◆−Bittersweet 1−水晶さな (2006/11/19 22:22:46) No.17903 ┣Bittersweet 2−水晶さな (2006/11/19 22:24:08) No.17904 ┣Bittersweet 2−水晶さな (2006/11/19 22:24:10) No.17905 ┃┗↑すみません削除をお願い致します−水晶さな (2006/11/19 22:27:02) No.17906 ┗Bittersweet 3−水晶さな (2006/11/19 22:29:00) No.17907 ┗Re:はじめましてv−。。。 (2006/12/13 20:35:08) No.17921 ┗有り難うございます−水晶さな (2006/12/18 22:08:52) No.17923
17903 | Bittersweet 1 | 水晶さな | 2006/11/19 22:22:46 |
「Von Voyage」にて登場させたオリジナルキャラ、ベティが今話の中心になります。 ------------------------------------------------ 夢を、見ていた。そう思った。 幅の広い川の中を、身一つで流れていく。 川の先は果てしなく広がっているけれど、 海に流される前に、両岸のどちらかに行かなければならない事は分かっていた。 どちらを見ても、岸は霞んで見えた。 水がまとわりつく指先は、力を込めようとしても動かない。 体温を奪う川の冷たさを感じるどころか、心地よい温度にすら思えてくる。 やがて視界は空から水に変わり、 「あ、沈んだ」と思ったが、息苦しさは感じなかった。 陽光を反射した水面(みなも)が、意識をとろかせる程眩しくて綺麗で。 視界が揺らぐに任せ、夢の中で目を閉じようとしたその時に声は聞こえた。 『見苦しい』 聞き覚えのある、声だった。 『決められないのなら、沈んでしまえばいい』 ああ、この声は。 自分か――。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 背中にうっすらと寒気を感じながら、腕に伏せていた顔を上げた。 視界に広がるのは、さざ波の立つ海面。 甲板で海を見ていた筈だが、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。 揺れが原因で、水に沈む夢を見たのだろうと推測して、 それでも自らの声に死刑宣告をされたような、後味の悪さだけがつきまとった。 「・・・見苦しい・・・・・・か」 どちらの岸に辿り着くにせよ、行く方向すら決められず泳ぎ出せないのは見苦しい。 まして決断を放棄して、沈むに任せるなど不甲斐ない人間のする事。 それは己の信念というよりも根源に近いものだった。 ――分かって、いた。 そこまで分かっていて、それでも進めないから、 人は、追い詰められるのだと思う。 商都と呼ばれるグランバシュは、元々王都の属国の1つに過ぎなかった。 属国の間で物資が流れ、金銭が流れ、人が流れ都市は栄えた。 やがて商業都市として不動の地位を得ようとした直前、支配者であった王都が崩壊する。 「王都にとってグランバシュは金融の要、担(にな)い手だった。だが二つの都市が地理的に離れて過ぎていた事と、 うまく利用する才覚が王都になかった事が崩壊の原因と言われている」 先を歩く青年が話を止めると同時に足を止め、後方を振り返った。 煉瓦造りの建物に気を取られていた少女が慌てて前進を止める。 「はい、何でしょう」 「先に注意しておく」 再び足を進め、青年――ゼルガディスが眉根に皺を寄せ呟く。 「ここは都市の規模の割に治安が悪い」 見回す街並みは路地裏――死角が多く、人相の良くない輩が大抵陣取っている。 「治安保安は王都から派遣される警備兵の役目だった。王都が崩壊すると兵も去り、グランバシュは一時野盗の類に荒らされたそうだ」 今の今まで人任せにしていた治安問題をうまく処理する事ができず、やがて商人達は金で解決をしようと個々に自警団を作り始めた。 それは各々雇い主との個別契約の為、自警団同士が連携を取る事はまず無い。 時に自警団同士の衝突まで起こるという。 「そんな穴だらけの治安体制だ。この辺りの地域で犯罪発生率が最も高いと言われている」 「・・・そうなんですか」 実感が伴わないのか、連れの少女――アメリアは曖昧に頷いた。 「荷物からは目を離すな。あと1人歩きも駄目だ。警備兵は契約した相手じゃない限り助けに来ない」 「そんな、それじゃあ正義は何処にあるんですか!」 「無いから気を付けろと言ってるんだ」 半ば予想通りだと言わんばかりに嘆息し、ゼルガディスが再び前方に向き直る。 アメリアが続けて何かを言おうとしたが、突如響いた女性の悲鳴にかき消された。 昼の最中(さなか)にしては不穏過ぎる空気。 「アメリ・・・」 「悪ですか! 悪ですね!!」 制止の声も届かない。 何故か喜色を浮かべたアメリアが全速力で駆けていき、取り残されたゼルガディスは肩を落とした。 路地裏に入る直前で、踵をこすりつけてブレーキをかける。 覗いた先には、これでもかというくらいお膳立てがされていた。 見るからに柄の悪い若者が数人と、腕を掴まれている若い娘。 「お前がかくまってる事くらいわかってんだよ。さっさと居場所吐きやがれ!!」 長い髪を引っ張られ、娘が悲鳴をあげた。 「いやよ、知ってたとしても貴方達なんかに教えるもんですか!!」 気丈に叫んだ途端に頬を打たれ、勢いが強かったのか地面に倒れこんだ。 「このアマ、痛い目見ないと分からないようだな!!」 男の一人が拳を握ると同時に、アメリアが背後を陣取った。 「そこまでです!! この街に法がなくとも私が――」 「とおうりゃあぁ!!」 人差し指を突き付けた直後、野太い声が口上をかき消した。 袋小路の建物の上から飛び降りた影が、真下に居た男を踏み潰した。 蛙の鳴くような悲鳴を上げ、潰された男が悶絶する。 屈(かが)み込んだ姿勢からゆっくりと身を起こし、『彼女』は憤怒の形相で男達をねめつけた。 「・・・あ・・・」 上品な物腰も洗練された衣装も、土台となる体躯があまりにも逞し過ぎる。 一度見たら忘れられないある意味衝撃的な人物を、再びこの目にするとは思わなかった。 貿易国家エルンゼアのプライベーティア。国家と契約した対海賊用の雇われ海賊。 その中でも際立って有名な、女装シェフ。 「・・・ベティ、さん」 アメリアが引きつった声でその名を呼んだ時、ベティは既に他の男の胸ぐらを掴み上げていた。 「覚えておきなさい・・・ショコラちゃんをいじめるようなゲス野郎はアタシが許さないから!!」 片腕で持ち上げ、うろたえている男達に向かって放り投げる。 情けない悲鳴をあげもつれこむと、恐れをなしたのか蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。 「ふん、肝っ玉の小さい男達だこと」 軽く手をはたいて、ふと、 アメリアの方を振り返った。 目が合った。 時が止まった、ようだった。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「きゃあああっ!!」 悲鳴を上げたのは――何故かベティの方で。 裏声で、しかし野太い嬌声を上げながら降りてきた建物を駆け上がっていく。 壁の凹凸を手で掴んで登る様は、まるで巨大な猿のようだった。 「・・・・・・あっ」 と言う間に視界から消えて、 被害者の女性が倒れているのに今更ながら気が付いた。 「おい、奴ら凄い勢いで逃げていったぞ。一体何したんだ?」 しばらくして追いついたゼルガディスに聞かれたが、すぐには返答が思い浮かばない。 一思案してようやくベティの名を告げると、たっぷり時間をかけて「ああ」とだけ呟いた。 それは嫌な記憶を思い出した時の声色だった。 「・・・ショコラ=エリニスと申します。助けて頂いてありがとうございました」 放っておく訳にもいかず、介抱して家まで送り届ける事になった女性――ショコラはそう言って頭を下げた。 気が弱いのか終始うつむきがちで、どこか頼りなげな雰囲気を漂わせていた。 「お強いんですね」 「ええ・・・まぁ」 アメリアが曖昧に語尾を濁す。 幸いというべきかショコラは倒れた後気絶しており、ベティの登場からその後の騒動を見ていない。 ベティの事を話すかどうか迷ったが、ゼルガディスに何故か強く止められた。 そのゼルガディスは何故か、先程から窓や扉などに視線を注いでいる。 つられて見やると、念入りに施錠されていたのが見て取れる。 2つも3つも鍵を付けている所が、尋常でない様子を窺わせた。 「・・・たまたま絡まれた訳じゃなさそうだな」 核心を得たような表情のゼルガディスに言われ、ショコラがびくりと肩をすくめる。 顔に浮かんだ怯えの表情に、慌ててアメリアが手を振る。 「口外はしませんよ。私達だって今日初めてここに着いたんですから・・・」 膝の上で拳を握り締めいてたショコラが、息を吐いて少し目線を上げた。 「・・・・・・組織から抜け出した人を、かくまっています」 半ば予想した答えだったのか、ゼルガディスが嘆息した。 「だろうと思った。男か」 「改心したんです! この街を出て、一緒にやり直そうって・・・」 ショコラの口調は真剣だが、ゼルガディスの視線は冷ややかだった。 気まずげな空気を感じ取ったのか、アメリアが咳払いを挟む。 「組織なら、報復も考えられます。街を出るなら早くした方が・・・」 「・・・そうする、つもりです」 彼が戻ってきたらと、力無く呟く。 「・・・・・・え?」 彼をかくまっている筈のショコラにも、今は彼の行方が知れないと。 それではまるで―― 「だって、そんな、何も言わずにいなくなったんですか? いつから?」 矢継ぎ早に質問を重ねるアメリアの肩を、咎めるようにゼルガディスの手が掴んだ。 干渉すべき事ではない――そう言われた気がして、仕方なく口をつぐむ。 会話はそこで途切れ、促されてアメリアが席を立った。 「信じられないです。『街を出よう』って約束したのにどうして行き先も告げずにいなくなるんです? ショコラさんまで危険な目に遭わせて!!」 憤慨するアメリアとは対照的にゼルガディスは冷ややかな溜息をついた。 「俺から言わせれば、そんなのをかくまう方もどうかと思うがな」 騙されている可能性の方が高いと付け加える。 「・・・・・・」 反論すべき言葉が見つからなかったのか、アメリアが渋い顔で唇を噛んだ。 八つ当たり気味に宿の扉を押し開けて――そのまま静止する。 「おい、入り口で止まるな」 後方で詰まったゼルガディスが肩越しに奥を見やり、 同じように固まった。 「あらぁ、アメリアちゃんにゼルちゃんじゃない。いらっしゃいませぇv」 出迎えたのは、 筋肉質の体にフリルの付いたエプロンを窮屈に巻いたベティの姿だった。 「・・・何、を、してるんですか・・・こんな所で」 「何って、シェフよう。遊んでるように見えるかしら?」 口調はのんびりとしているが、手はせっせと鍋を磨いていた。 「ここの主人はワタシの古い知人なの。厨房を手伝う代わりにタダで泊めてもらってるのよぅ」 先程の邂逅を微塵も感じさせない態度は、それ以上の言及を拒んでいるようだった。 それからテーブルの椅子を引き、対応に困っている二人を有無を言わさず座らせる。 「ええと・・・・・・・・・お久しぶりです」 ぎこちなく会釈しながら、アメリアが差し出されたココアを受け取った。 数滴垂らしたラム酒が香り、ふわりと鼻孔をくすぐる。 「あの・・・な・・・」 ゼルガディスが適当な文句を思い付かない間に、シナモンを添えたブレンドが目の前に置かれる。 「あの・・・」 「お腹空いてる? 料金は頂くけど今ならすぐにお出しできるわヨ」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「ん?」 瞬時に伸びた腕がメニューを開く。 「海老とアボガドのサラダと、ムール貝たっぷりパエリアでお願いします!!」 「・・・と、ブイヤベースだ」 ベティの料理の腕を舌が知っていて、且つ湧き上がる食欲には勝てる筈もなかった。 「満腹ですー」 久しぶりに舌鼓を打つ手料理を味わい、部屋に戻るとそのまま寝台に倒れ込んだ。 腹の皮が突っ張れば目の皮がたるむとはよく言ったもので、ついうとうとしてしまう。 意識を半分ばかり失いかけた時に、木製の扉の軋む音がした。 「?」 身を起こし、扉を見やる。 部屋の扉は開いていない。 けれども音は近くで聞こえたような。 今度は閉まる音がして、アメリアは音源の方を振り向いた。 窓の下――外だった。 そういえば真下に裏戸があった事を思い出し、何気なく外を見やる。 長身の人影が、闇夜に消えていく所だった。 「・・・・・・ベティさん?」 確証を持てなかったのは、暗かった為ではない。 金髪を首元で束ね、ジーンズを履いた軽装があまりにも見慣れないものだった為。 「なんで今頃外に・・・」 ベティ程の腕っぷしならば治安の悪さもさほど影響しないだろうが。 追いかけようかと考える暇もなくベティの姿が消え、 数秒の黙考の後、アメリアは再び寝台に潜り込んだ。 「・・・・・・」 眠りにつく前、ふとショコラの事を思い出した。 『彼』は戻ってきたのだろうか。 もし戻っていなければ、彼女は眠れぬ夜を過ごしているだろう。 膝を抱え、不安に怯え、やるせなさを持て余し、 灯りを消した部屋の窓から、外を眺める。 それは城を出る前の己の姿と似ていた。 「・・・・・・」 幸いだった事に、 その感情を思い出す前に、眠りが意識を途切れさせた。 翌朝。 骨董市場へ出かけたゼルガディスに「治安の特に良くない場所」だと留守番を命じられ、 大人しく従ったものの、不機嫌さを隠せずに自室のベッドに突っ伏した。 こういう時に限って天気が良い。 彼が戻ってくるまでにこっそり散歩にでも出かけようかと、窓を開けた途端にノックが響く。 「はいぃっ!?」 声が裏返ったのは後ろめたかったせいもあるだろう。 「アメリアちゃん? お部屋でくさくさしてるならお茶でもいかが?」 扉を開けると、ティーセットを用意したベティが姿を見せた。 「ゼルちゃんに置いてきぼりにされたんでショ? そんなアナタにストロベリーティー持ってきたわヨ」 甘い香りが鼻腔をくすぐって、思わず笑みがこぼれた。 いつもながら、飲み物のチョイスが上手いと思う。 「ありがとうございます!」 ランチタイムを終えて食堂を閉めた後は暇になるのだと、アメリアの向かいに座ってベティがお茶を注(つ)いだ。 「ホント、こんな所でアメリアちゃん達に会えるとは思ってもみなかったワ。まだ旅の途中?」 「そうです。年代物の古書が骨董市場に出ると聞いたので」 「で、置いていかれちゃったのネ。実はゼルちゃんが出掛けに『アメリアが窓から出たりしないように見張ってくれ』って言ったのよ」 「・・・・・・うぅ」 既に行動を読まれていたのかと、アメリアが眉根を押さえた。 「見張るなんて囚人じゃあるまいしねぇ? でもゼルちゃんが心配する気持ちも分かるから、こうしてお茶しにきたのヨ」 「・・・そうですか。ところで、ショコラさんにはもう会ったんですか?」 ティーポットの注ぎ口が揺れ、滴がカップを外れて伝い落ちた。 「・・・・・・アメリアちゃん。カマかけを覚えるのはもうちょっと大人になってからにしなさいヨ」 「聞いて欲しいから、いらっしゃったように見えたんです」 「・・・・・・」 見た目にそぐわず人の心を読むのが上手いと、妙な所に感心しつつ茶を差し出した。 柔らかな湯気が、ゆるく立ち昇る。 ベティの視線がゆっくりと窓に移り、窓の外の青空に移った。 「・・・ショコラちゃんとは、幼馴染みなの。ここよりもっと田舎の、寂れた一角で」 物心ついた時から父親はおらず、母親は小さな酒場を一人で切り盛りしていたと、小さく呟く。 「上品な店でもないから、手伝ってる内にワタシも女言葉とか使うようになって」 貧しいながらも一応通っていた学校では、その挙措が奇妙に見えたのだろう、 男じゃないと同級生達から罵られ、その内学校に行かなくなった。 「ショコラちゃんはそれから、学校で習った事をワタシに教えてくれるようになった」 店を手伝うつもりなら、文字の読み書きと計算は必要だった。 元々それ程良くない頭の自分に、根気良く丁寧に教え聞かせた。 「ある日ね、いっそ名前も女名に変えようかって相談した時、今の名前を考えてくれた」 『ベティって・・・どう?』 『ベティ?』 『うん』 『いいわネ』 『でしょ?』 『じゃあ、今日からベティって呼んでちょうだい』 ベティと名乗るようになって、 本名を忘れて、 髪を伸ばして、 女物の服を着た。 何かが吹っ切れて、世界が変わった。 うつむかず前を向けるようになったのは、きっとあの時から。 「ショコラちゃんはワタシを変えてくれた。その恩は今でも忘れられない大切なものよ」 だから、彼女が困った時は力になりたいと思った。 その気持ちは自然なものだった。 「彼女はね、どうしてか昔から男運が悪かったの・・・どういう風にとは、アメリアちゃんには聞かせたくない話だから聞かないで」 ただ、最後にはショコラの傷付く姿に耐えられず、自分が出張って代わりに男を叩きのめした。 「悪者になっても、結果的に彼女の為になるならいいんだって思った」 ただそれが何度も続いて、彼女も自分も疲弊していった。 何度止めても繰り返す同じ過(あやま)ち。 変わらない日常。 変われない相手と、己自身。 自分のしている事に疑問を感じていた矢先、唐突に母親が亡くなった。 「それまでは自分が店を継ごうと思ってたんだけど、このままショコラちゃんの傍にいる事が正しいとは思えなくなった」 結局店を畳み、料理を本格的に学ぶ為に知人を頼って田舎を出た。 彼女には、一言も知らせずに。 「自分の中の賭けだったの。変えられない何かを、変えたかった」 シェフとして一人前になった頃、客として来ていたプライベーティア達と知り合い、仲間に誘われた。 場所が船になっても料理をする事には変わりない。 仲間に恵まれて、やっと自分の居場所を見つけた気分になった。 「それまで生きるのに必死だったから振り返る余裕がなくて・・・でも自分が落ち着いたら、唐突に彼女の事を思い出して」 それでも何も告げずいなくなった手前、のうのうと顔を見せるような厚顔な真似もできず。 何年も迷った挙句、現在の居住地を人づてに聞いて遠くから様子を窺った。 見つけたショコラは、変わっていなかった。 昔と同じままの境遇で其処に居た。 「賭けは、外れだった」 自分のした事は、彼女を「見捨てた」以外の何物でもなかった。 「今からワタシに何ができる、何ができるんだろうって必死に考えて・・・」 ベティがこの街に来た時、既にショコラの恋人は姿を消していたらしい。 それでもただひたすらに戻ってくるのを待つショコラに、組織の手が及ばないように陰ながら守る事しかできなかった。 「まだ、直接会ってはいないんですか」 「・・・・・・それだけが、どうしてもできないの。見捨てておいて何を今更って気持ちが強過ぎて」 自分でも何をしているんだかと自嘲気味に笑うと、アメリアが真っ直ぐに視線を向けてきた。 その表情が、何故か真正面に居るのに掴めなかった。 見えなかった、のかもしれない。 ただ、夢を見た時と同じ、寒気に似た何かが心にひやりと触れた。 「ベティさん」 聞いてはいけない。 気付いてはいけない。 気付いたら、はじまってしまう。 「・・・ショコラさんが、好きなんですね」 ――ああ、 耳を塞げば、 気付かなければ、そのままで。 はじまらずに、済んだのに。 |
17904 | Bittersweet 2 | 水晶さな | 2006/11/19 22:24:08 |
記事番号17903へのコメント 日が暮れるまで市場で粘ったものの収穫もなく、帰路につくゼルガディスの足取りは重かった。 ベティに相手を任せたとはいえ、置いていかれたアメリアの機嫌はさぞ悪かろう。 ――が、予想に反し、戻った部屋でアメリアはこちらを振り返りもしなかった。 開け放した窓もそのままに、灯りもつけずに呆然自失の態で座っている。 「おい、アメリア?」 呼び掛けると、やっと気付いたようにこちらを向いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・お帰り、なさい」 どこか上の空で答える娘に、ゼルガディスが眉をひそめる。 「どうした、ベティと一緒じゃなかったのか」 そういえば、通り過ぎた食堂にもベティの姿は見なかった。 「・・・けじめをつけに行きました」 「は?」 「気付いてしまって、知ってしまって、居ても立ってもいられなくなったそうです」 「・・・何が?」 要領を得ない回答を訝しく思いつつ、ゼルガディスが開け放された窓を閉めた。 夜ともなれば涼風どころか寒気が流れ込んでくる。 「――私、友人が目の前で苦しんでいた、のに、何も、できなかった・・・」 灯りをつけてから振り返ると、椅子に腰掛けたままのアメリアが顔を覆っていた。 「ベティの事、なんだな?」 切迫した事態を感じ取ったのか、ゼルガディスが正面にかがみこんだ。 「泣いてないで話してみろ。何ができるかも分からんだろう」 努めて落ち着いた声音で話し、宥めるように肩に触れる。 時に純粋過ぎるこの娘は、他人が傷付く事で己も同じ傷を負う事がある。 それを強いて改めさせる気もないし、咎める気もない。 「・・・ベティさん、が」 嗚咽を飲み込んで口を開きかけた矢先、ノックの音が響いてアメリアが身を竦める。 ゼルガディスが反射的に立ち上がると、遠慮がちに訪問を告げる声があった。 沈みがちだったが、紛れも無くベティの声だった。 アメリアが慌てて目元をぬぐい、席を立って扉を開けた。 「・・・・・・え?」 扉の向こうにいた相手を見て、アメリアが思わず青ざめる。 ベティの肩には、満身創痍の青年が乗せられていた。 「アメリアちゃんにこんな事、お願いするのは筋違いって分かってたんだけど・・・」 頼れるのがここしかないと、すまなそうに頭を下げる。 「手当て、してあげて欲しいの」 アメリアの返事を待たずに、ベッドに怪我人を下ろした。 「それは・・・構いませんが・・・」 戸惑いつつも、アメリアが心中で胸を撫で下ろした。 懸念していたのは、怪我を負わせたのがベティではないかと疑っていた事で、 治癒を頼まれたからにはその可能性は低いのだろうと、期待を込めて推測する。 「・・・こいつが、ショコラの男か」 見下ろしたゼルガディスが呟いた。 「引きずり出したんじゃなさそうだな。監禁でもされてたか」 ベティに視線を改めて移して、アメリアが目を見張る。 怪我人に気を取られていて気付かなかったが、よく見ればベティも傷だらけだった。 「組織のアジトの一つよ。監禁なんてご丁寧な事はしてなかったけどネ」 倉庫にがらくたと共に打ち捨てられていたのを拾っただけだ、と覇気の無い声で返答した。 治癒を始めたアメリアを確認するように眺めると、ふらりと向きを変える。 「あ、待って下さい。ベティさんも治療を・・・!」 手を止める訳にもいかず、声をかけたがベティは振り返らずに姿を消した。 「ベティさん・・・」 「追うな」 後ろ姿を見送って、 ゼルガディスが呟いた。 「あいつ自身にしかどうにもできない事だ」 ただ、その背中が、 思い詰めたような気配を漂わせているのだけが気になった。 目覚めたら逆に厄介だとゼルガディスが主張し、 治療を最低限施すと、男を背負ってショコラの家に届けた。 「ディノ!」 開口一番叫んだ言葉で、やっと彼の名前を知る。 「歩ける程度には回復させてある。意識が戻ったら早々に街を出ることだな」 ゼルガディスの言葉にショコラが身を竦めた。 「逃げて・・・きたんですか?」 「恐らく」 ショコラが怯えを静めるように膝上の拳を握り締めたが、震えは止まらなかった。 「ディノを待ったのは、それなりの覚悟があっての事だろう。それとも一人で逃げるか?」 「そんな!!」 反射的に顔を上げ、叫ぶ。 「そんな事・・・」 が、その後の言葉はしぼみ、それ以上続かなかった。 「・・・・・・」 その様子を眺めていたアメリアは、傍観者のように沈黙を保っていた。 普段ならこのような場合、自分は徹底してショコラの味方についただろう。 それができないのは、 今この場に居ない、ベティの為だった。 ベティはきっと、姿を現さないままこの街から消えるつもりで、 その心境を推し量ると、無条件でショコラを庇う気には、 ――どうしても、なれなかった。 「・・・メリア」 名前の断片が聞こえて、ようやく呼ばれていたと気付いた。 顔を上げると、既にゼルガディスが扉に向かっている。 外に出ようとしているのは、恐らくこれ以上はもう関わらないと決めたのだろう。 「・・・・・・」 仕方なく後をついて、出ようとした時、 ざわめくような悪寒に包まれた。 「・・・ゼルガディスさん」 扉のノブに手をかけたまま、ゼルガディスが静止している。 瞑目しているのは気配を読み取ろうとしている為だろう。 目を開けて、普段と変わらない口調で呟く。 「囲まれているな」 背後でショコラが息を呑んだ。 青ざめる彼女を横目に、ゼルガディスが視線を移したのはアメリアの方だった。 「とりあえず出るぞ。ここにいても始まらん」 「ゼルガディスさ・・・」 「その後で、お前がどうしたいか決めろ」 今回はそれに付き合うと、彼は一言付け加えた。 月明かりしかなくとも、人影はよく見えた。 家を取り囲むような配置に居るのは、よくよく数を揃えての事だろう。 「・・・周囲の人達に害が及ばなければいいんですが」 居住地区なのを懸念してアメリアが呟いたが、ゼルガディスは首を横に振った。 「この辺りじゃ珍しくもない事だ。心配しなくても誰も出ては来ない」 で、どうするか決まったのかと続けて問われ、 「彼女を全面的に支援する心持ちにはなれませんが、見て見ぬふりをする後味の悪い事をしたくありません」 「少々回りくどいが承知した。さっさと掃討して帰るぞ」 「それには同感です」 気が乗らないまま詠唱体勢に入ろうとした矢先、人影がざわめいたのにふと動作を止めた。 多くの視線が建物の上の一点にそそがれていた。 満月に落ちる影。 何処かで見たような、逞しい体格だった。 そのシルエットが何故か、人家の屋根で仁王立ちしている。 「はぁっ!!」 十分に人目を引き付けた所で裂帛の気合と共に飛翔し、影が地に降り立った。 月光に照らされ、姿が見えた。 それは、 ビビッドピンクを全面に押し出した派手な衣装と、 仮面舞踏会のようなマスクを装着した、 ――オカマ以外の何者でもなかった。 「悪ある所に我があり! 月が無くてもビューティハニーがお仕置きヨ!!」 レオタードでなく全身タイツだったのは時間がなかったのか見つからなかったのか。 とりあえず前者だったら直視はできないだろうと余計な事を考える。 呆然と突っ立ったままの2人をよそに、ベテ・・・ビューティハニーが颯爽と悪漢達に躍りかかかった。 「・・・・・・・・・で、何だ。乗り気になったのか」 唐突に拳を打ち合わせたアメリアを横目に見て、ゼルガディスが疲れ気味に呟いた。 「あの人が決断したのなら、私は心置きなく手伝えます」 ディノを助け出して、 今この場で2人を守ろうとしているのは、 己が予想だにしないベティの潔さと強さだった。 震える程、感動した。 「付き合ってくれるんでしたよね?」 にんまり笑って、振り返る。 「仕方ない、口にした事だ」 一度納めた剣を又抜いて、片手で男を振り回しているベティに加勢すべく走り出した。 小半時も、かからなかった。 その場に昏倒した者以外はほうほうの体で逃げ出し、辺りはすっかり静かになった。 さすがに全力疾走の如く暴れ回ったベティは肩で息をしていたが。 息を整えてふと後ろを振り返ると、家から恐る恐る出てきた2人と目が合った。 まだ足元がふらついているディノと、それを支えるように寄り添うショコラと。 瞠目したようにこちらを見つめていた。 どうして、とディノが呟いた。 理由を教えて欲しいのはこちらの方だ。 つかつかと歩み寄って、真正面に立った。 アメリアとゼルガディスが、脇で固唾を呑んで見守っている。 見守ってくれてはいるが―― 「・・・・・・・・・あ、もう駄目、我慢できない」 この一度だけはどうか許して欲しいと、理不尽ながら神に祈った。 「ハニーークラーーーーーッシュ!!」 鈍い音を立てて手刀がディノの眉間に落ち、 数秒の後、どさりと地に倒れる音がして、 ショコラとアメリアが同時に悲鳴を上げた。 ディノを寝かせた寝台の前に、先程と同じように座り込んで、 ぼんやりと何を見るともなく過ごしていたら、不意に風が吹き込んだ。 「お待たセ。氷・・・貰ってきたから」 衣装を普段着に変えたベティが、昔と変わらない足取りで部屋に入ってくる。 慣れた手つきで氷嚢を作ると、未だ目を覚まさないディノの額に乗せた。 ショコラがもう一脚椅子を出して勧めると、しばし迷った気配を見せてから腰を下ろす。 「その・・・ゴメンなさいネ・・・いきなり・・・」 いかに我慢できなかったとはいえ、己の手刀は脳震盪を起こさせるのに十分過ぎる衝撃だった。 「・・・いいの、私こそ。ベティちゃん、助けてくれて・・・ありがとう」 懐かしい、声だった。 昔と同じ、優しさだった。 引きずりこまれそうな感覚に一瞬揺らいで、 拳を痛い程握り締めて、理性を保った。 「弱い男ばっかりだけど、組織は執念深いからネ。彼が目覚めたら、今度こそ街を出るのヨ」 もう、私は、面倒見ないから。 最後の言葉は、どうしても出なかった。 「・・・ベティちゃん、その」 どうしてここに現れたのか。 何故事情を知っていたのか。 聞きたくても聞けないでいる様子は昔と寸分変わらなかった。 それをどこか客観的に眺めているのは、やはり己が変わったからなのか。 「ショコラちゃん・・・できれば、そのままで。こっちを向かないで聞いて」 寝台でぐったりと横たわっているディノを見つめる。 痩せぎすで、どう見ても不誠実で男前とは言えなくて、 ひどい男だと、最初は思った。 「ワタシはディノを・・・助けに行ったんじゃないの。二度とショコラちゃんの前に現れないよう、叩きのめすつもりだった」 昔と、同じように。 息を呑む気配を感じたが、ベティは視線を変えなかった。 「何処かで奴らに見つかったんでしょうね。倉庫の一角でボロボロになってた彼を見つけたの」 引きずり出して、息がある事を確かめて、 決別だけ告げてそのまま打ち捨てるつもりだった。 なのに、 『ショコラは自分が連れて帰る』と、その一言で、 どこにそんな力があったのか彼は掴みかかってきた。 元より膂力の差は有り過ぎて、軽くひねって終わらせたが。 それでも諦めずに、足元に組み付いて哀願してきたのだ。 『ショコラだけは奪わないでくれ』と。 「アタシに殴られても脅されてもショコラちゃんだけは渡さないって」 満身創痍の身で土下座までしてショコラを失う事を拒んで。 それに動揺して手を止めた時点で、負けを悟った。 「・・・彼、ね。あなたが組織の輩に盗まれた大事な物を、取り返しに行ったんだって」 「・・・・・・え?」 差し出された手に、銀の指輪が載っていた。 「これ・・・」 掴もうとした瞬間、ベティの手が閉じられて引っ込む。 「冗談じゃないワ、人があげた物が原因で一騒動起きるなんて。後味が悪いから返してもらう」 握り締めると指輪がみしりと悲鳴を上げたが、力を緩める事ができなかった。 「ベティちゃん・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」 冗談めかして渡した昔の指輪を、後生大事に今も持っていたショコラと。 誰からの物なのか知っていて、それでも取り返しに自分から出向いたディノと。 2人とも、どうしようもない馬鹿で、 情けない程弱くて、それ故に離れられなくて、 入り込む隙間など寸分もない事を知った。 それで、すべてだった。 「・・・・・・・・・」 形の崩れた氷嚢が、ディノの額から滑り落ちた。 「氷、足りなかったみたいね。もう一度貰ってくるワ」 ショコラが二の句を告げる前に、するりと立って扉に向かう。 半身を扉の外に出した所で、首だけ振り返った。 椅子に座った姿勢のままの彼女が、席を立つ様子はない。 ――それで、いい。 「ショコラちゃん」 「え?」 「・・・ううん、何でもない。じゃ・・・」 戸惑った表情の彼女に、精一杯の笑顔を浮かべた、つもりだった。 決別を言葉にして告げないのは卑怯なのかもしれない。 でも期待は残さない。 貴女への最後の愛と思いやりを込めて。 さよなら。 どうかしあわせに。 心の中で呟いて、扉を閉めた。 はじまってしまったものが、 ――終わっていった。 |
17905 | Bittersweet 2 | 水晶さな | 2006/11/19 22:24:10 |
記事番号17903へのコメント 日が暮れるまで市場で粘ったものの収穫もなく、帰路につくゼルガディスの足取りは重かった。 ベティに相手を任せたとはいえ、置いていかれたアメリアの機嫌はさぞ悪かろう。 ――が、予想に反し、戻った部屋でアメリアはこちらを振り返りもしなかった。 開け放した窓もそのままに、灯りもつけずに呆然自失の態で座っている。 「おい、アメリア?」 呼び掛けると、やっと気付いたようにこちらを向いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・お帰り、なさい」 どこか上の空で答える娘に、ゼルガディスが眉をひそめる。 「どうした、ベティと一緒じゃなかったのか」 そういえば、通り過ぎた食堂にもベティの姿は見なかった。 「・・・けじめをつけに行きました」 「は?」 「気付いてしまって、知ってしまって、居ても立ってもいられなくなったそうです」 「・・・何が?」 要領を得ない回答を訝しく思いつつ、ゼルガディスが開け放された窓を閉めた。 夜ともなれば涼風どころか寒気が流れ込んでくる。 「――私、友人が目の前で苦しんでいた、のに、何も、できなかった・・・」 灯りをつけてから振り返ると、椅子に腰掛けたままのアメリアが顔を覆っていた。 「ベティの事、なんだな?」 切迫した事態を感じ取ったのか、ゼルガディスが正面にかがみこんだ。 「泣いてないで話してみろ。何ができるかも分からんだろう」 努めて落ち着いた声音で話し、宥めるように肩に触れる。 時に純粋過ぎるこの娘は、他人が傷付く事で己も同じ傷を負う事がある。 それを強いて改めさせる気もないし、咎める気もない。 「・・・ベティさん、が」 嗚咽を飲み込んで口を開きかけた矢先、ノックの音が響いてアメリアが身を竦める。 ゼルガディスが反射的に立ち上がると、遠慮がちに訪問を告げる声があった。 沈みがちだったが、紛れも無くベティの声だった。 アメリアが慌てて目元をぬぐい、席を立って扉を開けた。 「・・・・・・え?」 扉の向こうにいた相手を見て、アメリアが思わず青ざめる。 ベティの肩には、満身創痍の青年が乗せられていた。 「アメリアちゃんにこんな事、お願いするのは筋違いって分かってたんだけど・・・」 頼れるのがここしかないと、すまなそうに頭を下げる。 「手当て、してあげて欲しいの」 アメリアの返事を待たずに、ベッドに怪我人を下ろした。 「それは・・・構いませんが・・・」 戸惑いつつも、アメリアが心中で胸を撫で下ろした。 懸念していたのは、怪我を負わせたのがベティではないかと疑っていた事で、 治癒を頼まれたからにはその可能性は低いのだろうと、期待を込めて推測する。 「・・・こいつが、ショコラの男か」 見下ろしたゼルガディスが呟いた。 「引きずり出したんじゃなさそうだな。監禁でもされてたか」 ベティに視線を改めて移して、アメリアが目を見張る。 怪我人に気を取られていて気付かなかったが、よく見ればベティも傷だらけだった。 「組織のアジトの一つよ。監禁なんてご丁寧な事はしてなかったけどネ」 倉庫にがらくたと共に打ち捨てられていたのを拾っただけだ、と覇気の無い声で返答した。 治癒を始めたアメリアを確認するように眺めると、ふらりと向きを変える。 「あ、待って下さい。ベティさんも治療を・・・!」 手を止める訳にもいかず、声をかけたがベティは振り返らずに姿を消した。 「ベティさん・・・」 「追うな」 後ろ姿を見送って、 ゼルガディスが呟いた。 「あいつ自身にしかどうにもできない事だ」 ただ、その背中が、 思い詰めたような気配を漂わせているのだけが気になった。 目覚めたら逆に厄介だとゼルガディスが主張し、 治療を最低限施すと、男を背負ってショコラの家に届けた。 「ディノ!」 開口一番叫んだ言葉で、やっと彼の名前を知る。 「歩ける程度には回復させてある。意識が戻ったら早々に街を出ることだな」 ゼルガディスの言葉にショコラが身を竦めた。 「逃げて・・・きたんですか?」 「恐らく」 ショコラが怯えを静めるように膝上の拳を握り締めたが、震えは止まらなかった。 「ディノを待ったのは、それなりの覚悟があっての事だろう。それとも一人で逃げるか?」 「そんな!!」 反射的に顔を上げ、叫ぶ。 「そんな事・・・」 が、その後の言葉はしぼみ、それ以上続かなかった。 「・・・・・・」 その様子を眺めていたアメリアは、傍観者のように沈黙を保っていた。 普段ならこのような場合、自分は徹底してショコラの味方についただろう。 それができないのは、 今この場に居ない、ベティの為だった。 ベティはきっと、姿を現さないままこの街から消えるつもりで、 その心境を推し量ると、無条件でショコラを庇う気には、 ――どうしても、なれなかった。 「・・・メリア」 名前の断片が聞こえて、ようやく呼ばれていたと気付いた。 顔を上げると、既にゼルガディスが扉に向かっている。 外に出ようとしているのは、恐らくこれ以上はもう関わらないと決めたのだろう。 「・・・・・・」 仕方なく後をついて、出ようとした時、 ざわめくような悪寒に包まれた。 「・・・ゼルガディスさん」 扉のノブに手をかけたまま、ゼルガディスが静止している。 瞑目しているのは気配を読み取ろうとしている為だろう。 目を開けて、普段と変わらない口調で呟く。 「囲まれているな」 背後でショコラが息を呑んだ。 青ざめる彼女を横目に、ゼルガディスが視線を移したのはアメリアの方だった。 「とりあえず出るぞ。ここにいても始まらん」 「ゼルガディスさ・・・」 「その後で、お前がどうしたいか決めろ」 今回はそれに付き合うと、彼は一言付け加えた。 月明かりしかなくとも、人影はよく見えた。 家を取り囲むような配置に居るのは、よくよく数を揃えての事だろう。 「・・・周囲の人達に害が及ばなければいいんですが」 居住地区なのを懸念してアメリアが呟いたが、ゼルガディスは首を横に振った。 「この辺りじゃ珍しくもない事だ。心配しなくても誰も出ては来ない」 で、どうするか決まったのかと続けて問われ、 「彼女を全面的に支援する心持ちにはなれませんが、見て見ぬふりをする後味の悪い事をしたくありません」 「少々回りくどいが承知した。さっさと掃討して帰るぞ」 「それには同感です」 気が乗らないまま詠唱体勢に入ろうとした矢先、人影がざわめいたのにふと動作を止めた。 多くの視線が建物の上の一点にそそがれていた。 満月に落ちる影。 何処かで見たような、逞しい体格だった。 そのシルエットが何故か、人家の屋根で仁王立ちしている。 「はぁっ!!」 十分に人目を引き付けた所で裂帛の気合と共に飛翔し、影が地に降り立った。 月光に照らされ、姿が見えた。 それは、 ビビッドピンクを全面に押し出した派手な衣装と、 仮面舞踏会のようなマスクを装着した、 ――オカマ以外の何者でもなかった。 「悪ある所に我があり! 月が無くてもビューティハニーがお仕置きヨ!!」 レオタードでなく全身タイツだったのは時間がなかったのか見つからなかったのか。 とりあえず前者だったら直視はできないだろうと余計な事を考える。 呆然と突っ立ったままの2人をよそに、ベテ・・・ビューティハニーが颯爽と悪漢達に躍りかかかった。 「・・・・・・・・・で、何だ。乗り気になったのか」 唐突に拳を打ち合わせたアメリアを横目に見て、ゼルガディスが疲れ気味に呟いた。 「あの人が決断したのなら、私は心置きなく手伝えます」 ディノを助け出して、 今この場で2人を守ろうとしているのは、 己が予想だにしないベティの潔さと強さだった。 震える程、感動した。 「付き合ってくれるんでしたよね?」 にんまり笑って、振り返る。 「仕方ない、口にした事だ」 一度納めた剣を又抜いて、片手で男を振り回しているベティに加勢すべく走り出した。 小半時も、かからなかった。 その場に昏倒した者以外はほうほうの体で逃げ出し、辺りはすっかり静かになった。 さすがに全力疾走の如く暴れ回ったベティは肩で息をしていたが。 息を整えてふと後ろを振り返ると、家から恐る恐る出てきた2人と目が合った。 まだ足元がふらついているディノと、それを支えるように寄り添うショコラと。 瞠目したようにこちらを見つめていた。 どうして、とディノが呟いた。 理由を教えて欲しいのはこちらの方だ。 つかつかと歩み寄って、真正面に立った。 アメリアとゼルガディスが、脇で固唾を呑んで見守っている。 見守ってくれてはいるが―― 「・・・・・・・・・あ、もう駄目、我慢できない」 この一度だけはどうか許して欲しいと、理不尽ながら神に祈った。 「ハニーークラーーーーーッシュ!!」 鈍い音を立てて手刀がディノの眉間に落ち、 数秒の後、どさりと地に倒れる音がして、 ショコラとアメリアが同時に悲鳴を上げた。 ディノを寝かせた寝台の前に、先程と同じように座り込んで、 ぼんやりと何を見るともなく過ごしていたら、不意に風が吹き込んだ。 「お待たセ。氷・・・貰ってきたから」 衣装を普段着に変えたベティが、昔と変わらない足取りで部屋に入ってくる。 慣れた手つきで氷嚢を作ると、未だ目を覚まさないディノの額に乗せた。 ショコラがもう一脚椅子を出して勧めると、しばし迷った気配を見せてから腰を下ろす。 「その・・・ゴメンなさいネ・・・いきなり・・・」 いかに我慢できなかったとはいえ、己の手刀は脳震盪を起こさせるのに十分過ぎる衝撃だった。 「・・・いいの、私こそ。ベティちゃん、助けてくれて・・・ありがとう」 懐かしい、声だった。 昔と同じ、優しさだった。 引きずりこまれそうな感覚に一瞬揺らいで、 拳を痛い程握り締めて、理性を保った。 「弱い男ばっかりだけど、組織は執念深いからネ。彼が目覚めたら、今度こそ街を出るのヨ」 もう、私は、面倒見ないから。 最後の言葉は、どうしても出なかった。 「・・・ベティちゃん、その」 どうしてここに現れたのか。 何故事情を知っていたのか。 聞きたくても聞けないでいる様子は昔と寸分変わらなかった。 それをどこか客観的に眺めているのは、やはり己が変わったからなのか。 「ショコラちゃん・・・できれば、そのままで。こっちを向かないで聞いて」 寝台でぐったりと横たわっているディノを見つめる。 痩せぎすで、どう見ても不誠実で男前とは言えなくて、 ひどい男だと、最初は思った。 「ワタシはディノを・・・助けに行ったんじゃないの。二度とショコラちゃんの前に現れないよう、叩きのめすつもりだった」 昔と、同じように。 息を呑む気配を感じたが、ベティは視線を変えなかった。 「何処かで奴らに見つかったんでしょうね。倉庫の一角でボロボロになってた彼を見つけたの」 引きずり出して、息がある事を確かめて、 決別だけ告げてそのまま打ち捨てるつもりだった。 なのに、 『ショコラは自分が連れて帰る』と、その一言で、 どこにそんな力があったのか彼は掴みかかってきた。 元より膂力の差は有り過ぎて、軽くひねって終わらせたが。 それでも諦めずに、足元に組み付いて哀願してきたのだ。 『ショコラだけは奪わないでくれ』と。 「アタシに殴られても脅されてもショコラちゃんだけは渡さないって」 満身創痍の身で土下座までしてショコラを失う事を拒んで。 それに動揺して手を止めた時点で、負けを悟った。 「・・・彼、ね。あなたが組織の輩に盗まれた大事な物を、取り返しに行ったんだって」 「・・・・・・え?」 差し出された手に、銀の指輪が載っていた。 「これ・・・」 掴もうとした瞬間、ベティの手が閉じられて引っ込む。 「冗談じゃないワ、人があげた物が原因で一騒動起きるなんて。後味が悪いから返してもらう」 握り締めると指輪がみしりと悲鳴を上げたが、力を緩める事ができなかった。 「ベティちゃん・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」 冗談めかして渡した昔の指輪を、後生大事に今も持っていたショコラと。 誰からの物なのか知っていて、それでも取り返しに自分から出向いたディノと。 2人とも、どうしようもない馬鹿で、 情けない程弱くて、それ故に離れられなくて、 入り込む隙間など寸分もない事を知った。 それで、すべてだった。 「・・・・・・・・・」 形の崩れた氷嚢が、ディノの額から滑り落ちた。 「氷、足りなかったみたいね。もう一度貰ってくるワ」 ショコラが二の句を告げる前に、するりと立って扉に向かう。 半身を扉の外に出した所で、首だけ振り返った。 椅子に座った姿勢のままの彼女が、席を立つ様子はない。 ――それで、いい。 「ショコラちゃん」 「え?」 「・・・ううん、何でもない。じゃ・・・」 戸惑った表情の彼女に、精一杯の笑顔を浮かべた、つもりだった。 決別を言葉にして告げないのは卑怯なのかもしれない。 でも期待は残さない。 貴女への最後の愛と思いやりを込めて。 さよなら。 どうかしあわせに。 心の中で呟いて、扉を閉めた。 はじまってしまったものが、 ――終わっていった。 |
17906 | ↑すみません削除をお願い致します | 水晶さな | 2006/11/19 22:27:02 |
記事番号17905へのコメント 操作ミスで重複してしまいました。お手数ですが削除をお願い致します。 |
17907 | Bittersweet 3 | 水晶さな | 2006/11/19 22:29:00 |
記事番号17903へのコメント 直に夜が明けるという頃合なのに、アメリアは部屋に戻っていなかった。 食堂でコーヒーを飲む姿は、どうみても自分を待っていたように見える。 「寝なかったの?」 「目が冴えちゃいました」 心配げな表情をなるたけ表に出さないように努めてはいるが、どうにも隠しきれていない。 その優しさにふと笑みが漏れて、 もう少しだけ甘える事にした。 「お願いがあるの、これが最後。ワタシの代わりに氷を届けてくれない?」 目をしばたたかせたアメリアが、すっと眉根を寄せた。 「・・・ベティさん。このまま、行くつもりですか?」 相変わらずこの娘は聡いと、感心しながらも溜息をついた。 「本当にこのまま、行くつもりなんですか?」 納得のいかない感情を露に、尚も言い募る彼女をそっと片手で制した。 「アメリアちゃん、もういいノ」 むしろさっぱりしたような表情を浮かべて、軽い口調で答える。 「ワタシはショコラちゃんを誰よりも大切にできるけど、ショコラちゃんはそれを望んでないのヨ」 こればかりは。 こればっかりは、どうしようもない。 「想いが届かないのは確かに辛いけど、それでもショコラちゃんを嫌いになれないの」 「・・・・・・」 アメリアが口を開くが、言葉は出ない。 「だから後は、願うだけよ。彼女がしあわせである事を」 疼くような痛みは簡単には消えないだろうけど、 いつかきっと、時と共に癒えていく。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ベテ・・・さん」 声色が変わったのに気付いて覗き込んで、驚いた。 「ちょっと、アメリアちゃん・・・アナタが泣く必要なんてないのヨ? 目が腫れちゃうじゃ」 「私が、余計な事、言ったばか、りに」 ああ、このやさしい子は、 自らの一言が発端になったと思い込み、悔やんでいるのか。 「違うわよアメリアちゃん。それは違う。もう既にはじまっていた事なの」 ただ、それに気付かないふりをしていただけ。 こうなる事が薄々分かっていたから、長い長い遠回りをしていただけ。 「いつまでもためらってたワタシを、踏み出させてくれたのヨ。感謝こそすれ、怒ったりなんかするもんですか」 自分の為にやきもきして、泣いてさえくれたのに。 「ありがとう、ネ」 宥めるように背を抱くと、縋り付いて嗚咽をあげはじめた。 背中をさすっている内に、何故か目頭が熱くなるのを止められなかった。 泣く事など何年も忘れていた。 大人になれば簡単には泣いてはならないと思っていた。 でも今なら、許される気がした。 アメリアの嗚咽に、誘発されるように喉の奥から声が漏れた。 子供のように二人で泣きじゃくった。 いたくて、つらくて、やるせなくて、 それでもわたしの為に泣いてくれたあなたがいた。 しあわせ、だった。 氷を取りに行ったにしては戻りが遅く、 ショコラが落ち着かない様子を見せ始めた時にようやく扉が叩かれた。 「ベテ・・・」 呼び掛けた声が途切れる。 氷を持って現れたのは、ベティでなくアメリアだった。 何故か泣き腫らしたように目元を赤くしている。 「代わりに持ってきました。すみません遅くなりまして」 「あの・・・」 「ベティさんは戻ってきませんよ」 ショコラの声を遮るように続ける。 「もう、船に乗りました」 言葉の意味が分からなくて、しばし戸惑った。 その意味を理解して、息を呑んで。 最後に振り返った笑みが、 別離だった事を悟る。 「そんな・・・そんな事一言も!」 駆け出そうとして、できない事に気が付いた。 いつの間にか意識を取り戻したディノが、自分の腕を掴んでいた。 「行くな」 哀願にも似た、声。 「頼む・・・行くな」 「・・・ディノ」 「彼の、言う通りです」 言葉が辛辣にならないよう努めるのは苦労した。 「酷な事を言いますが、迷わないで下さい。ここで貴女が迷ったり、自分の事を責めたりしたら」 声が震えそうになるのを堪えて、 「ベティさんは何の為に身を引いたんですか」 「・・・・・・・・・」 「あの人が決断した事に、理由を付けてあげて下さい。すべては・・・」 すべては、貴女のしあわせの為だったと。 言い切って、堪えていたものが溢れて、 ぼろぼろと涙が溢れた。 「・・・・・・・・・」 しばらく放心していたショコラが、やがて膝を折って床にへたりこみ、 声もなく、静かに、 静かに――泣きくずれた。 遠くで、出航を知らせる汽笛が響き渡った。 朝焼けの残る空に、銀色の光が放物線を描いた。 放り投げた持ち主の手には戻らずに、瑠璃色の海に吸い込まれる。 一瞬だけ水飛沫をあげて消えた指輪を、船の縁から見送った。 「おや、大事そうに眺めてたのに・・・捨てたのかい?」 往路でも世話になった船乗りが驚いて声をかける。 「やぁね、捨てたんじゃないわ。人魚姫にあげたのヨ」 そう答えると船乗りは奇妙な顔をして固まった。 「オカマがロマンティックで悪い?」 ウインクして、笑ってやった。 はじまってしまったものが、ようやく終わった。 乗り越えてみれば悪くない心地だった。 それはとても苦痛を伴ったけど、 わたしの選んだ決断に、どうか意味がありますように。 あなたがしあわせでありますように。 それにしても潮風が目に沁みる。 言い訳して、そっと目頭を押さえた。 |
17921 | Re:はじめましてv | 。。。 | 2006/12/13 20:35:08 |
記事番号17907へのコメント 初めまして コンバンワ 此度は、水晶さなサンの素晴らしい小説を読ませてもらい 感動の極みでゴザイマス 動作の細かな描写 内容の深さ 心情の書き表し方 物語の展開の仕方等 どれもこれも素晴らしい技術で 大変勉強になります イヤイヤ、謙遜なさいますな 本当のことだから爺は言うのですぞ(誰 本当に考えさせてくれる内容で・・・ ・・私オカマって何かを悟ってるとかねがね思ってたンですょ 将来の夢の中の一つに「オカマバーに行く事」がありますからね あ 引かないで下さい 大丈夫デスよ 普通の人です(ニッコリ 何だか脱線してしまいましたが、これからも頑張って下さい 応援してます |
17923 | 有り難うございます | 水晶さな | 2006/12/18 22:08:52 |
記事番号17921へのコメント 初めまして、水晶さなです。 コメントありがとうございます(^^) オリキャラメインでご感想頂けるのは本当有り難くて恐縮です。 今回ゼルガディスもアメリアも第三者の役割でしたから・・・。 というか、オカマが主役でも読者の方が寛容なのに一番驚いています(笑) オカマの方達からは偏見だと言われそうですが、「ベティ」を通して私がイメージするのは深い優しさと潔さです。人として見習わなきゃいけない所も多くあると思います。 あ、大丈夫ですよオカマバーには私も行きたいと思ってます(まだ実現していませんが)。もし行ったらより肌身に近いベティが書けるかなぁと。 ・・・いえ、ベティばかり取り上げるつもりはないのですが。 応援有り難うございます。 スローペースで書いておりますが、又お付き合い頂けると嬉しいです。 コメントありがとうございました。 |