◆−オリジナルです−蛇乃衣 (2004/9/12 16:14:39) No.16828
 ┣コウモリ 1−蛇乃衣 (2004/9/12 16:22:24) No.16829
 ┣コウモリ 2−蛇乃衣 (2004/9/12 16:26:33) No.16830
 ┣コウモリ 3−蛇乃衣 (2004/9/12 16:30:49) No.16831
 ┣コウモリ 4−蛇乃衣 (2004/9/12 16:45:51) No.16832
 ┗コウモリ 5−蛇乃衣 (2004/9/12 16:54:09) No.16833
  ┗Re:コウモリ −りぃ (2004/9/13 15:35:09) No.16837
   ┗Re:ありがとうございます!−蛇乃衣 (2004/9/19 19:09:18) No.16856
    ┗おそくなりました!−りぃ (2004/10/8 16:53:26) No.16869


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16828オリジナルです蛇乃衣 2004/9/12 16:14:39


こんにちは。お久しぶりです。
普段は『CIV』と称した現代パロものを投稿させて頂いてるのですが、今回は初めてのオリジナルです。
それも、人間一人も出てきません。動物が主人(?)公なのです。
でも、動物の話ではないと思います。
皆さんも一度は聞いたこと、読んだことがあるでしょう「イソップ物語」のお話を基としています。
蛇乃なりに言いたいことを詰めてみたので、皆様がどのように感じて、受け取って下さったか、一言でも感想をいただけると嬉しいです。

オフの方でこの話しを読んだことのある方・・・ここでお会いすることはあまりないと思うのですが・・・知らぬふりをして下さい。お願いします。




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16829コウモリ 1蛇乃衣 2004/9/12 16:22:24
記事番号16828へのコメント

昔々のお話です。
コウモリとイタチとカワセミは大の仲良しでした。
親友であった三匹は、特に約束を交わしたわけではありませんでしたが、晴れた日は、必ずある小川に集まりました。
その小川というのは、十六夜森と呼ばれる――ちょうど十六夜月の形をしているので――
森に流れる小川で、澄んだ水が流れる綺麗な場所でした。
三匹はそこに集まると、陽光を照り返す銀色の魚を捕まえたり、さわさわと揺れる草地に寝ころんで語り合ったり、木々から熟した果実をもいで食べたりと、一日一日を楽しく過ごしました。

三匹は三匹ともお互いが大好きでしたし、大切でした。
イタチとカワセミはそれと同じくらい自分のことも大切でしたが、コウモリは自分のことがあまり好きではありませんでした。
というのも、牙と翼の両方を持っていたからです。
獣と鳥と、どちらの象徴をも手にしていながら、どちらであるとも言い切れない己の曖昧さに、コウモリはほとほと嫌気がさしていました。


そんなある日のことです。
いつものように三匹は小川で遊び、黒い影法師を引き連れながら帰り道をのんびりと歩いていました。
夕暮れの風がとても心地よかったので、たまにぽつりぽつりと会話をする以外は、三匹は口を閉ざしていました。
三匹の中で一番おしゃべりなカワセミも、無闇に沈黙を破ったりはしませんでした。
コウモリはイタチとカワセミより数歩後ろを、二匹の背中を眺めながら歩いていました。
山の端にかかる夕日に照らされて、イタチの毛並みは、常よりもさらに見事な黄金色に染まっていましたし、カワセミの羽の美しい青は、投げかけられる夕日を跳ね返してしまうほどでした。
親友の後ろ姿を、綺麗だと思うほど、コウモリは胸に圧迫感と焦燥感を感じました。いたたまれなくなりました。
(どうしたんだろう…?)
コウモリは自分の胸に手を当て、ふと、その手に視線が留まりました。
(黒い…)
爪も手も、そこから伸びる翼も、コウモリの体を覆う短く柔らかな毛並みはどこも真っ黒でした。
唯一、彼の身体にも黒以外の色があったのですが、それは丸い両方の瞳で、それこそ琥珀(アンバー)にも藍方石(アウイン)にも引けをとらない、深い紅柘榴石(パイロープ)の色をしていたのですが、コウモリ自身には見ることが出来なかったのです。
(僕は本当に真っ黒だな。影との区別もあやふやなぐらいだよ。
 自分がなんなのかハッキリしないとは思っていたけど、僕はどこまでが自分かさえ、曖昧なのか…)
はぁ、とコウモリは大きなため息をつき、
『どうしたい?ため息なんかついて』
かけられた二重の声に、はっと顔を上げました。
いつの間にか立ち止まっていたらしく、少し離れたところから、二匹が振り返り、コウモリを見ていました。
「別に、何でもないよ」
コウモリは小さく笑って応えましたが、
「何でもないわけないだろぅが」
イタチが言い、
「何でもないのにため息が出るというのは、それはそれで大変だと思うよ?コウモリ」
カワセミにもそう言われてしまいました。
「――ちょっとね、自分の曖昧さが情けなくて、嫌になっちゃってさ……」
躊躇いながら吐き出された言葉は、もごもごと消えてしまいそうな音量でした。
「変わりたい、とは思うんだけど、どう変わればいいのか、よく分からないんだ」
イタチとカワセミは一度顔を見合わせ、再びコウモリに視線を合わせました。
「変わりたいって…悪いことではないだろうし、私は止めはしないけれど…」
「辛いんなら、急いで変わることもねぇだろ?無理したってしょうがねぇぞ」
二匹の射干玉(ぬばたま)のような瞳が、真っ直ぐにコウモリを見つめます。
「『何か』になる必要もないと思うよ」
「そぉそ。ってか、何になるんだよ」
『コウモリはコウモリだろ?』
ここで二匹は口を閉ざし、コウモリの反応を待ちました。
別に二匹は、コウモリを慰めようとしたつもりはなく、返答がほしいわけでもありませんでしたが、コウモリが考えてからものを言う質なのは分かっていましたので、その考える時間を作ったのです。
コウモリは黙って下を向いたまま、二匹のところまで歩み寄り、
「――………がとう…」
左手でイタチの腕を、右手でカワセミの腕をとり、そのまま引っ張って前に進みました。
不安定な姿勢で足を動かすことになった二匹は、苦笑しながらもそのまま歩きました。

何歩目かで三匹そろって転んだのは、運良く、誰にも見られずにすみました。



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16830コウモリ 2蛇乃衣 2004/9/12 16:26:33
記事番号16828へのコメント

十六夜森が、柔らかく水々しい緑に包まれる時期のことです。
イタチとカワセミが喧嘩をしました。
ちょうどコウモリは遅れて来たので、喧嘩の理由は分からなかったのですが、きっと些細なことだったのでしょう。
この二匹は度々――少なくともコウモリと、よりは――喧嘩をするのです。
けれど、次の日には仲直りをし、次の次の日にはそれを笑い話にできました。
ですから、その日二匹が喧嘩をしたまま帰ってしまっても、コウモリは一つため息をついただけで、たいして心配をしませんでした。
ただ、その日は前々から二匹が食べたがっていた木苺のジャムを持ってきていたので、そしてそれを作っていて遅れてしまったのでもあったので、渡しそびれてしまったのが少し残念でした。
「明日に延びちゃったか…」
色違いのリボンをかけた二つの瓶を抱えて、コウモリはとぼとぼ家へと帰りました。

しかし、翌日になっても、二つのジャムが入った瓶はコウモリの家に並んでいました。
というのも、まさにバケツを引っくり返したような大雨が降り、一歩も外に出られなかったのです。
この量じゃカエルも喜ばないだろうなぁと、コウモリは窓から外を眺めて思いました。
叩き付ける雨で、ぐにゃりと歪んで霞んだ世界しか見えません。
それはそれで、いつもと違う美しさがあり面白いものなのですが、やはり自分だけではしばらくで飽きてきてしまいました。
(カワセミとイタチは、どうしていんだろう……明日は晴れると良いのに……)
雨音を聞きながら、コウモリは眠りにつきました。

コウモリが目を醒ました時も雨は降っていました。
それどころか、その次の日も次の日も次の日も、コウモリの手と足の指では数え切れなくなってしまっても、雨音が止むことはありませんでした。
初日のような大雨とまではなりませんでしたが、しとしとシトシト、雨は降り続きました。

しかしそれでも、二度と青空が広がらなくなったということではありません。
久方ぶりの晴天となったその日、朝早く目覚めたコウモリはイタチとカワセミに会えのが待ち遠しく、朝日が昇るのとほぼ同時にいつもの小川へと行きました。
記憶のそれよりも川幅は広がり、千切れた葉や木の枝も運ばれていく濁流となっていましたが、そこはコウモリの好きな小川のままでした。
(早く来ないかなぁ)
ジャムの瓶を傍らに、コウモリは手近な木に寄りかかって二匹を待ちました。
しかし、太陽が南の空を過ぎても二匹が来る様子はありません。
まさか二匹になにかあったのだろうかと、コウモリは心配になりました。

コウモリの予想は外れてはいませんでした。
確かに“なにか”は起こり、そしてその渦中に二匹もいました。


獣と鳥の間で戦争が始まったのです。

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16831コウモリ 3蛇乃衣 2004/9/12 16:30:49
記事番号16828へのコメント

「本当、なの?」
コウモリは一本の木の根本に屈み込んで、地中からわずかに顔を出したモグラに尋ねました。
モグラが突然――それも偶然コウモリの足元に――地面から鼻を出したことにも驚きましたが、モグラが話してくれたことはずっと衝撃的で、一瞬信じられませんでした。
けれど、本当かなど、聞くまでもないのです。
なにせ、盲目モグラの口からは土が出てもデマカセ出ないと、専らの評判なのですから。
それでも、コウモリは聞き直さずにいられませんでした。
「ホントもホント。儂ャはな、この耳でしっかと聞いたのヨ。儂ャ歳食っとがな、この耳は衰え知らずなんヨ」
「でも、なんで戦争なんて…」
コウモリは頭がくらくらしてきました。
「はっきりした理由は知らんけど、小さァのが団子になって、大きィなってしもぅたんかネェ。
 獣の連中が言うにはな、鳥が奇襲かけたと。鳥らが言うにはな、獣の方が先に襲ってきたと」
「え?どっちが本当なの?」
「大分食い違ぁけど、まあ、どちらが嘘でどちらが真か。どちらも嘘か、はたまたどちらも真か。儂ャにゃ、分からんヨ」
モグラは小さなため息を一つつきました。
疲れたような、諦めたような、呆れたような、そんなため息でした。
「たいした違ぁないサな。もう、始まっちまったぁ…」
己の内に語りかけただけなのでしょう。先程のため息よりも、小さな声音でした。
「ねえ、モグラさん」
しばらく黙っていたコウモリが、ぽつりと聞きました。
「なんヨ?」
「カワセミは鳥?」
「そうさネェ、皆ぁはそう言ぅ」
「イタチは獣?」
「そうさナァ、皆ぁは、そう言ぅ」
「僕は――」
紡がれる言葉をさらうように、まだ雨の匂いが残る風が一陣吹き抜けました。
木々が揺れ、枝葉の擦れる音と滴が落ちる音が僅かな差をおいて重なります。

ざあざあパラパラ

 ザアザアぱらぱら

「そうさナァ」
二重奏の余韻も溶けてから、モグラは一言だけ添えてうなずき返しました。
「儂ャはこれから、地面中深ぁ潜る。戦争は良ぃ音聞こえんヨ。
 あんたァどうする?も一つ穴ぁ掘るぐらぁは、老いぼれでも儂ャはモグラ、わけないんヨ?」
「…ありがとう」
コウモリはゆるゆると首を横に振ってからお礼を言い、しかしモグラには見えないことを思い出して付け足しました。
「でもいいんだ。地面には、潜らない。やることがあるんだ」


鳥と獣の戦争は、激しさを増してゆきました。
戦争が始まった理由は、いつの間にか様々な憶測と相まって、輪郭がぼやけてしまいました。けれどそれは、たいしたことではないのかもしれません。
皆が知っているものが、いつも真実とは限らないのですから。
いつ頃からか、獣と鳥とどちらが優れているのか、そんあことが、勝敗の数に比例して考えられるようになってゆきました。

鳥軍が優勢になると、コウモリはパタパタとそちらへ飛んで行き言いました。
「僕には翼があります。僕は鳥です。ほら、この翼を見て下さい。僕は鳥でしょう?」
獣の側が優勢になると、コウモリはトタトタとそちらへ駆けて行き言いました。
「僕には牙があります。だから僕は獣です。この牙を見て下さい。僕は獣でしょう?」
状勢が変わるたび、真っ黒な生き物があちらへこちらへと動き回っていました。
鳥も獣も、優勢にはなるのですが、誤情報が流れたり武器の補充が途絶えたりで、何度も勝敗を重ねることはありませんでした。
その奇妙な偶然がはっきりと悟られることがなかったのは、実に巧みに工作されていたのと、不思議なことに、守りの要になるような情報は正確に伝わっており、救援物資が届かないという事態が引き起こされることはなかったからでしょうか。
そしてこれも不思議なことに、要因は様々だったのですが、十六夜森が戦場になることはありませんでした。

お互いに致命傷を与えられぬまま、両軍の疲労は徐々に溜まってゆき、休戦という形ではありましたが、戦争は終わりました。



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16832コウモリ 4蛇乃衣 2004/9/12 16:45:51
記事番号16828へのコメント

戦火を逃れた十六夜森は、夕陽を吸い込んだかのように色付いていました。
紅葉が何枚も折り重なって、まるで遠方の名工が生み出した織物のようでした。
その光景に感銘を受けつつ、カワセミは小川の上流から、イタチは下流から足の赴くままに進路をゆだね、そうしていつもの場所で二匹は出くわしました。
『やあ』
カワセミとイタチは同時に言いました。
そしてそのまま、また黙ってしまいました。
「久しぶり」も「元気だったか」も、和やかすぎてひどく場違いなような気がしたのです。
直接見えたわけではありませんでしたが、二匹はついこの間まで戦火を挟んで立っていたのですから。
それは事実です。
しかし、『今日』の話ではありません。
忘れないことですが、引きずることではありません。少なくとも、二匹の間では。
陽射しは暖かく、微風は穏やかに、二匹の頬を撫でます。
とても、気持の良い天気です。
「久しぶり」を、「元気だったか」を、先に言ったのはどちらだったでしょうか。
二匹はどちらからともなく歩みより、
『ごめん』
先に言ったのは、どちらだったのでしょうか。
それはまったく、同時に聞こえたようでありました。

さあさあと、身体に染み入るような清流の音を聞きながら、イタチとカワセミは手頃な石に腰かけて、ここに来るもう一匹を待っていました。
水と共に沈黙もその場に流れていましたが、けして不快なものではなく、なのでイタチがぽつりと話しだしたのも、けして沈黙に耐えきれなかったというわけではありません。
「少し遅いな、コウモリの奴」
「そうだね。私はてっきり、いの一番に来ているんじゃないかと思ってたよ」
だからまずコウモリに話しかけて、それから君と向き合うつもりだった。
そうカワセミが言って苦笑いをすると、俺もだと、イタチもにっと照れたように小さく笑いました。
「いやでも、あいつが軍に来たときゃ正直びっくりしたな。それよりビクビク泣いてる方が、まだ想像つく」
「はは、そんな歳でもないだろう?しかし、君は彼に戦場で会ったのか…」
カワセミが複雑な顔をしました。イタチは、その口調に気の毒そうな色が含れていたのに少し引っ掛かりましたが、首を横に降りました。
「いんや。戦場っつーか、もっぱら兵のキャンプでだな。隊が違ったし、あいつはあまり前線に出ていなかったから」
「?…なにを言っているんだい?兵のキャンプって、コウモリは捕まっていたことがあったのかい? そんな話は聞いていないよ」
今度はイタチが怪訝な顔をしました。
「お前こそ、何の話だよ?コウモリは――」

コウモリは走っていました。新しく作り直した木苺のジャムを詰めた小瓶に、それぞれの友と同じ色のリボンと、一回り細い白いリボンを重ねて結わえ、両手で抱えて走っていました。
(また、遅くなっちゃったな)
飛んだ方が早いのですが、両手が塞がっていてはそれもできません。息を切らせ、コウモリは黒い足で大地を駆けました。
コウモリは、その丸く赤い瞳に色鮮やかな紅葉を映しながら、青と金の親友のことを思い浮かべました。
二匹は、もう来ているだろう。
そして、仲直りをしただろう。
根拠などはなく、ただ直感で、コウモリはそう思いました。
(ジャム、喜んでくれると良いな…)
渡すのが待ち遠しく、コウモリはさらに足を速め、
小川に出ました。
彼らとの空白の時間はそれほどなかったはずにもかかわらず、懐かしいと感じる後ろ姿が二つ、並んで立っていました。
(ああ、そうか)
コウモリは合点しました。
懐かしいのは、並んでいる二匹の後ろ姿なのです。
(良かった)
やはり小川が、二人の絆が戻る場となりました。
(本当に、良かった)
二匹のどちらも、欠けることはありませんでした。
立ち止まり息を整えながら、コウモリは考えを巡らせました。
駆け寄って、まずなにを言おう?なにを話そう?
そうだ。今日は、夜通し語ればいい。
月と星の輝く紺碧の夜空の下で、さっそく木苺のジャムを食べながら―――
コウモリが駆け寄ろうとした時、二匹が振り返りました。

『やあ、戦友』

二対の黒い瞳の冷ややかさに、コウモリは凍りつきました。

ザアァァァと、風が森を鳴らしました。
「…イタチ?カワセミ?」
今まで見たこともない、二匹の表情。
コウモリは、ふと、自分はずっと悪い夢を見ているのではないかと思いました。
長雨が見せる、悪い夢を。
「コウモリ。お前、鳥軍にも入っていたんだって?」
イタチの声は、隠そうともしない怒りが込められていました。
「初耳だよ。確かに、ときどき見かけなかった時もあったけれど…そうかい、両方についていたわけか」
カワセミの笑みは、押し殺しきれない怒りのために、奇妙に歪んでいました。
「僕、は…その……」
コウモリは無意識に一歩後退りました。
「勝った方にくっつこうって?…はっ、意外と世渡り上手じゃねぇか」
「違う!そんなつもりじゃ…なかった……」
首を横に振り、コウモリは否定しました。
それだけは、違うとはっきり言えます。
けれど、その声はかすれ、語尾は消えかけていました。
なにかに対する急激な不安と焦りが、そうさせたのです。
「誤魔化さなくても良いだろう?私たちの仲じゃないか」
非難の視線に貫かれ、コウモリは声もなく、ですがそれでも、首を横に振りました。
(僕は、二匹とこの場所を守りたくて……)
しかしその為に、確かに二匹も騙していました。
(あの戦争に、勝者も敗者もあっちゃいけないと思って)
けれど、戦争を長引かせていたことは、否定できません。
「―――消えろよ」
耳に届いたどちらかの声に、コウモリは伏せていた面を上げました。
「え?」
聞き違いであってほしいと、思いました。
「俺達の目の前から」
「私達の目の前から」

『消えてくれ』

コウモリは身を翻しました。


はぁ はぁ はっ…
コウモリは走りました。
はっ はぁ は…
森の中を、どこへ向かうでもなく、走りました。
木の葉を落とした枝々が擦れ、黒い毛皮に赤い血がにじむのも気にせず、コウモリは足を止めません。
止められなかったのです。
息は切れ、鼓動は全身に響き、身体は熱いはずなのに、氷塊の浮かぶ海に落ちたような、そんな痛さを伴う冷たさをコウモリは感じていました。
「――あっ」
木の根に足を取られ、コウモリは地面に胸を強か打ち付けてしまいました。
転んだ拍子に、抱えていた二つの小瓶はコウモリの手から離れて宙を泳ぎ――

ガシャン!

「――あ………」
甘酸っぱい香りが、大地に染み込んでゆきます。
紅いそれにまみれ、キラキラと輝くのは、無惨に散ったガラスの破片。
「…割れ……こぼれ…た………?」
コウモリは起き上がりもせず、呆然とそれを見ていました。
「あ…ぅあ、ああ…あぁああぁあああ」
意味を成さぬ言葉が、コウモリの口からこぼれ落ちます。
「ぅああああああああああああああ!!」
それは、意味を持たぬ叫びでした。
ただの、音声でしかありませんた。
ですが、それも無理もないのことなのです。
自分が悲しいのか、悔しいのか。
怒っているのか、失望しているのか。
自分の中で渦巻く感情すら、曖昧すぎて、コウモリには分からないのですから。
荒れ狂う暴波に任せ、コウモリはただ、声を上げました。


その日を境に、コウモリは姿を消しました。


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16833コウモリ 5蛇乃衣 2004/9/12 16:54:09
記事番号16828へのコメント

木々は紅、黄の衣を脱ぎ捨て、灰青色の早朝には霜が降りるようになりました。
カワセミとイタチは、やはり、いつもの小川にいました。
集まるのが三匹から二匹となってからしばらくたちましたが、慣れは未だやってきません。
イタチもカワセミも言葉にこそ出しませんでしたが、ぽっかりと空いた空間に、ずっと違和感を引きずっていました。

その日、小川には久しぶりに三つの影が地に伸びていました。
しかし、うち一つはコウモリのものではありません。
「なんヨ。ここらの音は、前とちぃとも変わらんネェ」
枯れ葉の絨毯の上に転がり、とりとめない話をしていたイタチとカワセミの目の前に、ぼこっと、モグラが顔を出したのです。
「なんだ、モグラのじぃか…」
「こんにちは。お久しぶりです。モグラさん」
「おお、おお。久しいのォ」
愛想良く挨拶を返し、ここでモグラは首を傾げました。
「コウモリはどしたんヨ?」
ピクリ
一瞬、二匹の動きが止まりました。
「――コウモリは、いません」
「いなくなったよ…」
ややあっての答えに、モグラはひどく驚いたようでした。
『ようでした』というのは、モグラは生来とぼけた顔でありましたし、その瞼が開くことはないので、その表情から感情を読み取ることは、少し難しいのです。
しかも、イタチもカワセミも彼と深い付き合いがあるわけでもなく、まして彼よりもずっと若いのですから。
「いなくなぁた…? ああ、ああ…じゃあ、あの噂は本当だったんか…」
『噂?』
二匹の声が、期しせず重なりました。
「なんやぁネ、ちょい離れたとこでポツリポツリと小さぁ噂になってんヨ。
 夜になぁとね、真っ黒ななにかがこう、ヒュウゥと、十六夜森の方向に飛んでくゆぅんヨ」
「この森に、か?」
モグラは二度うなずいて、続けます。
「それがどこかぁ来とんのか、それは誰も知らんよぉサね…でも、来るのは、森の入り口近ぉまでなんヨ。そこでしばらぁグルグル飛んでな、また何処かぁ帰るらしいんサね」
「それって…」
「まさか…」
カワセミとイタチは顔を見合わせました。
「コウモリ」
モグラが二匹の心を見透かしたように、二匹がその名を胸の内で呟くのと同時に言いました。
「はっきり見た奴ぁいないんヨ。けど、そうも言われとる」
モグラはため息をつきました。
「もっとも、噂ぁたったからか、最近はパッタリ見なくなったらしぃがナ」
無言の二匹を、モグラは見えぬ眼で見つめました。
「儂ャ、難しぃことぁ分からんヨ。なにがあったかぁ、聞かんサね」
声音は優しく穏やかで、
「ただ、あんたらぁ三匹揃うとの、ホント、良ぃ音するんヨ。そりゃあ、温かぁ音ヨ。儂ャ、好きサね」
寂しげな響きがありました。
「――けど、彼は…」
「あいつは、俺達を…」
はぁ、と、二人は大きなため息をつきました。
「――なぁ、モグラのじぃ」
「なんヨ?」
「彼は…コウモリは…鳥なのですか?獣なのですか?」
モグラは、一呼吸置いて答えました。
「コウモリは―――」


イタチは走りました。
手足の感覚がなくなるまで走りました。
カワセミは飛びました。
翼の感覚がなくなるまで飛びました。
走って、飛んで、そして、
『コウモリー―――!』
声が枯れ果てるほど、親友の名を呼びました。
「コウモリ!どこだ!?」
「出てきてくれ!…会ってくれ!!」
鳥が、獣が何事かと思いました。
怪訝な視線など気にもとめず、二匹はひたすら親友を探しました。

 ――コウモリは、コウモリヨ――
 ――コウモリ自身が言っとったんヨ――
 ――自分であれば良い、そう思ぇようになったと――
 ――親友が教ぇくれたと――

コウモリが獣か鳥か、気にしないと言ったのは自分達だったことを、イタチとカワセミは思い出しました。
苦しんでいた親友を傷付けたことを、悟りました。

『コウモリィィィィィィィィィ!!!!』


結局、コウモリは、見付かりませんでした。




春が近付き、雪が溶け始める頃になっても、月と星が輝く夜は、まだしんしんと冷え渡ります。
澄んだ夜空の下、十六夜森と呼ばれる森に流れる小川では、溶けた雪の中から、雪より白い花が姿を現します。
凛と頭をもたげ、静かな夜に蕾を綻ばせ、それはそれは甘く良い香りを漂わせるのです。

小川一面に咲き誇るその花は、一匹の獣と、一羽の鳥が、親友を思い植えたのだとか。
その一匹と一羽のもとに、誰からか、夜の内に木苺のジャムが届けられたとか。

なにぶん昔の話なので、はっきりとしたことは分かりません。

曖昧な、お話なのです。

もっとも、昔話というものは、そこが面白いのかもしれません。


              
―終―

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16837Re:コウモリ りぃ 2004/9/13 15:35:09
記事番号16833へのコメント
えっと・・・ うん。 すごくいいお話でした。 うまくは言えませんが。 少し泣けました。
こうもりは本当に二人が好きだったんですね。また一緒に遊びたくて、前と同じ関係に戻りたくて、自分が考えうる中で一番自然にわだかまりなく戦争が終わる方法を一生懸命考えたんでしょうね。 相手を思ってのことで誤解を受けてしまったこうもりがとても愛しいです。 最後の数行で前とは違った形ですが良い関係に戻ってくれて嬉しかったです。 蛇乃衣さんのオリジナル読みたいと言って本当によかったです。 本当に良い話を読ませていただいてありがとうございます。m(__)m 

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16856Re:ありがとうございます!蛇乃衣 2004/9/19 19:09:18
記事番号16837へのコメント

こんにちは、りぃ様。感想ありがとうございます!
いつもいつも温かいお言葉の数々、本当に励みになります。
コウモリを好きになって頂けて、すごく嬉しいです(^^)

彼はね、ホントはスゴイ奴なんです。能力的には三匹の中で一番でしょうね。でも、自分に対して一番自信がないんですよ。

人生には沢山の選択がありますが、提示されたどちらかを選ぶのが、常に正しいこととは限らないんじゃないかなと、私は思うのです。
「何か」は選ばなきゃいけないとも思うのですが。

・・・と、なんか勝手に語っちゃいました(。。;)

「良い話しだった」と言っていただけて、私もちょっとは自信もって良いかな、なんぞと思ったり。まあ、自信なくても話しを作ることは止められませんけど(笑)

あと、「番外編感想一番乗りありがとうございます記念」・・・だったかな?(おいおい)、すみません、すっかり忘れていました(@□@;)
ええと、では今回のものも含めてという形になってしまうのですが(ゴメンナサイ)、よろしければリクエストして下さいませ。時間かかってしまうかもしれないのですがぁ〜〜ああ〜・・・
スレイヤーズでもオリジナルでも、何でもOKですので!形式も、詩、散文といません。
お心にお留め下さいませ。

最後に、いつも本当にありがとうございます!これからもよろしくお願いしますね!

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16869おそくなりました!りぃ 2004/10/8 16:53:26
記事番号16856へのコメント

っすいません! すっかり遅くなってしまって。 ・・・忘れられてたんですね・・・(^^;  まぁそんなこともありますって。 リクどうしましょう?
正直本編のほうが気になるのですが(笑) 私のリクエストはいま蛇乃衣さんが書きたいものでいいですよ オリジナルとかでも大歓迎! お任せしますv 蛇乃衣さんの次の投稿楽しみにしてますね でわ