただきましたaya 2004/5/9 21:14:44
記事番号16273へのコメント

初めまして。ayaといいます。

読後の気持ちを表すと、頭をガツンと殴られた感じでした。
哀しいというわけでなく、怖いというわけでもなく。
ただただ呆然と。
全体に、淡々と話が進んでいるからでしょうか。
ゼロスの行動やゼルガディスの死など、思うものはたくさんあったのですが、なによりこの
> それだけしか出来なかった。
という最後の一文。
アメリアの悲しさやその他諸々の感情を、これほど的確に表した言葉はないと感じました。
ああもう、ゼルアメだなぁと。

ぜひ次の作品も読ませていただきたいです。
短いですがこの辺りで失礼致します。


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16373Re:読ませていただきましたbookmark 2004/5/9 21:49:59
記事番号16371へのコメント

 ayaさん、初めまして。コメントをありがとうございました。

 ラストの姫に共感してくださったとのこと、とても嬉しいです。
 どちらかと言えば、姫を書き表すのが苦手ですので、そう仰っていただけると、頑張って書いた甲斐がありました(^^)。
 自分はどう転んでもゼルアメしか書けないですが、また精進して、少しでもご覧いただけるに値するものを書ければと思っています。

 お読みいただいてありがとうございました。