◆−prayer of prayers−chico (2004/11/26 12:17:42) No.16902


トップに戻る
16902prayer of prayerschico 2004/11/26 12:17:42


初めまして。chicoと申します。
初めての投稿です。お手柔らかにお願いいたします^^
ゼロリナベースのアメリナですが、ほとんどアメリア一人です。
では、どぞっ

============
prayer of prayers


 ずっと長い間、私とリナさんは一緒の部屋で寝泊りした。
「どうせ夜は寝るだけなんだし、広い部屋を一人で使うより経済的でいいじゃない」
 そう言って、私たちに一部屋、ガウリィさんとゼルガディスさんに一部屋をいつも取っていた。
 そうやって、私たちはずっといつまでも、旅を続けていくものだ、と信じて疑わなかった。居な。別離の時が来るかもしれないなんて考えたこともなかったのだ。それほどに、私は信じ込んでいた。


 ゼロスさんが現れてから、その均衡が次第に破れてきた。
 彼とリナさんの間に最初は感じられた緊張感が、春が近づくにつれ進んでいく雪解けのように、次第に薄れていくのを私は見ているしかなかった。
 話しをしながら皆の前を歩いていく二人の後ろ姿を見ては、私は小さく溜息をついた。
 そうやって見ていたから、私は二人の変化を知っていた。
 二人の雰囲気が柔らかくなり、があまりにも柔らく、そして壊れ物でも扱うかのように丁寧に、重々しく、彼の彼女への接し方。彼女は照れたようにそっぽを向きつつも、彼から視線を外さない。
 ああ、二人は惹かれあっているのだ、と常に感じ、私は胸の中に寂しさを覚えていった。


 夜、ベッドで寝ていると、リナさんはこっそりとベッドを抜け出した。 盗賊いじめは彼女の趣味の一つだから、よくあることだった。
 しばらくすると彼女はほんのりと焦げた臭いを纏ってベッドへ戻ってくる。私は寝たふりをしたまま、彼女が無事に戻ってきたことを感謝した。
 それが少し変わっていった。
 彼女がベッドへ戻っても、焦げた臭いをさせないことが多くなっていった。
 そして、私の気持ちは大きく掻き乱された。
 ゼロスさんに会っている。
 そうに決まっている。
 彼は魔族だ。魔族と人間の愛なんて、成立なんてするのだろうか。彼は彼女をまた利用しているだけじゃないだろうか。
 不安と心配がまず先に立つ。
 けれど、思い返せば彼の感情が彼女に本当に傾いている昼の姿が目に浮ぶ。彼女が彼に輝かんばかりの笑顔で返している姿が瞼の裏に焼きついている。
 二人の関係に利害など関係ないのはもう頭ではわかっている。
 それでも、彼は魔族だから。私は二人の恋を手放しで祝福できなかった。何よりも大切な友だから。
 でも、彼女は大きな人だから。小さな身体に重責を一人で背負う人だから。人間では、彼女の感じる恐怖も畏れも、受け止められないかもしれない。
 けれど、魔族の彼なら、彼女そのものをなんなく受け止められるかもしれない。
 だから、二人は惹かれあったのかもしれない。
 そう思うと、心から祝福、とまではいかないけれど、感じていた苛立ちも寂しさも、多少は薄れていった。


 しばらくすると、私とリナさんは別の部屋で寝るようになっていた。
 ゼロスさんと二人の時をより長く過ごしたいのだろう、と思うと私は、やっぱり寂しい気持ちを覚えていた。
 友であることに違いはないけれど、いつも一緒にいた時間が少しづつ削られていくのは、なんとも言えない悲しさを引き起こさせた。


 私は二人がずっと幸せに過ごせていけるなら、それでいいと考えるようになった。
 人間と魔族の恋でも、リナさんが幸せであることが、私の願いだから。
 そんな私の願いとは裏腹に、彼女はこの数日深く考えこみ、溜息をよくついていた。
 その上、こんなことを言い出した。
「最近、ちょっと歩きが長かったから疲れがたまちゃった。しばらくこの街で疲れを取ろう」
 そして宿屋に長期滞在することになった。
 私は彼女にどうかしたのかと尋ねてはみたものの、彼女らしくない曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。
「んー。疲れただけだし。なんでもないわよ」
 ゼロスさんとのことだろうか、と問いかけようとして、私は止めた。彼とのことであれば、彼女は何も言わないだろう。無理に問いただして、彼女の心を痛めることは避けたかった。
 けれど、これが後に私を長く後悔させることになるとは、予期しなかった。


 そしてそれは突然やってきた。
 ある日、夜の間にリナさんは姿を消し去った。
 たった一枚の紙切れに
「契約した」
 それだけの文字を残して彼女はいなくなった。
 ガウリィさんは静かに怒った。
「俺達に内緒にするなんて」
 ゼルガディスさんはテーブルを叩いて悲しんだ。
「魔族と契約しても、俺達は仲間じゃないか」
 そして私は―――自分を責めた。
 どうして私は彼女が悩んでいたときに、何があったのか聞かなかったのだろう。 もう一歩踏み込んでも、私たちなら、私たちの関係なら、大丈夫だったのではないだろうか。
 彼女の決めたことを止めるつもりも詰るつもりもなかったのに。ただ、話をするだけで、彼女は『去る』という選択をしなかったかもしれないのに。
 私は聞きたくないことを、彼女が私たちから離れるということを、耳から遠ざけたたかっただけなのかもしれない。
 私は自分の愚かしさを悔いた。


 彼女がいなくなると、私たちはそれぞれの道を歩むことにした。
 ゼルガディスさんは元の体に戻る術を探すべく旅を続け、ガウリィさんは傭兵家業へと戻っていった。
 私はセイルーンへ帰った。
 王宮に戻ってまず私がしたことは、王位継承権の放棄であった。
 周囲の人は止めようと私をたしなめ、私が受け入れないと叱り飛ばした。
 今は父さんが第一王位継承者である。父さんが王に即位すれば、私が第一王位継承権を持つことになるはずだった。
 けれども、友一人の心も汲み取れなかった私には、国の民を導くことなどできはしない。それに、私は祈りたかった。
 友一人の幸せを祈りたかった。
 私はそうして神と在る道を辿り始めた。
 それから数年後、私は司教となった。
 リナさん一人のために祈りつづける私が、皆のために祈っているものとまわりが考えた結果だった。
 間違いであるのに、誰もそれを正そうとしなかった。そして、私はその職を受け入れ、司教として祈り、民を説き、その裏で、ただ一人の幸せを願っていた。


 神への感謝を表す最上の日の明け方近く、私はいつもより早く目が覚めた。
「あ、ごめん。起しちゃった?」
 聞きなれた懐かしい声がした。
「リナさん!」
 薄暗い部屋の中、リナさんとゼロスさんが立っていた。
「やー。あんたが司教になったって聞いたもんだからさー」
 彼女は朗らかに笑っていた。
 数年も会っていなかったというのに、いつも一緒にいるような口ぶりで、いつも他愛もないことを話しては笑いあう友達のようなトーンで話をする彼女が、そこに居た。
「はい。司教になったんです」
「継承権放棄して神職の道に専念し始めたのは知ってたのよ」
 彼女はまだベッドの上にいる私の隣に座った。
 手を伸ばせば触れられる。
「貴女のお噂にはリナさんはいつも敏感に反応なさるのですよ」
 ゼロスさんはあの飄々とした口調のままだった。
「司教になって初めてのサンクスギビングの説教でしょ、今日。だから、緊張してんじゃないのかなぁ、とか心配になっちゃってさー」
 彼女が私を覗き込んだ。
「リナさん…来てくれたんですね」
 私はそれ以上は言葉にならず、潤んだ目を隠すように彼女の胸に飛びついた。
「ま、ね。あたしたち、今でも友達、でしょ?」
 頭を撫でられながら私は何度も頷いた。
「それにしても、アメリアさんは見違えるほど大人らしい女性になられましたね」
 私は顔を上げて彼を見た。
「そうですか?自分ではちっともわかりませんし、神職の身の自分にはどうでもいいことですし」
「かーっ。どうでもいいとか言う奴に限って胸が大きくなったりするんだもの。やってらんなーい」
 彼女の声に彼と私は大きく笑った。懐かしい雰囲気が一気に増す。
「アメリア」
 そして、リナさんは突然声のトーンを落とした。
「あんたが神職を選んだ理由も、王位継承権を放棄した理由も、あたしはわかってる。申し訳ないと思ってる。そして、感謝もしている。
 あたしは、あんたが毎日祈ってくれてるから、魔族と契約したあたしでも、幸せにやっていってる。あたしはもう本当に十分祈ってもらってる。
 これからは、自分の幸せを祈りなさい。んでもって、ちょっと気が向いたら、他の人のことなんかもちびっと祈ってやんなさい」
 私はリナさんの顔を見つめた。彼女は照れ隠しのように私の頬をつついた。
「わかった?」
「はい。でも、リナさんのことをお祈りするのは止めることはありません」
「頑固者」
「はい」
「強情者」
「ええ」
 そして私たちは額をくっつけ合い、笑った。
「魔族のことを祈る神職も、まぁ、珍しいですから、良いのではないでしょうかね」
 ゼロスさんが話しをまとめた。
「じゃ、もう行くから」
「もう、ですか。
 ゼロスさん、リナさんを大切にしないと司教の私が貴方を滅ぼしますからね」
 私の声に彼はゆっくりと頷いた。
 彼女は立ち上がって彼の差し出した手を取った。
「今日は絶対とちっちゃダメよ。去年のクリスマスんときは、あんた失敗したらしいからね」
 振り返り、そう言うと彼の闇色のマントに彼女はくるまれた。
 私は苦笑いをしてみせ、彼女に言葉を捧げた。
「神のご加護のあらんことを」
 そして、笑みで見送る。
 彼女は彼とともに姿を闇へと溶けこませた。
 ベッドから下り、小さな窓を開けると太陽のまだ柔らかな光がうっすらと街を照らし始めていた。
 彼女のことは祈り続ける。
 けれど、彼女は私のこと許してくれた。いいえ。彼女は私を責めてはいなかった。それどころか、私が悔いていることが間違いだと諭してくれた。
 私は彼女のために祈り続ける。
 そして、また、皆幸せも祈り始めるだろう。
 窓を閉めると、私は今日の感謝祭のための禊のために部屋を後にした。