◆−ゼラゼロ風センチメンタル−石動 (2004/6/20 21:49:05) No.16486


トップに戻る
16486ゼラゼロ風センチメンタル石動 2004/6/20 21:49:05


 はじめまして、石動です。
 すばらしい小説の数々に触発され、自分でも書いてみたものを投稿いたします。魔族サイド(寄り)なので、ご了承ください。
 実は最初に思いついた話の前後編(設定としては途中間隔が開いているところに、この最初の案が入っています)なので、また書くつもりでいます。

 ゼラスとゼロスのお話です。
 テーマは、「ゼロスの初めての人間的感情」
 少しお時間がありましたら、眺めてでもいただければ嬉しいです。


<我らが苦しみ、人間(ひと)は知らず……>
 そのときゼラス様は不思議な表情をなさっていた。
 ずっと後になって、僕はそれが、「悲しみ」と「憐憫」に満ちたものだと知った。
 この、ずっと後、というのは、今では知った「人間に近い感情」による感覚だ。我ら魔族にとっては、ほんの瞬きほどの間でしかない。
 なぜそのようなお顔をされるのか、それも――同時に知った。

「お呼びですか?」
 ――ああ、ゼロスか。
 ゼラス様はそのあと、まあ座れ、と言いかけてやめた。我が最愛の上司にして絶対、ゼラス様は、もうすでに人間に近いそれを身に着けていたのだ。
 まだ僕は知らなかったけれども。
 なおかつ、そのように魔族らしからぬ言葉を吐かれるほどに、困惑されていた。そのことも。
 ――お前に物質界(マテリアルサイド)……いわゆる「人間の世界」に行ってもらわねばならんのだ、ゼロス
「わかりました」
 ――わかっとらん……
 ふうっ、とため息。僕は気付くべきだった。ゼラス様が妙に人間的な態度であることに。
 ――優秀なる息子にして我が忠実なるしもべよ
   そして唯一の部下にして、我が一部
   お前につらい命を下さねばならん
   だが今は、お前はそれが理解できぬのだ……
「ゼラス様」
 あの頃僕は若かった。
 こんなことを言うのも、その時ゼラス様が計画したとおりに、僕が「それ」を得たから。
 母にして、自分がただ一人従うべき存在であるゼラス様の、その言葉にただ疑問を感じただけだ。魔族として。
「僕は貴女様のしもべとして、存在しております。
 たとえ滅ぶことがあろうとも、すべては御心のままに」
 ……ふ……と、一瞬の苦笑を見た気がした。
 ――おかしなものよの……負と滅びを司る我らに、忠誠心というものがある……
 僕はふたたび首をひねる。
 ――お前のこの前の働きのおかげで、もはや竜は警戒するだけの力を持たん。
   次に警戒すべきは人間なのだ。
   だが人間とは、とても厄介だ。弱く、脆いが……危険だ。
   彼らとことを構える前に、お前には、人間世界へ行って彼らを調べてきて欲しい。
   彼らがどういうものか……
   人間の感情……行動を知らねばいかん。お前にはそれが必要なのだ。
 ゼラス様はとても不思議なことを語りだした。さらに続ける。
 ――戦うには敵を知るべきだ。わかるな。
   私は……お前を失いたくはない。
   これが出来ぬうちは、人間とは戦わせん。勝てぬかもしれないからだ。
「ゼラス様。僕はいつでも、ご命令とあらば」
 ――今は分からんだろう。
   前の戦いで……お前は一人で竜族をほとんど打ち倒した。しかしあの時、別の場所では、多くの魔族が倒れた。そういうものだ……
 ――お前を作ったとき、私は涙を与えなかった。
   あのときは、いらなかったのだ。
   だが今、必要になったからといって、お前のためといって、結局はお前を苦しめようとしている。身勝手だとは思う。私に逆らう力のない魔族(もの)に、高位(うえ)の意向を押し付けているだけに過ぎん。
   だが……
   我らは所詮、平穏には生きられぬ存在だ。
   せめてもうしばらく……滅びないで私に仕えてくれ


 

 あのときのゼラス様の表情が、悲しみであると今では分かる。
 そして僕も今、悲しみと苦しみ、哀れみをも持っていることも。
 だがそうなってでも、僕が滅びるのを忍びないと考えてくださった、ゼラス様の「心」が。
 今……僕の心に、しっかりと息づいている。

「ゼロス。あの娘のことを考えておったのか」
「……ほんの少し。ですが今は、次のお役目を待って、いろいろと想定して計画を立てております」
「お役所づとめが身についたようだな、すっかり」
 そこでゼラス様は、ちょっと息を継いだ。人間風に、言えば。
「……どうした?」
 そう。ほんとうに僕はどうしたのだろう。これはいったい、何だろう。
 ぽたり。ぽた。ぽとっ。
 円錐形の錐状で無く、そのとき僕もゼラス様同様に人間形態をとっていたのだが、人間で言う「目」に当たる部位から、ナニカが流れた。しだいに増え、頬の上で筋となり、滴った。
「ゼラス様……」
「いい。今は泣け」
 泣け? 僕が? 泣くとは?
「それが涙だ。たぶんお前は……悲しいのだろう。泣いていろ。しばらく」

 あの娘のためなのだろうか……
 僕自身への憐憫か?
 それとも――


                                                                   (了)