◆−魔王対勇者:連載第五回−ハイドラント (2004/9/10 22:36:03) No.16827
 ┣マシンガントークな神様ですか(^_^;)−エモーション (2004/9/12 23:42:45) No.16836
 ┃┗Re:「来る者拒まず、去る者逃がさず」−ハイドラント (2004/9/13 21:32:33) No.16840
 ┗魔王対勇者:連載最終回スペシャル−ハイドラント (2004/9/16 22:27:20) No.16851
  ┣推理小説談義(笑)−エモーション (2004/9/18 00:17:05) No.16853
  ┃┗Re:ミステリーは友情の掛け橋(?)−ハイドラント (2004/9/18 16:29:21) No.16855
  ┗あとがき−ハイドラント (2004/9/21 20:08:30) No.16857


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16827魔王対勇者:連載第五回ハイドラント 2004/9/10 22:36:03



 著者の言葉風
 神と悪魔って結局は同じようなものなんじゃないでしょうか。単に性格とかが違うだけで。


 魔王対勇者:連載第五回――最終決戦の場へ


 1
 当たり前のことなのだが、当たり前のことを省くようになると、その内大事なことまで省くようになってしまう危険性があるので述べておくことにしよう、洞窟の中は暗かった。
 そのため何も見えず、手探りで進まなければならないし、その上、視覚という人間にとって非常に大事な感覚を奪われたせいで、自分の存在が希薄に感じられて来る。不安でたまらない。
 だがハリーの言った通り、寒さはほとんど感じない。適度に涼しく、気温だけを見れば地上よりもよっぽど快適だ。ついでに言えば、不思議なことに、それほどじめじめしてもいない。
「それにしても……」
 不安を紛らわすためか、意識的に声を出す。それに続く言葉は、どこまで続いてるんだ、とかそんな感じのものだろうか。
 青年がこの洞窟に入ってから随分と長い時間が経っている。なのに何の変化もない。真っ暗な闇が続くだけだ。
 もしかしたら同じところをぐるぐる回り続けているのかも知れない。ずっと一本道のつもりで進んで来たが、洞窟の構造がアラビア数字の9みたいに途中から無限ループに入るようになっていて、どこかにひっそりと脇道が隠れているというような形になっている可能性も否定出来ない(抜け道がある時点で洞窟の構造はアラビア数字の9ではありえなくなるのだが、そんな細かいことは気にしなくて良い)。
 だが、そんなことを考えても不安が増すばかりだ。一本道であると考えるしかない。
「多分、迷宮みてえなもんなんじゃねえか」
 青年の言った迷宮とは、入り口から道が多数に分岐していて、入るものを迷わせ、惑わせる建造物のことではない。
 本家本元、元祖の迷宮には入り口以外の出口などどこを探してもなく、入り口から終着点までは一本道で、脇道や秘密の通路などは一切も二切もない。ついでに恐ろしい怪物もいないし、中は真っ暗闇なのだが、卑怯臭い罠なんかも全く仕掛けられていない。ここに入る者は入り口から終着点まで向かい、終着点から出口を兼ねている入り口まで戻って来ることになる(もちろん途中で引き返すことも出来なくはないが)。たったそれだけである。
 それのどこが迷宮だ、と思われるかも知れない。だが、実際そういうことになっているのだ。正直言って、作者も納得出来ずにいるのだが。
 それで、この一本道迷宮の存在意義だが、実は儀式とかそういうようなことに使われたようである。というかこの迷宮に入って出て来ることこそが儀式になっているらしい。ちなみにどんな儀式かと言うと、生まれ変わりの儀式であるという。
 迷宮の外はこの世界を、そして終着点は死後の世界を象徴しているらしい。儀式のため、迷宮に火のついた蝋燭一本を持って(もちろん、明かりなしで入るわけがない、怪我する)入った者は、死後の世界を象徴する終着点に向かって歩くことで徐々に死んでいき、終着点に辿り着いた時点で完全に死ぬ。そして終着点から再びこの世界、つまり生の世界である迷宮の外へ戻っていく過程で徐々に、新たな別の人間として再生していき、外に出た時にはすでに新しい人間として再生、つまり生まれ変わっている……ということになっているという。
 あくまで、象徴してるだけ、「ということになっている」だけなので、本当に死んだり別人として再生したりするわけがないが、儀式(青年の世界での)なんてものはそういうものだ。獅子舞に除魔効果が本当にあるわけではない(?)のと同じである。
 だがそれでも入って出て来れば、清々しい気分になって「生き返ったー」と叫ぶ者もいるだろうし、真っ暗闇のところをずっと歩くことになるので、そのために度胸がついて、(影響を受け易い子どもとかなら)勇敢な性格になり、周りから「うわあ、別人じゃん」と言われる可能性もある。
 それに、実際にこの迷宮に入ったことで人格が変わったという例もあるらしい。
 詳しくは知らないのだが、何百年か前、世界のどこかの国に、仕事もしないで遊び呆けるどうしようもなく救い難い穀潰しのダメ男がいたのだが、その男が儀式のために迷宮に入ることになった。
 そして入って出て来た時、男はまるで別人というのは大げさかも知れないが、とにかく入る前と考え方や性格がまるで変わっていた。その男は急に真面目になり、どんな仕事かは知らないが、とにかく仕事をするようになった。
 疑問に思った近所の人か男の知人かが、なぜ急に仕事を始めるようになったのか訊くと、男は答えた。
「俺はあの迷宮の暗い闇に、俺自身の姿を見た。どうしようもなく愚かしく、薄汚い俺の姿を。それを見て、俺は自分が嫌になった。もう死んでしまいたいと思ったくらいだ。だが、そのまま進んでいって、迷宮の終着点らしき場所に辿り着いた時、突然光が見えた。迷宮の闇の中、差し込んだその光は、もちろん蝋燭の光ではないし、外からの光であるはずもない。俺は思った。この光は俺の輝かしい未来から差し込んで来る光なのだと。その時、俺は自分の取るべき道を知った。このまま何もしないでダメ男のままいては、あの輝かしい未来はただの幻想と化してしまう。真っ当に生きよう。真人間として生まれ変わろう。そうすれば、俺の未来は必ずや輝かしいものになるに違いない。そう考えながら俺は入り口に向かって引き返し始めた(以下略)」
 かなり適当に書いてみたが、大体こんな感じだろうか。ちなみにこの男は本当に人並み程度には幸せになったという。めでたし、めでたしである。おっと、話を戻さなきゃ。
 青年は思った。
 もしも、ここが迷宮なら、俺は終着点で穀潰しの男のように天啓を得て、生まれ変わることとなるのだろうか。それに、この旅。異世界にいきなり連れて来られてから、ここまで、辿って来た道はほとんど一本道だった。選択肢は森での一件、少女の悲鳴に駆けつけるかどうか、というものくらい。あれもどちらを選んでいても、結局変わりなかったと思う。
 そしていつか元の世界という入り口に戻る。この旅自体も迷宮になっているのかも知れない。それならば、この旅こそが俺に取るべき道を見せてくれるというのか。そして俺はそのお陰で晴れて真人間になるというわけか。
 ……馬鹿馬鹿しい。
 現実世界での青年のことについては作者はほとんど考えていないのだが、恐らく例の穀潰し男とほぼ同種なのであろう。個人的には、妹が一人いて、その妹に思い切り軽蔑されているようなイメージがあるが。
 青年はさらに歩く。歩き続ける、希望を捨てることなく。
 どれだけ歩いただろうか、不意に目の前に光が差し込んだ。といっても、別に輝かしい未来から光が差し込んで来たわけではなく、青年の進む先に明るい場所があっただけのことである。
「まあ、所詮は小説、だな」
 黙れ! さっきまで思い切り不安がってたくせに。


 参考文献:秋月涼介「迷宮学事件」(講談社ノベルス刊)
(注:迷宮についての薀蓄部分はかなりいい加減に書かれているため、知識としては全く役に立ちません。それと、迷宮に入って人格変化した男の話は完全な嘘っぱちです)
 

 2
 そこは岩をくり抜いてと思しき、狭い円形状の部屋だった。天井は割と高く、ドーム風になっている。
 その部屋は、その中央部、青年の胸くらいの高さに浮かんだ光の球から発せられる、淡く白い光によって照らされていた。これ以上道はない。ここが洞窟の終着点なのだろう。
 青年はぼんやりと輝く光の球の方へゆっくりと近付いていく。そして手を触れようとする瞬間、光の球は突如地面に急速落下し、次の瞬間には細長い剣に変わっていた。
 剣は、先端部分が地面に突き刺さっており、そのために直立している。銀色の剣先はさながら鏡のように輝き、金製の柄部分には獣の頭部のレリーフがたくさん(十二匹だろうか? 数える気は青年には起こらなかった)彫られている上にダイヤモンドを思わせる宝石が埋め込まれていて、青年の持つ勇者の剣よりはよっぽど高級感がある。これがハリーの言っていた聖剣、魔王に倒された兄弟神達の残留思念が作った魔王退治のための武器なのだろう。
 突然、どこからともなく声が聴こえた。耳を澄ますと、その声は聖剣から聴こえているのだということが分かった。
「ここへ来たということは、お前は勇者だな」
 こういう状況で話し掛けて来る輩は、概してやたら滅多堅苦しくて古めかしい言葉遣いをするものだが(偏見?)、今回のはそれほどでもないようだ。
 声は、青年が返答するより速く、
「何も言わなくても良い。どうせ、ここへは邪悪なものは入って来れんのだからな。それこそ魔王でさえも入って来れんだろうし、お前が邪悪な者でないことはまあ確かだな。というわけで、お前にこの聖剣を授けよう。そしてお前を魔王の元へ送ってやろう。この剣は、長兄である私を含む、我ら兄弟すべての残留思念が合わさって出来ている。もちろん、私もその一部だ。つまり今喋っている私は剣ということになる。「吾輩は剣である」というわけだ。そんなような名前の小説が確かあったような気がするな? まあそんなことはどうでも良い。それよりも、だ。この剣(というのは変かも知れんな、私自身なのだから、いや、まあ良いか)はとてつもなく強い力を持っている。お前がもし強ければ、この剣を使うことによって魔王を倒せるはずだ。この剣は使う人間の力が強ければ強いほど、大きな力を発揮出来るのだからな。お前は強いよな? うん、そうか。強いか。さあ魔王の元へ送ってやるぞ。準備か? 準備は別に良いだろう。だから早く魔王を倒してくれよ。そうじゃないと……」
「うるせえぞ!」
 あまりにも饒舌過ぎる、聖剣から聴こえる兄弟神の長兄の残留思念らしき人物(以下、聖剣と略す)の声によるからの声に対し、青年は思い切り怒鳴り声を上げた。そしていったん息を整え、
「もっとゆっくり喋ってくれ。別に言ってることには異論ねえが、早口だとむかつく」
「ああ、すまない。つい興奮してしまったよ。何せ、ここへ人が来ることは滅多にない上に、来たやつも魔王の名前を出すとすぐに逃げていく。そういうわけで、魔王を退治してくれそうな人間、つまりは勇者が全く来ないのだ。だから次に誰か来たら、臆病者でも無理矢理勇者に仕立て上げようかと思ってな。それで、相手を逃がさないためには早口が有効かと思って、ずっとその練習していたわけだ。どうやらその成果は出ていたみたいだ。良かった良かった、はっはっはっ」
「だから、うるせえって言ってるだろうが!」
「ああ、すまない。また興奮してしまってな。本当に嬉しいんだよ。それで……」
 聖剣の声が、またもや饒舌になろうとするのを青年は遮って、
「もう良い。それが出来るってんなら。とっとと魔王んとこ連れてけ。お前の話聞いてるくれえなら、魔王と二人だけでババ抜きでもしてた方がまだマシなんだよ」
「なるほど、そうか。君は魔王の本当の恐さを知らないんだな。魔王というのは実に恐ろしい相手でな、魔王というのは……」
「だから、それがうるせえって言ってんだよ! それに長文会話ってのは読者にとっても相当な迷惑なんだよ。とっと魔王のとこなり何なりにいかせな。さもねえとテメエが神だろうがゴミだろうが何だろうが、マジでカチ殺すぞ!」
 その台詞はハリーに聞かれれば、恐らく何分の一殺しかにはされていただろうが、聖剣にとってはどうでも良かったらしい。
「おおっ、その勇気。君こそ勇者に相応しいな。じゃあ早速送ってやろう。その前にその地面にある剣を抜きたまえ」
「やっと、まともに喋れるようになったようだな」
 青年はそう言うと、早速、聖剣の柄に手を掛け、地面から引き抜くために力を入れる。アーサー王を始めとして、多くの小説や漫画や映画や劇やゲームソフトなどの主人公が引き抜くことに成功したように、青年もまた引き抜くことが出来た。
「ところで質問と頼みごとが一個ずつあるんだが」


 3
「わはははははははははは」
 汚らしい、野太い笑い声。品がない。生理的嫌悪感を誘う。最低最悪という言葉に相応しい。まさにキングオブ・ダーティ。ああ、この世にかくも不浄なものが存在していようとは。
「待っていたぞ、勇者よ!」
 聖剣の力で空間移動をさせられた青年の目の前には、ブタ野郎がいた。少し厳密に言えば、異常なほどの肥満体でそして背も異様に高い、黒く分厚い鎧を着込んだブタ面の男がいた。
「だがお前はここで倒される運命なのだ!」
 青年はまず右手に勇者の剣ではなく、聖剣(ちなみに勇者の剣と同じくらい軽いんです)を持っていることを確かめる(ちなみに勇者の剣はもう要らないので、「ハリーのものだから、どうせ売れない」という間違った考えに基き、洞窟の終着点に捨てて来た)。
 そしていったんブタ野郎から視線をそらし、周りを見わした。ブタ野郎のいる方を除いた三方の壁と天井が見える。それらは灰色の石で造られているようで、また床の材質も同じである。ちなみに背後の壁には重そうな金属扉があった。これが、この空間への入り口なのだろうが、青年の力で開けられるとは到底思えない。
「この私の手に掛かってな!」
 それにしても、この空間は広い。少なくとも小学校の体育館などよりは。先ほど天井と壁が見えたと言ったが、どれも結構距離が離れている。ちなみに窓とかは見当らず、何が光源となっているのかは全く分からないが、部屋は光に満たされている。魔法か何かの仕業なのかも知れない。
「この世界のすべての闇を総べる偉大なる覇者、魔王ピッグマン様にたて突いたことを存分に後悔させてくれるわ!」
 ブタ野郎のこの言葉が真実ならば、このブタ野郎こそ、兄弟神達を倒し、世界を滅ぼそうとしている魔王ということになる。それにしても、ピッグマンとは安易な名前だ。そのままブタ野郎と訳せてしまう。だから引き続き、こいつのことは、ブタ野郎と呼ぶことにしよう。
 このことを訊いた青年は、別段驚く様子はなく、手に持っていた聖剣をブタ野郎に向けて、
「ふん」
投げた。
 本来ならこれは愚行である。剣を武器として扱う者にとって、その剣を投げるというのは命を捨てる行為に等しい。だから普通は最後の手段としてしか使わない。
 だが、剣は見事というかあっさりと、ブタ野郎の額に突き刺さった。ブタ野郎は文章化不能の汚らしい叫び声を上げて、倒れ、フライパンに乗せられたバターのように、あるいはラードのように溶けて消え去り、後に剣だけが残った。
「ぐふっ」
 ブタ野郎の声。やはり台詞は定番のものだった。
「まあ、こんなもんか」
 青年は溜息を吐く。
 ――終わりましたね。
 どこからともなく声が聴こえた。ハリーの声だ。
 ――それにしても魔王のところまで送って頂いたんですね、兄達に。
「ああ、そうなることは見当ついてたのか?」
 ――まあ一応は、そういう可能性もあると思ってました。だからここをちょっと覗いてみたわけで……
 ハリーはそこで言葉をいったん切って、間をおき、
 ――それにしても、おめでとうございます。
 ハリーは心底嬉しそうに言った。
 ――あなたは魔王を倒しました。あなたこそは真の勇者です。
「おお、そうか。ならとっとと報酬を……」
 ――そうですね。ではあなたをこの世界に連れて来た慰謝料と損害賠償、それに依頼の成功報酬を合わせて、百万円で良いですね。
「ああ」
 青年が頷いた瞬間、中空から彼の足元へと何かが落ちて来た。どうやら札束のようである。青年はおもむろにそれを拾い上げると、札束から札を一枚抜き取り、丹念に丹念に見つめる。そして結論を出した。間違いない、これは正真正銘の日本銀行券、一万円券だ。
 青年は次に束ねられた札の枚数を数え始めた。あまりこういう経験がないのか、指先の動きは拙く、ペースは非常に緩やか、つまりトロ臭い。それでも途中でめげることはない。
「ふう、確かに百万あるな」
 数え終えた青年の顔は露骨にニヤけていた。これだけの大金を手にするのは初めてなのかも知れない。
 ――ちなみに、そのお金は私があなたの世界で正当な方法によって手に入れたものですから、心配しないで良いですよ。勝手に作り出したものでも、どこかからパクって来たものでもありませんから。
「ああ、それは信用してやろう」
 青年は寛大に、あるいは無警戒に言った。
 それにしてもハリーは、勇者の剣のことには気付いてないのだろうか。別に気にするほどのことでもないが。
「さて、やつを起こしにいくか」
 青年はそう言って歩き始めた。その足はブタ野郎を屠り、役目を終えて眠るかのように横たわっている聖剣の方へと向かっていく。
「おい起きろ、お喋り野郎、お昼寝は終わりだぞ」
 青年はそう言っていかにも高そうな剣を惜し気もなく思い切り踏みつける。何度も何度も。だが、何の効果も見られない。
 ――止めてください、ああ見えても私の大事な兄達なんですよ。
 聖剣のあまりにも乱暴な扱い方にハリーは、憤慨と哀願を絶妙に交えて言った。
「悪りい悪りい」
 と言いつつも、ちっとも悪びれた様子はない青年。だがそれでも、聖剣を踏みつけるのはさすがに止めた。拾い上げる。聖剣の反応は全くない。
 ――それにしても……兄達はまだお目覚めにならないようですね。仕方ない、では、早々に元の世界に戻して差し上げましょう。
「いや、そう焦ることもねえんじゃねえかな」
 その時、青年の表情が変わった。
 ――ということは、兄達が目覚めるまで待たれるということですか。
「いや、そういうことじゃねえ」
 ――じゃあ、どういうことです?
「どういうことって、読者の大半はもうとっくに気付いてるぜ」
 ――何のことです?
 ハリーの声は少し震えているように感じられた。青年の発言に動揺しているのだろうか、明らかな禁句を言ったのに、咎める様子もない。
「焦らしても仕方ねえから言うぜ。お前、魔王だろ」


 4
 青年はハリー(というかハリーの精神体)の、いそうな場所を適当に聖剣で指差し、満面の笑みを浮かべて言った。
 ――な、何を馬鹿なことを……
「馬鹿なこと? 事実だろうがよ」
 ――事実じゃないですよ、断じて。
「嘘吐け。魔王があんなに弱えわけじゃねえだろ。神サマ十二匹殺してんだろ。それなのに、剣投げて一発なんてありえねえ。ありゃあダミーに決まってるだろ」
 ――あれは剣の力とあなたの力が呼応してもの凄い力を引き出したんですよ。
「それにしたって弱過ぎだろ。寝言は言え」
 ――寝言を言ってるのはあなたの方ですよ。あなたこそ寝なさい。
「お前こそ、寝ろ」
 ――寝るのはあなたです。
 ああ、このままでは話題がずれてしまう。それに気付いたのか青年は、
「ともかくよ、まずは俺の話を聞けや」
 ハリーは少しシンキングタイムを取ることにしたのか、少しの間無言になり、そして、
 ――良いですとも。じゃあたっぷりと聞かせて頂きましょうか。あなたの寝言をね。


 あとがき
 どうも、ハイドラントです。
 ついに化けの皮が剥がされました。次回、最終回では物語が本性を剥き出しにして襲い掛かって来ます。青年が退屈な推理を延々と語り、ハリーがそれを否定しようとします。あんまり期待しないで待っていてください。
 それでは、これで失礼致します。
  




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16836マシンガントークな神様ですか(^_^;)エモーション E-mail 2004/9/12 23:42:45
記事番号16827へのコメント

こんばんは。

儀式の迷路……で、新井素子の「ラビリンス」を思い出した私。
あれは年月が経つうちに〃神〃が望んだ本来の目的からどんどん離れしまい、
完璧に儀式になっていったものでしたが。(ネタバレになるので詳細は伏せます。)
さて、マシンガントークの神様。
かなり待ちくたびれてたとはいえ、次に来た者がどんな人間でも、強制的に
勇者にしてしまおうとか思う無茶苦茶さ加減が(笑)
まあ、案外そんなものかもしれませんけれどね。
後に「伝説」になった時、見事に脚色されるだけで。

「今日からマのつく影武者くん」だったとはいえ、倒されるのがあっさりとしすぎたピッグマン。
そして正体がばれたハリーくん。
青年は最初から不信感しかなったのでしょうけれど、聖剣を通した神との会話での質問で、
確信が持てたということでしょうか。

それにしても、これまでの言動もそうですが、

> ――ちなみに、そのお金は私があなたの世界で正当な方法によって手に入れたものですから、心配しないで良いですよ。勝手に作り出したものでも、どこかからパクって来たものでもありませんから。

の台詞で、魔王な割りに変なところで律儀だと思いました。

次回は「名探偵。皆を集めて さて、といい」な回ですね。
青年がどのような推理を展開していくのか、楽しみにしています。
それでは、今日はこの辺で失礼します。

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16840Re:「来る者拒まず、去る者逃がさず」ハイドラント 2004/9/13 21:32:33
記事番号16836へのコメント



……いや、誰かが来たって時点ですでに「逃がさんぞ」モードに入ってますけど。


>こんばんは。
どうも、こんばんは。
>
>儀式の迷路……で、新井素子の「ラビリンス」を思い出した私。
>あれは年月が経つうちに〃神〃が望んだ本来の目的からどんどん離れしまい、
>完璧に儀式になっていったものでしたが。(ネタバレになるので詳細は伏せます。)
>さて、マシンガントークの神様。
>かなり待ちくたびれてたとはいえ、次に来た者がどんな人間でも、強制的に
>勇者にしてしまおうとか思う無茶苦茶さ加減が(笑)
>まあ、案外そんなものかもしれませんけれどね。
まあ、案外そんなものでしょう。
ハリーもそれくらい無茶苦茶ですし。
>後に「伝説」になった時、見事に脚色されるだけで。
ええ、「歴史は勝者がつくるもの」みたいな感じのノリで。


>
>「今日からマのつく影武者くん」だったとはいえ、倒されるのがあっさりとしすぎたピッグマン。
考えてみれば、ザコばっかりなんだよなあ、この話の敵って。
>そして正体がばれたハリーくん。
>青年は最初から不信感しかなったのでしょうけれど、聖剣を通した神との会話での質問で、
>確信が持てたということでしょうか。
うーん、違います。もっと気付いた理由は、もっと≪無茶苦茶≫で≪荒唐無稽≫で≪反則的≫です。
>
>それにしても、これまでの言動もそうですが、
>
>> ――ちなみに、そのお金は私があなたの世界で正当な方法によって手に入れたものですから、心配しないで良いですよ。勝手に作り出したものでも、どこかからパクって来たものでもありませんから。
>
>の台詞で、魔王な割りに変なところで律儀だと思いました。
まあでも、勇者が自分を倒しうるくらい強くなるまで、何もしないで待っているのも律儀といえば律儀なような……。
それに、まだ彼が魔王と決まったわけではなかったり(注:さらなる「どんでん返し」がある、という意味ではありません)。
>
>次回は「名探偵。皆を集めて さて、といい」な回ですね。
>青年がどのような推理を展開していくのか、楽しみにしています。
>それでは、今日はこの辺で失礼します。
ご感想どうもありがとうございました。
次回の投稿は、かなり早めか、かなり遅め、のどちらかになるような気がします。

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16851魔王対勇者:連載最終回スペシャルハイドラント 2004/9/16 22:27:20
記事番号16827へのコメント



 著者の言葉風
 読み終わったら今までの著者の言葉風を読み返してみてください。伏線やヒントにはなっていないにせよ、満身創痍の小鳥レヴェルに弱々しい暗示程度にはなっていないこともないはずですから。


 連載最終回スペシャル:余興としての死闘


 ぼくは実は超能力者だったんです。
 ――西尾維新「サイコロジカル(下)」


 1幕:青年の攻撃
実はよ、言おうか黙っとこうか、かなり迷わされたよ。
 森抜けた後、クソ長げえ道歩いてる時、お前訊いて来ただろ、「何か考えごとですかは?」ってな。あん時はこのこと考えてたんだぜ。ウジウジ悩むのは性に合わねえが、こういう時は直感で決めんのが一番というのが信条なんだがよ、まあ暇だし、ちょっと考えてみんのも良いかと思ってな。
 あん時はお前に邪魔されて終わったが、たった今結論を出した。黙って帰った方が利口だがよ、それじゃあ何か悔しいって結論だ。
 でよ、どの時点でこの真相に気付いたんだ、って話だが、ホントのこと言っちまえば、はなっから分かってた。お前からこの世界とか大体聞き終えて、ちょっとした辺りから気付いてたぜ。
 なあ、お前にここが剣と魔法のファンタジーワールドって言われた時、言ったろ。「その手のファンタジーなんて、どれも一緒みてえなもんだし、筋は大概つまんねえし、オチなんて丸見えだ」ってよ。
 実はさ、俺、超能力持ってんだよ。どんな能力かって言うと、ファンタジー系の小説のオチがなぜか知らんが読めてしまう能力。……いやマジで。
 ははっ、本気で笑えるよな、お前が一億二千万の中から選んだ人間が、こんなクソ荒唐無稽な能力持ってるなんてな、まさに神秘だよ。まあ冷静に考えてみりゃ、そんなもん、小説特有のご都合主義に過ぎねえんだろうがよ。あっ、だが、そうなると俺の世界も小説の世界ってことになるのか? そうなると……どうなるんだ? 
 あっ、今、小説って言っちまったけど(それにさっきも言ったが)、キレんのは今は勘弁してくれよな、大事な告発の途中なんだからよ。
 まあとにかく、お前が何言おうが、この世界がファンタジー小説の中の世界であることには変わりねえ。だから俺にはオチが読めたわけだ。神と名乗ってたお前が、実は魔王だって言うオチがよ。どうやら俺の能力は小説の外にいても中にいても発揮されるみてえだな、今回のことで分かったが。
お前をサイコ野郎呼ばわりしたのは、そん時はまだ気付かねえでいたからだが、旅立ってすぐ、「ペテン師野郎」って口にしちまったのはよ、その時はもう気付いてて、お前が嘘吐いてることが分かってたからだ。
 だが分かってたところで、証拠も何もねえんでは、笑われるだけだ。下手すりゃ逆に狂人呼ばわりされちまう。まずは証拠を集める必要がある。口ごもったのは、咄嗟にそう思ったからだ。
 さて、その証拠だが、もうすでに集まってる。もう告発にゃあ充分過ぎるくれえだな。もう迷いもねえわけだし、そろそろ始めることにするぜ。
 ……あっ、その前に一つだけ言っとくことがあったな。お前があの洞窟入る前に言った頼みごとはよ、一つ目のはもちろん、もう一つのもちゃんと守ったぜ。どうせ、こんな頼みごとしたのは、自分の正体バレねえための対策なんだろうがな。
 まあとにかく、約束通り、聖剣だとか兄貴どもの残留思念だとか言ってるこの剣、こいつ(まあ正確にはこいつらと言うべきだろうが、まあそんなこたぁどうでも良いだろ)にはお前の話は全くしてねえし、こいつに他に兄弟がいるかどうかとか、そういうことを探るための質問も一切していねえ。
 それにこいつはまだぐっすり寝てるからな(お前、目が覚めねえように何か術でも掛けたんじゃねえのか? 正体バレねえための対策としてよ。……まあとにかく)。これから質問するってことも出来ねえ。
 つまり、俺がこれから話す推理は、こいつの助けをほとんど一切借りてねえも同然の状態で(ただし、こいつが勝手に喋ったことは大いに参考にさせてもらったがな)組み立てたものってことになる。お前にとっては、どうでも良いことかも知れねえが、俺にとっては名誉に関わることだ。良いな。
 さて、まずは軽い前菜からいこうか。森の中で変なメスガキに出会っただろ。あいつは確かに言ってたぜ。お前の声が魔王のものに似てるってよ。
 まあ正確には「あなた、じゃないわよね。声が全然違うし。う〜ん、でも魔王様が今さらあたしなんかに声掛けて来るわけなんてないし、この前いった定食屋のお兄さんの声にも似てるような気がするけど……」って言ったんだがな(ところで、こうやって台詞を一字一句間違えなく覚えてんのも、小説特有のご都合主義なんだろうな、まあそんなことはどうでも良いとして)。
 ここで注目すべきなのは、定食屋のお兄さんの声「にも」ってところだ。分かるか、「にも」だぞ。つまりどっかの定食屋の店員だか何だかにも似てたが、別の誰かの声にも似てたってことになる。じゃあ誰に似てたのか、っていうことになるわけだが、こんなもん簡単だ。そのすぐ前に出て来た、魔王様だとしか考えられねえだろうが。分かるだろ。つまりお前の声は魔王に似てたってことになる。これでお前=魔王って可能性が出て来るわけだ。
 次は、お前の聞いてねえ台詞、つまりこいつ{聖剣}が勝手に喋った台詞が問題になるんだがな。洞窟の中で出会った時よ、こいつは確かに言った。「ここへは邪悪なものは入って来れんのだからな。それこそ魔王でさえも入って来れんだろうし、お前が邪悪な者でないことはまあ確かだな」とな。
 これは、こいつのいた場所(いや、あの洞窟全体かも知れねえな)には邪悪なものは入って来れねえってことになるし、その邪悪なものの中には魔王やその手下が含まれることを意味してる。
 お前はあの洞窟には一人でいってくれって言ったよな。理由は、兄貴ども(つまりこいつ)の顔を見たくねえから、間違っても話し掛けられたくねえから、ってもんだった。だが、あれは事前に考えてた言い訳か何かじゃねえのか。一人だけ生き残って悪いと思ってんのなら、普通は会って謝るもんだろうが。
 それに逃げたことに負い目感じてるつっても、確かに逃げたことは逃げたが、その後で魔王倒そうとしてるんだったら、充分誇れると思うぜ。第一、あの時の弱気で情けねえ言葉の連発は、いかにもお前らしくなかった。
 その上、こいつのいたところどころか、洞窟の中にすら入ろうとしなかったってのは、本気でおかしい。お前が洞窟の中に入らなかった理由は実は別にあったんじゃねえのか? 
 言いてえことは分かるよな。要するにお前が洞窟に入らなかった理由は、洞窟に、そもそも入れなかったから、じゃねえのか? つまりお前は邪悪なものなんじゃねえか、ってことだ。
 この二つで、お前が魔王である可能性があるってこと、お前が邪悪なものである可能性があるってことが証明された。さてまだ二つあるぜ。
 森での話だ。あのメスガキが俺の言った通り、俺を罠に掛けようとしていたってことが分かった時、お前は言ったよな。「私は、魔王軍のことに、そんなに詳しいわけじゃありません」ってよ。
 これはおかしい。なぜならお前は魔王について結構詳しかった。「破滅の儀式」だとかそういうもんがあるってことまで知ってただろ。なのに、魔王軍について詳しくねえのはおかしい。これは矛盾じゃねえのか。
 それにだ。その後、流浪の何とかとか言うやつが襲って来た時、さっきのとは全く矛盾することを言ってた。「魔王が最近になって自軍の者を一斉に解雇したんですよ。破滅の儀式に必要な人材を残して」……何でこんなことまで知ってるんだ。詳しくねえって言っただろ。こっちでも矛盾してる。
これはどういうことだろうな? 
 つまりこういうことじゃねえのか。
 ある分野の専門知識を持ってるやつが、全くの別人になりすます時、そいつはどうしても得意分野の知識についても疎い振りをしようする、そういう心理が出るもんだ。発言の矛盾はそれで説明出来るんじゃねえか。
 問題の心理が出たのは、二つの矛盾を生むことになった台詞、「私は、魔王軍のことに、そんなに詳しいわけじゃありません」ってやつだ。お前は思わず、不可抗力でそんな発言をしちまった。得意分野の知識について疎い振りをしたくなってな。
 さて、この場合の得意分野ってのは、もちろん魔王軍についてのことだ。つまりお前は、魔王軍についてのことにとりわけ詳しいってことになる。そうなるとお前は誰だ。簡単だ、魔王かその手下ってことになる。
 ちなみにお前はその発言をミスと考えた。その発言よりも前に、その発言と矛盾することを、魔王についてのことを、思い切り語ってたんだからな。そして同時にこのミスには俺は気付かなかったとも考えた(まあ、結局この考えが甘かったわけなんだがな)。
 とにかくそういう風に考えたお前は、二度とこの手のミスは犯さねえように気をつけることにした。その結果が、後の方の発言「魔王が最近になって自軍の者を一斉に解雇したんですよ。破滅の儀式に必要な人材を残して」だ。
 さあて、いよいよ最後の一つ、これがメインディッシュだ。これもお前のいねえ時の話だ。つまりまたこいつの言葉だな。こいつはこんなことを言ってくれたぜ。「この剣は、長兄である私を含む、我ら兄弟すべての残留思念が合わさって出来ている」ってよ。変だろ? この剣に兄弟すべての残留思念が合わさってんのなら、当然お前のも入ってるはずだが、お前はそこにいる。そこで俺の名推理に冷や汗出してる。
 そうなると、お前はこいつと兄弟じゃあねえわけだ。やっぱり神は十三人じゃなく十二人しかいなかったみてえだな。
 これでお前は神じゃねえことが分かる。さて、神じゃねえなら何なんだ。
 さてここで他三つの証拠をつき合わせてみると、もう魔王しかありえねえって答えが出て来る。
 ……QUOD ERAT DEMONSTRANDUM{証明終了}。どうだ、この俺のエラリー・クイーンばりの名推理はよ!?


 幕間
 ――ふふふふふふっ、ははははははっ。
 ずっと黙って訊いていたハリーは急に笑い出した。
 ――あっ、すみません。本当におかしかったもので。
「おかしい? ああ、エラリー・クイーンじゃ古いってことか。じゃあ何だ? 金田一耕介か? 鬼貫警部か? 矢吹駆とか御手洗潔とか亜愛一郎? 鹿谷門美とか江神二郎とか火村英生とか一尺屋遙とか黒星光とかフランシス・バーリィコーンとかキッド・ピストルズとか東京茶夢とか垂里冴子とかトレイシー警部とかシャーロック・ホームズ・ジュニアとかクリストファー・ブラウニング卿とかヘンリー・ブル博士とかマイク・D・バーロウとかべヴァリー・ルイスとかメルクール・ボワロオとか近松林太郎とかメルカトル鮎とか二階堂蘭子とか? それとも榎津礼二郎とか桜井京介とか匠千暁とか犀川創平とか九十九十九とか石動戯作とか朱雀十五とか……、それとも十津川省三とか三毛猫ホームズとか伊集院大介とか金田一一とか江戸川コナンとか天下一大五郎とかアンナ・ニーナ・カーナとかか?」
 さすが、推理小説を意味するミステリーのことをミステリと呼んでいるだけあって、推理小説の名探偵の名前は結構知っているようだ。もちろん知っていても何の役にも立たないし、自慢にさえならないだろうが。ちなみに言うと最後のだけは実在しない。
 ――いや、そんなにいっぱい言われても、分からないですよ。私の言っているのはそんなことじゃありません。あなたの推理がおかしいと言ってるんです。
「さっきはおかしかった、と言ってたぞ。いつの間に、過去形が現在形に変わったんだ?」
 ――細かいことは無視してください! あなたの推理は、論理が強引で滅茶苦茶、恣意的、つまり自分勝手で、最悪。というか、推理の域にも達していませんね。単なる推論。
「つまり俺の推理にいちゃもんつけるわけか」
 ――というか、論理的に否定させて頂きます。
「やってみろよ、出来るもんならな」
 ――そうですか。じゃあ、これからあなたの推理を粉々にして差し上げます。ロゴス{言葉}で出来たトール{雷神}の槌でね。良いですね?
 言葉を意味するロゴスというのはギリシャ語で、雷神トールは同じヨーロッパでももっと北の方の国の神話に出て来る神様だから、一緒に用いるのは何か変な気もするが、ハリーはこちらの世界の住人ではないし、割と語呂が良い。だからあんまり気にしてはいけない。
 ちなみに余談ではあるが、トールの持っている槌の名前はミョルニルと言う、何か可愛い。
「いくら切って捨てても、事実、覆すことは出来ねえぞ」
 ――ええ、私が魔王ではないという事実はね。というわけで開始します。余計な口は挟まないでください。
 そう言うと、ハリーは頭を整理するためか、それとも何かしらの効果を出すためなのか、しばし間をおいて、それから話し出した。


 2幕:ハリーの反撃
 まず一つ目ですが、だから何だ? って感じですね。あなたの推測が全部正しいとしても、単に似てるだけ。似てるだけじゃあ、証拠にも何にもならないですね。馬鹿馬鹿しい。
 二つ目も、単に私が洞窟に入れないことと、洞窟内に魔王が入れないこと(これは事実みたいですね、あそこは元々聖なる土地でしたから、そこに兄達の力が加われば、ね)を、強引に結びつけて考えただけです。これはいわゆる帰属バイアスというやつでしょうか。まあそんなことは、くどくどと説明しても仕方ないので、おいておくとして……
 とにかく、私が入れなかったのは、兄達に会いたくなかったからです。理屈抜きに会うのが恐いんですよ。魔王を倒した(倒させたが正しいんですけどね)今でも正直、恐いくらいなんです。それに私らしいらしくないなんて、そんなこと言えるほど私のことを理解していないのに何様のつもりなんですか?
 次、三つ目ですが、これもダメですね。
 発言の矛盾の謎、とのことですが、この程度のことに、わざわざあんなおかしな心理学モドキの理論なんて持ち出す必要ありませんよ、そもそも矛盾でも何でもないわけですから。
 私はあの時確かに、先ほどあなたが言ったようなことを言いました。でも、あれは魔王軍について詳しくないという意味ではありません。この時の状況を思い出してみましょうか。森で少女の悲鳴が聴こえた。私は助けを求める少女の声だと判断し、あなたは罠で声の主の少女はこちらに害意を抱いているのだと言った。結果的にあなたの方が正しいと分かり、少女の正体が元魔王軍であることが分かった時、あなたとの会話の中で私は言った。「私は、魔王軍のことに、そんなに詳しいわけじゃない」と。
 ここでポイントになるのは私の発言の中の「そんなに」という部分です。どうやらあなたはこの「そんなに」を、「それほど」とか「あんまり」とかいう意味と解釈したんだと思います。だから私が魔王軍について詳しくないと言っているのだと思った。
 でも私はそういうつもりで言ったわけじゃないんですよ。私の中ではこの「そんなに」は「そんなにも」とか「そこまで」という意味を持っていました。つまり魔王軍については詳しくないわけではないが、すでに魔王軍を抜けた根性なし意気地なしのヘタレが、森の中で通りすがりの人を襲っているという情報を掴んでいるほど詳しいわけじゃない、ってことです。
 確かに紛らわしいかも知れませんが、紛らわしいのは私の発言部分だけです。その発言に至るまでの経緯を考えれば、「そんなに」が「そんなにも」とか「そこまで」という意味なのだと判断するのは容易でしょう。でもあなたは出来なかった。
 そして、いよいよメインディッシュですが、これも意外と大したことないですね。兄が言った言葉は、「この剣は、我ら兄弟すべての残留思念が合わさって出来ている」でしたっけ? 確かにその言葉は、私が兄達の兄弟に含まれていないことを意味していると言って良いでしょう。ただし、兄が言い間違えをしていたり、あなたが聞き間違えをしていたり、しない限りはね。
 それにどちらの間違いもなかったとしても、即私が兄達と兄弟ではない、つまり神ではないということにはなりませんよ。さっきの発言と矛盾するようですがね。
 良いですか、私は逃げたんですよ、魔王から。勇敢に戦って散っていった兄達とは違って。そのことで、兄達が私を勘当したということは充分にありえることです。つまり「お前なんか兄弟じゃない」ってことですね。でも勘当されても、兄弟であることには変わりないんです、事実の上では。いくら兄達が私なんて兄弟じゃないと思っていて、他人にもそういうことを言っていたとしても、私が兄弟でなくなるわけじゃないんです。分かりますよね。
 それにこの四つの証拠から導き出される答えもおかしいです。なぜかというと、四つの証拠が示しているものはそれぞれ、「私が魔王である可能性がある」、「私が魔王と同じ邪悪なものである可能性がある」「私がおこなった、自分が魔王軍について詳しくない振りをするための発言は、いかにも魔王の眷属のしそうな発言である(まとめるの下手ですみませんね)」「私が神ではない可能性がある」です。この四つを組み合わせても、私が魔王でしかありえないという結論はどう考えても出ませんよ。


「これで終わりか? ちっとも、欠片も論理的じゃねえし、それに完全に否定し切れた様子でもねえが」


 お黙りなさい! でも少なくとも、私が魔王であるとは限らない、ということだけは立証しましたよ。それに話はまだ終わっていません。反論はまだ続きますよ。
今度はあなたの推理で説明されていなかったことについて質問させて頂きます。そうですね、私が今思いつく限りでは、三つほどあります。
 まあ比較的軽いのからいきましょう。まずは、何で知ってたのぉ、です。
兄達のいる、聖剣のある聖域の洞窟へは、魔王は入れません。そうなると、私がもし魔王だったとしたら、なぜ私は聖剣について色々知っていたのか? 
 まあ兄達の残留思念がその洞窟に入っていったことは、分かるかも知れない。でもそこで残留思念が組み合わさって聖剣になったことを知ることは出来ませんよ。中に入れないんですからね。
 ちなみに兄達の残留思念が洞窟に入ったのと、洞窟に邪悪なものが入って来れないようになったのは同時です。タイムラグを狙うなんてことは出来ませんでしたよ(まあ私の言うことなんて信じられないかも知れませんけどねえ)。第一、そんなことが出来たなら、魔王はその時に兄達にとどめを刺してます。
 ついでに言えば、兄達が恐くて洞窟に一歩も踏み入れられない私が、なぜそのことを知っていたのかと言いますと、(あんまり褒められた話じゃないですが)外からこっそり覗いたからです。私には、一応そういうことが出来ます。そして魔王には覗くことは不可能でしょう。結界に邪魔されるでしょうからね。邪悪なものの中には魔王自身だけでなく魔王の持つ力も含まれていると思いますよ。邪悪な「者」ではなく「もの」なのがポイントですね、自分から禁句を言ってしまいましたが、ははっ。
 次は、ちょっと冒険し過ぎでしょぉ、です。
 もしも私が魔王で神を騙っているとしたら、果たして私はあなたに兄達の残留思念、聖剣を取らせにいくでしょうか? 
 聖剣を取らせるというのは非常に危険なことです。それはわざわざ自分を倒させるような武器を持って来させる行為であることはもちろんですし、自分から正体を曝け出す行為でもあります。ここでは、後者について考えてみましょうか。
 私が魔王なら私は、当然、あの場所であなたが兄達に私のことを話す可能性を考慮に入れます。話させないための対策をおこないましたが(あの頼みごとのことです)、これだけでは安心出来ないでしょう。ましてや、あなたのようなひねくれ者が相手では。
 もしも万一にも話されてしまったら、兄達の兄弟に私というものがいないことが分かってしまうんです。そうしたら「私=魔王」という式は存外簡単に出来上がることでしょう。自分から正体を曝け出す行為というのはそういうことです。
 私が魔王だとしたら、それだけ危険であるにも関わらず、あなたに聖剣を取らせにいかせた理由って何なんでしょうかねえ。魔王のダミーを倒させるため、じゃだめですよ。それだけのことなら、それなりに威力のある武器を伝説の武器と偽って渡せば済むことですから。
 最後は、何でそんなことするのぉ、です。これはもっともっと根本的な疑問です。
私が魔王なら、なぜあなたをこの世界に呼び寄せたのか。そしてなぜ神を騙り、ダミーの魔王を用意して、それを倒させたのか。それが一番の問題になります。
 つまり動機というわけですね。私があなたを呼び寄せ、偽の魔王退治をさせた動機。あなたが私を魔王呼ばわりしたいなら、少なくともこれは説明してもらわないと困ります。
 あっ、後、おまけの質問を一つ。
 これは今までのと違って、あなたの立てた説に対する質問ではなく、あなた自身に対する質問なんですが、なぜあなたは「私=魔王説」を唱えるんですか。
 説が正しかったとしても、何の得もしませんよ。それどころか私が魔王なら、そんな説を持ち出したがために殺されるってこともありえるんですよ。正体を見破られたからには生かしてはおかぬ、ってやつですね。
 さてと、私が今用意した三つの疑問について、納得のいく答えを出してみてください。それが出来ないなら、とっととお帰り頂きますよ。ついでにおまけの質問にも答えてくださいね。


 幕間
「ああ、やってやろうじゃねえか」
 青年は威勢良くそう言ったが、その顔は若干ながらも曇っていた。現状を形勢不利と考えているのだろうか。
 ――じゃあ、どうぞ。あんまり期待はしていませんがね。
 対し、ハリーは余裕綽々といった様子だ。当初の動揺は全く見られない。
「とにかく、ちょっとまとめさせろ」
 青年は腕を組み、顔を上に上げたり、下に下げたり、首をグルリと回してみたり、ちょっと二、三歩くらい歩いてみたり、ユーターンして大体元の場所に戻ってみたり、と色々なことをしてみたりして、思考してみたりした。
 そして……
「よし、始めるぞ」


 3幕;青年の防御
 まずは一つ目の質問、だがな、実を言うと、この質問が来るってことは最初から予想出来てた。だからこの剣に出会った時、この質問に答えるためのヒントは提供してもらってる。
 つまり魔王についての質問をしたってことだ。おっと、これはギリギリでアンフェアじゃねえぜ。
 俺は「こいつの助けをほとんど一切借りてねえも同然」とは言ったが、一切借りてねえとは言ってねえ。借りてねえも同然ってことは借りてるってことだ。それに、「お前の話は全くしてねえし、こいつに他に兄弟がいるかどうかとか、そういうことを探るための質問も一切していねえ」とは言ったが「魔王についての質問もしてねえ」とは言ってねえ。つまり魔王についての質問はOKなわけだ。ルールは全く曲がってねえぜ。
 しかしよ、ルール違反スレスレ(言っとくが、あくまでスレスレだぜ)したにも関わらず、結局、この質問の答えは分からなかった。
 俺はこいつにこう質問したんだ。「魔王がここを覗くことは出来ねえのか」ってよ。返って来た言葉はこうだ。「多分、無理なんじゃないかと思う」。まあ、本当はもっと長かったが、とにかく多分、無理って言われた。
 だが、神を十二匹もぶっ殺した魔王のことだ。やっぱり覗くことくれえは出来たんじゃねえか。少なくとも俺はそう思うぜ。
 ……これじゃ、答えになってねえか? だが、今はこう答えるしかねえな。何せデータ不足だしな。
 さて二つ目だが、こういうのはどうだ。お前が聖剣と言ったこいつこそが、伝説の武器と偽って渡したそれなりに威力のある武器だった、ってのはよ。つまりこの剣は神の残留思念でも何でもねえ、ただの喋る剣だってことだ。
 ……何てな。もちろんこんな馬鹿げた説は信じてねえぜ。洞窟の前でお前の取った行動と矛盾するからな。
 この二つ目の質問に答えるにはよ、まず三つ目の答えを出す必要がある。というか三つ目の答えが分かれば、二つ目の方も解ける。というわけで、三つ目をやらせてもらおう。
お前が俺をこの世界に連れて来た理由。お前が神だとしたら、それは魔王退治ってことになるが、お前が魔王だとしたらそれが謎になる。そういうことだよな。だが、その謎は簡単に解ける。つまりはこういうことだ。
 魔王であるお前は聖剣を欲しがっていた。何らかの方法で洞窟の中を覗いて存在を知った聖剣をな。だが、結界が張られていて、自分じゃあ取りにいけねえ。
かと言って、この世界の住人は全部ヘタレで、こいつが言ったことなんだが、聖剣を取りにいこうとするやつは滅多にいねえし、いても魔王退治のことを聞いただけで逃げてくらしい(このことも覗いて知ったんだろうな)。
 それに異世界人なら怪しまれる心配も少ねえ。いもしねえ神を騙ったって、よほど油断しねえ限り、気付かれねえ(まあお前が気付かれた理由は、お前の油断のせいじゃなくて、俺に超能力があったせいだが)。この世界の住人が、十二兄弟神って言葉を持ち出した時の言い訳もまあまあ様にはなってたしな。
 で、なぜ聖剣を欲しがってたかってことになると、ちょっと分かんねえんだが、まあ推測は出来る。
たとえば、世界を滅ぼす何たらの儀式とやらに、必要な材料がまだ揃ってなくて、その最後の一つが聖剣だった、とかな。
 何せよ、その儀式についてはお前の口から聞いただけで、進行状況がどの程度かも、本当におこなわれているのかも、いやそういうもの事態があるのかどうかも分からねえしな。
 いや、多分、儀式の現物見せられても分かんねえんだろうな。何せ、判断とか出来るような知識なんて全くねえからな。進行状況はもちろん、その儀式が本物かどうかも見抜けねえだろうよ。いや第一に、儀式始まったら、世界滅ぶか。
 他の可能性としては、そうだな……未来の勇者を恐れたとかな。何たらの儀式が実は存在しねえとか、存在してたとしても何らかの理由でまだ完了には時間が掛かるとか、そういう場合だったら、充分ありえることだ。
 世界が滅びる前に、俺なんかとは違う、本物の勇者サマが現われるかも知れねえ。そうなると身が危ねえ。だから、危険な種は芽が出ねえ内に駆り取っとこう。つまりは、そういうことだ。
まあ何にせよ、魔王が聖剣を手に入れようとしていたのは間違ねえと思うぜ。そうじゃねえと、こいつは自分(つまり剣)が邪悪なものの手に渡らねえように結界が、説明がつかねえじゃねえか。
まあ勝手に魔王が狙ってるとか妄想したとか、そうじゃなくても念のためにやっといたとか、自然にそういう風になった、って可能性もまああるけどな。
 これで二つ目も解けたな。俺に聖剣を取らせにいかせた理由。それは聖剣が欲しかったからだ。たとえ危ねえ橋だろうと、渡らなきゃならねえ。そういうことだ。
 最後におまけだが、さっき言ったろ、「黙って帰った方が利口だがよ、それじゃあ何か悔しい」ってよ。俺がお前告発する動機はよ、騙されたまま帰るのが悔しい、ただそれだけだ。
 で、お前が襲い掛かって来る可能性だが、俺はねえと考えてる。そう考えたからこそこの告発をやったんだからな(まさか、天下の魔王サマと本気でやり合うつもりはねえよ)。
 俺の見立てじゃ、お前は無駄な力は使わねえタイプだ。俺がお前に聖剣を渡せば、それでお前に俺を殺す必要はなくなる。魔王であるお前は聖剣を手に入れりゃあ、武器をなくして無力になった俺なんかに構う必要はねえだろうからな。だから殺さねえ。根拠は大体そんなとこか。
 といっても、所詮俺の見立てだからホントのところは分かんねえがな。
 まあ襲って来るなら来いよ。あのブタ野郎より強えからと言って、そのブタ野郎を楽勝で倒した俺より強えとは限らねえぜ。そしたら半殺し、いや四分の三殺しくれえにはしてやるよ。全殺しにしねえのは、もちろん元の世界に返してもらうためだ。
 まあ、それはさておき、どうだ。お前のヘボな質問に対する俺のエーレガントな解答はよ。


 終幕
 ――いやあ、素晴らしい!
 快哉を叫ぶ声。拍手の音がどこからかか鳴り響く。ハリーの鳴らしたものなのだろうが、彼は精神体のみで肉体がないはずなのに、どのようにした鳴らしたのだろう。魔法か何かを使ったのだろうか。
 ――本当に素晴らしいです。見事な妄想ですね。
「お前こそ、大した役者だな。真相見破られたってのに、平気な顔……いや、声してやがる」
 ――私が、聖剣を狙ってたなんて、ホントに面白いお伽話です。本にまとめてみてはいかがでしょう。
「神サマのフリなんかしてねえで、芝居でもやったらどうだ。何ならこっちの世界でハリウッドスター目指すなんて手も……」
 ――ベストセラーになれば、印税ガッポりですよ。まあもちろん「これはフィクションです」って書いてもらわなきゃ困りますけどね。
「なれりゃあ、がっぽりと金入って来るぜ。世界滅ぼすとかそんなこともどうでも良くなるはずだ」
 噛み合わないというか噛み合わす気が全く感じられない会話が続く。相変わらずである。
 ――そういえば、ベストセラーといえば、このあなたの世界で発売された「アンナ・ニーナ・カーナの切腹」は傑作でしたねえ。短編集としては相当な出来です。
 ちなみに実在しない。
「あっ、それは俺も好きだな。でもどっちかってえと、「冬眠」の方が面白くなかったか?」
 あっ、噛み合った。でも、もう話題完全に変わってるし。
 ――冬眠?
「「アンナ・ニーナ・カーナの冬眠だよ。読んでねえのか?」
 ――ああ、いや、もちろん読みましたよ。確かにあれも凄いですね。
「そうだろ、まさかルイスがアンナに勝つ話なんて予想出来なかったぜ。ワトソン役のくせによ」
 ちなみに何言ってるのか分からない方は読み流してください。
 ――そんなこと言うなら、初期三部作が一番じゃないですか。「泥酔」に出て来たペンギンが氷の家で殺される話とか。
「ああ、「ペンギン・ワールド」か。でも、俺あれ嫌いなんだよな。だってさ、あれ絵本の中の世界が舞台だろ。だからファンタジーに含まれるらしくって、超能力が働いちまったんだよな。ほら言っただろ、ファンタジー小説のオチが読める能力。あれのせいで、一発で犯人分かっちまった。だからイチオシは「寝坊」の最初の話。パン屋の従業員が殺されるやつ。タイトルは確か……
 ――「ピザトーストの黙示録」でしたっけ?
「ああ、確かそうだった。いきなりアンナが、従業員を殺したのは、そいつのパン作りの技術を妬んだパン作りの神サマだって言い出した時は笑ったぜ。何せ、それまではシリアスに書いてあったもんな。しかもそれがしっかり伏線になってる」
 ――でも、解決部分は今イチじゃないですか? ちょっと動機が現実味に欠ける嫌いがありますし。
 もはや軌道修正の見込みはなさそうである。これで良いのだろうか。話題についていけない方は読み飛ばしてください。いや、ついていけたとしても、やっぱり飛ばした方が良いです。
「あれが良いんだろうが、奇妙な論理ってやつなんだよ。第一、「ペンギン・ワールド」の方が無茶苦茶じゃねえか。あの凶器消失トリックだって……」
 ――あれは舞台が非現実的だからこそ成功してるんですよ」 
(中略)
「でもやっぱりあのトリックはな……」
 ――あのトリック嫌いなんですか?
「だってなあ……」
 (中略)
 ――第一、「ピザトースト」には致命的な欠陥があるんですよ。
「ねえよ」
 ――あるんです。
「ねえってば」
 (中略)
「そういや、お前結構詳しいよな、ミステリ。なのに何で、名探偵の名前連発した時、分かんねえ、なんて言ったんだ」
 ――ああ、私はアンナシリーズに出会うまではずっとミステリ離れしてたんですよ。だから最近の探偵の名前には疎くて……
「じゃあ、黄金期の本格とかは読んでたわけだ」
 ――そうなんですよね。でも、その後、倦怠期に入って……
 (中略)
「で、お前の一番好きなミステリって何なんだ?」
――そうですね。私は「Xの悲劇」ですね。クイーンの。
「割とオーソドックスな答えだな。まあ「Y」よりはまだマシか」
 ――あなたは何なんです。
「……「ピザトーストの黙示録」」
 (中略)
「それにしても俺達、元々何の話してたんだっけなあ?」
 ――さあ、忘れましたね?
 わざとらしいやり取り。
「まあどうでも良いことだ。それにしてもお前がミステリファンだとは思ってもみなかったぜ」
 青年は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
 ――ああ、そうですか。ちょっと寂しいですが……帰還のゲート用意しますね。
「そうしてくれ」
 青年がそう言うと、会話が止んだ。魔王の住処は今、穏やかで、だがどこか寂しげな空気に包まれている。
 しばらくすると、青年のすぐ手前の虚空に真っ黒な穴がぽっかりと開いた。その暗黒の向こうは暗過ぎて全く見通せない。
 ――この穴を潜れば元の世界に戻れるはずです。
「ああ、そうか。じゃあな、愉快な魔王さんよ」
 ――魔王じゃありませんってば。
 ハリーは柔らかく反論した。
「ああ、そうかよ。結局認めねえってか」
 ――だって違うんですからね。それに決定的な証拠もどこにもありませんよ。私が魔王である可能性は確かにあるのかも知れませんが、魔王でない可能性もあるんですからね。
「そんな可能性はねえけどな」
 ――そんな可能性って、私が魔王である可能性ですか?
「お前の、ものごとを自分の都合の良いように勘違いする能力は尊敬に値するな。俺の超能力と取り替えて欲しいくれえだ」
 ――いい加減しつこいですよ。さっさと帰ったらどうです? あっ聖剣はおいてってくださいね、兄達ですから」
「ああ、分かってるさ。世界滅ぼすのにでも何にでも使えよ」
 青年は手に持っている剣(兄弟神の長兄らしき人物の意識はまだ眠っているようだ)を、握力を緩めて地面に落とした。そして暗闇の穴へ足を踏み入れる。
「じゃあな」
 言葉が消えた時には、その姿も跡形もなくなっていた。この場所には今、一本の剣だけが、静かに横たわっている。


 青年は、こうして長い迷宮を抜けた。


 さて、ここまで読まれた読者には一つだけ思い出して欲しいことがある。この小説のタイトルは何だっただろうか?


「本当っに……、どうしようもねえ戯言だよ」
 ――西尾維新「クビキリサイクル」


 Fin


 あとがき
 ……は今度書きます。
 ここまで見捨てないで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
 ちなみにこういうシーンには全く慣れてないので、どこか不備があるかも知れません。どうしても「?」なところがありましたら、質問してくださって構いません。
 それでは、

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16853推理小説談義(笑)エモーション E-mail 2004/9/18 00:17:05
記事番号16851へのコメント

こんばんは。
「魔王(神?)対勇者」、完結おめでとうございます。
最終回は青年とハリーの、推理&反論合戦……と思いきや(笑)
意外な終わり方に楽しませていただきました。

青年の特殊能力……ファンタジーの楽しみがなくなりそうな能力ですね。
まあ、ファンタジーは、そこに行くまでの過程を楽しむものでもあるので、
余程オチの斬新さが売り、というものでもない限り、問題ないのかもしれませんが。
それは別にしても、推理部分による個人的答合わせ。
読めた部分もあり、読めてない部分もあり、でした。
森の中であった女の子の台詞部分、きれいに流してましたよ、私……(^_^;)
それに対するハリーの反論も、筋が通っているといえば通っていて、
でもどこかもにょもにょする、怪しい怪しいグレーゾーン。
どちらだとしても、見事にうさんくささが表現されてるなあと思いました。
ラストでどんどん話がずれていき、しまいには推理小説談義になってしまう辺りには、
おいおい、と思いつつ笑ってしまいました。
ミステリマニアが二人でも集まるとこんな感じだよねー、とつくづく思いまして。

> さて、ここまで読まれた読者には一つだけ思い出して欲しいことがある。この小説のタイトルは何だっただろうか?

そしてさらにこの一文で、なるほど、と。ハリーの正体はこの一文が
示しているのですね。さすがです。
確かに最初から堂々と、対決してましたね(笑)

>「おかしい? ああ、エラリー・クイーンじゃ古いってことか。じゃあ何だ? 金田一耕介か? 鬼貫警部か? 矢吹駆とか御手洗潔とか亜愛一郎? 鹿谷門美とか江神二郎とか火村英生とか一尺屋遙とか黒星光とかフランシス・バーリィコーンとかキッド・ピストルズとか東京茶夢とか垂里冴子とかトレイシー警部とかシャーロック・ホームズ・ジュニアとかクリストファー・ブラウニング卿とかヘンリー・ブル博士とかマイク・D・バーロウとかべヴァリー・ルイスとかメルクール・ボワロオとか近松林太郎とかメルカトル鮎とか二階堂蘭子とか? それとも榎津礼二郎とか桜井京介とか匠千暁とか犀川創平とか九十九十九とか石動戯作とか朱雀十五とか……、それとも十津川省三とか三毛猫ホームズとか伊集院大介とか金田一一とか江戸川コナンとか天下一大五郎とかアンナ・ニーナ・カーナとかか?」

また、作中のこの台詞に、思わずニヤリと(笑)
読んだことがあるのは勿論、読んだことがなくても、このリストに上がった
全員(アンナ・ニーナ・カーナは除く)、見事に好きな人は知っている面子ですね。
個人的にアンナ・ニーナ・カーナに、おや?と思いました。
新しく彼女が探偵役の推理物でも書き始めるのかと。
それにしても「ピザトーストの黙示録」って……愉快なタイトルですね(笑)
「ペンギン・ワールド」はちょっと読んでみたいと思ってしまいました。

今回はファンタジーの王道設定で叙述トリックに挑戦、というところでしょうか。
主人公の青年の特殊能力の関係上、描写等に苦労したのではないかと思いました。
また、青年とハリーの掛け合いが本当に面白かったです。

それでは、今回はこの辺で失礼します。
次の作品を楽しみにしていますね。

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16855Re:ミステリーは友情の掛け橋(?)ハイドラント 2004/9/18 16:29:21
記事番号16853へのコメント



……それにしてもいっぺんやってみたいなあ、推理小説談義。
ミステリー系サイトにいけば出来るかな。
 
>こんばんは。
どうもこんばんは。
>「魔王(神?)対勇者」、完結おめでとうございます。
どうもありがとうございます。
>最終回は青年とハリーの、推理&反論合戦……と思いきや(笑)
>意外な終わり方に楽しませていただきました。
まあ、ラストをあんな風にしたのは、この話の場合、そうでもしないと解決出来なかったからなんですけどね(笑)。
>
>青年の特殊能力……ファンタジーの楽しみがなくなりそうな能力ですね。
>まあ、ファンタジーは、そこに行くまでの過程を楽しむものでもあるので、
>余程オチの斬新さが売り、というものでもない限り、問題ないのかもしれませんが。
これがミステリーだったら悲劇ですね(笑)。楽しみのほとんどを読み始めてすぐに奪われるわけですから。
>それは別にしても、推理部分による個人的答合わせ。
>読めた部分もあり、読めてない部分もあり、でした。
>森の中であった女の子の台詞部分、きれいに流してましたよ、私……(^_^;)
あれはかなりの冒険だったんですけどね(笑)。
>それに対するハリーの反論も、筋が通っているといえば通っていて、
>でもどこかもにょもにょする、怪しい怪しいグレーゾーン。
>どちらだとしても、見事にうさんくささが表現されてるなあと思いました。
あっ、これはこういう風にしか出来なかっただけです。王道ファンタジーに見せかけているせいで、あまりデータを配置出来ませんでしたから。
>ラストでどんどん話がずれていき、しまいには推理小説談義になってしまう辺りには、
>おいおい、と思いつつ笑ってしまいました。
>ミステリマニアが二人でも集まるとこんな感じだよねー、とつくづく思いまして。
私の方は、「番長同士のケンカ→友情の芽生え」的構図に似てなくもないなあ、と思いながら書いてました。
>
>> さて、ここまで読まれた読者には一つだけ思い出して欲しいことがある。この小説のタイトルは何だっただろうか?
>
>そしてさらにこの一文で、なるほど、と。ハリーの正体はこの一文が
>示しているのですね。さすがです。
>確かに最初から堂々と、対決してましたね(笑)
この解決法は、当初のタイトルを今のタイトルに変更した時に思いつきました。
ちなみに思いついたのは授業中、思わず怪しい笑みを浮かべてしまって気まずくなりました(笑)。

>
>>「おかしい? ああ、エラリー・クイーンじゃ古いってことか。じゃあ何だ? 金田一耕介か? 鬼貫警部か? 矢吹駆とか御手洗潔とか亜愛一郎? 鹿谷門美とか江神二郎とか火村英生とか一尺屋遙とか黒星光とかフランシス・バーリィコーンとかキッド・ピストルズとか東京茶夢とか垂里冴子とかトレイシー警部とかシャーロック・ホームズ・ジュニアとかクリストファー・ブラウニング卿とかヘンリー・ブル博士とかマイク・D・バーロウとかべヴァリー・ルイスとかメルクール・ボワロオとか近松林太郎とかメルカトル鮎とか二階堂蘭子とか? それとも榎津礼二郎とか桜井京介とか匠千暁とか犀川創平とか九十九十九とか石動戯作とか朱雀十五とか……、それとも十津川省三とか三毛猫ホームズとか伊集院大介とか金田一一とか江戸川コナンとか天下一大五郎とかアンナ・ニーナ・カーナとかか?」
>
>また、作中のこの台詞に、思わずニヤリと(笑)
>読んだことがあるのは勿論、読んだことがなくても、このリストに上がった
>全員(アンナ・ニーナ・カーナは除く)、見事に好きな人は知っている面子ですね。
ちょっと分かり難いのは……近松林太郎くらいですかね。後、フランシス・バーリイコーンは出てき難いかも、普通はグリンで覚えるものだと思うし(まあそれでも正解だけど)。
>個人的にアンナ・ニーナ・カーナに、おや?と思いました。
>新しく彼女が探偵役の推理物でも書き始めるのかと。
一応、構想中です。ちなみにマザーグースを絡ませたものが良いなあと思ってます。
>それにしても「ピザトーストの黙示録」って……愉快なタイトルですね(笑)
>「ペンギン・ワールド」はちょっと読んでみたいと思ってしまいました。
でも、この二つは書けそうにありません。青年のオールタイムベストに入るようなものを書く自信はないし(笑)、「ペンギン・ワールド」はどんな話なのかこっちが訊きたいくらいですから(笑)。
>
>今回はファンタジーの王道設定で叙述トリックに挑戦、というところでしょうか。
まあ、そんなところです。あんまり成功しているとは思えませんが。
>主人公の青年の特殊能力の関係上、描写等に苦労したのではないかと思いました。
確かに最初は厳しかったです。青年の主観が無意識の内に入ってたりしましたから。
>また、青年とハリーの掛け合いが本当に面白かったです。
どうもありがとうございます。これに関しては、何度も読み返したり、声に出してみたりしたところが結構ありますから。
>
>それでは、今回はこの辺で失礼します。
>次の作品を楽しみにしていますね。
最後まで読んでいただき、本当にどうもありがとうございました。

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16857あとがきハイドラント 2004/9/21 20:08:30
記事番号16851へのコメント


 あとがき


 やっと完結させることが出来ました。
 アイデアを思いついたのが七月上旬、実際に書き始めたのが七月下旬。
 正直、八月の半ば頃までには終わらせるつもりだったのですが、紆余曲折あって九月中旬にまで延びてしまいました。
 やっぱり難しいです、物語を推理小説仕立てにするのは。
 伏線を埋め込んだりするのもそうですし、矛盾点を取り除く作業もかなり綿密にやらないといけない。
 それに推理部分はもっと難しく、論理的な文章を組み立てるのに、普段あまり使わない頭を俺式ファイナルヘブン(分かる人だけ分かってね)級に超速回転させるはめになりました。
 ってグチばっかですね、話題変えましょう。
 

 
 といっても話題ないのでアンケートやります。どうしようもなくつまんないアンケートですが。
 1、青年とハリー、どっちが好きですか?
 2、青年とハリー、一日だけなれるとしたらどっちになりたいですか?
 3、ラストシーンで青年とハリーが戦うはめになっていたら、どっちが勝っていたと思いますか?
 4、青年には実は名前があった方が良かったですか?
 5、聖剣(兄弟神の長兄の残留思念)とまともに会話する自信はありますか?
 6、「ピザトーストの黙示録」と「ペンギン・ワールド」、直感的により惹かれるタイトルはどちらですか? どっちもダメですか?
 7、「神=魔王」のからくりに気付きましたか? 気付いたとしたら、どの時点で気付きましたか?
 回答方法は二種類、一つは心の中で、もう一つはこの記事への返信で、どちらでも構いません。

 
 
 
 次作予告
 ・そろそろTRYを再開する予定です。ただし次回の投稿は大分先になりそうです。
 ・「レスボスの桜」の続編というか姉妹編を構想中。孤島を舞台にした青春ものでタイトルは「サントリーニの○○」(○○の部分は未決定)になる予定。いき詰まる可能性大。
 ・あるシリーズを復活させます。どのシリーズなのかはまだ秘密。
 ・アンナ・ニーナ・カーナシリーズは本当に書くかも知れません。書くとしたら、イギリスの古い童謡、いわゆるマザーグースをモティーフにしたものにする予定。
 あらすじは大体こんな感じ。 
「舞台は英国、大豪商の息子で全国的に有名な天才名探偵ルイス・ルイス・ルイスが何者かによって仕掛けられたバナナの皮を踏んで転倒し、すべての記憶を失ってしまう。彼の友人である大学生のアンナ・ニーナ・カーナの助けもあって、ほぼ完全に記憶を取り戻すことが出来たが、しかし名探偵としての能力は最後の記憶とともに失われたまま。止むなく探偵業を引退することになる。だが、その時から彼の身の回りでは次々に奇妙な事件が起こり始める。名探偵の能力がない彼を助けるのは友人のアンナ・ニーナ・カーナ。荒唐無稽な妄想推理を繰り返し、偶然の力を思い切り借りまくって、まぐれで事件を解決する」。
 …………。
 

 それでは、最後までお付き合いいただいた方、どうもありがとうございました。