◆−Grand Finale−水晶さな (2004/11/29 00:11:36) No.16905
 ┣Prologue:Evelern in the Past−水晶さな (2004/11/29 00:15:59) No.16906
 ┃┗いよいよ、最終章なのですね。−猫楽者 (2004/11/29 19:58:46) No.16907
 ┃ ┗何とか最終章までこぎつけました−水晶さな (2004/12/5 00:00:46) No.16910
 ┣Chapter 1:Nostalgia−水晶さな (2004/12/5 00:05:43) No.16911
 ┣Chapter2:The return to the Saillune−水晶さな (2004/12/11 21:34:00) No.16915
 ┣Chapter3:A chance meeting−水晶さな (2004/12/18 12:30:39) No.16923
 ┣Chapter4:Military Conference−水晶さな (2004/12/23 22:25:14) No.16927
 ┣Chapter5:Hero−水晶さな (2004/12/25 22:49:36) No.16930
 ┣Chapter6:Countdown−水晶さな (2004/12/29 17:44:10) No.16934
 ┣Chapter7:Gather up−水晶さな (2004/12/31 13:40:53) No.16938
 ┣Chapter8:Potential power of the Saillune−水晶さな (2005/1/1 22:17:57) No.16941
 ┣Chapter9:The Dawn−水晶さな (2005/1/3 18:42:30) No.16945
 ┣Chapter10:War of the east side−水晶さな (2005/1/8 21:32:16) No.16952
 ┗Chapter11:War of the west side−水晶さな (2005/1/16 23:15:09) No.16955


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16905Grand Finale水晶さな 2004/11/29 00:11:36


 前作より半年以上の間が空いてしまい、続きを望んでいて下さった方には本当申し訳ないです。
 未だ完成とは至っていないのですが、順次書き上げて投稿したいと思いますので何卒宜しくお願い致します。

 水晶さな.


=================================


リナさん、ガウリイさん、シルフィールさん

ミルファレナさん、フィスさん

ベルベットさん、セリィさん、メルテナさん、アズリーさん

ジャッカルさん、イシュカさん、イーダちゃん

ルートヒルドさん、パナチカさん

ベティさん、ビストさん、グラッツェさん、ドン・シリウスさん、クラウチナさん

シスリアさん、レンフィルドさん

ブルーフェリオスさん

サラマンディラさん


そして、ゼルガディスさん


かけがえの無い大切な人達
忘れられない沢山の思い出
これから先どんな時にも、きっと心に残るその面影

いつまでも



【-Grand Finale-】

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16906Prologue:Evelern in the Past水晶さな URL2004/11/29 00:15:59
記事番号16905へのコメント

【Prologue:Evelern in the Past(在りし日のエヴェレーン)】

 初めて出会ったのはいつだったか。
 本国より派遣されてきたと、一師団体を率いる騎士団長は胸に拳を当てたまま音声をあげた。
 玉座に座るわけでもなく、高台にいる訳でもなく、
 目線より低い立位のまま、腕組みをして迎えた新たな主(あるじ)に、
 その男はプライドを損なったとでも思ったのか、露骨に嫌な顔をしてみせた。
 それを見て余計に気を悪くしたのは、彼以上に気の短い王女だった。
「名は」
 不機嫌さを隠そうともせず、鋭い口調で問う。
「アルヴァント=シュラムと申します」
 返答は開門を求めた時の声色と、明らかに気の入れようが違う。
「そう、私はサラマンディラ。今日からこの生意気な女が貴方の主よ、覚悟する事ね」
 アルヴァントの片眉がひきつるのを見越して、
 同じように相手を気に入らなかった娘が、高らかに宣戦を布告した。


「何故父上はあんな男を寄越したの!」
 手にしていた書物を荒々しく壁に叩きつけ、絨毯の毛を踏み荒らすように部屋の中を歩く。
「魔族の脅威の噂は日に日に増しております。アルヴァント騎士団長はセイルーンでも歴戦の強者で・・・」
 報告書を持って同行していた研究所員が青くなりながら弁解を挟む。
「顔を見りゃわかるわよ女を蔑(さげす)んだあの目! 女は男の半歩後ろを歩けと平気で言う奴よ! 気に入らない。とっとと本国へ送り返して頂戴!」
「それを言うなら研究員を責めず、直接陛下に仰られては如何ですか」
 後方から響いた低音の声に、サラマンディラが目つきを険しくして振り返った。
 わざとらしく慇懃に振舞う姿勢が、逆に苛立ちを誘う。
 それでもここで激昂するのは負けを意味するととったのか、努めて冷静な声を振り絞る。
「アルヴァント騎士団長。私はエヴェレーンにこれ以上物々しい警護は要らないと言っているの」
「陛下から仰せつかった命(めい)は、エヴェレーンを護れという事。貴女を護る事ではありません」
 サラマンディラに二の句も告げさせない内に、彼は元来た方向へ踵(きびす)を返した。
 怒りか羞恥か肩を震わせる彼女に、ますます青ざめた研究員が火の粉を受けない内にと走り去る。
「覚えてなさい、アルヴァント!」
 激昂して叫んだ名。
 あの時は、自分に遜恭しない人物を相手にした事が初めてで、
 ただ苛立ちを募(つの)らせた。

 ――若かったのだ、と思う。



 出会い頭の毒舌の応酬には、三日もすれば皆が慣れ、
 寧ろ静かな日は何事か起こったのかと、研究員が眉をひそめる始末。
 一人激昂しながら報告書を読んでいる娘を見やってから、研究員が何気なく遠ざかった。
 頭髪の半分近くが白くなり始めた研究院長は、平然と作業を続けている。
「パリス院長。サラ様は今日も又ご立腹です」
「だからといって、業務に差し支えるほどサラ様は子供ではあるまい」
「しかし、あそこまで馬が合わないというのに、何故本国へ送り返されないのですか」
「お前、本当にあの二人の馬が合わないと思っているのか?」
 予想外の質問で返され、まだ若い研究員が目をしばたたかせた。
「多少勘のいい者ならすぐわかるぞ。似た者同士なんだ、あの二人は」
「・・・はぁ」
 納得のいかない呟きに、「まだ若いな」と院長が苦笑した。
「時間の問題だろう、あの二人は。陛下も姫君の気質をよく御存知のようだ」
 何が「時間の問題」なのか、笑われた若者にはまだわからなかった。
 答えを知る事になったのは半年後、二人の婚約が知らされた時だった。



「ねぇパリス。何で私婚約なんてしたのかしら」
 手にした書類を読むでもなく――もっとも、上下逆に持っていたが――サラマンディラが呟き、
 計算を繰り返していた院長が苦笑いして手を止めた。
「マリッジブルーにはまだ早いと思いますがなぁ。ご結婚もなされていないのに」
「ブルーとかじゃなくて。気が付いたら婚約してた、みたいな状況に納得がいかないのよ」
「求婚を受け入れたのはサラ様ではないのですか?」
「うーん」
 記憶を搾り出すように娘が頭を掻いた。
「何か変なのよ。自分が二人いるみたい。一人はアルカトラズの精製に一生を捧げるって覚悟を決めた女。 もう一人は男の一挙一動に振り回されてみっともないくらいうろたえてる女。今は前者の気分、だから妙なのよ」
「どちらもサラ様である事に変わりはしません」
 皺を深くして、院長が優しげな笑みを浮かべた。
「おかしくはないってこと?」
 同意を求める挙措は、まるで初恋にうろたえる少女のようだった。
「人間誰しも、恋愛においてはおかしくなるのが普通です」
「パリスもおかしくなったの?」
「それはもう。妻は高嶺の花でしたから」
 サラマンディラの知っている妻は既に高齢といってもいいほどで、
 若い頃の姿が想像できないのか眉をひそめていた。
「・・・どうやって口説き落としたの?」
 なるべく害意の無い言葉を苦労して選んだのが見てとれる。
「偏(ひとえ)に、わたくしの人徳の賜物かと」
「・・・・・・」
 やっとからかわれている事に気づいたのか、サラマンディラが書類を投げ出すと部屋を出ていった。



 あれほど辛辣な言葉の応酬を繰り返していたというのに、
 何故気が変わったのかと聞いた事がある。
 自分に言い負かされたある日、リベンジを仕掛けようとした所、
 テラスで歌っている自分を見て、怒りが萎えてしまったという。
「いい歌だな」
「え?」
 思えば、
 罵詈雑言以外の言葉を聞いたのは会った時以来だった。



 求婚された時に、膝が震えて、
 それでも気を失わないように、彼の腕を掴んで口を開いた。
 自分は既に、コア・アルカトラザイトと融合した身だと。
 彼はその言葉を熟考するように押し黙った後、おもむろに口を開いた。
「つまり、いつまでも若い妻を持てるという事か。欲を言えばもう少し若い時に年を止めて欲しか・・・」
 最後まで言わせぬ内に、
 彼の横っ面を張り飛ばしたのを覚えている。



 簡素ながらも式を挙げて、
 本国からの祝辞が届き、
 数年の後に、男児が産まれて、
 何故か赤子と一緒に父親が泣いた。

 自分に訪れる筈がないと、
 最初から諦めていた幸せに包まれて、
 ――逆に、怖かった。
 何かが、起こるのではないかと。


 不安は的中した。
 全ての崩壊は、ある日唐突に訪れた。



 凄絶な光景だった。
 躍る炎。怒号。地を舐め尽くす光。絶叫。
 燃える家屋。燃える人。燃える、空。
「・・・・・・・・・」
 何の前触れもなく始まった地獄絵図の狂乱に、
 城の一角でそれを見た娘が、しばし言葉を失った。
 それでも短時間で我に返ると、
 戦いに加わる為に身を翻す。
 数歩も走らない内に、腕を掴まれた。
 苛立ちの混じった悪態をつくと、顔だけ振り返る。
 臣下の一人が、けして放すまいと決死の形相で彼女を繋ぎ止めていた。
「放しなさい、これは命令よ」
「なりません。魔族の狙いはコア・アルカトラザイト。サラ様が姿を見せてはなりません」
「国が滅ぶのを黙って見ていろというの!!」
 口論をしている間にも、炎は全てを無に帰していく。
「見ていろとは言わん。早々にここから離れろ」
 聞き知った低い声色に、サラマンディラが視線を前方へと戻した。
 甲冑を着込んだ大柄な男が、剣を佩(は)いて立っていた。
「嫌よ。どうして私だけ逃げるなんて事ができると思うの!」
 声を荒げても、目の前に立った彼は動じる事もなく。
 臣下の手を渾身の力で振り払った彼女が、拳を振り上げた時、
 その手首を掴み、胸元に引き寄せた。
「サラ」
 身体が軋(きし)むほどに強く抱き締めて。
「すまない」
 サラマンディラが何か言いかけた時、
 彼の拳は鳩尾(みぞおち)を打っていた。
 力を失いくずおれる彼女を臣下に預け、
 彼は兜の目隠しを引き下げた。
「サラを『扉』からウィド・ディ・カリスに。送った後は『扉』を破壊しろ」
「・・・はい」
「それから、内部の者は研究所の破壊に専念しろ。どれだけ食い止められるかはわからんが」
 臣下が、黙って頷いた。
 彼が歩みかけた時、背後から名を呼ばれた。
「アルヴァント様、ご武運を」
 歩みを止める事なく、片手を上げてそれに応える。
 それが永別であると、互いに知っていた。



 肌を焼く熱気。
 むせ返る妖気。
 表皮を濡らし、ひりつかせる血痕。
 この時を、何故か予感していた。
 腐臭の漂う中、彼は妻の顔を思い浮かべた。
 一人だけ逃がされ、残された事に彼女は怒るだろうか。
 それとも、泣くだろうか。
 そのどちらをも想像し得た。苦笑を浮かべたかったが、筋が引きつったように動かなかった。
 最後に思い浮かべたのが妻の顔で、
 ――悪くない、と思った。
「サラ」
 渇いた声で呟く。
「生き延びろ」
 そして、全てが緋の色に包まれた。

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16907いよいよ、最終章なのですね。猫楽者 E-mail 2004/11/29 19:58:46
記事番号16906へのコメント


こんばんは。ご不沙汰しております。
お元気ですか、猫楽者です。

毎回、とても楽しく読ませていただいておりました。
アルカトラズ・シリーズも、ついに最終章へと突入なさったのですね。

>リナさん、ガウリイさん、シルフィールさん

リナさんの故郷を目指して旅立たれた、リナさんとガウリイさんの仲がどうなってしまうのか。気になります(笑)
シルフィールさんはサイラーグの復興に尽力なさるのでしょうか。

>ミルファレナさん、フィスさん

フィスさんの体を戻す為に、医学の勉強をなさるミルファレスさん。
アメリアさんと協力なさって、錯乱中のゼルガディスさんを沈静化させてくださったフィスさん。
今度。アメリアさんたちと再会なさるときには、アメリアさんとミルファレスさんの『成果を報告し合う』との。
“女の約束”をしていたことを、お話し合うのでしょうか。

>ベルベットさん、セリィさん、メルテナさん、アズリーさん

人気のアイドルグループさんで、古流舞踏武術『舞柳(まいやなぎ)』の使い手の『トゥインクル・スターズ』の皆さん。
ベルベットさん・・・・少〜し手加減なさらないと・・・・ロヴェルトさんの体が・・・・(汗)
セリィさんと専属護衛のヨルンさん。
長年の誤解を解かれた、メルテナさんとキャズさん。
アズリーさんと『【救護室】の眠れる野獣(ゴンザレス)さん』の美女と野獣(笑)
皆さん。どうかお幸せに。
警備主任のディドロウさんとゼルガディスさんの漫才・・・・いっ・・・いえ(汗)
楽しい会話(笑)
超強烈なインパクトを与えられて、冷や汗が流れた・・・・マネージャーのゴンザレスさんの【救護室】での登場シーン(汗)
アイニィさんとメルティナさんの「お帰りなさい」、「ただいま」の台詞。暖かで大好きです。

>ジャッカルさん、イシュカさん、イーダちゃん

ジャッカルさんのような。強くて、本当に強くて優しい男に。父親になりたいです。
根性無しの自分には・・・・・荒行は・・・・とても無理そうですが・・・・・(汗&笑)
独りで街を護り戦っていたジャッカルさんと、ジャッカルさんを支えてください。良き理解者のイシュカさん。
そして、可愛い♪大好き♪なイーダちゃん。

>ルートヒルドさん、パナチカさん

魔物との戦い。そしてバナチカさんの本当のお気持ちにルートヒルドさんが、お気づきになるのか。
ドキドキしながら読ませていただきました。夫婦となる御二人は、一緒に支えあうのですね。
ブーケを受け取った後のアメリアさんとゼルガディスさんの“き゜こちない”会話。楽しませていただきました。

>ベティさん、ビストさん、グラッツェさん、ドン・シリウスさん、クラウチナさん

アメリアさん(笑)、魔剣士さまとタイタニッ●のあのシーンをしていて・・・・難破なさったのですね(汗)
筋肉質で・・・・・ヒゲ跡の濃い・・・・料理が上手で細やかなお心遣いをなさるベティさん。
ベティさんと楽しい掛け合いをなさるビストさん、宇宙海賊キャプテン・ハーロックの副長さんのお姿を想像してしまいました(笑)
頼もしく暖かいドン・シリウスさんと、決意と覚悟を秘めて命懸けで戦うクラウチナさん。
本能に正直(笑)で、バニー耳を装着させられたり、足払いくらったりしても、決める時には決めるグラッツェさん。
元気一杯のルチさん。今度、再会なさるときには、一人前の船乗りとなっているのでしょうか。
海を眺めるのは好きなのですが・・・・・船とかは怖いので・・・・冷や汗流しながら戦闘シーンを読ませていただきました(汗)

>シスリアさん、レンフィルドさん

シリアスさんのレンフィルドさんのご紹介の・・・・・“変態”・・・・の一言に爆笑してしまいました。
ブルーフェリオスさんと真面目にケンカさなるゼルガディスさん(笑)
完全に予想外でした。アメリアさんのピンチからの脱出方法(笑)
アメリアさんとゼルガディスさんは、本当に良いコンビですね。
レンフィルドさんは、永き時を越え、己の使命を果たそうとなさった・・・すごい方だなあ・・・・と思ったのですが(汗&笑)
シスリアさんとレンフィルドさんが、良い関係になってくれるといいなあ。と思いました。

>ブルーフェリオスさん

明るくて、暖かくって。すごく一生懸命で。
ブルーフェリオスさん。大好きです。
レディスさん、サラマンディスさん、アメリアさんとゼルガディスさんと何時までも一緒にいられると良いですね。

>サラマンディラさん

時を越え、遠い過去から、ずっとアルカトラズを封印なさってこられた・・・・・・。
ブルーフェリオスさんとレディスさんがいらっしゃるとは言え・・・・・。
親しい方々・・・・大切な方々・・・・ご自分のことを知る、全ての方々と別れて・・・・生きてこられた。
強い・・・・とても強い方・・・・ですね。

>そして、ゼルガディスさん

ゼルガディスさん・・・・ここまで来て、決めないと。男じゃあ無いですよ。
アメリアさんのお父さんと・・・・お姉さん・・・・その他にもいろいろと大変だとは思いますが。
そして、アメリアさんと末永くお幸せに・・・・。

アメリアさん。
ハクヤちゃんとハクヤちゃんのお母さんとセクレトさんが、見守ってくれていると思います。
そして、フェルティアさんが待っています。
どうか。未来を信じて。アメリアさんたちなら未来を護れる。そう信じております。

>かけがえの無い大切な人達
>忘れられない沢山の思い出
>これから先どんな時にも、きっと心に残るその面影
>
>いつまでも
>
>
>
>【-Grand Finale-】

仮面(ペルソナ)のマステマさん・・・・・・魔界の大公爵アシュタロトさま・・・・なのですね(汗)
一週間・・・・わずか7日間の後には・・・・・セイルーンで壮絶な戦いが始まるのですね。


パリス院長さんのようにステキに年齢を重ねた、深みのある老人になりたいですね。

反発しながらも惹かれあい、かけがえの無い大切な存在となられた。
サラマンディラさんとアルヴァントさん。
ステキなおふりですね。

> 簡素ながらも式を挙げて、
> 本国からの祝辞が届き、
> 数年の後に、男児が産まれて、
> 何故か赤子と一緒に父親が泣いた。
>
> 自分に訪れる筈がないと、
> 最初から諦めていた幸せに包まれて、
> ――逆に、怖かった。
> 何かが、起こるのではないかと。

自分にも覚えがあります。
長男が無事に生まれてくれた時に、本当に嬉しくて泣きました。

お子さんと平和に、幸せに暮らして行ける。
そんな、何よりも大切な日々が・・・・魔族の為に・・・・・。

>「サラ」
> 身体が軋(きし)むほどに強く抱き締めて。
>「すまない」
> サラマンディラが何か言いかけた時、
> 彼の拳は鳩尾(みぞおち)を打っていた。
> 力を失いくずおれる彼女を臣下に預け、
> 彼は兜の目隠しを引き下げた。
>「サラを『扉』からウィド・ディ・カリスに。送った後は『扉』を破壊しろ」

魔族はコア・アルカトラザイトを狙って、攻撃を仕掛けてきたのですね。
仮面(ペルソナ)のマステマさんが指揮していたのでしょうか。
ウィド・ディ・カリスへと、ひとり送られたサラマンディラさん。
辛い別れですね・・・・・。

> 肌を焼く熱気。
> むせ返る妖気。
> 表皮を濡らし、ひりつかせる血痕。
> この時を、何故か予感していた。
> 腐臭の漂う中、彼は妻の顔を思い浮かべた。
> 一人だけ逃がされ、残された事に彼女は怒るだろうか。
> それとも、泣くだろうか。
> そのどちらをも想像し得た。苦笑を浮かべたかったが、筋が引きつったように動かなかった。
> 最後に思い浮かべたのが妻の顔で、
> ――悪くない、と思った。
>「サラ」
> 渇いた声で呟く。
>「生き延びろ」
> そして、全てが緋の色に包まれた。

サラマンディラさんをウィド・ディ・カリスへと、送り。
炎の中で戦い・・・・散って逝ってしまった・・・・・アルヴァントさん。
お2人のお子さんは、無事に生き延びられて。
アメリアさんの遠いご先祖さまとなったのですね。

遠い昔に始まったアルカトラズをめぐる争いの決着が、いよいよつくのですね。
続きを読ませていただけるのを、とても楽しみにしております。

私事で大変恐縮なのですが。
自分も家族で、11月半ばにディズニーランドに、大きなツリーを身に行きました。
混んでいて、ほとんど乗り物には乗らなかったのですが。
パーク内を、のんびりと散歩しているだけでもね楽しかったです。

段々と寒くなってまいりまして、風邪も流行っているようですので。
お体にお気をつけて、お元気で。
では、失礼します。



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16910何とか最終章までこぎつけました水晶さな URL2004/12/5 00:00:46
記事番号16907へのコメント


 大変ご無沙汰しておりました、水晶です。お返事が遅くなりましてすみません。
 諸々忙殺されながら最終章まで辿り着く事ができました。
 書きながら仕上げる不束者ですが、有り難くも続きを待って頂いている方々をこれ以上お待たせするのも忍びなく。

 今までのキャラクター総出演に近いのですが、覚えて頂けるどころか作者も忘れたような(汗)要素にご感想を頂きまして大変恐縮しております。書き手冥利に尽きる御言葉、本当にありがとうございます。
 ご期待を頂いた返礼として出来る事は最後まで書き上げる事だと思っておりますので、何卒終話までお付き合い頂ければ。
 週に一度の投稿ペースを何とか目標に・・・。


 ランド行かれたのですね。偶然ながら私も11月下旬に夢と癒しを補充しに行っておりました(笑)。ツリーも見つつ、せっせと買物に勤しんであまり夢が無いと怒られそうなのですが楽しめました。
 
 ご配慮ありがとうございます。
 寒風吹きすさぶ季節になってきましのたで、体調管理には重々気を付けたいと思います。
 それでは続編にて。
 コメントありがとうございました。

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16911Chapter 1:Nostalgia水晶さな URL2004/12/5 00:05:43
記事番号16905へのコメント


【Chapter 1:Nostalgia(郷愁)】

 夜の帳(とばり)が辺りを包み、
 枝葉の擦れる音と、木片の爆ぜる音。
 虫の音が聞こえない事がやけに静寂を際立たせ、
 気が滅入る沈黙に追い打ちをかけた。
 黒髪の少女と、傍(かたわ)らに座る石肌の青年、
 金と蒼のオッドアイを持つ少年と――
 三人の視線が自分に向いている事に気付いて、
 金髪の女性――サラマンディラが、ようやく顔をあげた。
 誰もが聞きたい事があるのに、口に出せないという表情をしている。
「ごめんなさいね。考える事が色々とあり過ぎて」
 前に垂れた髪を払い除けて、サラマンディラが頭(かぶり)を振った。
「何から話していいか、わからないの」
 それは、質問を先に促す言葉で、
 口を開きかけたゼルガディスが、思いとどまってアメリアに視線を移した。
「・・・まず、最初に」
 同じように何から聞いていいのかわからなかったのだろう、
 アメリアが、思考をまとめようと視線を宙に漂わせた。
「エヴェレーンと・・・セイルーンの繋がりがどういうものであるのか、教えて下さい。私は、貴方がセイルーンの事を『本国』と呼んでいるのを聞きました」
「その言葉に今でも間違いは無いわ。私にとって、セイルーンは本国」
 哀しげともとれる笑みをわずかに浮かべて、サラマンディラが答えた。
「セイルーンの史書に、分国が存在したという記述は見た事がありません」
 困惑したように、アメリアが続ける。
「史書は人の手によって作られるもの。エヴェレーンは・・・歴史から抹消された存在だった」
「アルカトラズを、極秘に研究する為か?」
 ゼルガディスが質問を挟むと、サラマンディラが首肯した。
「魔力鉱石・・・アルカトラザイトは、元々セイルーンの土中から発掘された」
 サラマンディラの言葉に、アメリアが目を見開く。
「聖結界の敷かれた土壌・・・それが地中の鉱石に干渉し、偶然にもアルカトラザイトを産み出した」
 まだ呆然としたままのアメリアの反応を待つ事もなく、言葉を続ける。
「地質検査の際アルカトラザイトを発見し、アルカトラズへと精製する活用法を見出したのがフィリドシス=ネグ=ディ=セイルーン。私の実兄よ」
 記憶と合致した名前が出て、アメリアがはじかれたように顔を上げた。
「フィリドシス王の名は、史書に書かれていたのを見ました」
「王が研究に時間を割く余裕が無く、妹がその意思を受け継いだという訳か?」
「そういう事」
 サラマンディラが前に垂れた髪を払いのけた。
「その頃魔族の横行は日に日にひどくなっていく状況だった。何とかして対抗しうる策を講じておきたかったのよ」
「それでアルカトラズか」
「あと少し時間があれば、それは魔族にとって脅威と成り得る兵器になる筈だった」
「だった・・・」
 アメリアが語尾を繰り返す。
 それを達成し得ないままに、エヴェレーンは滅びた。
『エヴェレーンの末裔』
 ブルーフェリオスがそう呼んだサラマンディラの異称は、
 『ただ一人の生存者』を言い換えたに過ぎなかった。
「何が起こったんですか」
 正面から見据えて問うアメリアに、
 サラマンディラが僅かに視線を反らした。
「その頃頭角を現していたのが魔族アシュタロト・・・魔竜王ガーヴの右腕と自ら名乗っていたそうよ」
「・・・ガーヴには腹心の将軍(ジェネラル)も僧官(プリースト)も居た筈だ」
「いたからこその、自己アピールかしらね」
 くすぶった焚き火に、サラマンディラが小枝を放り投げる。
「魔族の内部事情まではわからないけれど、とにかくアシュタロトは魔竜王を凌(しの)ごうとした。それ故にエヴェレーンを襲った」
「・・・・・・」
 アメリアが質問を考えあぐねている間に、ゼルガディスが話を進める。
「何故ガーヴに対抗したとわかる?」
「その後、アシュタロトは魔竜王によって封じられたからよ」
 薪の小片が、音をたてて爆(は)ぜた。
「魔竜王ガーヴは・・・滅びました」
 しばらくの沈黙の後、アメリアが呟く。
「封印はすぐには解けず、その隙間から漏れ出た一部がマステマと名を変えて動いた・・・そういう事ですか?」
 サラマンディラが無言のまま首肯した。
「正解よ。マステマは他の中級魔族に紛れ、頭が他にいるように動いていた。それに気付くのが・・・遅過ぎた」
「そして正体がばれないように動きながら、自らの復活の為にアルカトラズを利用しようとした、か」
「その目論見はまんまと成功した」
「・・・何故、セイルーン自体がターゲットにされたんですか?」
 膝を抱えたまま、アメリアが呟いた。
「マステマがアシュタロトだった頃に、アルカトラズ目当てでエヴェレーンを襲った。でもコア・アルカトラザイトを持つ私は行方をくらましたし、研究所自体は研究員達によって爆破された。不完全なアルカトラズだけあっても、当時のアシュタロトには使い道がわからなかった」
「・・・その時の、恨みか」
「今推測できるのは、そこまでよ」
 言葉を切って、サラマンディラがブルーフェリオスに視線を移した。
 それから立ち上がると、木陰の方へと歩いていく。
 止めかけたゼルガディスの前を、ブルーフェリオスが遮った。
「マスターの体力は万全じゃないんだ。今日はここまでにしてあげてくれない? 皆だって強行軍で疲れてる筈だよ」
「話はまだ・・・」
「ゼルガディスさん、やめましょう」
 言い募りかけたゼルガディスの袖を、アメリアが掴んだ。
「大体の事は分かったんです。今日はこれまでにしましょう」
 その腕がわずかに震えているのを感じ取って、
 サラマンディラから語られた話が、少女には重過ぎた事を悟った。
「・・・・・・・・・すまん」
 乗り出した身を戻して、
 うつむいたままのアメリアの背を、軽く叩いた。
「先に休め」
「でも」
「火を見ている。番はブルーフェリオスと交代でする」
 何か言いかけたアメリアが、ブルーフェリオスにも促され、毛布を持って木陰の方へ歩み去った。
 静寂と、時折風で揺れる枝葉の擦れる音と、木片の爆(は)ぜる音。
「・・・お前は」
 ゼルガディスが呟くと、炎の向こうで顔を上げたブルーフェリオスの双眸が見えた。
「エヴェレーンの最期を見たのか」
 しばしの静寂の後、ブルーフェリオスが頷いた。
「マスターによって召喚されないと、僕は腕輪にはめられた宝玉のままだ。その時たまたま部屋に置きざられたままで、砕かれる事もなく国が燃えるのを見ていた」
 口調は、あくまでも淡々と。
「・・・・・・」
「マスターには言わないで欲しい。僕は何も覚えていない事になってる」
「・・・何故、俺に話す?」
「さあ。誰かに言いたい気分だったのかも」
 荷物袋から毛布を取り出すと、体に巻きつけて彼は横になった。
「マステマにとっては復讐の旅路だったのかもしれないけれど、それはマスターにとっても同じだったんだ」
「・・・・・・」
 静寂が、
 痛いような夜だった。

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16915Chapter2:The return to the Saillune水晶さな URL2004/12/11 21:34:00
記事番号16905へのコメント

【Chapter2:The return to the Saillune(帰郷)】

 祖国は、散歩から戻ったかのように変わりなく、穏やかで。
 それが余計に悲愴感を漂わせた。
「・・・・・・」
 歩みが自然、重くなり、
 前進を促すように背に手を置かれた。
「・・・ゼルガディスさん」
「堂々と歩け、アメリア。皆お前を見る。今だけでいい、気丈に振る舞え」
「・・・・・・」
 ゼルガディスの言葉に、
 逡巡したアメリアが、意を決したように唇を引き結んだ。
 背筋を伸ばし、胸を張る。
 顔が強張っても、彼女は歩んだ。
 始まっている。
 戦いは既に始まっている。
 それがどんな形であれ終結を迎えるまでは、自分が先に屈する訳にはいかない。
 自らに言い聞かせるように呟いて、
 彼女は前方を仰ぎ見た。
 並ぶ尖塔。白塗りの壁。煉瓦に繁る蔦。風に乗って流れる祈りの文句。
 全てが懐かしく、彼女を迎えた。
 聖王都、セイルーン――



 窓枠に四角く切り取られた空は、
 色が同じでも、外で見る空よりも狭いと感じる。
 王室の無駄に広い部屋の中で、
 閉塞感を覚えてアメリアは溜息をついた。
 何をしているのか、自分でもわからなくなってくる。
 謁見の間で迎え出た父親は、表情を崩す事も歪める事もなく。
 帰還する前に書簡で伝えた通り、『サラマンディラを連れて戻る』という事実を己の目で確かめると、
 議会を召集するよう下知を出し、有無を言わさずアメリアを自室へと追いやった。
 ――話を進めるのに順番がある。待っているように。
 高圧的に物事を言う父親の姿は、あまり見た事が無い為に異様だった。
 「・・・・・・」
 丸机の上に肘を付いて、指先を組み合わせ、額を乗せる。
 今何かを思案したとて、意味のある事ではないが、
 時間が無為に過ぎていくよりはましに思えた。
 謁見の間で、父はサラマンディラの姿を凝視していた。
 彼女の存在を確認するように。
 そして何の質問も必要とせずに行動に出たことは、
 父は――フィリオネルは、サラマンディラがセイルーンを訪れることがどういうことか、
 既に知っていた事になる。



「わかっていると思うけれど、あまり時間はないの」
 兵を下がらせたテラスで、手すりにもたれたサラマンディラが告げる。
 風で乱れるのか、気ぜわしげに髪を撫で付けている。
「議会召集の準備を急がせている。もっとも――討議などない、ただ命令を下すだけの場だが」
 警戒態勢を敷き始めた兵の動きを遠くに見ながら、フィリオネルが答えた。
『貴方か次の代に迷惑をかけるかもしれない――』
 いつかそう言った事が的中するとは。サラマンディラが皮肉げに呟いて自嘲する。
「その言葉を、その時からわしは起こりうると確信していた。そなたの言霊は――」
「それはお伽話だと言った筈よ」
 嫌悪を露(あらわ)にしたサラマンディラの姿に、フィリオネルが「すまない」とだけ謝罪した。
「人はいつでも、奇跡に縋(すが)る」
 人である限り、仕方の無い事だけど。
 雲の広がり始めた空を見やり、サラマンディラが手すりから身を離した。
「勝算などない。それでも貴方は戦う事を選ぶの?」
「そなたが昔、一人で責を負う事を決めた時」
 サラマンディラの目を見つめて、彼は答えた。
「我らは業を負う事を決めた。そなたの――ご子息の言葉だ」
「・・・・・・」
「失礼する。話をせねばならぬ相手が待っておってな」
 彼女の返答を待つ事なく、フィリオネルは踵(きびす)を返した。



 ノックの音を聞き逃して、二度目で慌てて席を立った。
 いつもは足音で分かるというのに。
「とう・・・さん」
 私室を訪れた父は、まだ厳(いかめ)しい表情を崩さぬまま、
 入室の許可だけを端的に求めた。
 室内に招き入れると、彼は引いてあった椅子にそのまま腰掛け、
 アメリアが向かい合わせに座るのを待った。
「・・・これから、どうなるの」
 何を聞きたいのか、
 何を聞くべきなのか、
 思考を重ね過ぎたが故に分からなくなった。
 口をついて出たのは、あまりにも愚鈍過ぎる質問だった。
「アメリア」
 宥めるような口調で名を呼び、
「お前にまだ、話していないことがある。聞いてくれるか」
 何故か言葉が出ず、アメリアはただ頷いた。
「フィリドシス王の名は、お前も知っていると思う。サラマンディラ殿の兄王だ」
 再びアメリアが頷く。
「ところがフィリドシス王は子に恵まれずに死去した。王位を継いだのは、サラマンディラ殿の息子だ」
「・・・・・・」
 初めて聞く内容に、アメリアが目を見開いた。
「病の為にセイルーンで療養中だった。その為にエヴェレーンの滅亡からは免れた」
「そんな・・・そんな事は一度も・・・」
「サラマンディラ殿は己の使命の為に、息子が生きている間にセイルーンに戻る事ができなかったそうだ」

 アルカトラズを砕く為だけに、
 ただそれだけの為に『生きて』――

「子の死に目に会えない辛さは、我らでは計り知れん」
 だが、と父は続ける。
「だからこそ彼は――サラマンディラ殿の息子は子孫に伝えたそうだ」

『母一人が責を負うなら、我らは業を負うのだ』

「その時から、セイルーンの王族は代々、サラマンディラ殿の助力をする決まりとなった。今のお前のように」
「とうさん・・・も?」
 フィリオネルが首肯する。
「そして今。サラマンディラ殿の長き旅が終わろうとしている今。我らが何もしない訳にはいかんのだ」
「セイルーンの・・・業の為・・・」
 呟きが、漏れて。
『だから、セイルーンの者が責任を取らねばならないと思っているのか?』
 ゼルガディスの言葉が脳内で繰り返される。

 ――そう、とてつもなく単純な。
 ――その通りの、それだけのこと。

「・・・・・・」
 顔を上げて、
 背筋を伸ばして、
「セイルーンの過失は、セイルーンが責任を取ればいいんです」
 父の目をみつめて、
 反らすことなく、
「業だとか責だとか、そんな言葉を付けるからサラさん一人に全てを押し付けた事になるんです」
「・・・アメリア」
「私はサラさんを助けたいし、アルカトラズを利用しようとした魔族が許せない」
 口にした。
「それだけです」
 戻れない言葉を言霊のように。
 ――これで、いい。
 直視するアメリアに、やがてフィリオネルが微苦笑を浮かべた。
「――そうだな」
 呟いて、軽く頷く。
「それでいい」
「・・・・・・」
 同意を得られるとは思っていなかったアメリアが目を丸くし、
 2・3度しばたたかせた後、徐に笑顔になった。
 勢い良く席を立って、
「ごめんなさい父さん、会議までには戻りますから!」
 扉へと身を翻した。

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16923Chapter3:A chance meeting水晶さな URL2004/12/18 12:30:39
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【Chapter3:A chance meeting(邂逅)】

 ゼルガディスを探そうとした矢先、当人を連れたブルーフェリオスに出くわした。
「丁度良かった」と互いに呟き、同時に首を傾げ、笑う。
「まったく、この非常時によく笑えるものだ」
 苦笑するゼルガディスにアメリアが微笑んで返すと、何用かとブルーフェリオスに尋ねる。
「レディスが二人に挨拶したいんだって」
「レディス?」
 初めて聞く名に、アメリアが耳にしたままを繰り返した。
「マスターには使い魔は二体いたんだよ。まぁ詳しくはそっちに聞いて」
 そう言うなり彼は腰の短剣――アルカトラズに手を掛け閉眼した。
 輪郭がぼやけ、色がぼやける。
 その背景は鮮明なのに存在だけが不可思議に揺らめき、今までとは全く違うフォルムを象(かたど)った。
 ブルーフェリオスよりもやや背の高い、丸みを帯びた細い体躯。
 ゆるやかに身を包む萌黄色の衣装。
 耳の前にだけ長く垂れた若草色の髪。
 その荘厳な色とは対照的に、穏やかで涼しげな金の瞳。
 あどけなさの残る笑みには、何故か憂いを帯びていた。
「初めまして」
 それは、背に翼の生えた少女だった。
「私はレディス。レディス=アン=ガルーダ」
「・・・・・・」
 ゼルガディスが記憶を手繰るように眉間に皺を寄せた。
 未来の娘だとのたまった、フェルティアが手綱をさばいていた獅子には、何故か背に翼があった。
 僅かに黄金の色を放つ羽根が――同じだった。
「貴女がブルーフェリオスさんの言っていた・・・?」
 ほんの数秒前には別人物だった相手の扱いに困ったのか、アメリアが語尾を濁す。
「ブルスね。名前が長過ぎて面倒だから私やマスターは略してるわ」
 本人は気に入っていない呼び名だけど、と付け加えて苦笑した。
「彼の真名はブルーフェリオス=シーザー。二人でマスターの旅のお供をしていたの」
「今は、ブルーフェリオスの左眼か」
 「あ」と声をあげ、アメリアがレディスの瞳を見つめた。
 それはブルーフェリオスの色違いの片目(オッドアイ)と同じ色だった。
「マスターの旅は、それこそ私やブルスでさえ気が遠くなるほど長かった。その中で私がちょっと油断をした」
「油断・・・?」
 肩を竦めて、憂いを帯びた笑みを浮かべる。
「マステマを追っていた時――その時はまだマステマの存在さえたまに見えるか見えないかの時だったけど。私は奴の配下にやられたの」
 あっさりと告げられた言葉に、逆にアメリアが表情を強張らせる。
「人とは違う存在だったから、こんな方法が選べたんだと思う。私は残った力をブルスに加えてくれるように頼んだ。そしたらまだ役に立てるから」
「何故そこまでして?」
 ゼルガディスの問いに、
「だって」
 今度は、純粋な笑みを。
「――家族だから」



 風が髪を乱したが、先程より不快感は覚えなかった。
 サラマンディラが左手首の腕輪をさする。
 色の失せた宝玉は、その中に何も閉じ込めていない事を示す。
 離れていても、その存在の居場所は腕輪がある限り知れる。
 今は懐かしい娘が顔を出しているらしい。
「・・・・・・」
 空を仰いで、
 視界を蒼だけで埋めた。
 あの日も、こんな空の色だった。


 失われていく熱。
 零れ落ちるように消える力。
 消え行くような、声。
 腕の中で、
 自らの腕の中で、
 気丈にも彼女は微笑んだ。
「マスター」
 乱れた呼吸の合間に、振り絞って口にした言葉。
 耳を寄せて、聴く。
 掠れた声が微かに響いた。
「宝玉の欠片を・・・」
「レディス」
 名を呼んだ。
 それより先を言わせたくなかった。
 それでも頭(かぶり)を振ったレディスが、腕を痛いほどに握り締めた。
「ブルスに・・・」
「やめて、レディス」
 泣きたくなった。
 この娘はまだ「幼い」のに、
 自らの力が消えようとしているのに、その次を望むのだ。
 痛い程冷静に、現状を見据えた方法を。
 『迷わないで』と、彼女はほとんど聞き取れない声で呟いた。
「家族だから・・・私は・・・ずっと」
 小さな体が痙攣して、
 サラマンディラは狂乱に近い悲鳴をあげた。
 『迷わないで』
 唇だけがその言葉をかたどって、
 それを最後に腕を握り締めていた手も落ちた。
 呆然と佇む自分の前に、静かに獅子が腰を下ろした。
 何も告げない。
 それでも、為すべき事を理解して。
 ただ命(めい)だけを待って。
 長い時間を要した後、サラマンディラがうつむいたまま右腕を伸ばした。
 その手首のひび割れた宝玉を引っ張られる感触。
 噛み砕く音。
 嚥下の、音。
 その音を境にして、腕の中の少女は塵すら残さずに消滅した。
 顔を、上げる。
 眼前に座る獅子が顎を上げた。
 その背に、翼が生える。
 つい先程までは娘のものであった自慢の翼が。
 顎を下ろした獅子の、閉じられていた双眸が開いて、
 その左眼が金の色に変わっていた事を確かめた時、今更のように涙が溢れた。
「・・・レディス」
 獅子の首にしがみつき、嗚咽を漏らす。
 戻ってはこない。
 自分を「家族」だと言った、人よりも人に近い使い魔は。
 その感情を与えたのは、自分だった。
「私が・・・私が心を与えたから・・・」
『マスター、後悔は要りません』
 淡々とした獅子の言葉が、サラマンディラの言葉を制止する。
 空気を振動させる事なく伝えられたその声は、彼女の脳に直接響いた。
『我らは≪心≫を与えられ、様々なものを見聞き、知った。それを間違いだったと貴女が言えば、我らの「成長」は全て無駄だった事になる』
「・・・・・・」
『違いますか?』
 答えぬ主人への、問い。
 わざわざ言葉にした答えを、聞く必要もなかった。
「・・・・・・」
 立ち上がり、目をぬぐい、歩き始めた彼女の後ろを、
 当たり前のようについて歩く。


 それまで寡黙だったもう一匹の使い魔が饒舌になり始めたのは、
 レディスを失った日を、境にしてだった。



 空に向けていた首の傾きを戻す。
 長時間上を向いていたので、戻す時に少しきしんだ。
 戻された視線の先に、少年が歩いてくるのが見えた。
「ただいま」
「おかえり」
 挨拶は、レディスの癖を真似たものだった。
「・・・レディスの挨拶は済んだの」
「ゼルとアメリアに直接話ができたから、もう気が済んだらしいよ」
 それだけを言って背を向けようとしたブルーフェリオスを、サラマンディラが仕草だけで呼び止めた。
「なに?」
「ブルス、どうして私を見限らなかった?」
 質問の意味が読めなかったのか、彼は眉をひそめただけだった。
「マステマに捕らえられた時、自由になれた筈よ。それこそ私を見限っても」
「ひどいこと聞いてない?」
「ひどくなんか」
 サラマンディラが悪びれた様子もなく首を振った。
「だってあんたは、レディス以外に心を開こうとしなかった」
 沈黙がしばらく続いて、やがて、
「人間は信じてなかった」
 呟くように彼は言った。
「僕はレディスみたいに純粋無垢じゃないし、人間は泣くことだって演技でできる」
 だから信じていなかった。
 レディスを失う時までは。
「レディスの宝玉が割れて、レディスが残った力を僕に『喰わせる』ように頼んだ時、マスターは平気で頷くと思ったんだ」
『やめて、レディス』
 けれど彼女は、申し出を拒んだ。
 レディスの消失を、認めたくなかったから。
「その時やっと、マスターが本心で話していることに気付いた。皮肉なことに、やっと」
「・・・私がまだ、憎い?」
 首を傾けて見やると、彼は苦笑して頭(かぶり)を振った。
「やめとく。『家族』で喧嘩すると、レディスが怖い」
「・・・そうね」
「それはそうと、そろそろ会議が始まる刻限だよ」
 「わかった」とだけ答えて、サラマンディラは再び空を仰いだ。
 どこまでも、蒼が広がっていた。

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16927Chapter4:Military Conference水晶さな URL2004/12/23 22:25:14
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【Chapter4:Military Conference(軍事会議)】

 厳粛とは少し違う、張り詰めた空気の中で、
 居心地の悪い椅子に腰掛けながら、アメリアはただ発言を待った。
 長机の端に腰掛けた父親は目を閉じたままで腕を組み、
 時を待つかのように口を開こうとしない。
 アメリアがたまりかねて父親を呼ぼうとした時、
 扉が開き、遅れてきた娘が姿を現した。
 その場に居た誰もが――息を呑んだ。
 占者のような薄布をまとっていたサラマンディラが、
 髪を結わえ、白を基調とした法衣に替えて姿を現したのだった。
 巫女の衣装というよりもそれは、王族の軍服に似ていた。
 その生まれながらに持つ威儀に、誰もが圧倒され――口を閉じた。
「待たせたわね。始めて」
 フィリオネルの傍ら――アメリアの向かい側に腰掛け、告げる。
 父親の視線が一度アメリアを捉え、再びサラマンディラに移り、それから議会の真中に据えられた。
「議論すべき問題は無い。元より、する余裕などないのだ」
 端的に告げ、議場がざわめく前に手を挙げて制する。
 目線で促され、サラマンディラが口を開いた。
「敵はかつて魔竜王に牙を剥いた、魔族アシュタロト」
 魔族という言葉に、議場は静まり返った。
「アルカトラズを利用しようとし、エヴェレーンを滅ぼした張本人よ。アルカトラズの名くらいは知っているでしょう?」
「しかし何故今になって」
「何故? 理由が存在すれば貴方は納得するの?」
 口を差し挟んだ若い文官は、サラマンディラの質問に窮して押し黙った。
「魔族に理(ことわり)などない。訪れるのは脅威。それは確かな事」
 それでも口を開こうとした他の者を、アメリアが視線で黙らせた。
「現在この世に存在するアルカトラズは、ここにある一本と、アシュタロト自体のみ」
 サラマンディラが机の上に置いたのは、ブルーフェリオスが持っていた短剣だった。
「アシュタロトはアルカトラザイトの力を取り込んだ。それは力と共に、抗えぬ性質をも受け入れる事になる」
 アメリアが弾かれたように顔をあげた。
 同じだった。
 それは北方の地で幼子を飲み込んだ化物と――
「神聖魔法による結合解除・・・」
 アメリアの後をサラマンディラが続けた。
「そして、コアの命令には逆らえない」
 細い指先を、衆目にかざして、
「私の手が、指が、奴に触れたら勝ちよ」


 異例な軍事会議は、異例な言葉を持って終わった。
 病床の為出席しなかった現国王エルドランより、言伝を皆に伝えたのはフィリオネルだった。
 ――アシュタロトによる脅威が終結を迎えるまで、全軍事権を一時的にサラマンディラに委(ゆだ)ねる。
 呆気に取られた臣下達が反論を思いつくよりも先に、彼は一方的に会議を終了させた。
「この戦いに賛同できない者は、五日の内に国を出なさい」
 サラマンディラが去り際に残した言葉だけが鮮明で。
 そしてその日の内には、全国民に対して国外退去命令が出された。

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16930Chapter5:Hero水晶さな URL2004/12/25 22:49:36
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【Chapter5:Hero(英雄)】

 人々が門扉から消えていく姿を、アメリアは廊下の窓から見ていた。
 その中には知っている人物も少なくない。
「・・・アメリア王女」
 ためらいがちな呼び声に振り返ると、かつては旅も共にした巫女が居た。
 艶やかな黒髪が腰まで伸びて。
 久しぶりの邂逅だというのに、笑む事すら難しかった。
「アメリアで結構です、シルフィールさん」
「城の方から・・・断片的にですがお話を聞きました」
「確かめに来たんですか?」
 頷くシルフィールに、
「ここが戦場になる事だけは間違いありません」
 決定打を与える事になっても、アメリアは伝えた。
「私は叔父を近郊の町に送り届けた後、戻ってきます」
「シルフィールさん、貴女まで巻き添えを」
 アメリアの言葉を制するように、シルフィールが言い放った。
「ここは貴女の国ですが、今は私の国でもあるんです」
 呆気に取られた顔をしていたアメリアが、やがて苦笑混じりに頷いた。
「そうでしたね、すみません」
「・・・アメリアさん」
 いつもの表情に戻ったのを確認してか、シルフィールが慎重に口を開いた。
「リナさんを――呼ばないのですか?」
 苦笑を浮かべていた娘の顔が――わずかに引きつって。
「ごめんなさい。それはできません」
 それは、父親にも既に告げた言葉。
「何故です、リナさんなら――」
「ええ、リナさんなら後で出張費出せとか礼金はずめとか、そういう事言いながらも絶対来てくれるでしょう」
 何してるのアメリア、何でさっさとあたしに言わないの――
 口悪くとも人の良い友人の、その口調や表情までもが思い浮かんで少し笑った。
「だから、呼べないんです」
 アメリアの、泣き笑いにも似た顔に、
 二の句を告げる事もできず、シルフィールはただアメリアの後ろ姿を見送った。



 人が居なくなれば、会議室は広大過ぎるが故にその空気を重くさせた。
「決戦までに確保できる兵力は」
「半分が残ればいい方だ」
 次期王位継承者は、腰掛けたまま淡々と質問に答えた。
 質問の主のゼルガディスが眉をひそめる。
「サラマンディラはそれを承知で?」
「承知も何も、サラ殿は最初から一人で戦っていた。今も、場所が城になっただけ。サラ殿は――本当は我らをも城から遠ざけようとしていた」
「指先が触れたら勝ち――」
 サラマンディラの言葉を繰り返す。
「・・・相打ちすら、望んでいるように聞こえたな」
「彼女は終わりを望んでいる。宿命にも、長過ぎる旅路にも」
 そしてそれが簡単には終わらない事も知って、尚。
「何故サラマンディラは――それだけの艱難を想定しながら、コアを受け入れた?」
 フィリオネルが黙したまま、椅子から腰をあげた。
 長窓から外を見やるように首を傾け、呟く。
「アメリアがまだ幼い頃に、儂は初めてサラ殿に会った」
 『自分と似ている』と、サラは苦笑の入り混じった顔でアメリアを見た。
「アメリアも昔は、英雄(ヒーロー)を目指すのではなく、英雄を待ち焦がれるただの娘だった」
 ある日気付くのだと、彼は寂しげに呟いた。
 ――この世界に、英雄など現れないと。
「母親が病で倒れてから、アメリアは憧れを決意に変えた」
 ――英雄がいないのならば。
 自分がなればいい。
「そうすれば少なくとも、誰かは救う事ができると」
 気丈な娘は、父親に向かってそう告げた。
「・・・サラマンディラも、同じだと?」
「サラ殿は昔の事を語らん」
 全ては推測でしかない。
 けれどもその憂いと、
 決意を秘めた眼差しと、
 抱えた覚悟の重さと――
「・・・だが」
 それでも、と彼は続ける。
「儂は死なせたくないのだ」
 窓枠に爪が食い込む。
「・・・そこで不憫だと思うなら、サラマンディラは一生英雄になれん」
 フィリオネルが振り返る。
「勿論、アメリアも」
「それは・・・」
「信じてやってくれ」
 決意を秘めた眼差しに哀切を覚えるのならば、
「英雄になろうとしているサラマンディラも、アメリアも知っている」
 抱えた覚悟に敬意を示すのならば、
「英雄は――負けることがないのだと」

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16934Chapter6:Countdown水晶さな URL2004/12/29 17:44:10
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【Chapter6:Countdown(迫る終焉の日)】

「既に知っているかと思いますが、軍事国家ではないセイルーンの軍隊はけして大きくはありません」
 自室にて丸テーブルの上に城の見取り図と軍の名簿を並べ、アメリアが切り出した。
 正面に向かい合う形でサラマンディラが視線を図に落とす。
 その横でゼルガディスが名簿の端を手に取った。
「・・・予想では、残る兵力は半分程だそうだ」
 アメリアが沈痛な面持ちで頷いた。
「セイルーンの全兵力は2千。戦闘時は・・・千で想定して配置しなければなりません」
「階級は? 上の者とだけでも話をしておきたいわ」
 ゼルガディスから名簿を受け取り、サラマンディラが目を通す。
「本来ならば、曹長が3名で2千の兵をまとめています。フォルティス、エレバ、ウルド。名目上は皆曹長ですが、フォルティスが事実上総帥の役を果たしています」
 サラマンディラが言葉を発するよりも早く、アメリアが続けた。
「フォルティス曹長はセイルーンを出ました」
 それは、確かに廊下の窓から見送った。
「な――」
 声をあげかけたゼルガディスが、アメリアの表情に気付いて口を押さえる。
「彼には・・・病気の母が居るんです」
 うつむきがちに呟いた後、顔を上げる。
「エレバとウルドからは城に残る意思がある事を確認しています。作戦を練るのならば、この2人も交えて下さい」
「・・・・・・」
 何か言いかけたサラマンディラが、思い直したように口を噤(つぐ)んだ。
「続けて」
「セイルーンは市街地の真中に城があります。故に山壁等の背になるものが無く、全方向において兵力を均等に配置する必要があります」
 見取り図に指を滑らせる。
「サラさんには、いつ何処にアシュタロトが現れてもいいよう、本陣――城から動かない方がいいと思います」
「そうしたいけれど」
 多分、無理でしょうねと彼女は呟いた。
「魔導士の軍隊は無いのか?」
「それなんですが」
 アメリアが図に描き込まれた印を指した。
「国境となる外壁・・・ここに均等に魔導士を配置すれば、セイルーンの一帯に結界を張る事が可能なんです」
「結界?」
 オウム返しに聞き返すゼルガディスに、アメリアが頷く。
「それは魔族を立ち入らせない結界ではありません。足を踏み入れた魔性を、精神世界(アストラル・サイド)から切り離す特殊結界です」
「その中でなら、物理攻撃が魔族に対して有効と成り得る・・・『捕縛結界(インプリゾンメント)』」
 アメリアの言葉を、サラマンディラが繋げた。
「ご存知でしたか」
「ええ、私の時代から既にそれは考案されていた」
「一度も使われた事は・・・ありませんが」
「頻繁に使われていては困るでしょう。最終防衛手段ともいうべき戦略が」
 サラマンディラが腰を上げた。
「そこまで体勢が整っているなら、ここでの会議は充分よ」
 曹長達に会いに行くと、サラマンディラが退室した。
 その悠然たる姿に、アメリアが溜息をつく。
「度量が違うと・・・いうんでしょうか」
「度量の問題じゃない、ああするしかないんだろう」
 名簿を裏返すと、広げられた地図の上に乗せる。
「ゼルガディスさ・・・」
「もう遅い。これ以上続けるのはやめておけ」
「でも――」
 机の上で握り締められたままの拳に手を重ね、
 その震えを宥めるように。
「いつかも言った筈だ」
 揺れる双眸を覗き込んで、
「お前に関わっている俺は、否が応でも道連れだ」
「・・・・・・」
「忘れるな」
 うつむいた娘がしばしの沈黙の後、小声で「はい」とだけ呟いた。
 震え始めた肩を抱き、月が昇り始めた空を窓越しに見上げる。
 決戦まで、あと、僅か。



「・・・・・・」
 急いでいたからとはいえ、普段から物騒と言われている経路を使うのは間違いだったと、
 気付いた時には遅過ぎた。
 叔父を親戚の住む町まで、送り届けた帰り道。
 シルフィールは取り巻く数人の気配に頭痛すら覚えた。
「すみませんが、急いでいるのです」
 威嚇を込めて言ったつもりだが、返ってきたのは下卑た嘲笑だった。
 ――セイルーンの一大事だというのに。
 苛立ちすら覚えて、聖杖を握り締める。
「やる気らしいぜ。この巫女さん」
 緩慢な動作で近付く男に杖先を向けて、
「――ライティング!」
 目を閉じて、閃光を放った。
 視界を焼かれた男が、耳障りな悲鳴をあげて地面に転がる。
 倒れた男を踏み越えて、包囲を突き破った。
「ファイアー・ボール!」
 走り出しながら上半身を捻り、気配の真中に炎を打ち出す。
 爆発音と悲鳴が入り混じって――それでもまだ足音が追ってきた。
「急いでいると言った筈です!」
 もう一度打ち出そうと振り向いて――
 喉元の冷たい感触で動きを止めた。
「それで?」
 一瞬の内に、ねじ上げられる手首。
 聖杖が音をたてて落ちた。
「とんだ恥をかかせやがって――」
 シルフィールが身を硬くした時、
 肺腑を絞られるような息を吐き、男が剣を握り締めたまま横に吹っ飛んだ。
 どうと地面に倒れる音と、その後に軽やかに着地する音と。
 その場にへたり込んだものの首に痛みが走り、慌てて治癒の呪文を唱える。
 それからやっと――男を倒したらしき人影に目をやって。
 シルフィールは目を丸くした。
「ア・・・アメリアさん!?」
 黒髪に海色の瞳の少女はこちらをしばらく見つめた後、何故か納得したように頷く。
「知り合いなのね。丁度良かった」
「え・・・?」
「近くまで来たと思ったんだけど、迷っちゃって。貴女もセイルーンに行くんでしょ?」
「え、ええ・・・でもあの今は・・・」
 会話を続けている余裕が無い事を思い出して、シルフィールが後方を振り返ると、
 背丈がまちまちな娘達が3人、盗賊達を文字通り叩きのめしていた。
「みんなー、セイルーンの人見つけたよーっ」
 その全てが自分と似通った年の頃だということだけ判断がついて――シルフィールはただ呆然とその光景を眺めていた。

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16938Chapter7:Gather up水晶さな URL2004/12/31 13:40:53
記事番号16905へのコメント

【Chapter7:Gather up(集結)】

 素っ頓狂な悲鳴が聞こえたのは、サラマンディラが部屋を出て数分もしなかったように思う。
 自分の名を連呼する兵の声を聞いて、アメリアが反射的に立ち上がった。
「敵襲ですか!?」
 自ら扉を開けて廊下に出ると、丁度こちらに向かって走ってくる兵の姿が見えて、
「ひ、姫様。厨房に――厨房にコックが!」
「しっかりして下さい! 厨房にコックが居て何がおかしいんですか!」
 今にも泡を吹きそうな若い兵はどもりながら、
「厨房に――オカマのコックが」
 それだけを言って、彼は何かに耐え切れずに失神した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・オカマ?」
 アメリアが呟く。
「・・・・・・・・・・・・コック?」
 廊下まで出てきたゼルガディスが、単語を繋げた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか」



「アメリアちゃん!! 会いたかったわあぁ!!!」
 恐る恐る厨房に足を踏み入れた瞬間。
 唐突に、筋肉質の太い腕に抱き締められた。
 艶やかな金髪と、
 見にまとう衣の洗練された上質さと、
 溢れんばかり豊満な――筋肉と。
「・・・ベ・・・ティ・・・さん・・・」
 その逞しい腕と胸に挟まれて、アメリアが息も絶え絶えにその名を呼んだ。
 厨房の隅に震えて固まっていたコック達が悲鳴をあげている。
「あらんゴメンナサイ。ちょっと再会に胸がトキめいちゃって」
 筋肉質の海賊女装趣味シェフは、身をくねらせて詫びた。
「・・・あの・・・なんでここに・・・?」
「又縁があったべな」
 ベティの影に隠れて見えなかったが、後方には恰幅の良いスキンヘッドの中年射砲者が立っていた。
「ビストさん!?」
 アメリアの呼びかけに、くわえていたパイプを外して微笑む。
「グラッツェはやかましいからマストに縛り付けて置いてきたワ。クラウチナ様はもうすぐ臨月だから、ドンも付き添いでお休みぃ。2人だけど精鋭だから大丈夫よねぇ」
「クラウチナさん妊娠してたんですか!?ってそれは置いといてどうしてここに居るんですか!!」
「どうしてって、ねぇ?」
 ベティが顎に指先を当てる。
 その視線が自分の肩を越え、奥に向いている事に気付く。
「その質問をする前に、もっと周りを見たらどうかしら。相変わらず視野が狭いことね」
 棘のある音程の高い声には聞き覚えがあった。
 振り返ると、貴族衣装の腕組みをした勝気な娘が立っていた。
 その横には、定番のように紺髪の無表情な青年が並んでいる。
 口を開くのが億劫なのか、彼はただ片手を軽く挙げただけだった。
「・・・ミルファレナさんと、フィスさん」
 名前だけを思い出すのが精一杯で、既に次の言葉が続かなくなった時、
 厨房に続く廊下を、四つ足の獣が疾走する音が響いた。
「姫様逃げて下さいぃーっ!!」
 その後方から大分遅れて追いかけてきている兵が、今更のように叫ぶ。
「え?」
 それは、まっしぐらに自分に駆けてくる――
 白い猪だった。
「イ――」
 ゼルガディスがアメリアの前に出るより早く、
 指先から人間の手足に変わり、突撃する代わりに抱きついた。
「――『めー』だっ!!」
 勢いに負けて倒れ込む瞬間に、相手が見えた。
 逆立った銀の髪。あどけなさを残した丸い瞳。
 十歳程のその少年の面影に、既視感を覚えてアメリアが眉をひそめた。
「イーダ・・・ちゃん?」
 尻餅をついた格好のアメリアを引っ張り起こしながら、少年が嬉しそうに笑った。
「イーダ! ガンダーラからはしってきた!」
「は、走ってって・・・」
 旅の最中見た時は五歳にも満たない歳に見えたのに。
 今見る姿は、どう見積もっても二倍の歳をとっているようにしか見えなかった。
「神様の子供は、成長が早いんですね・・・」
「イーダ、『めー』のおてつだいしにきた!」
 叫びながらアメリアから離れないイーダの首根っこを、ゼルガディスが無言で引き剥がした。
「・・・ゼルガディスさん」
 無表情ながら沸々と苛立っているゼルガディスに冷や汗を覚えながら、
 アメリアが床にへばりついている黒い塊に目をやった。
 そういえば先程、猪の姿をしていたイーダにくっついていたような。
「――クドラクもどきか」
 それを見て、ゼルガディスが嘆息混じりに呟いた。
 やがてもぞもぞと身体を動かし、塊のように見えた蝙蝠が身を起こして――
 翼を広げた瞬間、人の体型を取った男が姿勢を伸ばした。
 痩せた体躯に、丸い眼鏡。身にまとう服は黒一色。
「いやぁ、馬車代わりになるかと思って掴まらせてもらったんだけど、いかんせん運転が乱暴で」
「・・・レンフィルド、さん」
「でもまぁ、久しぶりの外の世界も新鮮でいいものだね」
 悪びれる様子も無くのたまう彼に、アメリアが二の句を告げられないでいると――
 遠くから喚声――否、歓声が起きた。
「まだ続くか」
 ゼルガディスが呆れたように呟いて、アメリアの腕を引っ張った。
「あ、あの」
「広間からだな。いつまでも厨房にひしめいている場合でもない」
 半ば引きずられるようにして広間へと足を踏み入れると、
「サインは後でね! 今急ぐから」
「ちょっと、アメリアは何処!? メル達ファンサービスしに来た訳じゃないのよ!」
 兵士達が数人の娘を、近寄りがたいのか距離を置いて囲んでいた。
 その中から一人おろおろとしていた見知った娘――シルフィールがこちらを見つけ、
「アメリアさん!」
 叫んだ瞬間――アメリアの名に反応して、兵士達が蜘蛛の子を散らすように霧散した。
「巡回警備兵が一点集中したようだな」
 呟くゼルガディスに、アメリアが額を押さえる。
 ――そんなアメリアの元に、ようやくすがる相手を見つけたのかシルフィールが駆け寄った。 
「あ、あの・・・セイルーンに戻る時にこの方達に助けて頂いて・・・でも」
 ちらりと後ろを見やり、
「・・・心配しないで結構です。私の友人ですから・・・」
「・・・・・・はぁ」
 それで納得したのかどうかはわからなかったが、取り敢えずは落ち着いたようだった。
「・・・それで」
 アメリアが眉をひそめたまま集まった人々を見やり、
「・・・どうしてセイルーンへ?」
「どうしても何も、夢の中で毎晩『アメリアと国の危機だ』と騒がれれば安眠妨害もいいところよ。貴女どこまで人外な知人を増やすつもり?」
 ミルファレナが金髪を指先でもてあそぶ。
「夢って・・・」
「雨神とニジネズミの夫婦だったね。いやー伝承では読んだことあるけど、姿が見られるなんて思わなかったよ」
 『貴重な体験だ』と呟きながら、レンフィルドが言葉を繋げた。
「・・・ルートヒルドさんに、パナチカさん・・・」
 いまだ呆然としたままのアメリアに、
「アメリアちゃん。アタシ達、皆アメリアちゃんとゼルちゃんに助けてもらったのよ」
 ベティが全員を見渡しながら告げた。
「だから、危機だって聞いて居てもたってもいられなかったの」
「・・・・・・」
「皆、助けになりたいのよ」
「・・・・・・」
 アメリアが対応に困り果てたのか、視線がこちらに向く。
「英雄(ヒーロー)には」
 ゼルガディスがその首を皆の方へ戻し、
「窮地をくぐり抜ける仲間がつきものだろう」
 勢揃いした旧友達は余裕の笑みで、
 危機の経緯を、誰一人尋ねようとしない。
「さっさと終わらせてさ、お祭りでもしようよ!」
 メルテナがアメリアの肩を叩いた。
「・・・・・・がとう」
 声が、掠れて。
「ありがとう・・・皆・・・」
 視界が滲んで、よく見えなかった。

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16941Chapter8:Potential power of the Saillune水晶さな URL2005/1/1 22:17:57
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【Chapter8:Potential power of the Saillune(底力)】

 開放された会議室にて。
「砲撃台の場所が随分変わるな」
 書き込みの増えた城内見取り図を見て、ゼルガディスが呟く。
「ビストさんが昨日から風向きを調べてくれていました。爆煙で視界が塞がれないようにとの配置です」
 アメリアとゼルガディスの間に置かれた図に、横から伸びた手が更に印を付け足す。
「負傷者収容所をもう一箇所増やしますわよ。1階南にある礼拝室。椅子を除けば丁度良いスペースが確保できますわ」
「力仕事なら、エレバ曹長に言い付けて下さい」
 既に背中を向けているミルファレナに向かって、アメリアが声をかける。
「クドラクもどきはどうした?」
「レンフィルドさんですか? 魔物の扱いに詳しいので、今兵達に講釈をしてくれています」
 付け焼刃だとは思うが、と付け加えて。
「それでも予め教えられていれば、初めて出くわす魔物に膝が震える事も無いと言っていました」
 2人の間に今度は大皿が下りてきて、アメリアが慌てて図面を自分の方に引き寄せた。
「アボガドとサーモンのベーグルサンドよぅ。お腹が減ってちゃ作戦もまとまらないでショ?」
 その隣に香り立つスープが置かれ、思わずアメリアが手を伸ばした。
「ベティさんのオニオンスープ!」
「あらんそんな喜んでくれると、ベティ嬉しい〜」
 腰をくねらせながら、ベティが積み上げた皿を片手に去っていく。
 どうやら城内を歩いては配っていたらしい。
 ベティと入れ替わるように、サラマンディラが書類の束を抱えて戻ってきた。
「さっきトゥインクル・スターズだったかしら? あの子達が兵を激励して回ってたわ。アイドルの力って凄いのねぇ」
「本人達の力も凄いですが・・・」
「え?」
「いえ何も」
 咳払いを挟みつつ、アメリアがスープカップに口を付けた。
 ――と、頭に篭を載せたイーダが入ってきて、後方の机に香炉を置いた。
「ここにもおく」
「何をですか?」
 アメリアの視線の先で、イーダが細い線香を一本香炉に立てた。
 先を指で弾くと火が灯り、ゆるく立ち上る煙と共に香る。
「サンダルウッドね。緊張を和らげる香り」
 アメリアが口を開くより先に、サラマンディラが言い当てた。
「アマ(※母の意)が、もっていけとイーダにいった」
「イーダちゃん、ありがとうございます」
 ベーグルサンドを1つ勧めると、先程山のように食べたと言う。
 マイペースな歩調で出て行くイーダを見送って、サラマンディラが微笑んだ。
「皆好き勝手に行動してるように見えて、統率が取れているから不思議だわ」
 褒め言葉なのか判断がつきかねて、アメリアが微苦笑を浮かべる。
「でも、ようやくセイルーンらしくなってきたと思わない?」
「ええ」
 これには笑顔で答えたアメリアだが、サラマンディラの目線が窓の外に向いているのに気付いて眉をひそめた。
「・・・どうかしたんですか?」
 同じ方向を見やっても、別段何がいるという訳ではない。
「こうなると自分も抑制がきかないというか・・・」
「はい?」
 アメリアの方を振り返ったサラマンディラが、至極真面目な顔で呟いた。
「ねぇ、高い所登りたくない?」


 兵の再配置を書き込んだ図を持ったフィスが会議室に現れると、
 サンダルウッドの香る部屋で、ゼルガディスが机に突っ伏していた。
 開け放たれた窓からは風が吹き込んできていて。
 それと共に遠くから正義の口上を高らかに歌い上げる声が――2人分。
「・・・・・・俺は」
 入ってきたフィスに対してか、自分を取り巻く世界に対してか。
 彼は沈鬱な声で呟いた。
「遺伝というものをこれ程までに憎いと思った事はない・・・」
「・・・・・・」
 無表情なフィスは、沈思黙考しているかのように見えたが。
 図面を机に置くと、我関せずと言いたげに背を向けた。
「・・・同情する」
 たった一言、去り際に呟きが聴こえた。

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16945Chapter9:The Dawn水晶さな URL2005/1/3 18:42:30
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【Chapter9:The Dawn(払暁)】

「払暁」
 始まりを告げる言葉は端的だった。
「日没までに、全てが終わる」
 古(いにしえ)の都市エヴェレーンは、日没を待たずに壊滅した。
「アシュタロトはそれ以上・・・時間をかけない」
 断定したサラマンディラに異を唱える者はおらず。
 全ての兵は事前の打ち合わせの通りの配置に陣を敷き、
 浅い眠りからやがて覚めて、地平線が朱に染まるのを見た。
「ゼルガディスさん」
 アメリアが携帯用の水筒を差し出す。
「ベティさんが作ってくれたミントティーです。夜明けを迎えたら皆飲むようにと」
 差し出されるままに受け取り、飲み干しながら周囲を見回す。
 東にウルド曹長、セリィ、ブルーフェリオス
 西にレンフィルド、イーダ、アズリー
 南にフィス、メルテナ、ベルベット
 北にエレバ曹長、アメリア、ゼルガディス
 エルドラン国王は城内にて、城と命運を共にすると誓った。
「サラさんは基本的には本陣から動きませんが、劣勢の軍がいたら加勢に向かうと」
「サラマンディラが討たれれば終わりだ。できれば動かしたくはないな」
「ミルファレナさんとシルフィールさんは救護班の為戦陣には立ちません。ビストさんとベティさんは砲撃手の為城内に留まります」
「・・・お前の父親はどうした?」
 問いに振り返ったアメリアが、申し訳なさそうに微笑んだ。
「父さん・・・いえ、殿下の居場所は私とサラさんしか知りません。でも戦いに加わっている事は確かです」
 その物言いから、居場所が知られる事を恐れているようにも見えた。
 答えを返さず、水筒のカップを返す。
 地平線を遠くに見たアメリアが、立ち上がって姿勢を正した。
「信じてくれますか、ゼルガディスさん」
 足元から這い上がる妖気。
 嘔吐感をもたらす空気。
 姿を現し始めた魔性に、其処彼処でどよめきに近い声があがる。
 震えを堪えるように、彼女は口を引き結んだ。
「英雄は負けん」
 隣に立ったゼルガディスが抜刀する。
「お前が一番良く知っている筈だ」
「――知っています!」
 その言葉が決断を促し――
 アメリアは手にした炎を空中に投げ上げた。
「ブレイク!」
 火球が上空で弾け、
 光を撒き散らしながら派手に四散する。
 今や物見台となったテラスに立ったサラマンディラが合図の手を上げた。
 合図と共に、国境にもなる城壁に魔力が集中する。
 その壁の中に連座した魔道士達の呪文が響き渡る。

「地に聖を」

「星に力を」

「神の怒りを」

「天の裁きを」

「闇は虚に」

「魔は影に」

「脚に枷を」

「身に鎖を」

 城壁から溢れ出した力は円を描き、

「我らが聖地に踏み入りし、すべての穢(けが)れしもの達に――」

 国境に線引き、 

「戒めを!」

 五芒星を発動させた。

「捕縛詰界(インプリゾンメント)、展開!」

 微粒子で糾(あざな)われた鎖が、幾重にも折り重なり密閉空間を築き上げる。
 地に敷かれた五芒星と、
 天を覆う光と、
 隙間無く編み上げられた結界は、その姿を完璧な形で作り出した。
「全軍進め!」
 四方に敷かれた陣より号令の声があがり、
 展開した兵達が街中の通りを走り抜ける。
「・・・・・・」
 縁を掴んだ指先に無意識に力が込められ、
 エヴェレーンを彷彿とさせる光景に、サラマンディラは否定するように頭(かぶり)を振った。
「早く・・・出てきなさい・・・アシュタロト」

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16952Chapter10:War of the east side水晶さな URL2005/1/8 21:32:16
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【Chapter10:War of the east side(東方戦)】 Sergeant Major Urd & Sery & Bluefelius

 同じ武術を学んだ4人組と聞いて、気になったのは分散して戦っても良いかという事だった。
「いいのよ、セリィとアズリーは特別。特にセリィは気を付けてね」
 それに答えたのは当人ではなく、他のメンバーだったのだが。
「何に気を付けろって?」
 サラマンディラの使い魔だという少年に尋ねられても、ウルドは首を傾げるだけだった。
 今年で27才だという曹長は、同僚のエレバより年上だというのに童顔のせいか年下に見える。
「さあ? 彼女はグループの中でも取り立てて個性が強過ぎるようには見えないが」
 相手に合わせて別段態度を変えようとはしない彼は、自分の胸辺りまでしかない少年に対しても普通に返答する。
 同意を返そうとしたブルーフェリオスは、通りの影から姿を現した当人に気付いて口をつぐんだ。
 ノースリーブが常の彼女は、珍しく幅の広い袖付きの上着を着用していた。
 頭の上で結い上げられた三編みが、歩む度に馬尾のように揺れる。
 急ぐ風でもなくセリィが近付いてくるのを見て――その双眸の冷たさにウルドが思わず目を見張った。
「何か?」
 凝視されているのに気付いたのだろう。セリィが小首を傾げる。
「い、いえ」
 その表情は年頃の娘と何ら変わりはない。
 気が昂ぶっているせいだと、彼は思い込むことにした。
「あの路地がどうかしましたか? 人一人がやっと通れる幅ですが」
「ええ。あそこは兵を入れないように気を付けて。咄嗟に逃げ込みたくなる場所だけど、その後が辛いから」
 言って、爪先の向きを変える。
 衣装の袖が翻ると、ブルーフェリオスは確かに鎖の軋む音を聞いた。
 外観を見る限り、セリィは無手である。
「拳で戦うの?」
 素直に尋ねるブルーフェリオスに、セリィが吹き出した。
「まさか。まぁ見ていて」
 彼女が軽く微笑むのと、前方から駆け戻った斥候が叫ぶのは同時だった。
「前方15mまで敵の接近を確認!」
 緊迫した空気が漂い、
 ブルーフェリオスが抜刀しようとした時、ウルドの手の平が制止するようにこちらを向いた。
「・・・・・・」
 そのままの姿勢で踏みとどまる。
 セリィも足を進めない所を見ると、まずは兵の動きを見るつもりらしい。
「槍兵、前へ!」
 抜き放った騎士剣が軍旗の代わりに振り下ろされる。
 喊声。
 脇に長槍を抱えた兵が、隊列を崩さぬまま魔物の群れに突っ込んだ。
「目を閉じるな、敵を見据えろ!」
 見た目とは裏腹な、ウルドの大音声が響く。
 眼前の敵を気合と共に突き刺し、薙ぎ払う。
 一撃だけを浴びせ、円を描くように転進した。
 単調な思考しか持たないデーモンには、背を向ける兵を追うまでに考えが至らない。
 退く兵の動きを見計らってウルドが剣を振るうと、城壁から待ち構えていた砲が撃ち込まれた。
 再び敵に向き直る兵に、迎撃の姿勢のまま待機させる。
「出て来たものだけを狙え! 単騎で突っ込むな!」
 一兵たりとも乱れの無い動きに、ブルーフェリオスが目をしばたたかせた。
「・・・どこが軍事国家じゃないって?」
 半ば呆れたように立ち尽くしていた所、唐突にセリィが脇を擦り抜けて歩き出した。
 立ち込める爆煙の向こうにはまだ何も見えない、が、
 臆面もなく進むセリィには、拘束力を持たないウルドが困ったように眉をひそめた。
「何かいる・・・」
 懐かしくもある嫌な予感が湧き上がるのと、黒い甲殻が見えたのは同時だった。
「『闇蟲』!」
 一瞬で間を詰めた甲殻虫に、セリィは立姿勢のまま片手を振り上げた。
 飛び掛ろうと見せた腹から顎の下にかけて、数秒置かずに短い鉄の棒が突き立った。
 片側だけを鋭利に削った、暗器の一種――票(ひょう)。
 それがセリィの袖から放たれたものだと気付いた時には、既に虫の体躯は石畳に叩きつけられていた。
 その体に巻きつけられた鎖が、器用にセリィの衣服に吸い込まれていく。
「・・・・・・」
「コレに似たのが出てきたら、あたしに回してね」
 口を開けたままのブルーフェリオスと、命令を忘れたまま立ち尽くしていたウルドに、彼女は戦闘前と同じ笑みを向けた。
 暗器使い、セリィ=ガルクロック。
 彼女の仲間達が半ば恐れを込めて付けた、彼女の異名だった。


 今までとは違う殺気を覚え、セリィは思わず戦闘の手を止めて振り返った。
 絶え間なく動いている風景の中で、異様なまでに浮き立つ静寂。
 律動の中の死角。
「――!」
 眼差しが身を貫き、総毛立った。
 闇蟲の比ではない。
 全身を覆うように巻き付けられた、赤茶けた布。
 所々見える地肌は、炭化したように黒い。
 顔面に唯一覗く部位は右目だけで、
 瞳孔の無い瞳が赤い色を発している。
 その両手に携えられた――否、両腕の布に巻き付けられた剣は、刀身のうねりが首をもたげた竜の横顔に似ていた。
「骨がありそうね」
 肌を刺すような妖気に抗いながら、セリィが宣戦布告した。
「勝負しましょう。アナタが臆病者でなければ」
 魔族の扱い方はゼルガディスに教授された。
 その気位の高い性質は、刺激すれば驚く程容易に誘いに応じる。
 一対一の戦いが続いている限り、その攻撃対象が兵に移る事はない。
『但し』
 ゼルガディスの声が響く。
『一人で撃破できる程容易な相手ではない事も覚えておけ』
 いつの間にか浅くなっていた呼吸を意図的に調節し、
 袖から反り返った刃を持つ武器を取り出して握り締めた。
「名は」
「・・・アンサラー」
 布の隙間からくぐもった声が漏れる。
「魔剣・・・アンサラー・・・」


 三日月に反った刃が逆向きに二本組み合わされ、持ち手の部分にのみ布が巻かれている。
 見た事の無い形状の武器にブルーフェリオスが眉をひそめると、いつの間にか横に来ていたウルドが指差して告げる。
「異国の武器で月牙刺(げつがし)といって、接近して切り裂いたり投げたりできる武器だね。扱える人を見たのは初めてだけど」
「さっきの鎖みたいなのは?」
「九節鞭(くせつべん)に見えたけど違うみたいだ。鎖の先に楔が付いてたよ。オリジナルじゃないかな。あっ鉄扇が出た。すごいなぁ暗器いくつ持ってるんだろ」
「・・・武器マニア?」
「コレクター。使わないけど」
 のほほんと答え、それから思いだしたように部下の元へ駆け去っていく。
 ブルーフェリオスが呆れたように見送って、再び視線を戻した。
「――!?」
 眼前に迫っていたのはアンサラーの刀身の反った刃で、
 アルカトラズを抜く瞬間、横から投げられた票がアンサラーの剣を弾いた。
「余所見してないの!」
 怒声が聞こえ、足を払われる。
 為す術も無く仰向けに転倒すると、頭上に刃が横切るのが見えた。
「破!」
 声と共にセリィの拳がアンサラーの胸を打ち、
 伸ばしたままの腕に月牙刺を振り下ろした。
「・・・・・・」
 ブルーフェリオスに見えたのは、
 月牙刺が突き立てられる寸前に解けた腕の布と、
 布の中の空(うつ)ろ――
「!」
 柄に布が巻き付いた剣が眉間に落ちてきて、
 ブルーフェリオスが顔を強張らせながらもアルカトラズを手放した。
「ニャー!」
 頭部のすぐ脇の地面に剣が突き立つ音が聞こえ、
 転げるようにその場から離れる。
 地面に爪を立て体勢を立て直すと、
 解かれたアンサラーの布がセリィの腕に絡み付いていた。
 武器ごと片手を封じられたセリィが顔をしかめる。
 目線を巡らす。
 手放したアルカトラズは元の位置に在った。
「我が言霊は聖(ひじり)の楔! アルカトラザイト結合解除!」
 声の限りに叫ぶ。
 アンサラーとセリィの足下から溢れた力が、閃光となって弾けた。
「――!」
 アンサラーが悲鳴のような奇声をあげる。
 光に打たれるように、二人がそれぞれ逆向きに吹き飛ばされた。
「直撃はマズったかな…」
 ブルーフェリオスが前脚で頭を掻いた。
 目眩ましのつもりだったが、予想以上の威力があったらしい。
 転がったセリィが俯(うつぶ)せの状態になると、反動もつけず地を蹴って起き上がった。
 間髪入れずに腕を振る。
「龍閃(りゅうせん)!」
 ウルドがオリジナル武器だろうと言った鎖が伸びた。
 龍の横顔に似た先端の楔がアンサラーの足に突き立つ。
 ――が、腕と同じようにそれも又足の形状を作っていただけだった。
 セリィが即座に鎖を袖に納める。
「厄介な体だこと」
 嘆息混じりに呟く。
 足の布が解けたというのに、アンサラーの体勢が乱されることはなく。
 手足の布を地に引きずったまま、上半身を浮遊させていた。
 双剣の柄に絡み付いた布が、腕の代わりに持ち上がる。
 浮遊しながら間合いを詰め始めた敵に、セリィが後退しながら周囲を見回した。
 再び始まった剣戟に巻き添えをくわないよう、ブルーフェリオスが迂回しながら目的地へ回り込む。
 再び結合させたアルカトラズを掴むと、どうしたものかとセリィの方を見やった。
 ――視界一杯に広がったのは手の平だった。
「もがっ!」
 顔を覆われて、情けない悲鳴をあげる。
「『もが』じゃないわよ。さっさと手伝ってきなさい」
 それは聞き慣れた主人の声で。
 サラマンディラの指先が腕輪の宝玉に触れる。
 青白い光がブルーフェリオスを包み込んだ。
「吼えよ銀(しろがね)の獅子、汝が名はブルーフェリオス=シーザー!」
 懐かしい『力』が注がれるのを感じて、
 意識が揺らぐままに任せた。
『行くわよ、ブルス』
 参戦できるのが嬉しいのか、レディスの喜び勇んだ声が響いた。


 腕の長さが自在に調節できる相手の攻撃はかわしにくく、セリィが辟易しながら地を蹴った。
 垂直に跳び、地に突き立つ剣の音を聞き、足を伸ばして着地する。
 アンサラーの柄の上に。
 刀身が地面にめり込み、片方の腕が封じられる。
 もう一本の剣が伸びたが、セリィの竜閃が絡み付いた。
「私の片腕は、まだ自由」
 笑みを浮かべ、空いた手で月牙刺を握る。
 ためらわずに突いた。
 布から唯一露出する――眼球を。
 絶叫が迸(ほとばし)って、
 溢れた妖気に弾かれるようにセリィが後方に投げ出される。
 転がりながらセリィが見たものは、赤く染まりながら縺れていく布の塊だった。
 既に人の形からかけ離れた姿で、無数の触手をこちらへ伸ばしてくる。
 逃げる方向に迷った時、頭上に影が差した。
 視界の中に太い前脚が入ってくる。
「!」
 俯せのセリィに覆い被さるように、銀の毛並みの獅子がそこに居た。
 咆哮と共に金色(こんじき)の炎を吐く。
 伸ばした触手を焼かれ、アンサラーが後退する。
 獅子はそのまま前に進むと、セリィの前に立ち塞がって静止した。
『乗って』
「え?」
『ブルーフェリオスだよ、早く』
 急かす声に追われるように背によじ登る。
 先程まで普通に会話をしていた少年と結び付かず、いぶかりながらも腰を据えた。
『行くよ!』
 声と共に拡翼する。
 飛び立つスピードに、思わず首がのけ反った。
「最初の場所まで戻って!」
 鬣(たてがみ)を握り締めながら叫ぶ。
 指差した方向に、ブルーフェリオスが戸惑った。
「あそこは危ないって――」
「だからよ!」
 後方から伸びてきた剣を、セリィが龍閃で弾き返す。
「急ぎなさい!」
 叱責の声に、反射的に方向を変更した。
 目的地に近付いて、ブルーフェリオスが下降する。
 曲げていた脚を下ろし、地を蹴った。
 拡翼したまま走り抜け、
 背からセリィの重みが消えたのを確認して再び飛翔する。
『通りの出口へ向かって』
 セリィの言葉を反芻し、身を翻した。


 着地に成功して、即座に票を2つ投げ放った。
 布の端を地に繋ぎ止め、もう一本で中心を穿つ。
 ――が、厚く絡まった布に阻まれたのか、伸びた腕の一本に引き抜かれた。
 アンサラーが標的を自分に変更した事を確認して走り出す。
 後方から伸びる剣は音を頼りに身をかわした。
 自らが他の兵に入る事を禁じた、日の差さない狭い路地に入り込む。
 視界がワントーン暗くなり、背後の気配がより濃厚に感じられた。
 背を打つ殺気に、恐怖を振り払うように走る事だけに集中する。
 光。
 路地の出口。
 セリィが目をこらすように前方を見つめた。
 端に打ち捨てられたゴミ箱に乗り、
 狙いを定めて前方に跳ぶ。
 ――息を詰める。
 一度きりの勝負。
 風を切る音が聞こえても、
 今体勢を変える訳にはいかない。
 右肩に痛撃が走った。
「――っ!」
 揺らぐ意識に抗いながら、
 セリィは路地から抜け出した。
 地面に転がって、
 体が路地に向いた状態で手を付いた。
 路地の出口。
 蜘蛛の巣状に張り巡らされた「それ」が、陽光を反射して僅かにきらめくのが見えた。
 自らが仕掛けた罠――硬鋼線が。
 セリィが抜けた唯一の穴以外、抜け出る隙間は何処にも無い。
 巣の中央に勢いを緩める事無く飛び込んだアンサラーが、
 巡らせた糸の通りに、寸断されていく。
「・・・ぐっ」
 布が散らばるだけだと予想していた彼女は、
 頭部だけが生々しい「中身」を持っていた事に気付き、口を押さえた。
 顔を背けた時、セリィの前に飛来したブルーフェリオスが降り立ち、
 光焔が全てを焼き尽くした。


 セリィの肩をかすめて地面に突き立っていた剣を、ブルーフェリオスが叩き折った。
 腐臭をあげて崩れるそれに一瞥をくれただけで、セリィが肩を庇いながら立ち上がる。
「あーあ、傷跡が残っちゃいそう」
『アメリアに治してもらえばいいよ』
 歩み寄ったブルーフェリオスの背に倒れるように乗り、
 一度に押し寄せた疲労と虚脱感に息を吐いた。
『それにしても、強いね』
「・・・まかせといて」
 満足げに呟いて、彼女は目を閉じた。

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16955Chapter11:War of the west side水晶さな URL2005/1/16 23:15:09
記事番号16905へのコメント

【Chapter11:War of the west side(西方戦)】 Lenfild & Iada & Azury

 西側の戦闘は、とにかく目まぐるしかった。
 白猪が、巨体にものを言わせて敵の群れに突進を繰り返す。
 それが特に計算されていないものだから、とばっちりを受けないよう兵が気ぜわしく動いていた。
 そしてその中で――計算され尽くした機械のように立ち振る舞う少女。
 戦場の中で背筋を伸ばした姿は、騒然とした風景の中で際立つ存在だった。
 アズリー=ウォーターローレン。
 銀の短髪に、漆黒の武闘着。
 凛然たる存在感。
 同じ髪の色と服装の配色で、こうも雰囲気が変わるものかと高所に立つ彼――レンフィルドは思った。
「見習いたいものだけど、やっぱり素質かなぁ」
 のんびりと呟き、それから防衛線を越えて疾走してきた闇蟲に目を留めた。
「おや、抜けちゃった」
 持っていただけの剣を目標に向け、
 古(いにしえ)に失われた言葉で呪文を紡ぐ。
「冥十字斬(アルティカル・クロス)!」
 刀身に纏わりついた魔力が震え、力を帯び、弾けて、
 ――拡翼する。
 吐く息と共に振り下ろした。
 剣から放たれるように、両翼が形状を保ったまま滑空した。
 兵に襲いかかろうとしていた虫の上顎に突き立ち、弾ける。
 爆風に、目の前に居た兵が転がった。
「あ」
 頭部を失った虫が、それでも前進運動を止めず、
 レンフィルドが顔をしかめた時、真横から飛び出したアズリーが打突を与えた。
 進行方向がずれ――民家の壁に激突し、そのまま動かなくなる。
 礼を述べようとしたレンフィルドに、アズリーが一瞥しただけで爪先の向きを変えた。
「うわぁ、格好良い」
 我ながら、異性に対する称讃ではないと思いつつも呟いた。


 再び喧騒に足を踏み入れたアズリーが見たものは、
 突進を繰り返していた猪――イーダが宙を舞う所だった。
 衝撃に驚いたのか人間の子供の姿に戻っており、目を丸くしながら回転している。
「!」
 落下地点に予測をつけて滑り込んだ。
 頭から落下していたイーダの背後に足を振り上げる。
 腰から肩を、撫でるように擦り上げ、姿勢をくの字に修正し――腕を伸ばして、横抱きに受け止めた。
「お?」
 地に降ろされたイーダが、状況を把握できずに目をしばたたかせる。
「油断は宜しくない」
 言うと、むっとしたように声を荒げた。
「イーダ、まけない」
 呟くと、先程自分が飛ばされた方向に直り前屈みの戦闘姿勢を取る。
 アズリーも視線を移した。
 イーダを跳ね上げた相手は、未だ地の上で不定形に蠢(うごめ)いていた。
 粘液に似た体躯の一部が脈動する度に瘴煙を吹き出し、腐臭が漂う。
 やがて胴と思われる部位から四肢が伸びた。爪のある太い脚が地にめり込む。
 そこにある筈の首は無く、穴を穿たれたような暗い空洞と、その奥に燃え立つような赤い光が目の代わりに二つ在った。
 レッサーデーモンの4倍はあろう体躯に、思わず見上げる。
「武器を魔族化するとは、凄い発想だなぁ」
 声に振り返ると、いつの間にかレンフィルドが近くに来ていた。
「武器?」
 レンフィルドが顎の辺りを掻きながら告げる。
「古代の秘宝と呼ばれる四武器。魔剣アンサラー、不敗の剣クラウ・ソナス、光槍ブリューナク、そして」
 剣先で化物を示す。
「大釜のダグダ」
「対処法は?」
「武器自体の弱点とかは未だかつて見た事ないね・・・残念ながら」
 レンフィルドが肩を竦めた。
 それから思い出したように銀縁の丸眼鏡を外し、胸元のポケットに収める。
「障気に気を付けて」
 言うのと、前傾姿勢のイーダが駆け出すのが同時だった。
 地に付けた指先が獣の前脚へと変じ、
 哮(たけ)りと共に猪が突進した。
 不定形な輪郭を抉(えぐ)るように、脇腹を引き裂いて勢いのまま反対側へ転がった。
 仰向けになった猪が、痛みを堪えるように脚を痙攣させている。
「猪勇が過ぎる」
 呟いて、アズリーが駆け出した。
 制止しようとしたレンフィルドの手を擦り抜け、足を速めてダグダに迫(せま)る。
 穴の奥の眼がこちらを捉えた瞬間に、跳躍した。
 一瞬で視界から消え、
 ダグダが首を巡らす間に反対側に着地する。
 獣化が解けて呻きながら額を押さえているイーダを担ぎ上げると、背を打つ殺気に跳び退(の)いた。
 粘液が、腐臭を漂わせながら地を灼(や)いていた。
「酸を吐くか。厄介な」
 吐くというよりも、表皮から体液が漏れ出ていると言った方が正しい。
 恐らくイーダは、突撃と共に相手の反撃を手酷くくらったのだろう。
 膨れ上がった前脚が一歩こちらに踏み出して、酸の染み出た地面が変色した。
 ――さて。
 再度の跳躍にアズリーが膝を曲げた時、唐突にダグダの前脚が弾け飛んだ。
 自らの重みを支えきれなくなったのか、その内に抱えていた酸を空中に撒き散らす。
 視界に粒状に広がった瞬間だけを眼に捉えて。
「――蒼燃陰火(イグニス・ファトゥス)」
 聞き覚えの無い呪文が響いた。
 ほの青い光を放つ火が、蛇のように宙をのたくった。
 飛散した酸を食らうかのように、己の身で抱え込んで蒸発させる。
 アズリーの肌に届いたのは、その火の放つ僅かな熱量だけだった。
「やれやれ、厄介だね」
 いつの間にか再び横に現れたレンフィルドが呟く。
 軽く上げた左手に、浮遊していた鬼火が収束し、
 握り締めると己の掌の中で消滅させる。
「・・・貴公は妙な術を使う」
 嘆息混じりに呟いたつもりだったが、称賛と受け取ったのかレンフィルドは照れ笑いを浮かべただけだった。
 それからしばし思案すると、剣先に指先を当てた。
「紅き雫に宿りたし 太古の哮(たけ)り目覚める時」
 刃に触れた肌から血が伝い、柄に向かって滑り落ちる。
「其は血潮より生まれ出ずる炎(ほむら)」
 伝う雫が燃え上がり、
「震焔斬(スヴァロギート)!」
 刀身が炎に包まれる。
 生き物であるかのように燃え盛りながら、自然であれば発する音が一切無く。
 軽く一振りして炎が消えない事を確かめると、レンフィルドは無造作に踏み込んだ。
 ダグダが緩慢な動作で脚の向きを変える。
 その眼とおぼしき光が完全にこちらを捉える前に、彼は前脚の爪先から腕の付け根までを切り裂いた。
 溢れる体液を食らい尽くすかのように、振り上げた剣を抜かずに突き込んだ。
 酸が気化する煙に、肺が引き攣るような痛みを覚えてアズリーが後退する。
 影響の無い場所まで下がった所で、イーダが腕を押し退けて飛び出した。
「イーダ、猪突すると同じ目に遭う」
「『あず』!」
 アズリーの声を遮るように、イーダが唐突に手首を掴んで走り出した。
「『れん』が!」
 述語が聞こえなかったが、イーダの目には人の目では見られない何かが見えたのだろう。
 走る途中で白猪の姿に変じたイーダの背中にしがみつき、腰帯を裂いて鼻と口を覆う。
 高濃度の煙が視界をまだらに染め上げる中、
 黒い影がレンフィルドの首を掴んでいるのが見えた。
 アズリーが猪の背を蹴るのと、イーダが獣化を解くのとは同時だった。
 伸ばした足先が、目標を違(たが)う事無く首を絞めている腕を蹴り上げる。
 腕が外された瞬間、イーダがレンフィルドの足元に滑り込み両の足首を掴んで押した。
 尻餅を付くような姿勢で膝を折る彼の真下に、猪の背が位置する形になり、
 瞬時に獣化したイーダが、レンフィルドの重みを確認した瞬間に地を蹴った。
「――破!」
 アズリーが腕を蹴り上げた後着地し、そのまま膝を屈め、片足を伸ばして足を払う。
 追撃はせず、イーダが後退した気配を感じて退いた。
 背を向ける事はせず、後ずさる。
 後方では地面に転がされたレンフィルドが、激しく咳き込む音が聞こえた。
 眼前には、起き上がるダグダとおぼしき姿。
 但し、その体躯は中肉中背の人の姿にまで縮んでいる。
 皮膚は脆(もろ)く破れそうなものではなく、硬質の輝きを放っていた。
「・・・いらない分量をわざと捨てて、凝縮するとは」
 まだ膝を付いたままのレンフィルドが、掠れた声で呟く。
 首元からは紫煙の残りが燻ぶっていた。
「・・・油断したよ」
 つまりは、先程のようにそう易々と打撃を与えられない事で。
「体液が減じたのなら、あと一打与える事ができるなら消滅は可能か?」
「・・・理論上はね。硬度が増したからどうしようかと思案していた所だけど」
 改めて見るとダグダの身体の造作は粗雑で、頭部など卵を模したように凹凸が存在しなかった。
 両腕の長さも目に見えて均等ではない。
「見目が宜しくない」
 呟くと、立ち上がったダグダが先程よりは早い速度で歩みを進めた。
 足元の石畳を溶かす事は無く、足音をたてながらこちらに近寄ってくる。
 無造作に伸ばされた腕を身を屈めて避け、右足を振り上げた。
 頑強な靴底に一撃され、ダグダの腕があらぬ方向にひしゃげる。
 肘が砕けたと同時に漏れた酸は、ブーツの表面を滑るだけで流れ落ちていった。
「悪いが、特殊性だ」
 もう片方の腕が伸びたのを上体を反らして避け、
 そのまま地に掌を付けて、反動で足を振り上げる。
 踵が顎を捉え、頭部を粉砕した。
 足を戻さずに勢いのまま振り、爪先が地に着く前に手を放し、体勢を元に戻す。
 靴底が石畳に擦れ、紫煙をあげた。
「・・・・・・」
 アズリーが顔をしかめる。
「濃度が違う・・・」
 言いさした時、地に落ちる影に気付いた。
 見上げる。
 顎を砕かれたダグダは身体を元通りにするのではなく、
 まるで首長竜のようにその背丈を伸ばしていた。
 果実のように膨らんだ頭部がアズリーの頭上で弾け、
 腐臭と共に雫が降り注いだ。


「――いぃぁああああぁっ!!」
 聞こえたのは悲鳴とも奇声ともつかぬ雄叫びで、
 アズリーに見えたのは、火の塊が頭部の失せたダグダの首目掛けて突進する光景だった。
 飛散した体液が炎熱で消滅し、
 かすかに残った雫がアズリーの足元に落ちて地を焦がした。
 ダグダに直撃した塊が、イーダだと気付いた時には、
 既に相手の上半身をもぎ取って地面に転がっていた。
 その全身を取り巻いていた炎が消え、
 当人が今更のように襲った激痛に呻き声をあげる。
「イーダ!」
 アズリーが足を踏み出した瞬間、ダグダの残骸が唐突に膨れ上がった。
 何かの形を作り上げる事もなく、ただ膨張だけを繰り返す。
 後退すべきか迷いながら振り返ると、レンフィルドの姿が無く、
 視線を戻すと、イーダの背から落ちたコウモリが当人の姿に変じた。
 肘で上体を起こしたレンフィルドの喉が焼け爛れているのが見えて、アズリーが目を見開く。
「・・・喉を狙ったのは魔法封じの為か」
 舌打ちしたい気分になり、未だ膨れ上がり続ける異形を見据えると、
 その前方でイーダが再び四つ足の姿勢を取った。
 レンフィルドが労苦しながら右腕を伸ばし、イーダの背に当てる。
 もう一度突撃を繰り返そうとでもいうのか。
「――やめ」
 思わず叫んでも、イーダは口の端に笑みを浮かべただけだった。
 背に感じる掌の感触に、武者震いを堪えながら。
「・・・イーダ、中心を。さっきの攻撃で見えた・・・『核』が」
 息を漏らしながら声を絞り出すレンフィルドに、イーダが首を振ってみせた。
「さっさとやる、『れん』」
 敢死にも似た表情を浮かべる横顔に、レンフィルドが心中で苦笑した。
 蛇神の子供とはいえ、その抱える侠気の巨大さに。
「・・・移ろいたり深淵の、遥かな閨(ねや)にまどろみたり」
 掌から溢れる力がイーダの全身を包む。
 引き攣る咽喉を押さえ、掠れる声で言霊を紡ぐ。
「目覚める事なき滅びの灯(ひ)、御手に昇りて・・・悪夢を此方へ・・・」
 力が弾けようとする瞬間、膨張したダグダの身体が近付いて、
 イーダの全身が強張った。
 呪文はまだ完成しない。
 呼吸を詰める音が、何処かから聞こえた。
 ダグダの足元を――体型というものを維持できていない為、部位の正式名称は不明だが――兵士が用いるような槍が横薙ぎに裂いた。
 体躯を半分まで断ち割った所で槍が腐食に耐え切れず、形状を崩し体液に溶け込む。
 それでもバランスを崩したダグダが、前方に進む事もできず仰向けに反り返った。
 今しがた一撃を加えた、アズリーを巻き込むように。
「――アルティカル・クロス!」
 レンフィルドが焼けるような痛みを堪えて絶叫し、
 応えるように咆哮したイーダが地を蹴った。
 その響きが獣の哮(たけ)りというよりも、一種神々しい音響に変じていく。
 レンフィルドの放った魔法はイーダの身体を軸とし、
 絡み付くように力を伸ばして拡翼する。
「――アアアアアアアアアァ!!」
 己に圧し掛かる重圧に立ち向かうように、イーダが咆哮する。
 一直線にダグダに突き進むイーダの後ろ姿を見送ったレンフィルドが、目を見開いた。
 彼の眼前には、見慣れた白い猪ではなく、
 翼を携えた白い大蛇の姿が在った。
 牙を剥き、神々しい光を纏い、
 未だ膨れ上がる異形の半身近くを食い破る。
「・・・ケツァル・・・コアトル」
 吐息に近い声で呟いて。
 同じように頭上を通り過ぎたイーダに、驚いたアズリーが振り返ると、
 勢いのまま城壁にまでめり込んだ人間姿の少年が、逆様の姿勢で親指を立てた後、崩れ落ちた。
「・・・・・・」
 忘れていた呼吸を1つすると、
 アズリーは踵に激痛を覚えて膝を付いた。
 靴底を溶かした酸が、肌にまで届いたらしい。
 遠くから悲鳴が聞こえて、森の中で助けた覚えのある巫女が駆け寄ってくるのが見えた。
「担架を、3つ」
 それだけを呟くと、アズリーは押し寄せた疲労に抗う事はせず、地面に横になった。