◆−クライング・ゲーム−ひな(8/13-00:31)No.2023
 ┣続きを書いて!−葉夢(8/13-05:22)No.2025
 ┃┗どうもこんにちは−ひな(8/14-13:26)No.2039
 ┣クライング・ゲーム(つづき)−ひな(8/14-13:06)No.2037
 ┣クライング・ゲーム(つづきその2)−ひな(8/15-00:44)No.2040
 ┃┗二度目の感想です♪−葉夢(8/16-02:06)No.2042
 ┃ ┗つづきはもうちょっと…−ひな(8/16-13:49)No.2052
 ┣クライング・ゲーム(つづきその3)−ひな(8/17-01:09)No.2053
 ┃┗三度目♪−葉夢(8/17-04:18)No.2054
 ┃ ┗三度目のレス♪−ひな(8/17-12:13)No.2056
 ┣クライング・ゲーム(つづきその4)−ひな(8/18-03:22)No.2061
 ┃┗しつこいかもしれないけど四回目……−葉夢(8/18-05:40)No.2063
 ┃ ┗よもやこんなに長くなるとは−ひな(8/19-23:40)No.2079
 ┣クライング・ゲーム(つづきその5、あるいは終章)−ひな(8/19-15:47)No.2078
 ┃┣エース、あんたって・・・−P.I(8/20-01:40)No.2080
 ┃┃┗頑固者なんです。−ひな(8/21-15:42)No.2091
 ┃┗終わり、なんですよね?−葉夢(8/21-06:24)No.2088
 ┃ ┗おまけ、あります。−ひな(8/21-15:52)No.2092
 ┣クライング・ゲーム(つづきその6、またはおまけ)−ひな(8/21-15:31)No.2090
 ┃┣終わってなかったんですね……−葉夢(8/22-07:27)No.2095
 ┃┗お疲れさまでした!−P.I(8/24-01:28)No.2100
 ┣イン・ザ・スープ(前編)−ひな(8/27-02:49)No.2110
 ┃┣また読んじゃいました−葉夢(8/30-04:47)No.2132
 ┃┗はじめまして−昂也(8/31-03:19)No.2139
 ┗イン・ザ・スープ(中編)−ひな(9/2-17:46)No.2150
  ┗Re:イン・ザ・スープ(中編)−響(9/7-22:20)No.2181


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2023クライング・ゲームひな 8/13-00:31


こんにちは。ひなです。
ガウリナっぽいです。また、しょーもない話です。
タイトルは、同名の映画からいただきました。



『クライング・ゲーム』




リナとはじめて会ったとき、オレは21歳だった。あれから約3年が経って、オレはもうすぐ25歳に
なろうとしている。
25歳といえば、もう所帯を持っていてもおかしくない年だ。先月この街に来たときも、昔の知り合
いがちゃんと嫁さんを貰って、育ち盛りの子供を2、3人抱えているのにえらく驚いた。
海沿いの小さなこの街は、リナと出会う以前に、しばらくオレが滞在していた街だ。当時、オレは
傭兵として働いていた。戦っているか、剣の稽古をしているか、あとは酒を飲んでいたり女を引っ
かけてたりしてた記憶しかないが、それでも知り合いは結構いた。傭兵仲間だから、ほとんどが酒
や女やドラッグに溺れて悪党を気取ることに一生懸命な奴ばっかりだった。そのわりに結構純情
で、惚れた女に子供が出来るとすぐに結婚して、真面目に働いていいパパになってしまったりする。
オレもそのうちの何人かと再会したが、顔を合わせるなり「いつまでもフラフラしとったらあかんで
え」みたいな説教をされた。要するに単純なのだ。
だが、みんな嫁さんの尻に敷かれ、文句を言いながらも、それなりに幸せそうに暮らしている。
流れのままに、安住の地を見つけ出し、ささやかな幸福を手にしている。
みんな、大人になっているのだ。
たぶん、オレ以外は。

どうしてだろう?
それがオレの性だから?
おそらく違う。それは、オレの性ではない。




太陽の光が、惜しげもなく白い浜辺にふりそそぐ。時折、海からの柔らかい風がヤシの葉を
揺らす。どこまでも青い海が、白い波間が、きらきらと照り輝く。
闖入者がやってきたのは、そんな午後のことだった。


「ブラウンの長い髪をした、小柄な女魔道士を知らないか?」
宿屋の食堂でオレに声をかけてきたのは、20代半ばくらいの、意志的な瞳を持つ青年だった。
浅黒い肌と短く刈った不揃いの黒髪が精悍な印象を与えている。彫りの深い、なかなかの美丈夫
だ。あっさりとした、仕立てのいい服を着ている。どうやら傭兵ではないらしい。
「リナのことか? 胸のちっちゃい?」
「そう、そのリナ=インバースだ。ここにいると聞いてきたんだが、あんた、彼女を知っているのか?」
「オレの連れだ」
「……連れ? リナの?」
男はオレの顔をまじまじと見つめて、複雑な微笑を浮かべた。リナのことを馴れ馴れしく話すのが
カンにさわって、オレはやや固い声で言った。
「仕事の依頼だったら、帰ったほうがいいと思うぜ。ここには休養に来たんでね、仕事はしないって
言ってたから」
そう、オレが数年ぶりにこの街にやってきたのも、リナに休息が必要だと感じたからだった。「何も
考えるなよ」とオレはリナに言った。「気がすむまで、ここでゆっくりしていこうぜ」
その言葉どおり、リナとオレは特に何をするでもなく、日々を過ごしている。オレたちはデッキチェア
を持って海辺に行き、一日中本を読んだり、昼寝したり、泳いだり、サーフィンをしたりしている。日が
落ちるとビーチ・バーでトロピカル・カクテルを飲む。ちなみにオレの格好は、アロハシャツにハーフ
パンツ。毎日海で泳いでいるために、全身、こんがり小麦色に日焼けして、どっから見てもただの観
光客だ。
「そんなんじゃない、プライベートな用事だ」
男はにやっと笑った。何となく意味ありげな笑い方だった。
「ナンパだったらお断りだぞ」
オレがまじめに言った台詞を、男は涼しい顔で無視した。
「リナはどこにいる?」
「知らん」
素っ気無いオレの返事に、男は目を細めて、ふうん、と呟いた。
「ここに泊まってるんだろ?」
「そうだ」
「じゃあ、ここで待たせてもらうとするか」
そう言って、オレのテーブルの椅子に座る。
オレが何か言おうとしたとき。
「エース!?」
聞きなれた高い声に振り向くと、宿屋の戸口で、リナがびっくりしたような顔で男の顔を見つめていた。
「リナ! 久しぶりだな」
エースと呼ばれたその男は、にっこり笑って彼女に片手を上げてみせた。



「それにしても、リナは大きくなったよなあ」
夕焼けの光が射し込む、宿屋の食堂で、エースは上機嫌でぐりぐりとリナの頭を撫でている。テーブル
の上には、空になったピナ・コラーダのグラスがずらりと並べてある。
「そりゃ、大きくもなるわよ。4,5年会ってなかったんだから」
「あっという間だよな、4,5年なんて。オレはもうおっさんだぜ」
リナもくすぐったそうに笑いながら、エースとじゃれあっている。
自慢の髪を頭の上できゅっと束ねて、ピンク色のワンピースを着たリナは、さっきから笑顔を絶やさない。
機嫌が悪いのはオレだけだ。
この男は本名をエース・メリルといい、リナの故郷の幼なじみらしい。幼なじみというにはすこし年齢が
離れすぎているような気もするが、要するに親しい間柄だった、ということだろう。
エース・メリルはゼフィーリア国の官僚として働いているらしい。まだ若いが、重要な役職についている
ことはその口ぶりでわかった。
公平に見れば、エースは率直で、感じが良い男だった。ストレートで、まわりくどい言い方をせず、快活
に喋る。そこらへんがリナに似ている。
だが、オレはなんとなく居心地が悪く、イライラしていた。
どうしてだろう? なんだか、エースとリナのあいだに、微妙なムードが漂っているような気がする。
照れたように笑うリナの笑顔に、絡み合うふたりの眼差しに、ちょっとした仕草のひとつひとつに、ただ
の友人、という関係以上の感情の揺れが見えるような気がする。
酒のせい、あるいはオレの嫉妬心がそうさせるのだ、と自分に言い聞かせても、不安と猜疑が蛇のよう
に鎌首をもたげるのを、押しとどめることができない。
「じゃあ、オレはそろそろ寝るわ」
リナとエースの話が一息つき、座が静かになったときに、オレはそう言って立ち上がった。
「もう? 早いわね」
リナが小首をかしげる。エースは「ごゆっくり」と言ってオレに手をふった。オレはぎこちなく微笑んで
おやすみを言うと、二階へ上がった。
自分の部屋に戻り、オレは素早く窓を開け放った。窓枠に足をかけ、するすると窓を伝って庭に降りる。
身をかがめてそっと建物づたいに移動していく。リナたちが座っているテーブルが前方の窓越しに見えた。
オレは静かにそこに近寄っていく。
いままでに感じたことのないほど暗い感情が湧きあがってくる。こんなことはいますぐやめろ、とオレの一部
がかぼそく叫んでいるのが聞えるが、その声はあまりにも弱々しく、圧倒的な猜疑心につぶされてしまう。
いちおう、恋人同士、と呼んでさしつかえない関係なのに、オレときたら16,7のガキみたいにリナの動向を
うかがってばかりいる。
オレはいつからこんなに純情一直線になってしまったんだろうか。たった18の女の子のことで、こんなにう
ろたえて、怯えきって、パニックになって。もうすぐ25だというのに、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
……いかん、なんだか悲しくなってきた。
オレはぐちゃぐちゃになった頭のなかをカラッポにして、リナとエースの会話に耳をすませた。



つづく。


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2025続きを書いて!葉夢 E-mail 8/13-05:22
記事番号2023へのコメント

 なに、続く!?
 めっちゃ気になるっちゅ−ねんっ!
 続きはもちろん書くんでしょーね?

 しかしガウリイって、リナにほかの男性が現れると、こんなんになってしまうんですね〜。
 ただのクラゲじゃなかたってことか……
 そんなに心配しなくても大丈夫なのにね。
 でもやっぱり気になるのが男心ってやつなんでしょうね。
 私は女なのでよくはわかりませんが。

 とにかく、本当に気になるんで続き書いて下さい。
 頼みますから(涙)

 私もガウリナと呼べるべき小説があるので、よかったら読んでみて下さい。
 別に読まなくてもいいですけど……どーせ下手な文章ですし……

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2039どうもこんにちはひな 8/14-13:26
記事番号2025へのコメント

はじめまして、ひなと申します。
下のツリーにいらっしゃる方ですね。
この度は当ツリーに書き込んでいただいてどうもありがとうございます。

この小説では、ガウリイとリナはよーやく恋愛モードに入ったばかり……
という設定になってるので、お互いあんまりうまく立ち回れません。
ガウリイは不器用だし、リナもなんかふらふらしてるし(笑)
エースはけっこう曲者なんで、ガウリイにはがんばってもらいたいですね。

それでは、クライング・ゲーム(つづき)を読んでみてください。

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2037クライング・ゲーム(つづき)ひな 8/14-13:06
記事番号2023へのコメント

『クライング・ゲーム』つづきです。
一体これは誰にとっての「涙のゲーム」なんでしょうか?
わたしにもよくわかりません(笑)



*********************************



「男がいることぐらい、覚悟してたんだがなあ……」
ガウリイが去った後の、食堂の片隅で、エースは頭を掻きながら言った。
「まさか、あんなタイプだとは思わなかった」
その台詞に、リナはあたふたとうろたえた。
「ちょっ、ちょっと!」
「あれ? 違うのか? おまえの男だろう?」
きょとんとしたエースの言葉に、リナは首筋まで赤くなって反抗した。
「あ、あのねえ、そんなストレートな言い方しないでよ、もお。ガウリイは、その……男っていうか、
あの、保護者とか、そういう割合のほうが強いんだから」
「おいおい、何だよ、その頼りない台詞は」
エースはそう言って笑った。とても懐かしい笑い方だった。一点の曇りもなく明快で、とことん無
反省な笑顔。
こんなに陽気で、正直で、感じのいい男が、どうしてことさらに自分のことを可愛がってくれたのか、
子供の頃からリナには不思議でならなかった。
「でもさ、リナはもっと渋くてダンディで頭のいい男がタイプなんじゃなかったか? たとえば、俺み
たいな」
「いまでもタイプは変わってないわよ、あんたはともかくね。……でも、そうよね、初めてあいつに
会ったときには、絶対こんなのと旅なんかしたくないって思ってたのよ。それが3年もつづいてるん
だから、人生何が起こるかわかんないわ」
リナは笑い、エースもつりこまれるように笑った。笑いがおさまったとき、ふいにエースの顔が
真面目な表情に戻った。
「あのさ、ゼフィーリアには帰らないのか?」
リナはきょとん、とエースを見返した。エースはつづけた。
「いま、あんまり調子が良くないんだろう? そう顔に書いてあるぜ」
リナの瞳が戸惑いがちに揺れた。彼女が何か言うよりさきに、エースの腕が伸びて、彼女の頬を
手の甲で撫ぜた。
「すこし、やつれている」
リナはふと赤くなり(どうしてなのか自分でもよくわからないのだが)、慌てて早口に言い訳した。
「調子が悪いっていうわけじゃないのよ。ここんところちょっといろいろあって、すこし疲れているだけ」
「こらこら、俺に隠し事はないだろう、リナ」
エースは苦笑しながら、なだめるようにリナの目をのぞきこんだ。
「なあ、おまえはいま参っている。誰にでもそういう時期がある。それは仕方ない。けどさ、こんなところ
でくすぶってるのはあんまり良くないぜ。ここのビーチは静かで、綺麗で、バカンスには最適かもしれ
んが、いまのおまえのためにはなってない。袋小路に追い込まれるだけだ。それはおまえの瞳を見
ればわかる。ただでさえおまえはひとりで抱え込みすぎるっていうのに、このうえ余計なもんまで背負
い込んでしまいそうで心配だ」
ふと、リナはちいさくため息をついた。この男には、何もかもお見通しだ。
リナは人に助けを求めるということができない。そういう風に育てられたから、というわけではない。ただ、
彼女自身がそういうやり方を選んで生きてきただけの話だ。少なくともリナはそう思っていた。
ガウリイはときどきそのことについて愚痴をこぼす。もしリナが海で溺れるかどうかしたら、彼女は助けを
求めるより黙って死ぬほうを選ぶんじゃないか、と。どうしていつまで経っても俺を頼ってくれないんだ、と。
彼はそのことで少なからず傷ついているようにも思える。
だが、これは愛情や信頼の問題ではない、とリナは思っている。物心ついた頃から愛情に不足したという
覚えはないし、両親も姉も、彼女に充分な愛情を注いでくれた。誰かを信頼することも、愛することも出来る。
もちろんガウリイのことは誰よりも信頼している。
だが、もし彼に「大丈夫か?」と聞かれれば、リナはノーとは答えられないのだ。助けを求めることができない
のだ。
「だからさ、帰って来いよ。ゼフィーリアに。おまえが生まれ育った土地に。面倒な事や辛い事なんかは
ぜんぶ忘れて、親孝行して、なんでも好きなことをやれよ。いますぐじゃなくたっていい。ゼフィーリアは
おまえの土地だし、おまえはゼフィーリアの人間だ。そのことはおまえの顔の隅々に書いてある。歩き方を
見てもしゃべり方を見ても、ほら、そのすぐ眼を大きくする仕草にしても、そのことはみんなおまえの顔や
身体に書いてあるんだぜ。あの土地はおまえのためにあるんだ。だから急ぐ必要はない。だけど、みんな、
リナの帰りを楽しみにしている。ルナだってきっと喜ぶ。サンディや、ヒューや、ウィリーなんかも、ことある
ごとにリナの話ばかりしてるんだぜ。あんなにゴージャスでクールで過激な女の子はそういない、ってね」
「そうね、久しぶりに郷里に帰るのもいいわね」
「うん、しばらくしたら俺も郷里へ戻るし、何だったら、俺といっしょに帰らないか?」
「うーん……考えてみるわ。でも、そういえばあんたは何しにここに来たの?」
「おまえに会いにきた、と言いたいところだが、ここには公務で来たんだ」
エースはリナの頭をそっと撫でた。
「でも、ずっとおまえのことが気にかかっていた」
浅黒い肌につつまれた長い指で、やさしくリナの髪の毛を梳く。
「久しぶりに会えて、本当に嬉しい。おまえがとても綺麗になったんで、びっくりした」
リナはどう答えていいのかわからず、照れたような微笑みをかえした。
何の照れも迷いもないエースの正直さは、ときどきこうやってリナをどぎまぎさせる。だけど、それは決して
悪い気分ではない。
「……うん。あたしも嬉しい」
ようやくそれだけ答えると、エースは満足そうにリナの髪をくしゃっとかきまぜた。
「なあ、リナ、覚えてるか? 100年前、俺たちは恋人同士だった」
リナはくすくすと笑って、ばかね、と言った。
「ただの子供のままごとよ。あんただってそうでしょう?」
「でも、あれはあれで楽しかった」
エースはそっと眼を細めた。それは、心の奥深くに食い込むようなやさしい眼差しだった。
「もし俺があのときもっと若かったら、絶対おまえに恋をしてた。それも、運命的な恋だ。でも、ふつう18の男は
10歳の女の子に惚れたりしないからなあ。でも、それでよかった。そのほうが、おまえを可愛がってあげられた。
おまえをかばってやるために、俺は大急ぎで生まれてきたんだと思うよ」




リナが部屋に戻ってきたのは、夜更けになってからだった。
彼女はドアを開けるなり、きょとん、として小首をひねった。
「ガウリイ? 何やってんの、こんなとこで」
セミダブルベッドの上で、ごろんと大の字になっているガウリイは、力なく微笑んで、言った。
「よお、遅かったな」
「何をやってるのかって、聞いているのよ」
「いや、なんか、寝つけなくてさ」
「勝手にすれば」
リナは手早く服を脱ぐとネグリジェに着替え、さっとガウリイの脇に滑り込んだ。
彼がじっと暗い眼で彼女を見詰めていることにも気づかずに。
「……ずっと、エースと飲んでたのか?」
答えのわかっている質問を、リナに投げかける。平静を装うとしても、声がわずかに上ずっている。
先ほど盗み聞きしたエースとリナの会話が、ふたりの意味ありげな表情や仕草が、五感に焼きついて
離れない。
不安と猜疑はいまや胸内でおおきく膨れ上がり、押しとどめようがなくなっていた。
「あいつはもう帰ったのか?」
リナは答えない。眼と閉じてじっとしている。ガウリイの視線が彼女の柔らかな頬や鼻先や長い髪を
行き来する。
あんなにもエースがやさしく触れていた場所。どうしてリナが大人しくエースの仕草を受け入れていたのか、
ガウリイにはさっぱり理解できなかった。
押し寄せる不安をとどめようと、ガウリイはリナに話しかける。沈黙は否応無しにガウリイとリナの間に
隔たりをつくってしまうような気がした。
「あいつ、ここに滞在してるんだろう? また来るつもりなのか?」
「……ねえ、ガウリイ。あたし、眠いの。話しかけないで」
リナが眼を閉じたまま、ぽつりと呟いた。ガウリイはぐっと押し黙った。ふと、リナは思い出したように眼を
見開いて、彼をじっと見つめた。
「ガウリイは、郷里へ帰りたいと思わないの?」
ふいに沈黙が落ちた。
ガウリイは答えなかった。
リナも何も言わなかった。ただ彼に視線を注いでいた。長いような短いような沈黙の後、
「いや。別に」
とだけガウリイは言った。「そう……」とリナはつぶやくと、どことなくもの憂げな顔で、また眼を閉じた。
ガウリイは暗闇のなかで、身動きもせずその顔を見つめていた。
彼女が何を考えているのか、その顔から伺うことはできなかった。
そっと額に触れ、体をすり寄せても、彼女と自分が遠く離れたところにいるような気がした。
彼はため息をついた。ため息をついてどうにかなるというわけでもなかったが。



またつづく。

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2040クライング・ゲーム(つづきその2)ひな 8/15-00:44
記事番号2023へのコメント

あー。なんか収拾つかなくなってきた。
『クライング・ゲーム』つづきのつづきです。




******************************




ガウリイの危惧とは裏腹に、それから二週間は何事もなく時は流れた。
エースは三日に一度は顔を見せたが、仕事が忙しいらしく、いつも夕食を食べながら小一時間ほど
談笑すると、すぐに帰ってしまった。
リナとエースの間にも、以前ガウリイが感じたような意味深な態度は感じられなかった。
その二週間のあいだ、ガウリイとリナはビーチでココナッツオイルを背中に塗り合い、ゴザの上で
じゃれ合った。
ガウリイはリナにサーフィンを教え、リナは上手く波に乗るコツを覚えた。
二週間は穏やかに過ぎた。小麦色の肌にちいさなオリーブグリーンのビキニに身につけたリナは、
ぐっとくるくらい可愛かったし、ビーチは相変わらず完璧だった。
ようやくガウリイが、あの夜の出来事がただの気のせいだと思うようになったころ。
夕食の席で、ふとリナが席をはずしたとき、エースがこう言った。
「なあ、明日の昼に、会えないか」
ガウリイは眉をひそめた。
「何だ? 何か用なのか?」
「ああ。どうせ予定はないんだろう?」
「まあ、そうだが、オレに用があるのか? リナじゃなくて」
「そういうことだ。俺は『半月亭』ってとこに泊まってるから、昼くらいに来てくれ」
ガウリイはいぶかしげな顔をするのを見て、エースは笑った。
「そんな顔すんなって。襲ったりしないから、安心しろよ。あんたはタイプじゃない」



「よお」
翌日の正午きっかりにガウリイがエースの部屋を訪ねると、彼はにっこり笑って片手を上げた。
「よく来たな。待ってたんだ」
「何の用だ?」
「いいからさ、まあ座れよ。酒でも飲むか?」
「いや、いい」
ガウリイは首を振って椅子に腰掛けた。
「そうか。俺は一杯飲む」
「こんな真っ昼間っから?」
ガウリイは呆れて言った。
「健康に悪いだろう? いや、わかっちゃいるんだが、いろいろとストレスのたまる仕事なんだ。いまや、
酒と煙草が手放せんよ。長生きは出来ないだろうなあ」
エースは笑いながらウィスキーをグラスに注いだ。
「大変そうだな」
「まあな。でも、人が思うほどじゃない」
「……で、何の用なんだ?」
エースはウィスキーのグラスを片手ににやっと笑った。
「そう。実は折り入って話があってな」
「ほう」
「あんたの経歴をかなり細かく調べさせてもらった」
ガウリイは黙った。
エースも黙った。
しばらく、井戸の底に石をひとつ投げ込んだような沈黙がつづいた。
ガウリイの顔は完璧な無表情を保っていた。
エースはつづけた。
「俺はとある調査組織にコネがあってね、金さえばらまけばたいていのことは調べてくれる。あんたが
光の剣の継承者だったことはリナに聞いた。おかげで調査が楽になったよ。ただの傭兵の経歴を追って
いくのは楽じゃあないからな。もっとも、金はかなり使ったが、時間と労力を買ったと思えば安いものだ」
彼は胸元から葉巻を取り出し、口にくわえた。マッチを擦って火を付け、深く息を吸い込むと、ゆっくりと
紫色の煙を吐き出した。
「――さて、本題に入ろうか。とはいえ、話は実に簡単だ。あんたにでもわかる。アンダーソン公のことは
知っているか?」
ガウリイはかすかに頷いた。ここら辺一帯は彼の領地だ。
「公はなかなか有能な人物だ。伝統的にアンダーソンは軍事を軽んじるきらいがあるのだが、公は違う。
近年、私設軍の抜本的な再編に取り組んでおられる。が、なかなか有能な人材が見つからない。剣術に
長け、実戦経験が長く、傭兵達を取りまとめて指揮できる人材が」
エースはわずかに身をのりだし、ガウリイの目を見据えた。
「……あんたにぴったりだと思わんか?」
ガウリイはぴくりとも動かなかった。エースはさして気にしてもいない様子で、話をつづけた。
「俺が推薦状を書いてやりさえすれば、あんたは無条件で申し分ないポストに就ける。望めば、もっと上の
地位を手に入れることだって可能だろう。公は経歴や血筋よりも実力を優先する方だ。何なら、俺が後押し
してやってもいい。よく考えてみてくれ。あんただって、いつまでもリナの酔狂につきあえるわけでもないだろう。
その才能をリナのためにむざむざすり減らす気か? 俺が出来るだけ便宜をはかって、あんたにふさわしい
地位を用意する。その腕に見合うだけの権力と、名誉と、財産を保証しよう」
ガウリイが静かに口を開いた。
「はっきり言ったらどうだ、リナと別れろって」
エースがゆっくりと目を細めた。
「そう言うなよ。俺は、あんたの将来のために助言してやっているだけだ」
「リナと別れることが俺の将来のため?」
「そういうことだ」
エースの即答に、ガウリイは眉をひそめた。エースはつづけた。
「カエルとサソリの話を知っているか?」
「は?」
「知らないのなら、話してやろう。とある川の岸辺にサソリがいたんだ。サソリは向こう岸に渡りたいと思って
いたんだが、泳げない。そこで川の中にいるカエルに、『向こう岸まで乗せていってくれ』と頼んだ。カエルは
断った。サソリが理由を聞くと、カエルは『君はきっと僕を刺すだろう。だからさ』と言った。サソリはカエルを
刺さないと言った。『だってもし僕が君を刺したら、二匹一緒に溺れて沈んでしまうだろうから』。そこでカエル
は納得して、サソリを背中に乗せて川を泳いた。向こう岸まで半分ほどの距離を泳いだとき、カエルは背中
に激痛を感じた。サソリがカエルを刺したんだ。二匹は沈みはじめた。カエルは溺れながら、こう叫んだ。
『どうして僕を刺したんだ。溺れてしまうことはわかっていたのに』サソリは答えてこう言った。『仕方がないんだ。
それが僕の性だから』」
エースはそこで言葉を切った。
「……それで?」
「話はそれだけだ」
「……あんたは一体何が言いたいんだ?」
ガウリイがかなり苛立った声で言った。
「俺が言いたいのは、リナの本質は一生変わらないってことだ。あんたはそれを分かっているのか? 彼女は
死ぬまであのままだ、あれがリナの『性』、つまりネイチャーなんだぞ。それは変わらない、決して。まっとうな
暮らしを送れっていうほうが無理なんだ。俺はそのことをようく知っている。あいつが6歳のときからの付き合い
だからな。だが、一体あんたがリナの何を知っているというんだ? あんたはリナに何を望んでいるんだ?
言っておくが、あんたに亭主の顔があるかどうかは知らんが、あいつに女房の顔はないぞ。希望的観測に
すがりついていると、最後に泣くのはあんただぜ」
なぜ自分がこの男に対して苛立ちを覚えるのか、ようやくガウリイはその理由がわかってきた。
まるで、自分こそがリナのことを誰よりもよく知っているというような口ぶり。エースが現れるまでは、それは
ガウリイの専売特許だった。
しかし、いまやエースがリナの保護者であるかのような顔をして、ガウリイを厄介払いしようとしている。保護者
という名目で、恋敵を体よく追っ払おうとしている。……今まで、ガウリイがそうしてきたように。
「……そんなことは百も承知だ」
ガウリイはぎりぎりまで怒気を抑えた低い声で言った。
「ご忠告ありがたいが、はっきり言って大きなお世話だ。オレとリナとのことを、お前に口出しされる筋合いは
ない。何だかんだ言って保護者ぶっても、結局お前はリナに男がいるのが気に入らないだけだろう」
「そうかもしれん」
エースは顔色ひとつ変えずに言った。
「ことにその男が、『クイック・キル』なんて二つ名を持っている場合はな」
ガウリイの眼がわずかに大きく見開かれた。――まったく、何という情報収集力だろうか。この男は、一介の
傭兵の身辺調査に一体どのくらいの金をかけたんだ?
「『クイック・キル』――か。ま、分かり易いが、ひどい二つ名だ。『ロバーズ・キラー』といい勝負だよ。そういう
意味ではあんたたちはお似合いだ。自分でそう名乗ってたのか? 我こそは『クイック・キル』ガウリイ=ガブリ
エフなり、なんてね」
「そんなわけあるか」
「……リナは、この二つ名を知らないんだろう?」
ガウリイはぎろりとエースを睨んだ。
エースはにやにや笑っていた。細められた目の奥で、得体の知れない光がちろちろと輝いている。
「……昔の話だ。知ってるはずがない」
「そう遠い昔のことでもないだろう。あんたのことを忘れてない人間だっている」
ガウリイは椅子を蹴って立ち上がり、はっきりとした声で言った。
「もし、そのことをリナに話してみろ。お前の首をへし折るぞ」
「なるほど、楽に死ねそうだな。人を殺すのはお手のものなんだろう?」
「もう一度言う。これ以上干渉するな。何と言われようと、オレはリナと別れない。リナはオレのものだ」
半ば叫ぶように言い放ち、くるりと踵を返して歩き始めたガウリイの背に、エースは声をかけた。
「カエルと同じ末路を辿りたいのか、ガウリイ」
エースの声に、ガウリイは再び振り返った。廊下のランプに照らされて光る両目は、何の表情も読み取れない
ほど深い色をしていた。ガウリイは静かに言った。
「誰でもいつかは死ぬんだ」




まだまだつづく。

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2042二度目の感想です♪葉夢 E-mail 8/16-02:06
記事番号2040へのコメント

 ど〜も〜! 二回目の感想になりますっ!

 なんか、だんだんあばかれてくる人間のココロ(なんじゃそりゃっ!?)ってな感じですね!
 続きが読みたいです。
 しかし……ガウリイの過去?
 はてさて、いったいどんなことが…………
 気になるから早く書いて下さ〜い!(←なんてやつだ!)

 
> その二週間のあいだ、ガウリイとリナはビーチでココナッツオイルを背中に塗り合い、ゴザの上で
>じゃれ合った。

 うわ〜、恥ずかしくなるようなラブラブシーン(笑)
 私これ読んでるとき思わず含み笑いをしてしまいました〜(←変人です)

> ガウリイはリナにサーフィンを教え、リナは上手く波に乗るコツを覚えた。

 のぉわぁにぃっ!? ガウリイってサーフィンできたのかぁぁぁっっ!!!
 知らなかったぞぉぉぉっ! 私はぁぁぁっ!!
 ――――はぁはぁ……

> 二週間は穏やかに過ぎた。小麦色の肌にちいさなオリーブグリーンのビキニに身につけたリナは、
>ぐっとくるくらい可愛かったし、ビーチは相変わらず完璧だった。

 でも、相変わらずリナの胸は小さいまんまでしたとさ。
リナ「(むかっ)『火炎球(ファイヤー・ボール)』!!」
 ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
 どっかああああんっ!
 
 いたたた……ふう、なんとか生きてたか……
 おっと、続き続き♪(←この音譜には何の意味が……?)

> ガウリイはいぶかしげな顔をするのを見て、エースは笑った。
>「そんな顔すんなって。襲ったりしないから、安心しろよ。あんたはタイプじゃない」

 
 女装のときのガウリイを見てもそのセリフが吐けるか、エース!
 と、勝手に心の中でツッコミを入れてました。(笑) 

>「カエルとサソリの話を知っているか?」

 お! なんだなんだその話とやらは? ってなふうに興味がわきました。
 そんなことよりひなさん、この話って自分で考えたんですか? それとも何かの本などであったものなんですか?
 私は読み終わったあともそのことが気にかかって……
 カエルがかわいそう……
 サソリのうそつきっ!! (完全に幼児に戻ってしまった私(笑))


>「誰でもいつかは死ぬんだ」

 このときのガウリイって、すごくかっこよかったと思います。
 あのクラゲとは思えない!(笑)
 なにか悟ったような言葉みたいな気がしました。

>まだまだつづく。

 どこまで続くんでしょーか。楽しみです!
 早く読みたいんで、よろしく!(なにがだ……)

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2052つづきはもうちょっと…ひな 8/16-13:49
記事番号2042へのコメント

こんにちは、葉夢さん。
ひなでございます。二回目の感想、ありがとうございます。
いま、がんばって続きを書いております。うーん、果たして無事に終わるのかなー。

>> その二週間のあいだ、ガウリイとリナはビーチでココナッツオイルを背中に塗り合い、ゴザの上で
>>じゃれ合った。
>
> うわ〜、恥ずかしくなるようなラブラブシーン(笑)
> 私これ読んでるとき思わず含み笑いをしてしまいました〜(←変人です)

それならわたしも変人です(笑)。
情景的には、ガウリイがリナの背中にオイルを塗りながら、だんだん手が変なところに
移っていって(白昼です。変態ですね)リナにどつかれるところを想像してください(笑)。
しかもガウリイがサーファーになってますが、まあ体の物覚えはいいので
スポーツは何でも得意だろうな、と…。

あ、それからカエルとサソリの話ですが。

> そんなことよりひなさん、この話って自分で考えたんですか? それとも何かの本などであったものなんですか?
> 私は読み終わったあともそのことが気にかかって……

このお話は、わたしがタイトルに使わせていただいた同名映画「クライング・ゲーム」のなかで
語られていた小話です。この話のサソリのようにしか生きられない人間もいて、そしてきっと
リナもそういう人間なんだろうな、と思ってこの話を使わせてもらいました。
サソリは嘘をついたわけじゃなくて、本当にカエルを刺したくなかったし、自分だって死にたく
なかった。でもサソリは自分の「性」に逆らうことができない。生存本能でさえもその「性」に逆らう
ことができない。サソリをサソリたらしめるもっとも根本の性質が、カエルを刺せと言ってるわけです。きっと。
よく考えたら、カエルだって乗せなきゃいいんですよね、サソリなんか(笑)。
でも、カエルにはカエルなりに、殺されるかもしれないにもかかわらず、サソリに親切にしてやらずにいられない
理由があったんだと思います。
それはカエルの「性」というやつかもしれないし、
ひょっとしたら、カエルはサソリに愛情を抱いていて、その愛情が生存本能に打ち勝ったのかもしれませんね。
「殺されるかもしれへんけど、いっちょ、こいつに渡らせてやろか」みたいな(笑)。

たぶん、ガウリイガエルの場合は後者なんでしょう。きっと。

それでは、感想ありがとうございました。
つづきを書いたら、また読んでみてください。

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2053クライング・ゲーム(つづきその3)ひな 8/17-01:09
記事番号2023へのコメント

こんにちは、ひなです。
何だかなあ…の「クライング・ゲーム」(つづきその3)です。しかも短い。
実はけっこう行き当たりばったりで書いてます。
誰か、ラスト考えてください(笑)




*******************************




「半月亭」を出て空を見上げると、いつのまにか暗い雨雲が空一面を覆っていて、いまにも夕立が
やってきそうだった。
ガウリイはぼんやりと歩き始めた。胃の中に嫌な感触が残っていた。
エースの声が、耳奥でいやに大きく反響していた。
(ことにその男が、『クイック・キル』なんて二つ名を持っている場合はな)
怒りが再び胸内によみがえってきて、彼は思わず唇を噛み締めた。あの男、やっぱりあの場で
半殺しにしてやれば良かった。
だが、もし再びエースを殴る機会が与えられたとしても、彼はそんなことはしないだろう。
なぜなら、ガウリイは恐れていた。
他人に弱みを握られることを、ではない。
ただ、リナにあの二つ名を知られることが怖かった。その二つ名を恥じていなかった昔日の自分を
知られるのが怖かった。軽蔑され、恐れられ、嫌われることが、ひたすらに怖かった。
もしもエースが、リナにあの二つ名を教えたら。もしもリナが、ガウリイの心のゆがんだ部分を知って
しまったら、彼が必ずしもものごとをフェアにはこぶ人間ではないと知ってしまったら、どうするのだろう。
そのときの彼女の反応を考えると、どうしようもない不安が襲ってくる。
いつのまにか降っていた雨がすこしずつ激しくなってきたのに、ガウリイはようやく気がついた。
慌てて小走りに大通りを駆け抜け、泊まっている宿屋に向った。
雨足はだんだん強くなっていき、ガウリイがようやく宿屋についた頃にはどしゃ降りになっていた。
部屋のドアを空けて、ふう、と息をつく。そのまま、閉めたドアにもたれてぼんやりとしていたとき、
寝室のドアが開いてリナが出てきた。淡いピンクのサマードレスを着ている。
「あら、お帰りなさい。何処に行ってたの?」
ガウリイの姿を見て、リナは顔をしかめた。
「ずいぶん濡れてるわね。シャワー浴びたら?」
「いや、いいよ」
「だめよ。いくらあんたでも風邪ひいちゃうわよ」
ぼんやりと突っ立っているガウリイの背を押して、シャワールームに強引に押し込んだ。
熱いシャワーを浴び終わって出てくると、リナが寝室のベッドの上で横になっていた。ガウリイは
そっとリナに近づいた。寝ているのかと思ったがそうではなく、眼をぱっちりと開けて、窓の外を
見ている。雨の勢いはますます強まり、叩き付けるような激しい雨の音がしずかな部屋のなかに
響いている。
リナはガウリイに気づくと、にっこり笑いかけた。
ガウリイはベッドの端に腰掛けて、リナの顔を覗きこんだ。
「何処に行ってたの?」
リナがそのままの姿勢で聞いてきた。ガウリイは答えた。
「散歩してたんだ」
下手な言い訳だと思ったが、他にうまい言い訳が思い浮かばなかった。リナはふうん、と呟いて
いぶかしげに小首をかしげたが、別に何も言わなかった。
ガウリイは屈み込み、リナの頭の横に両手をついて彼女の顔を見つめた。リナはひとつ瞬きをして、
きょとんと彼を見返した。不思議な光彩を放つ瞳の奥に、不安げな面持ちの彼自身が写っていた。
「ガウリイ?」
ふいに、怒涛のような感情が胸内に押し寄せてきた。
失いたくない、と心の底からガウリイは思った。オレはこの年にしてはもう充分すぎるくらい沢山の
ものを失ってきた。でもリナだけは失うわけにはいかないんだ。リナはきっと、神が「最後のチャンスだ」
と言ってオレに巡り合わせてくれた女なんだ。そういうのってわかるんだ、一生に一度きりの巡り合わせ
だって。リナがいなくなったら、オレはきっと遠心力で宇宙の端っこにまで放り出されてしまうだろう。
あるいは深い海の底にぶくぶくと沈んで永遠にそのままになるか、どっちかだ。オレにはリナが必要なんだ。
それなのにあんまりだ。ひどすぎる。
あんな姑息なやり方で、オレからリナを取り上げようだなんて。
「ガウリイ? どうしたの、なんかおかしいわよ。気分でも悪い?」
よっぽど変な表情をしていたのだろう、リナが心配そうにガウリイの顔を両手で挟んだ。
ガウリイは何か言おうとした。言いたいことは山のようにあった。なのにそのうちのどれひとつ、言葉に
なって出てこなかった。
ようやく口にした言葉は、ひどく小さく、掠れていた。
「オレは怖い」
「何が?」
その問いには答えず、ガウリイは両腕をリナの体にまわして抱きしめた。その力の強さにリナはすこし
顔をしかめた。
「本当に怖いんだ、リナ」
ガウリイは繰り返し、腰も折れよとばかりにリナを抱きしめる腕に力をこめる。
わずかに身をよじるリナを押え込んで、彼女の琥珀色の肩に顔をうずめる。
リナの肩は薄くて頼りなくて、かすかに甘い花の匂いがした。
雨音だけが、激しく響きつづけていた。




つづく。
いつまでつづくんだろう……

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2054三度目♪葉夢 E-mail 8/17-04:18
記事番号2053へのコメント

>こんにちは、ひなです。

 こんちわ〜! 葉夢で〜す! (なれなれしいぞ!)
 三度目の感想いっきま〜す!

>誰か、ラスト考えてください(笑)

 ふふふ。行き詰まってるよーだのう。
 しかーしっ!
 それを考えるのも修行のうちじゃーっ!
 ……と、いうことです。
 サイコーの締めくくりにしてくださいね。

>(ことにその男が、『クイック・キル』なんて二つ名を持っている場合はな)

 ひなさん。その、『クイック・キル』ってどーいう意味なんでしょーか?
 確か、『キル』は殺す……だったよーな気が……
 となると『クイック』ってなんだ???

>半殺しにしてやれば良かった。

 は、半殺しぃぃぃっ!?
 あのクラゲがそんなことを考えるとは!
 恐ろしいぞ、ガウリイよ……

>そのときの彼女の反応を考えると、どうしようもない不安が襲ってくる。

 それだけ、リナのことが好きなんだなぁと思いました。
 最初の時点では、リナはただの子供で、自分が保護者となって守ってやらなきゃいけない。
 ってな感じだったのに、今では、リナはとても大切で失いたくない女の子で、自分は自分の意志でリナを守ってやる。
 という感じが……
 ああ! すいません! なんか日本語になってないですね。
 うまく表現できないです……

> ガウリイの姿を見て、リナは顔をしかめた。
>「ずいぶん濡れてるわね。シャワー浴びたら?」
>「いや、いいよ」

 水もしたたるイイ男だから。(笑)
 すぱぁぁぁぁぁぁぁんっ! (←ハリセンチョップ)
リナ「せっかくのいい雰囲気をぶち壊す気かっ! あんたはっ!」
 そんな気あるかっ! ただ次にピッタリとくるセリフを自分なりに考えたまでよっ!
リナ「それが壊してるって言うのよっ! 『爆煙舞(バースト・ロンド)!!』」 だから! そーいうことはやめんかぁぁっ!
 どこどこどこ!
 
 なんかこの話のリナちゃん、ミョーに色っぽいよーな?
 今回のお話の最後の方は、もう二人の世界に入ってましたね。
 誰も立ち入ることのできない二人のラブラブパワーで、エースなんかぶちのめせっ! (笑)
 
>つづく。
>いつまでつづくんだろう……

 それは神のみぞ知るってやつだね〜♪
 続きをおまちしておりま〜すっ!

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2056三度目のレス♪ひな 8/17-12:13
記事番号2054へのコメント

こんにちは、葉夢さん。
こんな バカ話に三度も感想をいただいて、嬉しいやら勿体無いやらです。
どうもありがとうございます。


> ひなさん。その、『クイック・キル』ってどーいう意味なんでしょーか?
> 確か、『キル』は殺す……だったよーな気が……
> となると『クイック』ってなんだ???

『クイック・キル』は、直訳すると「即殺」という意味です。
『クイック』というのは、゛quick゛(素早い、迅速な)という意味の形容詞です。
ずいぶんサツバツとした二つ名ですよね。


> は、半殺しぃぃぃっ!?
> あのクラゲがそんなことを考えるとは!
> 恐ろしいぞ、ガウリイよ……

私見ですが、「クラゲだから優しい」というのはウソのよーな気がします。
心根が暖かい男であることは確かでしょうが、リナに関してはかーなーりファナティック
なので、こういう面もあるんじゃないかと。


それでは、またお暇でしたら感想などお願い致します。

 

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2061クライング・ゲーム(つづきその4)ひな 8/18-03:22
記事番号2023へのコメント

こんにちは。ひなです。
もはや何も言うまい……の「クライング・ゲーム」(つづきその4)です。
ああ疲れた。でもまだ終わらん。





**********************************




ほっそりとした三日月が、頭上で輝いている。
リナはその月を見上げながら、砂浜を歩いていた。歩きづらいのか、途中で足を止めてサンダルを
脱ぐと、ぺたぺたと裸足で歩き続ける。
その月を見ながら、リナは昔のことを思い出していた。
あれは彼女は5歳か6歳のころだ。リナは、「どうしてお月さまはあたしを追いかけてくるの?」とエースに
質問した。エースは微笑みながら答えた。「おてんば娘が無茶をしないかどうか、見張っているのがお月さまの
仕事なんだよ」
思えば、「ねえ、どうして? 何故なの?」が口癖だったリナに、エースはときに冗談まじりに、だがいつも
適切な比喩と簡単な表現を使って答えてくれた。エースの言葉を手がかりに、リナは世界のありようを
学んでいったのだ。
エースは面倒見が良く、大体において正直だった。リナの覚えている限り、彼が嘘をついたのは一度しかない。
彼女が「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞いたときだけだ。
リナはふいに立ち止まり、海に眼を向けた。暗黒の海が眼前に広がっていた。海は恐ろしいほど暗かった。
どこからが海でどこからが空なのかわからなくなるほど、深く濃い闇色の海。いつも通りの波の音でさえも、
低く妖しげに聞えた。
海風が彼女の頬を撫ぜた。リナはそこに立ちすくんだまま、じっと海を見つめ、波の音に耳をすませていた。
寄せては返す波の音の向こうから、砂浜を踏む、さくさくという音が遠く聞えてきた。
リナはかすかに微笑んだ。
右足と左足を交互に素早く動かして、大股で歩いてくる足音。それはだんだんと近づいてくると、リナの後ろで
止まった。
眼前の海がゆったりとうねり、リナの足元の砂を濡らした。
「ムーンライト・ウォークか。風流だな」
エースが後ろから声をかけた。リナは振り返らずに言った。
「よく、ここがわかったわね」
「俺とお前は見えないへその緒で結ばれているんだ。それくらいわかる」
エースは大真面目な声で言った。リナはぷっと吹き出し、くすくす笑いながら振り向いた。彼女の顔を見て、
エースもつりこまれるように微笑んだ。
「色気ないわねえ、へその緒なんて」
「へその緒をバカにしたらいかんぞ。あれはけっこう切りにくいんだ」
エースはにっこり笑いながら、だが大真面目に続けた。
「赤い糸なんかよりもずっと強い絆だ」



優美な三日月の下、エースとリナは砂浜に並んで座りながら、前方の海を眺めていた。
「あんたでしょ。うちのガウリイに変なこと吹き込んだの」
リナがなびく髪をおさえながらエースを軽く睨んだ。
「あ、やっぱりバレてたか」
エースはへらへら笑った。リナはため息をついた。
「バレてたか、じゃないわよ。まったく。あいつ、ほとんどパニクってたんだから。大変だったのよ。で、一体
何を言ったの?」
「単に就職口を見つけてやっただけだぜ」
「嘘つけ。他に何を言ったのよ」
「小噺を聞かせてやった」
「……あたし、真面目に聞いているんだけど」
「俺だって真面目に答えてる」
「もう、ちゃんと話してよ。何があったの? あたし、あんなに怯えてるガウリイ見たことないのよ」
リナは真剣な顔つきでエースに食い下がった。
エースは黙ってリナを見つめた。リナもエースを見つめ返した。
ややあって、エースは視線をリナからはずした。彼は海を眺めながら言った。
「あいつの過去をすこし調べた。そのことを言った」
リナは眉をひそめた。
「過去を……?」
「知りたいか?」
エースは尋ねた。リナは黙った。
エースはつづけた。
「傭兵なんかやってるんだから、そんなにまっとうな人間じゃないことは覚悟してた。俺はそういう世界を
ある程度は知っているつもりだったし。だけど、いざあいつの経歴を調べてみて、驚いたよ。そりゃあ、
確かに昔の話だ。それに、おまえが選んだ相手なんだから、根は悪い男じゃないんだろう。だが、それでも、
俺は……」
エースはそこで言葉を切って、ため息をついた。
「ひどい話なのね?」
リナが聞いた。エースは頷いた。
「そう。ひどい話だ。まっとうな人間なら両手を挙げて降参する。ルナが聞いたらおまえを勘当するかも
しれない。だから、あいつにおまえと別れてほしいと言った。そのほうが将来的に双方のためになると
言った。何より、俺が嫌だった。俺の妹分を、あんなのに預けてたくなかったからだ」
エースはリナの瞳を覗き込んだ。
「リナ、ガウリイと別れろ。そしてゼフィーリアに帰ろう。俺はずっと物分かりのいいふりをしてたけど、おまえの
ことが心配でたまらなかった。おまえの刹那的な生き方がとても不安だった。おまえは生き急ぎすぎるんだ、
リナ。いろんなものを求めすぎる。なあリナ、おまえは一体何が不足なんだ? こんだけ頭が良くて才能が
あって、皆に愛されていて、それ以上の何が欲しいっていうんだ? 欲しいものだったら何だって手に入るのに、
どうして誰かを傷つけたり傷つけられたりする必要があるんだ? おまえは一体何に飢えてるんだ?
俺だったら、欲しいものは何だっておまえに与えてやれる。嘘じゃない。望みうるかぎりの贅沢も世俗の名誉も
地位も、おまえの望むものだったら、何だって用意する。だって、どんなに自由気侭でも、おまえはいま幸福じゃ
ないだろう? 魔族につけねらわれて、命を脅かされて……」
「エース……」
「悪い予感がするんだ。このまま、おまえに行かせてはいけないような気がする。おまえも知ってるだろう、
俺のカンは当たるんだ」
エースはリナの頭を両腕でぎゅっと抱きしめた。
「いっしょに帰ろう、リナ」
「ぶぁーか」
リナがべりっとエースを引き剥がした。
彼の頬を両手ではさみ、真正面からその眼を見つめる。
「なーに寝とぼけたこと言ってんのよ。あたしの性格は一生直らないって、いつも言ってたのは誰なのよ?」
「……俺です」
「わかってんの、エース? 毒針のないサソリなんて、もはやサソリじゃないのよ。あんたは、去勢された羊
みたいなあたしが好きなの? 甘やかされて、手なづけられて、牙を抜かれたあたしがいいの?」
「そんなんじゃない、おまえはわかってない」
「わかってないのはあんたよ、エース。あんたは本当に何もわかっていない。あんたはあたしを去勢しようと
している。でも、そんなことをして何になるの? あたしから牙を抜いたら、何が残るっていうのよ? だって、
それがあたしの生きるすべてなのよ。あんたはそこんとこがわかってない。人間、ただ長生きすりゃいいって
もんじゃないわ。野生を忘れて、人の手から餌をもらう獣は哀れだわ。毒針の使い方を忘れたサソリなんて、
ただ惨めなだけよ」
エースの眼がためらいがちに揺れた。
リナは真っ直ぐに彼の眼を見据えたまま、言った。
「カエルを刺したサソリは、幸福ではないにせよ、自分の生き方に満足してたと思うわ。たとえ溺れ死んでも、ね」
「……おまえは? おまえは満足してるのか、リナ」
エースがゆっくりと聞いた。
リナはこくりと頷いた。
エースは眼を閉じて、息を吐いた。それから、のろのろと言った。
「……おまえは、本当にそれでいいのか」
「いいのよ」
「幸福には、なれないんだぞ」
「知ってるわ」
知っている。法の埒外、一般の人間の目をわずかにくぐり抜けたところで生きることがどんなことなのか。
さんざん暴力的な生を生き、血なまぐさい死を目の当たりにした今となっては。
「……わかったよ。降参。俺の負けだ」
エースは両手を挙げてにやっと笑った。
だがすぐに真剣な表情に戻った。
「だが、ガウリイの件はべつだ。俺はできればあいつとは別れてほしい。理由はさっき説明した。だが、
最終的にはおまえが判断することだ。あいつの経歴を知りたいだろう」
リナは微笑んで、首を振った。
「いいえ。話さなくていいわ」
「どうして?」
「話したって話さなくたって、同じよ。別れたりしないわ」
エースはまじまじとリナを見つめた。
リナはつづけた。
「過去になにがあったんだか知らないけど、何となく、あいつとなら大丈夫って感じがするの。そういうのって、
理屈じゃないのよ」
リナの声は淡々としていて、特に気負ったところもなかった。
「運命って言葉は好きじゃないけど、ちょっとそれに似てるかもね。大丈夫だ、うまくいくって、ただ感じるの。
だから、別れないと思うわよ。話してもらわなくても、何となくあいつの過去は見当つくし。いまさらそんなことじゃ
驚かないわ」
「それでいいのか?」
「うん。それに、きっと知らないほうがいいのよ」
「……そうか」
エースは妙に感動して、頷いた。
「おまえ、変わったなあ」
「あら、そう?」
「ああ。ひょっとしたら、ガウリイのせいかもなあ。なんか、すっげぇ悔しいけどさ」
「妬かない妬かない。あたしたちは見えないへその緒でつながってるんでしょう?」
リナはいたずらっぽくウィンクしてみせた。
「よく考えてみたらさ、すげえ損な役回りだよな、こんなのって。リナはキスもさせてくれないし」
「バカ」
二人はじゃれ合いながら立ち上がり、砂浜を踏みながらもときた道を戻っていった。
エースがリナの手を握った。
リナがびっくりして彼を見上げると、エースはにっこり笑って言った。
「ほら、つながってる」
リナはきょとんとエースを見つめた。
「俺の鼓動が伝わるだろう? 手を離しても、きっとどこかがつながっている。眼に見えないなにかで。
たとえどんなことがあっても」
たとえこの先、男と女としてつきあうことがなかったとしても。
リナには、エースが眼でそう言っているのがわかった。
胸のどこかが、あたたかな水がしみこんでくるように潤み、そしてすこし痛くなった。
リナは思った。
もし、エースが幼なじみでなかったら、自分は彼に恋をしてたかもしれない、と。それも、運命的な恋を。
そう思うと、また胸がすこし切なくなった。
それは、風に揺れる柳のように柔らかで、透き通った切なさだった。
生きているかぎりこの切なさがつきまとい、けっしてなくならないだろうとリナは思った。
それでも、リナはエースの手を握り返し、微笑み返した。
「死が二人を別つまで、ね」





終わってません。

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2063しつこいかもしれないけど四回目……葉夢 E-mail 8/18-05:40
記事番号2061へのコメント

>こんにちは。ひなです。

 こんにちは! 葉夢です! 四度目いきま〜す!

>ああ疲れた。でもまだ終わらん。

 おお! 終わらないんですか? 結構長いですねぇ。

 今回は少々(じゃないかも……)短くなるかもしれませんので、そこんとこよろしく……

 そうですねぇ、リナの言うことももっともかもしれませんねぇ。
 あのサソリの話です。
 確かに、毒針持ってないサソリなんて、クリームの入ってないクリームパンのようなものですもんね?

 あとは、どんな話を聞かされようともがウリイとは別れないっていうのがよかった。
 それは恋とかの気持ちも入ってると思うけど、やっぱり信じてる、信頼してるってのが一番大きいのかなぁと思いました。

>終わってません。

 ↑コレなかなかイイ感じ♪
 『つづく』じゃものたんないからね。
 私の中では結構うけました。(笑)

 ほーら、や―っぱし短くなっちゃったぁ。
 この展開からすると、もう最後の方のような気が……
 続きを待ってま〜す!

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2079よもやこんなに長くなるとはひな 8/19-23:40
記事番号2063へのコメント

さすがにわたしも予想してませんでしたよ。

こんにちは、葉夢さん。
感想ありがとうございました。

> そうですねぇ、リナの言うことももっともかもしれませんねぇ。
> あのサソリの話です。
> 確かに、毒針持ってないサソリなんて、クリームの入ってないクリームパンのようなものですもんね?

わたしは、リナというキャラクターを動かそうとするとき、どうしても「狂気」を考えないわけにはいきません。
エースじゃないけど、あんだけ頭が良くて才能があったら、もっとまともな生き方ができると思うんですよ。
一財産築き上げるとか、世俗の地位を確立するとか。
なのに、そういう生き方を選ばない。
したいことだったら、何だって出来るはずなのに。それだけの才能があるのに。
やっぱり、心のなかに「狂気」を内包しているんだろうなあ、と思います。
リナはリナなりの地獄を抱えて生きているんだろう、と。

やっぱり、長生きは出来ないだろうな、と思います。
あんまり長く生き永らえちゃうと、かえって可哀相ですよ。
だから、わたし的には、早く死なせたい(笑)。

それでは。

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2078クライング・ゲーム(つづきその5、あるいは終章)ひな 8/19-15:47
記事番号2023へのコメント

ぜぇぜぇぜぇ。
こんにちは。ひなでございます。
「クライング・ゲーム」(つづきその5、あるいは終章)です。
あー、長かった。いちおうこれで終わりとなります。
でもエピローグがあるかもです。




******************************






その日も、バカみたいによく晴れた一日だった。
とことん無反省な青空が頭上に広がり、何もかもが溶けていきそうな午後。
ガウリイが宿屋でぼーっとしていると、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
あわててドアを開ける。
「あの、ガウリイさんですか?」
廊下に立っていたのは、ここの宿屋の娘だった。
「そうだが、何か?」
「外でお客様がお待ちです」
「客?」
「ええ。呼んで来てくれと言われまして」
ガウリイははて、首をひねったが、すぐにぴんと来た。
「わかった。すぐ行くから」


「よお」
案の定、宿屋の外で待っていたのはエース・メリルだった。いつもより軽装だ。
隣にいるみごとな栗毛の馬の背に荷物を積んで、すっかり旅支度を整えている。
「リナにここにいると聞いてきたんだ」
「リナと会ったのか?」
「ああ。海辺でな。郷里へ帰ることになったから、挨拶してきた」
ガウリイは黙った。
エースも黙った。
しばらくの沈黙の後、エースがぽつりと切り出した。
「リナはおまえと別れないそうだ」
ガウリイはエースの顔を見た。
その表情を見て、エースはつづけて言った。
「安心しろよ。リナには話していない」
「……そうか。礼を言う」
「勘違いするな。あんたのためじゃない」
エースは低い声で唸ると、ガウリイをするどく睨んだ。
「誤解されないように言っとくが、俺はあんたにリナをやるつもりはない。リナはあんたのものになんか
ならない。彼女は俺たちのもの……ゼフィーリアのものだ。これまでもそうだったし、この先もずっとそうだ。
一時的にあんたに預けてやるだけの話だ」
ふたたび沈黙が落ちた。
潮の遠鳴りがどこからか聞こえていた。海から吹いてくる、独特の湿っぽい風が彼等の頬をなぶった。
ふいにエースがつぶやいた。
「リナはもう長くない。そんな気がする」
ガウリイはぎょっとしてエースを見た。
彼は明後日の方向を見つめながら、ゆっくりと言った。
「ただのカンだがな。でも、悪い予感ってのは大抵当たるもんだ。リナは死ぬよ。そんなに先のことじゃ
ない。確信があるんだ。でも、ものすごく辛い。俺はリナのことがとてもとても好きだ。たとえ、男と女の
関係じゃなくても。俺は彼女に生きていて欲しかった。もっと、安全な道を歩んで欲しかった。幸福に
なって欲しかった。ごく普通の、同い年の女の子たちと同じように。だが、彼女がああいう生き方を望む
のなら、仕方がない。生き急ぐにまかせよう。リナはいずれ、命を落す。仕方がないことだ。彼女が
選んだ道だ。ただ、そのとき俺がその場にいて、あんたを殴ってやれないことだけが心残りだがな」
エースはガウリイと目を合わせなかった。
泣いているのかもしれない、とガウリイは思った。
「リナは、死なせない」
ガウリイが低い声で言った。
エースはひとつため息をつき、首を振りながらつづけた。
「ああいうタイプは長生きしないんだ。俺にはわかる。日常を超えて美しい者、否応なく人を惹きつける者、
神の頬に触れることのできる者、狂気を伴侶として生きる者は、日常を生きることができない。自分を
追いつめて追いつめて、死んでいく。誰からも愛されるのに、誰にも救えない。神はそういう者を愛する。
そして、好んで手元に置きたがり、人より早く彼らを召される。だが、それも運命だ。そうだ、ひとつあんたに
頼みごとがある。リナが死んだときには、彼女を焼いてほしい」
「焼く?」
ガウリイはいぶかしげに聞き返した。
「火葬は珍しいか? ゼフィーリアでは死者は火葬にするならわしなんだ。だから、くれぐれも土なんかに
埋めるんじゃないぞ。そしてゼフィーリアに送ってくれ。俺たちの土地に。そこで埋葬する」
ガウリイは黙った。
エースは肩をすくめた。そして言った。
「リナはゼフィーリアのものだし、ゼフィーリアはリナのものだ。彼女は遅かれ早かれあの土地に帰ってくる。
たとえ彼女が死んで、灰になっても、あの土地はいつまでもリナを待っている。だから頼んだ」
エースはそれだけ言うと、馬の背に乗った。手綱をとり、ふと馬上からガウリイを見下ろした。
ガウリイもエースを見上げた。
だがそれも一瞬のことで、エースはすぐに目を逸らすと、前方に目を向けた。
馬がちいさく嘶いて、街道を走り出した。
ガウリイはその場に突っ立ったまま、走り去っていく馬を眺めていた。
それから、彼は踵を返すと、リナのところへ向って歩き出した。
空はどこまでも青く、夏の日差しは相変わらずの鋭さを残していた。





おわり。

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2080エース、あんたって・・・P.I E-mail 8/20-01:40
記事番号2078へのコメント

ひなさん、はじめまして。P.Iともうします。
「クライング・ゲーム」通して読ませていただきました。

こら、エース!あんた自分の言いたいことだけ言って
退場かい!!
ひなさん、是非エピローグも書いて下さい。
だってまだガウリイもリナもお互いの気持ちを伝え合って
ないですよう!このままじゃ後味悪いです〜。
わがままですけど、是非お願いします!
それでは。

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2091頑固者なんです。ひな 8/21-15:42
記事番号2080へのコメント

はじめまして、P.Iさん。
ひなと申します。
「クライング・ゲーム」読んでいただいたそうで、どうもありがとうございます。

>こら、エース!あんた自分の言いたいことだけ言って
>退場かい!!

ガウリイも反論しろって感じですね。


>だってまだガウリイもリナもお互いの気持ちを伝え合って
>ないですよう!このままじゃ後味悪いです〜。

後味が悪いのは承知していますが、わたしのなかでは、
彼等はいちおう恋人同士なので、お互いの気持ちはすでに
通じ合っているはず……です。
通じ合っていても、揺れたりぎこちなくなったりすることもあるし、
いろいろ試されるときもありますが。

でも、やっぱり後味は悪いですねー。
三人ともものすごい頑固者のうえ、我が強いので、いい終わり方には
なりにくいんですが。
エースは全然納得してないし、これからも納得することはないでしょう。


とりあえず、エピローグを読んでみてください。
それでは。




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2088終わり、なんですよね?葉夢 E-mail 8/21-06:24
記事番号2078へのコメント

 は〜い! 言わずと知れた葉夢です……

 いや〜ついに終わり(なんですよね?)ですかぁ〜
 ああ〜リナには死んでほしくない〜
 あのキャラクターがいなくなるなんていやだぁぁぁぁっ!!
 ……すいません、自我をなくしてました。(笑)

 しかし、エースってば最後までなんか言ってましたねぇ〜
 リナの灰を送れとかどーとか。
 エースという男=注文の多い奴って図が、勝手に出来あがってました。(笑)

 まったくの余談なんですが、「注文の多い料理店」はおもしろい。
 なぜこれかというと、注文で思い出したから。

 何回も感想を書いてしまってすいません。
 次もよかったら書いて下さい。
 短くなってしまいました。許して〜

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2092おまけ、あります。ひな 8/21-15:52
記事番号2088へのコメント

どーもこんにちは、葉夢さん。
ひなでございます。
変な終わり方で申し訳ありません。


> しかし、エースってば最後までなんか言ってましたねぇ〜
> リナの灰を送れとかどーとか。
> エースという男=注文の多い奴って図が、勝手に出来あがってました。(笑)

我の強い男です。とにかくしゃべるしゃべる。しかもストレートに。
きっと、ものすごーく真っ直ぐに育った人なんでしょう。
あと、官僚だけあって、人に命令するのは慣れているんですね。


> まったくの余談なんですが、「注文の多い料理店」はおもしろい。
> なぜこれかというと、注文で思い出したから。

「注文の多い料理店」は別に好きでもないんですが、宮沢賢治は時々とても
いい詩を書いてますね。いくつか、好きなやつがあります。
「何じゃあこりゃあ!」みたいな下らない詩も多いんですが。


それでは、たくさんの感想ありがとうございました。
また小説を書くことがありましたら、読んでやってください。

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2090クライング・ゲーム(つづきその6、またはおまけ)ひな 8/21-15:31
記事番号2023へのコメント

こんにちは。ひなです。
「クライング・ゲーム」(つづきその6、またはおまけ)です。
ほんとーにただのおまけです。




*****************************





闇のなかで、オレは目を覚ました。
そっと腕を伸ばして、ちいさな背中に触れる。
手探りで彼女の肌を辿り、そのほっそりとした体を抱きしめた。
「ガウリイ……?」
わずかにリナが身じろぎして、かすかに呟く。
「すまん。起こしちまったか」
オレが後ろから小声で囁くと、彼女はちいさく首を振った。
闇のなかで、彼女の髪を撫で、首を伸ばして額にくちづける。
繰り返しくちづけて、またぎゅっと彼女を抱きしめる。
リナのあたたかさを感じながら、ぼんやりといま見ていた夢のことを思い出した。
「夢、見てた」
オレはぽつりと言った。
「どんな夢?」
オレはどう答えていいかわからず、目を閉じた。
夢のなかで、しょうがパンみたいなかわいらしい家に、オレとリナはいっしょに
住んでいた。
黄色い髪の元気な子供たちがいた。ちいさな庭があった。キッチンにはとれたての
野菜が置いてあった。
オレたちは昔話をしていた。
100年前、魔族を相手に戦ったこと。そのときの仲間のこと。ゼルガディス、アメリア、
シルフィール。ありとあらゆる戦い。トラブル。いろんなことがあった。
だけど、もう二度とそんなことはないだろう。
オレたちは、顔を見合わせた。
お互いに、すこし老けていた。
でも、そんなことはどうでもよかった。
オレは幸福だった。そしてこれから先も、ずっと幸福でありつづけることはわかりきっていた。
このまま年を取り、ふたり一緒に抱き合いながら、オレたちは安らかに死ぬだろう。
平穏で、健全で、ごく普通の、平凡な人生。
だが、オレはじゅうぶんに満足していた。幸福な気分だった。
「……泣いてるの?」
リナがオレの顔を覗き込んだ。
オレはほんとうに泣きそうな顔をしていたんだと思う。
夢を見ているときから、胸内が切なく痛んでいた。
まるで、眠ったままなにか安っぽい、カントリー・アンド・ウェスタンのなかにころげこみ、
ようやく這い出してきたといった感じだった。
きっと、夢のなかでも心の一部は真実を知っていて、そのために泣きそうになっていたんだろう。
オレは何も言わず、リナを抱きしめ直した。
「ごめん」
リナが目を伏せながら言った。
「どうして?」
「何ひとつ、約束してあげられなくて」
「バカ、いいんだ、そんなこと……」
リナの頭に頬をこすりつけながら、オレは何と言っていいのか考えた。
「おまえさえ傍にいてくれたら、オレは……」
そうだ、何もいらない。
平凡な人生も、健全な暮らしも、ささやかな幸福も、何も、何もいらない。
リナさえ、生きていてくれれば。
ずっと、一緒にいることさえできたなら。
この先も、ずっとふたりで旅をつづけて、バカをやって、ただ笑い合い、はしゃぎまわって、
永遠に終わりが来ないのならば。
何をひきかえにしても構わないのに。
オレはどうしたらいいのかわからず、リナを抱きしめ直した。
ぴったりと寄り添い、お互いの体にしがみつきながら、オレたちは長いことじっとしていた。




夏は、もうすぐ終わろうとしていた。




************************************




えーと、今回のエース・メリルについて、補足。
彼はとにかく「土着の近代人」です。いやーしゃべるしゃべる。
何でもかんでも言語化しないと気がすまないタイプです。
自分なりの規範や論理をガッチリ構築してそれに従う、まさに近代人です。
捨てぜりふ吐いて去っていきましたが、ま、あんまり物分かりの良い人物ではないので……。

さて、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また小説をちょこちょこ書くかもしれないので、そのときは、また。


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2095終わってなかったんですね……葉夢 E-mail 8/22-07:27
記事番号2090へのコメント

 葉夢です。こんなのがあったんですねぇ。
 てっきり終わりかと……

 今回はマジでガウリイとリナがラヴラヴでした!
 だから私は読んでるとき、あっちこっちがかゆく……
 ガウリイの夢の内容聞いてて、その情景が頭に浮かびました。
 ほんとに幸せそうな顔をしてましたよ。
 って言ってもわかんないか。私の頭の中だもんね。(わかったら怖いっつーの)

 ひなさんの言う通り、エースはよくしゃべりましたねぇ〜
 ひょっとして口から生まれたんじゃないの?

 というわけで、これで全て終わったわけなんですよね?
 まだあります、とかって言ったら私どーしよ……

 またなにか書いて下さいね。
 楽しみに待ってま〜す!
 またまた短くってごめんなさ〜い!

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2100お疲れさまでした!P.I E-mail 8/24-01:28
記事番号2090へのコメント

ひなさん、お疲れさまでした。

ガウリイの望みはずっとリナと共にあること。
それじゃあリナの望みは・・・?
この二人の道はもしかしたら永遠に交わることがないのかも
しれない。けれど、きっとずっと寄り添って歩いていくので
しょうね。
泣いている(クライング)のはそんな生き方しかできない
二人の心でしょうか。
ラストで抱き合う二人の姿が胸に痛かったです。

また書いて下さい。

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2110イン・ザ・スープ(前編)ひな 8/27-02:49
記事番号2023へのコメント

ひなです。こんにちは。
今回の短編のタイトルは、やはり映画から拝借しました。
「イン・ザ・スープ」というのは、「同じスープのなか」、つまり
「同じ穴のムジナ」みたいな意味です。



********************************




どんな集団にも、力関係というものが存在する。
たとえ4人だけのパーティーにだって、猿山の猿のように、ボス猿と下位猿がいる。
常日頃、力のあるボス猿はパーティーの指揮をとり、大いに威張り散らし、下位猿たちは
黙々とボス猿の指揮に従っている。
しかし、時には下位猿たちが反乱を起こすこともある。


先刻、パーティーがリナ派と反リナ派に分裂した。
リナ派の筆頭はリナである。反リナ派の筆頭は、めずらしくガウリイである。
夕食時、ゼルガディスがちょっと席を外した間に、食堂のテーブルを挟んでの応酬がはじまっていた。
食事のメニューとか何とか、たぶんたわいもないことが原因なのだろう。
が、その口喧嘩はいつになくヒートアップしている。
「なあんですってぇぇ!! もう一度言ってみなさいよっ!」
「ああ、何度でも言ってやる。大体おまえってやつは、自己中でわがままで……」
「あんたに説教される筋合いなんてないわよっ! 一体何様のつもり!? こんなところで保護者
振りかざさないでよねっ!」
「リナっ、それはいくら何でも言いすぎよ! ガウリイさん、何か言い返してやって下さい!」
「アメリア、あんたまでこんな鳥頭男の肩もつわけ!? ……わかった、もういいわよ、勝手にすれば!
行くわよ、ゼルガディス!」
「……俺?」

ゼルガディスはわけがわからないまま、リナに引きずられるようにして宿屋を出た。




「……で、どうするんだ?」
街の外れのレストランのなかで、ゼルガディスがステーキを切り分けながら聞いた。
「どうするって、何を?」
リナがイカのオリーブオイル炒めをぱくつきながら聞き返す。
「ガウリイとアメリアのことだ」
「あたしの知ったことじゃないわ」
リナはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「大体ねえ、あっちが先にいちゃもんつけてきたのよ。それを、あたしに頭下げろっていうの?
冗談じゃないわよ」
リナのプライドは山より高い。
ゼルガディスはやれやれ、とため息をついた。
「だからって、あんな頼りなさそうなコンビを捨てておくわけにもいくまい。片やあんたに
おんぶにだっこのクラゲ男、片や現実的なことには何一つ興味がない正義のお姫さま。放って
おいてみろ、いまに路頭に迷うぞ」
「二人で仲良く象の墓場にでも行けばいいのよ」
リナは子羊の蒸し焼きに取り掛かりながら、冷たいことをさらりと言う。
「……冷たいな」
「うっるさいわねえ。それより、そのパスタちょうだい」
「……。駄目だ」
「けち」
リナはぷうっと頬をふくらませた。それから、ふと気づいたように言った。
「最近、あんたよく食べるようになったわね」
「ああ。おかげさまで食欲旺盛だ」
「……あたしのおかげ?」
フォークとナイフを持ったまま、ゼルガディスが深く頷く。
「あんたと食事すると、なぜかいつもより飯がうまく感じられる。どうしてだろうな」
リナはにやっと笑って、ちっちっと指を振った。
「あたしに惚れたら火傷するわよ」
「……あのな」
「冗談よ、冗談。……たぶん、あたしがおいしそうにごはん食べてるからじゃない?」
「たぶん、そうだろうな」
ゼルガディスは苦笑した。
が、リナはふと真顔に戻った。
その顔が、わずかに曇る。彼女はちいさく首を振りながら、言った。
「今日みたいなことは、今にはじまったことじゃないの。そりゃ、喧嘩はよくするけれど、近頃
何だかガウリイの態度がおかしくて」
「どんなふうに?」
「うまく説明できないわね。用もないのにじっとあたしの顔を見ていたり、考え込んでいたり、
やたらひっついてきたりとか。かと思うと、今日みたいにちょっとしたことで怒ったり」
リナはふう、とため息をついた。
「ふだんはそんなに気にもならないんだけど、確かにここのところ挙動不審ね。時々、やけに
突っかかってきたりするのよ。どうしてあんなに苛立ってるのか、正直、わけがわからないわ」
「ふむ。そもそも喧嘩の原因は何なんだ?」
「あたしの盗賊いじめがここんとこ頻繁だから、やめろって言われたのよ。頭ごなしに言われた
もんだからあたしも腹が立っちゃって。あとは売りことばに買いことば」
リナは肩をすくめた。
「旦那の気持ちも、わからんでもない」
ぽつりとゼルガディスが言った。
リナが怪訝そうに彼の顔を見つめた。
「あんたが急激に成長したもんだから、どうしていいかわからないんだと思う。それで
イライラしているんだろう」
「あたしが成長したら、どうしてガウリイがイライラすんのよ」
「……」
ゼルガディスはときどき思うのだが、どうもリナはアンバランスというかちぐはぐと
いうか、人格のバランスがとれていない。
あることに関しては驚くほど鋭敏だと思うと、別のことにはからっきし鈍感である。
鈍感というのは、この場合、恋愛の機微に関してのことなのだが。
ともかく、リナは出会った頃よりもぐっと大人びた。
痩せぎすだった体は年相応に丸みをおび、ふと見せる仕草や表情も、どこか落着いた、
憂いを含んだしずけさをみせる。
そして、時折黙り込むあの癖。
どことなく含みのある沈黙を抱えて、じっとあらぬ方向を見つめているリナには、他人を
拒絶する美しさがある。それが気に入らない、というガウリイの心情はよくわかるような気
がした。
そういうときのリナは、まるで別の人間みたいに見える。
長い長い年月をたったひとりで生きてきた者のように揺るぎなく、あるいは年相応に、
うら若く、あどけなく、傷つきやすいただの少女のようにも見える。
リナをよく知るはずのガウリイが、彼女のそんな姿に戸惑い、落着かなくなっていることは
容易に想像できる。
唐突に黙りこくったゼルガディスを、リナはいぶかしげに眺めていた。
が、ひとつため息をつくと、言った。
「ガウリイのことは好きよ。……だけど、こんなこと調子がつづくと、正直、疲れるわ。ガウリイは、
ほんとはあたしに何を望んでいるのかしらね。エプロンでもして、縫い物をして、三つ指ついて
『旦那様おかえりなさい』とでも言ってほしいのかしら?」
リナは笑った。
だが、ゼルガディスはなんとなく笑えなかった。



つづく。

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2132また読んじゃいました葉夢 E-mail 8/30-04:47
記事番号2110へのコメント

 こんにちわ! 葉夢です!
 今回もまた読んじゃいました!

 なんかゼルかわいそうですね。
 いきなり、いくわよ! ゼルガディス! とかって言われても、どーすりゃいいのかわかんないもん。
 おれ? と答えたとたん引きずられて店を出た……その情景が浮かびました。

 短くなっちゃいましたが、続きを待ってますね!

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2139はじめまして昂也 E-mail 8/31-03:19
記事番号2110へのコメント

はじめまして、今までも作品を読ませて頂いてたんですが今回はちょこっと感想を(笑)。
しかし、ガウリイとアメリアじゃほんとに路頭に迷いそうですね(笑)。
ま、私は個人的にはガウリイはボケを装ってると信じたいんですが(苦笑)。
リナの変化に戸惑うガウリイ、後編が楽しみです。

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2150イン・ザ・スープ(中編)ひな 9/2-17:46
記事番号2023へのコメント

ひなでございます。
「イン・ザ・スープ」(中編)をお届けにあがりました。
前編を読んで感想をくださった方々、どうもありがとうございます。
よろしかったら、また感想などお願いします。
それでは、短いですが、お楽しみください。




********************************






満天の星空が頭上に広がっている。
ベランダで煙草をふかしながら、ゼルガディスはぼんやりと空を見上げていた。
部屋の奥のバスルームから、かすかな物音が聞こえてくる。
ふう、とため息をつく。
どうも弱ったことになっちまったなあ。
ゼルガディスは頭をかきむしりながら、つい30分前のことを思い返していた。




「……ツインしか空いてない?」
ゼルガディスが鸚鵡返しに聞き返すと、宿屋兼酒場の店主はひょいっと肩をすくめた。
「ええ、まあ。もともと部屋数が少ないもんで」
「それは……弱ったな。おい、ここらへんに別の宿屋はないのか?」
「宿場町でもあるまいし、そんなにあるわけないでしょう。うちと、あとは4軒隣の『海鴉亭』
くらいですよ」
『海鴉亭』は先程までリナたちが滞在していた宿屋だ。
喧嘩をして飛び出て来てしまった手前、のこのこガウリイとアメリアのところに戻るのは嫌だ、と
リナが言い張るので、仕方なく別の宿屋を探していたのだが……。
「なあに? なんか問題でもあるの?」
ふと振り向くと、リナがゼルガディスの真後ろに立って、彼の顔を見上げていた。
「ああ。どうも、部屋がひとつしかないらしい」
「……へえ。そんで?」
「……。そんでって、お前な」
「ツインなんでしょ? ベッドが二つあるんだったら、別に問題ないじゃない。あたしは構わないわよ」
「俺はけっこう構うぞ」
「あたしが構わないのに、なんであんたが構うのよ。しょーがないでしょ、それくらい。子供じゃない
んだから、あんまりわがまま言わないでよね」
「……………。お前ってやつは…………」




俺だって一応男なんだがな……。
もうすぐ18になる女が、あんな無防備でいいんだろうか。
ゼルガディスは紫色の煙を吐き出しながら、ぼんやり考える。
ガウリイの旦那がイラつくわけだよ。
惚れた女がここまで無神経で鈍感で警戒心がなけりゃ、愚痴のひとつも言いたくなる。
つらつら考えていたゼルガディスの耳に、かちゃり、というドアの開く音が聞こえる。
「あー、さっぱりした! お風呂空いたよ、ゼル」
タオルで頭をわしわし拭きながら、ほっぺたを上気させたリナが声をかけてくる。
「どうしたの? 入らないの?」
「いや、いい」
「あら。らしくないわね。遠慮なんかしちゃって」
リナがきょとん、とした表情でゼルガディスの顔を見つめる。
「悪かったな。遠慮くらいするさ」
「どうして?」
「どうしてって……。そりゃ、仮にもあんたは女だからな」
「……へえ。あんたがそんなにジェントルマンだなんて知らなかったわ。こんなときだけ女扱い?
ばっかみたい。これだけ付き合ってきて、今更男も女もないでしょーが」
「ガウリイの旦那はそうは考えないと思うぜ」
リナは眉をひそめた。
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ。健康な成人男子と成人女子がおなじ部屋で泊まるってことは、つまり、そういう
ことだろう?」
リナは黙ってゼルガディスを見上げた。そして言った。
「ガウリイが、ほんとうにそう考えると思う?」
「思うね。もし旦那がこのことを知ったら、俺は半殺しにされかねん」
「なんで、ガウリイがそこまですると思うの?」
ゼルガディスは肩をすくめた。
「おいおい。あんただって、それぐらい分かってるだろう? 旦那があんたに惚れてるからだぜ」
ゼルガディスの言葉に、リナが頬を赤くして俯いた。
その仕草に、ゼルガディスは思わず知らず、奥歯を噛みしめた。
リナのこんな仕草を目の当たりにすることに、もはや痛みはなかったが、やはり、苦かった。
「やっぱり、そういうことなのかなあ……」
リナが俯いたまま、ぽつりと呟く。
「どうしたらいいのか、わからないのよ。だって、この間までただの仲間だったのに、いきなり
そんなこと言われても……」
いきなり、か。
リナにとっては、そうかもな。だが、ガウリイの旦那は……。
「旦那の気持ちが重いか?」
ゼルガディスの問いに、リナが困った顔をする。
「そんなんじゃないのよ。ただ……」
「ただ?」
「あたしと一緒にいるかぎり、まともな暮らしなんか出来っこない。あたしはこの通りの性格で、
変われないし、何ひとつ約束してあげられない。だから、もっとまともな子見つけて、幸せに
なってほしいな、と思うのよ」
「殊勝だな」
「あたしだって、鬼じゃないわよ。時々あいつが可哀相になるの。今日の喧嘩のことだって、そう。
あたしはあいつの望みひとつ聞いてやれない」
「だから、別れたいのか?」
「……あいつにはさ、ちゃんと幸せになってもらいたいのよ。あたしのそばにいると、何かあいつが
駄目になりそうな気がする」
「別にいいんじゃないのか? 女に惚れて身を持ち崩すのは、男のロマンだぞ」
ゼルガディスの言葉に、リナが呆れ顔で彼を見上げた。
「あたし、真面目に言ってんのよ」
「俺だって真面目だぜ。適当な女とぬるま湯につかって過ごすよりは、惚れた女にぼろぼろにされた
ほうが格好いいだろう?」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだ。適当な女と肩を寄せ合って小さくなって生きるのは楽かもしれんが、そんなことして
生きてる甲斐あるかってのは、大いに疑問だしな。ガウリイの旦那だってそうなんじゃないか? あんた
にいじめられることなく生きるのが、旦那にとって幸せとは思えんがな」
「変な言い方しないでよ。……でも、本当にそういうもんなのかしらね」
「本人に聞いてみろよ」
リナは黙り、ゼルガディスも黙った。
夜風が彼等の髪をなぶった。
ゼルガディスは、夜空を見上げているリナの横顔を眺めた。
お世辞にも高いとは言えない鼻。ナイフで切り取ったように鋭角的な唇。小さな顎。
横顔はちっとも変わっていない。
はじめて会った、あの時から。
ふいに、リナがゼルガディスを見た。
ゼルガディスはわずかに息を飲んだ。
この目もまったく変わっていない。きらきらと輝くくせに、その奥を覗き込んでも
奇妙に表情のない目。
人の心に食い込むような、そのくせ何の感情も浮かばぬ目。
赤味がかった、不思議な光彩を放つ目。
ガラス玉のような、曇りのない目。
鋭い刃物のような光を持つ目。
無心の目。
猫の目。
「あんたはどうなの?」
リナが口を開いた。
「どうって、何が」
「女の人。いないの?」






つづく。
変なところで切っちゃった……。

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2181Re:イン・ザ・スープ(中編)9/7-22:20
記事番号2150へのコメント

お初にお目もじつかまつります。響ともうします。忘れたころに姿を現すような奴になりそうですがなにとぞよしなに。
大変楽しく拝読させていただきました。おもしろかったです、特に登場人物がいちいちご都合主義な人物設定になっていないあたりお見事。これからもどんどん続き書いてくださいましね、楽しみにしております。

>「別にいいんじゃないのか? 女に惚れて身を持ち崩すのは、男のロマンだぞ」

ゼルガディスのこの一言、至言だと思います。そりゃもう男だけのロマンと限らないくらい。的を射てると言いますか。

あまり長ったらしく読後感を並べ立てるのも興ざめかと思いますのでこれにて失礼いたします。乱文お許しください。